Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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できた
一流デザイナーのニシダ君からSOSのメールが来た。

「センセイ、HELP! ドラムが死にそうです」

ニシダ君は仕事は一流だが、機械音痴。
何度もしつこく教えたので、レーザープリンターのトナー交換はできるようになったが、ドラム交換はできない。
私にとって、ドラム交換は簡単。おそらく10分もかからない。

仕事はそれなりにあったが、朝早く行けばすぐに終わるから、それほど仕事に支障はない。
だから、朝8時に家を出た。
ニシダ君の事務所は、浦和にある。
駅からノンビリ歩いていくと、ニシダ君の住むマンションの入口の前に警察官が立っていた。
私の前を歩いている人は、コンビニの袋を提げてマンションに入ろうとしたが、警官に呼び止められていた。
コンビニの袋を覗かれているようだ。

やましいことをした覚えはないが、今日は身分を証明するものを持っていない。
尋問されたらどうしよう。
引き返そうか、とも思ったが、よく考えたらビクつくのは変である。かえって挙動不審と思われる。
今日は運良く、チャカドスクスリも持っていない。マグナム機関銃は家に置いてきた(?)。

眉間に皺を寄せて、警官の前を通ろうとした。
すると、警官が「ご苦労様です」といって敬礼した(これはホント)。
心の中で首を傾げながら、マンションに入った。
アイツ、もしかしてニセ警官か? それともエキストラ? あるいは、新しいサービス?

ニシダ君の事務所に入ると、ニシダ君と一緒に、酒豪のチヅルさんがいた。
笑っている。そして、手にはバドワイザーの缶を両手に持っている。
左手に持った缶を私の方に差し出しながら、「おはようございます」と言った。
受け取るしかない。

「Mさんが来るって言ったら、彼女ついて来ちゃったんですよ」
頭をかきながら、ニシダ君が頭を下げる。
ニシダ君とチヅルさんは同居している。
生活の場は、事務所の隣の号室である。
だから、チヅルさんがついてきたと言っても、隣に移動してきただけだ。

「今日は、ドラム交換したら、すぐ帰ろうと思ってるんだ」と私が言うと、チヅルさんは「えー、朝から酒盛りしようと思っていたんですよ」と恐ろしいことを言う。

「それは、またの機会に」
「オー、マイガッ!」
大袈裟な身振りで肩をすくめるチヅルさん。その姿をニシダ君が嬉しそうに見ている。

馬鹿馬鹿しくなってきたので、話題を変えた。
「マンションの前に警官がいたけど」
「ああ、一階の部屋が空き巣に入られたみたいですよ。今ちょうど調べてるところじゃないですか。センセイ、入口で呼び止められませんでしたか」

私が、「いや、『ご苦労様です』って、敬礼されたよ」と言うと、冗談だと思ったらしく、二人して顔を見合わせて笑っていた。チヅルさんは、「ギャハハハ」と大笑い。

冗談のような人生を送っていると、誰も言うことを信じてくれない。
右手に持ったバドワイザーを乱暴に飲んだ。

黙ってプリンターの前に行き、ドラム交換を始めた。
チヅルさんは「M刑事、ご苦労様です」と言いながら敬礼をした。
その仕草が可愛いので、許してやることにした。

「チヅル刑事、ドラムを渡してくれないか」
「はっ、M刑事」
どこまでもおバカな、酔っぱらい二人である。

作業は、予定通り10分ほどで終了。
事務所のソファに座って、しばらく休憩した。
作業のあとのバドワイザーは美味い。
チヅルさんが、グビッと一口飲んで言った。

「めまいは治ったんですか」
「えっ、どうしてそれを知ってるの」
「ブログ読んでますから」

そうだった。これは人に読んでもらうために書いている。だから、彼女が見ていても不思議はない。
迂闊であった。彼らは登場人物だったのだ。
「私たち、勝手に書かれてますけど…」
案の定、ツッこまれた。

「日記には、色々な人が出てくるものでしょう」
苦し紛れのシラを切った。

「まあ、いいんですけどね。悪く書かれてないし、ただ『酒豪』というのが、少し人聞きが悪いかな」
ダテ眼鏡の下の鼻の穴を膨らませて、偉そうに腕を組んでいる。

「日記には、本当のことを書かなければならない」
私が言うと、「ハハ」とのけ反った。

「ところで」とチヅルさんが身を乗り出す。
「ブログに出てくる尾崎さんって、スゴイ気になるんですけど」
彼女の目が輝いている。興味津々という目だ。

尾崎は、私の古い友人で、喧嘩の達人である。
私は、彼のことを「死に神オザキ」と呼んでいる。
漫画に出てくる死に神そっくりの外見だが、喧嘩の時はケダモノになる。
とても堅気(かたぎ)とは思えないほどの、凄みのオーラを発散する男だ。
初めて彼の姿を見た人は、皆脅えた顔になる。

「あんな危険な男に興味を持つとはねえ。でも、もしよかったら、声だけでも聞かせてあげましょうか。チヅルさんは、化粧品に興味があるでしょ」
「えっ、お話しできるんですか。化粧品には興味はないですけど、話はしてみたいです」

私は事務所の電話を借りて、尾崎の店に電話をかけた。
死に神は、コスメショップの社長なのだ。
これほどのミスマッチはないと思うのだが、尾崎は20年以上同じ場所で店を出していた。
つまり、固定客がいると言うことだろう。
世の中は、面白くできている。いや、不可解と言うべきか。

一回目のコールで尾崎が出た。
「悪いが、化粧品のことで知りたいと言っている人がいるんだ。話を聞いてやってくれないか」
尾崎に挨拶などしない。尾崎も挨拶はしない。
そんな仲である。

「それは、お前の愛人か」
「いや、愛人ではなく、美人だ」
「くだらねえ、切るぞ」

本当に切りそうになったので、すぐにチヅルさんに変わってもらった。
型通りの如才ない挨拶のあと、チヅルさんが質問をしている。
化粧品のことはサッパリわからないので、ニシダ君と目を見合わせて微笑んだ(気持ち悪い二人)。

質問はすぐに終わったようだ。
チヅルさんが私に受話器を寄こした。

「お前の愛人、頭がいいな。質問に無駄がない。いそうでいないタイプだな」
「誉めてもらって光栄だ」

少し間があいて、尾崎が大きく息を吸う音が聞こえた。
こんなときの尾崎は、言いにくいことを言おうとしている場合が多い。

私の中で閃(ひらめ)くものがあったが、これは尾崎の口から言わせるべきだろう。
尾崎が口を開くまで黙って待った。
そして、突然尾崎が乾いた笑い声をたてた。
照れ笑いだろう。

「勘が鋭いな。お察しの通り……、できた」
「そうか、できたか」
「ああ」
「おめでとう」
「また、連絡する」
「わかった」

端(はた)から見れば、わけのわからない会話だろうが、我々の間では通じるのだ。

はたして、わけのわからないニシダ君が聞いてきた。
「センセイ、『できた』とか『おめでとう』とか、何ですか」

「尾崎に子どもができた」
私が言うと、私のブログを読んでくれているチヅルさんには、ピンと来たようだ。

「わあ、ホントですか! おめでとうございます」
「ありがとう」
私が礼を言うのもおかしなものだが、この場合はそう言うしかない。

「じゃあ、ギネスですね」
これもわけがわからないが、勢いで思わず頷いてしまった。

ギネスビールを持って、チヅルさんと乾杯。

ニシダ君が「わけがわからない」と言う顔をして、私たちの顔を交互に見ていた。



2006/11/10 AM 08:45:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]



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