Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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新庄剛志
めまいも治り、毎月5日締めの仕事も2日夜に校了になった。
あとは3つ残っている仕事を、平行してこなしていくだけだ。

気が付くと、今年もあと二ヶ月。
そして、気が付いたら新庄剛志が引退していた。

最近の私は、アマチュア、プロに限らずメジャーリーグにも興味がない。
高校野球は未熟で非科学的だし、プロ野球はダラダラと試合時間が長いし、メジャーリーグは審判が下手だし、パワー信仰のせいでドーピングで汚染まみれだし、スポーツとしての美しさが感じられない。

今年の日本シリーズも、私の中では、いつの間にか始まって、知らない間に終わっていた感が強い。
ただ、「北海道日本ハムファイターズ」が優勝したのは知っている。
テレビのニュースで見た。

何十年ぶりかの日本一は、ファンにとって、最大のご褒美だろう。
しかし、そのご褒美の代わりに、新庄剛志がいなくなる。

新庄に関しては、私はあまり知らない。
メジャーリーグ時代も、それほど活躍したという記憶はないし、阪神時代も日本ハムに来てからも、私の中では記憶が薄い。

記録に残る選手より、記憶に残る選手になりたい。

これは、本当に新庄がこう言ったのかは定かではないが、スポーツニュース系のネットで、彼の言葉として紹介されていた。

ただ、申し訳ない言い方になるが、新庄剛志は、記録には残っていないし、記憶に残る選手だったとも言いがたい。
外野手としての守備力では、メジャーリーグを含めても、超一流の部類に属することは間違いない。しかし、打者としての彼は、良くて二流といったところではないだろうか。

私の記憶に残っているのは、新庄の外野手としての強肩だけだ。
あとは、様々なパフォーマンス。
パフォーマンスだけで記憶に残る、というのなら、確かに新庄は記憶に残っている。
ただ、それは野球選手としてではない。
エンターティナーとして、残っている。

そんな新庄を、私はいいと思う。
日本のプロ野球は、高校野球の無個性を引きずっているから、「基本」を言い訳にして、「魅せる」をおろそかにしている。

そんな中で、新庄剛志が果たした役割は大きいと思う。
新庄がいなければ、日本ハムは変わらなかったろうし、日本ハムが変わらなければ、今回の日本一はなかったはずだ。
だから、この日本一の最大の功労者は、新庄である。
たぐいまれな強肩と強運を持った、新庄剛志の果たした役割は大きい。
MVPという意味ではないが、最も価値ある存在だったと言えるだろう。

そう考えていたら、以前読んだ「読売新聞」のスポーツ欄を思い出した。
我が家では、新聞を取っていないので、同業者の事務所に置いてあったものを読んだ。
私は主要紙の新聞紙面の中で、スポーツ欄が一番つまらないと思っているので、いつも飛ばし読みをする。
特に読売は、見苦しいほど「巨人」を売り込んでいるので、目障りである。
それだけで、読む気がなくなる。

だから、いつもは読まないのだが、同業者のサガさんに「ここ読んで見ろよ」と言われたので、読んだ。

記事の主旨はこうだ。

新庄の、野球とはあまり関係のないパフォーマンスを喜ぶのは子どもだけで、大人にはわからない行為である。新庄が観客動員に関して貢献したのは認めるが、「所詮大人としては」理解しがたいパフォーマンスだ。

今どき、こんな紋切り型の拙劣な文を書く「大人」が大新聞にいるとは思わなかった。
新庄のパフォーマンスがわかるのは子どもだけで、「大人である私には」わからない、と決めつけているのだ。
つまり、新庄ファンはすべて子どもだと言っている。

この決めつけの根拠はいったい何なのだろう。
新庄の「かぶり物」が気にくわないから? マスコミを意識した言動が気にくわないから?
この「決めつけ」こそ、私には理解しがたいものだ。

サガさんは熱心な巨人ファンで、新聞は「読売」「報知」という人だが、この文章には呆れていた。

「人って、自分が理解できないことにぶつかると、それを否定するために、物事を決めつけないと落ち着かないんだろうね」

私も、サガさんの言うとおりだと思う。
この記事を書いた人にとって、新庄はエイリアンなのだろう。彼にとってエイリアンは存在してはいけないものなのだ。だから、否定しないと落ち着かない。
それを、「自分は大人だから」という理由付けで、誤魔化そうとしているのではないか。

しかし、本当の大人なら、こんなものは記事にするほどの価値はないと思うはずだが、それが通ってしまうところに、巨人ボケの読売新聞の幼稚さが表れている。

私は子どもなので、新庄のパフォーマンスが好きだった。

ただ、新庄は私の中では、記録にも記憶にも残らない。
それに、記憶に残るだけでは、アスリートとしては不完全だ。

記録にも記憶にも残るのが、一流のアスリートだと思うからだ。



2006/11/04 PM 01:06:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | [メディア論]



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