Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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「ドウモ」で自己嫌悪する中年男
朝早い時間、宇都宮線に乗った。
湘南新宿ラインである。
7時半前後といえば、ラッシュアワー真っ直中。
久しぶりに経験する混雑だ。

しかし、むかし会社勤めをしていた時と比べると、混雑の度合いは緩いような気がする。
10年前の上りの車内は、本や雑誌を読むのも一苦労で、前後左右に圧迫感をいつも感じていた。
時に、喧嘩を売っているのかと思うほど、肘で攻撃を繰り返す無礼者がいた。

「何で、今日はこんなに混んでるんだよ!」と、不機嫌丸出しで舌打ちをする男もいた。
そう言う男は、どういうわけか、例外なく太っていた。

何で混んでるかって? 教えてやろう。それはお前が乗ってきたからだよ!

赤羽駅では降りる人が多い。
身動きができる程度に、まわりにスペースができる。
吊革につかまりながら、バッグから眼鏡を取りだし、読みかけの文庫本を読むことにした。

志水辰夫の「飢えて狼」である。
志水氏のデビュー作。壮大な冒険小説だ。
氏の「背いて故郷」というのを2ヶ月前に読んで、文体の密度の濃さと物語の着想に惹かれた。

もう一冊読まなければ、と思っていたところ、BOOK OFFの100円コーナーにあったものを、ためらうことなく購入したものだ。

物語は、冷戦時代のロシア(北方領土)を舞台にしている。
まだ半分も読んでいないので、主人公の動機付けが明らかになった程度だが、少しもぶれることのない文体は骨太で、デビュー作にもかかわらず、風格を感じさせる。

物語に入り込んでいたせいで、気が付いたら、電車は恵比寿駅を過ぎていた。
見渡すと、車内はかなり空いていた。
空いている座席はなかったが、立っている人は数えるほどだ。
眼が疲れたので、眼鏡を外し、文庫本と一緒にバッグにしまった。
見慣れた車窓の風景を見る。

懐かしの目黒駅を通過。
母校の「目黒三中」がここにある。
20年以上、行っていない。
秋は、運動会の季節。
当時の運動会は、「体育の日」に決まっていた。
だから今頃は、リレーの練習をしていた。
しかし、最近は9月が多い。娘の小学校の運動会は先週の土曜日だった。
時代は変わる、ということか。

大崎駅。
目の前の座席が空いた。
座ってすぐ、バッグから握り飯を取りだした。
朝食を摂る余裕がなかったので、高校一年の息子の弁当を作るついでに、握り飯を作って持ってきたのだ。

握り飯は4つ。
中身は、梅干し・おかか・タラコ・肉ミソである。
海苔がすべてに巻いてある。
その中のタラコを食べる。
真正面に座った若い女の子がこちらを見ているようだが、知ったこっちゃない。

ステンレスボトルに入れた熱い「烏龍茶」をフタ兼用のカップに注いで飲む。
アイスコーヒーを「珈琲」と認めないように、冷たいお茶は「お茶」ではない。
冷たいお茶には、濃厚な「風味」がない。
風味のないものを「お茶」というべきではない。

タラコの次は、おかか。
朝食はここまでで、残りは昼食として食べる。
鮭フライも持ってきた。自家製のタルタルソースがかかっているが、これも昼食用だ。

電車は、新川崎駅を過ぎた。
戸塚駅で横須賀線に乗り換えて、横須賀まで行く。
同業者から仕事を貰うためである。

横須賀駅到着まで、あと一時間近くかかる。
乗り換えがあるから、寝るわけにはいかない。
一度寝たら、起きる自信がない。
昔は、目的の駅の手前で必ず目が覚めたが、最近では乗り過ごすことが多い。
年は取りたくないものである。

正面を見ると、先ほどの若い女の子がまだ座っている。
眼鏡を取ると、3メートル先は、ぼかしの世界である。
よく見えない。
しかし、動きや気配はよくわかる。
彼女が私の顔を指さしているようだ。

私は有名人ではないので、指さされることに慣れていない。
だから、少しムッとした。
しかし、怒るわけにはいかない。
私を指さしているのではなく、指の運動をしているのかもしれないし、私の後ろの何かを数えているのかもしれないからだ。

苛ついた気持ちを抑えているうちに、電車は横浜駅の手前まで来た。
女の子はここで降りるらしい。
ゆっくりと立ち上がった。
そして、なぜか私の方に歩いてきたのだ。
手が伸びる。
私はとっさによけようとしたが、彼女の「ごはん粒が」という声を聞いて、間抜けな声を出した。

「ほぇっ」

彼女の人差し指は、私の唇の右下を示していた。
保母さんのような笑顔で、私を見ている。
触ってみると、ごはん粒が二粒、貼り付いていた。
こんなときは、なぜか「ありがとう」という言葉が出にくい。

「すみ」まで言ったが、「すみません」というのも、このシチュエーションではおかしいと気づいて、「ドウモ」という言葉で誤魔化した。
彼女は、保母さんの笑顔を保ったまま、降りていった。
そんな自分に舌打ちをする。

「ドウモはないよなぁ、まったく」
戸塚駅に着くまで、首を傾けながら、ひとりブツブツ呟く中年男。

こんな中年にはなりたくなかったんだが……。



2006/09/23 AM 08:45:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]



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