Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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青い空があった
大宮の取引先での打ち合わせが、予定より早く終わった。
天気はいい。のんびりするには丁度いい気候だ。
日差しは強いが、日影は空気が乾燥していて、心地よい。
そこで、ソニックシティ前の公園のベンチに座って、ステンレス水筒に入れた熱い珈琲を飲んだ。

私は、どんなに気温が高い時も、熱い珈琲しか飲まない。
アイスコーヒーは、名前はコーヒーだが、あれは珈琲ではないと思っている。
強いていえば、清涼飲料水か。
珈琲は、喉の渇きを癒すために飲むものではない。
つかの間の「安らぎ」を得るために飲むものだ。
アイスコーヒーとは、そこが決定的に違う。

つかの間の安らぎを得るため、「ブラジル」ベースのブレンド珈琲を飲みながら、何気なくまわりを見回してみた。
午後2時前だが、結構サラリーマンの数が多い。
そして、ほとんどが所在なさげに、ベンチに腰掛けている。

その中で、一人だけノートパソコンに向かっている人がいた。
メールをしているか、あるいは「株価チャート」でも見ているのだろうが、高級そうなスーツに身を包んで、有能なサラリーマンを演じている姿を見ると、苦笑を禁じ得ない。
さらに、銀縁眼鏡とくれば、肩をすくめるしかない。

それほど忙しいのですか、大変ですね。
でも、せめて公園では、休みましょうよ。
安らぎの時間と空間を求めて来ているのに、あなたひとり忙しいフリは野暮というもの。

ほんの少しだけ、自分の心の時を止めて、まとわりつく柵(しがらみ)から解放されるのは、こんな時だけ。
脳の中をアルファ波で充満させて、脱力感に身を任せるのは、決して悪いことじゃない。

液晶画面に映った文字や画像は、右脳も左脳も刺激しない。
薄っぺらい世界に、四角いドットをきざむだけ。
液晶画面が、ひとの心を解放することはない。

だから、閉じなさい。
早く、閉じなさい。
閉じたとしても、あなたの世界が止まるわけじゃない。ほら、早く。


そう念じていたら、彼は突然PCを閉じた。
そして、スーツの内側のポケットから携帯電話を取りだした。
ボタンを押して、相手が出るのを待つ。
数秒後、相手が出たのだろう、かん高い声で話し始めた。

彼の声は、5、6メートル離れたこちらにも聞こえてくる。
「予想通り」というフレーズを3回繰り返していた。
そのあと、かん高い笑い声が続いた。
そして、黙った。電話の相手が話しているのを聞いているようだ。
何回か頷いていた。

そして、彼は頷きながら、スーツの右ポケットから、煙草のパッケージを取りだした。
だが、その時、膝のバランスを崩したようだ。
膝の上に置いたPCが左に傾いた。
煙草とPCと、どちらが大事だ。

私だったらPCを取るが、彼は「両方大事」と思ったのだろう。
両手でPCを支えようと思ったが、左手には携帯電話を持っていた。
だから、左手はアクシデントに対応できなかった。
右手を使えば簡単に掴めたが、煙草にこだわったために、PCの傾きを抑えるタイミングを、わずかの差で逃した。

その結果、PCは地面に落ちた。
私の耳には、落下した音が聞こえなかったから、それほどダメージはないように思えた。
しかし、彼のショックは大きかったようだ。
彼は、携帯電話を左手に握りしめ、右手では煙草のパッケージを握ったまま、口を大きく開けて、固まっていた。

数秒固まったのち、われに返った彼は、携帯電話の電源を切ってベンチに置き、煙草のパッケージもベンチに置いた。
そして、PCを慌てて拾い上げた。

そっと、PCを開く。
首を心もち前に傾けて、心配そうに画面をのぞき込む。
右足は、貧乏揺すりを繰り返している。
ベンチに置いた煙草に手を伸ばしかけたが、またバランスを崩したらまずいと思ったのだろう、途中でやめた。
貧乏揺すりがさらにひどくなった。PCが、荒波を行くボートのように波打っている。
またPCを落とすのではないかと、人ごとながらハラハラした。

しばらくたつと、彼の肩から力が抜けるのが見えた。
その後、肩を上下して、首を小さくのけ反らせた。
大きく息を吐く。
安堵の表情。

PCは、無事起動したようだ。
貧乏揺すりが、止んだ。
そして、壊れ物を扱うように、そっとPCを閉じた。

彼は、ベンチ右に置いた煙草のパッケージをポケットにしまい、左に置いた携帯電話をスーツの内ポケットにしまって、PCはバッグに入れた。
そして、一度両手で髪をなでつけ、空を見た。

その時、まるで初めて、空の青さに気づいたように、彼はそれをじっと見つめた。

彼は、となりにそびえるソニックシティなど眼中にないように、空に見とれている。
見上げている時の彼の横顔は、ほとんど無防備で、素に近いような気がした。
口は半開きだ。
小さな風が吹いて、彼の前髪の形を崩しても気に留めることなく、彼はそのままの形で空を見上げていた。

彼の横顔には、「安らぎ」があった。
そんな彼の顔を見ながら、私はもう一杯、熱い珈琲をカップに注いだ。
熱い液体を喉に流し込みながら、私も上を見上げた。

私たちの上に、CGで描いたような青い空があった。


2006/09/21 AM 07:27:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]



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