Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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まさか、まさか……だよ
最近、訃報が多い。

最近では年に数回しか仕事が来ないが、独立当初は週に一回のペースで仕事を出してくれる会社があった。
ほとんどが急ぎの仕事なので、前夜もらって、次の日の夜届けるということが多かった。

届けるのは、大体が午後11時過ぎ。
ビルの守衛さんに挨拶をして、中に入れてもらう。
ほとんど毎週のことなので、守衛さんと当然のように顔見知りになる。

守衛さんの名は、ナカタニさんと言った。
60歳近かったが、細身のわりに筋骨隆々としていて、血色もいい。
声はバリトンで、気持ちいいくらい声がよく通って、明瞭な話し方をする人だった。

彼は、歴史小説が好きで、いつも司馬遼太郎藤沢周平海音寺潮五郎池波正太郎などの文庫本を、仕事の合間に守衛室で読んでいた。
私も歴史小説をよく読むので、それをきっかけにして、ナカタニさんとは話が弾んだ。
藤沢周平の存在を知ったのは、ナカタニさんに本を借りたからである。

ナカタニさんとは、本の貸し借りをすることが多かった。
私は、彼から藤沢周平や山本周五郎、池波正太郎の本を借りて読んだ。
私は、ナカタニさんが一度も読んだことがないという隆慶一郎北方謙三京極夏彦などを彼に貸した。
彼は特に、隆慶一郎の「一夢庵風流記」を気に入ったようだった。
京極夏彦の「巷説百物語」も面白い、と言っていた。

「歴史小説にはロマンがあるよね」とナカタニさんは言っていた。
「ロマン…、ですか? それって死語じゃないですか」
「え? 死語って何?」

私が意味を教えると、気持ちの良いバリトンで笑っていた。
細い弓のような目で笑う顔が、少年のように爽やかだった。

そのナカタニさんが亡くなった、と聞かされた。
半年ぶりに行った得意先の守衛室で、若い守衛に呼び止められたときのことだった。
彼は、ナカタニさんが守衛を辞める半年前から、一緒に働いていた。
だから、私とナカタニさんが親しいことを知っていたのだ。

「信じられないよ。先月突然ここに立ち寄って、世間話をしていったんだよ。血色は良かったし、声にも張りがあった。狭心症で亡くなったらしいけど、一度もそんなこと聞いたことなかった。ほんと、信じらんないよ」

それを聞いたとき、軽く地面が揺れたような気がした。
めまいに似た感覚。
突然、前に一度だけ腕相撲をしたときのことを思い出した。

「僕はね、腕相撲では負けたことがないんだ」
ナカタニさんは言ったが、二分以上の長い攻防の末、私が勝ってしまった。
「まいったよ。Mさん、人は見かけじゃないねぇ。まさか、まさか……、だよ」

心臓の弱い人は、力仕事のあとは顔が蒼白になる。
しかし、腕相撲のあと、ナカタニさんの顔は赤く上気していた。
だから、心臓に持病があるとは思えなかった。

まさか、まさか……、だよ。

右の掌を見てみた。
腕相撲をしたときのナカタニさんの手の感覚が、よみがえってきた。
その手は熱かった、ような気がする。

ナカタニさんは、何歳だったんだろう。

「67歳でした。まだ若かったですよ。俺のじいちゃんより若かったのに」
まるで私の心がわかったように、若い守衛がつぶやいた。

ナカタニさんに最後に貸した本は、北方謙三の「三国志」第13巻だった。
それを返してくれたとき、ナカタニさんはこう言った。
「僕は、生まれ変わったら歴史小説家になりたいな。それも、壮大な歴史ロマンを書く小説家がいい」

「それなら、生まれ変わらなくたって、今からでも書けるじゃないですか」
私がそう言うと、はじめて気付いたように大きく頷いて「ああ、そうか、そうだよね。小説家に定年はないものね」と笑っていた。

あれから二年。
ナカタニさんは、壮大な歴史ロマンを書きあげたのだろうか。




2006/09/18 AM 10:48:11 | Comment(10) | TrackBack(0) | [日記]



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