Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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パンツのゴムが切れた日
火曜日、熊谷の得意先に行った帰りの電車。
午後3時過ぎ、車内は「籠原始発」だから、空いていた。

私が乗った車両には、誰もいない。
そして、いないまま発車した。
文庫本を読もうと思ったが、眼鏡を家に忘れてきた。
眼鏡がなければ、一行も読めない。

何となく車窓を見ながら、熊谷駅に着いた。
そこで乗ってきたのが、高校生四人組だった。
必要以上にシャツのボタンを外し、腰より下でズボンをはく男たち。
四人のうち、三人までが、毛を立たせている。

車両内は、いまだにがらがらの状態。
しかし、彼らは入口に座り込んだ。
意味がわからないが、これが今どきの高校生の間では、流行っているのかもしれない、と思った。

私は世間の大人と同じように、若者には甘い。
人様に迷惑をかけなければ、陰で煙草を吸おうが、酒を飲もうが許してやる。
たとえ、彼らの肺や肝臓がボロボロになっても、それは自己責任だ。
死にたければ死ねばいい、と思いながら、2メートル先の若者を見ていた。

四人のうち、二人の声がでかい。
一人は身体もでかい。
こいつがきっと、リーダー格だろう。
自然と肩をそびやかす姿は、虚勢を張っているのが見え見えで、可愛い。

四人のうちの二人は、ほとんど聞き役のようだ。
相づちを打ちながら、高い声で笑っている。
何が面白いのかは、理解不能。

この車両には、私たちしかいないので、彼らの存在は誰にも迷惑をかけていない。
だから、ただ何となく、彼らを見ていた。
目が悪いので、2メートル先でもぼやけてしか見えないが、車内の風景として、格段目障りでもなかった。

しかし、行田駅に着くと少し状況が変わった。
彼らのそばのドアから人が乗ろうとしたが、彼らの姿を認めて他のドアへ回っていった。
それを見て、私の心に小さな「さざ波」が立った。

次の吹上駅。また、同じようなことがあった。
彼らがいた関係で、他のドアから入った人が、またいたのだ。
私の心の「さざ波」は、はっきりとした波になった。

北鴻巣駅。
私は立ち上がった。
そして、彼らの前に立ち、「ごめんな」と言って、前を通ってホームに降りた。
そして、隣のドアから入って、またもとの場所に座った。

身体のでかいリーダー格の男が私を見ている。
降りる駅を間違えた、と思ったかもしれない。

鴻巣駅。
また私は立ち上がった。
そして、「ごめんな」と言って、先ほどと同じことをした。

若者が睨んでいる、ようだ。
そして、立ち上がった。
「あのよー」と言われた。
「おっさん」とも言われた。

「おっさん」と言われたら、返す言葉は一つしかない。
「なんだ、坊や」

彼の顔が明らかに険しくなるのがわかった。
見上げると、50センチほど前に顔がある。
陽に灼けた顔。
よく見ると、かなりブツブツがある。

坊やは、大きく息を吸うと、「何やってんだよ」とさらに顔を近づけた。
肌が汚い。女の子にはもてない顔だ。可哀想だ。
両手を見てみたが、握りしめたこぶしの上側の筋肉がいい形をしていた。
腕っ節は強いかもしれない。

「入口が邪魔だった。ただそれだけ」
「なんだよ、誰にも迷惑はかけていないじゃねえか」
見解の相違、という言葉がある。
しかし、目の前のブツブツには、きっと理解できないだろう。
言うだけ無駄だ。だから、こう言った。

「じゃあ、俺も、迷惑はかけていないな」

ブツブツの顔がさらに近づいた。ほとんど前屈みである。
剃った眉毛のあとが、青々として醜い。
顔一面にブツブツが浮き上がっている。見るに耐えない。

「迷惑だろ、降りるわけでもないのに、二度も俺たちの前を通ってよ」
「迷惑だと思ったら、なぜ通した。嫌なら阻止すればよかったんじゃないか」

眉間に皺が寄る。目が細くなる。
ブツブツの背は私より低い。だが、体重は私がライト級だとしたら、スーパー・ミドル級以上か。おそらく20キロ近く重いだろう。
パンチの差は歴然である。
ただし、相手がボクサーの場合は、だ。

ブツブツの身体が動く寸前、私は言った。
「俺、ボクシングやってるけど」

これは実に微妙な言葉である。
嘘ではない。
10数年前に確かにボクシングジムに通っていた。
ただし、今はやっていない。

ボクシングの経験があるという意味であれば、嘘ではないが、今現在、と取られたら確実に嘘である。
ブツブツは、私を見た。

私の外見は、ヒョロッとした優(やさ)男である。
普通に見る限り、私とボクシングは結びつかない。
普通は、侮(あなど)る。
彼もそう思っただろう。
顔に冷笑が見えた。

おっさん、冗談はよせよ。その弱々しそうな身体で、ボクシング? 笑わせんなよ。

だが、私にも特技がある。
目だけに、凶暴さを出すという、高等テクニックである。
友人の尾崎に教わったものだが、これは簡単にできるものではない。
すべてを投げ出す覚悟が必要である。

どうなってもいい、という気持ちを目にだけ籠めるのだ。
殺気、とは違うが、目だけで覚悟を表現するのだから、これが意外と難しい。
練習したわけではないが、覚悟の持ち方だけは、尾崎に教わった。

ブツブツの目に、かすかに脅えが見えた。
こうなったら、最初に怯(ひる)んだ方が負けである。
私が膝の上に載せたバッグを座席の横に置いて立ち上がる振りをすると、今まで様子を窺っていた三人のうち、一番声が大きいのが来て、ブツブツの腕を掴んだ。

「行こうぜ」
ブツブツは私の顔を見ずに、素直に他の三人と隣の車両に移っていった。いい子だ。
四人とも、私の顔を一度も見ることなく、今度は行儀よく座席に腰を下ろした。

それを見て、尾崎だったら、あんな高校生の行為など、抛っておいたに違いない、と思った。
そのあたりが、喧嘩の達人である尾崎と、私の違いだ。
あの程度の高校生なら、尾崎の場合、凄みのオーラを滲ませるだけで、竦(すく)ませていたことだろう。

尾崎と私とでは、風格と人間の器が違う。
細かいところで、我慢が効かない。
私は、小さな人間である。

若い子どもたち相手に、楽しいゲームができたことだけで、少しいい気になっていた。

家に帰って、部屋着に着替えようとしたときのことだ。
自分の情けない現実に気付かされた。
落ち着いていた、と思っていたのだが、知らない間に下っ腹に力が入っていたのだろう。

パンツのゴムが切れていたのだ。




2006/09/14 AM 09:56:01 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]



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