Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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不器用すぎる親子
東京の広告代理店からポスターのデザインを頼まれた。
ある商店街の秋祭りのポスターである。
はっきり言って、難しい仕事ではない。
昨年撮影された、神輿を担いだ集合写真を大きく扱って、あとは場所と日にちを提示するだけのA1サイズのポスターである。

誰でもできる、想像力や工夫を必要としない仕事だ。
しかし、仕事は仕事。
手を抜くと、後味が悪い。

そこで、早めに仕上げ、サンプルとしてレーザープリンタのA3ノビで分割してプリントし、4枚貼り合わせてA1にしたものを、クライアントに見せた。

「Mさん、わざわざA1でプリントしてくれたんだぁ。別に縮小したものでも良かったのに…。校正ができればいいんだから、A3でも構わなかったのに」

「いやいや、これはA3ノビを4枚貼ったものです」と私が言ったら、「まさかぁ、こんなにキレイにいくわけが……」と言って、担当者はサンプルに目を近づけた。
そして、「おーい、サクライ」と大きな声で同僚を呼んだ。

「見てみろ、これ」
呼ばれたサクライさんは、担当者が指し示すものを見て「ああ、いいねえ」という、素っ気ない感想を漏らしただけ。

担当者は、じれったそうに「バカ! もっとよく見るんだよ。これ貼り合わせてあるんだぜ」と言って、サクライさんの頭を抑えつけるようにして、ポスターに近づけた。

「ええー! アリャリャ!」
サクライさんは、お笑い芸人並みのリアクションで、大きくのけ反った。

おそらく30センチぐらい目を近づかせなければ、これが貼り合わせたものだということを判断することはできないだろう。
自慢ではないが、それほどよくできた貼り合わせである。

「Mさん、器用ですねえ。芸術ですよ」
と誉められた。
その結果、このポスターは校了になったら、20枚を大型インクジェットプリンタでプリントする予定だったが、これほど精密にできるなら、貼り合わせの方が安くつくということで、すべてを貼り合わせで誤魔化すことになった。

そのうちの2枚はパネル貼りにして、残りはラミネート加工して商店街に貼るらしい。
貼り合わせの他、このパネル貼りも私の仕事である。
A1のパネル貼りは難しいが、ある方法を使うと、貼った面がシワにもならず、空気が入ることもない仕上がりになる。
パネル貼りで失敗したことは一度もない。

「Mさん、どうしたら、そんなに器用になれるんですか」
と聞かれたが、私は曖昧(あいまい)に笑うだけだ。

実は、私は人一倍不器用なんですよ、といっても謙遜か嫌みにしか聞こえないだろうから…。

しかし、本当に私は不器用である。
子どもの時から、それは変わらない。
不器用は直らないものだ。

しかし、不器用を不器用に見せないよう、工夫することはできる。
それが、根気である。
我が家の高校一年の息子と小学五年の娘は、私の血を受け継いだのか、不器用である。
それに対して、ヨメは裁縫や編み物などが得意なので、器用な部類に入るだろう。

息子は、根気がないので不器用丸出しだが、娘は根気がある。
だから、ヨメも彼女のクラスメートも、彼女のことを不器用だとは思っていないようだ。
私ひとり、「あー、俺に似て不器用で、可哀想なやっちゃ」と嘆いているのである。

小学五年になると、家庭科で裁縫の授業がある。
娘は、学校から帰って来るなり、私にこう聞いた。
「ねえ、玉止めって知ってる?」
「ああ、何となくね」
「じゃあ、やってみて」

やってみた。
それを見た娘は、「もう一回」と言った。
もう一回やった。
「そうか、そうやるのか」

どうやら、彼女は授業で「玉止め」ができなかったらしい。
聞いてみると、女子の8割はできていたという。
娘は、できない2割に入ったことが悔しかったのだろう。

彼女は、一時間ほど自分の部屋に籠もった。
そして、出てきて、嬉しそうに「見て見て」と言った。
上手に「玉止め」ができている。

一人で懸命に練習したのだろう。
額に汗が浮かんでいる。
それを見ると、「この子は本当に俺に似ているな」と思う。
自分が不器用なことが悔しくて、ひとが見ていないところで、それを懸命に克服しようとする。
そして、人前では何ごともなかったように、振る舞うのである。

ヨメは、自分の娘が不器用だということに気づいていないから、「玉止め」ができないなどと聞かされたら、こう言うに決まっている。
「何でこんな簡単なことができないの。真剣に先生の言うこと聞いてるの? 真面目にやらなきゃ駄目だよ」

こんなことを言われたら、娘は確実にヘコむ。
だから、同じ悩みを共有する親父にだけは、うち明けるのだ。

こいつなら、私の苦しみがわかってくれる(?)。

娘は、高熱で苦しんでいても、決してひとには言わない。そのことを懸命に隠す。
怪我をしても、平気な振りをする。
ひとから罵られても、顔色を変えない。ひたすら我慢する。
誤解されても、言い訳はしない。

要するに、可愛くない人種である。

娘のこれからの人生、この性格で苦労するかもしれないが、私はそれでいいと思っている。
なぜって、私がそうやって生きてきて、格別不都合を感じなかったから。
自分が器用なことをひけらかすやつはたくさんいるが、そんな奴らは抛(ほう)っておけばいい。

器用か不器用かは、その人の個性であって、優劣を決める尺度ではない。
そして、器用なやつが高尚な人種であるという根拠など、どこにもない。
器用で損をするやつもいれば、不器用で得をするやつもいる。

それは、どっちにしても、大したことではない。

娘は、私が料理の時に見せる素早い包丁さばきや、ギターをスリーフィンガーで弾くのを見て、「こいつにできるなら、私にも絶対できるはず」と密かに思っているはずだ。

こんな不器用なダメ親父でも、娘には身近な目標になっていることに、私はこの上ない満足感を持っているのである。



2006/09/10 AM 09:42:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | [子育て]



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