Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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「てんや」で990円の贅沢
日曜日だったが、仕事の打ち合わせで、大宮に出てきた。
11時からの打ち合わせは、予想より長引いて2時間近くかかった。
終わったあと、携帯電話の時計の表示を見てみると、1時5分前だった。

朝飯を食べないで出てきたので、かなり腹が減っている。
昼飯を食わねばならない。
いつもなら、財布には4百円前後しか入っていないから、食うものは決まっている。
駅の立ち食いそば屋で「かき揚げそば」を食うか、ホカ弁屋で「のり弁当」を買って公園で食うか、コンビニでおにぎりを買って、ホームのベンチで食うか、あるいは昼飯抜きか、のどれかである。

しかし、今日は珍しいことに、財布の中に千円札が入っている。
だから少し贅沢ができる。

なぜ、千円札を持っているか。
得意先でデータをコピーするために、プラスチックケースに入ったMOを持ってきたのだが、MOを取り出そうとケースを開いたら、一枚の千円札が折り畳んだ状態で入っていたのだ。

私は必ず、MOを買うと、ケースの外側にマーカーで番号を書いておく。整理しやすいように、使った順番を書いておくのだ。
このケースには、「191」という数字が私の筆跡で書いてあったから、間違いなくこれは私のMOである。
MOのケースに千円札を入れた記憶はまったくないが、このMOが私のものである以上、この千円札は私のものであるはずだ。

だから、この千円札は、私が使ってもいいという理屈は正しい(はずだ)。
この推理と結論は、おそらく間違っていないと思う。
この推理は、どこも破綻していないという自信がある(?)。

そこで、贅沢をしようと思って、大宮ソニックシティの界隈をぶらついてみた。
日曜日の昼過ぎ。人は多い。どこの店も混んでいそうだ。
界隈には、ラーメン屋、中華料理屋、寿司屋、ファーストフード店、洋食屋などがあって、バラエティに富んでいる。
どれもうまそうだ。しかし、よく考えてみると、千円というのは中途半端な金額である。
私にとっては、かなり贅沢な金額でも、気取った店や客にとっては、ステータスにはなり得ない金額である。
中には「ランチ1480円」などという、気の狂ったような金額を、得意気に飾った店もある。

贅沢な世の中になったものである。

しかし、本当は私の心の中では、すでに決まっていたのだ。
かなり以前から、財布に余裕があったら入ってみたいと思っていた店があった。

天丼てんや」である。
安くて旨い天麩羅を出す、と言われている店だ。
しかし、安いとはいっても、さすがに4百円では食えない。だから、諦めていた。

だが、今日は違う。
千円札を持っているのだ。
店の前を2回、挙動不審者のごとく往復して、意を決して入ってみた。

入って最初の印象は、明るいこと。
そして、奥行きが結構ある。
「へ、らっしゃい!」という掛け声とともに、カウンターに案内された。

お茶を前に置かれた。
そして、店員は何も言わずに離れていく。
ゆっくり考えて注文してくれ、ということだろう。
しかし、頼むものは最初から決まっていた。
ただ、それが千円以内でおさまるかが問題だった。

メニューを取って素早く金額を計算した。
暗算は得意だ。ほとんど間違えたことがない。
スーパーなどでも、買い物しながら電卓なしで計算して、予算内に必ず収める。計算結果は、1円と狂ったことがない。
もっとも、買う金額が少ないので、ハズしようがないとも言えるが……。

今回もほぼ1秒で計算した。
990円。
「野菜天丼(500円)」に「キスの天麩羅(90円)」をトッピング、そして「生ビール(400円)」。
見事なものである。

店員を呼んで、誇らしげに、この3つを注文した。
そして、茶をすすろうとしたら、「へ、待ち!」と言われて、生ビールがやってきた。
20秒もかかっていない。
見事なものである。

生ビールを飲みながら、右隣を見てみると、頭髪の薄い60年配の男の人が天丼を食っていた。
スポーツ新聞を読みながら、天丼を掻き込んでいる。
私はこういう光景が好きではない。
本やマンガを読みながら食事をしたり、テレビを見ながら食事をするという神経がわからない。

メシを食うことと、本を読むこと、テレビを見ることというのは、まったく別の行為ではないか。
それをなぜ一緒にやろうとするのか。
おまえ、そんなに忙しい人間なのか! 何をそんなに急いでいるのだ!
そもそも、何かをしながら飯を食うなど、作ってくれた人に対して失礼ではないか!

だから、私はラーメン屋や定食屋などに雑誌や新聞が置いてあったりすると、「ああ、この店は味に自信がないから、こんなものを置いているんだな。それをサービスと勘違いしてるんだな」と考えて、食欲が一気に落ちる。

このように批判的な目で観察していると、禿げた親父は、天丼を食い終わったあと、私が想像したとおりのことをし始めた。
爪楊枝を取って、シーハーシーハーやり始めたのである。
そのあと、ご丁寧にお茶で口をブクブクさせている。

マンガだな、と呟きながら、生ビールを飲んでいると、私の席に天丼がやってきた。
ルックスは見事なものである。
それぞれがいい色をしている。
盛りつけも上品だ。
あとは、私が作る天丼と比べて、どの程度美味しいか、だ。

まずは、カボチャからいってみる。
箸でつまんだだけで、サクサクした感触が伝わってくる。
カボチャは薄く切ってあるが、しなっとしていない。
一口食べてみる。熱いが、うまい。
タレの乗ったご飯の部分を食べてみる。熱いが、やはりうまい。
合格である。

ナス、いんげん、いも、キスなどを食べてみたが、私の作るものより、美味い。
素材の味が損なわれていない。
私が作ると、たまに揚げすぎたりして、素材が柔らかくなることがある。
外側はカラッとしていても、中がしっとりし過ぎる場合があるのだ。
さすが「てんや」だ。
見事なものである。

食べ終わって、となりを見ると、シーハーシーハー親父は、爪楊枝をくわえながら、ふんぞり返ってスポーツ新聞を読んでいる。
入口には、席が空くのを待っている客が二人。
食い終わったら、さっさと席を立つのが、こういう店の礼儀だろう。
無神経なやつだ。

私は、すぐに席を立った。
それと同時に、隣の禿げ親父は、大きなゲップをした拍子に爪楊枝を飛ばした。

絞め殺したくなる衝動を、かろうじて抑えながら、私はレジで誇らしげに千円札を出した。



2006/09/04 AM 10:33:59 | Comment(0) | TrackBack(1) | [日記]



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