Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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八王子からかかってきた電話
昼間、娘とインスタントコーヒーを飲んでいたとき、電話が鳴った。
ディスプレイを見ると、「042-」となっている。
「042」というと、おそらく東京都下の市外局番だろう。

取引先や友人の場合は、名前で表示されるので、電話の相手がすぐわかる。
だからこの番号は、少なくとも私の知り合いのものではない。

時々怪しい電話がかかってくるので、得体の知れない電話は無視することにしている。
娘も「誰だ、こいつ」と言って、出る気配はない。
いつもなら、絶対受話器を取ることはないはずだった。

だが、何か感じるものがあった。
それが何か、というのは説明しにくい。何となく、としか言いようがない。

私はほとんど、発作的に受話器を取った。

「もしもし」
若い女の声だ。聞き覚えがある。おそらく、ショウコだ。
大学時代からの友人、カネコの娘だ。彼女はカネコの奥さんの連れ子である。
ショウコのことは6歳の時から知っている。テニスを教えたこともある。
先月結婚したと聞いた。高校を出たばかりという若さでの結婚だった。

「お久しぶりです」
ショウコの声を聞くのは、ちょうど一年ぶりだった。
四年制か短大かで悩んで、私に電話してきたのが、去年の八月の終わりだった。

そのとき、私は「四年制の方が考える時間が多い」とだけ言った。
ショウコは「そうだね」と答えた。

それ以来の電話である。
ショウコは、大学へ進学したのだろうか。カネコは何も言っていなかった。

「結婚しました」
まるで旅行の報告をするような軽い調子で、ショウコが言った。
「できちゃったナントカ、ではないだろうな」
私が言うと、ショウコはいつも通りの笑い声をたてた。
ショウコは一度笑い出すと止まらない。会話が途切れる。だが、身をよじって笑う姿は可愛い。だから、こちらも楽しくなる。

笑いが止まったあと、ショウコは少しおどけた声でこう言った。
「できちゃった結婚なんかしたら、サトルさん、軽蔑するでしょ」

ショウコは、私のことを最初から「サトルさん」と呼んでいた。
普通なら「Mさん」か「おじさん」と呼ぶところだ。
その理由を聞くと、「パパの親友だから」と言う。
よくわからない理由だが、格別変でもないので、そのままにしてある。

「軽蔑はしないが、ガッカリはしたろうな」
そう言うと、ショウコがまた笑う。会話が途切れる。
そして、ためらうようにこう言った。
「ごめんなさい、もっと早く報告しなきゃいけなかったのに、こんなに遅くなって」

「結婚は一大イベントだからね、忙しいもんさ。むしろ、こうやって電話をかけてくれて、すごく嬉しいよ」
「うわー、さすが、サトルさん。気配り上手」
ショウコの明るい声が、耳に心地よく響く。

「ところで、そこはどこだ。『042』って、どこだ」
「八王子なの、彼の職場の近くに引っ越したんだ。八王子は暑いぞ」
「熱い新婚さんが、暑い八王子に引っ越しか」
「悪いけど…、それ、ちっとも面白くない」
「・・・」

娘が私を指さして笑っている。

気を取り直して、
「君のダンナがどんなやつか当ててみようか」
照れ隠しで、とっさに思いついたことを言ってみた。

「パパに聞かなかったの」
「あいつは、そんなことは言わないよ。『ショウコが結婚した』って言っただけだ」
「まあ、そうだろうね。パパとサトルさんの会話は短いだけが取り柄だからね」
ショウコは相変わらず、娘のような距離感で接してくれる。
ショウコの結婚は、自分の娘の時の「予行演習」として捉えているのか、と気付いた。

「彼の年は、君より10歳前後上、血液型はO型、身長は175センチ以上、次男、仕事は教師かインストラクター系だな、そして無口」

「ほんとに、パパに聞かなかったの」
少しは、当たっていたようだ。ショウコは呆れたような言い方をした。

昔、「君のダンナは俺が探す」とショウコに言ったことがある。
だから、ショウコならこんな相手が相応しいだろう、と思っていたことを、今回言ってみただけだ。

「すごいよ、次男以外は全部当たってる。次男じゃなくて、三男なんだ」

それを聞いて、言った私が驚いた。
ショウコは私の想像通りの男を相手に選んだわけだ。

「彼は教師か」
「うん、こっちの中学で英語を教えてる」
「いいやつ…、なんだろうな」

少し、間があいたが、ショウコは早口で言った。
「うん、サトルさんと同じくらいには、ね」

「さすが、ショウコ、、気配り上手だ」

「私の理想の人は、サトルさんだったんだよ。パパにもそう言ってた」
「結婚すると、大人をからかうようになるのか」
「まあ、半分冗談で、半分ホントだけどね」

ショウコのそばかすの散った笑顔が、間近に見えた気がした。

「半分ホントなら、これほど幸せなことはない。これからの余生を、その言葉を励みに生きていくよ」
「うん、そうしてください」

カネコはいい娘を持ったと思う。
たとえ、血のつながりはなくとも、ショウコは確実にカネコに似ている。
連絡がなくても、ずっと何かが繋がっている、という感覚。
カネコにもショウコにも、それを強く感じる。
何年か振りで会話しても、昨日の続きを話しているような濃密さが、我々の間にはある。

それがきっと、「友」というものなのだろう。

「俺はカネコの友だちでもあるが、君の友だちでもあるからな」
「カッコイイね、サトルさん」
そして、ショウコは小さく息を吸ってから、「ありがとう」と言った。

電話を切ってからも、会話の余韻に浸っていた私を見て、娘は「浮気じゃネエだろうな」と冷やかしたが、顔は笑っていた。

すると突然、ショウコが大学に進学したかどうか、聞かなかったことに気付いた。
今度電話して聞いてみるか、と思っていたら、また電話が鳴った。
ディスプレイを見ると、ショウコのようだ。

「あのー、言うの忘れたけど、わたし大学行ってるから。パパやサトルさんと同じ大学だよ。それに、ダンナも同じ大学出身なんだ。それとね、肝腎なこと言うの忘れたけど、私の新しい名字、ツノダ。三角の角に、田圃の田でツノダ。じゃあね」

ツノダショウコか。

まあ、私にとっては今まで通り、ショウコのままだが。



2006/08/31 AM 09:32:34 | Comment(5) | TrackBack(0) | [日記]



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