Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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湘南ライナーで遭遇した天海祐希
東横線元住吉の「関東労災病院」に行った帰りのことだった。

カテーテル手術をした母を見舞ったあと、渋谷から湘南ライナー「高崎行き」に乗った。
午後3時を過ぎたころだったが、意外とすいていて、珍しく座ることができた。
座るなり、東野圭吾の文庫版「分身」を読み始めた。

主人公は鞠子と双葉。
年も違う、親も違う二人だが、外見はすべてそっくり。しかし、双子ではない。
現実には、そんなことは有り得ない。
しかし、現代では、誰かが悪魔に魂を売れば、可能になる。

物語は「鞠子の章」と「双葉の章」に分けられている。
読み進むうちに、少しずつ真相が明らかになっていく。
ミステリィとしては、特別新しい手法ではないと思うが、クローン技術などの最新医学を軸にして、話はうまく展開していく。

一旦読み出すと、止まらない。
最後はどんな結末が?
東野圭吾だったら、このパターンで終わるだろう、という予測はつくが、彼はきっと、そんな私の予測をあざ笑うような結末を用意しているに違いない。

面白い小説を読んでいると、まわりの音などまったく聞こえない。
ただひたすら、物語に没頭する。
全体の5分の4くらい読み進んでいた。
話の鍵を握る人物はすべて登場して、物語は一気に結末へとなだれ込むところである。

そこへ…。

「すみません」

「すみません」

私の右に座っている男が、肘で私をつついてきた。

この無礼者が!
普通、見知らぬ人間の肘をつつくか!
俺は本を読んでいるだけで、何も悪いことはしていないぞ!


きつい目線を、隣の男に突き刺した。
無神経そうな顔の男が、それを無視するように、顎を斜め左上に「くいっ」と持ち上げる動作をしている。
ピンクのポロシャツが似合っていない。

はぁ?

また、「くいっ」。

もしかして、お年寄りが私の前にいて、辛そうに立っているから、「おまえ譲れ」と言うことか。
それなら仕方がない。しかし、何も肘でつつくことはないだろう。

眉間にしわを寄せて、私は彼が顎で示す方を見た。
女子高生が、少し腰をかがめて「すみません」と、私に向かって言っていた。

女優の天海祐希(あまみゆうき)を若くしたような顔、と言ったら、イメージしやすいかもしれない。
そして、天海祐希よりもさらに、目がクリッとして、大きい。
健康的な肌の色をしている。

肩には、白いエナメルのスポーツバックを提げている。
NIKE」と書いてある。

耳にはステレオのイヤホンをしている。MP3プレーヤか。
あまりにも可愛いので、おそらくアホ面になっていたかもしれない。
要するに、見とれていた。

「すみません」
また言われた。

はぁ(空気が抜けたような声しか出なかった)

「あのぉ、この電車、『特別快速』だと思いますけど、『上尾駅』には止まりますか」
鈴を鳴らしたような声、という喩(たと)えはいかにも古くさいが、そんな形容詞が浮かんだ。

湘南ライナーの特別快速は、ほとんど乗ったことがない。
だから、わからない。

あげお〜、う〜ん(声が裏返ったかもしれない)

天海祐希は、大きな目で真っ直ぐに見つめてくる。
まわりを見渡してみた。
隣のピンクのポロシャツに聞こうと思ったが、もう寝てやがる。

池袋駅に到着。
そのとき、ドアの上に路線図が貼ってあることに気付いた。
しかし、遠すぎて見えない。

私の目線に気付いたのか、天海祐希は後ろを振り返って、路線図を見つけた。
近寄ってみる。
そして、嬉しそうに帰ってきた。

「止まるみたいですよ」
本当に嬉しそうである。
頬が紅潮して、目がきらきらしている。

「良かったね」
そう言うしかない。

本当だったら、「俺には関係ない」と思うところだ。

本に視線を移して、読み始めたが、まったく文字が入っていかない。
目の前に天海祐希が立っている。
それだけで、集中力が削がれる。

下から盗み見ると、天海祐希は音楽の世界に浸っているように見える。
出来のいい蝋人形のようだ。

しかし、これだけ周りに人がいるのに、なぜ読書に熱中している中年男に聞いてくるのか。
人の良さそうなおばさんも、私の斜め前に座っているのに。

不可解。

これは、ミステリィよりも謎が深い。
一冊の本が書けるかもしれない(まさか)。

そんなことを思いながら、大宮駅到着。
私はここで、宇都宮線に乗り換える。

文庫本をバッグにしまって、立ち上がった。

「ありがとうございました」
天海祐希が、深々とお辞儀をする。

一瞬、このまま「上尾駅」まで乗っていきたくなった。
後ろ髪を引かれる思いでホームに立って、後ろを振り向くと、天海祐希は私が座っていた場所に座っていたが、私の視線に気付くと中腰になって、また頭を下げた。

右手を軽く振ったが、乗り込んだ人が邪魔になって、見えなかったかもしれない。

でも、ちょっと幸せな気分になった。

これからは、きっと東野圭吾の「分身」の背表紙を見るたびに、湘南ライナーで遭遇した「天海祐希」を思い出すに違いない。



2006/08/02 AM 10:15:11 | Comment(1) | TrackBack(0) | [日記]



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