Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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八王子からかかってきた電話
昼間、娘とインスタントコーヒーを飲んでいたとき、電話が鳴った。
ディスプレイを見ると、「042-」となっている。
「042」というと、おそらく東京都下の市外局番だろう。

取引先や友人の場合は、名前で表示されるので、電話の相手がすぐわかる。
だからこの番号は、少なくとも私の知り合いのものではない。

時々怪しい電話がかかってくるので、得体の知れない電話は無視することにしている。
娘も「誰だ、こいつ」と言って、出る気配はない。
いつもなら、絶対受話器を取ることはないはずだった。

だが、何か感じるものがあった。
それが何か、というのは説明しにくい。何となく、としか言いようがない。

私はほとんど、発作的に受話器を取った。

「もしもし」
若い女の声だ。聞き覚えがある。おそらく、ショウコだ。
大学時代からの友人、カネコの娘だ。彼女はカネコの奥さんの連れ子である。
ショウコのことは6歳の時から知っている。テニスを教えたこともある。
先月結婚したと聞いた。高校を出たばかりという若さでの結婚だった。

「お久しぶりです」
ショウコの声を聞くのは、ちょうど一年ぶりだった。
四年制か短大かで悩んで、私に電話してきたのが、去年の八月の終わりだった。

そのとき、私は「四年制の方が考える時間が多い」とだけ言った。
ショウコは「そうだね」と答えた。

それ以来の電話である。
ショウコは、大学へ進学したのだろうか。カネコは何も言っていなかった。

「結婚しました」
まるで旅行の報告をするような軽い調子で、ショウコが言った。
「できちゃったナントカ、ではないだろうな」
私が言うと、ショウコはいつも通りの笑い声をたてた。
ショウコは一度笑い出すと止まらない。会話が途切れる。だが、身をよじって笑う姿は可愛い。だから、こちらも楽しくなる。

笑いが止まったあと、ショウコは少しおどけた声でこう言った。
「できちゃった結婚なんかしたら、サトルさん、軽蔑するでしょ」

ショウコは、私のことを最初から「サトルさん」と呼んでいた。
普通なら「Mさん」か「おじさん」と呼ぶところだ。
その理由を聞くと、「パパの親友だから」と言う。
よくわからない理由だが、格別変でもないので、そのままにしてある。

「軽蔑はしないが、ガッカリはしたろうな」
そう言うと、ショウコがまた笑う。会話が途切れる。
そして、ためらうようにこう言った。
「ごめんなさい、もっと早く報告しなきゃいけなかったのに、こんなに遅くなって」

「結婚は一大イベントだからね、忙しいもんさ。むしろ、こうやって電話をかけてくれて、すごく嬉しいよ」
「うわー、さすが、サトルさん。気配り上手」
ショウコの明るい声が、耳に心地よく響く。

「ところで、そこはどこだ。『042』って、どこだ」
「八王子なの、彼の職場の近くに引っ越したんだ。八王子は暑いぞ」
「熱い新婚さんが、暑い八王子に引っ越しか」
「悪いけど…、それ、ちっとも面白くない」
「・・・」

娘が私を指さして笑っている。

気を取り直して、
「君のダンナがどんなやつか当ててみようか」
照れ隠しで、とっさに思いついたことを言ってみた。

「パパに聞かなかったの」
「あいつは、そんなことは言わないよ。『ショウコが結婚した』って言っただけだ」
「まあ、そうだろうね。パパとサトルさんの会話は短いだけが取り柄だからね」
ショウコは相変わらず、娘のような距離感で接してくれる。
ショウコの結婚は、自分の娘の時の「予行演習」として捉えているのか、と気付いた。

「彼の年は、君より10歳前後上、血液型はO型、身長は175センチ以上、次男、仕事は教師かインストラクター系だな、そして無口」

「ほんとに、パパに聞かなかったの」
少しは、当たっていたようだ。ショウコは呆れたような言い方をした。

昔、「君のダンナは俺が探す」とショウコに言ったことがある。
だから、ショウコならこんな相手が相応しいだろう、と思っていたことを、今回言ってみただけだ。

「すごいよ、次男以外は全部当たってる。次男じゃなくて、三男なんだ」

それを聞いて、言った私が驚いた。
ショウコは私の想像通りの男を相手に選んだわけだ。

「彼は教師か」
「うん、こっちの中学で英語を教えてる」
「いいやつ…、なんだろうな」

少し、間があいたが、ショウコは早口で言った。
「うん、サトルさんと同じくらいには、ね」

「さすが、ショウコ、、気配り上手だ」

「私の理想の人は、サトルさんだったんだよ。パパにもそう言ってた」
「結婚すると、大人をからかうようになるのか」
「まあ、半分冗談で、半分ホントだけどね」

ショウコのそばかすの散った笑顔が、間近に見えた気がした。

「半分ホントなら、これほど幸せなことはない。これからの余生を、その言葉を励みに生きていくよ」
「うん、そうしてください」

カネコはいい娘を持ったと思う。
たとえ、血のつながりはなくとも、ショウコは確実にカネコに似ている。
連絡がなくても、ずっと何かが繋がっている、という感覚。
カネコにもショウコにも、それを強く感じる。
何年か振りで会話しても、昨日の続きを話しているような濃密さが、我々の間にはある。

それがきっと、「友」というものなのだろう。

「俺はカネコの友だちでもあるが、君の友だちでもあるからな」
「カッコイイね、サトルさん」
そして、ショウコは小さく息を吸ってから、「ありがとう」と言った。

電話を切ってからも、会話の余韻に浸っていた私を見て、娘は「浮気じゃネエだろうな」と冷やかしたが、顔は笑っていた。

すると突然、ショウコが大学に進学したかどうか、聞かなかったことに気付いた。
今度電話して聞いてみるか、と思っていたら、また電話が鳴った。
ディスプレイを見ると、ショウコのようだ。

「あのー、言うの忘れたけど、わたし大学行ってるから。パパやサトルさんと同じ大学だよ。それに、ダンナも同じ大学出身なんだ。それとね、肝腎なこと言うの忘れたけど、私の新しい名字、ツノダ。三角の角に、田圃の田でツノダ。じゃあね」

ツノダショウコか。

まあ、私にとっては今まで通り、ショウコのままだが。



2006/08/31 AM 09:32:34 | Comment(5) | TrackBack(0) | [日記]

ピンチ! 食費をカット
今年の夏は貧乏だった。

母が今年の3月から5度の入退院を繰り返し、2度も手術をした。
80歳を過ぎた老人なので、医療費は安いようだが、手術費用はそれなりに高い。また、術後「大部屋」というのも申し訳ないので、個室入院にした。
これによって生じる「差額ベッド代」というのが、半端じゃない。

母は「入院保険」には入っていなかったので、入院費はすべてこちらの持ち出しになった。
人間の健康というのが、どれほど有り難いものか、身に染みて感じた半年だった。

母は、2度目の手術が功を奏したのか、かなり病状が改善されて、実家ではそれなりに動いているようだ。
ひと安心である。

ただ、我が家の財布は、まったく安心できない状態になった。
運の悪いことに、7月末に当てにしていた報酬が、先方の一方的な宣告でひと月遅れになるというアクシデントも重なった。

貧乏な夏。

さらに、息子の卓球部では夏合宿があった。一年生は全員強制参加。
当然合宿費用がかかる。宿泊先が旅館だから、費用は予想外に高い。
合宿なんかもっと安い宿を使え! と無茶苦茶な八つ当たり。

こんなピンチのときは、食費を削るしかない。
我が家では、献立はすべて私が決める。料理するのも私である。
食費が一番操作しやすい。だから節約しやすい。

通常なら、ひと月4万5千円〜5万の食費がかかる。
四人家族の食費として、この額が多いのか少ないのかはわからないが、贅沢はしていないと思う。
平均的な食材しか使うことはない。

7月8月は、この食費をひと月2万5千円に減らした。
ほぼ50%カットである。
ただ、子どもたちには、食費を切りつめているという印象は与えたくない。
だから、子どもたちの好物は毎食出した。
そうすれば、不満を感じることはない。

高校一年の息子は、肉が大好き。そして、高級感のあるものが大好き。
だから、逆に言えば、高級そうに見えれば誤魔化せる。
近所のロジャースのチラシをチェックしながら、誤魔化しメニューの素材を肉を中心にまとめ買い。
豚バラ肉をステーキ風にしたり、安い挽肉を使って特大ハンバーグを作り、自家製デミグラスソースをかければそれなりに高級感はでる。
そんな工夫をして、息子の舌を誤魔化した。

小学五年の娘は私に似て、食べることに対する執着が薄い。
最低限、腹が満たされればいい、という人種だ。
高いもん食って何が面白い! ケッ! という人種である。
もともと我々二人には、あまり食費がかかっていない。ヨメと息子の三分の一以下だろう。
だから、娘の好物は、ほとんど食費がかからないものだ。これは楽だった。

レジャーに関しては、息子は夏合宿があったので、それがレジャー代わり。それに毎日部活があったから、卓球三昧。
娘は八月初めから夏風邪をこじらせて、外に出るどころではなかったので、インドア生活。
お盆過ぎに予定外の入金があったので、少女マンガの単行本をたくさん買った。
そんなことで満足はしていないだろうが、事情を言えば理解してくれる子である。私と同じで、無理な文句は言わない。空気が読める賢い子だ。
だから尚更、可哀想な気にもなる。

この埋め合わせは、必ず9月にすると、心に誓った。

私の仕事の方は8月後半になって忙しくなったが、娘の宿題の手伝いを優先したので、仕事は真夜中が中心になった。
貧乏な親父の、せめてもの「罪滅ぼし」である。



2006/08/28 AM 09:14:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

去り逝く人、そしてフォトショップに熱中する娘
20年来、お付き合いしていただいたニシグチさんが亡くなった。
54歳だった。
アナログの時代から30数年、デザイナーとして活躍されたプロフェッショナルだ。

肺ガン。
今年の4月に癌が見つかり、手術をした。
詳しい経過はわからないが、術後退院して、仕事もこなしていた。
退院してから5回会った。
もともと痩せていた人だったが、術後はさらに痩せて、体重は50キロを切っていたという。
ただ、仕事はずっと続けていた。

その後、7月中旬に再入院して、十日ほどで退院。
おそらくこの時、死期を悟られたのかもしれない。
8月はじめに、家族でグアム島に旅行に行った。
そして、17日に会ったときは、陽に灼けた顔でグアム旅行の土産話をしてくれた。

それから、5日後に亡くなった。
あっけないほどの最期だった。
まったく予想していなかった。
信じられない。

「Mさん、パソコンは難しいよね。操作を覚えるのは簡単だけどさ、パソコンで個性を出すのは、才能以外の要素がいるね。
俺は、結局パソコンを使いこなせなかったのかもしれないな。
俺は15年前、アナログ人間のまま終わった方が良かったのかもしれない。
15年間、何も作れなかった。この15年間で作ったものは、作品じゃない。仕事でもない。ただの作業だ。
偉そうに君にアドバイスなんかして、恥ずかしいよ」


別れ際、ニシグチさんはそう言っていた。
その、はにかむような笑顔は、死に逝く人のものではなかっただけに、受けた衝撃は大きい。

独学、自己流で押し通してきた私にとって、ニシグチさんは唯一「師」と呼べる人だった。

最期の言葉は、私への遺言として心に刻みつけます。
ご冥福をお祈りする。


   ・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

湿っぽい話で締めるのは柄じゃないので、小学5年の娘が最近Photoshopに凝っている、という話を。

8月の初めから夏風邪をこじらせて、インドア生活を余儀なくされた娘は、一日の3分の1をパソコンの前で過ごしている。

最初のうちは、インターネットで興味ある出来事を検索していたが、それだけでは物足りなくなったのか、私にこう聞いてきた。

「イラストレーターとフォトショップはどっちが簡単だ」

小学5年生でイラストレーターかフォトショップ?
以前、フォトショップを少し教えたことがあるが、ペンツールで壁にぶち当たって、途中でやめたことがある。
だから、こう答えた。

「どちらも難しい。ベジェ曲線を理解しなければ、思い通りに動かすことはできないであろう」

この親父、何を偉そうにぬかしやがるというような顔をして、娘はこう返した。
「時間はいくらでもあるからさ、そのベジェ、覚えてやるよ。だから、教えろ」

娘に弱いバカ親父は、すぐに頷く。
そこで、一日中娘は、私の横で私がイラストレータとフォトショップを動かすのを、かぶりつきで見ることになった。時々、自分で動かしてもみる。

私の仕事の経過を見ても何が何だかわからないだろうから、娘のリクエストに応じて、絵を描くことにした。

何を書いて欲しい?

娘は「月刊りぼん」を持ってきて、「こいつを描け」と言った。

KAT-TUNの「亀梨和也」である。
あれ? 今は「山下智久」の方がいいって、言ってなかったっけ?

「この本、亀梨しか載ってないんだよ。つべこべ言うな」

ということで、亀梨のグラビアをスキャンしてトレースすることにした。
スキャンの仕方から教えて、画像を「トーンカーブ」で補正して下絵にするところから始めて、イラストレータのペンツールでベジェ曲線を使ってトレースするという作業。

アンカーポイントで角度が変わるところは、特に念入りに教えた。
最初は、「アレアレ」状態だったが、2時間ぐらいでコツを掴んだ。
たまに捻れたような線になるが、何度も「アンドゥ」で直している。
意外と根気があるようだ。

恐るべし! 小学5年生。

ベジェがある程度できれば「グラデーションメッシュ」など、大したことはない。
1時間もかからずに覚えてしまった。
昼食を作るのは面倒なので、湖池屋のポテトチップス・コンソメ味をつまみながら、講習会を続けた。

顔や洋服はイラストレータでトレースし、髪はフォトショップの方が描きやすいので、フォトショップを使った。
「ブラシツール」と「グラデーションツール」を使って描き上げていく。

髪の毛だけで「レイヤー」を8層使った。
「レイヤー」の透明度で、効果がまったく違うのを知った娘は、1%単位で透明度を調節していた。

夕方5時過ぎに出来上がったのが、冒頭の作品である。
娘との初の「共同作業」。

「70点だな」
私が言うと、「えー、百点だろ! そっくりだよ。これ以上は無理だ」と抗議する。

「そっくりじゃ駄目なんだ。そっくりなら、何も絵に描くことはない。写真でいいんだ。写真でできないことを表現するのが、絵なんだから、写真にないものを伝えないと意味がない」

そうすると、鼻の穴をふくらましながら、娘はこう吼えた。
「おー、えらそうに! よし、じゃあ、すごいやつを描いてやるぞ」

ということで、残り少ない夏休みを使って、娘はフォトショップで「オリジナルキャラ」を作ることに没頭している。

私を超える日は、案外近いかもしれない。


2006/08/25 AM 11:30:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

貝になる
「親の七光りのくせに威張りやがって!」

取引先の担当者が、席に着くなり吠えた。
おそらく、社長に叱られたのだろう。
目が吊り上がっている。

こういうときは、何を言っても無駄だろうから、私は知らんぷりをしている。
仕事の話もしないし、世間話もしない。
気持ちよく話ができるわけないのだから、ひたすら黙っている。

そうすると、相手は気まずそうな顔になって、機嫌を取るようにこう言った。
「イヤになりますよ、親の七光りで社長になったのに威張り散らすなんて。他の会社だったら、課長にだってなれっこないのに、それがわかってないんだから」

こういう時はどう答えていいのか、答えに窮する。
「親の七光り、本当に嫌ですよね。苦労知らずのお坊ちゃんに務まるわけがありませんよ」
と言えばいいのか、
「まあ、どこの会社も二代目はそんなもんですよ」と言えばいいのか。

どちらにしても、当たり障りのないことを言うしかないが、大抵は面倒臭いので黙っている。
たとえ心の中では、こんなことを思っていたとしても…。

社長が代替わりしても、この会社の業績は変わってないように見える。
つまり、二代目はそれなりに能力があると言うことだ。
日本の社長の約95パーセントが世襲だというデータがある。
つまり、親から子へ、社長の椅子が当たり前のように移っているのだ。
現代は、町中で石を投げれば二代目に当たる、という時代だと言ってもいい。
しかし、私が一番彼らに同情するのは、こんな点だ。
彼らは、事業が順調にいけば「親の七光り」と言われ、失敗したら「バカ息子」と言われる。
どちらにしても、何か言われる運命にある。
それに比べて、我々は成功しても失敗しても、すべてが自分の力だ。色眼鏡で見られることがない。
だから我々は、二代目より、はるかに気が楽だ。


ただ、こんなことを言ったら、メシの種が逃げていくから、無表情に頷くしかない。
何か言うと、本音が出そうになるので、黙っている。
自分の顔が少しずつ不機嫌な顔になっていくのがわかるが、沈黙は金である。貝になるしかない。
余計なことを言うよりはいい。

そんな風に黙っていたら、相手は突然話題を変えてきた。

私の苦手な「高校野球」の話である。
コマダイなんとかとワセダなんとかの試合を見て感動した、というものだ。
これは私にとって、「親の七光り問題」よりも困る話題である。

高校野球にはまったく興味がない。全身が拒絶反応を起こす。
20年以上テレビ中継を見たことがないし、ニュースも見ない。高校野球の話題になると、チャンネルをすぐ切り替える。
もともと新聞のスポーツ欄を飛ばして見る方だから、甲子園大会がいつ始まって、いつ終わるのかも知らないし、有力校がどこかも知らない。

あんな未熟で前時代的なもののどこが面白いのか、理解できないからだ。
高校野球には、サッカーで言うところの「ファンタジスタ(創造性溢れる選手)」がいない。
「型破り」は、真っ先に排除される。
監督と投手だけが目立っているだけ。だから、選手に個性がない。
基本に忠実という言葉で誤魔化されているが、選手に主体性を持たせない教え方をしているとしか思えない。

そして、高校野球ほど「勝つことにこだわる」スポーツはないのに、きれいごとに終始している点がうさん臭い。
炎天下、高校生に二日続けて百何十球も投げさせる神経がわからない。(時に三日続けて、という場合もある)
それは私には虐待に見えるが、誰も何とも感じないところが不思議だ。
肩が消耗品だというのは、もはや常識である。しかも、彼らは高校生。まだ、成長途中なのに、これほど酷使するのは、監督の頭の中には勝つことしかないからだろう。育てるという意識がない。
チームが勝つためなら、選手が一人ぐらい潰れても許される、という勝利至上主義。

なぜサッカーのように、一週間に一度、あるいは二度という対戦スケジュールが組めないのか。
誰も選手のことなど考えていない。

連投できないのは、「根性」がないからだ!
これは明らかに論理のすり替えだが、こんな前時代的な指導者が優秀だともてはやされるのが、高校野球である。

身体の出来上がったプロでさえ中5日が常識なのに、高校野球では連投が常識である。
どんなに非科学的でも、それが常識になってしまえば、誰も文句を言わない。
文句を言う私などは、変わりもの扱いである。(確かに「変わりもの」だが…)

誰も彼の肩を壊す権利はないのに、「汗と涙の甲子園」のキャッチフレーズのもとなら、どんな非科学的なことをしても許される、とみんな思っている。
監督や学校経営者、新聞社、テレビのためだけに存在する「甲子園大会」。
そして、試合を見て感動すれば、それで満足の観客たち。

甲子園大会は、感動するための道具になっている。
誰も選手のことなど考えていない。

しかし、感動真っ直中の人に、こんなことを言っても喧嘩を売っていると取られかねないので、「甲子園」の話題が出た時は、私はひたすら黙るだけである。

だから、甲子園の話題が出ると、私は貝になる。



2006/08/22 AM 10:42:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

お盆の仕事はオイシかった
8月9日朝、メールを開いてみると、同じ内容の仕事の依頼が4件入っていた。
差出人は同じ。内容もまったく同じ。
時刻を見てみると、8時7分から9分までの間に、同じ内容のものを立て続けに送ってきている。

内容は、とにかく急ぎでHPを作ってほしい、というもの。
8月19日の美容室の開店までに間に合わせたい。とにかく急いでいるので、今すぐにでもお会いしたい。
こちらから伺うので、都合のいい時間をとにかく教えて欲しい。

大変せっかちなメールである。
急いでいるのはわかるが、同じ内容のメールを4件も送ることはない。
いつもなら断っているところだが、今年のお盆は仕事が激減。細かい仕事が2件しかない。
いつもなら、大汗かいて仕事をするところだが、2件では、暇つぶし程度だ。
だから、メールの主に会ってみた。

来てくれるというので、近所のスカイラークを指定した。
約束の時間に行くと、サワダ氏は先に来ていた。
そして、恐ろしく細身の女性が隣にいた。半袖のボレロから出た両腕が異様に細い。そして白い。
夫人だと紹介された。運転手も兼ねていると言う。この細い腕でハンドルが回せるのか。

美容室のオーナーだというから、なよなよした男を想像していた。
メールから判断しても、優柔不断な優男(やさおとこ)を思い浮かべていたのだが、予想は見事に外れた。

身長は私とほぼ同じで、180センチくらい。
胸板が厚く、色は浅黒い。髪は長めだが、品の良いローアンバー(焦げ茶)で、ゴールドに煌めくピアスと合っている。
年は30歳前後か。顔も一昔前のアイドルという感じで、悪くない。
客商売には向いているかもしれない。
物腰は柔らかく、声は低音で、相手に安心感を与えるトーンをしている。

ただ、やはりせっかちだ。
依頼主サワダ氏は、30秒ほどの自己紹介のあと、いきなりテーブルの上に資料を広げて説明をし始めた。
まだ、ドリンクの注文もしていない。
係員を呼ぼうと、呼び鈴に手を伸ばしかけたら、「ああ、もう注文しておきましたから」と言われた。(何を注文したんだ!)

これをこうして、ここにこれを入れて〜、と一気に話し始め、「これを16日までにアップしてください」で締めくくった。
その間、約10分。相づちを打つ暇もない。
呆気にとられていると、ウェイトレスのおばちゃんが、飲み物を運んできた。

生ビール、しかもジョッキだ!(喜)

しかし、もし私が酒の飲めない人間だったら、どうするつもりだったのか。
あるいは、車で来ていたとしたら…、という想像力はないのか。
普通は、相手の好みを聞いてから注文するのが、常識というもの。
しかも、枝豆まで注文してるし…。
まったく、居酒屋感覚。
さすがに、枝豆までは食う気にはならなかった。
枝豆は、全部サワダ氏と夫人が食った。

あまりにも、サワダ氏のペースに乗せられすぎた気がしたので、こちらとしては面白くない。
そこで、ストレートに聞いてみた。
なぜ、こんなにギリギリになるまで、HPを先延ばしにしていたのか、と。

サワダ氏曰く、
「ああ、資金繰りですよ」
左手の親指と人差し指で丸を作って、右手では頭をかいている。
「綱渡りでしたね。ギリギリまで開店できるかどうかの瀬戸際で、それどころじゃなかった」
夫人と顔を見合わせながら、また、頭をかいた。

「だから、実は……」
サワダ氏は言いにくそうだったが、顔は笑っている。
「HPに関しても、予算があまりないんです。急がせてこんなことを言うのも何なんですが、これからも引き続きお付き合いをしていただくということで、是非この金額でお願いします」
サワダ氏は、テーブルに触れるほど深く頭を下げて、広げた資料の隅っこに金額を書いた。

私としては、予想通りの額で、特別安いものではない。
相場としては、この3割から5割増だろうが、ディスカウントストアの当方としては、不満はない。
商談成立である。

そして、お盆はほとんどが、このHPにかかり切りだった。
サワダ氏のいいところは、ほとんどクレームをつけないところ。
ページができるたびにその都度メールで確認を取るのだが、「満足してます」という反応だけ。

予定より早く15日にアップしたが、それを伝えても「大満足です」のひとこと。
少々拍子抜けしながら、仕事を終えた。

嬉しいことに、昨日、作業代が振り込まれていた。
クレームが少なくて、支払いが早い客は、フリーランスにとって、最上の客である。

ということで、今年のお盆は、なかなか良かった。



2006/08/19 PM 12:35:52 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

大根役者の三文芝居
俺は、現職で21年ぶりに終戦記念日に参拝した総理大臣として、歴史に永久に名を残すだろう。
誰も俺の邪魔をすることはできない。いや、させない。

しばらくの間、メディアは他国の反応を気にして、騒ぎ立てるだろうが、あいつらはいつも最初だけだ。
こちらが論点をはぐらかせば、いつの間にか鳴くのをやめる。こちらが拍子抜けするほど、骨がない奴らだ。

俺に対する批判は、他国やメディアを悪人扱いすることで、すり替えることができる。
有権者は、言葉の裏を読まないから、威勢のいい謳い文句を言っておけば、細かい説明はしなくてもいい。
俺はこの方法で今まで支持率を上げてきた。だから、今回も上がるはずだ。
俺の計算が狂うことはない。

中韓は、文句を言ってくるだろうが、文句だけだ。
もはや俺の政策に影響を及ぼすことはない。
米国も多少は過剰に反応するかもしれないが、表立って批判することはないだろう。
そのために、今までしっぽを振ってやったんだから。

たとえまわりが騒いでも、支持率が上がれば、みんな何も言わなくなるはずだ。
支持率こそが、正義のものさしだ。政治の世界にこれ以上のものはない。
今までも、それですべてを封じ込めてきた。

支持率が高いまま退陣したら、俺は伝説の総理大臣になるはずだ。
あとは俺がキングメーカーとして、どれだけ長くこの国を操ることができるかが重要だ。
おぼっちゃま揃いのこの党で、俺に本気で楯突くやつはいない。
もしそんなやつがいたら、次の選挙で追い出せばいい。
俺の言うことだけを聞くやつを候補に立てれば、この党は俺の思いのままになる。

あるいは、もし次の選挙で党が過半数を割ったとしても、俺の知ったことではない。
俺が新党を作って、党首になれば良い。
政権参加によだれを垂らしている党を連立相手に選べば、簡単に政権は取れる。
そこで、また俺の時代が来る。

そうすれば、自民党をぶっ壊す、といった俺の言葉も、真実になる。


【私見】
政教分離など、肝腎な論点を隅に押しやって、「参拝」だけをショー化する小泉もそうだが、それを「小泉劇場」などと言ってはやし立てるメディア、そして、すべてを日本の「軍国主義化」に結びつけて自国民の不満を逸らそうとする中韓政府の態度も、きな臭い。
国家間の交渉で、それぞれの国家が国益を優先するのは当然だが、「醜いショー」のなれの果てに、国民に真実を覆い隠すことは許されない。
大根役者の三文芝居の続きは見たくない。



2006/08/15 PM 01:34:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | [メディア論]

靖国 亀田
公約は生きているんだそうである。
では、その生きた公約を過去4年間守らなかったのは、一体誰なのだろう。

彼は、靖国神社にはいつ行ってもいいんです、とも言っていた。
それなら、なぜ公約通り、8月15日に参拝しなかったんだろうか。
いつ行ってもいいのなら、公約は守れたろうに。

それをなぜ、今さら開き直る?
なぜ、メディアのせいにする?

「いつ行っても批判してんじゃないですか」

ソーリは、メディアに当たり散らしているが、幼児性丸出しである。
自己の言葉を省みて恥じるという明晰さがない。

もし、8月15日に参拝したら、
「公約を守れというから、参拝したんです! 公約を守ったじゃないですか!」
と強弁するんでしょうね。
そして、またしても支持率は上がる(不思議な世論だ)。

ベネズエラのランダエタが、試合前に亀田興毅におむつとおしゃぶりをプレゼントしたように、私もソーリにおむつとおしゃぶりを進呈したい気分だ。

子どもだ!

そもそも、この国のメディアは、時の政権を批判したりはしない。
ソーリがイスラエルやモンゴルではしゃぎ回っていても、それを伝えるだけである。
それらの訪問がどんな意味を持つのか、あるいは持たないのか、伝えようとしない。
その報道は、まるで夏休みの絵日記のように、無邪気で緊迫感がない。
メディアはいつも及び腰である。政権に気を遣う様は、独裁政権下のメディアに似ている。
しなくてもいい自己規制で、腰砕けの報道しかしない。

旧聞だが、731部隊のニュースで安部晋三のポスターが映ったといって大騒ぎをしていた。
そのニュースを見ていないので無責任な感想になるが、それが意図的にしろ、サブリミナルを狙ったにしろ、テレビ局が自己のポリシーに沿って作ったものなら、私はかまわないと思う。
国民の不利益にならない限り、報道は原則自由だ。規制すべきではない。自己規制などもってのほかだ。

安部晋三に対するネガティブ・キャンペーンを確信犯的にしたのなら、TBSもあっぱれと言っていい。
骨太な報道だと感心してもいい。

ソーリが開き直るように、メディアも開き直ればいい。
ただ、その後のTBSの言い訳を見ると、見事に腰が砕けている。
いつもながらの弱腰メディア丸出しになっている。
メディアは、実力者に対して喧嘩を売らない。
弱者に対しては、徹底的に叩き、根こそぎ人格を喪失させる。
そして、実力者が怒ると震え上がる。実にみっともない集団である。

靖国参拝にしても、批判はしていない。
ただ、周辺諸国の反応を伝えているだけである。
ソーリはそれを「批判されている」と勘違いしている。
どっちもどっちだ。

一頭のライオンがいる。
ライオンは本来は、王のようにゆったりとしているものだが、このライオンは些細な音にも敏感に反応する。しかも、意味もなく吠えることだけは忘れない。
格好の餌であるシマウマの群を見るときも、神経質な視線でしか見られない。
シマウマもライオンが臆病なのがわかっているのだが、力では明らかに分が悪い。
誰もが逃げ腰で、遠巻きに見つめるだけである。

ライオンは近々リーダーの座を降りる。
ライオンは、その前に伝説のライオンの墓に行きたいのだが、それをするには、シマウマの群を通っていかなければならない。

俺は強いんだ。俺は百獣の王だ。
ライオンは虚勢を張るが、シマウマの大群の反応も気にかかる。
だが、シマウマたちもこう思っている。
あのライオンはただ吠えるだけで、王としての力はない。
しかし、ライオンはライオンだ。
怖い。
だから、他のグループのライオンを連れてきて喧嘩をさせようか。

このように、シマウマはどんなときも自分で戦おうとしない、卑劣で臆病な集団である。

  。+゚゚+。。+゚゚+。。+゚゚+。。+゚゚+。。+゚゚+。。+゚゚+。。+゚゚+。

続いて、亀田興毅。

戦う前、私は彼の負けを予想していた。また、たとえ負けるにしても、多少はまともに戦ってくれると思っていた。
しかし、予想に反して、亀田は防御が8回戦ボーイ並みにお粗末だったが、それなのに勝った。

試合後、色々言われているようだが、亀田は悪くない。
彼は、力を尽くして闘ったのである。
判定を下したのは、彼ではない。ジャッジだ。
だから、判定に文句があるなら、ジャッジを叩くべきで、亀田が叩かれるのは筋違いだ。

将来有望な選手を、筋違いのバッシングで消耗させてしまっていいのか。
メディアの役割は、バッシングに荷担することだけなのか。

以前私は、「亀田興毅は美しくない」と、このブログに書いた。
その考えは今も変わらない。
あのパフォーマンスは、王者に相応しくない。
父親も含めて、幼稚で、醜い。

だが、リング上の亀田は、悪くない。
美しくはないが、才能を感じさせる。
今回、その才能にも若干疑問符がついたが、最後まで立っていた精神力は認める(ランダエタに勝つ気がなかったという見方もできるが)。
だから、それから先のことは、亀田の責任ではない。

「ボクシングでは、あの判定は当たり前ですよ。それがボクシングというものです」
したり顔で言う、元王者。あるいは、ボクシング関係者。

つまり、あなたたちの過去の栄光も、それがダーティだったことを認めたわけだ。
ボクシングをスポーツと呼ばせたいなら、そろそろ判定のシステムを変えるべきではないだろうか。
判定の基準は、単純に有効打の優劣だけにした方が判りやすいかもしれない。
アマチュアボクシングのように、ダウンが判定基準にならないというのは問題だが、ダウンの評価基準を大きくすれば、今回のような矛盾点はなくなる。

今回はジャッジが亀田の有効打を、ランダエタの手数より評価した、などと言っている人もいるが、それは単に推測だろう。
ジャッジは何も言っていないのだ。
都合のいい解釈は、話をわかりにくくする。

今回、亀田は王者にはなったが、真の実力をさらけ出した。
亀田にとっては、負けた方が得るものが大きかったのではないか。
勝利に疑惑をもたれ、亀田フリークはさらに、感情的に亀田一家を弁護しなければいけなくなった。
どちらも惨めで、見苦しい。

ボクシングジムに通った経験があるものにとって、12ラウンド戦った選手の尊厳が失われるのを見るのはつらい。

ボクシングを、本来の意味のスポーツに戻して欲しいと思う。



2006/08/14 AM 09:11:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | [メディア論]

一日三回食べられるだけでも…
私の携帯電話で娘が「ワンセグ」を見ていた。何気なく横から覗いたら、特集で「子どもたちの食事が危ない」というのをやっていた。
全部を見たわけではない。せいぜい3分くらいしか見ていない。(画面が小さいから、疲れる)

私が見たのは、親が仕事が忙しくて、子どもをかまってやれない家庭をクローズアップしたところだ。
食事は子どもが、コンビニでおにぎりやパンを買って済ませる。
部屋は散らかり放題。しかし、三人の子どもは、それなりに役割を持ちながら、日々暮らしているらしい。
おふくろの味はないが、食べ物には困っていないようだ。

番組を見ていて思った。
それを言うなら、私の子ども時代の食事も危なかった。
我が家は、母親が働いていた。
父親は定職を持っていた(一流会社の部類に入る)が、家にはいない。
月に1、2度帰ってくるだけで、貰った給料はすべて自分のために使う人だった。だから、裕福とは言えない。
中学3年の4月までは、祖母がいたので、祖母が食事の支度をしてくれた。美味しい食事を食べることができた。

だが、祖母が死ぬと、私の食生活はガラリと変わった。
私には3歳年上の姉がいる。当時彼女は高校3年だった。
姉は変わった人で、他人への思いやりや気配りというものを持ち合わせていなかった。
ひとのために料理を作るとか、人に何かを分け与える、という法則を持っていない人だった。

夏休みに入ったとき、母が姉に「これでお昼を買って食べなさい」と言って置いていった金を、すべて自分のために使った。
毎日、自分の食事だけを近所の弁当屋で買って、余ったお金でシングルレコードを必ず一枚買っていた。

だから、私の分の昼食はない。
私は姉に抗議はしない。彼女が態度を改めることはない人種だとわかっていたからだ。
彼女には、人の言うことを聞く能力がない。自分を守ることしか興味がない。
だから私は、昨晩の残り物を、昼食として摂ることになる。
だが、残り物があった日はいいが、残り物がない日は悲惨だ。
食べるものがない。
育ち盛りで、受験を控えた夏休みとしては、決していい環境とは言えない。

そして、このあたりが私の変わっているところなのだが、そういった姉の行動に対して、母に告げ口をすることができないのだ。
今思うと、姉の仕打ちはひどいものだと思うが、当時は当然のように受け入れていたのである。

この人は、こういう人なんだ。
そういう、哀れさをいつも感じていた。
私は、いつも姉のことを避けていた。
一種、違う生き物を見るように、見ていた。

当時の私の夏休みの食生活を再現してみよう。
朝は、昨晩残ったわずかばかりのご飯と、母が朝、鍋一杯に作ってくれた味噌汁。
昼は、昨晩のおかずの残り物。(残らなかったときは、食事抜き)
夜は、母が仕事の帰りにスーパーで買ってきたお総菜。コロッケやポテトサラダの類だ。
一週間のうち、三日は昼食抜きだったと思う。
陸上部の練習がある日は、友だちにおにぎりを恵んで貰って食べていた。
このパターンは、冬休みも春休みも同じだ。

育ち盛りの子どもにしては、一日の摂取カロリーが圧倒的に不足していたと思うが、身長はその後順調に伸びて、180センチになった。
ただ、当然のことながら、体重は増えない。
俗に言うように、もやしのようにヒョロヒョロしていた。
しかし、それでも百メートルを11秒前後で走るのだ。
もし、普通の食生活をしていたら、私はオリンピックに出られたかもしれない。
そんな馬鹿げた空想で、自分を慰めたこともある。

だから、「子どもの食生活が危ない」という番組を見ていても、「なんだ、三食ちゃんと食ってるじゃないか」という、羨ましい感想しか浮かばない。
それは恵まれた人間の視点だけで構成した、偏った番組にしか見えない。
子どもたちの日常を、ことさらに大袈裟に扱っているだけではないのか。
部屋が汚いことが、特別なことだろうか。子どもがコンビニで好きな食べ物を買って食べることが、特別なことだろうか。親が、子どもにお金を渡して責任を果たすことが、そんなに特別なことだろうか。
食生活が貧しくても、普通に大きくなった大人がここにいる。

みっともない「ひがみ根性」だとは思うが、そんなことを思ってしまった。



2006/08/12 AM 11:00:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | [メディア論]

渡る世間は不可解ばかり
ウェブデザイナー・タカダ君が先日言ったことを考えてみた。

Mさんは、本心を明かさない。いつも距離を置いて話をしている。

そうだろうか。
私はいつも自分を素直に表現していると思う。
自分ほど素直に感情を出す人間は珍しい、とさえ思っている。

彼が私を誤解するのは、私が愚痴や泣き言を言わないからだろう。
しかし、それは本心を言わないということとは、根本的に違うものだ。
愚痴や泣き言を言うのは見苦しい、一度そう思ったら、愚痴や泣き言を言った途端、悪いことをした気になる。
格好つけているわけではない。自己嫌悪に陥るのが嫌なだけだ。

人というのは、ミスをなかなか認めない。
他人を責める。他人のせいにする。
しかし、私は平気でミスを認める。謝る。
だから、ひとを責めないし、ひとのせいにもしない。

友だちや取引先の相手との会話では、1対5くらいの割合で、会話のボリュームが相手側が多い。
時に、言われっぱなしの時がある。
言いがかりをつけてくる場合もある。
私は、それが「いいがかり」だと判断した場合は、脳のスイッチがオフになるので、受け流す。
要するに、聞いていない。
言いがかりを真面目に聞くと、ストレスが溜まるから、それは私流の防衛反応であると言える。

そういう、気のない態度が、「距離を置いている」と取られるなら、それは認める。
見解の相違、と言うしかない。

話変わって、「ヨメ」という人種は、私から見ると、羨ましい性格をしている。
自分のミスは、「あっ、間違っちゃった」で済ませるが、ひとのミスには容赦がない。
人のふり見て我がふりを直さない人種である。
「政治家」や「教師」、「医師」、「インチキ占い師」など、センセイと言われている人種も同様。
彼らは謝るのが下手な人種だ。ミスを隠し続ける。傲慢さを「力」だと勘違いしている。
私に言わせれば、無駄な言い訳が多い。

だが、世間では、これで十分通用するのだ。
また話の趣旨は変わるが、大学三年の時、家庭教師をしたことがある。
高校一年と二年の生徒に、数学と英語を教えていた。
ある日、その二人の親から、まったく同じことを言われた。

「もう少し、厳しく教えていただけませんか」

二人の生徒は、中間試験と比べて、期末試験の数学・英語は20点近く成績が上がっていた。
わずか二ヶ月で、それだけ成績が上がったというのは、驚くべき成果だ。
普通はそう考える。
しかし、私は生徒と友だちのように接していたから、親にとってはそれが不満だったのだろう。
勉強の成果よりも、私の教え方が生ぬるい、という印象だけで、クレームをつけてきたのである。
優しく教えると、点数が飛躍的に上がっても、それは偶然と取られる。
厳しく教えれば、成果がなくても納得する。なぜなら、一生懸命に見えるから。
一生懸命な人には、言いがかりをつけにくい。
一生懸命に見える人は、言い訳をしても許される。(それがたとえ自己中心的な言い訳でも)

同じ仕事を、鼻歌交じりで一時間で仕上げるよりも、目尻をつり上げて一心不乱(のフリをして)に、二時間で仕上げた方が、上司の評価は高い。
私は不可解に思うのだが、世間ではこれが常識らしい。

以下は、付き合いのある印刷会社の話。
終業時間の5時までに予定以上の量をこなして、仕事を仕上げる人がいる。その人はその後、仲間の「ちょっと一杯」という誘いを断って、趣味の彫刻を楽しむ。
その同僚で、予定通りの量しかこなさないが、規定時間を超えて、7時まで残業する人がいる。その後、仲間と赤提灯で一杯。

どちらが、優秀な社員だろうか。
私は一目瞭然だと思うのだが、その会社では、予定量の仕事しかしないのに、7時まで残業する社員の方が、重宝されているのだと言う。
そればかりか、5時までに予定以上の量をこなして帰る人を、変わり者扱いしていると言う。
突出して能率のいい人は、変わり者に見られるのだ。

もう一つ、付き合いのある広告代理店の話。
プレゼンテーション用の資料を独自で集め、期限より2日前に仕上げた社員がいる。出来上がりは、同僚社員も認めるほど完成度が高い。そして、残った時間で、もう一つ新しい企画書を作成した。
もう一人、プレゼンテーション用の資料を、上司のアドバイスを受けながら、期限ギリギリまでかかって仕上げた社員がいる。出来上がりは、上記の社員と甲乙つけがたかったという。

これを、課内で多数決を取ったところ、上司のアドバイスを受けた方が、全員一致で選ばれたと言うのだ。

青臭いことを言うつもりはない。
こういう「不可解な世の中」に生きているのは、誰のせいでもない。
それが常識なら、どうしようもない。

渡る世間は不可解だらけ。

この場合、その不可解さに合わせて、自分も不可解になるという手もある。
そうすれば、不可解が当たり前になって、常識人の仲間入りができる。
だが、それに対して、とことん抵抗するという手もある。

無駄を承知で、私はもう少し、この不可解さに抵抗してみようと思っている。


2006/08/10 AM 09:30:52 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

巨人が負けたせいで…
友だちのウェブデザイナー・タカダ君は子どもの頃からの巨人ファン。
春先は機嫌が良かった。独走態勢。優勝間違いなし。
だから、賭をした。

今調子がいいからと言って、優勝できるとは限らないぜ。

「何を言ってるんですか。ブッチギリですよ。この調子だと、夏ごろ優勝が決まるんじゃないですか」

いや、これから急降下して、最下位ということも有り得るぞ。

すると、タカダ君は、鼻で笑ってこう言う。
「もし、最下位になったら、好きなものをご馳走しますよ。終了までじゃなくて、シーズン途中で、もし最下位になった場合も奢りますよ」

彼の自信は見事に砕け散り、先日、一日だけだが、巨人は最下位に落ちたらしい。

「Mさん、約束通り、奢りますよ」
最下位になった翌日、力のない声で、タカダ君が電話をかけてきた。
律儀な男だ。

「何でも好きなものを言ってください。覚悟してますから」

君の事務所のそばに「大戸屋があったよね。そこで、ランチをご馳走になろうか。

「えっ、あんなに安いところでいいんですか。もっと、いいところにしましょうよ。どうせなら、ホテルのランチとか、ディナーとか」

ホテルのランチなんか食って、腹をこわしたら、誰が責任を取ってくれる? それに、大戸屋の定食は美味しいぞ。

ということで、「大戸屋」で、昼飯を食べることになった。
時間をずらしたので、店はすいていた。
生ビールを飲むか飲まないかで揉めたが、頑固に拒否するのも悪いので、飲むことにした。

彼は「天然えびのカツと豆腐コロッケ定食」を頼み、私は「炭火焼きさば定食」を頼んだ。
生ビールを加えても、トータルで二千円を少し超えるくらい。賭に負けた代償としては、丁度いい。

生ビールを一口飲んで、タカダ君は、演説をはじめた。

「Mさんは、水くさいですよ。長いこと付き合ってるのに、本心を見せてくれない。いつも、距離を置いて話をしている」

巨人に対する愚痴ではなく、私に対して攻撃を仕掛けてきたのである。
青々とした髭のそり跡が、気持ち悪いほど、濃い。ブサイクだ。
背も低い。それなのに、私より20キロ以上体重が多い。ブサイクだ。
そして、一番恥知らずなのが、私がウェブの基礎を教えたのに、今は彼の方が私より三倍以上稼いでいるということだ。

タカダ君。言わせてもらうが、俺ほど正直者はいない。君のウェブの才能を、二ヶ月目に認めたのは俺だ。二ヶ月目で、俺は素直に君に負けを認めた。お前にはかなわない、ってはっきり言ったはずだ。俺は正直なんだよ。何も隠し事はしていない。

タカダ君は、ウェブデザイナーとしての感性が、初めから鋭かった。
独自性を持っていた。
そして、馬力もすごい。あっと言う間に、難しいHPを仕上げてしまう能力は、奇跡さえ感じさせる。
すでに200件以上のHPを手がけているが、ハズレは一つもない。
彼は天才である。
尊敬もしている。
だから、彼の言う「本心を見せてくれない」という意味がわからない。

「Mさん、この間、見るからに辛そうな顔をしていたのに、俺を頼ってくれないじゃないですか。師匠の役に立ちたいのに、俺はいつも置いてきぼりですよ」

以前、彼と会ったとき、私の体調は最悪だった。
全身に血が通っていない感じで、電車の中で悪寒を感じて立ち上がれないこともあった。
右目の調子も悪かった。
かろうじて立っている、という状態だった。
彼は、その時のことを言っているのだろう。

君に頼りたくても、君は売れっ子デザイナーだ。そんな時間はないだろう。迷惑はかけたくない。

「それですよ、それ! それが水くさいって言うんです。時間なんて何とでもなりますよ。俺は自分の仕事を外注に出してでも、師匠の役に立ちたい。そう言う俺の気持ちが、師匠にはわかっていない」

こいつ、明らかに酔っぱらってるな。
真っ昼間に、そんな話をされたら、照れるだろうが。

俺は、君ほど売れっ子じゃないからね。残念ながら回す仕事もないんだよ。師匠に恥をかかせるなよ。

「いつも、これだ! まったく可愛くないんだから! アンタは格好つけすぎだよ。自分が損をしてるのがわからないのか!」

タカダ君、今日は本気モードだ。
いつもの「エヘヘ笑い」がない。
丁度「炭火焼きさば定食」が運ばれてきたところだが、タカダ君の熱気に、思わず店員と顔を見合わせてしまった。

照れ笑い。
店員も笑っている。
タレントの清水ミチコに似た顔だった。

あの…、まあ…、これから気をつけるからさ、昼食は美味しく食べようよ。

「誤魔化さないでくださいよ。俺は我慢強いから『痛い』とか『つらい』とか言わない、何てのは、友だちに対して失礼ですよ。人が奢ると言ったら、素直に受ける。悲しいときは、愚痴る。それが本当の友達です。わかりましたか!」

はい! わかりました

巨人が負けると、とばっちりが私に来る。


2006/08/08 PM 09:14:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

ハードボイルドな夜 その後
尾崎と恵実(めぐみ)が、よりを戻した。
離ればなれだった七ヶ月は、二人にとって重かったのか軽かったのか。
再開した二人は、以前と変わらずに、無関心さを装いながらも、無意識にいたわり合っていた。
そんな二人を横目で見ながら、私はフォアローゼズのロックを口に運ぶしかなかった。

そして、一週間がたった。
恵実から、話したいことがある、と携帯に電話がかかってきた。
「デートなら大歓迎だ」
私の軽口に、小さな笑い声をたてながら、恵実は待ち合わせ場所を告げた。

井の頭公園だった。
真夏の土曜の昼間は、男女の姿が多くて、日差しが強い。
暑い。
だが、汗はそれほどかかない。
吉祥寺駅から歩いて15分ほどの距離。日向の中を歩いたが、汗が噴き出すことはない。
暑さには強い。

恵実はすでに、池の畔のベンチに座っていた。
白のブラウスと黒のパンツという、シンプルな格好だ。
黒いストレートのロングヘアーが、そのスタイルにはまりすぎていて、妙な気後れを感じた。
私はと言えば、灰色のTシャツと裾がボロボロのジーパンである。
デートには似つかわしくない。

私が恵実の姿を認めたとき、髪を整髪料でテカテカにした30歳くらいの男が、恵実に話しかけているところだった。
ベージュのスーツを着た、気障な印象の男だ。
私はかまうことなく、恵実の横の開いてる空間に座った。

男と目が合う。
ちんぴらの目ではない。
しかし、目に卑しさと敵意がある。つまり、品がない。
睨み合う。

恵実がさりげなく、私に腕を絡ませてきた。
そして、私を見つめる。
化粧はほとんどしていない。
おそらくルージュだけかもしれない。
だが、それが恵実の女を際立たせていた。
自分をよく知っている女だ。

「遅かったのね」
前に立つ男を無視して、笑いかける。
目尻の皺に、菩薩のような優美さがある。
尾崎が、一番好きだという恵実の顔の皺。
今それが実感できた。

男が舌打ちをして、背を向けた。
恵実が笑いをこらえている。
黒い髪が揺れていた。
池の表面がきらきら光っている。
尾崎にとって、恵実はこの池の煌(きら)めきのような女なのだろう。
まぶしいが、目を細めて見ていたい女。

「この七ヶ月、尾崎はどんな生活をしてたんだろう」
つぶやくように私が言うと、恵実はゆっくりとこちらに顔を向けて、伏し目がちに言った。
「抜け殻だったって」
「尾崎がそんな風に正直に言うとはね」
「私もびっくりしたけど、真面目な顔で言うのよ」
「よほど堪えたんだな」

いつも何かに怒っているような、尾崎の顔を思い出して、私はおかしくなった。
気が付いたら、大声で笑っていた。
恵実もつられて笑っている。
おかしな二人連れだと思われていたかもしれない。
池の魚に餌をやっていた親子二人連れが、こちらを見ていた。

笑いが終わったあと、私たちは無言で池を見つめていた。
私から話すことはない。
恵実が口を開くのを待つだけだ。
恵実はバッグからハンカチを取り出して、頬のあたりを軽く叩くように拭いていた。
背筋はいつも通り伸ばして、綺麗なL字形になっている。

考えてみると、尾崎と恵実がどのようにして知り合ったか、聞いてなかったし、恵実がどういう経歴を持っているのかも知らなかった。
知っているのは、36歳という今の年齢だけだ。
そして、友人の連れ合い、という事実。
そんな薄い関係の二人が、暑い盛りの真っ昼間、デートスポットで有名な公園のベンチに座っている。

また、笑いが出た。
照れ笑い、というやつだ。
恵実もまた、つられて笑っている。

「尾崎がね、子どもが欲しい、というの」
笑い声に紛らすように、軽い調子で恵実が言った。
目は、私を真っ直ぐ見ている。
細い鼻筋の上に乗った目は、大きい。
黒目が大きいので、なおさら大きく感じる。
自分の意志をそのまま目で表現できるというのは、女にとって武器なのか、あるいは弱点なのか。

「尾崎はいつも、私の目を見ないで話をするのよ」
以前、恵実が言っていたが、この真っ直ぐな目を見返すのは、かなり勇気がいる。
尾崎はきっと、この目が苦手なのだろう。
おそらく恵実は何も意識していないのだろうが、媚びる部分がないだけに、男にとって怖さを感じさせる目だ。

「子どもが欲しくないといったのは、尾崎かな」
「そうね、暮らしはじめたとき、前の奥さんとの間に娘さんが一人いるというのを聞かされたわ。俺には充分だって、言ってた」
尾崎らしい考え方だ。
子どもはひとり。自分の血を引く人間は一人いればいい。それで義務は果たしたことになる。
そんな尾崎の考えはわかるが、格好つけすぎだ。

しかし、彼は今揺らいでいる。
「この七ヶ月、尾崎は何を一番失いたくないか、考えていたんじゃないかな。仕事なんかじゃない。バイクでもない。サックスでもない。アナログレコードでもない。他のすべてでもない。恵実さんだったんだ。あいつにとって、君は今失いたくない一番のものだったんだ」
そう言っている私が照れている。
消えてしまいたいほど、恥ずかしい。
しかし、尾崎の気持ちを代弁できるのは、私だけだ。
友のために、言うしかない。

恵実の瞳が、揺れた。
泣くかもしれない、と思った。
しかし、泣かなかった。

「それと同じようなことを尾崎から言われたわ。でも、尾崎らしくない言葉だわ。尾崎と繁華街を歩いていると、ちんぴらが尾崎の顔を見ると避けるのよ。今まで肩で風を切っていたのに、早足で逃げるようにね。そんな尾崎から、甘い言葉を聞かされるなんて、八年間、有り得なかったことだわ」
恵実は早口で言ったが、顔には嬉しさを含んだ笑いがある。
おそらく、恵実がこの八年間で一番言って欲しかった言葉を、尾崎が言ったからだろう。

「尾崎を変えたのは君だ。尾崎を親父にしてやれよ。そして、尾崎を縛ってやるんだ。あいつはきっと、そうされたがっている」

恵実が私を見つめる。
私も意志を自分の目で表現してみようとした。
尾崎に成り代わって、恵実を口説くつもりで。

恵実の目尻の皺。
皺がこんなにも美しい女がいる。
歳を取ることも悪くない、そう思わせる皺だ。

「尾崎がMさんを認めている理由が、わかるような気がするわ。Mさんと尾崎はすごく似ている。外見とか性格とかではなく、友だちに対して無心になれるところが」
恵実がまるで外人のように、肩をすくめながら、両手を広げた。

「もう一度言う。尾崎の子どもを産んでやってくれ。あいつは、君が心配するように、そんなことで老け込んだりはしないさ。君と子どもが、あいつを若返らせるはずだ」

恵実の目尻の皺が、一段と深くなった。
本当に嬉しいときの、恵実の笑顔だ。
瞳からは、涙が盛り上がって、溢れそうになっている。
それが、池の表面の煌めきと重なって、綺麗だった。

「ありがとう」
そう言った途端、涙が恵実の膝に落ちた。

私の役割は果たした。
ふうー。
大きな溜息が出た。
それを聞いて、恵実が声を出して笑った。

泣き笑いの恵実の顔は、なぜか尾崎の顔に似ていた。



2006/08/06 PM 03:52:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

湘南ライナーで遭遇した天海祐希
東横線元住吉の「関東労災病院」に行った帰りのことだった。

カテーテル手術をした母を見舞ったあと、渋谷から湘南ライナー「高崎行き」に乗った。
午後3時を過ぎたころだったが、意外とすいていて、珍しく座ることができた。
座るなり、東野圭吾の文庫版「分身」を読み始めた。

主人公は鞠子と双葉。
年も違う、親も違う二人だが、外見はすべてそっくり。しかし、双子ではない。
現実には、そんなことは有り得ない。
しかし、現代では、誰かが悪魔に魂を売れば、可能になる。

物語は「鞠子の章」と「双葉の章」に分けられている。
読み進むうちに、少しずつ真相が明らかになっていく。
ミステリィとしては、特別新しい手法ではないと思うが、クローン技術などの最新医学を軸にして、話はうまく展開していく。

一旦読み出すと、止まらない。
最後はどんな結末が?
東野圭吾だったら、このパターンで終わるだろう、という予測はつくが、彼はきっと、そんな私の予測をあざ笑うような結末を用意しているに違いない。

面白い小説を読んでいると、まわりの音などまったく聞こえない。
ただひたすら、物語に没頭する。
全体の5分の4くらい読み進んでいた。
話の鍵を握る人物はすべて登場して、物語は一気に結末へとなだれ込むところである。

そこへ…。

「すみません」

「すみません」

私の右に座っている男が、肘で私をつついてきた。

この無礼者が!
普通、見知らぬ人間の肘をつつくか!
俺は本を読んでいるだけで、何も悪いことはしていないぞ!


きつい目線を、隣の男に突き刺した。
無神経そうな顔の男が、それを無視するように、顎を斜め左上に「くいっ」と持ち上げる動作をしている。
ピンクのポロシャツが似合っていない。

はぁ?

また、「くいっ」。

もしかして、お年寄りが私の前にいて、辛そうに立っているから、「おまえ譲れ」と言うことか。
それなら仕方がない。しかし、何も肘でつつくことはないだろう。

眉間にしわを寄せて、私は彼が顎で示す方を見た。
女子高生が、少し腰をかがめて「すみません」と、私に向かって言っていた。

女優の天海祐希(あまみゆうき)を若くしたような顔、と言ったら、イメージしやすいかもしれない。
そして、天海祐希よりもさらに、目がクリッとして、大きい。
健康的な肌の色をしている。

肩には、白いエナメルのスポーツバックを提げている。
NIKE」と書いてある。

耳にはステレオのイヤホンをしている。MP3プレーヤか。
あまりにも可愛いので、おそらくアホ面になっていたかもしれない。
要するに、見とれていた。

「すみません」
また言われた。

はぁ(空気が抜けたような声しか出なかった)

「あのぉ、この電車、『特別快速』だと思いますけど、『上尾駅』には止まりますか」
鈴を鳴らしたような声、という喩(たと)えはいかにも古くさいが、そんな形容詞が浮かんだ。

湘南ライナーの特別快速は、ほとんど乗ったことがない。
だから、わからない。

あげお〜、う〜ん(声が裏返ったかもしれない)

天海祐希は、大きな目で真っ直ぐに見つめてくる。
まわりを見渡してみた。
隣のピンクのポロシャツに聞こうと思ったが、もう寝てやがる。

池袋駅に到着。
そのとき、ドアの上に路線図が貼ってあることに気付いた。
しかし、遠すぎて見えない。

私の目線に気付いたのか、天海祐希は後ろを振り返って、路線図を見つけた。
近寄ってみる。
そして、嬉しそうに帰ってきた。

「止まるみたいですよ」
本当に嬉しそうである。
頬が紅潮して、目がきらきらしている。

「良かったね」
そう言うしかない。

本当だったら、「俺には関係ない」と思うところだ。

本に視線を移して、読み始めたが、まったく文字が入っていかない。
目の前に天海祐希が立っている。
それだけで、集中力が削がれる。

下から盗み見ると、天海祐希は音楽の世界に浸っているように見える。
出来のいい蝋人形のようだ。

しかし、これだけ周りに人がいるのに、なぜ読書に熱中している中年男に聞いてくるのか。
人の良さそうなおばさんも、私の斜め前に座っているのに。

不可解。

これは、ミステリィよりも謎が深い。
一冊の本が書けるかもしれない(まさか)。

そんなことを思いながら、大宮駅到着。
私はここで、宇都宮線に乗り換える。

文庫本をバッグにしまって、立ち上がった。

「ありがとうございました」
天海祐希が、深々とお辞儀をする。

一瞬、このまま「上尾駅」まで乗っていきたくなった。
後ろ髪を引かれる思いでホームに立って、後ろを振り向くと、天海祐希は私が座っていた場所に座っていたが、私の視線に気付くと中腰になって、また頭を下げた。

右手を軽く振ったが、乗り込んだ人が邪魔になって、見えなかったかもしれない。

でも、ちょっと幸せな気分になった。

これからは、きっと東野圭吾の「分身」の背表紙を見るたびに、湘南ライナーで遭遇した「天海祐希」を思い出すに違いない。



2006/08/02 AM 10:15:11 | Comment(1) | TrackBack(0) | [日記]



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