Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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ホームにて(そばかすの思い出)
得意先からの帰り、埼京線に乗っているときのことだった。
携帯電話が鳴ったので、発信人を見ると、「カネコ」と表示されていた。

カネコから電話とは、珍しい。

携帯電話を新機種に変えたとき、電話番号も変わったので、そのことを彼にメールで知らせた。
3ヶ月ほど前に知らせたのだが、その時は何の反応もなかった。

カネコから反応がないのは、いつものことなので、抛(ほう)っておいた。
数年前のことだが、彼とは、四年間音信不通だったことがあった。
といっても、どちらも転居したということはなく、病気になったわけでもなく、お互い所在は変わらないままだった。

要するに、どちらも面倒臭がりで、連絡を怠っていただけである。
大学で2学年下の後輩だったカネコとは、友人の範疇(はんちゅう)に入る付き合いをしていたが、一緒に過ごしていても、三時間以上全く喋らないことがあった。

彼のことを嫌いなわけではないし、相性が悪いわけでもない。ただ、お互い喋るのが面倒臭いだけだった。
つまり、ある部分では、二人とも大変似た性格だったと言える。

車内では電話を受けることが憚(はばか)られたので、大宮駅に着いてから、こちらからかけ直した。

彼はすぐに出て、「おお」と言った。
そして、しばらく沈黙。

向こうから最初にかけてきたのだから、こちらから話すことは何もない。
せいぜい、「元気か」くらいしか言うことはないが、面倒臭いので、それも言わずにいた。

そんな状態で、無言状態が30秒以上続いた。

何か言いづらいことでもあるのかと思ったが、それを聞くのも面倒なので、黙っていた。
受話器を耳に当てながら、ホームを歩いていく。
昼の2時前後は、ホームに人は少ない。急いでいる人もいない。
たまに吹き込んでくる雨粒をよけながら、ゆっくりと歩いていく。

そして、8番線に高崎線が入ってこようかというとき、「娘がさ…」とカネコが言った。
そのあとの言葉は、電車の音が大きくて、聞き逃した。

「ん? 娘が? なに?」

カネコがまた何か言ったが、電車がホームに入ってから止まるまでの時間というのは、意外と長い。
そして、うるさい。
また、聞き逃した。

「ちょっと待ってくれないか。今大宮駅のホームにいるんだ。丁度電車が反対側に入ってきたところだから、これが行ってから、もう一回話してくれ」

かけ直すのも面倒なので、この状態で電車がホームを離れるのを待った。
また、無言が続いた。
雨が少し強くなってきたようだ。

高崎線がホームを離れていく。
宇都宮線は、あと5、6分は来ない。
ホームが静かになった。

「行ったみたいだな」
カネコが静かに言った。
「ああ、行った」

話す言葉は、二人とも短い。
20年以上もこんな付き合いが続いている。

そして、ほとんど間をあけずに、カネコが言った。
「ショウコが結婚した」
早口だった。

「えっ、まだ二十歳になっていないだろ」
たしか、今年高校を卒業したばかりのはずだ。
結婚しておかしい年齢ではないが、18才は若すぎる。

「ああ、でも今日入籍した」

カネコは30過ぎに結婚して、いきなり6才の娘の父親になった。
つまり、結婚相手に子どもがいたのだ。
その子が、ショウコだ。
他に奥さんとの間に娘がもう一人いた。

「12年間」とカネコが言った。

そして、また言葉が途切れた。
風が冷たい。雨粒も大きくなってきたようだ。

おそらく、彼はこう言いたいのだろう。

「彼女とは、血のつながりはないが、もっと一緒にいたかった。
たった12年間では、思い出が少なすぎる。
それが、さびしい」


お互い、いつも短い言葉しか交わさないが、だからこそ判ることがある。
おそらく、真っ先に私に電話をかけてきたのは、私なら判ると思ったからだろう。
私は短くこう言った。

「おまえはショウコの親父だ。ずっとな」

無言。

そして、宇都宮線が入線するというアナウンスがホームに流れた。

「ありがとう…」
カネコが、痰が絡んだような声で言った。

「おめでとう、と言っておく」

「ああ…」

電話を切ってすぐ、宇都宮線がホームに入ってきた。
しかし、私はそれに乗らずに、ベンチに腰掛けた。

涙をひとに見られたくなかったからだ。
なぜ涙が出たのか。

娘を持つ父親の感情を、少しでも共有できたからか。
無言の音の中に、カネコの心情を感じ取ったからか。

この梅雨で一番の強い雨が、線路の敷石をたたいている。
それをにじむ視界の中で捉(とら)えながら、ショウコの頬に散った雀斑(そばかす)を、私は思い浮かべていた。



2006/07/19 AM 10:13:34 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]



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