Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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2回が1回に
先週、かなり無理をしたので、腰が痛い。
立ち上がるときが一番痛い。(イテテテテ…)
だが、ちょっとしたショック療法をすると、数日で直るので医者には行かない。

自分の体のことは、自分が一番わかっているので、医者は信用しない。

偏屈オヤジである。

話は変わって、少々旧聞に属する話題。

コイズミソーリが、「今まで一日2回開いていた会見を1回にする」と一方的に通達したので、内閣担当の記者は大騒ぎ。

突然そんなことを言われても困る。
何故、どうして?


珍しく、強行に抗議したらしい。

どうやら、メディアという世界には、「あんな内容のない会見を一日2回も開くのは時間の無駄」と考える頭のいい記者はいないらしい。

彼らは自分の仕事が少なくなる、と勘違いしているのだろうか。
首相のその場限りの言動に振り回されなくて清々する、と考える人はいないのだろうか。

そんなにコイズミ内閣の宣伝をしたいのか。
それをすることによって、彼らに何の旨(うま)みがあるのだろうか。
俺たちのおかげで、高い内閣支持率を維持している、という満足感を得たいのだろうか。

彼らのことを「番記者」(総理担当記者の場合は総理番)というらしい。

他の国にも大統領に密着した記者や、特定の政治家や有力者に密着した記者はいる。
しかし彼らは、おしなべて辛辣(しんらつ)な批評眼を持っている。時に容赦のない正論を浴びせかける。

それに比べて、日本の総理番は、批判精神が欠落しているとしか思えない。
ソーリのいうことを、そのまま忠実に伝えるだけで、マスメディアの一員としての義務を完全に忘れ去っている。

今や総理番は、内閣官房長官よりも有能なスポークスマンである。
嬉々として、ソーリの宣伝をしている。
今回のことで彼らは、そんな自分の存在価値を否定された、と思っているのかもしれない。

あんなに、一所懸命宣伝してあげているのに……、なんで、減らすの(泣)。

一日2回、ソーリの会見を伝える権利というのが、そんなに大したことなのだろうか。
北朝鮮のミサイルが発射された場合は、世界的なビッグニュースだから、ソーリの意見を聞くのはわかる。これは最優先に伝えるべきニュースだから、当然のことだ。

しかし、毎日ビッグニュースがあるわけではない。
ソーリの内容のない感想文を、何故毎日ニュース画面に載せなければいけないのか。
理解に苦しむ。

日本の番記者制度は馴れ合いである。
批評精神がない。気概がない。プロ意識がない。そして、これが一番情けないのだが、目が読者に向いていない。ソーリの方ばかり向いている。

昔、ロッキード事件立花隆が田中角栄を告発したとき、ある総理番は「あの程度のことなら、担当の記者はみんな知っていたよ」と嘯(うそぶ)いたという。

それが本当なら、犯罪的に怠惰である。
記者としての矜持(きょうじ)がない。
腐敗している。

不正を知って、権力に遠慮して口をつぐんでいるなど、恥知らずとしかいいようがない。
批判を忘れたメディアなど、何の役にも立たない。

ソーリは、総裁選に出馬したとき、「8月15日に靖国参拝する」ということを公約した。
約束を守らない人間は、世間では「嘘つき」と言われる。

私は、靖国参拝に関しては、どちらでも「ご自由に」という考えだ。
戦後生まれの多くの人と同じように、靖国神社の存在を意識したことがない。
だから、行ってもいいし、行かなくてもいい。
(これは憲法との兼ね合いもあるが、その論は省く)

ただ、公約となると話は別だ。
公約は守るべきだと思う。
なぜなら、公約を基準として、彼に投票するからだ。
なにも彼の顔が「リチャード・ギア」に似ているから投票するわけではない。(いるかもしれないが…)

彼は公約を守らなかった。
日にちをずらすという姑息な手段で、誤魔化している。
そして、守らなかったのに、靖国参拝を批判する周辺国に対して、突っ張っている。
靖国参拝を批判する人たちに対しても、開き直っている。

公約を守れなかった男が、「参拝は心の問題ですよ」と強弁する。
「心の問題」なら、堂々と8月15日に参拝するべきだろう。

もし、彼が8月15日に参拝していたら、「参拝は公約ですから、私は公約を守りました」と胸を張っていい。公約を果たした立派な政治家と言える。芯が一本通っている。
しかし、彼はしていないのだ。

彼はただ単に、靖国参拝によって中国や韓国などを挑発して、彼らを(正義に難癖をつける)悪者に仕立て上げ、国民の支持を得たいだけだろう。
それは、彼が政権初期の頃からずっと使っている手法「無理矢理、抵抗勢力をつくって、自分がヒーローになる」のと同じ図式だ。

何故、総理番たちはその安直な図式を容認してしまうのだろうか。

今年、ソーリは8月15日に靖国参拝をするかもしれない、という観測が流れている。
もしそれが本当だとしたら、論外だ。

今ごろになって、彼は「私は公約を守りました」と言って、胸を張るつもりなのだろうか。

任期満了に近い時期に、最後ッ屁のように参拝するというのは、姑息だし、卑怯だ。
人間として、信じられない。

もし、それさえも嬉々として伝えるなら、総理番やメディアの存在意義など、どこにもない。



2006/07/11 AM 07:11:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | [メディア論]



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