Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
[TOP] [RSS] [すくすくBLOG]








庄司は何と読む?
新規の会社からメールがあり、仕事の件でお話ししたいので、都合の良いときに来ていただけないか、と書いてあった。

暇なので、すぐ返事を書き、日曜日だったが、昨日行ってきた。
大宮の高島屋の近くにある、比較的新しいビルの10階にその会社はあった。

まず、10階というのが気に入った。
昇り甲斐がある。

エスカレーター、エレベーターをほとんど利用しない人間にとって、10階というのは、それだけで大変魅力的な会社に見える。
ご馳走を与えられた犬の心境である。(犬の心境はわからないが)

そのビルの階段は、エレベーターの右隣のドアを開けるとあった。
重い灰色のスチールドアを、向こうに押すと、階段がすぐ目に入る。
階段を利用する人が少ないのだろう、新築並みの真新しい白い階段だ。

それを嬉々として上がっていく。
外は、じめっとしているが、階段のある空間は乾燥しており、心地よい。
階段を一段飛ばしで、駆け上がる。
7階辺りから、膝が少々重くなるが、苦しくはない。

10階まで、2分弱。
少々息が切れたが、歩いているうちに収まった。

社名を確かめてドアを開けると、受付らしきものがあったが、誰も座っていない。
見渡すと、一つの会社で1フロアを全部占領しており、デスクが50以上あった。
しかし、日曜日ということもあって、机に貼り付いているのは4人で、部外者が入ってきても、全く気にも留めず、顔も上げない。

「すみません」
と大声を出して、顔を上げたのが一人だけ。
あとは知らんぷり。
なんか寒い……。

勢いよく駆け上がって来て昂揚した気持ちが、いっぺんに萎(しぼ)んだ。
顔を上げた男は、顔を上げただけで、立ち上がりもしない。

「すみません。スカイデザインのMと申しますが、ショウジさんをお願いします。10時の約束をしているのですが」
と言って、頭を下げても、立ち上がらない。
中腰でまわりをキョロキョロと見回すだけ。
そして、口元に中途半端な笑みを浮かべている。
感じが悪い。

他の社員は、いまだに一人も顔を上げない。
いったい、どういう会社!

まるで、異国で、言葉の通じないひとを相手にしているようだ。
確か、ここは日本だったはず。(パラレルワールドに迷い込んだか)
オレ、日本語で喋ったと思うのだが。

だんだん自信が無くなってきた。
社内を見回すと、「今月の目標」という貼り紙がしてあるのが見えた。
良かった! 日本であることは間違いないようだ。
と、喜んでいても、何の解決にもならない。

ショウジさんに繋いでもらわないと、話が前に進まない。
そこで、もう一度言ってみた。
「ショウジさんと10時の約束をしているのですが」
そう言いながら、壁の時計を見ると、9時53分だった。
男は、まだ中途半端に笑いながら、中腰になってキョロキョロしている。

時間は間違えていない、会社も間違えていない(それは入口でしっかりと確かめてある)。
そもそも、1フロアに一つの会社だから、間違いようがない。

ん? もしかして、担当者の名を間違えたのか。
「庄司」というのは、普通「ショウジ」と読むはずだが、もしかして、違う読み方があるのだろうか。しかし、他にどんな読み方が?
また、自信が無くなってきた。

心が不安で押しつぶされそうになったとき、後ろでドアが開いた。
ひとが入ってきた気配がしたので振り向くと、坊主刈りの小柄な男が「Mさんですか」と聞いてきた。

「はい」と思わず大声で答えてしまった。

そして、相手が名乗った。

ショウです。お待たせしました」

は? ショウ? ん? ショウ?
まさか!


「ショウジ」じゃなくて、「ショウ ツカサ」!?
そう言えば、メールの最後の名前が、「庄 司」となっていた気がする。

名刺交換をして、もう一度確認。
「庄  司」となっている。
これじゃ、まるで笑い話じゃないか。

聞いてみると、父親が中国人だという。
「庄」は、中国語では「ゾァン」と読むらしい。

よく「ショウジ」と間違えられるので、メールでは、「ショウ ツカサ」と括弧書きを添えるのだが、今回は忘れてしまったという。

私が「ショウジ」と言ったとき、無視したのではなく、みんな笑いをこらえていたというから、ほとんど道化師だ!

宇都宮線の車内で、今日の出来事を思い出して、つい口からでた言葉。
「わー、恥ずかしい」

「やばい!」と気付いて見回すと、まわりの乗客が引いていくのがわかる。

わー、恥ずかしい……(;^_^A。



2006/07/31 AM 08:58:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

ハードボイルドな夜
約束の時間5分前に行ったが、尾崎はもうすでに来ていた。

私が隣に座ると、あごを少し引いただけで、アーリータイムズのツゥーフィンガーをゆっくりと口元に運んだ。
三年ぶりに見る横顔は、ほとんど変わっていない。
日本人にしては高すぎる鼻が滑稽なほどだが、見慣れているので、違和感はない。
普段はカジュアルな格好しかしない男だが、今日は珍しく薄茶のスーツを着ていた。臙脂(えんじ)のネクタイも締めている。

三年前の夏も、このバーで会った。
それ以来会っていない。
電話は何度かしたが、簡単な近況報告だけで、お互いの生活が見えるほどの会話は交わさなかった。

「元気だったか」
ありきたりの挨拶だ。心もこもっていない。
バーテンに、フォアローゼスのロックを頼んだ。

「俺のことを聞いているのか、それとも恵実(めぐみ)のことか」
恵実というのは、彼の奥さんのことだ。
尾崎より、11歳年下。一緒に暮らして、確か八年がたつ。

恵実とは、三回会ったことがある。
彼らの住むマンションに招待されたことは、二回あった。
音楽や読書の趣味、料理の知識が私と似ているので、話が弾んだ。
「俺と話す時よりも、嬉しそうな顔をしている」
尾崎は、呆れたような顔で我々の顔を交互に見ていた。
恵実は、美人ではないが、ふくよかな印象を与える女性で、少しとがった顎と細い鼻筋が知性を感じさせた。

「俺たち、別れたんだ」
尾崎が、伏せた目をこちらに向けながら、無表情に言った。
私と同じで、無精ひげに白いものが、かなり混ざっていた。

この間の電話では、そんなことは言っていなかった。
確か昨年の暮れに電話したときは、恵実が電話に出た。
今年になって別れたのか。
私の考えていることがわかったのか、尾崎がアーリータイムズを飲み干して言った。
「別れたのは、今年の正月だ。おめでたいはずの元旦に出ていきやがった」
カウンターを叩いて、バーテンを呼び、グラスを指さした。
同じものを、というサインだ。

「浮気か」
おまえの浮気が原因か、という意味だ。
しかし、尾崎は浮気をするタイプではない。
本気にはなるが、浮気はしない。
「本気の相手ができたのか」
「いや、そんな元気はない」
渇いた笑い声。この笑い方は、付き合って25年たっても変わらない。

尾崎は、体型は私と同じで細い。
しかし、自ら「無敗の男」と言うように、喧嘩がめっぽう強い。
身体全体から「凄(すご)み」のオーラを発している。
十年以上前のことだが、夜、渋谷の宇田川町を歩いていたとき、6人の下品なお兄ちゃんに囲まれたことがある。
私は、ずっと逃げる準備をしていたが、尾崎は一人で、その6人を倒してしまったのだ。

空手や柔道の経験があるわけでもないのに、ケンカ道は名人級である。
普段は、私の方が敏捷で、体力的にはすべて勝っているが、喧嘩となると、尾崎はケダモノになる。
容赦がない。
ためらい、というものがないのだ。
6人は、可哀想だった。
暗くてよく見えなかったが、5人は顔面血だらけだった。

そして、倒したあとの尾崎が、また凄いのだ。
渇いた笑い声で、「明るいときに訪ねてきな」と言って、自分の名刺を落としていくのである。
リターンマッチを望んでいるのだ。

また、新宿の海鮮料理屋で、ヤクザっぽい二人組に絡まれたときも、ひと睨みで相手を黙らせていた。
良からぬ世界に生きるものたちには、彼の醸(かも)し出す「凄み」は、危険な匂いがするらしい。

ただ私の場合は、たとえ喧嘩の場面を見たとしても、彼の凄みを肌で感じることはないので、平気で付き合っていられる。
むしろ、尾崎の方が、私を苦手にしているように思える。
「長い間付き合っていても、おまえがよくわからないときがある。実態を掴めないんだ」
尾崎がよく私に対して言うことである。
「おまえと喧嘩しても、勝てる気がしない」とも言われた。
おそらく私が、尾崎のことを怖がらない、唯一の男だからだろう。
恵実にも言われたことがある。
「この人が、友だちに気を遣うなんて、はじめて見たわ」

尾崎のことはよく知らない。
25年前、一人旅の途中、立ち寄った長岡駅の待合室で、貧相な男に声をかけられた。
「東京に帰る旅費が少し足りなくなったので、これを買ってくれないか」と、ペリカンの万年筆を見せられた。
やせ細った病的な印象の男だったが、卑屈な感じはしなかった。
死に神を品良くしたら、こんな感じかもしれない。
話しながら、そんなことを思った。

万年筆は、新品ではなかったが、持ってみたら、手にしっくり来た。
新品なら相当値の張るものに違いない。
「こちらも貧乏旅だから、余裕はない。三千円くらいしか出せないが」
と言ったら、渇いた笑い声で「俺が考えていた額と一緒だ」と言われた。

商談が成立したあとに、「あんた変わってるね」と男に言われた。

なぜ。

「俺に対して、全然警戒心がない。何人かに話しかけたが、あんたはまったく身構えなかった。そんなやつは初めてだ」
旅先では、色々なことがある。いちいち身構えていたら、旅がつまらなくなる。
私がそう言うと、「まったくだ」と、また渇いた笑い声をたてた。
お互い別方向に行くので、長岡で別れたが、男は連絡先を書いた印刷物をくれた。
東京中野で、化粧品店をやっているらしい。
私と同じくらいの年なのに、もう店持ちか。
男の雰囲気と化粧品店は似合わない気がしたが、見かけと中身が違うのは、別に珍しいことではない。

それが尾崎との出会いだった。

尾崎とは、友だちらしい付き合いをしたことがない。
ただ、年に二、三回、中野か渋谷で酒を飲むだけだ。
深酒はしない。お互い、適当なところで切り上げて別れる。
そんな付き合いがずっと続いていた。
お互い、どんな生活をしているかは知らない。

だから、八年前「おまえに見せたい女がいるんだ」と尾崎に言われたとき、驚いた。
「俺でいいのか」と聞いたが、珍しく尾崎が緊張した顔をしていたのを見て、つい頷いた。
尾崎は、今日と同じ薄茶のスーツを着て、ネクタイを締めていた。

その相手が、恵実だった。
黒いロングのストレートヘアーと白いスーツが、鮮やかな印象の女だった。
顔は全体が小さくまとまった感じで、幼い感じがした。
しかし、話すと知性を感じさせる低音で、語尾をはっきりと言う女だった。

「こいつと暮らしたいんだが」
そう言われても、どう反応していいかわからなかった。
それはおまえの自由だ、と言えばいいのか、あるいは、いい女じゃないか、と言えばいいのか、ためらった。

「こいつを紹介するのは、おまえがはじめてだ」

目の前の酒に、一度も口を付けずに、私の顔を窺うように見る尾崎。そんな尾崎も初めてだった。
恵実はその横で、背筋を伸ばして、私を見つめている。いや、睨みつけていると言った方がいいかもしれない。
気の強い女だ、と思った。

私は、恵実を見て、何度か頷いた。
それを見て尾崎は、「テストは合格らしいな」と言って、はじめてグラスに口を付けた。
グラスを持つ手に、力が入っているのがわかった。
それほど、恵実のことが好きだったのだ。
しかし、その恵実と別れたという。

「価値観の違い、ってやつか」
からかうように聞いてみた。
尾崎は、アーリータイムズを飲む手を休めて、私に顔を向けた。

お互い歳を取った。肌に張りがない。目蓋も少したるんできたようだ。
スーツの似合う尾崎など、昔は想像したことがなかった。
しかし、目の前の尾崎は、コスメショップの社長として、まったく違和感がなかった。

さびしさ、がある。
歳を取るということは、さびしくなる、ということだ。

尾崎が自嘲気味に言う。
「俺もおまえも、さびしい歳になった、って言っちまったんだな」
「奥さんにか」
「ああ、それで幻滅されたらしい。このままジジイになるつもり、って。すごい剣幕だった。ジジイと結婚したつもりはないわ、って。はじめてだよ、恵実があんなに怒ったのは」

恵実なら、そう言うかもしれない。
尾崎はいつまでも尾崎のままでいて欲しいと、恵実は思っていたはずだ。
そのために自分は尾崎に尽くしているのだから。

だから裏切られた、と思ったのだろう。
尾崎でない尾崎など、見たくない。信じたくない。
そして、出ていった。
恵実らしい行動だと言っていい。

「ジジイと結婚したつもりはない、か。それは強烈だ。おまえ、何も言わなかったのか」
「ああ、何も言えなかった。黙ってたら、出ていっちまった」
「それ以来連絡は…。法律的にも離婚したのか」
「もともと入籍もしてなかった」
そのあたりは、尾崎らしいと言えた。
こだわらない男だ。

「恵実さんと、やり直そうとは思わないのか」
恵実が傍にいない尾崎は、さらに老け込むだろう。
それは無惨だ。
私は、そんな尾崎は見たくない。

「それでだ」
尾崎は、身体を私の方に少し回して、私の目を真っ直ぐに見た。
八年前もこんな目をしていたような気がする。

「おまえに見せたい女がいるんだ」

笑うしかない。

尾崎も笑っている。
馬鹿馬鹿しいが、付き合うしかなさそうだ。

私のスツールの横に、いつの間にか、黒いロングのストレートヘアーをした白いスーツの女が立っていた。



         2006.7.28夜_南青山 BAR Yにて



2006/07/29 AM 08:53:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

必殺仕事人のテーマ
私には3歳年上の姉がいる。
姉は未婚。子どもはいない。友人もいない。無職。

姉とは、子どもの頃から、ほとんど会話を交わしたことがない。
どんな話をしても、話が噛み合わないのだ。

どんな話題でも、最後になると話の方向が「姉の妄想」に行き着いてしまうので、話していて虚しくなる。
子ども心に、「姉はおかしい」といつも思っていた。
だから、なるべく関わらないようにしていた。

姉は、頭は普通以上に切れる。優秀な部類に入る。記憶力の良さは比類がない。
しかし、努力をする才能がない。
自分の可能性をすべて閉ざして、妄想の世界に浸るだけの人生を生きている。

今年の5月ごろから、その状態がさらにひどくなった。

ゴールデンウィークに、姉から私宛にCメールが来た。
この4月に携帯電話を新機種にしたのだが、運悪く姉と同じ「au」だった。
姉と同居の母に新しい電話番号を教えたところ、それが姉に伝わってしまい、「恐怖のCメール攻撃」が始まったのである。

姉からのメールは、わかりやすいように「必殺仕事人のテーマ」に乗ってくる。
平均すると、一日5回くらい「必殺仕事人」が鳴る。

内容は、8割方、理解不能。
残りの2割は、病気の母親の病状報告。これは普通に理解できる。
8割のメールは、主語がなく、句読点の全くない文章で、しかも話が前後するから、全体を捉えづらい。
今日のことを言っているのかと思ったら、ひと月前のことを言っていたりすることがある。

概して、他人の悪口が多い。
それも、姉が会ったことのない人の悪口だから、根拠がわからない。
ただ、すべてのメールに共通していることは、「自分は悪くない。自分は世界で一番可哀想な人間である」というところ。

それを、妄想を交えて、時間軸を無視して書くから、話が伝わらない。

同じ内容のメールを立て続けに、6件送ってくることもある。
内容が理解できないから、返事の書きようがない。
絶えず興奮しているようなので、「落ち着いて」とだけ返信する。(返信は20回に1回くらいの割合でしている)

こちらの頭がおかしくなりそうなので、最初「着信拒否」をしようかと思ったが、あとの展開が怖いので、それは止めにした。
夜中の3時、4時でも、平気で「必殺仕事人」が鳴る。
内容は、とても夜中に寄こすようなものではない。

すごい人だと思う。

あまりすごいので、誰かに相談することにした。
本当は、本人を精神科などの医者に診せたいところだが、それは北朝鮮を翻意させるよりも難しいことだ。
異常な怖がりで、異常にプライドの高い姉が、承諾するわけがない。

そこで、精神科医の「メール相談」を利用することにしたのである。

このままでいったら、「俺がノイローゼになる」と思ったからだ。
仕事に支障をきたす。

「メール相談、3往復で5,000円」というシステムのものを利用した。
怪しい感じがしたが、藁をもすがる心境である。

最初は、姉の人物を客観的に描写したものを送った。(正確で細かい描写を心がけたのでかなりの長文になった。全部読んでくれたか心配)

そして、こんな返信が来た。
「もし、薬物中毒でなければ、社会不安障害かもしれません。あるいは、診察行為をしてみたら、統合失調症と診断される可能性もある」(要約)

そんなことは、こちらもインターネットで調べればわかる。予想していたことだ。その病名のことは、メールに書いたはずだ。
そんなことを聞くために、金を払ってるんじゃねえぞ。
素人にわからない精神医学理論と治療方法、対処方法を教えてもらいたいから、メールしてるんだろが!


そこで、支離滅裂な姉のメールを一件添付して、これで判断できないかと聞いてみた。

「文章としては全く意味不明で、判断のしようがない。この心境に至った心理的背景がわからないと、何とも判断できない」(要約)

アホか! 1件目のメールで、ほとんどすべての状況を時間の経過に合わせて説明しているのに、何で判断できないんだ。意味不明なのは、こちらも同じだ。だから専門家の意見を聞いてるんじゃねえか!

いけない! あまり頭に来たものだから、乱暴な言い方になってしまった。

最後に、姉から来た意味不明のメールをさらに5件、添付して聞いてみた。
「そちらは専門家ですから、解読能力を期待しています」という、皮肉の効いた文章を最後に添えた。(こちらもかなり感情的になっていたかも)

「残念ながら、ご本人と直接会話してみなければ、判断できかねます。一度ご足労ですが、ご本人をお連れください」(アッサリ)

唖然、呆然。
語る言葉なし。


本人を連れて行ったところで、自分を美化する能力は天才的だから、本当のことを言うわけないだろう!(姉は高校の時の心理テストで、『行動は極めて積極的、他人への思いやりが強い』と判断されたことがある。あまりにも嘘の答えばかり書くので、母親が学校に呼ばれて説教された。お節介な学校だが、本当のことだ)
だから、私が客観的に、細大漏らさず事実を伝えたというのに!

期待した私が馬鹿だった。

「必殺仕事人」に頼んで、この医者、抹殺してもらおうか。

ほらまた、「必殺仕事人のテーマ」が鳴ったぞ。



2006/07/27 AM 09:01:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | [怖い話]

歌舞伎役者アベ
フクダ氏が総裁選に出馬しない意向を示したことで、アベ氏が自民党総裁になることは既定の事実となった。

しかし、メディアというのは、時に理解しがたいことをする。
誰も出馬宣言をしていない段階で、「次の総理には誰が相応しいか」という人気投票をするのである。

まだ、どの馬も出ていないのに、当たり馬券の予想をする「予想屋」などいるわけがない。

この「人気投票」では、アベ氏が最初から1位を走っていた。
重ねて言うが、誰も出るとは言っていないのだ。
出ないかもしれないのに、無理矢理「人気投票」をするというのは、何らかの異図があると思わざるを得ないではないか。

なぜ、立候補者が確定してからの世論調査ではいけないのか?

メディアはこぞって、アベ氏を「総裁候補」として、認知させようとしているかのようだ。
つまり、早々と「勝ち馬に乗る」方式を取ったのだと言える。
ここで、アベ氏に恩を売っておいて、「ぶら下がり記者会見」の権利を得たいのだろうか。

「靖国問題」で、理性的な発言をしているフクダ氏より、中・韓・鮮に敵対的発言をしているアベ氏の方が、新聞の見出しになりやすいから、彼をクローズアップしたいのか。
あるいは、アベ氏の方が、コイズミソーリのように、センセーショナルな見出しを付けやすいという、「タブロイド誌」的な発想に毒されているからか。

メディアは、「対話」より「敵対」が、好き。
その方が新聞が売れる! 視聴率が取れる!

外交とは「対話」の技術によって、自国を有利なポジションに置くことである。
厳密な意味で、コイズミソーリに外交の技術はない。
初めから、けんか腰である。
俺はすべての「抵抗勢力」と戦うヒーローだ。敵は多ければ多いほどいい。その方が、同情と関心が集まるから!

アベ氏とソーリは一見したところ、似ていない。
アベ氏には、ソーリほどの軽薄さはないし、虚勢も張らない。
ただ、穏やかな笑みに隠しながらも、しっかりと敵の存在を政治に利用している。(ソーリの軽薄さの陰に隠れているので、得をしているが)

アベ氏は、ソフトな語り口、甘いマスクの持ち主。
政治家の家系で育っているから、血統の良さは折り紙付き。

極めつけの、政治家ブランド一家である。

アベ氏の父「安部晋太郎」は、憲政史上、トップクラスの「超タカ派」だった。
他国との融和は、二の次の人だった。
親がそうだからといって、子もそうとは限らないが、今までの言動を見ていると、父の影響を色濃く受けているように思われる。

だが、アベ氏の華やかな血統甘いマスクにしか興味がない、「おばちゃん」(ミーハー)ファンには、それがどんなことかは、全く理解できないだろう。

政治音痴の有権者から見れば、アベ氏は「歌舞伎役者」的な存在に映る。
代々受け継がれた、伝統美。
衣の下に、「必殺の武器」を隠していても、見えなければ、「素敵」としか感じない。

失笑もののパフォーマンスを繰り返す「丸投げの殿」から、おばちゃん殺しの「歌舞伎役者」にバトンが移る。(他の人が総理になる可能性も数パーセントは残されているが)

そして、アジアの中で、日本は孤立する。
北朝鮮を笑っている場合ではない。

北朝鮮と日本の違いは、極端に言えば、アメリカが付いているかいないかの違いだけなのに、メディアはそれに気付かずに、虚しい「人気投票」を繰り返している。
孤立する「極東の島国」の認識がない。
「政策」ではなく「名前」だけで、候補を選ばせている。

メディアは、明らかに退化している。


2006/07/25 AM 09:05:48 | Comment(0) | [メディア論]

「コメンテイター」と書いて「うさんくさい」と読む
ニュース番組に「コメンテイター」というものが現れたのは、いつ頃だろうか。

それほど昔ではない気がする。
昔は、キャスターが一人でニュース原稿を読んでいたと思う。

おそらくは、「ニュースステーション」あたりからか。
確か、小林さんという人がいつも
久米宏の隣に座っていた。
彼が穏やかに論評する姿と、軽薄な久米宏との対比が面白くて、いいコンビだと思って見ていた。(小宮悦子も合わせると、いいトリオ)

ニュースステーションは、賛否両論でいえば、きっと「否」の方が多い番組だったかもしれない。
NHKのように公明正大を装いながら、体制寄りの報道しかしないニュース番組が、本当のニュースであると思っている人には、受けが悪いだろうが。

NHKのニュース番組は、ほとんど見ないので断言できないが、キャスターの隣にいつもコメンテイターがいるというシステムではなかったと思う。
コメンテイターが余計なことをいうのを、怖れているからかもしれない。(報道内容が、ちょっとでも政府批判と受け取られたら、
強面議員に脅される)

他の局の場合は、たいてい仰々しい経歴を持ったコメンテイターが、眉間にしわを寄せて、もっともらしい顔をして座っている。

噛んで含めるように丁寧な説明をする人や、「俺が権威だ!」と尊大な態度で「教えてやる」式の説明をする人、感情を表さず機械のように冷静に説明する人など、色々といる。(この人たちに共通しているのは、過激なことを言う人がほとんどいないこと)

ただ、どちらにしても、彼らの背後には系列の新聞社がある。
日本テレビは「読売新聞社」。
TBSテレビは「毎日新聞社」。
フジテレビは「産経新聞社」。
テレビ朝日は「朝日新聞社」。
テレビ東京は「日経新聞社」。
NHKは、日本国政府

北朝鮮のミサイル発射問題でも顕著だったが、どのニュース番組のコメンテイターも系列新聞社の傀儡(かいらい)でしかない。
系列新聞社の論調から逸脱することはない。

要するに、系列新聞社のシナリオに縛られている。

彼らに、不偏不党など有り得ない。
彼らは、特定の利益の代弁者に成り下がっている。
彼らの思想的基盤が、系列新聞社が左か右かで、大きく異なる。

しかしこれは、当たり前と言えば、当たり前のことだ。
目くじら立てるほどのことではない。
ただ、いかにも公明正大のふりをして、視聴者をミスリードするのが、個人的に我慢ならないだけだ。

話の頭に「読売新聞社の考えによれば」とか「毎日新聞社の意見では」などと付けてくれれば、すんなり聞くことができる。
あるいは、「政府の不利になることは控えさせていただきます。報復が怖いので」と言ってくれてもいい。
これなら、胡散臭さがなくなる。

結論が決まっているのに、都合のいい「検証結果」だけを示して、さも公平に「検証しました」という報道は、私の感覚では露骨なミスリードとしか思えない。(少々古いが『所沢ダイオキシン汚染報道』というのがあったが、それが典型か)
そして、「コメンテイター」がその検証の後押しをすると、視聴者は何の疑いもなく、納得してしまう。
コメンテイターは検証を追認するための道具になっている。

コメンテイターは、国民の意見を代弁する人種にあらず、系列新聞社の代理人に過ぎない。

だから最近、私の頭の中では「コメンテイター」という字を見ると、「うさんくさい」と読んでしまうのだ。


2006/07/23 AM 09:41:43 | Comment(1) | TrackBack(0) | [メディア論]

巨人・コイズミ・読売新聞
知人や得意先の人たちは、圧倒的に巨人ファンが多い。
野球ファンでなく、スポーツファンでもなく、「巨人ファン」である。

なぜ「巨人ファン」と限定して言うかというと、彼らのほとんどが、他のチームに興味がないから。
巨人の勝敗や選手には興味があるが、他のチームの知識を得ようとしない。
そして、野球のルールをそれほど知らないし、知ろうとしない。

また、彼らには、他にも共通点がある。
サッカーのワールドカップには興味があるが、日本が負けると、途端にトーンが落ちる。
オリンピックなども、日本選手にしか興味がない。
そして、競技のルールを知らないし、知ろうとしない。
彼らの思考方法は、スポーツ新聞の論調を踏襲(とうしゅう)している。

彼らにとってスポーツは、勝ち負けだけが重要だ。

だから、巨人が弱くなると、彼らはテレビを見ない。

巨人は強くなきゃ、嫌だ!

これを本当の意味の「ファン」と言っていいのか。
本当のファンは、そのチームがどんなに弱くても、応援はやめない。
負けても、何度負け続けても、東京ドームに足を運ぶ人こそ、本当の「(尊敬すべき)巨人ファン」である。

負けるところをみるのが嫌だから試合を見ないファンというのは、ただのにぎやかしではないか。
かつて、負け続けだった頃の「タイガースファン」、「ロッテマリーンズファン」と比べてみて欲しい。
どちらが、純粋なファンと言えるだろうか。

この2チームは、今や優勝争いの常連チームになっている。
これこそ純粋なファンがもたらしたパワーの結果、というのは都合のいい解釈だろうか。

さらに、「巨人ファン」のもう一つの共通点は、コイズミ内閣を支持する比率が多いこと。(少々こじつけ)

つまり、寄らば大樹の陰付和雷同型人間。

彼らは「改革」という言葉に弱い。
「改革」という実態ではなく、ただ単に「改革」というブランド的な響きに弱いのだ。中身はどうでもいい。
「巨人」というブランドに、疑うことなく反応するのと同じだ。
それを威勢のいい調子で言われたら、一も二もなく「感動する!」

節目節目のわざとらしい(寒々しい)パフォーマンスも、惚れた目から見ると、最優秀主演男優賞並みの名演技に見えるらしい。

彼の信奉者はこういう。
「今までの派閥を無視しているところがスゴイね」

確かに他派閥は影が薄くなったが、自派の森派は、膨張している。
それを言うなら、「他派閥無視」と言って欲しい。


「それは結果論だよ。偶然そうなっただけだ」

派閥を無視するということは、逆に言えば派閥を認めているということ。無視ではなく、派閥を解消することが本当の「改革」ではないのか。

「いいじゃない。政党自体が派閥みたいなものなんだから。そこまで目くじら立てることはない」

では、「自民党をぶっ壊す!」と言った人間が、派閥である自民党をぶっ壊さずに膨張させているのは何故?
それも結果論?
「改革」というのは「オレの言うことだけを聞く議員を増やすこと」なのか。
普通、それは「独裁者」と言うんじゃないのか?!


「国が良くなるのなら、『独裁者』でもいいんじゃない」

それは、「巨人だけが強ければいいんだよ」という読売新聞社の考え方と一緒だな。

そうすると、読売新聞が「コイズミ内閣」に肩入れしているのも、独裁的な体質が似ているからか、
と勝手に合点がいった。

見事な? 三段論法


2006/07/21 AM 08:50:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | [メディア論]

ホームにて(そばかすの思い出)
得意先からの帰り、埼京線に乗っているときのことだった。
携帯電話が鳴ったので、発信人を見ると、「カネコ」と表示されていた。

カネコから電話とは、珍しい。

携帯電話を新機種に変えたとき、電話番号も変わったので、そのことを彼にメールで知らせた。
3ヶ月ほど前に知らせたのだが、その時は何の反応もなかった。

カネコから反応がないのは、いつものことなので、抛(ほう)っておいた。
数年前のことだが、彼とは、四年間音信不通だったことがあった。
といっても、どちらも転居したということはなく、病気になったわけでもなく、お互い所在は変わらないままだった。

要するに、どちらも面倒臭がりで、連絡を怠っていただけである。
大学で2学年下の後輩だったカネコとは、友人の範疇(はんちゅう)に入る付き合いをしていたが、一緒に過ごしていても、三時間以上全く喋らないことがあった。

彼のことを嫌いなわけではないし、相性が悪いわけでもない。ただ、お互い喋るのが面倒臭いだけだった。
つまり、ある部分では、二人とも大変似た性格だったと言える。

車内では電話を受けることが憚(はばか)られたので、大宮駅に着いてから、こちらからかけ直した。

彼はすぐに出て、「おお」と言った。
そして、しばらく沈黙。

向こうから最初にかけてきたのだから、こちらから話すことは何もない。
せいぜい、「元気か」くらいしか言うことはないが、面倒臭いので、それも言わずにいた。

そんな状態で、無言状態が30秒以上続いた。

何か言いづらいことでもあるのかと思ったが、それを聞くのも面倒なので、黙っていた。
受話器を耳に当てながら、ホームを歩いていく。
昼の2時前後は、ホームに人は少ない。急いでいる人もいない。
たまに吹き込んでくる雨粒をよけながら、ゆっくりと歩いていく。

そして、8番線に高崎線が入ってこようかというとき、「娘がさ…」とカネコが言った。
そのあとの言葉は、電車の音が大きくて、聞き逃した。

「ん? 娘が? なに?」

カネコがまた何か言ったが、電車がホームに入ってから止まるまでの時間というのは、意外と長い。
そして、うるさい。
また、聞き逃した。

「ちょっと待ってくれないか。今大宮駅のホームにいるんだ。丁度電車が反対側に入ってきたところだから、これが行ってから、もう一回話してくれ」

かけ直すのも面倒なので、この状態で電車がホームを離れるのを待った。
また、無言が続いた。
雨が少し強くなってきたようだ。

高崎線がホームを離れていく。
宇都宮線は、あと5、6分は来ない。
ホームが静かになった。

「行ったみたいだな」
カネコが静かに言った。
「ああ、行った」

話す言葉は、二人とも短い。
20年以上もこんな付き合いが続いている。

そして、ほとんど間をあけずに、カネコが言った。
「ショウコが結婚した」
早口だった。

「えっ、まだ二十歳になっていないだろ」
たしか、今年高校を卒業したばかりのはずだ。
結婚しておかしい年齢ではないが、18才は若すぎる。

「ああ、でも今日入籍した」

カネコは30過ぎに結婚して、いきなり6才の娘の父親になった。
つまり、結婚相手に子どもがいたのだ。
その子が、ショウコだ。
他に奥さんとの間に娘がもう一人いた。

「12年間」とカネコが言った。

そして、また言葉が途切れた。
風が冷たい。雨粒も大きくなってきたようだ。

おそらく、彼はこう言いたいのだろう。

「彼女とは、血のつながりはないが、もっと一緒にいたかった。
たった12年間では、思い出が少なすぎる。
それが、さびしい」


お互い、いつも短い言葉しか交わさないが、だからこそ判ることがある。
おそらく、真っ先に私に電話をかけてきたのは、私なら判ると思ったからだろう。
私は短くこう言った。

「おまえはショウコの親父だ。ずっとな」

無言。

そして、宇都宮線が入線するというアナウンスがホームに流れた。

「ありがとう…」
カネコが、痰が絡んだような声で言った。

「おめでとう、と言っておく」

「ああ…」

電話を切ってすぐ、宇都宮線がホームに入ってきた。
しかし、私はそれに乗らずに、ベンチに腰掛けた。

涙をひとに見られたくなかったからだ。
なぜ涙が出たのか。

娘を持つ父親の感情を、少しでも共有できたからか。
無言の音の中に、カネコの心情を感じ取ったからか。

この梅雨で一番の強い雨が、線路の敷石をたたいている。
それをにじむ視界の中で捉(とら)えながら、ショウコの頬に散った雀斑(そばかす)を、私は思い浮かべていた。



2006/07/19 AM 10:13:34 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

ソーラン節と恋のプチアゲ天国
昨日は、久しぶりに一日オフ。

息子は朝早くから、卓球の大会へ行き(早朝6時に出かけた。弁当を作るのが大変)、ヨメは花屋のパート。

午前中は、小学5年の娘と二人きり。
彼女は、9月の運動会の出し物「ソーラン節」の練習を懸命にやっていた。

「踊るから、ずっと見てろよ」と言うので、ずっと見ていた。(見せられていた)

娘は、昔からダンスが好きで、人よりも早く覚えることに闘志を燃やしている。
今回もクラスで一番早く覚えた、と言って威張っていた。

「ソーラン節」は、全身を使って表現するので、かなりハードだ。
それを7回8回と、繰り返しやっている。
自分の納得のいくまでやる。

「疲れるだろ、少し休んだら」
と言っても、納得するまでやめない。

10数回踊って、「よし、これだな」
やっと納得のいく踊りができたらしく、大きく頷いて、踊りをやめた。

だが、これで終わりではない。
今度は林間学校で踊る「恋のプチアゲ天国」の振りを見て欲しいという。

少しは休んだ方がいいんじゃない?
汗も拭いた方がいいし…。


「いいの! こういうのは勢いでいかなくっちゃ!」

踊り始めた。

うまいものである。
音楽なしでも、体が反応して、リズミカルに踊っている。

無表情にパラパラを踊る姿を見て、「コイツは絶対にギャルになる」と確信した。

「恋のプチアゲ天国」は、すぐに納得がいったらしく、2回で踊りをやめた。

その途端、娘が言う。

「わー! ヤダ! 汗ビッショリじゃん! 気持ち悪っ! あ〜! ヤダッ!」

叫びながら、風呂場に行った。
シャワーを浴びるようだ。

15分後、シャワーを浴びてきた娘。
「サッパリした。ホント、汗って、気持ち悪っ! 嫌なんだよね、夏って、何で汗かくんだろう、あ〜、ホントにヤダ!」

汗は体の老廃物を流してくれるから、体にとって、いいものなんだよ。
汗をかく気持ちよさを知ったら、夏が楽しくなるよ。
君もパパの子なんだから、きっと夏が好きになるはずだよ。


それを聞いて、間髪入れずに娘は、
「じゃあ、アタシは、おまえの子じゃなくていいから!」

何という、切れ味鋭い、切り返し!

なんと頼もしい娘! (;_;)




2006/07/17 AM 10:45:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | [子育て]

高校野球のJUON
「夏はやっぱり、高校野球だよね!」

「あの清々(すがすが)しさ、純粋さ、ひたむきさを見てると、涙が出るよ」


昨日の夜、最近親しくなった友人と電話で話したとき、彼が言ったことだ。

それを聞いて、ひねくれ者の私はいつも思うのだ。

ひたむきなのは、高校野球だけじゃない。
暑い夏の盛り、陸上部は誰も見ていないところで、野球部の何倍も練習をしていた。
硬式テニス部もそうだった。バスケ部も、剣道部も…。

高校野球だけが、清々しく、ひたむき?
お前らは、ただ大手新聞社の商業主義に踊らされているだけじゃないか。
スポーツの本質を何も知らない。(可哀想な人たち……)

昨年の8月、得意先でこんな雑談があった。

「カスカベキョウエイ、惜しかったね。相手が悪かったかな。これで今年の夏の楽しみがなくなったよ」

は? カスカベキョウエイ? 何じゃそりゃ!
何が惜しいんだ? 夏の楽しみがなくなったということは、「カスカベキョウエイ」というのは、夏に関係しているイベントなのか?(春日部市の競泳大会?)


高校野球に興味がない私にとって、「カスカベキョウエイ」というのは、埼玉県春日部市のイベントとしか思えなかった。
そこで、間抜けにも、こう言ってしまったのだ。

ああ、カスカベキョウエイ? え〜と……、あれはいつからやってたんでしたっけ?

相手は、私が何を言っているのか理解できず、10秒間くらい固まっていた。
「いつからって、昨日、負けたでしょ。○○○○(何て言ったか、覚えていない)に! 見なかったの!」

「負けた」という言葉で、何となく「カスカベキョウエイ」が、高校野球の出場校だと理解できた。
少し考えて、甲子園大会のことを言っていたのだ、と遅ればせながら気付いた。

彼は、日本人ならみんなが高校野球に興味を持っていると決めつけて、いきなり「カスカベキョウエイ」という話題を振ってきたのだ。

高校野球に興味のない私は、この時期、肩身が狭い。
私が知っているのは、PL学園だけだ。しかも、清原の出身高校であるという非常に薄い知識しか持っていない。

このように高校野球に関して、私の知識はゼロに近い。

時に人から憐れみの目で見られる。

「あんな面白いスポーツに興味ないなんて、珍しいね(可哀想に)」

しかし、高校野球に興味はないが、イチャモンはいくらでもつけられる。

炎天下、同じピッチャーに予選から決勝戦まで投げさせるのは、狂気の沙汰。
野球というスポーツは、投手の運動量が、他のポジションより圧倒的に多いのだから、投手こそ休ませるべきなのに、高校野球では投手が酷使(虐待)されている。

一回表ノーアウトで送りバントをさせるのは不可解。
試合の初めから、わざわざ相手にアウトを一つ献上するのはあまりにも消極的だ。策がない。
それに、バントがあまりにも多すぎて、試合の流れが止まるのが嫌だ。

毎日練習している割りに、パワーがない。守備が下手。肩が弱い。足が遅い。とっさの判断ができない。
監督に個性がない。笑顔がない。審判が下手。選手の坊主頭が気持ち悪い。

そして、一番気にくわないのが、あまりにも美化されすぎているところ。

汗と涙の甲子園。
純粋な球児たち。


主催する新聞社の思惑通りに、見事に洗脳されている。
読売新聞社が、販促の一環として「巨人」を利用したのと同じ手口である。
それを朝日新聞(夏の甲子園)と毎日新聞(春の甲子園)が踏襲している。
胡散臭(うさんくさ)い

昔、私が通っていた高校にも野球部があった。
地区予選一回戦でいつも負けていたのに、女子マネが2人もいた。

それに対して、彼らよりはるかに運動神経のいい、イケメン揃いの我が陸上部には女子マネがいなかった。

その恨み、いまだ忘れず!
(私の高校野球嫌いには、こんな高尚な理由があった!)

今年もまた、恨みの夏がやってくる。



2006/07/15 AM 11:43:02 | Comment(0) | [怖い話]

ヤケクソで絵文字
今週は、夕方以降が慌ただしい。

チラシの締切やら、ポスターの締切、イラストの修正などが毎日午後6時以降に立て続けにやってきた。(まるで売れっ子デザイナーみたいだ)

特にひどいのが、イラストの修正だった。
ウォーターサーバのリアルイラストを先週の土曜日に頼まれて、1日で仕上げたのだが、「頼んだのは違う機種でした。本当はこっちです、エヘヘ」という、信じられないミスで、描き直すことに。

同じ会社の製品だから、外見は似ているのだが、応用がきかない部分もある。
特に、上にのっけるウォーターボトルが決定的に違う。

最初に描いたのは円柱だったが、今回のは断面が六角形だ。
光の反射の仕方が、まったく違う。

リアルイラストは、光と影がすべてだと言っていい。
光と影をどれだけ本物っぽく見せるかで、すべてが決まる。

今回は、映り込みは描かなくていいので、そのぶん楽だが、誤魔化しがきかないとも言える。

六角形の場合、それぞれの面のグラデーションと濃度が重要だ。
そして、角のアールの部分の光の表現で、立体的に見せる工夫をする。

昨晩、頭が痛くなるくらい集中して仕上げて、データをメールで送った。

そして今朝、朝イチで先方から返信を受け取った。

「大変素晴らしい仕上がりで、満足しています。ただ、申し訳ありませんが、今回はイメージ重視でいこうという方針に変わりましたので、そのまま写真を使うことになりました。ご了承ください。なお、2件のイラストに関しては、通常通り請求してください。今回は、ご迷惑をおかけしました」

(呆) (`ε´)

あんなに急がせて、修正も大急ぎでやって、この仕打ち!

ヽ(`⌒´)ノむっき〜

頭に来たので、娘から教えてもらったばかりの「絵文字」を使ってみました。

まだ、怒りがおさまらないので、しつこく

ムカッ( ̄∩ ̄#

これ、けっこう、オモシロイ。
( ̄∀ ̄*)イヒッ(かなりバカ)



2006/07/13 AM 07:19:03 | Comment(7) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

2回が1回に
先週、かなり無理をしたので、腰が痛い。
立ち上がるときが一番痛い。(イテテテテ…)
だが、ちょっとしたショック療法をすると、数日で直るので医者には行かない。

自分の体のことは、自分が一番わかっているので、医者は信用しない。

偏屈オヤジである。

話は変わって、少々旧聞に属する話題。

コイズミソーリが、「今まで一日2回開いていた会見を1回にする」と一方的に通達したので、内閣担当の記者は大騒ぎ。

突然そんなことを言われても困る。
何故、どうして?


珍しく、強行に抗議したらしい。

どうやら、メディアという世界には、「あんな内容のない会見を一日2回も開くのは時間の無駄」と考える頭のいい記者はいないらしい。

彼らは自分の仕事が少なくなる、と勘違いしているのだろうか。
首相のその場限りの言動に振り回されなくて清々する、と考える人はいないのだろうか。

そんなにコイズミ内閣の宣伝をしたいのか。
それをすることによって、彼らに何の旨(うま)みがあるのだろうか。
俺たちのおかげで、高い内閣支持率を維持している、という満足感を得たいのだろうか。

彼らのことを「番記者」(総理担当記者の場合は総理番)というらしい。

他の国にも大統領に密着した記者や、特定の政治家や有力者に密着した記者はいる。
しかし彼らは、おしなべて辛辣(しんらつ)な批評眼を持っている。時に容赦のない正論を浴びせかける。

それに比べて、日本の総理番は、批判精神が欠落しているとしか思えない。
ソーリのいうことを、そのまま忠実に伝えるだけで、マスメディアの一員としての義務を完全に忘れ去っている。

今や総理番は、内閣官房長官よりも有能なスポークスマンである。
嬉々として、ソーリの宣伝をしている。
今回のことで彼らは、そんな自分の存在価値を否定された、と思っているのかもしれない。

あんなに、一所懸命宣伝してあげているのに……、なんで、減らすの(泣)。

一日2回、ソーリの会見を伝える権利というのが、そんなに大したことなのだろうか。
北朝鮮のミサイルが発射された場合は、世界的なビッグニュースだから、ソーリの意見を聞くのはわかる。これは最優先に伝えるべきニュースだから、当然のことだ。

しかし、毎日ビッグニュースがあるわけではない。
ソーリの内容のない感想文を、何故毎日ニュース画面に載せなければいけないのか。
理解に苦しむ。

日本の番記者制度は馴れ合いである。
批評精神がない。気概がない。プロ意識がない。そして、これが一番情けないのだが、目が読者に向いていない。ソーリの方ばかり向いている。

昔、ロッキード事件立花隆が田中角栄を告発したとき、ある総理番は「あの程度のことなら、担当の記者はみんな知っていたよ」と嘯(うそぶ)いたという。

それが本当なら、犯罪的に怠惰である。
記者としての矜持(きょうじ)がない。
腐敗している。

不正を知って、権力に遠慮して口をつぐんでいるなど、恥知らずとしかいいようがない。
批判を忘れたメディアなど、何の役にも立たない。

ソーリは、総裁選に出馬したとき、「8月15日に靖国参拝する」ということを公約した。
約束を守らない人間は、世間では「嘘つき」と言われる。

私は、靖国参拝に関しては、どちらでも「ご自由に」という考えだ。
戦後生まれの多くの人と同じように、靖国神社の存在を意識したことがない。
だから、行ってもいいし、行かなくてもいい。
(これは憲法との兼ね合いもあるが、その論は省く)

ただ、公約となると話は別だ。
公約は守るべきだと思う。
なぜなら、公約を基準として、彼に投票するからだ。
なにも彼の顔が「リチャード・ギア」に似ているから投票するわけではない。(いるかもしれないが…)

彼は公約を守らなかった。
日にちをずらすという姑息な手段で、誤魔化している。
そして、守らなかったのに、靖国参拝を批判する周辺国に対して、突っ張っている。
靖国参拝を批判する人たちに対しても、開き直っている。

公約を守れなかった男が、「参拝は心の問題ですよ」と強弁する。
「心の問題」なら、堂々と8月15日に参拝するべきだろう。

もし、彼が8月15日に参拝していたら、「参拝は公約ですから、私は公約を守りました」と胸を張っていい。公約を果たした立派な政治家と言える。芯が一本通っている。
しかし、彼はしていないのだ。

彼はただ単に、靖国参拝によって中国や韓国などを挑発して、彼らを(正義に難癖をつける)悪者に仕立て上げ、国民の支持を得たいだけだろう。
それは、彼が政権初期の頃からずっと使っている手法「無理矢理、抵抗勢力をつくって、自分がヒーローになる」のと同じ図式だ。

何故、総理番たちはその安直な図式を容認してしまうのだろうか。

今年、ソーリは8月15日に靖国参拝をするかもしれない、という観測が流れている。
もしそれが本当だとしたら、論外だ。

今ごろになって、彼は「私は公約を守りました」と言って、胸を張るつもりなのだろうか。

任期満了に近い時期に、最後ッ屁のように参拝するというのは、姑息だし、卑怯だ。
人間として、信じられない。

もし、それさえも嬉々として伝えるなら、総理番やメディアの存在意義など、どこにもない。



2006/07/11 AM 07:11:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | [メディア論]

核保有国の論理
大方の予想通り、北朝鮮がミサイル発射実験をした。

まったくもって、危険な国である。
おそらく軍部の暴走だと思うが、歯止めがきかなくなっている印象を受ける。

遙か70年前の日本国も、陸軍の暴走で破滅の道を進んでいったと聞く。
だから、北朝鮮も「滅亡」という出口が見えるまで、突っ走る可能性はある。

第三者が冷静な目で見れば、「愚かだ」と笑えても、当事者にはそれが見えない。
我々の日常生活でも、そんなことはいくらでもある。
北朝鮮が目を覚ますのは、難しい。

アメリカは北朝鮮のことを「ならずもの国家」と呼んでいるらしいが、それはアメリカ側の定義であって、客観的に見て、世界の保安官を自任するアメリカも「イラク戦争」ではならずもの化しているように思える。
大量破壊兵器の存在を確かめずに、開戦に踏み切った強引さは、「ならずもの」に近い。(いろいろと言い訳じみたことを言っているが、みっともない)

現在、大国として発言権を持っている国はアメリカ、ロシア、イギリス、中国、フランスだ。

これらに共通していることは、核兵器を保有していること。
この5カ国で、核弾頭ミサイルを2万発(米国だけで1万発以上)保有しているらしい。

つまり、大国とは、核兵器を笠に着て他国を威圧する国であると言える。
その大国が、大国の論理で「お前たちは核を持ってはいけない。大量破壊兵器も持ってはいけない。それは人道に反する」と言う。

そればかりか、核兵器は、先に持った方が勝ちで、あとで持ったインド、パキスタン、イスラエルなどは、非人道的だと非難する。

こいつらの言うこと、おかしいんじゃないか。

北朝鮮は、おそらくそう思っているのではないだろうか。
国際的に国家としての発言権を持つには、俺たちにも、大国の言う「抑止力としての最終兵器」が必要だ。

かれらは、それが「滅亡への道」に繋がることも知らずに、核大国と対等に会話するためにのみ、突っ走っているような気がする。

我が国は、拉致被害にもあい、唯一核に被爆した国でもある。
しかし、そんな被害者意識ばかりでは前に進まない。

核を持たない世界第2位の経済大国として、アメリカのご機嫌を取っているだけではなく、北朝鮮に対して「核を持たなくても」経済でのし上がれるという、ソフトな国造りを提案することもできるのではないだろうか。

くどくなるが、核保有国だけが、大声を出せる世界は、おかしい。
それは、拳銃で相手を黙らせる、ヤクザと変わりない。

そこをまず、変えるべきだと思う。

以上、青臭い意見でした。


2006/07/09 AM 09:29:07 | Comment(1) | TrackBack(0) | [日記]

人使いの荒いイトウ
仙台の同業者のサポートに2泊3日で行ってきた。

元乗馬インストラクターという変わった経歴のイトウ君は、35才独身。
29才からデザイン会社に勤め始め、一昨年独立した、身長177センチの男。
彼は、カタログ販売の会社を顧客に持っているので、まとめて仕事が来たときは、仕事のボリュームが半端じゃなくて、一人ではこなしきれない。
そこで、私に声がかかるということになる。

彼とは2年前、幕張で開催された「CEATEC JAPAN」で、同じ出展企業の仕事をしたのが切っ掛けで知り合った。
彼はブースデザイン、私は3DアニメとFLASHアニメの一部分を担当した。

その時は、それほど親しくはならなかったが、昨年私がある展示会でブースデザインを請け負ったとき、彼にアドバイスをしてもらった。
それからは、頻繁にメールで情報交換をするようになり、溢れた仕事を回し合うようになった。

去年は一回、日帰りで彼の仕事を手伝ったが、イトウ君は優しそうな外見に似合わず、人使いが荒い。
朝一番の新幹線に乗って彼の仕事場に行ったら、休む間もなく、すぐ仕事をさせられて、夕方までノンストップだった。
昼食はコンビニ弁当で、それに栄養ドリンクを付けてくれただけだった。

「Mさん、今回もハードですよ。でも、喜んでください。もらい物のビールと栄養ドリンクはたっぷりありますから、飲み放題ですよ。頑張って下さい」
得意気にそう言われたが、ビールばかり飲んでいても仕事にはならないし、栄養ドリンクを飲み過ぎても、興奮しすぎて逆効果だろう。

それに、どうせ食い物はコンビニ弁当だろ。
三食、コンビニ弁当はつらいものがあるな。


「それじゃ、夕食はピザにしましょう。好きなものを頼んで下さい。一人暮らしだとピザは頼みづらいんで、俺もずっと食べてませんから楽しみですよ」

また休みなしで働かせるつもり? 睡眠時間は何時間を予定している?

「5〜6時間は取れますよ。でも、それも仕事のはかどり具合によってですけどね」

しかし、彼から事前にもらった仕事の内容から推測すると、その見込みはかなり甘いのではないだろうか。
私の見積もりでは、ほとんど睡眠時間はない計算になる。

こういう悪い予感は適中することが多い。

初日(水)はほとんど休みなしだった。
今回はWEBデザインが主流の仕事。
デジカメで撮った商品画像をフォトショップで切り抜いていき、HTMLエディター上に貼り付けていく。
サムネールと拡大画像の2種類を作る。
それをショッピングカートと連動させていく。

ほとんど同じ作業だが、とにかく数が多い。力仕事という感じだ。
イトウ君は、このほかにサーバにサンプルCGIをアップロードして、動きを確かめたり、ページ間の連携のチェックなどをしている。

夕食のピザも、作業をしながら、ビールで流し込むというかたちだった。
その合間に、娘から来たCメールの返信をする。(基本的に携帯でメールをすることはないのだが、娘とは簡単なCメールでやり取りをしている)
「メシ食ってるかぁ?」のあとは、ギャル文字を使っているので解読不能。適当に返事を書く。
しかし、その返事もまたギャル文字で来るので、また適当に返信する。

寝たのは翌朝(6日)5時。フローリングに直に寝る。
起きたのは、6時半。つまり1時間半しか寝ていない。背中が痛い。

そして、力仕事は続く。
最初のうちは冗談も言っていたが、今や言う元気も気力もない。
ただひたすら、画像を切り抜いて貼り付ける。

そして、夕食はまたピザ。
この日おそらく8本目のビールを飲みながら、ピザを流し込む。

娘からのCメールを開く。学校での出来事をギャル文字で書いてあるのだが、当然意味不明。
適当に返信する。
作業をしながらだから、せわしない。

深夜(7日午前2時=つまり、約11時間前)になって、「シャワーでも浴びましょうか」と言われて、やっと休憩が取れた。
作業は、大体95パーセントが終了。
間近に出口が見えてきた、といったところだ。

バスタブに浸かると眠ってしまいそうなので、シャワーだけにした。
熱い湯が肌を打って、心地よい。一瞬だが、眠気が飛んでいく。
上がって、ビールを一気に飲むと、爽快感があって、生き返ったような気分になる。

「いい気持ちだね。サッパリするよ」
イトウ君に話しかけたが、彼はパソコンディスクに突っ伏して、爆睡のさなかだった。
右手にビール缶を握りしめて、左手にはフェイスタオルを持って、ヨダレを垂らしていた。

先にシャワーを浴びて、「よし、ラストスパートだ」と叫んでいたが、そのまま眠ってしまったようだ。

私はもう一本ビールを飲んで(この日10本目?)から、最後の作業に取りかかった。
私のノルマはあと3ページだが、早く終わらせて帰りたかったので、彼の分も合わせて5ページを1時間半で終えた。

時刻は、午前4時半。
イトウ君はまだ爆睡中。
ヨダレの量がさらに増えている。

私は腹が減ったので、勝手に冷蔵庫チェックを始めた。
野菜類は全くない。
ビールと牛乳の他は、ハムとチーズ、卵、瓶詰めのキムチ、納豆、それに冷凍庫にフライドポテトがあるくらいだ。

私はハムとチーズを細かく刻んで、ボールに入れ、卵6個を割り入れて混ぜた。牛乳と味の素を少々入れる。
そして、ほとんど新品同様のフライパンを借りて、オムレツを作った。

オムレツは当然2人分。
さらに、オーブントースターで焼いたフライドポテトを添えた。

紙製の皿2枚に盛りつけたが、なかなかの出来栄えだ。
デジカメに撮っておきたいくらい、芸術的なオムレツができた。

味もイケル。上品な味だ。
ケチャップがないのが残念だが、そのままでも充分うまい。

アホ面でヨダレを垂らしているイトウ君に、「終わったから帰る。オムレツうまいから食え」と書き置きを残して、午前6時過ぎにマンションを出た。

6時53分発の新幹線「やまびこ」の中では、当然ながら爆睡。
しかし、不思議なもので、大宮駅に着く5分前くらいにキッチリと目が覚めた。

何気なく携帯電話を覗いてみると、娘の「起きろ!」というメールの他に、イトウ君からメールが2通来ていた。
彼の携帯も「au」なので、Cメールは簡単にできる。

仕事の感謝メールが1通。
もう1通は、「オムレツ、ウ・マ・ス・ギ・ル! Mさん、いったい、あなたは何ものですか? これからシェフと読んでいいですか」という、どうでもいい内容だった。

言わせてもらうが、イトウ君。
「シェフ」ではなく、「巨匠」と呼んでもらいたい。

しかし、イトウ君。巨匠は眠いよ…。
これからはもう少し、ゆるい仕事を回してくれないかな。



2006/07/07 PM 01:24:43 | Comment(3) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

方向音痴の案内人
東京都中央区新川に得意先がある。
そこに行くには、東京駅から徒歩で30分近くかかる。
いつも、往きも帰りも歩いて行く。

先週の金曜日の夕方のことだった。
仕事を貰って歩いて帰る途中、新大橋通りの手前で、若い女性3人組に道を聞かれた。
東洋系の顔で、イントネーションからすると、中国人のような気がする。

「日比谷線八丁堀駅ワドコデスカ?」

八丁堀駅は、その橋(亀島橋)を越えて、大きい道(新大橋通り)の信号まで行けば、すぐ入口が見えます。ここから200メートルくらいですよ、と教えた。
私もそちら方向へ歩いていくので、一緒に歩いていき、階段入口まで連れて行った。

「アリガトウゴザイマス」と、深くお辞儀された。

その後、「宝町出入り口」の近くを歩いていると、60年配の男の人に道を聞かれた。

「味の素のビルはどこですか?」

この通りを真っ直ぐ行って、みずほ銀行の看板が見えたら、手前の道を左に進んでください。曲がってから150メートルくらい先右側にあります、と教えた。

八重洲通りのブリヂストンの前を歩いていたら、若いカップルに道を聞かれた。

コレド日本橋はどこですか?」

中央通りを高島屋を目印に、真っ直ぐ進んでください。日本橋の交差点があります。そこの角です。ここからだと500メートルくらいです、と教えた(ここは、行ったことがないので、あまり自信はなかったが、おそらく合っているはず)。

越前屋ビルの前から地下街に入り、レモンロードを通ってマクドナルドの前を歩いていると、私と同じくらいの年代のサラリーマンに道を聞かれた。

「明治製菓のビルはどこですか?」

この地下街を突き当たって、階段を上り、外に出てください。中央通りを銀座寄りに歩いていくと、京橋の交差点がありますから、東京駅寄りに右に折れてください。100メートルくらい行くと右側にあります。
(このビルは普通の人は知らないかもしれないが、京橋近辺は土地勘があるので知っているのだ。)

2キロ弱の帰り道。4回も道を聞かれた。

今回に限らず、私はよく道を尋ねられる。

何故だろう?
暇そうに見えるから? 物知りに見えるから?(それはないか) 人が良さそうに見えるから? 街の風景に溶け込んでいるから? コイツなら絶対に嫌な顔をしないで教えてくれそうだから?

おそらく、最後の理由が一番当たっているかもしれない。
世の中には、この人に道を聞いたら怒られるかもしれない、あるいは絶対無視される、という雰囲気を持った人がいる。
しかし、私はどう考えてもそんな風には見えない。
だから、気軽に聞いてくるのだろう。

例えば、旅行カバンを提げて、京都の四条大宮交差点に立っていたとしても、道を尋ねられるのだ。
どう見たって、旅行者にしか見えないだろうに、「詩仙堂へはどう行ったらいいんですか」と聞かれたことがある。

さらに、旅行カバンを持って、新神戸の駅に降り立ち、駅を出た途端、「ウロコの館はどこですか?」と聞かれたことがある。

富山県の高岡をうろついているとき、「古城公園はどこですか?」と聞かれる。

島根県松江市の松江城に行ったとき、観光客丸出しで写真を撮りまくっているときも、「真名井神社へはどう行けばいいですか?」と聞かれたこともある。
マナイ神社って何?(その時はまったく知らなかった)

私はおそらく、交番の警察官を除けば、日本で一番、道を聞かれる民間人ではないだろうか。
年間に均(なら)せば、百回近く道を尋ねられていると思う。

これは、ほとんどボランティアと言っていい行為だ。

表彰してもらいたい。

ただ、こんな私だが、ひどい方向音痴で、ヨメにいつも笑われる。
道を正確に覚えていても、とんでもない場所に行くことがある。
ヨメと金沢を旅したときも、宿泊先のペンションを見つけるまで、同じ所を堂々巡りして、1時間以上歩き回ったことがある。

頭の中の地図は完璧なのに、どういうわけか、違う方向に足が向いてしまうのだ。

実に頼りない、方向音痴の案内人である。


2006/07/04 AM 10:39:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

美しいスポーツ
ワールドカップも最終局面。
今日にも強豪の4強が出揃う。
どれもが、勝つべくして勝ち上がった代表チームばかり。

その、ワールドカップ出場国の中で、サッカーど素人の私が、「美しい」と感じたのはアルゼンチンだ。
パスの受け渡しの流れるような、その美しさ、躍動感、そして芸術性などは、明らかに他の国と違って見えた。

私は、アルゼンチンの優勝を予想していたが、残念ながらドイツに負けてしまった。
しかし、優勝できなくても、私にとって、アルゼンチンのサッカーを見られたことは、このワールドカップ一番の収穫だと思っている。

このアルゼンチンや、惜しくも負けたがオーストラリアチームの、サッカーに対する姿勢などを見ると、私はこう思うのだ。

スポーツは、美しくあるべきだ。

心地よい感動を与えることが、スポーツの原点。
そのためには、アスリートは美しくなければならない。
これはもちろん、容姿のことを言っているのではない。表現美のことだ。

勝負事は、勝つか負けるかどっち、と言えば、勝つほうがいいに決まっている。
しかし、勝てばいいというわけではない。

資金力にものを言わせて、有力選手を集めて「金で勝利を買う」MLBのヤンキースや、スペインのレアルマドリード、読売巨人軍(野球チームなのに何で軍? しかもメディアの名前を真っ先に付ける醜悪さ)などは、全く美しくない。

もっとも、今どきのプロチームに拝金主義批判をしても意味はないのかもしれない。
ほとんどのプロチームのオーナーが、その方式に憧れているだろうから……。

そして、彼らはこう言いたがっている。

「どうだ! これがドリームチームだ! スゴイだろ! せいぜい喜べ!」

スターを集めて勝つことが、企業スポーツとしては、最高の営業努力という錯覚に陥るのはわかる。
だが、これでは、あまりにも短絡的で品がない。

そして、品がないといえば、亀田興毅。
対戦前に「メンチ切り」という儀式をやるらしいのだが、私はそれだけで試合を見る気をなくす。
その姿は、土佐名物の「闘犬」にしか見えない。

そもそも、メンチって何?
メンチといえば、メンチカツ、しか思い浮かばない。

メンチカツを切る?
ついでにキャベツを千切りに。

「キャベツ切り」ではいけないのか?

その昔、モハメッド・アリというヘビー級の世界チャンピオンがいた。
ビッグマウス(大口叩き、ホラ吹き)と言われたが、賢く美しいボクシングをした。
亀田興毅の大口も愛すべきものだが、アリの大口には計算されたクレバーさが感じられた。

私は29才の時、ボクシングジムに通っていたが、それは子どもの頃、モハメッド・アリに憧れていたからだ。
ボクシングは野蛮なスポーツだと思っている人が多いが、私はそう思ったことはない。

それは、アリのボクシングが美しかったからだ。
ヘビー級なのに、軽々としたフットワークで、まるで踊るようにリング上を舞うのだ。
その黒い肌が舞うとき、気品すら感じさせた。

これのどこが野蛮なのだ!

人を殴ることが野蛮なら、人を投げて畳に叩き付ける柔道はどうなのだろう? 竹の棒で人を叩く剣道はどうなのだろう?
「道」がついているから、野蛮ではない、と言うのだろうか。

柔道や剣道は、最初に礼をするから?
ボクシングだって、ゴングと同時にグローブを合わせて、挨拶をする。
どこが違うのだろう?

亀田興毅に関しては、いろいろと言われている。
「弱い対戦相手ばかり選んでいる」
「あれほどの視聴率を取れるスター選手はいない」
「今どき珍しい有言実行の男だ」など。

私も「弱い対戦相手を選んでいる」という意見に賛成だが、鍛え上げた上半身の動き自体は世界レベルの選手だと思う。
かなり練習を積んでいることは、全く無駄のない筋肉から想像できる。
防御技術に関しては、低レベルの選手としかやっていないから、全く判断できない。
だから、フットワークを磨いて、アウトボクシングに徹すれば(無理矢理KOを狙わなければ)、いいボクサーになる可能性はある。

だが、それにしても、彼は美しくない、と思う。

元ヘビー級チャンピオンのマイク・タイソンも美しくなかった。
スプリンターのベン・ジョンソンも美しくなかった。
江川卓も美しくなかった。

それは、何故かと言うと、彼らが作られたものだからだ。
彼らには、「意志」が感じられない。
名前、人気だけが先行して、誰かに操られるように「砂の椅子」に座らされただけだから、存在自体が脆(もろ)い。
大きな波が来たら、土台ごと崩れてしまう。
足を掬(すく)われるしかない。

それは、惨めだ。

亀田興毅が本当にチャンピオンベルトが欲しいのなら、闘犬のようなパフォーマンスは止めたほうがいい。
誰が仕向けたのか知らないが、存在を小さくしている。
もし、それがファンサービスだと思っているのなら、さらに惨めだ。救いようがない。

もし、彼を真のチャンピオンにしたいのなら、パフォーマンスはリング上でのファイトだけで表現すべきだ。
「意志」の見えない虚勢は、見苦しすぎる。

もったいない、と思う。


2006/07/01 AM 10:51:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]



(C)2004 copyright suk2.tok2.com. All rights reserved.