Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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ヒディングが監督だったら…
日本代表にとって、一番残念な結果に終わったワールドカップ。

敗戦には必ず理由がある。
第1戦のディフェンス陣だという人もいれば、第2戦の柳沢だという人もいるだろう。
しかし、今回の敗戦の責任を真っ先に負うべきは、ジーコ監督だ。

私は友人たちとの会話の中で、常日頃言っていたことがある。

ジーコ監督の頭の中には「用兵」という概念がない。

アジア大会レベルでなら、それでいいかもしれないが、ワールドカップレベルではそれは「無策」と言われる。
彼は、監督として、あまりに「動き」がない。

選手個々を見れば、ワールドカップレベルの選手は何人かいる。
そのレベルまであと一歩という選手もいる。
だから、ワールドカップを意識して「用兵」の妙を見せれば、それなりの戦いはできると思っていた。

しかし、ジーコ監督は、アジア大会レベルの「無策」に終始した。
だから、この敗戦は彼の責任である。

そして、負けたこと以上に、選手にとって無惨なのは、日本の代表選手が、各国(イタリア、スペインなど)のサッカー市場に「日本の選手は、せいぜいアジアレベルだな」という印象を強く与えたことだ。

ジーコ監督は、辞めればそれで済むが、選手はそうはいかない。
彼らの市場価値が下がってしまったら、これから世界はさらに遠くなる。選手の住む世界が狭くなる。

選手を信じる、というジーコ監督の心意気はいい。
しかし、有能な監督なら、選手個々のパフォーマンスをMAXまで上げることも求められる。

それが「用兵」だ。
監督が動かなければ、選手は生かされない。
彼に決定的に欠けているのが、その意識だった。

彼はブラジルの監督ではないのだ。
ブラジルの監督なら、動かなくても試合を作ることはできるが、日本の監督にそんな余裕はない。

ジーコの選手時代を尊敬している各国のメディアや関係者からは、「あんなチームの監督をしなければいけないなんて、ジーコが可哀想だ」と同情をされるだろうが、このチームを作ったのは、彼なのだ。
同情される謂われはない。

責任の所在をはっきりとしてもらいたい。
ジーコは神様ではない。
ただ「用兵」を知らない監督だった。


もしヒディングが監督だったら……。

考えるだけ虚しいが、ジーコ監督と対比してみると、明確な「監督像」が見えてくるのではないだろうか。

これから、ワールドカップはまだまだ続く。

私は決勝トーナメントを楽しみにしているが、日本が負けたことで、国内の熱気は一気に冷めるかもしれない。

メディアが騒ぐから、一緒に騒ぐにわかファン
ただ、周りにつられて騒ぐ便乗ファン
日本の勝ち負けにしか興味がないナショナリズムの強い愛国ファン

彼らは、「お祭り」から離れていくだろうから、丁度いい湯加減になる。

一流のアスリートをこよなく愛するオタクである私は、この程良い湯加減に浸かりながら、後半戦を楽しもうと思っている。



2006/06/23 PM 12:28:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]



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