Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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4つのアンビリバボー (その1)
前回、霊感のことを書いて、思い出したことがある。
それは、霊感とは全く関係ない出来事だが、今も私の中で説明がつかない4つの不思議な体験だ。

果たして、この程度の体験は、誰にでもあるものなのだろうか?

先ず、中学2年の時の運動会前の出来事から。

私は短距離が得意だったから、運動会では必ずリレーのアンカーを任されていた。
リレーは4人のチームワークで走るものだ。特に、バトンリレーの善し悪しで結果は大きく変わる。
そこで、他の3人から、早朝にバトンリレーの練習をしないか、と持ちかけられた。

しかし、生意気盛りの私は「いや、俺はいいよ」と断った。
当時の私は、すでに100メートルを11秒台で走っていた。
それに比べて、他の3人や、違うクラスのリレーの選手は、早い子でも12秒代後半がほとんど。傲慢な言い方だが、「力の差がありすぎる」状態だった。
だから、練習など必要ないと思ったのだ。(嫌なやつでした)

クラスの友だちは、運動会の前々日まで、早朝7時から8時まで練習をしていた。
そして、ここからが不思議体験。

運動会の前々日、つまり、早朝練習の最終日。
私がいつも通りの時間(授業開始5分前)に教室に入っていくと、リレーの仲間が寄ってきてこう言った。
「マツ、ご苦労さん。最終日になってやっと来てくれたな」
(?)
「校庭の隅を全速力で駆けているおまえを見て、嬉しくなったよ。バトンリレーの練習は出来なかったけど、あれだけ走れたら、勝ったも同然だな」
「え、なに言ってんだおまえ! 俺は朝練なんかしてねえぞ」
「またまた、なに照れてんだよ。この学校で、あんなに早く走れるやつは、おまえしかいないんだから」

この時、まず最初に頭に浮かんだのが、(こいつら、俺をからかってるんだ)ということ。
一度も早朝練習に付き合わなかったから、ちょっとお仕置きをしてやろうという魂胆か。

そこで、変わり身の早い私は、すぐその「からかい」に乗って、こう言った。
「ああ、そうそう、確かに走ったよ。朝走るのは気持ちいいね。もう優勝間違いなしだよ」

こう言えば、からかっている方は、意表をつかれて「冗談冗談」と言ってくると思ったのだが、案に相違して、彼らは真面目に「あの走りだったら、絶対負けねぇ」とうなずき合ったのだった。

しかし、朝7時といえば、私はまだ寝ていたのだから、どう考えても校庭の隅を走れるわけがない。
こいつら絶対、俺をからかっている!

そんな釈然としない思いを抱きながら、私はその日の授業を受けた。
そして、給食を食べたあとの昼休み、私はいつも通り、廊下の隅にあるテーブルに座って、中学1年の後輩たちと話をしていた。

今でもそうだが、なぜか私は、後輩(年下の男)にウケがいい。
最初は、教室に後輩たちが押し掛けてきたのだが、だんだん人数が多くなってきたので、廊下の隅に移動して、そこで相手をすることにしたのだ。

その会話の中で、最近転校してきたばかりの後輩の言った言葉が、私の背筋を寒くさせた。

「マツさん、今日の朝練、すごかったですね。僕らのクラスも朝練してたんですが、みんなマツさんのあまりの速さに、ビックリしてましたよ」

嘘だろ。
重ねて言うが、俺は、早朝練習なんかしていない。
こいつ、もしかして、うちのクラスの奴らと示し合わせて、俺をからかってるんじゃあるまいな。


しかし、彼は転校しておよそ1ヶ月くらい。おそらく、うちのクラスの連中は、彼の存在さえ知らないはずだ。
住んでいる地域も、学年もクラブも違うのだから。

私の両腕には、かすかに鳥肌が立っていた。
だが、精一杯の明るい声を出して、こう言った。
「ああ、なんだ、見ていたのか。見ていたなら、話しかけてくれればいいのに。おまえらしくないじゃないか」

「はい、でも、何となく、いつものマツさんと違って、声をかけるのが怖い雰囲気で、できませんでした」

これはいったい何なんだ。
当時私が通っていた中学には、私より早く走れる生徒はいなかった。そして、教師にもいなかった。

走っていたのは、一体誰だ!

家に帰ってから、私は祖母に聞いてみた。
「おれ、今朝の7時に何してた?」
「寝てたわよ。寝ながら大きなオナラをしてたよ」

祖母の言っていることは、絶対に間違いない。
祖母が冗談を言うわけがない。
では、彼らが見たものとはいったい……?

次は、大学2年の時の不思議体験。

祖母の墓参りに、島根県出雲市に行ったときのこと。
この時は一人旅だった。

墓参りを終えたあと、私は島根県の名所「日御碕(ひのみさき)」に行くことにした。
「日御碕」には、東洋一高い灯台がある。
そして、海猫の繁殖地としても、知られている。
中学3年の夏、祖母の納骨に来たとき、親類の人に一度連れて行ってもらったことがある。

海猫の声と、潮騒が奏でるハーモニーは、他の海とは違った趣で、何となく神々(こうごう)しい印象を持ったことを覚えている。

以前は車で連れて行ってもらったが、今回は「一畑電鉄」に乗って、一人で行こうと思った。

かなり昔のことで、うろ覚えであるが、「電鉄出雲市駅」から「川跡(かわと)」までは、10分程度。
「川跡」で乗り換えて、「出雲大社駅」まで、やはり10分程度。
そして、「出雲大社」から「日御碕」までは、路線バスで30分程度。乗り換え時間を入れて、1時間強といったところか。

昼食を摂ってから電車に乗ったから、時刻はおそらく1時15分過ぎくらいだったと思う。
普通に乗って、普通に乗り継げば、「出雲大社駅」までは30分もかからない。
乗り継ぎの時間も5分とかからなかったはずだ。

途中、電車が停まった記憶もない。
車窓の景色を見ながら、鼻歌交じりの、のどかな気分で電車に揺られて、「出雲大社駅」に着いた。

かまぼこ型の美しい屋根を内側から見上げると、壁のくすみが窓から射す光と調和して、思わず見とれてしまった。
これが「旅情」というものなのだろう。
肩の力が抜けて、脳がアルファ波で一杯になったような気がした。

そして、ここから先は、「日御碕」までバス。
駅構内を出て、バスの時刻を確かめた。
乗り継ぎを考慮してダイヤが組んであれば、電車が到着してから、それほど待たずに乗れるバスがあるはずだ。

見ると、1時50分の「日御碕」行きのバスがある。これに乗れそうだ。
そこで、自分の腕時計を見てみた。

2時25分。

えっ! 2時25分?
時計が狂ったか?

1時15分過ぎに「出雲市駅」発の電車に乗ったのだから、ここまで30分程度しかかかっていないはず。
私の感覚では、1時45分から50分くらいだ。

そこで、近くを通った人に時刻を確かめてみた。
「2時25分だね」

嘘だ。
「出雲市駅」からここまで1時間もかかるはずがない。
「出雲市駅」では、定刻通りに出発したのは覚えている。
途中、電車は停まらなかったし、乗り換えもスムーズにいった。
ここまで30分もかかっていないはずなのに、なぜ今「2時25分」なんだ。

もう一人掴まえて、時刻を聞いてみた。
「2時25分過ぎかな」

これは、どういうことだ。
時間の落差。
この空白の30分は、いったい…!

駅に戻って、駅員に聞いてみた。
「電車、遅れてましたか」

まったく正常運転だったそうだ。

これが、神話の国「出雲」で遭遇した不思議な出来事。

誰にこの話をしても、「おまえ、寝ぼけてたんだろ」と言われる。

しかし、私は、朝、寝屁ェはするが、昼、寝ぼけたことはない。



2006/06/01 AM 11:36:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | [怖い話]



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