Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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霊感の強い人たち
「ボク、霊感が強いんですよ」

昨日、得意先で仕事を受け取った後、担当者との世間話の中で、彼はそんなことを言った。

彼は大変礼儀正しい男で、顔が四角いせいか、融通の利かない堅物というイメージがある。
だから、「霊感」という不条理なイメージと、彼のイメージが重なり合わないので、何と答えていいのか戸惑ってしまった。

そんな私を見ながら、彼は「見てください」と立ち上がって、私に窓際に来るように促した。
彼の会社は9階建てのビルの5階にある。
そして、通りを隔てて、向かい側に4階建ての古びたマンションがある。築30年以上の、灰色の壁のシミがかなり目立つ、老朽化した建物だ。

彼はそこの4階左端あたりの窓を指さした。
「あの部屋は、いま無人なんですが、霊が沢山いるんです。この2年間で4回引っ越しがありましたが、長い人でも4ヶ月でまた引っ越してしまうんです。早い人は2週間以内で、引っ越していきました。おそらく『霊』が、そうさせるのだと思います。Mさんには、見えませんか?」
いかつい顔で、無表情に言ったのだが、「霊」の見えない私には釈然としないものがある。

自分に霊感がないから、そのての話は、どうしても作り話めいて聞こえてしまうのだ。
ヨメのパート先の社長は、「馬の霊がウジャウジャいる」とか「朝、出がけに忍者の霊を見た」などと言うことがあるらしい。

こんなものは、笑い話としても、ちっとも面白くない。
忍者の霊って何だ!

ここで、大人気ない反論をひとつ。

私たちが「忍者」というときには、時代劇やコミックの中の忍者を思い浮かべる。(NIN-NIN!)
しかし、昔の本当の忍者というのは、そんなにわかりやすいものではないだろう。
「私は忍者です」という格好をしている「忍者」なんているわけない。
本当の忍者は、時代劇などで見る「忍者着」など着ていなかったはずだ。人混みに紛れやすい格好をしていなければ、忍者は務まらない。

では、社長はなぜ、その霊が「忍者」だということが分かったのか。
霊が「俺は忍者だ」と告げたのか。

ここまで考えて、あまりに大人気ないので、思考は停止。

こういう話は、「笑い話だよ」と言われれば、つまらなくても、とりあえず納得できる。
しかし、本気で言われると、鼻白む。

今回も、「あそこに霊が沢山見えます」と言われて、心の中でため息をついた。
こういうのは、「言ったもん勝ち」だ。
こちらには全く見えないのだから、「見える」という人間に勝てるわけがない。

喧嘩で必殺の右フックを食らったようなものだろう。
「見えないよ、そんなもの。バカじゃないの!」
と小さいジャブを放っても、信じている人間には、蚊が刺したほどにも、応えない。

「見えないんですか。しょうがないですね、霊感のない人は…」という、優越感と諦めが混ざったような視線で見られるだけだ。

ただ、今回は、少し無駄な抵抗をしてみた。
「なぜ、あそこにだけ霊が沢山いるんですか? その下の階にはいないんですか?」
4階のその部屋にだけ住み着く事情があるなら、聞いてみたい。殺人事件でもあったのか?

「事件は何もありません。霊が、ただそこを好きになっただけです。居心地がよかったからでしょう」

どういう場所が、霊にとって、居心地がいい場所なのだろう。

「人がそれぞれ、居心地のいい場所が違うように、霊の場合も居心地のいい場所は、それぞれ違うのです」

それは、霊に聞いて確かめたわけ?

「いや、感覚でわかるのです。会話は出来ません。生きている人間と霊とでは、音の波長が違いますから、お互いの声を聞くことはできません。ただ、あそこにいる霊は、大変気持ちよさそうに見えます」

私は、ここまで聞いて、急に興味がなくなったので、「その霊感を良いことに生かしてください」と、適当なことを言って、逃げてきた。

この話を、「俺は霊感が強い」と日頃から威張っている友人に、電話で話したら、「それは俺の霊感とは違うな」と言われた。

「俺は『霊』を感じるだけだから、その『霊』が遠いと見ることが出来ない。だから、自分の感じる範囲の近さでしか、『霊』を感じない。しかも、俺の目には『霊』の姿は、はっきりと映らない。いつもぼやけている。強いて言うなら、俺に見える『霊』は、『気配』と言った方がいいかもしれない」

こういう話を大真面目にされると、性格の悪い私は茶化したくなる。

「おい、そう言えば、さっきから、この電話に怪しいノイズが入るんだけど、これはもしかして『霊』の仕業か!」

「ああ、おまえも感じたか。俺も最初から感じていたんだ。なんだ、おまえも結構『霊感』あるじゃないか」

話のオチとしては、「それはただのノイズだろ!」というのを期待していたのだが、予想外の展開に、慌てて電話を切った。

怖くなって、電話を切ったわけではない。
「電話線にどうやって、『霊』が入り込めるんだ! 説明して見ろ!」と怒鳴りたくなったからだ。

ただ、この場合、相手の言うことは大体想像がつく。

決まってるだろ、電話線の中が居心地がいいからだよ。



2006/05/30 AM 11:34:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | [怖い話]

財布スリム化計画
財布を落とした。

得意先からの帰り、池袋から埼京線に乗ったときまでは、確かにあった。
しかし、家に帰って、ズボンの尻ポケットの財布を出そうとしたときに、ないことに気付いた。

ただ、被害は最小限で済んだ。
電車に乗るときはいつも「SUIKA」を持ち歩いているが、「SUIKA」はスーツのポケットに入れる癖があるので、無事だったからだ。

落としたのか、スラレたのかはわからないが、財布を手にした人はさぞガッカリしたことだろう。

私の記憶に間違いがなければ、現金は「37円」。
他にTHUTAYAのカード、ドラッグストアのポイントカード、切手を買ったときの郵便局の領収書、どこかで貰ったカエルのお守りが入っているだけ。

財布自体も、5年以上前に、お店の閉店セールで「210円」で買ったものだから、何の価値もない。
拾ったにしても、スッたにしても、中身を見たら、すぐゴミ箱に「ポイ」と捨てられるに決まっている。

実に、拾い甲斐のない財布である。

財布を落としたことは数回あるが、このように、いつも被害は最小限で済む。

友人は、ゴールデンウィークに、那須で財布を落とした。
中には、8万円以上の現金が入っていたらしく、何度も「チックショー」という電話がかかってきた。

簡単な理屈だが、財布を落とした場合、金持ちほど被害が大きい。
奥さんに責められたりして、肩身の狭い思いもする。
そして、ストレスが溜まる。

しかし、貧乏人はほとんど被害がないから、冷静でいられる。
ヨメも「あっ、そう」と軽く受け流す。
家庭に波風が立たない。

だから、友人にも「財布スリム計画」を薦めるのだが、「おまえとは違うよ!」と真面目に怒られる。

なぜ、そんなに財布に紙幣を詰めたがるのか?
いつも高い買い物をするわけではないだろうに…。

話は違うが、先月、母親の入院費用を支払ったときのこと。
最近の大きな病院には、ほとんど銀行のATMが設置されている。
現金を持ち歩くのは物騒なので、ATMで下ろして、病院の会計課に払うのが一番安心だからだろう。

母親の入院費用は42万円弱。
それをATMで引き出した。
42万円が、機械から機械的に(当たり前か)出てきたとき、その素っ気なさに驚いた。

大金なのに、何の余韻もなく、「シャッ」という音とともにふたが開いて、42万円がそこにあるのだ。
味気なさ過ぎる。

それを、いかにも「慣れていますよ」という手つきで掴もうとしたが、手がふるえている。
取り損なって、1枚を床に落としてしまった。
こんなときも、慌てず、ゆったりとした動作で拾えばいいものだが、思わず「オット」などと口走ってしまい、大金に慣れていないのがバレバレ。

普通は、現金は裸ではなく、備え付けの封筒に入れるところ。
しかし、そのまま鷲掴みにして、会計課までの20メートルを歩いた。
たった20メートルでも、大金を持って歩くことに慣れていないから、キョロキョロと周りを見回すみっともなさ。

挙動不審、を絵に描いたような姿である。

請求書と一緒に、会計課に現金を提出したときには、額に汗までかいている。
しばらく待って、領収書とおつりを貰ったときは、ほとんど放心状態。

母親に「あんた、アタシより病人みたい。やつれてるわよ」と言われた。

たったこれだけのことでも、現金を持つとストレスが溜まる。

そこで、貧乏人の格言。
人間は、財布がスリムなほど、長生きをする。



2006/05/28 PM 12:25:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

特上寿司5人前
友人のWEBデザイナーが指を怪我したため、代役で仕事をしている。

彼は外見に似合わず、大変几帳面な男だ。
ページの構成を絵コンテ風に、しかも綺麗にまとめてあるので、第三者でも作業がしやすくなっている。

使用する画像も8割方揃っているし、まだ手元にない画像も、入手先を細かく書いてくれているので、戸惑うことがない。
さすがに、一流のWEBデザイナーはたいしたものだ、と認識を新たにした。
といっても、これはすべて、むかし私が彼に教えたものだが……。

最近の私は、めんどくさがって、この方式を止めてしまっていた。
行き当たりばったりで仕事をしているから、最終工程になって初めて、細かなミスに気付くことがよくある。
そこで、余計な時間を取られることになる。

だから、能率が悪い。

いま一度、初心に返って、方式を戻さないと、彼に差を付けられるばかりだ。
優秀な弟子に見習わなくてはならない。

また、彼は外見に似合わず、細やかな気配りが出来る男であることもわかった。

昨晩、6時半ごろ「寿司、届けましたから」という電話が、彼からあった。

寿司?

「無理を聞いて仕事をしてもらうお礼に、にぎり寿司を注文しました。その近所で評判の店を調べましたから、うまいと思いますが、お口に合わなかったら、すみません」

寿司を嫌いな人はほとんどいない。まして、寿司は、息子の大好物。口に合わないことはない。おそらく何でも、「うんめぇ」と言って食べるだろう。
しかし、そんなに気を遣わなくてもいいのに。
これはビジネスなんだから。

「いや、日頃のお礼もかねて、ということで。Mさん、食事おごりますよ、といっても、絶対断るから」

悪いね、気を遣わせて。
タダ酒は好きだが、タダメシは嫌いなもので…。

そして、7時半ごろ、お寿司がやってきました。
どこから見ても、特上。それも5人前。
しかも、子どものためを思って、「サビ(わさび)抜き」という、細かい配慮。

大トロっぽいのがある。(食べたことがないので、断定できない)
その他、いかにも「高いぞ」、という自己主張の激しいネタがシャリの上にのったものが、数えきれずある。

それを見た途端、息子の興奮は絶頂に!
「いただきます」を言った途端、両手が魔法のように動いて、次から次へ寿司を掴み、口に放り込む。(しょう油を付けることも忘れている)
そして、瞬く間に、半分を征服。
10分もたたないうちに、2.5人前を平らげる様は「お見事」と言うしかない。

飲み物を飲むことも忘れている。
やっと、烏龍茶の存在に気付いて、それを一口飲む。
顔には、「まだまだ」と書いてある。

もっと食っていいぞ。

またまた、嬉しそうに、寿司を口に運ぶ。
これを作った寿司職人が見たら、さぞ喜ぶだろう、と思うほど、見事な食いっぷり。

その結果、彼はほぼ4人前を一人で食べた。
残りはヨメ。
娘は、私と同じで、高級料理が口に合わないので、いくらの軍艦巻きの「いくら」だけを食べた。

私はゼロ。
娘と二人、もらい物の「揖保乃糸(ソーメン)」を食べた。

Tくん。寿司をありがとう。
私は食べなかったけど、息子は大変喜んでいました。

息子曰く
「おそらくこれから、こんな高い寿司は、食べさせてもらえないから、思い出のために食った」

Tくん。貧乏家族に、美味しい思い出をありがとう。

早くケガ直るといいね。


2006/05/26 AM 11:04:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

泣き言三重奏
昨日から、ひとの「泣き言」ばかり聞いている。

半分引きこもりの姉から、約半年ぶりに電話があった。
姉に、こちらから電話をすることはない。姉からもほとんどかかってこない。
4〜5年に1回というのが普通だから、半年ぶりの電話というのは、異常な事態に属する。

しかも、早朝の6時10分。
息子の弁当を作っていたときだ。
この時間の電話だから、緊急の用に違いない、と慌てて出ると、いきなり泣き声が聞こえてきた。
ディスプレイを見て、川崎の実家からの電話であることは確認してあるから、姉の泣き声であるはずだ。

泣いているということは、父か母の具合が悪くなったのか、と緊張した。
しかし、聞こえてきたのは、「楽しかったあの時間に戻りたい」と言う、意表をつくすすり泣き。

こんな時間に、つまらないことで電話するな、と怒ってはいけない。
この姉は、怒られたことは、いつまでも根に持つという、恐るべき性格の持ち主だ。

だから、黙って聞いた。
他愛ない話だ。別れた元カレの夢を見た、と言う。
昨日テレビで、彼が乗っていた愛車と同じ色、同じ型の車を見たせいで、楽しかった頃の彼とのドライブの夢を見たという。

だから、あの日に戻りたい、と言って泣く。

この姉は、人への関心が希薄だ(限りなくゼロに近い)。人の話を聞くのも嫌いだ。自分の感情にしか興味がない。だから、話し相手がいない。
自分が、この世界で一番可哀想な人間である、との確信は、核兵器でも砕くことはできない。

そして、たまに話すことは、自分のことばかり。
気持ちいいくらいの、自己中心的な性格である。
だから、人の気持ちが読めない。いや、読む才能がない。
こちらが迷惑だと思っても、自分の話をすべて聞いてもらうまで、話し続ける。
この場合は、泣きながら話し続けた。

「子どもの弁当作っているんだから、後にして」などと言おうものなら、大変だ。

「アタシと弁当のどっちが大事なの!」と泣き喚くに決まっている。
だから、弁当を作りながら聞くしかない。(断言するが、弁当の方が大事だ)

そして、30分ぐらい泣き言が続いて、何の予告もなく、電話が切れた。
突然切れたのだ。
言いたいことはすべて言ったから、もういいと思ったのだろう。

この見事さは、笑うしかない。
これが今朝のこと。

昨日の午後は、大宮の得意先に呼ばれて行った。
そこで、印刷会社の社長から、深刻な表情で、こう言われた。

「『人工透析』になったら、どうしよう!」

工事現場に行けば、必ずこんな体格をした人がいる。
陽に焼けて、病気とは全く無縁。ホカ弁は必ず大盛りで、おかずの肉がちょっとでも少ないと、文句を言う人。

その人の口から「人工透析」という、全く似合わない言葉を聞いた。
まさか、この健康そのものの社長が、「人工透析」をするわけがない。
身内に誰か、腎臓の悪い人がいるのだろうか。

「この間、健康診断したら、ちょっとタンパクが出たんだ。最近たまに足がむくむしね、腎臓が悪いかもしれない。『人工透析』なんかになったら、大変だよ。俺、結婚が遅かったから、子どもがまだ小さいでしょ。借金はあるし、まだまだ、教育費はかかるし、これからだってのにさあ」

よく聞いてみると、定期的な健康診断で、尿にタンパクがちょっと出ただけらしい。
健康診断の他の数値はほとんど正常範囲内で、「念のため、できれば低タンパクのものを摂るように」と言われただけだという。

尿のタンパクは、健康な人でも、風邪をひいたり、睡眠不足、ストレスなどでも出る場合がある。
だから、「一過性かもしれないから、落ち込むことはないですよ」と言うしかない。
しかし、この社長、落ち込むと深みに入り込む性質(たち)らしい。

泣き言が止まらない。

「いい加減、頑張りすぎたかな。あ〜、やだなあ、『人工透析』。人ごとじゃネエなあ。健康な時代が懐かしいよ。もっと、自分の体に気を配っときゃ良かったなぁ。そうだ、減塩を徹底しないといけないな。外食はしばらく止めよう」

「今日は早く帰って休もうかな。悪いけど、関根くんと打ち合わせしてくれる?」

それを見て、事務の女性が笑っているが、こちらは笑うわけにはいかない。

「お大事に」
一番無難な言葉をかけたが、今まで見たことがない、弱々しい笑顔で「ありがとう」と言われた。

人間の感覚は不思議だ。それだけで、ひと回り体が萎(しぼ)んだような気がする。
「お大事に」今度は心の中で、つぶやいた。

それから、家に帰り、木曜日提出の仕事をやり始めたとき、友人のWEBデザイナーから、「折っちゃいました」と電話がかかってきた。
彼は、私が一からWEBデザインを教えた男だが、今では私を遥かに超える「売れっ子」になっている。

恥知らずな男だ。

折っちゃった? 枝でも折ったのか? それとも千羽鶴か?

「いや、指です。左手の小指」

聞くと、1年ぶりにテニスをしていたら、滑ってバランスを崩し、左手で体を支えた拍子に、小指だけに体重がかかってしまって、折れたらしい。

「ヤンキースの松井状態ですよ」
松井の骨折は周りを落胆させたが、君の場合は、笑いの種にされるだけだろう。

「いや〜、もう、痛くて痛くて、我慢できません
痛み止めを飲んでいるが、切れると、小指が心臓になった気がするくらい、痛いらしい。

しかし、左手の小指なら、それほど仕事にも日常生活にも、支障をきたすことはないだろう。

「でも、痛くて痛くて、我慢できません。仕事にも集中できないし、叫びたいくらいですよ」
じゃあ、叫べ。
「イッタァーイ!」

気が済んだろう。じゃあ、切るぞ。
「いや、とにかく、仕事がはかどらなくて、困ってるんです。俺痛みに弱いから」

確かに彼は、異常なほど、痛みに弱い。
以前、草野球の試合をしたとき、一回の表の守備で、送球が彼の尻に当たったことがある。
たいしたスピードで当たったわけではないのだが、「痛い痛い」と叫んで、そのまま他の人と交代してしまった。

他にも、指に「ささむくれ」ができただけで、大騒ぎをする。
彼のセカンドバッグには、携帯電話は忘れても、必ず「バンドエイド」は入っている。
だから、彼にとって、骨折は「この世の終わり」のような気がするのかもしれない。

そんなにつらいなら、仕事を外注に出して、痛みが取れるまで休めばいいじゃないか。なんなら、俺がやってもいいよ。

「あっ、言いましたね。待ってました。実は急ぎの仕事が2件あるんです。両方とも途中までは出来てますけど、チョー急ぎです。お願いしますよ」

要するに、仕事を頼むために電話をしてきたのか。
人の「泣き言」に弱いこちらの性格を読んで、「痛い痛い」と言って、同情を買おうとしただけか。

簡単な手に引っかかってしまった。

泣き言のお付き合いをすると、ろくなことがない。


2006/05/24 AM 10:26:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

オレ流教育
月曜日提出予定の仕事の目途がついた頃、娘が仕事部屋に入ってきた。

小学校低学年の頃は、よく仕事の邪魔をしに来たが、5年ともなると、さすがに親の仕事がわかってくる。
「この時間帯は、邪魔をしてはいけない」と、自分で判断して「今なら大丈夫だろう」と見当を付けて、顔を出す。

「あのさあ、都道府県の場所がよくわからないんだけど、どうやって覚えたらいい?」

どうやら、授業で都道府県の位置や物産に関してやっていて、それを暗記しなければいけないようだ。
娘は、算数、理科、音楽、図工は得意だが、暗記物は苦手。

いつも「面倒くさっ!」と言って、「こんなもの地球から消えてしまえばいい!」などと、毒づいている。

私も子どもの頃は暗記が苦手だったので、その気持ちは分かる。
だから、今回もこう答えた。

「無理に覚えなくてもいいよ。大人になれば自然に覚えるから、焦ることはない。今は、自分の住んでいるところさえ分かっていれば充分」
(実際、私も子どもの頃、この地図を覚えるのが苦手で、全く頭に入らなかった。しかし、今はすべて把握している。特別なことは何もしていないから、無意識に覚えてしまったのだろう)

「えー、でも、覚えないと、成績に響くぞ」
「他が良ければいいだろ。都道府県を覚えるのだけが勉強じゃない」
「あっ、そうか。そうだな、じゃあ、算数ドリルでもやるか」
「そうしなさい」

次に顔を出したのが、息子。
「あのー、化学式がよくわからないんだけど」

高校の中間試験の化学で「化学記号・化学式」が出るらしく、さっぱりわからないと言う。

「君は暗記が得意なんだから、とにかく丸暗記しなさい。何がどうした、と覚えるより、ひたすら丸暗記。それで、点が取れなかったら、しょうがない。あきらめようぜ」
「そうか、そうだね。丸暗記してダメなら、それでいいか」
「そうそう」

いい加減な親である。

ヨメは、点数や通知票の結果にうるさい(母親はどこもそんなもの)が、「わけのわからん基準で評価されても、参考にならん」と思っている私にとって、学校の評価は重要ではない。(というか、信じていない)
だから、子どもに対して、こういう接し方になる

ヨメと息子は、成績(結果)に一喜一憂するが、私と娘は、良くても悪くても、「通知票なんか、ウゼェ!」と、露骨に思っている。

たとえば、小学校5年生にも、色々な子がいる。
これは、当たり前のこと。しかし、教育界というのは、システム上そのことに目をつむっている。
お偉い官僚さんは、規格外が嫌いだから、先ず「切り捨てること」を考える。

クラスには、早熟な子もいるし、晩稲(オクテ)の子もいる。
ずっと人の陰に隠れている子もいれば、「俺が俺が」という子もいる。
たまたま表現方法を知らないだけで、他人に誤解を与える子がいる。

しかし、だからといって、人はずっと早熟なわけではないし、「俺が俺が」という子も、何かの拍子で急に物わかりが良くなったりする。あるいは、突然人間関係に目覚めて、自分の「言葉の暴力」に気付く子もいる。
それが、「成長過程」というものだ。
そして、「成長過程」には個人差がある。

だから、その「成長過程」を鋳型にはめ込んで、一緒くたに評価するというのが、気にくわない。
そして、その一番の問題点は、その評価の幅が狭すぎることだ。
その狭さは、官僚の心の狭さだ。平均点の人間を好むのは、管理がしやすいからだろう。
それに、「点数が高い子だけがいい子」という評価に偏りやすい。
私は、異端児をすべて「半端もの扱い」するのは、「教育の自殺」だと思っている。

だから、気にくわない。

学校が杓子定規なら、せめて我が家では、その鋳型を外してやろう。
そう思っている。

それが我が家の教育。というより、私の教育。
一方、ヨメは、「学校評価が絶対」というのを捨てきれない。
しかし、それはそれでいい。
私の考えを彼女に押しつける気はない。
彼女は常識人だから、非常識人の私とうまい具合にバランスが取れている。

だから、私は家族に対しては、「押しつけない教育」を貫いている。

こんな父親だからだろうか。子どもに対しては、威厳がない。
小言を言っても、怒ったふりというのを見透かされて、「またまた、カッコいいこと言っちゃって」などと、茶化される。

たまに真面目なことを言うと、「今の話、オチがないぞ」と、ガッカリされたりする。
息子などは、怒られないのがわかっているから、ひどい点数でも平気で見せる。
娘は、「ほらほら、また百点だぞ。えらいだろ」と、ダンスをしながら自慢する。

彼らは、ヨメの前では、決してそんなことはしない。
ヨメの放つ「言葉のトゲ」が怖いので、触りたくないからだ。

そんな私が唯一、ヨメに対して優越感を持っていることがある。
それは、息子も娘も、幼い頃から私にだけベタベタすること。
彼らは、ヨメに対しては、寄りかかったり、体を触ったり、ベッタリと甘えたり、ということをしない。

娘は小学5年になってもいまだに、私の膝に座りたがる。
一緒に歩いているときも、二人とも、私とだけ腕を組みたがる。
プリクラも私とだけ撮る。

彼らにとって、母親は怖い存在である。
しかし、オヤジは全然怖くない。
トモダチ感覚。名前だけの父親。

しかし、よく考えてみると、これは一般家庭の全く逆ではないか!

これで……、いいんだろうか?
喜んでいる場合では、ないのかもしれない……。

ここからは、余談。

この間、ヨットスクール校長が、娑婆に出てきて、怪気炎を揚げていた。
曰く、
「体罰は教育だ!」

しかし、始めに体罰ありき、では、暴力団よりもたちが悪い。
どんな凶暴なお兄さんでも、最初からチャカ(拳銃)やドス(短刀)で脅すヤツはいない。

体罰前提の教育は、教育ではなく「支配」だ。

要するに、小心者の王が、自分より弱いものを支配したいだけ。
あるいは、王様になれない小心者が、支配する相手を見つけて、「支配者」を気取る遊びがしたいだけのことだ。
そんな人間が、教育者を気取るから、話が「教育」というきれいごとで論議される。

もう一度言うが、それは「教育」ではない。
だから、「教育論」でもない。
ただの「ごっご」だ。

「ごっこ」を真面目に議論するほど、無駄なことはない。

「暗黒裁判」「人権侵害」など、この裁判のあり方をかなり真面目に批判している人がいることは、知っています。

しかし、私は死者が出た時点で「彼の負け」という単純な視点で判断しています。

なぜなら、彼が責任者だから。
事故があって、責任者が責任の当否を求められるのは、どの社会でも当然だと思う。

有罪となった過程で、裁判の不備があったなら、それは大問題。
徹底的に闘えばいい。

しかし、死者が出たことと、それはまったくの別ものだと私は思っている。
彼の方法で、救われた人がいたことも事実でしょう。
しかし、失敗があった場合、「こんだけ成果が上がってるんだから、たまには失敗してもいいだろ、俺のせいじゃないかもしれないし」というのでは、プロの管理者とは言えない。

優秀な自動車整備工場で、100パーセント近い整備の実績があったとする。
しかし、そのうちのたった一台が整備のミスで大惨事を起こしてしまった。
そんなとき、整備士が「ミスはたまたま。他は完璧なんだから、いいだろ」と言っても、そんな言い分は通らない。

私は、ヨットスクールの件も、そんな風に単純に考えています。


2006/05/22 AM 10:11:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | [子育て]

オフは仕込みだ!
昨日は完全なオフ。

完全なオフ日にやるのは、大抵が料理の仕込みか、長い距離のジョギング。
ただ、例年5月になると、原因不明の眩暈(めまい)に悩まされることもあり、今回はジョギングはなし。
だから昨日は、仕込み一筋。

料理の仕込みといっても、侮(あなど)ってはいけません。
これは要領がよくなければできないし、記憶力、勘、センス、そして何といっても体力と根気が必要です。

我が家では、私がシェフなので、9割以上の料理を私が作っています。
ですから、料理の進行を早くするためには、この食材仕込みは欠かせない作業になります。

食べ盛りの高一の息子を持っていると、料理に時間をかけてはいられない。
「腹減った攻撃」のすさまじさは、想像を絶する。だから、仕込みが一番重要になります。

我が息子のいいところは、好き嫌いがほとんどないこと。
シメジやマイタケが嫌いなくらいで、あとは何でも食べます。
料理の種類も問いません。ただ、高級そうに見えればいい。
実際は節約レシピでも、見た目が高級そうに見えれば、「うおお、ゴージャス!」と言って、むしゃぶりつきます。

逆に娘は、「食えりゃいいよ」という、私そっくりの性格ですから、見た目や高級感はどうでもよくて、「うまけりゃ文句はない」。

今回最初に作ったのは、サラダ関係。
マカロニサラダ、ジャガイモサラダ、コールスローサラダ、スモークサーモンサラダ、ピリ辛おからサラダを一気に作って、冷凍用のジッパーに入れて保存しました。
(これは解凍するときは、冷蔵解凍が原則)
慣れているので、ここまで1時間もかからない。
いつもはニンジンサラダも作るのですが、千切りしているとき、眩暈がしたので、これはやめにしました。(指を切る可能性があったから)

次はピクルス。
独自に調合した「だし汁」1リットル分を、小さめの梅酒用のガラス瓶に入れ、キャベツ、キュウリ、パプリカ、ニンジン、セロリを適当に切ったものを漬け込みます。
これは4〜5時間すれば、美味しく食べられるようになります。
ピクルス嫌いの人は多いのですが、野菜のバリエーションを増やすと、見た目が綺麗なせいか、「あれれ?」と言って、食べてくれます。

我が家では、ジャガイモやたまねぎを箱買いするので、これもまとめて仕込みます。
ジャガイモサラダを作っただけでは、箱の上の方が少し減ったかな、という程度。
そこで、ジャガイモを15個、おろし金で下ろします。これが意外と大変。単調だし、ジャガイモは固いので、意外と力がいる。15個下ろすのに、30分近くかかります。

しかし、15個のジャガイモは、下ろすと哀しいくらい存在感がなくなる。
せいぜいサラダボール半分ぐらいの量にしかならない。
これを四角いタッパに入れて、冷凍保存する。

これはお好み焼き、明石焼きのベースになります。
我が家のお好み焼きはジャガイモと卵、山芋がベース。小麦粉を使わないから、小麦粉アレルギーの人でも大丈夫。

4年ほど前、友人が娘を連れて遊びに来たとき、お好み焼きパーティをやる予定でいたが、彼女が「小麦粉アレルギー」だということを知り、急遽ひらめきで作ったのが、この料理。
それまで「お好み焼き」を食べたことがなかった彼女は、この「お好み焼きもどき」が気に入って、今も友人の家では「定番」になっているらしい。

さて、次はコロッケ。ジャガイモを3個だけ残して、あとはすべてコロッケにする。
これで、ちょっと大きめののコロッケが、12個出来る。
それを揚げて、冷ましたあとで、冷凍保存する。

箱買いのタマネギの場合は、5個ずつを輪切りにして、10分間レンジで加熱。
その後、10個分のタマネギを、大きめの鍋で中火で10分間煮込む。
そして、水を切ってから、フライパンで炒める。これが結構、力と根気がいる。また、台所が暑くなるから、夏の場合は汗がしたたり落ちる。

透き通るまで炒めたら、鍋に戻し、少な目のお湯に塩を少々入れただけで煮込む。
20分ほど弱火で煮込んだら、冷まして、冷凍ジッパーに分けて入れ、それを箱形のタッパに入れて、冷凍保存。
これは、オニオングラタンスープやロールキャベツなどに使えるし、カレーにも使える。
タマネギは「新タマ」のときは、このままとっておいて、サラダやピザなどに使う。
「新タマ」でないときは、ミキサーで細かくして、挽肉と併せて、小分けして冷凍ジッパーに入れて、やはり冷凍保存しておく。
これは餃子にも使えるし、ハンバーグ、コロッケにも使える。

仕込みをしているときは、周りが食材だらけのせいか、かえって食欲がなくなる。
だから、昼食はとらない。
コーヒーを1杯飲んで、すぐに作業にかかる。

ニンジン、ジャガイモを、細長い消しゴムくらいの大きさに切って、これを煮込む。
竹串を刺して、やや抵抗があるな、くらいのところで火を止め、冷ます。
これも冷凍保存。
熱湯で戻して、煮物や、肉料理の付け合わせなどに使います。

もう一つのコンロでは、熱湯に、酸味の強いトマトを13個入れて、30秒くらいで取り出す。
それを冷水に浸し、皮をむきます。
ヘタをとって、さいの目に切ってから、フライパンでオリーブオイルをニンニクで香り付けしたところに、すべてぶち込みます。

そこに白ワインを入れ、ヘラでトマトを丁寧につぶしながら、煮立たせる。
水分がある程度飛んだら、塩、ローリエ、バジルを入れて味を調える。
味に納得したら、最後にブラックペッパーを加えて、強火で30秒ほど煮立たせた後、火を止めて冷まし、冷凍保存。
これはパスタやミネストローネ、ピザなどに使います。

次は、スパゲッティ。500グラムずつに分けて、塩を多めに入れて茹でます。
併せて1キロ分のスパゲッティを茹でて、これも冷めたら、小分けにして冷凍保存。

クライマックスは生地づくり。
ピザの生地、餃子の生地、ナンの生地。そして、パンの生地。
強力粉が2キロあるので、これを使って、まずパンを作る。

600グラムの強力粉に、40度のぬるま湯に溶かした「ドライイースト」と蜂蜜、卵1個を入れる。
ある程度混ぜた後で、塩を適量入れ、牛乳を少し加える。
それを手でこねていく。
ある程度まとまったら、たたきつけるようにしてこねる。

これは本当の力仕事。
100回以上こねる。そして、ベトベト感がある程度なくなったら、バターを加えて、さらにこねる。ひたすらこねる。

そんなとき、娘が学校から帰ってきた。

「おー、またやってるねキミ。でも、今日は手伝わないぜ。アミちゃんたちと遊ぶからな」
と言って、素早く支度をして、出ていこうとします。
「何時に帰るんだ?」と聞くと、「暗くなったらだよ〜、毎回同じこと聞くな」と言いながら、ドアを閉めました。

しかし、すぐにドアが開く。
「あのさあ、言っとくけど、鏡見てみな。顔が白人になってるぞ」
すぐ、ドアがまた閉まりました。

白人になろうが、黒人になろうが、宇宙人になろうが、妻夫木聡になろうが(?)、誰が見ているわけでもないので、作業をそのまま再開。
こねて、適度な弾力性が出てきたら、2等分にして丸くします。
それを電子レンジで40分ほど発酵させます。
待っている間、発泡酒を飲む。40分間で2本飲んだ。

40分発酵させると、大きさは倍以上になります。
1個は、10等分にして、ロールパン用の生地として、冷凍保存。使うときは解凍して、2次発酵させてから使う。
もう1つは、3等分にして丸くし、そのうちの2個を麺棒を使って、30センチの丸形に薄く伸ばします。
これはピザ生地として、冷凍保存。
もう1個は、さらに4等分にして、わらじ型に伸ばし、ナン生地として冷凍保存。

その後、強力粉300グラムに、薄力粉100グラムを足して、200ミリリットルの塩水を加えてこねます。
ひたすらこね続けます。

100回くらい、「ぐわぉ、カメハメハ〜!」などと言いながら、こね続け、コシが出てきたら、2つに分割して、円筒状にして、20分ほど寝かせます。(発泡酒を1本飲みながら)
その後、等分に切っていきます。

そして、等分に切ったものを団子にして、麺棒で直径80ミリぐらいの薄い丸生地に伸ばしていきます。
これが餃子の皮。大体45〜50枚くらい出来ます。
出来上がったものは、1枚ずつ片栗粉をふって上に重ねていきます。
これは、冷蔵保存。餃子の他に、ラザニアにも使えます。

これでやっと終わり? いやいや、まだ終わりではありません。
今度は、息子の弁当用の惣菜を仕込んでおきます。

息子の学校には食堂がありますが、上級生が幅を利かせているので、入りにくいらしい。
そこで、昼食はいつも弁当。

「市販の冷凍食品は、嫌だなあ」と、生意気なことを言う、血液型O型、卓球好きの15歳。
「お弁当も、晩ご飯みたいに美味しいものが食べたいなあ」
そう言われたら、作るしかない。

しかし、毎朝仕込むのは大変だ。
そこで、暇な時間に惣菜を10パターン以上作っておいて、冷凍保存。
同じ冷凍でも、市販のものと違って、オリジナルの工夫がある。
毎日組み合わせを変えれば、飽きることもない。

サラダは、キャベツとコーンを使った「コールスロー」、ブロッコリーとマカロニ、ジャガイモの薄切りとタラコを使ったマヨネーズ味など3品。

和風の総菜は、里芋を煮て、ほうれん草を絡めたものと、セロリの葉を絡めたもの。
あとは、出し巻き卵(普通より甘みを強くしたもの)を作って、冷蔵。
豆、油揚げ、ひじきを使った煮物も作って冷凍保存。

洋風は、牛肉を小さいサイコロのように切って、薄口しょうゆで味付けして、小麦粉をまぶしたもの。これは冷凍保存して、使うときはフライパンで塩コショーをしながら焼くだけだから、簡単。

ハンバーグ(ミニサイズ)は挽肉系と豆腐系の2種類を作って焼いておき、冷凍保存。
スパゲッティは、タラコと絡めて冷凍保存。使うときは電子レンジで1分加熱するだけでいい。
コロッケも挽肉系と野菜系の2種類のミニサイズを作って揚げておき、冷凍保存。

中華は、野菜炒めを片栗粉でトロミを付けたものを具にして、ミニ春巻きを作ります。これも揚げておいて、冷凍保存。
エビチリは本格的に作るのは面倒くさいので、お麩をエビチリ風にしたものを作って冷凍保存。これは、息子のお気に入りです。

最後は、焼きおにぎり。
電子レンジの「グリル機能」を使って、しょう油や味噌を塗ったおにぎりを焼いていきます。
表側10分、裏側5分焼くと、美味しい「焼きおにぎり」が出来上がります。
これも冷まして、冷凍保存。

この「焼きおにぎり」を作っているときに、息子が帰ってきました。
狭い家ですから、玄関にも「焼きおにぎり」の臭いが充満しています。
「ああ、焼きおにぎりだ! 食いたい!」と叫びながら、キッチンに入ってきました。

丁度、ミソ味の焼きおにぎりが出来上がったところですので、それを2個渡しました。
出来上がったばかりで熱いのも構わず、「うめえ、うめえ」と一気に食べるその姿は、平和そのもの。
食べっぷりの良さは、惚れ惚れするほどです。

彼は、食事を残しません。出されたものは、すべて食べます。
米粒一つ残さず、綺麗に食べます。
弁当も、犬がなめたように綺麗に食べてくれます。

「よくこんなに綺麗に食べられるね」と聞くと、こう答えます。
「だって、仕事忙しいのに、一所懸命作ってくれるんだから、残したら悪いジャン。それに、おいしいし」

コイツ、親を泣かせるツボを心得た「達人」と見た。



2006/05/19 AM 10:59:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | [子育て]

ブッチャケな追想
東京の中目黒に久しぶりに行って来た。

1年前からメールだけのやりとりをしているデザイナーがいて、機械の調子が悪いから見てくれないかと言われたので、出向くことになった。

機械は簡単に直り、持てあました時間を散策に当てた。

私は世田谷生まれの目黒育ちで、結婚するまで中目黒の自宅で暮らしていた。
だから、中目黒は私にとって、大変思い入れのある街である。

大雨の翌日には目黒川が氾濫して、必ず中目黒駅前のガード下のパチンコ屋が水浸しになったこと。

高校時代、駅前の書店で、土日だけバイトをしていたとき、たまたま高校2年の時の担任が客で来て、何となくばつの悪い思いをして笑ってしまったこと。

初めてのバイト代が入った日、母親を招待して駅近くの寿司屋で奢ったら、べらぼうに高くて、バイト代がほとんど寿司代で消えてしまったこと。

友だちと二人で目黒川沿いを歩いていたら、4人の不良グループに因縁を付けられて、大立ち回りを演じ、交番まで連れて行かれて警官に注意されたこと。

旅行費用が欲しくて、「目黒銀座(イセワキとも言った)」の奥まった駐車場で、無断でフリーマーケットを開いて、駐車場の持ち主に怒られたこと。

夜が明けて、まだ回りが白々として、寒くて、静まりかえった中を、中学の陸上部の仲間10人と「目黒銀座」の入口から突き当たりまで、100メートルダッシュを繰り返したこと。(1キロぐらいあったかな)

少し記憶をたどるだけで、過去が「思い出のスクリーン」に投影される。


駅前はかなり変わったが、商店街を歩いてみると、それほどの違和感はない。
あの時の俺。
そして、今の俺。
ただ、年を喰っただけで、昔と今の空間・時間を混在させて、普通に歩いている。

「目黒銀座」から「西銀座商店街」に入ると、居酒屋がある。
それは、26才の時、ヨメを初めて母親に紹介した居酒屋だ。
それがまだ、同じ佇まいで存在している。
入口近くの、木目の焦げたような部分が記憶通りに残っていて、思わず立ち止まって、木目を撫でてみた。

あの時、3人でビールを飲みながら、厚揚げとホッケを食べた。
「息子をよろしくね」と言いながら、母が涙を流すと、ヨメもつられて泣きだした。
男はこういう場面に弱い。
居場所がなくなったような気になる。

立ち上がって、トイレに行った。
ことさらに時間をかけて用を足したが、席に戻ると、二人して手を握りあって、まだ泣いていた。
なぜ泣くのか不思議だったが、おそらく本人たちに聞いてもわからないだろう。

二人の涙が止まるまで、ビールの大ジョッキを何杯か飲んだ。
何杯飲んだかは忘れたが、その時食べたホッケの旨さは、いまだに覚えている。
今でもホッケが大好物なのは、そのせいかもしれない。

商店街を突き当たりまで行って、左に折れる。
緩やかな坂を上って、駒沢通りを渡ってしばらく行くと「中目黒4丁目」になる。
両親は川崎へ越してしまったので、ここにはもう実家はない。だからここは、故郷(ふるさと)とは言えない。

ただ、27年間住んだ街。
道を歩いていて、よみがえるものは幾つかあるが、切なさのようなものはない。
体に染み込んだ道筋をトレースしながら、当たり前のように歩いていく。

住宅街にはいると、平日の昼間なのに「ガレージセール」をしている家があった。
外人が立っている。
おそらく、土日もやっていたのだろうが、すべてを売り切るまでやるつもりなのだろう。品数は驚くほど少ない。
数えると、8点ほどがガレージの前のシート上に置かれていた。

外人と目があった。
40歳前後だろうか。それほど背は高くない。だが、横に広い。要するに、肥満している。

「どうぞ、見ていってください。ベンキョーしますよ」

外人の口から流ちょうな言葉で、「ベンキョーしますよ」というのを聞くと、可笑しい。
つい笑うと、「土日に来てくだされば、もっといいのが沢山ありました。残念ですけど」と正確な発音で言って、紙コップに入ったコーヒーを渡してくれた。

「ああ、どうも」と言って飲むと、すごく甘い。
最初から砂糖が大量に入ったコーヒーだった。
「疲れたときは、コーヒーに砂糖を沢山入れて飲むと、すぐ疲れが取れます」
そう言って、彼はコーヒーを一気に飲んだ。

だから太るんだな、と思いながら、セール品に目を移すと、CDがあった。
見覚えのある表紙。
手に取ってみた。
ハービー・ハンコックの「ニューポートの追想」だった。

私が昔持っていたのは、CDではなく、LPレコードの方だった。
2枚組のライブ盤だ。

中・高・大学とずっと、陸上の短距離をやっていた。
大学3年の夏に、膝を痛めて、さらに腰も痛め、走れなくなった。
治療に専念しようと思ったが、何もしていないのはつらい。

何年間も体をいじめ抜いてきたから、何もしていないときの心の空洞、体の渇きというのが、我慢できない。
そこで、大学の「ジャズ研」に顔を出すようになった。
ジャズよりもロックの方が好きだったが、「ロック研」がなかったので、「ジャズ研」で我慢した。

ここでウッドベースを弾いてみないかと言われ、「はい」と答えた。
素人が簡単に引けるものではないが、「はい」と言ったら、なぜか全員から拍手をもらった。

そして、毎日5時間以上の練習をして、初めてマスターしたのが「ニューポートの追想」の中の「アイ・オブ・ザ・ハリケーン」だった。

「これは難しいから、もっと簡単なものにしたらどうか」と言われたが、簡単なものを簡単にマスターしたら、私の性格として、すぐに飽きる。
だから、難しい曲に挑戦した。

実際の「アイ・オブ・ザ・ハリケーン」のベースは、エレクトリック・ベースだが、ウッドベースしかなかったので、弾きやすいようにアレンジして覚えた。

自分のパートを必死で覚えて、ピアノ、ドラム、ソプラノ・サックスと実際にセッションをしたとき、途中のインプロビゼーション(即興演奏)で、完全に置き去りにされた。
焦ったが、キャリアと才能の無さは、どうしようもない。開き直って、ドラムと同じリズムをはじき続けた。
すると、ピアノとサックスもそのリズムに合わせてリードしてくれた。

20分以上のセッションが終わると、まるで100メートルダッシュを50回繰り返したくらいの疲労感に襲われた。
しかし、その疲労感も周りの拍手で、すぐに消えた。
両腕に、その時の心地よさがよみがえってきて、思わず左の掌(てのひら)を見る。

「それあげるよ」と、突然言われて、彼の方を見た。
私が驚いて、「いや、それはちょっと、いやそれは…」とうろたえていると、クマのような毛むくじゃらの手が私の右手を掴み、CDを掌に押し込まれた。

「昔を思い出していましたね。そんな思い出のあるものなら、あげるよ。思い出を売るつもりはないからね。お金はいらない」

しかし、それは私の個人的な思い出で、このCDに対する思い出ではない。
まして、今日初めてあった人に甘えるのは、気分のいいものではない。
私がためらっていると彼は、「じゃあ、これ買ってください。買ってくれたなら、そのCDあげますよ」と、デジタルのクッキングスケールを指さした。
外見はそこそこ綺麗だが、「あまりふっかけられても困るな」と思いながら、「千円なら」と答えた。

「えー! そんなに高くなくていいよ。ブッチャケ、300円で、オーケー」
その顔で「ブッチャケ」と言われたら、笑うしかない。

「じゃあ、ブッチャケ、300円で」と言って300円払ったら、「コーヒーもう一杯どお?」と言われたので、「それは、ブッチャケ、勘弁して」と手を振って、別れた。

50メートルほど歩いて振り返ると、軽くジャンプしながら手を振ってくれた。
まるで、トドがジャンプをしているような感じだ。

中目黒4丁目の住宅街から山手通に出て、中目黒駅まで歩いて戻った。

代官山駅か恵比寿駅、あるいは目黒駅まで歩いて、思い出に浸ろうかとも思ったが……、思い出は、ほどほどがいい。

思い出に浸りすぎると、ブッチャケ、おなかが一杯になって、胸焼けを起こす。



2006/05/17 AM 11:22:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

国を愛する心
昨晩、同業者との会合で出た話題で気になったことがあります。

それは、学校の通知票に、「愛国心」の評価項目を掲げた学校がいくつかあるということ。

それを聞いて、同業者相手に、私の一人舞台が始まりました。
いつもながらですが、座が白けるのも構わず、語りました。

一体、「愛国心」というのは、どうやって評価するものなのでしょうか。

私は「日本国」というのが、好きです。

それ以上、何が必要なのでしょうか。
誰か、勘違いした輩(やから)が、真っ当な民に「国のために死ぬ心」を求めているのでしょうか。

国のために国民が死んだら、その国は滅びるでしょう。
まさか、頭のいい選良に、そんな簡単なことがわからないはずはない。
かつて、この「日本国」は、その寸前まで行ったことがあるはず。
それをまた繰り返すほどの愚はない。

民を生かしてこそ、国は栄える。
もしも、そんな簡単なことに気付かない「政治家」がいたら、それこそ「日本国」にとっては、亡国の士です。

我々は税金を義務として納めている。
これが一番の「愛国心」とは言えないか。
為政者に、どんなに馬鹿にされても、虐げられても、この国の民は「時の政権」に一票を投じて追認する。
こんなに「(政治家にとっての)愛国心」のある国民はいない。

無能な為政者が、どんなに国税を湯水のように使っても、この国の民はクーデターを起こさない。
どんなに大手銀行だけを依怙贔屓(えこひいき)しても、この国の企業や民は、高額な税金を納め続ける。

彼らの言う「愛国心」というのは、自分たちにとって都合の悪いことには目をつぶってくれる「国民の理解力」でしょう。
その意味では、我が国民は充分な「愛国心」を持ち合わせているはず。
逆に言えば、血税を消費する輩こそ、「亡国心」の持ち主であると言えます。

もし、この民が「本当の愛国心」に目覚めて、滅茶苦茶な為政者を糾弾したら、真に困るのは彼ら(為政者)に違いない。

彼らは一体、何を勘違いしているのだろう。

周辺諸国のように、仮想敵国を作って、それを糾弾して政権を維持したいのか。
この国を60年以上前の状態に戻して、「お国のために〜」という人種を増やして、この国を消滅させたいのか。

どこかの国のように、エキセントリックに仮想敵国を作って、体制を維持することに汲々とする国家は、美しくない。

ワールドカップやオリンピックの時だけ、「愛国心」が目を覚ます国が、一番平和で美しい。

フィギュアスケートのように、細かい採点基準を基に、主観で「愛国心」を採点されるなど、出来の悪い冗談としか思えない。

誰かさんは、「自民党をぶっ壊す」と、威勢のいいことを言いながら、自派だけはしっかりと肥大させるという「喜劇」の主役ですから、こんな冗談も平然と言える。

国を栄えさせるのは、民や企業であって、「為政者」ではありません。
こんな簡単な理(ことわり)もわからないようでは、彼らに「教育」を語る資格はない。


2006/05/15 PM 12:39:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

インターネットの悪霊
先日、インターネットで母親の病名に関して検索をしていたら、思いがけないものにヒットしました。

それは、なぜかインターネット小説に関してのものでした。
インターネットで小説を発表する人はかなり多いようで、それに関する書評を載せたサイトです。

その人が評論している、いくつかの小説のうち「限りなく永い休息」という短編小説がありました。

このタイトルに見覚えがあります。
見覚えがあるどころか、実は5年ほど前に、これと同じタイトルの短編小説を、自分のHPに載せたことがあります。

そうか、同じ題名で小説を書いている人がいるのか、と思って文章を追ってみると、その中の22行が、抜粋されていました。
読み進むうちに、「何だ、俺が載せたものじゃないか」と思いましたが、作者の名前のイニシャルが「A・T」となっています。
私のイニシャルは「M・S」ですから、イニシャルが違う。

抜粋されている箇所をあらためて読んでみると、前半の15行は数カ所を除いてほとんど同じだが、あとの7行が全く違う。

評論を読んでみると、「前半の思い切りのいい文体が途中で破綻するところが惜しい。前半の勢いで押し通したら、かなり完成度の高いものになったのではないだろうか。前半と後半では全く別人の感がある」と書いてあります。

前半はどう考えても、私のものだ。
いくら日本に1億数千万の人がいたとしても、15行の文章のほとんどが同じものを書く人がいるとは思えない。

そんな偶然なんてあるわけない!

つまり、盗作!
私がHPに載せた小説を前半だけパクッて、後半を適当に変えて発表したに違いない。

「前半と後半では別人の感がある」
それは当たり前でしょう。
別人なんですから。

そこで、早速そのサイト責任者にメールを出しました。
私の5年前のHPはすでに閉鎖していますが、当時書いた短編小説はテキスト形式で残してあります。
それを添付して抗議したら、すぐに返信が来ました。

「この種のことはよくあることで、インターネットでは盗作は日常茶飯事です。アップロードしたら、それは盗作の餌食になると思った方がいいと思います。ただ、今回は当方の責任で削除しますので、それでお許しください」

そうか、作品をアップロードしたら、盗作の餌食になる可能性があるのか。
インターネットは怖い。あらためて、それを感じさせられました。

以前もこんなことがありました。
自転車の後輪のブレーキが「キーキー鳴ってうるさい」と息子から言われたので、何とかそれを抑えることが出来ないかと、試行錯誤して研究したことがあります。

4年ほど前に、その経過をHPに逐一載せました。

結論は、「一度ブレーキが鳴き出したら諦めるしかない」というものでしたが、あることをすれば、一時的に鳴きを抑えることが出来る、ということを発表しました。
しかし、この効果も4、5日たつと薄れ、またキーキー鳴き始めるから、余り役に立たない、とも書きました。

これが前半の「鳴きを抑えることが出来る」という部分だけ、都合よく抜粋して(画像もそのままで)他のHPに載ったことがあります。
もちろん、私の許可なく、です。

「後半の部分を省いてしまったら、誤解される。これは即刻削除して欲しい」と強く抗議すると、最初はとぼけていましたが、最終的に削除してくれることになりました。

どちらも気付いたからいいものの、気付かない部分で被害を受けている人はかなり大勢いるのではないでしょうか。

油断も隙もない!

インターネットでは、そんな嘘が蔓延している。
私個人でさえ、目に見えるだけで2つの被害を受けているわけですから、トータルで見たら膨大な数になると思います。

インターネットは大変便利です。
しかし、便利さの陰に「悪意の嘘」がちりばめられたのがインターネットである。
インターネットにはウィルスだけでなく、たちの悪い「悪霊」も存在している。



2006/05/14 PM 12:28:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

伝聞はチンプンカンプン
独立当初から長いお付き合いをさせてもらっている印刷屋さんから、時々仕事を貰います。

その印刷屋さんのA3対応のスキャナを時々使わせてもらう義理もあって、よほど無茶な納期でなければ、大抵は仕事を受けます。

今回の仕事は、ラブホテルの室内に置く資料の作成。
料金表や備品などのサービス品をカタログ形式でデザインするというものです。

この依頼人は、以前からこの印刷屋さんにホテル関係の仕事を出していましたが、今回独立して、同じような仕事を出すことになりました。
以前も何回か関わったことがありますが、この依頼人、ひとことで言うと「お天気や」です。

例えば、「こういうイメージでサンプル(カンプ)を作ってほしい」という依頼があるとします。
ある程度イメージ通りのものを作って提出しても、次には気が変わって、「いや、違うパターンがいいな」と、すぐに方針を変えます。

ただ、これは他のクライアントにもよくあるパターンですから、ここまでは当方としても許せます。
今回も「若い客層をターゲットにしたホテルだから、ポップでヒップホップなイメージで、お願いしますよ」と言われて、連休明けにサンプルを出しました。

出来上がりを見て、「じゃあ、この感じでロゴをはめ込んで全体を作ってください」と言われ、気が変わらないうちに一気に作って、翌日クライアントに見せました。
そうすると、「う〜ん、軽すぎるな、もっと重みが欲しい」と言ってきました。

一番最初に打ち合わせをした「ポップでヒップホップなイメージ」と「重みが欲しい」というのは、どう繋がるのだろう?

そして、彼はこうも言ったらしい。
「やっぱり、ホテルはある程度重厚感があった方が、信頼されるんだよね。客が若造ばかりだからと言って、軽いばかりではダメだよ」

それなら、最初からそう言って欲しかった!
全体を作ったあとで、方針を180度変えられても困る!

ただ、この場合、すべてをクライアントのせいにするのも、フェアとは言えません。

自分が直接請け負った仕事でない場合は、いつももどかしさがあります。
直接話をしていない分、間に立つ人の「聞く能力」が、仕事を左右する場合があるからです。

クライアントが本当に「ポップでヒップホップなイメージ」と言ったとしても、それだけを伝えたかったとは限らないからです。
どこか言葉の隅に、「でも若干のゴージャス感が欲しい」というニュアンスをほのめかしていたとしても、間に立つ人がそれをこちらに伝えてくれない場合が往々にしてあります。

そこで昨晩、仲介人なしでクライアントと話をしました。
その方が相手の意向がストレートにわかりますから、時間の短縮にもなり、仲介人にとっても手間が省けます。

会って話をしてみると、デザインに対して意外と造詣が深いのが判ります。
書棚を覗くと、経営学やコンサルティングの本の他にデザイン関係の本が散見されます。
この人、色々な知識がありすぎて、すべてを試したくなるタイプの人のようです。
だから、デザインの方向性がコロコロ変わる。

こういうタイプの人には、断定的に意見を押し通した方が、うまくいくことが多い。余計な選択肢を与えてしまうと、迷いが生じるからです。

「ポップでヒップホップな〜」というのはわかりづらいので、若者の視点で重厚感を表現してみたらどうか。
そう言って、全体を濃緑色のトーンで、ワインパーティの雰囲気を表現したものをサンプルとして見せました。
そうすると、「ああ、これこれ、これが言いたかったんだよねぇ〜」と大きく頷きました。

「センセイ、それで行きましょうよ」(知らぬ間に、呼び名が「センセイ」になっていた)

方向性さえ決まれば、半分出来たも同然。

何でもそうですが、客の細かい要望というのは、話してみなければわからないことが多いもの。
伝聞の場合、間に立つ人の理解力と表現力が乏しいと、50パーセントも伝わってこない。

最初から直接話をしていれば、時間を無駄にしないで済んだのですが、それを言ったら仕事が来ない。
ここが、フリーランスのつらいところです。


2006/05/12 AM 11:04:00 | Comment(1) | TrackBack(0) | [フリーランスの心得]

カラオケでも歌わなければ…
ゴールデンウィークの忙(せわ)しないクライアントのお話の続き。

その後、彼からかかってきた電話の数。
5月4日、4回
5月5日、5回
5月6日、5回

その中で、校正の打ち合わせは1日1〜2回だけ。他は「間に合いますかねえ」という電話ばかり。
5月6日の朝の段階では、9ページをすでに組み終わり、校正も随時進行していたのに、まだ「間に合いますかねえ、心配で心配で」という、ほとんど神経症的な電話攻撃。

こちらが「もうほとんど終わったも同然ですから、大丈夫ですよ」とキッパリ言っても、ネチネチと「心配」を繰り返す。
彼の会社はそこそこの中堅企業なのに、よくこんな社員に大切な会議の資料づくりをすべて任せたものだと、その太っ腹さに感心します。

しかも、「社外秘」と思えるような内容なのに、ひと言もデータの機密性について言及しなかった。
もし私がこのデータを悪用したら、どうするつもりなのだろう。

「危機管理は大丈夫か!?」

それはさておき、5月6日夕方、めでたく校了。
「これでいいですね。もうプリントしますよ」と念を入れて、さっさとプリントすることにしました。

データができてしまえば、レーザプリンタですから、プリントは早い。
重たい画像データはありませんから、プリントは1時間足らずで終了。

しかし、プリントを終わってすぐ、またも電話。
「あの〜、部数を半分に減らしてくれませんか。よく考えてみると、全員には必要なかったものですから…」

「もう、終わっちゃいましたけど」

これでは、プリント前に念を入れた意味が全くない。

仕事を頼んできて4日以上たっているのだから、その間「心配で心配で〜電話」をしている暇があったら、部数の件も確認すべきでしょう。
最終段階を過ぎてから気付いても、無意味です。

「ああ、そうですよね〜、もう遅いですか〜、じゃあ余分に刷った分だけ、まけていただくというのは、どんなもんでしょう?」

これは、どういうこと?
こちらは何のミスもしていない。
頼まれた仕事をキッチリやったのに、なぜまけなければいけない!

普通は、まず「ご迷惑をおかけしました」というのが普通ではないのか!
それをいきなり「まけろ」?!


からかっているのか…、な?
しかし、その後もしつこく「上司に怒られますので、ぜひお願いしますよ」を繰り返すだけ。
この人、全く本気モード。

この種の人間は、自己中心的な思考回路の持ち主にありがちな「間違った信念」に凝り固まっているタイプであることが多い。
自分の希望が通らない場合は、「相手の方が悪い」という結論を、疑いもなく持てる羨ましい(?)性格の持ち主でもある。

そこで、彼には失礼ではありますが、私はこう言いました。
「上司とお話ししましょう。私は常識のわかる人としか、話したくない」

相手は何も言わずに「ガチャン!」

こちらは予定通り、宅急便で、プリントしたものを「8日午前中指定」で送りました。
しかし、今に至るも電話がないということは、上司にも報告していないと見た。

飛び込みの仕事を受けてしまった私も悪いが、まともに社員教育をしない企業も悪い。

腹が立つので、今夜は子どもたちを連れて、カラオケBOXで歌いまくるぞ!


2006/05/08 PM 03:47:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

ここにもオンリー・ワン
5月2日の夜10時ごろ、飛び込みの電話がかかってきました。
5月8日の午後の昼食会議に使いたいので、全9ページの資料を60部作ってくれないかという、息せき切ったものでした。

データはお決まりのようにワードで作ってあります。
完璧なワードデータなら、そのまま中身をいじらずに、レーザプリンタで60部プリントして丁合すれば済みますから、大変楽な仕事です。

そこで、データをメールで送ってくれるように頼みました。
早速中身を見てみると、B4の横長のドキュメントに、1ページごとにエクセルで作ったグラフが2〜3個貼り付けてあります。
このままなら簡単にプリントできそうです。
クライアントにそのことを電話すると、彼は申し訳なさそうに、「実はエクセルのデータはほとんど修正が必要です」と、なぜか小声で告げました。(最初にそれを言え!)

「こちらが修正するのですか?」
と聞くと、「はい、オペレータがゴールデンウィークの休みに入ってしまい、修正する人がいないので」と言います。

私は、エクセルは不得意です。最低限のことはできますが、細かい込み入った修正になるとお手上げです。
そこで、「私に修正は無理です。知り合いに当たってみますが、そちらも休んでいるかもしれませんので、あまり期待しないでください」と言って、いつも頼んでいる外注さんに電話をかけました。

しかし、予想通り、「お電話ありがとうございます。当方では、5月7日までお休みをいただいて〜」の空しい留守番電話が流れたので、受話器を置きました。

残念ながら、こちらでは修正はできない。そちらでも修正できないなら、この仕事は受けられない、と言うと、相手は大きなため息。

「5月8日の会議を延ばすことはできない。資料が間に合わなければ、一大事だ」
そうひとりごとのように訴えますが、できないものはできない。
間違いだらけの資料を作っても、会議の役には立たないでしょう。

そうすると、クライアントは思いだしたように、早口でまくし立てます。
「今あるデータで、そちらがやりやすいように組み直すことはできませんか。エクセルが難しいのなら、そちらがいつも使っているソフトを使って組み直すことはできないですか!」

それは、できます。Macでもグラフ専用のソフトはありますから、それでグラフを作って、イラストレータに貼り付け、テキストデータはワードのデータをそのまま使えば、それほど難しいことではありません。

「わあ! 本当ですか! ありがとうございます! 助かったぁ〜! これで間に合う!」

いや、まだ受けると返事したわけではありませんけど…。
グラフの正確な数字データがなければ、グラフはできないし…。

「数字データはあります! だから、お願いします。金額はそちらの言い分をすべて飲みますので、なにとぞよろしくお願いします!」

そうですか、じゃあ、百万円。

と言うわけにはいきませんね。
常識的な額を提示すると、「わぁ、いいんですか! この金額で!」と、何を言っても喜ぶクライアント。

しかし、このクライアント、かなりのせっかちです。
1ページごとに出来上がりをファックスで送って欲しい。すぐに校正をしないと安心できないから、というせわしないリクエストを出してきました。

だが、そんなことをしていたら、落ち着いて仕事ができない。
こちらは他にも仕事を抱えているのだから、いくら急ぎとは言っても、それだけをするわけではない。
他の仕事との関係で、あなたの仕事は夜中の作業になるから、それは勘弁願いたい。

そう言うと、「じゃあ、半分が終わったら、ということでどうでしょう? ファックスで送っていただいて、すぐ校正をしたい」と言ってきました。

残念ながら、それも嫌だ。
そもそも、スケジュールにない仕事を受けたのだから、こちらの好きに仕事をさせて欲しい。
それができないのなら、この仕事は受けない。

そう言うと、「ああ、確かにそうですね。わかりました。こちらが無理にお願いするのですから、そちらのペースでお願いします」と言って、納得してくれました。
校了は5月6日の夕方。納期は宅急便で8日の朝10時着、で商談成立。

しかし、ここから魔の電話攻撃が始まる。

翌日朝9時半ごろ、クライアントからの電話。

「どうですか、進んでいますか。何分時間がないもんですから、きっちりお願いしますよ。心配で心配で、しょうがないんで…」

もう2ページ組み直したが、あまりのせっかちさにウンザリして「いや、まだ全然手を付けていません。今日の夜中からやる予定ですので」と答えました。

まさか、夜中に電話はかかってこないだろうと思ったら、夜中の12時半ごろ、「どうですか、進み具合は?」という電話がかかってきました。

なんて、仕事熱心で、しかもなんて非常識な方!

あまりに非常識なので、「まだです!」とひとこと言って、すぐ切りました。
頭に来たので、普段は仕事中は絶対に飲まない酒{麦焼酎)をストレートで飲んで、憂さ晴らし。

7ページ組み直して午前6時前に就寝。
すると今朝9時過ぎにまた電話がかかってきました。

「どうですか。はかどりましたか? 心配で心配で」

「真夜中に仕事をして、さっき寝たばかりですよ! 一体どういうつもりですか!」
そう言うと、「ああ、そうですか、いや、電話ではそちらが見えないもんですから」
と申し訳なさそうに答えます。

いくらこちらが見えないからといっても、常識・マナーというものがある。
仕事が心配なのはわかるが、相手の状況を思いやれないやつは、何をやってもダメだ。

お客に説教するのは、本来許されることではないが、つい非難がましい説教をしてしまいました。
このブログを書いていても、まだ怒りが全身を駆けめぐって、気分がささくれ立っているのがわかる。

仕事を出す側は、確かに「オンリー・ワン」です。
そして、私には紛れもなく大事なお客様です。
しかし、「オンリー・ワン」をあまり押しつけないでください。

売れないデザイナーにも「オンリー・ワン」が、多少なりともいることをお忘れなく。
どれを優先するかは、納期で決めています。
「オンリー・ワン」をどんなに主張しても、優先順位を崩すことはありません。



2006/05/04 PM 12:58:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

エイリアンとの闘い
病院というのは、エイリアンの巣窟だ。
あるいは、病院経営というのが、エイリアンの温床なのか。

私の母は病気のデパートのような人だ。
若い頃、肺結核に罹り胃潰瘍にもなり、60代後半に肺結核が再発。その後肺結核の薬の副作用で「再生不良性貧血」に罹った。

この「再生不良性貧血」というのは、難病(特定疾患)指定をされている病気で、「原因不明、治療方法未確立であり、かつ後遺症を残すおそれが少なくない疾病(しっぺい)」として、国が指定している病気の一つだ。

つまり、「不治の病」という範疇に入る病気です。

原因が不明だから、治療方法も手探り。輸血だけが頼りの、大変心許ない病気です。
しかし、難病だからといって、私は大切な母親の命が縮まるのを黙ってみているほど、薄情な息子ではない。

元来医者というものを信じない私は、独自の民間療法を研究しました。
色々と試して、最後に到達したのが、「菜食主義(ベジタリアン)」でした。
肉類(動物性タンパク質)を一切排除して、野菜(それも根菜)中心のレシピを考え、それを徹底しました。

それは功を奏して、4年の年月を要しましたが、人並みの血液を再生できるようになりました。
輸血を必要としなくなり、普通の生活を取り戻した母は、その後も菜食主義を貫いて、人並みの生活を取り戻した。

しかし、めでたしめでたし、と思ったあとに待っていたのは、「真菌症」という聞き慣れない病気。
これは「再生不良性貧血」と同じように、薬の副作用で起きる病気らしく、身体の弱い部分にカビが生えるというものです。

母の場合は、鼻に真菌(カビ)が生え、大量の鼻血が出るようになりました。
これを根治させるには手術しかないので、高齢を押して、渋谷の「日赤病院」で手術をしてもらいました。
手術によって、一応鼻血は止まったが、手術の影響で右目の視力が極端に落ちた。

しかし、医者というのは不思議な生き物だ。
明らかに、手術前と比べると視力は落ちているのに、「目に影響が出ることは有り得ない」の一点張りで、視力が落ちたことを認めようとしない。

階段を下りるとき、手術前は何の苦労もなかったのに、手術後は下が見えにくいから何倍もの時間がかかる。
階段が怖くて仕方がない。
そう訴えても、医者は「目は普通ですよ」というばかり。

エイリアンは、現実を認めようとしない。

そして、つい最近、また鼻血が大量に出た。
そこで、川崎の「聖マリアンナ医大」に入院して治療してもらった。
鼻血は一過性のもの(病院側の見解)で、出血箇所にバルーンを詰めてもらい、止血した。
他にも病因があるかもしれないので、CTなどを撮ってもらい、検査入院すること10日。
検査の結果、病院側は「一過性」と判断して、血が止まったこともあり、そのまま退院。

しかし、退院後も鼻血は頻繁に出る。少しの時もあれば、大量の時もある。
鼻血では驚かなくなったが、その後、口から喀血するようになった。

あまりに大量に喀血したので、深夜、救急車を呼んで、近くの「日医大武蔵小杉病院」に運んでもらった。
そこで、止血剤を点滴してもらうと、喀血が止まったので、「帰っていいですよ」という医師の言葉。

「え?!」
こんなに大量に血を吐いたのに、帰っていいの?

疑問に思って「入院させて精密検査をしてください」と談判したが、「血は止まってますから」と頑固に拒否され、入院の許可はもらえませんでした。

その後も、ほとんど毎日喀血し、救急車を呼んで「日医大」通い。
その都度血が止まるので、「入院しなくても大丈夫ですよ」とエイリアンは繰り返す。
毎日救急車で運ばれて、止血剤を点滴し、「止まったから」といって、ろくな検査もしない病院というのは、一体何?

この時、もっとこの病院のことを疑ってかかれば良かった。そうすれば、エイリアンとの無駄な接触は防げたはず。

身内としては大量の喀血は心配です。だから、強引に詰め寄って、やっと入院の許可を得た。
個室に入って、諸々の検査をした。
止血剤を点滴しているときは、喀血はないが、点滴を止めると4日目に喀血。
そろそろ、有効な治療を施して欲しい、というのは患者側としては当たり前のことでしょう。
病院側に見解を聞いてみました。

「検査の結果はどうですか。病名は何ですか?」
これは、患者として当然の問いかけでしょう。2週間検査入院したのだから、病名も把握しているはず。

しかし、エイリアンはこう答えます。
「以前肺結核に罹った患部が、カサブタのようになって、それが咳によってはがれたようになり、喀血するようです」
「そうですか。それは正式な病名は何というのですか。また、どうすれば直りますか」
「病名はわかりません。手術をするか、カテーテルによる局所治療になりますが、根治するかどうかは何とも言えません。何分高齢ということもあり、手術は可哀想なので、薦められません」
「しかし、手術しないと、これからも喀血を繰り返しますよね?」
「そうですね。血が出るのはしょうがないです。女性は血に強いですから。血が出たら、その時はその時ですね」

血を吐くたびに、救急車を呼んで、止血剤を点滴しろ、とエイリアンは言う。

こんな医者を信じる患者が、世の中にいるのだろうか。

喀血するのは当たり前、女は血には強いから、我慢しろ。血が出たら、救急車で来い。点滴すれば止まるのだから。

エイリアンは、これが治療だと思っているらしい。

そこで、普通の地球人は、当然の要求をする。
「他の医者に診てもらいたい」

エイリアンは、意外にも快く承諾し、紹介状を書いてくれた。
資料も貸してくれて、かすかな望みを胸に抱いて、母は川崎の「市立井田病院」の呼吸器科に行った。

「市立井田病院」は、「日医大」と比べると患者は10分の1程度か。待合室は閑散として、寂しさ漂う風情だった。
しかし、検査はそれなりに時間がかかって、ほぼ3時間。

その後、我々は今までとは全く違う種類のエイリアンに出会うことになる。

担当の医者は、母に向かってこう言ったのだ。
「おたくは、何をしてもらいにここに来たのですか?」

「日医大」の紹介状には、一体何て書いてあった!
我々は病院に来たんだ。
遊びに来たんじゃない。
治療をしてもらいに来たに決まっているだろう!


「日医大」の結果に納得できなかったから、「市立井田病院」に来たんだ!
おまえ、本当に医者か!

「俺は無能だ」と言っているようなものじゃないか!

「当病院では、手術もできないし、治療もできない。あなたの病気を判断することもできない」

新たなエイリアンは、そう言って病名を告げることもできなかった。

仕方なく我々はまた、資料を返しに「日医大」に戻った。

しかし、エイリアンはさらに増殖していた。

姿を変えたエイリアンはこう言ったのだ。
「あなたの病気は、手術をしなければ根治しないと思います。そこで、個室に入院してもらって、もう一度検査してみたいのですが、いかがでしょうか」

また、個室か…。
前回は個室に入院して、41万円の入院費がかかった。

どうやら我々は、エイリアンにとって、個室を埋めるための「お客さん(カモ)」に成り下がったようだ。
個室に入院して、今度は手術。
病院側は、さぞ儲かるでしょうね。

正確な病名も告げず、何が手術か!

普通の地球人は、当然憤ります。

そこで、私は他の病院を探しました。
東京の清瀬にある「国立東京病院」です。
先週の金曜日(4月28日)に母親を連れて行きました。

そして、胸のレントゲンを撮ったあと、医者は断言しました。
「肺にカビが生えていますね。これは肺真菌症の可能性が非常に高い。入院して検査しましょう。カビをつぶす治療が必要になると思います」

ここで初めて、医者の口から病名を聞かされた。
「広尾日赤病院」も「聖マリアンナ医大」も「日医大武蔵小杉病院」も「市立井田病院」も、胸のカビのことはひとことも言わなかった。
何度もレントゲンを撮ったのに、何で?
お前ら、レントゲンの見方も知らないのか!

この「国立東京病院」が信じられる病院かどうかはまだわかりません。
エイリアンかもしれません。

しかし、はっきりした病名を言われたことで、少しでも前進したのではないかと、私は希望を持っています。
「肺真菌症」というのは、楽観できる病名ではないようですが、知らないよりはずっといい。

まだまだエイリアンとの闘いは続くかもしれません。
しかし、ここで地球人は負けるわけにはいかない。
80過ぎた母親を、病気のデパートから脱出させるために、地球人はこれからも戦い続けるつもりです。



2006/05/02 PM 03:31:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]



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