Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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怖い話 最終話
私が家に入ったとき、姉は2本目のワインを飲んでいるところだったが、私の顔を見ると、慌てて自分の部屋にこもった。
私が何を言っても、姉は無言。
私は約1時間ドアの前にいたが、もちろん「説得」はしない。無駄だからだ。
私は、年老いた病気がちの親が悲しんでいる、泣き喚いている声はおそらく外にも聞こえているのではないか、ワインは一番アルコール中毒になりやすいなど、物言わぬ姉に、客観的な事実を述べただけで帰った。

家に帰ってすぐ、姉から電話があった。
「あんたは、子どもの頃から成績が良くて、運動会でも目立って、まわりから愛されて、そんなあんたに、あたしの気持ちなんか分からないわよ。このジコチュー野郎!」
姉はそれだけ言うと、電話を切った。

妙な話だが、それを聞いて私は少し嬉しかった。
姉の言っていることが、まともだったからだ。
姉が、私に思った通りのことを思ったまま言うのは、おそらく何十年か振りだろう。
姉はまともだ。私は確信した。

ただ、姉は自分の感情(怖いものを避けることに全神経を傾けること)にしか興味がないから、自分の弟がどれだけ努力したかをまったく見ていない。
努力という概念を理解できない姉の中で、「うらやましい」という感情だけが増幅する。

そして、自分がどれほど愛されているかを感じ取る能力が、姉にはない。
さらに、これが一番姉にとって不幸なことだが、「愛情を持った説得」を受け入れる能力が、その脳細胞のどこにもない。

忠告や褒め言葉は、姉にとって「言葉の暴力」でしかない。

「怖さ」が、脳細胞を埋め尽くす。

話を元に戻す。
姉の心には、14歳年下の彼への心配が渦巻いていた。
姉はきっとこう思っているはずだ。
「こんな素敵な彼が、ずっと私と付き合ってくれるはずがない。いつかきっと捨てられる」

この心配は、極めて普通の心配だ。思考方法も正常と言っていい。
そして、この「騒動」が続いているときは、逆に考えればまだ安心だと言える。
屈折した形だが、自分の中でその心配を拒否しようという力が働いているからだ。
しかし、その心配が、真実は別として、姉にとって「誤った確信」に変わったときが怖い。

もし、「彼は絶対私から離れていく」という考えが、姉の中で確信に変わったとき、それがたとえ本当でなくても(彼に姉と別れる意志がなくても)、姉のその「誤った確信」を誰も覆すことはできないからだ。

つまり、「彼は私と別れたがっている」と、姉が一度思いこんだら、もう誰も説得はできない、ということだ。たとえ彼が何度否定しても、姉が変わることはない。
愛なんて、姉の前では無力だ。

私は、それをずっと心配していた。

それが現実のことになったのは、昨年の12月半ばだ。
母からの電話でそれを知った。
「妄想で問いつめられるのは我慢できない、もう疲れたから、別れてください」
姉は彼からそう言われたらしい。

「ワイン飲んで、泣いてるの?」
私がそう聞くと、「泣いているけど、ワインは飲んでいない」と、母の答え。
そして、「食事もまともにしないのよ」と言う。
「死んだりしないわよね」
声を潜めて、母が言う。

「ぜったい、しないよ」
これは断言できる。
すべてが怖い姉が、この世の中で一番怖いのは、(この世の中で一番大事な)自分が傷つくことだ。
だから、姉は絶対に自殺はしない。
これほど確かなことはない。
姉はすぐ立ち直って、また彼女の日常を取り戻すだろう。

そして今、姉は私が考えたごとく、彼女の日常を取り戻している。

しかし、私が怖いのは、先のことだ。
両親がいなくなったとき。
そのとき……。

両親が死んだ後、この異常な怖がりの姉は一体どうなってしまうのか。
怖くて、親の死からも目をそむけ続けるのか。逃げ続けるのか。
そして、ひとりきりで怖がり続けるのか。
正気のまま、「怖さ」を生涯の友として、こもり続ける覚悟なのか。

このことの予測だけは、私にもできない。

それが一番、「怖い」



2006/01/22 AM 05:11:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | [怖い話]



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