Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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怖い話 第四話
姉は、それから「家事手伝い」という名目で、家にいるようになった。
しかし、家事はほとんどしない。
包丁が怖いので、料理はできないし、大きい音が怖いので、掃除機も滅多にかけることはない。洗濯だけは危なくないので、これだけは毎日した。
これは、一種の「引きこもり」と言っていいかもしれない。
家から出ないというわけではないが、姉は外界の「怖いもの」からは、確実に引きこもっていた。

父母は、姉に対して色々なアクションを起こした。
旅行に行く、通信教育で絵の勉強(姉の絵の感性は鋭い)、通信教育でシナリオの書き方を習う(姉には文才がある、父が文筆家だから、彼女はその才能を受け継いでいる)、近所の奥さんに裁縫を習う(姉は手先が器用だ)。
この中で、旅行に行くことだけは、拒絶はしない。ひとりで行くのは怖いが、家族となら安心だからだ。
しかし、その他のことは、すべて拒絶。

私は絵が下手、文章も下手、不器用だから、やるだけ無駄!

いったい、これ以上誰が彼女を説得できる!?
どんな手をさしのべれば、彼女はその引っ込めた手を出してくれるのか?

精神科の医者? カウンセラー?
では、どういう方法で、そこに連れて行けばいいのか。首に縄を付けて? 殴りつけて?
それはまったく現実的ではない。
姉は頭がいい、そしてプライドが高い。
姉は、自分を傷つけた出来事、あるいはその人間のことを、いつまでも克明に覚えている。
たとえ、ひとが善意でしたことでも、「自分が少しでも傷ついた」なら、それは姉にとって善意ではない。
そして、そのことを姉は、いつまでも忘れない。
そして、こう言うのだ。
「あたしは、ぜったい悪くない!」

そう、姉は何も悪いことはしていない。本当に、何もしようとしないのだから。
そして、悲しいくらい正常だから、そんなところへは断じて行かない。

こんな姉のことを、私は結婚する前、妻にどう説明すればいいか悩んだ。
悩んだ結果、結局何も言わないことにした。
説明してもわかってもらえないと思ったからだ。
姉の日常を壊そうとしなければ、姉の本当の姿は見えてこない。なぜなら、日常生活の中で、姉は限りなく正常に見えるからだ。

怖くて包丁やハサミを持てない人のことを、ひとは異常とは言わない。
推理小説を結末から読む人のことを、ひとは異常とは見ない。
連続ドラマをビデオ録画しておいて、最終回を見てから一回目を見る人を、ひとは異常とは思わない。
朝起きてすぐシャンプーして、昼食後にシャンプーして、夕食後にシャンプーして、寝る前に風呂でシャンプーする人を、ひとは異常とは感じない。
ただ笑い話だと思うだけだ。

そして、姉が妻と接しなければ、姉の本性はいつまでも見えることはない。
20年近い生活の中で、妻と姉が接触を持ったのは、おそらく10数回。
親密な会話を交わしたことは、一度もない。
だから、妻には姉の「怖さ」が、いまだにわからない。
私の言うことを冗談だと思っているフシがある。

「姉は絶対に誰の説得も聞かないんだ」
私の嘆きに対して、妻はこう言う。
― それって、説得の仕方が悪いんじゃない?
― お義姉さん、見た目は普通よ。あまりしゃべらない方だけど。
― 誰にも迷惑かけなけりゃ、いいんじゃない。
そう、誰にも迷惑はかけていない。何もしないのだから、迷惑のかけようがない。

ただ、私は悔しいのだ。
この世に生を受けて、何も残そうとしない人間を身近に見ている父母の悲しさ、無力感を伝えられないことが。

「笑い話ならどんなに幸せか」
母はいつも切実にそう言う。
その切実さがわかるのは、他には父と私だけだ。


2006/01/20 PM 05:40:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | [怖い話]

怖い話 第三話
ただ、私はそんな光景を見ていて、ひとり思ったことがある。
姉は、無類の怖がりだ。
虫が怖い、暗闇が怖い、高いところが怖い、大きな音が怖い、怪我が怖い。
姉が友だちと遊んでいて、怪我をしたところを一度も見たことがない。
危ない遊びになると、いつもその輪から離れて、見る側にまわっていた。
姉が、体を使う遊びをしているところを見たことがない。
そして、小さなおできができただけで、大騒ぎをする。
それもすべて、怪我や病気が怖いからだ。自分が傷つくのが病的なほど、怖い。

そしておそらく、姉はこの世のものすべてが、「怖い」。
変わったことを何もしなければ、怖さは感じない。
毎日自分ができることだけをしていれば、結果は予測できるから、怖くはない。
何も変わらない日常だから、安心だ。

私が、祖母にそのことを言うと、祖母は私の頭に手を乗せて小さくなでながら、「スゴイね、私も気付かなかったことがわかるなんて、えらいね」と、ほめてくれた。

高校の入学試験の当日、姉は突然泣き出した。
「行きたくない!」
祖母、父母、担任の先生が、またも説得する。
しかし、この時はもうみんなが知っていた。

この子に何を言っても、絶対に入学試験には行かないだろう。

結局姉は、入学試験のない高校に入った。
この時、今さらながら全員が姉に対して無力感を持った。

大きくて動かない岩がある。
クレーンなら動くかもしれない。
そこで、クレーンでつり上げようとした。しかし、彼らはそこで信じられないものを見る。なんと、その岩自身がワイヤーを切ってしまったのだ。
岩は動くことを拒絶し続けている。

祖母が死んだとき、姉は火葬場に行かなかった。
死に顔も見なかった。
ただ、部屋にこもって泣くだけだ。
「おばあちゃんにお別れをしましょう」
母がそう言っても姉は泣きつづけ、通夜、葬式の間中、こもり続けた。

私は逆に、祖母の死に顔をこの目に焼き付けた。
絶対忘れまい、と思った。
その顔は30年以上たった今も、はっきりと覚えている。

姉は、祖母が骨になって戻ってきたとき、やっとのことで仏壇に手を合わせたが、ずっと下を向いたままだった。骨壺も遺影も見ない。

親類の人たちは、姉のその姿を見て「悲しくて仕方ないのね、可哀想に」と泣きながら同情した。
確かに、祖母の死は悲しいに決まっている。

しかし、姉は怖いのだ。
ひとが死ぬということは、日常ではない。
それは、大変特殊なことで、その特殊なことが、姉にとってはこれ以上ないほど怖い。
ただ、怖い、怖い。

就職試験の当日、姉は泣き出した。
そして、就職試験には行かなかった。
まわりの説得は、ただ形式だけのものに変わっていた。

そこで、姉は父の知人が経営するビル会社に就職することになった。もちろん無試験で。
しかし、姉は一年足らずでそこを辞めたいと言い出した。
父は大変怒ったが、その怒りは空回りするだけ。
怒っている最中に、父もそのことに気付いたのだろう。
急にしらけた顔になって、そして泣き出した。
父の涙を見たのは、後にも先にもその一度だけだ。


2006/01/20 AM 10:21:40 | Comment(0) | TrackBack(0) | [怖い話]



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