Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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手のひらを返す その1
常々思っていることがあります。

官僚、というのは人間の形をした別の生き物である。
彼らは、自分のしたことがどのような結果を生み、時には国民のすべてが不幸になったときも、一切感知しようとせず、感情を動かすことをしない。
彼らからみれば民間人は無機物そのもので、頭のいい自分たちが国を動かすのは、神から授けられた至高の行為だと、生まれ落ちたときからそう思っている。
官にとって民は、全く別の生物であり、機能的にも違い、住む世界も違う「愚かな生物」としか見ていない。だから民がいくら真っ当な要求をしたとしても、それが本当に受け入れられることはない。民が官に逆らうことは、神にもとる行為としか考えない。
彼らは単に人間の形をしているに過ぎない。違う言い方をするなら「化け物」である。


政治家は官僚とは違いますが、今の総理大臣を見ていると、私には「官」に見えてしかたがない。
その理由の第一は、説明責任を全く果たさないこと。(「官」は説明はするが、わざと難しい用語を使って本質を見えないようにする。これは説明しないことと同じである)
具体的な説明をしないのは、「お前らはバカだから、俺のいうことに従っていればいいんだ」という「官」と同じ発想が見え隠れします。
国民にかなり人気はありますが、私には「官」と同じで「化け物」にしか見えない。

でも、この総理大臣もたまにはいいことを言う。
ライブドアの件です。
いつもながらの、質問をはぐらかすための答弁(詭弁)ではありましたが、内容は納得のいくものでした。

「メディアは彼を『時代の寵児』のごとく報道していたのに、今は手のひらを返して、非難している」

確かにその通り。

あれだけ持ち上げて置いて、一気に落とす手法は、いつも通りではありますが、どうも釈然としない。
メディアの中には以前から堀江氏に批判的なものもありましたが、それも彼の「メディア論」に感情的に反論したものか、その新聞社の会長がただ単に堀江氏を嫌っているという幼児的な論理で批判すること(この人の言っていることは、いつも感情論にしか聞こえない。おそらくメディアが画一的な報道の仕方しかしないからだろう)が多かったようです。

「時の人」を大きく取り上げるのは、メディアとしての使命ではありますが、メディアがその「時の人」の広告塔に成り下がるようでは、その存在価値を疑われます。
彼の行動に対してその都度、的確な評価を下すこともせず、ただ情報を垂れ流すだけなら、スポークスマンと何ら変わらない。

総理大臣の発言に関しても、スポークスマンと同じ役割しか果たさないメディアは、「太鼓持ち」のそしりを免れないでしょう。

これでは、益々「化け物」としての本性を露わにしている「官」「政」を糺すことなど、このメディアにできるわけがない。



2006/01/30 AM 11:15:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | [メディア論]

右側には立たないで!
13年前に「突発性難聴」という病気にかかってから、右耳がほとんど聞こえません。
左の耳を塞いでしまうと、外界音はほとんど入ってこない。だから、電話で左の耳を使っていると、右からの情報はまったく入ってこないので、これがけっこう危ないのです。

歩きながら携帯電話を使っているときに、例えば後ろから来る自転車がベルを鳴らしたとしても聞こえず、たまに後ろからぶつけられることがあります。
相手は、「ベルを鳴らしたのだから俺は悪くない」みたいな顔をしてこちらを睨みます。こんなとき「私は右耳が聞こえません」と言っても、おそらく信じてくれないでしょう。
右耳だけが聞こえない、などというのは、一般的には理解できないようです。

友人は、当然私の病気を知っているから、私と話をするときは、私の右側には立ちません。
しかし、得意先などで、数人で話をするときなど、運悪く私の右側に人が座る場合があります。
その人の言っていることは、左の耳に到達するのに時間がかかるし、声も小さく聞こえるので、話を理解するのに何拍か遅れることがあります。
あるいは、あまりよく聞こえないときは、全くトンチンカンな答えを言ってしまうこともあります。

そうすると、中には眉間にしわを寄せて、露骨に嫌な顔をする人がいます。
「すみません。もう一度言ってください」と言えばいいのですが、私の経験上、同じ話を二度繰り返すことを嫌がる人が、圧倒的に多い。

「右の耳が聞こえないんです。申し訳ありませんが、もう一度お願いします」
こう言うと、最初は「大変ですね。わかりました」と言ってくれますが、それが度重なると、舌打ちをしながら「わかったよ!」と怒りだす人も。

左の耳で、ひとの話を聞くことに集中していますから、基本的にひとりの人のいうことしか理解できません。他の人の話にかぶせるように話をする人がよくいますが、そうなると、話が混乱してよくわかりません。

「えっ?」という顔をして、話をかぶせた人の顔を見ても、こちらは話を理解できていませんから、「で、どうなの?」などと言われても、答えに窮します。
そうなると、「ああ、こいつは頭の回転が鈍いんだな」という風に判断されて、「使えねえヤツ」というレッテルを貼られます。

中には、右耳の方に口を近づけて、「いいこと教えてあげるよ」と内緒話をしてくる人がいますが、これが一番困ります。
せっかくの内緒話がまったく聞こえないのですから、意味がありません。
「すみません。左の耳にもう一度…」といっても、相手はしらけるばかり。

私に内緒話をする人は、次回から必ず、「左耳」にしてください(笑)。

実は、右の目も悪い。視力0.01以下だから、裸眼ではすべてがぼやけて見える。
コンタクトや眼鏡のお世話になっていても、なかなか人並みとはいきません。おまけに「飛蚊症」で……。

いけない! これ以上は、やめよう。私が嫌いな「不幸自慢」「病気自慢」になってしまう。

そこで、言いたいことはただ一つ。
だから、右側には立たないで!


2006/01/25 AM 10:53:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

雪と甘酒
関東地方に雪が降った日、子どもと一緒に雪かきをしました。
夕方6時過ぎ、まだ少し雪は降っていましたが、団地の階段の前や駐輪場の前を、子ども二人と私の三人でスコップを持って、10センチ以上積もった雪を掻いて、道をきれいにすることにしました。

10センチ程度でも、面積が広いと雪はそれなりに重いから、10メートルくらいの距離を均すだけでも、息が切れます。
子どもにとっては、久しぶりの雪なので、楽しくて疲れを忘れているようですが、二日酔い気味のこちらは、子どもと同じペースでは動けません。

「おい、パパ、さぼるなよ、全然進んでネェぞ!」
娘の容赦ない声が、だらしなくしゃがんだ親に浴びせかけられます。
息子は、マイペースで自分のできる範囲で、雪かき作業を進めています。

あたりは暗くなり、駐車場にも人影はありません。
三人で決めた団地の階段前と、駐輪場のまわりと団地前の駐車場までの道をきれいに均すには、どれぐらいの時間がかかるのか。

二時間では終わらないかもしれない。
子どもたちは、楽しみにしていた「IQサプリ」も見ないで雪かきをするほどリキが入っていますから、途中で投げ出すことは、親としてはできません。

誰か手伝ってくれないかな、という甘い考えが頭に浮かびますが、そばを通る人すべてが知らんぷり。
「ご苦労様」のひと言もない。
「物好きな親子が、なにやってんだ、ヒマな奴らめ」という感じでしょうか。

明け方まで、仲間と酒を飲むというのは、何年かに一回しかないのに、その日にこんなに雪が降るなんて。
しかも、雪が降ったら必ず団地前の雪かきをするなどと、子どもたちと約束事を作った自分は、なんて愚かなんだろうと、自分を呪うしかありません。

そして、団地の人間というのは、なんて無関心なんだろう! と見当違いの怒りが沸き上がります。

雪がやんで、道路がカチカチに凍って、困るのはお互い様なのに、「ここの道はどうせMさんちがキレイにしてくれるから、我々はやらなくていい」なんて思ってるんじゃあるまいな!
「大変ですね。少し手伝いましょう」と何故言えない!

ほとんど八つ当たりです。
そんなとき通りかかったのが、2ヶ月ほど前に引っ越してきた、わが階の斜め上の住人。
家族構成がどうなっているかは知りませんが、たまに顔を会わす二十歳前後の男性が、買い物袋を下げて、我々の横を通りました。

どうせ、知らんぷりだろう、と思っていたら、「ご苦労様です」とにこやかに言ってくれました。
そして、「手伝いましょう」という、信じられない言葉も。

「いや、大丈夫ですから…」と一応は断りましたが、三人とも知らず知らずのうちに「期待する目」で見ているのがわかったのでしょう。娘の持っているスコップを「ちょっと借りるね」と言って受け取るや、見事なスコップさばきで、雪を掻き始めました。

単純な長男は、「おお、すげえ、すげえ、スゴスギル!」と言って、大声で喜びます。
手際よくスコップを使いながら、息子に「飛騨って知ってる?」と気さくに話しかけましたが、地理の苦手な息子は、「???」間抜けなハテナ顔。

そんな息子に「岐阜県の豪雪地帯だよ。オレ、そこの生まれだから、こんな雪は雪とは言わない」と言って、スイスイ、スイスイ、名人芸。
負けず嫌いの娘は、兄からスコップを奪い取って、同じように掻こうとしましたが、「ウグッ、グググッ」と奇妙な声を漏らすだけで、なかなか前には進めません。

それを見たら、私も二日酔いとは言っていられません。駐輪場まわりを掻き始めました。
経験者がいるといないとでは大違い。彼が参加してから、ほぼ20分ぐらいで、予定の箇所を均し終わりました。

「助かったね」
わが子どもたちは、ひねたガキではありませんから、単純に喜びや感謝の言葉を表します。
長男などは、「ありがとう、ありがとう」と言って、飛び跳ねながら彼の周りを回っています。(これで15歳。将来大丈夫か?)

彼の方は、「ははは」と笑いながら、そんな長男を眺めています。
そして、駐輪場の傍らに置いた買い物袋の中から、缶入りの甘酒を出して、我々にくれました。
「こんなにもらったら、そちらの分が無くなっちゃうでしょ?」と私が言うと、「この買い物袋の中は、全部甘酒です。雪の日は家族でこれを飲むことに決めてるんですよ」と爽やかに笑います。

子どもたちは、嬉しそうに彼の缶と自分たちの缶をふれ合わせて、乾杯をしていました。

そして、家に入ると早速、その缶にマーカーで今日の日にちを書いて、本棚の空いているところに置きました。

この子たちはきっと、次に雪が降ったら、「甘酒が飲みたい!」と必ず言い出すことでしょう。


2006/01/24 PM 01:41:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

怖い話 最終話
私が家に入ったとき、姉は2本目のワインを飲んでいるところだったが、私の顔を見ると、慌てて自分の部屋にこもった。
私が何を言っても、姉は無言。
私は約1時間ドアの前にいたが、もちろん「説得」はしない。無駄だからだ。
私は、年老いた病気がちの親が悲しんでいる、泣き喚いている声はおそらく外にも聞こえているのではないか、ワインは一番アルコール中毒になりやすいなど、物言わぬ姉に、客観的な事実を述べただけで帰った。

家に帰ってすぐ、姉から電話があった。
「あんたは、子どもの頃から成績が良くて、運動会でも目立って、まわりから愛されて、そんなあんたに、あたしの気持ちなんか分からないわよ。このジコチュー野郎!」
姉はそれだけ言うと、電話を切った。

妙な話だが、それを聞いて私は少し嬉しかった。
姉の言っていることが、まともだったからだ。
姉が、私に思った通りのことを思ったまま言うのは、おそらく何十年か振りだろう。
姉はまともだ。私は確信した。

ただ、姉は自分の感情(怖いものを避けることに全神経を傾けること)にしか興味がないから、自分の弟がどれだけ努力したかをまったく見ていない。
努力という概念を理解できない姉の中で、「うらやましい」という感情だけが増幅する。

そして、自分がどれほど愛されているかを感じ取る能力が、姉にはない。
さらに、これが一番姉にとって不幸なことだが、「愛情を持った説得」を受け入れる能力が、その脳細胞のどこにもない。

忠告や褒め言葉は、姉にとって「言葉の暴力」でしかない。

「怖さ」が、脳細胞を埋め尽くす。

話を元に戻す。
姉の心には、14歳年下の彼への心配が渦巻いていた。
姉はきっとこう思っているはずだ。
「こんな素敵な彼が、ずっと私と付き合ってくれるはずがない。いつかきっと捨てられる」

この心配は、極めて普通の心配だ。思考方法も正常と言っていい。
そして、この「騒動」が続いているときは、逆に考えればまだ安心だと言える。
屈折した形だが、自分の中でその心配を拒否しようという力が働いているからだ。
しかし、その心配が、真実は別として、姉にとって「誤った確信」に変わったときが怖い。

もし、「彼は絶対私から離れていく」という考えが、姉の中で確信に変わったとき、それがたとえ本当でなくても(彼に姉と別れる意志がなくても)、姉のその「誤った確信」を誰も覆すことはできないからだ。

つまり、「彼は私と別れたがっている」と、姉が一度思いこんだら、もう誰も説得はできない、ということだ。たとえ彼が何度否定しても、姉が変わることはない。
愛なんて、姉の前では無力だ。

私は、それをずっと心配していた。

それが現実のことになったのは、昨年の12月半ばだ。
母からの電話でそれを知った。
「妄想で問いつめられるのは我慢できない、もう疲れたから、別れてください」
姉は彼からそう言われたらしい。

「ワイン飲んで、泣いてるの?」
私がそう聞くと、「泣いているけど、ワインは飲んでいない」と、母の答え。
そして、「食事もまともにしないのよ」と言う。
「死んだりしないわよね」
声を潜めて、母が言う。

「ぜったい、しないよ」
これは断言できる。
すべてが怖い姉が、この世の中で一番怖いのは、(この世の中で一番大事な)自分が傷つくことだ。
だから、姉は絶対に自殺はしない。
これほど確かなことはない。
姉はすぐ立ち直って、また彼女の日常を取り戻すだろう。

そして今、姉は私が考えたごとく、彼女の日常を取り戻している。

しかし、私が怖いのは、先のことだ。
両親がいなくなったとき。
そのとき……。

両親が死んだ後、この異常な怖がりの姉は一体どうなってしまうのか。
怖くて、親の死からも目をそむけ続けるのか。逃げ続けるのか。
そして、ひとりきりで怖がり続けるのか。
正気のまま、「怖さ」を生涯の友として、こもり続ける覚悟なのか。

このことの予測だけは、私にもできない。

それが一番、「怖い」



2006/01/22 AM 05:11:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | [怖い話]

怖い話 第五話
そんな姉には、14歳年下の彼氏がいた。
一大決心をして、パートタイムで働きだしたときに、知り合ったという。
パートはすぐクビになったが、姉にとっては短い間ではあったが、生涯の一大イベントだったろう。そして、彼氏もできるというおまけが付いた。
携帯を持ち、メールができるようになった。
外に出れば、それなりにいいこともある。普通は、そう考えるが、姉にとっては、苦痛以外の何ものでもなかったらしい。
酒量が増える、という「おまけ」も付いた。

私は、彼氏に会ったことはないが、電話で話をしたことはある。写真も見たことがある。
母が見せてくれて、そのとき携帯電話の番号も教えてもらった。
姉にとって自慢の彼氏なので、皆に知ってもらいたかったのだろう。

写真を見ると、清潔感のある整った顔立ちの男で、電話で話をしても、少し頼りなさ気だが、言うことはしっかりしていて好感が持てた。
付き合いは四年くらいか。

彼氏との付き合いが順調にいっていた昨年の3月、「姉がおかしくなった」と母から電話があった。

聞くと、突然泣き喚いたり、霊が見えるとか言って父母を困らせているらしい。
もっと詳しく聞くと、ワインを飲んだ後に必ずそんな状態になるらしい。

少し考えて、それは演技だよ、と私は答えた。
姉が「本当におかしくなること」は、絶対にない。
これは断言できる。
異常な怖がりで、傷つくことを極端に恐れる姉の性格が、自ら壊れることは絶対にありえない。

姉は、今まで人を傷つけることを言ったり、したりしたことは、私の知る限り一度もない。
怖いからだ。人に嫌われるのが怖いからだし、人が怖い。
だから、人を傷つけることができない。
ひとを傷つけたり、自分を傷つけるような状態になったとき、彼女は親にそれをぶつける。
ただ、暴力はふるえない。それも怖いからだ。
ではどうするのか。自分の気持ちを親に知ってもらいたいために、謎をかけるのだ。

泣き喚くのは、いつものこと。これは何十年も続いた、姉の声なき訴えだ。
それだけでは伝わらないと思ったとき、普通の人なら言葉で自分の感情を表現するのだが、姉にとっては、それが伝わらなかったときが、また怖い。
そこで、「霊が見える」という「謎かけ」になる。

14歳年下の彼氏のことが、心配で心配で仕方がない。
それを言葉で表現できなくて、屈折した表現で訴えている。
私は母にそう話した。
「じゃあ、どうすればいいの?」
「自分で恥ずかしくなったら、やめるさ。話を聞くだけ聞いて、そばにいるだけでいい」

そして、そんな私の予想は当たった。
「ワインを飲んで、泣き喚いて霊が見える騒動」は毎日続いたが、いつも突然静かになって、突然寝てしまうらしい。ワインを飲まなければ、泣き喚くことはないという。

「霊が見える騒動」の後は「過呼吸で入院騒動」、「熊が憑く騒動」、「ガムしか食べない騒動」などが続いた。
さすがに、「熊が憑く騒動」は異常なので、川崎の実家に様子を見に行った。


2006/01/21 AM 11:37:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | [怖い話]

怖い話 第四話
姉は、それから「家事手伝い」という名目で、家にいるようになった。
しかし、家事はほとんどしない。
包丁が怖いので、料理はできないし、大きい音が怖いので、掃除機も滅多にかけることはない。洗濯だけは危なくないので、これだけは毎日した。
これは、一種の「引きこもり」と言っていいかもしれない。
家から出ないというわけではないが、姉は外界の「怖いもの」からは、確実に引きこもっていた。

父母は、姉に対して色々なアクションを起こした。
旅行に行く、通信教育で絵の勉強(姉の絵の感性は鋭い)、通信教育でシナリオの書き方を習う(姉には文才がある、父が文筆家だから、彼女はその才能を受け継いでいる)、近所の奥さんに裁縫を習う(姉は手先が器用だ)。
この中で、旅行に行くことだけは、拒絶はしない。ひとりで行くのは怖いが、家族となら安心だからだ。
しかし、その他のことは、すべて拒絶。

私は絵が下手、文章も下手、不器用だから、やるだけ無駄!

いったい、これ以上誰が彼女を説得できる!?
どんな手をさしのべれば、彼女はその引っ込めた手を出してくれるのか?

精神科の医者? カウンセラー?
では、どういう方法で、そこに連れて行けばいいのか。首に縄を付けて? 殴りつけて?
それはまったく現実的ではない。
姉は頭がいい、そしてプライドが高い。
姉は、自分を傷つけた出来事、あるいはその人間のことを、いつまでも克明に覚えている。
たとえ、ひとが善意でしたことでも、「自分が少しでも傷ついた」なら、それは姉にとって善意ではない。
そして、そのことを姉は、いつまでも忘れない。
そして、こう言うのだ。
「あたしは、ぜったい悪くない!」

そう、姉は何も悪いことはしていない。本当に、何もしようとしないのだから。
そして、悲しいくらい正常だから、そんなところへは断じて行かない。

こんな姉のことを、私は結婚する前、妻にどう説明すればいいか悩んだ。
悩んだ結果、結局何も言わないことにした。
説明してもわかってもらえないと思ったからだ。
姉の日常を壊そうとしなければ、姉の本当の姿は見えてこない。なぜなら、日常生活の中で、姉は限りなく正常に見えるからだ。

怖くて包丁やハサミを持てない人のことを、ひとは異常とは言わない。
推理小説を結末から読む人のことを、ひとは異常とは見ない。
連続ドラマをビデオ録画しておいて、最終回を見てから一回目を見る人を、ひとは異常とは思わない。
朝起きてすぐシャンプーして、昼食後にシャンプーして、夕食後にシャンプーして、寝る前に風呂でシャンプーする人を、ひとは異常とは感じない。
ただ笑い話だと思うだけだ。

そして、姉が妻と接しなければ、姉の本性はいつまでも見えることはない。
20年近い生活の中で、妻と姉が接触を持ったのは、おそらく10数回。
親密な会話を交わしたことは、一度もない。
だから、妻には姉の「怖さ」が、いまだにわからない。
私の言うことを冗談だと思っているフシがある。

「姉は絶対に誰の説得も聞かないんだ」
私の嘆きに対して、妻はこう言う。
― それって、説得の仕方が悪いんじゃない?
― お義姉さん、見た目は普通よ。あまりしゃべらない方だけど。
― 誰にも迷惑かけなけりゃ、いいんじゃない。
そう、誰にも迷惑はかけていない。何もしないのだから、迷惑のかけようがない。

ただ、私は悔しいのだ。
この世に生を受けて、何も残そうとしない人間を身近に見ている父母の悲しさ、無力感を伝えられないことが。

「笑い話ならどんなに幸せか」
母はいつも切実にそう言う。
その切実さがわかるのは、他には父と私だけだ。


2006/01/20 PM 05:40:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | [怖い話]

怖い話 第三話
ただ、私はそんな光景を見ていて、ひとり思ったことがある。
姉は、無類の怖がりだ。
虫が怖い、暗闇が怖い、高いところが怖い、大きな音が怖い、怪我が怖い。
姉が友だちと遊んでいて、怪我をしたところを一度も見たことがない。
危ない遊びになると、いつもその輪から離れて、見る側にまわっていた。
姉が、体を使う遊びをしているところを見たことがない。
そして、小さなおできができただけで、大騒ぎをする。
それもすべて、怪我や病気が怖いからだ。自分が傷つくのが病的なほど、怖い。

そしておそらく、姉はこの世のものすべてが、「怖い」。
変わったことを何もしなければ、怖さは感じない。
毎日自分ができることだけをしていれば、結果は予測できるから、怖くはない。
何も変わらない日常だから、安心だ。

私が、祖母にそのことを言うと、祖母は私の頭に手を乗せて小さくなでながら、「スゴイね、私も気付かなかったことがわかるなんて、えらいね」と、ほめてくれた。

高校の入学試験の当日、姉は突然泣き出した。
「行きたくない!」
祖母、父母、担任の先生が、またも説得する。
しかし、この時はもうみんなが知っていた。

この子に何を言っても、絶対に入学試験には行かないだろう。

結局姉は、入学試験のない高校に入った。
この時、今さらながら全員が姉に対して無力感を持った。

大きくて動かない岩がある。
クレーンなら動くかもしれない。
そこで、クレーンでつり上げようとした。しかし、彼らはそこで信じられないものを見る。なんと、その岩自身がワイヤーを切ってしまったのだ。
岩は動くことを拒絶し続けている。

祖母が死んだとき、姉は火葬場に行かなかった。
死に顔も見なかった。
ただ、部屋にこもって泣くだけだ。
「おばあちゃんにお別れをしましょう」
母がそう言っても姉は泣きつづけ、通夜、葬式の間中、こもり続けた。

私は逆に、祖母の死に顔をこの目に焼き付けた。
絶対忘れまい、と思った。
その顔は30年以上たった今も、はっきりと覚えている。

姉は、祖母が骨になって戻ってきたとき、やっとのことで仏壇に手を合わせたが、ずっと下を向いたままだった。骨壺も遺影も見ない。

親類の人たちは、姉のその姿を見て「悲しくて仕方ないのね、可哀想に」と泣きながら同情した。
確かに、祖母の死は悲しいに決まっている。

しかし、姉は怖いのだ。
ひとが死ぬということは、日常ではない。
それは、大変特殊なことで、その特殊なことが、姉にとってはこれ以上ないほど怖い。
ただ、怖い、怖い。

就職試験の当日、姉は泣き出した。
そして、就職試験には行かなかった。
まわりの説得は、ただ形式だけのものに変わっていた。

そこで、姉は父の知人が経営するビル会社に就職することになった。もちろん無試験で。
しかし、姉は一年足らずでそこを辞めたいと言い出した。
父は大変怒ったが、その怒りは空回りするだけ。
怒っている最中に、父もそのことに気付いたのだろう。
急にしらけた顔になって、そして泣き出した。
父の涙を見たのは、後にも先にもその一度だけだ。


2006/01/20 AM 10:21:40 | Comment(0) | TrackBack(0) | [怖い話]

怖い話 第二話
そして、祖母が評価した「姉の性格」。
そのことも、私の頭に強烈に刻み込まれた。

確かに、姉はひとの言うことを聞かない。
これは今に至るまで、見事なほど変わっていない。

姉が、「こうだ」と決めつけたら、そのことを覆(くつがえ)すことは、誰にもできない。
父母、教師、恋人、友人、そして私。
誰の言葉も、彼女の心を揺さぶることはできない。理屈も感情も、その他すべてのものが、無惨にも跳ね返されてしまうのだ。

姉は、頭がいい。
何百人の教師の卵を教えてきた、熟練の教師であった祖母がそう言うのだ。それは間違いがない。
私も、姉は大変優秀な頭脳の持ち主だと思う。
父母もそう思っている。
しかし、ただひとり本人だけが、そう思っていないのだ。

「私は頭が悪い、だって学校の成績、良くないもん!」

それはそうだろう。姉の教科書はいつもきれいなまま。書き込みも、折り目も付いておらず、ほとんど新品同様。
彼女の同級生に聞くと、「Hちゃんは、授業中、ノートに落書きばかりしている」と言う。
つまり、授業中はほとんど先生の話を聞いていないのだ。
家に帰っても勉強はしない。絵ばかり描いている。
しかし、授業に全く集中していないのに、成績は普通なのだ。
落ちこぼれではない。

授業をまともに聞いていれば、どれだけ良い成績が取れたことか。
そのことに、本人は気付かない。
ただ、普通の点数が並んだ「通知票」を見て、「私は頭が悪い」と決めつけている。

そんな姉に、祖母も父母も、担任の先生もこう言う。
「Hちゃんは、頭いいのよ。授業を聞いていなくて、ちゃんとわかるんだから。もっと勉強すれば、一番になれるんだよ」
普通なら、そう言われれば、その気になる。
ああ、私はやればできるんだ。じゃあ、やってみよう!
それが、まともな受け止め方だろう。

ところが、姉は違う。
「成績が良くないんだから、頭が悪いに決まっている!」

重ねて言う。
成績は確かに良くはない。だが、悪くもないのだ。
授業をまともに聞かず、勉強もしていないのに、だ。

まわりは、ほめ続ける。
あらゆる言葉を使って、姉をその気にさせようとして、ほめる、ほめる。
しかし、彼女の心は動かない。
「私は頭が悪い」
まるでその思いを変えたら、自分が自分でなくなるかのような頑固さで、周囲の説得を拒絶する。

みんなが、 姉が毎日描いている絵をほめる。
「これだけ、いい絵を描く子は、他にいない」
「色づかいがいい」
「天才的だ」

それに対して、姉は「だって、賞取ったことないもん! だから、私は下手!」と言いきる。

確かに、賞を取るタイプの、一般受けのする絵ではない。
ただし、その独特の感性や表現力は、小学生とは思えないほどの「濃密さ」がある。
33才で早逝した、祖母の夫(つまり私の祖父)は、天才的な日本画家だった。
祖母は、姉の感性は、祖父に似ていると言って喜んでいた。
祖父の天才の血は、間違いなく、姉にそのすべてが受け継がれている。(残念ながら私には一滴も受け継がれてはいない)
専門家に習えば、その能力はさらに磨き上げられるに違いない。
皆がそう思った。

「絵を習いましょう。あなたには絵の才能がある」
祖母、父母、担任の先生が、またも説得する。
しかし、またも姉はこう言うばかり。
「私は下手!何の賞も取ったことないもん!」

神様も仏様も、彼女を説得することはできない。

2006/01/19 AM 11:18:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | [怖い話]

怖い話 第一話
3歳年上の姉がいる。
この姉とは、子どもの頃から、あまり話をしたことがない。
姉に何かを教えてもらったことはないし、世話を焼いてもらったことも記憶にない。
世間の姉弟が、どのような関わり方をしているかわからないが、私には話をしないことが不自然だとは思えない歴然たる理由がある。

その話をしようと思う。

ただ、話をしないからといって嫌っているかと言えば、そうではない。少なくとも私は姉を嫌ってはいない。
一番適切な表現を敢えて探せば、「姉には関心がない」というのが一番当たっているかもしれない。

冷淡、といえば冷淡かもしれない。
それは、あまりに存在が生々しすぎて、そういう風に見ないと、こちらの神経がすり切れてしまうからだ。
冷淡に見ておけば、神経が波立つことはない。関心を持つと、私の心が壊れる。

唐突だが、私には世界で一番尊敬する、祖母がいた。
もう30年以上前に亡くなったが、いまだにその尊敬の念は消えない。
グランドマザーコンプレックスの一種か、と自己診断している。

そんな祖母が、私が小学校に入学する前の日に、私にこう言った。
「お前は頭が悪いから、よくひとの話を聞く訓練をしなさい。ひとの話を真面目に聞いていれば、必ずわかるようになるから」

自分のことを、「頭が悪い」と思ったことはなかったが、子供心に「俺はすごく不器用だ」とは思っていた。
そして、祖母が言うんだから、私は「頭も悪いんだ」ということも、改めて頭に刻み込んだ。

「じゃあ、ネェちゃんは?」
と祖母に聞くと、祖母はこう言った。
「H(姉)は、お前よりはるかに頭がいい。でも、あの子は、ダメ。Hは、誰の言うことも聞かない。たとえ神様でも、仏様でも、あの子をセットクすることはできない」

「セットク」という言葉がどういう意味か、その時はわからなかったが、あとで「説得」と書くのを知って、意味も知った。
私の中で、姉に対する一つの確固たる「定義」ができたのが、この時だった。

祖母は、若いとき師範学校の教師をしていて、彼女の教え子は、そのほとんどが学校の先生になっていた。
祖母は、「ほめて育てる」を実践していた人で、教え子が我が家に遊びに来ると、皆必ずそのことを言って、祖母に感謝していた。

私もほめて育てられた。
だから、小学校に上がる前に、祖母から「お前は頭が悪い」と言われて、強烈に頭に刻まれたのだ。
いつもはほめるだけの祖母が、はじめて私に対して厳しいことを言った。その効果は抜群だった。
小学校に上がると、私は先生の話をよく聞こうと努めた。
小学1年・2年では、その効果は現れず、私は本当に「頭が悪かった」が、3年になると、集中力が付いてきたのか、成績は顕著に上がってきた。
1や2ばかりだったのが、4や5ばかりという、まわりも驚くほどの変わりよう。
これは、まったく持って祖母の神通力のすごさだと言っていい。



2006/01/18 PM 12:38:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | [怖い話]

残金13円
1月13日、金曜日。桶川で仕事の打合せ。約束時間は午前11時。
原則として、我が家から10キロ前後のところは、「原付」で行くことにしています。
桶川までは15キロ近くありますが、今日は「原付」で行くと決めました。
しかし、それがすべての不幸の始まり。

セカンドバッグと携帯電話、借り物のノートパソコン、財布とヘルメットを持って、暖かい格好をして、午前10時にウチを出ました。
取引先に着いたのは、10時40分過ぎ。予定より早かったですが、相手も時間が空いていたので、打合せを始めました。

11時半、速やかに打合せ終了。
ウチに戻って昼食を食べようと思い、走り始めて数分のこと。ブレーキが甘いことに気づきました。
家まで持つかな……とも思いましたが、友人が昨年の10月にバイクの事故で大怪我をしたことを思い出し、早めに修理した方がいいと思い直しました。

幸い少し走るとバイク屋さんがあったので、修理をお願いすることに。
「今たて込んでるから、明日の今頃取りに来て」と言われたので、今日は電車で帰って、翌日取りに行くことに決めました。

最寄りの駅まで歩くことにして、10分ほどで「北上尾」の駅に到着。
財布にはいつも「SUICA」を入れてありますので、JRを使うときは便利です。
いつも通り改札を抜けようとしたら、前を塞がれてしまいました。行く手の液晶の画面を見ると、「SUICA」の残金は「70円」。
そういえば、1月9日に家族で品川に行ったとき、ほとんど使ってしまったのです。

そこで「チャージ」しようと、財布の中を覗いたら、残金何と13円!

キャッシュカードでお金をおろそうとしたら、「北上尾駅」周辺には銀行がない!
ノートPCで駅の周辺を検索しましたが、よくわからず、仕方なく、コンビニか郵便局を探すため、周辺を歩き回ることに。
そこで最初に見つけたのが「セブンイレブン(いい気分!)」。セブンイレブンは便利だ。困ったときに、必ずそばにある!

喜び勇んで、ATMのカード差し込み口にカードを入れました。
しかし、カードはすぐ戻されてしまいます。何度やっても結果は同じ。
ああ、そうか! このカードは、「富士銀行」の時代から使っていた年代物で、カードの一部分が割れていたのです。
「みずほ銀行」では普通に下ろせますが、他のATMではたまに下ろせないことがあったのです。

「みずほ銀行」を探さなければいけない!
そこで、17号を歩いて「上尾駅」に行くことにしました。
「上尾駅」には絶対「みずほ銀行」があるはず。

歩くこと25分。嬉しいことに駅前に「みずほ銀行」がありました。
待つこともなくATMの前に立ち、差し込み口にカードを入れました。
えっ! カードがまた戻ってくる! なんで?
ここでも何度やっても同じ。カードは入れた途端戻ってきます。

「お客様どうなさいました?」
私が何度もカードを出し入れしているのを見て、不審に思ったのでしょう。係員が尋ねてきました。

「他では使えるんだけどな! 何でここでは使えないんですか!」
歩いたことによる肉体的な疲れと、落胆でつい不機嫌な物言いになってしまいました。

そんな私に対して、係の人はあくまでも慇懃に「カードを拝借いたします」と言って、それを手に取り、確かめます。
そして、「割れてますね」とひと言。

そんなのはわかってるわい! でも、いつもは使えたんだ!
怒鳴ろうとしましたが、さすがに気が引けたので、「はぁ〜」と大きくため息を吐いただけで、抑えました。

「これは、新しくされた方がいいかと存じますが」
とご丁寧に言われたので、新しくすることにしました。
しかし、新しいカードができるまで1週間以上かかるとのこと。

残金13円、それは解消されていない。
この現実をどうする?!

カード再発行の手続きを済ませると、新たな「重い現実」がのしかかります。
腹が減った!
気が付くと、もう午後1時15分。どうすりゃいいんだ!

ヨメに電話して、車で迎えに来てもらうしかない。
それがただ一つの解決方法です。

しかし、現実はそうは甘くなかった。
携帯電話の電池がほとんど切れかかっている。
もともとバッテリーがほとんどイカレていて、充電しても精々3日しか持たないシロモノ。
この間充電したのは、確か4日前。果たして電池は持つのか?

一縷の望みを持って電話をしましたが、呼び出しの途中で「ブー」という耳障りな機械音が聞こえて、ジ・エンド。
残金13円。さあ、どうする!

我が家まで約8〜9キロ。
しょうがない、歩いて帰るか。2時間もあれば着くだろう。
開き直って、ゆっくりと歩き始めました。
ポケットには「黒糖飴」が二つ。幸いランニングシューズを履いていましたし、防寒も万全、「トレーニングのつもり」、とポジティブに考えて、飴一つを口に放り込みました。

15分くらい歩いたころでしょうか。突然車が横に止まりました。
ボロい車。何だ、因縁をつけるつもりか!
身構えましたが、車の窓を開けて、出てきた顔は、大宮にある得意先S社の営業Sさん。

「なんで、こんなところ歩いているんですか?」
そう聞かれて、寒いのでなるべく簡潔に表現しようと思い、30秒くらいで、今日の出来事を伝えました。

Sさんは、大変頭のいい人。全体を端折った説明でも、こちらの大変さをすぐに悟ってくれたようです。
「わー、それは大変だ! じゃあ、ご自宅まで送りますよ」
地獄に仏、とはまさにこのこと。

3時半頃ウチに着けばいいかな、と思っていましたが、2時過ぎには着くことができ、温かいお昼も食べることができました。そして、何となく心も暖かになったような気が……。

Sさん、あなたの仕事はこれからは優先的にやらせていただきます。
ホントに助かりました。




2006/01/16 PM 12:45:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

めでたい話
新年に舞い込んだおめでたい話。
10歳以上年下の友人が、明るい話題を持って我が家に来てくれました。

彼との付き合いは、約15年。
15年前の私は、法律事務所に勤めていました。
その時の彼は、2度目の悪さをして、お咎めを受ける寸前の状態でした。

事務員として、弁護士センセイと一緒に彼に面会したとき、「こんないいヤツが何で?」という印象を強く持ったのが、彼との付き合いのはじまりです。

高校は一年で中退。その後、売れないモデル(彼は身長183センチ、整ったマスクの持ち主)やテレビや映画のエキストラをやりながら、怪しい仲間に誘われて、恥ずかしい事件を起こすこと2度。

外見もそうですが、話をしてみても、好青年そのもの。
どうして? 何で? という好奇心で、彼とよく話をするようになりました。

話してみると、彼は頭の回転が早くて機転がきく、大変優秀な頭脳の持ち主でした。
中退した高校も、ハイレベルの公立高校。

頭が良すぎて、先が読めすぎて、しかもナイーブ。
簡単に分析すると、そんな感じでしょうか。
一時的に、心のバランスが崩れて、つい寄り道をしただけだと、私は判断しました。

2度目の悪さのあとは、心のバランスが安定したのか、本来のいい面が前面に出てきました。

映画やテレビのエキストラをしながら、仲間と小さな劇団を立ち上げて、年に数回の舞台を演出。それが10年以上続いていました。
定職にはつかず、アルバイトをしながら、自分の劇団のためだけに生きる生活。
劇団員の数は、増えもせず減りもせず、注目されることもなかったのですが、本人はそれで満足だったようです。

そんな彼ももう35歳。
「このままでいいのかな、あっという間に40になっちゃうよ」と、まるで親のような気持で、何度か率直なアドバイスをしたことがあります。

「役者として売れようという気持ちは持ち続けているけど、舞台で自分を表現できるだけで満足、という気持の方が強い」
でも、それって自己満足だよね?
「でも、60過ぎて、この状態が続けられたら、ある意味スゴイ、と思う」
悪いけど、それは現実味がないんじゃない?

そんな会話をしたのが、去年の夏。

そんな彼が「オレ、芝居をやめて、養子になる!」
「???」どういうこと?

「2年半くらい前からアルバイトしていたレストランで、オーナーに気に入られて、養子にならないかって言われて、受けることにしました」

要約すると、東京のオシャレな街のレストランでアルバイトしていた彼を、そのレストランの社長が気に入ったということ。
その社長夫妻には、子どもがいないので、夫婦間でいつも「老後はどうしようか」と言うことが話題になっていたそうです。
そこで、「二人の眼鏡に適う子がいたら、その子を養子にして、跡を継がせよう」というのが夫婦で出した答え。

しかし、10年近くそんな人間は現れず、諦めていたところへ彼が来たのです。
頭が良く、物覚えもいい好青年。
「これだ!」
と社長夫妻は思ったのでしょう。

社長夫妻の申し出に、彼は悩みましたが、昨年末に受諾の返事をしたそうです。

「芝居の方は、もういいの?」
と、私が聞くと「はい、未練はないです」とキッパリ。
この潔さが、彼の身上でしょう。晴れやかな顔をしていました。

「レストランのオーナーかぁ、いいなぁ!」
うらやましすぎる!

「あのさあ、もしメニューとかパンフレットとかの仕事があったら……くれない? いいの作るよ」
彼は、こんなバカな申し込みにも、大きくうなずくいいヤツでした。




2006/01/13 PM 12:11:54 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

フリーランスの心得
今年の正月も、有り難いことに、ほとんど仕事で明け暮れ。

例年何かしらトラブルがあって、計画通りにいかないことが多いのですが、今年はほぼ予定通りに進行。

強いて「想定外」を挙げれば、調子の悪いG3/400MHz(450MHzにクロックアップ)の修理が出来なかったことでしょうか。
ということで、NアートのFくん、もうしばらくG4/450MHz Dualは借りるからね。悪いね!(メールも送ったから、見てね)

さて、フリーランスの仕事人にとっては、毎年が勝負の年。
仕事の減少、取引先の喪失、体の不調、そのどれもが大きなダメージとなります。
体調を整え、スキルを磨いて、この一年を無事に乗り越えることをただ祈るのみ!

しかし、長いこと一人で仕事をしていて、今年も絶対に慣れないだろうな、と思うことが一つあります。

それは、一部のクライアントの横柄な口調。

「〜だろ」「〜までにやってくれよ」「できるだろ!」「〜って言ってんだろ」などなど

こちらは確かに吹けば飛ぶような末端のデザイナーですが、独立した一人の人間です。

俺は、お前らの部下ではないし、友人でもない。
明らかにこちらよりも年下と思われる若造も、横柄な口の利き方をするやつが何人かいる。
俺は、お前らよりはるかに、数多くの修羅場をくぐり抜けているんだぞ。
ただ、外見は「お気楽なMさん」に見せて、「しんどいふり」をしないだけだ。
それに、俺はお前らみたいに、得意げに忙しがったり、不幸自慢はしない。
「風邪で高熱があるのに、満員電車にギュウギュウ詰めになって会社に来たんだ、もうグッタリだよ(えらいだろ)」
そんなことは、ちっとも自慢にはならない!
俺だったら、そんなことは言わずに黙って仕事をするよ。


横柄な口調で言われるたびに、そんなことを私は考えています。
もちろん、表面上は普通の顔をしています。
私は、彼らよりはるかに「大人」ですから。

それに、そういった感情も、クライアントの会社を出て、5分もたてば消えてしまいます。気に障るのは、ほんの一時のことです。だから、こうやって一人で仕事を続けていけるのでしょう。
もし、彼らの言葉遣いに本気で怒っていたら、この仕事は続けられません。

この間、同業者の忘年会で出た話題。

クライアントに「お前呼ばわり」されたことがある人。6人中4人。
何のミスもしていないのに、「突然、説教された」ことがある人、6人中3人。
「仕事、手伝っていけよ」と言われた人、6人中2人。

こういった事実から推し量ると、フリーランサーというのが、企業の中でどんな位置づけになっているか、わかると思います。
6人の中で、唯一大企業のクライアントを持っているデザイナーだけが、そういった経験がないと言います。

大手は、要求されることは厳しいですが、社員教育ができているということでしょうか。

私の場合、同業者や外注の人に横柄に対応することは、絶対にありません。
仕事を頼むときは、相手に気持ちよく仕事をして貰いたいので、必ず敬語でお願いします。
だから、偉そうな態度を取る人の心境というものが理解できないのです。

「ヒマだったら、仕事手伝っていけよ!」
私も3年前にそう言われたことがあります。

さすがに、その時は「お気楽なMさん」も我慢の限界。
クライアントに向かって、怒鳴ってしまいました。(後にも先にもこの一度だけ)

「バカヤロー! 誰が手伝うか! どんなに金積まれたって、そんな言い方されたら、やってやんねえよ!」

同業者で、同じことを言われた男が一人いましたが、彼は仕事を手伝ったそうです。
そのへんが、人間の器の違いでしょうか。
まだまだ、私は小さい男です。

でも、また「仕事、手伝っていけよ」と言われたら、間違いなく私はキレルと思います。(だから仕事が減る一方なんだな……)



2006/01/09 AM 11:14:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | [フリーランスの心得]



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