Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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正月は、毎年仕事。
正月は、売れないデザイナーのかきいれどき。

例年、最低2社から仕事の依頼が来ます。
大手のデザイン会社(あるいは売れっ子デザイナ)が正月の長期休暇に入るために、おこぼれがこちらにまわって来るという図式です。

しかし、今年は1社だけ。
と言っても、嫌われたというわけではなく、正月明けに2社から仕事が来る予定ですので、トータルでは順調と考えていいと思います。(やれやれ…)

正月にする仕事は、48ページのカタログ。
商品撮影からデザイン、編集までですから、結構ハード。

251点の商品を、自宅の「撮影用ミニブース」で、1点ずつ一眼レフのデジカメで撮影していきます。
15日から、他の仕事の合間に撮影をし始め、24日の深夜に全部の撮影が終了。

それを、仕事の合間にフォトショップで切り抜いていきます。30日にキリトリ完了(予定)。
細かいフォームの商品もあるので、気を遣います。

切り抜いたら、12月31日と新年の1・2日でレイアウトしていきます。
文章の校正はすでに済ませてあります。
また、ページ割りに関しては、12月25日の時点でラフ案の了解を取ってあるので、あとはカラーリングに気を遣うだけ。

クライアントに2日の夜、PDFでデータを送り、校正を待ちます。

3日はオフ。(何らかのトラブルがあったときの予備日)
つかの間の正月休み(の予定)。
実家に挨拶回り。
私の実家は川崎、ヨメの実家は東京なので、移動はラクです。

そして、4日に校正が入るハズ。

校正を1日で済ませて、またPDFデータを送ります。
何回かの校正のやりとりをして、5日中に校了予定。

5日の夕方は、熊谷で仕事の打合せ。(往復で3時間かかるので、その間の時間がもったいない。ノートパソコンで仕事をしたいところだが、バッテリーが死んでいるので、それが出来ないのがつらい……時間が惜しい!)

5日の深夜(6日の明け方?)、イラストレータで8面付けしたデータを、大型インクジェットを借りて簡単な校正刷り。
6日の早朝、その校正刷りをバイク便でクライアントに配送。最終の確認を取ります。
6日は、夕方から印刷会社のセッターを借りて(印刷会社のオペレータが定時に帰ってしまうのでセルフサービス)、フィルム出力。
その日のうちに検版をして、めでたく終了……という予定。

7・8日は、家族サービス。
「水族館」に行きたい、という子どものリクエストを叶えるため、只今インターネットで適当なところを物色中。

9日は世間では祝日ですが、チラシ用の商品撮影に立ち会うことになっています。
本来なら私が立ち会う必要はないのですが、長期休暇中のカメラマンに替わって、新しいカメラマンを使うため、私のディレクションが必要とのこと。
(休みたいのに……)

まあ、こんな感じで、今年の正月もあっという間に終わりそうです。



2005/12/30 AM 10:41:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

出張講習は疲れる…
今年最後の「Mac出張講習」に行ってきました。
場所は埼玉県蓮田市。我が家からは、原付で20分程度の距離。

依頼の電話をかけてきたのは女性。声の感じからすると、40歳前後と判断しました。
話の様子では、パソコンには詳しくなさそうなので、電話で「Macで間違いないですよね、リンゴのマークは付いてますよね」と2度確認しました。
「はい」という返事だったので、そのつもりで行ったら、東芝のノートパソコン。リンゴのマークはどこにもない!

「Macじゃないんですね」
「えっ、Macってパソコンのことですよね」
隣に小柄なご主人を従えて、40歳くらいの女性が目を見開いて答えます。

「Macは確かにパソコンですが、これはウィンドウズです。私はMacの方が詳しいので、電話でそれを確認したはずですが…」
「でもこれもパソコンだと思ったから、はいって答えたんだけど」

話が違う、という意味を込めて、隣のご主人を見ましたが、ただこちらを見つめ返すだけ。
嫌な予感がしましたが、時間がないのでさっさと進めることにしました。
ただ、「ウィンドウズに関しては、専門ではないので、初歩的なことしか教えられません」と釘を刺すことだけは忘れませんでした。
あとで文句を言われるのは嫌ですから。

まずパソコン歴を聞きました。
「ありますよ、ワープロは得意でした! あれってパソコンですよね!」

懐かしのワープロ。ほとんど一家に1台あった便利な文字打ち機。
でも、あれはパソコンじゃない。
説明するのが面倒なので、「まあ、似たようなもんですね」とだけ答えました。

最初に起動方法から説明しようとしたら、いきなり話を遮られました。
「メールがしたいんだけど…、そのために友達からこれ貰ったんです」
と言って、お友達からこのパソコンを譲ってもらった経緯を延々と語りはじめます。

簡単に言えば、お友達が新しいパソコンを買ったので、これは不要になったということです。それを10分かけて細かく説明してくれました。

「メールをするためには、プロバイダと契約しなければなりません。契約はしましたか?」
「えっ、プロバイダって何? だって、トモダチはこのパソコンでメールしていましたよ」

??? もしかして、本当に何も知らないのかな…………。
あるいは、からかわれているのか?

「ご友人は、独自にプロバイダと契約をして、メールをしていたんです。プロバイダは、パソコンに自然に付いてくるものではないんです」
「でも、携帯なんかは、携帯を買うとメールができるじゃありませんか!」
「いや、携帯を買っただけではメールはできないですよ。電話会社と契約しないとできないんじゃないですか。それと同じです。プロバイダと契約しないとメールはできないんです」

「じゃあ、インターネットはできますよね。これでトモダチはやっていたんですから」
隣でご主人が小さくうなずいています。

どうやら、からかわれているわけではないらしい。
二人ともパソコン音痴なんでしょうか。
相当丁寧に説明しないと、せっかく貰ったパソコンが粗大ゴミになる可能性が高い。

インターネットの仕組み、メールの仕組み、プロバイダの役割などを1時間以上かけて説明しました。
時に紙に書いたりしながら、なるべく専門用語を使わないで教えると、ある程度は納得してくれたようです。

お薦めのプロバイダやルーターなどを教えたところで、約束の1時間半は終了。
来年にプロバイダとの契約が完了したら、「メール」や「インターネット」の詳しい操作を教えるという約束をして、帰ろうとしました。

しかし、最後に強烈な質問が待っていました。私はそれを聞いて、思わず倒れそうに……。

「で、あのぉ、このワープロは、どこから紙を入れれば、プリントできるんですか?」

??? ワープロ?……??? パソコンなんですが…。
最初は何を言っているのか、わかりませんでした。
しかし、冒頭の「ワープロが得意」という言葉を思い出して、その意味がわかりました。

ワープロは、後方に紙を挿入するところと印字ヘッドが付いていて、プリントもできたのです。
彼女はパソコンもそれができると思っているのでしょう。
確かにノートパソコンと昔のワープロは何となく形が似ている。

「残念ながら、パソコンには専用のプリンタが必要です。ワープロとは全く別物だと思ってください」
「ああ、じゃあ、年賀状のプリントはこれではできないのね。せっかく貰ったのに……」
「ですから、プリンタを買えば、年賀状の印刷はできますよ。今のプリンタは年賀状作成ソフトも付いていて、大変便利でしかもきれいです」

いつの間にか、プリンタ会社の営業のような口調になってしまいました。

「でも、貰ったパソコンにお金をかけるのは嫌だわ、もったいないもの! 年賀状は手書きでいいわ」

はいはい、そうして下さい。



2005/12/28 AM 11:27:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

新聞記事が…どうも…
新聞を購読しなくなってから、4年以上になります。

色々理由はありますが、ニュースは「インターネット」で事足りるというのが一番でしょうか。
そして、新聞記事の内容に、薄っぺらなものを感じ始めて、それが我慢ならなくなったということも理由の一つにあげられます。

例えば、最近のこんな記事。

クリスマスプレゼント:日本のサンタはケチ?
平均予算は世界最低・・・【アクサ調査】


欧米、アジアを中心に保険・金融事業を展開するアクサ(本社・仏パリ)は、世界11カ国・地域でクリスマスプレゼントに関する意識調査を実施した。(中略)

今年7月、米、英、加、スペイン、伊、豪、仏、独、ベルギー、香港、日本で、就労者と退職者に分けて、合計6915人に調査した。

就労者のプレゼントの平均予算は、米国がトップで約15万2300円(調査時点のレートで換算)。2位は英国の約12万円。日本は昨年より7464円増えたものの、1万8156円にとどまった。(中略)

同じアジアでも香港は様子がやや異なり、仕事関係者や友人のため、という人の割合が就労者、退職者ともに高く、いずれも最下位だった日本との違いが目立った。
【毎日新聞 2005年12月22日 東京朝刊】


この記事、意識調査の結果をただ知らせるだけのものですが、こんなことを報道して、果たして何の意味があるのだろうと思ってしまいました。
欧米は豪華で、日本はケチ…。これって、クリスマスが宗教行事の一環である欧米と、ただのイベントである日本との違いを考慮してないという観点でいえば、全くトンチンカンな調査ではないのか。

それを、「こんな調査があります」と、そのまま「日本のサンタはケチ」と見出しを付けて片づけてしまう報道には、分析作業を放棄した新聞の無気力感がうかがえます。
新聞は、公平且つ客観的に事実を伝えるのが使命であるのは当然ですが、最低限脳細胞を使って、記事に対する検証はすべきだと思います。

また、こんな記事もありました。

小児科のある病院、ピーク時の1990年から22%減

小児科のある病院が減り続けていることが、厚生労働省がまとめた昨年の医療施設調査で分かった。

小児救急医療の体制が不十分になった地域も多く、政府は2006年度予算の財務省原案に、小児救急の体制整備に前年比30%増の25億8800万円を盛り込んだ。

一般病院のうち、小児科がある病院は約4割にあたる3231か所で、前年より53か所(1・6%)減った。最も多かった1990年の4120か所に比べると、22%減少した。(後略)
【読売新聞) - 12月22日】
>

小児科が減ったのを強調したいのはわかりますが、小児救急に25億円以上を計上、と言っても、その額が果たして現状の小児医療の中で妥当なのかが、判断できません。
そして、その増えた分は具体的にどういう使われ方をするのか、少なくとも、私はそこが一番知りたい。
また、小児人口何人にたいして、いくつ小児科があれば、最適な治療ができるかなど、おおよそのデータも知りたい。

具体性のない記事は、ただの作文です。
ただ報道すればいいというものではない。
もう少し頭を使って、掴んだデータをフォローする姿勢が、最近の新聞には欠けているような気がする。

読売新聞などは、独自の「憲法草案」なるものを検討しているようですが、この勉強する姿勢は買えるとしても、体制を保守・保護するだけではない公平性と、読者をミスリードしない慎重さを望みたいものです。



2005/12/26 PM 12:46:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

昔は良かった…? パート4
先日、毎年恒例の同業者の忘年会に出席。
同学年の娘を持つデザイナーと話をしました。

そこで、私の娘が「ドラマ好きだ」という話をしたら、
彼は「今のテレビはつまらない、昔は面白かった!」
という、またまたお決まりの「昔は良かった」論を展開してきました。

私は子どもが生まれる前まで、ほとんどテレビを見ませんでしたから、昔がそんなに面白かったと言われても、判断できません。
確かに「今のテレビ」は面白くはないけれど、これが普通だと思えば、別に腹は立たない。タダですから。

「だって、昔は高い視聴率の番組がたくさんあっただろ、今は高視聴率番組がほとんどない!」
そういう理屈か……。視聴率が高いものが面白い番組……。
これ以上彼の話を聞くと、大人気なく反論してしまいそうなので、他の人の話に加わることにしました。

すると、そこでは「今の野球はつまらない。昔の野球は面白かった!」という話題が……。
他の人の話に入っていくと、「CDは面白みがない、昔のレコードは音に深みがあった」という話題。

昔、むかしのオンパレード。
私が「むかし話は、童話だけでいい…」とつぶやいていると、「ねえ、Mさん、雑音のない音楽なんか、機械的で面白くないよねえ。昔のレコードはノイズの中に、暖かいものが感じ取れたもんね」と話を振られてしまいました。

こんな話ばっかりだったので、ついこちらもイライラ。

「いや、でも…音楽はもともとノイズのない状態で聴いた方が、よく分かるんじゃないの。例えばクラシックの音楽会に行って、演奏中にノイズを聴かされたら、みんな怒るだろ。作曲家も演奏者もノイズを聴かせようとは思ってないはずだし…」

相手の眉が明らかにつり上がるのがわかります。

「あのね、CDの場合はリミッターというのがかかっていて、低音や高音は聞きやすいようにカットしてあるの。そんなの不自然でしょ。ノイズがあったって、全部の音域が聞こえた方が、原音に近いの。CDの音は本物の音じゃないんだよ!」

「しかし、レコードだって録音してある以上、作った音でしょ。ミキサーが手を加えれば、それは原音とは言えない」

言ってから「しまった! 余計な反論をしてしまった」と思ったが、彼のつり上がった目を見て、これはいけないと思ったのでしょう、他の人が助け船を出してくれました。
「まあ、今どきレコードプレーヤで音楽聴いている人は、しゃれた人だよ。粋でいいんじゃない。ねえ、Mさん。そう思わない?」

ナイスフォロー。大きくうなずいて、一件落着。

「でも、昔は良かった、と言うけれど、さすがにパソコンは今の方がいいよね、能率いいしさ」と初めて私が話題を振ると、
「いやいや、コンピュータも昔の方が良かったねえ。今は誰でもパソコンができるって威張ってるけど、昔は理数系の頭がなけりゃ使えなかったもんね」
「そうそう、プログラムいじって、思い通りに動いたときは嬉しかったよ。その点、今のパソコンは面白みがないよ」
「うん、昔のパソコンには夢があった!」
「そう、血が通ってたね、昔のパソコンは」
「そうそう、うまいこと言うねえ、確かに血が通ってたよ、昔のパソコンは」

私は今まで自分はひねくれ者のバカだと思っていましたが、この話を聞いて、間違いなくこいつらの方が「バカ」だと確信しました。



2005/12/23 AM 11:48:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

さいたま高校受験事情 その4
他の県ではどうか分かりませんが、埼玉では私立高校の場合、試験前にほとんど合否が決まってしまうことが多いと聞きます。

試験前に、高校側から「確約」という「お墨付き」をもらえば、後は形式的に試験を受けるだけで「めでたく合格」というシステムになっているようです。

わが息子は、ゲーム三昧、卓球三昧の日々を送っていましたので、「内申点」なるものは最悪の評価で、「あの高校も、この高校も無理」と中学校側から勝手に判断されてしまいました。

そこで、入れそうな私立高校をピックアップして、「高校詣で」に精を出すことに。
彼の学力を考えると、極めて選択肢は狭くなりますが、「ここなら何とか」という妥協点を見い出し、一つの高校に絞り込みました。

「体験入学」をすること4度。学校説明会に参加は2度。個別面談は3度。
合計9回、高校に足を運びました。
何度も足を運べば「熱心な親」ということになり、好感度アップになると言われ、詣でました。

しかし、仕事をしながらだから、正直しんどい!

何で子どもの受験に、これほど親が関わらなくてはいけないのか。
偏差値の高い子は、こんなことはないのでしょうかね。

個別面談では、ひたすら低姿勢と泣き落とし。
「他の学校は眼中にありません。校風の素晴らしさに感銘いたしました。こちらだけを受けさせていただきます。息子もすでにここでの高校生活を夢見ております。ぜひお願いいたします」

しかし未だ「確約」までは至らず。

中学の担任も、「お子さんの成績では5分5分ですね」というシビアな評価。
そして、「本番の試験を頑張れば、なんとか……」というのみ。

まあ、確かにそうですね。普通は「本番の試験」だけで決まるのが受験というものでしょうから。
「内申点」がどうの、部活での実績がどうの、そして親の関心度がどうのなど、受験とは本来そんなもので判断するべきものではないはず。

本番の試験で良ければ合格、悪かったら不合格、というのが一番分かりやすいシステムだと思う。

のんびり屋の息子も、さすがに人生始めての危機感を感じたらしく、やっと勉強をする気になってきました。
ひいき目ですが、「やればできる子」です。

例えば、夏休みにこんなことがありました。
彼のスケッチ能力は、小学4年生程度。とにかく不器用で、見たままを描く能力が欠如していました。

もし私の遺伝子が少しでも受け継がれているのなら、こんなことはないはず。
そこで私は、もしかして彼は描き方を知らないのでは…、と思ったのです。
普通の子なら、自分で工夫してテクニックを身につけますが、彼はその工夫の仕方が分からないのではないのか。

夏休みに1日だけ、彼に付きっきりで、デッサンの仕方を教えました。
バランス、レイアウト、濃淡などを出すテクニックを、一番彼がやりやすい方法で教えたのです。
彼にとってはすべて初めて聞くことだらけ(学校では教えないのか、彼が聞いてなかっただけなのか)なので、最初は戸惑っていましたが、自分の描いた絵が「意外とうまい」ことに気づいて、俄然やる気を出しました。

夏休み中はヒマがあると、デッサンとイラストに没頭。
気が付くと彼の描く絵は、小学校4年レベルから中学3年までレベルアップ。
2学期の美術の時間では、彼の絵を見た先生が「おまえ、まるで別人だな」といって驚いたそうです。

英語、数学に関しても、塾に行っても結果が出なかったので、私が週に3日、1日2時間教えだすと、2週間ぐらいで明らかに結果が違ってきました。
塾の先生には聞けないことでも、親には聞けますから、理解の度合いが違うのでしょう。
特に数学に関しては、格段の進歩です。

今さらながら気づきましたが、彼が成績が悪かったのは、勉強のテクニックを知らなかったからなのです。
普通の子なら、それは自分で工夫して会得するものですが、残念ながら彼には工夫する能力がなかったのでしょう。

そのことに気づかなかった親は大馬鹿ですが、彼はまだ15歳。
親がサポートすることで、それは克服できます。
高校受験に関しては、安心できる状態ではありませんが、一月前と比べれば主要3教科の合計点は20点以上あがっていますから、あと一月のがんばりで、さらに上昇が期待できます。

息子を見ていると、「こいつホントに大丈夫かな」と正直思っていましたが、親が勝手に「こいつの能力はこんなもの」と決めつけるのは、あまりに愚かであると感じさせられました。

親に子どもの能力を決めつける権利はない。

今回の教訓でした。



2005/12/21 PM 01:17:36 | Comment(13) | TrackBack(0) | [日記]

サラリーマンの方が楽!
一人で仕事をしていると、当然のことながら、すべてのことを一人でやらなくてはいけません。

仕事の受注、営業、経理、売掛金の回収、その他諸々をすべて一人でするのは、結構大変なんです。
しかし、会社勤めの友人などからは、「個人営業は、気楽で羨ましいよ」とよく言われます。

フリーランサーは気楽な職業なり、というイメージは一体何が根拠になっているのだろう。
会社に縛られない、上司がいない、好きなときに休むことができる、職場の人間関係のしがらみから無縁、などなど……か?。

Mさんはマイペースの人だからね。
つまり、お気楽な男だと大半の人から思われているわけだ。

でも、サラリーマン10年以上やったことあるが、その時の方がはるかに気楽だったぞ。
サラリーマンには自分の役割があって、それをミスなくこなしていけば決まった報酬がもらえた。(なつかしい)

お前ら、こんなことできるか。
朝5時起床。(寝たのは午前1時20分)
子どもたちの朝ご飯を作ってから、5時50分にお出かけ。(朝飯抜き)
新幹線で「仙台」まで。(車内ではひたすら眠る)「仙台駅」到着8時。
午後4時過ぎまで、同じフリーランスの仲間のお手伝い。
午後6時30分に大宮の得意先で、仕事の打合せ。
7時45分に帰宅して、夕食。カニ鍋を作る。

9時に近所のスカイラークで仕事の打合せ。
10時に帰宅して仕事。

校了済みの仕事に直しが入ったので、大急ぎで仕上げてPDFをメールで送る。
12時前に、メールでさらに追加の修正が来る。
明日の午前中に出力センターに入稿のスケジュールなので、それまでに校了が絶対義務。
大急ぎで修正して、メールで送る。(これ以上の直しは時間の無駄、我慢の限界だ、と脅しのメールも添える)

返事が来るまで、明日初稿のチラシの仕事にかかる。
午前1時半。これで校了かと思ったら、向こうのミスでチラシに載せる「電話番号」が間違っていたというメール。(怒りで体が震えた。おそらく血圧相当上がったんじゃないか)

午前2時。やっと校了。
明日(今日?)初稿予定のチラシを仕上げる。仕上がりをメールで送る。
午前3時45分、本日の仕事終了。

朝6時50分起床。
子どもたちの朝ご飯を作ってから、8時にお出かけ。(朝飯抜き)
午後10時、宇都宮で「Mac出張講習」。
講習をしている最中に、相手のMacの具合がおかしくなったので修理。(1時間以上修理に没頭)
午後3時30分、熊谷到着。仕事の打合せ。

打合せを終わって、高崎線に乗っているとき、携帯が鳴り出す。得意先から。しかし、車内なのでほっとく。
大宮駅に着いてからかけ直すと、「今月の支払いを来月まで延ばして欲しい」という弁解。
また怒りで体が震えたが、人が大勢いたので、我慢我慢……。

午後7時、帰宅。昨日のカニが残っていたので、かに雑炊を作る。
午後8時、来客。
まだ仕事があるんだから、早く帰れといって、30分で追い出す。

8時30分、仕事開始。しかし、すぐ「ホームページが思うように動かないよぉ」という友人からの電話。
「どこが悪いか見てやるから、データを全部送って」
データを検証すること1時間半。原因解明し、データを送り返す。

いくら夜遅いといっても「ありがとう」ぐらい、電話かメールで言って欲しいね! Y君。

午後10時、仕事再開。
携帯が鳴る。
今日出張で教えた宇都宮の依頼人からの電話。また機械の調子がおかしいとのこと。
電話では分かりづらかったのだが、できうる限りの対策を教える。
しかし、今に至るも、その後どうなったかの報告はなし。
……疲れる。

午後10時50分、仕事再開。
午前2時10分、本日の仕事終了。
メールチェックをすると、友だちから、「ノートパソコンが起動しないので、助けて!」というメール。

一旦は放っておいたが、寝ようと思って目をつぶると、友だちの顔が浮かんで寝られなかったので、渋々携帯に電話をする。
思いつく限りの対処方法を教えたら、15分後何とか起動したとのこと。
午前3時5分、就寝。

午前、6時50分起床。子どもたちの朝食を作る。

どうだ、お前ら、こんなにヒマなデザイナーだって、これくらいのスケジュールをこなしてるんだぞ。
サラリーマンの方が楽だろうが!



2005/12/16 PM 02:35:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

手放したくない、G4 Dual
Mac G3/400MHz(クロックアップして450MHz)が具合が悪くなったので、G3/300MHzを使って仕事をすることになりました。

しかし、遅い遅い。
このままでは役に立たないので、350MHzにクロックアップしましたが、たいして変わらず、オークションで450MHz GIFのソケットを入手して、500MHzにクロックアップしてやっと実用に耐えるようになりました。

しかし、1台では作業に支障が出るので、知り合いのデザイン事務所から「G4/450MHz Dual」を借りて作業しているところです。
不調のMac G3/400MHzは、正月に直すことにして、とりあえず年内の約束で、このG4を借りました。

デザイナーというのは、機械音痴が多いので、このG4も買ったときのまま、何の手も加えずに動かしていたようです。

「だって、中身をいじるの怖いんだもん」
という、馬鹿みたいな言い訳で、4年以上もこの状態(HDの容量は10GB、メモリは256MB。仮想メモリ)で使っていたようです。

使ってみると、起動ディスクに空きがないので、フォトショップなどはDualの恩恵をあまり受けておらず、モタモタした感じがします。
そこで、以前DT266で酷使していた内蔵の40GB HDをスレーブ接続で加えてみました。メモリもPC100/512MBのメモリを持っていたので、それを装着。768MBにしました。
これで、仮想メモリから解放できます。

それだけで、見違えたようにキビキビと動くようになりました。
「イラストレータ10」では、まだ実力を出していない感じでしたが、「フォトショップ7」では、思った通りの動きをしてくれました。

一番驚いたのが、「SHADE R5 Pro」です。
G3/400では4時間近くかかったレンダリングが、1時間ちょっとで終了。
つまり4倍近く早くなったということです。
理論上は精々1.6倍程度だと思っていたのですが、さすがDualの威力はすごい、と思いました。

そして、同じデータを出力しても、レーザプリンタによる出力はDualの方が2倍以上早いのです。
これは意外でした。
どうして? ドライバは同じなのに? ドライバはDualに最適化されているのかな?
詳しい理由は分かりませんが、早くなったのはいいこと。

現状を友人に教えると、「?? ああ、そう」と、ほとんど分かっていません。
そして、「よく、中身を平気でいじれるね。信じられん」
と、ひとこと。

大体のデザイナーは、おそらくこんなものでしょう。
機械まわりのことは人任せで、ひたすらデザインだけに気を配る人が多いようです。
機械の中身をいじっているヒマがあったら、デザインのスキルを上げることに集中する。この方が彼らにとっては、有益だからでしょう。

売れないデザイナーは、自分のPCをいじりまくって、自己満足する。
寂しい現実です。

しかし、世間では「1GHz」を超えるDualが全盛だというのに、450MHzのDualで喜んでいるのだから、可愛いものです。

このDual、チューンナップしたんだから、返したくないなあ。
G3/400と取り替えてくれないかな、ねえ、NアートのFくん。



2005/12/14 AM 09:37:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

ああ、勘違い
友人から頼まれた年賀ハガキを、今せっせと印刷しているところです。
彼は有名な茶所のお茶本舗の4代目。
私などは、メールで済ましてしまうことが多いので、年賀ハガキはせいぜい30枚程度。
ところが、さすがに老舗の4代目ともなると、年賀ハガキの数は桁が違います。

彼に依頼されたのは、年賀ハガキのデザインとインクジェット用のハガキ1200枚のプリント。これは年中行事です。
わが事務所にあるインクジェットプリンタは、「縁なし印刷」ができないので、知り合いからキャノンのプリンタを2台借りて、只今フル稼働中。

ところで、この4代目は、私の大学時代の陸上のライバルでした。
大学は違いますが、100Mの持ちタイムがほぼ同じなので、大会でほとんど毎回顔を会わせるうちに、親しくなりました。

彼は心理学(心理分析学)を中途半端にかじっているので、いつも訳知り顔でこちらに心理戦を挑んできました。
私は短距離選手としては細身だったため、「向かい風」を苦手にしていたので、いつも彼はこう言います。

「向かい風3Mか、きついなあ、走り方を変えなくちゃな」
「スタート時はいいけど、ゴール前では、風が巻いてるようだよ」
「お前の両隣、頑丈そうなやつだな。挟まれて煽られなきゃいいんだけどね」

彼と私の戦績は11勝15敗。
勝敗だけ見ると、彼の方が勝っているように見えるので、彼はこの心理戦は有効だと思っていたようです。

しかし、彼が勝ったのは地方大会だけで、全国大会では私が4勝0敗で圧勝しています。
地方大会の場合は、3位までに入れば全国大会に上がれることが多いので、私は1位にこだわりませんでした。

ところが、彼は何としても私に勝つことだけを念頭に置いてますから、勝負をかけてきます。
全国大会でも、彼は私を意識していますが、私の方は「全国大会」までいって、予選一回戦で敗退はみっともないので、全力で走ります。ですから、全国大会では彼は一回戦で落ち、私はかろうじて二回戦に進むという四年間でした。

このように、彼は心理戦で「地方大会」に勝ったと思っていますが、私は全くそんなことは意に介していないのです。
そのことに彼は気づきません。
いまだに私の心理を読むことに生き甲斐を感じています。

年賀状のデザインの打合せで、彼の店に行ったとき、私は目を真っ赤に腫らしていました。

「目、真っ赤だぞ、また、寝不足か。いいねえ、売れっ子のデザイナーは」
と言って、彼は私をからかいます。
「確か去年も目を腫らしてたな」と言いながら、私の指を見て「爪も伸びっぱなしで、爪を切る余裕もないくらい忙しいのか」と言いました。

私の状態を見て、勝手に想像して、勝手に決めつけるのです。

目が腫れたのにはこんなわけがあったのです。
彼の店に来る前、JRのホームで、私の前を小学校高学年の子がキオスクで買ったのか、レジ袋に入れたお菓子を右手に持って歩いていました。
普通に歩いていたので、まさかその子がそのレジ袋を後ろに大きく振ることなど、全く考えていませんでした。

全く油断していたので、彼のレジ袋が私の目の前に来るまで、私はボーッとしていて対応できず、目に当たってしまったのです。
その子はビックリして謝りましたが、その時点では少し痛い程度で、「大丈夫だよ」と言って、子どもに心配をかけないように笑って答えました。

しかし、彼と会う前頃から右目が少し腫れてきました。
その腫れた目だけを見て、彼は私の仕事が忙しくて、目が腫れているのだと、「お得意の心理学?」で判断したのです。

爪を伸ばしているのも、仲間内の忘年会でギターを弾くので、爪が長い方が都合がいいので伸ばしているだけだったのです。

このように、万事彼は私の行動を「心理分析学的?」に検証して、納得するのが好きなようです。
本当のことを言うのは、彼に悪いので、いつも「よく分かったね」と言って感心したふりをします。

大変、疲れます………。

これに似たようなことですが、最近あった出来事をひとつ。
私は最近ほとんど人前で怒るということがなくなりました。
子どもが人に意地悪をされたりなど、子どもがらみで怒ることがある程度です。

その私が、友だちとの定期的な会合の席で、怒った態度を見せたことがあります。
「ったく!」と言って、不機嫌丸出しの態度を取りました。
同席の連中は「Mが怒るんだから、相当ひどい目にあったんだろう」「よっぽどつらい目にあったんだな」など、口々に憤慨してくれます。

しかし、真相はこうです。
「ドライカレーが美味しい店」
というのを昔雑誌で見て、いつか行ってみたいと思っていました。たまたまその日の昼、その店の近くで仕事の打合せがあったので、喜び勇んで行ってみたのです。

「ドライカレー」
と頼んだのに、出てきたのは「ポークカレー」
「いや、あのぉ…、ドライカレー、頼んだんだけど…」

店員は「あっ、失礼しました。すぐにお取り替えいたします」
と言ったのですが、せっかく作ってくれたのに申し訳ないと思って「ああ、いいです。ポークカレーで」と言ってしまったのです。

食べた後で、俺は何で「ああ、いいです」なんて言ったんだろう! 次ここに来るのはいつか分からないのに、「ドライカレー」食べときゃ良かった………。

会合に来る前からずっと、そのことが頭から離れなくて、自分に怒っていたのです。
でも、誰がこんなことで怒ってるなんて、想像できるでしょう。

人の心など、見た目で判断できるわけがない。

だから、私は「心理学」や「プロファイリング」は、話半分で聞いています。




2005/12/12 AM 11:09:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

昔は良かった…? パート3
カラオケに行くと、昔の歌ばかり歌っている友人がいます。
彼は、20年以上も前のヒット曲を延々と歌い続けます。

「今の曲は、ラップだか何だか知らねェが、さっぱりわけが分かんねぇ! 昔の歌の方がいい歌が一杯あった」
という、「昔は良かった」というボヤキ。

年齢が上がっていくと、おとなしいバラード系を好む人が多いのは、何故なんでしょうか。
マイナー調の泣きの歌の方が、つらい日々を生きている中年としては、感情移入しやすいから?

理由は色々あるでしょうが、若い人への反発という一面もあるのではないでしょうか。
あんなチャラチャラした格好で、陽気に歌いやがって!(ウラヤマシイ)

ストレートな言い方をすれば、嫉妬ですね。
若い人の歌を否定することによって、今の自分の姿をいびつな形で正当化している。
そこで、彼らは懐メロに走る。若かった頃の自分を肯定できるのは、自分が若い頃に流行っていた歌だけですから。

しかし、そんなことをしなくても、我々には誇るべきアーティストがリアルタイムに存在します。
いまだにギター少年の憧れの的 CHAR
ヒットメーカーとしてトップに君臨 桑田佳祐
60歳過ぎて現役不良ロッカー ROLLING STONES
STONESの弟分 AEROSMITH
懐メロではなく、現役で今を表現しているアーティストがいくらでもいます。

60過ぎて「Jumpin` Jack Flash」をシャウトするミック・ジャガーがいい。
50を過ぎて「J BOY」でこぶしを突き上げる浜田省吾がいい。
60過ぎて白髪のロングヘアーで「Johnny B Good」を歌う内田裕也がいい。
職人芸の音を聞かせる山下達郎がいい。
伝説のボーカリスト「ポール・ロジャース」をゲストに迎えた「新生クイーン」もいい。

これらの人も、大きな範疇で括れば「懐メロ」ということになりますが、「現在(いま)」を表現している現役アーティストであることは、間違いありません。

昔は良かった、と言って現在を否定しても、少なくとも今のアーティストの方が、昔の人よりはるかに演奏も歌も上手いことは、認めなければなりません。
ダンスなども、アメリカのアーティストの亜流ではありますが、上手いことは事実です。

同じように、演技に関しても、昔の映画など見ると「セリフの間」など、あまりにお粗末で呆れかえりますが、撮り方の違いなどを差し引いても、今の俳優の方が間違いなく平均的な演技力は上です。

昔は良かった、今はダメ! と、どこかの占い師のように言い切ってしまえば、確かに溜飲は下がりますが、心はどんどん狭くなるばかり。

行き着く先は、お決まりの
「演歌こそ、日本人の心の歌」(いけない!鳥肌が……)

でも、今のヒップホップ好きの若者も10年たつと、「昔は良かった」と言い出すんだろうなぁ。



2005/12/09 AM 10:15:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

昔は良かった…? パート2
「昔の教師は良かった。それに比べて今の教師は……」
という言葉をよく聞きます。
これって本当に真面目に言ってるの?

昔も「昔の教師はもっと良かった」ということを言っていたような気が…。
さらにその昔も「昔の教師はもっと良かった」と言ってました。
さらにもっと昔にも「昔の教師はもっと良かった」と言っていたような気がします。

じゃあ、一体いつまでさかのぼれば、良い教師がいたんだ! 縄文時代か!

昔の教師は本当に良かったのだろうか。
生徒に暴力を振るっても「愛のムチ」と言って容認された時代。
鉄拳で指導すればするほど、「熱心な先生」と讃えられた時代。
独りよがりで、能力の劣る教師は、自らの能力の無さを「熱血」という看板でごまかしたがる。(その昔、教育実習に行ったとき、職員室内部でその一端を見て唖然!)
だから、熱血教師がいい教師で、今のおとなしい教師が悪い教師という評価には、納得できないものがあります。

「ゆとり教育」には賛否両論あります。
どちらかというと、「否」の方が多いようです。
学力が下がった、という言いがかりに近い理由がほとんどです。

しかし、「ゆとり教育」を始めてわずか2年くらいで、少々学力が下がったからといって、それで判断を下すのは性急というもの。
せめて5〜6年くらい様子を見なければ、正当な判断は出来ないはずです。

「ゆとり教育」だけで育った人と、それ以前の学習だけで育った人と分けて比べるのならまだ公平に見られますが、両方受けている人を混在してしまっては、正確な判断は出来ないでしょう。

例えば中学生なら、小学校からずっと「ゆとり教育」を受けた人と、そうでない人を分けて評価すれば、はっきりした優劣が判断出来るのではないでしょうか。
それもせずにわずか2年で「学力が下がった」と喚くのは、なったばかりの球団の監督に「今年優勝できなかったから、監督として能力なし。お前クビ!」というのと同じくらい馬鹿げています。(楽天的?)

「ゆとり教育」擁護派は肩身が狭いようですが、私は「ゆとり教育」に関しては、大賛成です。
それはただ単に、勉強を教えることだけが教育ではないと思っているからです。
勉強を教わるだけなら、今は塾の方が優秀なスペシャリストが揃っています。
勉強のテクニックだけを習いたいのなら、塾にだけ行けばいい。

「ゆとり教育」に関しての、この「ゆとりのない評価」は、日本経済の停滞に関する「焦り」から来ているのかもしれません。

ぼやぼやしてると、他の国に追い越されてしまう、という危機感。
教育が悪いから、あれだけ日の出の勢いだった経済が停滞してしまった。
教育さえしっかりすれば、また日は昇る……。
過去の栄光を美化する人(経済にやたら重きを置いている人)が、そんな幻想を抱いて、焦っているのではないでしょうか。

しかし、勉強だけが出来る人に任せて、過去この国はどうなったのか。
先進国(ただ単に暴力国家)が侵略によってうまい汁を吸ったから、我々も同じうまい汁を吸おうと思って、侵略戦争を仕掛けてボロ負け。
その後、一生懸命働いたのはいいが、バブルで驕り高ぶり、無駄に経済を膨張させて破綻。
10年以上も無策の状態を続かせたのは、この勉強だけは出来る「頭のいい人たち」ではなかったのか。

教育とは、勉強だけが出来る頭のいい人を育てることなのか。
そのあたりに私はずっと違和感を抱いていました。
偏差値40でも、それは勉強が出来ないだけで、頭が悪いわけではない。
社会に貢献することが出来る人が、本当に頭がいい人で、偏差値70でも貢献できない人は、「頭が悪い人」、私はそう思っています。

ある学校に、偏差値40台の子がいました。ケンカが弱く劣等生で、しかもとても貧乏でした。
その学校は、白組と紅組に別れていました。
彼がいた白組には、ガキ大将で勉強も出来るAという子がいて、彼に「お前は勉強だけしていればいいから、頑張るんだ。俺が紅組のガキ大将から守ってやるから、何も心配はいらない」と言ってくれました。

彼は一生懸命勉強して、どんどん学力を付けていきました。
そして、あっという間にまわりに追いつき、追い越してしまいました。
気が付いたら、偏差値は65まで上がり、白組で2位になっていたのです。

彼はケンカは相変わらず弱いままですが、憧れの白組のガキ大将を追い抜くのも時間の問題でした。
彼は有頂天になりましたが、成績が良くなった割りには、まわりから信頼されていません。むしろ馬鹿にされていたといった方がいいかもしれません。
ガキ大将が庇ってくれるおかげで、成績は上がりましたが、クラスのなかでは孤立状態。

そんなとき、紅組のガキ大将が心を入れ替え、白組に入りたいと言い出しました。他の紅組の子の何人かも、白組がいいと言い出しました。
彼を取り巻く環境が、少しずつ変わってきました。勉強は相変わらず2位だし、ガキ大将Aとの関係も変わりませんが、クラスの人たちからの「2位なんだから勉強だけじゃなくて、他のやつの面倒も見ろよ」という要求が強くなってきたのです。

絶好調の彼でしたが、他の用事もしなければならなくなったせいか、成績が伸び悩んできました。
その間に、彼よりはるか下の成績だったK君やC君、I君がすごい勢いで、成績を伸ばしてきました。
C君は性格に問題はありますが、付き合い上手な面もありますし、家柄が良く、自分の意見をはっきり言うので、クラスでは一目置かれていました。
K君は、かつて彼が虐めていた子ですが、それをバネにしてC君と共闘して、彼を目の敵にすることで成績を上げてきました。

彼は焦って、色々な勉強方法を試してみました。しかし、効果はほとんどなく、成績は少し落ち気味です。
そこで、「そうだ、俺はあまりにも勉強しすぎたから、今まで心に「ゆとり」がなかったのだ。だから、伸び悩んでいるんだ!」
彼はそう思って、勉強よりも「心のゆとり」を求め始めたのです。

しかし、すぐに結果が出ないことで、彼は後悔し始めました。
「『ゆとり』のおかげで勉強時間が足りなくなった!」
そして、彼の親類もまた、やかましく彼の勉強方法に口を出してきました。
彼はノイローゼ寸前です。

「俺は一体どういう勉強をしたら、Aに追いつくことが出来るのか」
彼の苦悩は、いまだ続いています。



2005/12/07 AM 09:33:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

昔は良かった…? パート1
大学時代の陸上仲間と飲んだりすると、昔話が主流になるのは仕方がないところ。
同じ時代を共有していた仲間ですから、「あの時は、ああしてこうして楽しかった」という話で盛り上がって、ストレスの解消をするのはオールドボーイの特権です。

それに、それぞれの当時の馬鹿げた武勇伝(?)をからかいながら飲む酒は旨いものです。

ただ、話がスポーツの記録面の話になると、私と彼らとの間にはかなりの温度差が生じます。

昔の選手はすごかった。それに比べて今の選手は……という「昔は良かった」的な話には、私はどうも付いていけない。
今回も反論をして、座を白けさせてしまいました。

我々の大学時代は、ウェアやシューズなど、今ほど高機能ではなかった。
だから、今の選手は恵まれていて、いい記録が出るのは当たり前だ、というのです。

それは違う、とひねくれ者の私は、必ず反論します。
彼らは小さい頃から科学的なトレーニングを積んでいるから、あれだけのいい記録が出せる。非科学的なトレーニングだけを繰り返していた我々とは全く違う。
今のアスリートは、我々とは「記録に対する意識」と「科学力」という点で、格段に「早熟」している。
おそらく我々の大学時代のレベルと、今の高校生のレベルが同等ではないか。

昔のトレーニング方法しか知らない人間が、今の人の記録に対して、あれこれ言うのは的はずれだし、時代錯誤としか思えない。

野球の話になりますが、私よりはるかに上の世代の人が、伝説の投手「沢村栄治」の話をすることがあります。
「沢村の球は速かった。おそらく160キロ以上は出ていたんじゃないか。いまの投手なんて、足元にも及ばない」
それを聞くたびに、「はぁ〜、勘弁してよ」といつも思います。

これだけすべてのスポーツの競技が飛躍的に進歩しているのに、何で野球のピッチャーの記録だけが、昔の方がスゴイんだ。
例えば1930年代、陸上競技100メートルの世界記録は10秒3。今は9秒77。
マラソンは2時間40分前後が、今は2時間4分55秒。
水泳は1500メートル17分台が今は13分台。

この70年間に、あらゆる競技で記録が飛躍的に向上しているのに、なぜ今のピッチャーだけが昔より劣るんだ。
昔は年間40勝以上した投手がいたそうですが、それはただ単に打者との力関係でしょう。その時代の打者に対して優位だっただけです。

昔はバッターの練習方法が限られていて、バッティングピッチャーの球を打つか、素振りくらいしかなかったのだから、今とは比べものにならないくらいバッターを取り巻く環境はお粗末でした。

科学的トレーニングをしっかりとして、しかも才能のあるバッターが何人もいる現代とでは、全く比較になりません。

例えばまわりのほとんどが、球速120キロ前後の投手のなかで、145キロ投げる人がいたら、ものすごく速く感じます。
その中では、その投手は、とてつもない剛速球投手ということになります。
沢村選手はその時代の投手の中で秀でていたのは認めますが、現代とは尺度が違う。

ノスタルジー(郷愁)で、スポーツを見ると、過去はすべて美しく見えます。

あの時代はすごい選手が沢山いた。
それは、紛れもない事実ですが、 現代と比較してしまうには無理があります。
陸上競技の「投擲(とうてき)競技」でも、すべてが70年前と比べて飛躍的に記録が伸びています。
日本の野球のピッチャーの肩だけが、進歩なしというのは、納得がいきません。

科学音痴の野球評論家が、過去の自分の栄光を誇示するために、「昔の選手はすごかった。それにひきかえ、いまの選手は…」と言ってるだけ。

「お前、よくもそんなひねくれた考えができるなぁ。そこだけは、昔と変わらないな」

はい、この性格は変わりません……(自己嫌悪)。


2005/12/05 AM 10:59:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

感謝の日々
以前このブログで、GoLiveに関する不満をぶちまけたら、親切な方から「Dreamweaver4」を下さるという大変有り難いお申し出がありました。

厚かましくも、そのお申し出を受け、先日いただいてきました。
「Dreamweaver4」はFLASHと同じマクロメディア社のものなので、真剣に取り組めば、習得にそれほど時間がかからないと思います。
W様には大変感謝しています。

今回のことも含めて、自分は色々な人の好意に甘えて仕事をしているなあ、と今さらながら、つくづく感じます。

QuarkExpress3.3Jを手に入れる前、1年半の間「Quark4.0J」を貸してくれた印刷ブローカーのEさん。

大量のプリントをしなければいけなくなったとき、高速のカラーレーザープリンタを無料で使わせてくれたW企画のYさん。

4年前の夏、相次いで取引先がつぶれて、資金の回収が出来なかったとき、400ページのマニュアルの仕事を回してくれて、すぐ支払ってくれたT社のSさん。

ホームページの仕事で、アクセスが思い通りに上がらなくても、2年間上司の不満を抑えてくれたY社のKさん。

A3以上の原稿をスキャンしなければいけないとき、高性能スキャナーを毎回無料で使わせてくれるS印刷のS社長。

建築のことに全くドシロウトの私に根気よく、建築全般のことを教えてくれるR社のK社長。

どんな急ぎの仕事でも、どんなに量が多くても、必ず納期に間に合わせてくれる文字入力の達人Nさん。

仕事が集中して、定期ものの仕事が遅れそうになったとき、徹夜で手伝ってくれた M大学のIくん。

数え上げれば、きりがありません。

こういった人たちのサポートがあればこそ、弱小デザイナーは生きていけるのです。

感謝の日々です。



2005/12/02 AM 10:50:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]



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