Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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優勝おめでとう
阪神タイガースが優勝しました。

早速夜に、熱狂的なタイガースファンの友人から、電話がありました。
電話に出るなり大きな叫び声で「ウォー」です。
優勝は確かにうれしいでしょうが、いい年をした大人がいきなり「ウォー」はないでしょう。

こちらが意地悪くずっと黙っていると、さすがに電話のかけ間違いと思ったのか、「アレ?アレ? Mさんの……、お宅ですよね……」とトーンダウン。
面白いので、さらに黙っていると、「すみません、そちらサマは…何番でしょうか?」とうろたえた声。

「私は、ウォーなんて言うひとではありませんが…」
とこちらが意地悪く言うと、ホッとしたように今度は「フォー!!」です。

タイガースファンは無邪気です。
彼は東京生まれの東京育ちですが、子どもの頃からバリバリのタイガースファンだといいます。
まわりを見れば、寄らば大樹の陰の巨人ファンばかり。
私がアンチ巨人と聞いたときの、うれしそうな顔を今でも思い出します。

4、5年前までは、「俺が生きているうちに優勝の感激が味わえたらなあ」と悲観的になっていた男が、「タイガースファンで良かった!」と叫ぶのですから、微笑ましいものです。

まわりが騒がしいので、「甲子園からかけているのか?」
と聞くと、「当たり前だよ、前田サン」と馬鹿丸出しの言葉が返ってきます。
そして、「報告終わり!」と言って、一方的に電話を切ります。

彼は私と同じフリーランスのデザイナーですから、自由な時間は比較的ありますが、3・4日前に電話したときは、大口の仕事が入ってアップアップしていると言っていたはず。
そんな状況で甲子園まで応援に行って、仕事は大丈夫なのだろうか。

まあ、後先を考えないで没頭できるからこそ、真のファンと言えるのでしょうが、「間に合わないので、手伝って」と言われるのが、目に見えるような気がします。

しかし、何はともあれ、今は優勝おめでとう、と言っておきましょう。


2005/09/30 PM 01:36:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

あまりの眠さに怒るのを忘れた…
仕事が一段落すると、睡眠に対する欲求が身体の底から沸き上がってくるようです。

この1週間、一日の睡眠時間が2時間弱という生活を送ってきました。
仕事に集中しているときは、睡眠不足を感じなかったのですが、終わってみると、体重は2キロ落ち、からだ全体に血が通っていない状態です。

午前中はただひたすら寝ていようと思い、子どもたちに朝食を摂らせたあと、布団に潜り込みました。
しかし、それを待っていたかのように電話が鳴ります。

ダルイ体を起こして、電話をとりました。
先方は、会社名も名前も言わずに話を切り出します。
そういう横柄な話し方をするお得意さんは二人います。
二人とも低音で、もったいぶった話し方をしますが、話すスピードからE社の担当者だと見当を付けました。

4〜5分、一歩的に話したあと、「そういうことで、次回から他のデザイナーさんに頼むことにしたんでね、今までどうもご苦労さん」と言って、こちらが何も言わないうちに、電話を切られてしまいました。

電話が切れても、しばらくは話を把握することができずボーッとしていましたが、2、3分で頭の回路が繋がりました。

ひと月前に折り込みチラシのデザインを依頼されたときのことを思い出しました。
E社は、健康食品を扱う会社で、新製品を出すたびにチラシのデザインを頼まれます。
E社の担当者は、いつも態度は横柄ですが、仕事熱心で、自分の知らないことは素直に「知らない」と認める、好ましい面を持っている人です。

4年前に初めて仕事を貰ったときも、「俺はデザインはドシロウトだから、わからないことは、うるさいくらいしつこく聞くから」と言って、彼の納得がいくまで質問攻めにあったものです。
そして、初稿では必ず3パターンのデザインを持ってこいと言われ、毎回一つの案件で3つのパターンのデザインを作って提示していました。

その中で選ばれるのは当然一つのパターンだけです。
この場合、他の会社では、没になった仕事の報酬は支払われないのが普通ですが、彼は律儀に、没になった分のデザイン料も支払ってくれるという太っ腹なところがありました。

そういった点では、大変話のわかる人でした。
ただ、今回は私と彼の歯車は全く噛み合わなかったです。

3パターンのデザインを提出する時、彼だったら「これを絶対選ぶだろう」ということが、2回目あたりからわかるようになりました。

10数回の仕事で、その勘は一度もはずれたことはありませんでした。
しかし、今回に限り、彼は私の予想とは違うデザインを選んだのです。
「えっ、これですか?」
思わず、大きな声を出した私を、彼は不思議そうに眺めます。

「まさか、Mさんはこっちがいいと思っているんじゃ」
といって、私が予想した方のデザインを指さします。
「今までだったら、これで良かったけど、もうウチの会社は成熟してきているからね。今までのやり方を変える時期に来ているんだよ。今回は成熟したイメージをアピールしたいんだ」

確かに彼が選んだものは、他の2点より高級感を感じさせるデザインでした。
しかし、折り込みチラシということを考えたとき、高級感というのはマイナスに作用する場合があります。
数多くあるチラシの中では、「高級感」というのはまわりに埋もれてしまって、伝わりにくいものだからです。

私とE社の他の社員は、他のデザインにした方がいいと強く反対しましたが、今回に限り彼は頑としてそれを拒みます。
そして最終的な決定権は、責任者の彼にありますから、彼の考えを覆すことはできませんでした。

珍しく後味の悪い終わり方をした、と心に引っかかっていたのです。

そして、朝の電話です。
いつもは折り込みチラシを入れた週は、前週の7〜8倍近い注文があるのに、今回はせいぜい4倍程度だというのです。
これはあんたのデザインのせいだというのです。
そこで、次回からは他のデザイナーに頼むという、一方的な内容の電話でした。

あまりの眠さに怒ることも忘れ、その場はすぐ眠ってしまったのですが、今思い返すと、何かひとこと言っておけば良かったな、と悔やんでいるところです。


2005/09/27 AM 10:10:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

景気は良くなった?
最近景気が少しよくなってきたという話を聞きます。

知人のデザイナーなど、この7月に今までにないくらいの受注があったと言っていました。
それも、新規で大口の客を獲得したと、鼻をふくらまして自慢気に話していました。

他にもいいお客を見つけたと、嬉しそうに電話をしてくる同業者もいます。

しかし、私のところにはそんなオイシイ話は全くありませんでした。
近所の印刷会社やイベント会社などは、9月になって全く仕事が入ってこなくなったと、経営者は嘆いています。

つまり、業種によってかなり極端な現象が起きているということでしょうか。
私の関係している会社は、景気の波に確実の乗り遅れている、それが現実であると考えざるを得ません。

と、思っていたのですが、先週やっと、私のところにも小さな景気の波が押し寄せてきたのです。

新規の客が3件!

大きな会社なら、たかが3件ということになるでしょうが、弱小デザイナーにとっての3件は、天地がひっくり返るほどの一大事なのです。
すべてホームページ作成の仕事ですが、条件的にも悪くない仕事です。

3つの会社と打合せをするだけで、1週間が瞬く間に過ぎていきます。
アイデアの引き出しの少ない「弱小デザイナー」の場合、全く違う3つのデザインを考えるというのは至難の業です。

久しぶりの徹夜などして、アイデアをまとめクライアントに提出。

「これでは趣旨が違うよ」
と言われ、ショボンとして家に持ち帰り、再びのたうち回りながらアイデアを出し、おそるおそる再提出。
試験の結果を待つ生徒のように、肩をすぼめて結果を待ちます。

「いいですね」
と言われたときの、その嬉しさは、何と表現していいのやら…。

3つのデザインの方向性がすべて決まったときは、大学に受かったときよりもホッとしました。

「この1週間、トータルで10時間くらいしか寝ていないんじゃない?」
とヨメに言われて、「ああ、そういえば」と初めて気づきました。

人間、集中しているときは睡眠時間のことなんて、忘れるものなんですね。


2005/09/25 AM 11:23:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

さいたま高校受験事情 その3
子どもが来年受験する高校の文化祭に、親子4人で行って来ました。

この間1回「体験入学」なるものをしましたので、行くのは2回目になります。
しかし、現役の生徒たちを間近に見るのは、初めてのことですので、息子と娘は興味津々。ヨメもたまにそり込みなどを入れた子などみると、目が点になったりしていました。

この高校は、はっきり言って、あまり程度の高くない高校です。
しかし、息子はけっこう気に入っているようです。
まあ、当の本人が気に入っているなら、いいと思いましたが、そう割り切るまでは、それなりの葛藤がありました。

子どもに対して「勉強しろ!」と言ったことがありません。
信じられないかもしれませんが、一度もないのです。
ヨメは始終言っていましたが、私は自分が親に言われたことがないので、私個人の方針として、言わないことに決めていました。

でも、これは息子に関しては、間違っていたと、認めざるを得ません。
彼は父親のそんな方針をいいことに、全く勉強をしない子になってしまったのです。
勉強しなければ、授業についていけないというのは、今の時代当たり前のようです。

私の小・中学時代は、息子と同じ全く家で勉強をしない子でした。
普段の宿題もしませんし、夏休みなどの宿題なども提出したことがありません。
普通に授業を聞いていれば、ほとんど理解できましたしたから、復習も予習も必要もないと思ったのです。

これに関しては、私の祖母の影響が強かったと思います。
私の祖母は教育者で、当時で言う「師範学校」の教師をしていました。
彼女は私にいつもこう言っていました。
「頭のいい子は勉強なんかしなくても、授業を真剣に聞いていれば、理解できるんだよ。家で勉強する子は、授業がよく理解できないから、それを補うために勉強するのよ。授業を聞いて理解できる子は、家で勉強する必要はない。その分思いっきり遊んだ方がいいんだよ」

私はその教えを100%守って、小・中・高と勉強らしい勉強をせずに過ごしました。
時に陸上三昧、野球三昧、ギター三昧と、色々なことに熱中しながら過ごしてきました。

それで、全く不都合はなかったのです。
だから、自分の子どもにもその方針を押し通したのですが、息子に関しては、「勉強をしない、宿題をしない」というところだけが受け継がれ、中身が伴わなかったのです。

私の時代より授業が難しくなったのでしょうか。
息子は根が真面目ですから、授業は結構真剣に聞いているようです。
しかし、彼は数学など「半分もわからない」と言います。

中学3年になって「偏差値」という重い現実が突きつけられます。
私の中学の時より20以上も低い偏差値を見て愕然としますが、これが現実です。
「勉強しろ!」と言わない親は、今の時代失格だと言うことを痛切に感じさせられます。

私は、無責任であり、無関心であったと今さらながら悔やんでいます。
自分の子どもだから、「勉強なんかしなくても……」と言うのは、馬鹿げた思い上がりであり、自惚れです。

自分の子どもであっても、人格は別だし、能力も全く別だと言うことに気づかなかった私は、まったく無責任な親でした。

こうなった以上、彼には自分の行きたい高校に入って、自分の好きな道を見つけて欲しいと願うばかりです。
幸い彼は、高校に入って卓球をやることを楽しみにしていますので、絶対にその望みはかなえてあげたいと思っています。


2005/09/19 PM 02:20:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

シャドーボクシング
高校・大学時代は陸上部にいて、夏の暑いさなか、たいして水分補給もせずに、50メートルダッシュを50本、100メートルダッシュを30本などと非科学的なトレーニングをしていました。

陸上を辞めてからは、運動を全くしなくなりました。たまに駒沢公園のサイクリングロードをサイクリングするくらいでした。

そして、29歳の時、肉体的な衰えを感じるようになりました。
駅の階段を2段とばしに駆け上がっても息が切れることはありませんが、駆け上がったあと、たまに膝が笑うようになりました。

「俺、もしかして衰えた?」
自分としては、こういった衰えは40歳を過ぎてからと思っていましたから、この現実に愕然としました。
30歳前にこんな状態になるなんて…、じゃあ、40歳になったら、どれくらい衰えるんだ?

これは私にとって、かなりの恐怖でした。
駅の階段を2段とばしで駆け上がることができない自分など、想像もできません。

また走りはじめようか、とも思いましたが、一人で走るのはつまらない。といって、大学時代の仲間が一緒に走ってくれるとは思えません。距離的に遠いところに住んでいますから、物理的に無理です。

そこで、唐突ではありますが、ボクシングを始めることにしたのです。
地元の沿線に老舗のボクシングジムがあって、電車に乗っているとき、窓越しによく目に入ってきたからです。

ボクシングならロードワークもあるし、ストレス解消にもなります。
今でこそ、健康維持やダイエットで「ボクササイズ」を始める人が増えましたが、当時(20年近く前)はそんな人は一人もいません。

ジム入門イコールプロボクサーになる、というのが当たり前の時代でした。
私のいう「健康維持」というのは、ジム側からすれば、「何を甘っちょろいこと言ってやがるんだ!」ということになります。
「ダメだ」と拒絶されましたが、そこで引き下がるほどこちらも可愛くはありません。
練習生と同じメニューをやるからと言って、4・5回談判しました。

それなら、体験入門をしてみろ、と言われたのです。
一度体験すれば、甘っちょろい世界じゃないということがわかる、こんなヒョロヒョロの男なんか、10分で音を上げるだろう、という魂胆でしょう。

体験してみて改めてわかるボクシングのハードさ。
練習生は10代半ばから後半のコワモテで疲れ知らずのお兄さんがほとんど。
ロープスキップ(縄跳び)では足がもつれ、3分を1ラウンドとして、これを6ラウンドするのですが、4ラウンド目くらいから、ほとんど視界が真っ白になります。

5ラウンドでは、思考能力全くゼロ。6ラウンドでは、まわりの音さえも聞こえません。ロープを回しているという感覚さえもないのです。
「やめー!」という声がかかって、肩を掴まれましたが、跳んでいる自分を止めることができないくらい、脳と身体が全く連携しない状態でした。

座ると立てなくなると思ったので、立ったまま視界が元に戻るのを待ちました。
陸上をやっていたときは、筋肉に乳酸がたまって、全身がダルイ状態になったときは、腿上げをして血流をよくしたものです。
腿の血流がよくなると、全体の血流がよくなるからです。

このときもこの腿上げが効果を発揮しました。
脳に酸素が行くようになって、視界が元に戻りました。

そして容赦なく、シャドーボクシング4ラウンド。パンチングボール2ラウンドです。
シャドーは、練習生のようにかっこよくはできません。でも、見よう見まねで適当にごまかすことはできます。だから、縄跳びほど辛くはありませんでした。
パンチングボールはタイミングが難しく、まともに当たりません。しかし、それほど体力を使わないので、身体は休まったようです。

最後はロードワーク。つまり、ランニングです。これは、得意分野です。
短距離の選手だから、長距離が苦手、というものでもないのです。
短距離は「無酸素運動」、長距離は「有酸素運動」という違いだけです。

酸素をうまく身体に取り入れてやれば、長距離は簡単に走れます。
走るテクニックでは、練習生には負けません。
しかも、6キロ程度のロードワークなど、「朝飯前」と言っていいでしょう。

トップでジムに帰ってくると、ジムの会長(元世界ランカー)が「まさか!」というような顔でお出迎え。自転車で伴走していたトレーナーに「こいつだけ、距離短くしたのか!」と険しい顔で聞きます。
「いえ、みんなと同じですよ」とトレーナー。

半信半疑の顔はそのままでしたが、練習生たちが7〜8分遅れで帰ってくると、「じゃあ、許す」とブスっとひと言。
入門が認められたのでした。

このときは1年2ヶ月の入門でした。
一度もスパーリングはさせてもらえなかったので、強くなったかどうかはわかりませんが、シャドーボクシングはうまくなったと思います。

今もシャドーだけはよくやります。
おそらくこのシャドーのおかげで、20年近くも体型が変わらないのだと思います。

身長180センチ、体重58〜60キロ、ウェスト70〜71センチ。
オヤジにしては、醜くない体型だと、自画自賛しています。

ただ、体脂肪は12%だったのが最近15%に増えていました。
ビール(発泡酒)を飲み過ぎたせいではないかと思っております。

しかし、15%の体脂肪を12%に落とすという目標ができましたので、その目標に対してただいま燃えているところです。


2005/09/15 AM 10:52:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

一流会社は手際がいい
弱小デザイナーですので、大企業から仕事を受けた経験がありません。

しかし、長生きはするものです。
先日、誰もが知っているような大企業から依頼が来たのです。
それも、誰からの紹介でもなく、コネでもなくです。

メールをいただいたとき、「これはイタズラだ」と思いました。
誰か知り合いが私を引っかけようとして、手の込んだイタズラを仕掛けたに違いないと思いました。
ですから、丸一日以上返信を出さずにいました。

その間、イタズラしそうなやつの顔を思い浮かべながら、犯人探しです。
その中で容疑者が二人浮かびました。
二人とも過去私にイタズラをされて、悔しい思いをした経験があります。
こいつらならやりかねない…、もしかして共謀してイタズラを仕掛けた可能性もあります。

早速電話でアリバイ調査です。
一人は、奥さんが出て、「主人は尿道結石で苦しんでいる」という証言がとれました。尿道結石で苦しんでいて、イタズラメールをしているヒマはないので、アリバイありと認めましょう。

もう一人は、直接本人が出て、「ランが死んだ」と言いました。ランというのは、彼が10年以上飼っていたハスキー犬のことです。
お悔やみを述べると、彼は延々とランの思い出を語りはじめました。彼の話に付き合っているうちに、こちらも悲しくなって、大の男二人が号泣です。

コイツも犯人ではないと確信したので、犯人探しはやめにしました。

そして、イタズラでもいいと思って返信を出したら、それがビンゴ!だったわけです。
「すぐに仕事を出すというわけではないが、うちの外部スタッフとして登録しないか」というのが、先方のメールの主旨です。

それが本当なら、悪い話ではないので承諾して、早速本社に行くことにしました。
山手線「田町駅」に行くのは、おそらく20年ぶりくらいでしょう。
でも、「そんなに変わってないなあ」というのが第一印象。
細かいところを見れば、変わっていますが、お隣「品川駅」の様変わりと比べれば、ほんの僅かといってもいいくらいです。

お上りさんよろしく、キョロキョロして歩きながら、目的の会社に着きました。
スーツを着ていこうかと思いましたが、友人から「クリエーティブな人間はスーツなんか着ねえよ」と言われたので、思い切ってTシャツ、ジーパンというスタイルにしました。
(でも、俺ってクリエーティブ? という疑問はありましたが…)

待合室で待つこと1分。やって来た担当者もスーツではありませんでした。
「あいつもたまにはホントのこと言うんだ」と心の中で友人をほめてあげました。

会見は「遠いところをわざわざ来ていただき、恐れ入ります」という妙に腰の低い対応から始まりました。
それから、こちらのプロフォールや仕事のサンプルなどを提示し、先方の話も聞き、「登録カード」なるものを記入し、話はあっけないほど簡単に終了。

「お願いする仕事ができましたら、お電話さし上げますので、よろしくお願いいたします」という、丁寧な言葉をいただき、会社をあとにしました。
時計を見たら、会見時間は11分。何と手際のいい応対でしょう。
一流会社ほど、時間を大事にするということでしょうか。適当にあしらわれたという感じは全くありません。大したものです。

「ねえ、あそこからまだ仕事来ないの?」
まだ一日しかたっていないのに、ヨメは何度も同じことを聞きます。
おそらく、来るまでずっと同じことを言い続けるんでしょうね。


2005/09/13 PM 01:23:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

寝過ごして横浜に…
電車で寝過ごして、自分の降りるはずの駅を通過してしまったことは誰にでも経験はあるでしょう。

それを昨日してしまいました。
「湘南ライナー」というのが走っていて、大宮から渋谷・横浜方面に行くには大変便利な路線です。

友人が個展を開いている原宿に行くために、それに乗って渋谷まで行き、山手線に乗り換えて、一つ戻るつもりでした。

赤羽の手前までは、座って文庫本を読んでいたのですが、急にまぶたが重くなって、寝てしまいました。しかも熟睡。
気が付いたら、「ヨコハマ〜」のアナウンスが……。

ヨコハマ〜〜!

まさか! 俺、寝ぼけてる?
無理矢理目をこじ開けて外を見ると、見慣れた横浜駅の風景。
慌ててカバンを掴んで、降りました。身体は半分寝ているので、ほとんど酔っぱらいです。
まわりの人が「なんだ、コイツ」というような顔で見ています。

赤羽から横浜まで何分かかるんだろう?
50分くらいかな。それを一度も目覚めずに熟睡。
今までは必ず目的の駅の手前で目覚めていたのに、ナントぶざまでしょう。

寝ぼけまなこでぼ〜っと立っていると、横浜はさすがに人が多いせいか、肩にドンドンと人があたってきます。
そこで、何を考えたか、人の流れのままに階段を下りて、改札を出てしまったのです。(いつもSUIKAを持ち歩いているので、どこでも降りられる。SUIKAは便利!)

改札を出た後で、「あれ、今日は原宿に行くんじゃなかったっけ」と気づきましたが、あとの祭り。
友人には今日行くから、と伝えてありましたが、個展はまだ続くので、「またの機会に」とおわびの電話をしました。

「Mさんが約束を破るなんて珍しいですね。でも、それだけ疲れていると言うことでしょ。今度は車で迎えに行きますから、それなら寝ていても必ず目的地に着きますからね」

優しいお言葉をいただき、「申し訳ない」と小さい声でもう一度わびて電話を切りました。

さあ〜、カレー食うかな。(唐突な展開です)
地元以外の場所に行ったときは、カレーを食べることにしています。
こればかりは若いころと全く変わらないおかしな習性です。

横浜には「カレーミュージアム」がありますが、場所が「関内」なので、今回は一番近いところにしました。
相鉄ジョイナス地下の「カレーハウスリオ」です。

ここのカレーは、ひとことで言えば、オーソドックスで懐かしい味。サラッとした感じが大変食べやすく、スパイスの配合もバランスのいいものです。
今回頼んだのは野菜カレーの「大辛」。

二口目から辛くなります。でも、うまい。
おそらくグルメと言われる人には、あまりに当たり前すぎて不評かもしれませんが、万人向けという点で、私は高得点をあげたいと思います。

何よりも「独りよがり」というのが嫌いな私は、こういうスタンスのお店というのは大変好ましく感じます。

さて帰ろうかな、と思ったところで、今朝の娘の言葉を思い出しました。

「今日の夜はカレーを作るんだぞ!」
そうだった! 夜はカレーだったんだ! 

よし、「リオ」のカレーよりうまいのを作ってやろう!
まあ、それは無理でしたが……。


2005/09/10 PM 12:26:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

気まぐれMac
得意先の企画会社はPCは8台ありますが、そのうちの7台がMacです。(今時メズラシイ)

G3が1台、G4のデスクトップが5台、ノートが1台です。
Winは富士通のものが1台。主にメールとインターネットに使っているようです。

「G3の調子がおかしいんだけど」という電話をもらって、昨日朝出向きました。
この会社はデザインやHPの仕事は全く出してくれません。ただ、PCの調子が悪いときだけ、「サポート」として呼ばれるだけです。

まあ、どんな仕事でも、仕事に変わりませんから有り難いのですが、自社で全部処理せずに、たまには売れないデザイナーにも出して欲しいものです。
などと愚痴の一つも言いたくなります。
しかし、社内に一歩入ると、そんな愚痴は吹き飛んでしまいます。

会社に入るなり、「お久しぶり!」という明るい声が、あちこちから掛かります。
3人の男子社員と2人の女子事務員が、立ち上がって挨拶してくれます。
いつもながら、社内教育の良さを感じます。

大体の会社は、私が入って来てもせいぜい一人が振り向くくらいで、明るい挨拶は期待できません。
明るく元気のいい挨拶というのは、大変気持ちがいいものです。

「G3がお待ちです」と女子事務員。
私も調子に乗っていつもギャグをかますのですが、今回はあまり受けなかったので、省略。

早速G3を開けて、「どこがお悪いのですか」と聞いてみました。
「電源が入りません。コードは間違いなく差し込んでありますし、モニタの電源は入ります。でも、パワーキーを押しても何の反応もしないんです」

調べると確かにコードはタップに繋がっています。PCの接続も間違いないようです。
内部を見ても配線は繋がっている状態です。
何度もパワーボタンを押してみましたが、全く起動しません。
プログラムボタンを押しながら、本体のパワーボタンを押しても何の反応もせず。

20分近く色々試みてみましたが、全くのお手上げ状態です。

「達人のMさんでもどうしようもない、ということは寿命?」
「僕がこの会社に入る前からありましたからねえ、このパソコン。もうご臨終なんじゃないでしょうか」
「アタシが入る前もあったから、確かに寿命かも?」

私も確かに寿命かな、と思いましたが、偶然部屋の片隅の床にADBキーボード(懐かしい)が置いてあるのに気づきました。
今はほとんどお役ご免のキーボードですが、確かG3のこの機種はADBキーボードが使えたはず。

このひらめきは、正しかった。
このキーボードを接続して、パワーキーを押したら、ナント起動したのです。

「お〜〜!」
周りから思わず大きな拍手が。
そして「さすが〜!」の声。

得意げにうなずきましたが、「でも、なんで」という疑問には、答えられませんでした。
本体のパワーボタンを押しても起動しないものが、何故キーボードをADBに変えただけで、起動したのだろう。

USBが壊れていたから? あるいはキーボードが壊れていたから? しかし、それなら本体のパワーボタンからは起動できるはず。
ADBキーボードから起動できたということは、本体は壊れていなかったわけですから、納得がいきません。

「まあ、起動できたんだから、いいんじゃないですか」
「そうそう、Mさん、サスガ! ということで一件落着にしましょうよ」

最後は強引に「一本締め」で終わりましたが、私はいまだに釈然としないのです。






2005/09/08 PM 01:54:44 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

巨人・自民党・演歌ぎらい
先日はじめて行った町で、友人に偶然会いました。

彼も私もその町は初めてでしたが、昼食時に何気なく入ったカレーショップのカウンターに座っていたら、どこかで見た顔の男が入ってきました。
彼の方もすぐに私に気が付いて、お互い「お〜!」と言って、握手。
隣り合ってカレーを食べることになりました。

彼と会うのは1年ぶり以上なので、先ずはお互いの近況報告。
そして、その後お決まりの話題に入りました。

その話題とは「巨人・自民党・演歌」のことです。
彼は私より8歳下ですが、自分のことを「サムライ」と呼ぶくらい古風な男です。
「伝統」という言葉に大変こだわるタイプです。

私はそんな彼をいつもこんな風にからかっています。

――野球チームが何で「巨人軍」なんて、「軍隊」みたいな名前で呼ばれるんだ。しかも、「読売巨人軍」なんて、読売新聞専属の兵隊みたいじゃないか。
野球中継を見ていても、解説者は「野球評論家」ではなくて、「巨人応援団」だし、そもそもメディアが野球チームを持って、それを販売促進の手段にするなんて、フェアじゃないだろ。
球界の盟主なんて、偉そうなことを言うんだったら、「読売」の文字を外して、一企業の宣伝媒体から脱しないと説得力はないよ。

「まあ、でも、巨人が国民に一番支持されているのは事実だしね」
と彼は鷹揚に受け流します。

――自民党は定見がない。政権から落ちると、長い間敵対していた「社会党」と連立政権をつくるなんて、節操のないことをして、景気の低迷をさらに深めることをしただろ。
社会党が衰退すると、同じく敵対していた「自由党」や、「政教分離の理念に反する」と言って攻撃していた「公明党」と連立するするし、これは考えが柔軟というより、ただ闇雲に政権を欲しがっているだけじゃないか。

「まあ、でも、自民党は一番国民に支持されているからね」
と、ここでも鷹揚に受け流します。

――演歌が何で「日本人の心の歌」なんだ。演歌なんて戦後に出てきた歌謡曲の一(いち)ジャンルじゃないか。歴史はRockと変わらないだろ。それが何で「日本人の心の歌」にまで昇格したんだ。
だいいち、何で好き好んで悲しいシチュエーションの歌を聴かなきゃいけないんだ。音楽は「音を楽しむ」と書くのに、演歌のどこが楽しいんだよ。

そう言うと、彼はそれまでの鷹揚さから一転して、ムキになってこう言います。

「でも、ロックなんてただ騒々しいだけだし(ロックにもスローバラードはあります)、ニューミュージック(今はJ-POPと言うんですけどね)だって何を歌っているかわからないし、アイドルの歌は下手くそだし(稀にうまい人はいます)、クラシックは歌詞がないし(オペラはあるよ)、演歌が一番日本的な歌ですよ!」
ここで水を飲んで、さらに彼は続けます。

「ニューミュージック(J-POPです!)の中にも、歌詞を見ると、暗いセンチメンタルな歌はあるじゃないですか。あれは中身は演歌と一緒ですよ。彼らの底辺にも演歌の血が流れているんです!」

どんなジャンルにも、マイナー調の旋律や内面をえぐる歌詞はあります。それを引っくるめてすべて「演歌的」と言い切るのは、ちょっと乱暴な気がします。

そこで、この話の最後にはいつもこのフレーズが出てきます。

「演歌は日本のブルースと言った方がいいんじゃない」
(何というテキトーなまとめ方!)

「はい、それなら納得します」

そのとき食べたカレーの味が思い出せないのが心残りです。


2005/09/06 PM 12:02:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

ワシントン封印工作/佐々木譲
佐々木譲という作家は、かなり過小評価されているのではないでしょうか。
ハイレベルの作品を数多く世に出しながら、知名度の低い作家に甘んじているように思えてなりません。

初めて読んだ彼の作品は「愚か者の盟約」でした。11〜12年前です。
革命を目指す幼なじみの政治家と秘書。政治の裏表を青臭くならない程度にリアルに描写した作品でした。
地味な題材ですが、大した力量だなぁ、と当時感心した覚えがあります。

その後、「夜にその名を呼べば」「ネプチューンの迷宮」「ハロウィンに消えた」「サンクスギビング・ママ」と読んで、衝撃を受けたのが「ベルリン飛行指令」でした。

これは佐々木譲の「第二次世界大戦シリーズ」の第1作目。
よくある戦記物でもなく、愛国心を煽るものでもありません。
抜群の能力を持ちながら、海軍では札付きパイロットである安藤大尉と乾一空曹を軸に据えて、開戦前の緊張感の中でサムライ魂を貫いた二人を描いた、ロマンあふれる傑作です。

ここでは当時の海外の国際情勢が克明に描かれています。彼の文体は冷静で押しつけがましいところが全くありませんから、そこが逆に読むものに緊張感と臨場感を与えます。
新しいタイプの冒険小説として、大変レベルの高い作品でした。
これほどの作品を書いたら、次は力を抜くだろうと予測していましたが、彼は私のような凡人の考えをはるかに上回る作品を次に発表します。

「エトロフ発緊急電」
今まで一千冊以上の小説を読んでいますが、間違いなくベストテンに入る作品です。
世を拗ねたひとりの日系人が、「真珠湾攻撃」前夜の緊迫の中で大きな役割を果たすまでを、周りに魅力的なキャラクタを配して、壮大なドラマに仕立てています。

物語のどこにも無駄がなく、必要なものすべてを詰め込んでいるにもかかわらず、くどくならない彼の手法は「ベルリン飛行指令」以上に冒険小説を進化させたものとして、まさしく金字塔と呼ぶにふさわしいものでした。

しかし、彼の快進撃はこれで終わりではないのです。

「ストックホルムの密使」
これは終戦直前の海軍、陸軍トップ達の人間模様や、内閣の様子が生々しく描かれていて、思わず唸ってしまうほど、リアリティにあふれています。上・下巻に分かれていて大変長い作品ですが、長さを感じさせません。
特に「森四郎」という主人公のキャラクタは秀逸で、彼の心の揺れや寂寥感などを、まるで我がことのように感じさせるその文章力は、圧巻です。

そして、「ワシントン封印工作」です。
これも第2次世界大戦が舞台ですから、前3作と同じ流れのもの、としたいところですが、冒険小説とはいえないという点で、私は全く別物と解釈しました。

本作品は、日米開戦前のワシントン日本大使館が舞台になっていて、真珠湾攻撃までの大使館員の外交職務と、大使館にスパイとして送り込まれるタイピスト、そしてそこにアメリカ国務省、FBIが絡んで、戦争回避を大命題として奔走する人々が描かれた長編です。

ただ、前3作と比べて、ストーリー展開などに破綻があります。
主人公のひとりである混血タイピストのエピソードが細切れで、しかも長いため彼女のエピソードの時は、中だるみを感じてしまうのです。

後半のサスペンス部分がよくできているだけに、そのたるんだ部分が残念でなりません。
前3作を知らなければ、あるいは佐々木譲の力量を知らなければ、及第点以上の評価はできます。
しかし、「佐々木ならもっと面白いものが書けたはず」という読み方をした場合、不満は残ります。

ただ、第2次世界大戦をテーマにして、これだけ違う切り口の作品が書ける佐々木譲という作家は、稀有な才能の持ち主だということだけは確かです。


2005/09/02 AM 11:18:52 | Comment(0) | TrackBack(0) | [こんな本読みました]

デザインは総合力
以前に書いたブログで、自分よりはるか年下のデザイナーに、技術で圧倒的に劣っているということを書きました。
それを読んだ二人の方から全く同じ内容のメールをいただきました。

「そんなに劣っているのに、よくプロのデザイナーとしてやっていけますね」
という辛辣なご意見です。

確かに不思議に思われるかもしれません。
Mac歴1年と少しの人に完璧に負けているのですから、不甲斐ないと見られても仕方ありません。

しかし、負けているのは「イラストレータ」と「フォトショップ」の操作に関してだけです。仕上がりに関して負けているわけではないのです。

確かに彼は大変なテクニックの持ち主ではありますが、3DグラフィックやFLASHアニメーション、DIRECTORでのオーサリング、複雑なホームページ、FileMakerProによるデータベース作成や簡単なプログラミングなどはできないのです。

彼は「イラストレータ」と「フォトショップ」に関しては、抜きんでていますが、他のソフトはほとんど経験がありません。

ですから、総合力では私の方が勝ってるわけです。
彼との差はそういった総合力で判断すべきだと思います。

彼の神業的なテクニックは、尊敬に値します。
ただ、その神業にムキになって対抗しなくても、私には他にいくつかの武器があるわけですから、そちらで自分の個性を生かせばいいわけです。

デザインというのは、単純に操作が早いだけで優劣を決めるものではないと思います。
彼の処理能力は、彼の仕事の中で最大限能力が発揮されるもので、その範囲内で大変優秀だということは紛れもない事実です。
しかし、彼が私と同じ仕事ができるかといえば、それは絶対「NO」なのです。

なぜなら、「イラストレータ」と「フォトショップ」だけで仕事を請け負った場合、彼より優秀な人材はいくらでもいるからです。
私より優秀な人材も数多くいます。でも総合的に見たとき、私に仕事を頼んだ方がいいというクライアントがいるというのも紛れもない事実です。

私はそういった方々がいるから、仕事をいただいて日々生活していけるのです。
テクニック至上主義では計れないものが、デザインの現場ではあります。
だかろこそ、私のような末端のデザイナーでも、仕事が来るのです。

ただ、スキルアップは常に目指していますが、掛け声だけでいつも終わっているところが、やはり三流・四流に甘んじている原因と言えるでしょう。



2005/09/01 PM 02:22:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]



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