Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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腕あげた?
唐突だが、本物のプロフェッショナルとはどんな人か?

たとえば、誰もが知っているわかりやすいプロフェッショナルと言えば、メジャーリーグ時代の松井秀喜氏をあげることができる。

日本では長距離バッターだったと思うが、松井氏がメジャーリーグ入りした頃は、ホームランを量産する筋肉改造人間がリーグに少なからずいた。
そんな改造人間には敵わないとすぐに悟った松井氏は、方向転換をし、ホームランを捨てて走者を返す打撃に切り替えた。

打点を多く稼ぐことにより、松井氏は首脳陣やフアンの信頼を得て、数少ない日本人野手の成功者として、メジャーリーグの歴史に名を刻むことになった。

素人考えだが、松井氏がもしホームランを捨てなかったら、彼は多くの日本人野手のように、「ただメジャーに行っただけの人」で終わっていたかもしれない。

本当のプロフェッショナルは、己の力量を第三者の目で見ることができる人だ。
その意味で、松井秀樹氏は、己を見極める確かな目を持った正真正銘のプロフェショナルだったと言っていい。


たとえば、私の身近には、プロフェッショナルの意味を勘違いしている人が大勢いる。

大学2年の娘の高校時代のお友だち5〜6人が、いまだに我が家にメシを食いに来る。
餃子パーティが多いが、ハンバーグやビーフシチュー、パエリア、オムライス、ほうれん草とベーコンのキッシュなどの洋食を出すこともある。

その都度、彼女らは「パピィー(私のこと)の作るものは、いつも美味しいよね」とお世辞を言ってくれる。
「また腕を上げたんじゃないの。店を出したほうがいいよ」と言ってくれる子もいる。
だが、私の素直な感想を言わせてもらうと、申し訳ない表現だが、それは「無知」ということになる。
あるいは、お世辞の使い方を知らない。

素人の私が化学反応を楽しんでいる料理を食って、それがたまたま好みだったからといって、その料理が不特定多数の人が満足できるほどの完成度があることにはならない。

先日、腐りかけの肉料理を極道コピーライターのススキダに振舞ったら、「おまえ、また腕を上げたな」と言われた。
そんなに何回も腕を上げると肩が疲れるので、私は腕を下げたまま、「馬鹿こぐでねえ!」と罵ってやった。

我が家に来る娘のお友だちもそうだし、普段は偉そうにグルメを気取っているススキダもそうだが、彼らは本当のプロフェッショナルの味を知らない。
少ない経験値でものを言っているだけだ。

それは、たとえば、男性アイドルグループのフアンが、「Aって歌も上手いし、ダンスも上手だし、演技もすごいわよね!」と言っているのと同じことだ。

本当のプロフェッショナルの技術を知らないから、標準値を「上手い」「お上手」「すごい」と贔屓の目だけが肥えて、次元の低いショー・ビジネスで満足している。

マイケル・ジャクソン氏の生前のメイキングなどを見ていると、スタジオに降り立ったときから、マイケル氏は些細な動きでさえ、その動きに意味を持たせて、自分の感情のすべてを体で表現する技術を最小単位で体現していたことがわかる。

マイケル・ジャクソン氏は、ショー・ビジネスの世界で、何十年もエベレストのような存在として君臨していた。
そこまでの域に到達する人は、もう出てこないとは思うが、彼が頂上に向かうまでに残した足跡をたどることは、何人かの選ばれた人には出来るかもしれない。

おそらく日本人でも、その足跡をたどることは可能だと思う。

贔屓の目だけが肥えた、ファンからの引き倒し的な「お上手」の掛け声さえなければ。


毎回の回りくどい前振りで何を言いたかったかというと、私の身近にも「本物のプロフェッショナル」がいたことに気づいたからだ。

ヤナギさんは、いま東京蒲田で奥さんの経営するおにぎり屋さんを手伝っている。
彼の本職は東京新宿の高級料亭の板前さんだったが、体を壊したため立ち仕事が難しくなり、板前さんを休業せざるをえなくなった。

そこで、4年前、おにぎり屋さんを営んでいた奥さんのサポートをするため、自宅の駐車場を改造して、おにぎりだけではなく惣菜もメニューに加えた店を出すことにした。
おにぎりは奥さん、惣菜はヤナギさんが担当するというシステムだ。
ご夫婦とも年は40歳前後だろうか。

そのとき、店の改造を請け負ったのが、杉並の建設会社の顔デカ社長だった。
顔デカ社長は、生意気にもヤナギさんの勤める神楽坂の料亭の常連さんだったのだ。

その縁で自宅を改造し、さらに縁がつながって、私に店のリニューアルチラシの仕事が回ってきたのである。

はじめての打ち合わせのとき、ヤナギさんが、昼メシを振舞ってくれた。
「カツ丼作りますけど、食べてくれますか?」

私はカツ丼食いではないので、普段だったら断るところだったが、高級料亭の元板前さんの目に見えない圧力に押されて、お願いします、と即座に答えてしまった。

そのとき、私は、カツがタレでシナシナになるのが嫌なので、カツだけ別の皿でお願いします、とプロフェッショナルの機嫌を損ねるようなことをお願いした。

行列のできる偉そうなカツ丼屋さんの店主だったら、きっと怒ったに違いないが、ヤナギさんは「ああ、要するに玉子丼とトンカツでよろしいんですね」と快く注文を聞いてくれた。
本当のプロフェッショナルは、客の注文を素直に聞いてくれるのだ。

「ソースはいりますか」と聞かれたが、いりません、できれば岩塩をいただきたいのですが、と答えた。
「シチリア産の岩塩しかないですけど」と言われたので、グラッツィエ、と頭を下げた。

33分待って出されたトンカツは、衣がサックサクで私好みだった。
肉は、完璧に中に水分(旨み)を閉じ込めて、素材を生かした適度な歯ごたえもあった。
噛むたびに肉を意識できる濃厚な味がした。
シチリア産の岩塩との相性は、長年連れ添ったヤナギ夫妻のように合っていた。

そして、玉子丼は、醤油を使わず昆布ダシで卵をとじただけだったから、卵の味がはっきりと感じられた。
さらに、昆布ダシが熱々のご飯ひと粒ひと粒に絡んで、玉子とご飯の旨さを引き立たせていた。

「こんなのただの『まかない』ですけどね」とヤナギさんは謙遜したが、間違いなくゼニの取れる完成品だった。

そのおにぎり屋さんは、季節ごとにチラシを作ったから、年に最低4回はお邪魔して、美味しいものを食わせてもらった。

カレーが出てくることもあった。
鶏がらと長ネギ、にんにく、生姜などを5〜6時間煮込んだものを冷まして小分けにし、冷凍したスープをベースとして使った。
その鶏がらスープがスパイスを引き立てる役割を担って、カレーに一段上の旨みを与えていた。

鶏がらスープをメインにした塩ラーメンも、隠し味にシチリア産の塩を焼いたものと煮干と貝類を煮込んだスープを加えることで、麺に絡む塩気がサッパリしたものに感じられて、食べたあとの口の中には塩辛さが残らず、爽快感だけが残った。

今週の水曜日に行ったときは、マーボー豆腐丼を作ってくれた。
甜麺醤と豆板醤、仙台味噌を鶏がらスープ、紹興酒で煮込み、豆腐と花椒を入れて少し煮込む。
そして、片栗粉でトロミをつける。

ひき肉は使わない。
油揚げを細かく切ってオイスターソースで炒めたものをドライフードメーカーで乾燥させ、肉がわりにしたというのだ。
マーボー豆腐を丼に盛り付けたあとに、その油揚げを散らし、白髪ネギを乗せたら完成の精進料理的なマーボー豆腐丼だった。

一口食ってみて、豆腐が主役だということがわかった。
レンゲで豆腐を掬うたびに、素材を大事にしたプロフェッショナルの技を感じた。
マーボー豆腐は、辛いから美味いのではなく、豆腐の旨みに適度に辛味を加えたから美味いのである。

辛さが主役ではなく、豆腐が主役。

辛さで誤魔化す料理は、所詮は、キワモノだ。
ヤナギさんはカツ丼もカレーも塩ラーメンも誰が主役なのかを舌でわからせてくれる。
そんなプロフェッショナルの技術は、そう簡単に真似できるものではない。

ヤナギさんは、間違いなくプロフェッショナルだ。
尊敬する。

その尊敬するヤナギさんが、「マーボー豆腐作りすぎたので、持って帰りますか」と言った。
「店やってると、つい癖で作りすぎちゃうんですよねえ」

お言葉に甘えて、密閉容器に入れて持ち帰った。


掟破りだとは思ったが、ヤナギさんからもらったことは言わずに、家族に食わせた。

「また、腕あげたんじゃない?」と、みんなから賞賛された。

私は、即座に右手を上げた。
次に娘が右手を上げた。
そして、息子。
(まさか、この展開は!)

最後に、ヨメが控えめに手を上げた。

3人が、どうぞ、どうぞ。
(本物のプロフェッショナル、ダチョウ倶楽部師匠の鉄板ネタを違うシチュエーションで演じてみました)




まあ・・・要するに・・・プロフェッショナルの食卓と素人の食卓の違いは、こんなものだ、という結論でよろしいかと。


2015/10/31 AM 06:27:00 | Comment(1) | TrackBack(0) | [料理]

冷や汁を食うホッキョクグマ
とても信じがたい話なのだが、一日のブログのアクセス数が一昨日はじめて1万を超えた。

ほんまですの?
デスノート?

夢かも知れないと思ったので、おんぼろアパートの庭のダンボールに住み着いた野良猫の「セキトリ」のほっぺをつねったら、「フギャー、何すんじゃ、ボケ!」と怒られたので、夢ではなかったようだ。
(ちなみに、これはイジメでも虐待でもございませぬ。私とセキトリは親友ですゆえ)

おそらくCGI解析を間違った結果だと思いますが、これからこのようなことはないだろうから、一度だけ自慢しておきました。

日頃の感謝を込めまして、皆様の健康と交通安全、家内安全、商売繁盛、安産スッポン、世界平和、受験合格、夫婦円満、進撃広島、柴咲コウ様結婚、日本列島震動停止、安倍内閣悪霊退散を祈願したいと思います。


……という話とは何の関係もなく、杉並区荻窪に生息するWEBデザイナー、タカダくん(通称ダルマ)から、突然のSOSが来たので、たいへん忙しかったのだが、冷やかしに行ってきた。

行ってみたら、ダルマの仕事場は、北極だった。
だから、ダルマがホッキョクグマに見えた。

しかし、このホッキョクグマは、本当のホッキョクグマより遥かに暑さに弱い珍種だった。

「だって、俺、汗かくの嫌なんですもん!」

ダルマの奥さんの微笑みの天使・トモちゃんは、お子様二人を連れて水族館に行ってらっしゃるという。
しかし、ダルマは暑くなると実の子どもの情操教育にさえ参加しない、クズ中のクズだった。

「なんで暑い中、わざわざ汗をかきに行かないといけないんですかね」
「冷房の効いた部屋から出るのは、絶対に嫌!」

いや、家族サービスのためにかく汗は美しいものだ。
その場合、汗をかいたとしても、その汗は気持ちのいいものではないのか。

「気持ちのいい汗なんか、ありませんよ!」

逆ギレされた。

舌打ちしながらエアコンの設定温度を見たら、22度だった。
無理やりな節電をしろとは言わないが、もう少し、地球にやさしくなれないものだろうか。

「暑さに弱い人間は、夏だけは地球にやさしくなれませんね! 他の人がやさしくすればバランスは取れるでしょう。俺は俺なんだから!」
これを人間の世界では「開き直り」と言う。
ホッキョクグマには、わからないかもしれないが。

設定温度22度。
室内の実質温度23度。

外気温との差、10度以上。
脂肪の少ないガイコツは、凍えそうですよ。

我が家のオンボロアパートは、すべての窓の外側に二重にスダレをかけて直射日光を遮っているから、室内温度が29度を超えることはない。
冷房を全く使わないということはないが、暑いときでも使うのは1日1〜2時間程度だ。

私の仕事場は、熱暴走防止のために、2台の扇風機を2台のパソコンにだけあてているが、それでパソコンも私も不自由はない。
パソコンも私も普通に動いている。

ただ、たまに無性に涼しい空気にあたりたいときがある。
そんなときは、中央線武蔵境駅前の「武蔵野プレイス」という図書館に行くか、イトーヨーカ堂の食品売り場をうろついて涼をとることがある。

私には、それで充分だ。
それ以上の涼しさは毒だ。

だから、ダルマの仕事場は「毒のふきだまり」と言っていい。

私は、設定温度を27度にしないと仕事を手伝わないぞ、と憎々しいパワーハラスメントのクソオヤジになった。

それを聞いて、ダルマは「エーッ!」と口から泡を吹いた。
それを見て、私は「ダルマカニ」というインドカレーを思い出した。
ただ、ダルマの顔は、「ダルマカニ」ほど美味しく見えなかったが。

ダルマの仕事を手伝っているとき、高校野球オタクのダルマが何かを言っていたが、私はその全てを無視した。

高校野球に関しては、あらゆる角度から苦言を呈することができるが、それは人によっては、「タチの悪い言いがかり」と捉えられるかもしれないので、ここでは述べない。

ダルマは、私の「高校野球無関心」を知っているはずだ。
しかし、今回は暑さで脳が溶けたのか、しつこく私にとっては難解な「高校野球語」をしゃべるのだ。

ここ3、4年ほどで、やっとお得意様の中で、私の「高校野球無関心」「プロ野球無関心」が浸透してきて幸せを感じているところだったのに、こんなところに地獄の穴があったとは。

そこで、私は仮説を立てた。

室内温度は、30分も経たないうちに26度になっていた。
ダルマは、室内気温が25度を超えると「脳が溶ける変態グマ」なのではないか、と。

早速、実証してみた。
設定温度を23度に下げてみた。
室内温度は10分も経たずに、25度を切った。

すると、ダルマが言ったのだ。
「師匠、腹が減ったでしょう。出前を取りましょうか」

気温が下がって、脳が正常に働き、昼メシどきを過ぎていたのを思い出したようだ。

夏に弱いダルマのメシは、朝はソーメン、昼はざるそば、夜は冷やし中華と決まっているらしい。
他のものは全く喉を通らないらしいのだ。
料理上手のトモちゃんが、どんなに工夫しても、結局は冷たい麺類しか食わないと言う。

だから、夏は必ず5キロ以上痩せる。
ダルマがいつ死んでも私は気にしないのだが、トモちゃんと子ども二人のことを思うと少しは栄養のあるものを食わせなくては、と思った。

そこで、出前はやめて、私が昼メシを作ることにした。
食材を漁ってみるとキュウリと大葉、ナス、塩昆布、イカ1杯、冷凍ご飯を見つけたので、「冷や汁」を作ることにした。

まず耐熱皿に味噌を適当に塗りこみ、10分間オーブンで焼いた。
そして、イカの内蔵を抜き、軟骨を剥がし、イカをソーメン状に薄く切って氷水にさらした。
キュウリ、ナス、大葉も粗みじんに切って、他の容器で水にさらした。

味噌をミキサーに入れ、水とコンブ茶の顆粒を入れて攪拌し、出汁を作った。
チンした冷凍ご飯を丼に盛り、出汁を回しかけたあとで、キュウリ、ナス、大葉、塩昆布を乗せ、最後にイカソーメン、練りワサビを乗せるだけの簡単な食い物。

豆腐があれば、さらに栄養価は高くなるのだが、イカがあるだけでも上等だ。

さあ、召し上がれ。

「なんですか。この変な食べ物は? 今の俺は、ご飯は喉を通らないんですよね」とお怒りのダルマだったが、レンゲで軽く掬って一口食ったあとの顔は、ホッキョクグマが、まるで愛らしい「ダルマのプーさん」に見えた。

そして、瞬く間に完食。
「おかわり!」とおねだりするので、私の分も与えたら、またもやすぐに完食。

結局、私は冷や汁を食うことができず、残ったキュウリと塩昆布をマヨネーズとマスタードで和えたものを食パンに挟んでサンドイッチにして食った。
これは、これで美味しかった。

「師匠! レシピ、レシピ!」
「これなら俺、毎食でも食えますよ。ほら! レシピ、レシピ!」
「レシピィ、レシピィ、レ・シ・ピッ! YO!」
最後は、ラップ調で叫ばれた。


あれから、ホッキョクグマは、朝昼晩、トモちゃんが作る冷や汁を食っているらしい。

そして、イカは必需品だというのだ。


あいつ、イカれてるんじゃないのか?
(最低なダジャレ)



2015/08/01 AM 06:28:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | [料理]

16年後のハンバーグ
庭の木は、ほとんど葉が落ちてしまったが、大きな松だけは、生きてきた年月を誇示するかのように、威風堂々とした姿で庭の片隅に立っていた。


2年ぶりの伯母の家。
2百坪の広い家だ。

伯母と同居の次女から「熱を出して、私がご飯を作ることができないの。サトルちゃんが作ってくれたら、お母さん、喜ぶんだけどね」という電話がかかってきた。

急ぎの仕事は、なかった。
だから、昼ご飯、晩ご飯を作るために、東京世田谷区下馬の伯母の家に行った。

しかし、次女の病気は嘘だった。

「だって、そうでも言わないと、サトルちゃん、来てくれないでしょ」

私を「サトルちゃん」と呼ぶのは、この世界で、下馬の伯母と次女だけだ。
いい年をした男が「サトルちゃん」もないものだが、そう呼ばれても不快感はない。

それは、伯母と次女が、私にとって大事な人だからだろう。


伯母は、私の父の兄の奥さんだ。
父は四男。
伯父は、次男。

漫画家だった伯父は、30年以上前に、50代の若さで死んでいた。

その伯父は、自堕落な自分の弟(私の父)のことを恥じていた。
だから、「俺がおまえの親父代わりになるから、遠慮するなよ」と言ってくれた。

しかし、私は基本的に非常識な男だが、「遠慮するなよ」と言われて、遠慮しない振る舞いをする、という勇気はない。
月に一度か二度、伯母の手料理を食いに行くだけの、常識的な対応をした。

伯母は、料理が上手だった。
洋食ばかりだったが、初めて食うハヤシライスは、体が震えるほど美味かったし、ハンバーグの美味さは、私が理解している食い物の概念を遥かに超える大気圏を突き抜けた美味さだった。

ひところ、スープカレーが流行ったが、伯母は、40年前からスープカレーを作っていて、その美味さも想像を絶していた。
料理の天才だと思った。

逆に、私の母は、全く料理をしない人だった。
フルタイムで働いていた母は、料理をする暇がなかった。
だから私は、おふくろの味を知らない。

母がたまに作る味噌汁は、ダシをとっていないから、味噌の味しかしない。
カレーは、牛肉、ジャガイモ、ニンジン、タマネギ、カレールーを同時にぶち込んで作るから、臭みの強い味になった。

だが、まずい、などと言えるわけがない。
帰ってこない夫、引きこもりの長女を、その細い背中に抱えながら、懸命に働いてくれたのだ。

偉大な母、そして、料理の天才の伯母。
おそらく私は、幸せな子ども時代を過ごしたのだと思う。


昼ご飯は、84歳になる伯母の負担にならないように、牡蠣の豆乳リゾットとニンジンのポタージュを作った。

「お肉じゃないの?」と言われた。

伯母は、肉が大好きだった。
3食、肉でもいい人だ。

私が子どもの頃、伯母が作ってくれた料理は、ビーフストロガノフ、ビーフシチュー、タンドリーチキン、ラムの香草焼き、スペアリブなど、肉ばっかりだった。

しかし、糖尿病の伯母に、カロリーの高い食事を出すわけにいかない。
そこだけは、気を使った。

でも、晩ご飯は、ハンバーグにするからね、と言ったら、車椅子の伯母は、嬉しそうに頷いた。
84歳とは思えないほど、生き生きとした肌が、窓から入る日の光に照らされて、輝いていた。

美しい老人だと思う。

しかし、昔はもっと美しかった。

その美しさが、年月とともに、残酷に変化していくのを見た私は、少しずつ伯母の家に通う足が遠のくようになった。
美しいが、残酷に老いていく伯母の姿を見るのが、つらかったのだ。

子どもの頃、あれほど世話になったのに、俺はなんて薄情な男なんだ、という引け目が絶えず私の心の中にあった。
伯父が死んだとき、伯母を守るのは俺だ、’と決意した心が、時とともにしぼんだことが、私の引け目をさらに大きくした。
下馬の伯母の家が、遠くに感じられた。

しかし、伯母は、いつでも私を「母親・父親の目線」で見てくれていたようだ。

絶えず「サトルちゃんは、大丈夫なのかねえ。元気かねえ」と、同居の次女に聞いて、気にかけてくれたようだ。


そんな伯母に作る晩ご飯は、ハンバーグ。

私は、直接伯母に料理を習ったことはない。
伯母の料理が、どんな手順を踏んで出てくるのかを知らない。

だが、私が自分で料理をするようになって、基本になった味は「伯母の味」だった。
私が作る料理も、ほとんどが洋食だ。
それは、確実に、伯母の影響を受けていると思う。

伯母が作ってくれたハンバーグやスープカレーの味が再現できたときの感動は、言葉では表現できない。
時に、私は晩メシのとき、ウルウルしてしまうことがある。

それを見た高校3年の娘は、「またかよ! このマザコン野郎が!」と笑いながら罵るのだが、ウルウルは止まらない。
だって、俺の原点が、ここにあるのだから。


鶏・豚ひき肉をこね、形を作る。
フライパンで両面を焼いたあとで、オーブンで焼く。

付け合わせは、コンソメスープで煮込んだジャガイモ。
そして、バターをジャガイモの頭に乗せる。

他に、野菜嫌いの伯母が何とか食べられるというインゲンとアスパラを茹でたもの。
それに家から持ってきた手作りのタルタルソースを添える。

スープは、カボチャのポタージュに、かりかりのフランスパンとチーズを乗せ、オーブンで焼いたもの。
パンプキン・グラタンスープだ。
それに、ガーリックトーストを付けて完成。

その工程を、伯母は車椅子に座ったまま、ずっと見ていた。
たまに目が合うと、伯母は小さく頷いていた。

そして、指でOKサインを作った。
それで合ってるよ、ということだろうか。


次女の夫が帰ってきて、4人の夕食。

最初にナイフを入れたのは、もちろん伯母だった。
ひとかけらを口に入れた。

ソースは、潰したトマトとタマネギのみじん切り、赤ワイン、中濃ソース、醤油、ローレルを煮込んで、ドライニンニク、バジルをふりかけ、最後に少量のオリーブオイルを垂らしたもの。

「お〜い〜し〜い」と一言。

そう言った目が、40年前の伯母とシンクロした。


美しいな、と思った。


食べながら、次女が涙をこぼした。

最近は、料理をすることがない伯母だったが、「これ、お母さんのハンバーグだよ!」と、次女が声を震わせながら、ハンバーグを食べ、ジャガイモを食べアスパラを食べた。

次女の夫も、「これだよね、これがM家のハンバーグだよね。間違いないよ!」と頷いていた。


伯母も伯母の次女も次女の夫も、驚くほど速いスピードで完食をした。


だが、私は完食するまでに、30分以上の時間を要した。

「伯母のハンバーグ」を堪能したかったからだと思う。


「サトルちゃんが来るのは、また2年後かねえ」と伯母に言われた。
そして、「その頃には、私は死んでるわよね」とも言われた。


死ぬなよ、と言った。
百歳まで生きてくれよ、と言った。

16年後の誕生日に作る俺のハンバーグは、もっと美味しいから、と言った。


伯母は、笑って頷いてくれた。



2013/12/17 AM 06:29:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | [料理]

ギョーザ岳を征服
皆さんは、餃子がお好きだろうか。

お好きだとしたら、最高いくつ食べたことがおありだろうか。

私は、72個食った。


我が家では、高校3年の娘の友だちの女子高生が押し掛けてきたとき、餃子パーティをすることが多い。
だから、餃子の皮を作って冷凍してある。

市販の餃子の皮を使おうよ?
市販の皮を使ってしまったら、それは「自家製」とは言えないだろう。

「自家製」というのは、豚を育てるところから初め、キャベツ、ニラ、小麦を育て収穫してこそ、そう言えるのである。
よって、私の作る餃子は「半自家製」である。

「虚偽表示」には、気をつけなければいけない。

ということで、「半自家製餃子」パーティの開催を娘から命令された私は、50枚単位で冷凍しておいた「半自家製」餃子の皮を2パック分、昼前に自然解凍し始めた。

しかし、これだけでは足りない。
我が家4人、女子高生5人の9人で180個は食うからである。

特に、我が家に一年間居候していた「居候さん」の場合、山盛りの丼メシを4杯食い、味噌汁を無限にお代わりしながら、60個の餃子を消費する。
そして、涼しい顔で言うのだ。

「まだ腹6分目かな。ダイエット中だから、これくらいにしておこうか」

155センチ、50キロのフードファイター。
恐ろしい女子高生がいたものだ。

最低、あと80個は皮を作らなければいけない。
小麦粉をこね、めん棒で伸ばして、自家製のブリキの型で丸くくり抜く。
その作業を午後5時前から繰り返していた。

しかし、娘から冷酷な電話があった。
「ゴメン、シューヘイ(同級生)のライブが渋谷であるんで、そっちに行くことにした」

解凍中の餃子の皮を、どうしてくれる?
解凍したものをまた冷凍すると確実に風味が落ちる。
それは避けたい。

「3人で食べましょうよ。私は餃子大好きだから、40個は保証するわ」とヨメが言った。

しかし、そのあとすぐ、息子から電話で「急にバイトのシフトが夜になった。今日は晩ご飯はいらない」と言われた。

二人で百個。

「いけるんじゃない?」とヨメ。

いくしかないか。

二つのホットプレートを使って、50個ずつ一気に焼きはじめた。
蒸気がジョワジョワ沸き上がって壮観だ。


焼き上がる前に、「餃子の王将」は本当に美味しいか、という喧嘩を売りたいと思う。

私は、2回「餃子の王将」に入ったことがある。
武蔵境(中央線)と武蔵中原(南武線)だ。

しかし、2回ともガッカリした。
皮が焦げてパリパリだったから、噛むとすぐに皮がバラけて、中のアンが皿に落ちて食いづらかった。
2軒ともそうだった。
焼きすぎるのか、水分が不足しているかのどちらかだろう。

名指しで批判するのは失礼かと思ったが、あまりにもひどかったので書かせていただいた。

もう「餃子の王将」には行かない、とここで宣言いたします。
(ただ、口直しに、武蔵境店で食った炒飯は美味かった)


ところで、餃子のアンであるが、我が家では、春キャベツのときは、そのままニラ、豚ひき肉と合わせて使う。
春キャベツは甘くて水分があるので、これでバランスが取れる。

しかし、冬キャベツの場合は、春に比べて甘みが少なくなるので、タマネギか白菜のみじん切りを少量加える。
加えることによって、甘み成分が出る。

「甘み」と言うのは「旨味」のことだ。
餃子のアンに甘みがないのは、致命的だ、と私は思っている。

安い豚ひき肉を使ったときは、鶏ガラスープで戻した春雨のみじん切りを加える。
これで、コクが出る。
誰も、春雨が入っていることに気づかない。

餃子のタレも工夫しているのだが、これは長くなるので書かない(企業秘密?)。
普通に、テーブルの上に市販の醤油と酢、ラー油を置いている店と、我が家ではこだわりが違うのですよ。

だから、女子高生が近づいてくる。
偉そうに言って、申し訳ありませんが……………。


さて、焼き上がった。
餃子バトルの始まりだ。

ヨメも私も最初は調子が良かった。
ペースも早かった。

だが、最初に脱落したのは、もちろんヨメだった。
28個でリタイアしたのである。

「ご飯を食べるんじゃなかった。餃子だけにしておけば、もっと食べられたのに」

そう。
間違いなく敗因は、それだ。

だから、私はメシは食わず、餃子だけを食うことに専念したのだ。
大好物のクリアアサヒも、腹にたまらないように、控えめに飲むことにした。

40個までは調子良くいった。
しかし、そこから先の未知のゾーンが来たら、突然箸が重くなった。
ただ、腹はまだパンパンというほどではなかった。

槍ヶ岳登山だったら、新穂高温泉から出発して鏡平小屋に着いたあたりだろうか。
しかし、ここからが遠い。
槍ヶ岳山荘は、まだ遥かに先だし、目指す槍ヶ岳は、さらにその先だ。

そして、この「ギョーザ岳」に悪天候はない。
前に進むしかないのである。
だから、少しずつ食っていくしかない。

そんなとき、リタイアしたヨメがテレビを見始めた。
我が家では、食事中はテレビを見ない習慣だが、ヨメは食い終わったので「お腹がきつい」と言いながら見ていた。

見たのは、だいぶ前に放送された「世界の果てまでイッテQ」の特番で、イモトさんがマナスル登山に挑戦したものだった。
我が家では、テレビは録画して見るべし、という家訓があるので、見たい番組は録画して見ることにしている。

「答えを早く知りたい病」のヨメは、前半を一気にすっ飛ばして、後半を見ていた。

登山家でもない小柄な女性タレントが、大自然に挑む勇気は、たとえテレビ局側から押しつけられたものだとしても、誰もができることではない。
(そのことに対して批判している人がいるが、高所登山を経験していない人が己の無知を根拠に非難するのは、みっともない。そして、経験者が『ねたみ』だけで非難するのは、同じように、みっともない)

その強靭な精神力と体力には、頭が下がる。

イモトさんを見ていて思った。
彼女の挑戦から比べたら、餃子72個など、タクシーで富士山の5合目に行くようなものではないか。

よし、頑張ろう!

一気に、やる気スイッチが入った。

そして、72個完食。

半自家製餃子は、美味かった。
火加減、水加減が最適だった。



最後に、偉そうに言いますが、焼餃子は「火加減と水加減が命」です。

お忘れなく。






ところで、実は私のやる気スイッチが突然入ったのは、番組のサブMCであるベッキーさんの美脚を見たからだ、と言ったら、皆さんは私のことを軽蔑するだろうか。


(ああ・・・やっぱり!)




2013/12/12 AM 06:25:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | [料理]

明日が休養最終日





































昨日は、小金井公園に行った。

朝、家族に飯を食わせ、送り出してから、9時前に出かけた。

朝から蒸し暑い日だった。

自転車で小金井公園まで行き、いつもの木陰に入り込み、レジャーシートを敷いて寝た。

目覚めたのは、12時15分前。
iPhoneに繋げた小型スピーカーからは、東京事変の「遭難」が流れていた。

起きるなり、保冷バッグに入れたクリアアサヒを取り出し、一気に250ccほど飲んだ。
そして、普通の2.87倍はあるオニギリを出して、かぶりついた。
具は、豚キムチだ。

朝昼兼用の食事。

5分で食い終わり、飲み終わって、また寝た。

起きたのは、午後2時20分過ぎ。

2本目のクリアアサヒを飲みながら、目の前の光景をカシャッ。
それが、上の画像。

小金井公園を一周して、帰宅の途に。


その途中で、見かけたラーメン屋さん。

拉麺工房「絵夢」。

汚い店構えだったが、小腹がすいていたので、入った。

醤油ラーメンを頼んだ(下の画像)。
煮干の味が濃厚の品のあるスープだった。

麺は、やや固めだが、見事にスープに絡んでいた。

うまいな、と思った。

これで、一杯、なんと155円!

破格ではないか!
儲かるのか、と心配になった。



という件は、冗談です。

このラーメンは、我が家のラーメン。

冷凍保存しておいた鶏がらスープに、煮干を大量に投入し、ダシを取る。
それに、二種類の中華ドレッシングを混ぜ入れ、醤油と塩で味を整える。
すると、煮干のダシが上品にきいた絶品のスープが出来上がる。

麺は、市販の生ラーメンを1分50秒茹でて、スープに投入(麺は少し腰があったほうが絶対にうまい、というのが私のこだわり)。

あとは、ごま油で炒めたモヤシとカニカマ。
ゆでたまご、メンマ、自家製チャーシュー、刻みネギ、ナルトをトッピング。

4人前作ると、一杯あたりの単価が155円になる。

これは、うまいですよ。
画像にはないが、この日は、麻婆春雨がサイドメニューだった。
これは、激辛だが、上品な煮干のスープに合うといって、家族の評判もいい。





さて、休みは、今日を入れて二日。



綺麗な足のネエちゃんを探しに、吉祥寺まで行きますかね(ド変態)。





2011/10/01 AM 06:28:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | [料理]

休養中























































画像が良くないのは、iPhone4で撮ったから。
(デジカメで撮るのが面倒くさかったので)

上の画像は、一応手作り餃子です。
餃子の皮も手作りなので、よく見ると、餃子の大きさがマチマチ。
餃子のアンは、豚ひき肉とキャベツ、ニラ、そして絹ごし豆腐を少々。
餃子の下に敷いてあるのは、もやしのキムチ(韓国唐辛子を使った手作り)。

餃子は、乾燥ニンニク、乾燥タマネギ、島唐辛子を酒と麺ツユ、ごま油で炒めた自家製ラー油に付けて食う。

画像には映っていないが、ニラ玉スープとご飯がつく。

まあまあ、好評。


真ん中は、見えないかもしれないが、カレーです。
業務用スーパーで買ったカレー粉に、ウコンの粉末と摺り下ろしたジャガイモ、人参を入れ、ペースト状にしたトマトを入れて、最後に赤ワインを投入する。
肉は、ベーコンを、これ以上小さく出来ないだろう、というくらいのみじん切りにする。

トッピングは、ゆでたまごとオクラ。
サイドは、トマトのオリーブオイル漬け、春雨ツナサラダ(ドレッシングは、酢ショウユ・ごま油がベース)。

カレーに春雨は合わないだろう、という常識は私には通用しない。
春雨が好きだから、サイドに加えている。

子どもたちは、必ずお代わりするから、好評なのだと思う。


下のは、ちらし寿司or手巻き寿司、サーモンの握り。
人参とレンコン、椎茸を細かく切って、甘く煮込んだものを酢飯に混ぜる(酢飯とマグロの赤身は画像には映っていないが、あと二人分ある)。
あとは、各自お好みで、酢飯に具を散らしてもいいし、海苔で巻いて食ってもいい。

これに、蒲鉾とお麸、三つ葉のお吸い物が付く。

20分もかからずに、キレイになくなるから、気に入っているのだと思う。


こんなメシを食っています。


今日の晩メシは、子どもたちの好きなホットプレートで作るビビンパ。

これは、手間がかからないので、楽だ。



さて、今日は、何をしようかな・・・・・・・。



2011/09/27 AM 06:26:04 | Comment(1) | TrackBack(0) | [料理]

意外と金持ちな3姉弟
デリバリーおじさんが、やって来た。

高校一年の娘の中学3年時の同級生から、リクエストがあった。

それは、彼女たちの母親が金曜日の夜から土曜の夜まで家を空けるので、3人分のメシを作ってくれないかというものだった。
3人の内訳は、高校一年の姉、中学1年の次女、小学3年の男の子。

なぜ母親が家を空けるのかを、ヨメは大変気にしていたが、私は、その種のことは気にしないたちだ。

ああ、家を空けるんだ。
3姉弟でコンビニ弁当を食ったり、マックでメシを食うのは嫌なんだ、と思っただけである。

晩メシはハンバーグでいいか、と聞いたら「はい」と言った。
朝は、朝カレーだがいいか、と聞いたら「カレー大好き」と答えた。
昼は、そのカレーを応用したカレーうどんでいいか、と聞いたら「もちろんです」と言われた。

「お金は払いますから」と言われたが、子どもからお金を取るわけにはいかない。
「母が、お金を置いていったので」と言われたが、それは君たちのお金だ、と答えた。

「でも、困ります」と言われたので、それなら作らないと答えた。

困った顔をされたので、こちらも困ったが、娘が「こいつ変人だから、金に興味がないんだよ。まあ、料理をするサルだと思ってくれ。」と私のことを最大限に褒めてくれたので、お友だちは「ハハハ」と笑って、了解してくれた(ウッキー)。


金曜の夕方、激しいたちくらみを、BIGBANGの歌を聴くことで抑えながら、まずポテトサラダを作った。

ポテトサラダの嫌いな子どもは、2パーセント以下である、という世界保健機関(WHO)の統計を信じて(?)、心を込めて作った。
我が家のポテトサラダには、マカロニとハム、人参の細切れが入る。
マカロニサラダ? と言われることがたまにあるが、ポテトが66.6パーセントのポテトサラダだ、と主張すると、相手は確実に黙る。

次にツナと豆腐のコロッケを作る。

これには、ポテトは入らない。
つなぎにオカラを入れるから、成形がしやすい。
そして、美味い。
これを不味いといった人に、私はお目にかかったことがない。
ただ、嫌い、といった人はいたかもしれないが。

嫌いな理由。
「だって、肉が入ってないじゃん!」

肉が食いたいなら、焼肉屋へ行け! 愚か者が!

ハンバーグはトマトソース煮込みにする。

玉ねぎを買ったときは、いつも細かく刻んで、それをすべて冷凍用ジッパーに詰め、冷凍しておく。
今回も冷凍玉ねぎを使った。

まず、トマトを熱湯で皮むきして、徹底的に潰す。
「コノヤロー!」と言いながら潰す。
潰したトマトを鍋に入れ、赤ワインを注入。弱火にかける。

冷凍の刻み玉ねぎも適量入れる。
塩コショウで味をみて、オイスターソースを少々投入。
その時の気分で顆粒のコンソメかトマトケチャップを適当にふりかける。

これで、いいんじゃね、と味に納得したら、オリーブオイルを適当に注入。
煮込んでいく。

そして、冷凍玉ねぎをフライパンで炒めながら、ボールに牛豚挽肉を入れ、塩コショウし、放置。
他のボールにはパン粉を適当に入れ、牛乳を投入し、放置。

玉ねぎがアメ色化したら、それも放置して、粗熱を取る。

そんなこんなで、挽肉を入れたボールに牛乳で浸したパン粉と卵を合体し、冷ました玉ねぎも合体。
上品に捏ねくり回したあと、8等分にして、成形する。

熱したフライパンでハンバーグの両面を焦がし、1個あたり6分間、180℃のオーブンで加熱する。
加熱している間、コロッケを成形し、180℃の油で揚げる。
気が向いたら、トマトソースをかき混ぜる。
そして、味を見る。

「うんま!」と叫ぶ。

ポテトサラダは大きめのタッパに入れて、冷蔵庫で冷やしてある。
オーブンで加熱したハンバーグは、ある程度熱が取れたら、ラップに包んで、タッパに詰め込む。
トマトソースは、鍋に入れたまま、午後7時10分、お友だちの家にデリバリーした。

腹を極限まで空かせた3姉弟の前で、鍋を火にかけ、ハンバーグ3個を投入。
大きな皿にポテトサラダを盛り、個別の皿に、コロッケを芸術的に置く。
ハンバーグは、グラタン用の容器しかなかったので、ソースを絡めながら、グラタン皿に華麗に盛る。

さあ、召し上がれ!

腹を空かせた姉弟が、食い物に群がっているときに、カレーは夜、鍋ごと持ってくるから、寝ないで待っていてくれ、と命令して私は帰った。


次は、カレーづくり。
これは、あめ色化した玉ねぎと細かく砕いたニンニクを絡め、子どもが好きであろうと勝手に想像する「バーモントカレー甘口」をベースに、赤ワイン、ウコンの粉末、オイスターソースをぶち込んで、弱火でしつこく煮込む。
しつこく煮込んだら、一旦冷まして、生姜のすりおろし、りんごのすりおろしを投入。かき回す。

断続的に襲ってくる、たちくらみを懸命に堪えつつ、キャベツの千切りとコーンを絡め、コールスローサラダをつくる。
そして、牛挽肉をバターとカレー粉で、パラパラになるまで炒める。

カレーが冷めたら、20分ほど弱火でまた煮込む。

そして、鍋をバスタオルでくるみ、コールスローサラダは、プラスティックの容器に詰め、炒めた牛挽肉はタッパに保存してバッグに。
それを、午後11時過ぎにデリバリーした。

起きて待っていたお友だちに、「朝カレーは、必ず15分くらい弱火で煮込んで食うこと」「挽肉は、1分半くらいチンして、カレーにトッピングすること」「コールスローサラダは冷蔵庫に」「昼は、余ったカレーに麺つゆを薄めたものを投入し、20分程度煮込んで、茹でたうどんにかけて食うこと。うどんにトッピングするものは、自分で適当にアレンジして」と言って、渡した。

お友だちに「ありがとッス」と言われたので、「どういたしまッステ」と答えた。


家に帰ってホッとしたら、また激しいたちくらみが襲ってきたが、フォア・ローゼスをラッパ飲み(ワイルド!)したら、徐々に治まった。


土曜日の3時過ぎ、鍋類を下げに行ったら、全てキレイに洗ってあった。
水気も見事に切ってあった。

気分がいい。

そして、今どき珍しい坊主頭の小学3年の弟に言われた。
「すっごく、うまかったよぉ! ハンバーグもカレーもカレーうどんも、デニーズのよりもぉー、うまかったよぉ!」


・・・・・そうか、君たちは、デニーズに行ったことがあるのか。
俺は、10年以上行った記憶がない。


君たち・・・・・意外と金持ちなんだね。



2011/05/22 AM 06:38:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | [料理]

恒例の苦手鍋
昨日は、雛祭り。

昨年の7月から我が家に居候をしている中学3年の娘のお友だちが、3月1日、都立高校の一般入試に合格した。
これで、晴れて4月から娘と同じ高校に通える。

めでたい!

ということで、雛祭りと娘たちの合格祝いを兼ねた晩メシを作ることにした。
スーパーの陳列などでは、雛祭りと言えば「チラシ寿司」という風潮がある。

しかし、我が家では雛祭りと言えば、伝統の「苦手鍋」。


ん? 苦手鍋? なんじゃ、そりゃ?


これは、おそらく世界中で「Mサンち」しかやっていない風習だろう。
だから、自慢できる。

出汁は、日高昆布と鰹節、煮干で作る。
1リットル分の出汁を作ったら、カセットコンロの上に、直径40センチの土鍋を乗せ、出汁を入れる。
そして、日本酒を300cc投入。
沸騰させる。

火を止めて少し冷ましたあとで、水を500cc追加。
火をつけて、短冊切りにした大根、人参を入れる。
他に椎茸、豆腐、白菜の硬い部分を入れて煮る。
10分程度煮込んだら、白菜の葉の部分を入れる。

次に、各自の嫌いな食材を入れていく。
だから、苦手鍋。

たとえば、息子は春菊が嫌いだから、春菊を入れる。
娘は、エノキ。
娘のお友だちは、マグロが嫌いだから、マグロを入れる。
ヨメは、里芋。
私は、コンニャク。

その後、中力粉で作った、手打ちの太っといウドンを投入。
最後に、濃口の醤油とみりん、おろし生姜、ニンニクのみじん切りで作ったタレを回しかけ、10分ほど煮込む。

あとは、安い豚のしゃぶしゃぶ肉5人前を皆で、シャブシャブする。

そして、締めは苦手の食い物を克服するという儀式。

ただ、苦手なものを食うだけでは、楽しみがない。

苦手を楽しく克服するために、ご褒美を用意するのである。

封筒が5つ。
表には数字が1から5まで書いてある。

中の4つには、千円札が1枚ずつ入っている。
残りの一つの封筒には、千円札6枚が入っている。

つまり、5人のうちの一人だけが「6千円長者」になれるのだ。

苦手を早く克服した順番に、数字の書かれた封筒をランダムに引いていく。
ただ、どの封筒に6千円が入っているかは、わからない。
千円札1枚の封筒にもダミーの紙が入っているから、手触りで判断できないようになっているのだ。

今回、真っ先に苦手を克服したのは、コンニャクを食うと失神する特技を持つ私だった。
のどに詰まりそうになって、失神しそうになった。
その次が息子。そして、ヨメ、娘、居候の順番。

居候は涙目になって、マグロを長い間、頬っぺたに含ませていたため、頬がハムスター状態になっていた。
20分近く、ハムスターだった。

皆が食い終わって、一斉に封筒を開ける。

6千円を手にするのは、誰か!?

・・・・・・・今回は、ヨメだった。

勝者は、ヨメ。

ヨメが、ガハハハハ、と笑った。
6枚の千円札を手にしたヨメは、誇らしげだ。


しかし、この「苦手鍋」は、ここで終わるわけではない。

勝者が勝ち誇った顔で立ち上がり、敗者に千円札を一枚ずつ分け与えるのである。
そのとき、勝者は、相手を呼び捨てにしながら、日ごろ言えないことを言う権利がある。

たとえば今回、勝者であるヨメは、私に向かってこう言った。

「サトルよ。もっと自分の体を労われ。休むことも仕事だと考えよ。この、愚か者が!」

ははー!(ひれ伏して、千円札をいただく)

勝者は、他の者にも有り難いお言葉を投げ与え、神のような慈悲を持って、千円札を分け与えた。

その結果、誰もが等しく2千円のご褒美を得て、みなの晴れやかな笑顔が座に満ちたところで、この「苦手鍋」の幕は閉じる。

めでたし、めでたし!

何と心温まる儀式であろうか。


だが、そんなめでたい空気が座に溢れていたとき、この儀式に始めて参加した居候が、娘に向かって言った。

「なあ、おまえんちって、毎年こんなことやってるのか! 誰だよ、こんなバカなこと考えたの」


その言葉を受けて、瞬速で、ヨメ、息子、娘の視線が、私に集中した。


・・・・・・・・・・(冷たい視線)。


やはり、俺は、バカ・・・・・(泣)。




2011/03/04 AM 06:26:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | [料理]

野菜ラーメンの作り方
野菜の値段が、高い。

それなのに、贅沢にも野菜を煮込んで、スープを作っている。
ただ、半分以上が保存しておいたクズ野菜である。

キャベツの芯、白菜、大根、ニンジンのへた、セロリの端の部分、タマネギの皮などを残しておいて、新しく買ったにんにく、椎茸、長ネギ、少量のシジミなどと一緒に煮るのだ。

灰汁を取りながら、2時間以上弱火で煮込む。
スープの色が、薄いクリーム色になるまで煮込む。
もう一つの鍋では、チキンの骨を煮込んでいる。
これは、食い終わった残骸の骨を軽く洗い、冷凍保存しておいたものだ。

骨の方は、沸騰したら、灰汁を丁寧に取ったあとで、骨だけを野菜鍋に移して、もう一度弱火で煮込む。
そして、帆立貝を2つほど入れて、灰汁取り紙を乗せ、また煮込む。
これで、スープにホタテの上品な味が、追加される。

このホタテは、最後に取り出して、酒のつまみにする。
野菜の旨みがホタテに乗り移って、贅沢な味になる。
相乗効果だ。
ビールのつまみとして、これほど贅沢なものはない。

一時間ほど煮込んだあとで、荒塩を少しずつ加えながら、味を調整する。
これは、自分の舌を頼るしかない。
一つまみの差が、味を大きく左右するから、ここは、慎重に。

順調に、スープが完成。
スープを濾して、とろ火で保温する。

約10人前のスープ。
匂いで判断すると、野菜の旨みがホタテと融合して、私のイメージに近いものになっている予感はする。

これをラーメン丼に移し、茹でて水気をよく切った細麺を入れる。
その上に、キャベツ、ニンジン、もやし、椎茸を、少量の油で炒めたものを乗せる。
仕上げは、5ミリの厚さに切ったロースハムのトッピング。


はい、お待ちぃ!!


試食するのは、極道顔のコピーライター・ススキダとその夫人。
京橋のイケメン実業家・ウチダ氏。
そして、新たにパートナーとして加わった、ラーメン職人歴11年・30歳のカトウ君。

これは、友人のチャーシューデブ・スガ君を中心にした「幸せなラーメン屋さん」プロジェクトのメンバーである。
場所は、ススキダの横浜の事務所。

私のうちでやってもよかったのだが、ボロアパートに皆をご招待するのは、さすがに気が引けたので、ススキダの事務所のキッチンを借りて行ったのだ。

残念ながら、スガ君は亡き義父の仕事を引き継ぐのに精一杯なので、今回は参加していない。
前夜、慌しく「ごめんなさい」を12回繰り返したスガ君は、この日も作業の間、3回「ごめんなさい電話」をかけてきた。

律儀なのはわかるが、しつこくてうるさい。

俺の作業の気が散る。

だから、最後には、「今度かけてきたら、おまえを焼き豚にする!」と言って電話を切った。
あとで、もう少ししゃれたことが言えなかったのかと、悔やんだ。


今回、なぜラーメン職人でもない私がラーメンを作ったかというと、年末に開店するラーメン屋のメニューがまだ半分程度しか決まっていなかったからである。

醤油ラーメンを中心に、カトウ君がメニューを6種類考えたのだが、バリエーションが少ない、というウチダ氏の指摘があって、急遽シロートの私が、たまに自分の家で作っているラーメンを作ることになった。

シロートが作るラーメンだから、誰の口にも合うようには作れない。
家族だけが「美味い」と思えばいいという、極めて狭い世界での自己満足的なラーメンである。

味には自信がある。
だが、行列ができるだけで簡単に「美味い」と言う、雰囲気に流されやすい大衆を相手にするには、私が作るスープは上品過ぎて、彼らのお口には絶対に合わないだろう(大衆に喧嘩を売ったか)。


「上品な味だな」と極道ススキダ。

そうだろ。
おまえがもし、俺の作る料理を毎日食っていたら、確実に上品な顔に変わっていただろう。
残念だったな。

「美味くて上品だ」
ウチダ氏の感想。
ススキダ夫人も、愛らしい顔で頷いている。

カトウ君は、専門家なので、「これ、淡白すぎませんか」という鋭い問題提議を投げかけてきた。

確かに、淡白過ぎる、と私も思う。


だって、俺、淡白なのが好きなんだもん。
濃厚だと、胃が疲れちゃうんだもん。


淡白だと思う人には、北海道バターを1.5センチ角に切ったものを乗せた。

すると、「ああ、これは野菜の旨みが引き立ちますね」と、カトウ君が四角い顔を綻ばせて、豪快にラーメンをすすった。

「これを食べているMさんのご家族は、幸せでしょうね」と、ススキダ夫人。
40歳を過ぎて、これほど可愛い笑顔が作れる人は、全世界に3人しかいないのではないだろうか。
他の2人が、誰かは知らないが。

ススキダ、死ね!


「これ、『野菜ラーメン』てことで、メニューになるんじゃないか」と、ススキダが言う。

いや、これは、あくまでも参考だから、そんなに簡単に決められても困る・・・・・。

少しでも自分に降りかかる責任を軽くしたい私は、「参考、参考」と言って、逃げの態勢に入ることにした。

「いや、でも俺は好きな味だよ」と京橋のウチダ氏。
さらに、「ホタテの味が、最後に口の中にかすかに広がって、ライスと一緒に食べたら合うんじゃないですかね」と、プロのカトウ君までが迎合する雰囲気になってきた。


しかし、クズ野菜を使うのはいいだろうけど、ホタテを使うと、原価が途端に跳ね上がるから現実的ではないよね。
鳥の骨だって、あくまでも間に合わせを使ってるだけだし。
なぜか、懸命に否定するオレ。


「でも、ホタテ味は、ホタテパウダーで誤魔化せますよ。何も本当のホタテを使う必要はないでしょう。鶏ガラは、俺が何とかします」とカトウ君が、追い討ちをかける。


しかし・・・・・・・・・・・、

あくまでもこれは、参考ということだから、すぐに結論を出さなくてもいいんじゃないかと・・・・・・。
もっと、慎重に考えましょうよ。
現代は、野菜嫌いの人が増えているって聞いたよ。
価格も急に跳ね上がったりするし。
野菜は今の時代に合わない、と俺は思うんだよね。

さらに、慌てるオレ。


そんなみっともない私の姿に対して、ススキダ夫人が、「Mさん、ちょっと黙ってなさい!」

はい! すいません!


作ったラーメンが好評なのは嬉しいけど、責任を負わされるのは、チョット・・・。

やばいなあ、困るなあ・・・・・。


男らしくないオレだった。




2010/10/15 AM 06:33:02 | Comment(5) | TrackBack(0) | [料理]

サトウのごはんを求めて
先々週の土曜の夜、天ぷらを揚げた。

糖尿病を患う我が家のご老人が、どうしても食べたいと言うからだ。

コレステロールゼロのオイルを使って、天ぷらを揚げた。
老人の好きなレンコン、かぼちゃ、ナス、チクワをメインにした。
ご老人用の天ぷらは、かなり柔らかく揚げてある。

私は、椎茸が好きなので、椎茸を7つ揚げた。
タマネギとニンジン、桜えびのかき揚げも揚げた。
そのほかに、ブロッコリー、ミョウガ。

大学1年の息子は、豚しゃぶ肉をオオバで巻いたものが好きだ。
中学2年の娘は、レンコンを厚めに切って、穴の中に明太子を詰めたものが、大好物。

ヨメは、何でも食う。

直径40センチの大皿に、天ぷらがてんこ盛り。
具がナメコとネギ、お麩、ワカメの味噌汁も作った。

付け合せに、自家製のシジミの佃煮。
それをご飯にのせて食うもよし、丼ご飯に天ぷらをのせて、熱々の自家製かつお昆布ダシ(かなりの減塩、糖分低減)をぶっかけて食うもよし。

それぞれ、好きな方法で食い始めた。

ご老人は、総入れ歯。
だから、ご飯は、ご老人のものだけ、別に土鍋で柔らかめに炊く。

天ぷらに、柔らかいご飯は合わないだろう、と普通は思う。
しかし、普通の硬さのご飯だと、「硬くてマズイ」と、ご老人は食事を拒否するのだ。

大好きなかぼちゃの天ぷらを食い、飯を口に運んだあと、私が恐れていたことを、ご老人が言いだした。
「このご飯、柔らかくて、天ぷらに合わないねぇ」

すぐに、普通のご飯に変えた。

しかし、ひと口食べて、ご老人が言う。
「硬くてマズイ」

それなら、天ぷらと味噌汁だけを召し上がったら?

「ご飯がないと、食べた気がしないんだよね。もっと美味しいご飯は作れなかったのかい?」

絶望的な状況だ。

我ながら、高級料理店並に上手に揚げあがった天ぷらだと思ったが、工夫して炊いたご飯がマズイと言われると、心が萎える。

昆布と酒で、品よく味をつけた特製の柔らかいご飯。
いつもなら、満足げに食うのだが。

かき揚げは、絶品なのに。
自家製のシジミの佃煮も、深い味わいを出していると思う。

発泡酒が、不味く感じてきた。
往復4時間の距離の得意先に行って、仕事の打ち合わせをし、夕飯に間に合うように、慌てて帰って休憩なしで一所懸命作ったんだよ、オレ・・・・・。

天ぷらを食う箸が、止まる。

我ながら、みっともないと思うのだが、激しく落ち込んで、箸を放り投げた。

やってらんねえよ!

夕食の空気が、少し険悪になった。
澱んだ空気。

しかし、ご老人は、「硬いしマズイ」と、ひとり言をブツブツ。

頭の中の何かが切れて、「面倒くせえ!」と席を立とうとした時、娘が冷静に言った。
サトウのごはんが、あったよな」

ああ、そう言えば、新潟産のコシヒカリを使った「サトウのごはん」3パックを、ロジャースの安売りで買ってきたような気がする。

「あれって、うちのご飯より、柔らかいんじゃないか」

食ったことはないが、確かに娘の言う通りかもしれない。
ああいったパック食品は、万人向けに作られているものだ。
ご老人のお口にも合うかもしれない。

早速、電子レンジで、2分間チン。

それを器に移し変えて、ご老人の前に置いた。
かなり熱々のご飯だが、ご老人は、熱さに対しては文句を言わない。

「冷めた食べ物なんて、犬猫が食うものだよ。人間様が食べるものは、熱くなくちゃあね。あたしゃ、江戸っ子なんだ!」

ひと口食べて、「うまい!」と、ご老人がうなずく。
そして、言う。

「アタシのご飯は、これからは、これにしておくれ」

いや、しかし、ご老人。
毎回こんな贅沢なご飯を出していたら、我が家は破産しますが。

「ゼイタク? ハサン?」

はい。3パック、298円ですので。
毎食これを食べたら、一ヶ月で、約9千円になります。

「その程度の金額で、ハサンするのかい」

はい。我が家の食費は、月2万円を超えないようにしております。
そのうちの9千円を「サトウのごはん」に費やされたら、おかずは、かなり貧弱になります。

それを聞いて、ご老人の顔が、突然無表情になった。
目がどんよりと曇った。

そして、泣き出した。
「サトウのごはん、おいしいねえ、おいしいねえ・・・・・」
泣きながら、ご飯だけを食うご老人。

ご老人のために揚げた天ぷらは、手付かずである。

むなしさだけが、心の中に広がる。

いまの私の日常は、暇さえあれば、サトウのごはんを破格の値段で売っている店を訪ね歩く日々・・・・・。




2009/12/18 AM 06:26:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | [料理]

失敗した「キャラ弁」
毎朝5時に起きて、「キャラ弁」づくり。

中学2年の娘は、夏休み中でも部活に行く。
吹奏楽部だ。
朝8時から午後3時まで。

弁当持参である。

その弁当を私が作るのだが、「何か代わりばえしないな。キャラ弁にしてくれよ」と娘に言われた。

キャラ弁?
あれは、幼稚園児などが、食するものではないのか?

子どもの好き嫌いをなくすために、彼らの興味を引いて、母親が愛情込めて作るのがキャラ弁ではなかったか?

「いいんだよ! そんな世間一般の話は! とにかくアタシは、キャラ弁が食べたいんだ!」

ハイ。

ということで、娘のリクエストに応じて、毎日違うキャラ弁を作っております。

これまでに作ったのは、20世紀少年のマーク。珍獣ハンター・イモト。キティちゃん。オードリーの春日。アルパカなどなど。

珍獣ハンター・イモトは、吹奏楽部の友だちに、かなり好評だったらしく、それ以来、娘のキャラ弁の周りには、いつも人が集まるようになったという。

ただ、残念なことに、作ったものをデジカメで撮るということまで、思いがいたらなかった。

「普通は、撮っておくものだよ。馬鹿だな、おまえは!」

そこで、遅ればせながら、撮ってみた。
このキャラは、少年ジャンプの漫画のキャラクタで「エリザベス」というらしい。
オバケのQ太郎では、ありません。

弁当の中身は・・・。
ひき肉を団子にして、蒸したものを甘辛のタレにからめたミートボール。
ジャガイモサラダ、ジャガイモのソテー。
娘が嫌いな椎茸抜きで作った春巻き。
ご飯は、2層になっていて、下が15穀米、上が酢飯だ。
酢飯は、暑さで、ご飯が傷まないようにするためと、海苔をくっつきやすくするためである。

ここには、写っていないが、「野菜が少ねえな」と言われて、他にニンジン、ブロッコリー、アスパラガス、パプリカ(赤)をソテーしたものを、別パックに詰めた。

しかし、このキャラ弁をひと目見た娘が、怒った。
「ぜんぜん似てない! 立体感もない! これじゃ、キモイだけだ!」

確かに、私も完全な失敗作だと思う、
でも、どうせ俺は素人なんだし・・・(キャラ弁のプロなんているのか?)

その気になれば、画像は、フォトショップで、いくらでも美しく修正できる。立体感も出せる。
そして、それを公開して、自慢たらしく「オレ様のキャラ弁」と胸を張ることもできた。

そうすれば、アクセス数が上がるかも・・・・・なんて。

でも、ブログで、そんなことをしたら、きりがなくなる。
時間の無駄だし・・・(ん? ブログを書くこと自体、無駄?)

ただ、いずれにしても、私のキャラ弁作りは続く。

明日は、「となりのトトロのメイちゃんだ!」、という指令が、娘から下された。

「今日のような失敗は、二度と許されないぞ! みんな楽しみにしているんだからな!」

ハイ(小声)。

小声でうなずく私の今の体重、57キロ。
あと、もう少し。


2009/07/30 AM 06:25:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | [料理]

知らないことは美しき哉
小沢一郎も民主党も脇が甘いですね。
ただ、小沢氏は田中角栄の弟子らしいので、政治家としてのDNAに骨の髄まで「金権」が刷り込まれているから、体質改善は無理ですか。


ということで、スイトンの話(?)。
私と中学一年の娘は、スイトンが好きだ。
しかし、ヨメ、高校三年の息子、義母は、「貧乏くさくて、やだ!」と言う。

じゃあ、たとえば、最高級の小麦粉を使ってスイトンをつくり、それに高価な豚肉や有機野菜を入れたら、どうだ?
味は、味噌ベースで、その味噌は1キロ2千円だ。
これなら、貧乏くさくないのではないか。

「う〜ん、それなら、まあ、たべてもいいかな」

よし、決定!

まず、小麦粉をひたすらこねる。
そして、耳たぶ程度の弾力がついたら、30分ほど寝かせる。
その間に、土鍋に昆布を入れ、水を注入。沸騰させる。

煮立ったら、昆布を出す(この昆布は、後で雑炊に使う)。
その後、短冊に切った人参と大根を入れ、あくを取る。
白菜の固い部分と椎茸を入れ、さらにあくを取る。

後は、なべの縁に味噌をこすりつけ、煮立てて行く。
そして、寝かせた小麦粉をれんげですくい、なべにぶち込む。

あくを取る。

弱火で10分。
そして、あくを取る。

最後に、湯通しした一枚300円の油揚げを細かく切ってぶち込み、最高級の豚しゃぶ肉をぶちこむ。

あくを取る。

さあ、食っていいぞ。
最高級の豚肉は、うまいだろ?
有機野菜は、深みがあって甘いだろ?
自然食品の店で買った1キロ千円の小麦粉はどうだ?
味噌も高いんだぞ、うまいだろ?

まず豚肉があっという間になくなった。
普段野菜をほとんど取らない義母が、白菜を「甘くて美味い!」と感動しながら食っている。
椎茸ぎらいの息子が、「椎茸も自然食品の店で買えば、美味いんだね」と言っている。
ヨメが、「いつも食べる5枚98円のものとちがって、この油揚げは上品だわ」とうなずく。

私と娘は、地味に小麦粉の固まりを食っている。

そして、鍋はいつの間にか、つゆだけになった。
最後の仕上げは、雑炊だ。
昆布をみじん切りにしてぶち込み、だし汁と新潟の地酒を追加する。

沸騰したところで、ご飯をいれ、最後に1個百円の卵を2個まわしいれる。

この雑炊も、瞬く間になくなった。

「スイトンも具がいいと、高級感あるわね」
「そうそう」
満足顔のヨメ、息子、義母。

フッ、フッ、フッ・・・・・。

娘を見ると、呆れたような馬鹿馬鹿しいような顔をして、3人の顔を見回していた。

ばれたか?

夜、仕事場にいると、娘がやってきて言った。
「あれ、いくらかかった? 700円くらいだろ?」

やはり、娘には、わかってしまったようだ。

惜しい! 498円。

「498円! それはまた、貧乏くさい金額だな」

内訳を言うと、野菜類はすべて、もらい物だ。
私がパソコンを教えている65歳のレディから、「重いけど、持ってってね」ともらったものである。

味噌が2千円?
いいえ、これも1年前にお土産でもらったものです(金額不明)。
新潟の地酒も、もらい物(金額不明)。
油揚げは、大量に買って冷凍しておいたもの。
豚肉は、ロジャースで420円。
卵は、特売で10個78円(!)。朝早く、近所の奥様方に混じって並びましたよ。
小麦粉は、大量にストックしてある安物だ。

高級なスイトン?
笑っちゃうくらい、呆れる(コイズミ風)。
安くたって、美味けりゃいいじゃないか!

「しかし、みんななぜ気づかないんだろうな。いまアタシんちは、そんな高級な肉なんて買える余裕ないのに。498円だって、頑張ったほうだよな」
そう言いながら、娘は、ハッと気づいたように、目をパチパチとさせて私の顔を見た。

「まさか? まさか、みんな知らないのか? うちの現状を?」

娘と頷き合った。

それは・・・・・、ありうる・・・・・・・。



2009/03/05 AM 06:25:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | [料理]

納豆家族の称号
納豆を大量にもらった。
団地の隣の棟に住むカトウさんからだった。

カトウさんの家族は、納豆が大好きだという。
大型冷蔵庫の5分の1は、いつも納豆が埋めているというから、ハイレベルな納豆家族である。

納豆は、色々なメーカーからたくさんの種類のものが出ている。
カトウ家でも皆それぞれこだわりがあるらしく、各自違うメーカーのものを好んでいるようだ。
カトウ家には娘さんが二人いるが、姉は納豆は粒が小さい方がいいと言って、小粒納豆ばかり買ってくるらしい。
それに対して、妹は大粒が好きなようだ。

カトウさんの奥さんは、丸いカップに入ったものがお気に入りらしい。それを小腹が空いたときに、おやつ代わりに食べるという。
カトウさんは、大粒派だが、それを包丁で叩いて細かくして食べるのが好きだという。

そんなカトウさんが、一昨々日の夜やってきて、「Mさん、納豆好き?」と遠慮がちに聞くのだ。

「好きですよ」と言うと、カトウさんは嬉しそうに、発砲スチール製の中型の保冷箱を差し出してきた。
ふたを開けてみると、藁で包まれた納豆がギッシリ詰め込まれていた。

藁で包んだ納豆? 懐かしい!

私が感嘆の声を上げると、カトウさんは嬉しそうに「ねっ、懐かしいでしょ? 俺たちの時代には懐かしいよね? 懐かしくなって、買いすぎちゃってね。どうしようかと思ってたんだけど、Mさんなら絶対にもらってくれると思って持ってきたんだよね」と、何度も大きく頷きながら言った。

それは、私が納豆っぽい顔をしているからそう言うのか、それとも、くれるものは何でももらう主義だということが団地中に知れ渡ってしまったからなのか。

まあ、いずれにしても、くれるというものは、もらう!

ただ、何故こんなに大量に藁納豆があるのかだけは、聞いてみた。

カトウさんの話では、仕事中に車で浜松町の辺りを通りかかったら、「納豆」と墨書で大書きされた軽のワゴン車を見かけたという。
カトウさんは、「納豆」という字に敏感に反応する性質を持った生物なので、車を止めて、ワゴン車に近づいた。

それは、懐かしの藁納豆の移動販売車だった。
ほとんど考えることなく、彼は30個の藁納豆を即買いした。
(今日は、藁納豆が自宅で食える。これは、楽しみだ)。
心浮き立つ思いを抱えて、彼は我が家に帰った。

しかし、カトウさんが我が家の居間に入って、まず目に入ったのが、テーブルに山積みされた藁納豆だった。
40個あったという。
その横に、奥さんと娘ふたり。

「こ、これは?」

娘(姉の方)が、話し始めた。
会社の近くに、納豆の移動販売車が最近よく来ている。だが、仕事中に買いに行くのは、まわりの目があるから、それはできない。
だから、いつも我慢していた。
しかし、今日は社内設備のメンテナンスの日だったので、時間差で課ごとにメンテナンス中は休憩を取ることができたという。

そんなときに、移動販売車を見かけた。
こんなチャンスは2度と巡ってこない。
そこで、30個を衝動買いした(さすが、納豆娘!)。

今度は、妹だ。
アルバイトの帰り道。納豆販売車を見かけたという。
藁納豆? 藁に包まれた納豆なんて、私、食べたことない!
食べてみたい!
気が付いたら、10個買っていた(さすが、納豆娘2!)。
(カトウさんも娘さんも勤務先が、品川区、港区だったから、おそらく同じ移動販売車だったのでしょう)

テーブルの上に盛られた、合計70個の藁納豆。

藁納豆は食べたいが、冷蔵庫の中には、まだ大量に納豆のストックがある。
家族全員で考えた。
藁納豆は、傷みやすいんじゃないだろうか?
じゃあ、誰かに上げたら?
誰がいい?
納豆と言えば、Mさんでしょ?

本当に、そう思ったかは知らないが、そういう事情で、カトウさんは納豆を持って、我が家に来たのである。
当然のことながら、快くいただいた。

翌日の朝は、家族全員、納豆ご飯と納豆の味噌汁。
昼は、納豆スパゲッティ。
おやつは、小麦粉を薄く伸ばして焼いてパンケーキ風にし、それに納豆をみじん切りにして挟んで食った。
夜は、とろろ納豆を付け汁にして、ざるそばを食った。納豆の天ぷらも添えた。
そして、油揚げを半分に切り、その中に刻み納豆を入れ粉チーズをまぶしてから、オーブンで焼いてレモン汁を垂らしたものも出した。
高校3年の息子は、寝る前に藁納豆を3本分、丼に入れ、細かく刻んだワケギを大量に入れ、木綿豆腐を半丁つぶしたものにポン酢をかけて、かき込んでいた。

驚くべきことに、藁納豆20本。これで、完全に消費してしまったのである。
我が家も見事なほどの納豆家族だった。

それを昨日の夜、電話でカトウさんに報告すると、「うっそだぁ〜! いくらなんでも、そんなに早く食えませんよぉ! 俺もたくさん食べましたけど、冷蔵庫にまだ半分以上藁納豆残っていますよ。その現実を見ると、なんか憂鬱になっちゃって、俺、少し納豆が嫌いになりそうですよぉ〜」と、ため息混じりに話していた。

どうやら、納豆家族の称号は、カトウ家から、我が家に移ったようである。



★納豆好きの人は、CG「二世帯住宅」



もう9月。
一年の3分の2が過ぎていきました。

いつもながら、何もしないで時だけが過ぎていくという焦燥感があります。
ただ、その焦燥感に慣れっこになってしまっている情けない自分も発見します。

アフガニスタンで、不幸にも亡くなられた方のように、突然人生の幕を下ろされるのは、本人はもちろん、家族やまわりの人にとっては、耐え難いことでしょう。

私たちだって、いつ幕が下りるかわかりません。
いまの時代、危機は音もなく無表情にやってきます。
今まで大丈夫だったとしても、今日明日も大丈夫とは限りません。

残り3分の1、来年になったら、小さくても必ず花が咲くように、芽をいくつも蒔きながら、日々生きていきたいと思っています(マジで!)。


2008/09/01 AM 06:28:06 | Comment(4) | TrackBack(0) | [料理]

肉肉教は太り続ける
「Mさん、太らないですねえ」と、人からよく言われる。

それを聞くたびに、「何で太らなきゃいけないんだ」と思う。
痩せてちゃ、いけないのか?

太らないですねえ、と私に言う人は、百パーセント太っている。
つまり、私を彼らの仲間に入れたいということか。
同じように、メタボリックマンになりましょうよ、と誘っているのか?

「肉肉教」の人たちの肉に対する信仰は、非常に厚い。
肉を食えば満足。肉を食えば元気になる。肉こそがすべて。

先々月、友人とテニスをしたあとにバーベキューをしたのだが、彼らは久しぶりにテニスをしたから、少し何かをするたびに、「アイテテイテテ」と痛みをアピールしていた。
しかし、盛大に痛みをアピールしながらも、彼らは「肉肉教」を信仰しているから、一心不乱に肉を食いまくるのである。

私が焼き野菜と焼きソバばかり食っていると、「マツ、何で肉食わないんだよ。だから、太れないんだよ」と、ご親切にも忠告してくれる。
私は、決して肉が嫌いではないが、「肉肉教」の信者ではない。
激しいスポーツをしたあとは、適度な水分と消化のいい食べ物を摂取するのが、肉体の回復には一番いい。

だが、こんなことを言っても、「肉肉教」の信者は、受け入れる気はないのである。
とにかく、肉、肉、肉・・・。
肉を食えば、疲れは取れる、と思いこんでいる。

激しいスポーツをしたあとで、私がなぜ平然としていられるのか。
彼らは、私が今もトレーニングを積んでいるからだ、と単純に考えている。

確かに、それもあるだろうが、私自身は、その理由は食い物にある、と思っている。

私の高校3年の息子は、1年以上前、71キロあった。
身長177センチだから、その体重は、多すぎるというわけではない。
適正体重の範囲だと思う。

ただ、彼は1年前「疲れた疲れた」を連発していた。
卓球部の練習は、時に午後7時過ぎまで続いて、その間の休みも10分程度だという。

素人の指導者が教える部活は、悲惨だ。
素人指導者は、練習時間の長さしか、「やる気」を判断する方法を知らない。
技術向上は練習時間にイコールすると、単純に思っている。
彼らは、休憩の効能を知らない。

それは、無駄に肉を食い続ければ元気になると思っている「肉肉教」の信者の発想と似ている。

そして、彼らは無駄の繰り返しは疲れる、という発想には決して至ることがない。
だから、高校野球の選手は、あんなに練習しているのに、肩が弱く、足が遅いのだ。
ランニングをしても、走りにメリハリがなく、ただ走るだけだから、体が活性化していない。
無駄に長い反復練習ばかりして、肝心なところを鍛えていない。

息子は、高校に上がり立てのころは、172センチで58キロだった。
彼は、部活で疲れたとき、肉を食うと元気になると思いこんだ。
それは逆効果だよ、と言っても、肉を食うと元気になるという根強い信仰があるから、肉中心の食生活を望んだ。

言葉で言っても、わからないことは多い。
だから、私はとりあえず、彼の望むままに肉を中心にした食事を与えた。
彼の好きな豚肉、牛肉が中心だ。

その結果、彼は高校2年の初め頃には、13キロも体重が増えていた。
そして、「疲れた疲れた」を連発した。

我が家では、食事は私が作る。
私が太らない理由は、自分で食事をコントロールしているからだ。
私の体が疲れにくいのも、間違いなくそれが一番大きな理由だと思う。

1年前、息子の疲れやすい体を治すためのプロジェクトを開始した。
私と同じ食事をすれば、確実に体は改善される。
しかし、肉が異常に好きな彼が、私と同じ食事を我慢できるわけがない。

だから、肉は毎日出した。
そして、野菜もそれ以上に食わせた。
ただ、生野菜ではなく、いつも必ず火を通した。

サラダは、絶対に食わせなかった。少々の生野菜を食っても、体にたいして効果はない。あれは、気休めだと私は思っている。
体に効果的な量の野菜を摂るとしたら、おそらく洗面ボール一杯以上の量を食わなくてはならないだろう。
どんなに野菜が好きな人でも、毎日そんな量は食えない。
だから、野菜は必ず火を通した。そうすればカサが減る。

肉と緑黄色野菜と魚、そのバランスをノンオイルを基準に調理した。
油を使うときは、最低限の量で、ごま油かオリーブオイルを使った(油は純度の高いものを選んだ)。
嘘臭い「健康油」は使わなかった(健康油も、摂り過ぎれば同じことなので)。

料理の質は変わったが、量は以前のままだ。
だから、満腹感は、以前と変わらない。
しかし、1年で9キロ痩せた。
177センチ、62キロ。

おそらく本人は、ダイエットしたという意識は、全くないはずだ。
いつも満腹するほど食っているのに、体重が減って、しかも同じ量の練習をしているのに、疲れない。

「何で?」と言われた。
肉と野菜のバランスを逆にしたからだよ、と答えた。

ハンバーグには、必ずおからとみじん切りのタマネギ、ニンジンを混ぜて、肉の量を減らした。
肉料理は、野菜がたくさん摂れるポトフボルシチ、シチュー、ラタトゥーユなどの煮込み料理を中心の組み立てにした。
カレーは、一日前から、ニンジン、ジャガイモ、タマネギ、トマト、セロリ、カボチャ、ナスを煮込んだ。
くたくたに煮込んだ野菜は、いい味を出しているから、これを作ると家族全員が、必ずおかわりをした。
だから、いつも最低10人前のカレーを作る(20人前を作って残りを冷凍することもある)。

5種類以上の野菜を周りに散りばめた、煮込みハンバーグなども、家族に好評だった。
メンチカツも、タマネギの量を増やし、おからを入れることによってひき肉の量を減らしたが、かえって普通のメンチカツより美味いと言われた。
高野豆腐をミキサーで細かくして、「ひき肉だよ」と誤魔化してメンチカツにすることもあるが、皆がひき肉だと思って食っている。

そんなことの繰り返しで、結局今までと同じ生活をしながら、9キロの減量に成功。
同じ卓球部の他の部員は、練習終了と同時に疲れて座りこむが、息子だけが元気だという。

肉は、人間の体にとって、必要な栄養素材である。
しかし、それを信仰しすぎるのは、良くない。
だが、肉肉教の信者に、言葉でそれを言っても効き目はない。

息子のように、体験するしかないのである。
だが、こんなことを言っても、たいていの人は聞く耳を持たない。

どんなことを言っても、「肉を食うと元気になる」という信念を変えない人が多い。

この4年間で20キロ太ったNアートのフジイくん。
昨日、久しぶりに会って、ビックリした。
坂口憲二に似たかつてのイケメンが、今は三重アゴのデブになっている。ウエストは93センチ。
無惨だ。

フジイくん。
一昨日の夜、焼肉弁当の大盛りを食いながら「疲れた疲れた」を連発していたね。

キミもとうとう肉肉教の信者になったんだね・・・(可哀想に)。



★肉を愛する人は、CG「待って〜!」


2008/06/09 AM 06:22:58 | Comment(3) | TrackBack(0) | [料理]

ヒマな主夫
貧乏くさい話をしたいと思います。

先月の食費が2万円を切った。
4人家族の平均的な食費がいくらなのかは知らないが、これは我が家としては画期的な数字だ。

それも、2万円を大きく切って、1万7千円である。
正月なのに、これだけの食費で抑えられたのは、奇跡と言っていい。
ちなみに、昨年の1月は、3万7千円だった。
半分以下の出費である。

しつこく言うことをお許しください。
これは、奇跡だ!

ただ、節約はしたが、それほど貧弱な食事は出さなかったはずである。
高校2年の息子が大好きな肉料理は毎日出したし、食卓に4品以上の料理は、必ず並べた。
たとえば、餃子、野菜炒め、麻婆豆腐、あんかけ焼きそば、などというように。

息子の弁当には、ハンバーグや豚肉の生姜焼き、アスパラ、ニンジンの豚肉巻きなどを必ず入れた。
コストは下げたが、品質はそれほど落とさなかった。
アメリカにおける日本車のような理想的な経済性。

米は、あきたこまち1俵をグループ買いした。そのうちの15キロが我が家の分。5千円弱だった。
贅沢を言わなければ、味はこれで十分。
牛豚挽肉は、特売の時2キロを1100円で買って、200グラムずつに分けて冷凍保存しておいた。
これは、ハンバーグ、ロールキャベツ、ピーマンの肉詰めや肉団子に使う。

小麦粉は、中力粉を2キロ特売で買って(1キロ98円!)、うどんを打った。
20食分の大変コシのあるうどんができた。これも1食分ずつ冷凍しておく。
我が家の二人の子はうどんが大好きで、温かいもの、冷たいもの、鍋、焼きうどん、あんかけうどん、カレーうどんをローテーションで回せば、飽きずに「うめえ!」と言って食べてくれる。

あとは1缶69円のトマト缶を10個買って、ピザソースを作ったり、クラムチャウダー、トマト鍋などに使う。
最後にトマト鍋の残りに、パスタを入れて食べるのが家族に好評で、冬は週に1度はこれをやる。

たまに一丁19円で売っている豆腐は、10丁まとめて買う。これは、麻婆豆腐の他に、ハンバーグや豆腐ステーキ、プリン風デザートにする。
余ったら、豆腐を冷凍して、凍み豆腐にし、唐揚げにする。これは娘に好評だ。

15円で売っているもやしは、野菜炒めのほか、ハムと和えてサラダにしたり、オムレツに入れたりする。油揚げ、スパゲッティと組み合わせてペペロンチーノ風にすると、結構オシャレである。

5袋138円で売られているインスタントラーメンは、豚バラ肉をチャーシュー風の味付けにして、ネギを大量にのせれば、ボリュームタップリのラーメンになる。

ネギは、近所の無人販売所で泥付きのやつを大量に買って、10センチくらいにカットして冷凍保存しておく。
これは、主菜にも薬味にも使えるから便利である。

カレーは直径38センチの大鍋で20皿分を一気に作り、小分けにして冷凍保存しておく。
これは、カレーライスはもちろん、うどん、鍋、スパゲッティ、カレーパン、ドリア、グラタンにも使える。

ただ、今回は、ラッキーだった面もある。
昨年の11月に友人が送ってくれたパスタと乾麺が、少し残っていた。
調味料も買い置きがあったので、調味料やパスタなどを買い足すことがなかった。
これが大きかったと思う。

私の場合、食材は安さを優先するが、調味料にはこだわる。
私は、高い食材を使えば、誰でもそれなりのものを作れると思っている。
高い食材を揃えられない貧乏人の私は、だから調味料にこだわる。
塩、油、酢、しょう油、味噌、ソース、マヨネーズ、料理酒は、自分で納得のいったものだけを買う。
これらは、まとめて揃えると1万円を超える。

今回はこの出費がなかったのが大きい。
だから、食費を抑えられたのだと思う。
逆に言えば、調味料も安いもので我慢すれば、毎月の食費はかなり抑えられるのだが、そこまでやると自分が惨めになる。
味もかなり落ちる。

そこにだけは、こだわりたい。

しかし、今回の食費ひと月1万7千円という結果は変わらない。
見事である。

よくやった!
すごい!

誰も褒めてくれないので、自分で褒める。

「オレって、天才だな」
パソコンの家計簿を見ながら、一人つぶやいていると、娘がひとこと。

「おまえは、ヒマな主婦か!」

違う! 主夫だ!


  *.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*

と、料理ネタを書いたところで、例の「冷凍餃子」のお話。

中国野菜が農薬まみれだということは、以前メディアが報道していたので、多くの人がご存知のはず。
中国の食が「あぶない」ことを今さらコメンテーターに聞いても、同じことの繰り返しにしか聞こえない。

現実的にどうしたらいいのか、を中心に議論していただきたい。
「あぶない」を何万回言うよりも、冷静に対処方法を提示してほしいものである。

私は、「食は万人に対して安全であるべきだ」と思っている。
だから、「国も食品会社も、国民や購買者に、安全を保証する義務がある」と思っている。

それが税金を払う意味であり、購入するときの対価の意味である。
安全でない食料を輸入したり売ったりすることに平然としていられる国や会社に、対価を得る権利はない。

だから、疑わしきものは、輸入してはいけないし、売ってはいけない。
そして、対価を得ている以上、完璧に安全な状態を作るべきである。
いま、中国の食が安全でないというのなら、安全が確認できない食品は輸入を止めるべきだ。
少々意味は違うだろうが、狂牛病問題のように。

「食は、万人に対して安全に」
それを徹底しなければ、今回のような事件は、これからも起こるに違いない。


少々話がそれますが、テレビニュースを見ていたら、コメンテーターが、「昔はみんな手作りでしたよ。冷凍食品なんかありませんでしたよ! 冷凍食品に頼りすぎるのはいけない」と言っているのを聞いた。

その意見は、かなりピントがずれている、と私は思う。
確かに、昔はそうだったろう。
しかし、食環境が昔と今ではまったく違うのだ。

今の時代には、冷凍食品を使わざるを得ない人が、沢山いるのだ。
冷凍庫の機能も格段に向上した。
つまり、時代が違うのですよ。

冷凍食品に限らず、食の安全を議論しなければいけないのに、なんで「昔は手作りで、よかった」という発想になるのか、私は理解に苦しむ。
手作りは、確かに理想だろうが、料理を手作りできない環境の人は、これからも増え続けるだろう。
もっと現実を見ていただきたい。

そんなピントのずれたことを言うコメンテーターが、テレビ局の食堂で、冷凍物のチャーハンやハンバーグを食っていたとしたら、少し笑えますが・・・。

さらに、余計なお話。
我が家は、料理はすべて手作りである。
自分の作ったものを冷凍はするが、冷凍食品は「フライドポテト」しか買わない。

それは、ただ単に自分ですべて作った方が安上がりだから、そうしているに過ぎない。
もし我が家に経済的な余裕があったら、きっと(中国産と確かめずに)冷凍食品を買っていたことだろう。
だから、今回の事件は他人事ではない。
(ちなみに、我が家は貧乏ですが、いくら安くても中国産野菜は買いません)

食は、万人に対して安全に。
くどいようですが、我が家では、それを徹底しております。
ただ、賞味期限切れ、消費期限切れは、平気で食います(自分の鼻と舌を信用して)。

でも、疑わしきものは、家族には出しませんよ。
私が食うだけです(念のため)。


2008/02/03 AM 06:35:11 | Comment(7) | TrackBack(0) | [料理]

梅干しとアンラッキー
「去年、梅干しを漬けなかったのがいけなかったのかなあ」
ヨメが、遠慮がちにつぶやく。

我が家では、毎年梅干しを漬けている。
同じ時期に、梅酒も作る。

らっきょうも漬ける。
去年、らっきょうは漬けた。
しかし、梅干しは漬けなかった。梅酒も作らなかった。
理由は簡単だ。
なんとなく、作る気にならなかったから。

これは、いま高校2年の息子が生まれる前から続けていた行事だから、17年間続けていたことになる。

それをしなかったから、得意先が2件倒産した。
だから、我が家が貧乏になった。

ヨメは、そう言いたいようである。
彼女がそう考えたくなるのは、わからなくもない。

当たり前のことだが、梅干しと取引先の倒産は、まったく関係がない。
誰が考えたって、それはわかるだろう。

ヨメも、もちろんわかっているはずである。
しかし、何か理由を見つけたい。
毎年続けていたことが途切れたから、不幸になった。
そう思うことで、納得したい。

だが、私にはそれができない。
取引先が倒産するのを見抜けなかった自分が悪い、と思ってしまうのである。

我が家が貧乏な理由は、明白だ。
それは、私の能力が足りないからで、私の努力が足りないからだ。

だいいち、梅干しのせいになんかしたら、自分がさらに惨めになるだけではないか。
ヨメのつぶやきを聞いて、「今年も梅干しを漬けるのは、やめよう」と思った。
それは、つまらない意地だったが、そう思った。

ただ、我が家で漬ける梅干しは、けっこう評判がいい。
毎年15キロの梅を漬けているから、4人家族では消費しきれない量だ。
そこで、知り合いに配るのだが、毎年楽しみにしてくれる人が2人いる。

「Mの梅干しを食べたら、他のは食べられないよ」と、いかにもお世辞丸出しでいうやつがいるが、言われて悪い気はしない。
だから、梅干しづくりに、毎年力が入ったのである。

しかし、昨年は配らなかった。
相手も大人だから、「なんで」とは聞いてこなかったが、一度世間話の中で「市販の梅干しは、何か物足りないなあ」と言われたことがある。

友人のサカイが家に遊びに来たときに、手打ちうどんにカツオダシをかけて、その上に我が家で作った梅肉をのせただけのものを出したことがあった。
彼は、ひとくち食べて、「うまい!」と叫んだ。そして、「うまい!」と何度も言いながら、それを瞬く間に平らげた。

彼は、自宅に帰って、それを市販の梅を使ってやってみたが、まったく感動を味わえなかったと言う。

それを聞いて、「どうせ、お世辞だろう」と思った。
そこまで、自分が作った梅干しがすごいとは思っていない。
話半分に聞いておいた方が無難である。
私は、疑り深い性格なのだ。

ただ、先週末、違う友人チバが我が家にやってきて、「あれを食わせろ」と言ったのである。

あれ?

「うどんに梅をのっけただけのやつ。サカイが感動して言ってたよ。『あれはすごい! Mのうちに行ったら、絶対あれを食え! だまされたと思って食ってみろ』ってな。だから、食わせろ!」

あまりにもうるさく言うので、リクエスト通り作って出した。
うどんの上にのせたのは、一昨年作った梅干しをペースト状にして、梅肉として保存したものだ。
それは、サカイに出したものとは少々違うが、チバは2杯お代わりをした。

食い終わった後で、チバは遠慮がちに「今年は、漬けろよ」と言う。
「楽しみにしている人がいる限り、それは、必要とされているということだろ? だから、続けろよ。おまえの性格は、よくわかってるけどさ。たかが梅干しだけど、その『たかが』が大事なときもあるんだよ」

彼らは、私が梅干しを漬けなかったことを、特別な意味を感じて、そう言ってくれているようである。
それは、大きな勘違いだったが、その言葉は嬉しかった。

「わかった。作ってやる」

「よし、うめ〜梅を頼んだぜ!」
Vサインを出しながら、気持ち悪い顔で微笑んだチバ。
前歯に、梅肉がこびり付いていた。

私はそれを見て、近くにあった麺棒で、チバの出っ張った腹を叩いてやった。


2008/02/01 AM 06:28:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | [料理]

吉野家の牛丼デビュー
私は今まで、吉野家の牛丼を食ったことがない。
早い! 安い! うまい!

牛丼は、高級食材嫌いの私にはピッタリの食い物のはずだが、今まで避けて通ってきた。
それを先日家族4人で食った。

全員、吉野家の牛丼を食うのは、初めてである。
記念すべき日だ。

5日締めの仕事の合間を縫って、夏休みを取った。
イプサムで行く最後のドライブ。
八景島シーパラダイス横浜中華街を巡る一泊旅行の帰り道に、吉野家の看板を見た高校二年の息子が突然叫んだのである。

「牛丼が食いてえ!」
それに対して、小学6年の娘は「ヤダ、絶対にヤダ!」と叫び返す。
娘は、基本的に肉が嫌いである。
ハンバーガーは食うが、「これが肉料理です」という主張をしたものは、食わない。
牛丼は、いかにも「これが肉料理です」と主張している食い物である。
娘は、私が作った牛丼は食うが、せいぜい丼半分を義理で食うだけだ。

だから、彼女にとって、吉野家の牛丼は、一生食わなくていいものの一つなのである。
「牛丼なんか、食いたくねえ!」

私は、すべてにおいて、子どもに無理強いはしない、ということを貫いてきた。
誰もが、嫌なものの一つや二つはあるはずである。
それを強制して、好きになれというのは、横暴だ。
たとえ、親でも、それは許されることではない。

私も実は、子どもの頃、肉が嫌いだった。
それでも、180センチのオッサンになるし、スポーツは万能である(イヤミな自慢)。
肉を食わないからといって、何の問題もない。

だから、食いたくないものは食わなくていい。
それに、みんなで同じものを食いましょう、同じことをしましょう、というのも私の性に合わない。
(私は、給食の時間が嫌いだった。みんなで同じ方向を向いて、同じものを食うなど、まるで刑務所の食事じゃないか)
だから、一応吉野家には入るが、牛丼は食わなくていい。
何かほかに食いたいものがあったら食えばいい、と説得して、吉野家に入った。

私も特別、吉野家の牛丼が食いたいわけではなかったが、一度くらいは食べてもいいか、と思って「並盛」を頼んだ。
私はB級グルメに愛着を持っているが、吉野家の牛丼は、みんなが有り難がるので、それが鬱陶しく感じられて、まったく興味が湧かなかった。
奢ってやる、と言われても、かたくなに拒否していた。

「俺は毎日牛丼でもいいぞ!」と言うやつがいたが、「はいはい、ご自由に」と思っていた。
「吉野家の牛丼が戻ってきたぞ!」と興奮して電話してきたやつがいたが、「それはよかった。おめでとう」と言うだけだった。

そんな風に、冷たく接していた牛丼を食べる日が、ついにやって来た。
娘も、みんなが牛丼を頼むので、「しょうがない、食ってやるか」と言って、並盛を頼んだ。
家族4人、カウンターに座って、牛丼とご対面である。

我が家では、牛丼というと、私のオリジナル料理しか食ったことがない。
これは、吉野家の牛丼とは、まったく違うものだし、他の店の牛丼とも違うと思う。

我が家では、肉は安いしゃぶしゃぶ用のやつを使う。
牛がなかったら、豚で代用する。

他の牛丼と大きく違うところは、肉を一度冷凍してから解凍し、高温のごま油で一度軽くサッと揚げるところだろう。
これをやると、安い牛肉がワンランクバージョンアップする。

タレは、白ワインのアルコールを飛ばしてから、しょう油、砂糖、コショウ、ショウガのすり下ろし、林檎のおろし汁、酒を加えてもう一度沸騰させる。
そして、そこに肉を入れて、10秒煮込む。
その後、肉だけを取り除き、タレにタマネギを入れて10分煮込む。
あとは、肉をごはんの上に盛り、タレをかけるだけである。

息子の友だちが来たときなど、冷凍しておいたタレを使って牛丼を作るのだが、「吉野家よりうめえ!」と言ってくれる。
もちろん、お世辞だと言うことは、重々承知しております。
しかし、お世辞だとわかっていても、そう言われると嬉しいものなのです。

さあ、M家の牛丼 vs 吉野家の牛丼。
どちらがうまいのか。
カウンターの上に乗った特盛をいきなりかき込み始めたのは、息子だった。
猛烈なスピードでかき込んでいる。
フゴッ!フゴッ!フゴッ!
これがおそらく、正しい牛丼の食い方なのだろう。
我が息子ながら、惚れ惚れするほどの食いっぷりである。
フゴッ!フゴッ!フゴッ!

ヨメもムシャムシャとかなりのハイペースで食っている。
最近若干メタボリック化してきた体形を気にすることもなく、素早いペースで食っている。

私と娘は、並盛をゆっくりと食う。
娘は5口食ったところで、箸を置いた。
「なーんか、もの足りねえな。パパの作ったやつの方が、うめえぞ」
嬉しいことを言ってくれる。
なかなか、舌の肥えた娘さんである。

私はと言えば、全部食って、美味しいと感じた。
これぞB級グルメの王道、という感じの、安心できる味だと思った。
タマネギが少ないのが物足りないが、牛が主役だから、わざとタマネギを少なくしたのだろう。
ごはん自体も、肉と丁度いいバランスを保って、肉をサポートしている。

値段を考えたら、満点をあげてもいいのではないだろうか。
やはり、食わず嫌いはいけない、と痛感した。
息子もヨメも、私も満足顔で箸を置いた。
娘だけが、ケッ! という顔をしている。

娘が残した牛丼の残りは、当然のような顔をして、息子が平らげた。
いいサポートである。

車内での会話。
息子・・・「吉野家の牛丼、うまかったけど、やっぱりうちの牛丼の方が絶対に美味いよ」
ヨメ・・・「当たり前すぎて感動がないわ。食べていて、うちの牛丼が懐かしくなったわ」
娘・・・「おい、いい家族を持ったな。こんなに気をつかう家族がいて、おまえ、幸せだな。アタシもお前の牛丼が無性に食いたくなったぞ」


・・・・・・・(涙)。

さようなら、イプサム・・・・・・・・(涙)。


2007/08/05 AM 06:25:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | [料理]

サッポロ一番しょう油ラーメン
サッポロ一番しょう油ラーメン」を一箱もらった。
一箱に30食入っている。
「サッポロ一番塩ラーメン」はそこそこの味がするので、嬉しいもらい物かと思ったが、これがそうでもなかった。

食べたあと、情けない気にさせられるラーメンである。
スープの味が気にくわない。麺も気にくわない。
だから、どうしようかと思って、試行錯誤を繰り返した。

我が家では、インスタントラーメンは、マルちゃんの「昔ながらの中華そば(しょうゆ味)」が堂々の四番バッターである。
次が「明星チャルメラ」だが、これは「昔ながらの〜」が買えなかったときの代打である。

インスタントラーメンは、カップ麺はそれなりに味もしっかりしてきたので、それほど当たりはずれはないが、袋麺はかなりバラツキがある。
同じサッポロでも、「みそ」はそれなりに食えたが、「しょう油」はひどい。

まず、スープに工夫がない。塩気が強い。コクが1パーセントもない。これは使えない。
麺も3分も煮ていると、すぐ伸びてふやける。
強火で煮たり、弱火で煮たりしてみたが、どちらにしてもすぐ水分を吸って、だらしなくなる。

昔、「野菜と相性がいい」などと宣伝をしていたような気がするが、このスープと麺では台無しである。
そこで、チキンラーメン方式で、丼に入れて熱湯を注ぎ、卵を落として3分待つという方式を取ってみた。
しかし、これでは麺が固い。卵も半熟にさえならず、情けない状態である。

どうすればいいのか、悩んだ。
まだ、27袋もあるのだ。何とかしなければいけない。

まず、このスープをオリジナルのものにするということを考えてみた。
鶏ガラスープに、ホタテの缶詰のスープを小さじ一杯ほど垂らして、沸騰させ、それに麺を入れ2分間煮立たせてすぐ止めた。
具はフライパンで白菜の千切りともやし、ネギを千切りにして、ごま油で炒めた。
丼に盛った麺に、具材を乗せて、最後に半熟の生卵をのせた。

これは、それなりに食える。
慌てて食えば、麺も延びないし、スープも野菜と合っている。
しかし、オリジナルより美味いというだけである。
到底、納得できない。

それからは、スープづくりに励んだ。
鶏ガラをベースに、昆布ダシを入れたり、かつおダシを入れたり、野菜を塩で煮込んだあとのスープを使ったり、色々なものを試した。
スープにこだわるのは、麺がどうしようもないからだ。
すぐにフヤケるこの麺は、変えようがない。これを変えたら、結局まったく別の袋麺を買った方がいいことになる。
それでは、意味がない。

しかし、5種類のスープを作って試したが、どれも及第点とはいかない。
ゴ〜〜ル!! とはいかない。
いいところまではいくが、ゴールを奪えない、どこかの国の代表チームのようだ。

冷蔵庫の中を見渡しながら、考えてみた。
やるだけのことはやったが、まだ見落としているものがあるのではないか。
上から下まで、じっくりと観察した。
冷蔵庫内の汚さは、この際どうでもいい。
それは、ヨメの仕事だ。

チルドルームで、豚挽肉を見つけた。
それを見てひらめくものがあった。
キッチンの隅には、新聞紙にくるまれた、もらい物のネギが立てかけてある。
アレを作ったらどうだろう。アレならこの情けない麺を誤魔化せるかもしれない。

早速、豚挽肉をごま油で炒め始めた。パラパラになるまで炒め、ネギの青い部分だけをみじん切りにしたものをそれに加える。ネギがしんなりしたら、味噌を少々入れてからめ、鶏ガラスープを入れ、紹興酒を加える。
スープが煮立ってきたら、豆板醤とテンメンジャンを適当に加える。
最後に水溶き片栗粉を回し入れたあと、ラー油を少量垂らす。

麺は、沸騰したお湯で2分半茹でる。
そして、これが一番大事なのだが、完璧に水を切る。
これを完璧にしないと、麺がふやけて、締まりのない味になる。

この麺の上に、熱々の具をのせて出来上がりである。
名付けて「サッポロ一番坦々麺」(そのまんまのネーミング)。

これは成功したと思う。
オリジナルの中途半端さがない。
スープなしで、具と麺をからめて食べるのだが、具がコシのない麺の弱点をカバーしている。

高校一年の息子にも食べさせてみたが、「うんめぇ!」と言って、土日で三回作らされた。
娘は、辛いのが苦手なので、豆板醤抜きで作ったが、「うめぇな、一応」とほめてくれた。

しかし、ヨメには「おいしいんだけど、これ結局、麺だけしか使ってないんだから、別に『サッポロ一番』じゃなくてもいいんじゃない?」と冷静に言われた。

そう言われれば、確かにそうだった。

じゃあ、残ったあと16袋、どうすればいい?!



2006/11/28 PM 04:59:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | [料理]

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