Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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こおでぃねいと
11月下旬に「前撮り」をした。

「前撮り」というのは、何か。
成人式や結婚式、七五三などの記念に、あらかじめ写真を撮っておくことらしい。

今年そのことを初めて知った私は、ほとんどパニックになりながら、写真屋さんに娘の「成人式用前撮り」の予約交渉をした。

「着物は持ち込みですか」と聞かれて、あ、あ、あのー、持ってないんです、と答えたときのちょっとした惨めさ。

娘の晴れ舞台に、晴れ着を買ってやれない自分の不甲斐なさに、涙が出そうになった。
実際、娘がヘアメイクをし、着付けをしている間、私は涙をこらえるのに必死で、かなり怖い顔をしていたと思う。

「ハキハキとした、いいお嬢さんですね」と、愛想笑いしながら近づいて来た受付の女性が、私の顔を見て固まったほど、私は極悪人の顔をしていたようだ。

もちろん、娘が二十歳になったのはたいへん嬉しいことだ。
だが、娘が自分の力で、これほど成長してくれたのに、何もできない親なんている価値があるのか、と私は後ろ向きに懺悔したのである。

私のヨメは、成人式に百三十万円もする晴れ着を親から買っていただいたそうだ。
それに比べて俺は・・・・・と思うと、紙で作ったハンマーで自分の頭を叩きたくなった。

その百三十万の晴れ着がまだ残っていたら、と都合のいいことを考えたこともあったが、6年前にヨメの母親がヨメに断りもなく、その晴れ着を人にあげるという楽しい出来事があったので、それは最初から除外した。


前撮りをするにあたって、娘からは、「ボクは着物は着たくないし、写真も撮りたくない。できれば成人式も出たくない」と言われていた。
おそらくビンボーな父親に気を使ってくれたのだと思う。

だが、それでは親として「なんだかな〜」と思った私は、余命1万光年のガイコツの頼みを聞いて、写真だけは記念に撮らせてくだされ、と土下座して頼んだ。

そのガイコツの土下座が娘の心を動かして「そうか、余命が1万光年しかないのか、それはデンジャラスだな」と言って、娘は渋々承知してくれたのである。

綺麗にヘアメイクをしてもらって、レンタルの着物を着た娘は、とても美しかった。

「おまえ、泣いているのか」と娘が言ったのに対して、ナイトール、ナチブー、という意味不明なガイコツの答えに、写真館のスタッフ全員が笑った。
ただ、顔は引きつっていたように見えたが・・・・・。

ひとつのイベントが終わるたびに、私の寿命は千光年ほど短くなる。

ただ、今年25歳の息子が二十歳になったときは、イベントをしなかったので寿命は短くならなかった。
息子が「成人式には出たくないし、写真も撮らない、スーツもいらない」と拒絶したからだ。
このときもビンボーな父親に気を使ってくれたようだ。

「そんなことをするのなら、お金をもらったほうがよい」

彼の望み通り、金で解決した。

彼はその金のうちの半分は貯金し、半分で中古のブランド品を買いあさった。
おしゃれ好きな息子は、親バカ目線だが、センスがいい。
古着を上手に着こなす才能は、ヨメ譲りと言っていい。

ヨメは、私と結婚する前は、給料の半分以上をブランド品の購入に使った。
私と結婚してからは贅沢ができなくなったが、ノーブランドでもそれなりに着こなしているから、ヨメもセンスはいいのだと思う。

ただ、私には「オシャレの概念」が欠片もないから、私が言っても説得力はないかもしれない。

「暖簾に腕押し」「豆腐に鎹(かすがい)」「糠に釘」「ガイコツにレントゲン」ということわざにもあるように、私にファッションのことを言っても何の反応も手応えもない、とまわりから褒め称えられているのだから。

小学生のころは、ほぼ毎日同じ服を着ていた。
2週間3週間は、当たり前。
場合によっては、1ヶ月同じ服を着ていた記憶もある。

同じ服ばかりだから、肘や膝が擦り切れて穴があく。
それを世界で2番目に不器用な私が、針仕事をしてツギを当てるのである。
その作品は、いま思い返してみても笑えるくらい不格好なものだった。

当時のM家は、母親がフルタイムで働いていたから、子どもの服にまで構っている余裕がなかった。
祖母がいたが、祖母は優秀な教育者の経歴を持っていたこともあって、孫に対して干渉がましいことは絶対にしなかったし言わなかった。

肘や膝にツギを当てる孫の姿を何も言わずに見ていただけだった。
そして、ツギをあて終わると、どんなに不細工でも「上手だね」「よくできたね」と褒めてくれたのである。

どう見ても褒められる出来栄えではなかったが、褒められて嬉しくない子どもはいない。
だから、単純に喜んで、ツギハギだらけの洋服を着て学校に行った。

いまの時代だったら、そんな格好の子どもはイジメの対象になったかもしれない。
だが私は、全身から「なめんなよ! おまえら!」オーラを出していたので、同級生たちは私のことを放っておいてくれた。
(服を洗っていなかったから、臭くて近寄れなかったということもあるが)

中学時代は、ボロボロのトレーニングウェアと所々穴のあいたシューズで陸上の練習をした。
たいへん風通しが良くて気持ちよかったが、風の抵抗が強かったので、ボロボロでなければ、もう少しいいタイムを出せたかもしれない。

陸上部の連中は、私の機嫌を損ねるとリレーで負けるというのがわかっていたから、見て見ぬふりをしてくれた。

いまとなれば、それは楽しい思い出だ。


昔から今に至るまで、私は外出のときは、ヨメが用意してくれた服をそのまま着て出かけている。
そのことに関して、私は31年間文句を言ったことがない。

私の頭には、服はああでもない、こおでぃねえと、と考える機能がついていないので、この方式は大変ありがたい。
こんなに楽なことはない。

そんなことを言ったら、「Mさんは、背が高いしスリムだから、何を着ても似合うんじゃないですかね」と、至近距離で私を鼻息荒くけなすやつがいた。

人類史上最も馬に激似の「お馬さん」である。
ここに来てやっと登場した「お馬さん」だ。

そんなお馬さんに、私はお馬さんの股間を指差しながら言った。


でも、馬は穿いてないから楽だよね。安心だよね。


ヒヒン?

今回、お馬さんの出番は、ここだけでした。



南無阿弥陀仏 南無妙法蓮華経 アーメン God Bless You



馬の耳に念仏



ガイコツの右耳はお陀仏



最後に

森喜朗東京五輪組織委員会会長は 過去の遺物



2015/12/19 AM 06:27:12 | Comment(1) | TrackBack(0) | [子育て]

貧乏ゆすり
私は、貧乏ゆすりがないと生きていけない男だ。

気がつくと膝から下が揺れていることが多い。

これを我がヨメは嫌う。
「貧乏臭い」というのだ。

とは言っても、本物のビンボーほど「貧乏ゆすり」が似合う人種はいないのではないか。
「富豪ゆすり」ならおかしいが、ビンボー人が膝下を揺らすのは、ジャストフィットだ。
理に適っていると思う。

なぜ文句を言われるのか、理解し難い。

ただ、私が貧乏ゆすりをするのは、家だけである。
外では、年に1回やるかどうかだ。

外で「ビンボー」をアピールしたとしても、いいことなど一つもないからだ。

私の場合、10人中11人が、私の風貌を見ただけで「ビンボー」と判断するだろうから、何もそのイメージを「貧乏ゆすり」によって、増殖させる必要がない。
だから、外では、やらない。

それは、イケメンが、わざわざ白馬に乗らなくてもいいのと同じことだ(?)。

よく電車などで、「貧乏ゆすりの達人」の方が、大きく膝下を揺らして、こちらのケツに大きな震動を与える場面に遭遇することがある。
あれは、大変気持ちが悪い。

酔う。

中には、インナーイヤフォンで音楽を聴きながら、両足を震動させている人もいて、あれは音楽に反応しているのだと思うが、どう考えても、サルが覚えたての「貧乏ゆすり」を、得意げに披露しているようにしか見えない。

いい感じはしない。


昨日、杉並の建設会社から恫喝気味の仕事の依頼があったので、クソ暑い中、行ってきた。

そして、ここの顔でか社長が、激しい貧乏ゆすりをなさる方なのである。

絶えず、足が揺れているのだ。
激しく揺れるから、声も揺れる。

でかい声に、いつもビブラートがかかっている状態だ。
ただ、滑舌がいいから、彼の声は私の左耳に、確実に伝わる。

それは、ありがたい。

「分譲地のことだけどよお」(膝が大きく揺れている)
「7カ所立てた看板が、効果があったみたいだな」(ビブラートと膝揺れ)
「問い合わせが、1週間の平均で32件だ」(膝が嬉しそうに揺れている)

「モデルハウスが、あと2週間で完成する」(膝の震動激しい)
「そこで、内覧会のチラシ、よろしくな」(両足が震動)

1時間20分の打ち合わせの間、膝の震動が止まることはなかった。
大きく両足を震動させたときは、でかい顔も揺れるから、かなりの迫力だ。
遊園地のアクティビティを経験しているような錯覚に陥る。

今年の夏は、遊園地に行かなくてもいいかもしれない。
もう、十分堪能した。


そんなことを思い出しながら、オンボロアパートの仕事場で、心置きなく貧乏ゆすりをしながら、チラシのアイディアを考えていた。

膝を揺らしながら、とりあえず2パターンのチラシを考えた。
分譲地の家並みをジグソーパズル風にして、「家づくりの最後のピースは、どこにはめますか?」というイメージのものと、家を俯瞰で表現して、家族がそのまわりを通常よりも5倍くらい長い手で、手をつなぎながら囲んでいるイメージのものだ。

その作業をしていたとき、大学1年の娘が仕事場にやってきた。

「夏休みは、アルバイトをしなくていいか?」と言うのである。

今年の夏、娘は、四国に2週間ほどボランティアに行く予定だ。
その準備があって、アルバイトをしている暇はない、ということを私に伝えに来たのだ。

大学生は、夏にアルバイトをするというのが、当たり前になっているのだろうか。
だから、娘も、そんな強迫観念にかられて、アルバイトをしなければ、と思ったのかもしれない。

「夏はアルバイトをして、半分は、家に入れるからな」ということは、大学に入る前に、けなげにも娘が宣言していたことだ。

しかし、ボランティアによって、その宣言が叶わないことを娘は、気にかけていたようだ。

私は、ここで宣言するが、娘のアルバイト代金の上前をはねるほど、落ちぶれてはいない。
(むかしむかし我が家に1年間居候していた娘のお友だちは、親に6割ピンハネされるという)
私は、むしろ、娘が働いて得た金は、すべて自分のために使って欲しいと思っている。

使うのもよし、貯金するのもよし。

娘が働いて得たものが、どんな使い方をされようが、親に、それを干渉する権限はない。
労働して得た対価は、その人固有のものだ。

親は、よく働いたね、と言うのが義務だ。

それ以上のものはない。

お年寄りのお手伝いをしたい、という娘の思いこそが、「今年の夏のテーマ」だ。

それ以外に、重要なものはない。

私は、一応、父親として、そんなことを娘に伝えた。


娘は、感動するかと思ったが、自分の膝と私の膝を交互に見て、こんなことを言ったのだ。

「あのなあ……ボクたちの『貧乏ゆすり』、見事にシンクロしてるぞ。いい話をしていても、この貧乏ゆすりを見たら、説得力はないわな」

確かに………な。



その夜。

私は、夜寝ているときも、どちらかの足が絶えず揺れている珍種だが、隣の布団で寝ている娘の両足を見て、DNAの恐ろしさを痛感した。


娘が爆睡しているとき、娘のどちらかの足が絶えず小さく揺れていたからである。




2014/07/25 AM 06:34:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | [子育て]

25パーセントのジョーク
親バカ、だということをお断りしておきます。

先週、高校3年の娘の卒業式があった。

クソつまらない卒業式だった。
呆れるほど長い、内容のない校長のスピーチ。
PTAや来賓の型通りのスピーチ。

学校側から言わされた感満載の在校生の送辞と卒業生の答辞。

なんじゃこりゃ!
私の嫌いな「儀式そのもの」ではないかい!

と思った。
犬のクソを投げつけてやろうかと思ったほどだ。

しかし、このクソつまらない卒業式でも、最後の卒業生たちのコーラスを聴いて、バカ親父は泣いてしまうのである。

娘が産まれたときから幼稚園、小学校、中学校、高校時代を回顧して、目から水が出てしまうのだ。
娘がその姿を見ていたら、確実に中村俊輔選手のフリーキック並みの蹴りが私のケツを襲うであろう。

「ウザいんだよ、おまえは!」

キャイ〜〜〜ン!


この日は、娘の卒業式とヨメの250歳の誕生日が重なるという偶然もあった。

ヨメには、崩壊したパソコン・ラックの代わりに新しいものをプレゼントし、娘には、合格祝いに自転車をプレゼントした。
そして、豪華カニづくしの食卓。

二人から「ありがとう!」と、両肩をグーで殴られたとき、充足感が俺の心を満たした。
俺、マゾヒストではないのに、その痛みは、とても心地よかったぞ!


そんなことがあった2日後、頻繁に我が家にメシを食いにくる高校3年の娘のお友だちのお父さんから、突然電話がかかってきた。

なんだよ、この忙しいときに!

「いつも娘がお世話になっています。美味しい夕ご飯を食べさせていただき、娘はいつも感激しています」という歯の浮くようなことを言われ、私の背中は鳥肌が充満した。

私は、産まれたときから、褒められたり感謝されたりするたびに、全身に鳥肌が立つという特技を持っていた。
だから、このときも鳥肌が立った。

しかし、私の鳥肌が見えない娘のお友だちの父親は、快活な口調で言うのだ。
「私どもとヤマグチさんのご両親で、日頃のお礼に、カホさんのご両親を招待して、ホテルで会食をしたいと思うのですが、いかがでしょうか」

私は、人様の奢ってやるという申し出を断るような失礼な男ではない。
ただ、一つだけ例外があった。

初対面の人に奢っていただくことは、ご遠慮申し上げている。
私は、病的なほどの人見知りなので、初対面の人と会食などしたら、緊張で食ったものをリバースするかもしれない。
そんな醜態を人様に見せたくないので、お断りしている。

だから、娘さんたちに夕飯をごちそうするのは、私の趣味です。私の勝手な趣味で感謝されても困りますので、お気遣いは無用です。お言葉だけ、有り難くちょうだいします、と辞退申し上げた。

相手は納得してくれたが、次の日、今度はヤマグチさんから電話があった。

「失礼を承知でお願いします。どうか一緒にお食事を」とかなり強引に頼み込まれた。
「カホさんは、稀に見るいいお嬢さんです。カホさんとお付き合いしていれば、親としてこれほど安心なことはありません。そんないいお嬢さんを育て上げたご両親にお目にかかって、子育てのことなどを伝授していただきたいのですが」

全身に、鳥肌が立った。

私は、自分が褒められた場合、その言葉とは逆のことを考えるタチである。
まともな大人が私を見たら、必ず「こいつはバカだ」と思うはずだ。
そう心では思っているくせに、私を褒めるのは、それは嘘をついているに決まっている、と私はいつも判断しているからだ。

ただ、私の子どもたちやヨメのことを褒められた場合は、それを素直に受け止める。
単純に、嬉しいからだ。

だから、今回、娘のことを褒められた私は、「あ、ありがとうございます。恐縮です」と礼を言った。

「では、わたくしどもと食事を」と言われたが、それとこれとでは、話が違う。
初対面の人とのディナーは、そのあとに謎解きをしなければいけないから嫌だ。

しかし、強行に断るのも失礼な気がした。
だから、会食ではなく、いつか他の子たちも呼んで、バーベキューパーティをどこかでしましょう。その場合は、割り勘でお願いします、と言った。

すると、ヤマグチさんが「ああ、カホさんがいいお嬢さんに育った理由が、今わかったような気がします。お父様の教育が良かったせいですね。今度、バーベキューパーティで、それを聞くのが楽しみになりました」と言った。

全身に、鳥肌が立った。

これ以上電話が長引くと、失神してしまうかもしれないので、「ああ、来客のようです。申し訳ありませんが、失礼します」と言って電話を切った。
唐突に切ったので、相手は不審に思ったかもしれないが、これが限界だった。


私に、立派な教育方針などない。
ただ、叱らず怒らず、「自分が嫌な思いをしない」ように、自分勝手な育て方をしただけだ。

うちの子たちが、いい子になったのは、彼らが「いい子になる素質」を持っていたからだ。
私はただ、金を払って子どもを成長させただけ。

二人の子どもを大学に進学させたことは、私にとって、エポックメイキングなことだが、そんな誰もがやっていることでうぬぼれるほど、私は自信家ではない。

金の工面には苦労したが、それは親の事情であって、子どもには関係ない。
その苦労を子どもに悟らせないのが、私の役目だ。
(とは言っても、子どもたちは、我が家がビンボーなことは、なぜか幼少の頃から気づいていた)

そして、最近もっとも気を使っているのが、確実に私より長生きをするであろう、ヨメや子どもたち、オンボロ・アパートの庭の段ボールに住み着いたセキトリ(野良猫)に金を残すこと。

これは、かなり困難なことなので、根性なしの私は、こんな手っ取り早い方法を考えた。


今かけている生命保険の死亡時保険金を増額することだ。

そして、うまいタイミングで、持病の不整脈をこじらせて、心臓が止まる、という結末。


まあ、25パーセントは、冗談ですけど…………。



さて、今夜は徹夜。

そして、明日は、娘の大学合格祝いで、家族揃ってディズニーシー1泊旅行に行く予定だ。

まだ保険金の増額をしていないので、ここで不整脈をこじらせ心臓が止まったら、困る。


だから、不整脈よ。
どうか暴れないでいただきたい。


俺は、まだ死にたくない!
(矛盾してる?)




2014/03/12 AM 06:25:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | [子育て]

仲間はずれの方がいい
驚いたことがある。

東京武蔵野の一方通行の道で自転車を走らせていたときのことである。
前を7人の男が、横一列で歩いていたのだ。

一様に、セブンイレブンのレジ袋を右手に下げて、20歳前後と思われる男たちが、仲良く歩いていた。
彼らは、後ろから誰かが来るという想像力が働かない新種なのだろうか。

私は、呼び鈴を鳴らさない珍種である。
ただ、自転車走行の場合は、左のブレーキを軽く握ると「キー」という異音がするので、大抵は前を塞ぐ人が、その音に気づいてくれて、道をあけてくれる。
今回もそうだった。

7人の真ん中にいた人が気づいて、自転車一台がかろうじて通れるだけの空間を開けてくれた。
恐れ入ります。
だから、横一列で歩いていたことに対して、文句を言うつもりはない。

きっと彼らは仲が良すぎて、同列で歩かなければ、仲間はずれになるという意識が強いだけなのだろう。
最近の友情というのは、「仲間はずれ」への恐怖から成り立っているのかもしれない。


得意先の帰りに、SUBWAY(サンドイッチ店)に寄った。
OLらしき人が4人、同じものを注文していた。
「えびアボカド」だった。

自分だけは、違うものを食べよう、という自己主張はないのだろうか。
「仲間はずれ」が怖いのかもしれない。


東急東横線に乗っていたら、3人組のサラリーマンの会話が聞こえた。
40歳前後に見えた。

その中の一人が、「『永遠の0』見に行こうぜ。みんな見てるからさ。得意先のシミズさんに、『まだ見てないのか』って言われたときは焦ったよ。見ないと話題に乗り遅れちゃうぞ。なっ、見に行こう!」と熱弁していた。

それを聞いた他の二人は、ウンウンと頷いていた。
「興味ねえよ!」という言葉を期待したが、無駄だったようだ。

3人は、「代官山駅」で降りたのだが、綺麗に横一列になって降りていった。
羨ましいくらい仲がいい。


昨日、高校3年の娘と武蔵境駅のサイゼリアに行った。

大学受験前の息抜きだ。

何でも好きなものを食っていいぞ、と言ったら、「そういう言葉は、もっと高級な店に入ったときに言うもんだ」と、笑われた。
まあ、確かにそうだ。

娘は、大好きなイタリアン・ハンバーグとドリンク・バーを注文した。
私は、回りを見渡して、他人様とかぶらない料理を注文した。
ペンネ・アラビアータを食べている人は、いなさそうなので、それを頼んだ。

注文し終わったとき、娘の中学時代の友だちに声をかけられた。
女の子二人。

「一緒してもいいですか?」と聞かれた。
断る理由はなかったので、はい、どうぞ、と答えた。

「カホは、なに頼んだの?」と聞かれたので、娘は「イタリアン・ハンバーグとドリンク・バー」と答えた。
「じゃあ、私たちも同じものでいいよね」と二人のお友だちは、頷き合った。

それを聞いた娘は、「さすが、俺の娘!」という反応をした。

ウエイトレスさんを呼んで、「イタリアン・ハンバーグ」と「ドリンク・バー」を二つ注文し、「ごめんなさい、さっきお願いした『イタリアン・ハンバーグ』を『イカの墨入りスパゲッティ』に変更できますか? それと、『ドリンク・バー』を一つキャンセルしたいんですけど」と聞いた。

ウエイトレスさんは、笑顔で「承知いたしました」と答えた。
娘の性格をよく知っているお友だちは、「相変わらずだねえ、カホは」と苦笑いをした。

受験の話題が出た。
お友だち二人は、もうすでに行く大学は決まっていたようだ。
二人とも推薦入学で、同じ大学に行くことになっているという。

最初は気づかなかったが、二人とも同じバッグを持っていた。
マフラーも一緒だ。

そして、大学の合格祝いに、二人とも親にチワワを買ってもらったとも言っていた。
犬の名前は、「リロ」と「スティッチ」だという。

「可愛いよお! カホもチワワ買ってもらったら?」

「さすが、俺の娘!」は、こう答えた。
「うちは、庭にデブ猫がいるから、いいよ。チワワも可愛いけど、デブ猫も可愛いよ」

お友だち二人は、「ハハハ」と笑ったが、そのあと、微妙な間が開いた。

まあ、そうだろうな、と思った。
私も、友だちと話していて、同じように、ビミョーな間が開くことがある。

「まったく、こいつってやつは、素直じゃねえなあ」
おそらく、そういう意味の「間」だと思う。

この場合、「わー! チワワ、可愛い! 欲しい! 欲しい! 私も欲しい!」というのが正解だと思う。

ヒネクレ者を売りにすれば、ごく稀に存在する心の広い人たちが、長い友情関係を築いてくれることもある。
私は、運を全く持っていない男だが、心の広い友人にだけは、恵まれてきた。

そこだけは、運がいい。
娘も、その運は、持っているようだ。

ただ、目の前のお友だち二人は、その「運」の中には、入っていなかったようだ。

お友だちが言った。
「ねえ、『永遠の0』観に行こうよ。みんな観てるよ。みんなが、面白いって言ってるよ。カホも行こうよ」

娘が、イカ墨のついた口で、答えた。
「私は、同じ時間に同じ場所で、同じ方向を向いて、みんなと同じ画面を観るのが、好きじゃないんだよね。なんか居心地が悪くてね」
これは、いつも私が言っているセリフである。

(だから、というのも変な話だが、都知事選では、私は舛添要一氏には投票しない。
おそらく、異才・ドクター●●氏に入れる予定?)

話が飛んだ。

「ビミョーな間」が、少しずつ長くなり、最後は、しぼんだバスケットボールのように会話が弾まなくなった。

そして、お友だちは、娘に「受験、頑張ってね」と作り笑顔を向け、同じバッグを肩から提げ、同じマフラーをして、店を出て行った。


ヒネクレ者の娘と父は、苦笑いで、見つめ合った。

その後、娘が、「あれっ?」と言った。
そして、舌打ちをした。

「あいつら、ただ食いじゃねえか!」



ああ………確かに。


仲良く、ただ食いだ。




2014/01/26 AM 06:25:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | [子育て]

ジャイアンツのバスタオル
今年の夏は、忙しかった。

ただ、忙しいとは言っても、去年のような目が眩むほどの忙しさではなかった。
4日だけ休んだ。

その休みは、高校3年の娘と大学巡りをすることに使った。

友だちと行けばいいのに、と私が言うと、「友だちとは進む大学の方向性が違う。志望大学が、全然かぶらないんだよ」と娘が言った。
仲がいい子と同じ大学に行きたい、とは思わないらしいのだ。

一人で見に行く、というのも意義深いと思うが。

「一人の目じゃ、主観的になりすぎるだろ。客観的な意見が欲しいんだよ。物事は複眼で見ろ、って言うだろ」

「フクガン」という高度なスペイン語まで出たら、同行しないわけにはいかない。


しかしなあ、俺の頃は、勝手に願書を買ってきて、試験受けて、受かったら親に「金くれ」で済んだんだけどな。
教師にも親にも、進路相談なんかしなかったぞ。

「寺子屋の時代とは、わけが違うのだ。現代の教育現場は、もっと複雑なのだぞ」

そうだな。
吉田松陰先生は、もう、おられないのだったな。


ということで、オープンキャンパスというのに行ってきた。

まずは、私の母校。
正門をくぐった途端、懐かしさがこみ上げてきたが、今回の本題とはそれるので、省略する。

キャンパス見学ツアーや模擬講義、学部紹介などに参加し、最後は無料の学食体験。
カツカレーを食いながら、思わず二人で同じことを呟いていた。

「よそゆき」の大学を見せられても、あまり参考にならないよな。

そこで、次回からはオープンキャンパスではなく、見学予約をして、普段着の大学を見ることにした。

夏休み期間だったので、オープンキャンパスと比べて、学生の数は10分の1以下だったが、飾らない大学の姿を見ることができた。
どこの大学の職員の応対も、丁寧で親切だった。

学食のメシがタダで食えないのは、残念だったが……。


4校目の大学見学が終わって、娘とサイゼリアに入った。

ピザ・マルゲリータを食いながら娘が言った。
「まあ、お前の母校に入れれば一番いいんだろうが、語学のレベルが高いからな。担任からはボーダーラインだって言われているから、微妙なところだ」


どこに入るかではなく、何を学びたいか、だ。
本当に何をやりたいかを、これから考えればいい。
そのサポートをするのが親の役目だ。
(オレ、珍しく、いいこと言った?)


私の愛ある言葉に感動しているかと思った娘だったが、違うテーブルに座った親子を凝視していた。

母親と4歳くらいの男の子が、スパゲッティを食っていた。
それは、極めてありきたりの光景に思われた。

しかし、その光景を見て、娘が感慨深げに言ったのだ。
「あの子が握りしめているタオル、ボロボロだよな。まるで、うちのバスタオルみたいに」

男の子の左手を見ると、確かに変色してボロボロになったタオルを握っていた。
おそらく、赤ちゃんの頃から使っていて、手放せないのだろう。

言われてみれば、我が家のバスタオルと似ていないこともない。

我が家のバスタオル。
それは、私の母が、娘が産まれたときに、同じ柄のものを5枚持ってきてくれたものだった。

ただ、そのバスタオルは、東京ジャイアンツのバスタオルだった。

よりによって、ジャイアンツかよ!

母は、私がアンチ・ジャイアンツだということを忘れていたらしい。

その忌まわしいジャイアンツのバスタオルは、5枚のうち4枚を友人のバカなジャイアンツファンに放り棄てた。
しかし、母が折角持ってきてくれたものだったので、1枚だけは残した。

そのバスタオルが、いまボロボロだった。

長年使っているから、無惨にも生地が裂けていた。
裂けた箇所は、6つ。

どれもが、大きな穴だ。
普通だったら、ゴミ箱行きである。

しかし、まだ使っている。

最初は、娘だけが使っていたが、今はみんなで使っていた。

なぜ、そんなにボロボロの状態なのに、使っているのか。

おそらく家族の誰もがそのバスタオルを使うことによって、、無意識のうちに、家族の「和」を感じ取っているのだと思う。

娘が産まれたときから使っているもの。
それが、知らず知らずのうちに、家族それぞれの思いを繋げるシンボルになっていたのかしれない。

見事なほどボロボロなのに、誰も「捨てよう」とは言わないし、「縫った方がいい」とも言わないバスタオル。

手を加えてしまったら、「何かが終わる」という、説明不能の恐怖を誰もが抱いているのかもしれない。


視線を子どものタオルに固定させながら、娘が言った。

「なあ……、うちのバスタオル、オレが嫁に行くときに持っていってもいいか。あれを見てると、落ち着くんだよな」


ヤバい展開になった。


お互い、親子の方向を見ているから、顔は見えない。

しかし、顔を少しでも動かせば、「何か」がこぼれてしまうだろう。

だから、顔を動かさずに、いいよ、と答えた。


「そうか」と言って、娘は、「ちょっと、トイレ」と席を立った。

そのすきに、紙ナプキンで目を拭いた。
痛いほどに、こすった。
4枚使った。

娘が戻ってきた。

娘の目を見ると、真っ赤だった。

ということは、私の目も……?

「目薬あるか?」と娘が聞いた。
目薬を渡した。

娘がさし、私がさした。


しばらくの沈黙の後、娘が呟いた。

「なんか、バカ親子だよな」


確かに。




2013/09/12 AM 06:25:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | [子育て]

ベビーシッターおやじの妄想
週に1度、ベビーシッターもどきのことをしている、とブログに書いたことがある。

昨年の暮れ、訳あって、昼間だけノートパソコンを抱えて放浪生活をしていたとき、大学時代の友人・カネコの娘、ショウコから「私が大学院にいっている間、部屋使っていいよ。でも、その代わり、子どもの面倒を見させてあげるからさ」という、ありがたい上から目線のお言葉をいただいた。

そのとき私は、大人としての威厳を保ちつつ、おお! そんなに頼むのなら、気は進まないが、やってみてもいいぜ、と心の中で唱えながら、ぜひ、お願いします! と深く頭を下げた。

放浪生活をやめた後も、ショウコが泣いて頼むので、金曜日だけ「ベビーシッターおやじ」をさせていただいた。

ただ、最近は私の多忙と体調不良のため、ショウコが大学院に行くスケジュールと噛み合わず、2週間に1回程度しかベビーシッターおやじに変身できなくなった。

先週の金曜日、久しぶりにガキどものお世話をしてやった。

「しらがジイジ」とガキに呼ばれ、ガキのお相手で疲れ果てていたとき、ベビーシッターおやじ、あるいはホネホネ白髪おやじ、と私を呼んで、こき使う鬼のような女・ショウコが大学院から帰ってきた。

クリアアサヒを飲ませろ!

「死にたいのか、ホネホネベビーシッターおやじ!」

あらあら、呼び名が合体しちゃったよ。
しかし、まだ死にたくはないので、豆乳で我慢した。

美味しくいただきました。

そのあと、雑談タイム。
最近、ショウコの夫・マサが、何を思ったか、宝くじを買ってきたらしい。

そして、毎回晩メシどきの話題に、当選したときの妄想を繰り広げているというのだ。

「一戸建てを買いたい」
「海外に移住しようか」
「ホテルオークラのスイートに一ヶ月居続けるのはどう?」
「高校野球の大会期間中、甲子園に泊まり続けて、毎日応援に行くのも面白いな」

大丈夫か、マサ!

中学の英語教師という崇高な仕事に、飽きてしまったのか?
可愛い教え子を捨てるつもりか!

「教師も大変なんだよ。ストレスたまるんだろうね。逃げたくなるときもあるんじゃない?」
私に対するときと180度違って、ずいぶんと物わかりのいいショウコであった。

「サトルさんはどう? たとえば、一億円当たったとしたら」

俺は、全額寄付だな。

「あり得ない!」
ショウコが、鼻で笑った。

世界で一番貧しい家庭に、全額寄付する。
それが最も有意義な一億円の使い方だ。


世界で一番貧しい家庭……………それは、武蔵野市のMさんちのことだけどな。


頭に衝撃が走ったが、衝撃が激しすぎて、痛さを忘れた。
もしかしたら、夢だったかもしれない。

ところで、俺も妄想していることがあるんだけどな。

「どうせ、ヘンタイ的な妄想でしょ」

ほぼ当たり。

たとえば、俺の好きな人に、こんなことを言ってもらえたら、俺はいつ死んでも思い残すことはない、というフレーズ。

柴咲コウさんに「少しは休んだ方がいいよ。明日もあるんだから」と言われたら、俺は死んでもいい。

「そんなに頑張らなくてもいいから」は、ガッキーだな。

「おいしいごはん作って待ってるからね」は、菅野美穂さん。

「あんたは、もっとできる男だよ」は、天海祐希さん。

最初は、興味深く聞いていたショウコの顔が、途中から真夏に雪男を見たような目に変わってきた。
いつパンチが飛んでくるか、わからない。

だから、慌てて、こんなことも付け足した。

ショウコに言ってもらいたい言葉も妄想してみたんだ。

「はいはい、どうぞ、聞いてあげるから」
ガキを膝の上に乗せた母親の顔で、ショウコが無表情に笑った(不気味)。

怯えながら言葉を発した。

「私が悪うございました。人生の大先輩であるサトル様のことを大事にせず、暴力ばかり振るっておりました。これからは、心を入れ替えますので、未熟者ではありますが、色々とご指導ください」

ガキが膝の上に乗っているからといって、安心してはいけない。
「蹴り」という武器も持っている女なのだ。

全身で身構えた。

しかし、そのとき、ガキが天使のような笑顔で、私に言ったのである。
「ねえ、しらがジイジ。『じんしぇいのだいしぇんぱい』って、な〜に?」

すると、すかさずショウコが、「ウルトラバカってこと」。

「へ〜、シュゴいんだね。しらがジイジ!」
尊敬のまなざしで、私を見てくれた。
(ウルトラマンだと思ったのかもしれない)



はい、ありがとうございます。



小遣いをさし上げた。




ウルトラソウル! ハイッ!




2013/07/22 AM 06:38:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | [子育て]

普通の子が漏らした?
極道コピーライターのススキダに、世間ではアベノミクス、アベノミクスと騒がしいが、世界的にはハツネミクスの方が有名だろう、と言ったら、「おまえ、俺だからいいが、人様にそんなことを言ったら、人格を疑われるぞ」と凄まれた。

はい、すみません。
熱でモウロウとしておりました。
私が、悪うございました。


しかし、さらに人格を疑われることを書こうと思う。
ここからは、汚い表現がありますので、食事前、食事中の方は、ご遠慮ください。


このブログで、私の変態的太ももフェチぶりを繰り返し書いたので、私がヘンタイだということは、もうおわかりだと思う。

だが、私には、もう一つフェチがあることは、あまり知られていない(当たり前)。

おでこフェチ。

女性の無防備にさらされたオデコを見ると、そのオデコにキスしたくなってしまうのである。

ベッキーさんのオデコが目の前にあったら、私は吸い付いて一生離れない自信がある(スッポンか)。


なぜオデコと太ももが好きなのか。

それは、200数十年前にさかのぼる。
中学1年の頃、私は内藤洋子さんという女優を初めて好きになった。

その内藤洋子さんは、いつもオデコをさらし、映画ではテニスウェアなどを着て、健康的な太ももを見せていた。

内藤洋子さんは、私が中学2年のとき、19か20歳の若さで結婚し、芸能界を引退した。
活動時期の極めて短い女優さんだった。

しかし、私の脳裏には、その光るオデコと健康的な太ももが強烈に焼き付けられ、私の変態的嗜好は、中学2年のまま成長せずに今に至っている。

その中学2年の変態BOYが、内藤洋子さんのオデコと太ももを見て、何と言ったか。


内藤洋子のオデコと太ももが可愛すぎて、ウ●コを漏らしそうだ〜〜〜〜〜!


下品に思われるかもしれないが、これこそが、私が人を最大限に評価するときの「極上の褒め言葉」なのである。

私の友人たちは、そのことを知っているから、私の口からそのフレーズが出ると、「ああ、コイツは相当気に入っているんだな」と納得する。

年に1回か2回は、このフレーズを使う。

たとえば…………、

柴咲コウのアイ・パワーがストロングすぎて、〜〜〜を漏らしそうだ〜〜!
ガッキーのスマイルがエンジェルすぎて、〜〜〜を漏らしそうだ〜〜!
アンジェリーナ・ジョリーのデサイシブがスプレンディッドで、〜〜〜を漏らしそうだ〜〜!

………というような使い方をする。

稚拙で下品な表現方法であるが、友人たちからブーイングが出たことはない。
ただ、我がヨメからは出る。

「子どもに悪影響を与えるから、止めてくれない?」

その主張は、わかる。
それは、私もわかっているので、子どもが小さい頃はその表現を使っていたが、子どもが小学校高学年になる頃には、完全に封印した。

私は、常識的なヘンタイなのだ。

息子は私に似ずに、極めて真面目で常識的な人間だから、私の口癖を真似ることは少ない。
しかし、いま高校3年の娘は、私に体質、思考方法、好みなどが似ているクローンだから、確実に真似をする。

だから、娘の前では、この表現を絶対に使わないように、私は気を配って来た。
非常に苦しい選択だったが、娘のために私は、上品な父親を演じてきたのである。


ところで、我が家には、頻繁に娘の友だちが、晩メシを食いにくる。
食いにくる女子高生は、6人。
一度に全員が来るわけではないが、2〜3人が、週に2回程度やってくる。

昨日の晩も二人来た。

一人は、以前我が家に1年ほど居候をしていた「居候さん」。
彼女は、「小腹が空いたので、晩ご飯までのつなぎに米を2合ほど食べておこうか」と言って、おヒツの2合メシに塩をふりかけて食うという、ごく普通の女子高生である。

もう一人は、イッちゃん。
彼女は、「人の作った洋服なんて気持ち悪くて着られるかあ!」というポリシーを持っているから、自分の着る下着、パジャマ、洋服、制服をすべて自作するという、ごく普通の女子高生である。

居候さんは、豚ヒレカツ丼を「控えめに」3杯食って、キャベツ半分を使った千切りをアッと言う間に消費し、ドンブリ一杯の味噌汁を2度おかわりするという、普通の晩メシを摂取した。

イッちゃんは、居候さんが「普通の量」の晩メシを食う間、43分かけて豚ヒレカツ丼を普通に消費した。

晩メシが終わったあとで、居候さんが「パピー、iPad貸してくれる?」と言うので、貸した。

どうやら、3人で動画を見るようだ。

何を見ているかというと、居候さんとイッちゃんは、アーティストの布袋寅泰氏の大ファン(渋い?)。
つまり、布袋氏のミュージック・ビデオを見ていた。

「キマッテルね、カッコいいね」
「あのヘアスタイルが最高だよね」
「ギターが、ギュインギュイン歌ってるじぇ〜。クールだあ!」

などと、興奮の極地。

普通の女子高生が、布袋寅泰氏のMVを見てキャーキャー言うという、普通の場面。

その普通の場面に、突然出現した「呪いのことば」。


「布袋さんのギターがカッコ良すぎて、ウ●コを漏らしそうだあ〜〜〜!」

イッちゃんの言葉に同調するように、居候さんが、「おおおおお! 漏らした〜、漏らした〜!」と叫ぶ。


え?

え?

んんんんんん………え?(3度見)


それは、普通の女子高生の間で、いま流行っている言葉なのか。

しかし、こんなお下品な言葉が、流行るものだろうか。

念のため、ネット検索をしてみたが、その表現が流行っているという情報はなかった。



ということは………これって、もしかして………。

いやいや、まさかね。

しかし………。



どう思います?



2013/06/22 AM 06:38:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | [子育て]

君は、いつも楽しそうだね
私に感謝して欲しい、と2日前の晩メシのとき、家族の前で、私は言った。

昨日の夜、新宿駅の東口から西口に抜ける通路を家族4人で歩いていたんだ。
暗い通路でね。
他の人は、誰も通っていない。

生暖かい風が、前から吹いてきて、肌にまとわりつくような感じだった。
俺は、嫌な予感がしたよ。
そして、俺の鋭い勘は当たった。

そんな不気味な通路を半分くらい行ったときに、向こうに大きな熊がいるのが見えたんだ。
おそらく3メートル以上の大きさの熊だ。

地下通路だから、逃げ場はない。
俺は、とにかく君たちを安全な場所に逃がさなきゃ、と思って、自ら熊のほうに歩いていき、熊を威嚇した。

両手を大きく広げて、俺は唸りながら前進した。
しかし、熊も少しずつ近づいてくる。

牙をむき出しにし、凶暴さと圧倒的な威圧感で、人を恐怖のどん底に陥れる最強の野獣。
それを目の当たりにしたとき、俺は絶望感を味わった。

しかし、君たちだけは、逃さなければいけない。
だから俺は、仁王立ちになって、野獣に立ち向かったんだ。

その間に、君たちは、来た道を戻って、無事地下通路から逃げることができた。
それを確認してホッとしたとき、相手は猛烈な勢いで、俺に突進してきて、俺はもう駄目だと思った。

絶体絶命。

そのとき、俺は咄嗟に、指でピストルの形を作って、「バーン!」と熊の眉間を目掛けて撃ったんだ。
すると、驚いたことに、俺の右手の人差し指から弾が飛び出て、熊の眉間を撃ちぬいた。

熊は、その場に崩れ落ちたよ。

危ないところだった。
まさに、危機一髪だった。

そこで、目が覚めたんだが、俺は勇敢に熊に立ち向かって、君たちを守ったことだけは、紛れもない事実だ。

だから、俺に感謝してほしい。
心から感謝してほしい。

・・・・・と私は、ヨメ、息子、娘の顔を見回して、胸を張った。

それに対して、ヨメと息子は、鼻で笑うだけ。
高校2年の娘だけが、道端ジェシカに落ちているゴミを見るような目で、「おまえさあ、最近、加速度的に哀れになってきたな」と言った。

おお! あはれか!
それは、古語的に解釈すると、情緒豊かな、という意味の、あの「あはれ」だな。

褒めてくれて、どうもありがとう。

私が恭しく頭を下げると、娘は、道端アンジェリカで、地面に絵を描いている2歳児に語りかけるように、言ったのだ。

「君は、いつも楽しそうだねぇ」



一週間ほど前、大学時代の友人、カネコの娘、ショウコから電話があった。

「私を公園に連れてって」

マサ(ショウコの夫)と喧嘩したのか、それとも、育児放棄か。

「違うよ。マサが育児休暇をくれるって言ったんだ。一日育児を離れて、友だちに会ったり、好きなことをしてきたらどうかって。でも、友だちにはいつでも会えるし」と言った後で、声のトーンを少し変えてショウコが言った。

「買い物は面倒くせえし、人ごみに出るのも面倒くせえんだよね」(どうやら、私の声マネをしているらしい)
「だから、公園に連れて行け!」

よし、わかった。
小金井公園でいいな。

「駄目! 昭和記念公園。私にコスモスを見せろ。自転車に乗せろ。手作り弁当を持って来い!」

昭和記念公園は、広大で見所がたくさんあって好きなのだが、有料なんだよな。
しかし、それを言って抵抗したら、殴られるのが確実なので、わかりました、と答えた。

そこで、昨日、弁当を二人分作って、昭和記念公園に出かけてきた。

レンタサイクルを借りて、広い園内を走り回り、コスモス畑を見、秋の花々の匂いを全身に吸い込んで、心の洗濯をした。

そして、昼メシ。

私は、人と同じものを食うと下痢をする体質なので、ショウコと私の弁当の中身は、まったく違う。

ショウコは、肉食女子だから、豚肉の生姜焼きやアスパラの牛肉巻き、鶏のから揚げ、ブロッコリー中心のサラダと大き目の握り飯2つ。
私は、カキフライ男子なので、おかずはカキフライが8割、あとは人参のキンピラ、特大の握り飯ひとつ、クリアアサヒ。

二人目の子供を産んでから、まだ3ヶ月。
少しは、やつれているかと思ったが、肉に喰らいつく姿は、肉食動物そのもの。

元気そうで、何より。

「ねえ、若い子と公園デートなんて、嬉しすぎて、心臓麻痺を起こさないでよ」と、牛肉巻きを齧りながらショウコが言った。

若い子ったって、子持ちの24の人妻じゃないか。
全然、トキメかねえよ。

張り手が飛んでくるかと身構えたが、左手に弁当、右手に箸を持っていたので、そんな余裕はなかったようだ。
助かった。

で・・・大学院は、ちゃんと行っているのか。
子育てとの両立は難しいだろうが、自分の選んだ道なんだから、リタイアはするなよ。
偉そうに言ったので、殴られるかと身構えたが、無事だった。
(俺、ビクビクしてる?)

大学1年の6月に結婚し、3年で子供を産み、つい最近、大学院の2年目に二人目を産んだショウコ。
なぜ、そんなに目まぐるしい人生を生き急いでいるのか、と思うが、私には、そんなことを聞く趣味はないので、見守るだけにした。

「夏休みは子育てに専念。でも、今は休まずに行っているよ。『俺は学校休んだことないんだよ』って、サトルさんに、いつも自慢されているから、負けたくないんだ」

いや、自慢しているつもりはないんだが。

「学校が好きだからでしょ。わかってるよ」

そう。
勉強は嫌いだが、学校が好きだった。
だから、休んだことがなかった。

熱があっても学校に行った。
自分が休んでいる間に、何か楽しいことが起きていて、それを体験できないのが自分だけ、という状況になったら、私は絶対に、それを耐える自信がない。

だから、どんな状況でも学校に行った。

「学校が好きすぎて、教師になろうと思ったこともあったんだよね」

大学は法学部だったが、教職課程を取って、教育実習にも行った。

「でも、自分が教師に向かないという、重大な欠点があることに気づいたんだよね」

そうなのだ。
私は、人を叱ったり、怒ったりできないのである。

ただ、日常生活で、見ず知らずの人が、私に無礼を働いたり、公共の場で明らかなマナー違反を犯した場合は、もちろん注意するときがある。
相手の胸倉をつかむ寸前まで、いくこともある。
高速右フックをお見舞いしてやろうか、と思うこともある。

しかし、自分が少しでも知っている人間に対しては、叱れないのだ。

彼(あるいは彼女)にも、いいところがあるのを俺は知っているしなあ、こいつは、本当はいいやつなんだ・・・と思うと、叱れないのだ。

目に余るときは注意するが、叱ったり怒ったりはできない。

そんな私を見て、教育実習先の学校の学年主任が、私に言ったのだ。
「M君は、一番教師に向かない性格の人だよね。生徒を叱れない人は、教師になるべきじゃない。それは、生徒にとって、害でしかない」

私も、そう思う。

だから、断念した。

しかし、君のマサも、生徒を叱れないんじゃないかな。

ショウコの夫、マサは中学の英語の教師だが、見るからに温厚な男で、彼を見ていると、牧師のほうが似合っているんじゃないか、と思うことがある。
彼が、生徒を叱っている姿を、私は想像できない。

私がそう言うと、ショウコが87日ぶりに真面目な顔をして、言ったのだ。

「これは、真面目な話なんだけどさ」

わかっているさ。
俺は、いつだって人の話は、真面目に聞く準備はしている。
俺ほど真面目な人間は、この銀河系にはいない、という自信が俺にはある。
だから、遠慮しないで、話を続けてごらん。ホラッ、ホラッ。

昼メシを食い終わった後だから、ショウコの右手が開いていた。
パンチを出す用意をしたようなので、私は咄嗟に、右手で顔、左手で腹をガードした。

パンチは、飛んでこなかった。

一回、舌打ちをした後で、ショウコが話を続けた。

「高校3年の10月、高校の文化祭で、自分の中学の生徒を引率してきたマサに初めて会ったんだよね。そのとき、マサを見て、ああ、サトルさんがいるって思ったんだ。顔は似ていないんだけど、雰囲気がサトルさんだった。つい、見つめてしまったね。私は校内を案内する係だったから、引率してきた生徒を交えて、話が盛り上がってね。みんなとメール交換をした。マサともね・・・。それが、始まりだった」

それは、初耳だ。
私は、人のプライバシーを聞く趣味はないので、ショウコとマサの馴れ初めを聞いたことがなかった。
なかなか興味深い話ではないか。

しかし、私は、こんなときでも茶化してしまうのだ。

そうか、俺に似ていたのか。
それは、きっと、本当に俺だったんじゃないかな。
どうやら、俺は3人いるらしいんだ。
良いオレ、悪いオレ、普通のオレ。

そのとき君が見たオレは、きっと良いオレだったんだろうな。

ペットボトルのキャップが、高速で飛んできた。
おでこにヒット。

痛かったぞ!

しかし、ショウコは、泣きの私を無視して、話を続ける。

「大学進学が決まった春に、2回デートしたんだよね。そして、2回目のとき、真剣に付き合ってほしいって言われた」
なぜか、私の顔を睨むように見て、「断る理由なんか、なかったからね」と言いながら、私が右手に持ったキャップを強引に取り戻した。

そして、ショウコは、その年の6月に、人生を短距離で駆け抜けるように、マサと入籍したのだ。
まだ、18歳だった。

なぜ、そんなに急いだのか。

その答えは、すでに出ている。
相手が、マサだったから。

マサになら、自分のこれからの人生を預けてもいいと思ったからだ。

マサと結婚するなら、18歳でも、22歳でも、30歳でも同じ。
それなら、早くても、いいじゃないか。

ショウコらしい考え方だと思う。


ああ・・・・・しかしなあ、と私は言った。

勉強を教え、料理を教え、テニスを教え、人生の厳しさを教えた恩人に、何の相談もなく、いきなり入籍するというのは、人間として、どうなんだろうか。

まずは、結婚相手を恩人に紹介し、判断を仰ぐ。
もし恩人が反対したら、二人で泣いて土下座して頼む。
それでも、恩人が反対したら、男は頭を丸めて仏門に入り、女は尼寺に出家。

つらい修行を数十年続けながら、恩人の怒りが収まるのを待ち、ひたすら恩人に礼を尽くし、恩人の赦しを得るまで、純愛を貫くというストーリーは、思いつかなかったのかね。

これだから、最近の若い者は、まったく・・・・・。


また、ペットボトルのキャップが、高速で飛んできた。
しかし、二度同じ失敗を繰り返すほど、私は愚かではない。
左手で、いとも簡単に掴み、私は叫んだ。

「敗れたりぃ! まだまだ、おぬしは、修行が足りぬぞぃ!」
得意げに、胸を張った。

私の64センチ前に座っていたショウコは、道端カレンで、地面のアリを観察している2歳児に話しかけるように、ヒザ立ちになりながら、私の頭を撫でて言った。

「君は、いつも楽しそうだねぇ」




いや、別に、楽しくは・・・・・。




2012/10/22 AM 06:38:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | [子育て]

約束(ささやかな希望)
オリンピック真っ只中。

4日間、仕事に縛られ、なんとか校了にたどりついた達成感に浸りながら、つい4時間前までの深夜、撮り溜めしておいた五輪番組の中で、興味のある種目だけを選んで観た。

一流アスリートの躍動する姿を見るのは、楽しい。

メダルとは関係なく、アスリートの試合後の満足気な顔を見るのも、楽しいものだ。

でも、日本の男子柔道の代表は、ほとんどの人が、試合前から眉間にシワを寄せていましたね。
その表情から窺えるのは、まるで修行僧のような悲壮感。

それは、言い換えれば、使命感というものだろうが、使命感も度が過ぎると、呪縛になる。

「柔道日本」の呪縛から逃れて、JUDO JAPANになれば、眉間のシワもなくなるのに・・・・・と、素人意見ですが、思ったホネホネ白髪おやじでした。



ところで、話はまったく変わって、私の高校2年の娘は、テレビドラマが好きだった、という話を強引に繋げようかと・・・。


わが娘は、小学2年あたりから、毎週4〜5本の連続ドラマを観るのを習慣としていた。

好きな女優は、仲間由紀恵さん、竹内結子さん、菅野美穂さん、篠原涼子さん。
きれいなおネエさんが、好きなようだ。

そのドラマ好きの娘が、昨年の夏すぎから、ほとんどドラマを観なくなった。

なぜかというと、昨年高校の文化祭の出し物で、クラスでミュージカルをしたのをきっかけに、演劇に目覚めたからだ。
ただ、目覚めたといっても、娘が演劇を始めたわけではない。

そのミュージカルのときに、一緒に脚本と演出を手がけた演劇部の女の子の影響を受けて、それ以来、観劇が趣味になったということだ。

お友だちと専門誌を持ち寄って、情報交換をしながら、大きな劇団からアングラ的な小さな劇団まで、興味ある劇を選ぶ。
そんな風にして、ひと月に1〜2本の劇を観る。

もちろん、中にはつまらないものもあるようだが、演者たちの熱気とやる気に圧倒されて、「ゾックゾックするぜぇ〜」と言いながら、劇の内容を説明するとき、娘の目は、とても輝いて見えた。

その娘から見ると、今のテレビドラマは、「同じ人ばかり出ていて、同じような表情で、同じように口先でボソボソと喋るアイドルばかりが主演だから、画面から熱気が伝わってこない」ように感じるらしい。

「もちろん、監督も俳優もスタッフも頑張っているんだろうけど、ひとりふたり、セリフの喋れない人や芝居を作れない人がいると、話がそこで止まるんだな。セリフが下手ならば、全身で感情を表現して欲しいけど、感情を込めることを『怒鳴ったり大声を出すこと』だと勘違いしているから、演技がワンパターンになる。表情もグラビア撮影的な表情しかできない。だから、話が止まった時点で、観る気がなくなるんだよね」

そんなこともあって、テレビ局は、10年近くTVドラマに親しんできた貴重なファンの一人を失った。

夜、録画したドラマを娘と観るのを楽しみにしていた私の幸福な時間も、それと同時に終わった。


こうやって、楽しみは一つずつ減っていく。


そんな風な一年が過ぎて、寂しさを覚えた私は、楽しみが完全消滅しないように、最近、一つの策を用いることにした。

娘は、キレイなおネエさんが好きだが、カッコいいおネエさんも好きだ。

そこで、私は、娘がハマりそうな、カッコいい主人公が登場するドラマを探すことにしたのである。

「黒の女教師」というドラマ。

高校の女教師が、被害を受けた人から報酬をもらい、課外授業と称して、放課後に悪い奴を懲らしめるドラマだ。
簡単に言えば、勧善懲悪型のドラマ。
「必殺仕事人」の教師版のようなものだ。

黒い洋服、そして無表情、ダークな過去を持つヒロイン。

これは、確実に娘が興味を持つに違いない題材だ。

これは、面白いはずだから、騙されたと思って観てごらんよ。

そう言って、私は、腕を組み、あぐらをかきながら、土下座して、頼んだ。


私の場合、テレビは必ず録画して観る。
リアルタイムで観ることは、ほとんどない。

あとで、時間の空いたときに、まとめて観る。

このドラマの第1回も、テレビ放映から1週間近く経ってから観た。

「おまえ、一緒に観ようぜって言ったくせに、全然観る気ないな」と娘に言われて、慌てて深夜に柿の種をポリポリかじりながら、観たのである。

観終わって、手放しで面白い、と言えるドラマではなかったが、他のドラマとは一線を画すダークサイドな部分があったので、気に入った。

娘は、「まあまあだな。展開が予測できるのが難点だが、現実感がないところが、いいんじゃないか」と評しておりました。

「でも、あれだな」と娘が話を続ける。
「インターネットでは、『女王の教室』のパクリだ、なんてコメントしている人がいたけど、全然似ていないな。似ているといえば、主人公の女教師が無表情というところだけだ。これがパクリだったら、ほとんどの刑事ドラマやサスペンス、恋愛ドラマは、設定が似かよっているから、全部がパクリになる。きっと、本編は観ないで、番組の宣伝を見ただけで批判しているんだろうな。最初から、批判することだけが目的で批判しているのかもな。こういうのを読むと、ネットのコメントを信用するのも考えものだな」

なかなか鋭いことを仰る。

そういうところでしか、自分の世界を構築できない人がいるとしたら寂しい限りだが、それも含めてインターネットだ。
それに、その人たちの存在を否定したら、ネットは、どこかの国みたいに規制で身動きが取れなくなる。

ネットには、そんな風な「負の部分」も必要なんだ、と俺は思うよ。

「おお! まるで情報学の授業みたいだな。しかし、ワレワレには、そんな話、似合わないから、残りの柿の種を食い終わったら、寝ようぜ。
ああ・・・・・次の回もちゃんと録画しておけよ。また一緒に観ようぜ」

(喜)

これで、ささやかな楽しみが、ひとつ増えた。


他にも、娘とは、もう一つ、一緒にお気に入りアーティストのライブに行く、というお約束事があった。

私の方から、4つの希望を出した。

そのうちの3つは、すでに叶えられた。


浜田省吾師匠のライブは、武道館で観た。

東京事変/椎名林檎様のライブは、さいたまスーパーアリーナで観た。

宇多田ヒカルお嬢様のライブは、横浜アリーナで観た。


あとは、安室奈美恵先生だけだ。
(ミーハーで、スイマセン)

安室奈美恵先生に関しては、ブログで5〜6年前、2回ほど書いたことがある。
活動的にやや停滞していたときだったが、安室先生は、必ず再ブレイクする。
安室先生は、過小評価されている。
安室先生は、クイーン オブ ポップスだ、と書いた。

娘は、そのときは、ほとんど安室先生に興味がなかったが、まもなく再ブレイクしたということで、「おまえの言うこと当たったな。すげえな!」とお褒めの言葉を頂いた。

それ以来、娘は、安室先生の歌をヘビー・ローテーションで聴くようになった。

そして、「絶対に、チケットをとれよ」と、上から目線で土下座した。

わかった。


わかった、とは言ったが、安室先生のライブは、いまプラチナチケット状態である。
(今年のドームツアーのチケットは、即日完売だったらしい。即日というより、数分で完売?)

私に残された人生の運をすべて使っても、チケットが取れるかは、わからない。

それに、もし運を使い果たしてチケットが取れたとしても、楽しみがそこで終わる、という悲しい現実が待っている。


それは・・・・・・・さびしい。


それなら、このままチケットが取れない方が、いいのではないか。

と言ったら、娘は、「まだまだ行きたいライブはたくさんあるぞ。少女時代のライブだ。オレは、友だちとは行ったが、おまえとは行ってないからな。おまえの好きな太ももが、全部で18本。おまえにとって、パラダイスじゃないか。今度、行こうぜ」と、私の太ももを叩いた。

おお! 少女時代天女か。

それも、いいな。

じゃあ、柴咲コウ姫のライブは、どうだ?

「いいな、行こうぜ!」
「あと・・・倖田のクーちゃんのライブもあるぞ」

倖田來未菩薩か。
いいな、行こう!

なんだ、まだまだ、ささやかな希望は、探せばいくらでもあるじゃないか。

調子に乗って、THE BAWDIES君のライブは、どうかな? と言ったら、「ボーズゥ? そんなやつ、知らん!」と言われた。


ちょっと、ガッカリ・・・・・・・。



ところで、同世代の友人たちから、よくこんなことを言われる。
「おまえ、若ぶった音楽ばかり聴いているけど、それって痛々しいぞ」

娘からも「俺の同級生の父親が聴いているのは、演歌か懐メロばかりらしいぞ。おまえ、大丈夫か。精神年齢、低いんじゃないか。お願いだから、AKBのライブに行くなんて、言い出さないでくれよな」と言われている。


なんか、オレ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

本当に、痛々しい扱いになっていないか・・・・・・・。


2012/08/05 AM 06:25:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | [子育て]

愛すべき3割のアホ
「それは違うんじゃないかな」と言われた。

吉祥寺の串揚げ屋で、ランチを食いながら(奢ってもらいながら)だ。

東京事変解散の悲しい話題が終わったあとで、私がネットで見た自民党の石原幹事長の話をしたときのことだった。

それは、石原氏のお父上の都知事様が「石原新党」を作るにあたって、自民党の一部の議員を取り込もうとしていることに関し、幹事長様が「人の財布に手を突っ込んでお金を取ると言っているようなものだ」と不快感を示したというヤフーの記事である。

ヤフーには、コメント欄というのがあって、自由に意見を述べることができるようになっている。

その記事に関するコメント欄に、私は違和感(もしくは疑問)を持ったのだ。
だから、それを話題にした。

コメントの一つ。
「そうか。お前は国会議員の仕事を財布だと思ってんだな」

おそらくこのコメントは、ただのツッコミ(あるいは揶揄)であって、それほど真剣にコメントしたものではないと私は受け取った。

財布というのは、もちろん比喩だし、それが「人のカバン」であってもいいし、「人の敷地」でも同じことだ。
それをコメントの主はわかっていて、軽くツッコミを入れた。

しかし、その軽いツッコミに、8千人以上の人が「私もそう思う」をクリックしていたのだ。
これは、このコメントをどう受け取って、クリックしたものなのか、と思った。
まさか真に受けてクリックしたことはないとは思うのだが。

これは、大政党の大幹事長であられる息子が、70歳を遥かに過ぎても、いつまでもヤンチャな自分の親父を愛情を持って嗜めたものだと、私は理解している。

要するに、これは政治家の言葉の遊びであって、自身も政治家であり、親も政治家である親子の争いネタを提供しただけのものである。
つまり、お互いが公人の身だから、親子間のご意見ご忠告も公の場に晒そうではないか、という世間への義務を果たしたに過ぎない。

言ってみれば、馴れ合い。
台本通りの一幕劇。
見方によっては、茶番と言ってもいいものだ。

この程度のことは、放っておけばよい。


というような主旨のことを白けながら言ったのだが、目の前に座ったアホのイナバは、串揚げの油でギトギトになった口を小さくへの字に歪めながら、「それは、どうかな。違うんじゃないかな」と言うのである。


ここで、私の「恩人」であるアホのイナバについて、少々ご説明したいと思う。

アホのイナバは、10年前に知り合った時は、「シマ」という苗字だった。
しかし、奥さんの希望で、東京郊外の日野市に引っ越したとき、隣の家が偶然シマさんちだった。
そして、家庭菜園が趣味の奥さんが、市民農園の一角を借りて菜園を始めたとき、隣のブロックを借りていたのがシマさん(隣家のシマさんとは別人)だった。

その時、アホのイナバ(当時はシマ)は思ったのだ。
「俺、30年間生きてきて、シマって苗字には、一度も会ったことがなかった。しかし、引っ越してきて、二人のシマさんが近所にいた。なんか、嫌だ! 居心地が悪い。だから、俺、苗字を変える!」

そう言って、アホのイナバは、シマ姓を捨て、奥さんの苗字を名乗ることにしたのである。

アホの極み、と言っていい。

イナバは、中学までは真面目に学校に行ったらしいが、高校は、理想と現実があまりにも違いすぎて、半分以上登校拒否状態だったらしい。
普通だったら「退学」という状況だったが、担任の先生のご尽力で、卒業だけはすることができた。

そして、アニメーター養成学校に入って、アニメーション技術を学び始めるが、自分の才能が、ただ単純に見たものを正確に書き写すという一点に集中していることを悟り、4ヶ月で学校を辞める。

その後、独学でリアル・イラストの技術を会得したイナバは、兄の勤める制作会社から仕事を請け、それだけで細々と生計を立てていく。
そして、徐々にその才能が認められ、27歳で独り立ちすることになった。

私が出会った頃のイナバは、礼儀を知らないバカ丸出しの男だった。
まともにバイトをしたことも働いたこともないから、人間関係の構築が下手だった。

だから、14歳年上の私に対して、終始タメグチで話した。
年上を敬うという最低限の礼儀さえ、彼は身につけていなかった。

そこで私は、自分自身非常識な男だということを認識していたが、イナバのために(?)礼儀を一から教えることにしたのである。

俺に対しては、無礼でもいい。
タメグチでも構わない。
しかし、心の中で敬意だけは持て。
他の人には、敬意プラス真心で接しろ(クサい?)。

非常識人の代表である私が説くマナー論を、イナバは徐々に理解していき、その高等テクニックを何故か奥さんを獲得することに使った。

イナバがそのとき、どのような高等テクニックを使ったか、想像はつくが、ここでは書かない。
ただ「初恋」が「結婚」に結実するという奇跡が、彼の身に起こったということだけは記しておく。

イナバの奥さんは、しっかりものである。
彼女は、永遠の10歳児・アホのイナバを優しく導く家庭教師と言っていい存在だ。
そして、この家庭教師のご実家は、大富豪でもあったのだ。

アホのイナバは、そのことを4年前まで知らなかった。
奥さんの父上が亡くなられ、天文学的な遺産の一部が、彼の奥さんに受け継がれたとき、初めて知ったというのである。

イナバが大金持ちになったとき、その恩恵を一番に蒙ったのは、非常識人代表の私だった。

厚かましくも、姉のガン治療の費用を彼に全面的に工面してもらったのである。
私は、姉のガン治療とその後の保険の適用されない検査費用、合わせて2百万円弱を彼に借りた。

しかし、未だ、お借りした金の6割しか返していない恥知らずの男に、イナバ様は「Mさん、無理しなくていいよ。どうせ俺の金じゃないんだし」という温かい言葉を投げてくださるのである。

そう言えば、3年前に借りたままのMacBookもまだ返していない。

「ああ、新しいの買ったから、壊れるまで使っていいよ。どうせ俺の金で買ったんじゃないんだし」


恐縮です。

だから、イナバは、私の恩人だ。

しかし、いまだに、イナバはアホである。
こんなエピソードがある。

渋谷のスペイン坂を歩いていたときのことだ、外人がふたり陽気に話しながら私たちの前を歩いていた。
あれは、きっとイタリア人だな、と私は言った。
するとイナバは、「Mさん、俺いまイタリア語完璧に分かりましたよ。すごいな! 俺って」
(そりゃそうだ。二人とも流暢な日本語で話していたんだから)

ある日、イナバが言った。
「Mさん、果物は野菜ですよね? だって、八百屋で売っているんだから」
(意味がわからん)

「Mさん、俺、Mさんと知り合ってから、必ず選挙には行くんですけど。あれって、貯まるもんなんですかね?」
(貯まるもの? どういう発想だ?)

4、5年前の暮れのことだったが、イナバが自宅で倒れて、救急車で運ばれたことがある。
年末は検査ができないので、正月は入院。

年が明けて、病院の機能が正常に戻ったとき、精密検査を受けることになったイナバ。
自分の病気が末期的なものではないかと怯え、私に電話で泣き言を延々ともらしたイナバ。

検査の結果は、睡眠不足と過労。
イナバは、年末に仕事が殺人的に詰まったとき、眠らずメシも食わずに作業に没頭するという、私の真似をしたのである。
その結果、「まるで自分の体が自分ではないみたい」という、生まれて初めての状態を体験して、ぶっ倒れたのだ。

病院に見舞いに行って、イナバが「Mさん、俺、病院のベッドの上で、24時間ずっと遺書の内容を考えていましたよ」と頬の削げた顔で、泣きながら笑ったとき、私は背筋に寒いものを感じた。


そんな風に、その存在自体が意味不明のイナバ。
アホのイナバ。


40歳を過ぎても、いまだに奥さんと私以外の人間とは、うまくコミュニケーションできず、自分の子どもとも上手く接することができない状態だという。

今回会ったのも、子育てについての相談だったのだが、イナバが自分の感情を上手く表現できないため、こちらも靴の上からかゆい足を掻くようなもどかしさで、一向に話が進まないという状況。

そこで、話を円滑に進めるために、冒頭のような話題を振ってみたのである。

すると、珍しく自民党の石原大幹事長様の話のところで、私に反論してきたのだ。

「Mさん。昼間真面目に働いている人は、そんなコメント欄なんか読んでないよ。家にいて暇を持て余した人が、ただ反射的に『私もそう思う』ボタンを押して、その意見を共有した気になっているだけだよ。意味なんかないんだよ。内容なんてどうでもいいんだ。共有した気になりたいから・・・・・ただ、それだけだと思うよ。真面目に考えるだけ、損だよ」


なんか、投げやりな意見だな。


しかし、イナバくん。
君も子どもと何かを共有したいとだけ、思っているんじゃないかな。
意味もなく何かを共有することが親子関係だとは思っていないか?

俺も共有している、と錯覚を持ったことはあったが、それは片思いのようなものだよ。
一方通行の場合が多い。

結局、親子は、何もしなくても親子なんじゃないかって、最近の俺は思うんだ。
子どもが生まれた時から、俺たちは親と子。
そんな当たり前の関係を共有する必要はないんじゃないか。
特別に意識する必要はないんだ。

イナバはイナバ。
子は子。

無理に上手に接しようとしなくても、子どもは、そんな不器用さも含めて、イナバくんを親として認識しているんじゃないかな。


俺の言っていることが、わかるか?

イナバが即答。
「わからないんで、もう一度、説明して」

結局、そのあと同じことを二回繰り返したのだが、イナバの脳の奥までは届かなかったようだ。

「あ、でも・・・3割くらいは、わかったかも」


10年前は、理解度1割だったから、イナバはイナバなりに進歩したということか。

10割理解するのは、いつの日やら。

しかし、10割理解してしまったら、イナバがイナバではなくなる気もするし・・・。



そんな愛すべきアホ、イナバのお話でした。



2012/02/03 AM 06:35:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | [子育て]

スプーン一杯ほどの
世界親バカ選手権、エントリーナンバー1番。


今年、高校に入学した娘は、高校生活を始めるにあたって、いくつか目標を定めたという。

第一に、語学(ハングル、英語)を極めること。

これは、本当に真剣に取り組んでいて、ハングルを選べるのは2学年からだが、もうすでに一年以上前から、ハングルを勉強していることもあって、その上達速度は、かなり早い。
本格的に高校で習い始めるより前に、ハングルを会得してしまうのではないかというほどの勢いだ。

英語は、もともと私の影響を強く受けているためか(プチ自慢)、中学1年のときから成績は良かった。
ただ、私の中学・高校時代ほどではないが。

ここで、確実に世界を敵に回すかもしれないことを自慢してみる。

私は、中学3年間と高校2年の2学期の期末まで、英語は、すべて百点だった。


ん・・・・・・・・・・て、敵に回したか?


ま、まさか、ロケット・ランチャーを用意している奴がいるなんて!

シェ、シェルターに逃げなければ。


シェルターから、話を続ける。

娘は、クラスで成績トップになること、という目標も掲げ、1学期で、その目標は早々と達成された。

チョ、チョット・・・・・娘に、ロケット・ランチャーは向けないで欲しい。
お願いですから!


一生付き合える友だちを作る、という目標もあった。

まだ4ヶ月足らずであるが、とりあえず親友と呼べる子は出来たらしい。
男の子も含めて、たこ焼きパーティをしたり、映画やカラオケに行ったり、ショッピングに行く高校の友だちは6人。
「自称人見知り」にしては、上出来だと思う。


身近な目標としていた学校定例の「合唱祭」で優勝すること、というのは叶わなかったが、娘は確実にクラス委員として、クラスをまとめ上げたようだ。
合唱祭の後、各クラスで「打ち上げ」を行なったらしいのだが、他のクラスは、5〜10人単位で打ち上げをしたが、娘のクラスは、クラス40人のうち38人が出席して、「もんじゃ焼きパーティ」をしたというのだ。

出席率、驚異の95%!
(出席しなかった二人は、全体主義(全員一緒)は嫌だ、と言って拒否したが、娘に「悪いね」とは、言ってくれたようだ。全体主義は嫌だ、という考え方は、娘も私も理解できる。二人とも少数派が好きなので)


その数日後、娘の発案で、教育実習生の最終日に、クラス全員の寄せ書きと実習生の似顔絵、花束を渡すというサプライズは、教育実習生だけではなく「やられた〜」と言って、担任の先生も泣かすという、密度の濃いサプライズになった。


6月末のクラスの懇談会で、担任に言われた。
「教師になって20年。今年ほど楽なクラスはありません。Kさんが、クラス全体をまとめてくれて、私は何もすることがありません。こんなに、まとまりのいいクラスは、初めてです」

もちろん、お世辞であるにしても、親としては嬉しい言葉である。

「自称人見知り」が、ここまでリーダーシップを発揮するとは、嬉しい誤算だ。

時に、私のように「面倒くさい」と思うこともあったようだが、「俺は、クラス委員。自分から立候補してなったんだから、最後まで投げたらアカン」と思って、自分を鼓舞しているようだ。


すごい進歩だ、と思う。

おまえは、もう親を超えている。


いま娘は、9月の文化祭の準備のため、毎日学校に行っている。

最初は、イケメンを女装させた「美女コンテスト」をする予定だったが、その企画は学校側からNGを出された。
そこで、演劇部の同級生と案を練り、「鏡の国のアリス」や「となりのトトロ」「パイレーツ・オブ・カリビアン」「白雪姫」を取り入れた「パロディ劇」を演出することになった。

台本を書き、キャストを決め、出演者が着る衣装のデザインや縫製まで、演劇部の友人とふたりでするという、かなりのハード・ワークだが、「楽しいぜよ!」と毎日言いながら、私の作る弁当をスクールバッグに詰めて、毎朝7時20分に家を出て、夜6時40分前後に家に帰るという日々を繰り返している。


親である俺は、何もしていないのに、娘は思いがけないスピードで成長している。

それは、とても嬉しいことだが、バカ親としては戸惑いも感じる。

完全に、置いていかれている。

その思いが強い。
そして、俺、何もしてないのに、なんで、こんなに真っ当な青春を娘は生きてるんだ、と眩しくも思う。


贅沢な暮らしも、満足な環境も与えたことがないのに、子どもは、親なんて関係なしに伸びていくのだと、このところの私は、驚愕の毎日である。

ここまで来ると、親なんて、いらないんじゃないかとさえ思う。

親は柱の影から、右目だけ出して、小さい声で「ワッショイ」と言っているだけでいいのかもしれない。


今まで、スプーン一杯ほどの愛情を子どもたちに注いできた。
それは、ちっぽけなものだが、毎日欠かさず注いできた。

俺には、それしかできない。

情けない親だという思いは、絶えず心の真ん中に持っている。

だから、せめてスプーン一杯ほどの愛情だけは、これからも枯らさないで持ち続けたいと思う。





(は?・・・・・後ろから、不穏な気配が)

た、確かに、クサイことを言いましたが、またロケット・ランチャーを向けるのは、やめていただきたい。




2011/08/22 AM 06:38:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | [子育て]

イクメン? ケッ!
「俺、イクメンなんです」と桶川のフクシマさんに言われたとき、何言ってんだ、この人、と思った。

どこが、イケメンやねん!
タレ目の金子貴俊が!

「いやいや、Mさん、イケメンではなくイ・ク・メ・ン! です。知りませんか、その言葉?」

知ってる・・・・・・ような気がする。
昨年の流行語大賞の中に、あったような気がする。

イクララーメン、を略したものだろう。

あまり食欲をそそらないが。

あるいは、イクラソーメンを略したものだったか。

食いたくないが。

まさか、田斗真が表紙のメンズノンノのことか。

いくらなんでも、それは無理があるだろう。

そんな妄想の世界に浸りきっていたら、フクシマさんが、あっさりと「育児をする男」と鼻息とともに吐き出した。

「ほら、嫁さんが、コレでしょ」とフクシマさんは、両手でお腹を膨らませるポーズをした。

奥さんが、女相撲を始めたんですか?

私の洗練されたジョークを完全に無視して、フクシマさんが「二人目ですから、なかなか上の子にまで手が回らなくて、俺が育児を手伝ってるんですよね。だから、俺、イクメン」と、胸を張った。

イクラのパスタを食べるボンビーメン(『しつこい!』 と睨まれた)。

そうですか、フクシマさんが、育児をねえ。
意気地のないフクシマさんが、育児を・・・・・。

また、睨まれた。

まあ、えらいといえばえらいですが、今さらですよ、フクシマさん。

あなたは、出産に立ち会ったことがありますか?

「いや、そんな大それたことは・・・」

私は、二回とも立ち会いました。
そして、最初の子のとき、初めは母乳を与えていたのですが、だんだんヨメの乳の出が悪くなって、粉ミルクに代えました。
夜中に、ヨメと交代で、私はミルクを与えましたよ。
そのときは、まだ独立前でしたから、昼は会社勤め、そして夜は子どもを風呂に入れ、真夜中はミルクです。
慢性的な睡眠不足でございました。

子どもが成長したら、離乳食作り。
幼稚園にあがったら、お弁当作り。
下の子が生まれたときも、上の子とまったく同じことをしました。
ミルク、離乳食、弁当作り。

そして、二人の学校行事には、どんなことがあっても参加しました。
ほとんど皆勤賞と言っていいでしょう。

そんな俺に言わせたら、イクメン? ケッ! ですよ。
まるで、男が育児に参加するのが、なにか特別で偉そうな話になっていませんか?

参加しないほうが、おかしいんですよ。


(テーブルを叩いて)仕事を言い訳にすんじゃねえぞ!
俺は、仕事もして、育児もしたんだ!


それは、少しも特別なことじゃない。
俺には、普通のことなんですよ。

男は仕事、女は育児、家事なんてのは、「根拠のない常識」に逃げているだけだ。
安易で居心地のいい方を選んで、大変ぶっているだけだ。

「仕事が忙しくて、育児どころじゃないよ」
「家事は大変だわ。そのうえ育児までするんだから、女は大変」

ケッ! ケッ! ケッ!

だから、フクシマさん。
イクメン、なんて気取ってないで、普通に育児をしましょうよ。
何も力まなくたっていいんです。

それは、普通のことなんですから。


いいですか、フクシマさん。

神は、乗り越えられる試練しか与えないんですよ。 by 仁〜JIN〜 。


「Mさん、惜しい! 完璧だったのに、最後に滑りましたね。途中まで説得力があったのに、ああ、惜しい、ほんとに惜しい!」


こら、フクシマ。
指をさすんじゃない、指を!



2011/05/10 AM 06:26:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | [子育て]

ポジティブな娘
中学3年の娘が、都立高校の推薦入試に合格した。

ホッとした。

ただ、ホッとはしたが、(我が家に居候中の)娘のお友だちは、同じ高校に合格できなかった。
ほとんど実の娘のような感覚でいたので、嬉しさ半分、悔しさ半分といったところだ。

しかし、「マツコのパピー、落ち込まないでよ。一般入試もあるんだからさ。オレは、そっちの方が得意なんだから」と反対に慰められた。
苦笑いするしかない。

娘たちが受けた高校の推薦入試は、面接だけである。
あとは、調査書の内容がものを言う。
いわゆる内申点というやつだが、それは娘の方が上だったようだ。

面接時間は、各自10分。
その中に、3分間のプレゼンテーションというのが入る。
お友だちは、得意だという英語のスピーチをした。

そして、家に帰ってくるなり「マツコのパピー! もう完璧でしたよ。ひと言も間違えませんでした。これで落ちてもオレは本望だぁ!」と私とハイタッチ!
彼女としては、推薦入試は完全燃焼したのだから「次は一般入試」と簡単にギアチェンジができたのだろう。

たくましい女である。

それに対して、わが娘。
受験勉強らしきものをしていたと思ったら、ハングル語の勉強だった。

要するに、娘の場合、受験に備えるという意識が皆無だった。

3分間のプレゼンテーションも、試験官が自分と目を合わせようとせず、やる気のなさ丸出しで貧乏ゆすりを始めたのを見て、急遽内容を変更するという無謀な策に出た。
英語とハングルを使って、いかに高校生活を有意義に過ごすかをプレゼンするつもりが、突然日本語で椎名林檎について語りだしたというのだ。

推薦入試のプレゼンで、椎名林檎論を語る?

それを聞いて、こいつは、まったく俺ソックリの性格をしている、と私は背筋が寒くなった。
親の影響力って、強いんだな。
いいのか、こんなので。

試験官は、馬鹿にされたと感じたのじゃないだろうか。


しかし、娘は合格。


担任が、よほど調査書に彼女にとってプラスのことを書いていたと思われる。
そうでなければ、椎名林檎論が通るなんて、ありえませんよ。

娘のお友だちは、中学3年間、無遅刻無欠席。
内申点は娘に及ばないにしても、その頑張りは文句のつけようがない。
前向きさ、ひたむきさ、ポジティブさは、百点だ。

それなのに、なぜ合格させない?
内申点が何だ! 馬鹿野郎!

責任者、出て来い!

頭にきた。

しかし、そんな頭に血ののぼった私にお友だちが言う。
「マツコの椎名林檎論のプレゼン、聞いてみたかったな。絶対に面白かったと思うよ」

どこまでも「いいやつ」なのである。
男前(?)だ。


よし! 過去問だ! 過去問をやりつくせ! あと3週間、過去問漬けになれ!

私がそう言うと、「オオ!」とガッツポーズをしたあとで、お友だちは両手で自分の腹をポンポンと叩いた。
そして、「受験の日の朝は、カツカレーをよろしく! オレ、縁起を担ぐほうなんだ」。

そうか、そう言えば、推薦入試のときは、胃にもたれないように朝メシはシャケ雑炊だったな。


もしかして、カツカレーを食わさなかったから、合格できなかったのか?


つまり、俺の責任じゃないか。


よし! 3日前からカレーを煮込んで、美味しいカツカレーを作ってやる。


なんか、燃えてきた。




2011/02/04 AM 06:26:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | [子育て]

商品主義
学校の先生に対して、悪い印象はない。

高校3年のときの担任とは相性が悪かったが、それは例外だ。

小学5、6年のとき担任だった先生とは、卒業後も連絡を取り合い、14年前に亡くなってからは、奥さんといまも連絡を取り合っている。

中学2年のときの担任だった人は、陸上部の顧問をしていたから、密度の濃い触れ合いをした。
卒業しても連絡を取り合い、年賀状と暑中見舞いは、今も欠かさずに送っている。

高校1年のときの美術の先生は、私が2年に上がったとき、美術を選択しなかったことを残念がり、しつこく美術部に誘おうとした。
私が陸上部に入っているということを知りながら、校舎内で顔を合わせるたびに「美術部に来い」と繰り返し言われた。
その先生は、2年前に亡くなったが、それまでやはり年賀状と暑中見舞いのやりとりだけは、欠かさなかった。

その点を考えれば、私はいい教師に巡り合ったといっていいかもしれない。

ただ、私の子どもたちの担任は、息子の場合は微妙といっていいものだった。

息子は独特のリズムを持っていたから、そのリズムを認めない教師は、息子を異端児扱いした。
クラスの仲間からは、「マッちゃん」と言って慕われたが、半分以上の教師が彼の個性を認めなかった。
特に中学3年間は、教師の不理解から、息子は卓球に打ち込むことだけが、中学生活の目標になった。
息子の個性を理解してくれたのは、仲のいい友だちと卓球部の顧問だけという不本意な中学生活を、息子は送った。

私が担任と話し合うと、どの担任も「息子さんは、マイペース過ぎます。クラスの和を乱します」と言うのだった。
我が家に遊びに来る息子の友だちに聞くと、誰しもが「マッちゃんは、みんなに人気があるよ。マッちゃんのことを悪くいうやつは教師だけだよ」とお世辞とも言えない口調で言うのだった。
要するに、生徒の評価と教師の評価が、極端に違うらしいのだ。

友だちから見ると、「マッちゃんは優しくていいやつ。信頼できるやつ」、しかし教師から見ると「和を乱す異端児」となるらしい。
同じ人間なのに、まったく評価が違うのである。
詳しく聞いて見ると、「和を乱す」のではなくて、クラスの何割かが息子のペースにのせられて、行動が緩やかになるらしいのだ。
マニュアル主義の生真面目な教師には、それが我慢できなくて、教室内のペースが乱れたとき、すべてを息子のせいにするという安易な方法を選んだのではないか。

親バカ(バカ親)の目から見ると、そうなる(親バカ承知)。

いま中学3年の娘の場合は、今の担任とは、かなり相性がいいが、あとは可もなく不可もなく、といったところだろうか。
娘は、ほとんどを自分の意志で判断して行動するから、教師にとっては手のかからない子どもだと思う。
あとは、担任と娘との相性の問題である。

娘の自立した行動が「可愛い気がない」と判断する教師も中にはいるらしく、その種の教師には、娘は評判が悪い。
しかし、娘の行動に好意的な教師は、「Kちゃんに任せておけば安心」と言って、何もかも任せてくれる。

要するに、それぞれの教師の資質の問題なのだ。


という長い前フリをした後で、教師が保護者を訴えたという話に繋げたいと思う。

教師が保護者を訴える。
保護者の度重なるプレッシャーにより、ノイローゼになったと訴えたらしいのだ。

詳しい検証は抜きにして、私だけの持論を述べたい。
かなり異質なものなので、私の友人でさえも、認めてくれない持論である。

しかし、考えるのも書くのも自由なのだから、書くことにする(だって書きたいんだもん!)。

私は、働く人は、みな「商品」だと思っている。
プロとしての「商品」。

たとえば、営業マンは、その分野の営業のプロだから、わからないことがあれば、何でも答えてくれる存在だと誰もが思う。
もし、答えがいい加減だったら、彼が売りたいと思う商品は絶対に売れないし、売れたとしても、彼の言ったことと商品の仕様に不備があれば、我々はクレームをつける。

たとえば、家電販売店の店員。
彼は家電のことに詳しいプロだと誰もが思っている。
量販店のハッピを着て、「いらっしゃいませ。何をお探しですか」と言われたら、彼のことを「家電のプロ」だと誰もが思う。
しかし、意に反して、彼が家電のことをあまり知らないと我々はガッカリする。
文句の一つも言ってやろうかと思う。

自分が買った車は、高い金を払ったのだから、完璧なものだと思いたい。
しかし、長いこと乗ってみたら、ところどころ不満がある。
そのユーザーとしての不満は、メーカーにきちんと伝えるべきである。
それはメーカーにとっても、ためになる意見のはずだ。
その蓄積が、より良い車づくりに役立つからだ。

私のような仕事でもそうだ。
得意先は、仕事の仕上がりをシビアに見て、私に意見を言う。
厳しい意見も多い。
しかし、そのたびに凹んでノイローゼになっていたら、私は家族を養っていけない。

「商品」である以上、クレームは仕方ないと、私は割り切ることにしている。
そして、あまりにも非常識なクレームには、相手によって、受け流す、無視する、反撃するという手法をとっている。
それが、私がフリーランスとして生きていく上の知恵だ。


ひるがえって、教師という職業が、特殊なものだということは理解できる。
しかし、私から見ると彼らも「商品」であることに変わりはない。
それならば、生徒や保護者という「ユーザー」に、絶えず批判、監視されるのは当然だと、彼らはなぜ思えないのだろうか。

思うに、教師というのは、不思議な職業である。
教室内で、一人の人間が子どもたちを支配して、その実情が教室外に洩れるのは、子どもたちの口を通してだけという環境。
子どもたちの口を封じてしまえば、彼らは「独裁者」になれる。

狭い世界で王様、あるいは女王でいられるから、彼らは批判されることに慣れていないのではないかと思う。
そして、彼らは教師が特別なものだと思いすぎているのではないかとも思う。
上からものを言うことに慣れすぎて、他人から同等の目線で批判あるいは指摘されたときの対処方法を知らないのではないか。

つまり、外部からのストレスに弱い。

王様たちは、自分の感情をコントロールするのが下手だ。
自分の思い通りにいかないと、途端にアイデンティティが崩壊する。
その不安定な状態が、この上もなく怖くなって、逃げ場を探すのである。

どこかの国の独裁者のように、それは「圧制」という形に変わることもある。
批判する側が怖いから、言論を封じ込めようとする。
封じ込めてしまったら、とりあえずは批判はなかったことになる。

教職者たちは、自分たちの職業が独特だと思うあまり、批判や指摘に弱いシステムを作り上げてしまったのではないだろうか。

プロという名の「職業人」は、批判されたり意見されるのが普通なのに、教職者は「自分たちだけは別」と思いすぎてはいないか。

プロである以上、苦情が来るのは、当たり前。
教師は自分たちの職業を「聖職」と言って特別なもののように言うが、考えようによっては、ほとんどの職業が「聖職」だ。
ヤクザ組織が、他人の上前をはねるシノギ以外は、みな「聖職」と考えていい。


どの仕事も、尊い。
そして、どの職業も、不備・不具合があれば、必ず批判される。
それは、ユーザー目線で見れば、当たり前のことなのだ。


そして、いつもながらのことだが、メディアも頭が悪い。
訴えられた保護者を「モンスター」と表現したら、すべての非は、保護者側にあることになってしまう。
「モンスター」と表現した時点で、安直な善悪の構図が見えている。
それは、教師側が被害者であるという先入観を植えつけるだけだから、公平な報道だとは言えない。

民主主義社会は、誰もが訴える権利を持っている。
それは誰もが自由に持つ権利だが、偏った報道からは、真実は見えてこない。


そして、偏った職業意識を持つ限り、教職者は保護者のクレームに怯え続けるか、肥大した被害者意識をこれから先も捨てることはできないだろう、と私は思う。



まあ、私の「職業人は、みな商品である」という考え方も、相当偏っているとは思うが・・・・・。





2011/01/22 AM 06:38:01 | Comment(1) | TrackBack(0) | [子育て]

平和家族
酔っ払いの喧嘩に大騒ぎしている日本は、平和な国だ。

と思っているのだが、エビ様ファンを敵に回したくないので、平和な家族の話を。


高校受験。
さいたま市に住んでいたとき、娘の中学の同級生の9割以上が学習塾に通っていた。

我が家のヨメは、人と同じことをすると落ち着くという平均的な日本人の習性を持っていたから、「塾に行かせましょうよ」と絶えず提案したが、私は毎回それを却下した。

どうして塾に行かせるの?
「みんなが行ってるから」

却下!

娘も「必要なし」というから、私は娘の意志を尊重した。

今年の春、武蔵野に越してきて、教育熱が違うことに驚いた、というか、安心した。
中学3年の娘の同級生の半数近くが、塾に通っていないという。
高校受験真っ只中ではあるが、意外とのんびり構えているように見える。

さらに、娘が特に親しくしているお友だち5人は、一人も塾に通っていないという。
これは、なかなかいい環境ではないか、と私は思った。

ここには、少なくとも「みんなが塾に行くから、うちも通わせる」というような流れはない。
駅前に学習塾は溢れているが、それを冷静に受け止めている状況が、とても好ましい。
ただ、娘とその5人の成績は、みな上位4分の1のところに入っているというから、勉強の手を抜いているわけではないようだ。

「みんな」は、「みんな」なんだから、うちとは関係がない。
その思考方法は、とても私と合っている。

娘と仲良しの5人。
そのうちの一人は、今やレギュラーで、今年の7月から我が家に住みついている。

そのほかの4人は、言ってみれば「補欠」だが、この補欠たちも、入れ替わり立ち代り、我が家に泊まりに来る。あるいは、遊びに来て、メシを食って帰る。

そして、「マツコの家は、居心地いいわぁ〜」と言って、遠慮なく寝そべり、人前で平気で着替えたりもする。

礼儀を知らないのか、と思ったときもあったが、「晩メシ、食っていくか」とか「今日、泊まっていくか」と私が聞くと、誰もが正座をして「いいんですか? ありがとうございます!」と言って、頭を下げる。

その笑顔は、私を嬉しくさせる。

彼女たちがテレビで見るのは、CS放送のK-POPアーティストが出る番組が多い。
当然のことながら、それぞれお気に入りのアーティストは違うのだが、誰が出てもウットリとした目で「カッコイイ! カワイイ!」と感嘆の声を上げるから、誰でもいいのかな、とオジさんは思っている。

K-POPとJ-POPは、どこが違う? と考えて、私は、ある結論に至ったのだが、そのことは、いつか機会があったら書きたいと思う(言葉の違いだけではありません)。


昨日、ハードディスク録画をしておいた日本のTVドラマを見た。

娘は、音楽はK-POPを好むが、韓流ドラマは、ほとんど見ない。
見るのは、日本のドラマが主流だ。
娘は、小学2年生頃から、週に4、5本のドラマを見ているドラマ・マニアであり、評論家だ。

そして、娘はひとりで見るのを嫌がるという性質を持っていて、毎回私を巻き込もうとする。
しかし、私の仕事が混んだ時は、リアルタイムで見られないので、そのときは録画して、後で一緒に見ることになる。

テレビの前で、娘と私とポテトチップ、柿の種
思い返すと、もう8年も、そんな暮らしが続いている。

息子は、基本的にドラマは見ない。
ドキドキする展開や、「次回に続く」というのが嫌だからのようだ。
幼い頃から「プーさんアニメ」に親しんできたせいか、ドラマや映画、小説もアニメも「ほのぼの系」が好きだ。

つまり、根が優しい男なのである。

しかし、今回、息子がはまったのが、「ギルティ〜悪魔と契約した女〜」だった。
これは、題名が示すとおり、少しも「ほのぼの」とはしていない。
密度の濃い、女の復讐劇だ。

では、なぜ息子が、このドラマにはまったかというと、それは私の暗示のせいである。
2年以上前から、私が息子に、菅野美穂という女優さんは、いいよ、と何度も彼の脳にすり込ませていたからだ。
慎重な性格の息子には、最初は効き目がないように思えたが、目に見えない速度で少しずつ浸透していって、それまで連続ドラマを見たことがない息子が、今年の初めに、菅野美穂主演の「曲げられない女」を見始めたのである。

その姿を見て、私は心の中でガッツポーズをした(変な親ですか?)。

どうやら息子は、菅野美穂を気に入ったようである。

他にも、柴咲コウも暗示にかけたのだが、「目がきつくて、性格もきつそうだから、ヤダ」という拒絶にあった。

少し心が折れたが、まあ、あまり浮気をするのもよくないな、本命は一人に絞った方がいい、と自分を無理矢理納得させた(変な親、というより変なやつ?)。

ということで、ギルティを息子が見る。
娘も見る。ヨメも私も見る。
つまり、家族揃って見る。

今週の放送日、私は仕事が忙しかったので、それを録画しておいて、昨日の夜、家族で見た。
他にレギュラーの居候と娘の同級生がいた。
6人で「ギルティ第9話」鑑賞。

テーブルには、ポテトチップとフライドポテト、柿の種、ホットココア、クリアアサヒ。

刑事役の玉木宏が、辞表を提出する場面では、「辞めないで、玉木くん」と娘。
玉木のヒゲ面が「エロい」と息子。
「でも、イケメン」とヨメ。

ルポライター役の唐沢寿明がビルから飛び降りる場面では、「ウソだろ」と娘。
「好きになりかけていたのに」と息子。
「いい落ち方」とヨメ。

ドラマの最後、唐沢に託された原稿の入ったUSBメモリを持ち帰り、家のパソコンで、自分を陥れた張本人の名前を最後に打ち込む菅野美穂。

そこに玉木宏が飛び込んできて、「復讐なんかもうやめろ!」と叫ぶ。

その叫び方も「エロい」と息子。
「キャー、イケメン!」と娘とヨメ。

これは、絶対に抱き合うパターンだな、と冷静に先を読む私。

抱き合った。

そして、家族全員で、「来るか!?」。
「まさか、あの言葉が来るか?」

数秒遅れて、期待通り、玉木宏の「愛してる」。

きたぁー!

家族全員、スタンディングオベーション。

それを、不思議そうに見上げる娘の友だち二人。

しかし、画面では、もう一度玉木が「愛してる」。

すると、「おお、今度はあれが来るぞ!」とMさん一家。

期待通り、JUJUの「この夜を止めてよ」のエンディングテーマが流れる。


「愛してる」っていうあなたの言葉は、「さよなら」よりも哀しい〜


立ち上がったまま、全員でその歌を熱唱するMさん一家。

ドロドロした復讐劇を見て、これほど盛り上がる家族が、どこにいるだろうか。

はたして、娘の友だちに、少々怯えを含んだ呆れ顔で言われた。

「マツコんちって、なんか、平和だねえ、ってか、変!

しかし、我々は、そんな言葉を聞き流し、再び熱唱。


「愛してる」っていうあなたの言葉は、「さよなら」よりも哀しい〜


Mさんち、平和・・・・・である。





2010/12/11 AM 07:59:04 | Comment(3) | TrackBack(0) | [子育て]

教育者の目とウコンの力
11月3日、ガストで、若夫婦にご馳走になった。

主題を話し終わって、私がジョッキを呷っているとき、ショウコの旦那・マサが「先輩、それはマズくないですか」と、端正な顔をややしかめて言った。

マサとショウコは、私の大学の後輩。
ショウコは、私の友人の娘だが、私のことを「サトルさん」と呼び、マサは「先輩」と呼ぶ。

「先輩、心配じゃないんですか」と、もう一度マサ。

私の中学3年の娘が、K−POPグループの追っかけをしている、という話をしたときのマサの反応である。

娘がお気に入りの大國男児(テグンナマ)という韓国のヴォーカル・グループが出る番組の公開生放送が、毎週月曜日テレビ東京系のBS放送で撮られている。
娘は、我が家に居候している中学校のお友だちと、毎週その収録を見に行っているのだ。

収録時間は、午後6時から7時50分。
その後、娘は晩メシをお友だちと食って(たいていはマクドナルド)、収録時の出来事を語りながら盛り上がるから、ときに帰りが10時前後になることがある。

それを聞いたマサが、眉根を寄せて、「娘さん、中学3年ですよね」と言うのである。

マサは、八王子で中学校の教師をしている。
英語を教えていて、3年生のクラスを受け持ってもいる。
だから、彼が教育者の目で、子どものことを見てしまうのは、当たり前のことと言える。

それは、高校受験が控えているのに・・・という極めて常識的な反応でもある。

さらに、一緒に観覧し、そのあとメシを食う娘のお友だちは、中学校のお友だちだけではなく、二十歳過ぎの「おとな」もいるのである。
追っかけの現場で知り合った22歳と23歳のテグンナマ・ファンだ。
もちろん、二人とも女性。

そのうち、23歳のひとはOLで、仕事が終わると、すぐに神谷町に駆けつけて、「入り待ち」というのをする。
「入り待ち」とは、お目当ての歌手などが、放送局に入るのを待つことを言う。

22歳のひとは、自称「キャバ嬢」。
テグンナマのためなら、東京に限らず、大阪、そして韓国までも追っかけるコアなファンである。
英語が堪能で、ハングルも、ある程度理解ができるから、勉強家なのだろう。

彼女は、関西出身らしく、歯切れのいい関西弁を話す、好き嫌いのはっきりした「アネゴ肌」のひとらしい。
見た目は、地味な装いで、23歳のOLの方が、むしろ華やかに着飾っているという。

しかし、マサは、それを聞いて「キャバ嬢ですか?」と困惑を隠さない。

教育者の目で見ると、「キャバ嬢」というのは、否定的な職業なのかもしれない。

中学3年の娘が、キャバ嬢と仲良くしている?
それは、教育上よろしくない、と考えるのは、当たり前といえば当たり前か。

しかし、娘がいままで以上に、勉強にも熱を入れているから、決してマイナスにはなっていないと、私は判断している。

だが、目の前の教育者は、それでも不安そうな目で私を見るのである。
それは、教育者としては当たり前の目線だろうと思う。

子どもにとって、いい環境を作るのが親の役目。
その役目を私が放棄している、と取られても、それは仕方ないことだ。
その目線は、非常識な私にも、理解できる。

教育者に、「親失格」の烙印を押されたら、その正論に対して、私は反論することができない。
私は、子育てに、傲慢なほどの自信を持っているわけではないのだから。

だが、へこみかかる、そんな私を救ってくれたのが、ショウコだった。

「サトルさんはね」と、ショウコが言う。
「すべてのことを面倒くさがるひとだけど、子育てだけは面倒くさがらないの。私もこの人に色々なことを教わってきたから、よくわかるけど、何があっても、私を信じてくれるの。パパよりも、私のことを信じてくれた人なの」
そして、私の目を真正面から見て、さらに言葉を続けた。

「サトルさんは、子育てだけは、真面目に取り組む人なの。だから、私もKちゃんを信じる」

マサが、ショウコの顔に目を止め、次に私の顔に目を移し、大きくため息をついた。
そして、外人のように両肩を少し持ち上げる仕草をして、口元をほころばせた。

「そうですよね。目の前にショウコという証人がいるんだから、僕はそれを信じるべきですよね。出すぎたことをいいました。すみません」

マサは、気持ちのいい男である。
真っ直ぐで、そして、素直だ。

しかし、私に向かって頭を下げた後で、そのマサが、余計なことを言った。

「先輩、お酒を飲んで自転車に乗るのは、違反ですよ。アルコールを抜いてから、帰らないと」
そう言ったあとで、マサは、何かを思い出したかのように、両手を打ち、素早く腰を上げた。

?????

一人で勝手にガストを出て行ったマサの姿に、呆気にとられるショウコと子ども、そして私。

なんだい、あいつは、どこ行ったんだい?
「さあ、どこかしら」
お子様用の椅子に座って、足をバタバタさせる子ども(パパ、どこいくの〜?)。

数分後戻ってきたマサの手には、レジ袋がぶら下がっていて、「先輩、これ、飲んでください」と、袋を私の目の前に差し出した。
中を開けると、「ウコンの力」が10本入っていた。

首をかしげながら、マサの目を見ると、もう一度「先輩、とにかく飲んで」と、また言われた。

事態を悟ったショウコも、「サトルさん、飲んで」。
ショウコに教え込まれた子どもも、「(のん)で〜、(のん)で〜」と、手足をバタバタ。

仕方なく飲んだ。
不味くはなかったが、せっかくのビールの味が、打ち消されたので、結局、私は家に帰ってから、クリアアサヒの500缶を2本飲むことになった。


ウコンの力は、あと5本残っている。

それを飲みたびに、マサの生真面目な顔を思い出す。

そして、いつも苦い後味が残る。



2010/11/07 AM 06:26:01 | Comment(2) | TrackBack(0) | [子育て]

顔面先生
もう一度、娘の授業参観の話を。

休み時間に、私が娘の友だち数人と親しげに話をしていると、父兄や男子生徒たちの視線が、戸惑いを含んで通り過ぎる。

娘の友だちと仲が良いのは、私の感覚としては普通だが、息子が中学のときにも、そういった視線を浴びることがよくあった。

浴びるだけでなく、陰で「子どもに媚びている。迎合している」と言われたこともある。

私としては、自分の子どもの友だちのことをよく知りたいだけなのだが、ひとは「何か」を言いたがる。


大学時代、教育実習で母校の中学に行ったときも、同じように「何か」を言われた。

私が教えたのは、社会科。
教えるのは得意ではないが、それが終わらないと単位が貰えないので、単位のために、先生のふりをした。

二日目には、もう私にニックネームが付いていた。

それは、「顔面先生」。

けっして、顔面が人と比べて大きいから、というわけではない(私は美人の条件といわれる小顔です)。
二日目の体育の授業を担当の教師が所用で休んだため、その授業は自由時間となった。
そこで、からだが空いていた私が、授業を見ることになった。

そのとき、体育の授業がソフトボールだったこともあり、そのままソフトボールの試合をすることになった。
最初は、生徒たちが、打ったり走ったりするのを見ているだけだったが、途中で生徒の一人が「先生も投げてよ」とリクエストしてきた。

私は硬球なら、時速100マイルの剛速球が投げられるが、大きなソフトボールは、苦手だった。
だから、下手から投げた球が、自分の思ったところとは大きく外れて、生徒たちの顔面あたりに球が集中することになった。

投げたのは、ゆるい球だったので、生徒たちは簡単によけることが出来た。
そして、彼らは、それをむしろ楽しんだ。

自分の顔面に向かってくる球を、みな「ワーイ」と言って、よけたのである。

そうして、付けられたあだ名が、「顔面先生」。

休み時間に、廊下を歩いていると、あちこちから「顔面先生」と声をかけられる。

給食の時間に、クラスで生徒たちと給食を食っていると、「顔面先生は、彼女いるの?」とお決まりの質問をされる。

私が、「彼女はいないけど、これはいる」と親指を立てると、クラス全体がドッと受ける。
私にしてみれば、お決まりの儀式のようなものだが、あとで担任に呼ばれ、「人気取りも、ほどほどにしろよ」と、お小言をいただいた。

そして、「Mくんは、教師には向かないね。生徒のご機嫌ばかり窺っているからね。ボールを顔面に投げるのも、あれは、わざとなんだろ。子どもたちの人気者になるのに、一生懸命なんだろ」と言われた。

それを「はい」「おっしゃるとおりです」と聞いていれば、可愛い気もあったのだろうが、生意気な私は反論するのである。


俺は、子どもたちと、ただ触れ合いたいだけなんです。
教師になろうとは思っていませんが、子どもたちと心が繋がれば、俺はそれで満足です。


いまなら、そんな自分を「馬鹿で青臭いやつ」と笑うところだが、その時は、ただ真面目に、そう思っていた。

あとで聞いたところでは、私の教育実習が終わる前に、「顔面先生と記念にソフトボール大会がしたい」と申し出た勇気ある生徒が、数人いたらしい。
もちろん、それは却下されたが、私はそれを聞いて、心を熱くした。

「触れ合った」のではないか、と思った。
それは、錯覚だったかもしれないが、2週間分の結果は残したのではないかと、私は今でも思っている。

第三者から、子どもに媚びていると言われても、人気取りだと思われてもかまわない、と今では開き直ってもいる。


息子が中学の時は、授業参観に行くと、休み時間に廊下を歩いていると、あっちこっちから「マッちゃんのお父さん」と声がかかった。

それが、いまは「マツコのパピー」である。


声がかかっているうちは、子どもたちと触れ合っている、と勝手に思っている。

思うのは、勝手だから・・・・・。




2010/09/23 AM 06:22:01 | Comment(2) | TrackBack(0) | [子育て]

バカ親の心が震えた日
オザワ氏の「負けの歴史」に、新たな一ページが加わった。

彼はまた、自由党を旗揚げするのかな・・・・・。



ところで・・・・・・・・

悲惨な状態だった頭の痒みが消え、顔の脹れも引いた。

めでたいことなので、4日間我慢していたクリアアサヒを朝から飲んだ。

ひとは、私のことをアル中だと決めつけるが、4日間も我慢できるのだから、私はアル中ではありません。
からだも手も震えなかったし・・・・・。


だが、少しだけ、震えることがあった。

震えたのは、心だったが・・・・・。

中学3年の娘の夏休みの宿題「人権について」の作文をコッソリ読んだからだ。



それは、こんな文だった(本文は文章が繋がっていて読みにくかったので、ここでは改行を増やしてある)。


電車やバスに乗っていると、携帯電話を真剣に操作していたり、インナーフォンをつけて、音楽を楽しんでいる人の姿を見かけます。
その中には、私より年の若い子もいれば、年上の人もいます。
彼らは、自分の好きなことをして、自分の時間を楽しんでいるように見えます。
自分の暮らしを楽しむこと。
それは、誰にも等しく与えられた権利です。
それには、性別も年も関係ないはずです。
そして、国籍も関係ありません。

ただ、人は生まれた場所が違うだけで、まったく違う環境を与えられることも事実です。
それを私たちは選ぶことができません。
当たり前のように高性能のテレビがあり、携帯電話があり、当たり前のようにインターネットを使うことができる私たち。
その便利さを当然のことのように受けとめて、そのことに、ありがたみを感じることもなく、私たちは毎日を暮らしています。

それが、どんなに便利で特別なことなのか、考えもせずに。

たとえば、他の国を見ると、私よりもはるかに若い子どもが、その手に銃を持つことを自分の意志に関わらず選ばされます。
彼らは、自分たちの生きる権利を銃を持つことで主張しているのです。
そうしなければ、生きていけないから。

あるいは、生まれながらにしてHIVなどの病に感染する危険を、高い確率で持っている子どももいます。
本当なら、たくさん飲めるはずのミルクを飲むことができず、弱っていく赤ちゃん。
悪い環境の中で育ったため、後遺症をずっと引きずって、大きくなっても不便な暮らしをしなければいけない人。
先天性の病で苦しみ、その治療法がまだ見つからず不自由な思いをしている人。
高い能力を持ちながら、貧困のため、その能力を生かすことができない人。
本当なら学校に行く年齢なのに、学校に行かず、家族のために都会の片隅で生活の糧を得なければならないストリートチルドレン。
そして、自分たちが歩く道に、地雷が敷き詰められるという危険な環境にいる人たち。
数え上げたら、きりがありません。

このような平等といえない環境の中で、人としての権利を確立するのは、容易ではないでしょう。
では、どうしたらいいかといえば、それを改善するのは、人の権利がある程度確立されている先進国の役目だとわたしは考えています。
豊かな国の資金と知識を、国と国の争いごとに使うのは、それは人間のエゴです。

ここ十数年、地球温暖化が叫ばれています。
しかし、人類のエゴは、環境だけでなく、人として生きる権利も侵害しているように、私には思えます。
先進国の富を、環境に優しいだけでなく、人にやさしく、平等な社会が作れるシステムに注ぎ込んでくれたら、世界中の人にとって、人権の意味と意義が、もっと身近に感じられるのではないでしょうか。

高いところにある水は、必ず低い方へ流れていきます。
そして、いつか、その水は平らになります。
それと同じように、いまバランスが極端に悪い「人権の水位」も、高いところにある水の協力があれば、絶対に平らになると、私は信じています。

私の目の前で、携帯を夢中にいじる若い女の子。
マンガ雑誌を楽しげに読む学生。
お母さんの腕で幸せそうに眠る赤ちゃん。
旅行のパンフレットを熱心に見る若い女の人。
窓の外の景色を目を輝かせて見る子ども。
そして、居眠りをするサラリーマン。

彼らは、日常生活で人権を意識することはないでしょう。
その人権を意識しないということが、私たちにとって、どんなに幸福なことか。
正直なことを言えば、もちろん私も今まで人権をあまり意識したことがありませんでした。

ただ、これからは、少しずつ、本当に少しずつですが、人権を意識して暮らしてみたいと思っています。



親バカを承知で書かせていただく。

私が中学3年の頃は、こんなことを考えたことは、0コンマ1秒もなかった。

それに、「人権の水位」などという言葉は、今だって私の貧弱な脳には、浮かんでこない。

私が書く文章は、ときに感情的で自己正当化が激しいから、こんな冷静な文章を自分の娘が書けるということに、私は打ちのめされたと言っていい。


たいしたもんだ。



親バカ?


はい。
だから、親バカだと言っていますが、それが何か?




2010/09/15 AM 06:33:02 | Comment(3) | TrackBack(0) | [子育て]

都立高校受験事情
中学3年の娘が、来年高校を受験する。

息子の高校受験のときは、戸惑った。
埼玉県では、子どもの受験に、わざわざ親が出て行って「私は教育熱心です」というアピールをしなければいけなかったからだ(私立高校の場合)。
私は、何度も息子を行かせたい高校に足を運んで、入学相談をした。

入学するのは子どもなのだから、親は後ろに隠れていればいい。
親は、入学金と授業料を払うだけでいい、と思っていた私は、その習慣に最後まで馴染めなかった。

では、東京の私立高校はどうなのだろうか。
ネットで調べてみようとしたら、「無駄なことをするな」と娘に言われた。

今のところ、私立高校を受けるつもりはないらしい(公立は授業料がタダというありがたい制度を、親孝行の娘はたいへん喜んでいる)。

7月末に行われた三者面談では、希望の都立高校は、推薦でも一般入試でも入れるだろう、というお墨付きをいただいた。
しかし、担任は「合格の確率は高いですが、油断はしないように。これは、あくまでも今の時点での話ですから」と釘を刺すことも忘れなかった。

油断しないで、今の状態を維持、できれば夏休み中に苦手科目を克服、と担任は言った。
それを受けて、ヨメは「夏休みは弱点克服!」と力んだ。
社会科を苦手としている娘に、社会科を他の科目と同レベルまで引き上げるよう厳命したのである。

では、私は、と言えば・・・・・・、

まあ・・・・・、テキトーに、としか言わない。

自分が、親から「勉強しろ」と言われたことがなかったからだ。
自分が言われていないものを、子どもに言うことはできない。

私の祖母も母親も教育者だった。
教えることを職業にしていた。

しかし、彼女たちは、自分の孫、息子には何も教えなかった。
ただ、祖母からは、一度だけ、小学校入学前に言われたことがある。

「おまえは、頭が悪いんだから、先生の言うことをよく聞くんだよ。そうすれば、わかるようになるから」

私は、それを実践した。
教師の言うことを、「ゼッタイに逃すまい」と聞いて、頭の悪さをカバーした。

それに対して、母親は、私に何も言わなかった。
そのことで、私はむかし、母親に尋ねたことがある。
なぜ、「勉強しろと言わなかったのか」と。

「だって、あなたは人から命令されるの嫌いでしょ」

当たり前のことだが、彼女は、私の性格をよく知る人だった。



高校受験は人生の岐路である。
これからの進路の大部分が、それで決まってしまうかもしれない。
だから、テキトーでは済まされない。

そんな考え方のひとは多い。
それに対して、ひとの人生、どんなときでも修正はきく、を座右の銘にしている私は、それは力の入れどころが違うのではないか、という違和感を持っている。

あるいは、ここで精一杯頑張って、自分の限界と可能性を知っておいたほうがいい、と言う人もいる。
だが、若い人は、可能性にあふれているものだ。
その可能性を受験の合否だけで判断して、無理に現時点で自分の限界を知ることはないのではないかと、私は思うのである。

よく言われるが、受験は、頭の良し悪しではなく、テクニックだ。
高い点数を取るためのテクニック。

塾などでは、それを上手に教える。
熱血先生が、自分をまるで漫画の主人公に擬したように、頭に鉢巻を締め「学力アップ」を叫ぶ。
では、そのテクニックを得たとして、それが人生に役立つかと言えば、それには疑問符がつく。

教育界、という狭い世界で生きてきた人間がつくる問題を上手に解いたからといって、ひとは人生を生きるテクニックを得るわけではない。
せいぜい、受験というゲームの中で、高得点を取るテクニックが身につくだけだ。

それは、ゲームで「経験値が上がる」のと同程度のことでしかない、と私は思っている。

超一流高校に入れば、明るい未来が待っている。

それは、本当かもしれないし、幻想の場合もある。
超一流高校に入った人が、東大に入れる確率は高くなるとしても、それは東大に入りたい人の入口でしかない。

人が持つ、可能性への道の一部分でしかない。

幻想を死ぬまで持ち続けたい人は、受験を頑張ればいい。
しかし、幻想の意味を他に求め、幻想で凝り固まった人から「人生の負け犬」と蔑まれても平気な人は、自分が頑張れる場所を自分で見つけるべきだ。

ただ、こんなことを私が言うと、ヨメなどは「最初から、そんな逃げ道を用意していたら、意欲がなくなるわよ。それこそ可能性の芽を摘むようなものだわ」と怒る。

いや、逃げ道は必要だろう、と私は思う。
人の行く道は、その生を終わるときは、一本に見えるかもしれないが、数多くの節目があって、彼らはそれを「自分で選んだ」のだ。

その選ぶテクニックこそ、人には重要で、それは受験で身につくものではない。
「逃げ道」だと思った道が、実は、正解だったということもある。

彼らが、いくつかに分岐した道を、節目節目で、どのように選ぶか。

それが一番重要なことだと私は思っているが、受験は、それを教えてくれない。

たとえば、極端な話だが、これからの人生で決して使うことのない漢文の優劣で、彼らは「人の優劣」を決められることもある。

「レ点」ひとつ見逃しただけで、分かれる人の道。

「だから、それこそが不注意!」
「受験で不注意を犯せば、不注意を繰り返す人間になるんですよ!」

教育界や受験産業に身を置く人は、それがメシの種だから、それを強調するだろうが、私は受験の不注意は、ただの受験の不注意に過ぎないと思っている。

結果論が支配する世界では、「逃げ道」は邪道の謗(そし)りを受けるだろう。
最初から逃げ道を用意していたから、受験戦争に負けたんだ・・・・・と。

だが、ある人種にとっては、受験さえも「逃げ道」である。
受験でしか自己を表現できない人もいる。

要するに、どちらにしても「逃げ道」なのだ。

それは、自分でも乱暴な意見だと思う。

ただ、それでも、逃げ道は、あってもいいのではないか、と私は思うのだ。
逃げ道を、「正」にするか「負」にするか、それを選ぶテクニックこそ、人は身につけるべきだ。

それは、ある人は、受験で身につけられるかもしれないが、ある人は別の方法で身につけることができるものだ。
つまり、受験は、「ごく一部の方法」でしかない。

それが、私の「逃げ道理論」だ(支離滅裂)。


社会科の苦手な娘に、私は言う。

社会科は、できたほうがいいよなぁ〜。
だから、とりあえず、苦手だという意識をなくすだけでも、いいかもなぁ〜。
ただ、君の場合、社会科の平均点は立派に超えてるんだから、俺は別に、いいとおもうんだけどなぁ〜。

4年ぶりにアイスバーを食ったから、腹が痛いなぁ〜(どうでもいい?)




先日、はじめてのクライアントと打ち合わせをするために、大井町まで行ったのだが、駅を下りてから迷ってしまい、約束の時間に5分遅刻をしてしまった。

そのことを子どもたちに言うと、「方向音痴! アホ! バカ!」と罵られた。


それにたいして私は、

ああ! バカだもん!! 偏差値72のバカだもん!


このバカオヤジ、ムカツク!


よけい、ブーイングを浴びた(この話も、どうでもいい?)。




2010/08/10 AM 06:26:03 | Comment(3) | TrackBack(0) | [子育て]

愛人エリカそしてアンジェリーナ
13億対1億3千万。

中国と日本の人口比。

今年、GDPの数値で中国が日本を抜いて世界第2位になると言われている。

それは、人口比と民族のヴァイタリティを考えたら、当然のことのように思える。

世界の5人に1人が、中華系なのである。
小学校なら、1クラスに6人の中国人がいる計算になる。

それに対して、日本は、50人に1人。
2クラスに1人程度だ。

中国人とインド人、ロシア人、アメリカ人が連携したら、この4カ国だけで、過半数が取れる。
天下を取れる。
つまり、人の数、イコール、パワーである。

それを考えると、世界で10位の人口を持つとはいえ、国土が狭く、なおかつバブル後の「暗黒の10年」のトンネルで、もがき続けた日本が今まで経済で第2位の座を維持していたのが、奇跡に思える。

数字のマジックで好景気と言われた時もあったが、それは大企業に限られた現象だった。
国内産業の礎である中小企業は、金融政策から、置いてきぼりだった。

銀行と大企業と政権与党(自民党)の政治家、天下り官僚だけが富を溜め込む、いびつなシステムの中で、むしろこの国は健闘してきたと言ってもいいのではないだろうか。

我慢強い、雑草のような国民のおかげで。

しかし、日本の先行きは暗い、と悲観論者たちは声高に言う。

「国の借金は、天文学的で、国家は破産寸前」と何年も前から、評論家やエコノミストが警鐘を鳴らしている。

だが、エコノミストと預言者の言葉は、中ったためしがない。
だから、日本が破産することは、ありえない。
それは、自信を持って言える。

エコノミストよりも、歌舞伎町路地裏の街角占い師のほうが、まだ信頼できる。

ただ、人口が減ったら、日本の将来は、決して明るいとは言えなくなる。
私が危惧するのは、そこである。

ここからは、歌舞伎町路地裏の街角占い師よりも、はるかに格が落ちる私の予言。


一昨日、テクニカルイラストの達人・アホのイナバが、吉祥寺までやってきて、「Mさん、ぜひ奢らせてください」と土下座するので、私は扇子で顔を扇ぎながら「苦しゅうない」と答えた。

「暑いときは、キムチ・チゲだろう」と私が言うと、イナバは尊敬の眼差しで私を見て、大きく首を横に振った。
しかし、「キムチ・チゲを食わさなかったら呪い殺す」と私が言ったら、喜んで同意した。

吉祥寺駅から徒歩10分の韓国料理店で、キムチ・チゲ、キムチの盛り合わせをイナバに無理矢理食わせながら、私はビールを飲んだ。

イナバには、マリモッコリを薦めた。

「Mさん。マリモッコリではなく、マッコリです」(似たようなもんだ)

この半年で4キロ太ったイナバは、額に汗を浮かべて、チゲと格闘していた。

そんなイナバに向かって、私は「子どもを作れ」と言った。

「何ですか? いきなり」
額と鼻の頭に浮かべた汗を飛び散らせながら、イナバが険しい目を私に向けた。

「俺の嫁さん、今年39歳ですよ。もう無理です」

そうは言うが、中学2年と小学4年の親であるイナバに、もう一人子どもができたら、少子化に歯止めがかかる。

だから、ぜひ作ってくれ、と頼んだ。
奥さんが無理なら、愛人のエリカに産ませるという手もあるだろう。

「愛人のエリカって、誰ですか?」

あるいは、恋人のハルさん、ナツさん、アキさん、フユさんでもいいのだが。

「いませんよ! そんな恋人も」

いいかい、イナバくん。
これからの日本に一番必要なのは、子どもです。

子どもは、時が流れて大人になり、働く。
働いたら、税金を払う。社会の役に立つ。
子どもは、国にとって宝なのだ。

かつて自民党の老人政治家たちは、自分の子どもや孫に自分の仕事を継がせることだけにエネルギーを注いだ。
しかし、自分の子ども以外を大事にする政策には、興味を持たなかった。

子どもを生んだ母親が、子育てが一段落して社会に復帰しようにも、「仕事を取られる」という強迫観念に凝り固まった男たちの高い壁に阻まれて、「母親であること」を余儀なくされた。

子どもを生み育てる意義が薄れたために、少子化が進んだ。

安心して仕事に復帰できる環境を母親に与えていたら、日本の少子化には、間違いなく歯止めがかかっただろう。
人口が減ったら、その村は廃墟になる。
当たり前の理屈が、自分の子どもにしか興味のない老人政治家には、わからなかった。

だから、人口が、頭打ちになった。
だから、税収が減っていく。

頭の悪いエコノミストに、「破産だ」と煽られる。
そして、思考回路が停止する。
頭の悪い政治家は、守りに入って、自分の血筋だけを尊重する。

増やせよ、子ども。
増やせよ、人口。

国内で働く外国人を増やして、税収を確保するという手もある。
しかし、愛国心に凝り固まった頑迷な人間には、それは受け入れられないだろう。

だったら、日本人を増やしましょう。

簡単な理屈だ。

イナバ君。
君は、金持ちだ。
金持ちが、愛人にたくさん子どもを生ませて、日本の未来を作り上げれば、君は英雄になる。

ぜひ、愛人のエリカに、子どもを!
恋人のハル、ナツ、アキ、フユにも子どもを!

(イナバが小声で)「だから、愛人も恋人も、いねえって!」

そして、逆襲された。

「Mさんこそ、愛人のアンジェリーナに子どもを」




アンジェリーナは、ノラ猫だし・・・・・・・・。




2010/07/25 AM 06:34:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | [子育て]

担任とじゃれあう
娘の中学3年の担任は、面白い人のようだ。

先週、国語の授業で、漢字のテストがあった。
今回は、問題を解いた生徒から、授業の残り時間は、自分が持ってきた本を読書してもいいというルールだったらしい。

娘が最初に手を上げた。

「先生、終わりました」

それに対して、担任が「何を言うの! 私は、まだ終わってません!」と叫んだというのだ。

「私の人生は、これからです。まだ終わってません!」

それを聞いて、クラスの空気が、笑いで膨張した。

新学期早々には、こんなこともあった。
自分たちの担任になったベテラン教師。
中学3年の生徒たちは、自分たちの担任の年齢が気になるものだ。
それは、彼らにとって当然の興味と言っていい。

「先生は、何歳ですか?」

それに対して、担任が、最初はためらいながら、しかし意を決したように口を開いた。
「わかりました。教えましょう。私の年は・・・・・、えー・・・・・、あら? いま質問したの誰だっけ? おや? クラスの子の名前が思い出せないぞ。あらら? ここは、何組だったかしら? ごめんなさい、さっきまで覚えていたのに、わたし、突然記憶喪失になったみたい」

そうやって、誤魔化したらしい。
他のときは、「日本語わからない。モンゴル語で答える」と言ったこともあるという。
さらに、「私ハ宇宙人。地球人ノ数ノ数エ方ガワカラナイ。ダカラ宇宙語デ答エル」と誤魔化すこともあった。

最初は、生徒たちも驚いたようだ。
クラスの中には、冗談のわかる生徒だけがいるわけではない。
真面目な生徒もたくさんいるのである。

最初は、「変な先生」という受けとめ方をする生徒のほうが多かったという。

「でも、アタシは、とびっきりの馬鹿が身近にいるから、そんな冗談は屁でもなかったぞ」と、娘が威張る。

そうか、役に立ったのか。
こんな親でも、役に立つことがあるんだな。

「それしか、役に立っていないが」と、手厳しい娘。

今では、クラスの生徒たちは、先生の冗談に素早く反応して、授業は和やかに速やかに進んでいくらしい。
そして、チームワークもいい。
誰かが失敗しても、責める生徒は一人もいないのだという。

先月末の中間テストでは、娘のクラスの平均点が、一番高かった。
テスト前に、こんなことがあった。
担任は国語教師だが、一人ひとり「今回は、何点取れるかな?」と聞いたらしい。

娘は、「90点」と答えて、実際90点取った。
娘の答案用紙を見せてもらったら、隅のほうに、赤字でこう書いてあった。

「がんばったね。宣言どおりの90点。Kちゃんは、有言実行の子だね。えらいぞ」

他に、宣言より下回った子には、こんな書き込みが。
「あなたの頑張りを私は知ってるよ」

少なめに宣言して、それより高い点を取った子には、
「すごいね。でも、自分を過小評価しないで、もっと上を目指そう。君ならできる」

私は、なかなかシャレていると思うが、もちろん人によって、受けとめ方は違う。

「生徒に媚びている」
「独りよがりの感想はいらない。教師は、授業だけ教えていればいい」
「ふざけすぎだ」
「友だち感覚で接している」
そんな陰口を言う父兄もいると聞いた。

教育は、難しい。
それは、一人ひとり、相手が違うからだ。
誰にも万能な教育などはない。

あるとしたら、それは「洗脳」か「抑圧」、「支配」であって、「教育」とは遠いものになってしまう。

そして、その先にあるのは、「独裁」。

ただ、「独裁的な教師」が「優れた教師」であると思い込んでいる親も少なからずいるようだ。

「もっと叱ってくださいよ」「抑えつけてくださいよ」「力ずくでも構いませんから」
そう訴える親もいるらしい。

未熟な個性を導くのは、親の役目でもあるし、教師の役割でもある。
お互いが連携しあえれば、悪い子には育たないと、私は思っているのだが、お互いがボールを投げ合うだけでは、子どもは不安になるばかりだ。

今週の火曜日夕方。
娘と二人で、武蔵境駅前のイトーヨーカ堂で、娘のインナーフォンを選んでいる時、娘の担任が通りかかった。

常識的な挨拶を交わしたあとで、娘の短パン、サンダル姿を見た担任は、「おっと、まぶしい! 目の毒だぜ」と言った(女なのに)。

私はすかさず、担任の買い物袋から焼酎の紙パックが覗いているのを見て、「からだに毒だぜ」と言った。

さらに、娘が、私たち二人を交互に指さしながら、「すべてが毒だぜ」と言った。

三人で、ハイタッチ!

もちろん、これは教育とは言わない。
ただの「じゃれあい」である。

それを私たちは、自覚している。

だから、どうか目イルカを、いや、目くじらを立てないでいただきたい。





2010/06/17 AM 06:29:03 | Comment(8) | TrackBack(0) | [子育て]

親の顔を・・・
年輩の方の中には、困った人がいる。

先週の土曜日、三鷹の図書館に本を返しに行ったときのことだ。
武蔵野市に引っ越してきて、図書館をよく利用するようになった。
家から半径5キロ以内に武蔵野市、三鷹市、小金井市の図書館が8つもあるのだ。

埼玉では、二つだけだった。
だから、何となく嬉しくなって、図書館カードを三枚つくり、頻繁に利用している。
デザイン関係の本が充実しているので、さらに嬉しい。

土曜日、遅ればせながら借りた東野圭吾の「流星の絆」やFLASHのアクションスクリプト集など数点を返しにいこうと、図書館への道を歩いていたときのことだ。

目の前には、通りを埋める、人の波。
40代から70代の男女の群れ。
ほとんどの人がリュックを背負い、手に紙切れを持ち、時速3キロ程度のスピードで、マイペースで歩いていた。

ウォーキングの催しでも、あったのかもしれない。
皆が同じ方向に、同じ空気を発散させて、ノンビリと歩いていた。

それは、とても健康的で、のどかな光景・・・・・・・とは言えないものだった。

狭い歩道を、三人、四人が一列横隊になって歩いている団体がいて、他の人の歩行の妨げになっているケースが、稀にあった。
向かいから、ベビーカーを押したお母さんが来ても、四人のうちの一人がよけるだけだから、ベビーカーは窮屈な状態で通るしかない。
ベビーカーに限らず、向かいから来る人たちは、よけてくれない集団の時は、ほとんどが窮屈な空間を、申し訳なさそうに通っていた。

ひとり、ふたりで歩いている人のところだけ、広い空間ができるので、そこだけは人の流れがいい。
あるいは、なぜか警察署の前だけは、みな早足で通り過ぎていく。

普段は声高に常識を振りかざす大人たちが、集団になると、我がもの顔で通りを占領する。
集団の魔力は、怖い。

そんなことを思っていたら、向こうからシルバーカーを押した70代の女性が、弱い足取りで歩いてくるのが見えた。

我がもの顔集団は、どうするだろう。
さすがに、相手はご老人だ。
誰かが声をかけて、道を大きく開け、ご老人を通すのが、常識ある大人の態度だろうと、私は思った。

しかし、道は大きく開かなかった。
一人あるいは二人分、空いた空間に、まるで飲み込まれるようにして、ご老人はシルバーカーを押すしかなかった。

ご老人にとっては、行けども行けども、人の波。
途中で長く途切れることはあるが、横に広がった我がもの顔集団の列は、かなり先まで続いていた。

ただ、私も、我がもの顔集団と同じ人種だった。

道をあけてください。

そう言う勇気が、なかった。
押し寄せる威圧感に、シルバーカーを押すご老人の姿を見ても、なすすべもなく何もできない無力感。
言い訳になるが、私も集団心理に、完全に飲み込まれていた一人だった。

人の波に紛れながら、図書館にたどり着いた。
だが、突然聞こえてきた、場違いな声。
決して大きな声ではなかったが、静かな図書館では、それさえも響く。

「トイレを借りたいんだけど」

ウォーキング途中の人が、帽子を取り頭を下げる常識的な態度で、他の人の応対に忙しい職員に近づいていくのが見えた。
そして、また言う。
「トイレをね、借りたいんだけど」

見ると、壁には、トイレの場所を示す紙が貼ってあった。
職員に聞かなくとも、その場所はわかったと思うが。

「図書館では、私語は慎んで、あるいは、低い声で」
普通の状態なら、彼らは、他人にそう言って嗜める立場だと思うのだが、ウォーキングで、アドレナリンが出ているからだろうか、まわりが見えなくなっているのかもしれない。

その後も、「トイレは?」「トイレに寄っていこうかね」の声が、数回聞こえた。
そして、「うちのほうの図書館の方がキレイだな」「暑いね。冷房効いてないね。ケチだね」などという会話も聞こえてくる。

図書館での私語は、できるだけ、やめましょう。

帰りは、往きほどではないが、我がもの顔集団が、まだ楽しげにウォーキングを満喫していた。
それぞれの集団は、かなり前後の間隔が空いていたにもかかわらず、なぜか一列横隊は、変わらなかった。
ウォーキングは、一列横隊が、原則なのだろうか。

彼らを避けるため横道を通って、家路に向かう途中、商店街があった。
その商店街で、大きなゴミ袋を持ってゴミを拾っている家族がいた。

今日は、クリーン・デイか? とあたりを見回したが、いるのはその一家族だけ。
30代のご夫婦と、5歳くらいの男の子と10歳くらいの女の子。
4人が、笑顔を浮かべながら、ゴミを拾っていた。

「これもゴミだよね」と言いながら、父親に焼き鳥の串を高々と上げて聞く、笑顔の男の子。
缶を拾い上げる笑顔の女の子。

家族で率先して、いつも商店街のゴミ拾いをしているのだろうか。
いかにも楽しそうだ。

我がもの顔集団を見たあとだから、なおさらその姿が、輝いて見えた。

「楽しそうだね」と私が話しかけると、「うん」と笑顔で返す男の子。
それを見た母親が帽子を取って、私に頭を下げてくれた。

それを見て思った。

ウォーキングに夢中の40代から70代の男女たち。

あなたたちの親の顔が見てみたい。
そして、子どもの顔も見てみたい。

いったい、どんな教育を・・・・・・・。

一瞬、そうは思ったが、そんなことを言える立場ではなかったことに気づいた。

俺も、我がもの顔集団に、飲み込まれた一人だったのだ。

それに、私は最近思うのだ。
親は、子どもにとって、ただ「いるだけでいい存在」なのではないか、と。

私の子どもたちは、こんなひどい親でも、私よりはるかに「できのいい人間」に育っている。

笑顔でゴミを拾う子どもたちと同じように、私の子どもたちも、自分のするべきことがわかっているように思える。

だから、私の子どもたちの「親の顔」は、見ないでいただきたい。




2010/06/07 AM 06:26:01 | Comment(4) | TrackBack(0) | [子育て]

行ってきます
静岡のハウスメーカーのチラシの初稿を上げ、古本屋さんのHPのリニューアルも済ませた。
一日ヒマができたので、以前こちらのブログに書いたアルバイトに行くことにした。

一日のオフは貴重である。
だから、休めばいい。誰からも文句は言われないはずだ。
そう思ったが、面白いできごとがあったので、行くことにしたのだ。

それは――――――

昨日の土曜日、中学3年の娘の学校で、体育祭があった。
当然のことながら、デジカメ、デジタルビデオを両手にもって、運動場を歩き回り、娘の姿をカメラに収める作業に没頭した(親バカ、バカ親!)。

5月末にしては、異様なほど寒い気候の中で、中学生が躍動する。
その姿を一心不乱に撮りまくる怪しいオヤジ。

「オイ!」という声が聞こえて、振り返ると娘が友だちを連れて、私を指さしていた。
そして、「これがミズキだ」と、愛嬌のある目をした子を紹介された。

ああ、どうも。

ミズキちゃんの私を見る目は、最初から笑っていた。
なぜなら、「Kちゃんのお父さん、チョウ笑える〜」という印象が、すでに彼女の脳には、埋め込まれていたからだ。

ミズキちゃんとは、電話で一度話をしたことがある。
娘が彼女と携帯で話をしていたとき、「トイレ行きたくなった。ちょっと相手をしていてくれ」と携帯をいきなり渡されたことがあった。

じょ、女子中学生と会話?
ど、どうしよう!

かなり慌てたが、ミズキちゃんは、いい子である。
照れるオジさんに向かって、笑いを含んだ余裕を持った声で、「Kちゃんに、CDラジカセかCDプレーヤーを貸してって、お願いしていたところなんですよ。私のラジカセ、壊れちゃったんでぇ〜」と間を空けずに言った。

娘はどちらも持っているから、その前の会話で、期限つきでラジカセを貸す交渉が成立したらしい。
しかし、私はそのとき、真面目な口調で、いかにもバカなことを言ったのだ。


ラジカセが壊れたときは、CDの光っている面をじっと見つめてごらん。
じっと見つめていれば、心の耳で、音楽が聞こえてくるはずだよ。
だから、ラジカセなんか、いらないんだ。


キャハハハハハハ・・・・・。

ミズキちゃんは、いきなり笑い出して、1分53秒、笑い続けた。

「ウケル〜〜〜」

この程度で、そんなにウケテいただけるなんて、オジさんは、満足です。

そんなことがあったので、ミズキちゃんとは、初対面という感じがしない。
そんなミズキちゃんが、私の腕を叩いて、いきなり言う。

「今朝は、洗濯物カゴだったんだって? バカですねえ〜」

これには、説明が必要である。
武蔵野市に引っ越してきてから、毎朝、娘を学校に送り出すとき、我々はひとつの儀式をすることになった。

それを、ノリツッコミの儀式という。

娘が家のドアを開けようとしたら、私が娘に「忘れものだよ」と言って何かを渡す。

それは、最初はネギだった。

ネギを持った娘は・・・・・、
「ああ、今日は美術があったっけな。このネギで海を描くと綺麗に仕上がるんだ・・・・・・・・・そんなわけないやろ!

バカ親子は、これが気に入って、毎朝ノリツッコミ・コントをすることになった。
「忘れもの」と言って、炊飯ジャー、温度計、ほうき、ゴミ箱、フライパン、掛け時計などを渡す。
そのたびに、娘がノリツッコミで返す。
新しい学校で緊張している娘に対して、気持ちを少しでもほぐしたいと思って、し始めたことだ。

それが、今も続いている。
今朝は、洗濯物カゴだった。

「わすれもの」と言って、今朝も私がボケをかますと、娘の「ああ、これを持っていれば、リレーは一番間違いなし・・・・・・・・んなことあるかい!」というノリツッコミが炸裂した。

ミズキちゃんは、それを知っていたのである。

「バカだよねぇ〜」
私の目を覗き込んで、シミジミと言う笑顔が可愛かった。
娘は、いい友だちを持ったようだ。

私の心に感動がジワジワと染み渡ろうとしたとき、「なんだよ、何してるんだ?」という男の声が聞こえた。

振り返ると、どこかで見たことのあるオッサンが、ミズキちゃんの顔を見つめていた。

ヘンタイ・・・・・?

と思ったら、向こうも私の顔をじっと見て、「どこかでお会いしたかな」と言うのだ。

男の険のある鋭い目で、思い出した。
この間、アルバイトの面接に行ったときに応対した辛口の男じゃないか。

まさか、とは思ったが、イヤな予感どおり、彼はミズキちゃんのお父さんだった(世間ハ狭イ)。

「Kちゃんのお父さんです」と、ミズキちゃんが、私のことを丁寧に紹介してくれた。
鋭い目線が、突き刺さる。
「ああ、自称デザイナーさんね」とは、言わなかったが、どこか皮肉な目線が私の顔全体に絡みつく。

何か言われるか・・・、と思ったが、ミズキちゃんのお父さんは、「じゃあ、俺は退場門のそばにいるから」と言って、あっさり去っていった。
絡みついた視線は、まばたき三回ほどの時間。

その短い時間に、私は「明日は一日時間がある。アルバイトをしてみようか」と思ったのである。
なぜ、そう思ったのか?

それは、ミズキちゃんの辛口お父さんに対抗してみたかったから。

他人には、そんな私の心の動きは、わかりづらいかもしれないが、そう思ったら、もう私の感情は誰にも止められない。

そこで、昨日の夜ミズキちゃんの家に電話をして、アルバイトをお願いした。
お父さんは、「ああ、いいよ。よろしくな」と言って、すぐに電話を切った。

ということで、今日の朝8時から午後の4時まで、ご近所でアルバイトをすることになった。


では、行ってまいります。




2010/05/30 AM 06:25:00 | Comment(3) | TrackBack(0) | [子育て]

奇跡の父娘
お父さん、これは奇跡ですよ! と先生に言われた。

朝、加藤ミリヤの歌を聴きながら仕事をしていたら、iPhoneが震えた。
ディスプレイを見ると「ちゅうがっこぉ」からだった。
中学3年の娘が、何かやらかしたか、と思って唾を一度飲み込んだ後で出た。

そうすると、どこか間延びした女性の声で、「あのぉ、Kちゃんのお父さんでしょうか」と言われた。

はい。

「あのぉ、わたくし、Kちゃんの担任をさせていただいておりますKでございます。お世話になります。実は、PTAの会費のことについてなんですが」

PTAの会費?
そう言えば、払った記憶がない。
前の埼玉の中学では、一学期ごとに払った気がする。

新しい中学では、どうなんだろう?
お知らせのようなものは貰ってない。
娘は、そのあたりはしっかりしていて、支払いや提出物、検尿などは、必ず納期前に済ますことにしている。
しかし、PTA会費のことは、私は聞いていない。

娘が忘れるなんて、まさか・・・・・。

そう思っていたら、K先生が申し訳なさそうな戸惑った声で「我が校では、PTA会費は一年分を口座からの引き落としにしているのですが、うっかりして、そのことをお伝えすることを忘れておりました」と言うではないか。

おや、まあ、うっかりさんだこと。

要するに、今から引き落としの手続きをしていたら間に合わないので、現金で支払ってくれないかというお願いの電話だった。

了解して、先生の都合のいい時間の午後3時半に、私が学校にPTA会費を支払いに行くことで話が決まった。

職員室に行くと、40代後半と思われる女性担任が「わざわざ来ていただいて」と、恐縮の体で頭を数回高速で下げて挨拶した。
そして、意外なことに「ついでですから、お子さんも呼んで、即席三者面談をしませんか」と言われた。

「即席」という言い方が面白かったので、「はい」と、つい頷いてしまった。

職員室の隣の応接室のような狭い部屋に通された。
「じゃあ、Kちゃんを呼んできます」と言い、K先生は立ち上がったが、そのとき「失礼します!」と言って、娘が颯爽と入ってきた。

意表をつかれたK先生は、「はやすぎ!」とひとこと唸った。

娘の姿を認めた私は、我々だけがわかるアイコンタクトをして、すかさず「お久しぶりです」と言った。
それを受けて娘も、「ああ、お久しぶりですね」と、他人行儀な会釈を返しながら答えた。

それを聞いて、K先生の目が不規則に泳いだ。
そして、「何を言っているんだ、この二人は」という不可解な表情で、私たち二人を見た。

しかし、それには構わずに、先生の前で不謹慎だとは思ったが、即席コントを我々は始めたのである。

元気でしたか。
「はい、おかげさまで」
偶然ですねえ。こんなところでお会いするなんて。
「はい、不思議なご縁ですね」

今日は、一体どんなご用件で?
「父が学校に来るというので、待っているところなんです」
ああ、あの藤木直人に似たお父さんですね。
「はあ、まあ、人間であるという点では似てるかもしれませんが・・・・・。ところでそちら様は、一体どのようなご用件で」
宮崎あおいちゃんに似た娘と、ここで会う約束をしておりまして。
「ああ、おたくのお子さんは、とても可愛いと評判ですよね。そう言えば、確かに宮崎あおいちゃんに似てるかもしれませんね」

ところで、最近何か変わったことはありませんでしたか?
「藤木直人とは似ても似つかない父親と『トリック』という映画を観に行きました。たいへん、面白かったですよ」
おや、それはまた奇遇ですね。私も宮崎あおいちゃん似の娘と『トリック』を観に行ったんですよ。面白かったですね、あれは。
「あら、それは本当に奇遇です。世の中には、不思議なことがあるもんですね」

じゃあ、藤木直人似のお父さんに、よろしく。
「そちら様こそ、宮崎あおい似のお嬢さんに、ヨロシク」

わけがわからない、というような顔で、我々の顔を交互に見るK先生。
そして、大きく息を吐きながら、「いつもこんな感じなんですか」と小さく首を振って、両手を軽く上げた(お手上げポーズか?)。

まあ、これは軽い方でしょうか、と私が言うと、「じゃあ、もう少し見せていただけます?」という、思いがけない無茶ブリ。

しかし、要求された以上、応えなければいけないのが芸人の宿命である。
だから、また即席コントを始めた。
若手芸人「じゃるじゃる」の「違いますよ」ネタをアドリブでやってみた。

(立ち上がって)学校の門に続く桜並木。古びた門構え。校舎に書かれた「青春」の落書き。校舎の壁のシミ。どれもが懐かしい。
2階の踊り場の上のガラスに入ったヒビ。階段の4段目の左側だけが大きく欠けている様も、とても懐かしい。
よく滑る廊下。建てつけの悪い職員室のドア。そして、応接室の隅にひっそりと佇む小さな菩薩像。ああ! 懐かしくて、涙が出そうだ。

(娘が遠慮がちに)「あのぉ、この学校の卒業生ですか」
いや、違いますよ。
「違うんかい!」

呆れ顔のK先生。
そして、そのあとに言われたのだ。
「お父さん、これは奇跡ですよ!」と。

「この年頃の子は、男女に限らず半数以上の子が、父親を生理的に毛嫌いしているんです。しかし、Kちゃんのところは違うんですねえ」
そして、繰り返すのだ。
「これは、奇跡ですよ」と。

さらに、「いったい、どんな教育をされたんですか」
好奇の目で食い入るように見られた。

小さい頃から、私がメシを作って、餌付けをしていたからでしょうね。
「アタシは、高崎山のサルか!」

それを聞いて、「すぐにツッコミが入るのね」とまた感心するK先生。
「私、20年以上教師をしていますけど、こんな親子関係は初めてです」と、K先生は、また我々を交互に見た。

「奇跡ですよ」
本日3回目の「奇跡ですよ」だ。
奇跡の安売り。

K先生は、虚脱状態に陥って1分ほど沈黙していたが、突然眠りから醒めたように、眉を平行に戻して私の目を見た。
そして、「この雰囲気で真面目な話をするのは、何か馬鹿馬鹿しくなっちゃいましたけど」と苦笑い。
「でも、ひとつだけ言わせてください」

はい。

「クラスには、たいてい二人か三人、人見知りの子がいて、話の輪に入れなくて、休み時間ひとりでポツンとしている子がいるんです。Kちゃんは、他のクラスの子にも声をかけて、うまくみんなを束ねているんですよ。とは言っても、本当に一人でいたい子に対しては、声をかけるだけで押し付けがましいことはしないんです。それは、本来ならば、教師の仕事なんですが、Kちゃんは、それを自然にやって、リーダーシップをとってくれるので、大変助かっています。転校してきたばかりで、何で自然にそんなことができるんだろうって不思議に思っていたのですが、お二人の会話を見聞きして、何となくわかったような気がします」

いやあ、普段、人さまから褒められたことがないので、照れますなあ。

「先生、こいつ、褒めると調子にのりますので、ほどほどに」

「こいつ?」と突っ込むK先生。

「いや、このバカ(小さい声で)父」と、すかさず訂正する優秀な娘。

「親子関係に関する、新しいタイプのレポートが書けるかもしれませんね」とK先生。

それに対して、我々バカ親子は、「ノーノー! リェポォオト!」と口を揃える。

テーブルを叩いて喜ぶK先生。
そして、「ホント、奇跡だわ」

本日、4回目の奇跡。

しかし、そのあと言った担任の言葉を聞いて、我々親子は苦笑い。

「こんなに面白いのなら、明日も三者面談しません?」

このセンセイも、けっこう面白い。



2010/05/20 AM 06:26:59 | Comment(6) | TrackBack(0) | [子育て]

えらそうに教育論
新しい場所で生活を始めて約1ヵ月半。

一番最初に、生活に馴染んだのは、中学3年の娘だった。
すぐに友だちが、数人できた。

休日は、友だちに案内されて、自転車であたりを走り回っているので、半径3キロの道路は小道も含めて、ほとんど把握したようだ。

出かけるたびに、「おい、卵が88円だってよ。買っておくか」「キャベツが148円だ。今の時期、お買い得じゃないか」「マルちゃんの『麺づくり』88円だぞ。4個買っとくか」などと電話がかかってくる。
通りがかりの店のバーゲン情報を、いち早く報告してくれるから助かっている。

そんな娘が、いま一番熱くなっているのは、6月に行われる「JUNSU/JEJUNG/YUCHUN」の東京ドームライブを友だちと観に行くこと。
先行販売の抽選に洩れた時は、かなり落ち込んでいたが、すぐに立ち直って「くそ! 絶対に行ってやる!」と、パソコンのキーボードを叩きまくって、いま必死でチケット情報を掻き集めている。

「ゼッタイに友だちと4人で行く! 邪魔をするやつは、許さない!」
(いやいや、誰も邪魔はしませんよ)

前の中学の友だちとも頻繁にメールで連絡を取り合っているようだ。
ゴールデンウィークには、前の学校の友だちと新しい学校の友だちを会わせて、友達の輪を広げていた。

そのときに出た話題で一番盛り上がったのは、校則だったらしい。

前の中学では、女子の場合は、少しでも髪の毛が伸びると「結わえなさい」と言われた。
絶えず頭髪検査、服装のチェック、その他細かい外見部分をチェックされたという。
しかし、今の中学では、髪の毛を結う必要はないし、よほど乱れていない限り、外見を注意されることはないらしい。

「えー、なんでぇ!」「うっそー!」「いいなぁ!」

前の学校では、「毎日のあゆみ」というノートを毎日つけることを義務づけられ、その内容が教師の心証を良くする判断基準になっていた。
新しい学校でも、同じようなノートは書かされるが、内容を厳しくチェックされることはない。参考程度の扱いのようだ。

前の学校では、教師が威厳を見せつけようとしてピリピリしていたが、新しい学校では、教師がフレンドリーで授業もわき合い合いと進んでいくという。
教師との距離が近いから、話しかけやすいらしい。
生徒によっては、教師に失恋の相談や便秘相談までするというのだ。

「ありえないぃー!」「なにそれぇー!」「いいなぁ!」

前の中学では、教師と廊下ですれ違ったとき挨拶を忘れただけで、その場だけでなくその後もネチネチと文句をいわれたという。
しかし、今の中学では教師の方が先に声をかけるから、そういうことはない。

つまり、それは「俺は教師だ。お前たちより偉いんだ」というプライドだけが肥大した教師と、「学校の雰囲気は生徒と教師が一緒になって作るもの」と思っている教師との違いだろう。

そのどちらが正しいかは、わからない。

教師が特別なものだと思っている人は、前者を支持するだろうし、それを正しいと思うだろう。
そして、教師が特別なものではなく、ただ生徒をサポートするのが仕事だと思っている人は、後者を支持するのではないだろうか。

あるいは、ただ単に成績という結果だけが判断の基準になって、規律の厳しい学校の方が成績がいい、というデータがでたら、「成績が良ければ、それが正しい学校なんだよ」という考えの人もいるかもしれない。

娘と私は、単純に「いじめがなくて、友だちがたくさんできる学校」が、一番いい学校だと思っている。

だから、ふたりとも、いまの中学校には満足している。

ヨメの母親の健康事情があったとはいえ、今にして思えば、ほとんど発作的ともいえる引越しだった。
一番その影響を受けると思われた娘の学校問題が、思いがけずスムーズにいったのは、ラッキーとしか言いようがない。

埼玉にいた時は、娘の部屋の壁には「めざせ、ベストスリー」の紙が貼ってあった。
学年で成績が3位以内に入ることを目標にしていたのである。

しかし、今は、その貼り紙はない。

ベストスリーをめざさないのか、と聞いてみたら、娘はこう答えた。
「転校してきてすぐに3位以内になんか入ったら、かわいげがないだろ。まあ、今回は、テキトーだな」

その言いかたの方が、かわいげがないが・・・・・。

先週の金曜日。中間テストが終わった

そして昨日、娘が家に帰るとすぐ、私に言った。
「5教科、449点。狙い通り、450点より1点引きィ! たいしたもんだろ?」。

本当にテキトーにやったのか。

何か、かわいくないなぁ・・・・・。



2010/05/18 AM 06:26:01 | Comment(3) | TrackBack(0) | [子育て]

トンバン活動休止
人間は、環境の変化に弱い動物だと思う。

環境が変わると、体や心のどこかに変調をきたす場合が多い。

それをどう克服するかは、その人次第だろう。
克服できる「なにか」を見つけるのが早い人は、順応性が高いということになる。

中学3年の私の娘も、新しい中学で苦労するかと思っていた。
緊張すると腸にガスが溜まる体質の娘は、家に帰ってくると私の仕事部屋でガスを連続放出する。

それで心も体もスッキリするというから、変調というほど深刻ではないようだ。
どちらかというと、変人と言っていい。

そんなお気楽な性格のせいか、友だちは始業式の日に、すぐにできた。
できたのは、とりあえず3人。

一人は、同じクラスの子。
相手が話しかけたそうなオーラを発していたので、話しかけてみたら、波長が合ったという。
その子とは、そのあと土曜日に相手の家にお邪魔する約束までした。
そして、昨日その子の家にお邪魔してピアノを弾かせてもらい、「いいな、グランドピアノは。ミルフィーユも食わせてもらって、金持ちになった気分だぜ」と、ご機嫌マックスで帰ってきた。

二人目の友だちは、始業式の帰り道で一緒になった女の子。
まったく同じルートを同じスピードで、同じ間隔を保って歩く女の子。
お互いが、その存在を認識しつつ歩いていて、まったく自然な流れで会話が始まったという。

家の場所を聞いてみたら、150メートルくらいしか離れていなかった。
「お隣さんみたいなもんじゃん!」
それで、仲良くなったというのだ。
次の日からは、毎朝待ち合わせて学校に行っている。

「あたしと同じくらい変な子で、全然気を使わなくていいから、楽なんだよね」

娘と同じくらいの変人だったら、今まで生きていくのが大変だったろうな。
ご同情申し上げます。

三人目の友だちとの出会いは、私の感覚ではわかるが、他の人には理解できないものかもしれない。

娘が学校の廊下を歩いていたら、鼻歌が聞こえたという。
娘は耳がいいので、すぐにそれが東方神起のボレロだということがわかった。

そこで、すかさず「東方(トンバン)のフアン?」と聞いてみた。
相手は、何のためらいもなく「ジュンス!」と叫んだと言う。

そこから、すぐに話は発展した。
将来同じ高校に入って、夏休みに同じところでバイトして、お金を貯めて、一緒に韓国に行こうね。
そして、東方神起ゆかりの場所に行って、思い出を作ろうね。

20分前までは、その存在を知らなかった子と、そこまでザックリした会話ができるのだから、二人ともたいしたものである。
若いって、いいな。

しかし、東方神起、活動休止。

そのニュースが駆け回ったとき、娘は激しく落ち込む相手の子を携帯電話とメールで励まし続けていた。
相手は、それでもかなり悲観的になって、深い泥沼に沈むがごとく、マイナスオーラを出し続けていたという。

そこで、娘は、自分の取って置きの経験談を相手の子に披露して、励ますことにした。

「あたしの尊敬する椎名林檎サマ率いる東京事変は、2年近く活動していなかったんだよ。でも、今年復活したんだ。東方神起だって、また復活するよ」

しかし、それを聞いて相手の子は、声を裏返すようにして、こう言ったという。

「え? 椎名林檎、誰? 東京事変、何? 何なの、それ? トンバンと関係ないじゃん!」

チェッ! これだから、凝り固まったフアンは・・・・・(娘の心のつぶやき)。

・・・・・・・・・・。

いま娘は、韓国行きの夢をどうしようかと、本気で悩んでいる。




2010/04/11 AM 07:59:04 | Comment(2) | TrackBack(0) | [子育て]

7連発
武蔵野に引っ越してきて、いいことが、いくつかあった。

無人の野菜販売所が多いので、無農薬の野菜が安く手に入る。
季節感があるものばかりなので、食卓に彩(いろどり)が添えられる。
食欲が増す。

食欲が増したら、運動だ。
私の場合は、ジョギング。

中目黒に住んでいた頃は、駒沢公園代々木公園まで足を伸ばして、充実したジョギングライフを送っていた。
結婚して、横浜日吉に引っ越したときも、慶応大学内の日吉キャンパスを走って、体力維持に努めた。

しかし、埼玉に越してからは、団地周りの遊歩道を走るだけだから、味気ない。
景色に彩がないから、代わりばえがせず、目に入ってくる景色が楽しくない。
しかし、それを言っても仕方がないので、15年間我慢した。

ところが、武蔵野市に移ってきて、武蔵野市近辺の充実度に、私は驚かされることになった。

少し足を伸ばせば、井の頭公園がある。
野川という広大な緑の敷地がある。
小金井公園がある。
武蔵野公園がある。
そして、広大な敷地を持つ国際基督教大学

ジョギングロードの宝庫やないか〜い!

まずはどこを走ろうか。
迷いますね。
どこも、桜が咲いているから、華やかだろうな。
しかし、そろそろ散りどき。

井の頭公園は、花見客のマナーが悪いらしいので、今回は敬遠することにした。
酔っ払いのそばを走っても、気持ちよくなるはずがない。
だから、一番近い武蔵野公園を走ることにした。

武蔵野公園は、桜も多いが色々な花が色とりどりに咲いていて、目を楽しませてくれる公園だ。
芝生の緑も目に優しい。
そして、人が少ないのが、さらにいい。

ジョギングロードはないが、走るのに不自由のない舗装された道がある。
川沿いの道、そして園内の丸いカーブ。
小さなアップダウンがあるので、丁度いい具合に体に負荷をかけることができる。

暑くも寒くもない陽気だから、何ごともなければ、この上ない爽快さを感じただろう。

そう、不整脈さえなければ・・・・・。

私の持病、不整脈。
寝不足の時や、深い心配事があったとき、または環境が変わったとき、私の脈は面白いくらいよく飛ぶ。
今回も、走っていて20回以上脈が飛んだ。

環境が変わったからだろうな・・・。

友人が、不整脈で死ぬ人は5人に1人くらいだよ、と言って私を脅す(嘘だろ!)。
だが、たとえそれが本当だとしても、私は絶対にその1人に入っていない自信があるので、私は走るのをやめませんよ。

自分の体のことは、ある程度把握している。
走っている最中に頻繁に不整脈は起きるが、その全部が往きだけである。
帰りに不整脈が起きたことは、一度もない。。

もし帰りも不整脈が起きたら心配するが、今までそれは一度もなかった。
だから、気にしないで走っている。

どうせ、環境が変わっただけさ・・・、そう思いながら、今回も走った。
走り終わったあとで飲むクリアアサヒが今回もうまい。

そして、環境の変化には、私の中学3年の娘も弱いようだ。
娘は、環境が変わったり、ストレスを感じたりすると、腸にガスが溜まる傾向がある。

学校から帰ってきて、ブブブブ。
玄関ですればいいものを、わざわざ私の仕事部屋に来て、屁をするのだ。

娘は、小さい頃から、私の顔の前で屁をすることに無上の喜びを感じていた。

昨日も学校から帰ってきて、ブブブブブブブ。
7連発ですよ。
もちろん、顔の前で。

何ていうやつだ!

でも、その屁の音を聞いて、不整脈が治ることもあるのだから、娘に文句は言えない。
今回も、それで治った。

まったく変な親子である。

こんな親子のことを、世間はきっと不整脈よりも重症だと、後ろ指をさすに違いない。



2010/04/09 AM 06:22:58 | Comment(4) | TrackBack(0) | [子育て]

負けた負けた
自分の子どもに負けるのは、悔しいことか、嬉しいことか。

以前のブログで、我が家に同居するご老人が、団地内で居場所がなくなって、鬱になっているということを書いた。
その後の話の展開で、ご老人が一昨年の11月まで住んでいた三鷹の近くに我々が移り住んだらどうか、という思いがけない宿題を子どもたちに提出された。

実際、それは、私にとって思いがけない展開だった。

いくら私がフリーランスだからといって、すべての行動が自由になるわけではない。
得意先の半数以上はまだ埼玉にあるから、三鷹に引っ越したら得意先に行くだけでも、私にとっては負担が大きい(交通費も余計にかかる)。

そういったことを含めて、私が一番納得がいかないのが、ご老人はたとえヨメの母親だとしても、私にとっては他人だということだ。

そして、言いたくはないが、私の子どもたちにとっても、彼女は、それほど大事な存在だとは思えない。

比較論を展開するために、あえて書かせていただく。
私の母親は、85歳を過ぎて、衰えを隠せない年齢になった。
しかし、人様にも自分の子どもにも迷惑をかけずに、日々を暮らしている。

80歳を過ぎて、3度の大きな手術を受け入れたとき、彼女は術後、早く治す決意の基に鎮痛剤を拒否して、ベッドの中で苦痛を享受した。
しかし、そんなときでも私の母は、孫たちが見舞いに行くと、孫たちの体の心配をし、枕元に忍ばせた財布から5千円札を抜き取って、微笑みながら孫に小遣いを与えるのである。

相当痛いはずなのに。

中学の国語教師だった母は、昔から人前で決して泣き言を言わない人だった。
それは、彼女の母親が、そうだったからだ。
私の祖母も、泣き言を言わず痛みを訴えず、突然消えるように79歳の生を終えた。

泣き言を言ってくれれば・・・、あそこが痛い、ここが具合が悪いといってくれたなら・・・、祖母はもっと長生きできたはずなのに。

私もそれを受けついで、人に泣き言を言わないようにしている(つもりだ)。

私が痛い、苦しいというのは、その現象が終わったときの事後報告だ。
それも、冗談交じりに言う。
苦しさの真っ只中では、絶対に言わない。
それは、「苦しい」と決して言わなかった祖母と母の顔が、そのたびに思い浮かぶからだ。

ただ、私の母は、苦しい時も苦しさが去ったあとも、それを言わなかった。
何ごともなかったような顔で、日々を生きている。

だから、晩年になって色々な病気にかかり、入院や手術を繰り返すようになった。
極限まで我慢せずに「痛い、苦しい」と言ってくれたら、もっと早く病気を見つけられたはずなのに・・・・・。

それに対して、我が家に同居するご老人は、自分のことにしか興味がないように思える。
自分が一瞬だけでも楽しくなれば、それでいいように思える。
そして、そのためには平気で嘘をつくし、人の感情を踏みにじっても平気に思える。

私の子どもたちは、ご老人にとって、当然「孫」になるわけだが、ご老人は、おそらく孫に対して無関心だ。

ひと月に一回、彼女の長男から現金書留でお小遣いを送ってくるが、彼女はそれを手にすると、いそいそと外出の準備をし、タクシーで買い物に出かける。
そして、決して使うことのない洋服やバッグ、電化製品、脂っこい食い物を両手に抱えて凱旋し、満足げに笑みを漏らす(しかし、何を買ったかは、すぐに忘れる)。

我が家に来て15ヶ月。
ご老人は、同居する孫に小遣いを与えたことはない(これは、期待する私の方が、おかしいのかもしれないが)。

私の母は、乏しい年金の中から、毎月孫たちに5千円ずつお小遣いを振り込んでくれる(こんなことを比較してしまう私は、非常識なんだろうか)。


昨日の夜、私は子どもたちの前で、こんなことを言った。

「ばあちゃんは、自分のことしか考えてないんだよな」

それに対して、大学一年の息子が、意外なことを言う。

「ばあちゃんだって、苦しいんだよ。苦しんでいると思うよ」

そして、中学二年の娘も、それに同調する。
「そうだよ、苦しいはずだよ」

それを聞いたとき、高速で、私の目から涙が溢れ出た。

子どもたちにとって、ご老人との同居生活は、決して報われるものではなかったはずだ。
いつもストレスと不自由を感じていたと思う。

だから、ご老人が孫たちに与えたものは、ゼロに等しい。
子どもたちが得るものは、精神的なものを含めて、何もない。
私はそう思っていた。

だが、子どもたちは、そんな中でも、ご老人の苦しさを理解していたようなのだ。

私にとっては、自分の経済的な負担、時間的な負担が、すべてだった。
だから、ご老人を受け入れられずにいた。

「この負担さえなければ・・・・・・・・・」
いつも、その思いに囚われていた。

しかし、子どもたちは、ご老人の立場で、その苦しさを理解しようとしていたのである。

私の子どもたちは、私が何も教えなくても、それが理解できた。


それにひきかえ、この俺は・・・・・。


そう思ったが、こんな子どもを持った自分を誇りに思う気持ちも、強い。

泣き乱れた私の顔を見て、娘が言う。
「おまえ、最近、異常に涙もろくなったぞ。汚いぞ。ああ、汚い! 汚いオヤジは、見るに耐えん!」

そんな娘の声を聞きながら、汚い親父は、さらに涙をこぼした。



2010/03/01 AM 06:28:06 | Comment(3) | TrackBack(0) | [子育て]

オン・ザ・ロード
テイラー・スウィフトをご存知だろうか。

彼女は、若干20歳で今年のグラミー賞を取った女性歌手である。
日本ではあまり馴染みのないアーティストだと思う。

このテイラー・スウィフトに、私の中学2年の娘が、2年以上前から目をつけていた。
(ん? またまた娘自慢が始まるか?)

娘は、子どもの頃から、私に影響を受けていた。
社会に対するひねくれた見方、映画やミステリー本、そして音楽。

小学校低学年から倖田來未、MINMI、椎名林檎、ブランキー・ジェット・シティを聴き、浜田省吾を聴く。

小学5年の時、初めてお友だちとカラオケボックスに行ったとき、娘が最初に歌ったのが「J.BOY」だった。
他の子が、YUIや大塚愛を歌っているのに、彼女は「J.BOY」。

えー、なにぃ!
変な歌ァ!

みんなから非難を浴びても、彼女は構わず、今度は「on the road」を歌った。
そして、みんなに歌唱指導まで、したというのだ。
それによって、月に一回開かれるカラオケ大会では、全員で「on the road」を歌うのが習慣になった。

流行を追いかけるのはいいが、流行がすべていいものだとは限らない。

小学校低学年から、私が彼女にそう埋め込ませた教えを守って、娘はすべての流行を吟味してから、自分の感性で好みを選択している。

だから、お子さまたちが通る道、モーニング娘。やジャニーズ系、特にSMAPやExileは聴かない。
ただ、一瞬だけ魔がさして、友だちにHey!Say!Jump!の東京ドームのコンサートに連れていかれ、「可愛い!」と叫んでいたことはあった。
しかし、それも3ヶ月程度で、終わった。

東方神起が日本でデビューした頃、「日本では受け入れられないかもしれないが、これはいいぞ」と言って、娘に推薦した。
娘は、「おお! いいな!」と言って、すぐ好きになった。
日本でブレイクするまでに、少々時間がかかったが、ブレイクしはじめたとき、娘とハイタッチで喜びを共有した。

流行に惑わされない感性。
ひとから見たら、それは「ひねくれている」と取られることもある。

まあ、事実、ひねくれているわけだが。

例えば、椎名林檎、東京事変(スポーツというアルバムが出ましたので、ヨロシク)。
娘は、すべての曲の歌詞を覚え、その曲の心象風景を、かなりの部分で把握している。
おそらく中学2年の女の子で、ここまで彼女の歌に精通している人はいないのではないかと思えるほどだ(親バカは承知)。

娘が、はじめて「罪と罰」を聴いたとき、得体の知れないものが体内に入ってきた感覚がしたという。

心と体が、わけのわからないままに揺さぶられるのがロックだよ。

私が、そう教えていたこともあって、娘は「おお! これはロックだな!」と感動したらしいのだ。

小学校低学年で、椎名林檎にロックを感じた少女。
それを不気味と捉えるか、感性が豊かだと捉えるかは、自由だ。

おそらく不気味と捉える人のほうが、多いとは思うが。
(私のヨメは、はっきり不気味と捉えている)

そんな娘が、2年以上前にYou Tubeで見たテイラー・スウィフトに心を揺さぶられたのは、必然だったと言える。
伸びやかに感性の赴くままに自分の心情を歌い上げる、若きアーティスト。
音楽のジャンルとしては、カントリーに入るようだが、その歌声に、娘は「ロックだぜ!」と興奮した。

日本でのデビューは、昨年だったようだが、娘はそのはるか前から「テイラー・スウィフトがいい!」と言い続けていた。
娘があまりにも言い続けるので、私は輸入版を買って、その音楽性を確かめることにした。

聴いてみると、確かに、いい。
余計な機械操作に頼ることなく、生身の人間から噴出するパワーが、娘の言うように、確かに「ロック」を感じさせた。

いいな。
「いいだろ。アタシの耳もたいしたもんだろ」

たしかに。

それ以来、テイラー・スウィフトは、椎名林檎様、東方神起様に次ぐ、娘のアイドルになった。

ただ、先週日曜日の、お友だちとのカラオケ大会では、相変わらず「on the road」を熱唱していたようだが。




2010/02/25 AM 06:34:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | [子育て]

似ないほうがいい性格
おじいちゃんになった気分だった。

ショウコが、旦那と去年産まれた娘を伴って、大宮まで来てくれた(ショウコに関しては、コチラに書いた)。
我が家には、わけありのご老人がいることを配慮して、大宮のホテルに一泊するという気の使いようである。

滞在中のホテルに、中学2年の娘を連れてお邪魔をした。
ショウコにいきなり、お年玉をふた袋渡された。

ありがとう、ゴッツァンです、と受け取ろうとしたら、「オヤジ、ざけんなよ!」と、ショウコと娘が、見事にハモって手を叩かれた。
その痛さが、意外と気持ちよかったりして(変態?)。

それを見て、ショウコの夫、マサが手を叩いて笑う。

マサくん。
私は、君の大学の先輩なんだがね。
その遠慮のない笑いは、いかがなもんかね。

しかし、3年前までは私がお年玉を上げていたショウコが、今年は私の子どもたちにお年玉をくれるというのは、感慨深いものがある。
時は、誰の身にも当たり前のように、通り過ぎていく。
時が、止まることはない。
そして、誰もが、年をとる。

お年玉のポチ袋を見ながら、そんなことを実感した。

カネコ(ショウコのオヤジ、私の大学時代の後輩)は、元気か。
芋洗坂係長に、また近づいたか。

私がそう言うと、マサがまた大きく手を叩いて笑った。
「確かに、髪の毛以外は、完全に芋洗坂係長化していますよ、ハハ・・・」
マサって、こんなによく笑う男だったっけ。
父親になると、何かが外れるのだろうか。

赤ん坊は、マサの腕の中で「神の子」のような顔をして寝ている。
その寝顔から透明な粒子が立ち上っているのが、確実に私の目には見えた。
娘も、その寝顔から何かを掴み取ろうとするかのように、息を詰めて見守っている。

私も同じように「神の子」を見つめていた。
その姿に向かって、ショウコが言う。
「ジイちゃんの顔、してるね」

そうかもしれない。
もちろん血は繋がっていないが、赤ん坊の寝顔を網膜に焼き付けながら、この子が、自分の何かを受けついでくれそうな都合のいい予感を、私はずっと感じていたのだ。

そんな私を見て、頭のいいショウコは、すぐに察したようだ。
「この子に、サトルさんのなにを受けついでもらおうかな」

私が答える前に、娘が答えた。

「足の速いところかな」と言いながら、娘が私を指さす。
「だって、こいつは、それしか取りえがないからな」

「ハハハ」とショウコが笑う。
マサも笑う。
娘が、勝ち誇ったような顔をして、また私を指さした。

そんな小さな笑いが、家族を感じさせた。
笑顔のマサに、聞いてみた。

子育ては、楽しんでいるかい。

マサが、無言で大きくうなずいた。
そして、私を見上げて言う。
「ショウコから聞いているんですよ。先輩が、深く子育てに関わってきた姿を」

その会話を引き取って、ショウコが言葉を繋げる。そして、娘の方を見ながら言った。
「すごかったからね、あなたのパパ。出産に当たり前のように立ち会って、どんなに仕事が忙しくたって寝る間も惜しんで離乳食作りはするし、何があっても幼稚園行事、学校行事には参加するし、熱が出たら寝ないで看病するし、ちょっとビョーキだったよね」

6歳の時、突然カネコの子どもとして、私の前に現れたショウコは、私の息子と娘の成長をリアルタイムで経験していた。
彼女は、私と私の子どもたちに、深く関わってきた一人なのである。

そんなショウコが、思い出を噛みしめるような穏やかな笑いを娘に向けている。
ショウコの顔、娘の顔。
似てはいないが、通じる空気はある。

私が懸命に温めてきた「何か」。
その「何か」が、ショウコにも、娘にもある。
それが、家族ということではないのか。

だから、この「神の子」も、家族なんだ。
私は、もう一度、赤ん坊の寝顔を見つめた。

赤ん坊の寝顔から目を移すと、そこにはマサの柔らかな笑顔。

そのマサが、「少しでも先輩に近づけるように頑張ってます」と真剣なまなざしを私に向ける。

照れる。
こんな雰囲気は、好きではない。

場が真面目な空気になると、私は居心地が悪くなる。
脳の中にプツプツと異分子が侵入してくるような気になる。
そして、何かを壊したくなる。

そんな困った性格・・・・・。

その遺伝子は、確実に私の娘にも、受けつがれていたようだ。

「焼肉は、叙々苑! 福沢諭吉は一万円!」

お年玉袋を開けて、福沢諭吉様をその両手に掲げながら、娘が突然叫んだ。
そして、ピョンピョンと跳ねている。

マサとショウコの大笑い。

そして、ショウコが、感嘆した声で言う。
「Kちゃんは、怖いくらいにサトルさんにそっくりだねえ。血は怖いわ。この子も、こんな風になったら、どうしよう」

ショウコと娘が、同時に赤ん坊の寝顔に顔を近づけた。
そして、顔を見合わせて、首を振った。

「そこだけは、似てほしくないよねえ」
二人の声が同期していた。

マサも、小さく控えめにうなづいていた。

確かに、俺も、そう思う。




2010/01/05 AM 06:25:58 | Comment(2) | TrackBack(0) | [子育て]

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