Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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Macでお仕事?
しばらくサーバーがダウンしていましたが、何度問い合わせをしても、担当者からの返事はなし。


7回目に、やっと返信があった。

しかし、アバウトな復旧日時は知らされたが、その後もほったらかしという「塩対応」。


という事情がありましたので、下記のアドレスで「見切り発車」をすることにしました。


Macでお仕事?



気が向いたときに、力を抜いてご訪問ください。



2016/06/28 PM 04:59:50 | Comment(1) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

ペット以下の・・・
テクニカルイラストの達人・アホのイナバが、意味不明なことをつぶやいた。

イナバ君は、2年前にツイッターを始めたのだが、今までアホはアホなりに普通につぶやいていた。
しかし、今回のは少し変だった。

「芝生で心が痛い」

イナバ君は痛がりなので、あそこが痛い、ここが痛いという「痛いアピール」をよくするのだが、「心が痛い」と言ったことはなかった。

どこかの公園の芝生に座ったとき、自分のアホさ加減にやっと気づいて、心を痛めたのだろうか。
アホが自分のアホに気づいたら、絶望的になるのではないだろうか、と私は気遣った。

心配した私は、イナバ君ではなく奥様に聞いてみることにした。
イナバ君は、説明能力が4歳児並みなので、常識人の私は彼の言うことが理解できない。

奥様に聞いたほうが手っ取り早いと思って、奥様にメールを送ることにした。
「ご主人のツイッターに関してお聞きしたいことがあるので、手の空いたときにお電話をいただきたいと思います」

メールにしたのは、私が人様に突然電話をするという勇気を持っていないからだ。
いま何をしているかもわからない相手に、自分の都合で電話をするのは気が引ける。

そんな理由で、私はお得意様からの電話にも出ないことが多い。
仕事中は、「忙しいときに電話してくるんじゃねえよ」と毒づいて、出ないことがほとんどだ。

長年の経験で、すべての電話は一分一秒を争うほどの緊急性を持っていないことがわかっていた。
30分後の折り返し電話で間に合うことが百パーセントだ。

だから自分も、人の貴重な時間を断ち切りたくないので、無駄な電話をすることを避けている。
メールなら、人の時間をそれほど邪魔することがないので、メールを活用している。

私がメールをした12分後に、イナバ君の奥様から電話が来た。

時候の挨拶のあと、「芝生で心が痛い」のツイッターの件を話すと、「あら、なんですか、それ?」とのんきな声で言われた。
「芝生ですかぁ? どこの芝生でしょうねぇ。芝生につまづいたりでもしたんでしょうか」と半笑いの声が受話器を通して聞こえてきた。

あまり、心配していないようである。

「いま不在なんですけど、いる場所はわかりますので、本人に確かめてみます。すみません、バカな夫がご心配をおかけして」と半笑い状態のまま会話が終わった。

バカな夫・・・・・俺もそう思う。


2年前の夏、イナバ君と東京新宿の世界堂に画材を買いに行ったときのことである。
イナバ君は、フォトショップとペインターで極めて精細な絵を描くが、手書きでも同じように精緻な表現をすることができる。

どのような画材を使っているのか興味があったので、付いていった。
筆やペン、ブラシを数種類、ポスターカラー、アクリル絵の具を20色以上買った。

レジで支払いをしようとしたとき、財布の中に金が入っていないことに、イナバ君が気づいた。
「あれ? 5万円を持ってきたはずなのになあ」

車の中に忘れたとか?
「でも、財布は持っていますからねえ」
「今日は外では一回も財布を開けていないはずだから、落とすわけないしなあ」
「カードは持っているけど、奥さんからカードは使うなって言われてるんですよね」

じゃあ、俺が貸そうか、と言ったとき、イナバ君が「あっ、思い出しました! ズボンの尻のポケットに入れたんでした」と手を打ったあとで尻のポケットを探った。

「あれれ? ないなあ。入れたのは間違いないんだけどなあ」

このままレジの前で、「ひとりボケ」を演じ続けられたら店にも迷惑がかかると思って、イナバ君をフロアの隅っこまで連れて行った。

よく探したほうがいいよ。
ケツのポケットは、間違いないんだな?

「それは、ハッキリと覚えています。絶対入れました。あっ!

最後の「あっ!」は、かなりでかい声だったので、数人の客に振り向かれた。
しかし、イナバ君はアホなので、その程度のことは気にも留めずに、突然ズボンを脱ぎだしたのである。

え?
ここで、ストリップを始めようというのか。
ギャラリーが数多くいる店の中で?

犯罪ではないのか?

止めようとしたが、イナバ君がズボンを脱ぐほうが早かった。
イナバ君は、高速でズボンを脱いでしまったのだ。

慌ててイナバ君の股間を隠そうとしたとき、その下に、もう一つのズボンが見えた。
それは、短パンだった。

聞いてみると、短パンで出かけようとしたら、奥様から「スラックスにしなさい」と命令されたという。
そこで、イナバ君は、短パンはそのままに、その上からズボンをはいた。

「ああ、だから、ウェストがきつかったのかあ。太ったせいかと思ってました」

5万円は、短パンの左のケツポケットに入っていた。

しかしまたイナバ君が「あれ? 今度はiPhoneが・・・・・」と言い出しやがった。

それはきっと、ズボンのケツにあるんじゃないか。

「確かに、ありましたあ!」

そしてまた、アホのイナバは、短パンの上からズボンを履いて、レジに向かった。
5万円を誇らしげに握りしめながら。

アホといると、退屈することがない。


「芝生で心が痛い」の問題は、簡単に解決した。

iPhoneの文字変換をよく確かめなかったせいだ。
iPhoneは、一文字打っただけで「予測変換」をしてくれる。
それは、大変便利な機能だと思う。

ただ、それは普通の人間にとっては便利な機能だが、究極のアホには「できすぎた機能」になることがある。

「しばらく」を確かめもせずに、予測変換で「芝生で」に変換。
「ここに」を「心が」に変換。
そして、「いたい」を「痛い」に変換。

普通の人なら投稿前に読み返すのだろうが、アホには、その作業が欠落していた。

多摩市のスーパー銭湯に行ったら、気持ちよすぎて帰るのが億劫になった。
そこで、「しばらくここにいたい」とつぶやいたつもりだった。

その結果の「芝生で心が痛い」。


報告してくれたイナバ君の奥様に、本当に楽しい男ですよね。人を退屈させないですからね、と言ったら、「でも、これで稼いでこなかったらペット以下ですけど。ああ、でも・・・今も我が家での序列は、ペット以下です。ハハハ」と正しい表現をして笑った。


あれほどのスキルを持っていながら、ペット以下の扱いをされるなら、スキルのない私は何だろう、と思った。



皆様には、答えは、おわかりだと思いますが。
(ペットのウ〇チ以下?)



ところで、ゴールデンウィークに熊本にボランティアに行ったイナバ夫妻は、寄付はもちろんだが、大量の熊本名産品を購入したようだ。

どれぐらいの額だったかは、聞いていない。
そういう下品なことを聞く教育を私は祖母や母から受けていない。

ただ、イナバ君の奥様から後日「熊本みやげリスト」というメールが来て、そこには「ご迷惑でなければ、どれか貰っていただけませんか」と書いてあった。

メニューリストを見ると34種類のみやげと個数が、記されていた。

私は、欲張りではないので、その中から「柚子こしょう」と「からし蓮根」、「デコポン・ゼリー」をリクエストした。
ひと箱ずつをリクエストしたつもりが、5パックずつ送られてきた。



「からし蓮根」を食いながら、熊本を身近に感じている今日この頃でございます。



2016/06/04 AM 06:26:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

マッサオ
息も絶え絶えに、3階までの階段を上った。

4月26日午後1時47分、杉並の建設会社のドアを体をぶつけるようにして開けた。
その私の姿を見た事務の男性が、「どうしたんですか? Mさん、顔が真っ青じゃないですか」と言った。

シュレックじゃねえよ!

「・・・あのぉ・・・・・すみません、Mさん。シュレックは青ではなくて緑なんですけど」

あ・・・・・・たしかに。
私としたことが・・・・・。

武蔵野のおんぼろアパートから自転車で、杉並高井戸の建設会社に行く途中で、持病の不整脈の発作が出た。
しかし、約束の時間に到着しなければ、どんな嵐が吹き荒れるかわからないので、脈が不規則に飛ぶのも構わずにペダルを漕ぎ続けたら、極度の酸欠状態に陥ってしまったのだ。

申し訳ありませんが、わたくしにギミ・ゥワラ。

「ワラですか。ワラは最近使いませんねえ」

いえ、ゥワラですって。
ルック! マイ・リップ!
リッスン・トゥ・ザ・プラナンシエイション。

「ああ、くちびる、真っ青じゃないですか!」

シュレックじゃねえよ!

「いや、ですから、シュレックは緑なんで」
(チープなコントですな)

あのぉ・・・とにかく、水をくだされ。
申し訳ないですが、2杯ほど、お願いいたします。

「ああ、ウォーターのことですね。水道水でいいんですか」

トーキョーノ水ハオイシイデスカラ。

2杯立て続けに飲んで、少し落ち着いた。
あー、生き返った!

「でも、まだクチビル真っ青ですけどね」


草刈マッサオじゃねえよ!


微妙な沈黙。

いま事務所にいるのは、20代の男の事務員2人と40代の女性事務員1人だけだ。

彼らは、草刈マッサオ氏を知らない世代なのかもしれない。

やっちまったな・・・と思ったとき、激しい汗っかきの男性事務員が、「ああ、それって、真田幸村のお父さんのことですか」と言った。

いや、それは時代が違いますね。
真田幸村は戦国時代の人。
草刈マッサオさんは、現代の人ですから。
現代の人が戦国時代のお父さんなんて、ありえないですよ。

「Mさん、それ、冗談ですか、本気ですか?
Mさんのいうことは、どこまでが本当でどこまでが冗談かわからないからなあ」

それは、私を知る方の96パーセントから頻繁に言われるコトバ。

あなたが冗談に聞こえたら、それは冗談。
本当に聞こえたら、それは本当。

私はいつもそう答えているのだが、相手は馬鹿にされたと思うらしく、私がそう言うと必ず不機嫌になる。

このときも40代の女性事務員から「言っていること、全然わかりません」と拒絶された。

しかし、真田幸村の父親が草刈マッサオ氏と言われる方が「俺にはサッパリ」なんですけど・・・。
どう考えたって、時代が違うじゃないですか。
タイムマシーンがあったとしても、それは説明がつかないんじゃないですか。

「いや、ドラマの話ですから。NHKのドラマですよ。Mさん、知らないんですか? サナダマル?」

サナダムシ? ムサシマル? アケボノ? アサショーリュー?

「相撲じゃなくてドラマですから」

日本放送協会は、私の銀行口座から「受信料」なるものを定期的に闇の世界から抜き取っているので嫌いです。
民放の地上波は無料なのに。
だから、関心を持たないようにしているんです。

しかし、草刈マッサオ氏が、真田幸村の父上役をなさっていることは初めて聞きました。
そうですか、あのイケメンモデルだった草刈氏が、お父上役をなさるとは、時代も変わりましたな。

「え? クサカリマサオは、モデルだったんですか?」

ご存知なかったのですか?
(あ、また、脈が2拍飛んだ。おやぁ、今度は7拍の連打)

「まだ顔が青いですね。
大丈夫ですか?」


宮崎あおいじゃねえよ!


またしても微妙な沈黙。
なぜ「真っ青」と言わなかった?

やけくそでトーンを変えて、また、草刈マッサオじゃねえよ! と叫んだとき、顔デカ社長が帰ってきた。
約束の時間より、8分の遅刻である。

遅刻するなら、あらかじめ言って欲しいですね。
酸欠になるほどペダルを懸命に漕いだ私がバカみたいではないですか。

「なんだぁ! 俺がクサカリマサオだって?」
と言ったあとで、「遅れて悪かったが、着替える時間を3分くれねえか」と右手で敬礼をしながら、更衣室に消えた。

そのあと、4人でヒソヒソ話。

「Mさんのおかげで、2年くらい前から社長の眉間のシワが浅くなったんで、助かってますよ」
「ホントですよ」

毎回思っていたんですが、こちらの社長、俳優の高橋英樹さんを遠心分離機にかけて、両目を離れさせ、鼻を広げたような顔をしてますよね。

「ああ、そう言われれば!」
「凄い! 例えがジャストミートですよ!」

というような会話をしたあとに、社員たちは一斉に持ち場に戻った。
体に危機意識が染み付いているせいか、社長の気配は肌でわかるようなのだ。
彼らが持ち場に戻った2秒後に、顔デカ社長が更衣室から出てきた。

そして、ドッスンドスドスという音を立てながら、応接セットのソファに腰を下ろした。

「あんた、顔色が悪いな。
ああ、だから、『草刈マッサオじゃねえよ!』って叫んでたのか」

驚いた。
ビックリした。
サプライズだった。

「顔色が真っ青」を「草刈マッサオ」にかけたことをわかったことも意外だし、社長の声の調子が、ハリセンボンの近藤春菜さんに似ていたからだ。
しかも、オバさんっぽい笑顔まで作るというクオリティの高さを見せたのだ。

社員一同、唖然として社長の顔を見守った。
しかし、何ごともなかったかのように、顔デカ社長は、気持ち悪いほど優しい表情をして言ったのである。
「あんた、具合が悪いのなら、打ち合わせは伸ばそうか。
1週間くらい遅れても、俺の方は構わないぜ。
うちの若いのに、家まで送らせるからよお」

いえ、5分間ほどお時間をいただいて、休んでいれば復活します。
申し訳ありませんが、私に5分の猶予をいただければ、と切にお願いいたします。

「おお、30分くらい休んだほうが、いいんじゃないか。
5分ぽっちじゃ、あんたの年じゃ回復せんよ。
横になったらどうだい? 毛布もあるぜ」

「あ! それともショック療法ってのはどうだい?
午前中に業者が俺の機嫌を取るために、『森伊蔵』を置いていったんだよ。
そいつを飲んでみるってのもありじゃねえか。
あんたには、休息よりも酒の方が効くかもしれねえからな」

森伊蔵は、顔デカ社長の大好物の焼酎である。
「幻の」とまで言われている焼酎だ。
聞くところによると5万円以上するレアなものもあるという。

生意気にも、顔デカ社長は、森伊蔵しか飲まないらしい。
そして、私は昔その森伊蔵さんを社長からいただいたことがあった。
しかも、そんな高価なものだと知らずに、二日間で飲みきってしまったのである。

知っていたら、百年かけて飲んだものを。

では、恐れ多くも森伊蔵さんをトゥー・フィンガーで、お願いできたらと。

「おお、わかった」と言って出された森伊蔵さんは、トゥー・フィンガーを遥かに超える量だった。
しかし、ありがたく頂戴した。

逆効果になって、ぶっ倒れるかもしれないが、森伊蔵さんと心中できるのなら本望だ。

味は、正直なところわからない。
ワインやウィスキーの違いだってわからないのだから、飲みなれない焼酎の良さがわかるわけがない。

ただ、飲む前は、1月の青森駅に降り立ったときのように冷えていた体が、飲んで2分2秒後には、初夏の飛騨高山「さんまち」を歩いているような程よい温もりを感じるようになった。

それは、見た目にもわかったらしく、顔デカ社長が「少し血色が戻ったな」と、嬉しそうに自分の両膝を叩いた。

森伊蔵さんのおかげで、無事に打ち合わせを終えることができました。
(ただ、このようなことは真似をなさらない方がいいと思います・・・誰もしないでしょうが)


帰りは、会社の軽トラックの荷台に自転車を積んで、武蔵野のおんぼろアパートまで送っていただいた。

自転車を荷台から下ろしているときに、顔デカ社長に言われた。
「あんた、一人で仕事しているから仕方ないのかもしれねえが、もう少し仕事を選んだほうがいいんじゃねえか。
どさくさに紛れるようで気が引けるんだが、俺んところの専属になれば、そんなに無理する必要はないからよ。
もう一度、真面目に考えてくんねえかな」

そして、私の両肩を叩いたあとでニヤリと笑って、「タカハシヒデキじゃねえよ!」と言った。

我々のヒソヒソ話が聞こえていたようだ。


いましばらく、それなりの間、相当な長い時間をいただければ、もう一度考えてみたいと思います。


「言ってること、よくわからねえが、まあ、頼んだぜ」

顔デカ社長は、軽トラックに颯爽と乗り込み、「タカハシヒデキじゃねえよ!」と叫びながら、去っていった。
意外と気に入っているようだ。


おや?
私の右手が、見たことのない紙袋を掴んでいて、その中には何故か森伊蔵さんがいらっしゃった。

きっと、不整脈の発作が起きたらまた飲みなさい、と神様が持たせてくれたに違いない。



おそらく、遠心分離機にかけた神様だと思うが。



2016/04/30 AM 06:25:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

通るときはスッと
大学3年の娘から嬉しいことを言われた。

アルバイト先のIY堂のパートのオバ様方に、娘が「Mさんは、親の愛情をたっぷり受けて育った感じよね。明るいし、人が嫌がることは絶対に言わないし、人の話をよく聞いてくれるし、不愉快なところが一つもないんだもの」と言われたらしいのだ。

大学のお友だちにも、「カホは、無邪気だし、人の悪口は言わないし、誰とでも平等に接しられるのはすごいよね。親が愛情を持って育てたのがわかるよ」と言われたことがあるという。

「まあ、確かに愛情は百点だな。他はルックスも含めて零点だが」と娘。

そうか、ということは、平均すると50点ということになるか。

「いや、平均しても百点だ」

(むせび泣く)


・・・という愛情自慢から一転して「痔」の話である。

20年くらい前から、2年に1回くらいの頻度で、お尻から血を流すことが習慣になった。
出血は、5日程度続いて、突然に終わる。

自分では、一つの行事のようなものだと思っていたのだが、小金井公園でランニングをしているとき、顔に「私は医者です」と書いてある40歳前後の男性と出くわす機会がたまにあった。

走るペースが私とほぼ同じだった。
だから、お互い話しかけやすかったのだと思う。

走り終わって、5分程度立ち話をすることもあった。
そのときに、外科医だということを知り、「尻」の話を何気なくしてみた。

すると、「ああ、それは見たいですねえ。ぜひ、見せてくださいよ」と、にこやかな顔で仰っしゃるので、別の日に見せることになった。
そして、見た途端「ああ、これは手術しないと、近い将来エライ事になります。すぐに知り合いの医師を紹介しましょう」と私の尻に向かって言った。

その2日後に、紹介された医院で日帰り手術を受けた。

・・・と、ここまで書いてきて、これを読んでおられる方の中には、食事中の方もいらっしゃるのではないかと思い至った。
その方々に、尻から血がドバーッだのコーモンがどうの、などという話をするのはあまりにも失礼である。

だから、ここで話を変えることにする。


水戸コーモンの話をしようかと思う。

水戸コーモン様のお供の格さんの決まり文句「この印籠が目に入らぬか」は、あまりにも有名なフレーズだ。

しかし、私はこのフレーズを、大学時代の友人カネコの娘ショウコが6歳のとき、「このコーモンが目に入らぬか」と教えたのである。

コーモンに関しては、ショウコが、一番目の被害者だった。

家に帰って、「このコーモンが目に入らぬか」を母親に向かって使ったショウコは、かなり怒られたらしい。
「女の子がなんということを!」

それからしばらく、カネコの奥さんは私のことを陰で「コーモン野郎」と呼んでいたという。

二番目の犠牲者は、私の娘だ。
やはり、6歳のときだった。

ただ、娘の場合は、余程の大間違いでない限り、言い間違いには寛大な家に育ったから、小学校高学年でお友だちに向かって言うまで、その言い間違いに気づかないでいた。

「おい! コーモンじゃなくてインロウじゃないか! 大笑いされたぞ! まあ、ウケたから良かったが」

他にも、牛乳パックに書いてある「生乳(せいにゅう)」を「なまちち」と覚え込ませたことがあって、これは中学2年まで間違いに気づかなかった。

お友だちからは「あんたの親、とんでもない親だね」と呆れられたというが、本人は「まあ、ウケたから良い」と娘も寛大だった。


三人目の被害者は、テクニカルイラストの達人、アホのイナバである。

ただ、彼は、いまだに「コーモンが目に入らぬか」を信じきっているので、被害者とは言えないかもしれない。
もしかしたら、一生「コーモンが目に入らぬか」を貫くかもしれない。

イナバ君は、羨ましいほどのアホだ。
(今年アラフィフに到達するというのに)
そして、愛すべきアホでもある。

その愛すべきアホと調布のバーミヤンで打ち合わせをした。
イナバ君が年に3回程度持ってくる怪しい同人誌の仕事だった。

今回も原稿が2つ間に合わないと言うので、私がゴーストを務めることになった。
毎度のことなので、もう心は痛まない。
簡単に他人になり切れる自分に、ただ呆れるだけである。

W餃子と生ビールを食いながら、打ち合わせを終えた。
エビチリとレタスチャーハン、餃子サラダセットを食い、最後にエッグタルトを食った満腹顔のイナバが、「そういえば、Mさん、コーモンの手術をしたんでしたっけ」と聞いてきた。

イナバ君、何を言っているのかね。
俺は、コーモンの手術なんかしていないよ。

「え? 違うんですか?」

ああ、学校のコーモンを通ろうとしたらケツがコーモンに挟まったんだ。
そのとき不運にも血が止まらなくなったから、手術をしたんだよ。
コーモンではなくて、ケツだ。

「ああ、そうなんですか。
そうですよねえ。コーモンを手術するわけないですもんね。
ケツの手術だったかあ。でも、治るまでかなり時間がかかったんじゃないですか」

いや、一日で治ったよ。

「え! 本当にぃ!
さすがだなあ!
すごいなあ!
俺だったら1ヶ月はかかってますよ。
いやあ、すごい!」

イナバ君も、コーモンには気をつけた方がいいよ。
コーモンを軽く考えてはいけない。
あれは、出入りの激しいところだからね。

力んじゃだめだ。
通るときは、無理やりではなく、軽くスッとしたほうが安全だよ。
そうでないと、運が悪いと出血する。
そして、手術だ。

手術は嫌だろ?

「嫌ですねえ。
今度、娘の学校のコーモンを通るときは気をつけますよ。
え〜〜〜と・・・スッと通ればいいんですよね」

そうだよ。
コーモンは、通るときはスッとね。

「わかりました。
スッと通ることにします」


帰り道、イナバ君のベンツでオンボロアパートまで送ってもらう途中に、桜満開の中学校のコーモンの前を通った。

イナバ君、ほら、あそこにコーモンが。

このコーモンが目に入らぬか!

「はいはい、入りました。入りました。
コーモンが目に入りました。
あそこをスっと通ればいいんですね。
ああ、そういうことかあ!」



皆さまも、ぜひコーモンは、スっと通りますように・・・・・なんちって(RADWIMPS)



2016/04/09 AM 06:22:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

品格とゴキブリと集団ヒステリー
潔癖性の人が増えたように感じる。

私はプロ野球には興味がないので知らなかったのだが、「賭博」やら「試合に関わる金銭授受」で、大騒ぎになっていることを昨日極道コピーライターのススキダから教えられた。

とはいっても、剣道以外運動が全くダメなススキダも野球には興味がないらしく、ネット情報を読んだだけだから正確ではない、と言い訳じみたことを言っていた。

もし本当に野球賭博をやっていたなら、それは職業野球人としてバッテンを付けなければならないだろう。
永久追放されても仕方がない。
ただ、自分のチームの勝敗にお小遣いをかけることくらいならバッテンを付けるほどではない、と私は思う。

人は、それぞれ違うモチベーションを高める方法を持っていると思う。
それが自分のポケットマネーで合法になされているのなら、外野がとやかく言うのは余計なお世話だ。
それは、矮小化した正義感を無駄なことに使っているように私には思える。

「仲間内で金銭をかけるのは最終的に八百長につながる恐れがある」という意見もあるらしいが、細かい可能性を上げたら、それはどんな競技にも当てはまるのではないか。

要は、間に胴元がいて、それが暴力組織に繋がっているかどうかだと思う。
それが、暴力組織の資金源になっていたら違法な賭博行為だと言っていい。
しかし、そうでなければ、ただの遊びだ。

小遣いをかけただけで八百長云々を言うのは、潔癖すぎて、私はその考えには馴染めない。

皆さん、そんなにご立派な品格をお持ちなのか、と私が言うと、ススキダが「そうだよ、おまえ以外はみんな品格を持っているんだ」と、品格の欠片もないゴキブリ顔で笑った。

横浜大倉山ガストのテーブルをひっくり返してやろうかと思った。

そのゴキブリが、さらに話を続けた。
「この間、ブライアン(ススキダの娘さんの夫・カナダ人)を京都に連れて行ったついでに、大阪で相撲を見てきたんだよ。
しかし、今時の横綱は品格がないよな。勝ち方が綺麗じゃない。
ブライアンは喜んでいたが、俺はガッカリしたよ」

私は男の裸に興味がないので、ほとんど相撲のことを知らない。
だから、こう聞いた。

ほぅー、その裸の男たちには、品格が必要なのか?
裸にまわしを締めただけの男に、おまえは品格を求めるのか?
なぜ裸の男に品格がなければいけないんだ?

「相撲は神事だからだよ。
あれは、神様に奉納するための儀式なんだ。
おまえは、そんなことも知らないのか?」

近くにゴキジェットプロがあったら、私はまわりの迷惑も顧みずに、ゴキブリに向かって噴射していただろう。
なぜ、ガストのテーブルの上には、ゴキジェットを置いていないのだ。
要望を書いて、あとで店員さんに渡すことにしよう。

相撲が神事に近いものだということは知っているが、今はプロスポーツの興行の一つだ。
興行というのは「商売」だということだ。
商売である相撲は、金が絡んでいる以上、俗世間のスポーツと同列とみなしていい。

話は逸れるが、柔道や剣道、弓道などは、強いだけでは上段者、高段者になれないらしい。
年齢や知識、態度などが「ご立派」と認められなければ、上に上がれない。
しかしそれは、元々がそういうシステムなのだから、受け入れるしかない。

もし柔道で3段のままだったとしても、強ければ、4段、5段を差し置いて世界大会に出ることができる。
つまり、実力で栄光を掴むことができる。
そこに、「品格」は必要ない。

競技場のど真ん中で、外人さん相手に、「俺、品格があるんだよね」と威張ったって、弱ければ負ける。
実に、わかりやすいではないか。

だから、正式な神事でもない男同士の裸の闘いに、品格を求める根拠が私にはわからない。

プロスポーツの世界は、テッペンを取った強いものが喝采を浴びるところだ。
品格だけで喝采を浴びられるほど甘い世界ではない。

おまえ・・・品格のない顔で、壊れたボイスレコーダーのように「ヒンカク、ヒンカク」って繰り返して、何が楽しいんだ。
ブライアンは、そんなことは思いもせずに、相撲を楽しんだんだろ。
ブライアンの方が、よっぽど相撲の楽しみ方を知っている、と俺は思うぞ。

まったくゴキブリらしい考え方だ。

ゴキブリが拗ねたようだ。
舌打ちが聞こえた。
「今日は、ランチを奢るつもりだったが、割り勘だな」

いや・・・ススキダ先生。
ゴキブリは、言いすぎました。
「ゴキブリの進化系・テラフォーマーズ」と訂正させていただきます。

だが、それも、お気に召さなかったようだ。

では、「ゴキブリ界の横綱」では、いかがでしょうか?


そんな風に「ゴキブリ界の横綱」と戯れていたとき、今まで耳に入ってこなかった会話が隣りのテーブルから聞こえてきた。

40歳前後の5人の奥様方が、声のトーンを上げたらしい。
聞き耳を立てたわけではないのに、大音量の会話が勝手に左耳に飛び込んできた。

「保育園に入れなかったくらいで、国会前でデモするなんて横暴じゃない?」
「子どもを持っているのが、そんなに偉いのかしら。私なんか働かないで、二人を育てたわよ」
「私なんか四人よ」
「被害者意識が強すぎるんじゃないかしら」
「保育園に子どもを預けて働くことが、そんなに凄いことなの?」
「奥さんを働かせなければ子どもを育てられない夫を選んだ自分が悪いんじゃないの!」
「そうよ! そうよ!」


ススキダと顔を見合わせた。
そして、小声で聞いた。

あのぉ・・・・・・ススキダ先生。
お隣りの奥様方は、何をお怒りになっていらっしゃるんでしょうか。
かなり、ご不満が溜まっておられるようですが。

「これは、おまえの得意な『集団ヒステリー理論』で説明できるが、もう時間がない。
この件は、宿題ということにしておこう。
次回までに、リポートにまとめて持ってきなさい」


はい! わかりました!
では、ここは先生の奢りということで。


「それは、却下!」



ゴキジェットプロを買って来て、ゴキブリに噴射してやろうか。



ついでに、隣のテーブルにも噴射したいところだが、それは「私の品格」が許さない・・・・・・・なんちって(RADWIMPS)



2016/03/26 AM 06:25:10 | Comment(1) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

相棒ではなくAIBO
「今年は創立20周年のパーティを大々的に開こうと思ってよぉ」
杉並の建設会社の顔デカ社長が、でかい顔を乗り出して言った。

そして、続けて「実は、去年が20周年だったんだが、占い師がな・・・・・俺の運勢が悪いって言うんで、記念式典を一年伸ばしたんだ」と言った。


はい?
占い師?
私の聞き間違いか、空耳か。


占い・・・・・師ですか?

「ああ、占い師だよ。おかしいよな」
背筋に寒いものが走った。
なんと、顔デカ社長が照れ笑いをしたのである。

場所は、会社のいつもの応接セットではなく、近くの料理屋の個室だった。

「酒を飲んでもいいぜ」と言われたので、お言葉に甘えて、生ビールを注文した。
メシは、さんまのピリ辛焼きと焼きおにぎりである。
顔デカ社長は、アルコールはなしで、海鮮丼の大盛りとタコの酢の物を注文した。

つまり、いつもとはシチュエーションがまったく違った。

ケツが痒くなった。
でも血は出なかった(手術が成功したから)。

「会社のやつらには内緒なんだけどな・・・会社を立ち上げるときも、その占い師の意見通りにやったんだよな」

占い師は、いま60歳すぎの男の人だという。
占いを本職にしているわけではないが、見込んだ人には、とことんサービスをするらしい。
金銭も受け取らないという。

20年前に、会社を立ち上げるにあたって、方角のいい場所や会社名などのアドバイスを受けた。
社員の採用も占い師の意見を聞いて合否を決めたらしい。

奥さんと結婚するときも占い師にお伺いを立てた。
(奥さんは、6年前に家を出てしまったが)

子どもの名前も占い師に決めてもらった。
(子どもとは5年以上会話がないらしいが)

「当たるときもあるが当たらないときもある。
当たり前だよな。
でも、そいつは俺の背中を押すのが上手い奴でな。
俺は気分よく背中を押されているのさ」


そのあとで、顔デカ社長はこちらを仰天させるようなことを言った。
「あんたのイニシャルSMだよな。
占い師から、イニシャルSMの相棒を探せって、ずっと言われていたんだよ」

息苦しくなってきた。

私の一番苦手な展開ではないか。

だから、努めて軽い口調で、まあ、サド(S)でマゾ(M)っていうのはなかなかいませんからねえ、と逃げを打った。

すると、顔デカ社長がでかい顔を近づけて、「その占い師が言うにはな、緊迫した場面で軽口を言う奴ってのは、瞬間的に色々なことを考えて、その中で一番波風の立たない言葉を選ぶらしいんだな。俺んちの社員なんてのは俺が何か聞くと俺の気に入りそうな答えしか出さねえから、軽口が飛んでくることは一切ない。要するに、あいつらは考えてねえんだな。だが、あんたは色々なことを考えた上で軽口を叩いている。それは才能の一つなんだと俺は占い師に教えられたよ」と言ったのだ。

珍しくセンテンスの長い会話だった。

しかし、私はメシを食うことに専念した。
場の空気を変えようと思ったのだ。

味噌をからめた焼きおにぎりが美味かった。
外側のパリパリ感と中の米の弾力感が合わさって、口の中に米と味噌の旨みだけが充満した。
今度我が家でも作ってみることにしよう。

季節はずれのさんま(もちろん冷凍)だったが、ピリ辛にすると身が引き締まった感じがして、味が濃厚に感じられた。
旬のさんまを手に入れたら、我が家でもやってみようかと思う。

頷きながら食っていたら、「そんなにさんまが美味いか」と、またでかい顔を近づけられた。

近すぎまする、お代官様。

「話を戻すとな」

いえ、戻さなくてもいいのではないかと・・・・・。

「戻すとな! あんたは相棒としては、うってつけだって占い師が言うんだよ」

しかし、わたくしは、その占い師さんとはお会いしたことがございませんが。

「会わなくてもわかるのが、占い師じゃねえのか。常人とは違うんだからよ!
ああ・・・でも、あんたみたいなタイプは占いなんてのは信じないんだよな」

よくご存知で。
私は占い師と肉、肉、肉! と叫ぶ人、オレオレオレと詐欺する人は苦手なのでございます。

「まあ、そんなことはどうでもいいんだが、俺はその占い師を信じている。
文句はねえよな!」

はい! 文句はありません!

「じゃあ、もう一杯、ビールを奢ってやる」

はい! ありがとうございます!
(一日2杯ルールだから、今日はこれで終わりだ)

「で・・・ここからが本題なんだが、6月の記念パーティーで、あんたにスピーチをやってほしいんだ」

そうくるだろうな、とは思った。

顔デカ社長にしては、回りくどい話になった。
おそらく占い師のことを語らずには、本題に入れなかったからだろう。

しかし、顔デカ社長が占い師のお告げを信じるとは意外だった。
私のように、「目に見えないものは信じない」人だと思っていた。
ただ、本当かどうかわからないが、政治家や大会社の社長が占い師のお告げによって進路を決めるのは、珍しいことではないらしい。

だから、顔のでかい人が占いを信じたとしても不思議ではない。
シャーマニズムは太古の昔からあるのだから、きっとでかい顔の中に、そのDNAが詰まっていたのだろう。

「で・・・やってくれるのかい? どうなんだい?」
ギロリと睨まれた。

それも占い師さんが?

「いや、これは俺の一存だ。何でもかんでも占い師に聞くわけじゃない。
占い師に聞くのは、重要な案件だけだ。
スピーチも重要ではあるが、会社の行く末を左右するようなもんじゃないからな。
だから、気軽にやってくんねえかな」

私はスピーチの素人だ。
おそらく、5、6、7、8、9回程度しかしたことがない。

頼んだ方に失礼だとは思うが、あらかじめ原稿を書くことはしない。
すべてアドリブである。
その日の気分で内容を決める。

そして、時間は2分以内と決めている。
人を感動させるようなことは意地でも言わない(言えない)。
つまり、何の役にも立たない。

もしかしたら、パーティーをぶち壊すかもしれません、と私は震えながら言葉を返した。

「いいじゃねえか。
アクシデントがあったほうが、パーティは盛り上がるだろ。
ぶち壊すつもりでスピーチやってくんねえか」

そして、間近にでかい顔をズームさせて、顔デカ社長が正面から私の両肩を叩いて言った。

「なあ、AIBOよお!」


おお、AIBOですか?
そう言えば、友人がAIBOの第1世代と第4世代を持ってました。
しかし、友人はバカなので使いこなせず、結局私が喜びの感情やら芸を教えたんですが、バカな友人は2体とも壊してしまいましてね。
50万円がパーですよ。
まったくモッタイナイ。


私のスローペースな会話に舌打ちをしながら、顔デカ社長が、再び顔をズームさせて、江頭2:50師匠になった。

「お〜い! どうなんだよ〜! や〜るのかよ〜、や〜らないのかよ〜!」


はい! やらさせていただきます・・・ワン!



壊れかけのAIBO・・・・・・なんちって(RADWIMPS)



2016/03/19 AM 06:27:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

ブレずに生きたい
同業者との恒例の飲み会が分裂した。

発端は、吉祥寺の馴染みの居酒屋にいた店長代理・片エクボさんの妊娠、入籍だった。
出産のために、昨年末に居酒屋を辞めたのだ。

新年会もその居酒屋で開くつもりだった私は、同業者の中で最長老のオオサワさんに「お店を変えましょう」と言われて驚いた。

なぜでしょうか?

「だって、馴染みの女の子もいなくなったから、変えるいい機会じゃないですか」

最初の頃、私は馴染みの店を作るのが嫌なので、毎回違う居酒屋を用意した。
しかし、「毎回店を変えるのは面倒ですよ。いい子も見つかったから、ここにしましょう」と強引に決めたのは、どこのどなたですか。

「いや、たまには、店を変えて気分一新をはかりましょうよ」

私は、そういうブレブレの態度が嫌なので、キッパリ断った。

その結果、馴染みの居酒屋で新年会を開いたのは、私の他に、人類史上最も馬に激似の「お馬さん」と一流デザイナーのニシダ君だけになった。

他の4人は拗ねて、結局新年会はやらなかったようだ。
最終的に、私が悪者になったような形だ。

でも、私は反省はしていませんけどね。

まったく自分でも子どもじみていると思うのだが、私はブレた話や行動をする大人どもが我慢できないタチだ。
今回はブレない行動をしたお馬さんやニシダ君だが、居酒屋で料理を注文するときに、必要以上に深く悩む姿は感心できない。

あれにしようかな、これにしようかな・・・・・。

どれ食ったって同じじゃないか、と私は思う。
私の場合は、何を食いたいか、ではなく、何が安いか、で食うものを決めているから、迷うことはない。
高いものを最初から除外しているから、悩む必要がない。

だから、あれもいい、これもいいとウロウロしているやつを見ると、顔をペロペロしたくなってしまうのである。

お馬さんとニシダ君は、私が、あと5秒以内に決めないとペロペロするぞ、と言われてやっとメニューが決まるというブレブレ人間だ。
(いや、お馬さんを人間と言ったら失礼かもしれない。ブレブレ牡馬と言ったほうがいい)

注文に10分も時間をかけて、どこが楽しいのだろう。
理解に苦しむ。

ただ、こんなブレブレ男たちだが、一つだけブレない行動をとっているところは、褒めてもいい。

2年前に、中国の工場で消費期限切れの鶏肉でチキンナゲットを作ったことにより、日本マクドナルドが窮地に陥ったことがあった。
これは今も尾を引いていて、マクドナルドの2015年度の赤字は300億円を超えるらしい。

この鶏肉報道があった頃、お馬さんが私に言った。
「俺、もう一年以上、朝ご飯は朝マックを食べていたんですよ。ヤバイなあ、やめようかなぁ」

3年前のことだが、お馬さんに「馬三世」ができた。
人間の言葉で言えば、「孫」である。

私より7歳下なのに、もう孫ができるとは、馬の繁殖能力は思っていた以上に高いのかもしれない。
ただ、残念なことに、この「馬三世」は、馬よりも人間に近かった。
これは、遺伝子研究を一からやり直さなくてはならない現象と言っていい。

孫が生まれてから、奥さんが孫の世話にかかりきりになったせいで、お馬さんの朝メシを作る余裕がなくなった。
そこで、お馬さんは、自宅から1キロ離れたマクドナルドまで、毎朝VOLVO(馬がボルボ!)で朝マックを食いに行っていたのである。

それが、お馬さんのルーティンだった。
だが、マクドナルド騒動で、お馬さんの心は、いつも通りブレブレになった。

「朝マックからコンビニに変えましょうかねえ」

そう聞かれた私は、「ブレたらあかん!」とお馬さんを諭した。

マクドナルドが、今まで繁盛してきたのは、「集団ヒステリー」のせいである。
テレビで毎日CMを洪水のように流し、ラジオ、雑誌広告やインターネットのバナーなどで、追い打ちをかけるように洗脳する戦略。
その結果、「マクドナルド食べたい!」の集団ヒステリーが増殖して、店は満員になった。

所詮はジャンクフードなのに、行列に並び、有り難がって食べていたのは誰だ。
それを今度は「逆集団ヒステリー」のようになって、「もう食べない」の大合唱をするのは、根本的には、同じ種類のヒステリーにかかっているのと同じことだ、と私はお馬さんを諭した

もうひとり、ニシダ君もお子さんのリクエストに従って、週に2回はマクドナルドを利用していたという。
そのニシダ君が、「子どもの健康を考えて、マクドナルドはやめようかと思っているんですよ」と同じ時期に言った。

しかし、よく考えてみましょう。
お子さんの健康を考えるのなら、そもそもジャンクフードを与えることが間違っている。
そんなに健康にこだわりたいなら、有機食材を買って自分で調理したほうが、お子さんのためになるはずだ。

それを今更、「子どもの健康のために」などというのは、それは「健康集団ヒステリー」に形を変えただけである。
今まで散々ジャンクフードを食わせておいて、騒動を理由にして健康を語るのは理屈に合わない。

どんな食い物だって、「外で食うときは、それなりに覚悟をすべきだ」と私は思う。
それが嫌なら、自分の家で安全な健康食材を調理して食うベッキーだ。
そのほうが理にかなっている。

それに、たとえば、これだけ「逆集団ヒステリー」を浴びて、客足が遠のいた店に、毎朝同じ時間に、馬の姿をした馬・・・・・。

「ヒヒン?」

馬の形をしたお馬さんが、世間の風評にとらわれずに朝マックを食べている姿を見たら、マクドナルドのクルーたちは感激するのではないだろうか。
この馬は只者ではないと思って、次のダービーでは勝ち馬に投票してくれるかもしれない。

ニシダ君だって、キツネザル科の一家が、ブレずにマクドナルドを愛しているのを見たら、お店側は感激すると思うよ。

だから、みんなでマックを利用しましょう!

こんな風な私の説得が効いて、二人は今もブレずにマクドナルドを利用しているようだ。
そのブレない行動は、アッパレだと思う。


「そういえば、Mさんの話には、必ず『集団ヒステリー』が出てきますよね」とニシダ君。

世の中の流行は、ほとんど集団ヒステリーで説明できる。
だが、これを説明するには、1年5ヶ月の時間を要するので、ここではしない。
アベノミクスについても私は「アベノミクス株価集団ヒステリー理論」「銀行無策逆ヒステリー理論」で説明することができる。

ただ、安部政権や自民党の悪口を書くとブログのアクセス数が2割以上減るという現実があるので、それを実行する勇気が私にはない。
お蔵入りになる可能性が高い。

さらに、話は11メートル飛ぶが、男の不倫に甘くて女の不倫には厳しい男社会も、集団ヒステリーの要素満載の現象だ。
これも「男社会を支持する主婦層集団ヒステリー理論」で説明することができるが、私は好んで敵を作ることはしないタチなので、この理論は封印する。

ただ、ベッキー様のことは応援し続ける。


・・・・・などといつもながらに話が脱線していたところに、店員が揚げ餃子を持ってきて私の前に置いた。

はて?
揚げ餃子は、まだ注文していなかったと思いますが・・・。

その私の疑問に女店員が答えた。
「シモコーベさんから、話を伺っております。白髪の旦那は、揚げ餃子が大好物なので、必ず出すようにと。ご安心ください。これはシモコーベからの奢りですから、お代はいただきません」

あ〜〜んら、まあ、ビックリ!

さらに、女店員は「飲み物は、中ジョッキ2杯まで。食べ物は栄養のあるものを無理やり勧めるように、と言われています」と言った。
そして、含み笑いをしつつ「たまにオヤジギャクが炸裂することがあるけど我慢してね、とも言われています」と言った。


余計なことを。


今度会ったら、絶対に顔をペロペロしてやろう(心の声)。

「ああ、顔をペロペロしてきたら殴る! とも言っていました」

ヒヒン、とお馬さんに笑われた。
キャッキャッ、とキツネザルにも笑われた。

釣られるように、女店員が「ニャニャニャ」と笑った。

ここで初めて女店員の顔を見た。
アビシニアンみたいな気品のある顔をしていた。


ここは、動物園か!
猫カフェか!



しかし、また、この居酒屋を利用する楽しみが増えたのは喜ばしいことだ。



ただのスケベ・・・・・・?。


いえ、ブレてないだけですから。


2016/02/27 AM 06:26:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

カッコつける男たち
今までブログに書かなかった知り合いのことをご紹介しようと思う。

なぜ取り上げなかったかというと、彼はパソコンもスマートフォンも持っていないので、私のブログを見る環境を持っていない。
そんな彼のことを書くのはフェアでないと思ったから、今まで取り上げなかった。

ただ、そろそろネタも尽きたので、いい? と聞いたら、「いいよ」と言ってくれたので、真打の登場となった。


友人オノは、大学時代の同級生だった。
同級生ではあったが、私はオノのことが好きではなかった。

オノは、毎日のようにテニスラケットを小脇に抱えて大学にやってきた。
だが、だからといって、彼がテニス部やテニス同好会に入っていたわけではない。
運動神経が悪いオノは、運動系のサークルには最初から入る気がなかった。

しかし、テニスラケットは欠かさず持ってくる男だった。
要するに、意味もなく格好をつける男だったのである。
私は、そういう人間が苦手だ。

だから、大学時代は、挨拶する程度の間柄だった。
友だちではなかった。

そのオノが、私に会いたがっているというのを人づてに聞いたのが、7年前のことだった。
親しくもなかったのに・・・・・と、腑に落ちない思いを抱えながら、すぐに電話をしたら、「せっかく電話をもらったのに悪いが、いま体調が悪いんで良くなってからにしてくれないか」と言われた。

その2週間後に、オノが緊急手術を受けるらしいということをまた人づてに聞いた。
病院に駆けつけてみると、まさに手術の真っ最中だった。

奥さんに「目が覚めたら会っていただけますか」と言われたが、目が覚めたとき真っ先に見たいのは家族の顔だろうと思ったので、見舞金だけを渡して帰った。
それほど親しい関係ではなかったから、会わない理由ができてホッとした。

その2ヶ月後に、オノから退院を知らせるハガキが来た。
見舞金のお礼も書いてあった。

だが、それ以来オノからの連絡はなかった。
だから、私は忘れていた。

最初のハガキをもらってから1年2ヶ月後に、またハガキが来た。
「マツと話がしたい。でも、俺はいま電話もパソコンも持ってないから連絡はハガキにしてくれ」
住所を見ると、東京錦糸町駅からかなり離れたところだ。
徒歩なら20分以上かかるかもしれない。

電話もパソコンもない環境が想像できなかったが、言われたとおり、ハガキに日時と時間を書いて返信した。
そして、訪問したのが、5年前のことだった。

その友人オノは、4畳のおんぼろアパートに住んでいた。

築40年近いというから、私たち家族が住む武蔵野のおんぼろアパートより、歴史を感じさせる建物だ。
おんぼろアパートには免疫があったはずなのに、我が家をオンボロというのはオーナーに失礼ではないか、と思うほどオノの住むアパートのボロさは神がかっていた。

2階建て6世帯分の部屋があるというが、現住している世帯は2つだけ。
他の4世帯は、3年以上空き家だという。
廃墟寸前、といっても失礼にはあたらないと思う。

オノは、錦糸町のそのアパートに、5年以上住んでいた。
それ以前は、家族とともに千葉市の賃貸マンションに住んでいたが、大手術の半年後に錦糸町に引っ越した。

そこに、奥さんと子どもの姿はなかった。

なぜ、と聞く勇気が私にはなかったので、いまだに事情は知らない。
そして、なんで俺に会いたくなったんだ、と聞く勇気も私にはなかった。

さらに、オノの部屋には、見事に何もなかった。
テレビ、冷蔵庫、洗濯機、エアコン、電子レンジ、パソコン、スマートフォン、電話、テーブルなど生活に必要なものが、ほとんどないのだ。

あるのは、もらいものだという小さな扇風機と小さな電気ストーブ、電熱器、寝袋、毛布。
そして、唯一自分で買ったという雪平鍋と箸。
他に、ダンボールをつなぎ合わせて作ったテーブル。

オノの体調は手術から6年経っても万全ではなく、主治医からは「働くのは週に3回まで」と言われていた。
だから、オノは、近所の惣菜屋さんで週に3回、1日5時間働かせてもらっていた。

しかし、その稼ぎでは家賃と光熱費を払ったら、ほとんど消えてしまうので、足りない分と医療費は国の保護を得て暮らしていた。

国の保護を得ている、と聞くと、インターネットの世界では、事情も知らずに感情的に批判する人が大勢いる。
だが、オノのことは、批判しないでいただきたい。

オノは、少なくとも私よりはるかに社会の役に立っている。

彼が6年前に入院していた病院には小児病棟があった。
その縁で、オノはいま週に2回ボランティアで、小児病棟の子どもたちに読み聞かせをしているのである。
さらに、教員免許を持っているオノは、頼まれれば勉強も教えた。

オノは、そんな風に崇高な精神の持ち主なのだ。

大学時代、あれほどカッコつけるのが好きだった男が、なぜそんなにも謙虚な生活ができるようになったのか。
それも聞く勇気がないので、私は一度も聞いたことがなかった。

先週、ハガキで呼ばれたとき、オノにラーメンを奢ってもらった。
オノの部屋には、袋入りラーメンが20個以上ストックしてあった。
そのうちの二つを雪平鍋で作って食ったのだ。

「箸は一つしかないから、交互に食おうぜ」

安心してください。
俺はマイ箸、マイスプーン、マイフォークをいつも持参しているんですよ。

ふたりで雪平鍋のラーメンをすくい上げて食った。
具はない。
ラーメンだけのご馳走だ。

大学時代を考えると信じられないほど我々は接近して雪平鍋をつついた。
ゲイじゃないか、と思ったほどだ。

そのとき、オノが言った。
「正直に言うとな・・・俺は大学時代のマツがあまり好きじゃなかった。
だって、泣き言は言わないし、酒を飲んでも乱れないし、怒ったこともないし、不気味だったんだよな。
サイボーグみたいに俺には見えたよ」

要するに、感じることは同じだったってことだな。
俺もテニスをしない男がテニスラケットをいつも持っている姿を見て、毎回鳥肌を立てていたよ。

カッコつけやがって、とな。

「おまえに言われたくないよ。たかが20歳前後の青二才が落ち着いたふりをしやがって」

悪かったな、俺はふりだけはうまいんだ、と言って、私はラーメンのスープをすべてオノに譲った。
私にはラーメンスープを飲み干す習慣がないのだが、オノに「ここでもカッコつけるのか」と笑われた。

おまえ、ラーメンだけで生きているのか、と聞いたら、オノが少し膨らんだ腹をせり出しながら、「惣菜屋さんで余り物をもらって食べているから、太っちまったよ」と腹を叩いた。

「俺んちには冷蔵庫がないだろ? だから、食べ物はすぐ消費しないと腐っちまう。慌てて食うから、この有り様さ」
オノが、また腹を叩いた。

確かに、俺よりいい食生活をしていそうだ。
(爆笑・・・?)


・・・・・と他愛ない会話をしていたとき、ドアがドンドンと叩かれた。
オノの部屋のドアには呼び鈴がないので、訪問を告げるときはドアを叩くしかないのである。

「え!」とオノが腰を浮かした。

「俺の部屋に来るのは、マツだけだぞ。新聞の勧誘は何年も断っているから、来るわけがない。誰だ!」
おそらくその会話は、壁とドアの薄いおんぼろアパートの外には筒抜けだったろう。

訪問者が、部屋に充満するほどのでかい声で「お届け物で〜す!」と叫んだ。

出てみろよ。
お届け物だってよ。

「しかし、俺は何も頼んで・・・・・」

2ヶ月遅いサンタさんかもしれないぞ。
とにかく出てみろよ。
間違いかどうかは、開ければすぐわかる。

オノが腰をひかせるように、恐る恐る塗料の禿げたドアを開けた。
立て付けが悪いので、ドアを揺するようにしないと開かない頑固なドアだった。

お届け物が、オノの前にドサッと置かれた。

それは、大きなダンボールだった。

「え?? 何? 俺・・・・・頼んでないよ〜〜〜〜」

「えー、送り主はMさんとなっていますが」と配達の男が告げた。

オノが高速で私を振り向いた。
「なんで、マツが?」

はい、ご苦労様でした。
確かに受け取りました。

「おまえがサンタ?」

ヒゲはないが、白髪のところだけはサンタだろ?
とにかく、開けてみるんだな。

中には、2畳サイズの電気カーペットと毛布、低反発枕が入っていた。

俺は今日1時間半しか寝ていなくて、猛烈に眠いんだ。
眠気と戦いながら意識朦朧で歩いていたら、通り道にあったディスカウントストアで電気カーペットが半額! 毛布と枕が4割引で売られていたんだよ。

ぐっすり眠るには、快適な寝具が必要だろ。
だから、3年ぶりにクレジットカードで買い物をしたってわけさ。
今を逃したら、買えないかもしれないからな。
ちょっとドキドキしたぜ。

ここで少しの間、寝かせてもらう。

電気カーペットを敷いて、その上に枕と毛布を乗せ、毛布の中に潜り込んだ。
呆れ顔のオノの顔を子守唄がわりに眠った。

そして、1時間後に目覚めた。
毛布の温度設定を高くしすぎたため、暑さで目が覚めてしまったのだ。


おはよう。


では、睡眠も取れたことだし、俺は帰ることにするか。

「この電気カーペットは、どうするんだよ」

華奢な俺が、持ち帰れるわけがないだろう。
お前に、貸してやるよ。
永遠にな。

「またカッコつけるのか」とオノ。


まさか、断るつもりじゃないだろうな。

「断ったら、カッコ悪いか?」

それは、最高にカッコ悪いな。
カッコ悪すぎるな。

「じゃあ、貸してもらうことにする」


カッコいいじゃないか。


「ああ、おまえもな」



最後に、オノが外人のように肩をすくめて言った。

「やっぱり俺、おまえのこと嫌いだわ!
カッコつけすぎだよ!」



それな〜〜〜〜。


2016/02/20 AM 06:26:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

ZEROのままで
小金井公園をランニングした帰りに、「おふろの王様」の露天風呂に浸かっていたとき、突然私の頭に浮かんできたこと。

俺は、ゼロなのではないか、と。


たとえば、テクニカルイラストの達人・アホのイナバは、頭の中身はゼロだが、それ以外は財宝だらけの男だ。
才能もそうだが、一番の財宝は奥さんだろう。

イナバ君はアホだから、奥さんと結婚したときは気づかなかったようだが、奥さんの実家は資産家だったようだ。
5年前に、奥さんの父親が亡くなったとき、会社のオーナーだった父親は、相当な財産を残した。

奥さんの母親は、奥さんが若いときに亡くなっていたので、その遺産を受け継いだのは、奥さんと弟の2人だった。
会社の株式やその他の有価証券、土地、現金はかなりの額だった。

あとで、ねえ、イナバ君、奥様の相続財産を教えてよぉ〜、と冗談でねだったとき、アホのイナバは、正直に私の左耳に金額を囁いたのである。
その金額を聞いたあと、あまりの現実感のなさに、私は8分ほど笑いが止まらなかった。

現実的な計算をしてみると、毎日立ち食いそば屋で「かけそば」を食ったとして、20万年近く食い続けてやっと消費できる金額だ。
それは、笑うしかないくらい、平民には想像もつかないゼロをもった数だった。

だから、私はイナバ君の奥さんのことを密かに「かけそば20万年の女」と呼んでいた。
でも、イナバ君は変わらずに「アホ」だし、奥さんも「ネジの外れた人」ですけどね。


チャーシュー・デブ改めリブロース・デブのスガ君もゼロの数の多い男だ(スペアリブ・デブにしようと思ったが、言いにくいので変えた)。

彼は、静岡で営んでいたラーメン屋を4年半で畳み、その後離婚するというどん底を数年味わったあと、デブ一家の娘と再婚した。
このデブ一家の娘の父親が、静岡で駐車場やカラオケ店、レストラン、レンタル倉庫を多角経営する事業家だったのである。

その父親に気に入られたスガ君は、義父が死ぬ前に後継者の座に指名されて、いまデブ社長として危なげのない経営者に成長していた。
175センチ、110キロのナイスバディは、社長としては貫禄十分。
今年は東京にも事務所を構える予定で、何かよからぬことを考えているらしい。


京橋のウチダ氏は、8年前に、勤めていた会社が倒産するという悲劇に見舞われた。
だが、ここで「内助の功」が発揮されることになる。

ウチダ氏と結婚する前の奥さんは、証券会社に勤めていた。
そして、結婚と同時に退社したのだが、そのときから株を始めた。

そのあと、思いがけず株取引に才能を発揮した奥さんは、少なからぬ利益を出した。
その利益を元にして、ウチダ氏は東京京橋で会社を立ち上げ、いま順調な実業家人生を歩んでいた。


極道コピーライターのススキダは、どこにでもいるゴキブリだと思っていたが、素性のいいゴキブリだった。

彼の父親は、普通のサラリーマンだったが、どういうマジックを使ったのか、新宿歌舞伎町にビルを1棟所有していた。
それをススキダの兄貴が管理していたのだが、去年その兄貴が死んだので、管理をススキダが受け継ぐことになった。

ゴキブリが、鼻の穴を極限まで膨らませて言った。
「テナント料って、思っていた以上にウマイもんだな」

ただ、このゴキブリの偉いところは、経費を引いた後の儲けの一部をボランティアなどに使っているところだ。
こんなふうに、身の程を知っているゴキブリは、世界にも数匹しかいないであろう。


長い付き合いになる友人の尾崎は、高偏差値の高校を1か月足らずで退学してから、みずから「はぐれもの」の人生を選んだ。
犯罪になる寸前のことを繰り返し、10年近く地下に潜っていた。

彼が24歳のとき、叔母が病気で倒れた。
化粧品店と雑貨店を経営していた叔母だった。

その叔母には、夫も子どももいなかった。
その叔母が病床で、世間の裏通りばかりを歩いていた尾崎を呼んで、思いがけず「あんたがあたしの跡を継ぐんだよ」と命令したのだ。

一方的な命令には、いつもなら反発するはずの尾崎が、叔母の鬼気迫る姿を見て、即座にうなずいたのだと言う。

尾崎は、コスメショップとファンシーショップを24歳で受け継いだ。
そして、そのころ尾崎と私は新潟・長岡駅の待合室で運命的な出会いをするのだ。

そのことは何回か書いているので、ここでは繰り返さない。

それからの尾崎は、仕事を真面目にこなし、ほかに金管楽器専門の店を開いた。
その店は残念ながら10年ほどで閉めてしまったが、そのあと開いた洋酒の輸入販売店やスタンドバーは、今も順調に客を増やしているようだ。

つまり、羨ましいことに、尾崎も「ゼロからの男」ではない。


だが私の始まりは、まったくのゼロだった。

まず結婚が、今では死語になった「駆け落ち」だったのである。
その経緯は、宗教がからむデリケートなものなので詳しくは述べない。

住む家がない。
家具がない。
電化製品がない。

ただ、仕事だけがあった。

家を探し、家具や電化製品を少しずつ増やしていって、まともな生活ができるまで1年近い時がかかった。
そして、人並みの生活ができるようになって、「子どもが」と思うまで5年以上の月日を要した。

子どもが2人プラスされて、家族は「プラス」になったが、私の立場は「ゼロ」のままだった。

ヨメは、ある宗教を信心していたことで、「プラスの生活」を続けていた。
そして、子どもたちは、学校での生活の中で喜びを見つけ、「プラスの生活」を楽しんでいた。

ただひとり私だけが、自分の能力に疑問を感じながら、「ゼロ」の生活をいまも続けていた。


結婚する前の俺と結婚したあとの俺、子どもができたあとの俺は、何も変わっていない。
「ゼロ」から増えたものが何もない。

どうやったら、「ゼロ」以外の数字を俺は積み重ねることができる?


最近の私は、そんな「マイナス」のことを考えることが、24時間のうち33秒程度ある。

その33秒は、一瞬で忘れてしまう時間だが、いつの日かそれが10分になり23時間になったら、私は狂ってしまうかもしれない。
ただ、33秒のままで終わる自信が私にはあるので、それほどは気にしていないが。
(それに、この程度で『ゼロ』などと気取ったら、震災ですべてを失った悲劇から比べたら、比べるのも恥ずかしいレベルだと呆れられるだろう)


そんないびつな「ゼロの男」は、昨年の1月から、杉並の建設会社社長から、魅力的なオファーを受けていた。

「俺のところの専属にならないか。今の仕事の他に、やってもらうことはたくさんある。社内規則で定年はあるが、そんなものはどうにでもなる。あんたがくたばるまで俺は面倒を見るぜ」

年俸なども具体的な額を提示していただいた。
契約書もすでに作ってあった。

身に余る光栄、とはこのことだ。

今年の年始の挨拶のときも、「そろそろ、決心してくれねえかな」と両手で肩を叩かれた。

かなり、買いかぶってませんか、と聞いたら、「会社を立ち上げてから、20年だぜ。そのうち、あんたを4年以上見ているんだ。4年も見れば、そいつの能力はわかる。買いかぶってなんかいねえ。俺は、馬鹿じゃねえんだ」と怒られた。

そして、「やることは山ほどあるが、その中で俺たちにできない仕事は、いまは外部に出してるんだ。それが社内でできれば、効率が良くなる。あんたには、それができると俺は踏んでいるんだがな」とも言われた。

「俺のところは、業績はゼロじゃないが、設計以外のデジタルに関してはゼロに近いアナログ会社だから、ゼロをもっと増やしたいんだよな」

でも、俺は筋金入りのゼロですよ。

私がそう言ったら、顔デカ社長に、「ゼロが2つ付いたら100になるだろ。お互いゼロで終わるには悔しい年じゃねえのか。ゼロを増やすことを考えてみないか」と、でかい顔を近づけて言われた。

近すぎまする。
お代官様。


「ゼロの男」と「ゼロの会社」がくっついたら、本当に100になるのか。

試してみたい気もするが、所詮ゼロはゼロなんだよなぁ、と私は半信半疑だ。


決心がつくように、正月にススキダからもらった伊豆の土産「ほら貝」を頭にかぶって、「貝かぶり」踊りを仕事場で踊っていたら、それを見た大学2年の娘に、「おまえ、とうとうタチの悪い宗教にはまったのか。親子の縁を切ろうか」と言われた。


親子の縁を切られたら困るので、しばらくは貝をかぶるのはやめて、「ゼロの男」でいようか、と決心した。


ただ、この「貝かぶり踊り」をYouTubeにアップしたら、それなりの再生回数を得られるのではないか、というゲスなことも考えた。



それは、顔デカ社長の専属になるより、かなり魅力的なことだと私には思えた。



2016/01/16 AM 06:32:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

年始のあいさつは「うまい棒」でスベった
世の中は狭い。

日本の陸地面積は、約38万平方キロ。
日本人ひとりあたりで占める面積は、約3000平方メートルだ。
つまり、ひとりあたりの所有面積は約55メートル四方という狭さになる(テニスコート8面ほど)。

だから、新年の挨拶に行った新宿御苑の編集企画会社で、私が京橋のウチダ氏と顔を合わせたからといって、それが特別珍しいことだとは言えない。

御苑の会社のドアを抜けたすぐのところに、ロビーがあった。
そこのソファに、ウチダ氏の姿があったのだ。

私はかつて南青山のパスタ屋さんで、生前の夏目雅子様が行列に並んでいる場面に遭遇して、その美しさに雷に打たれたように全身が痺れて失神しそうになったことがある。

人生は、そんな幸運がゴロゴロと転がっているのである。
世間は異常なほど狭いのだから、何でもありだ。
だから、ウチダ氏が目の前にいたって、なんの不思議もない。

ウチダ氏は、東京駅に近い京橋でイベント企画会社を一人で運営していた。

やり手でイケメン。
私より5歳下だが、能力の優劣に年は関係ないから、私はイケメンのウチダ氏を尊敬していた。

ただ、ウチダ氏は、私と大学が同じだということを10年以上隠していた前科があった。
そして、今回、得意先がかぶっていることに関しても、ウチダ氏は私に告げたことがなかった。

な、な、な、なんでやねん! くらいは、言ってもバチは当たらないと思う。

「だって、そんなことMさんに教えたって、何のメリットもないじゃないですか」

まあ、確かにそれはそうですけど・・・・・・。

ローソンで買った唐揚げの衣が一部分はげていたような妙な居心地の悪さを感じはしたが、納得してウチダ氏の前のソファに腰を下ろした。
そのとき、ロビーに渋谷社長がやってきた。

あけまして、と言いながら後ろを見たら、(わけあって新宿御苑の会社で預かり中の)おバカなフクシマさんが、一番搾りを右手に高く掲げて、「Mさ〜ん、今年もよろろろぴく!」と言いながら近づいてきた。

私とフクシマさんの間では、年始の訪問で一番搾りを飲むのが恒例行事になっていたのである。

渋谷社長の前だったが、遠慮なくいただいた。

そして、9分ほど、フクシマさんとおバカMAXの掛け合い漫才を繰り広げた。
その内容の下らなさは、渋谷社長とウチダ氏が、マーライオンのように口を開けっぱなしだったことで想像できると思う。

ただ、その内容は絶対に書かない。
ここまで私が積み重ねてきた美しいものが、音を立てて崩れ落ちるのが確実だからだ。

「もう満足しましたか?」とウチダ氏に聞かれたので、満腹でござる、と答えた。
「じゃあ、車で武蔵野市まで送っていきますよ」とウチダ氏が提案してくれたので、渋谷社長とフクシマさんにバイバイをした。

最後に、アイラブユー・フクシマ、と投げキッスをしたら、フクシマさんは本気でよけやがった。

それを見ていたウチダ氏に、「俺のまわりには、そんなことをする大人は一人もいませんよ。Mさん、大丈夫ですか」と真顔で心配された。

ウチダさん。
大丈夫なわけないじゃないですか。
毎日、俺は崖っぷちを歩いているようなもんですよ。

「崖っぷちにしては楽しそうですけどね」

まあ、崖っぷちのテーマパークといいますか・・・・・。

プリウスの助手席に乗せていただいて、私は気づいた。
そういえば、昨年はウチダ氏と一回しか会っていなかった。

今まで、そんなことはなかった。
年に1.9回程度は会っていたと思う。

そんなに会わなかったのは、1868年7月4日、官軍の司令官・大村益次郎が江戸上野で彰義隊を潰走させて以来かもしれない。
唐突だが、幕末つながりで言わせてもらうと、幕末に存在感を示した幕軍の剣士に土方歳三氏がいる。

幕末の登場人物の中で、イケメンは誰かと聞かれて、真っ先に浮かぶのがこの「ヒジカタトシゾウ」だ。
現存する写真に間違いがなければ、このイケメンにウチダ氏が51パーセント似ているのである。

土方歳三氏から「ヒジ」と「カタ」を取ったら、間違いなくウチダ氏になる、と私は常々思っていた。

1869年6月20日、函館五稜郭にて、人としての尊厳を存分に誇示して34年の生涯を閉じた土方歳三氏が、現代に舞い降りた姿がウチダ氏なのではないか、と私は勝手に思っていた。
(興味ある方は、司馬遼太郎先生の『燃えよ剣』か、佐々木譲先生の『武揚伝』の後半を読んでください)

実に夢のある話ではないか。

そんな私の妄想をウチダ氏は、「全然おもしろくないですねえ」と一刀両断した。
うろたえた私は、昨年の私の誕生日に、ウチダ氏が送ってくれた誕生日プレゼントのお礼を厳かに言った。

ありがとうございます。新撰組・副長殿!

「Mさん、ここで降りてもらいましょうか?」

すみません。
反省しております。

ところで、ウチダ氏からのプレゼントは何だったのか。
それは私が数年前から、四方八方に顔の広いウチダ氏におねだりしていた柴咲コウ様のサインだった。

ウチダ氏は、いくつものフォースを持っているが、今回はそのどれかを使って手に入れてくれたようだ。
そのほかに、卓上カレンダーもいただいた。

わたくしどもの2番目の家宝にいたしたいと思います。

「ああ、一番ではないんですね」

柴咲コウ様には、たいへん申し訳ないが、「不動の一位」というのが私にはあるのです。

「何ですか。相当なお宝とか?」

俺の話を聞いて、泣かないと約束したら話してあげようではないか、後輩くん。

「俺が、Mさんの話を聞いて泣くわけないじゃないですか。ありえないですよ」


気恥ずかしいが、俺の初恋の話を聞いてくれ。

小学校4、5、6年次に同級だったイワイさんという女の子の話だ。

イワイさんは、体が弱かった。
調子のいいときは松葉杖で登校したが、悪いときは車椅子で来た。
そして、本当に具合の悪いときは、学校を休んだ。

イワイさんは、とても頭のいい子だった。
明るい子だった。
そして、絵がありえないくらい上手かった。

私の走る姿をよく書いてくれたが、10歳の子が描いたとは思えないほど、躍動感が際立っていた。
そのイワイさんが、私にこう言ってくれたことがあった。
「マツは、走っている姿が一番カッコいいよね」

そして、こうも言った。
「毎日学校に来られたら、楽しいのにね。走れたら、もっと楽しいのにね」

6年生の1学期、5月のことだった。
イワイさんが入院した。

クラスを代表して、病院にお見舞いに行った私は、そこで目を疑うほどやつれたイワイさんの姿を見た。
だが、そんなにやつれていても、イワイさんは笑顔で、「早くマツの走る姿を見たいよな」と言うのだ。

帰り道、目黒川の橋の下に打ち捨てられた自転車を私は足先の感覚がなくなるまで蹴った。
そして、叫んだ。
叫び続けた。

凶暴な衝動を抑えることができなかったのだ。


そのあと、イワイさんの席は、ずっと無人だった。

1学期が終わろうとする7月半ば、朝の校庭で、担任にイワイさんが死んだことを告げられた。

足元から血の気が引き、地面とまわりの景色が崩れていく感覚を私はそのとき初めて味わった。

朝の校庭に、私は闇を見ていた。
ひとりの少女の命を奪った「理不尽な闇」だ。

イワイさんの葬儀の間、私はその闇をずっと身に纏っていた。
ただ、絶対に泣かない、ということだけは心に決めていた。

泣いたら、イワイさんの死が現実になると思っていたからだ。
泣いたら、死んだことを認めることになる。

そんな風に理屈に合わない思いが、かろうじて私を支えていた。

現実から逃げ続ける私に、1学期が終わった次の日、担任がわざわざ我が家にやってきて一枚の原稿用紙をくれた。

「おまえがこれを背負うのは、重すぎるかもしれないけど、でもこれはおまえが持つべきものだと僕は思う。イワイさんのご両親もその方がいいと言っている」

それは、イワイさんが5年のときに書いた作文だった。

そこには、このようなことが書かれていた。

「普通の人と同じように歩きたい。走りたい。毎日学校に行きたい。
今はダメでもいつか友だちと同じような学校生活を送りたい。

私はもう何年走っていないのだろう。
でも、走り方を忘れたことはない。
Mくんの走る姿を毎日見ているから、絶対に忘れることはない。

私が走れるようになるまで、Mくんが私の代わりに走ってくれているのだと私は勝手に思いながら、学校でMくんの走る姿を見ている。
いつか絶対にMくんのあとを走ってみたい」

それを読んだとき、私は休んではいけないんだと思った。
学校に行きたくても行けない子がいる。
だから、私は高熱があっても学校に行ったし、尊敬する祖母の葬式のときも学校を休まなかった。

そして、イワイさんの代わりに走り続けようと思った。
中学、高校、大学で陸上部に入ったのは、そのためだ。
いまランニングを続けているのも同じ理由からだ。


ウチダさん。
俺には、走るためのモチベーションなんかいらないんだよ。

俺は走らなきゃいけないし、休んじゃいけないんだ。
俺は、彼女の作文を読んだときから、そう決めたんだ。

だから、その作文が俺にとっての「永遠の一番」なんだよ。


私がそう言ったとき、車がゆっくりと止まった。

どうした?



「いや・・・・・ちょっと」

ウチダさん、もしかして、泣いているのかい?

「いや・・・・・ちょっと」


こんなズンドコ男の話で泣くなんて、ウチダさん、あんた・・・・・いいやつだな。


しかし、イケメンでいいやつだなんて・・・。

それって、まさに「鬼にうまい棒」じゃないか。




(スベった・・・・・・・・・かもしれない)




2016/01/09 AM 06:22:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

ジンダイな新年
あけまして おめでとうございます

新年から草野球というお話。

アホのイナバから「メンバーが帰省で足りなくなったので、助っ人をお願い」というメールが2016年1月1日午後5時15分に来た。

イナバ君は、自分では野球をしないしルールもわからないくせに、草野球チームを持っているのである。
しかし、なぜわざわざ1月2日に草野球をするかねぇ。
誰も止めるやつはいなかったのか。

アホの友だちは皆アホということか。

断ろうと思ったが、イナバ君には何かとお世話になっているので、「やぶさかでない」と返信した。

「え? ヤブサカ? 安心してください。野球は坂ではやらないですよ。球が転がってやりにくいし」

イナバ君は、今年も楽しいアホです。

1月2日。
丁度、極道コピーライターのススキダ夫妻が恒例の年始の挨拶に来たので、エスティマで相模原のグラウンドまで連れて行ったもらった。

「新年からなんで草野球なんだ?」とススキダに凄まれた。

新年だから、草野球なんだ。
大晦日の夜に、除夜の鐘を聞きながらやるよりはいいだろ。

「まあ、おまえの友だちのやることだからな」

珍しく、物分りが早いな。

それからは、相模原のグラウンドまでススキダは無言だった。
ススキダの奥さんと私は、車内漫才を繰り広げた。

ただ、二人とも「ボケ担当」だったから、グダグダだったが。


グラウンドに到着して、ススキダをアホのイナバに紹介したとき、イナバ君がわかりやすいリアクションをした(2回目なのに)。

「ゲッ!」

目が怯えていた。
唇が震えていた。
口をパクパクさせながら後ずさりをした。

ただ怯えてはいても失禁しなかったことだけは褒めてもいい。
私などは、ススキダが夢に出てきたときは、必ず失禁した。
イナバ君は強い男だと思う。

試合の話に戻るが、相手のチームは12人のメンバーを揃えていた。
しかし、(総監督のイナバ君を除いて)こちらは8人しかいない。

ススキダを入れると9人になる。
だから、アホのイナバが、「あののののの・・・・・すけけけけっとをお願いしししっししっします」とススキダに頭を下げた。

ススキダには顔以外にも欠点がたくさんあったが、運動が全くダメという楽しい欠点もあった。
何をやらせても出来損ないの操り人形にしか見えないのである。
(ただ、クレー射撃の腕だけはゴルゴ13ばりだったが)

スポーツのルールには詳しいが、実践は全くダメという人は多い。
ススキダは、その典型だ。

「だから、断る」とススキダが凄んだ。

だが、アホのイナバが、本当に泣いて頼んだものだから、根が優しいススキダは「レフトで立ちっぱなし、打席でも立ちっぱなしでバットを振らない」という条件で「88アベンジャーズ」のユニフォームを着る決心をした。

ほとんど勝ったことがないチームなのに、ユニフォームだけはご立派だった。
私が「提灯に釣り鐘」と笑ったら、イナバ君は「提灯を買って、つりがねえって、あんまりじゃないですか。おつりはチップってことですか」と金持ちにしてはミミッチイことを言った。

これ以上相手をすると疲れるので、さっさと試合しようぜ、とイナバ君のケツを叩いた。
「え? でも事前に練習したほうが・・・」と抵抗の姿勢を見せたイナバ君だったが、練習して上手くなるレベルなのか、と私が言ったら、目を覚ましたように、「13連敗中だから、いいかあっ!」と総監督用のジャンバーを羽織った。

私は、1番センター。
ススキダが9番。立ちっぱなしのレフトだ。

途中経過を説明するのが面倒くさいので、「7対24」で負けた結果だけをお知らせします。

本当にススキダはレフトから動かなかった。
6回球が飛んできたが、棒立ちだった。
私がススキダの後方ですべての球の処理をした。
ススキダは4回打席に立ったが、変な持ち方でバットを構えただけだった。

負けて当たり前だった。

それにイナバ君のチームは、ほとんどが中学・高校時代に野球を経験したメンバーだとは言うが、平均年齢は44歳である。
足が遅い、肩が弱い、パワーがない、の三大弱点を見事にさらけ出したものだから、勝てるわけがない。

私は5打数1安打。
ほとんどバットに球が当たらなかった。
球に嫌われていたのだと思う。
(負け惜しみではあるが、球が遅すぎて待ちきれなかったということもある)

ただ、唯一のヒットがランニングホームランだった。
ホームベースを通り過ぎたとき、全身から血の気が引いたが、見栄っ張りの私は目の前が真っ暗になりながらも、両手でガッツポーズを作った。

作ったつもりだったが、ススキダから「おまえ、あれは何のポーズだ。腕が全然上がっていなかったぞ。五郎丸の真似をしたつもりか」と笑われた。
いや、薬師丸の真似だ、か・い・か・ん、と私が言ったら、「つまんねえな」と鼻くそをほじりやがった。

そして、「野球なんてもうどうでもいい。箱根駅伝はどうなったんだ?」と聞いた。

「ああ、そう言えば、うちの奥さんと子どもたちは年末から箱根でした。実は俺も今日、箱根から来たんですけどね」
アホのイナバが、箱根の方向を指差しながら間延びした声で言った。
(反感を買うかもしれないが、昨年イナバ家は3軒目の別荘を噴火騒動で大変だった箱根で買ったのだ)

それを聞いて、「箱根まで行ったのに、生で駅伝を見ずに草野球ですか?」とススキダがイナバ君に迫った。

「いえ、それは・・・・・」と震えながら逃げるアホのイナバ。
面白いコントだった。

そのあと、グラウンドの横の原っぱでバーベキューをした。
「バーベキュー奉行」のススキダが、初対面の草野球2チームを恐怖で支配した。

自分ひとりが、この場で浮いていることにススキダは気づいていなかったようだが、参加者全員の口数が極端に少なかったことが、それを物語っていた。
ただ、ススキダの奥さんが、その空気を笑顔で吹き飛ばしたことで、ススキダは完全な極悪人にならずに済んだ。

ススキダは、99パーセント奥さんに助けられている、と羨ましくなった。

全員が肉と格闘しているとき、ススキダがスマートフォンを見ながら「ジンダイは15位かあ! 微妙だなぁ!」と叫んだ。

ジンダイが15位?

それは、叫ぶほどの大きなニュースなのか?

しかし、そのススキダの叫びに反応したのが二人いたのだ。
「えー! ススキダさんもジンダイなんですかぁ! 俺もですよ!」
「俺もぉ!」

「おお、何年の卒業だ?」と気持ち悪いくらい嬉しそうなススキダ。

「92年です」

「そうか、俺は81だ」

「うわぁ! 大先輩じゃないですか。先輩、飲みましょうよ」

「いや、俺は酒がダメなんだ」

それを聞いて、おまえは、酒の他にもダメなものはたくさんあるだろうが、と私は心の中で罵った。

しかし、3人は大盛り上がりである。
その姿の鬱陶しいこと、鬱陶しいこと。

で、「ジンダイ」って何だよ?

すると、バーベキューと格闘していたアホのイナバが、それに反応した。
「ジンダイって、『ひどい』とか『やばい』とかいう意味じゃないですか。ほら、ジンダイな被害とか言うし」と、アホにしては珍しくまともなことを言った。

つまり・・・・・ススキダは、ひどくてヤバイってことか。
そんなこと俺は10年以上前から気づいていたが。

そんな私のつぶやきに反応して、ススキダの奥さんが、「私は25年前から気づいていましたけど」と自分の顔を指差した。

ススキダの奥さんとハイファイブ(ハイタッチとも言う)をした。
アホのイナバもどさくさに紛れて、奥さんとハイファイブをした。

3人で大笑い。


思いがけず、楽しいお正月を過ごした。


言い忘れましたが 今年も よろしく お願いします




で、ジンダイって・・・・・・何?



2016/01/04 AM 06:26:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

来年の課題
杉並の建設会社の顔デカ社長から仕事をいただくようになって、5年目の後半が過ぎた。

最初の1年は、世間話なんてとんでもない、という空気だった。
とにかく、毎日嵐が吹き荒れるのである。

社員を容赦なく怒鳴る。
叱り飛ばす。
出入りの業者に対しても怒鳴り散らすのだ。

その怒りの風圧に怯えた私は、いつもチビっていた。
だから、顔デカ社長に会うときは、紙おむつが欠かせなかったほどだ(嘘ですよ)。

このままの関係では、楽しく仕事ができない。
今までのデザイナーと同じく一年もしないうちに、サヨナラを告げることになるかもしれない。
そう思った私は、2年目に意を決して世間話から入ってみた。
最初は、まったく話が弾まなかった。

だが、どんな猛獣だって、スキンシップを繰り返せばある程度は人に懐いてくれるはず。
私はそう信じて、打ち合わせの前に必ず世間話を振った。

その粘り強い交渉術が効いたのか、徐々に話題は広がり、最近のニュースに反応を示してくれるようになり、それからは政治、経済、国際情勢などの話題を社長自ら振ってくるようになった。

そして、中年男のエロトークなども。
「女は胸だよな」
何をおっしゃいますか。太ももですよ。これは絶対に譲れませんね。

和気あいあい、というほどではないが、仕事だけの味気ない話題から外れた時間を共有することが日常になった。
つまり、私のペースで会話をすることができるようになったということだ。

ただ、最初から気づいていたことだが、顔デカ社長と私の意見は「真逆」である。
それは、同じヒトとしての遺伝子を持つ生き物とは思えないほど、見事に違う。

顔デカ社長は、基本的に「独裁こそが正義」という人だ。
すべてのことは独裁者のトップダウン方式で決定し、下々のものはひれ伏して独裁者の命令に従うことが強固な国家、会社を形作る、という考え方だ。

それに対して私は、独裁者のすべては臆病者である、という考え方だ。
彼らは、自分の立ち位置にしか興味がないから、政策やビジョンを持っていない。

己の地位を守るため、すべてに疑心暗鬼になって、政策よりも弾圧で部下や国民を縛るさまは、まるで天空を綱渡りしているかのようだ。

そして、彼らはその綱渡りに、いつも怯えきっているから、罪もない部下(あるいは国民)を断罪することで心の平衡を保っている。

権力の一極集中は民主主義の国でもあるが、独裁ということになると、最後は権力が独裁者のオモチャになる。

たとえば、とある国の頂点を極める「金を正(まさ)に恩とする人」や「くまのプーチンさん」のように、国民を見ずに武器だけを見ている人は、所詮は殺人兵器だけしか頼るものがない。

国民が持つマンパワーと殺人兵器が持つ物理的なパワーの力関係が逆転したとき、独裁者はいつも哀れな末路を辿る。
ほとんどの独裁者は、偶像としての存在を抹消されて、ただの犯罪者に成り下がる。

その私の意見に対して、顔でか社長は、「まあ、俺が思う独裁は、あいつらではないわな」と苦笑いで首を振った。

だがな、と言葉を続けた。
「権力は一つ強力なものがあればいい。仲良しの馴れ合いなんて決断が遅くなるだけだ。下っ端の政治家や国民には、事後承諾でいいんだよ。そうしないと、くだらねえ意見が幅を利かすことになる。そんな意見はゴミだ」

ゴミの中にだって、お宝は隠されているかもしれない。
しかし、社長は「ゴミの中のお宝は、所詮はゴミだ」と断定する。
「だって、気づかなかったら、ゴミのままだろ」


それを聞いて、私は少々視点を変えた意見を述べた。

以前、民放の討論番組を見ていたら、強面の元政治家がこんなことを言っていた。

「ニワトリが先か、卵が先か、という例えがある。
それに合わせて、国が先か国民が先か、ということを言うバカがいる。
国民が先だというやつは、バカだ。
国民の代わりはいくらでもいるが、国の代わりはない。
国こそが重要だ」

それを聞いて、小さい男だなと私は思った。
そんな風に近視眼的な見方しかできないから、ただ声がでかいだけの拡声器にしか見えないのである。

宇宙があるから銀河系がある。
銀河系があるから太陽系がある。
太陽系があるから地球がある。

その地球には水と空気があるからヒトがいる。
ヒトがいるから国がある。

最初から国があったわけではないのだ。
ヒトが、上に記したように「宇宙内の物理的な法則」に則って国を作ったのである。

この星では、ヒトが必然的に生まれ、必然的にヒトが集落を作った。
だが、国は必然的に生まれたわけではない。
集落が偶然いくつかの国になっただけだ。

全ての始まりは、ヒトが主体だ。


たとえば、視点をもう一つ移してみる。

いま地球上には72億を超える人が暮らしている。
その人たちに当たる太陽のことを考えてみよう。

72億の人がいたとしても、同じ緯度、同じ経度、同じ角度で太陽の光があたっている人は絶対にいない。
わずかではあるが、みな違う位置角度で光があたっている。

そのように、この星に暮らす人は誰もが皆、それぞれ独自のポジションを持って暮らしている。

そして、その集合体が、「自分の意志で」国を形作っている。
その集合体がなければ、国は成り立たない。

「国ありき」ではなく「ヒトありき」なのだ。

宇宙を見ることもできず、地球を見ることもできず、ただ地図上の縄張りしか見えない男に、国家を語る資格はない。

だいたい、おつむのキャパシティが小さい政治家は、でかい声でそのキャパシティを埋めようとするものだ。
話の中身ではなく、声のデカさだけで人を圧倒しようとする。
彼はきっと、派閥のボスから、声を大きく張ることと怖い顔を作ることだけを命令されて、盲目的に従っているだけだったのだろう。

これは、ネットの世界でも同じだ。
おつむのキャパシティの小さい人は、他人への誹謗中傷で足りないキャパシティを埋めようとする。

そして、相手の少し怯んだ姿を見たとき、勝ち誇ったように溜飲を下げる。
まるで自分が、的を射た意見を言ったように勘違いするのである。

本人だけが、それが「虚勢」「妄言」であることに気づいていない。


そんな風に得意げに主張した私に、顔でか社長が恐るべきことにウィンクをした。
背中がブリザードに襲われた気がした。

そして、片頬で笑いながら、顔でか社長が言った。
「そのおつむのキャパシティの小さい、でかい声だけが取り得の男ってのは、俺のことかぁ?」


しまった!
墓穴を掘ったか!

怒りの嵐が吹き荒れるか!

しかし、私には、顔でか社長との5年近い付き合いで得た尊い経験値があった。
社長をいなす方法はガイコツの体に染み込んでいたのだ。

だから、迷わずに言葉を変換させた。

「しまったぁ!
おケツを掘られたかあ!」


2秒の沈黙のあと、我々の会話を聞いていた男性事務員の2人が、「プッ」と笑った。

さらに4秒後に、社長が苦笑い。
「あんたの汚ねえケツなんか掘れるかよ」

「それに」と社長が言葉を繋げた。
「あんたみたいな男とは絶対に友だちにはなれんわな。
ただな・・・・・話を聞いているだけなら、面白い」

ありがとうございます。
身に余るお言葉でございます。


和やかなうちに、世間話は終わった。

ただ、一人だけ和やかでないお人がいた。
40代の女性事務員である。

このお人は、いつも私に敵意を抱いていた。
「だって、Mさんだけ社長に怒られたことないんですもの!
不公平じゃないですか!」


もしかしたら、社長をてなずけるより、このお方をてなずける方が難しいかもしれない。


だから、それを私の来年の課題にしようと思っている。



2015/12/12 AM 06:25:16 | Comment(1) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

うれしい誕生日
痛風持ちの友だちが二人いる。

そのふたりが、11月22日の「いちいち痛風の日」に、私の前回のブログを読んでLINEで絡んできた。

「おまえ、バカだろ」

もちろん、自分が馬鹿なのは、小学校を入学する前に今も尊敬する亡き祖母から教えられたので、私は幼い頃から知っていた。
「いいですか。あなたは頭が良くないんだから、授業では先生の言うことをよく聞くんですよ。他のことは考えないで、先生の言葉だけを聞いていなさい。わかりましたね」

わかりました。

祖母の言いつけを守って、私は懸命に先生の言葉を聞いた。
しかし、私の小学1年、2年の成績は、体育以外は1か2だった。
ところが、3年の2学期からは、祖母の魔法が効いて、オール5を取るようになった。

きっと担任の先生は、「人が入れ替わった」と思ったはずだ。
私自身も自分が完全に生まれ変わった、と子ども心に感じたほどの変わりようだった。

・・・・・と、さりげなく自慢を織り交ぜたあとで、私は、それなぁ〜、と痛風持ちに返信した。

「それなぁ〜、じゃなくて、なんでミネラルウォーターを持ち歩かないんだ。そうすれば人に迷惑をかけることもないだろ」

それは無理だ。
俺のバッグは防水じゃないんだ。
だから、ミネラルウォーターをそのまま入れたら、水漏れをする。
原稿が水浸しになったら、仕事にならない。
それに、iPadだって水没するだろう。
ムリッ!

「馬鹿にしてるのか」

いや、からかっているだけだ。

ついでに言うが、水道水入りのペットボトルは常に持ち歩いている。
だが、500ccなんて、すぐ消費してしまうんだな。
俺のバッグは、2本入れられるほど大きくはない。
空気の詰まったペットボトルでは、俺を救うことはできないんだよ。

わかったかな。
高尿酸血症で苦しむ人よ。


あれ? 返信がない。
既読は確認した。
もしかして尿酸値が悪化したのかな。


痛風といえば、極道コピーライターのススキダだ。

ススキダは、12年ほど前、仕事のストレスから暴飲暴食を重ねた結果、痛風になったことがあった。
しかし、元看護師の奥さんが指導した綿密な食事療法と有酸素運動、平均体温を0.5度上げる入浴療法を取り入れて、一年足らずで痛風を克服したのである。

顔と頭が悪くて意志の弱いススキダだから、一人では絶対に克服できなかっただろう。
元看護師の奥さんがいたから、彼はカタギになることができた。
ススキダは、実に悪運の強い男だ。

その悪運の強い男が、私の目の前にいた。
もちろん、元看護師もいた。

「いい夫婦の日」が過ぎたある日、夫婦で、私のおんぼろアパートに押しかけてきたのである。

「寒くなったな」とススキダが言った。

悪かったな。
おんぼろアパートは風通しが良すぎて、外気がまともに入ってくるんだ。
寒くて・・・ごめんね、ごめんね〜(むかし少し流行ったような?)。

寒くて我慢できないなら、ドアの外に灯油のタンクがあるから、近所のスタンドで給油してきてくれ。
灯油を切らしちまって困ってるんだ。

そう言ったら、本当に夫婦でタンクを持って出て行きやがった。

冗談も言えないじゃないか。
(実は我が家は灯油の宅配を頼んでいるのだ。だから、わざわざ買いに行かなくてもいい)

帰ってきた「いい夫婦」は、灯油のタンクを2つ抱えていた。
外に置いたタンクは一つだったはずなのに、もう一個増えていた。
美女と野獣は、手品が得意なのかもしれない。

「一つでは効率が悪いだろうから、スタンドで一つ買ってきた。これも使ってくれ」

いくら払えばいい、と聞いたら、「お前から金を取れるかよ」と言われた。

じゃあ、体で払う、と言ったら、元看護師が、「クククケケケ」と身悶えしながら笑った。
融通のきかないススキダは、「バカ」と眉間にしわを寄せた。

なかなかの「いい夫婦」ではないか。

灯油のお礼に、パエリアを食うかと聞いたら、「食べる」と言われたので、前日作りすぎて冷凍しようか迷っていたパエリアを温めて出した。

ススキダが、「本格的じゃないか」とけなしたので、「それなぁ〜」と答えた。

しかし、おまえは重大なことに気づいていない。
このパエリアは俺らしくないとは思わないか。

「普通に美味かったが」とススキダ。

それは、どうもありがとうございます。
だが、このパエリアの意味がわからないとは、おまえも悲しい男になったものだな。

私がそう言ったとき、元看護師が、「はい、先生!」と手を上げた。

ススキダ夫人に発言を許します。

「心がねじ曲がったM先生は、料理をするとき、必ずアレンジを加えて常識的な味から外れたものを作ります。でも、このパエリアは全く普通のパエリアです。これを作ったとき、M先生はとても疲れていてアレンジを加える気力がなかったのかもしれません。つまり、これはM先生にとって失敗作ということです」

はい、正解です。
このままセカンドステージまで進んでください。

「ワーイ!」

頭が、水で戻す前の高野豆腐並みに硬いススキダには理解できなかったようだ。
頭の上に、はてなマークが7つ見えた。

「しかし、何でわかったんだ?」と元看護師に聞くススキダ。

「それは簡単ですよ。Mさんは、ひねくれていますけど、ヒネクレの角度がほぼ一定なんです。だから、その角度さえ頭に入れておけば、答えを導くのは簡単です」

流石ですな。

ご両親は香港在住の中国人。
そして、元看護師は中学卒業後、日本にやってきて、お寺の住職さんの養子になった。
同時に日本国籍を取得し、専門学校を優秀な成績で卒業して、日本で看護師になるという子どもの頃からの夢を実現させた。

つまり、人間としての「純度」が違うのだ。

五流大学を卒業したゴキブリと比べるのは失礼というものだ。
そして、瀕死のガイコツとも根本的な素養が違うのである。
下等なゴキブリとガイコツたちの歯が立つ相手ではない。

私は元看護師にひれ伏したが、ゴキブリはプライドが邪魔したのか、不貞腐れたままだった。

丸めた新聞紙で叩いてやろうか。

・・・・・と思ったが、ゴキブリが「おまえの自転車、もう危ないんじゃないか。何年乗っているんだ」と聞いてきたので、相手をしてやった。

天才・芦田愛菜ちゃんの誕生日を知っているか。

「知るわけないだろう」

教えてやろう。
2004年6月23日だ。

ちなみに、6月24日は、俺の娘の誕生日だ。
憶えておけ。

「憶えてるさ」

それは、ありがとうございます。

つまりだな。
芦田愛菜ちゃんが生まれた日の翌日。
娘の9歳の誕生日に、俺は自転車をプレゼントしたのだよ。

そして、そのどさくさに紛れて、自分の自転車も買ったのだ。
だから、もう11年使っていることになる。

「まわりくどい話だな」

ごめんね、ごめんね〜。

話が脱線したのを力ずくで戻すように、元看護師が「では、Mさんの誕生日プレゼントに自転車というのは、いかがでしょうか」と言った。

「サイクルベースあさひ」が、ここから約1.6キロのところにあります。
26インチのシティサイクル、LEDオートライトが16,800円で販売中ですが、いかがでしょうか。
それがお高いようでしたら、「ケイヨーD2」で8,980円のママチャリもございますが。

有無を言わさず、サイクルベースあさひに連れて行かれ、27インチの外装6段変速24,980円を買っていただきました。

ほんとうに、いいのか?

「乗るたびに、俺たちのことを思い出すんなら買ってやる」

ありがとうございます。
もう決して、ゴキブリを丸めた新聞紙で叩き潰すことはいたしません。

私がそう言うと、元看護師が「うちはゴキブリが出ないんですよね。ゴキジェットとか用意しているんですけど、一度も使ったことがないんです」と無邪気に言った。

いつもの私なら、ゴキブリならすぐそばにいるから、使う機会はいくらでもあるでしょう、と言うところだが、24,980円の恩があるので、使わないにこしたことはありませんよねえ、と愛想笑いをした。

そんな軟弱な自分が、私は大嫌いだ。

しかし、24,980円のmade in Japanの自転車は大好きだ。



あれから、用もないのに、自転車に乗って世間を徘徊することを繰り返している。


私は、そんな自分が大好きだぁ!



2015/11/28 PM 04:59:50 | Comment(3) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

サプライズがドラゲナイ?
今回は、忘年会も兼ねた飲み会にしましょうよ。
そのほうが効率的だと思いますよ。

恒例の同業者との飲み会で、先日そう提案したのだが、みんなから「忘年会には、まだ早い」と拒否された。
さらに、「忘年会と新年会は、きちんとやりましょう。行事って、そういうもんなんだから」と全員に合唱された。

堅苦しくて、肩が苦しくなったわ。
どれも同じ飲み会じゃないか。
形式ばる意味がわからない。

今年の忘年会と来年の新年会は、パスしますかね。

ひとり文句をたれながら、ハムカツを食い、中ジョッキを飲んだ。

中ジョッキを飲んだ?

「え? ビール飲んでもいいんですか!」と人類史上最も馬に激似の「お馬さん」にヒヒンと言われた。

そうです。
一ヶ月限定だが、ビールを1日1本飲んで(休肝日を2日とるから一週間に5本)、血液の数値がどう変わるか、「試してみる時期かもしれません」と、主治医であられる優香観音様から命令されたのだ。

私は美人の命令は素直に聞くタチなので、「ありがたや」と観音様に向かって手を合わせた。

ついでに、お馬さんにも手を合わせた。
(お馬さんが早く人間になれますように)

その私の拝みポーズを見て、同業者のバンドウさんが、「Mさん、違うでしょ。五郎丸のポーズはこうですよ」と意味不明のことを言った。
悪いが、無視した。

久しぶりに飲んだビールは、一番搾りの味がした。
その芸術的な味を一日たりとも私は忘れたことがなかった。
一口目を飲んだときの鼻に抜ける香りと喉を通る液体の上品なコクが、私の脳細胞全体に恍惚感を与えた。

食欲が進みますわー。

ハムカツの次は、串揚げ盛り合わせ。
次に、揚げ餃子。
そして、舞茸の天ぷら。

脂っこいものばかりだが、太宰治も「富嶽百景」に著していたように、「一番搾りには脂っこい食い物がよく似合う」(嘘です)。

アホな同業者どもは、ルールを知りもしないラグビーの話題から、次にはドラマ「下町ロケット」の話で盛り上がっていた。

「Mさんも、もちろん見てますよね。『下町ロケット』」と、同業者の中で最長老のオオサワさんに聞かれたので、安心してください。一話の途中まで見ましたよ、と答えた。

阿部寛さんは、相当にいい役者さんなので、期待を込めてレコーダーに予約し、後日大学2年の娘とともに観た。

しかし、一話の半分を超えたところで、二人揃ってリタイヤした。

かつての「半沢直樹」と同じで、出てくる男の俳優さんの誰もが、血管が切れそうなほど力んだ演技をしていて、馴染めなかったからだ。

私は、男だけが、「会社を救う」「家庭を守る」「日本を守る」と咆えるドラマや映画、小説が苦手である。
そんなに力まなくても、会社は救えるし、家庭は守れるし、日本は沈没する。

もちろん、ドラマだから、大げさにやらなければ万人好みの作品にならないというのは承知している。
だから、好きな人は観ればいいと思う。

しかし、私のように血の薄い人間には、熱血は無理だ。

ただ、この種のドラマが持つ意義に関して、私は否定しない。
世間で、熱血ドラマが好まれるのは、昔のマンガ「巨人の星」からすでに立証されている。

そういう人は、きっと血管が強いのだろう。
血圧あがりっぱなしが心地いいのだろうな、と羨ましく思うだけだ。

私は頑張っても血圧が上がらない体質なので、申し訳ありませんが、その話題はパスです。

さらに、「なんとかジャパン」という名の野球チームの話になったのだが、これもパスした。
野球シーズンをすでに過ぎているのに働かせるのは、私の感覚では「ブラック企業」だ。
このあたりの対応を見ると、さすがにメジャーリーグ機構は、選手の体のケアがよくできているな、と感心する。

大切な商品を価値のあるまま守るのが、有能なプロフェッショナル組織というものだ。
シーズン中、懸命に働いた人たちに休んでいただこうという発想がないことに、私はたいへん驚いている。

私は、アスリートの体は、「適度な鍛錬と完璧で効果的な休養」で作られると思っている。
アスリートの体を配慮するなら、鍛錬が万全なシーズン中にやる方が合理的だ。
体を休めるシーズンオフに、無理やり世界一を決める必要はない。

・・・・・といつもながらの文句をたれながら、オオサワさんに、さりげなく賄賂を渡した。

「え? 何ですか、これは?」と眉間に皺がよるオオサワさん。
人は、突然のプレゼントには、どう反応していいいかわからなくなるようだ。

仏頂面のまま、包装を解いた。
中には、プレゼントの引換券が入っている。

それを見たオオサワさんが、「な、な、なんですぅ〜」と語尾をフェイドアウトさせた。

「初孫、おめでとうございます!」

ささやかなサプライズ。

同業者全員でお金を出し合って、環境にやさしい木工の三輪車を注文したのだ。
出来上がるのは、2週間後だが、こういうものは初孫誕生の熱気があるうちに、渡しておいたほうがいい。

「オオサワさんは絶対に泣かないだろうね」という意見がほとんどだったが、私ひとりが泣くと予言した。
貧相な預言者が予言したとおり、オオサワさんは、鼻をピクピクさせたあとで、オイオイオイと泣いた。

そんな風に泣くカピバラ似のフレンチブルドッグの姿を見て、まわりのお客さんが驚き、ドン引きの空気が店内に蔓延した。
お騒がせして申し訳ありません。

そして、締めのプレゼントは、ちょっと高価なシャンパンだった。

吉祥寺の居酒屋、店長代理の片エクボさんが、「おめでとぅーござぁいまぁ〜す」と言って、シャンパンを開けてくれた。
このシャンパンはメニューにはないものだが、片エクボさんに無理を言って取り寄せてもらったのである。

しつこいとは思ったが、また「おめでとうございます」と乾杯をした。
オオサワさんの泣き笑いの顔が、とても良かった。

もちろん私はシャンパンは毒なのでパスです。


そんな喜びの空気に包まれた空間で、一人寂しくペリエを飲んでいた私の左肘が、異次元の強い力で引っ張られ、私は店の隅にある取り調べ用のテーブルまで連行された。

目の前には、片エクボ刑事が、目を釣り上げて私を凝視していた。

俺、なにか悪いことした?

小用のあと、手を洗わなかったことくらいしか、思い浮かばないが。
まさか、それを見られていたのか?

「別に、白髪の旦那に報告しなくてもいいと思ったんだけど、聞いてくれる?」

報告しなくてもいいことなら、聞かない。

「き・い・て!」

聞きましょう。

「聞いても、軽蔑しないでね」

する。

「し・な・い!」

何なんだ、このコントは。
いつまで続くんだ。

そう思っていたら、片エクボさんが、「ちょっと左の耳を貸してくれる?」と声を落として言った。

返してくれるのなら、貸す。
返してくれるというので、左耳を貸した。

片エクボさんは、思いやりのある人だ。
私の右耳が聞こえないことを覚えていて、左耳に囁いてくれたのである。

「あのね・・・・・妊娠した。入籍した。もう彼と一緒に住んでいるの。今年いっぱいで店やめるの」


(永遠の思考停止)


「どうしたの? 白髪の旦那、聞こえたの? 表情がないよ。生きてる〜?」
顔の2センチ前で両手を振られた。


人は、本当に驚くと、反応ができなくなる生き物のようだ。


まことにドラゲナイことで。
(意味も分からずに使ってみました。もう古いとか?)


2015/11/14 AM 06:33:01 | Comment(1) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

キャイーンを5回
少し前に、ヤホーのトップニュースで、爆笑問題の田中裕二氏が、ネットで人の容姿を「劣化」と断じることに怒りを感じている、というニュアンスの見出しを見た。

残念ながら本文は読んでいないのだが、見出しだけでも田中氏の言わんとすることは、私には頷けた。

私もネットを閲覧していて、どこかに迷い込んだとき、ツィッターで「誰々が劣化」というような中傷文を読むことが稀にあった。
その種のつぶやきは、上から目線で人を「劣化」と得意げに断じて、本人がそのことで悦に入っているさまが透けて見えるから、私には不快だった。

きっと彼らは、永遠に年を取らない「サザエさん」や「ドラえもん」、「名探偵コナン」のキャラクターたちを愛しているのだろう。
「2次元」のキャラクターたちは劣化しないですからね。

しかし、「サザエさん」も「名探偵コナン」も昔と比べると、微妙に顔もスタイルも変わっているのだが、それは「劣化」のうちに入らないのだろうか。
まあ、これは論点のすり替えだから、自分でも上等だとは思っていないが。

はっきり言えるのは、3次元に生きる人間の多くは上手に年をとっているだけで、決して劣化はしない、ということ。

たとえばだが、有名人たちの年月を刻んだシワを「劣化」と断じる人は、鏡で自分の顔を見て明らかなシワを認めたとき、「劣化! 劣化!」と自分を罵倒するのだろうか。
あるいは、底意地の悪い表現をすると、自分の祖父母やご両親が年をとった様を見て「劣化」と罵るのだろうか。

ちょっと性格の悪い表現で、申し訳ありません。


何が言いたいのかというと、私の身近にも大変いい年のとり方をしている人がいるということを知ってもらいたいための、これは「前振り」なのでございます。

9年前から仕事をいただいている横浜元町の企画会社の「松雪泰子似の美女」という方に、以前何度かこのブログに登場していただいたことがあった。

ただ、登場していただいた、とは言っても私の勝手な一方通行で文章にしただけである。
今は先方からの「あまり私のことは書かないでください」というクレームを素直に受けて、書かないようにしている。

「松雪泰子似」とは言っても、本当に女優の松雪泰子さんに似ているわけではない。
私の中で、美女と言って真っ先に思い浮かぶのが松雪泰子さんだったので、そう表現しただけだ。

3年前に、私のいま大学2年の娘が偶然松雪泰子似に新宿駅で遭遇して声をかけられたことがあった。
大分前のことだが、恥知らずにも過去2回ほどこのブログに娘を含む家族写真を晒したことがあった。

恐ろしいことに、それを松雪泰子似が憶えていて、娘に声をかけたのである。
「お父さんには、いつもお世話になっています」

そのとき、娘は松雪泰子似を「愛しさとせつなさを心強くしたような美女」と表現した。
つまり、娘は彼女のことを雰囲気が篠原涼子さんに似ていると感じたらしいのだ。

娘が感じる美人の典型は篠原涼子さん。
私は松雪泰子さん。

この場合、冷静に考えると娘の第一印象の方が当たっていると思う。
当たっているとは思うが、私はブログを書くときに、人物を特定されて当人に迷惑をかけないために、いつもフィルターをかけている。

だから、特定されないために「松雪泰子似」と表現したのだ。
このブログでは多くの場合、本人に迷惑がかからないように苗字の一部を変えたり、カタカナ表記でフィルターをかけることにしている。

そうすれば、人物を特定される危険が多少減って、私の後ろめたさも軽減されると思ったのだ。
ただ、極道コピーライターのススキダと人類史上もっとも馬に激似の「お馬さん」に関しては、フィルターをかけていないので、彼らを特定するのは容易かもしれない。

それは、彼らが世間から罵られても私の心が全く痛まないから、そうしているのである。


話が脱線。
松雪泰子似と仕事で知り合って、いま9年目が過ぎたところだ。

松雪泰子似の年は知らない。
おそらく33から36歳の間ではないかとゲスに推測している。

だが、この9年間で、松雪泰子似が人生の坂を上手に上っているのは、いくつもの四季を経て見てきた私には間違いないことだと胸を張って言える。
もちろん年齢は重ねたが、それは「劣化」ではないと断言できる。

人間力が増した、と私は思っている。

その松雪泰子似、娘の目では篠原涼子似から仕事の依頼が来た。
そこで、爆弾低気圧が通り過ぎたあとの新宿に行ってきた。

松雪泰子、篠原涼子似(ややこしい?)は、以前は横浜元町の本社勤務だったが、3年前に結婚したこともあって、彼女の住まいに近い新宿支社に昨年転勤になった。
支社といっても、社員は松雪泰子似だけだ。
松雪泰子似が責任者となって、アルバイト7人を手足のように使っているらしい。

彼女の手足になれるアルバイトどもが羨ましい。

という本気の冗談は置いといて、仕事はMacのkeynoteを使ってのプレゼンテーション資料作りである。
その中には動画も入るので、デジカメで撮った動画を編集するのも私の仕事だ。

10時から2時間、細かい打ち合わせを終え礼をして帰ろうと立ち上がったとき、松雪泰子似が言った。
「お昼をご一緒にいかがですか。もちろん、割り勘ですけど」

そのお言葉を聞いて、私は「キャイーン」と鳴いた。
つまり、「嬉しゅうございます。お供いたします」という意味だ。

支社は、新宿と新大久保の間にある関係からか、まわりに多国籍料理の店が多かった。
「スンドゥブはお嫌いですか」と聞かれたので、お好きです、と答え、韓国料理屋に入った。

スンドゥブ、900円(ライス付き)。
ランチといえばワンコイン以下しか知らない私にとっては贅沢すぎる金額だが、ここでミミッチイ男をアピールしても何の得にもならない。
だから、やっすいですわ〜、と見栄を張った。

美女と食うスンドゥブ。
実を言うと、松雪泰子似とランチを食うのは、恥知らずにも3回目である。
3回目となると落ち着いたものだ。

レンゲは2回しか落とさなかったし、豆腐をこぼしたのは、たったの1回だけだ。
レンゲの揺れは、いつもより控えめだったと思う。

食べている間に世間話をしたのだが、もちろん何を話したのかは憶えていない。
松雪泰子似が、どんな洋服を着ていたのかも思い出せない。
ただ、隣の席の51歳から63歳に見えるオバちゃん二人組が「新大久保って、新宿だったんかいな〜」と大きな声で言ったことだけは憶えていた。

食い終わって立ち上がろうとしたとき、松雪泰子似が、「赤ちゃんができました」と透き通るような白い肌を紅潮させて唐突に言った。
そして、「まだ、身内以外には誰にも………会社の人にも言っていないんですけど」と、なぜか私の目を見て4回うなずいた。

私の口からは、当たり前のように、「キャイーン」という言葉が発せられた。
それは、「おめでとうございます。では、お祝いの意味も込めまして、ここは私が払わせていただきます」という意味だ。

私がバッグからボロボロの財布を取り出して、身振りで私が払いますと伝えたとき、「いえ、申し訳ないですから、ここは割り勘で」と両手を顔の前で振りながら、松雪泰子似が先程より10パーセントほど増量して顔を赤らめた。

3回目の「キャイーン」。
それは、「私がお役に立てるのは、こんなおめでたいときに900円を払うことだけですから」という意味だ。

「では、お言葉に甘えまして」
立ち上がって、深く頭を下げる松雪泰子似。

途中まで、松雪泰子似と並んで歩いた(幸せやわ〜)。
そのとき、松雪泰子似に言われた。

「Mさんって、本当に面白いですよね。
赤ちゃんができたって言ったら、普通の人は今何ヶ月で、出産予定日はいつかとか聞くはずなのに、絶対に聞かないんですよね」

それこそが、私が純粋な変人の証です。
興味がないわけではないですが、聞いても聞かなくても、胎児は母親のお腹の中で大きくなっていくものです。
産まれた、という最高の結果が得られればいいのであって、いつ生まれるのかをいま聞くことに、意味があるとは私には思えないんです。

だから、お腹の子とご自分の体をお大事に、としか私は言いません。

「そこは『キャイーン』ではないんですね。真面目に答えるんですね」と笑われた。


キャイーーーーン!


これは、「健康な赤ちゃんを産んでください。そして、いいお母さんになってください」の意味である。


「キャイーン」
小さな声で、松雪泰子似が恥ずかしげにうなずいた。



その厳かなお姿を拝見して、いい年のとり方をしているな、と私は確信した。



2015/10/03 AM 06:35:11 | Comment(1) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

ものすごく有名な偉人
歩いていると、ジーパンがずれ落ちてくる。
脱げそうになる。

安心してください。
はいてますよ。

怖くてずっと逃げていたのだが、3ヶ月ぶりに、むろんOMRONの体重体組成計に乗った。
体重57キロが54キロに。
体脂肪率10.1が9パーセントに下がっていた。

1日のカロリーは、最低2100キロカロリーは摂っているはずだ。
デスクワークが主な中年のオッサンには、十分なカロリーだ。
痩せる意味がわからない。

オー・マイ・ガッド!
そう叫んだら、吉祥寺の馴染みの居酒屋で、人類史上最も馬に激似の男「お馬さん」が、「Mさん、病気なんじゃないですか」と心配してくれた。

安心してください。
病気ですよ。
血が、すこぶる貧しいんです。
それが何か?

「じゃあ、たくさん栄養のあるものを食べてください。
今夜は俺がMさんの分、払いますから」

以前から薄々気付いていたのだが、馬というのは、優しさと思いやりのある生物のようだ。
「奢る」と言わないで「払う」という言い方に心を動かされた。

串焼きの盛り合わせと馬刺しを頼もうとした。

「え? 馬刺し?」
お馬さんの顔から血の気が引いていた。

安心してください。
この店に、馬刺しはありませんから。
ホッケを追加で、いただきましょうか。

「よかった」
血の気が戻ったようである。

「はい、お待ちーっ!」

威勢のいい声とともに運ばれてきたホッケ。
なかなかルックスのいい肉付きのいいナイスバディのホッケだった。

そのナイスバディをテーブルに置いたとき、居酒屋の店長代理・片エクボさんが、私に思わせぶりな目を向け、さらに目を細め、「ちょっと白髪の旦那を借りますから」と同業者たちに宣言した。

え? え? え? という煩わしい好奇の目を背中に感じながら、貧血オヤジは、店の一番奥の2人席のテーブルまで拉致された。

真向かいには、推定年齢24歳から28.5歳の片エクボさんが、いつもより多い瞬きを繰り返しながら座った。

緊張で便意を催しそうになったが、我慢した。

間近で見る片エクボさんは、色が浅黒いのは好みが分かれるところだろうが、水泳で千メートルを泳いだ後のようなマーメイドっぽい色っぽさがあった(ちょっと伝わりづらい表現)。
要するに、世の男性の誰もが憧れる童話の人魚的な艶めかしさがあったということ(伝わったかな?)。

そのとき、居酒屋の店長代理・片エクボさん・本名シモコーベさん・ミドルネーム・マーメイドさんが、彼氏にプロポーズされたことを7月のこのブログで載せた記憶が、私の皺だらけの脳みそに蘇ってきた。

きっと、その答案用紙を私に見せたいのだと思う。

百点か零点か。
いや、50点ということもアリエルか。

片エクボさんが大きく息を吸った。
54キロの体が吸い寄せられたような気がした。
あと4キロ体重を増やさないと、このままでは吸い込まれてしまうかもしれない。
早くホッケを食って太らなければ。

「仕事中だから、簡単に言うね。
プロポーズは保留しました。
待たせるのは彼に悪いと思ったから、もしだらだら続くのが嫌だったら会うのはやめましょうって言ったの。
そうしたら、待つって言ってくれて、でも、いいのかなあ、私の一方的な都合で待たせても、と悩んでいるところ」

50点でした。

厨房が気にかかるせいか、厨房を振り返りながらの話だから、語尾がフェイドアウトして聞きづらかった。
ただ、相当彼氏に悪いと思っていることだけは、はっきりした形の困り眉から伝わってきた。

人の結婚など、どうでもいいのだが、何かを言わなければ納得しないだろう。
だから、私はこう言った。

ものすごく有名な偉人が、こんなことを言っていたんだ。
恋愛や結婚の形式は、人類の数ほどある。
決まったルールなどはない。

だから、「待ちたい」と彼氏が言って、シモコーベさんが、「待たせてやる」という形式があっても不思議ではない。
彼氏がどれくらい待てるかはわからないけど、飼い主の指示で犬がエサを待つ時間よりは長いだろうから、待たせてやってもいいのではないだろうか。

「ちょっとぉ! 『待たせてやる』なんて言ってないんだけどぉ!」
逆八の字眉で睨まれた。
呪いのマーメイド顔。

彼氏にもこんな怖い顔をするのだろうか。
もしこの顔を見てビビらないとしたら、私は彼を尊敬する。
結婚する価値はある男だと思う。

「まあ、いいわ! ところで、その『ものすごく有名な偉人』ってのは、誰?」

あなたの目の前にいます。

シモコーベさんの上半身が、崩れるようにテーブルに突っ伏し、両手がテーブルを勢いよく叩いた。
ドン! ドン!

そして、高速で上体を起こし、息を大きく吸った。
また吸い込まれそうになった。

「久しぶりに、グーで人を殴りたくなったわぁ〜」
本当に左手でグーを作りやがった。
(シモコーベさんは、サウスポー)

「神の左」から逃れるために、私は飛ぶように、お馬さんの隣席に着地した。

ヒッヒ〜〜〜ン?

着地の勢いでジーパンが脱げそうになったが、安心してください。はいてますよ。

早く太らないと、若い子に脅かされるたびに、ジーパンが脱げそうになることを繰り返すだろう。
食わねば。

串焼き盛り合わせ。
ホッケ。
揚げギョーザ。
サイコロステーキ。
焼きおにぎり2個。
焼き鳥・ぼんじり。

逆ダイエット、逆ダイエット・・・・・とつぶやきながら、一心不乱に食い物にかぶりつく白髪のガイコツ。

同業者の呆れ顔に囲まれながら、ガイコツは42分間立て続けに食い物を口に入れることを繰り返した。
呆れたのは、同業者だけではなかった。
片エクボさんも厨房入口から小走りにやってきて、私の顔を覗き込んだ。

逆ダイエット、逆ダイエット・・・・・。

食い終わった私が、追加注文をしようとメニューに手を伸ばしたら、全員にすごい勢いで手を押さえられた。

有名なスターか全国指名手配の極悪人ならいざ知らず、一般のガイコツがこれほど多くの人から手を押さえられることなど、一生に一度あるかないかだろう。

私は、貴重な体験をしたのかもしれない。

わかりましたよ。
わかりましたから、手をお離しくださいませ。

同業者の手が離れ、最後に片エクボさんの手が残った。
そのとき、初めて気づいたのだが、片エクボさんの爪は短くて、マニュキュアも塗っていなかった。
料理をするから、仕事中はマニュキュアを塗らないのか、と思った。

私が、爪を見つめているのに気づいた片エクボさんが、浅黒い顔を赤く染めながら、「彼がマニキュアが嫌いだから」と聞いてもいない、どうでもいい情報を誇らしげに私に告げた。

そうですか。
では、いいことを教えて差し上げましょう。
ものすごく有名な偉人が、こう言いました。
「マニュキュアが嫌いな男は、待つのが下手な最低な男だ」と。

突然、左足の指たちに激痛が走った。
何か重いものが落ちてきたのだと思う。

いたっ!

「いた?」
お馬さんが、長い顔をかしげ、熱い鼻息を撒き散らした。

いた、板垣死すとも、自由は死せず!

「はあ? なんですか、それ?」

あのね、君たち。
いい年のオッサンが、板垣退助の岐阜遭難事件を知らぬのか。
自由民権運動を知らぬのか。
たった133年前のことなのに。

「はぁ〜? ぎふそうなん〜〜〜じけん〜? じゆう〜〜〜?」

明治は、そんなに遠くなったのか。
じゃあ、いいわ。

さて、次、何たのもうかな。

メニューを取ろうとしたら、また押さえ付けられた。


面白いから、このコントを続けようとまたメニューを取ったら、誰も相手をしてくれなかった。
すこぶる寂しかった。


安心してください。
泣いてますよ。



2015/09/26 AM 06:25:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

野ブタの結婚
9月になったからというわけではないが、高熱を出した。

ただ、今はもう回復している。

38.7度の熱など、2年前までの私だったら、鼻で笑って平気で仕事をしただろう。
しかし、今はある事情があって、風邪による脱水症状が命取りになることもある、と観音様から脅されていることもあって、一日だけ安静にしていた。

私は人に弱みを見せることが、無理やりな安全保障関連法案の次に嫌いな人格破壊者なので、仕事部屋にテントを設営して、まる一日そこで眠った。
夕方、家族のメシを作ったときだけ、人間界に姿を見せたが、あとはずっとテントに籠っていた。
アクエリアス2リットルとゆで卵4個で栄養を補給した。

そうやって優等生の生活を送っていたら、次の日の朝、あら不思議、熱が37度まで下がった。
体も気のせいかもしれないが軽く感じた。

体は軽かったが、点滴をした方がもっと回復は早いだろうと考え、かかりつけの医院に行った。
しかし、主治医の優香観音様は、その日は欠勤日で、オネエ疑惑のある若い医者に裸を見られた。
そして、血を採られた。

最近では、血液中のヘモグロビンの数値は10分も待たずに検査結果が出るから楽だ。
オネエ医者に「これは、どうかしらねえ。ちょっと感心しない数値だわよね。いま点滴してあげるから、家に帰ったら鉄剤を2倍飲んでね」と甲高い声でクネクネと言われた。

あんたの喋るのを聞いたら、誰でもめまいがするわい。

点滴してもらって、完全復活。
家に帰って、通常の倍の鉄剤を飲んだあとで、仕事を再開した。

浦和のドラッグストアのチラシの2校だ。
週末セールの商品を4箇所差し替えて、他に価格を変える箇所が11という比較的簡単な校正だった。
1時間もかからずに終わった。

やや遅い昼メシのアジフライ、サーモンフライ、エビフライを食っていたら、iPhoneが震えた。
荻窪のWEBデザイナーのタカダ君(通称ダルマ)からの電話だった。

出たくはなかったが、エビフライ、アジフライを食っていたら、シッポがあまりにも美味だったので、気分がよくなって反射的に出た(シッポは上手く揚げると美味しいんですよ)。

「ああ、師匠! ショックじゃないですかぁ! 大丈夫ですか? 落ち込んでないですかぁ?」
いきなりネガティブな問いかけをぶっ込んできやがった。

だから私は答えた。
ああ、ショックだね。大丈夫じゃないね。すこぶる落ち込んでるね。

「ああ、そうですよねぇ! やっぱり、そーですよねえ!」
ダルマが嬉し気に、鼻息荒く声に力を込めた。
そして、こう言ったのだ。

「堀北真希が結婚するなんて、俺もショックでしたよ。全然油断していましたね。だから、師匠もショックを受けてるんじゃないかと思ったんですよ」

さあ、話がわからなくなってきたぞ。
堀北真希さんの結婚情報は、少し前にヤホーのトップページの見出しを見ていたから知っていたが、ショックを受けたというほどではなかった。

ご結婚、おめでとうございます、としか思わなかった。
つまり、これは、いつものダルマの早とちりの勘違いということになる。

タカダ君。
申し訳ないが、私は堀北さんとは、縁もゆかりもないのだが。

「縁もゆかりもなくても、ファンだったじゃないですか」

はて、その情報は、どこから仕入れたものであろうか。
俺は一度もそんなことを言った覚えはないが。

「何をとぼけているんですか、師匠! イケメンパラダイス、面白いって言ってたじゃないですか!」

何年前の話だよ。
面白いとは言ったが、堀北さんを好きだと言った覚えはないぞ。

「え? え? え? え? え? え? え? え? えーーーー!」

俺、病み上がりだからさ、切るぞ。
いたずら電話になんか付き合っている暇ないんだよね。

「いや、師匠は、ショックだって、さっき言ったじゃないですかぁ」

タカダ君が正確に主文を語らないから、テキトーに答えただけだ。
君ももうアラフォーなんだから、言葉の最初に主文を語る訓練をしたほうがいいぞ。
そうしないと、言葉がただの雑音になって、コミュニケーションが取れなくなる。

ようするに、あれだろ?
堀北さんが結婚した、という悲しみを俺と共有したかったんだろ。
「野ブタをプロデュース」からのファンとしては、現実を受け入れたくなかったんだろ。

「そうなんですよ。堀北真希の結婚を聞いてから、生きる気力が湧いてこないんですよねえ」
湧いてこなくてもいいんじゃないか。

「食事をしていても、よく味がわからないんですよ」
じゃあ、食わなければいい。

「これから何を楽しみにしたらいいのか」
楽しみなんかなくても、空気と水があれば人は生きていける。

「絶対に結婚なんかしないと思っていたのに!」
結婚していないと思い込めばいいんじゃないか。

「夜も眠りが浅くて、俺、病気になりそうです」
君が眠らなくても朝は来るし、病気になったら医者が儲かるから、君は役に立っているってことだ。

「むかし買った写真集を開く勇気がありません」
オークションで売り払えばよかろう。

「もうダメです。俺、立ち直れません!」
立ち直らなくても大丈夫だ。
君の奥さんのトモちゃんは、早速若い男を見つけて再婚するだろうから。

「・・・・・・・・・・・・・・(不気味な無言が続いたぞ)」


「師匠!
俺のこと、嫌いなんですか!
そんな意地悪なことばっかり言って!」


いや、大好きだけど。


「・・・・・・・・・・・・・・(また不気味な空白が)」


(泣き声で)「師匠は、どうしていつも、そんなに優しいんですかぁ?」

はて? 優しくした覚えはまったくないのだが、これもダルマの勘違いか。

「要するに、俺に早く立ち直れってことを言ってるんですよね。お前には家族がいるんだから、現実の家族を大事にしろと言ってくれているんですよね!」

うん・・・・・・・まあ、そうだよね。
そういうことにしておこうか。


最後に、ダルマが私にこんなことを聞いてきた。

「もしもですけど・・・師匠が、結婚してショックだと思う有名人って誰ですか?」

そのことに関して、私は躊躇なく答えることができた。

芦田愛菜ちゃんだね。
あとワカメちゃんも。
武蔵野市境2丁目に住む4才の愛栞(あいり)ちゃんが、いま結婚したらショックでゼッタイに俺は寝込むな。


iPhoneからの応答が突然途絶えた。


国際宇宙ステーション!
応答せよ!



2015/09/05 AM 06:25:58 | Comment(1) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

ミスター・スケルトン
かつて私は、金持ちの子どもに偏見を抱いていた。

君たちは絶対に勘違いしている!

自分が汗水流して得た金は尊いが、ただ親が金持ちだというだけで「自分は金持ちなんだよねえ」という、薄っぺらなガラスの階段に立って人を見下し「金持ち面」をする人種が、私は大嫌いだった。

だが、友人のテクニカルイラストの達人・アホのイナバの奥さんを見ていると、自分の偏見がとても醜いものだということに気づかされた。

アホのイナバの奥さんは、5年前、父親から気が遠くなるような額の遺産を相続して大金持ちになったが、今も昔と同じように自然体で、家庭菜園を趣味とする質素な生活を続けていた。

そして、近い将来、老人福祉施設を建てるために、いま福祉と介護の勉強をしているのだという。
お金の使い方をわかっている賢い人だ。

夫であるイナバも、アホはグレードアップしたが、生活は古いバージョンのままで、私に「アホ」を千回以上言われ続けても、「アハハハハ」と幸せそうに笑う極めつけのアホのままだった。

私が審査委員長だったら、11月22日「いい夫婦の日」に発表される「パートナー・オブ・ザ・イヤー」には、毎年イナバ夫婦を選ぶことだろう。

彼らは、おそらく三船ナントカさんと高橋ナントカさんのように、「いい夫婦」に選ばれながらも数年後に破綻して修羅場を演じることなど絶対ないと断言できる。

なぜなら「修羅場? それって、公園の砂場みたいなものですか?」という次元を超えたアホのレベルまで到達したイナバには、破局などありえないからだ。

「え? 破局? 薬局なら家の近くにありますけど」
こんなことを真顔で言えるアラフォーも珍しい。

そんなアホのイナバから、意外な仕事の依頼があった。
カメラマンの仕事だ。

イナバの奥さんの友人が河口湖に住んでいるという。
「そこそこ広い家なんですよね」

敷地面積を聞いたら、確かに広かった。
大型のバスタオル1111枚分くらいの広さだ(わかりづらい?)。

その広さの中に欧風庭園を造っている最中なのだが、造園中の模様を毎月定期的に写真に収めて欲しいというのだ。

そんなものは、ご自分でデジカメで記録するか、造園業者に頼んだほうが簡単でしょうよ、と言ったのだが、アホのイナバの奥さんが、「どうしても賢いMさんにお願いして」と、お友だちに強引に推薦したのだと言う。

では、現地にお伺いして、現場を見てからの判断でよろしいでしょうか。

「もちろんでございます」(アホのイナバの奥さん)
「モチです」(アホのイナバ)

モチはいま食いたくないかな。


という展開があったのち、河口湖に行ってきた。
ベンツの運転者はアホのイナバ。
助手席には奥さん。
後部座席には、自称「武蔵野のガイコツ」。

武蔵野から2時間弱車を走らせて、富士山が遠景として「世界遺産」を主張する風光明媚な家にベンツが侵入した。
依頼者のキヨミさんは、旦那様との二人暮らし。
歳は、おそらく42から47歳の間と推測した。

お子様二人は、イギリスに留学中だという。
それを聞いて、「典型的な金持ち一家やんか」と思ったが、テラスで出された飲み物が「いろはす」だったので、なぜか力が抜けたす。
しかもコップがガラスではなく紙だったす。

労働者階級の私に、グレードを合わせてくれたのかもしれない。
お気遣い、ありがとうございます。

「いろはす」を飲んだあとで、造園中の庭園に案内してもらった。
庭園は3分の1もできていないと言われたが、どの程度の広さの庭園を作るつもりなのかわからないので、「今のままでも花がようけあって十分立派やんか。大型のバスタオル333枚分はあるでえ」と思った。

「これから池を作って、小さな滝も配置して、噴水なんかも付け加えようかと思ってますし、バーベキューのできるスペースや風車、円形舞台なんかも作る予定なんですよ」

言っていることが別次元過ぎて、吐きそうになった。

ただ、ここで吐いてしまったら、世界遺産である富士山に失礼になると思ったので、懸命にこらえた。

そのあとも「ああだこうだ」と説明を受けたが、「どうやって断ろうか」と考えていたので、ほとんど脳細胞に浸透しなかった。

頭が空っぽのまま、家の中に拉致された。
大型のバスタオル222枚分くらいの広さの平屋建ての欧風建築だった。

リビングに暖炉があったが、その程度では驚かなかった。
100インチの液晶テレビにも驚かなかった。
高級そうな大理石のテーブルにも驚かなかった。

驚いたのは、若い白人のメイドさんがコーヒーを持ってきてくれたことだ。
秋葉原のメイド喫茶よりはるかにクォリティの高いメイドさんだった(メイド喫茶には行ったことがないが)。

ただ、もちろん日本の営業用メイド服とは違って、彼女が着ていたのは質素なヴィクトリア朝のものだ。
質素だが、品がよくて、腰が高い位置にあるので長い丈のスカートがよく似合っていた。
フリルのついたカチューシャも品よく見えた。

身長は170センチを超えていただろう。
手足が長い金髪、美形。
体全体からいい匂いが漂っていた。

大変恥ずかしいことを白状するが、このメイドさんと毎月会えるのなら、この仕事を請けてもいいかな、とスケベ親父は思ってしまったのだ。


やってみましょう。


「では、報酬はこれくらいでいかがでしょうか」と、キヨミさんが、いきなり提示した。

私の想定していた額の2倍以上のギャラだった。

いや、そんなにいただくのは………。

「でも、交通費を含めると『こんなもの』ではないでしょうか」

それを聞いたアホのイナバが「こんなものでしょう」と、真剣な顔で何度もうなずいた。
「Mさん、『こんなもの』ですよ、普通」とアホのイナバの奥さん。

いや、でも、ですよ……写真を撮るだけですからねえ。
俺、プロのカメラマンじゃないし。

「何を言っているんですか、Mさん。Mさんは、プロですよ。これくらいは当然です。ご自分を安売りしないでください」(アホのイナバの奥さん)
「そうそう、大安売りは夕方のスーパーだけ」(アホのイナバ)

腑に落ちないまま、コーヒーを飲み干した。

すぐに白人のメイドさんがカップに新しいコーヒーを注いでくれた。

そして、私の目を見ながら、こう言った。
「イクス・キューズ・ミー。ユア・ネイム・イズ・コンナモノ?」
あとでキヨミさんに聞いたら、日本語はほとんど話せないという。

イエース! ファーストネーム・イズ・コンナモノ。ラストネーム・イズ・ガイコツ

「ガイコツ? ホワット?」

スケルトン。

「アイ・シー、サンキュー」

白人のメイドさんは、私の説明に納得して自分の持ち場に戻った。
立ち姿が、すこぶる美しかった。
アンジェリーナ・ジョリーほどの色気はないが、エイミー・アダムスの若い頃の気品ある佇まいを思い起こさせた。

窓の向こうに富士山が見えたが、私がユネスコの関係者なら、富士山より、このメイド姿を世界遺産にするかもしれない。


次にこの屋敷に来たときは、彼女は私のことを「ミスター・スケルトン」と呼ぶに違いない。


いや、ぜひ、そう呼んでいただきたいと思う。



これで私の楽しみが、またひとつ増えた。




2015/08/29 AM 06:30:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

スイーツは別腹? フルーツは?
高校、大学の7年間をラグビー部で男臭い汗を撒き散らした29歳のユカワさん。
いい加減、人に迷惑をかけるのはやめて、大人になりましょう。

お節介とは思いましたが、神田のイベント会社の中村獅童氏似担当者に成り代わって私がお叱りの言葉を申しました。


一昨日の打ち合わせで、獅童氏が、「俺、急性アルコール中毒で、2日間入院したんですよ」と言ったのである。

お盆休み前に、新入社員歓迎会を仕事終わりに社内でやったという。
普段は居酒屋でやるそうだが、予約を取り忘れるという単純ミスがあって、社内での飲み会になった。

獅童氏は、怖い顔をしているが、酒は弱い。
全く飲めないというわけではないが、ビールなら中ジョッキ1杯、酎ハイなら1杯、ウイスキーの水割りも1杯、日本酒とワインは体がほとんど受け付けないという。

そんな獅童氏がなぜ急性アルコール中毒になったか。
それは、私が冒頭で叱ったユカワさんのせいだった。

新入社員とは、ユカワさんのことだ。
新入社員といっても、新卒ではなく、遠回りしての「新入」だった。

試用期間の3ヶ月満了が近づいて、まもなく本社員になるのが決定的だった日の歓迎会。
ユカワさんが、ターゲットにしたのは、獅童氏であった。

獅童氏が何歳なのか私は知らないのだが、ユカワさんよりは年上らしい。
そして、ユカワさんが高校、大学時代をラグビー部で練習に明け暮れたのと同じく、獅童氏も高校3年間をラグビーに打ち込んだと言う。

ユカワさんは、獅童氏より一回り体がでかかった。
おそらく、フォワードとバックスの違いだろう。

ユカワさんは、獅童氏のことを「先輩」と呼んだ。

そして、「先輩、もっと飲みましょうよ」と、しつこくビールを勧めた。
まわりの人が、「こいつは、酒が弱いから、あまり飲ませるなよ」と忠告しても、「ラグビー部のしきたりですから」と勘違いのルールを持ち出して、挙げ句の果ては、「先輩! 後輩の俺が勧める酒が飲めないんですか」と、からんだ。
(俺の酒が飲めない教は、とっくに死に絶えたと思ったが、脳みそ筋肉属の中に生息していたのか)

獅童氏は怖い顔に似合わず、根が優しいから、後輩の勧める酒を何杯か重ねた。

「コップ4杯までは覚えていたんですよね」
「でも、心臓が破裂しそうになって、ぶっ倒れました」
「気がついたら、病院のベッドですよ」
「幸い症状は軽かったんですけど、大事をとって2日間入院させられました」

災難でしたねえ。
で、ユカワさんは、お見舞いに来ましたか。

獅童氏は、歌舞伎役者が見栄を切るような芝居がかった顔を作って、「来ませんよ。会社辞めちゃったんですから」と肩をすくめた。
獅童氏に申し訳なくなって辞めたわけではないようだ。

獅童氏がぶっ倒れた次の日、ユカワさんは部長に呼ばれた。
そして、社内規則に従って、3ヶ月の試用期間をさらに3ヶ月延長すると言い渡された。

社内規則には、試用期間中に会社に迷惑をかけたときは、解雇か試用期間の延長があると書かれていた。
しかし、解雇では重すぎると配慮して3ヶ月延長にするという、それは会社側の親心だった。

だが、その親心はユカワさんには通じなかったようだ。
翌日から、会社に来なくなったというのである。

自己中心的な、なかなか楽しい性格の人だったようだ。
安保反対の若者に喧嘩を売って、挙げ句の果ては金銭トラブルで自民党を離党した楽しい議員と同類なのかもしれない。

「俺がぶっ倒れなければよかったんでしょうけどね」と、どこまでも人のいい獅童氏だった。

そして、獅童氏が言った。
「Mさんは、さぞかし酒の武勇伝があるんでしょうね」

ありませんよ、そんなもの。
俺、酒飲んで酔っ払ったことないですから。
酔ったふりをしたことはありますけど、演技が下手っていつも笑われてましたよ。

私は他の奴らより多くの酒を飲みながら、他の奴らが限界を超えないように監視するのが役目だった。
(私は人に弱みを見せるのを極端に嫌う人格破壊者だったから、意地でも酔わなかった)

「おい、ハゲ! もうやめろ、あとはタンパク質を摂ることに専念しろ」
「カツラ! そこでおしまいだ。それ以上飲むとカツラを剥きとるぞ」
「デッパ! 目が座ってきたぞ。水をたくさん飲め。浴びるほど水を飲め」

とは言いつつも、結局酔いつぶれるのが自分の仕事だと思っている奴が多くて、介抱が仕事の私は、飲み会ごとに忙しい時間を過ごしたものだ。

「それは………俺みたいに酒の弱い人には、想像できないことですよね」
獅童氏から尊敬の眼差しで見つめられた。

(俺に惚れるんじゃねえぜ)


「でも、あれから俺、食欲がまったくないんですよねえ〜、それが心配でっ!」と獅童氏の顔が、梅干を12個食ったような酸っぱい顔になった。

聞いてみると、「牛丼は一杯食べるのがやっとですよ」「定食は、ご飯のおかわりなんて無理です」「ラーメンは、サービスのライス抜きです」「弁当は、ライスの大盛りは無理で普通盛りです」と嘆くのだ。

でも、普通に食っているんですよね。

「いや、普通じゃないですよ。ライスをお代わりしない定食や無料のライスを食べないラーメンなんて、俺、人生で初めてですから」

それで、ちなみに、昨日は何を食いましたか。

「朝は目玉焼きとトースト。昼はカレー。夜は近所の定食屋で焼肉定食でした。その他、合間にバナナ」

完食しましたか。

「一応全部食べましたよ。もったいないですからね。ただ、晩ご飯の定食はご飯のお代わりはしてませんよ」
「食欲が全然ないんでっ!!」

あのー……このテーブルのカゴに盛られた「三角どらやき」は、おそらくどなたかが富山県に帰省したときのお土産だと思うのですが、さきほどから見ておりますと立て続けに4個ほど口にされていますが……。

それって、結構ヘビーだと思うのですが、それでも食欲がないと……?


「ああ、スイーツは別腹って言うじゃないですか。これはカウントしないでください」


ああ、別腹?

どらやき1個150キロカロリーとして、4個で600キロカロリー。
それを別腹だと?

ちなみに今日のお昼は何を?

「とんこつラーメン、ライス抜きでっす!」
得意げに胸を張られた。

とんこつラーメンのカロリーが600キロカロリーとして、どらやきと合わせると1200キロカロリー。
カロリー過多ではないかい?

しかし、別腹?

「そうですよ。別腹。
スイーツが別腹なのは常識です。だって、俺、ぜ〜んぜん食欲ないんですからねっ!」

しかし、合間にバナナも食っているんですよね。

「知らないんですか? フルーツも別腹だって!」

初耳だわ。


そうですか。
平成も27年を過ぎると、知らないことがたくさん出てきますね。

今に、200グラムのハンバーグステーキも別腹、なんて時代が来るかもしれませんね。


私がそう言うと、「そんなことあるわけないでしょ! 肉が別腹なんて、どうしたらそんな発想になるんですか!」と、真顔で完全否定された。


ジョ……ジョジョ立ち…いや、じょ、冗談ですのに。



チッキショー!

(尊敬する小梅太夫先生の顔真似をしてみました)


腹を抱え、涙を流しながら悶絶する獅童氏。


これで、獅童氏の食欲も(おそらく)復活することでしょう。



2015/08/22 AM 06:38:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

お尻の下の違和感
はっきり言うが、杉並区だけが暑いわけではない。

しかし、東京杉並の建設会社社長は言うのだ。
「今年の杉並はバカ暑くて、俺は杉並を逃げ出したくなったぜ」

確かに連日伝えられるお天気ニュースの見出しを見ると、今年が暑かったのは間違いないようだ。

でも、暑いのは日本全国も同様で、地球規模で言えば、北半球の多くは記録的な暑さですから、東京目線だけで「暑い暑い」と騒ぐのは、なんだかな〜。

そう言ったら、「あんた、本当に可愛くねえよな」と顔デカ社長に笑われた。
そして、「あんたみたいな憎たらしい人は、絶対に熱中症にならないんだよな」と褒められた(?)。

顔デカ社長は、3年前と2年前に熱中症になってから、己の体力に自信が持てなくなったという。
「それまでは、夏は大好きでよお。暑くなるとメシもうまいし、酒もうまいし、毎日キャバクラ通いしても全然大丈夫だったんだがな」

どんなに暑くてもほぼ毎日現場に大きな顔を出していた顔デカ社長は、昨年からは現場視察を週に1回朝の涼しいときだけにしたらしい。

そして、現場で作業員たちが快適に働けるよう、体温チェックや水分補給などをマニュアル化して徹底させ、現場に氷柱などを置いて涼を取らせ、昨年は「現場熱中症ゼロ」を実現したのだという。

「今年は猛暑だが、今年もゼロだぜ」と胸を張る顔デカ社長。
「しかし、あんた、俺より10歳上なのに、いつも涼しい顔してるよな。俺なんか45で熱中症になったときは、もう俺も終わりかと思ったぜ」

それは、私の場合、生まれたときから終わっている人間なので、暑さに強いんじゃないですかね。

お盆休みで誰もいない会社に、顔デカ社長の笑い声が反響した。
今日は、機嫌がいいようだ。

そして、話題が変わった。
「あんた、まだ酒やめてんのか」

いいえ、一日一杯のグラスアイーンだけは認められています。
幸せでございます。

「そうか、俺はワインなんて気取ったものは嫌いでな。もっぱら焼酎なんだが、不思議なことに熱中症になってから酒も弱くなっちまってよお。もう人生に楽しみなんか、ねえよ」

顔デカ社長は、1本3万円以上するという「森伊蔵」しか飲まないバチあたりな人だ。
4年前までは、その森伊蔵の一升瓶をほぼ五日で1本消費していたという。
しかし、今では、1本空けるのに二週間以上かかるというのだ。

「悲しいことに、体が受け付けねえんだよな」

それは、受付に美人を置かないからじゃないですかね。
美人の受付がいれば、酒は進むと思いますよ。体は正直ですから。

「それ、気の利いたことを言ったつもりか。ぜ〜んぜん面白くねえわな」
笑顔で睨まれた。
迫力のある笑顔だった。

はい、おっしゃるとおりでございます。
申し訳ございません。


さて、仕事の打ち合わせも無事終わって、ケツが「帰りたい帰りたい」と自己主張をし始めたので、ケツをあげようとしたら、ケツの下の違和感に気づいた。

それほど大きな違和感ではない。
美人だと思っていた女性が、実は男性だったという程度の違和感だ。

世の中には、美女に見える男性や美男に見える女性は溢れるほどいる。
ただ、安全保障関連法案が憲法違反ではない、と非愛国的に強弁する自民党議員、公明党議員の数ほど多くはないと思うが。


話を戻して、違和感の正体は……。

差し歯2本だった。

社長のですか、と違和感を手のひらで転がしながら、顔でか社長に見せた。

「あん? 差し歯かい? 俺の歯は全部自前だ!」と、厚い胸を張られた。
48歳の男の胸のふくらみなんて見たくありませんよ。

「当然、俺んところの社員のだろうな。だが、誰が差し歯してるかなんて、わかるわけねえよな。でも、社員のだったら、俺が預かる義務はあるわな。もらっとくぜ」

しかし、差し歯を落とした社員さんは、今頃あわてているんじゃないですか。
会社で落としたとは思っていないかもしれませんね。

お盆休みを歯抜けの状態で過ごす気分とは、どんなものなんでしょうか。


「ハハハハハって笑ったら間抜けだろうな。歯抜けの間抜け、面白くねえかぁ。ハハッ」




ぜ〜んぜん、おもしろくねえわな(心のつぶやき)。



2015/08/15 AM 06:33:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

不意打ちされた日
去年までの3年間、夏は忙しかった。

では、今年は忙しくないのか、と言えば、ありがたいことに今年も忙しいのである。

なんでか、と思った。
その答えは、簡単なことだった。

イベント会社の仕事が増えたからだ。

4年前は、イベント会社との付き合いは、静岡と東京神田、埼玉桶川の3つしかなかった。
それが、一年のうちに、うまい具合に配分され、仕事が重なることは稀だった。

しかし、4年前からは、8、9、10月のイベントが増え、今その下準備が7月8月に集中している。
だから、忙しくなったのだ。

そのことに初めて気づいた愚かな私をお笑いください。

いま、得意先のイベント会社は、神田に2つ、新宿御苑に1つ、横浜元町に1つ、静岡に1つある。
その他に、イベント会社ではないが、浦和のドラッグストアから月に3回のチラシ。
テクニカルイラストの達人、アホのイナバからの怪しげな同人誌。
極道コピーライター、ススキダの知り合いの輸入ファンシーショップのポップ、杉並の建設会社の仕事が入る。

イベント会社の企画は、当地の祭りやら大学の学園祭、大学のオープンカレッジ、中古車の販売促進セール、その他その地域独自のイベントが入るから、その種類は多岐にわたる。

つまり、大変、忙しい夏を過ごさせていただいておるということでございます。
ただ、それで我が家の懐が潤っているかといえば、そうではないのでございます。

「重度の貧血」を抱えた私は、検査にかかる費用、治療及び薬にかかる費用が予想をはるかに超えて、「貧血貧乏」の状態になっております。

我が家は、これがなければ、家族4人で世界一周「(トム?)クルーズツアー」を満喫していたはずだが、その計画は泡のごとく冥王星の山々の中に消え、家族はアベノミクスを毎朝毎晩呪いながら、日々の貧しい暮らしの中で、喜びを見つけ合う努力をしているのが現実だ。


話は飛躍するが、イベント会社、といえば、京橋のウチダ氏である。

彼は私より5歳年下であるが、東京の一等地・中央区京橋で一人でイベント会社を切り盛りし、「デキる男」「イケてる男」の勲章を欲しいままに背負いながら日々暮らしている男だ。

京橋のウチダ氏は、かつて私の得意先に勤めていた男だった。
私は、彼の勤める会社に卑屈に頭を下げ、仕事を頂いていた。
そのときの担当が、ウチダ氏だった。

だが、その会社は、まもなく倒産し、ウチダ氏は京橋で独立することになった。
ウチダ氏が会社勤めをしていた頃は、たまに私に仕事が回ってきたが、ウチダ氏が独立すると、ウチダ氏は6年間で2回しか仕事を出さない冷淡な男になった。

「俺は、本当に仕事のできる人にしか仕事を出さないんですよね」

そんなことを言われてワクワクした私は、5歳年下ではあるが、ウチダ氏のことを尊敬するようになった。

私は、まるで当然のように合鍵を預かったウチダ氏の京橋の事務所に密かに潜入し、冷蔵庫のスーパードライやクリアアサヒをソファにくつろぎながら盗み、至福の時間を過ごしたのが昨年の7月までのことだった。

しかし、ある日突然酒が飲めなくなった私に、ウチダ氏の事務所は無意味な空間になりかけていた。

だが、ウチダ氏は、彼の事務所の冷蔵庫を私の大好物の「龍馬1865」というノンアルコールビールで満たし、「いつでも泥棒しに来てくださいよ」と大人の対応をするのだ。

お言葉に甘えて、今年も1回潜入した。


ウチダ氏、53歳。
私より5歳年下のイケメンの男は、実は大学の後輩だった。
しかし、そのことをウチダ氏は、ずっと伏せていた。

なんで? と私が聞くと、「だって俺、Mさんのこと、先輩って呼びたくなかったんだもん!」と無邪気に答えるのだ。


そんな愛すべきウチダ氏と、友人尾崎がオーナーの中野の立ち飲みバーに行ってみた。

カウンターにいつもいるのは、尾崎の妻・恵実の弟だった。

尾崎の義弟は、私に気を使って、アルコール抜きのクォリティの高いドリンクをいつも作って無料で飲ましてくれる義理堅い男だ。
ジョニー・デップ様を気取ったヒゲが気に障るが、タダで飲み物を飲ませてくれる男に、ヒゲごときで文句を言うほど、私は器の小さな男ではない。

しかし、似合ってないな。

壁の5分の1を占めるマイルス・デイヴィスのポスターが、タイムスリップしたような重厚な雰囲気を醸し出して、店の空気はジャズを充満しながら、確実に時を止めていた。
その「時の停止」は、ジャズファンには天国だろうが、ジャズファンではないウチダ氏には苦痛だったかもしれない。


ウチダ氏が言う。
「ジャズって、自己満足ですよね」


実は、俺もそう思っていたんだよ。
ジャズは、間違いなく自己満足の音楽だ。

でも、芸術って、そのほとんどが自己満足だよね。
その芸術家の自己満足を受け入れるかどうかで、好き嫌いが分かれるんじゃないかな。

私がそう言うと、ウチダ氏は、「ああ……」と頷いてくれた。


そして、マンハッタン・ジャズ・クインテットの「モーニン」が終わって、唐突に流れたのが、ZARDの「夏を待つセイル(帆)のように」だった。

尾崎の義弟のバーには、年に3回くらい訪れた。
その度に、この曲が流れるというわけではない。

だが、予測がつかない状態で流れるのがこの曲だった。
ジャズしか流さない店が、たった一曲、ZARDの曲を流すのだ。

歌詞を理解すれば、泣くほどのものではない。
歌詞を載せるのは権利の関係でできないが、歌詞を読んでも「泣かせる歌」ではないことがわかると思う。

だが、私は、この曲は亡き坂井泉水氏が、私の娘のために書いてくれたのではないか、と絶えず思っていた。
絶対に、坂井泉水氏は私の娘のために書いたはずだ。
絶対に、そうだそうだ、と私は確信していた。

だから、この曲を聞くと涙が止まらない。
イントロを聞いただけで、私は必ず泣くのだ。

それを面白がって、尾崎の義理の弟は、まるで意表を突くように、2年に1回程度この曲を流すことがあった。


それは、1年半ぶりの不意打ちだった。
不意打ちだからこそ、涙は止まらない。


そんな私の姿を見て、京橋のウチダ氏が呆れた。
だが、呆れながらもウチダ氏の眼にも水が溜まっているのが見えた。
そういったところも、私がウチダ氏を尊敬する理由の一つである。

「Mさん………夏帆ちゃんは幸せものですよね」

ウチダ氏のその言葉に、尾崎の義弟も無表情に眼に水を溜めた。


その曲は不意打ちだったが、3人の心に確実に「共有できる」何かを残してくれたと思う。


その「共有できる」何かは、「友」の証だと私は思っているのだが、残念ながら、ウチダ氏や尾崎の義弟が、そう思っているかどうかの自信が、「重度の貧血」に冒された私にはない。



2015/07/26 AM 06:25:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

カレシの煮付け
中年男たちが文句を言っていた。

「昔はよかった。こんなに暑くなかった」
「誰も熱中症なんかにはならなかった」
「エアコンは夜には切っていた」
「熱帯夜なんてなかった」

まだたいして暑くなっていないのに、この程度で騒ぎ始めますか。

では、あなたがたは1994年の猛暑を憶えていますか。
そのあとから、気象庁やメディアが「日射病」を「熱中症」と置き換えて騒ぎ始めたのをご存知ですが。

「知りませんよ。そんな昔のこと」

では、「昔はよかった」のその「昔」は、いつのことなんですか。

「もっと前ですよ」とアホな同業者どもが騒ぐ。

そうですか。
つまり、1994年のことを「昔のことは知らない」と言っているのに、それよりさらに昔は知っているということですね。
なかなか都合がいい記憶だ。

そして、その都合のいい記憶を司る頭脳は、もしも今年が冷夏だったら、「夏らしくないなあ」「もっと暑いのを期待していたんだが」と文句を垂れるんですよね。

などという苦言を馴染みになった吉祥寺の居酒屋で、同業者に呈していたら、突然ラジオの実況中継が聞こえてきた。

私の推測に間違いがなければ、それは、おそらく、おそらくだが、「ジャイアンツとタイガース」の試合を実況中継したものだったと思う。

お忙しいところ恐縮だとは思ったが、店長代理のシモコーベ・片エクボさんを手招きして、ここではラジオの野球中継をするようになったのですか。いつから野球居酒屋になったのですか、と聞いてみた。

「いえ、うちではBGM系も何も流さないようにしているんですけど」と、シモコーベさんが首をかしげた。
「でも、なんか聞こえますねぇ。あれ? 本当に野球だァ」

こんなことを言いたくはないんですけど、俺、ジャイアンツが読売新聞社、日本テレビの次に嫌いなんですよね。
ほぼ道端アンジェリカの乾燥したミミズと同レベルで嫌いなんです。
大人げないですが、この環境は苦痛です。

帰ります(と立ち上がる)。

「いや、白髪の旦那、ちょっとお待ちください。音源を確かめてまいりますので、少しお待ちを」

気がついたら、立ち上がった私の左腕を一流デザイナーのニシダ君がにぎり、右腕を人類史上最も馬に激似の男・お馬さんがにぎっていた。

首の長いガイコツが、キツネと馬に両手を引っ張られる図は、なかなかシュールだな、と悦に入った。
ラインのスタンプにしたら、売れるのではないかとゲスな想像をした。

すぐにシモコーベさんは帰ってきて、私に耳打ちをした。
カウンターで、一人でお酒を飲んでいらっしゃるお客さんが、スマートフォンのアプリをつけて、一人つぶやきながら密かにタイガースの応援をしていらっしゃるらしい。

そのお客さんは、タイガースの応援をなさっているんですね?

「はい、俺は生まれながらのタイガースファンだとおっしゃってます」とシモコーベさん。

わかりました。
いいでしょう。
それは、あっぱれです。
ゴーゴー、タイガース!

さあ、また食いましょうぞ!

両側のキツネと馬がズッコケ、シモコーベさんもズッコケた姿が、目の端にチラリと映ったが、私は小さなことは気にしないタチである。
運ばれてきたカレイの煮付けを食べることに集中した。

おお、なんと上品な味でしょう。
今宵は、一段と板長さんの腕が冴え渡ってますな。

「いや、それは開店前に私が仕込んだもので、ほぼ私の作品です」とシモコーベさん。

板長さんは、いずこに?

「おりません」

つまり、こんなにも美味で旨くてておいしい一品を店長代理さんが、おひとりで作ったと?

「はい」

では、レシピの方をいただければと………。
ついでに、シモコーベさんの電話番号も添えて。

「かしこまりました」

電話馬号の件は、もちろん冗談だったが、家に帰ってメモを開けてみたらビックリ、メモ書きの最後に本当に電話番号が書かれていた。

し、下心はないが、動悸が激しくなった。

かぶれない白髪染めを使いながら、一日悩んだ。

そして、髪の毛の色が、白から黒にうまい具合にシフトチェンジした頃、iPhoneが震えた。
ディスプレイの数字を見ると、シモコーベ店長代理・片エクボさんからのようだった。

しかし、しかしですよ。
私は、自分の番号を片エクボさんには伝えていない。
だから、知っているわけがない。

罠か。
ハニートラップか、と思った。

不審な電話には出ない方がよろしかろう、と放っておいたら、留守番電話が吹き込まれていた。

「悪いと思ったけど、あのとき馬の旦那に白髪の旦那の携帯の番号をこっそり聞いて今かけてます。連絡ください」

馬には、やっていいことと悪いことの区別がつかないようだ。
今度会ったときに、お仕置きとして「私は馬」の刺青を鼻に彫ってやろうかと思う。

どうしたらよかろうか、と一瞬悩んだが、時間が経った分だけ動悸が長引けば、私のノミの心臓が破裂してしまうと思ったので、勢いに任せて発信ボタンを押した。

相手は、ワンコールで出た。

「ああ、ごめんなさい。メモに電話番号書いておいたら、スケベな男ならすぐ電話をかけてくると思ったけど、まさか二日も待たせるなんて」と、いきなり非難された。

いや、まあ、あの、その、それは、つまり……。

「ようするに、面倒くさかったってことですよね」

まあ、その、あの、えーーーー………。

「まあ、いいわ! では、話を端折ってひとつだけ聞くから、真面目に答えてね」

完全に片エクボさんのペースですな。

「彼氏にプロポーズされたの!」

今までとは明らかに違うトーンで叫ばれた。
iPhoneの真ん中で愛を叫ばれたぞ。

まるで一瞬にして北斗晶氏が、ローラさんに変化したような劇的な変わりようだった。
女は、こんなにも簡単に変身できる生き物なのですね。

私なんか、ブラッド・ピット氏に変身するには、あと百年はかかるのではないかと悲観的になっているのに。

「でも、白髪の旦那から黒髪の旦那には簡単に変身できるんじゃない」

それは、どうもありがとうございます。
(ブラッド・ピットに気持ちだけ変身して低い声で)ようするに、殿方に求婚されたということですね。
そして、受諾したと。

「殿方に求婚? なかなか味のある表現ですね。
でも、返事はまだ……」

求婚されたのは?

「2015年7月8日午後8時30分ごろ」

相手の殿方のこと、お好きですか?

「はい」(ためらいも恥じらいもなく即答)

では、なぜその場でお受けしなかったのですか。
ためらった理由はなんですか。

「ああ・・・あら? そうですよね、なんでだろう? ほんとうだ、なんですぐ受け入れなかったんだろう? どうしてだろう? あれ? わけわかんなくなったぞ」

つまり、彼氏のことが好きで、実は密かに結婚も考えていた。
しかし、いざそれが現実になると、ためらうものがあるってことですよね。

「ああ、確かに、そう言われれば、そんな………」

でも、そのとき即答して、あとでもう少し考えたらよかった、と悔やむよりは、いま悩んだほうがいいのではないか、という気もしますね。
それで、相手からは返事は催促されてますか。

「いえ、特別急かされてはいないけど、あまり待たせるのもいけないかな…と」

俺はね、結婚は一生の一大事だから、よく考えましょう、なんてきれいごとは言わない。
考えたって考えなくたって、うまくいくカップルは、どんな状況でもうまくいく。

先ほどの話と矛盾するかもしれませんが、うまくいかなくなったとき、あのときもう少し考えていれば、というのは言い訳を探して、その悪い状況を自分に納得させる材料にしようとしているだけだから、賢い方法ではないよね。

俺は単純な脳細胞しか持っていないから、単純な考え方しかできない。

俺は、結婚は、イメージだと思っている。

自分が考えているイメージに、相手がはまってくれれば幸せ。
はまらなければ不幸。

そして、自分が考えている家族のイメージに、子どもたちがはまってくれれば幸せ。
はまらなければ不幸。

それ以外のものを要求しすぎるのは、俺にはとてつもない欲張りに思える。
少なくとも俺にとっての幸せは、欲の数ではない。

イメージが合う。
それだけで十分なんだ。

「イメージかぁ」
大きく息を吸ったあとで、少し間が空いてから「わかった、そのイメージ、よく思い浮かべてみる」

そうだね。
欲張りすぎないように。


「ところで、白髪の旦那の私のイメージなんだけどね」

なんでしょうか。

「あたしは、黒髪よりも白髪のイメージの方が好きだけどね」

さっき黒髪になってしまいました。
だから、あと2ヶ月お待ちください。

「うん。
きっと、あたしの結論も、その頃までには出てると思うよ」


そうですか。
では、そのときに、「カレシの煮付け」のレシピをいただきましょうか。


(自分では、うまいことを言ったつもりだったが、相手には響かなかったようで、すぐに電話を切られた)



2015/07/13 AM 06:34:35 | Comment(1) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

私の嫌いなコトバ
世間の役にたたない米食い虫のような男だって、人様に影響を与えることができる。

5年近く前、私の前に壁のように立ちはだかったのが、杉並の建設会社の顔デカ社長だった。
私より10歳年下の顔デカ社長は、顔がでかい、声がでかい、態度がでかい、すぐ怒る、自分以外はみんなバカ、という典型的な独裁者だった。

当時、仕事量が乏しかった私は、知人が紹介してくれた建設会社の仕事に、すぐに飛びついた。
ただ、そのとき、知人は最後にこう言って私に注意を促した。

「そこの社長は、癖のある男でね。業者との付き合いが長く続かないんだよ。特にデザイン関係は1年と持たないことが多い。それだけは言っておくから」

生活がかかっているのだから、躊躇している暇はなかった。
私は知人に、俺は大丈夫だから、と虚勢をはった。

しかし、内心は震えるほど怖気づいていた。

だから、打ち合わせに行くたびに、私は緊張していた。
心臓が肛門から出るのでは、と思ったほどだ。

最初の仕事は、ホームページ。
次はリフォームのチラシ。
会社のロゴや会社案内。
さらに、分譲地の宣伝用看板やチラシなど。

最初は、社長がデザインや印刷の知識がゼロに等しかったので、一から説明した。
そのたびに、「相当ハードルが高けえな。勉強すっからよ、簡単なところから段階踏んで、プリントしておいてくれねえか。頑張って憶えるからよ。だから、あんたも頑張ってくれよ」と超兵器並みの圧力で言われた。

常識のある人だったら、「はい、わかりました。頑張ります」と頷くのだろうが、常識のない私は、その言い方に、毎回カチンときた。

話の最初か最後に、当たり前のように付ける「頑張ってくれ」に、いつも引っかっていたのだ。

「頑張って」は、私が、「金を支払う」「金をなくす」「金を貸す」「金がない」の次に嫌いな言葉だ。

私は、その言葉を言われるのが嫌いだから、他人にも家族にも、その言葉を使ったことがない。
(ただし、褒め言葉としての『よく頑張ったね』は、普通に使う)

息子と娘に、ただの一度も、頑張って、と言わなかったことは、道端のカレン、ジェシカ、アンジェリカの笠地蔵に誓ってもいいくらい、自信を持って言えることだ。

その結果、子どもたちは、各地のゆるキャラ並みの「ゆるーい性格」に育ってしまったが、そのことを私は誇りに思っている。

我がヨメは、頑張れ教の信者だから、1日に3〜10回くらい、子どもたちに「頑張って」と言っているが、今のところ、私の「頑張らないビーム」の方が、その効果は強いように思われる。


大学時代、陸上競技部にいた私は、大会が近づくたびに、後輩にキレまくった。
走る前に、「M先輩、頑張ってください!」の言葉をかける奴が多いことに苛立ったのだ。

私は、その度に、こう言った。

愚か者たちよ!
俺は、君たちより、遥かに質の高い練習を積んできたのを知らないのか。
頑張った段階は、もうとっくに超えたんだよね、俺は。
そんな俺に、ガンバレっだって?

いいかい、そういうときは、いい記録をお願いします、って言うのが常識ってもんだ。
ケツを洗って、出直してきなさい!

嫌な先輩だったことは自覚しているが、このひねくれた性格は今も治らずに、四方八方に迷惑をかけ続けている。

数いる先輩の中で、私一人が、頑張るな、と言ったって、絶対多数の「ガンバレ教」の大声に勝てるわけがないのだが、死ぬまで、一つくらいは曲げない信念を持つのもいいのではないかと思って、今も続けている。


だから、たいへん怖かったのだが、仕事をいただくようになって2ヶ月が過ぎたときに、私は、顔デカ社長に言ったのだ。

その、頑張れよは、できれば、やめていただけませんか。
俺、24時間、寝ているときも「頑張っている」んで、これ以上、頑張れないんです。

頑張れ、と言われなくても、俺は必ず納期には間に合わせますから。
それに、俺は、頑張っている人間に、これ以上「頑張れ」とは言えない臆病者でもあります。

お客様ということは別にしても、俺は社長に、頑張ってください、とは絶対に言いません。
ある人の仕事を、「頑張れ」の一言で、評価したくないからです。

頑張れ、の裏に隠された「もっと」の評価は、独りよがりのものです。
俺は、人の仕事を評価するにあたって、そこまで尊大になれません。

俺は、「頑張った」「頑張らない」を人に決めつけて欲しくないし、自分も決めつけたくないんです。


怒鳴られるかと思ったが、顔でか社長は、「あんた、変わってるな。いや、面白いな。初めてだな、あんたみたいな人」と苦笑いと激しい貧乏ゆすりで、私の滅茶苦茶な言い分を受け止めてくれた。

それ以来、顔デカ社長から、「頑張れ」と言われたことはない。
どんな猛獣でも、根気よく筋を通せば、噛まれることはない、ということか。

いま、顔デカ社長と私は、不思議なほど良好な関係を築いている。

ただ、その「良好な関係」は、社員たちには、舌打ちをしたくなるような差別感を味わわせるらしく、私に対する社員たちの風当たりは強い。

「なんで、社長は、Mさんには甘いんだよ!」
「普通は、社員の方が、可愛いでしょうに!」
「一度くらい、Mさんが社長に怒鳴られるところを見てみたいな。なんか、ヘマをしてくださいよ。そうじゃないと、不公平ですから!」
「そうだよ、俺たちに限らず、ほかの業者は、みんな怒鳴られまくっているんだから!」

行くたびに、風速19メートルの逆風を浴びていた。

しかし、最近は風速2メートル程度の逆風で済むようになった。

「社長の訓示から、『頑張れ』の言葉が消えたよね」
「そうだね。『レベルアップ』『切磋琢磨』は使うけど、『頑張れ』がなくなったね」
「あれって、Mさんの影響かもしれないね」

その中で、私を一番敵視している40歳前後の女性事務員が、挑発的な目を私に向けながら言った。

「3年くらい前、社長はよく『がんばろう 日本』『がんばろう 東北』のTシャツを着てましたけど、最近は、全然着ないんですよね」
「Mさん! あの『がんばろう』も、いけないんですかぁ。なんか、おかしくないですか!」


いや、ですから、その代わりというわけではないのだけど、「立ち上がれ 日本!」と「負けるな 日本!」のTシャツを白黒2着づつプレゼントしたんですけど、着てませんか?

「ああ、確かに、現場では着てるな」
「あれって、Mさんの差し金だったの?」
「なんだよー! 社長が自分で買ったんじゃないのかー!」
「チェッ、まったく、余計なことを!」


「ムカツクーッ!!!」



今度は、風速25メートルの逆風だった。



2015/06/07 AM 06:26:01 | Comment(1) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

薄毛とスマホの因果関係
歩きながらスマートフォンをいじっている人は多い。

車のハンドルを握りながら、いじっている人もたまに見かける。
そして、自転車をこぎながら、いじっている人も意外と多い。

私めからしますと、そんな皆様のことを「神」としか思えないのでございます。

私には、できない。

そもそも、それほどスマートフォンをいじる「緊急性」を持っていない。
歩いているときにスマートフォンが震えても電話には出ないし、自転車に乗っていたら、なおさら出ない。
ゲームはやらないし、LINEは夜しかやらないと決めている。

そして、一番の理由は、一度に二つ以上のことができないという、笑えるほど不器用な人間だからだ。

歩くときは、歩く。
自転車に乗るときは、ペダルを漕ぐのが仕事。
やむをえず電話に出るときは、立ち止まらないと話せない。

歩いているときや自転車に乗っているときは、止まりたくないので、左のケツのポケットが震えても知らんぷりだ。
そうすれば、絶対に事故は起きない。

つまり、一度に二つ以上のことができる人は、私にとって「神」のような存在だ。

そして、この世の中には、そんな「神」が多すぎる。


たとえば、同業者との恒例(高齢?)の飲み会でも、最近は、スマートフォンをいじりながら飲み食いする奴が増えた。
最長老(おそらく63〜68歳)のアナログ人間・オオサワさんが最近スマートフォンを使い始めた影響が強いのだと思う。

以前は誰かがスマートフォンをいじっていたら、「なんですか! みんなの親交を深めようというときに、そんなものは必要ないでしょう! 時間の無駄ですよ!」とお怒りになっていたオオサワさん。
しかし、今では、その張本人がスマートフォンに釘付けだ。

7人の同業者中、スマートフォンをいじらないのは、人類史上最も馬に激似の男「お馬さん」と一流デザイナーのニシダくん、そして、私の3人だ。
他の平均年齢49歳のオッサンどもは、ゲームをしながら、「オッシ!」「あっ、クソ!」などと叫びながら、焼き鳥を頬張るバカどもだ。

おまえらは、「神」じゃないぞ。
少なくなった「髪」が心配な「ハゲ神様」予備軍だ。

ハゲ予備軍はスマートフォンをいじり、(今のところ)髪の毛の心配がない平均年齢46歳の3人は、スマートフォンをいじらない。

つまり、髪の毛の数とスマートフォンいじり率は、因果関係があるのかもしれない。
いまは、ハゲとは無縁の方たちも、スマートフォンをいじり続けているうちに、髪の毛が寂しいことになるかもしれない。

みなさま、くれぐれも、お気を付けください。

などと瞑想にふけっていたら、馴染みになった居酒屋の店長代理・片エクボさんが、「ねえ、白髪の旦那は、スマホやらないの?」と聞いてきた。

俺、スマホは持ってないんだよね。
私がそう言うと、「え? 今どき珍しいね。もしかして、まだガラケー?」と言いながら、焼き鳥「つくね」と「かしら」の皿を私の前に置いた。

ああ、でもね………スマホは持っていないけど、スマートフォンは持ってるんだ。

首を絞められた。

皆さん、犯罪です。
証拠写真を撮ってください。
私は、殺されようとしています!

しかし、ハゲ予備軍たちは、知らんぷりですよ。
私の命より、スマートフォンの方が大事なようだ。

まあ、スマートフォンよりも私の命の方が軽いということは、薄々気づいてはいたが。

首を絞めながら、片エクボさんが、「あらあ! 白髪の旦那、首が長いんですね。これは絞めがいがあるわあ!」と感動してくれた。

そうなんですよ。
だから、わたしのことを「キリンオヤジ」などと呼ぶ罰当たりもいるんです。

「ああ、私なら、キリン白髪オヤジって言いますけどね」

それは長すぎて、却下。

そんな風に、大爆笑の会話をしているときも、ハゲ予備軍は、スマートフォンをいじっていらっしゃる。

そんな空気とは関係なく、お馬さんが「Mさんとシモコーベ(店長代理の本名)さんって、なんか、親子みたいだよね。垣根が全然ない感じで、客と店の人の会話じゃないよね」と、ヒヒーンと鼻を鳴らした。

いやいや、実の娘との会話は、こんなもんじゃないですよ。
娘との会話は、下ネタ満載ですからね。
ここでは、俺、下ネタ封印していますから。

「ええ? 私なんか、父親と下ネタなんかできないですよ。きっと殴られます!」と、片エクボさん。

確かに、「親」だと思えば、下ネタは禁止事項かもしれないけど、私は「親」ではなく「遊び相手」のポジションですからね。
娘が幼少の頃から、私は「親」ではなく「遊び相手」だったものだから、親と子の区別はなかったんです。
我が家では、「父」という字は「乳」としか変換できないほど、二人は極めつきの「変人」だったのですよ。

ただ、同じ「変人」だとしても、その意味は明確に違っていましたけどね。

「どう違っていたんですか?」とお馬さん。

娘は、「社会の役に立つ変人」。
しかし私は、「社会の役にたたない変人」。

「どういうこと?」と片エクボさん。

たとえば、シモコーベさんが、男に立て続けに振られて、ヤケ酒を飲んだあとで、口から汚物を撒き散らしながら、道端で「愛が欲しいよお!」と叫んだとしましょう。

私の娘は、躊躇せずに「奉仕の心」で、シモコーベさんに手を差し伸べるでしょう。

「で、白髪の旦那は?」

私は、近所のホームセンターまでブルーシートを買いに行って、それをシモコーベさんに覆いかけ、四隅に重い石を置いて、世間から汚物が見えないように、永遠に抹消することを選ぶでしょう。


あれ? おやぁ・・・気のせいかもしれないが、首に手が巻きついているような気が・・・・・。

もしかして、首絞められている?


しかし、こんな切羽詰ったときでも、ハゲ予備軍はスマートフォンから目を離さないんですよ。

少ない毛をむしり取ってやろうか!



差別用語を使ったことをハゲしくお詫びいたします。


2015/06/01 AM 06:28:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

カープ、銭湯、剣道
たいへん面白い話を3つ。

以前のブログで、同業者二人の仕事がアベノミクス・スパイラルによって激減したことを書いた。
業績のいい取引先が、外部に出す仕事を調整して、同業者のところまで仕事が降りてこないようになったという話だ。

一流デザイナーのニシダ君は、全盛期に比べて仕事が半減。
初めての「冬の時代」を過ごしていた。

そんなニシダ君に、僭越ながら五流デザイナーのガイコツが、アドバイスをした。

取引先から仕事が来ないなら、取引先の担当者にお願いして、関連会社の仕事を回してもらうように、ダメもとでお願いしてみたらどうだろうか。

素直なニシダ君は、私のお節介を間に受けて、本当にお願いしてみたらしい。
すると、あら不思議。
それなりに割のいい仕事を2件いただいたという。

「センセイ、ありがとうございます」と弾む声でお礼を言われた。

そして、ついでに「俺、ジャイアンツファンやめましたから」と話が飛躍した。
ニシダ君の出身は広島。
高校まで広島で過ごしたニシダ君は、そのときは当たり前のようにカープファンだった。

しかし、東京の大学に出てくると、そこにはカープファンは少数派で、アホなジャイアンツファンばかり。
アホなジャイアンツファンは、基本的に「長いものには巻かれろ派」だ。

西田くんも同じように「長いものには巻かれろ派」だった。
当然のように、アホなジャイアンツファンの仲間入りをした。

それ以来、ずーっとアホを貫いていた。

しかし、今年は、「事情が変わったんですよ。僕の『カープ愛』を掘り起こす強烈な出来事が起きたんです。黒田投手の復帰です。そして、大勢のカープ女子の存在。ここで『カープ愛』を持たなければ、僕は何のために広島に生まれたのか、わからないじゃないですか!」と熱弁するのだ。

どちらにしても、長いものに巻かれている状態は、変わりませんがね。
きっと、黒田博樹氏が引退したら、またジャイアンツファンに戻るのが既定路線と言っていいでしょう。

ただ、いっときだけでも、アホの集団から抜け出せるのなら、よしとしましょうか。


そして、もうひとり、仕事が激減したのが、東京稲城市の同業者だ。
5年前に知り合った稲城市の同業者は、極度の人見知りで、奥さんと子ども以外の人とは、まともにコミュニケーションが取れなかったが、なぜかガイコツとは普通に取れた。

そんな人見知りくんから、昨年の春までは、私の方が仕事を貰いっぱなしだったが、今はこちらが出す側になった。
つまり、今は私が彼に恩を返している状態だ。

今回も、恩を返すために、稲城市の同業者の事務所に、自転車でお伺いした。

すると、人見知りくんに「Mさん、俺の方が仕事貰う立場なんですから呼びつけてくださいよ。俺が、そちらに行くのが筋だと思いますよ」と怒られた。

しかし、我がオンボロアパートに人を招くのは、気が引ける。
これが、極道コピーライターのススキダや死神・尾崎なら同じようにオンボロだから、家に入れても景色に同化するからいい。

しかし、人見知りくんは、この景色には似合わない。
それに、私は同業者の事務所に行く途中にある長い「多摩川原橋」を自転車で風を切りながら渡るのが好きだ。
さらに、同業者の事務所から1.5キロ離れたスーパー銭湯「季乃彩(ときのいろどり)」に行くという楽しみもある。

俺の楽しみを奪わないでもらいたい。
私がそう言うと、人見知りくんが両手で膝を叩いた。

「ああ、そうだ! これから、季乃彩に行きませんか。俺、2年くらい行ってないかもしれません。車を出しましょう。一緒に行きましょう。裸の付き合いをしましょう。いいと思いませんか」

裸の付き合い?
なんという気持ちの悪い響き!
一気にテンションが下がった。

しかし、人見知りくんは、行く気満々だった。

困ったぞ、と体が寒気に支配されていたとき、iPhoneが震えた。
ディスプレイを見ると、杉並の顔デカ社長からだった。

「ごめん、今いいか? パソコンの調子がおかしいんだが、今から来れないかな。特急料金を大幅に上乗せするからよお」

はい、わかりました。
すぐに、お伺いします。

このときほど、顔デカ社長が愛おしく思えたことはない。


最後は極道の話。

ススキダから「ランチを奢るぜ」と脅された。

断る!
ゴキブリに奢ってもらうほど、俺は落ちぶれちゃいない。
ゴキブリ仲間を探すんだな。

「そうか、俺もそろそろ仕事に飽きてきた頃だから、白馬あたりで居抜きのペンションを手に入れようと思うんだ。そのときは、おまえをシェフとして雇うつもりだが、勉強のために、質の高いビストロの味を経験しておくのもいいと思ったんだがね」

はい、行きまする。

新橋5丁目の狭いビルが林立する中の5階建てビルの2階に、そのビストロはあった。
狭いビストロだ。
キャパシティは、50人程度か。

ランチを快適に食うには、店内が少し暗い。
ススキダの醜い顔がぼやけて見えるのはいいことだが、これでは料理の微妙な色合いがわからないだろう。

所詮はシロウトの遊びか! と罵った。

「悪いな、シロウトで。これは俺がプロデュースした店だ。去年の9月オープンだから、まだ8ヶ月も経っていない。ただ、結構、繁盛してるんだがな」
鼻を膨らませるススキダ。

鼻にハバネロを詰めてやろうと思ったが、残念ながら、今日は財布にハバネロを入れてこなかった。
命拾いをしたな、ススキダ。

勝手に運ばれてきたランチは、「スズキの香草パン粉焼き、白味噌酒蒸しソースのせ」という気取ったものだった。
そして、3種類のパンが食べ放題。
それに、ヤングコーンとほうれん草のサラダが付く。

ケッと思いながら食ったが、たいへん美味かった。
舌だけではなく、鼻と目でも味わうことのできる上品な味だった。
ススキダの醜い顔が目の前になければ。もっと気品を感じたのではないか、とゴキブリを激しく呪った。

食い終わった頃、シェフ兼オーナーが白い前掛けをつけたままやって来た。
少しナヨっとしたオーナーだった。
年の頃は、29歳から47歳くらいだろうか。

そして、ススキダが、私を紹介した途端、オーナーが「ススキダさん、いいですね。この人の雰囲気。この店のフロア・マネージャーにピッタリじゃないですか。俺が夢見ていたマネージャーの姿そのままですよ」とナヨっとした声で言われた。

あん?
フロア・マネージャーだと?

はあん?
なに、ボケかましとんねん。

ススキダの顔を睨むと、わざとらしい薄ら笑いを作ってオーナーと握手をしていていた。

その姿が癇に触った私は、オーナーに失礼だとは思ったが、「美味かったです。ごちそうさま」と言って、席を立ち、そのまま店を出た。
ススキダは、追いかけてこなかった。

そのあと、日を置いて2回、ススキダからメールが来た。
「オーナーが、お前のことを気に入って、年俸・片手五本で雇いたいと言ってるぞ。良かったな」

無視をしたあとの2回目。
「おまえの値が上がったぞ。片手五本に、さらに二本プラスするらしいぞ。もう決めちまえよ」

気になったことがあったので、ススキダに電話してみた。

あのオーナーのことなんだけどな。
もしかして「男しか愛せない男」か。

すると、ススキダが即答。
「ああ、よくわかったな。そっち側の人間だ。やっぱり、おまえも、そっち側だったか」

ということは、おまえも言い寄られたんだよな。

「そうだ」

要するに、俺をおまえと同じ被害者にしようとしたわけだな。

「・・・・・・・・・・・・・・」

おまえ、俺がボクシングをしていたことを忘れたか。
至近距離から、得意の右フックをお見舞いしてやろうか。

「おまえ、俺が剣道三段だったことを忘れたか? 棒を持てば俺の方が強い。だから、抱かれちまえよ」


その日から、密かに、ご近所の元警官、剣道五段のご老人に剣道を習い始めた私だった。

メ〜〜〜〜ン!



2015/05/14 AM 06:33:01 | Comment(1) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

お馬に助けられた
「お馬さん」(人類史上最も馬に激似の男)から、ヘルプコールが来た。

メインで使っているMac Proとサブで使っているMac Bookの調子が悪いというのだ。
Mac Proは頻繁に落ちて、Mac Bookは起動さえしないという。

お馬さんは機械が苦手なので、Macの調子が悪くなると、「直してくださいませ」といきなり宅配便で送ってくることがあった。
専門の修理に出したほうがよろしかろう、と私が言うと、お馬さんは、「いや、俺はMさんの方を信頼していますので」と、私の弱点を突くキラーフレーズを言うのである。

そんなことを言われたら、直さざるを得ませんよね。

しかし、今回は、一気に2台である。
専門家に頼んだほうがよかろうに、と私が言ったら、またも「俺、Mさんを信頼していますから」と鼻息荒く言われた。

そして、「悪いんだけど、俺んちに来て直してくれないですか。急ぎの仕事が溜まってるので、ちょっと困ってるんですよ」と言われた。

お馬さんが住む、さいたま市のメガ団地は、私が5年前まで住んでいたところだ。
しかし、私は15年間住んでいたその団地に、いい思い出がない。

正確に言うと、14年間は楽しかったが、最後の1年で地獄に落ちた。
だから、今その団地を思い出すことはまったくない。

その団地を抹消したいとは思っていないが、6.24秒のバズーカで掃射したいとは思っている。

そのことは、お馬さんも承知のはずだ。
そんなこともあって、遠慮がちに「武蔵野まで車でお迎えに行きますので、お願いしますよ。Mさんに迷惑はかけませんから」と懇願するのである。

私は、面倒くさいやりとりが嫌いなので、じゃあ、浦和まで迎えに来てよ、と答えた。
浦和には得意先があるので、浦和まで行くことには抵抗がない。

浦和駅前で待っていたら、「Mさんですか」と声をかけたのは、背の低い小さなミニな男だった。
要するに、お馬さんの長男だった。

「馬二世」だが、「お馬さん」ほど馬臭くはない。
「人間」と言っても通用するだろう。

「父がいつもお世話になっています」と言われたので、「俺、動物が好きだからね」と答えた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(沈黙)。

「眠っていてください。着いたら起こしますので」

お言葉に甘えて、眠った。
そして、爆睡の真っ最中に揺り起こされた。

駐車場を夢見心地で歩いたから、5年ぶりの団地の風景はまったく目に入ってこなかった。
エレベーターの中でも宇宙遊泳の気分だった。

半分眠ったまま、お馬さんちに引きずり込まれた。
「ご苦労様です」とお馬さんに頭を下げられたので、「ごちそうさまです」と答えた。

私は、時候の挨拶やお互いの近況報告、天気の話題、菅義偉官房長官の話が苦手だし、エーケービー、ジャニーズ、エグザイルの合計人数を知らないので、すぐに作業に移った。

結論を先に言うと、Macは、壊れていたわけではなかった。
Mac Bookは、電源アダプタが断線していただけだった。
Mac Proは、ファンクションキーを打つと落ちる現象が出たが、キーボードを予備のものに変えたら、落ちなくなった。

だから、電源アダプタを取り寄せるべし、と言った。
「どこで?」と聞かれたので、アマゾンで、と答えた。

「アマゾンでないと、ダメですか」と言うので、別にユニゾンでも、クリムゾンでも、三方一両損でもいいけどね、と言った。

「サンポウイチリョウゾン?」
馬一世と馬二世が、ヒヒーンと首をかしげた。

三方一両損を知らぬとは、なんという無教養。
あなたたちは、江戸南町奉行・大岡越前守忠相殿を知らぬのか。

え〜い、頭が高い。控えおろう!
目の前のこのコーモンが目に入らぬか!

「コ、コーモン??」

いや、これはですね。
いま大学2年の娘が幼稚園の頃、志村けん師匠の水戸黄門コントで、「このコーモンが目に入らぬか!」のフレーズを間に受けて、つい最近まで、それが正しいと信じきって覚えていたんですよ。
可愛いじゃないですかぁ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(沈黙)。

えーと………じゃあ、私の役目も終わったので、帰ることにしましょうか。

「ええ! もう帰るんですか?」

これ以上、この団地の空気を吸ったら、私のコーモンは開きっぱなしになって、パンツが何枚あっても足りなくなるでしょう。
さらばじゃ!

「ああ、それならワインを持って帰ってくださいよ。いいワインが2本あるんです。Mさん、毎日1杯のグラスワインなら平気なんですよね」

グラスワインではなく、グラスアイーンですがね。

「グラスワインとして飲むには、ちょうどいいワインですから」
(アイーンを見事なほどスルーしましたな)

「ワインを持って電車に乗るのは大変でしょうから、俺が車で武蔵野まで送りますよ」
お馬さんが鼻息荒く言った。

断る理由がなかったので、お言葉に甘えた。

埼玉臭い駐車場を歩いているとき、一人のご老人に声をかけられた。
「あんた、Mさんじゃないかね」

私の記憶に間違いがなければ、その平たい顔は、ある一人の老人の悪意ある創作話を間に受けて、私の悪い噂を団地内に拡散したご老人だ。
当時70代後半だったから、今は80歳半ばにはなっているだろう。

何か言ってやろうと思って、足を一歩踏み出そうとしたとき、お馬さんに、サングラスを渡された。
「ほら、クドウさん、これ忘れてますよ。早くかけないと、紫外線は毒ですから」

言われるままに、品もセンスもないサングラスをかけた。
「ああ、さすが、背が高い人はサングラスが似合いますねえ。クドウさん、きまってますよ」

お馬さんの意図を察した私は、Thank You. You are most similar horse to human と答えた。
(ありがとう。君は人間に一番近い馬だね)

「オー、サンキュー! ミスター、クドウ」

そんな茶番のあとで、お馬さんの愛車ボルボに押し込められた。

サイドミラーを見ると、平たい顔のご老人が立ち尽くす姿が映っていた。

お尻ペンペンをしなかったことを少し後悔した。
いや、お尻ペンペンなどしたら、コーモンが開きっぱなしになってしまうだろう。
パンツが何枚あっても・・・・・・・・・・・。
(下品でスミマセン)



ただ、私は、幸せな気分も感じていた。

お馬さんが、懸命に私を守ってくれたからだ。

お馬さんに感謝しつつ、私は穏やかに眠りの世界に入った。


志村コーモン様が夢に出てきた気がしたが、それは気のせいかもしれない。



2015/05/08 AM 06:39:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

ゴミクズの呪い
ゴールデンウィーク前は、ありがたいことに、いくつか仕事をいただいた。

大急ぎではないが、休み中に進めておかなければ後で後悔を悔いるので、大まかなスケジュールをたてて、ゴールデンウィーク中に処理していこうと思っている。

しかし、そんな矢先に、明らかに邪魔な電話がかかってきた。
しかも、朝の8時前だ。
こんな非常識なことをするのは、荻窪のゴミクズだろうと思ったら、「当たり」だったので、笑った。

説明しよう。
荻窪のゴミクズとは、WEBデザイナーのタカダ君(通称ダルマ)のことだ。

WEBの中だけでしか生息できず、現実世界では何の役にも立たないし、何もできない。
仕事をして生計を立ててはいるが、パソコンの前を離れたら、お掃除ロボットに吸い込まれるのがお似合いなほど、ゴミと同化している。

「師匠! 一大事です! トモちゃんのお父さんが入院で、トモちゃんが子供を連れて実家行きです。誰もいません。カップラーメンは飽きました。俺、どうしましょ」

朝8時に聞いて楽しい内容ではない。
テンションが下がる。
だから、切ろうかと思ったが、哀れなダルマの顔を想像すると、心は全く痛まないとはいえ、このままゴミ箱に捨てるのは忍びない思いもある。

いま、ある食材を言ってみよ。

「米と卵だけです。あとはカップヌードル、カレーヌードル、シーフードヌードル、あと・・・・・」

ご馳走が作れるじゃないか。
具なしチャーハンとスープがわりにカップヌードル。
そして、チャーハンには目玉焼きを乗せよう。

豪華フルコースじゃないか。

「でも、俺、チャーハン作ったことないから! それに、具のないチャーハンは、チャーハンじゃありませんよ!」

具のないチャーハンとは言っても、一流のシェフが作れば、鉄人チャーハンになる。
贅沢を言うと、月にかわってお仕置きよ。

というわけで、お仕置きをしに、荻窪のダルマの事務所まで行ってきた。

悲愴な顔で迎えられたので、空気を和らげようと投げキッスで応えたら、「人の気も知らないで!」と怒られた。

私は常識人なので、ひとの気は知っているが、ダルマの気は知らない。
吐きそうになりながら投げキッスをしたのに、人の気も知らないで!

などとじゃれあいながら部屋に侵入し、すぐに冷蔵庫を開けた。
確かに、卵以外にあるのは、牛乳とコーラなどの炭酸類、ビールだけ。
あの料理上手のトモちゃんの冷蔵庫が、こんなに寂しいことになっていたなんて。

まさか、ダルマは捨てられたのか。
あるいは、食材を買うこともできないほど貧窮してしまったのか。
とうとう私と同じ「貧民族」の仲間入りか。

・・・・・などと考えながら、キッチンを動き回っていたら、キッチンストッカーと外国製と思われる野菜ストッカーを見つけた。
開けてみたら、キッチンストッカーには、調味料やパスタ類、レトルト食品がマンザイ、いや満載だった。
野菜ストッカーには、タマネギ、キャベツ、ナス、トマトなどが仲良く出番を待っていた。

いくら料理をしないとは言え、こんなにわかりやすいところに食材があるのに気づかないとは、ゴミクズの判断力はゴミクズ以下に成り下がったと思われる。

しかも、キッチンストッカーの目立つところには、「ダルちゃん。悪いけど、しばらくはこの中のレトルトを温めて食べてね。お惣菜はコンビニかルミネで買ってください」という貼り紙があった。

こんな目立つ貼り紙にも気づかないとは、ゴミクズは目もゴミクズ以下になってしまったのか。

ダルマに、このことを問いただすと、「だって、男子厨房に入らずって言うじゃないですか。俺、男子ですから!」と口を尖らせた。

確かに生物学的には人間の男子かもしれないが、ゴミは厨房に限らず、どこにでも入ってくるものですよ。
我が家には、よくサーキュレーターに付着していますが。

・・・・・と、どS的にいたぶるのも可哀想になってきたので、ダルマのために、朝メシを作ることにした。

レトルトは使わない。
野菜も使わない。

卵とご飯だけでチャーハンを作る。
調味料は、鶏がら粉末、塩コショウ、醤油、マヨネーズ。
スープは、鶏がらでダシを作り、塩コショウ、醤油で味を整え、よく溶いた卵を回しかけるだけ。
チャーハンに目玉焼きをのせようとしたが、卵がもったいないので省略した。

2人分の量のチャーハンをダルマは、2分5秒で完食した。

しかし、食ったあとの「美味い」のリアクションがない。
ごちそうさま、さえも言わない。

こんなゴミクズに育てたおぼえはないんだが。

と思っていたら、ダルマがiPhoneを取り出して、どこかに電話をかけ始めた。

そして、「トモちゃ〜ん」と叫んだ。
「いま、師匠が来てるんだ。ものすごく美味しいチャーハンを食べさせてくれたよ! トモちゃんのチャーハンも美味しいけど、師匠のはシンプルなのに深い味がして、すごく美味しいんだ。師匠に、味付けを聞いてみたら?」

ダルマが、iPhoneを差し出したが、私は断った。
トモちゃんがつくるチャーハンの方が、美味いに決まっている。

ダルマは腹を減らしたゴミだから、何でも美味く感じただけだ。

iPhoneから61センチ離れたところから、トモちゃんが一番! と叫んで、私はダルマの事務所から逃亡した。

そのあと、ダルマから「師匠、なんで怒ってるんですか」という留守番電話が2度あったが、無視した。


怒ってなんかないですよ。

ただ、突然、持病の不整脈が舞い降りてきたので、どこか静かなところで、心臓のブレイクダンスを抑えようと思っただけだ。

10分ほどおとなしくしていたら治まったので、小さなブレイクダンスだったようだ。

しかし、なぜ突然不整脈が舞い降りたのか。

きっと私がダルマのことを「ゴミクズ」「ゴミ」などと表現したせいだ。

どんなゴミにだってホコリはあるだろう。
そして、ゴミクズだって、人を呪う能力は持っているナッシー。

油断をしてはいけない。


だから、これからは尊敬の念を込めて、ダルマのことを「ゴミクズ大王」と呼ぶことにする。



2015/05/01 AM 06:28:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

グラスアイーンの同好会
前回のエントリーで、左手の指を怪我した話をした。

薬指が劇的に痛すぎるので、外科にコッソリ侵入したら、8針縫われた。
どSの外科医だった。
(薬指を使えなくても、キーボードは打てますよ、皆さん。だから、仲良く薬指を怪我しましょう)


ところで、仕事が一段落して、いま手元にあるのは、神田のイベント会社とテクニカルイラストの達人・アホのイナバのものだけになった。

ちょっとノンビリしましょうか。

と思っていたら、イナバからメールが来た。
「頼んだ仕事の原稿が、ひとつ間に合わない。また捏造をして欲しいんだけど」

捏造ではありません。
ゴーストです。
ご本人から文章の要旨をいただいて、それに沿って書くのだから、代筆だ。

もちろん、あとでご本人に校正をしていただく。
これを捏造とは言わない。
人聞きの悪いことは言わないでもらいたい。

ということで、イナバと毎度おなじみ調布のバーミヤンで打ち合わせ。
ダブル餃子を食いながら、まずは雑談。

「先週2泊3日で、家族でイシザキジマに行ってきたんですよ。ダイビングはしませんでしたけど、釣りマンザイでしたね」

「イシザキジマ」ではなく、石垣島。
「釣りマンザイ」ではなく、釣り三昧でしょう。

イナバのおうちは、お金持ちである。
石垣島以外にも、国内に2つ奥さん名義で別荘を所有している。
そして、海外にも1つ別荘がある。

ただ、世の中には、お金持ちに対して、異常なほど敵意と偏見を持っている方がいらっしゃる。
嫉妬が怖いので、詳しいことは省くことにする。

ひとつ断言できるのは、イナバ家族が、いい人ばかりだということだ。
だが、イナバの場合は、「いい人」というより「いい人だけどアホな人」と言った方が、正確な表現だと言える。

イナバの外見は、至ってまともだが、頭は至って不完全である。
言い間違い、勘違いが、ひどい。

たとえば、イナバに、こんなことを聞いてみた。
最近は、どんな「ジローラモ」を作っているんだい?

「いま、ちょっとスランプなんで、ジローラモは休んでいるんですよ」

おそらく他の方には通じないと思うが、「ジローラモ」とは「ジオラマ」のことだ。
イナバは、むかし私が冗談で「ジオラマ」を「ジローラモ」と言ったのを間に受けて、それ以来「ジローラモ」と言い続けている。
面倒くさいので、「ジローラモ」で通している。

手先の器用なイナバは、3年前からジオラマ作りを始めた。
ジオラマといっても、イナバが作るのは景色ではなく、コンサート風景だ。
自分が見たエリック・クラプトンやザ・ローリング・ストーンズのライブをジオラマで表現するのである。

オーディエンス(聴衆)を一つ一つ作るから、かなり時間がかかる。
だから、ひとつのジオラマを作るのに、半年以上かかる。
根気がなければできない作業だ。

アホは、根気だけはあるのだ。

今は、アホの好きなテイラー・.スウィフトのライブを再現するために、早くスランプから抜けようと「ガンケケ」のために、魚を断っているのだという。

この「ガンケケ」は、願掛け。
そして、イナバはもともと魚をそれほど食わないので、魚を断つことに意味はないと思う。

「えーと、この同好会も、もう13号になりました」
同好会ではなく同人誌。
これは大きく外れているわけではないので、ノータッチ。

この同人誌は、多摩地方の郷土史や人物に興味を持った11人の同好者が立ち上げたものだ。

1〜2号までは、他の人が組版をした。
私が、同人誌の組版をし始めたのは、3号から。
最初は、出来上がったフォーマットに流し込むだけだったから楽だったが、5号あたりから余計な仕事が増えた。

原稿が間に合わない、と泣きをいれる人が毎号1〜3人いらっしゃるようになったのだ。
商業雑誌ではないのだから、間に合わないなら延期をすればいいのでは、と思うのだが、延期はしたくないと皆さま意地を張りなさる。

俺、多摩の歴史には素人だからさ、毎回調べ物をするのが、憂鬱なんだよね。

私がそう言うと、アホのイナバが、「Mさん、何事もコックダイベンというじゃないですか。それが、いつか役に立つときが来ますよ」と言いながら、自分の餃子を二つ私の皿に移動させた。
私を励ましているつもりらしい。

だが、「コックダイベン」ではなく、それは「刻苦勉励(コックベンレイ)」であろう。

アホはいいなあ。
私も、これほどアホを極められたら、幸せなのだが。

そう思った私は、イナバに言った。
主治医の優香観音様から、一日グラス一杯のアイーンだったら、飲んでもいいとお許しが出たんだよ。

だから、俺に、グラスアイーンを奢ってくれないか。

イナバは即座に反応して、「ああ、それはおめでとうございます。グラスアイーンですね。喜んで奢らせてもらいますよ」と右手でガッツポーズを作った。

私は、こんなイナバの性格をガッキーと多部未華子さんの次に愛している。

イナバが、ベルを鳴らした。
そして、やってきた24から37歳に見えるウエイターさんに、イナバが注文したのである。

「グラスアイーンを1つ下さい」

イナバが言った「グラスアイーン」の「アイーン」のところで、私がウエイターさんに向かって、華麗に志村けん師匠の名人芸「アイーン」のポーズをした。

それを見たウエイターさんは、目を細め、まるでオオヒキガエルに遭遇したような引きつった顔で、一歩後ずさりした。

私がもう一度、「アイーン」。
それを真似したイナバが「アイーン」。

ウエイターさんは、注文を復唱することなく、我々の前から消えた。


イナバくん。
もしかしたら、この店から「デイリーキンシチョウ」になるかもしれないな。

「え! Mさん、鳥にも詳しいんですかぁ! デイリーキンシ鳥かあ、見てみたいなあ!」


こんなイナバとの会話が何よりも楽しい私は、きっとイナバと「同好会」なのだと思う。


最後に、もうひとつ、イナバくんの言動で意味不明なことを。

「俺、最近、アリモリカズミちゃんが好きなんですよ。可愛くないですか?」

そのときは、何のこっちゃ、だったが、「アリモリカズミ」でゴーグル検索をしてみたら、「有村架純(アリムラカスミ)」さんが出てきた。

これって、合っているんですかね。

アホの勘違いは、常軌を逸しているので、正解にたどり着くのが大変だ。



ただ、そんなことも含めて、私はイナバを愛しているんですがね。

(ホモじゃないですよ)



2015/04/24 AM 06:22:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

左手がマイケル
ギターの弦6本が切れた拍子に、左の指先を怪我した。

人差し指、中指、薬指だ。
痛みから察して、大したことなかろうと判断したのだが、3つの指先から血が滴り落ちるという楽しさ。

汚い雑巾で傷口を抑え、いつか止まるだろうと安易に考えていたら、雑巾が真っ赤っか。
最近、お尻以外から血を出したことがないので、うろたえましたよ。

逆上しながら、それぞれの指の根元を輪ゴムでしばって、様子を見た。
すると、あら不思議。
2分程度で、血が止まりました。

さすが、「共和」の輪ゴムは優秀でございます(共和の輪ゴム愛好者より)。

血が止まったので、絆創膏を巻きつけて仕事をしたのだが、キーボードを打つたびに快楽的な痛みを感じ、喜びまくりながら5時間キーを打ち続けた。

(嬉しすぎて泣いた)

勇気を振り絞って我が指先を見ると、バンソーコーが真っ赤っか。

めまいが。

とは言いながらも、晩メシは、いつも通り作りますよぉ。

左手に負担にならないような料理といえば、「闇鍋」です。
冷蔵庫にある野菜を手当たり次第に引きちぎって、鍋に投入。
白菜、キャベツ、長ネギ、玉ねぎ、大根、人参、椎茸、エノキダケなどの端切れを保存しておいたものだ。

これで、ダシを取る。
2時間近く煮込んだら、野菜を取り出して、藻塩で味をシャープにする。

そして、好きなものを各自適当に鍋にブチ込む。

豚バラ、豆腐、イカ、タコ、ハンペン、イワシのすり身、鶏団子、韓国唐辛子、すいとん、魚肉ソーセージ、トマト、餃子、レタス、チキンラーメンなど。
そして、最後にゴマ油を数滴垂らす。

支離滅裂だとは思うが、支離滅裂なりに華麗なハーモニーを奏でて、箸が進むのですよ。
具材は右手でちぎるだけだから、左手には、それほど負荷はかからない。

最後は、冷やメシを投入して、美味しくいただきました。
鍋物を考えた先人に感謝しつつ、完食。


次の日。
神田のイベント会社で、打ち合わせ。

私は、人に自分の弱みを見せるのを極端に嫌う変態体質なので、左手だけ、マイケルジャクソン氏になった。
まあ、左手に白い手袋をしただけなんですけどね。

ポーッ!

だが、中村獅童氏似の担当者に、簡単に見抜かれた。

「左手、怪我したんでしょ?」

ポーッ!

華麗にムーンウォークをしようと思ったが、50年間していなかったので、ムーンウォークの仕方を忘れた。
思い出をたどりながら、それらしい動きをしたら、獅童氏似に、「ああ、カズダンスですね」と言われた。

キングカズだと思っていただけるなんて、光栄なことでございます。

「でも、キングカズを侮辱したオッサンがいましたよね」と鼻息の荒い獅童氏。

それは私もヤホーのトップニュースで見出しだけ閲覧、さらにサッカー好きの息子が怒り心頭だったので知っていた。
野球界のご老人が、三浦知良氏に引退勧告をするという越権行為だ。

引退勧告なら、まだご老人の驕り高ぶりだけで済むが、ご老人の意見の根拠となっているのが、「サッカーの2部といえば、プロ野球で言えば2軍でしょ」となると、話はだいぶ違ってくる。

私はご老人と同じくサッカーには無知だが、サッカーの2部と野球の2軍が全く別物だということは知っている。
根本的な「組織の構成」が、異なる。

それを根拠に、一人の英雄を斬るなど、介護が必要なほどの「無知」だ(これは差別用語かもしれませんので、謝罪しておきます。私は傲慢なご老人とは違うので、すぐに謝ります)。


本当に、無知、無知。


私がそう言ったら、獅童氏が、「そういえば、最近の俺はムチムチの女の子が好きなんですよね。去年までは、スレンダー美女が好きだったんですけどね」と言いやがった。

すっ〜ご〜く話が飛びましたね。

そのあと、獅童氏が、10人近い人の名を挙げたのだが、私は、その方々をほとんど知らなかった。
おそらく、ポッチャリの女優さん、タレントさんなのだろう。

ただ、深田恭子さんだけは、知っていた。

ああ、いいですねえ、と私が言ったら、獅童氏が、ハイファイブを求めた。
獅童氏が右手、私は左手。

イエーィ!


(痛ッ!)



帰りの中央線の車両の隅っこで、ひとり泣いた私だった。





ところで、私はウッカリさんだ。
サーバーの使用料金が消費税分上がっていたことを知らずに、以前の料金を振り込んでしまった。
だから、ホームページとブログが止まった。

止まったとしても、誰も困っていないとは思いますが、一応謝らせていただきます。


弁解の余地もございません。
深く反省しております。


2015/04/18 AM 06:26:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

優香観音様のお許し
当たり前のことだが、こちらが仕事をドタキャンすることはないが、得意先には、ドタキャンされることが稀にある。

今回もドタキャンされた。

朝8時55分、家を出て武蔵境から中央線に乗って、阿佐ケ谷駅に着いたあたりで、iPhoneが震えたが、電車内だったので新宿に降りたってから留守番電話を聞いた。

中央区新川の得意先からだった。
「資料を全部取り替えることになりましたので、全く新しい仕事として、打ち合わせをし直しましょう。資料が揃ったら、お知らせします」

もちろん、そのことに関して、私は異議を唱える立場にはございません。
仰る通りに致します。
ただ、昨日のうちに電話をしていただけたらよかったのに……とは思いましたが。

いま、慌ててやらなければならない仕事はない。

これは、神様が、休め、と言っているのかもしれない。

じゃあ、まずはどこかの吉野家さんで、朝定食でも食いましょうかね。
朝は、でかいネギ味噌オニギリ1個を食ってきたが、まだ全然足りない。

納豆定食を食ってから、そのあとのスケジュールを考えましょう。
新宿駅で降りて、吉野家さんに入ることにした。

しかし、すぐに気が変わった。

小諸そばの看板を見てしまったからだ。

ある時期、「太ろう、太らなければ、太ってやるんだから」という欲求に凝り固まっていたとき、小諸そばの二段かき揚げ丼をよく食った。
もちろん、二段かき揚げ丼などというのはメニューにないのだが、無理にお願いして作ってもらったのだ。

ご飯にツユを大量にかけたあとで、掻き揚げを二つ乗せてもらった(掻き揚げにツユをかけると、フニャフニャになってしまうので)。
厨房のお兄さん、オジさん、オバちゃんからは、毎回のように、「えー!(面倒くせえな)」というリアクションをいただいたが、結果的に要望は叶えてもらった。

今回も、それをお願いしてみようかと思った。
今回は、二段を要求しなかったが、ツユだくで、とお願いした。

「えー!(面倒くせえな)」
露骨に拒否反応は示さなかったが、眉間にシワはよっていた。

申し訳ございませぬ。
美味しくいただきました。

満腹でございます。

腹が満ちたら眠くなるのは、人間であらせられる聖徳太子様でも同じ。
聖徳太子であらぬ我など、况んや凡夫においておや(なぜ古文?)。

ということで、どこかで睡眠天国に溺れようかと思った。
デイユースのホテルを思い浮かべたが、新宿のホテルは高そうなのでやめた。
そして、どうせ眠るだけなら、インターネット喫茶でもよかろう、という安易なことを考えた。

新宿には、インターネット喫茶が多そうだが、混んでいる帰宅時の中央線に乗りたくなかったので、武蔵境駅まで戻ることにした。

武蔵境近辺には、国際基督教大学(佳子さまご入学)、亜細亜大学、武蔵野大学、日本獣医生命科学大学、ルーテル学院大学などがあって、若者が多くいるにも関わらず、インターネット喫茶が1店舗しかなかった。

私は、その1店舗がいつも気になっていたのだ。
だから、そこに入った。

禁煙のフラットシートが空いていたので、それを選んだ。
180センチの私にとって、膝を曲げなければ横になれない空間は窮屈だったが、こんなことで文句を言う大人にはなりたくない。

おとなしく眠った。
3時間のつもりだったが、5時間半眠った。

パソコンも使わず、漫画も読まず、無料のドリンクも飲まず、ただ眠っただけで、インターネット喫茶を出た。
そういえば、過去4回ほどインターネット喫茶を利用したことがあるが、睡眠以外のことをした記憶がない。
この利用方法が正しいのかどうか、私には自信がない。

外の空気を吸ってすぐ、昼メシを食っていないことを思い出した。

午後5時10分前。
昼メシを食う時間帯ではないが、自分が昼メシだと思えば、それは昼メシだ。

「すきっぷ通り」に、「餃子の満州」があったのを思い出して、入ることにした。
店内は5時前ということもあって、客は2人だけだった。

そして、そのうちの一人が、偶然にも顔見知りだった。

しかも、その方は、私の主治医の優香観音様!

まさか、こんな場末の餃子専門店で、お会いできるとは。

先方も私に気づいて、会釈をしてくれた。
そして、その仕草に、私は気を失いそうになったのだが、テーブルの向かいの席を指し示して、「よろしかったら、どうですか?」とまで言っていただいたのである。

半分気を失いながら、前の席に腰を下ろした。
気を失っていたせいだと思うが、私は優香観音様に、「ダブル餃子定食、スープ抜きで」と注文してしまったのだ。

優香観音様は、お怒りにならずに、「わかりました」と言って、店員を呼んで、注文してくださった。
自分のした無礼に気づいたとき、顔が赤くなった。

しかし、そんなことはまったく意に介さない医者の顔になって、優香観音様が「体調は安定していますか」と聞いてきた。

一ヶ月に一回、受診しているが、最近の数値は、ほぼ正常範囲内を維持していた。
「おかげさまで、20キロ走れるまで回復しました」と答えた。

優香観音様が、「Mさんは、感心するくらいストイックですからね」と言った。

私は、理由があって、ストイックを母親のお腹の中に忘れてきた人間だが、ここでそれを否定したら、優香観音様の機嫌を損ねるかもしれないと思ったので、にこやかに、ありがとうございます、身に余るお言葉を頂戴しまして、と答えた。

そして、頭を下げたついでに、優香観音様がお食べになられているものを観察した。
かた焼きそばと生ビール。

な、生ビール!
5時前から、生ビール!

私の顔が、羨ましさ全開に見えたのだろう。
優香観音様が、少しばつの悪そうな顔になって、上目遣いで私を見た。

美女の上目遣いはいい! ということを発見した。

その上目遣いのまま、「あれ……ですね。Mさんは、意志が強いので、一日ワイン一杯くらいなら、もう飲んでも大丈夫かもしれませんね」と言った。

その「いっぱい」は、「a lot of」ではなく、「one cup of」の方ですか?

「それは……もちろんです」

2015年4月3日、午後5時7分、主治医でおわす優香観音様から、お許しが出た!


ということで、先週の土曜日から、毎晩グラスワインを1杯、体内に注入しております。

私は、理由があって、「意志の強さ」を母親のお腹の中に忘れてきた男だが、今回の優香観音様の言いつけだけは守ろうと思っている。

晩メシ前に飲むグラスワインが喉を通るときの幸福感、爽快感は、まるで赤い色をしたブドウ味のアルコールが、喉を通っているような感覚だった。


晩メシの「長崎トルコライス」が、美味でございます!




2015/04/06 AM 06:28:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

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