Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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あんらまあ! の朝
胸騒ぎというほど大げさなものではないが、私の脳細胞の一部に、何かが来た。

だから、朝の8時過ぎだったが、電話をした。
WEBデザイナーのタカダ君(通称ダルマ)の携帯にである。

私は、基本的に夜の9時から朝の9時までは、よそ様に電話をしないというポリシーを持っている。
なぜなら、私がその時間帯に電話をされたら、キレるからである。

非常識なことをするな、このバカちんが!

私の知り合いは、そんな罵倒を何度か受けているから、その時間に用があるときは、必ずメールでお伺いを立ててくる。
そこまで教育するのに、かなりの時間を要した甲斐もあり、最近では無礼者が少なくなった。

喜ばしいことだ。

しかし、今回、そのルールを私みずからが破って、ダルマに電話をしてしまったのだ。
2月6日午前8時6分。

胸騒ぎの腰つき〜〜〜〜がしたからだ(チョットわかりづらいでしょうがサザンです)。


電話に出るなり、ダルマが、「ああ、師匠! もう4時間です」と泣いた。

主語と述語を無視して、いきなり数詞ですよ。

4時間と言われて、皆様は、何を思い出すだろうか。

私には、今年の正月開けに、静岡の得意先に年賀の挨拶に行ったとき、下腹の痛みに耐え、挨拶を終えて静岡駅のトイレに駆け込んだが、どれもふさがっていたので、我慢しながら新幹線に乗り、新幹線のトイレに駆け込もうとしたら、生存競争に負けて、さらにトイレの前で20分待たされたあと、やっとこさで用を足した、あの長い4時間のことしか思い出せない。

つまり、ダルマは、あの4時間のことを言っているのか?

おそらく、そんなことはない、と思う。

ダルマが言う。

「今朝の4時前から、もう4時間ですよ。まだ、産まれません!」


やはり…………。


予感は当たった。
2人目をご懐妊した、ダルマの奥さん、微笑みの天使・トモちゃんの目出たいニュースが、テレビやネットのニュースで、まったく報道されない。
おかしいと思っていたのだ。

もう、産まれてもいいはずなのに……。

パンダやキリンや象、カピバラの出産のニュースは、すぐ報道されるのに、トモちゃんの出産が報道されないなんて、日本のマスメディアはいつからこんなに偏向したのだ。

けしからん!

ずっと、そう思っていた。

君たち……生命の価値は、平等なのですぞ。
なぜ、トモちゃんの出産を報道しない?
バカちんが!

と思っていたら、とうとう来ましたか。

「師匠! いつ産まれるんですか! どうしますか! どうなんですか!」

声が上ずっていて、狂気を含んでいた。
だから、落ち着かせるために、囁くように言った。

「俺が行った方がいいのか! どうなんだ?」

0コンマ1秒の沈黙もなく、「お願いします」というダルマの声が聞こえた。

可愛い弟子のために、私は東京武蔵野吉祥寺の産院まで、辺りに気を配りつつ、自転車を高速で走らせた。
8時43分に到着して、受付でダルマの名前を出したら、受付の方に「4分前に、産まれました」と言われた。

な、難産でしたか? と聞いたら、「そうでも、ありません」という冷静な答えが返ってきた。
拍子抜けして脱力したまま、分娩室前のソファに座った。

ダルマ・ジュニアの泣き声が微かに聞こえた。
その他に、変なオッサンのみっともない泣き声も聞こえた。

天使の泣き声と妖怪の泣き声。

悪魔の館に迷い込んだような錯覚に陥った。

気を落ち着かせるためにiPhone 5sの待ち受け画面を見た。
アオコブダイが、悠然と泳いでる画像だ。

間抜けなオッサン面に、癒された。
私も、こんな間抜けなオッサン面になりたいものだ(もうなっているという噂もあるが)。

そんなことを考えていたら、アオコブダイよりも遥かに間抜けなオッサン面が、分娩室から出てきた。
普通、こんなときの涙というのは、美しく感じるものだが、アオコブダイ以下の生物の涙は、美しくなかった。

こんなオッサンには、なりたくないと思った。

その醜いオッサン面が、「師匠! お、お〜んなの子です!」と言って、私の両手をつかんだ。

そ、そうか………もちろん、奥さん似であろうな。
そうでないと……オッサン面の女の子など、あらかじめ20万ドルの入札金を払わなければ、人間界にポスティングされないぞ。

「だ、大丈夫です。トモちゃん似です。俺に似ているのは、毛深いところだけです」

それは、それで可哀想な部分も………。


分娩室前のソファで、ダルマに呪いの言葉、いや祝いの言葉をかけているとき、看護師さんが、早足で通りかかった。
「あら、おじいさまですか。中でごらんになったらいかがですか?」

お、おじいさま?
若干白髪染めの効力は落ちてきたとはいえ、一昨日得意先の新人君から、本当の年齢より12歳若く見られたばかりだ。
あれは、夢だったのか。

だいたい、私とダルマは19歳年が離れているが、見た目は6歳離れているようにしか見えない、といつも言われてきた。
たしかに、19歳差の親子は、掃いて捨てるほどいるだろうが、こんな男の父親にはなりたくない。
トモちゃんの父親に間違われるなら、我慢できるが。

だから、こう答えた。

こいつとは、何の関係もありません。
ただの通りすがりのものです。
お気遣いは無用です。

看護師さんは、「あんらまあ!」と口をO(オー)の形にしたまま、分娩室に入っていった。

陣痛が始まった妊婦さんが来たことを医師に知らせにきたようだ。


どうやら、私の役目は済んだようなので、私は立ち上がった。

タカダ君、おめでとう。
お祝いはまたの機会にするとして、今日は、父親の気分をタップリと味わいたまえ。

「えっ? トモちゃんと赤ちゃんには、会わないので?」


俺は、君のその幸せそうな(ブサイクな)顔を見ただけで、充分だよ。


私がそういったら、ダルマは、アオコブダイ以下の顔を私の肩に押しつけて号泣した。

そのとき、分娩室のドアが開いて、先ほどの看護師さんが、その異様な光景を凝視。

そして、口をO(オー)の形にして、「あんらまあ!」。


帰り道、自転車に乗っている間中、「あんらまあ!」が、耳から離れなかった。





何はともあれ、ダルマ、おめでとう(号泣)。




2014/02/07 AM 06:26:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

アシダマナガイナイ
同業者との新年会。

日本テレビドラマ「明日、ママがいない」の話題が出た。

そのとき私が、「明日、ママがいない」は、「芦田愛菜がいない」に聞こえるよね、と言ったら、みんなから「なに言ってんの? ドラマが非常識だって話をしているときに、ふざけたこと言わないでよ」と怒られた。

そうですか。
我が家族と、我が家に頻繁に晩メシを食いにくる高校3年の娘のお友だち全員が、そう聞こえたと申しておるのですが……。

「それは、耳がおかしいんですよ」とマジギレされた。

そうですか。
私は、日本国民の49パーセントが、そう聞こえていると思っていたのだが、同業者は、残りの51パーセントの方だったのか。

で、皆さんは「芦田愛菜がいない」は、観ておられるのですか?

「明日、ママがいない!」
また、マジで怒られた。

「あんなの観ていませんよ。最近のドラマは、つまらないですからね。『半沢直樹』と「あまちゃん』以外は、時間の無駄です」
「そうそう、昔のドラマは良かったのに、最近は………(フェイドアウト)」

耳のスイッチを切ったので、あとの会話は聞こえなかった。
(見ないで番組批判をするなよ。それでは、騒ぎに参加したいだけの一部のネット住民と…………フェイドアウト)


ここで、話が脱線する。

大学時代の友だちで、在学中に劇団に入っていた男がいた。
劇団の劇にも出るし、遊園地のヒーローショーで、怪獣の着ぐるみを着るアルバイトをすることもあった。

テレビにもエキストラで出ていたし、東映の映画にも、4、5本出演したことがあった。
どれも、ヤクザ映画のチンピラ役だ。
セリフを貰えることもあったし、出てすぐ殺されることもあった。

彼は、いま三重県で親の会社を継いで、社長様の椅子に収まっている。
家のエクステリア(外装)の会社だ。

その彼が、大学時代、夏休みや正月に帰省する度に、まわりから白い眼で見られたというのだ。
中学や高校時代の仲間からは、からかわれる程度で済んだが、近所の年輩の方たちからは、「親不孝もん!」「親に心配かけて、東京でなにやってるんだ」「ヤクザもんに成り下がって!」と怒られたというのである。

要するに、年輩の方たちは、彼がヤクザ映画でチンピラとして出ていたのを観て、現実とフィクションを混同し、彼がほんまもんのヤクザになったと思っていたというのである。

帰るたびに「恥さらしが!」という目線を浴びたこともあって、彼は大学3年以降10年以上、故郷に帰ることをためらった。
東京で名の知れた大学に通い、自分の好きなことをして大学生活を謳歌していたのに、故郷には居場所がなかったというのである。


ほんまかいな、とそのときは思ったのだが、私の義母(ヨメの母親)が、恋愛ドラマを見ると、男女の俳優が本当に付き合っていると毎回勘違いしていたことがあった。
その俳優たちが既婚だったりしたら、「何してるの! 家族がいるのに、あんな風に不倫して! 非常識にもほどがある!」と毎回怒っているのを見て、彼の言い分を信じるようになった。

世の中には、現実とドラマの区別のつかない「ドラマ素人」が現実にいるのだ。

彼らの脳の仕組みが、どうなっているか、私は脳科学の専門家ではないので、よくはわからない。
ただ、彼らの頭の中には、「どうしても譲れない正義」というのがあって、その正義に反することをしたら、異常に反応するのではないか、と私は思っている。

現実であろうが、ドラマであろうが、その正義に反したら、許してはおけない。

大抵の人は、「ドラマなんだから」で済んで、観終わったら、脳をリセットする。
しかし、リセットする能力の乏しい人は、その内容をいつまでも引きずって、現実に戻れない。

そして、言うのだ。
「ヤクザになんか成り下がって、けしからん!」
「妻子がいるのに、なに不倫してるのよ!」


話を戻して………、私は「明日、ママがいない」の第1話は観た。
2話以降は、録画してある(まだ観ていない)。

1話を見た感想を言わせてもらえば、芦田愛菜ちゃんと他の子役の皆様方の演技が、迫真のものだったので、何度も全身が鳥になった。
いや、鳥肌が立った。

この子たちは、役柄になりきっているな、と思った。

だから、リセットする能力の乏しい人たちは、ドラマを引きずるのは当然かもしれないと思った。

制作側が、何を意図して作ったのかは、1話を観ただけでは、わからない。
おそらく、最後まで鑑賞しないとわからないだろう。

しかし、リセットする能力の乏しい人が、ドラマに意義を唱えるなら、制作側は、たとえ少数意見であっても聞かなければならないだろう。
なぜなら、たとえ一部の人に対してだけだとしても、影響力があったのだから。


ただ………私は、ドラマは、すべてドラマの世界だけで完結する、と思っている。


その定義が理解できない人は、現実とドラマを混同させて、人の感情を過保護にシャットアウトしようとするだろう。
そのドラマを、なかったことにしてしまえば、楽だから。


そして、天才的な演技をした子役たちには、「負」のイメージだけがついて、演劇活動がリセットされることもあるかもしれない。
子役たちのためにも、ドラマは完結して欲しいと思うが、権限を持った特定の大人たちは、それを許さないかもしれない。


ドラマが世間に与える影響力は否定しないが、誰もが「非常識の常識」を振りかざして、同じ方向を向いて「否」しか言わない世界は、私は嫌だ。
嫌悪する。


ドラマに否定的な人は、「あんな子どもはいない」「あんな施設はない」「あんな職員はいない」「あんな言い方はしない」「現実的ではない」と言う。

わかっているではないか。

だって、ドラマなのだから。
現実的でないのは、当たり前だ。

空想の空間をドラマは表現しているだけだ。

現実世界に、「のだめ」はいないし、「半沢直樹」もいない。
「同情するなら」と叫んだ「家なき子」もいなかったんですよ。
「女王の教室」の問題教師・阿久津魔矢だって、最後には生徒たちから許されたが、悲しいことに彼女もいなかったのだ。


ドラマが「誤解」を与えるかもしれないが、「空想」がもたらす「誤解」は、「空想」が前提のものだ。
それを「空想」だと気づかせるのが、「まともな大人」だ。


「あれは、ただのドラマだ。あれは、画面に映る空想に過ぎない。君の知っている世界に、あんなものはない」と教えるのが、常識人の役目。
そして、害があると感じるなら、見せなければいいという「役目」もある。
だが、力づくで闇に葬る「権利」は、誰にもない。


そして、私はこうも思うのだ。

決して、視聴者を馬鹿にしてはいけない。

リセットする能力の乏しい人だって、長い時をかければ「現実」に舞い戻ってくる。
だって、彼らは、現実世界に生きているのだから。


私の大学時代の友人は、三重県で、リセットされた人々によって、当たり前のように社長であることを認められている。
繁盛しているようだ。


「更生した人」として、地域の人から尊敬されている。



別に「更生した」わけではないが、彼は現実世界で、まわりの人に、いま強く必要とされている。



2014/02/01 AM 06:28:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

スーパー銭湯でお年玉
スーパー銭湯ばかり、行っている。

中毒になったかもしれない。

きっかけは、昨年11月だった。
稲城市の同業者に、仕事をいただきにいったとき、原稿の一部が足りなかった。

そこで、同業者は、「今からクライアントのところに取りにいって、帰りにMさんの家に原稿を届けます。手間をおかけして申し訳ありません。2時間くらいで届けますから」と恐縮しながら言った。

超特急の仕事だったので、原稿が揃わないと納期に間に合わない恐れがある。
稲城市の同業者は、かなり慌てていた。

しかし、家で待っても、ここで待っていても大して差はないから、2時間程度だったらここで待つよ、と私は答えた。
そのとき、恐縮しっぱなしの同業者は、「ああ、だったら、近くにスーパー銭湯があるので、そこで暇をつぶしてくださいよ」と提案したのである。

そのときの私は、スーパー銭湯に行ったことがなかった。
だから、その話にすぐに乗った。

同業者が、バスタオルとフェイスタオルを貸してくれるというので、遠慮なく借りて、同業者の事務所から自転車で3分程度のスーパー銭湯に行ってきた。
稲城温泉「季乃彩(ときのいろどり)」である。

岩盤浴を利用しなければ、料金は700円。
岩盤浴が500円だから、岩盤浴はパス。
いつか大金持ちになったら、入ることにしよう。

露天風呂やらジェットバスやら、サウナ、石釜風呂など12種類の風呂が楽しめた。
これで、充分。

全部の風呂を試したら、アッと言う間に1時間半が経ってしまった。

館内放送でお呼出を受けたので、慌てて服を着てロビーに行ったら、同業者が片手に持った原稿を持ち上げて待っていた。
意外と早かったな。
もう少し堪能したかったのに。

同業者が、「火照った体で自転車をこぐのは大変でしょうから」と自転車を車の後部座席にぶち込んで、東京武蔵野のオンボロアパートまで送ってくれた。

そのとき、スーパー銭湯に詳しい同業者から「Mさんの家のそばにも『おふろの王様』というのが、あったはずですよ」という情報を教えていただいた。

それは、知りませなんだ。
なんせ、スーパー銭湯デビューをしたばかりですがゆえに……。

家に帰って調べてみると、オンボロアパートから3キロほどのところに、確かに「おふろの王様」というのがあった。

自転車だったら15分程度だ。
隣みたいなものではないか。

ということで、昨年の11月から、週に一度の割合で「おふろの王様」に通っている(会員価格750円)。
稲城市の同業者のところに行ったときは、帰りに「季乃彩」に必ず寄る。

たいていは、「おふろの王様」の駐輪場に自転車を置いたまま、小金井公園までランニングで行き、中を10キロほど走り、その帰りに湯に浸かって、自転車で帰るというルーチンワークになる。

みなさま、これが、極楽なのです。

ランニングで開いた毛穴に、温泉がジワーっと浸透していくのが、毛細血管を通じて感覚として伝わってくる。
一時間、風呂を堪能してから、自転車の前かごに入れておいたクリアアサヒを、屋根付きの駐輪場の隅っこの風が届かない場所で飲むとき、ああ、俺は日本人に生まれてよかった、と大粒の涙をこぼすのも、最近の私のルーチンワークだ。


今年の1月3日には、家族で「おふろの王様」に行った。
大金持ちを気取って、行き帰りにタクシーを使った。
たいへん好評だった。


そして、昨日、大学時代の友人、カネコの娘ショウコと「おふろの王様」に行ってきた。

25歳人妻。
二人の子持ち。
大学院の3年生。
私に対してだけ、暴力的になる恐ろしい女だ。

ショウコのことは、6歳の頃から知っていた。
カネコが結婚した相手に、ショウコという6歳の連れ子がいたのだ。

私は、ショウコをまるで我が子のように可愛がったから、ショウコは「大きくなったら、サトルさんのお嫁さんになる」と目を輝かせて言ったものだ。
しかし、そんな約束は、安いティッシュペーパーのように簡単に破られて、ショウコは18歳で結婚した。

だから、女の約束は、当てにならないのだ。


その当てにならない女と、なぜ「おふろの王様」に行ったかというと、ショウコの夫のマサが、「たまには息抜きで、M先輩と食事してきたら」という嫌みなほどのいい旦那ぶりを見せたからである。

ショウコからの威圧的な「メシ奢れ!」の電話に一瞬震えた私だったが、その震えを誤魔化すように、裸の付き合いをしようぜ、と答えた。
完全にセクハラだが、’電話だから、殴られることはない。
あとで殴られるかもしれないが、とりあえず今は安全だ。
だから、強気で言った。

どうだい? 新年早々、裸の付き合いもいいもんじゃないか!

すると、ショウコが、いとも簡単に「いいよ」と答えたのである。
そして、「近所の温泉に行くんでしょ。行ってあげてもいいよ」と続けた。

そうだった。
ショウコは、私がスーパー銭湯にハマっていることを知っていたのだ。

一本とられましたな。


ということで、ショウコと「おふろの王様」。
と言っても、ここは悲しいことに混浴ではないので、風呂は別々に入る。
(9歳頃までは、カネコの家で一緒に風呂に入ったものだが、25歳はさすがに難しいお年頃だ。残念)

ひと通り、お風呂を満喫したショウコ(別料金の岩盤浴も体験したらしい。私はまだ岩盤浴デビューしていないのに!)と、あらかじめ決めておいた休憩所で落ち合った。
畳敷きの休憩所である。

会うなり、ショウコが優しい声で、「サトルさん、うつぶせに寝てみて。マッサージしてあげるよ」と、まるでトラがアメリカンショートヘアーに変身したような不気味さで言うではないか。

怯えながら、背後に注意を配りつつ、うつぶせになると、本当にショウコがマッサージをしてくれた。
しかも、これが、うまい!

私は基本的に肩こりがない体質なのだが、猫に生まれてしまったせいで、猫背である。
だから、背中にたまに凝りを感じることがあった。
その凝った部分をショウコは的確に指で探り当てて、揉み解してくれるのである。

まさか、マサにも、まさに、このようなことをしているのか?

「そうだよ。毎日やってるよ。大事な旦那様だからね」
そんなことを照れもせずに言えるのだから、ショウコも図々しくなったものだ。

「サトルさんのお嫁さんになる!」
目を輝かせていた、あの頃が、なつかしい。

ああ………しかし…気持ちがいい。
極楽じゃあ!


だが、その極楽は、長くは続かなかった。
ショウコに、肩甲骨の下の部分を強く押されたからである。

何のツボか知らないが、私の体は、一瞬でエビぞり、海老蔵になった。
海老蔵氏が、歌舞伎で見栄を切るような顔で、悶絶した。

グワっ、ぃたたたたたたぁ〜〜〜〜〜あっあっあっ!

悶絶し終わったあとに、耳元でショウコの声が聞こえた。

「お年玉を忘れてるでしょ。私と私の二人の子どもの分! 正月を過ぎたからって、お年玉に期限はないんだからね!」

も、もちろん、持ってきておりまする。
あとで、渡すつもりでございました。
ほ、本当でございます。


食事処で、ラーメンを食う前に、3人分のお年玉を渡した。

お返しに、ショウコが私の子どもたちへのお年玉2人分をくれた。

ショウコに渡すお年玉さえなければ、2対2でイーブンである。
それなら、損をした、という気分にはならない。
しかし、いまだに、3対2。


俺は、いつまでショウコに、お年玉をあげればいいんだ?

私が、怯えながらそう呟くと、完全スッピンのショウコ(ソバカスが目立つなあ)が生ジョッキを呷ったあとで、口の回りについた泡を拭おうともせずに、こう言ったのだ。

「サトルさんが、死ぬまで!」


そして、こうも言った。

「だから、死なないでよ!」




これって、喜んでいいのか………?



2014/01/10 AM 06:26:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

クリスマスイブにナンテヒダ
極道コピーライター・ススキダから「俺のおごりで忘年会をしようぜ」と言われたとき、寝不足から来る幻聴かと思った。

だから、悪いな、もう一度言ってくれ、と言った。

「忘年会をやる、俺のおごりだ」

おまえ、精神科にでも行ったか?
心がイケメンになったじゃないか。

「俺は、おまえに世話になったつもりはないんだが、レイコ(ススキダの奥さん)が、おまえにお世話になったから、ぜひ、と言うんだ。俺は、女房の希望はすべて叶えるようにしているんだ。紳士だからな」

今年ススキダから入ってきた輸入雑貨店のPOPの仕事のとき、間に入ったのがススキダの奥さんだった。
彼女が、仕事の段取りをするのは初めてだったから、初歩的なことから教えた。
そのことを、世話になった、と言っているのだと思う。

いつも思うんだが、おまえと奥さんは、本当に同一生物なのか。
おまえの血液は、何色をしている?

「綺麗な透明だ。俺の心と同じように」

じゃあ、透明人間と忘年会はできない。
断る。

「本当か」

嘘だ。

だが、知っているように、俺は高級なものを食うと下痢をする上品な体質をしている。
だから、場所は庶民的な居酒屋にしてくれ。

「わかった。庶民的な店で、個室のあるところを探そう」

個室?
個室に連れ込んで、俺に何をするつもりだ。
俺は、怖い顔の生物が、宇宙で一番嫌いなんだ。

「なあ、このコントは、いつまで続くんだ?」とススキダ。

俺の人生の残りの台本は、あと37ページだ。
少なくとも、それまではコントが続く。


なぜなら、俺の人生が、コントだからだ!


電話を切られた。

まだ、日時も場所も、決めてないんですけど………。

と思っていたら、夜ススキダから、日時と場所を知らせるメールが来た。
メールの最後には、「宇宙一面倒くさい男へ」と書いてあった。

私の称号が、また一つ増えた。


高校3年の娘とヨメが、K−POPアーティスト、SHINEEのコンサートに行き、息子が苦情応対のアルバイトをしていたクリスマスイブ。

場所は、新宿歌舞伎町の海鮮居酒屋。
一見したところ、結構高級そうな店ですぞ。

お腹が痛くなってきた。

お腹を押さえながら、案内された個室に入ると、ススキダと奥さんだけだと思っていたのに、他に3人いた。
一人は、20代半ばの女性。
それに、30歳くらいの筋肉質のガイジン。
そして、1歳半くらいのハーフの可愛いガキ。

予期せぬ状況に、本当にお腹が痛くなって、挨拶もせずに、トイレに駆け込んだ。

スッキリしたら、気持ちが落ち着いて、ガイジンでも宇宙人でも何でも来やがれという気分になって、大胆に個室の戸を開けた。

ドン!

あまりの音の大きさに、ガキが泣き出した。

ソーリー、ソーリー、アベソーリ、と言っても泣き止んでくれなかった。

ガイジンに、ガキをひったくられた。
怒っているものと思われる。

もう無理! と思って帰ろうと思ったら、ススキダに心を見透かされて、「逃げるなよ!」と命令された。

この野郎、俺は、おまえより二つ年上だぞ、もっと年上を尊敬しろ。
逮捕するぞ。

「逮捕されるのは、おまえだ。
ブライアンは、カナダで警察関係の仕事をしている。
今日は、歌舞伎町のブタ箱に泊まって、明日はバンクーバーの刑務所だな。
ああ、パスポートはいらないからな」

また、腹が痛くなってきた。

しかし、どんな状況でも、悲劇を喜劇に変えるのが私の台本だ。

「シェー」をした(若い人はご存じないかもしれないが、赤塚不二夫先生のマンガのギャグです)。

その結果、ガキが泣き止んだ。

そして、忘年会の間、なぜか私にベッタリだった。
「シェー」が好きなガキのようだ。

20歳半ばの女性は、ススキダの娘さん(奥さん似で良かった、ススキダに似ていたら……)。
ボストンの大学を経て、カナダの企業に入社。
バンクーバーでブライアンと知り合って、2年前に結婚したという。

ススキダの娘が結婚したのは聞いていたが、まさか、ここにいるとは思わなかった。
まだ、心の整理ができないんですけど………。

ちなみに、ススキダ夫妻は、今の国籍は日本だが、ススキダは日中の混血。
奥さんのご両親は、二人とも香港在住の中国人だ。

だから、二人とも、日本語、広東語を話すし、英語も話せる。
つまり、トリリンガル!

ススキダの娘さんは、日本語と英語のバイリンガル。

で、ブライアンは?

英語の他に、フランス語少しと日本語チョット……らしい。

インターナショナルなご家庭である。


無駄だと思ったが、私は、どことどこのハーフだ、と考えてみた。

おそらく、ガイコツとキリンのハーフだ。
だから、ガイコツ語とキリン語、日本語が話せるトリリンガル!
我ながら、たいしたものだ。

これも無駄だとは思ったが、俺はガイコツ語とキリン語が話せる、と一応言ってみたら、みんなの顔が一瞬で引きつった。
ガキだけが、意味もわからずに「シェー」と言って笑ってくれた。

俺は、子どもに好かれるのだ、とポジティブに考えることにした。

料理は、「海鮮盛り付け飲み放題コース」というのを頼むことにした。
金額を確かめたら、3980円と言うではないか。

どこが、庶民的なんだ、ススキダ!
高級割烹ではないか。
俺が、下痢したら、どうしてくれるんだ!

そう言ったら、ブライアンが、「ゲーリー?」と聞いたので、イエス、ゲーリー・イズ・マイ・ベスト・フレンド、と答えた。
青い目のブライアンが、真面目に頷いていた。

「おまえのコントの台本は尽きねえなあ」と、ススキダが褒めてくれた。

生ジョッキを飲み放題しながら、たまに刺身をつまみ、談笑しているうちに、私の膝の上のクリス(紅梨栖)がオネムになった。
だから、ススキダの娘にクリスを渡した。

そのとき、ススキダの娘に、「Mさん、髪の毛、黒いじゃないですか(髪染めました)。10年前にお会いしたときは、半分白かったですよね」と言われた。

ん?

つまり、10年前に、会っているということ?

申し訳ござらん。
記憶にありませぬ。

正直に言った。

「あのときは、横須賀の父の事務所でした。でも、Mさんは、缶ビールとスルメと仕事の話に夢中で、あまり私の相手をしてくれませんでした。息が、酒とスルメ臭かったのは、覚えています」

それは、失礼をいたしました。
このように美しき女性を無視するなど、愚かとしか思われませぬ。
お詫びいたします。

しかし、10年前も私は白髪が目立っていたのか。
それは、ショックだ。

なんて日だ!

私がそう言うと、ブライアンが「ホワット?」。

In Japan, say when happy.(日本で、嬉しいときに言うコトバだ)

レッツ・セイ・トゥゲザー!
ナンテヒダ!

オー、ナンテヒダ!

グーッド!

そうやって、ブライアンに親指を立てたら、いつもは必ず私の味方をしてくれるススキダの奥さんが、毛虫を見るような目で私を見ていた。
奥さんは、毛虫が嫌いなようだ。


なんて日だ!
シェーッ!


ブライアンも立ち上がって、ナンテヒダ! シェーッ!

ガイジンがやると、カッコいいな。





バンクーバーで、流行ったら嬉しいな。
(私のギャグではないが)




2013/12/26 AM 06:25:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

シズカちゃんレナちゃん
クレーマー、と言っては失礼かもしれない。

だが、どう考えても、余計なお世話としか思えないことを、まず書こうと思う。

11月初旬、高齢の母を武蔵野のオンボロアパート近くのワンルーム・マンションに連れてきて、面倒を見ることにした。
バリアフリーの高齢者に優しいワンルーム・マンションだ。

「綺麗だし、環境もいいわねえ」と、母が喜んでくれた。

それは、私にとって、とても嬉しいことだった。


今まで母が住んでいた川崎のマンションは、とりあえず、そのまま置いてあった。
だから、形の上では、二重生活のようになる。

転居の手続きをしても、郵便物は川崎の家に送られてくることがある。
それを私は多忙の中、東京武蔵野から2週間に1回、原付バイクで回収に行く。

2週間でせいぜい10通に満たない程度の郵便だから、しばらく放っておいてもいいのだが、ここでクレーマーが登場する。

マンションの自治会長が、「防犯上、郵便物がたまっていると物騒ですから、ちゃんとしてくださいよ」と、電話で抗議するのである。

さらにご丁寧に、1階のポストではなく、家のドアに、「郵便物を溜めないで」の貼り紙まで貼ってあった。
そんなものが、ドアに貼ってあったら、住んでいないことがバレて余計「防犯上物騒」ではないのか。
神経を疑う。

10通程度では、ポストに溢れているというほどではない。
中を覗き込まなければ、郵便物が溜まっているかは判断できない。
1階のポストの場合、怪しいポスティングチラシなどは管理会社が排除してくれているので、チラシが溜まっているということはない。

防犯上、と力むほどポストが郵便物で溢れているというわけではないのだ。

だから、いつも上から目線の物言いをする公認会計士の自治会長の態度に、腹をすねかねていた私は、溜まっていた感情を制御できなくなって、いい加減にしろ、と言ってしまったのである。

嫌がらせも、いい加減にしろ!
郵便物は、ちっとも溜まっていないでしょうが!
何ですか、あの貼り紙は!
もっと気を使えないのか!

あなたは、うちの郵便物を、いちいちチェックしているんですか!
それは、明らかに越権行為でしょうがぁ!
プライバシー侵害で訴えますよ!

そんな私の抗議に、自治会長は、ドアを高速で閉めることで対抗した。

結果、私の目の前には木目調のドアだけが残った。

家のロケットランチャーを持ってこなかったことが、悔やまれた。
持っていたら、確実に乱射していたのに。

年末になんで、こんな嫌な思いをしなきゃいけないんだ!


イライラを募らせたまま、部屋に戻ろうとしたとき、家のドアの前に、10歳くらいの少年が猫を抱えて立っているのが見えた。
私の顔を認めると、笑顔で近づいてきて、「おばあちゃん先生の子ども?」と聞いてきた。
声変わり前の中性的な声だ。

おばあちゃん先生?

おそらく、母が3年前まで、部屋で簡単な書道教室(ボランティア)のようなものをしていたとき、教えていた子だろう。

母は、国語の教師をしていたこともあって、書道が得意だった。
段位も持っていたと思う。
さらに、ペン字も綺麗だ。

ここ2〜3年は、右手の握力が落ちて、手が震えるようになったので、教えることはできなくなった。
とは言っても、今でも、悪筆の私よりはるかに上手だが。

猫がニャンと言った。
小柄な猫だ。
雑種だと思うが、我がオンボロアパートの庭に住み着いた猫(通称セキトリ)より、キリッとしたイケメンだった。

耳の後ろを撫でたら、目を細めて、また小さくニャンと鳴いた。

君の猫? と聞いたら、「そうだよ」と大きく頷いた。
そして、「おばあちゃん先生、死んじゃったの?」と、泣きそうな顔で言った。

そうか、突然挨拶もなしにいなくなったから、死んだと思ったのか。
私は、彼の存在を知らなかったから、両隣にしか引っ越しの挨拶をしなかった。

クレーマーの自治会長が気を利かせて、マンション全体に告知してくれるのを期待するのは、中国が防空識別権を取り下げるのと同じくらい期待できないことだ。

母が、引っ越したのを知らない人の方が、多いのかもしれない。

少年は、よく母の元に猫を連れて遊びにきて、母の話し相手になってくれていたらしい。
二人で出前のソバを食べることもあったという。
遠く離れていると、知らないことは多い。


少年に、大丈夫だよ、と言った。
おばあちゃん先生は、死んでいないよ。
おじさんちの近くの東京武蔵野に引っ越しただけだ。

そう言ったら、少年がフナッシーのようにピョンと飛び上がって、「本当!」と叫んだ。

突然のことだったので、猫の目が、点になっていた。

だから、少年の腕の中で、猫が暴れた。
落ちないように、私が受け止めた。

セキトリよりも軽かったので、制御するのは楽だった。
猫は、私の腕の中で安定を保って、私を見上げてニャンと言った。

「そうかぁ! おばあちゃん先生、生きてるのかぁ! 良かったぁ〜〜〜!」
よほど嬉しかったのか、少年は、両手でガッツポーズを作った。

その予期しない喜びの爆発に、私はクレーマーのことは忘れた。

母が、川崎で生きてきた証のようなものが、目の前にあった。
声に出して叫びたいくらい、その喜びは大きかった。

猫を少年の腕に返しながら、私は少年を猫ごと抱きしめた。

嬉しかった。

私がフナッシーだったら、70センチの跳躍を10回は繰り返していただろう。
しかし、少年と猫を抱きしめていたので、私は跳躍を諦めた。

心だけフナッシーになって、70センチ跳んだ。


iPhone5sで、少年と猫を激写した私は、それをA4の大きさにプリントアウトし、額に入れて母に見せた。

それを見た母が言った。
「あら、シズカちゃんとレナちゃんじゃない? 元気そうだわねえ。また会いたいな」

ん? シズカちゃん? レナちゃん?

あれは、少年ではなく少女だったのか。
猫もメス?



少女がシズカちゃんで、猫がレナちゃん?




嬉しくなって、つい抱きしめてしまったが、あれはセクハラではなかっただろうか。

訴えられないことを祈るばかりだ。




2013/12/21 AM 06:27:01 | Comment(1) | TrackBack(0) | [日記]

東京ラーメンショー
恩師がいた。


ただ、その前に馬鹿な男の話をしたいと思う。

私は、幼稚園を経験していない。

幼稚園を経験せずに、小学校に上がった。
幼稚園に行かなかったその理由が、今の私の性格を如実に表していると思う。


みんなと同じことをするのは嫌だ!


私は覚えていないのだが、私が中学生のとき、祖母がそう教えてくれたのである。

要するに、可愛げがない。
小学校は義務教育だから行かなければならないが、幼稚園は無理に行く必要はない。
だから、行かなかった。

祖母も母も、強制はしなかった。
こいつは自由に泳がせた方がいい、と思ってくれていたのだと思う。

祖母と母は、教育者だったが、私に勉強しろと言ったことがなかった。
だから、しなかった。
宿題はしなかったし、提出物も出さなかった。

これは、奇跡だと思うのだが、担任の先生もいい方々ばかりだった。
こんな私を自由にしてくれた。

しかし、高校3年の担任だけが「提出物を出せ!」と強圧的に言った。
当然出さなかった。
出さなかったら、ホームルームの時間に「明日持ってこなかったら、頭を坊主にしてやる!」と怒鳴られた。

それなら、オレやめます、と言って家に帰った。
小学校一年から続いていた皆勤賞が途切れた日だった。

無断欠席2日目に、学年主任が来て、「先生の言うことを聞け」と言ったので、それなら、オレ学校代わりますから、と答えた。
その日から私は図書館に通って、学校を代わる方法を調べ、色々な場所に電話をして情報を仕入れた。

そして、学校を代えたいという決意を母に伝えようと決心した無断欠席6日目(余談だが、母は私が無断欠席をしていたことを知らない。おそらく今に至るまで知らないと思う)に、教頭が陸上部の顧問を連れてやってきた。

どうせ、怒るか、くどくどと説得するんだろうな、と思っていたら、「悪かったね」と教頭が言ったのである。

頭は下げなかったが、悪かったね、は間違いなく謝罪の言葉だ。

しかし、冷静に考えてみればわかることだが、学校側は悪くないのだ。
担任が、言うことを聞かない生徒に注意しただけだ。
教師が、生徒に注意をするのは、当たり前ではないか。

むしろ、悪いのは可愛げのない私の方だ。

だが、教頭は、もう一度、私の目を見ながら「悪かったね」と言ったのだ。

そればかりか、「君は今までのようにしていればいい。担任には俺が言っておくから」と奇跡のようなことを言い出したのである。
絶対零度だった感情が、一気に280度上がって、氷が溶け出した。

教頭に穏やかな目で、「明日から来てくれるね」と言われた。
拒む理由は、何もなかった。

心が晴れる、とはこういうことを言うのかと思った。

だが、陸上部の顧問が余計なことを言ったので、私の晴れた心は長くは続かなかった。

「今日の授業はもう無理だが、部活だけでも出ないか。みんなが、お前のことを心配しているんだ。早く顔を見せてやれよ」

それに対して、私は、いや、俺、そういう「青春的なこと」はキライなんで明日から行きます、と答えた。


本当に、可愛げのないガキだった。


しかし、教頭は、「面白い」と大笑いしてくれたのである。

さらに、私が通っていた学校では、無断欠席が5日間続くと停学という規則があった。
私の無断欠席は6日。
しかし、私は停学にならなかった。

教頭が、私のために骨を折ってくれたのだろう。

俺は、教師に恵まれているな、と思った。


高校を卒業してからも、教頭とは連絡を取った。
ハガキや手紙のやり取りもした。

だが、残酷なことに、私が年を取るよりも遥かに速いスピードで、教頭は老人になっていった。
しかし、いい老人になっていた、と思う。

パソコンを独学で覚えて、メールのやり取りもできるようになった。
デジカメをぶら下げて、日々の草花を撮ったり、空を撮ったり、ぶらりと寄った蕎麦屋の鴨南蛮を撮ったりして、その画像をたまに送ってきてくれた。

私のブログも読んでくれていて、「君のブログは、まあまあ面白いけど、俺が出てこないのが不満だな」などと言っていた。


昨日、一枚のハガキが来た。

差出人の名は、教頭の苗字だったが、名前が違っていた。

教頭が死んだことを知らせるハガキだった。

84歳。
肺炎。

天寿を全うしました、と書かれていたが、私にはまっとうしたとは思えない。

10月にもらったメールで、「今年も11月に駒沢公園で東京ラーメンショーがあるんだけど、一緒に行かないか」と誘われていたのだ。
その後、連絡がなかったが、忙しくて忘れたのだと思っていた。
だから、催促のメールはしなかった。

まさか亡くなるとは、思っていなかった。


教頭先生は、まっとうなんかしていない。


だから、私は来年の東京ラーメンショーでは、絶対に2杯のラーメンを食ってやる。

もし、教頭の出身地、長野のラーメンがあったら、絶対に食ってやろうと思う。



それが、俺の供養だ。




2013/12/02 AM 06:27:02 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

キリンの骨とクロサワ
長い間、秘密にしていたことがある。
私は、熟女よりも若い子の方が好きだということを。
(要するに、ただのヘンタイ)


このブログで書いたことがあるが、昨年の夏に当時21才のポニーテールさんと横浜根岸森林公園で、ランニングが縁で知り合った。
(リンク外れがなければ、コチラ

お互い、人見知り。
しかし、人見知り同士が化学反応を起こすと、仲良くなることもある。

娘のような年の子と仲良くなって、今年の8月からは、毎月一回「居酒屋デート」のお呼びがかかる。

「キリンおやじ(私のことをこう呼ぶ 首が長いので) はなの舞 行こうぜ」というお誘いのメールが来る。
私が都合のいい日を返信すると「予算3千円」と返してくる。
奢ってもらう気は、全くないようだ。

もちろん、「居酒屋デート」と言っても、色っぽいものではない。
ポニーテールさんの話を聞いて、相づちを打つだけだ。
ときに、話の流れで、からかったりすると、張り手が飛んできたり首を絞められたりする。

年頃の娘が、親父に甘えているという図式だろうか。
ちなみに、ポニーテールさんのご両親は、奄美大島でご健在である。

先週、そのポニーテールさんから、「キリンおやじ はなの舞オーケーか」というメールが来た。
都合のいい日にちを返すと「ありがとね」という返事が来た。

いつもと違う、その文字を見て、嫌な予感がした。

嫌な予感のまま、19日に東京品川の「はなの舞」にいくと、ポニーテールさんの隣に彼氏がいて、私の姿を認めると急速に立ち上がった。

「キリンおやじさん、ご無沙汰をしております」
頭を下げられた。

しかし、私は「キリンおやじさん」という名前ではない。
ブラッド・ピットという正式な名前があるのだが、面倒なので、特定の人にだけ「キリンおやじさん」と呼ぶことを許している。

堅苦しい雰囲気が嫌いな私は、とにかくビール、ビールがなければ人生じゃない、と言って3人分の生ジョッキを注文した。

まあ、乾杯といこうぜ。
ほら、足を崩して。
ああ、掘りごたつだから、崩せないかあ。
おや、ナツミちゃん(ポニーテールさん)は、顔を崩しちゃったかあ。

いつもなら張り手が飛んでくるところだったが、距離が遠かったからなのか、緊張からなのか、私の頬に異変は起こらなかった。
だが、とりあえず、空気を和らげるために言ってみた。

俺の方は、足も崩すし、顔も崩すし、ついでに一万円も崩しちゃおうかなぁ。

「・・・・・・・・・・」

墓穴を掘ったか。

堅苦しい空気のまま、「キリンおやじさん」と言われた。
「ナツミさんに、プロポーズをしたところ、キリンおやじさんのご意見を伺ってからと言われまして」

なんだよ。
かしこまりやがって。

俺の一番苦手な展開じゃないか。


職業は介護用品の営業。
27歳の背の小さな男。
顔はエラが張っていて、鼻は鷲鼻。
いい男の範囲からは、大きくずれていた。
しかし、その目は清く澄んでいた。

ご実家が、横浜戸塚でアパートを2軒経営している長男。
だから、経済的な部分で言えば、いい物件だ。

しかし、彼は性格が「嫌なやつ」なのである。

普通、自分の彼女が、得体の知れないオッサンと仲良くしていたら、うさん臭く思うのではないだろうか。
だが、彼は初対面のときから、私に対して雑念を感じさせない、程よい礼儀を持って接してくれたのである。

こんな嫌なやつが、世の中にいるだろうか。

その嫌なやつが、私がほとんど冗談で言った「東京でのナツミちゃんの親代わり」という「おとぎ話」を信じて私に筋を通そうとしているのだ。

乾杯のあと、私の顔を泣きそうな顔で見つめているポニーテールさん。

その顔を見て、感じた鼻の奥の痛覚。

もしかしたら、今夜の試合、俺は完投は無理かもしれない。
セットアッパーとクローザーを用意してくれないと、俺は持たないかもしれないと思った。

しかし、親代わりの威厳を持って、ポニーテールさんに、私はこんなことを聞いた。

ナツミちゃんが彼のことを好きなのは当たり前として、もう一つ、彼のいいところを俺に教えてくれ。
何でもいいから。

ポニーテールさんが、ほとんど間を置かずに言った。
「彼が、キリンおやじの存在を変に思わなかったことかな。
普通だったら、どこのキリンの骨(!!)とも思えないオッサンを連れてきたら、ゼッタイ変に思うはずだよね。
でも、彼は、普通に受け止めてくれた。
それが一番だったね」

こいつ、俺を泣かせようとしているな。
でも、その程度のことでは、俺は泣かないからな。

鼻の奥が、つーーん。

横を向いて、ジョッキを飲み干した。

私がお代わりを頼む前に、彼氏が、私のジョッキを掲げて、店員にお代わりを頼んだ。

気を使いやがって。
本当に、嫌なやつだな。
まったく気に食わないやつだ。


気には食わないが、俺は賛成するぞ、と答えた。


すると、二人が立ち上がって、頭を下げた。
さらに、二人が抱きつかんばかりに喜びを表現するのを見て、私はイカの漁師焼きを食うことに専念した。

食いながら思った。

なんなんだ、この「おとぎ話」は。
俺は「キリンの骨」だぞ。
君たちとは、何の関係もないではないか。

「キリンの骨」に、なぜ筋を通す?

こんなことで、ポニーテールさんのご両親の理解を得られるのか。

しかし、事態は、高速で進んでいく。
ポニーテールさんが、言った。

「キリンおやじは、私たちの結婚式に出るのは嫌だよねえ」

それは、そうだ。
私のポジションを理解してくれるのが新郎新婦だけ、という状況に私は耐えられない。
そんな拷問は、受けたくない。

「だからさ。結婚式の前に、キリンおやじのための結婚式をしようと思うの」

俺のための結婚式を?
本当に「おとぎ話」だな。
結婚式前に、無駄な時間を使うなよ。

「無駄じゃないよ。二人で決めたんだ。まだ具体的には何も考えてないけど、絶対にやるからな」
キラキラした4つの目が私を見た後で、頭がふたつ深く下がった。

鼻の奥が、つーーーん。


そうか。
こんな手もあったのか。
この展開は、予想外だった。

鼻の奥が、つーーーん。
汚い涙オヤジになった私は、こう呟いた。


俺に完投は、もう無理だ。
クローザーを・・・・・・・クローザーを呼んでくれ。


そう私が呟いたとき、「はい、なんでしょう」と言ったのは、ナツミちゃんの彼だった。

ん?

「クロサワは………黒沢は、僕ですけど」




いや、そんなオチは、いらないから。




2013/11/21 AM 06:27:01 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

二つのキャッシュカード
暗い話になることをお断りしておきます。


りそな銀行とゆうちょ銀行のカードがあった。

どちらも、死んだ父名義のものである。


電話で「葬式もまともにしなかったのか」「49日はどうした」「おまえは冷たいやつだな」「死んだ人間をまともに弔えないひどい男だな」と、数人のご老人から言われた。
父の生まれ故郷の方々である。

言われっぱなしは、母のためにも我慢できなかったので、その中の長老に、こんな話をした。


死んだ父は、家に帰ってこない人だった。
一流会社に勤めていたが、稼いだ金を家に一銭も入れない人だった。
自分のためだけに使った。

定年になって、嘱託という身分になったとき、稼ぎが激減したのを機会に家に帰ってきたが、そのとき私は結婚して家を出ていたので、父との接点はなかった。

私が子どものとき、家にサンタさんは来たが、そのサンタさんは男ではなく女だった。
フルタイムで働いていた母は、子どもの授業参観にも運動会にも三者面談にも来なかった。
いや、来られなかった。
そして、父は、「自分の意志で」来なかった。

そんな身勝手な男にも必ず「老後」は来る。
年金ももらう。
当たり前のことだが、父は自分の年金は、自分のためだけに使った。

ひとりで温泉に行ったり、馴染みの寿司屋に行ったり、スポーツジムに通ったりしていたようだ。

だが、誰もが病気になるように、父も77歳のとき、病気になった。
脳梗塞だった。
幸い、麻痺が軽微ですんだのをいいことに、若い頃からヘビースモーカーだった父は、医者からのアドバイスを拒否して今まで通りの喫煙生活を送った。

喫煙のせいかどうかは知らないが、父の状態は徐々に悪くなり、介護が必要になってきた。
しかし、母は、父の介護を拒否した。
そうだろうな、と私は納得した。
私は、その母の決断を支持した。

薄情な妻と息子を持った彼は、可哀想な男だ。

その結果、彼は老人ホームに入ることになった。
神奈川県川崎の老人ホームだ。

そのとき初めて、私は父の財産の管理をすることになった。
大層な年金をもらっていることに驚いたが、その年金すべてを使って、私は彼を立派な老人ホームに入所させることに決めた。

父の年金は、父のためだけに使うべきだ。
彼の生き様からして、それが一番ふさわしい。

薄情な妻と息子は、そう決断して、父を豪華な老人ホームに預けっぱなしにした。
その後、4、5年が過ぎたとき、老人ホームから連絡を受けた。

最初は、喫煙OKのホームであったが、時代の流れを受けて完全禁煙にするという。
しかし、お父様が禁煙を拒否しているので、なんとか説得してくれませんか、という電話だった。

説得するつもりはないので、喫煙できる違うホームを東京で探して、そこに移ることにした。
ホームを変えるとき、父に5年ぶりに会ったが「老けたな」としか思わなかった。
何か話しかけられたが、聞こえない振りをした。

そして、父は、今年の夏に死んだ。

母に、それを報告したとき、母は泣いたが、私は泣かなかった。
泣く理由がなかったからだ。


俺に父親はいたんですかねえ、と長老に問いかけた。

「どんな親でも、親は親だ」と、長老は私が予想した通りの答えを返した。

では、どんな息子でも、息子は息子ですか。
それなら、俺は薄情な息子をつらぬきますよ。

身勝手な父親には、薄情な息子がお似合いだ。
だから、放っておいてもらえませんか。

彼の残した貯金のすべてを使って、立派な墓を建てましたから。
少なくとも命日には、豪華な花を飾りますから。

もう俺たちを、放っておいてくれませんか。

「おまえは、どうしようもない男だな」
捨て台詞を残して、長老は電話を切った。

俺も、そう思う。


そのどうしようもない男に残された、父のキャッシュカードが2枚。
年金が振り込まれていたものとは、違うものだ。

年金が振り込まれていたカードは、私が管理していた。
だから、暗証番号は知っている。

私は、自分のカード類は、面倒くさいので全部同じ暗証番号にしている。
父も、そうしていた可能性が高い。

だから、残額を調べることは簡単にできるかもしれない。
相続税対策として、それは必要なことだ。

しかし、母が毅然として言ったのだ。

「切り刻んでくださいな」


切り刻んで捨てた。


これで、父に繋がるものは、墓しかなくなった。


父のことを思い出すことは、まったくない。

ただ、命日には必ず、たくさんの花で墓を埋め尽くすつもりだ。




代行業者に頼むかもしれないが。







(母は父の遺族年金を貰うことも拒否している)





2013/11/16 AM 06:32:59 | Comment(3) | TrackBack(0) | [日記]

3割の男
あらためて「友」と言ってしまうと照れる。

だが、そうとしか言いようがない友がいる。
頻繁に電話をかけたり、会って長話をすることもない。
ただ、そこにいるだけでいいと思える「やつ」。

尾崎のことだ。


「おまえの意見が聞きたい」と尾崎の声を真似て電話をかけてきたのは、尾崎の妻の恵実だった。
最近は、このパターンが多い。

照れもあるのだろうが、尾崎自身、意外と恵実の尾崎真似が気に入っているのかもしれない。


尾崎なじみの居酒屋が、待ち合わせ場所だった。
場所は中野。
普段は5時半が営業開始らしいが、その日は4時。
尾崎が店主に頼み込んだのだろう。

つまり、本当になじみの店。

当然のことながら、客は尾崎と私だけだ。

10畳にも満たない小さな店だ。
店の奥に、壁をくりぬいた形の小さな個室があるが、それは、おそらくカップルか小家族のためのものなのだろう。
そこだけが異質な空間となっていた。

私たちはカップルではないので、カウンターに座った。

カウンターに座る前に、私の父の葬儀に参列してくれたことに感謝の意を表した。
すると、’尾崎が珍しく私の目を真っすぐに見て言った。

「俺は、お前の葬儀だったら行かなかったろうな。行ってしまったら……俺が壊れる」


尾崎とは、30年前、新潟長岡駅の待合室で出会ったのが最初だった。
「帰りの電車賃が足りなくなったんで、これを買ってくれないか」とペリカンの万年筆を私に差し出した男が尾崎だった。

貧相な顔で眉間に皺を寄せて頼む姿に腰が引けたが、旅では何が起こっても不思議はない。
だから、買った。

それ以来の付き合いだ。

そのとき尾崎は、20代前半の若さだったが、死んだ母親の跡を継いで、中野でコスメショップを経営していた。
死神のような顔の男が、コスメショップ。
ミスマッチも甚だしいが、その落差の激しさが気に入って、酒を飲む仲になった。

ただ、尾崎と酒を飲んでも会話が弾むということはなかった。
1時間近く話さないこともあった。
だが、それでも尾崎との酒は、私にとって居心地のいいものだった。

だから、いまも続いている。

尾崎のことは、よく知らない。
そして、尾崎も私のことは、よく知らないはずだ。

おそらくお互いが相手のことを3割程度しか知らないだろう。
だから私は、尾崎のことを密かに「3割の男」と呼んでいる。

その3割の男が言った。
「医者が、胆のうを切るって言っているんだが」

胆石か。
いつから胆石と友だちだったんだ。

「20年以上前だな」

これで、尾崎のことを、また少し知ることができた。
確実に3割を超えた。

奥さんには言ってあるのか。

「おまえが先だろう」

わかった。
じゃあ、切れ。

「そうか。そう言うとは思ったが…」
尾崎が、バランタインのロックを飲み干した。
珍しくペースが早い。

怖いのか。
切られるのが。

グラスに残った氷をカラカラと回しながら尾崎が「まあな」と、乾いた声で言った。

喧嘩は無敗だが、切られるのは怖いか。
これで、また尾崎の情報が一つ増えた。
こうやって、私たちは、年とともに4割に近づいていくのかもしれない。


だが、5割に近づく前に、俺たちはきっと………。


見舞いには行かないぞ、と言おうとしたとき、店の戸が開いた。

入ってきたのは、恵実と子ども二人。

お互い会釈を返した。

恵実に手術を報告するつもりで、時間をずらして呼んでおいたのだろう。
時刻は、5時前だった。

そうなると、私はお役御免ということになる。
尾崎も私がいない方が、恵実に説明しやすいだろう。

腰を上げた。

恵実が「終わりましたか」と言った。

尾崎にとっては、始まりかもしれませんが、と答えた。

恵実は、「それは怖いですね」と笑ったあとで、子どもたちの前にしゃがんで、二人に耳打ちをした。

二人の子どもに手招きされて、私もしゃがんだ。
水穂と里穂が両頬にキスをしてくれた。

二つの頭を両手で撫でた。
そして、店を出た。



頬に、心地よい感触が残っていた。

頬にキスの余韻を感じながら、見舞いには行かねえぞ、と呟いた。




歩きながら、俺も思った。


尾崎がいなくなったら、俺もきっと壊れるに違いない、と。




2013/10/31 AM 06:27:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

みのさんローラさんタモさん
まとまりのない話だということを最初にお断りしておきます。


7年前に、家族で鬼怒川温泉に行ったとき、息子が、旅館の部屋の障子に穴を開けたことがあった。
大きな面積ではなく、2カ所、小さな穴をあけた。

旅館を出るとき、正直に申告したら、補修費用として2千円請求された(1穴千円というザックリ計算?)。
ヨメは、いまだに、そのことを根に持っていて、「あんな旅館、二度と行くもんか!」とお怒りである。

「正直に申告して損をした。申告していなかったら、金を取られることはなかった」と言うのである。

それに対して私は、旅館の財産を損害したのだから、金を取られるのは当たり前、と言った。
ただ、ごく小さな面積の穴を開けただけで、2千円は正直高いな、と思った。

部分的に張り替えればいいだけのことだから、精々が千円だろうな、と私が言ったら、ヨメは「そんな問題じゃない! 客商売が、あれくらいで金を取るな!」と、さらにお怒りになった。

しかし、未成年の息子がしたことの責任は、親にある。
修理代を支払うことは、親として客として、当然のことだ。

私は、今も、そう思っている。
(2千円は、法外ですがね………修理したあとで、実費を請求されたならヨメも少しは納得したかもしれない)


一昨日の同業者との飲み会の席で、みのもんた氏の子どもが罪を犯したという話題が出た。

私以外の全員が、「息子の犯罪に関しては親に責任がある。みのもんたが謝罪をするのは当然」という意見だった。

しかしですよ、30歳過ぎの定職を持った男は、独立した存在ではないのか。
親は、関係ないだろう。

たとえ同居していたとしても、成人で定職をもった子は、「分離した家系」ですよ。
その「分離した家系」が起こした犯罪まで、親が謝罪することはなかろう。
それは「親の責任」を拡大解釈している。

迷惑をかけた相手に親が謝るのはありかもしれないが、世間や芸能レポーターに謝る必要はない。
釈明できない状況を作って、問答無用で謝らせるのは、いじめだ。

みのもんた氏は、普通に仕事を全うすべきだ。


しかし、そんな私の主張は完全に無視されて、そのあと、私は知らなかったのだが、タレントのローラさんの父親が何かやらかして逃げているという話題が出た。

それに対して、ほとんどが「ローラに責任なし。同居していない親の犯罪は、子どもには関係ない」という意見を述べた。

しかし、一人だけ異を唱えた人がいた。

個人情報は控えるが、昔は「16の頃からゼロハンに乗って、世間をブイブイいわせていた」「高3のとき退学を食らった」「不良がやることは、ほとんどやった」「悪そなやつは だいたい友だち」だったが、現在は温厚になって、妻一人息子二人の家族がいる、今年47歳のカマタさんだった(全部バラしてしもた)。

「子どもにだって親の不始末の責任はある。子どもが何も知らないわけがない。それなのに、毎日テレビに出て、ヘラヘラしているのは反省がない証拠だ。本気で謝れ、謹慎しろ」と、カマタさんは言うのである。

彼の「黒歴史」が、かいま伺えるような、見事な巻き舌で啖呵を切る姿に、座のみんなが引いた。

お馬さん(人類史上最も馬に激似の男)などは、泣き出しそうな顔をしていた。
ヒヒ〜〜〜〜ン!

だが、「悪そな友だち」も「死にそな友だち」もおらず、「うまそな百円カレー」か「マズそな学食」しか知らなかった私は、その程度のことでは怯まない。

カマタさんに対して、私は叫んだのである。


ローラの太ももが見られないテレビなんて、何の価値があるんだ、バカモノぉー!
ローラの太ももと親の犯罪は、何の関係もないんだぞぉ、バカモノぉー!
太ももに罪はないんだぁ!


しかし、そんな私の叫びは、同業者の長老・オオサワさんの「Mさんの太ももネタは、もう飽きたよね」という正しい議論の正論にかき消され、消化不良に終わった。

だが、一応、何か抵抗しておこうと思って、私は右手を振り上げた。

太ももが、いいともー!


すると、同業者が「笑っていいとも、終わるんだよね。残念だよね」と食いついてきたのである。

「残念だよね」
「永遠にやって欲しかったよね」
などなどと郷愁に浸る同業者たち。

しかし、去年の今ごろ、こいつらは「なんだよ、まだやっていたのかよ!」「もうマンネリだよね」「痛々しいね」と言っていたのではなかったか。

私ひとりが、タモさんの芸は、「引き出しの芸」という高度なものなんだよ。彼が楽しむ姿を見ることで、まわりの人が楽しいという感情を「引き出される」んだ。
それは、他人を貶したり下品なことを言って口先だけで笑いを取る芸より、遥かに上品で高等な芸なんだ。あの域に達している人は他にいない。

関根勤氏が同類だが、彼は脇役でタモさんは主役だ。
あの芸を主役で30年以上続けるのは、大変なことだよ。
それは、評価されていい、と熱弁した。

それに対して、「それは買い被り過ぎだ」「運が良かっただけだ」「彼は何もしていないよ」と全否定したのは、お前らじゃないか。

それが、残念だよねえ、だあ?
調子よすぎないか!

「でも、Mさんは、『笑っていいとも』は、まったく見ないんだよねえ。見ない人が言っても説得力がないよね」
「そうそう」

風向きが悪くなったので、私は貝になった。
貝になった私は、ジョッキを傾け、「活き貝3点盛り」を頼み、一気食いをした。

味が気に入ったので、お代わりを頼もうとして店員を呼んだ。

「活き貝3点盛り」を頼んでもいいかなー?

すると、3、4回来て馴染みになった女性店員が見事な困り眉を作って「いいともって言わなきゃダメですか」と、半笑いの迷惑顔で言うではないか。
もしかしたら、この居酒屋では、「いいとも!」が再ブレイクして、店員がその余波をかぶっているのかもしれない。


ああ、すみません。
「活き貝3点盛り」をぜひ、お願いいたします!


「いいともー!」


結局、言うのかよ!





2013/10/26 AM 06:25:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

あたためますか
「ガラケー」という言葉がある。
よく使われている言葉だ。
だが、私は恥ずかしいことに、いまだに詳しい意味を知らない。

「ケー」は、携帯の略だろうということは想像がつく。
しかし、「ガラ」がわからない。

ただ、「スマートフォン」に対しての「ガラケー」ということを知っていれば、言葉の意味まで知らなくても不便はないので、ネットで意味を調べることはしない。


他に「NAVERまとめ」というのも、よく目にするのだが、これもわからない。

おそらくNAVERさんが、何かをまとめてくれたのだろう、と推測しているのだが、そのNAVERさんが誰だか、いまだにわかっていない。
わからなくても不便はない。


よそ様のブログに、たまに「DQN」という言葉が出てくる。
話の流れからすると、どうやら悪口のようなので、それなら意味を知る必要がないと思って、そのままにしている。


我が家の二人の子どもは使わないのだが、何年か前から、「ww」というのを文末につけるメールやブログ、ツィッターなどを見かけることが多くなった。
最初は、打ち間違いだろう、と思っていたら、たまに、いい年をしたオッサンまで、メールに「ww」をつけてくるようになった。

これなども、あまりいい意味として使っていない気配があるので、知らないままにしている。


先週の金曜日、テクニカルイラストの達人・アホのイナバから、「小金井公園でランチしませんか」という気持ちの悪いメールが送られてきた。

気持ち悪いことが決して嫌いではない私は、コンビニで適当に総菜を調達してこい、飲み物とレジャーシートは、俺が持っていく、という返信メールを送った。

中央線武蔵境駅で、イナバのベンツに拾ってもらって、小金井公園に行った。

想像して欲しい。
いい年をした男が二人、公園の木陰で、レジャーシートの上に座っている姿を。

吐き気が、しそうではないか。

だから、吐き気がする前に、それを抑えるためにクリアアサヒを飲んだ。
イナバは、車なので、日本茶だ。

「広いところだなあ」とイナバ。
イナバは、小金井公園に来るのは初めてである。
つまり、ビギナー。

それに対して、私は200回は来ているベテランだ。
あるいは、マエストロと言ってもいい。

そのマエストロである私に、イナバが聞いてきた。

「この公園は、東京ドーム何個分なんだろう?」

知らない。
俺は、東京ドームの広さを知らない。
小金井公園の広さも知らない。
だから、わからない。

「ネットで調べましょうか?」

広いって思っただけでいいんじゃないか。
いちいちネットで調べるのは、脳の退化のもとだよ。
そんなこと知ったからって、公園の印象が変わるわけでもないしな。

「まあ、知ってても意味ないもんなあ。東京ドーム1個分って言われても、でかいんだな、くらいしか思わないし。むしろ卓球台何個分って言ってくれた方が、わかりやすいよね」(余計わかりづらいわ)

俺なんか、姚明(ヤオミン)が歩いて、東西何歩、南北何歩って言ってくれた方がわかりやすいんだがね。

「ヤオミンって誰ですか?」

ヤオカワ ミンノスケのことだよ。
NBA(米バスケットボール)の選手だったが、その昔、歩いて日本地図を作った、あの伊能忠敬の一番弟子でもあるんだ。
彼は、一歩を正確に1メートルで歩くことができるんだ。
歩く「メートル法」とも呼ばれている男だ(何のこっちゃ)。

「ああ、それは偉い! すごい人だなあ!」

相変わらず、ピュアな男である。

私のように、精神も財布もプアな男はダメだ。
イナバを見習わなければならない。


しかし、イナバ君。
このサラダは、味が変だよね。
というか、野菜の歯触りが変だ。

イナバが買ってきた総菜は、唐揚げ、餃子、おにぎり、フライドポテト、サラダだった。

サラダには、レタス、キュウリ、トマト、コーン、ツナが入っていた。
そのレタス、キュウリ、トマトの食感が、完全に死んだ状態だった。
コンビニのサラダって、こんなにまずかったっけ。

イナバが言う。
「店員に、『温めますか』って聞かれたんで、全部お願いしますって答えたんだけど、サラダは温めない方が良かったかな」

イナバもすごいが、その店員もすごいな。
何の疑いもなくサラダを温めてしまうなんて。

サラダも温めるんですかって聞かれなかったのか。

「いや、後ろを向いて、なんかスマホで調べていたみたいだったよ。『おお、そうか』とか言っていたから、納得いくことが載っていたんだろうね。冷たい野菜が苦手な人は、レンジでチンしてもいい……とか」

しかし、冷たい野菜が苦手なら、そもそもサラダなんか買わないと思うが。


「ああ、それもそうかあ〜、ギャハハハハーーーーーハーハハハハハ!」


無限のアホ笑い。

アホ笑いが収まった3分39秒後に、イナバが言った。

「そう言えば、Mさん、髪染めた?」

いや、俺は、昔から真っ黒だったよ。

「ああ、そうだったよねえ。じゃあ、俺の知っている白髪のオッサンは、誰だったんだろう?」

ああ、あのイケメンの白髪のオッサンだな。
3ヶ月もすれば、戻ってくるんじゃないかな(白髪染めの効力は、その程度だろう)。
戻ってきたら知らせるから、と言って私はiPhone 5sを取り出した。

「ああ、それ、ファイブエスじゃないですか!」

よくわかったな。
そうなんだよ、ファイブエスなんだよ。

「実は俺もファイブエスにしたんですよ」と言って、イナバが取り出したのは、ゴールドだった。

私のは、シルバー。

負けた。
イナバに、負けた。
完敗だ。

そう呟いたら、イナバが「乾杯?」と言って、日本茶のペットボトルを私のクリアアサヒに近づけた。


カンパ〜イ!


クリアアサヒと日本茶で乾杯をした。



私たちの脳も温めた方が、いいんじゃないだろうか。



2013/10/21 AM 06:27:01 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

アベノミクスを不真面目に考える
「貧乏臭いよね」と言われたのは、先週の金曜日のことだった。

大学時代の友人カネコの娘、ショウコの家にベビーシッターに行ったのだ。
そのとき、ショウコから「サトルさん、最近特に貧乏臭くなったよね。きっと、その白髪のせいだよね」と言われた。

君は、日本語の使い方を間違えている。
貧乏臭い、ではなく、ビンボーだ。
これが、正しい。

「でもねえ、愛する娘のKちゃんが、この間、言っていたよ。『パピーは、白髪を黒く染めたら、ガイコツから人間に昇格できるのにねえ』って」

あとで、娘にそのことを確かめたら、言い分が違っていた。

「オレは、そんなことは言っていない」(娘は、自分のことを家では『オレ』と言う)

そうだよねえ。

「オレが言ったのは、こうだ。
『ガイコツの標本』から、人間に昇格できるのにねえ」

どうも、ありがとうございます。
光栄です。


「だから、白髪を染めようよ」とショウコ。

しかし、俺はなあ、白髪染めを使うと、かぶれるんだよな。
いや、かぶれるどころか、顔まで腫れてしまって、竹野内豊と瓜二つの顔が、松村邦明になってしまうんだな。
無理無理。

「だから、これをね」と言って渡されたのが、マロンなんとか、と書かれた箱だった。
手に取ってみると、髪染めと書いてあった。

ショウコは、俺を松村邦明氏にするつもりなんだな。
まあ、3日間くらいは松村氏になっても構わないか。
貧相な顔が、ふくよかになるのも悪くない。

わかった、オレ、松村邦明になるよ。

「なに言ってんの! これは、ヘアカラーにかぶれる人でも大丈夫な成分でできているんだって。騙されたと思って、使ってみたら」


騙されたと思って使ってみたら、本当に騙されたァー!


……というのは嘘で、2日たっても頭と顔が腫れないという奇跡が。
しかも、当たり前のことだが、髪の毛が黒い。

久しぶりに黒い。

ということで、私は今日からホネホネ白髪おやじではなく「Skeleton Blackhair Daddy」となった。
どこから見ても竹野内豊氏ですな。

と、感動していた私に、娘が言った冷酷なコトバ。

「なんか、あまり代わり映えがしないな」

どうも、ありがとうございます。
光栄です。



その代わり映えのしない「Skeleton Blackhair Daddy」が考える不真面目な経済論。

アベノミクスは、順調なんでしょうか。

私のまわりでは、「景気が良くなったね」という人がいれば、「全然変わらないね」という人もいる。
ただ、これは当たり前の反応だと言える。
職種や家計の基本要素、家族構成などが各自違うからだ。

バブルのときは、景気がいいことは、目で判断できた。
街も人もバブルを着飾っていた。
わかりやすい、絵に描いたようなバブルだった。

しかし、終わらないカーニバルはない(とアダム・スミスも言っていた。言っていない?)。
景気のカーニバルは、街も人も疲れさせる。
カーニバルのあとの疲労感は、そのカーニバルが盛大であればあるほど強いものだ。

それに対して、今の景気は、目に見えない。
だが、そもそも、景気が目に見える方が異常だ、と私は思っている。

景気がフラットなときは、街が落ち着いて見える。
それを『不景気』と言うんだよ、という人と私とでは価値観が違うが、『不景気』と表現することについては、やぶさかでない(我が家でいま流行っているコトバ)。

つまり、私の感覚では、今は、先進国として、ごく普通の経済環境を維持している状態に思える。


景気がいいか悪いかを判断するのは、統計学、経済学における種々の「指標」「マインド(意識)」らしい。

要するに、ある部分、イメージ。

「さすが、アベノミクス」と思っている人は、景気がいいと思うだろうし、「アベノミクス? 関係ないね」という人には、景気の実感がない。

その中で、マスメディアの一部は、そのイメージだけを政治家の思惑通りに喧伝する。
あるいは、マスメディアが定期的に報道する、実態を反映していない「景気情報」「GDP情報」は、政府とお役人の述べる都合のいい話だけを伝達しているように、私には思える。
マスメディアは、いつの時代も権力者たちのスピーカーだ。


ここに、「お馬さん」(人類史上最も馬に激似の男)という生物がいる、と思っていただきたい。

彼は、馬なのに分譲マンションに住み、馬なのにボルボを乗り回し、馬なのに今年の7月には家族でグアム旅行に行き、馬なのにイタリア製のスーツを着込み、馬なのにMacを4台所有し、馬なのにアルテックの大型スピーカーで音楽を聴き、馬なのに有機栽培のニンジンを食っているのである。

そのお馬さんが「景気悪いですよねえ。生きていくのがやっとですよ。もう生活のレベル落とせませんから。何がアベノミクスですか!」と言ったら、あなたはどう思うだろうか。

多くの温厚な皆様方は聞き流すだろうが、私だったら、お馬さんのケツの穴に、有機栽培の唐辛子を詰め込んで、そのケツを思いっきりムチで叩き、再起不能にしてやる道を選ぶだろう。

もちろん、嘘ですよ。


先日、極道コピーライターのススキダから、ロイヤルホストの株主優待券を10枚もらった。
5000円相当ですよ。
大金です。

そこで、ランチをいただきに、嬉々として家族4人で行ってきた。

「まさか、ロイヤルホストで食事ができるなんて、ススキダ様のおかげでございます」と、家族4人、涙を流しながらメシを食った。

全員、大感激。

ビンボー家族は、こんなことでも幸せを感じるのである。
きっと、プチ金持ち(セレブは『著名人』という意味。お馬さんは著名人ではないので、こう表現している)のお馬さんには、この感覚はわからないであろう。


話が少しそれた。

私の場合、はるか昔から暗く長いトンネルに入り込んだ筋金入りのビンボーなので、むかしは良かった、今はダメ、というのがない。

ずーーーーーっとビンボーだから、景気がいい、悪いと言っても、ほとんど実感がない。

たとえるなら、携帯の電波が届かない離島にいる感じ、と言ったらいいだろうか。


アベノミクスは、「自民党」というブランドに頼った政治家と経済界の老人たちが作る下手くそな蜃気楼みたいなもの。
遠い昔の「泡の時代」を「違う泡」で浮かび上がらせようとしているだけだ。

そして、浮かび上がった泡が金色をしていたら、ごく一部の人だけが、その金色の泡を奪いとり、一般の民は、泡とともに落とされるか、消される。
だから私は、その泡には近づかない。

ただ、アベノミクスの唯一いい点は、「未曾有の不景気だ」「日本はおしまいだ」と騒いでいた内外の経済評論家、エコノミストを黙らせたことだ。
マイナス思考のヒステリックな扇情主義のエコノミストほど役に立たないものはない。
その人たちの影が薄くなったことが、アベノミクス最大の功績だ。

しかし、その役立たずの中に、特定分野の株価が上がっただけで、「株式配当が増えた。もう日本経済は大丈夫だ」と仰っている方がいた。
もうしばらくすると、その方はきっと「再一次 泡沫的時代 安倍經濟學最高!」と唱え始めるだろう。
まあ、オポチュニズム(日和見主義)は、学者さんの特権だから、驚きませんが。


ということで、異論はありましょうが、現在のアベノミクスは、平和なビンボーを楽しんでいるビンボー人には、まったく縁がない政策だと私は思っております。

以上が10ヶ月が経過した「安倍經濟學」に対する不真面目な感想でした。




2013/10/15 AM 06:33:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

棄てることに決めた
丸二日間、休むことにした。

心に、軽〜〜いトゲが突き刺さったので、それを抜くためだ。

稲城市の同業者からいただいた、2日かかるほどのボリュームの仕事は、1日で仕上げた。
極道コピーライター・ススキダからのレギュラーの仕事は、2日間、初稿を遅らせてもらうように頼んだ。

ススキダは殺人的に顔が怖い男だが、根は優しいので、事情を言うと「わかった。永遠に眠れ。目覚めなくていい」と言い、爽やかに電話を切った。
実にナイスガイだ。


一日目の休み。

家族の朝メシを作り、ヨメを送り出し、息子に弁当を持たせて送り出した。
最後は、高校3年の娘と恒例のショートコントをしたあとで、娘に弁当を持たせて送り出した。

4時40分起床。
6時35分に、家族の送り出し完了。

いつもなら、休みの日は、荻窪在住のWEBデザイナー・タカダ君(通称ダルマ)の仕事場に行って、隅っこにおいてあるソファに寝そべり、惰眠をむさぼることが多い。

だが、いまダルマの奥さんの微笑みの天使・トモちゃんがご懐妊中なので、そこは常識人としては遠慮をすべきだろう、という囁きに従って、とりあえず一旦眠ることにした。

ただ、一度眠ってしまうと、起こされなければ19時間17分眠ってしまう私は、午前10時43分に起きるように目覚ましをかけた。

目覚ましが鳴る13分前に目覚めた。
目覚めたとき、爽快感はなかったが、目覚ましが鳴る前に起きることができた、という満足感はあった。

あらかじめ用意しておいたデイパックを背負って、走りはじめた。

小金井公園。
10キロ走った。

日差しが強く、湿度も高く感じたが、ランニングの邪魔にはならない。

木陰にレジャーシートを敷いて、バッグから保冷袋に入ったクリアアサヒを取り出した。
美味さが、全身に染み渡った。

そして、この日初めてのメシ。
普通の握り飯の3倍以上はある、3倍返しの握り飯を食った。
中の具は、タラの唐揚げにタルタルソースをかけたものである。

ウメエな。
塩加減が最高だな。
(皆さん、料理の基本は塩です)

白髪ジーさん、いや、自画ジーサンしたあとで、災害用毛布にくるまって、眠りについた。

目覚めたら、空が暗くなっていた。

早いですね、一日って。
オレ、今日、眠った記憶しかないですもんね。

密かに心のトゲを確かめたら、あまり小さくなっていなかった。

オーマイガーッ!


夜、夕食のあとで、ガッキーの出るCMを見ながら、太ももを見せろ、ガッキー! と叫んだら、娘から蹴られた。
何で蹴られたのか、意味不明なんですけど……。

久しぶりに12時前に、眠りについた。


二日目。

何をしようか、と迷うことなく、あらかじめ買っておいた澤乃泉の一升瓶と花を持って自転車に乗った。
何でも良かったのだが、私は、日本酒では澤乃泉が好きなのである。

行ったのは、多磨霊園。
彼岸を過ぎていたので、人は数えるほどしかいなかった(と思う。広すぎて全部数えるのは無理)。


大学時代の女友だちの眠る墓。


それに澤乃泉をかけた。

墓に添える花は、マリーゴールドだ。
それが、墓にふさわしいものなのかは知らない。
花屋の札に「キク科」と書いてあったので、思いつきだけで買った。

墓に似合わなくたって、花は花だ。
哀悼する気持ちが、花に乗り移ればいい。

墓参りは、手を合わせれば終わる。
そう言う考え方もある。

だが、墓の前の歩道に座って、クリアアサヒを飲むという選択肢もあるのではないか、と私は思っているのだ。

クリアアサヒの500缶を飲む。

本来の私なら、亀田の柿の種をポリポリするところだが、霊園で柿の種はいけませんよ、という心の囁きが聞こえたので、それはやめた。
私は、常識人なのである。

墓を前にして、大学時代の色々なことを思い浮かべたのだが、それは個人情報保護法に触れるので、法律に従って、ここでは書かないことにする。


500缶を飲み終わった。

普段の私なら、500缶一本ごときで酔うことなどあり得ない。
だが、人間とは、予測不能な動物である、という真理も成り立つのである。
(霊園に漂う何かが、私の体に取り憑いたのかもしれない)

いつ眠ったのか定かではないのだが、私は、墓の前で座ったまま眠ってしまったのだ。
右手にクリアアサヒの缶を握りしめながら。

墓を訪れたのが、午前9時35分頃。
思いのほか肌寒かったが、ウインドブレーカーを着れば、この程度の気温では、私の睡魔は邪魔されない。

ただ、この日の私がすごいのは、暗くなる前に目覚めたことである。


とは言っても、両肩を叩かれて起きただけなんですけどね。


目を開けると、70歳前後と思われるご婦人がふたり、私の目を柔らかい目で覗き込む姿が、入ってきた。
それと同時に、澱んだ色の空から、小さな雨粒が落ちてきた。

肩に手をおいたまま、「濡れますよ」。
「起こして申し訳ないですけど、この道を通りたかったので」

ああ、すみません。
お邪魔でしたね。

「いえ」と上品な笑顔が、上品な白髪とともに雲に同化した。

そして、今度は、「お疲れなんですね」。
さらに、もう一人の老齢のご婦人が、「棄てることはできましたか?」。

棄てることはできましたか……。

何を?

「背負っているもの、いろいろをね……」
「いない人を背負うなんて、無理なんですよ。残された人間が生きていくためには、棄てるんですよ。棄てなきゃいけないんです」
「棄てなきゃ、墓参りなんかできませんよ。墓参りは棄てるための儀式です」
「そうそう」



夜、ヨメに聞かれた。

「お義父さんの49日、どうする?」

しない。

花で供養する。
それだけでいい。

田舎の年寄りたちが何を言おうが、俺には関係ない。

俺は、棄てることに決めた。

俺は、人でなしでいい。
俺は、年寄りの価値観を押しつけられるのはご免だ。


そう言って、私は邪魔されることのない眠りについた。



朝、目覚めたら、トゲは消えていた。




2013/10/05 AM 06:25:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

友だちでもないのに
「働かざるもの食うべからず」と言う人に、私は腹が立っている。

知り合いが、4年前に失職してから定職についていない。
しかし、彼に対して軽率に「働かざるもの〜」というやつを俺は許さない。

「働けない」のには、理由がある。

タカマツは、大学時代のクラスメートだった。
ただ、彼は2浪しているので、皆より年が2つ上だった。

「俺が年上だからって、気を使うなよ。同じクラスなんだから、同じ扱いにしてくれよな」
こだわらない男だった。

言われた通り、私は気を使わなかったが、まわりは気を使っていたようだ。
誰もが「さん」づけで呼んでいた。
そんな周囲を見て、大学時代から「窮屈」の中に身を置いて、何が楽しいのかと思った。

大学時代のタカマツは、親分肌の男で、人の面倒を見るのが大好きだった。
頻繁にメシを奢ってくれたし、何かとアドバイスをしてくれた(恋愛限定だったが)。
人に意見をするときは、みんなの前ではなく、必ず個別に呼んで意見した。
人に恥をかかせないように、絶えず気を配っていた。

つまり、大人だった。

タカマツは、大学を出てすぐ結婚した(2浪なので早婚とは言わないだろう)。
しかし、2年半で離婚。
その後、30歳前に、いつの間にかプラスチック成形会社の婿養子に入り、女の子二人を授かった。

だが、数年後に離婚。
タカマツは仕事ができる男だったので、元義父は会社に残るよう懇願したが、彼は元奥さんの感情を配慮して、退社することを選んだ。

それからのタカマツは、数年周期で同居の女性を代えるという「モテ男人生」を送った。
ただ、2人の子どもの養育費の送金だけは、一度も欠かさなかった。

その後のタカマツは、新潟県の旅館のマネージャーに収まった。
だが、旅館は4年前に倒産し、タカマツは無職になった。

定職を求めたが、50歳過ぎの男に、望むような職は見つからなかったようだ。
タカマツは、繁忙期に地方の旅館に住み込み、布団の上げ下げや配膳をするアルバイトをして、子どもたちのための養育費を稼ぐ人生を歩んだ。

タカマツとは、大学卒業後、2度しか会っていない。
タカマツは、他の同級生とも、それほど会っていなかったと思う。
クラス会に来たことも、なかった。

プライドの高いタカマツは、自分のことを詮索されるのを嫌って、卒業後は我々と距離を置いていた。
ただ、人のことを詮索する趣味がない私にだけは、2年に1度ほどの割合で、近況報告の電話をかけてきた。
少しだけ、信頼されていたのかもしれない。

そのタカマツから、「病院にいるんだ」という電話がかかってきたのは、昨年の5月のことだった。
東京世田谷の病院だった。

私が、武蔵野から自転車で来た、と言ったら、10年ぶりに会ったタカマツから、「相変わらずだな」と呆れられた。

しかし、目の前のタカマツは「相変わらず」ではなかった。
病人独特の疲れが顔全体を支配して、彼のどこを見たらいいか、ためらうほどだった。

タカマツが言った。
「ちょっとだけ、人恋しくなってな」

人の笑顔を見て、顔を背けたくなったのは初めてだ。

疲れの浮いた笑顔で、タカマツが話しはじめた。

病気のため、旅館のアルバイトができなくなったこと。
入院していないときは、深夜のコンビニでアルバイトをして、入院費用と養育費を稼いでいること。

「アパートは風呂なし4畳だぜ」
「昼間寝て夜働く生活なんて、一番軽蔑していたんだが、意外と面白いもんだな」
「これからも何度か入院するだろうから、たまに来てくれよ。誰も見舞いに来ないってのは淋しいもんだからね」

病名は聞かなかった。
おそらく、これからも聞かないだろう。

今年の6月に見舞いにいったとき、私も体調を崩していたときだったから、おそらくタカマツと同じような顔をしていたのだと思う。
タカマツから「今日から入院するか」と、からかわれた。

同じ病室だったら、危ないな。
お前は、絶対に襲ってくるだろうからな。

「昔から、あなたのことが好きだったの」と冗談を言う顔も、疲れに支配されていた。

そして、唐突に、「先月から働いていないんだよ。体がつらくてな」と眩しいものを見るような目をして、私を見上げた。

金を……、と思った私の心を見透かすように、タカマツが「マツに頼るつもりはないよ。ここの入院費は、少し待ってくれるようにお願いした。命を取られるような病気じゃないから、働いて返すつもりだ。マツは、俺の話を聞いてくれるだけでいい」と言われた。

「命を取られるような病気じゃない」と言われて、全身の力が抜けた。

しかし、当面の生活費は……、と呟いたら、「俺は貧乏の達人だから、何とでもなる」と、目に力を込めて言われた。
魂だけは、病んではいないということか。

病気、無職、娘たちの養育費。

こんなときこそ生活保護を……と思ったが、タカマツには、娘たちのための預金があった。
その預金は、娘たちだけのために使うとタカマツが決めているものだ。

どれほどの預金があるか知らないが、生活できる程度の預金があるものに、役所は、その権利を与えないだろう。

決して自分のためには使わないと決めている預金。
それが、今のタカマツを支えている唯一のものだ、と言ってもいい。

それを使うくらいなら、死んだ方がましだ。
そう思うのが、タカマツという男だ。


タカマツさん、あんた、男前だな。


「初めて俺を『さん』づけで呼んだな。気味が悪いな」

一生に一度くらいは、許してやってくれ。



昨日、3ヶ月ぶりに、また見舞いに行った。
秋晴れのカラッとした日。
自転車で感じる風が心地よかった。

先客がいた。

「2つ上の兄なんだよ」と紹介された。

場の雰囲気から、立ち入った会話のように思えたので、席を外そうとした。
しかし、タカマツに「話は終わったから」と止められた。

「終わってないんだが」と、眉間の皺を深くして、タカマツの兄が言った。
「俺んちも大変なんだからな。俺を頼るのも、これっきりにしてくれよ。親父が生きていたら、何と言ったか」

話の筋は、はっきりとは分からないが、タカマツが兄に、入院費用を工面してくれと頼んだのかもしれない。

タカマツの兄が、咳払いをした後で言った。
「何年かぶりに電話をしてきたと思ったら、このザマだからな。おまえは、もっと、ましな人間だと思っていたよ。いいか、働かざるもの食うべからずだぞ!」

働かざるもの食うべからず。
病人に向かって?

その言葉を聞いたとき、ふざけるな! という言葉が、口から勝手に出た。

タカマツが、どれほど気高い人生を送ってきたか。
タカマツが、どれほど娘さんを愛しているか。
タカマツが、どれほど真正面から気丈に病と闘ってきたか。
そして、タカマツがどれほど前向きな人生を歩んできたか。
タカマツには、人から後ろ指をさされることなど、何もない!

私は、タカマツの兄に訴えた。

もし、これが弁論大会のスピーチだったら、私はダントツで優勝していたに違いない。
自分でも呆れるほど、言いたいことが、明瞭な言葉として出てきた。
自分にこれほどの才能があることに気づいて、途中で自分の言葉に酔ってしまったほどだ。

言いたいことは、まだまだあったが、タカマツの兄が、腰を引かせながら後ずさりをするのを見て、私は我に返った。

「おまえには、心配してくれる友だちがいるんだ。これからは、もっと、しっかりしろよな」
タカマツの兄は、真昼に白髪頭のオバケを見たような怯えた顔で、後ずさりしながら病室からフェイドアウトしていった。
(肉親だからこそ言える表現で、兄が弟を励ましたことは、いかにバカな私でも理解している)


オレ、もしかして、悪いことした?

「いや、悪くはないよ、全然」とタカマツが、少し血色の戻った笑顔で答えた。
そして、アッサリと言ったのである。

「しかしなあ、マツ…、友だちでもないのに、よくあそこまで俺のこと弁護してくれたよなあ」


え? 友だちでもないのに……?


同じ大学で4年間過ごし、卒業後もたまに連絡を取り合い、昨年の5月からは6回もお見舞いにきているのに、友だちではないって?

つまり、今のは、俺の独り舞台だったってこと?


心が一気に沈んだ。
打ちひしがれた。

しかし、打ちひしがれ………ている場合ではないようだ。

私には、そのとき、気づいたことがあったのだ。
ここが4人部屋だった、ということを。

他の入院患者さん、看護師さんが、固まった状態で私を見ているシーンは、決して舞台の上のことではない。

独り舞台を演じる本物の役者さんなら、優雅にお辞儀でもするところだろうが、私がそんなことをしたところで、カーテンコールがいただけるわけでもない。

顔を赤くして、まわりに頭を下げるしかなかった。

頭を下げ続けながら思った。

俺はいったい、何をやっているのだろうか……と。



友だちでもないのに。




(だけど、俺は友だちだと思っているんだよな、タカマツ)



2013/09/23 AM 06:22:01 | Comment(0) | TrackBack(6) | [日記]

ハンザワナオキ
ジャイアンツ優勝間近。

台風18号が去った日の夜。
場所は吉祥寺の居酒屋。
同業者のバカ騒ぎ。

昔だったら、「金で手に入れた優勝に何の価値があるんだ、ボケ!」と罵った私だったが、今では全く心を動かされることなく、ジャガイモピザと串揚げを食いながら、ひとり静かに生ジョッキを傾けることができる。

密かに、永平寺で30年間修行してきた甲斐があったというものだ。


今年のMVPは誰かって?

MVP = Most Violent Party(最も暴力的な政党)のことか。

中国共産党、アメリカ民主党、共和党のことだろうな。
日本の自民党は、今のところは入っていないが……。


などと、独りの世界に浸っていたとき、突然お馬さん(人類史上最も馬に激似の男)に、『Mさん、半沢直樹、見ましたか? 見ましたよね。みんな見てるんだから」と、鼻息荒い言葉を投げかけられた。

いや、「みんな」は見ていないでしょうよ。
30パーセントを超える高視聴率だとしても、6割以上の人は見ていないんだから。

「見ていないんですかぁ」
お馬さんが、思いのほかガッカリした様子になり、自慢のたてがみに元気がなくなった。
その姿がとても哀れに思えたので、最初の回だけ見たよ、と話に乗ってあげた。

「えー、最初だけですか? その後からが面白かったのに!
俺、ドラマを見て、次の回が早く見たいと思ったのは初めてなんですよ。
おっもしろいのになあ〜、なんで、見るのやめちゃったんですか!」

確かに、面白かった。
堺雅人氏のファンの高校3年の娘と一緒に見たのだが、娘も「堺さん、演技の引き出しが多いなあ」と、感心していた。

脇を固める俳優さんも上手だし、展開の早いキレのある演出は、見応えがあった。

だが、見終わったあとで、娘がこう言ったのだ。
「面白かったけど、なんか、疲れるドラマだな。
男たちだけが、会社のため、家族のためって力むドラマは、オレには共感できない。
もう次からは見ないだろうな」

私も、そう思ったのだ。
男たちが全身で力んで、歯を食いしばるようにセリフを吐く場面が多すぎて、見ている間中、ずっと違和感を持っていた。

半沢直樹の自宅のシーンだけが、堺雅人氏の表情が穏やかになって空気が和らぐが、あとは、どの場面も血圧計のバーが振り切れたような演技ばかり。
見ていて、疲れてしまった。


極端な表現だというのは自分でも分かっているが、これは「俺が会社を変える、俺が日本を変える」と力み返った「男社会」の勘違いドラマではないか、と思ってしまったのだ。

ジャンルは違うが、たとえば、アメリカの映画で、地球が危機に直面したとき、男たちが力を合わせて、「俺たちが国を守る、地球を救うんだ!」と力んで、最終的にアメリカの男たちがヒーローになる展開の「男社会」の映画も、私は苦手である。

あるいは、男の海上保安官(潜水士?)たちが、遭難した人たちを熱い友情を絡めながら救出する作品(見ていないから私の推測)も「男社会」の香りが強すぎて苦手だ。


アレレ〜、オヤオヤ〜、知らないうちに、オレ、会社を建て直しちゃったよ、日本を救っちゃったよ、地球を守っちゃったよ、それで、みんなから感謝されちまったよ。
いや〜、参ったな〜、というドラマなら、喜んで見たかもしれない(そんなドラマ、誰も作らないだろうが)。


ということで、熱く語っているところを申し訳ありませんが、その話題からは、ワタクシは、「オフ」とさせていただきます。


半返しです!

「倍返し!」と全員がツッコンでくれたときには、嬉しくて思わずガッツポーズが出た。

じょじょじょ。

「じぇじぇじぇ!」

力うどんで、おもちなし。

「おもてなし!」

リビングでしょ。

「??????」

リビング = 居間 = 今 をかけたのだが、伝わりづらかったですね。


飲み会の最後に、同業者の中で長老のオオサワさんに言われた。

「Mさん、一つの病気は治ったみたいだけど、他の病気は全然治ってないんだね。これは、不治の病なんだろうね」

はい、ありがとうございます。
ワタクシも、そう思います。


ところで、「不治」と言えば、日本一の山、「富士」。
そして、私の89歳の母が、フジコ。

そこで、ワタクシゴトで恐縮ですが、この度、川崎の母を武蔵野に呼ぶことにしました。
一緒に住むスペースが、オンボロアパートにはないので、近くにバリアフリーのワンルームマンションを借りて、住んでもらうつもりです。

ヘルパーさんのお手をお借りしなければ、何もできない役立たずな息子でございますが、できる限りの親孝行をしたいと思っております。

ぜひ、このことをお含みおきつつ、これからも、お付き合いをさせていただければ幸いです。

なにとぞ、よろしくお願いします。


そう私が頭を下げたときの同業者の反応。

「あっそう」


ジャイアンツの話題の100分の1以下の反応ですよ。



半返しです!




2013/09/18 AM 06:26:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

キャンドゥした
鼻から内視鏡を食ったあとで、オネエにしか見えない女医に、「消えてますね」と言われた。

何が消えたのかは想像にお任せするが、消えたことは目出たいことらしいので、素直に喜んだ。

そして、次の日。
高校3年の娘のお友だちのアミちゃんが、イタリア産のワインを持ってきて、「パピー(私のこと)、おめでとう、治ったんだってね。飲もうぜ」と言った。

いやいや、君たちは飲んではいけませんよ。

「じゃあ、美味しいもの、食わせろよ」

結局、病気が治ったことに便乗して、私の料理を食いたいだけなんだな。
こじつけじゃないか。

「こじつけ、と言えば、私、コジハルが好きなんだよね」とアミちゃん。

話が飛び過ぎてよくわからない。
「コジハル」というのは、新しく聞く言葉だ。

「こじつけ」から飛んできた言葉だから、きっと意味はそれに近いのだろう。

コージーコーナーの春巻き……とか(ぜんぜん近くない)。

「それじゃあ、コージーハルだろうが!」

適切なツッコミ、ありがとうございます。

「エーケービーの小嶋陽菜(コジマハルナ)のことだぁ!」

それでは、略し方に工夫がない。
当たり前すぎて、意外性もない。
その場合、普通「コジルナ」ではないのか。

私が、そう言うと、アミちゃんが、まるで道端に落ちている、カレン、ジェシカ、アンジェリカを見るような尊敬する目で言った。
「パピーさあ……、子どもの頃、可愛げのないガキ、だって言われなかった?」

確かに言われた。
ルックスは可愛かったが、性格は、クソでキモくて終わってる、って言われてた。
(もちろん、昔は、そんな上品な言葉はありませんでした)

という女子高生に無理矢理合わせた会話の中で、私は、妙に居心地の悪い感覚、まるでデーブ・スペクターさんの巧みに計算された古典的なダジャレを全身で受け止めたときのようなズレを感じ取ったのである。

アミちゃんの髪の毛を凝視した。
長さは同じだが、馴染んでいないような気がした。

アミちゃん、それってエクステンションじゃない?
それに、君、アミちゃんじゃないよね?

「おぬし、できるな!」と言ったのは、娘だった。
「なぜ、わかった?」

顔は同じだが、俺が知っているアミちゃんは、俺をいつも軽蔑の眼差しで見ていた。
しかし、君には、俺に対する軽蔑がない。

つまり、あなたは別人だ!
You are not Amichan!

というようなバカげた展開の後、本当のアミちゃんが、オンボロアパートのドアを蹴り倒して、姿を現した。
アミちゃんの振りをしていたのは、妹のユミちゃんだった。

アミユミ。
まるで、PUFFYではないか。

それはパクったということか、と私が聞いたら、「私たちが生まれた頃、PUFFYはまだデビューしていなかった」と言われた。
確かに、PUFFYのデビューは、彼女たちが生まれた1年後だから、パクリではない。
面白い偶然、と言っていいかもしれない。

このアミユミは、双子。
マナカナよりも精度の高い双子っぷりである。

違いは、アミちゃんが髪が長くて、ユミちゃんがショートということだけだ。
今回、ユミちゃんには初めて会ったのだが、目と鼻と口の配置は、まるで双子のように似ていた。

それは、あたかも、フォトショップCSで人物を切り取って、コピー&ペーストし、髪の毛を短く加工したあと、洋服の色を変えたような双子だった。

だから、君たちのことを、「フォトショップCS5&CS6姉妹」と名付けよう。

「伝わりづらいわ!」

そのあと、鳥の唐揚げ、マグロカツ、海老フライ、バーニャカウダ、シジミとエノキダケの和風パスタを食いながら、女子高生と話をした。

当然の流れとして、双子の話題になったのだが、私は誰もが聞くような「双子って、異性の好みも一緒なの? 片方が具合悪いときは、もう片方も具合悪くなるの? 洋服の趣味も一緒なの?」などという、ありきたりのことは聞かない。

もし、ウサイン・ボルトが双子だったら、どうなると思う? という話題を振った。

「兄弟で金メダル銀メダルを取るわよねえ」

違う!
絶対に、片方の名は、「ロッカク・ボルト」に、なっていたはずだ。

白けたぞ。
デーブ・スペクターさんは、このシラーっとした空気さえも織り込み済みで、天才的なダジャレを言うのだから、たいしたものだと思う。
私だったら、心が折れてしまうだろう。

心が折れかけた私だったが、双子の話題をそのまま続けた。

じゃあ、イチロー選手が、双子だったら、どうなっていたと思う?

私のことを軽蔑の眼差しで見ながらアミちゃんが、「弟はジローになるんじゃない?」と投げやりに言った。

違う!
ご両親はきっと、次に七つ児を産んで、野球チームを作るはずだ。
「オールマン・ブラザース・ベースボール倶楽部」を!

もはや、心地よいほどに、白けた空気。
唐揚げとマグロカツ、海老フライが綺麗に消費され、全員が無言でパスタと格闘していた。

しかし、ここでめげるほど、私はウブではない。

では、織田信長が双子だったら?

「歴史が変わるわよね」と、懸命に答えを探し出してくれたのが、我が娘だった。

感謝感謝。


いや、この場合は、どちらかが相手を暗殺しただろうな。
それが、戦国の領主の掟だ。

私がボケた答えを言うと思っていたのか、全員が、舌打ち寸前の軽いコケ芸をした。

その耐え難い空気を救ってくれたのが、またしても娘だった。

「リョウシュって、なんだ?」

ほら、買い物をしたとき、おつりと一緒に貰うだろ、あれだよ。

「それはリョウシュウショ!」
思った通りの間で、娘がツッコんでくれた。

トイレの後に、臭いを消すために噴射するやつだよ。
リョウシュウリキ。

「それは、ショウシュウリキ!」
これも、完璧な間だった。

さらに、刑事が取調室で……、と私が続けたとき、アミちゃんが、それを遮って、「それ、どこまで続くの!」と、下手な漫才を見せられた関西人のように「勉強し直してこいや、ボケ!」という目で、私を見据えた。

そして、「あんた、こんな父親で、よく我慢してるね」と慈悲深い目を娘に向けた。


そのとき、身長159センチ、体重40.5キロ、一年の一学期からクラストップを維持する成績優秀な娘(親バカ)が、名言を吐いたのである。


「こんな親じゃなきゃ、いる意味がない。いないと、人生がつまらない!」


その言葉は、私の心のハートのど真ん中のセンターを199キロの豪速球で震動させた。

感動した、と言っていい。

だから私は、言葉に出して、キャンドゥした、と呟いた。

そうしたら、アミユミに、「パピーさあ、せっかく娘が感動することを言ったんだから、素直に喜ぼうよ。キャンドゥじゃ、100円ショップじゃないか。今の言葉は、そんなに安くないでしょうが」と怒られた。

いや、キャンドゥの由来は、100円で品質のいい商品を提供することで、人々を感動させようと思ってつけられ………。

「また、嘘ばっかり!」
アミユミにユニゾンで怒られた。

はい、申し訳ございません。
本当に感動いたしました。
自慢の娘でございます。

そう頭を下げたら、アミユミが、両側から頭を撫でてくれた。


そのとき思った。

双子の女子高生に頭を撫でられるのも、気持ちいいものだということを。



キャンドゥした。

(お断りしておきますが、私はキャンドゥの回し者ではございません)




2013/09/07 AM 06:26:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

パパのおごりだから
8月29日。
きっかけは、中央線だった。

午前10時過ぎ、四谷で画廊オーナーとの打ち合わせを終えたあと、中央線に乗った。

電車はそこそこ混雑していたが、座ることができた。
新宿、中野を過ぎ、荻窪駅に。
そこで、私の右隣が空いた。

そのとき、二人の母子が乗ってきて、お子様の方が私の隣に座った。
10歳くらいの男のお子様だ。
母親は子どもの前に立った。
母親の方は、40歳前後だろうか。

母親は、高級そうな服を着ていた。
お子様の方には興味がないので、服装はチェックしなかった。

しかし、このお子様。
座席に座った途端、左手に持った傘を私の膝に押し当てたのである。

四谷は降っていなかったが、荻窪近辺は降っていたのだろう。
傘は、少しだけ濡れていた。

その傘が、私の右ひざに密着して、スラックスの膝の部分に水が滲みた。
たいへん、気持ちが悪い。

しかし、お子様は、まったく平然とした態度で、私の膝に傘を押し当てたままだ。
だから私は、お子様に向かって、東京目黒なまりの正統な日本語で、「悪いけど、傘をどけてくれないかな。ズボンが濡れてしまうから」と言った。

だが、お子様知らんぷり。
母親知らんぷり。
ひざ濡れたまま。

そこで私は、1分ほど事態の改善を待った後で、もう一度、今度は東京世田谷なまりの正統な日本語で、「悪いねえ。君の傘が私の右ひざにあたって、ズボンがビチョビチョなんだ。その傘、どけてくれたら、ありがたいんだけどね」と言った。

そのときの母親の反応が、予想外だった。
「うちの子は、一度言えば、わかります!」
怒鳴ったのである。

いやいや、わかってないから、私の右ひざビッチョリなんですよ。
わかっていたら、すぐに、どかすんじゃないですかね。

母親、お子様、完全に無視。

日本語は通じているようだが、私の要望は、まったく通じないようだ。

こんなとき、大人として、どう対処すればいいのかと言えば、色々な選択肢があると思う。
しかし、私には一つの方法しか思い浮かばなかった。

私は、電車などで、両足を大きく広げて開脚角度を誇示する男が嫌いである。
だから、私は上品に、足をコブシ一個分だけ開けて座るようにしている。

だが、このとき、私の右足は、私の意思に逆らって、徐々に右の方に開いていき、お子様の陣地を侵略しはじめた。
つまり、右足だけ哀川翔氏の足になった状態だった。

最初、お子様は抵抗していたが、大人の足の力に勝てるわけがない。
その結果、お子様は、そこにいたって、やっと傘を自分で持つことを放棄し、目の前に立つ母親に預けることになった。

西荻窪、吉祥寺、三鷹。
私の濡れた右足は、徐々に哀川翔氏の角度から通常の角度へと移行していった。

お子様、無言。
母親は、ときどき私を睨みながらも無言。

そして、武蔵境駅が近づいて、右ひざビッチョリの私は立ち上がった。
入れ替わりに、私の座っていた場所に、母親が座った。

そして、私の左隣に座っていた人も立ったから、左の席が空いた。
驚いたことに、その母親は、車内はそれなりに混雑していたのに、その左隣の席に自分の買い物バッグを置いたのである。
この母子は、自分の陣地を広げることを当然の権利だと思っているようだ。

電車のドアが開いて、ホームに降りようとしたとき、母親の「なんなのよ、あれ!」という、かなりでかい罵声が、私の耳に届いた。

その言葉を聞いた「あれ」は、たいへん気分が悪かった。

母子に腹が立ったし、大人げないことをした自分にも腹が立ったからだ。


そこで、私は、どうしたかというと………。


家に帰った私は、その夜、家族に大声でこう言ったのである。

あした、箱根温泉日帰り弾丸ツアーに行くぞ、みんな支度しろ!

四方八方から文句の声が飛んできたが、お土産の購入は無制限、何を食ってもよし、俺のおごり、という言葉が私の口から放たれたとき、文句の声は「歓喜の声」に変わった。

翌日、9時台のロマンスカーに乗り、箱根湯本到着、登山電車で強羅、ケーブルカーで早運山、ロープウェイで大湧谷、桃源台、そして、芦ノ湖で海賊船。

昼メシは、芦ノ湖で、娘と私は、天ざる定食。
ヨメと息子は、カツ丼セットとそばじるこ。
旺盛な食欲だ。

「だって、パパのおごりだから」


杉並木を歩いた後で、奮発してタクシーを拾い、ポーラ美術館に。
その後、強羅の旅館で温泉に入浴。
温泉から上がった後で、刺身舟盛りを食ったが、8割をヨメと息子に強奪され、私は皆が嫌いなタコとイカをいただきながら、中ジョッキ。

「だって、パパのおごりだから」


その後、タクシーで箱根湯本に戻り、お土産屋めぐり。
私は何一つお土産を買わなかったが、他の3人の土産品漁りには、すさまじいものがあった。

3人の土産品の代金が、2万6千円ですよ。

「だって、パパのおごりだから」


欲深きものたちよ!
いつか、天罰がくだるであろう。

ロマンスカーで、娘と私は、ヒレカツサンド。
ヨメは、ヒレカツサンドとシュウマイ弁当。
息子は、ヒレカツサンドと鳥めし弁当。

よく食いますなあ。

「だって、パパのおごりだから」


かなりのハードスケジュールだったので、家族には不評かと思ったが、みな口を揃えて言ってくれた。

「思っていたより暑かったけど、こういうのも面白いよね。また行きたいよね。今度は、箱根以外にも行ってみたいよね」


「だって、パパのおごりだから」


財布は軽くなったが、全員マンゾクしたのなら、私もマンゾク。


しかし、私には強羅温泉で湯につかりながら、薄々気づいていたことがあったのだ。

9月3日までに初稿をあげなければいけない仕事が2件あったことを。

そのうちの一つは、稲城市の同業者からいただいた仕事で、かなりボリュームがあった。
ということで、今日は、弾丸ツアーのあおりを受けて、1時間半しか寝ていない。

そして、もう一つ、私には薄々気づいていたことがある。

こんなブログをアップしている暇があったら、仕事をしろよ、ということ。


はい。
します、します。


おそらく、今日明日は徹夜になると思います。



よい子の皆さん。
傘を人に押し当てるのは、やめましょう。



「だって、パパのおごりだからぁ!」



お父さんの財布が軽くなった上に、寝不足になってしまいます。





2013/09/01 AM 06:28:06 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

やめさせてもらうわ
呼びもしないのに、集まってくれた人たち。

尾崎、ススキダ、ウチダ氏、オオサワさん、イナバ君、タカダ君。

身内だけで済ますから、という私の要望は完全に無視された形だ。
告別式なしで、いきなり斎場で葬式。
ただの儀式で済ますつもりが、そうはいかなくなった。

骨になるまでロビーで待つつもりだったが、人が多くなったので、急遽個室を借りることにした。

私以外は、みな車だった。
だから、ビールを飲んだのは、私ひとりだ。
他の連中は、飲み物は日本茶、ジュース。
食い物は、サンドイッチ、ポテト。

重い空気になるのが嫌いな私は、バカ話を披露して、場を苦笑の空気で満たした。
沈黙よりも苦笑の方が、気が楽だ。

しかし、たまに生真面目な沈黙が訪れるときがある。
そんなとき、私の頭に浮かんだこと。

実の父親が死んでも涙を流さず、バカ話をする自分の親父を見て、子どもたちは、どう思っただろうか。
薄情だと思っただろうか。
人でなしだと思っただろうか。

しかし、薄情だと思われようが、人でなしだと思われようが、泣けないものは泣けないのだ。
私は、演技派ではない。
バカ話しかできない、バカ親父で結構だ。

3度目の沈黙が訪れたとき、普段は私と決して目を合わせないで話す尾崎が、私の目を真っすぐ見ながら、乾いた声で言った。
「俺は、お前の軽薄な話の奥にある本当の気持ちを知っている。おそらく、ここにいる皆もそうだろう。あまり背負い込むなよ」

涙が出るきっかけなど、こんなものだ。

普段は家族に見せない泣き顔。
無様なものだったが、泣いてしまったものは仕方がない。

私が一番嫌いな重い沈黙の中に、三つの泣き声。
私と私の娘、そしてイナバ。

これだけ泣けば、儀式としては十分だろう。


儀式が終わった後で、みなに挨拶をして回った。

「また会おう」は、尾崎。
「今日は休め」が、ススキダ。
「ご苦労さまでした」が、ウチダ氏。
「Mさんらしかったですよ」が、オオサワさん。
「師匠、師匠!」と、最後になって泣いたのが、タカダ君。
「車で送りますよ」が、イナバ君。

イナバのベンツで、足立区から武蔵野市まで送ってもらった。

去り際に、イナバが言った。
「Mさん、痩せましたね」

いや、俺、太ったんですけど………。
(いつもそうだが、イナバとは、話が噛み合わない)


夜1時過ぎ、家族が寝たあとで、ダイニングのテレビで、撮りだめしておいたテレビドラマ「WOMAN」の第3話を、クリアアサヒを飲みながら見た。

気がついたら隣に高校3年の娘が座って、柿の種をポリポリしながら、画面を食い入るように見ていた。

ドラマが終わったあと、娘が感嘆の声で、「満島(ひかり)さんは、上手いよな。あんなにいい女優さんだとは思わなかったよ。完全に役柄が乗りうつった感じで、見終わった後も余韻が残るな」と言った。

はい、満足いたしました。


そして、そのあとで、娘が声のトーンを低く抑えて、私に聞いた。
「なあ、もう教えてくれてもいいんじゃないか。おまえの本当の職業は何なんだ。あの二人は、絶対におかしいだろう。ヤバい仕事をしてるなら正直に言え。もう心の準備はできてるから」

あの二人……尾崎とススキダ。

娘は、ススキダには2回会ったことがある。
最初、ススキダの顔を見たときには、カラダ全体で怯えを表現したが、ススキダの職業を説明したら何とか理解してくれた。
ススキダも気持ちの悪い笑顔で話しかけるという努力をしてくれたから、疑問は大きくならなかったようだ。

しかし、今回の尾崎である。
娘が尾崎を見るのは、初めてだ。
二人目となると、ススキダのときの疑問がぶり返して、さらにその疑問が大きくなっても不思議ではない。

二人が並んだら、その筋の人にしか見えないのは、二人を見たときの斎場の係員の怯えた反応が、それを如実に表していた。
(どこかの組長の葬儀だと思われたのかもしれない)


やはり、本当のことを言わなければいけないか。

わかった。
教えよう。

実は……。

「実は?」

俺たち3人は……。

「3人は?」

漫才トリオなんだ!
名前は、「ごくどう倶楽部」。

「まんざい〜!?」


担当は、俺がボケで、ススキダが「カツアゲ」、そして尾崎が「殺し」だ。


「まんま犯罪者やないかい!
もう、やめさせてもらうわ!」







不謹慎すぎて、スベッたか・・・・・・・。




2013/08/27 AM 06:26:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

非常識人のツィート
Twitter、Facebook、タブレット。

便利なツールが出てきて、コミュニケーションの幅が広がった。
ただ、便利すぎて、使い方を間違える人たちが最近増えてきた。

従業員が、店の食材を使って悪ふざけをする。
あるいは、店の冷凍庫などに寝そべった画像などを配信する。
今年は猛暑だから、冷凍庫が居心地がいいんですかねえ。
……というのは、冗談ですが。

そんな報道を見て、老若男女の常識人たちが「非常識! モラルに欠ける! まったく最近の若者は!」と憤っている。

それは、当然のことだろう。
衛生的でなければいけない場所を遊びの場にするなど、言い訳のできない行為だ。

もし店側が、そのことで損害を受けたのなら、それは弁護士さんと相談をして、しかるべき手を打たなければ、同様のことが繰り返されるに違いない。
感情論ではなく、ビジネスとして公平な判断をしていただきたいと思う。


「今の人のモラルは、どうなっているのかねえ」と呟く常識人たち。

間違いなく、今の人のモラルは、高度経済成長期より上だと思うし、民度も格段に上がっていると私は思っている。

悪さをする人は、ごくごく一部の人だけだ。
そして、その種の悪さをする人は、昔もいたのである。
昔の人の方が「常識人」が多かったというわけではない。

高度経済成長期には、日本人は外国から「エコノミック・アニマル」と呼ばれて、疎んじられ侮蔑の対象だった。
世界の都市を我が物顔で闊歩し、ブランド品を買い漁った。
成長途上のアジアの国々を見下して、自分たちの流儀をアジアの新興国に無理矢理押し付けた。

まるで今のアジアの超大国と同じように。

このような内容の文章を書くと、ネットの世界のルールでは「あいつは在日だ」と評されるらしい。

私の家系は江戸時代中期からは、間違いなく「やまとびと」。
しかし、それ以前のことは、記録にないから知らない。
もしかしたら、千年以上前にご先祖様が半島からわたってきたかもしれないから、そうだとしたら、これは「在日」に入る?
どうでもいいことだが。


現在の日本の海外旅行者たちは、世界各国で最上級の評価を得ている。
日本人と日本製品への信頼度は高く、中韓鮮をのぞけば、日本人のモラルの高さを疑う国は少ない。


だが、昔を遡ると、常識はずれの人が、少なからずいた。
昔にもし、今のようなITツールがあったら、彼らも昨今と同じような恥知らずなことをしたかもしれない。
しかし、しなかったかもしれない。

このような、仮定の話には、説得力がない。

だから、私の知っている「非常識人」のことを書こうと思う。

渋谷のハチ公にまたがって、大型の水鉄砲で道行く人に水をかけ、警官に激しく怒られた男がいた。
賭けに負けた罰ゲームとして、代々木公園の中を全裸で百メートル走った男がいた。

どちらも、私のことだ。
申し訳ありません。
表向きだけ反省しております。


「昔は、今みたいにフリーターなんていなかったよ」と勘違いしている人が、たまにいる。

たしかに、「フリーター」という言葉はなかったが、定職に就かずアルバイトで生計を立てていた人を、私は数多く知っている。

大学1年の夏休みで、部活休みのとき、2週間ほど、ダイレクトメールの宛先を書くアルバイトをしたことがあった。
そこには、15〜6人のアルバイトがいたが、その中の3人が大学生で、他は今で言う「フリーター」だった。

その中で親しくなった男の名が、アサオだ。
アサオは、一人暮らしのフリーターだった。

彼は、給料日前に手持ちの金が少なくなると、山手線に乗って、網棚に捨てられた本、雑誌類を集めるのを習慣としていた。
そして、大量に集めた雑誌を駅前の目立つところに並べて、道行く人に売るのである。
それで、給料日までをしのいだ。

しかし、これは犯罪である。

まず、駅前の道路の使用許可を得ていない。
そして、常習的に古本を売るには、古物商の免許が必要だ。

おまえ、それ、犯罪だぞ、と私が言っても、「知らないって言えば済むんだよ」と平気な顔でアサオは答えるだけだった。
当時ツィッターがあったら、彼は間違いなく「古本売ってるなう」と呟いたに違いない。

アサオの実家は、千葉房総半島で漁師をやっていた。
彼は、年に数回、親がいない頃を見計らって里帰りし、家に代々伝わる骨董をリュックに入れて持ち帰り、東京の骨董屋に売るという「非常識」なこともやっていた。

親のものでも承諾なく盗んだら犯罪だぞ、と私が言うと、「いつか、承諾を貰うから、いいんだよ」と言うアサオ。
彼がFacebookをやっていたら、実家から盗んできた骨董の画像を載せたあとで、ネットオークションにかけたに違いない。
そして、ツィッターで、「骨董品売れたなう」と呟いたはずだ。

その後、1週間ほど、冬のアルバイトをアサオとしたことがある。
東京新橋のホテルのベッド・メイキングだ。

お客様がチェックアウトした後の部屋に入って、掃除をし、ベッドのシーツを替え、バス・トイレを洗浄し消毒する。
これを短時間で行った。
ハードな仕事だったが、時給はよかった。

そのアルバイトの最中に、アサオは部屋にサービスで入れられた新聞の中で、まったく読まれなかったものを集めた。
そして、それを人に格安で売ったのである。
他に、ホテルの備品で使われなかったサービス品を集め、それも知り合いに売っていた。
たいした金額ではなかったようだが、「晩メシ代にはなるぜ」と得意げだった。

使われなかったとしても、備品の所有権はホテルにある。
だから、それは窃盗だよ、と私が言ったら、「じゃあ、おまえの顔を立てて、やめてやるか」と言って、アサオは2日目には、その行為を止めた。

みなさま。
犯罪ではありますが、1日目のことは、どうか大目に見てください。
時効でもありますし。


そんなアサオが、毎日のように、宿泊客のマナーの悪さを罵った。
部屋の備品が、毎日かなりの数、亡くなるからだ。

「バカやろー! 灰皿はサービス品じゃねえぞ! あれは備え付けのもんだ。なんで、勝手に盗むんだ! ああ、バスタオルも持ち帰りやがった! なんで、シャワーヘッドなんか持って行く! 泥棒じゃねえか! 恥を知れ、恥を!」

アサオに、そんな風に言われても、まったく、説得力がないが。


私が大学を卒業してからは、アサオとは会っていない。

大人になったアサオは、最近の若者の行動をどう思っているだろうか。


彼のことだから、どこかで「まったく、モラルがない! 俺が若かった頃は、もっと常識があった。これから、日本はどうなっていくのだろうか。日本の未来が心配だ……なう」と、ツィッターで常識的に呟いているかもしれない。



2013/08/22 AM 06:38:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

サヨナラの向こう側
猛暑らしい。

得意先に行くと百パーセントの確率で、挨拶代わりに「記録的な暑さですよね」と言われる。

世界を敵に回したくないので、そうですね、と答える。

夏ですから、暑いのは当たり前ですよ、などと答えたら、頭にゲリラ豪雨をかけられそうだから、絶対に言わないようにしている。
自分でも、大人になったな、と思う。

私が大人になったのには、理由がある。
2年前までは、夏になると必ず高校野球の話題を振られたが、最近では、私が高校野球に関心がないことを世間が認知してくれて、その話題が出なくなったからだ。

そうなると、他の話題は、天気ということになる。
まったく知識のない高校野球の話題が出るより、天気の話題の方が合わせやすい。

アツイ、の連呼は、選挙運動で繰り返される名前の連呼ほど平穏な生活を侵さないから、精神衛生上許せるレンコだ。

アツイレンコ。
阿津井蓮子さん……いそうな名前ではないか。
(いないか)


ただ、アツイのレンコさんを許しているからと言って、何でも許しているわけではない。

「いまの人は暑さに弱いよね。救急車で運び込まれる人なんて、『昔は』いなかったよ。『昔の人』は、俺も含めて暑さに強かったからさ。『昔は』熱中症で倒れる人なんかいた? 俺の記憶には、ないなあ。なんで暑さに弱くなったのかねえ、『今の人』は」

そんなことを言われたら、私は、整髪料で固めた頭にゲリラ豪雨を「倍返し」で、かけてやろうと思ってしまうのだ。

昔は、「日射病」か「熱射病」と呼ばれていたのが、今は、ひっくるめて「熱中症」。
あなたの言う「昔」に、「熱中症」はなかったのです。

過去の統計は調べようがないが、むかし「熱射病」で倒れ、救急車で運び込まれた人は相当数いたのではないだろうか。
インターネットがない時代は、台風以外の大気現象、個別の事故に関して、世間はそれほど大騒ぎしなかった。

「天変地異だ!」と言って騒いだのは、売り上げ部数を増やすことが使命の雑誌媒体だけだったと記憶している。
新聞とテレビは、死者が出たときだけ取り上げたが、大きな扱いではなかったと思う。

1990年代半ば以後と、それ以前とでは、世界の気象や報道情勢は歴然と変わってきている。

気象に関して言えば、「昔は」が、通用しない時代になった。

まったく関心がないとはいえ、高校球児たちが、炎天下で球を追いかけている場面は、私にも想像できる。

たとえば、炎天下の甲子園で球児たちが熱中症で倒れて救急車で運ばれたという記事を私は見たことがない。
地方レベルの大会ではあるかもしれないが、本戦では記憶にない。
(ただ、無関心だから見過ごしたことはあるかもしれないが)

どんな時代も、アスリートたちは、過酷な夏でも元気だ。

日々の鍛錬と生まれながらの体質。

それは、「昔」も「今」も変わらないのではないだろうか。


酷暑。

たとえば、工事現場の人たちや、交通整理をする人たち。
彼らは、納期に間に合わせるために、どんなに暑くても自分の仕事を全うしようと努力している。

それは、尊敬に値することだ。

私は、オレは暑さに強い、と自慢しているが、それは、せいぜい暑い中10キロのランニングをする程度の強さである。
時間にして40分程度だ。

しかし、工事現場の方々は、日が出ている間、働いているのである。
身体から噴き出す汗の量の多さは、相当なものだと想像する。

水分の摂取をコントロールし、疲れを最小限に抑える方法を彼らは知っているのだと思う。
それが、経験というもの。

その技術は、「昔」も「今」も変わらないはずだ。


昼間のパパは いい汗かいてる
昼間のパパは 男だぜ
昼間のパパは 光ってる
(尊敬する忌野清志郎さんの歌です。忌野氏が天に召されたあと、私は丸二日間、腑抜けだった。これに関しては、3万字を費やしても書き記せないので割愛)


四日前、東京足立区の老人ホームに入所している父の様子を3年ぶりに見に行った。
ほとんど意識なく眠っている父の寝顔を見ても、何の感情もわいてこない自分が怖くなって、気持ちを鎮めようと、帰りに調布市深大寺のバーミヤンに寄った。

W焼餃子とジョッキ1杯。

うつむきながら食っていたとき、遠くの席にいた小柄な人が私に挨拶に来た。
「ああ、ここで会うとはねえ。この近所にお住まいですか」と聞かれた。

親しげに話しかけられたが、私には見覚えのない顔だ。

50歳前後の、小柄だが筋肉質。
そして、かなり日焼けした顔。

このタイプの方は、私の身近にはいないはずだ。

だから、ああ……としか、言えなかった。
まだ心の整理ができていなかったから、顔を思い出す作業が面倒くさかった。

話を早く終わらせるために、どなたですか、と聞いた。

男は、「名前を聞いてもわからないでしょうねえ。制服じゃないし」

制服?
コスプレ?
いかがわしい場所?

いや、俺、行ったことないし……。
行ってみたい気は、4パーセントあるが(さすがヘンタイ)。

私の顔がイヤらしく見えたのかもしれない。
男は、右手を大きく振って、「交通整理の制服。あれ着ればわかると思うけど」と言った。

その言葉で、瞬時に思い出した。
近くの工事現場の前で、いつも交通整理をしているオジさんではないか。

なんだ、そっちの制服だったのか?
コスプレじゃなかったのか。

危なかった。
ヘンタイがバレるところだった。
(もうバレてる?)

「いつも自転車乗っているよねえ。前を通るとき、『ご苦労さま』って頭を下げるよね。あれって、嬉しいもんなんだよ。ほとんどの人が無表情だからね。嬉しいってことを伝えたくて話しかけたんだけど、迷惑だった?」
間寛平氏のように、笑うと一筋になる目の光が温かく感じられて、私の心を浮き立たせてくれた。

立ち上がって、握手を求めた。

小柄な割には、でかくてゴツゴツした熱い手が、私の手を力強く握った。
そして、和みを感じさせる一筋の目。

一瞬で、和んだ。
心が浮き立って、ハグしたくなったほどだ。



心が浮き立ったまま、父の目を思い出そうとした。

思い出せるわけがない。

父と目を合わせた記憶が、俺にはないのだから。


おそらく、もう見ることはできない。

目を開けてくれ、と祈ることもないだろう。



ただ、穏やかな心で、サヨナラを言うことだけは、できるかもしれない。



2013/08/16 AM 06:32:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

社長がブヒブヒ
「Mさん、ラーメン食べても大丈夫ですか?」と聞かれた。

静岡在住の友人、チャーシューデブのスガ君からだった。

ラーメン食べたい。
食べさせてください。

ということで、デブに新宿のラーメン屋に連行された。
1時前後だったが、行列はできていなかった。

食後、スターバックスで「美味かったですか?」とデブに聞かれたので、高かった、と答えた。
私が払ったわけではないが、ラーメン一杯に950円もとりやがったのだ。

それが600円だったら、私は、美味い、と答えただろう。
500円だったら、めっさ美味い。
400円だったら、鬼うまい! と答えたと思う(意味もわからず若者コトバを使ってみた)。

食い物のうまさは、それが価格に見合っているかどうかだ。
私がよく行くバーミヤンや、なぜか世間の評判がいい餃子の王将の餃子を、私は美味いと思ったことがない。

ただ、安い、とは思う。
あの価格で提供する企業努力は、大いに讃えられるべきだと思う。

しかし、繰り返すが、美味くはない。
200円前後だから許せる味だ。

だから、950円という高価格で提供するラーメンなら、600円クラスのラーメンを重戦車でなぎ倒すような圧倒的な破壊力が欲しい。
ひと口目から有無を言わさぬ初速で、舌に旨味の爆弾を落として欲しい。
そして、味覚、嗅覚、視覚、触覚のすべてを満足させて欲しい。

逆に、200円の餃子に、それらはいらない。
まずくなければいい。
200円で、それを要求するのは失礼だ。

そして、店の雰囲気。
私ひとりの感覚かもしれないが、バーミヤンは、自分の世界をすぐ構築することができる空間を持っている。
それは、店が「店の流儀」を押し付けないからだと思う。

しかし、この日行ったラーメン屋は、カウンターの中で皆が厳しい顔をしていた。
怒ったような顔で「いらっしゃいませ」を言う感覚が、私には理解不能。
そして、会話もなく、ラーメンを黙々と食うお客様。

ラーメンをすする音しか聞こえない。
たとえは悪いが、その従順さは、飼育場で飼いならされている何かの生き物かと思った。

私がそんなことを言ったら、スガ君に、「Mさんの意見は当てになりませんからね。他の人と全然違うんだから」と笑われた。

はい。
申し訳ありませんでした。


175センチ、130キロの柔道3段、チャーシューデブ。42歳。
このデブの職業は、社長。
静岡で、駐車場、カラオケボックス、貸し倉庫、食肉の卸業を多角的に経営し、その合間に、年に500杯のラーメンを食うという「スーパーチャーシューラーメンデブ社長様」なのである。

そんな彼は過去に、一人でラーメン店を営業していたことがある。
しかし、経営が下手だった(本人談)ため、4年半で店を畳んだ。

そして、同時期に離婚。
子どもの親権も奥さんに渡した彼は、失意のどん底の中で、静岡から東京に越してきた。
そして、東京の地で、ラーメンを食いまくった。
その結果、もともと太っていた体が、ヤケ食いでさらに膨張し、本当のデブになった。

私という男は、こういう友人の緊急事態の不幸に対して、何の役にも立たない木偶の坊である。
何のアドバイスもしてやることができない。

ただ、デブに誘われるままに、ラーメン店をハシゴするしかなかった。
そして、愚痴を聞く。
何のアドバイスもできず、ただ頷くだけの、ラーメンを何杯食っても太れない、貧相な「木偶の坊」。

そんなことを繰り返しているうちに、唐突にデブの再婚が決まった。
子どもも生まれた。

ほどなくして、奥さんの父親が亡くなるという不幸に遭遇したが、その亡くなった義父の仕事を継いだスガ君は、今その貫禄ある姿に見合った社長業を難なくこなしている。

その貫禄あるデブ社長が、笑いながら言った。
「ラーメン屋は、残念なことをしましたね」

これには、説明が必要になる。
だから、簡単な説明を。

スガ君、ススキダ、ウチダ氏、そして私の4人で3年前の11月にラーメン屋を立ち上げた。
しかし、当時忙しかったスガ君と私を置き去りにしたプロジェクトは、私たちが思いもよらぬ方向に向かった。

店の方向性が、私たちが嫌いな「ラーメン道」を気取った自己満足型のものになってしまったのだ。
何とか軌道修正しようとしたが、ススキダとウチダ氏が、全員の合議で決めた日にちより前に店をオープンすることで、それが不可能になった。
(スガ君と私は、あきらめが早いので)

その結果、スガ君と私は、半年で店から身を引くことになった。
開業資金を出したのはスガ君だったから、経営者は、それ以後も彼だったが、彼はいっさい口を出すことを止めた。

そして、開店から3年足らずの今年7月末に、店を閉めたのだ。

「引き際は、よかったですよね。さすが、ススキダさんとウチダさんは、経営の極意を知っていますよ」
これは、皮肉で言っているのではない。
スガ君に、焼き肉は似合うが、皮肉は似合わない。
本当だったら、怒って当然なのに、彼は強がりを微塵も感じさせることなく笑って言ったのである。

7月の後半、私のiPhoneに、ススキダとウチダ氏から続けて謝罪の電話がかかってきた。
しかし、私はもう部外者である。

スガ君、ススキダ、ウチダ氏という3人の本物の経営者が断を下したのだ。
経営者ではないホネホネ白髪おやじには、それに関して何の意見もない。

ご苦労さん、とだけ答えた。


スガ君が、貫禄のある笑顔で言った。
「Mさんは変わりませんよねえ。さっきラーメン食べながら、俺にずっと話しかけてたでしょ。カウンターの中の人たち、眉間に皺を寄せてMさんを見ていましたよ」

私は、メシは楽しく食うものだと思っている。
「会話」というのが、最高のオカズになることもある。
だから、黙々とラーメンすすって、どこが楽しいのか、といつも思っている。

食うことなんか、ただのオマケだ。
親しい友人とメシを食っているときは、会話が一番で、メシはオマケ。
会話を邪魔する雰囲気の店を私は認めない。

客が店に合わせるのではなく、店が客に合わせるのが本道。
それが、いつの間にか本末転倒している。

むかしスガ君が静岡で開いていたラーメン店は、絶えず客の笑い声が聞こえていた。
その会話にスガ君も参加して、店にはいつも和みの空気があった。
450円のラーメンが、とても美味く感じられたものだ。

あの会話が、最高のご馳走。

俺は、今でも、そう思っているんだよ。


「そうですね、本当に、あれが、俺も理想だと思いますよ。ぜひ、一緒にやりましょうよ。こんどこそ、本当に、あんな幸せなラーメン屋を」
デブが、血管が切れそうなほど眼圧の強い目で、私を見つめた。

しかし、一転して、風船が急激にしぼんだような脱力した目を私に向けて、デブが口元をだらしなくほころばせた。
「あー、でも、今は無理だなあ。ごめんなさい、Mさん、今は、無理です。ムリムリ!」

デブに、拝まれた。

なんなんだ、この急激な変化は!

チャーシューの食い過ぎのダメージが、今ごろ出てきたのか。
脳もチャーシューに占領されて、とうとう真性のブタになってしまったか。

ブヒブヒ。

「Mさん、ブヒブヒ、ブヒブヒ………」

ブヒブヒにしか、聞こえねえぞ。

スガ君、悪いが、もう一度、ブヒブヒを繰り返してくれないか。
頭の中で翻訳するから。

「ブヒブヒ(わかりました)、ブヒブヒ(家内が)、ブヒブヒブヒ!(妊娠しまして)、ブヒブヒヒヒヒヒヒィ〜(意味不明……喜んでいる?)」



それは、えー………、まことに、おめでたいことで。

(また、まわりが出産ラッシュに入ったか。動物の発情期のサイクルと変わりませんね、ブヒブヒ)



2013/08/11 AM 07:59:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

そうだ、そうだぁ!
相性問題を書こうと思う。

趣味や好みが一緒でも、気の合わない人というのがいる。
反対に、まったく真逆の考え、まったく違う環境にいるのに、恐ろしいほど気が合う人がいる。


同業者のオオサワさんは、同業者の中で「長老」と言われている人だ。
だが、詳しい年は知らない。

誰かが言っていたかもしれないが、本人が言わない限り、私の脳にそれが届くことはない。
おそらく、私より6〜10歳程度年上だと推測しているが、その推測に意味はない。
長老である、という事実だけがあればいい。

そのオオサワさんは、困った人だ。

ジャイアンツ・ファン、自民党支持者、演歌が好き、という私と真逆の考えを持った人だからである。

福井県出身だが、いつも「ボクは生まれながらの巨人ファンなんですよ。江川問題や長島解任のときも、一度だって心変わりしたことはありませんね。ボクの心は巨人軍に捧げています」と胸を張っている。
どうせ、彼が子どもの頃は、福井県ではジャイアンツの野球中継しかなかったんだろう。
他のチームのことを知らないから、ファンになったに決まっている。

「今の日本の繁栄を築いたのは、まぎれもなく自民党です。日本の政党で、プロの政治集団と言えるのは自民党だけです」
高度成長期から今に至るまで、力を発揮してきたのは、民間企業と官僚である。自民党は、日本の負債を増やし続けただけだ。
そして、低投票率が続く選挙を演出して、大政党だけが生き残れるシステムを作ったのが自民党だ。
所詮は、小政党の芽を摘むテクニックがうまいだけのジコチューな集団ではないか。

「演歌は、日本人の心ですよ」
日本人の心は、あんなにも極端にネガティブではない。
世の中は、もっと楽しいぞ。
希望に満ちているぞ。

そうだ、そうだぁ!(娘の合いの手です)


「ボクはね、NHKしか見ないんですよ。ニュースは、NHKが一番信頼できますね。『あまちゃん』も面白いなあ、あれは、傑作ですよ」

「あまちゃん」は、ヤホーのトップページにタイトルがよく出てくるので知っている。
(「ヤホー」と書くと、「あれはヤフーですよ」と真面目に忠告してくださる方がいるのだが、そのことは私も知っています)
しかし、見出ししか見ないので、何が何やらわからない。

それに、私は逆にNHK以外しか見ない。
タダだから。
知らない間に、私の銀行口座から、「受信料」の名目で大金が引き落とされているが、私はその度に舌打ちをしている。

君たちは、何様だ!?

そうだ、そうだぁ!(しつこいようですが、娘の合いの手です)


「ゆとり教育は、完全に失敗ですねえ。学力が極端に落ちたじゃないですか。教育は国家の基本ですから、昔の方式に戻した方がいいでしょう」

きっと、OECDが調査している各国の学習到達度の順位をどこかで目にしたのだろうが、日本が上位だった頃の参加国は30カ国程度だったが、最近の調査では60カ国以上に参加国が増えている。
調査の基準とする国が倍以上増えたのなら、順位は落ちても当然なのではないか。

新たに調査に加わった新興国では、教育に力を入れることが国力にも繋がるし、それでモチベーションも上がるから、その結果として上位になるのは当然と言えば当然。
それに対して、先進国は軒並み順位を落としている。
米、英、独、仏などは、10位以内に入っていない。

日本は、ほとんどの項目で10位以内に入っている。
つまり、先進国の中では上位なのだ。
統計学を無視して、「下がった、下がった」と騒ぐとは、君たちは、どこまでマイナス思考のクレイマーなのだ。

ゆとり教育が始まったのは1977年。
少し前の居酒屋でのことだが、30半ばの人たちが、若い人に向かって「まったく、ゆとり世代はなあ!」と説教している場面に遭遇したことがあるのだが、君も「ゆとり世代」なんですよ。
お忘れなく。

そうだ、そうだぁ!(娘)


私がそう言うと、オオサワさんは、いつも「Mさんお得意のへ理屈ですね」で笑って済ませる。

他の人がそんなことを言ったら、耳の穴からから手ェつっこんで奥歯ガタガタいわしたるところだが、オオサワさんから言われた場合は、私は平気なのである(あたりまえだのクラッカー……意味不明?)。

それが、つまり相性ということではないか、と私は思っている。


私の実の姉が死んだとき、同業者には知らせなかった。
1ヶ月近くたってから報告したとき、オオサワさんに怒られた。

「Mさん。ボクたちは、Mさんの何なのかな。友だちじゃなかったの? ボクたちの片思いだったのかね。そうだとしたら、悲しいね」
私の目を真っすぐ見て、悲しい目で言われたときには、申し訳なさで、自分が情けなくなった。

頭を下げることしかできなかった。

「みんなからだよ」と言って香典を渡されたとき、オオサワさんの手から出る優しさのオーラに驚いて、思わずオオサワさんの顔を見つめた。

悲しげな目で頷くオオサワさん。

俺は、とんでもなく失礼なことをしたのだ、と自己嫌悪に陥った。

7月半ばのことだった。
オオサワさんが、吉祥寺のガストに私を誘って、こんなことを言った。
「山口の知り合いに呼ばれて、山口に行くことになりました。お姉さんのお墓は出雲でしたよね。帰りに出雲大社に寄るので、お墓参りをしてきても構いませんか」

もちろん、オオサワさんと姉は、面識はない。
面識がないのに、私の姉だというだけで、オオサワさんは墓参りをしてくれるというのだ。

オオサワさんは、私の祖父と祖母、姉が眠る墓を清めてくれた。
ありがたいことだと思う。


昨日の同業者との飲み会で、オオサワさんから、その話を聞いた私は嬉しくなって、ジョッキのお代わりを注文しようとした。

しかし、オオサワさんに止められた。
「Mさん、ジョッキは1杯までの約束でしたよね。あとは、トマトジュースで我慢するって言ってましたよね!」

いや、しかし、せっかく居酒屋に来て、ジョッキを1杯だけなんて、拷問ですよ。パワハラですよ。セクハラですよ!
じゃあ、なんで、飲み会になんか誘ったんですかぁ!

それを聞いたオオサワさんは、3歳児を諭すように、「だったら、Mさん、断ればよかったじゃないですか。無理に飲み会に来る必要はないんだから」と、牧師のような顔で教えを説いた。


そのあと、まるで打ち合わせたかのように、四方八方から、声が聞こえた。


そうだ、そうだぁ!
(同業者全員の合いの手でした)



2013/08/06 AM 06:28:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

解禁の日
どうでもいいことだと思うが、体重が57.7キロになった。

2ヶ月前は52キロ台にまで減っていたから、順調な回復と言っていい。

だから、昨晩のメシからクリアアサヒを飲みはじめた。
本当は医師のご判断を仰がなければいけないのだろうが、次に内視鏡を鼻から食らうのは9月第1週だ。
まだ1ヶ月以上もある。

そんなに、待っていられない!

自己診断で、クリアアサヒOKのゴーサインを出した。

食事が、うめえなあ、オイ!
と、はしゃいでいたら、高校3年の娘に足を蹴られた。

そして、耳元で、「大嫌いなウーロン茶を飲まなくていいからって、調子に乗るな。バレるぞ!」と言われた。

そう、この2ヶ月ほど、私はクリアアサヒの缶に、台湾産のウーロン茶を入れて飲んでいたのだ。
(4時間水出しをするとクリアアサヒの色に似るので)
毎日クリアアサヒを飲んでいた人間が、突然飲むのを止めたら、家族に変な心配をされると思ったからだ。

クリアアサヒを飲んでいる振りをした。
娘は、それにすぐ気づいたが、ヨメと息子は、全く気づいていないようだった。

しかし、まったく飲む習慣のなかったウーロン茶を飲むことは、私にとって大変な苦行だった。

私は、水分は、ビールとホットコーヒー、トマトジュースでしか取らないという変態体質の男である。
日本茶、紅茶、炭酸飲料などは、30年以上飲んでいなかった。
ウーロン茶に至っては、一度しか飲んだことがなかった。

クリアアサヒの500缶にウーロン茶を入れて飲むのだが、毎回100cc程度しか飲めなかった。

なぜ世の中に、お茶などというものがあるのだ!

もし私が総理大臣だったら、ウーロン茶、日本茶の生産中止令を強権発令するところだ、とまで思った。
権力が欲しい、と思った。


しかし、晴れて、昨日からクリアアサヒ。

幸せだ。

今のところ、胃の調子はいい(と思う)。
クスリ嫌いの私が、毎回真面目にクスリを飲むという優等生ぶり。

良いおクスリをいただいたようだ。
医師に感謝。


そして、唐突だが、杉並の建設会社の社長にも感謝。

「ちょっと頼みたいことがあってよお」と脅されたので、昨日、杉並の会社まで自転車で行ってきた。

私が行ったとき、でかい顔の社長はいなかった。
なぜかマイケル・ジャクソン氏の歌が流れる事務所で、ホットコーヒーを飲みながら待たせてもらった。
(本当は、コーヒーも禁止されているのだが)

この会社では、社長、社員の皆様が飲むのは日本茶オンリー。
しかし、私は意地でも飲まない。

飲みたくないものは飲まない。
それが私のポリシーだ(キッパリ)。

こちらの仕事をするようになって数ヶ月が経ったころ、私が日本茶に手をつけないのに気づいた社長が「日本茶、嫌いなのかよ!」と私の倍の面積を持つ顔で凄んだので、私は震えながら、ホットコーヒーしか飲みませぬ、申し訳ござらん、と土下座した。
その土下座が効いて、それ以後、私にだけホットコーヒーが振る舞われることになった。

40代の女性事務員さんが、首をかしげながら言う。
「なんで、Mさんだけ特別扱いなんですかねえ。普通だったら、ワガママ言うやつには、何にも出すな! って怒るところですよ。会社創業以来の最大のミステリーだわ!」

さらに、「この間なんか、Mさんが急激に痩せたんで、あいつ、絶対にどこか悪いぞ。あの痩せ方は尋常じゃねえ。病院に行けって言ってやろうか。いい病院を紹介してやろうか、なんて言っていたんですよ。私なんか一度も心配されたことないのに」と拗ねられた。

「ホンッとにミステリーだわ!」

そんなことが、ござりましたか。
心配をおかけして、申し訳ござらぬ。

まあ、しかし、会社創業からいる事務員さんがわからないのだから、私にわかるわけがないわねぇ。
ミステリーはミステリーのままで、いいんじゃないですかねぇ。

私がそう言うと、事務員さんに「その捉えどころのない雰囲気に誤魔化されちゃうんですかねえ」と腑に落ちない顔で言われた。

すいませんねえ、捉えどころのない男で………。

と、小さくなっていたら、でかい顔の男が帰ってきた。

私の顔を見るなり、「おお! 血色が戻ったな。腐ったもんでも食ったか? 腹でも下していたのか」と言われた。
機嫌はいいようだ。

調子に乗って、「胃が痒かったんです」と言ったら、「何ふざけてんだ!」と怒られた。

機嫌が良くないようだ。


いきなり、「で、話というのはな」と、でかい顔が近づいてきた。
近すぎでございます、お殿様。

でかい顔が語る話は長かったが、要約すると、会社で慰安旅行に行くのだという。
毎年行っていたのだが、去年は仕事が立て込んでいて行けなかった。
だから、今年は盛大に2泊3日で行くことにする。

そこで、悪いんだが、アンタに会社の留守番をして欲しい。
得意先にはあらかじめ伝えておくし、会社のドアには休むことを書いた紙を貼っておくが、間違って電話をするやつがいたり、会社に来て、「なんで、やっていないんだ!」と、あとで文句を言うやつが必ずいる。

最近、なんでかわからないが、その手のバカが増えたよな。
いま、世間ではバカが流行ってるのか。

だから、そのバカを黙らせるために、アンタに留守番の役を頼みたいんだ。
アンタなら安心だからな。


とんでもございませぬ。
私ごときでお役に立つとは思えませぬが。

「いいんだよ! とにかく、やってくれ! 俺が頭を下げているんだからよお!」

はて……、頭を下げている?
わたくしには、そのようには見えませぬが。

「ほら、これ!」
唐突に、封筒を差し出された。

「もちろん、タダでとは言わねえ。報酬は払うし、お礼もする」と言って、封筒を指さした。

どうやら、その封筒の中身が、「お礼」ということらしい。
震える手で中身を取り出すと、小田急の商品券10枚綴りがズッシリと。

「箱根には懇意の宿が2つあるからよ。好きな日を言ってくれたら、予約しとくぜ。家族4人でいいんだな?」

展開が早すぎて、麺を食ベ過ぎた。
いや、面食らった。

話の本質が理解できないまま「はいはい」と頷いていたら、コーヒーのお代わりを持ってきた事務員さんに、拗ねた目でガン見された。

四十女の嫉妬は怖いぞ。
嫉妬の炎が熱いぞ。
ヤケドをしそうだ。

危険を感じた私は、早々に封筒をバッグに投入し、はい、わかりました。はい、お任せください、と言って珈琲を飲まずに腰を上げた。

「おっ! もう帰るのか? 忙しいこったな。じゃあ……まあ、よろしくな」

そして、最後に信じられない言葉をかけられたのだ。


「お大事にな」


その言葉を当然40代の女事務員さんは、聞いていただろう。

嫉妬が、形を変えた気配がした。


背中に、四十女の「嫉妬の矢」が突き刺さったような気がしたが、それは、絶対に気のせいではない。


だって、朝から背中が痛いんだもん。




寝違えたせいなんですけどね。



2013/08/01 AM 06:28:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

馬ばなれした理論
我が家にやってくる娘のお友だち、女子高生6人にアンケートをとると、全員がタレントの剛力彩芽さんが嫌いだという。

理由は、と聞くと「だって、ゴリ押しでしょ」「テレビに出過ぎ」「可愛くもないのに!」と全員が答える。
どこかの、ごく一部の世界と理由が同じで、気味が悪い。

他に、佐々木希さん、多部未華子さん、芦田愛菜ちゃんが嫌いだという子も多かった。

理由を聞くと、「なんとなくイメージが好きじゃない」と答える。

まあ、好き嫌いというのはイメージがほとんどだから、その答えに関して異を唱えるつもりはない。

ちなみに、高校3年の娘と私は、佐々木希さんを除いて、他のお三方のことは気に入っている。
才能を持った人たちだと思っている。

佐々木希さんに関しては、綺麗すぎて現実感がない。
異次元のステージで暮らす生命体、と言ったら言い過ぎだろうか。
いずれにしても、私たちは、その種の人には関心を持たないようにしている。

だから、好きでも嫌いでもなく、関心がない。

娘と私がそう言うと、何人かの子から、「えー! あんなのちょっと可愛いだけだよ! 美人とはまったく違う。美人のオーラは、もっとスゴいよ!」と強烈に否定された。

驚いた。

美人、というのは、人類にとって共通の認識事項だと思っていたが、そうではないらしい。

好き嫌いは、個人で違って当たり前。
しかし、美しい、という感覚は、普遍のものではないのか。

それとも、娘と私の美意識が歪んでいるのか。
(その確率は高いかもしれない)


彼女が美人じゃない?
本当に、そう思っている?

「あれより美人、たくさんいるよ!」

まあ、それはいるだろうが、その美人の中に、佐々木希は絶対に入らないわけ?

「入る余地なし!」

ずいぶんキッパリと言われたものだ。
そこまでキッパリ断言されると、ご立派というかアッパレというか………。

こうなると、私たちが間違っておりました、と言うしかない状況だ。


そして、この話の流れで、私には思い出したことがあった。

3ヶ月ほど前の同業者との飲み会のときのことだった。
私以外の5人の「エロ同業者」が、「藤原紀香はいい女だよねえ」と意見が一致したのだ。

ところが私は、ジュラ紀の昔から、藤原紀香さんを「美人」だとも「いい女」だとも思ったことがなかったのである。
(これは、個人攻撃ではなく感想です)

簡単に言うと、関心がない。
きっと類いまれなスター性をお持ちなのだと思うが、その魅力が私の脳にまで届かない。

佐々木希さんに関しては、関心はなくても美人だと思っている。
しかし、藤原紀香さんは、関心がない上に美人だとは思わないのだ。

私がそう言うと、「嘘でしょ! Mさん!」「無理しなくていいんですよ、Mさん。誰が見たって、いい女じゃないですか」「こんなところで、カッコつけるのはやめましょうよ。素直に認めなさいよ」とエロ同業者のうるさいことウルサイコト。

それほど皆が言うのだから、藤原紀香さんは、最上レベルの美人なんだと思う。

だから、私は、わかった、と言った。
君たちが、美人だというのだから、美人なのだろう。

君たちのその美意識は認める。
そして、俺に美意識がないのも認める。

しかし、美人だと思わないものを美人だと言うのは、俺は嫌だ。
俺は、美意識が欠如した男で結構だ。

だから、もう放っといてくれ!


つまり、これは、前述の女子高生の発想と同じだということ。

「佐々木希なんか、綺麗だと思わない!」
「藤原紀香を美人だと思ったことがない!」

佐々木希さんが綺麗じゃない、というのは、世代間ギャップで説明できるかもしれない。
しかし、藤原紀香さんの場合は、世代間ギャップは当てはまらない。

私は、エロ同業者たちとほぼ同じ世代なのである。

これは、どうやったら説明がつくのだろうか。

私がそんなことを考えていたら、それまで黙っていた「お馬さん」(人類史上最も馬に激似の男)が、含み笑いで言ったのである。
(馬が含み笑いですよ。信じられますか?)

「Mさん、それは簡単に説明がつくよ。
Mさんは、俺が知っている限り、世界一のひねくれ者だから、人がいいというものを必ず拒絶する傾向にあるんだな。
つまり、みんなが藤原紀香が美人だというと、条件反射的に『美人じゃない』と思ってしまうんだよ。
子どもの頃からアンチ巨人、アンチ自民だった可愛げのないMさんの脳には、みんながいいと思うものには反発するプログラムが、脳の中にできあがってるんだな。
だから、みんなが美人だという藤原紀香を美人じゃないっていうのは、Mさんにとっては、普通のことなんだよ。
ねっ、簡単だろ!」

感動した!
ただの馬だと思っていたが、お馬さんは、人間に極めて近い馬だったのだ。

そして、お馬さんの言っていることは、おそらく当たっていると思う。
佐々木希さんに関していうと、好意的な意見が少なかったので、彼女のことを美人だと思ったのだろう。
もし彼女が、みんなから「美人だ」「綺麗だ」と、その容姿を賞賛されていたら、私は美人だとは思わなかったかもしれない。

完璧な「お馬さん理論」ではないか。


スゴいな、お馬さんって。

そのとき、得意げに鼻を膨らませたお馬さんを見て、鼻をひねって再起不能にしてやろうと思ったが、やらなくてよかった。
あぶないところだった。


その尊敬できる理論を述べたお馬さんに対して、ここで深く頭を下げたいと思う。


ヒヒ〜〜〜〜〜〜〜ン!!





なお、このブログは、藤原紀香さん、佐々木希さんを誹謗中傷するためのものではありません。しかし、ファンの方が感情を害されたのなら、お詫びいたします。
また、お馬さんに関しても、このブログは彼の馬ばなれした知能を賞賛するものであって、彼を貶めるつもりがないことをお断りいたします。
ただ、もし気分を害されたのなら、ニンジンと飼い葉を持って、お詫びに伺いたいと思います。



2013/07/27 AM 06:26:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

枯れ木も山のにぎわい
最近、サカナクションにハマっているんだよね、と私が言うと、「俺も最近は、肉よりもサカナの方がいいなあ」と答えた、テクニカルイラストの達人・アホのイナバ。

One ok Rockはクールだね、と私が言うと、「1時と言ったら、暑さがピークでしょ! ホットすぎる時間ですよ。俺はダメだな、暑さに弱いんで」と答えたアホのイナバ。

そして、一昨日、「近所の温泉に行きましょうよ」と、そんなイナバに誘われて、「近所の温泉」に拉致された。
イナバの愛車に乗せられて行ったのは、河口湖のリゾートマンションだった。

マンション内に、マウントフジが見えるパノラマ大浴場があったのだが、そこは温泉ではなかった。

「温泉じゃないじゃん!」というのも大人げないので、景色がサイコー、とはしゃいであげた。

しかし、東京日野市から河口湖までの乗用車2時間の距離がご近所とは、毎度のことながら、イナバの感性には感心させられる。
それなら、箱根だって鬼怒川だって、ご近所ということになる。

ちなみに、このリゾートマンションは、イナバの奥さん名義のものである。
石垣島の別荘も、奥さん名義だ。

他に海外にも別荘を持っているのだが、反感を持つ人がいるかもしれないので、詳しくは書かない。

アホのイナバも奥さんも、ピュアでいい人だ。
金持ち、と聞いただけで歪んだ感情を持つ人がいるが、イナバの奥さんは、確実に日本の税収を大きく支えている国民の一人である。

彼女の日本国への貢献度は、最貧民の私の貢献度の数十倍あるはずだ。

だから私はアホのイナバは尊敬しないが、イナバの奥さんのことを、日本国民として尊敬している。


帰りの車内で、クリアアサヒの350缶を飲んだ。
なぜか車内にクーラーボックスが置いてあって、その中にクリアアサヒが入っていたからだ。
(イナバは、私の胃が痒い病になっているのを知らない)

本当は医者から止められているのだが、わざわざ用意していただいたものを飲まないというのは、たいへん失礼な行為にあたるので、仕方なく飲んだ。
だから、私は悪くない。

クーラーボックスが、悪いのだ。

さけるチーズを食い、クリアアサヒをグビッと傾けながら、イナバに聞いた。
(本来なら、ここは柿の種なのだが、川崎守護職から柿の種禁止令が出たので、チーズを裂いたのだ)

用があるってのは、富士山をオレに見せることだったのか。
それは、世界遺産登録記念ということか。

「ハハハ」と笑いながら、アホのイナバが言った。
「富士山は世界の宝なんだから、大昔から世界遺産だよ。情報が古すぎるよ、Mさん!」

ああ………そうですかあ………それは、失礼いたしました。
(アホの思い込みには勝てないので、放っておこう)

「ああ、そうだ、忘れていた」とイナバ。
「いつもMさんに頼んでいる同人誌の原稿が来たんだけど、また執筆が間に合わない人が3人いるんで、Mさん、ねつ造をお願いしますよ」

あらら・・・ねつ造って、言い切っちゃったよ。
いいのだろうか、モラル的に。
せめて、代筆と………。

「まあ、名前も内容も変えて書いているんだし、今までに一度もクレームが来ていないらしいから、何の問題もないんじゃないかな。
それに、Mさんが原稿を書くときは、本人の許しを得てテーマをその人から聞いて、人格がその人に憑依して書いているわけだから、ねつ造とは言えないよね」

「ジンカク」と「ヒョウイ」という高度なヘブライ語が、アホのイナバの口から聞けるとは思わなかった。
イナバも成長したものだ。

イナバのことが、私は、ますます好きになった。
ただ、誤解しないでいただきたいのだが、私には、精神的にも肉体的にも男を愛する趣味はない。

私は、たとえ女に生まれ変わったとしても、男を愛さないと決めているアッパレな男なのである。
(ワタシノイッテイルコトオカシイデスカ)

2本目のクリアアサヒを開けた。
そのとき、私の胸に小さな罪悪感が芽生えたのだが、パッション屋良さん(ご存じない?)のように、胸を強く叩くことで罪悪感を追い出した。

罪悪感のなくなった心は、とても軽かった。

そんな風に、心も体重も軽さを実感していたとき、いちオクターブ高い声で、イナバが言った。
「ああ〜、富士山見たら、『ほうとう』が食べたくなったなあ! 富士山と言ったら、やっぱり『ほうとう』だよね、Mさん!」

アホに逆らうとヤケドをするので、ああ、そうだね、富士には『ほうとう』がよく似合う、と太宰治を真似て答えておいた。

「じゃあ、決まりだ。『ほうとう』を食べに行こうよ。美味しい店、俺、知ってるから」

そんなとき、カーFMから、サカナクションの「ミュージック」が流れた。
それを聴いて、私は言った。
ほら、これがサカナクションだよ。

「いや、Mさん、悪いけど、『ほうとう』にサカナは、あまり合わないと思うよ。『ほうとう』には、豚か猪豚だね」

はい! 申し訳ありませんでした。
確かに、『ほうとう』には、豚肉が合うと私も思います。

そんな風なコントを演じているうちに、東京あきる野市のほうとう屋さんに着いた。

私にとっては、初あきる野市だった。

店の入り口に、圧倒されるほど、でかい暖簾がかかっていた。
お昼どきを外れていたが、店内は半分ほど埋まっていた。
人気がある店なのかもしれない。
あるいは、祝日だったからか。

イナバは、猪豚入りほうとう、私は豆腐ほうとうを頼んだ。

クソ暑い中で食う、熱いほうとうは、クセになりそうなくらい美味かった。
コシのある麺は、長時間のドライブで固くなった私の腰を優しく解してくれた。
豆腐と野菜が、スープの中で上手に解け合って、私の疲労を解かしてくれた。

それは、至福の時間と言ってよかった。


ほうとうを食いながら、イナバが唐突に言った。
「Mさん、まあ……あれだよね。Mさんには、俺がついているからさ。俺がMさんの骨を拾うから、心配しないでよ」

アホのイナバには言わなかったが、7月2日のブログで書いた「私の親父さん」が、今月の12日に死んだ。

友人から「早く来てくれ」と言われて、親父さんの自宅に駆けつけた。
前回会ったときから覚悟はしていたが、実際にその時間が来ると、私はうろたえて、ただ心を震わせることしかできなかった。

親父さんの最期の時間を友人と一緒に、看取った。

腰が砕けそうになるのを懸命に我慢した。

友人が、踏ん張っているのを見たからだ。

血の繋がらない俺が、ここで取り乱すわけにはいかない。
それが、最低限の礼儀だと思った。

「葬儀は、身内だけでやってくれよ」
親父さんの遺言だった。

「おまえは、身内なんだから、拾ってくれよな」と友人から言われた。
そう言われたら、拒むわけにはいかない。

濃厚なお別れをした。

そして、俺は、泣かなかった。
(家に帰ってから、風呂場で30分泣いたが)

きっと親父さんは、それを喜んでくれたはずだ。

その日の夜、イナバから電話があった。
「大事な用があるんだけどな。あと……温泉もね」

イナバには、親父さんのことを何も教えていなかった。
しかし、ピュアなイナバは、何かを感じ取ったのかもしれない。
私が、打ちひしがれていることをイナバ独自のアンテナでキャッチしたのかもしれない。


ほうとうを食い終わったイナバが言った。
「俺、Mさんと出会わなかったら、つまらなかったと思うよ。
だから……俺にMさんの世話をさせてよ」

14歳年下のアホのイナバ。


俺ほど手間のかかる男はいないぞ。
覚悟はできているのか?

「大丈夫。
俺だけでは無理だけど、俺には、できすぎた女房と賢い子どもたちがいるから、分担で面倒を見るよ」

俺にも、できすぎた女房と賢い子どもたちがいるんだけどな。

「できすぎた女房と賢い子どもたちは、何人いてもいいだろ? なんだっけ? 『枯れ木も山のにぎわい』ってやつかな。俺たちは、枯れ木でかまわないからさ」

いや、どちらかというと、ルックス的には、俺の方が枯れ木だよな。


「確かに」


喜びを表現しようと、私がハイタッチをしようとしたら、アホのイナバは、グータッチをしようとしていた。

見事なすれ違い。



こんなやつを頼って本当にいいんだろうか、と思った俺だったが、心は確実に泣いていた。




2013/07/17 AM 06:29:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

「ワーイ」の2乗
人が健康を意識するときは、自分の身体が不調のときだ。


川崎の母親が、5月末に心不全で入院した。

88歳の高齢だから、医師から「他にご家族の方がいたら、覚悟するように伝えてください」と言われた。
まるで、しょっぱい梅干しを食った柳葉敏郎氏のような顔だった。

覚悟した。
なにしろ、私の母は、病気のデパートのような人なのだから。
(肺結核、再生不良性貧血、真菌症、気管支拡張症、不整脈)

だから、現実的に色々な準備をし始めた。

ICU(集中治療室)に入るほどではなかったが、肺の水が心臓を圧迫して、呼吸機能と心肺機能が低下するという緊急事態。
「付き添わなくてもいいですよ」と看護師さんには言われたが、「覚悟しろ」と脅されたのだから、付き添わないわけにはいかない。

病室にパソコンを持ち込んで仕事をした。
打ち合わせのときは、病院から出かけて、打ち合わせを終えたらすぐに戻った。
家族の世話をするために、週に2回オンボロアパートに帰った(順繰りに熱を出したので)。
たまに、同業者との飲み会に参加した(非常識?)

このとき、驚かされたのは、母の生命力の強さだった。
心肺機能が、肺の水を尿として排出することで徐々に回復。
日一日と顔色がよくなり、2週間程度で上体を起こせるようになった。
点滴が外れて、ミキサー色が食べられるようになった。

いま歩行リハビリの最中だが、来週の頭(7月第3週)には退院できるだろう、と柳葉敏郎氏から告げられた。
いいニュースなのに、顔は相変わらず、しょっぱいままだった。


だが、ここで異変が起こる。

私の身体のことだ。

私の心体は、室町時代のお公家様のように、華奢でデリケートにできている。
母の入院前、56キロあった体重が、2週間後には52.7キロにまで激減した。

オレ、ダイエットなんかしていないのに………。

今年の始めには、体重が53.8キロまで落ちたので、一日に5食とることで体重がやっと56キロに増加したばかりだった。
ちなみに私の身長は、180センチ。

普通に考えれば、痩せ過ぎですよね。
看護師さんからも「大丈夫ですか。お母様よりも病人の顔してますよ」と言われた。
得意先の人からも「ゼッタイ、どこか悪いでしょう」と心配された。


みぞおち横の胃の痛み。

それは、初めてのことだった。
もともと食い過ぎるということがない私は、胃の痛みを感じたことが、ほとんどなかった。

「この年になると、脂っこいものを食べると胃がもたれるよな」と同年代の友人たちが言う現象にも、ほとんど無縁だった。

胃がもたれるほど食べるなんて、バカじゃねえか! ケッ! 食い意地の張ったやつ! としか思っていなかった。

しかし、胃の痛みと胃のもたれが、お公家様の私を襲った。

6月の第2週。
幸いにも、そのとき私は病院で暮らしていたので、消化器科に行って診てもらうことにした。
すると、「明日、内視鏡のキャンセルが出たから、内視鏡とりましょうネエ。今晩9時以降は何も食べないでねェ」と、消化器科のオカマチックな医師から言われた。

翌朝、鼻から管を入れられて変な気分になり、過去の出来事が走馬灯のように蘇ったとき、「ああ、これは胃潰瘍かも〜〜」とオネエ言葉で言われた。
終わって、食生活に対する注意を受けたが、医師の口調が気になって、ほとんど内容が耳に入ってこなかった。

薬をいただけるというので、とりあえず、いただいた。


オレが、胃潰瘍だってさ………ひとり呟きながら母の病室に向かった。


廊下で、「検査の結果、どうでした?」と豪快な体型の看護師さんに聞かれた。

い〜〜〜かいいよ〜〜〜、とお腹を掻きながら答えたら、「はっ?」と言う顔でガン見された。
豪快な身体に、渾身のギャグを跳ね返されたマヌケな光景だった。

母から、「もういいから、家に帰って、ゆっくりと休みなさい」と言われたので、はい、お母様! 承知いたしました、と答えた。
それが、6月2週のことだった。


胃潰瘍には、刺激物とアルコールは禁物、ストレスもためちゃダメよォ、とオネエから言われた。

だから、我慢した。

ん? 我慢した?
なにを?

それに関しては、VTRを見てみないとわからないので、ここでは「保留」ということにしておく。

薬は、言いつけを守って、必ず飲んだ。

その他に、独自の療法を「自己責任」で行った。

根拠は全くないのだが、チーズをたくさん食った。

私は、初めて告白するのだが、チーズ(発酵性凝固乳製品)が、柴咲コウさん、ガッキーの次に好きだ。
だから、ほとんど毎日、チーズ料理を食卓に並べた。

高校3年の娘からは、「チーズ占拠率79パーセント」と笑われた。
「なんで、チーズばっかり?」とヨメに聞かれたので、ナイショ、と答えた。

その他に、ヨーグルトを3食摂取した。
「LG21」という高価なヨーグルトを身分不相応だとは思ったが、毎朝食った。

ヨーグルトメーカーなるものもAmazonで購入した。

ヨーグルトの他に、工夫をすればカッテージチーズ、クリームチーズができるので、それを料理に利用した。
なかなか優れもののマシンではないか。


で・・・・・クリアアサヒを飲んだかって?


それは、笑って誤魔化すことにする。

昨日、病院に行って、また内視鏡を鼻から食った。

映像を見て、「あらあ、けっこう治ってるじゃない。かなり節制したのネエ〜」と完全なオネエ言葉で言われた。

寒気がした。
これは、風邪ではないかと疑って、内科の診察を受けようとしたが、ロビーに戻ったら寒気が消えたので、風邪ではなかったかもしれない。

快方に向かっていると聞いて、嬉しかった。

ちなみに、書き忘れたが、医師は、オードリーの若林氏を無理矢理にデフォルメした女性である。
だから、正確には彼女が発する言葉は、「オネエ言葉」とは言えない。
普通の女性言葉だ。
ただ、容貌がオネエなので、オネエに聞こえてしまうのだ。

どうでもいい情報だが……。


家に帰って、体重計に乗った。
55.4キロ。

戻ってる。


それを見て、私は軽く飛び上がった。


ワーイ! ワーイ!


「ワーイ」の2乗だが、自分のことなので、この程度の喜び方でいいのではないかと………。




さて…………めでたいので…………クリアアサヒ…………?




2013/07/12 AM 06:25:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

「ワーイ」の100乗
極道コピーライター・ススキダから頼まれた輸入雑貨ショップの仕事が、10日前に終わった。

そして、中央線の特別快速並みの高速で、ギャランティが支払われていた。
しかし、こちらの請求額より少し多く入金されていたので、文句の電話をかけた。

「いや、それはだな……レイコ(ススキダの奥さん)が、仕事の打ち合わせをするのが初めてだったんで、おまえに迷惑をかけたんじゃないかと思ってな。
だから、それは迷惑料+レイコに対する教育料だと思ってくれ」

教育なんて、俺はしていないぞ。
教えたことと言えば、バレない不倫の仕方だけだ。

私がそう言うと、ススキダが「コロす!」と凄んだ。

だから、「殺さないでください」と、威厳を持って電話を切った。


レギュラーの浦和のドラッグストアの仕事をしていたとき、iPhoneが震えた。
ディスプレイを見ると、知らない電話番号だった。

「拒否」ボタンを押そうとしたら、左手の親指が私の意思に逆らって、「応答」ボタンを押してしまった。

「ユミコさんのご主人さまの携帯でよろしいでしょうか?」
聞き覚えのない声だ。

新しい手法の振り込め詐欺ではないかと思った。
私のヨメをダシにして、全財産の5兆円を私に振り込ませようというのか。

身構えた。

しかし、続けて聞こえて来たのは、まるで今すぐ漏らしそうなほど切羽詰まった女の声だった。
「待ち合わせの時間に、奥さんが来ないんです!」

12時半にランチの約束をしたのだが、1時10分になってもヨメが姿を見せないのだという。
それで、以前に、どういうわけか私の携帯の番号をヨメから教えられていたので、私のiPhoneに電話をかけてきたということらしい。

「何か、あったのでしょうか?」

電話はしましたか?

「しましたけど、出ないんです」

私は、ヨメの行動を熟知しているから、ヨメがなぜ電話に出ないのか、知っている。
自分のiPhone5を置いた場所を忘れたからだ。

いまヨメは、必死になって、iPhone5を探しているに違いない。
しかし、多くの人が経験あるように、探せば探すほど大事なものが見つからないというのは、天才アインシュタインをも悩ませた問題である。

ただ、私はヨメのiPhone5のある場所を知っていた。
私は、何でも知っているのだ。

朝早く、ヨメが台所で洗い物をしていたとき、シンクの横の引き出しに置き忘れたのが、そのiPhone5だった。
おそらくiPhone5は、その場所から動いていないものと思われる。

そして、ヨメが、そのことに気づくことは一生ないだろう。
まったく関係ない場所を懸命に探しまわっているに違いない。

だが、知っていて教えないとなると、夫婦関係に亀裂が入る恐れがあるので、親切な夫である私は、オンボロアパートの階下に降りて行って、ヨメにiPhone5の場所を教えた。

「えー! 誰が入れたの! こんなところに?」

そうヨメが言ったので、iPhoneも、たまには孤独になりたかったのさ……な〜んちって! と答えた。

白けた。

ヨメは、まるで怖いものから逃れるようにして、1時26分に家を出た。
(家を出たといっても、家出をしたわけではない)


その後に電話をしてきたのは、高校3年の娘だった。

「斉藤さんって、知ってるか?」

ああ、知っている。
今度始まる日本テレビのドラマだな。
観月ありさ主演の。

「バカか、おまえは! リアルな斉藤さんだよ!」

「斉藤さん」の原作はマンガだが、話はリアルだ。
他に、リアルな「斉藤さん」がいるのか?
俺は、知らないぞ。

「リアルにいるんだ。
篠原涼子を愛しさと切なさと心強くしたような感じの相当な美人だぞ。
心当たりはないのか?」

それは、お得意さんの斉藤さんだな。
色々な業種のプロデュースをしている会社のチーフ・プロデューサーだ。
最近、横浜元町の支社から新宿本社に移ってきたお方だ。

「やっぱり、知っとるのかい!
で、その斉藤さんが、なんでオレの顔と名前を知っているんだ?
いつもお父さんには、お世話になっていますって言われたぞ。
まさか……お世話をしているのか?」

iPhoneの中の家族写真を見せただけだ。
家族がいるということをアピールしておかないと、惚れられてヤケドをすることもある。
用心のためだ。

「おまえ、キモイな。鬼キモイな」

いや、鬼ではなく、神だと言ってくれ。
神キモイと。

「ケッ! 虫けらキモイわ!」

電話を切られた。
(虫けらキモイは、もちろん最上級の褒め言葉だと思うが)


その後、同業者のお馬さん(人類史上最も馬に激似の男)から電話があった。

二十歳で結婚した息子に子どもが生まれたのだが、2年で離婚。
その息子が、つい最近、子ども連れで実家に出戻ってきて、お馬さんがヒマなときは、孫の面倒を押し付けられているという。
(お馬さんは説明能力が3歳児なので、この程度の話を説明するのに、17分25秒の時間を要した)

お馬さん一世、お馬さん二世、そして、孫が三世。
埼玉のご自宅は、まるで厩舎ですな。

息子も奥さんも出かけていて、お馬さん三世(1歳2ヶ月)に、何を食わせたらいいかわからない。
だから教えてくれ、と嘶(いなな)かれた。

ニンジンを生で、と答えた。

「生で? そのままで? それじゃ、馬みたいじゃないですか」

だって、馬じゃないですか。

しかし、それではお馬さん三世が、あまりにも可哀想なので、事細かく教えてさし上げた。
とても感謝された。

ヒヒ〜〜〜〜〜〜〜ン!


トリを飾るのは、WEBデザイナーのタカダ君(通称ダルマ)。

晩メシを食い終わった午後8時36分に、ハイテンションで電話をかけてきやがった。

「師匠! 喜んでくださいよォ!」

わかった。
ワーイ! ワーイ! ワーイ! ワーイ! ワーイ!

これでいいか、と言って電話を切った。

しかし、それから6分待っても、ダルマから電話はかかってこなかった。
いつもなら、「師匠! 冗談はフェイスだけにしてくださいよぉ!」と間抜けな電話がかかってくるはずなのに………。

心配になって、こちらから電話をかけた。
さっきの電話のあと、顔面発作で苦しんでいるかもしれないからだ。

予想に反して、ダルマが普通に出た。

あれでよかったのか、と聞いた。

「はい、さすが師匠ですね。俺の言いたいことが、すぐわかったんだから」

(ダルマの言いたいこと?)
えーーーと、要するにぃ、二人目ができたってことだよな。

「ああ、やっぱり、わかっていたんですね。何も言わなくても通じるんですねえ! 師匠には!」
(タカダ君、悪いが、俺はテキトーに答えただけですよ)

いや、しかし………、タカダ君、俺は間違っていたかもしれない。
この場合は、「ワーイ」の5乗ではなく、「ワーイ」の100乗でなければいけなかったんだ。

95乗も少ないなんて、君に悪いことをした。
謝るよ。

だがね、タカダ君。
今の俺は、体力的に「ワーイ」の100乗は無理だ。
だから、95乗を「借り」にしておいてくれないだろうか。

私がそう言うと、ダルマは即答した。
「わかりました。『ワーイ』の95乗を俺の『貸し』にすればいいんですね」

悪いね。

「いや、大丈夫です。なんの問題ありませんよ」


(よかった。ダルマが、愛すべきアホで)


ワーイ!


(これで、「ワーイ」の94乗に減った)



タカダ君、トモちゃん(ダルマの奥さん)、おめでとうございます。


誕生予定日を聞くのを忘れたが、おそらく年内には生まれることだろう。

それまでに、「ワーイ」の94乗をお返しすることを、今回のマニフェストに追加しておこう。



2013/07/07 AM 06:26:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

逆に、親父さん、ありがとう
蒸し暑い一日だったが、心は寒かった。

そして、俺は怯えていた。


昨年4月のブログで、高校・大学時代の友人の父親が、世田谷区池尻で喫茶店を開いていることを書いた。
コチラを参照していただきたいが、ここのサーバーはリンクが外れるのが当たり前なので、期待しないでください)


「ちょっと話したいことがあるんだけどな」と、3日前に友人から電話があった。

日曜日に、一年ぶりに池尻に足を運んだ。

客はいない。
一年前と表情を変えていない明るい店内とサンルームの花たち。

だが、それよりも強く私の目に入って来たのは、私を困惑させる光景だった。

車いすに乗った「親父さん」。
一年前と比べて、頬がこけ、やつれが際立っていた。

頼みもしないのに、コーヒーとサンドイッチが出された。
親父さんではなく、友人が運んで来てくれた。

「まあ、一口飲んでから……だね」と親父さんが、力のない声で言った。

言われるままに、酸味の強いコーヒーをすすった。
それと同時に、友人が口を開いた。

「つい最近まで、おまえには教えるなって言われていたんだが……親父は…肺がんの末期……もう時間がないんだ」
途切れ途切れの言葉。
目を痙攣させながら友人が言うと、親父さんが、なぜかハハっと笑った。

「俺は、もう80歳だよ。10年前から人生の末期さ。覚悟はしていたよ」
そう言いながら、またハハハと笑った。
目には、親父さんらしいダンディで悪戯っぽい光があった。

「2週間前に、親父たちが新婚旅行で行った台湾の高雄を訪ねた。最後に行きたいところはって聞いたら、台湾だって言うから、家族みんなで行って来たんだ。それから……な、親父は思い残すことはないが、最後におまえに会いたいって突然言ったんだ。忙しいところを悪いが、今日は親父に付き合ってやってくれ」
友人が、深く頭を下げた。


実の父親との繋がりが薄かった私だが、幸いにも「父」と呼べる存在が二人いた。

実の父親の兄である「伯父さん」と友人の父である「親父さん」。
その親父さんが、なぜ私を可愛がってくれたのかは、いまだにわからない。

大昔の話だが、駆け落ちをした私たち夫婦は、結婚式を挙げていなかった。
ただ、友人たちが企画してくれた披露宴だけは催させてもらった。

私の方は、高校・大学時代の友人だけ。
ヨメの方は、勤め先の同僚だけというささやかなものだった。
お互いの親は、呼ばなかった。
(披露宴だから、こだわる必要はないのだが、ヨメの母親が宗教的なことにこだわったのだ)

その若者ばかりの披露宴に、唯一参加した大人が、親父さんだった。

「だって、俺はサトルの父親代わりみたいなもんだからさ」

そう言って、K大学応援団OBの親父さんは、K大学伝統の応援を披露して、列席者の度肝を抜いた。

私たち夫婦に子どもが生まれたときも、親父さんは産院に真っ先に駆けつけてくれた。
そして、生まれた子どもの顔を覗き込みながら、「孫の顔を見ることができて、俺は長生きができそうだよ」と笑った。

だから、親父さんは、私の「父親」だった。

その「父親」が、私の目を真正面から見つめながら、表情を変えずに言った。
「あと2週間くらいだろうな。お別れは早い方がいい」

酸味の強いコーヒーが、苦い味に変わった。

古いエアコンだから、普段は冷房の効きが悪い。
しかし、そのときは、空気が真冬のように冷たく感じられた。

体も頭も凍って、思考が止まった。
いや、時間が止まったと言ってもいい。

そんなとき、親父さんが、いつもの半分以下の声の強さで、しかし、笑いながら言ったのである。

「さて……今日は、どんな面白い話を聞かせてくれるのかな」

店に私が行くと、親父さんはいつも私に面白い話をリクエストするのである。
そして、その話が面白いと、コーヒー代をタダにしてくれたのだ。
(最初から一度もコーヒー代を請求されたことはないが)

ショッキングすぎる話と咄嗟のリクエストで、頭が回らないまま、私は話をし始めた。
面白い話になるか、自信はないのだが、親父さんのリクエストは絶対である。

もしかしたら、この話が最後に……………。


得意先での打ち合わせの帰りに、東横線に乗ったときのことだった。
午後1時過ぎの東横線は空いていた。

その空いていた東横線の同じ車両に乗り合わせたのが、40歳前後と思われる女性の2人組だった。
盛んに、K−POPや韓国のドラマ、映画の話をしていた。

二人のうちの一人の声がでかかった。
しかも早口だ。

申し訳ない言い方になるが、耳障りだった。
そして、さらに耳障りなのが、その女性が話の頭に必ず「逆に」をつけることだった。

「逆に、東方神起は5人の方がよかったわよ」
「逆に、韓国料理は、本場より日本の方が美味しいわよね。あっ、でも、逆に、冷麺は韓国ね」
「逆に、新大久保って、私たちにとっては聖地よね」
「逆に、グンちゃんの日本語ってイケルわよね」
「逆に、若い子って、ヨン様のことを知らなすぎね」

「逆に」の総攻撃。

他の車両に移ろうかとも思ったが、それでは敗北感だけが残るので、気を強く持って座り続けた。

こんなとき、私の幼稚な部分が出てしまうのは、私に堪え性がないからだろう。

電車が祐天寺駅に着いたとき、私は、ああ、『じんてうゆ』かあ、と独り言にしては、でかすぎる声で言った。
そして、あっ、間違えた! 『逆に』読んじまったぁ!

二人の会話が止まった。
そして、明らかな舌打ち。

怒らせてしまったようである。

しかし、変人の私は、その程度のことでは怯まない。

つぎは、『ろぐめかな』だな。
あっ、また『逆に』読んじまったぁ!

お二人様は、中目黒でお降りになった。
降りるとき、『逆に』の人に睨まれたが、そんなことは知ったこっちゃない。

『逆に』いい気分だった。
(我ながら幼稚で嫌なやつ。逆に、あとで自己嫌悪)


そんな話をしたら、親父さんは、大口を開けて笑ってくれた。

それを見た友人が、「やっぱり、バカ話はmatsuに任せた方がいいな。親父の嬉しそうに笑う顔を見たのは久しぶりだよ。顔色も少し良くなった気がする」と、私の肩を強く叩いた。

友人の目に涙が光っていたのは、見ない振りをして、やり過ごした。

「抱きしめてもいいかい」と親父さんに言われたので、車いすの親父さんのそばに行って、抱きしめられた。

骨格に抱きしめられたようなものだったが、体は熱かった。

「泣くなよ。俺も泣かないから」と親父さんに言われたので、涙を体の奥に押し込めた。



あの日から俺は、ずっと怯えている。

大切な人をなくす喪失感を味わう日は、できるだけ遠い方がいい。

だから、友人からの電話が来ないことを願って、怯えながら一秒一秒を生きている。



私はいま、心の中で、親父さん、ありがとう、を何度も繰り返している。


そう唱えれば、その日が永遠に来ない、と思っているからかもしれない。



2013/07/02 AM 06:27:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

怒られて当然
先週は忙しかった。
しかし、今週は急ぎの仕事がなくて、ヒマ。

ただ、仕事がゼロというわけではないので、余力を残しながらパソコンに向かっている。
ストレスはない。

先週は、家族が順繰りに風邪を引いて高熱を出した。
ヨメを発端に、息子、娘の順だ。

高校3年の娘と私は、体質が似ているから、風邪をキャッチボールすることが多い。
だから、今回も高熱が出ることを期待したが、いまのところ、その気配がない。

熱を出すなら、ヒマな 「今でしょ!」
(無理矢理なぶっ込み方)


ヒマだから、今日の晩メシは、手の込んだものを作ろう、と思いながら台所に立った。
はたして、それが手の込んだ料理かと言えば、異論はありましょうが、串揚げを作ることにした。

串揚げとサラダスティック、タラのすまし汁。
タラは丁寧に骨を抜いた。
ほらっ、手が込んでいるでしょ!

具材を仕込んでいたときに、ケツのポケットに入れておいたiPhoneが震えた。

ディスプレイを見ると、「栃木のオッサン」となっていた。
「栃木のオッサン」は、埼玉の団地に住んでいた頃、同じ団地に住んでいた人だ。

私は、彼に対して全く親しみを感じたことがなかったのだが、団地の遊歩道などで出くわすと、彼の方から親しげに話しかけてきて、ときに1時間以上拘束されることがあった。

要するに、話好き。

しかし、その話好きの「栃木のオッサン」は、10年以上前に奥さんと離婚をした。
離婚のとき、分譲マンションを奥さんと子どもたちに与え、自分は栃木のアパートで独り暮らしをしながら養育費を払う、という波瀾万丈の人生を彼は送っていた。

そうなれば、もう私との接点もなくなっただろう、と思ったが、なぜか彼の方から年に4回ほど電話をかけてくるのが決まり事になった。
彼のネットワークの中に、親しい団地の人間がいなかったので、彼の別れた家族の近況を私から聞くためだった。

しかし、私は人様の暮らしには全く興味がない男だから、彼の家族の情報を収集することに関しては、何の役にも立たなかった。
だから、こんな役立たずはお払い箱だろうと思って、彼からの接触がなくなることを期待したのだが、彼はその後も年に4回のローテーションで電話をかけてきた。

よほど気に入られたものと思われる。

その栃木のオッサンが言う。
「俺、とうとう『なまぽ』の仲間入りですよ」

さあ、困ったぞ。
新しい流行語が出てきたのか。
それとも、栃木弁か。

自分が知っていたとしても、他人はその言葉を知らないということを想像できないやつが、近ごろ多すぎる。

私は「ウォーキング・ディクショナリィ」と言われている男だが、そんな私でも、知らない言葉はたくさんある。
特に、新しいことばは、ほとんど脳が受け付けないから、それが新しいことばだとしたら、お手上げである。

だが、一応、想像はしてみた。
これは何かを省略したことばではないか、と推測した。

「なまぽ」の「なま」は、「生」であろうと思った。
それなら、あとは「ぽ」だけである。

生のポーランド人の太もも。
生ガキを食うポルトガル人の太もも。
生意気なポニョの太もも。

しかし、これでは「なまぽふ」になってしまう。

大事な「太もも」を省略してしまったら、意味がないではないか(?)。

他にも色々考えようとしたが、栃木のオッサンに「まあ、聞いてくださいよ」と思考を遮られた。

「聞いてくださいよ」と言われても、私には家族の晩メシを作るという崇高な仕事がある。
いつものように、1時間も独演会を開かれては困る。

だから、私は、栃木のオッサンに、こう言った。

なるべくダイジェストでお願いします。
それに、話は聞きますが、それは聞くだけでいい内容の話ですか。
それとも、聞いた後で何か感想を述べなくてはいけませんか。
できれば、相づちだけの方が楽なんですが(晩メシを作りながら聞くことができるから)。

そう言ったら、「バカにするな!」と電話を切られた。


バカにしたわけではない。
もともと、私が他人の情報には興味がないことを栃木のオッサンは知っていたはずだ。

私は栃木のオッサンの毎回の近況報告に、気のない相づちを打つことを繰り返していた。
それでも、栃木のオッサンは、怒ることなく「Mさんは、いったい、何に興味があるのかなあ」などと苦笑しながらも飽きずに電話をかけてきたのである。

「俺のことなんか、興味ないでしょ」
はい、ありません。
「まいったなあ、ハハハハハ……」

それが、儀式だと私は思っていた。
ただ聞いているだけで相手は満足するのだ、と解釈していた。

しかし、今回は怒られた。

よほど聞いて欲しい話題だったのだろうか。


晩メシを食い終わってから、ネットで「なまぽ(ナマポ?)」を調べたら、意味がわかった。

デリケートな話題だったんですね。


そりゃ、怒るわ。




でも………こちらから謝罪の電話をかけることはしませんよ。


俺には、他人の人生を「評価する」趣味はないので。

(自分の人生の価値もわからないのに、他人の人生の価値がわかるわけがない)



2013/06/12 AM 06:25:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

アソウ副総理とノダ元総理
水曜日は、今年2回目のオフ。

しかし、家でノンビリすることは許されないので、午前10時過ぎに、営業を装ってオンボロアパートを出た。
目的地は、小金井公園。

三畳敷きのレジャーシートとクリアアサヒの500缶を3本。
特大のおにぎり1個、おにぎりの中には、激辛の麻婆ナスがギッシリと詰まっている。

今回の休日に関しては、特別面白いことも楽しいこともなかった。
寝て起きてクリアアサヒを飲み、おにぎりを食う。
そして、また寝て起きて、クリアアサヒを飲む。

それの繰り返しだった。

面白いことと言えば、午前中に一度、顔を生暖かいザラザラした感触で触られて目覚めたことだろうか。
目を開けるとコーギーが私を食べようとするところだった。
そして、午後の2回目の睡眠のとき、やはり生暖かく少し生臭い感触で目覚めた。
ミニチュアシュナイザーが、私を食べようとしていた。

犬にとって私は、相当おいしいご馳走に見えるらしい。
こんなに骨ばかりなのに………。
いや、骨だからこそ、彼らにとっては、美味しいのか。

こんな風に、今回の私の休日は、いたって普通だった。

だから、ここからは、違うことを書こうと思う。


高校2年の少年に、お説教を食らったという話。

ヨメのお友だちの息子が、パソコンを習いたいというのだ。
しかし、この少年は大変頑固で、「俺にはパソコンなんて必要ないよ。あれは堕落の元だ」というポリシーを持っているという。

その考え方は、嫌いではない。
自分の意志で言っているのなら、大したやつだと思う。

しかし、彼の母親は、「パソコンは、今の時代には空気と同じで、人間生活に必須」という考えを持っている人だから、自分の息子の将来を憂いて、強制的にパソコンを習わせようとした。

そこで、私のヨメに相談。
ヨメは、いつものごとく、私に相談することなく、「うちの主人に教わればいいじゃない」という軽いノリで話を進めた。

先方の「お金払うから」という申し出に、「なに言っているの。友だちなんだから、お金なんかいらないわよ」という、私には永遠に理解不能のオバさん的会話で、すべての話が決まり、私が頑固な少年を教えることになった。

オレ、とても忙しいんだけどね。
偏屈な少年のお相手なんかする暇ないんだけど……ね。

しかし、偏屈な少年を決して嫌いではない私は、結局ヨメの思惑通り、昨日の午後、彼にパソコンを教えることになった。

会ってみたら、少年は小さくて可愛かった。
後で聞いたら、158センチだという。

「中学2年で、成長が止まったんだ」と笑顔で言っていた。
しかし、その顔は笑っていたが、目は笑っていなかった。

ちょっと、不気味。

そして、少年は、最初から試合放棄。
「俺、パソコンなんて覚える気はないからね。ママも無駄なことするよなあ。本当に無駄」と、舌打ちしながら自説を述べた。

私は、人に無理に何かをさせるというのが嫌いなタチなので、彼の意見を尊重し、来たばかりだったが、じゃあ、俺、帰るわ、と言った。
相手が無駄と言うなら、それは間違いなく無駄な時間だ。
もともと気が進まなかったし、家に入ったときから、居心地の悪さを感じていたのだ。
ここは、早々に帰るべきだ、とビンボーなケツを上げた。

しかし、少年に止められた。

「いま帰られたら、ママがうるさいからさ。一応教えてもらったというアリバイを作りたいんだよね。だから……ちょっと、いてよ」

ママが怖いのかよ。
だらしないやつだな。

と思ったが、世の中の少年の99パーセントはママが怖いものなので、彼の顔を立てて、一時間ほど、いてやることにした。
私は、優しい大人なのだ。

しかし、居心地が悪い。

その居心地の悪い原因はわかっていた。
豪邸に足を踏み入れた途端目に入った、玄関に貼った自民党議員のポスター3種。

おそらく、少年の父か母が、彼の後援会に入っているのだろう。
それだけならまだ我慢できたが、少年の部屋に入った途端目に飛び込んできた東京ジャイアンツの選手の写真の数々。
(私は、ジャイアンツの選手のことはまったく知らないのだが、ユニフォームの胸にGIANTSとあったから、それはおそらくジャイアンツの選手なんだと思う)

私は、勘違いしたジャイアンツファンがよく言う「アンチジャイアンツの人ってさ、本当はジャイアンツのことが気になってしようがないんだよね。気になるから文句を言うんだよ」という傲り高ぶったご意見に反発して、ジャイアンツにはまったく興味を持たないようにしてきた。
だから、ジャイアンツの選手のことは、まったく知らない。

部屋に貼ってある写真の主が誰なのか、まったくわからない。
わかりたいとも思わない。

少年の部屋の壁に充満したジャイアンツの選手の写真。
そして、その横に、自民党議員のポスター。

高校2年の少年の部屋に、自民党議員の選挙用のポスターですよ。
ミスマッチにもほどがある。

たいへん居心地が悪い。

私には、三大アレルギーがある。
自民党アレルギー、ジャイアンツアレルギー、そして、演歌アレルギーだ。

少年の部屋に入る前に、トイレをお借りしたのだが、トイレの壁には、ジャイアンツ選手の写真の他に、氷川きよしさんの写真が数枚貼ってあった。
(他に演歌歌手らしき人の写真も貼ってあったが、誰やねん!)

氷川きよしさんファンには申し訳ないが、用をたしているとき、寒気がした。

2つだけならまだ我慢できたが、三大アレルギーの素すべてが揃ったら、私の思考能力はゼロに近くなる。

少年が「Aさん(国会議員)に連れられて、よく東京ドームに行くんだよね。あっ、もちろん、入場料も食事代も全部自分で払ってるから」という、こちらが聞きもしない情報を盛り込んで、ジャイアンツ愛を熱く語った。
(選挙運動になるので、政治家の名は伏せる)

しかし、私は、少年の話に対して、あっそう、としか答えない。

オレ、アンチジャイアンツなんだよね。
アンチ自民党なんだよね、などと宣言するのは、少年に対してあまりにも大人げないので、あっそう、としか言えないのだ。

あっそう、の連発。

「誰それは、チャンスに強いんだ」
あっそう。
「誰それの年俸は、5億円以上なんだよ!」
あっそう。
「誰それは、すぐに日本を代表するエースになるよ」
あっそう。

そんな風に、36分間、あっそう、ばかり言っていたので、飽きた私は違うことも言ってみようと一大決心をした。

「Aさんがね、原監督は絶対に政治家になっても通用するって言ったんだ」

あっそう、あっそう、アソウ副ソーリ。

軽いノリで言ったつもりだったが、少年の顔色が、わかりやすいほどに変わった。
顔が赤くなり、目が吊り上がったのだ。
そして、唇を震わせながら言った。

「何を言ってるの! ふざけるにもほどがあるでしょ! 政治家をバカにするなんて! アンタ、それでも日本人かよ!」

いや、あなたも正当な日本人なら、いくら腹が立ったとしても大人に対してタメグチは慎んだ方がいいんじゃないですかね。

それに、私はどこから見ても正真正銘の日本人でしょうが。
まあ……55番を背負っていた頃は、デレク・ジーターとも仲がよかったから、よくニューヨーカーに間違えられたものだが……。

とは思ったが、さっきの言葉は、自分でも程度の高い冗談とは思えなかったので、とりあえず謝っておこうと思った。
少年の心を傷つけたのは確かだからだ。

だから、誠心誠意謝った。


悪かった、悪かったのだ、悪かったノダ元ソーリ。

そう言ったら、少年は、「ガハッ」と笑いやがった。


なんだ、こいつ!

2013/05/17 AM 06:29:03 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

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