Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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胸に負けた男
ヤクルトレディが好きである。

もちろん、嫌らしい意味で言っているわけではない。
関連性が理解できないかもしれないが、タレントの剛力彩芽さんがジョアの宣伝をしているから、好きなのである。

これは、どうでもいい話だが、私は女性に限らず、人から悪口を言われたり、仲間はずれにされたりする人を好む傾向が強い。
いつも多数決では少数派についている。
おそらく、ヒネクレているからだと思う。

たとえば、今はそれほどでもないが、出川哲朗師匠と江頭2:50師匠が嫌われタレントの双璧をなしていたことがあった。
私はその現象を見て、なぜ彼らが嫌われるのか理解できなかった。

彼らに代わる芸人さんは絶対にいない。
あの芸の見事さは、マエストロと言っていい。
そして、彼らは今も変わらずマエストロだ。

それは、尊敬できる。

ただ、彼らが世間から嫌われていなかったら、これほど彼らを尊敬することはなかったかもしれない、とも私は思っている。
開き直るのだが、ひねくれ者とは、そんなものなのです。

最近の私の大好物はNON STYLE井上裕介氏である。
ウザい嫌われ役を演じきっているところがいい。
マエストロとまではいかないが、達者だとは思う。

それに、関西の方々はシャレがわかるので、井上氏に対して、「キモくて嫌いじゃ、ボケ!」と言いながらも、彼の嫌われキャラを温かくサポートしている気配もある。
「ブス!」という罵倒は、愛情の裏返しなのかもしれない。

………と、いつもながらに話が脱線したところで、軌道修正。

ようするに、私は剛力彩芽さんが逆風を浴びているが故に、ヤクルトジョアが好きなのだ。
(同じ理由で沢尻エリカさんを応援するために、ひところスニッカーズをよく食った)
だから、道でヤクルトレディが立ち止まっていたら、私は必ずジョアを買うことにしていた。

埼玉にいた頃は、路上でヤクルトレディを見ることは、宇宙人に遭遇するくらいまれだったが、武蔵野に越してきてからは、頻繁に見かけるようになった。
中央線武蔵境駅半径634メートルのところで、週に1〜4回は見かける。

同じ人のときもあるが、違う人のときもある。
年齢は20代後半から40代が多いかもしれない。
呼び止めるたびに、レディの方たちは愛想良く対応してくれる。

「寒くなりましたねえ」「今日は遠くに行かれるのですか?」「いつも眠そうですね。お忙しいんですか?」「お仕事頑張ってください!」

ありがとうございます。


先日の日曜日、小金井市のOK牧場(ストア?)に、買い出しに行った。
私の場合、週に一度、武蔵野市、三鷹市、小金井市のスーパーを回って、一週間分の食材を買い出しするのが習慣になっていた。

インターネットで、その日の特売を調べて、まとめ買いをするのだ。
OKストアは、この日最後に回ったスーパーだった。
調味料などが安いので、重宝していた。

溶けるチーズ、スライスチーズ、ロースハム、ベーコンブロックをまとめ買いしていたとき、「あら、お買い物ですか?」と声をかけられた。
30歳前後の声のよく通る女性だ。
お会いした記憶はない。

私は、咄嗟に、何かタチの悪い勧誘なのではないかと疑い、「まあ」とだけ言って、逃走した。

武蔵野市で2番目にビンボーな私は、ランボルギーニ・カウンタックLP5000Sを薦められたとしても、買うことができない。
だから、勧誘からは、いつも逃走することにしていた。

買い物をすべて終えて、OKストアの駐輪場で、自転車の荷台に段ボールに入れた戦利品を括り付けているとき、また声をかけられた。

「この近所に、お住まいなのですか?」
先ほどの女性だった。

だから、俺はランボルギーニ・カウンタックLP5000Sは買えませんから! と拒否しようとしたが、そのとき、女性の胸が恐ろしく膨らんでいることに気づいた。

小さなスイカを盗んできたのか?
つまり、スイカ泥棒?
いや、しかし、スイカの季節ではなかったような気がしたが…。

首を傾げながら、胸に隠したスイカを凝視していたとき、「いつもジョアをお買い上げ、ありがとうございます」と頭を下げられた。

ジョア、剛力彩芽さん、ヤマザキ製パン・ランチパック。
突然、ランチパックのポテトサラダが食いたくなった。
帰りに「いなげや」で買って帰ろうか。

などと考えながらも、私の目は相手の胸に隠した小玉スイカに釘付けだった。
冷静に考えて、いま小玉スイカは出回っていないはずだ。
早くて4月だろう。

つまり、それはスイカではない。
では、カボチャか。
しかし、カボチャにしては、凸凹がない。

それに、もっと冷静に考えても、胸にカボチャを隠すお茶目な変態が、こんなに堂々と世間を歩いているわけがない。
普通は、日陰をこっそりと歩くものだ。

つまり、これは自家製の胸!?

断っておくが、私は貧乳派である。
私が神と崇める柴咲コウ様、天使のスマイル・新垣結衣天女、天性の女優・宮あおい姫、世紀の美女・仲間由紀恵女史、朝昼晩いつでも美味しいベッキー菩薩、そして、ジョア剛力彩芽さんは、貧しい胸しか持っていない。
私の大学1年の娘に、この人たちの共通点は何だと思う、と聞いてみた。

「美人というところか」

違う。
みな、キーがつくのだ。
シバサッキーコウ、アラガッキーユイ、ミヤザッキーアオイ、ナカマユッキーエ、ベッキー、ゴウリッキーアヤメ。
どうだ、すごいだろ。

私がそう言うと、娘は哀れみを目にたたえて、「君はいつも楽しそうだねえ。でも人前では言うなよ」と頭を撫でてくれた。

はい、言いません。
(ブログで公表してしまったが)


ということで、貧しい、という言葉の響きが、私は好きだ。
だから私は、貧しい胸が好きだ。
美脚があれば、胸のクォリティは問わない。

しかし、意に反して、私の目は巨大な胸に釘付け。
ヤクルトレディが、何か言うたびに、私は「はいはいはい〜」と心のこもらない相づちを打つだけだった。

おそらく、ヤクルトレディは、私のことを軽蔑したに違いない。

顔は笑っていたが、逃げるように「では、またお願いします」と言って、私の前から姿を消した。
小玉スイカが、消えた。

喪失感を味わう私。

帰りに「いなげや」で、ランチパックを買うのも忘れ、小玉スイカ、小玉スイカと呪文を唱えながら、私は自転車を漕いだ。
まるで、夢の中にいるような感覚だった。

家に帰って、これからは、ヤクルトレディに声をかけるのはやめよう、と私は心に誓った。

心に誓わなくても、おそらく私は、小玉スイカ好きの変態オジさんとして、ヤクルトレディの間で認知されたに違いない。
これからは、ヤクルトレディを見かけたら、超高速で逃げるのが一番だ。

それ以外に、私に残された選択肢はない。


そう固く誓った次の日の朝、私は得意先に行くために、9時15分にオンボロアパートを出た。

そのとき、目の前にいたのは、なんと、小玉スイカ!

「あら、おはようございます。昨日は、どうもぉー」
明るく、話しかけられた。

しかも、住んでいるところが、バレてしまったし。

絶体絶命。

このあと、私はどうしたかというと、毎週月曜日この時間にジョアを7個届けてくれるように、お願いしてしまったのですよ。
つまりこれは、後ろめたさへの出費!



これから先、きっと私は「胸に負けた男」として、後世まで語り継がれるに違いない。




2015/01/21 AM 06:27:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

正義の人たち
マクドナルドさんが、大きな逆風を受けている。

中国工場での非衛生的な製造現場。
そして、今回はナゲットへの異物混入。
他のものにも異物混入があって、子どもが怪我をしたケースもあったという。
(しかも、事故から大分たってからの公表だった)

客足は落ち、当然のことながら営業利益も落ち込んでいるらしい。

そうなると、ひねくれ者の血が騒ぐ。

私は、マクドナルドさんには、あまり行ったことがない。
(かつて2か月ほど昼間だけ流浪の旅をしていたとき、パソコンの電源をお借りするために、スターバックス様と併せて、集中的に利用させていただいたことがあったが、それが私にとっての短いマクドナルド・バブルだった)
ハンバーガーは一回しか食ったことがない。

私がマクドナルドさんを利用するのは、Sサイズのコーヒーを飲むときだけだ。
それも頻繁にあるわけではない。
一か月に一度あるかないかだった。

しかし、逆風を浴びてからは、よく利用するようになった(中央線武蔵境駅前店)。
ホットコーヒーを飲むだけだから15分程度だし、単価も安いので、マクドナルドさんには何の役にも立っていないと思うが、たった15分間だけでも充実した時を過ごさせていただいているのは事実だ。

たった100円程度でも店員さん(クルー?)の愛想はいいし、店内は暖かいし、 Wi-Fiも使える環境の良さは地理的な利便性を考えれば、そのコストパフォーマンスはかなり高いと思う。

それに、コーヒーの場合は、異物が入っていたら、それが毒でない限り、お代わりプリーズで済む。

ただ、やはり、食品を扱う飲食店の衛生状態が悪いというのは、客足を引かせるには充分な要素だ。
しかも、ケガ人まで出ている。
致命的と言ってもいい。

しかし、私はマクドナルドにはコーヒーさえあればいいと思っているので、マクドナルドさんに批判的にはなれない。
衛生上問題なものは食わなければいいのであって、快適な空間さえ提供されれば、私は満足だ。
異物混入は、会社側が真摯になって原因を追及すれば、時間はかかっても解決できる問題だ。
(ユーザーが納得できる説明責任が必須だが)


類似の話として、昨年、ペヤング焼きそばの異物混入事件もあった。

そして、このとき、混入した虫を撮影してツィッターにアップした人が、炎上したという「変な事件」もあった。
このツィッターの主を叩くという行為が、私にはまったく理解できなかった。

多くの人が「ツィッターにあげる前に、会社に報告するのが先ではないのか」とか「売名行為ではないか」と叩いた、という記憶が私にはある。

大手企業を告発すると、感情的に反発する人の頭の構造というのは、どうなっているのだろうか。

普通に考えれば、個人と企業の力関係は、すぐに理解できる。
企業に報告するだけなら、それが揉み消される可能性が高い、という想像力は働かないのだろうか。

今回、マクドナルドさんは、小さな事故は公表を控え、後出しのように「こういうこともありました」と公表したではないか。
つまり、それは、今回の事故がなければ、間違いなく揉み消された事例だ。

揉み消されないように、画像をツィッターにアップする。
自己防衛としては、完璧なように私には思えるのだが、叩いた人たちが、企業寄りのスタンスをとる理由は一体何だったのだろう。

正義感でしょうか。

しかし、カップ焼きそばに虫混入という事実を提示する正義感と比べると、その事実に待ったをかけて企業を擁護する行為は、どう考えても正義感とは言いがたい。

余計なことをして、ペヤングが食えなくなったら、みんなが困るだろうに、という正義感か。

私の友人にも「カップ焼きそばは、ペヤングしか食わねえ」という侠気あふれた男がいる。
そういうやつには、私は首を絞めながら「一平ちゃんをなめんなよ」と、優しく語りかけているのだが、こういう冗談が通じない人も世の中にはいらっしゃるから、余計なことは言えない。

ただ、矛盾するようだが、私は命に関わる異物混入以外には、寛容である。
国内の工場や店に、そんなに虫がウジャウジャいるとは思えない。
(外国の工場のことは知らないので外国産のものは食わないようにしている)

百分の一以下の確率に、目くじらを立てるという法則を私は持っていない。

前述のペヤング大好き男の「気持ち悪くて、俺もうペヤング食えねえよ」という泣きを素直に受け入れて、私は彼が溜め込んでいたペヤング4個をいただいて、4日連続で昼メシにした。

美味しくいただきました。

また、私事だが、昨年ある餃子専門店で餃子ライスを食っていたら、中華スープに短い髪の毛が浮いていたことがあった。
明らかに自分のものとは違うものだったが、元々スープを飲む習慣のない私は、何も言わずに金を支払った。

「そんな場合は、店にクレームをつける方が親切なのよ」と我がヨメは言う。
「そうじゃないと、また同じことを繰り返すかもしれないでしょ!」

それは、正論だ。
反論の余地はない。

とは言っても、おそらくだが、その種の事例は、国内の数ある飲食店で、毎日数えきれないほどあるに違いない。
その都度皆さんは、クレームをつけておられるのだろうか。

衛生意識と正義感の強い方は、抗議するかもしれない。
だが私は、そのどちらも持たない人間のクズであり、人前で思ったことを言えないシャイな男なので、一度しか抗議したことがない。
(結局、あるのかい!)

それは、立ち食いそばを注文したときのことだが、新聞の切れ端が入っていたので、「これを新しいものに代えていただければ幸いです」と前歯が金歯のオバちゃんに、お願いした。

前歯金歯オバちゃんは、「あ〜ら〜、いやだぁ! ごめんなさいね」とお金を返してくれながら、新しいそばを作ってくれた。
ゴッツァンです!

堅苦しいことを言えば、保健所に通報するか、責任者出てこ〜い! と怒鳴ればよかったのかもしれないが、ただでソバを食えたという喜びの方がでかかったので、バッシング・デモは起こさなかった。

それに、知らずに1×1.2センチの新聞を食ったとしても死なないのではないかという、私個人の衛生意識の低さもあったと思う。
立派に開き直るのだが、私はバッチイ男なのである。

衛生意識の高い方々は、その強い正義感を存分に発揮されて、これからも企業退治をなさってください。
あるいは、大手企業の不正に対して、ツィッターで告発する人たちを、心置きなく叩いてください。
日本の衛生は、あなたがたの手にかかっています。


よろしくお願いします。



そして、唐突だが、安藤美姫さんである。

何故だかわからないのだが、ネットのごく一部の方々に激しく叩かれているという情報を大学1年の娘から耳にした。

何がお気に召さなかったのかと聞いたら、「彼氏と子どもとの3ショット写真を公開したら、けしからん、ということになったらしいぞ」とのこと。

世の中、2ショット、3ショット、よっこらショットが、ネット上では得意げに披露されているのに、自分たちのはよくて何故安藤美姫さんはいけないのだろうか。

有名人が幸せな姿を公表して何が悪い?

私は一流アスリートを無条件に尊敬するという単細胞なので、一流フィギュアスケーターである安藤美姫さんのことも尊敬している。
(美脚という構成点の高い要素もある)

ただ、我が家に頻繁に夕飯を食いにくる娘のお友だち6人も口を揃えて「安藤美姫、嫌い!」と言っていた。

なぜ、と聞くと「だって、自分勝手じゃない!」とお怒りだ。

なにが、自分勝手?

「勝手に子ども産んで、勝手に男つくって!」

おそらくだが、安藤美姫さんは、勝手に子どもを産んだわけではないと思う。
勝手に彼氏を作ったわけでもないと思う。
それを、いちいち世間に断る必要はないと思う。

世の中に未婚の母はいくらでもいるし、その人が新しい彼氏をつくるという「流れ作業」も、いくらでもあると思う。
きっとその確率は、チキンナゲットやペヤングや私のパンツに異物が混入する確率より、はるかに高いだろう。

話は著しく脱線するが、私の大学時代の同級生オサダマモルは、大学2年の時、子どもができたが、籍を入れていない。
認知をしたかどうかは忘れたが、風の噂によると、卒業後ほかの年上女性と結婚したのち、3人の子を授かって離婚。そのあと数回彼女を変えて、厚かましいことに、毎年のように年賀状に新しい彼女を登場させたが、彼は親以外からはバッシングされなかった。

有名人ではないから、当たり前か。

しかし、人は自分の幸せをアピールする権利を持っている。
オサダマモルは、その都度、幸せだったと思う。
なぜなら、笑顔が輝いていたから。

その様子を私たちは、「ウマいことやりやがって」という憧憬と賞賛のマナザシで見るだけだった。

安藤美姫さんの「どっこいショット」が、どのようなものか見ていないが、きっと幸せを大々的にアピールするものだったに違いない。
それを微笑ましい………とは思わないのか。

得意げに幸せをアピールしやがって、というゲスの………極み乙女。


取り返しのつかない罪を犯した人が、満面の笑みで「うんこらショット」を公開するのは不謹慎だが、何も罪を犯していない人が、何の罪も犯していない恋人と何も罪を犯していない子どもとの「うんとこショット」を公開して何が悪いのか、理解に苦しむ。

ただ、正義感の強い方は、どんなことにも正義感が強いと思うので、フィギュアスケーターに限らず、政治家、権力者、有力者などが気に食わない「どすこいショット」「パンちらショット」「バカチン語録」をまき散らしたら、同じように叩いてほしいと思います。


ぜひ、よろしくお願いします。



2015/01/15 AM 06:33:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

師走の母
心配性 お人好し 涙もろい ひと思い

私の母のことだ。

母は人間として上級者だと思う。
息子の私に、その血が受け継がれなかったのは残念なことだが。


母は、50年以上朝日新聞を購読しているのだが、ある宗教を信心している我がヨメが懇願するので、20年近く前から、その宗教が出版する新聞を購読し続けていた。

「だって、ユミコさんが、それで助かるなら、いいじゃない」
おそらく、その新聞は、一度も読んだことがないと思う。

他にも、「半年だけでもとってもらえませんか」と、勧誘員に頼まれた読賣や毎日、産經を購読することもしばしばだった。
多いときで、4つの新聞を購読していたことがあった。

読むのは朝日新聞だけだから、もったいない話だが、母は、「しょうがないわよ」で笑って済ませる。
そういう人なのだ。

むかし百万円もする羽毛布団を、訪問販売で売りつけられたことがあった。
その事後処理は、私がやった。

40万円のガラクタ貴金属を売りつけられたこともあった。
20万円の怪しげな薬を売りつけられたことも。
詐欺丸わかりの原野商法というのもあった。

そのすべての事後処理を私がやった。

だが、「いい加減、学習してくれよ!」とは、私は言わない。

人を騙すのがプロの人たちと、人を信じるのが仕事の母は、とても相性がいい。
それが、母の性格なのだから、怒っても仕方がない。

私は、そんな母の性格が好きである。
人を疑う母は、母ではない。

だから、いいのではないかと思っている。

一週間ほど前のことだが、母から電話があった。
「壷を売りたいという人が来てるの」

楽しそうである。

川崎から東京武蔵野に越してきた母の金銭管理は、私がしている。
だから、最近、人から騙されたことがない。

ただ、世の中には、いかがわしい人が稀にいる。
その日、たまたま母の目の前に、そんな人がいたということだ。

私は、近くに住む母の賃貸ワンルーム・バリアフリー・マンションまで自転車を走らせた。
マンションの前には、高級そうな外車が横付けされていた。

入居のとき、セキュリティ万全のオートロック・マンションだと説明されたが、プロの方たちにとって、そのセキュリティは鼻で笑うほど貧弱なものだったようだ。

部屋に入ると、屈強の男が2人。
20歳代と30歳代だろう。

まあ、私から見れば、どんなに強面な振りをしても、ガキはガキですがね。
(友人の尾崎の方が、はるかに怖い)

部屋に入ると、私はドアを開け放ち、窓のすべてを開け放した。
そして、必要以上に大きな声でこう言った。

お話を伺いましょう。
でも、わからないことがあったら質問しますので、説明をよろしくお願いします。
(あとで喉が痛くなった)

そして、母には、こう言った。

電話の3番は、何だったっけ?

「確か………ひゃくとおばん、警察だったわね」

母の携帯は、3つの番号しか認識しない。
1番は、私の携帯。
2番は、医者。
そして、3番が警察だ。

それだけあれば事足りる生活を母は送っていた。

しかし、その言葉に過剰に反応したのが、男たちだった。
眉間に皺を寄せて「どういうことだ?」

説明しましょう。
私の母は忘れっぽいので、いま携帯の「3番」の機能を確認してもらったのですよ。
これを忘れると取り返しがつかない場合がありますので。

男たちは無言で壷を袋にしまった。
そのとき、その壷が、川崎の実家に置いてきた壷の形と図柄がよく似ていたのに気づいた。

同じ壷は、二ついらない。
母も私も壷コレクターではないのだから。

名刺は、置いていかないのですか、と聞いたら、ガキが精一杯の虚勢を張って私を睨んだ。
怖がった振りをしてあげた。

部屋が静かになったので、ドアを閉め、全部の窓を閉めた。
鍵もかけた。

母が、「壷買わなくてもいいの?」と聞いたので、もっといい花瓶を今度買ってくるから、と答えた。
「ありがとう」と母が答えた。

嬉しそうだった。


昨日、母の散歩に付き合った。

母の歩速は、時速1キロ程度だろう。
しかし、歩かないよりは、歩いた方がいい。
だから、可能な限り歩いてもらうようにしている。

その日も、マンションの回り、3百メートルほどを手を引きながら歩いてもらった。
その場所の途中に、横断歩道があった。
横断歩道の向かいにお花屋さんがあるので、花好きな母に、たまに季節の花の香りを嗅いでもらうことにしていた。

その横断歩道には、信号がなかった。
そこを渡っているとき、3台の車を待たせっぱなしにした。
申し訳ないことだが、どなたもクラクションを鳴らさずに待っていてくれた。

しかし、横断歩道の真ん中まで来たとき、反対車線をクラクションをけたたましく鳴らした緑色の車が走ってきて、横断歩道前で急停車した。
急停車したあともクラクションを長く鳴らしていた。
(私の記憶では、横断歩道を人が歩いていたら、車は停まらなければいけないと教わったが勘違いだったか)

母がいなかったら、私はフロイド・メイウェザー・ジュニアに変身して、右のコークスクリュー・ブローをドライバーの体に炸裂させたに違いない。

だが、母がいた。
かなり前から、自分の心をコントロールすることを覚えた私は、緑の車のドライバーに頭を下げ、母の手を引いて、横断歩道を渡りきった。
私の心に大きく波たった変化は、誰にもわからなかったはずだ。

そして、振り返って、申し訳なくも私たちを待ってくれた車が走り去る方向に頭を下げた。

感謝の思いを込めつつ頭を下げ、花屋の店先まで母の手を引いた。

そのとき、母が笑顔で、こう言った。

「よく我慢しましたねぇ、あなた。あなたも大人になったわね」


母は、何もかもすべて、まるっとお見通しだった。





花屋の店先で、嬉しそうに花を見ている母の横顔を見て、一つの歌詞が頭に浮かんだ。


いつかしら 僕よりも母は小さくなった
知らぬ間に白い手は とても小さくなった




2014/12/22 AM 06:38:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

ヒステリーぎらい
「今度の選挙は、何のためだ?」

大学1年の娘は、まだ選挙権はないが、来年取得するということもあってか、いつもより選挙に対する関心は強いようだ。

選挙が何のためだ?
自民党のためだ。

追いつめられてもいないのに解散をするのは、今なら勝てるという単純な計算があるからだろう。
2年後には、経済的にも外交的にも、おそらく追いつめられている可能性があるから、「アベノミクスの錯覚」の効力があるうちに勝負に出る、ということではないのか。

自民党シンパの方々は、それを「戦略的」と取るだろうが、アンチには「姑息」に見える。

消費税増税を延期する場合は、法律的な手続きが必要になる、だから民意を諮るとソーリは主張しているが、その程度のことなら、過去日本の与党は「強行採決」で片を付けてきた。

「国民の日常生活に関連する法案」を今まで力で採決してきた政党が、今回だけは都合のいいことを言う。
アンチには、「詭弁」にしか聞こえない。

そんなことを言うと、娘が「おまえ、本当に自民党が嫌いなんだな」と呆れ顔をする。

娘の高校時代のお友だちが月に数回晩メシを食いにくるが、彼女らは「アベちゃん大好き」「自民スキスキ」娘たちである。
聞いてみると、親が「自民党ブランドファン」だから、子である彼女たちも、それに影響されているようだ。

それに、メディアに登場する度合いが、自民党政治家の方が多いこともあるかもしれない。
ほぼ毎日見かける女性アナウンサーが、外見が平均値だとしても、みな「美人女子アナ」に見えるのと同じことだ。

では、我が娘は、私がアンチ自民だから、アンチなのか、というとそうでもない。

娘は、社会福祉に興味があるので、その部分の政策を確実に実行してくれる政党や政治家を応援することに決めているらしい。
自民が、社会福祉に関して「正真正銘の本気」を出してくれるのなら、自民を選ぶこともあると言う。
選挙権取得まで、まだ半年以上あるから、それまでに「吟味してやらんこともない」と言っていた。


そんな社会福祉オタクの娘と確実に一致した考え方が2つある。

一つは、社会福祉とは少々離れるが、GDP(国民総生産)だ。

速報値を見て、世間では「落ちた」「下がった」と、マスメディア経由で大騒ぎしていた。
しかし、我々は、冷静である。

消費税増税前に、企業や報道媒体が、「消費税が上がる前に買うのがお得」「今が買い時」と消費を煽っていたら、買い漁ったあとは、買い控えるのは当たり前の行動だ。

金持ちはいざ知らず、庶民が、3か月や半年、いや1年くらい買い控えたって不思議ではない。
消費財で、数が必要なものは、それほど多くない。
食関連以外は、一度買い替えたら、長く保つものが多い。

ましてや、日本の高品質の電化製品などは、耐久性が高いから、毎年買うものではない。
我が家では、洗剤と小麦粉、常備薬類だけを買いだめしたが、まだ使い切っていない。
しばらくは保つ。

他のご家庭も、そんなものではないだろうか。

企業や報道媒体が、「今のうち今のうち」と煽ったから、増税前は消費が増した。
あれだけ煽っておいて、消費を控えた途端「下がった下がった、大変だあ!」と騒ぐのは、愚の骨頂、ゲスの極み乙女(ご存じない方はグーグルで)である。

集団ヒステリーみたいだ。

それに同調した政権党が、再増税をしないという決断は、彼らの政策の問題であり、それが国民のためなのかは疑わしい。
民意を問うというが、集団的自衛権のときに民意を問えなかった理由は何だろう。
解せぬ。

一番解せないのは、700億円の選挙費用をかけてまでするということだ。
今まで「強行採決」の歴史を繰り返してきたのに、何を今さら、という疑念が私には払拭できない。

これから政治家たちが、問答無用の強行採決はしない、と公約してくださるのなら、多少は納得するが。
しかし、それにしても、700億円の選挙費用支出は大きい。

だって、その根本は、税金ですから。

今年、出直し大阪市長選を強行した大阪市長は、これを「民主主義のコスト」と強弁していたが、これも選挙をするためだけに唱えた「民主主義」だから、都合が良すぎる。

ひねくれ者の私は、政治家に都合の悪いことは、みんな「非民主主義」なのかと思ってしまう。
そうなると、善良な国民のほとんどは「非民主主義」になる。

話が、かなり脱線。

話を戻すと、いま消費が上がらないのは、当たり前ということ。
そもそも景気は元々良くはなかったし、悪くもなかった。

それが増税前に、当たり前の「駆け込み需要」があって、今それぞれのご家庭は、「賢く収支を調整」しているところなのだと思う。

だから、「下がった下がった」と騒ぐのは、愚の骨頂、ゲスの極み乙女(2回目の登場)。


それよりも、娘と私は「少子化問題だよね」と口を揃える。

GDPがすべてではないが、中国やブラジルの例でもわかるように、総生産は国民の数が多い方が数値は高くなる傾向が強い。
つまり、人が減れば、GDPは下がる。
生産性が下がる。

若者が少ない国が徐々に滅びていくのは自明のこと。
では、滅びないために何をしたらいいか。
人口を増やすしかないナッシー!(突然のフナッシー語)

もちろん、ほとんどの政党が政策に掲げているとは思うが、過去の例を見ると実効性に乏しい。

人は、国の根幹。
それが増えない国の未来は危うい。

妊娠時、出産後の特例とか、企業に出産休暇や男性社員に育児休暇を義務付けたりとか、子育て後の再就職に国を挙げて便宜を図るとか、子どもを産みやすい環境を作るという、当たり前の政策の強化が必要なのでは。
(ただ、GDPが高いからといって幸福の度合いが高いわけではない。アメリカは疑心暗鬼の銃社会だし、中国は自分たちだけが栄えればいいという共産党独裁政権だ。これから生まれいずる子どもたちに、火薬のにおいを嗅ぐことがない環境を与えることが、豊かな国家だと言える)

ということで、娘は、選挙権を取得したら、少子化対策、人口増の政策に力を入れた政党、政治家に投票するそうです。

ただ、娘はミステリーは好きだが、ヒステリーが嫌いなので、その場その場で、感情的で煽動的な言語を噴射するヒステリックな政治家は選ばないと言っています。

私も同様の意見だが、私は生まれながらのアンチなので、自民党以外に投票することを宣言いたします。


マイナスばかり書いて、プラスも書かないのは、ヒステリー傾向のある主導者と支持者に申し訳ないので、私が思うアベノミクスの功績にも触れたいと思います。

アベソーリがカムバックする前までは、日本経済は悲観的な話題ばかりだった。
企業もそうだが、内外のマスメディアがこぞって「日本は大不況だ」「日本は終わった」の大合唱だった。

日本のフラッグシップ企業である自動車会社が一度赤字を出しただけで、自称・他称経済専門家が、悲観論を声高に語り合った。
その結果、日本の平均株価は約8千円にまで落ち込んだ。

日本経済の実態と比べて、それが低すぎることを説く人は少なく、「失われた10年」「失われた20年」を大げさに悲観的に論じる人がほとんどだった。

しかし、アベソーリは、その悲観論を、違う方向に舵を取ってくれた。
それは、政治の道しるべを持たないオザワ氏という政治家がいた民主党政権には、絶対にできなかったことだ。
(民主党政権も、ある種のヒステリーな支持者が産んだ現実感を無視したバブル政権だった)

アベ氏の日本経済をイメージアップした、その功績は大きいと思う。

ただ、それは単に日本の企業体力と平均株価が正しい方向に近づいただけなのだが、鬱陶しい悲観論が鳴りを潜めたのは、喜ばしいことだ。

実際の景気は、株価が普通に戻っただけだから、少なくとも私の近辺では景気回復はないが、数字上のマジックで「好景気」の印象を与えたイメージ戦略は、政治家として流石だと思う。

このところの原油価格の下落とアメリカの好景気という追い風も吹いてきて、株価だけは、この辺りで高止まりしそうな気がする(勿論すべて素人意見ですが)。
その幸運な追い風を受けて、「アベノミクスは認知された」とダルマに目を入れるソーリの姿が私には見えます。

おめでとうございます。



しかし、そうはいっても、前回の解散時にノダ前ソーリと約束した「議員定数削減」をギリギリまで後回しにしたという、侠気(おとこぎ)を感じられないヒステリックな政治家集団には、私は投票しませんがね。



最後に……財務相のアソータロー氏が、選挙戦の演説で「失言」を繰り返しているという話題を。
(アソー氏を擁護することになるが、『運がない能力がない』『産まない方が悪い』発言は、私の感覚ではアソー氏が悪いとはならない。前者は、中小企業の現実を知らない人を財務相にした人が悪いし、後者は、男ばかりの国会議員の中でお偉くなった人だから、『産む』ことの重大性がわかっていない人の発言だということ。つまり、彼を任命した人が悪い)

もし彼がソーリだったら、それは自民党政権にとって大きな失点だろうが、今の主役はアベ氏である。
自民党には、いま無風という風が来ている。

だから、政府の構成要因である脇役が何を言おうが、よそ者扱いの女性議員が失態を犯すほどのダメージはない。

男社会は、脇役の男性政治家の発言には寛大だ。
もしかしたら、アソー氏は主役になりたがっているのかもしれないが、「アベノミクス」以上の主役にはなれない。

主役の発する言葉と脇役の発する言葉は、ゼロか百ほどの違いがある。

アソウ氏は、とても頭のいい人だから、そのあたりの有権者の許容度は読んでいて、今回の選挙に「俺の発言」が、どれほど影響があるかもお見通しなのだろう。



つまり、この「失言現象」については、結局、自民党の体質が変わらないという証であろうし、選挙民と野党がナメられている現実がすべてではないかと私は思っている。



私は、ナメられると悶絶する体質なので、自民党の体質とは合わないナッシー(2回目のフナッシー語)。



2014/12/10 AM 06:26:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

たからもの
芋洗い坂係長に激似のカネコからランチの誘いを受けた。

出かけるのが面倒くさかったので、一度は断ったが、吉祥寺まで来てくれるというので行ってきた。

何を食わしてくれるかと思ったら、デブに相応しい焼き肉だった。 
肉が肉を食う。
似合い過ぎて、皮肉も言えんわ。

肉が似合いすぎる男は、大学時代は2年後輩だったが、いつのまにか偉そうに対等の口をきくようになった。
そして、その状態が続くこと29年。
55キロだった体重が今は何キロに膨れ上がったことか。

80キロまでは自己申告していたが、ここ4年は申告を怠っているカネコ。
おそらく限りなく百キロに近づいているに違いない。

私が大学3年時に新入生として陸上部に入ってきたカネコは、当時はナイーブな性格で、部に馴染めず半年で部を辞めた。
しかし、お釈迦様のように慈悲深い私は、誰にでも平等に愛を振る舞う人格者だったので、常にカネコのことを気にかけ、キャンパスで会うと、必ず声をかけた。

そして、たまに友人たちとの飲み会に誘ったりもした。
カネコは最初は断ったが、いつのまにか飲み会の席の端っこで黙って酒を飲むポジションを得た。

何も喋らずに酒を飲みメシを食うカネコを、友人たちは普通に受け入れ、カネコは当たり前のように、我々の仲間として認知された。

だが、誰もが大学に居続けられるわけではない。
私も例外ではない。
優秀な私は、一つの単位も落とさずに卒業することになった。

つまりカネコとは離ればなれになるということだ。
肩の荷が下りる、とはこのことか、と私は「マンモスうれピー」幸せをかみしめた。

しかし、卒業式の前日、カネコから電話で思いもよらない愛の告白を受けたのだ。

「卒業しても会いたい!」

今にして思えば、あのとき断っておけば、カネコとの縁は切れていたはずである。
しかし、慈悲深すぎる私は、いいよ、これからは先輩後輩の立場を忘れて会おうぜ、と答えてしまった。

その言葉を真に受けたカネコは、最初は遠慮がちだったが、20代半ば頃、私のことを先輩ではなく「本当の友人」として接するという厚かましい暴挙に出て、その状態が今に至るまで続いている。
2年後輩のくせに、わたしのことを「おまえ」呼ばわりするのだ。

みなさま。
2歳下というのは、悪魔が多いということを肝に銘じた方がよろしいかと思います。

極道コピーライターのススキダも死神・尾崎も私より2歳下のくせに、偉そうな態度を取るのですよ。
そして、私が抗議すると、「年上なら年上らしく威厳を持てよ!」と説教までするのだ。

それを聞くたびに、私は、なぜイトーヨーカ堂に「威厳」を売っていないのだ、と毎回イトーヨーカ堂を罵倒するのである。
威厳が、nanacoカードで買えたら、どんなに幸せなことだろう。

目の前のデブ、カネコ。
タン塩と大盛りご飯を瞬く間に消費する姿は、動物的すぎて草食系の私には、恐怖しか感じない。

おまえ、昼間からデブになる修行をして何が楽しい? と私が聞いても、「肉イズ・マイ・ライフ!」と肉から目を離さずに答えるカネコの姿に、私は戦慄さえ覚えた。

カネコ2人前、私1人前のランチを食った。
どうせカネコの奢りなのだから、もっと食ったほうがいいと思ったのだが、デブの芸術的な食いっぷりを目の当たりにすると、お腹が一杯になってしまうのだ。

ランチのあとは、場所を移して、カフェでコーヒーを飲んだ。
左手の小指を立てて、カップを持つカネコ。

そう言えば、ススキダも飲み物を飲むとき小指を立てた。
無礼者の後輩は、小指を立ててコーヒーを飲むのが決まりになっているらしい。

カネコが、身を乗り出して言った。
「おまえ、ショウコとskypeでテレビ電話しているらしいな?」

テレビ電話ではない。
ビデオ電話だ。

私の訂正は、芋洗い坂係長に見事にスルーされた。


ショウコというのは、カネコの娘のことだが、カネコとショウコとの間に血の繋がりはない。
ショウコはカネコの奥さんの連れ子だ。

6歳のとき、カネコの娘として突然私の目の前に現れたショウコは、ハッキリとものを言う聡明な子だった。
だから、正直に、私に対して「ねえ、何でサトルさんが私のパパじゃないの? サトルさんの方がよかったのに!」と極めて真っ当な問いかけをしたのである。

それに対して私は、神様もときどきイタズラをするからね。でも、そのイタズラは、君のママにも君にとっても、いいことだったと思うよ。だって、俺という友だちがカネコのそばにいる幸運を与えてくれたんだからね、と答えた。

それを聞いたショウコは、「バカか、このオッサン!」と、6歳の子とは思えないほど見事な舌打ちをしたのである。

それ以来、私とショウコは友だち付き合いをしている。

18歳で結婚して、2人のガキのママとなった25歳の今も、ショウコは、私の友だちとして、確実に5本の指に入るポジションにいた。
その優位性は、カネコより遥かに上位にあった。

目の前の階級の低い男は、小指を立てた手を下ろして、小さな紙袋をテーブルに置いた。
そして、「ショウコから頼まれたんだ」と、なぜか胸を反らした。
芋洗い坂のCカップには、ときめきませんよ。

中を開けると、それは、かぶれない白髪染めだった。
私は、普通の白髪染めを使うと、頭から顔まで全部が膨れ上がるという、楽しい体質をしていたから、普通の白髪染めは使えないのだ。

「テレビ電話をしているとき、ショウコが気になって仕方がないのは、おまえの白髪頭らしいぞ。顔は老けて見えないのに、白髪の面積が多いのは、アンバランスだってよ。でもなあ、老けて見えないってことはないよな。年齢相応じゃないのか、お互い」

つまり、おまえは、自分が「二つ若い」と強調したいのか。

「そうだよ。俺の方が若い」

こういうときだけ、現実の若さを持ち出すとは、調子のいいやつ。
しかし、おまえはOMRONの 体重体組成計(カラダスキャン)を知っているか。
俺は、それで計ると、いつも体年齢が25歳なのだよ。

それって、すごくないですかぁ。

それを聞いたカネコが、アッサリ言った。
「それは、機械が壊れているんだろうな」

そ、そうか………薄々気づいてはいたが、現実的に考えて、その可能性の方が高いな。

いや、しかし、先日主治医である優香観音様は、「血管は若々しいのに、なんで、こんな病気になったかなあ」と首を傾げたではないか。
つまり、俺の血管は若いということだ。
血管が若いということは、体年齢も若いということにならないか。

「あっ、そう」

見事なほどの無関心ぶりだった。
その無関心なデブが、芝居がかった声で、「ああ、もう一つ忘れていた」と両手を一回叩いたあとで、私の前にカラフルな封筒を置いた。

手に取ってみると、ガキが描いたような幼稚な絵が封筒一面を占領しているのが見えた。
おそらく、おそらくだが、それは妖怪ウォッチの絵だったと思う。

中を開けてみると、「しらがジージへ ほっぺチューのけん」と書かれた2枚のカラー用紙が入っていた。
下の方には、「しらがジージ たんじょび おめでとう」と書かれていた。

要するに、ショウコの子ども2人が、私あてに書いたバースデー・カードだった。
このカードを持っていくと、ショウコの子ども2人が、私のほっぺにチューをしてくれるようなのだ。

「おまえ、本当のじいちゃんの俺だって、そんなものは、貰ったことがないぞ。ジェラシーだな」とカネコが、でかい顔を膨らませた。
その顔が、あまりにも醜いので、私は目をそむけた。


こんな幸せなことはない。

血の繋がりなんかは関係ない。
ショウコの子どもは、私にとって、孫に等しい。

嬉しくなった私は、カフェの店員に、ビールを注文したのだが、お節介にもカネコに拒絶された。
芋洗い坂が、ニクニクしい悪魔に見えた。
カネコが、私の落胆する様を見て憐れに思ったらしく、ノンアルコールビールを奢ってくれた。


満足いたしました。
美味しくいただきました。


この宝物は、きっと一生使わないだろうな。

今そのカードは、仕事場の一番目につく壁に貼ってある。


そのカードを見るたびに、思う。


俺は、幸せな男だ!




2014/11/28 PM 04:59:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

ハゲの息子
読書を愛する真面目な男がいる。

それは、私だ。
というのは嘘で、名前はハゲ、ニックネームをシバタという私の友人だ。
(逆かもしれない)

彼とは大学時代から仲良くさせてもらっていた。
真面目で正義感が強くて、友だち思いのハゲの性格は、私とは真逆なので、うまい具合に心のパズルがハマったのだと思う。

私のパズルは、足りないところだらけだが、ハゲが多くのピースを持ってくれていたおかげで、心の形は、いびつだが、私なりの人生パズルがいま出来上がりつつある。

ハゲは大企業に勤めていたが、彼の所属する部署とは関係ないところが赤字を出したのをきっかけに、会社は経営再建のため、早期退職者制度を施行することにした。

ハゲの部署は、それなりに業績を上げていたので、彼がその制度を利用するとは、誰もが思わなかった。
しかし、ハゲは、手を挙げた。

ハゲは、物事を判断するとき、アッパレなほど熟考を重ね、数パターンの結末を考えたのち、一瞬で決断を下すことが多い。
今回も、そうだったらしい。

そうやって下したハゲの決断を覆すことができる人は、おそらくいない。
だから、奥さんも「しゃーないわ」と笑うしかなかったという。

50過ぎに早期退職した彼は、行政書士の資格を持っていたので、行政書士事務所で見習いとして働いてのち、開業するプランを立てた。
そのプランは、すぐに実行に移されたが、見習いのとき、ハゲに突然の病魔が襲った。

喉頭がんだった。

手術をしてから4年が経つ。
再発はしていなかったが、みぞおちを掴まれるような再発の恐怖がハゲを襲ったとき、私のiPhoneが震えることがあった。

そのたびに、ハゲは私に聞くのだ。
「俺のやり残したことって、何だと思う?」

来年まで生きることだ。

「来年になったら?」

さらに次の年まで生きることだ。

「また一年が過ぎたら?」

もう1年。

無責任なことを言っているだけだが、この程度のことでも、ハゲの心は落ち着くのだ。
行事のようなものだと思えばいいのかもしれない。


ハゲは成功者なので、20年以上前からキャンピング・カーという大人の玩具を持っていた。
ハゲは、家族にも愛車のハンドルを渡さなかったが、体調を崩してからは、観念して息子に運転を任せることにした。

この日の運転手も息子だった。
ヘヴィメタル(ロック)をこよなく愛する大学4年の息子だ。

アマチュアのヘヴィメタル・バンドでヴォーカルをしているからと言って、奇抜なカッコウをしているわけではない。
今や多くの人々に認知されたピアスを左耳に3つ付けているのが目立ったくらいの真面目な男だ。
(今は来年の就職に備えて、ピアスは外していた)

東京大田区のオートキャンプ場で、デイキャンプ。
ハゲとハゲの息子、私という、男だけの気持ち悪いキャンプだった。

当たり前のように、バーベキューをした。
食いたくもない高級牛肉を食い、食いたくもない殻つきの牡蠣を食った。

「美味い」よりも「寒い」。
海からの風が冷たいのだ。

ハゲの息子が、寒さで狂ったのか、ヘヴィメタル風のデスヴォイスでシャウトしながら、焼きそばを作っていた。
ヘヴィメタ風のスパイスが利いたヘヴィメタ焼きそばは、塩気が絶妙で美味かった。

美味しいヘヴィメタ焼きソバを食っているとき、ハゲが唐突に、「最近読んだ本は何だ?」と聞いてきた。

今年になって読んだ本は、1冊だけだ。
村上春樹氏の「国境の南、太陽の西」がブックオフで108円で売られていたので、衝動買いした。
話の展開が、若干中途半端なような気がしたが、村上春樹氏らしい、個性的な日常の切り取り方をして、主人公の心の揺れを繊細に表現していたと思う。

そんな私の感想を聞き流して、「俺は今年2百冊読んだ」とハゲが言った。
得意げだったが、寂しい頭が、海風を受けて寒そうに見えた。

そして、寂しそうな頭のまま、「読めるときに、たくさん読んでおかないと後悔するからな」と言った。

そうすると、あと30年生きるとしたら、おまえは6千冊の本を読むことになるな。
うらやましい限りだ。

私が、そう言うと、ハゲが下を向いた。
下を向くと、余計に頭が寂しく見えた。

寒さが頭に滲みるのか、と優しい言葉をかけた。

寂しい頭を上げたハゲの目から、水っぽいものが流れていた。
そして、目をこすり、鼻をすすった。

「そうか。俺は、そんなにたくさんの本が、まだ読めるのか。それは嬉しいな。最高の贈り物だ」
両手を強く握って、空に向けて拳を突き上げた。

その姿を見て、私の目のポンプが動きそうになったので、焼きおにぎりを丸ごと口に入れて、動きを抑えた。
オニギリが熱すぎて、ポンプから水が出た。

風の冷たさが目にしみた。

目を赤くしたハゲが、突然思い出したように、私に薄い封筒を渡した。
「誕生日プレゼントだ。図書カードだけど」と言いながら、目をまたこすった。

1万円の図書カード。

頭を下げ、ありがたく受け取った。

まあ、このまま娘の手に渡ってしまうと思うが、と言ったら、「それは想定済みだ。気持ちだからな」と、寂しい頭を右手でさすった。

ドサクサにまぎれて、ハゲの息子がくれたのは、どくろマークが付いた黒の毛糸の帽子だった。
「本当は、オヤジの頭にかぶせたくて買ったんだけど、嫌がったもんで」

世間には、これが似合う顔と似合わない顔がある。
シバタには、似合わねえよな。

帽子をかぶり、ヘヴィメタ風に、右手の人差し指と小指を立てて、舌を出した。

自分で言うのもなんだが、いいオッサンが、これをやるのは寒い。
寒すぎたかな、とハゲの息子に聞いた。

ハゲの息子は、曖昧に「まあ、寒いと言えば寒い……かな」と、引き加減にうなずいた。


真面目なハゲが足踏みをしながら、体を縮こまらせ、唸った。
「ホントだ! 寒いよ。今日の風は、特別寒い!」


5時間の予定だったが、2時間半で撤収した。

帰りの車内で、ハゲの息子とガンズ&ローゼスの話題で盛り上がっているそばで、ハゲは深い眠りに落ちていた。

そのハゲしい寝姿を横目で見ながら、オヤジを大切にしてやってくれよな、とハゲの息子に言った。


「大丈夫ですよ。
 だんだん抜け落ちていく頭を見て育ったんですから。
 あれは、家族のために働いた証じゃないですか。
 勲章ですよ」



いい息子だ。




2014/11/22 AM 06:38:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

私が心配な男
ひと月おきに開催される同業者との飲み会をキャンセルした。

人からカラダのことを聞かれるのが、好きでないからだ。

私が嫌いなことの一番は、体の心配をされること。
聞く方は、本気で心配してくれているから申し訳ないのだが、どう答えていいかわからないという勝手な理由で、私はその話題を出されると、あからさまに不機嫌になる「人でなし」である。

細かい説明を望んでいないのがわかるから、聞かれたらテキトーに答える。
当たり前のことだが、絶対に伝わらない。

伝わらないなら伝わらないでいいから、根掘り葉掘り聞かないで欲しいのだが、人類を進歩させた性格の一つである「好奇心」という厄介なものが、人には備わっている。

「え? 重いの軽いの?」
「いつ治るの?」
「医者はなんて言ってるの?」

うるせえよ!

心配していただいているのに、私の心は「うるせえよ」で満たされてしまう。
人間としてクズだ。

自分がクズだというのは、24時間自覚しているが、さらにクズの上乗せをするのがイヤなのだ。

それなら、答えない方が、心は安らぐ。
だから、飲み会に行くのはやめた。


私は、祖母と母を尊敬しているのだが、母の性格で唯一受け入れられないのが、極度の心配性だというところだ。

子どもの頃、膝に直径5ミリほどの砂利が数個めり込んだという、たいしたことのない怪我でも、大騒ぎして「お医者さんに見てもらいましょう」と、母はうろたえた。
高熱が出ただけでも、「お医者さんに」と青ざめた。

その押し寄せてくる心配性の波が、子ども心に鬱陶しかったので、私は5歳から、「痛い」「つらい」という自己申告をしなくなった。

怪我をしても高熱が出ても人には隠した。
もちろん、子どもが具合が悪くなったら、大人に隠し通せるわけがないのだが、当時の私は、隠し通したと思っていた。

高校2年の秋、東京都の陸上大会に出るために、朝早く起きた。
仕事に出る前の母が、私の部屋に来て言った。

「熱になんか負けちゃダメよ」
私の機嫌を損ねないように遠慮がちに言った。

私が昨晩から熱を出していたのを知っていたのだ。
母の目の奥に、心配性の波が渦巻いていたのが、見えた。

その目を見て、心配されるのが嫌いな私の性格が、「子を心配する」という母親の役割の一つを奪っていたことに気づいた。
身勝手な自分を呪った。
私は母の手を取って、自分のおでこに当て、「熱にもレースにも負けない」と答えた。

フルタイムで働いていた母は、どんな行事があっても、子どものために弁当を作らなかった。
作る暇がなかった。

母は、私の手に千円札を握らせ、「熱い手だね」と淋しげに言って、家を出た。
母は、仕事の合間合間に、私の体のことを身をよじるほど心配したに違いない。

私が親だったら、こんな子どもはいらない。
罰当たりな息子だ。

親に心配してもらう権利を子は持っている。
私は、その権利は放棄したが、親の愛情を受ける権利を放棄したわけではなかった。

フルタイムで働いている、体の弱い心配性の母親に、余計な時間を与えたくなかっただけだよ、と当時の私は格好をつけた。
そして、今もカッコウをつけている。

それは、ちっとも格好いいことではないのだが、あまりにも長く続けていたせいで、私の性格のど真ん中に、その歪んだ心は居座って、今もまわりに迷惑をかけ続けている。


私のヨメは、そんな私の性格を熟知しているから、絶対に私の体を心配しない(言葉に出して心配しないという意味だが)。

その状態は、とても心地いい。

超気持ちいい〜!

熱があったって、体のどこかが痛くたって、仕事はしなくてはいけないのだから、「痛いアピール」「つらいアピール」をしたって、何の解決にもならない。
人から心配されても、解決しない。

サッサと仕事を終えて、休息を得れば、万全とはいえないまでも回復はする。
おそらく誰もが、それを繰り返して生きている。


そんな風なことをテクニカルイラストの達人、アホのイナバに話した。

場所は、新橋のオイスターバーだ。
イナバはアホだが、私が牡蠣が大好物だということは、覚えているのである。
だから、奢ってくれるというのだ。

牡蠣がただで食えるのなら、私はどこにだって着いていく。
「イスラム国」は真っ平ゴメンだが、東京都港区新橋の酔っぱらいが溢れた親父クサい場所でも文句は言わない。

贅沢にも「6種類の牡蠣のフルコース」を食い、富士山深層水を飲みながら、アホと戯れた。

イナバは、恐がりで痛がりである。
盛大に「痛いアピール」をする。

「寝違えて背中が痛いんですよ〜!」
「同じ姿勢でいるとつらいんですよ〜」
「車の運転が大変なんですよ〜」

寝違えて死んだやつはいない。
同じ姿勢でい続けて死んだやつはいるかもしれない。
車の運転をしなければいい。だから、君のベンツを俺にくれ。


「いや、そうじゃなくて〜、Mさんの先生、優香に似てるんでしょ。俺も診てもらおうかなっと」

そういう下心があったのか。
しかし、君の症状は外科か整形外科じゃないかな。

優香観音様は、循環器系だ。
専門が、まったく違うな。

それを聞いたイナバが、ブツブツと一人言のような呪文を唱えた。
「Mさん、ジュンカンキケイって何ですか? 『キケイ』って『変な形』って意味ですか? でも、そうすると、『ジュンカン』がわからないな。変な形がグルグル回っていることかな。えっ! それって重病じゃないですかァ!」


イナバくん。

俺には、君の頭の方が「心配」だよ。



2014/11/16 AM 06:32:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

優しすぎる男
近所に住む母から、驚きの事実を知らされた。

友人の尾崎のことである。
尾崎とは、30年近い付き合いになる。

そして、私の母は、25年くらい前から尾崎のことを知っていた。
私がまだ中目黒の実家にいた頃、友人の尾崎が訪ねてきたことがあった。
そのときから、母は、尾崎がお気に入りだ。

尾崎の外見は、怖い。
ヤクザと言えば、人は信じるだろうし、刑事と言っても信じただろう。
そして、前科持ちだと言っても、背中に入れ墨があると言っても誰もが疑わないような風貌をしていた。

声も低く、雰囲気は陰気だ。
「俺は友だちが少ない。もう親はいないが、ガキの頃は親にも気味悪がれた」と自分で言っているほどだ。

しかし、私の母は、まったく尾崎のマイナスの空気を意に介さず、普通に私の友人として接した。
尾崎が帰ってからも「また会いたくなる子ね」と言って、声を弾ませたのである。

尾崎は、私の母のことを「先生」と呼んだ。
若い頃、母が教師をしていたことを尾崎は知らないはずだが、最初に会ったときから「先生」と呼んだのだ。

「俺が、この世界で尊敬できる唯一の人は、おまえのおふくろさんだな」とも言っていた。

お互いが何かを感じたのだと思う。

尾崎は、私がいないときも私の母に会いに来ることがたまにあった。
中目黒にいたときも、母が川崎に越してからも。
そして、私の東京武蔵野のオンボロ・アパートの近くに越してからも、もう3回は来ているはずだ。

律儀な男だ。


昨日、母のマンションに顔を出したら、「尾崎くんが昨日来たわ」と言った。
そして、「子どもができたって」と言うのである。

子ども?
誰の?

「もちろん。尾崎くんと恵実さんとの間に決まってるでしょ」

母の認知症が、救いがたいほど進行したのかと思った。

私より2歳下とはいえ、尾崎は50半ばを過ぎているのだ。
恵実も40歳前後のはずだ。
すでに、子どもも2人いる。

今さら、子どもを産む理由がない。

私がそう言うと、母は「尾崎くんは’、あなたならわかってくれるって言ってたわよ」と、ホットコーヒーしか飲まない自分の息子に、冷えたコーラを出しながら言った。

私ならわかる………か。

尾崎には、先妻との間に子どもが一人いて、最近、その子が結婚をした。
結婚式には呼ばれたが、尾崎は出席しなかった。

「生物学的に父親だってだけだからな」

娘の人生に、自分は関わってこなかった。
結婚式のときだけ、親父ヅラをするのは、理屈に合わない、と思ったのだろう。
祝福はするが、尾崎がいるホームは離れていた。

7番線のホームから、1番線のホームの娘を拍手で見送る。
娘が、どの列車に乗ろうが、幸せになればそれでいい。
所詮、俺は、違う列車に乗ってしまったのだから。

娘が困ったら、割り込んででも列車に乗り込むだろうが、ダイヤが順調なら、尾崎は違う列車に乗り続けるだろう。
運転士は尾崎、乗客は恵実と子ども2人。
おそらく、そう割り切っていたのだと思う。

だが、その列車の乗員が、4人から5人になるという。

子どもが嫁いだことと関係があるのかもしれない、と矛盾したことを考えた。
レールは違っていたが、離れた子も、尾崎は運んでいるつもりだった。
つまり3人の子と恵実を運ぶことが義務だと思っていたのだ。

だが、一人が完全に離れた。

自分の中で心の整理はつけたつもりだったが、尾崎の中に空洞ができてしまったのかもしれない。

外見で損をしているが、尾崎は優しすぎる男だ。

その本質を知っているのは、妻の恵実と私の母、そして、私だけだろう。
いや、尾崎の子どもたちも知っているはずだ。

尾崎は、定職を持たない恵実の弟を強引に連れて来て、自分が経営するスタンドバーの店長にしていた。
最初は、嫌がる義弟を拳を使って仕込んだが、一週間も経たないうちに、義弟は尾崎に心酔した。
そして、ひと月で店を任せられるようになった。

そんな野蛮なことは私にはできないから、私は尾崎を笑いながら非難したが、反対に、尾崎に「おまえなら、もっと暴力的になっただろう」と鼻で笑われた。

私は、舌打ちを返しただけだった。

「仕事ができるやつが、その気にならないのは、社会に取って悪だ。だから、無理やりにでも、その気にさせる。おまえだって、そうだろ」

それが正しいと思うかどうかは、人によって違うだろうが、か弱い私には絶対にできない。
つまり、私は優しくないということだ。

尾崎は、私より遥かに、優しさを濃厚に持っている男だ。
違う言い方をすれば、淋しい男、と言ってもいい。

だから、空洞が我慢できなかったのかもしれない。


夜、尾崎に電話をした。

今さら、娘さんの結婚が、こたえたのか、と聞いた。

小さな沈黙のあと、「血を埋めるのは血しかないって気づいたんだ。動物的で都合のいい話だがな」と、尾崎が乾いた声で言った。

きっと尾崎の視線の先には、恵実と子どもたちがいたはずだ。
乾いた声の中に、私は尾崎の家族への思いを感じ取った。

しかしな、と私は意地悪く言った。

いつかは、皆それぞれが違う列車に乗ってしまうかもしれないのにか。

尾崎が、珍しく軽い息を吐きながら笑った。
「そうなる前に、俺は死んでいるし、おまえだってな」


確かに………な。



おめでとう、と小さく言った。



息だけの笑いが返ってきた。





2014/11/10 AM 06:26:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

老後幸福サドンデス
先週の木曜日のことだった。
ご老人が倒れていた。

オンボロアパートから百メートルほどの緩やかな傾斜の道。
坂の下だった。

左手にゴミ袋を持ったまま、右半身を下にして倒れていた。

大丈夫ですか、と声をかけた。

返事はなかったが、小さく頷くのが見えた。
名前は言えますか、と聞いた。

「シマノ」と細いかすれた声で答えた。
意識はあると見たので、家はどこですか、と聞いてみた。

老人は、小さく首を傾げた。
事態が飲み込めていないのかもしれない。

小太りのご老人だ。
おそらく70歳半ばから後半だろう。
手の皺で、そう判断した。

時刻は、8時10分過ぎ。
神田の得意先に行くために、家を出て2分ほどで、遭遇したのである。

私の場合、打ち合わせには余裕を持って出かけるようにしていた。
頻繁にダイヤが乱れる中央線だから、予定より30分以上早く行動する癖がついていた。

たとえ中央線が止まっていたとしても、武蔵野から神田までなら、自転車をハッスル(死語?)すれば1時間半で着く。
危機管理は万全だ。

だから、時間に余裕はある。
今朝は、中央線が遅れているという情報はなかったから、まだご老人に付き合っていられた。

だが、この事態をどう対処したらいいか、私は戸惑った。
私の横を20代半ばの若い女性、50歳前後のサラリーマン、自転車の後ろの荷台にネギを大量に積んだ70歳前後の男性が通り過ぎていったが、誰もが知らんぷりだった。

まったく期待していなかったので、落胆はしなかった。
だから、まるで看護師さんのように、ご老人の頸動脈に手を当てて脈を測る余計なお世話もできた。

脈は早かったが、しっかりしていた。
安心した。

安心したせいで、近くに医院があったのを思い出した。
ここから3百メートルも離れていないところに、内科を開業している医院があったのだ。

名前はわかっていたので、iPhoneで検索して、電話番号を探り当てた。
個人医院の診療の始まりは、たいていは9時過ぎだろうが、家が医院に隣接していれば、緊急のときのために自宅の電話に切り替わる可能性があった。
それに賭けた。

その推測は当たって、奥様らしき人が、4コールで出た。

事情を説明したら、力強い声で「すぐ行きます」と応えてくれた。
頼もしい声だった。

10分ほど待つと、普段着の奥様(?)と先生(?)らしき人が、大きなバッグを持って息を切らしてやってきた。

そして、ハモった。
「シマノのおじいちゃん!」

「シマノ」さんというのは、本当だったようだ。
つまり、お知り合いか患者さん、ということだろう。

よかった。
一件落着。
安堵&安堵。

あとはお願いします、と言って自転車に乗ろうとしたとき、医師(?)から、「おたくは?」と聞かれたので、名乗るほどのものでは、と答えようと思ったが、それほど格好いいシチュエーションでもなかったので、ただ名刺を渡して去ることにした。

それらのことは、中央線に乗っている間にキレイに忘れた。


夜7時過ぎ、iPhoneが震えた。
知らない電話番号。
………と一瞬思ったが、これって今朝電話をしたことがあったな、と思い直して、応答ボタンを押した。

思った通り、朝の医師からだった。
「助けてもらったのに知らんぷりは悪いと思って、報告だけしておこうと思いましてね」
外見は40歳くらいに見えたが、声は落ち着いていて、50過ぎの医師の役をする声優のような渋い声で医師が言った。

通りすがりのものですので、続編は期待していなかったのですが、と50過ぎの通りすがりの男の役をする声優を真似て答えたら、予期せぬ沈黙が返ってきた。

俺、何か変なこと言った?

変な男にかかわり合うのはよくないと考えたのか、相手の説明は簡潔だった。
おじいさんは、右足首の軽い捻挫と右膝の打撲で、全治2週間程度。
一人暮らしだから、しばらくは生活が不便でしょうね、ハァー、と言って、電話を切った。


察するに、ご老人は、ゴミ捨て場にゴミ袋を運ぶ最中に、何ものかにつまづき、転んだに違いない。
そして、足を捻挫した。

一人暮らしの怪我は大変だ。
買い物に行くのも不自由だろう。
ネットショップを利用していれば、多少は助けになるが、歩いて買い物に行く手段しか持っていなかったら、不便この上ない。

ヘルパーさんは、雇っているのかな、などと余計なことまで考えた。

人ごとではないからだ。

私も、いつか、ひとりで暮らす身分にならないとも限らない。

つい最近、世間話の中で、息子と娘が「結婚しても一緒に住もうよ」と言ってくれたのだが、そんなありがたい言葉が、永遠の有効期限を持っていると考えるほど、私は楽天家ではない。

だから、そのありがたい言葉は、鍵の壊れた金庫に仕舞って永遠に封印した。


独居老人。

その言葉が現実のものになる確率は、相当高いのではないかと私は思っている。

そのときのために、私は世間様に迷惑をかけないよう、日々足腰を鍛え、脳の機能を柔らかく保つ努力をしている。
今の私は、薬を2種類飲むという情けない状態であるが、いつか復活する意思は強く持っている。

もし年を積み重ねた末に、足腰が言うことを聞かず、脳が固まってしまったら、「元気なうちに勝手に心臓が止まって回りに迷惑をかけずに逝く」という私の人生のシナリオは、確実に狂ってしまう。

それは困る。


なので………応援を、そこんところヨロシクお願いいたします。
(誰に言っている?)


今のところは、頭の中で、たえず面白すぎる妄想が駆け巡っているから、頭の方は、おそらく大丈夫だろう。
太もも好きに ボケはなし というコトワザもあることだし(ない?)。

大学1年の娘からも「おまえがボケることは、1兆円の宝くじが当たる確率よりも低い」とお墨付きを貰っているのである。

でも、1兆円、当たったりして。


先週の金曜日、晩メシを作っているとき、ヨメに言われた。
「ねえ、パブロン買ってきてくれた?」

ありゃ!

娘に言われた。
「パワーポイントのマニュアル本見つかったか?」

ありゃ!

(おでんを食いながら)息子に言われた。
「今日の晩メシ、チーズ・フォンデュって言ってなかった?」

ありゃ?

メシを食ったあとで、仕事のデータをレーザープリンタで出力しようとした。
紙を切らしていた。

ありゃ?

iPhoneの留守番電話を聞いた。
「今日の朝10時のご予約でしたが、キャンセルのご連絡はいただいておりましたでしょうか」
病院からの電話だった。
10時に、検査の予定だったのだ。

ありゃ………ありゃりゃ!

こんなにも大量に忘れ物をするなんて!
私の頭の中身は、なんてお茶目な脳みそに変化してしまったんだろう!


この事態を重く見た私は、友人のテクニカルイラストの達人・アホのイナバにメールをした。


「貴殿の奥様が、将来建設を計画中の老人ホームの入所を今から予約致します。
 費用につきましては、お慈悲を賜れば幸せ至極に存じます。

 我願う 老後幸福サドンデス!」



アホからの返事は、まだない。



2014/11/04 AM 06:26:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

人でなしがシンクロ
もちろん、テレパシーなどというものは、信じない。

昨日、東京池袋に買い物に行った。
私が知る限り、その素材集は、その店にしか置いていなかったので、中央線と山手線を利用して池袋に行った。

目当てのものを買って店を出たとき、ピカッ! 突然頭の上にLED電球が閃いた。

そう言えば、ここから歩いて8分01秒程度のところに、友人が社長様をしている会社があったような気がした。
部下がクーデターを起こしていない限り、長谷川は、まだ、おそらく、たぶん、私の想像が当たっていれば、その会社の社長様をしているはずだ。

老けた坊っちゃん顔を拝みにいこうと思った。
しかし、世間では、社長様は忙しいという常識がある。

常識人である私は、「アポなし訪問」は非常識である、と常識的に考えた。
だから、頭に閃いたLED電球は右脳にしまって、軽やかな足取りで池袋駅までの道を歩き始めた。

そのとき、iPhoneが震えた。

ディスプレィを見ると、「長谷川」という名が、常識的に浮かび上がっていた。

これは………偶然………か?

なぜ長谷川から電話が、と3 . 4秒考えたのち、仕舞っていたLED電球を閃かせて、iPhoneの応答ボタンを押した。

いきなり、「カラダはどうだ?」と聞かれた。

首の下に付いている、と答えた。
いくらおまえが、偉い社長様だとしても、俺の首を切ることはできない。
残念だったな。

私の答えを無視して、長谷川が「いま、どこだ?」と聞いてきた。

まだ、人生の途中だ、と答えた。
だが、自分で途中だと思っていても、突然終わることもある。
それも、人生だ。

長谷川が、またも私の言葉を無視して、言った。

「まさか、池袋じゃないよな?」

「ドッキリ」か!
私は、隠しカメラを探した。
「大成功」の札も探した。
半径30メートル以内には、見当たらなかった。

つまり、長谷川には「千里眼」のSPECがあるということか。
中堅商社のイグゼクティブというSPECだけでなく、そんなものまで持っているなんて、なんて羨ましいやつなんだろう。

そんな私の感動さえ無視して、長谷川が言った。
「不思議なんだが、おまえが近くにいるような気がしたんだよな。気まぐれに窓を開けたら、ひねくれた風が入ってきたんだ。これは絶対に、マツが持ってきた空気だな、と確信したんだが、どうやら当たったようだ」

そうか。
つまり、それは俺もスゴいということだな。
そんなにもわかりやすい「ひねくれた風」を送ることができるなんて、相当高度なSPECがないとできないだろうから。

長谷川は、私のその言葉も無視した。
「午後のスケジュールがキャンセルになって、どうしようかと思っていたんだ。今すぐ、来いよ」

「ひねくれた風」は、素直に、社長様のお城に潜入することにした。

途中にあったファミリーマートで、スパークリング・ロゼワインを買って、手みやげにした。
私は常識人なので、人様の領域に入り込もうとする場合、必ず手みやげを持っていく習慣を持っていた。

手みやげを渡したとき、長谷川が、「もう酒を飲んでもいいのか?」と、聞いてきた。

俺は遠慮するが、おまえは飲むべきだ。
社長が昼間から酒を食らっても、誰も文句は言わないだろうからな。

「いいのか、俺だけ飲んで?」

俺は、酔っぱらいは好きではないが、酒飲みは嫌いじゃない。
酔っぱらって絡んできたら、不殺の剣・龍翔閃をお見舞いするだけだ。

…………………………………。

結局、秘書が淹れてくれたホットコーヒーを向かい合わせで飲むことになった。

私の顔を見て、「太ったな」と長谷川が言った。

私の場合、久しぶりに会う相手からは、99 . 8パーセント「痩せたな」と言われた。
しかし、今日の長谷川は、0 . 2パーセントの方だったようだ。

身長180センチ、体重58 . 1キロ、体脂肪率11 . 3パーセント、BMI は、17 . 9だ。
ナイスバディだろ〜〜。

また無視された。

そればかりか、長谷川は鋭いことを言ったのだ。
「普通は、酔っぱらわないと程度の低い冗談は言えないものだが、お前の場合は、酒を飲まなくても言えるんだな。要するに、おまえは、酒を飲まなくても酔えるってことだ。もともと酒を必要としていない男なんだな」

俺も、そう思う。

小さな沈黙のあと、長谷川が居住まいを正して頭を下げた。
頭髪が、やや薄くなって、頭皮が微かに見えた。
だが、社長様は頭皮が透けて見えても、それが威厳になることもある。

世の中は、不公平にできている、と思った。

「毎年、邦子の墓参りをしてくれているようだな」

今度は、私が無視をした。

邦子というのは、長谷川の一つ下の妹で、大学時代の私の友だちでもあった。
今は墓の中にいるが、友だちの墓参りにいくのは、人間として当然のことである。
礼を言われる筋合いはない。

4回目の墓参り。
馴れ過ぎて、涙も出ない。

どうでもいいことだが、最近では、私は身内を連続して亡くしていた。
姉と父。

姉の墓は、島根県出雲市にあった。
父の墓は、神奈川県川崎市。

私は薄情者である。
身内なのに、墓参りに行ったことがない。

島根県には、私の敵がたくさんいたが、一人だけ私を理解してくれている年下の大学准教授が、遠い親戚にいた。
彼に、姉の墓のことはお願いしていたから、姉の墓には絶えず花が手向けられていた。
父の祥月命日には、代行業者に頼んで、墓に季節の花を手向けてもらっていた。
今年の一周忌には、代行業者に、墓を盛大に花で飾って欲しい、とお願いをした。

つまり、すべてが他人まかせだ。

しかし、長谷川の妹の墓参りにだけは行く。

自分で、「人でなし」だと宣言しているようなものである。

そんな私の心が、長谷川とシンクロした。
長谷川が、ため息を吐きながら、ソファの背にもたれ、言った。

「俺は、人でなしだな」

人でなしが、ふたり。

いい大人が互いに「人でなし自慢」をするのは、みっともないので、私は「人でなしの看板」を降ろすことにした。


君は 天使じゃなく
俺だって 聖者じゃないんだぜ


天使ではなかったが、長谷川は、「苦悩する人でなし」だった。

長谷川は、東日本大震災後の仙台支社の後始末をすべて、妹の邦子に任せたことを一日たりとも後悔しないことはなかった。

「おまえにしか、こんな話はできないんだ」と言って、後悔の言葉を私のiPhoneにぶつけた。
3年半で、20回以上。
iPhoneも、きっと聞き飽きたことだろう。

社長という役割は、太陽に似ている。

太陽系の惑星や小惑星は、彼がいることで、その存在が成り立っている。
求心力が衰えたら、系列の星々は、行き場を失う。

暗黒になる。

光を絶やすな。
それが、おまえの唯一の役目だ。

社長になりたての頃、長谷川に、そんな話をしたことがあった。

陳腐なたとえだったが、長谷川は納得したようだった。
ただ、納得したとしても、企業の長である彼の悩みの種は尽きない。
何かしら理由を見つけて、私に愚痴をこぼすのだ。

最近の長谷川の愚痴は、「妹が俺を照らしてくれたから、俺は輝いていられたのに」というものだった。

違う。
太陽は照らされるものではない。
自分で輝くんだよ。

おまえを輝かせるものは、おまえしかいない。
太陽に、甘えは許されないんだ。

人間としての出来は、遥かに長谷川の方が上なのに、下等動物の私が説教をするのだ。

恥ずかしすぎて、電話を切ったあとは、いつも自己嫌悪に陥る。
ただ、1分程度で、すぐに立ち直るが。


長谷川が唐突に、「俺たちには、どれくらいの時間が残されているんだろうな」と言った。

おまえには、社員と社員の家族分だけ、時間が必要だ。
俺は、家族分だけだな。

「それって、うらやましいのか、うらやましくないのか?」

そんな問題ではないな。
責任の問題だ。
つまり、色々なものを背負ったおまえは、簡単に死ねないということだよ。

長谷川の苦笑い。

そして、ふたりの言葉がまたシンクロした。

「俺たちが、こんな話をするようになるなんてな」


そうだな。

人でなし………なのにな。





たまには、人でなしの、こんな愚痴も……………。



2014/10/23 AM 06:22:01 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

カーストが流行っている?
最近、愚かだな、と思うことがたくさんあった。

埼玉に住んでいた頃、浦和の得意先に、編集、出版会社があった。
40代のご夫婦が、代表で運営していた会社だ。

2年に1度くらいの頻度で仕事をいただいていたが、2年に1度では生産性が悪いので、4年半前に東京に帰ることになったとき、お付き合いをやめさせていただいた。
だから、もう付き合いはない。

その会社の噂を先日耳にした。
今の日本の経済状況では、編集、出版というジャンルは、天下のアベノミクスの効力は及ばないというのが現実だ。
その会社も、ここ数年、細々とした経営を余儀なくされていたという。

社員はご夫婦の他に、営業が3人、事務(経理を含む)が2人。
そして、オールマイティに仕事をこなす人が1人。

社員6人のうち、女性は1人だけだった。
この人が、オールマイティに仕事をこなす若い女性だった。
おそらく30歳はいっていなかったと思う。

営業に出るわけではないし、接客もしないので、社内ではいつも赤ジャージ(ヤンクミ?)だった。
何事に関しても、ものをハッキリ言う人で、しかも表現が的確で無駄がなかった。
だから、打ち合わせがいつも円滑にいった。

段取りも完璧だったので、仕事を請ける側としては、理想的な担当者だと言えた。
この会社の経理は男性だったが、体が弱いので、ときに10日ほど連続で休むことがあった。
そんなときは、彼女が、その代わりを勤めたから、会社の仕事が滞ることはなかった。

要するに、彼女がいるからこそ、会社の仕事がスムーズに回っていたと言っていい。
だが、ここで理解できないことが起こった。

細々とした経営状態の会社だったが、社員のすべてが創業の頃からいる人たちだったので、社長は、社員を切ることも給料を削ることもしなかった。
そのことが、良い経営者の条件なのかどうかは、わからない。

私は、彼をよい経営者だと思うが、おそらく多くの人は、「甘い経営者」の烙印を押すかもしれない。
売り上げが落ちた分を自分たち夫婦の給料や経費を減らすことで凌いできたが、それもすでに限界だったらしい。
金融会社に追加融資の申し込みをすることにした。

そのとき、追加融資の前提条件として、社員の削減を言われたというのである。
それも、名指しで言われたというのだ。

赤ジャージの社員を切りなさいよ、と。

その理由が、愚かすぎて、私は耳を疑った。
「赤ジャージを着た女なんて、必要ないでしょう」

彼女は社内で、唯一の女性社員だったが、その唯一の赤ジャージ社員は、その会社で、一番仕事ができる人だった。
しかし、それを認めない銀行員は、愚かにも削減を要求し続けた。

そして、社長は、その要求を突っぱねようとしたのだが、信じられないことに、社長の奥さんが、追加融資を何としても得たいために、銀行員と組んで、赤ジャージ社員を追い出すことに成功したというのだ。
(元来が献身的な人だったから、空気を読んで、会社のためになるなら、と自ら身を引いたようだ)

誰もが、あり得ない話だと思うだろう。
私も、あり得ないと思った。

しかし、この話を他の知人にすると、赤ジャージ社員の能力を知らない男たちは、一様に「会社に赤ジャージを来てくる女なんていらないね」と言うのだ。

完全に、本質を間違えている。
「赤ジャージ」を着ているかどうかは、彼女の能力を判断するときには、関係がない。
冗談で言っているのならまだいいが、「そんな女は真っ先に切って当然」と言っていたから、彼らはきっと本気なのだろう。

そして、もう一つ、理解できない発言が、これだ。

社長の奥さんの言葉。
「彼女は独身だから、誰も困らないでしょ。こういうときは、女が犠牲になるものなの」

同性が、同性を貶めたのである。

さらに詳しく事情を聞いてみたら、他の男性社員の中で、既婚者は一人だけだった。
彼女以外がすべて既婚者だったら、奥さんの発言は、0コンマ0001パーセントくらいは渋々理解してもいいが、ほとんどの男性社員が独身の場合、「独身だから困らない」理論は、成り立たない。

要するに、あとの「こういうときは女が犠牲」が本心なのだろう。

奥さんの中にも「男社会」の論理が胡座をかいて存在していたようだ。

ちなみに、私にとっては興味がない情報だが、その会社は今、かなり危ない状態らしい。


もう一つ、愚かな話を聞いた。

友人のWEBデザイナー、タカダ君(通称ダルマ)の奥さん、微笑みの天使・トモちゃんからの情報だ。

2人の子の子育て中であるトモちゃんのママ友に新しい仲間がひとり増えた。
その人は、つい最近まで他のママ友グループにいたが、「ママ友カースト」に嫌気がさして、グループを脱けたのだという。

ママ友カースト?

新しい言葉である。
最近では、たいして流行っていない、ごくわずかな空間の現象に過ぎないのに、「みんながしている、言っているのよ」「これが最新の流行だ」的な「みなし的流行」が、インターネット上で横行している。

だから、この「ママ友カースト」も、その類いかもしれない、と思った。
トモちゃんには申し訳ないが、信憑性は薄いと思って話を聞いた。

子どものいる奥さんたちが群れて、グループを作り行動する。
ほとんどは民主的な友好関係らしいが、中には封建的なグループもいて、それを「ママ友カースト」と表現するのだという。

奥様方の旦那様の職業(収入?)の貴賤で、グループ内の地位が決まる、とトモちゃんは言った。
つまり、収入の高い順にリーダー、サブリーダー、サブリーダー補佐、ヒラ……、というように、階級づけがされているというのだ。

ちなみに、「下克上」は、ないらしい。
下克上を目論んだ場合、あからさまではないにしても、何かしらの「嫌がらせ」「イジメ」を受けるシステムになっているからだ。

大奥………ですかね?

大奥というのは、女社会に無理やり「男社会」を持ち込んだものだと私は理解しているが、現代の一部のママ友も「大奥」という男社会システムに縛られているということか。

トモちゃんの新しいママ友が、さらに言う。

「旅行に行ったときも、リーダーより多く買い物をしてはいけないの。車の運転をするのは、いつもヒラの役目なの。リーダー、サブリーダーの子どもたちが悪さをしても、叱ってはいけないの」

冗談だろうと思った。

こんな愚かで時代錯誤の封建的な集団が、この民主的な日本にいるわけがない。

科学技術に優れ、文化的な素養も高く、アニメーションが美しく、BABYMETALとフナッシーがヘッドバンキングするPOPな国に、「カースト」があるわけがない。

私が、そう言うと、微笑みの天使・トモちゃんが、甲高い声で言った。

「本当に、あるナッシーよ!」

ん?

それって、「ある」のか? 「ない」のか?

フナッシー語は、よくわからん。


最後に、もうひとつ。

大学時代の友人の娘さんが、結婚することになった。
24歳だ。

ワセダという超一流の大学を卒業し、ある企業の研究室に入った。
一流の企業だ。

そこで社内恋愛をして、最近婚約をした。

上司に報告したところ、「で…、いつ辞めるのかね」と聞かれたという。
43歳の切れ者の上司で、いつも公平な視点で物事を判断する尊敬する上司だという。

しかし、そんな理想の上司でさえ、「女は結婚したら、会社を辞める」と思っているようなのだ。

娘さんは、即座に「辞める気はありません」と答えた。

上司は、「残念ですね」とだけ答え、それからは、その話題を持ち出さなくなったという。

この「残念ですね」の意味が、私にはわからない。
娘さんもわからないようだ。

自分の言うことを聞かない部下に対しての「残念」。
優秀な部下が、結婚して仕事に支障が出るかもしれない「残念」。
元から辞めさせたかったのに辞めてくれない「残念」。
結婚することは、彼女にとって利益にならないと思う「残念」。

いずれにしても、その上司の「残念ですね」を聞いて、友人の娘さんは、完全に気持ちが萎えたという。

さらに、今まで、あれほど尊敬していた上司が、いまは「愚か者」にしか見えない自分に嫌悪感さえ持っているらしい。
娘さんは、同僚の「辞めるなよ」の励ましだけをエネルギーにして、毎日会社に通っている。

ただ、そんな娘さんを見ても、彼女の父親である私の友人は、無神経にも「上司に逆らうのはヤバいんじゃないか。ここは上司の顔を立てて、辞めたほうが」と、男社会の代弁者のような愚かな顔で言っているらしい。

娘さんのために、私は愚か者に言った。


おまえは、大学時代も卒業後も、ホンっとに、ずーーーーっと、愚かだな! バカだな!


「おまえに言われたくねえよ!」と友人が、気色ばんだ。
「おまえの方が、俺より数段バカだろうが!」
右の人差し指で、18回も私を指さすのである。


その姿を見て私は手を叩いた。

そうか、つまり、俺は「おバカ・カースト」では、リーダーだということだな。


うん! それは、なんか………嬉しい。



下々のもの………控えよ!



2014/10/17 AM 06:29:03 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

モネちゃんは天然?
体脂肪率が、11パーセント台になった、と言うと「嫌みだな」と怒るヤツがいる。

増えた結果なのか、減った結果なのかには関係なく「嫌み」と取られる。

さらに私は、相手を怒らせるために、体脂肪率の数値を意識するようになってから、俺は10パーセントを超えたことがないんだよ、と言ってみた。
「おまえ、バカにしてるのか!」と、間違いなく30パーセントを超えているだろう相手は、真顔で怒った。

しかし、彼は、私のことを「そんなにガリガリで大丈夫かよ。まるで飢えた捨て犬だな」「ガイコツの方が、まだ太ってるんじゃないか」などと言って、からかうのである。
私の痩せた体を、からかいのネタにしているのに、こちらが低い体脂肪率のことを話題にすると怒るのは、矛盾していないか。

おそらく、バカだから、その矛盾に気づかないのだろう。
慈悲深い私は、許してやることにした。


9パーセント台だった体脂肪率を11パーセント台にするのは、簡単だった。
我が家では、私が家族のメシを作っているので、カロリーほか栄養分の調整をしやすい。

私が太れないのは、定期的な運動、基礎代謝率の高さと胃下垂のせいではあるが、真剣に食事と向き合えば、体重をある程度増やすことは難しくない。
油物の食事をやや増やし、炭水化物の摂取量を増やせば、カロリーの量は確実に増える。

だから、1か月で2パーセント体脂肪率が増えたのである。

では、なぜ増やしたのかというと、医者から「そんなに痩せていたら危険ですよ」と言われたからだ。
今までの私だったら、医者にそう言われても「ケッ!」だったが、今回はご忠告を素直に受け入れた。

さらに、「アルコールは、しばらくダメですよ」と言われた私は、直立不動で、ハイッ! と答えた。
それからの2か月間、一滴も飲んでいない。

なぜかと言うと、担当する医者がタレントの優香さんに似た女医さんだったからだ。
優香さんの忠告を無視する男が、この地球上に、いるはずがない。
地球上の男の一人である私が、拒絶する理由がない。

だから、太った。

2キロ太りました。体脂肪率が2パーセント増えました、と言ったら、優香さんが「素で」喜んでくれた。

「水分は、1日2リットル摂っていますか?」と聞かれたので、スポーツジムで毎回プールの水を飲み干しています、と言ったら、「素晴らしいですね。毎日続けてください」と褒められた。

「クスリは欠かさず飲んでいますか?」と聞かれたので、朝昼晩、クスリを飲むのが楽しみで仕方ありません、クスリ(笑)と答えたら、「素晴らしいですね。毎日続けてください」と微笑まれた。

「体重が増えたのなら、もうビタミン剤は出さなくてもいいですね」と言われたので、はい、ビタミンにバイバイします、と手をバイバイの形に振ったら、「素晴らしいですねぇ………」と言葉がフェイドアウトした。
そして、医者の顔に変化した優香さんは、私の顔から目を離し、モニター画面を見ながら「次回からは、1か月に1回の検査にしましょうか」と事務的に言った。

その言葉を聞いて、優香さんが医者だったことを思い出した私は、「御意」と両手を膝に置き、堅苦しいお辞儀をした。

看護師さんは笑ったが、優香さんは笑わなかった。

その姿を目の当たりにした私は、医者と患者の立場を実感した。

感謝の言葉を述べて立ち上がり、診察室を出ようとしたとき、「これからも優等生でいてくださいよ」と優香さんが声をかけてくれた。
優等生、と人から言われたら、私は反射的に相手を殴る癖があったが、優香さんを殴るわけにいかない。
歯を食いしばって我慢した。

もう一度頭を下げたとき、優香さんの足下が見えた。
スリッパを片方しか履いていなかった。
しかも、スリッパを履いていない方のストッキングが著しく伝線していた。

意外と「天然」な人なのかもしれない。


我が家に晩メシを食いにくる大学1年の娘のお友だちの一人にも、優香さんに似た子がいた。

女医さんは、79パーセントの確率で似ていたが、モネちゃんは、68パーセント似ていた。

私が柚子ポン酢を作ろうとしていたとき、「なに作っているの?」とモネちゃんが聞いてきた。

柚子ポン酢だよ、と私が言うと、「え? 柚子ポン酢って自分で作れるの?」と真ん丸目で驚いた。
そういう顔は、優香さんに101パーセント似ていた。

皮は、青唐辛子と合わせて柚子胡椒にするけど、中身は絞って、だし汁と合わせてポン酢にするんだよ。

柚子の中身を細かく切って、布巾でくるみ、汁を絞り出す作業を、モネちゃんは隣で見ていた。
そして、私の手元を見ていたモネちゃんが言った。

「ニンニクを作っているの?」

え? ニンニク?
ニンニクは作ってないけど。

モネちゃんが私の手元を指さしながら言った。
「だって、それ、ニンニクだよね。大きなニンニク作れるんだぁ!」

柚子を絞っている布巾の形が、大きなニンニクに見えたのか?
(見えないこともない?)

しかし、柚子ポン酢を作ると言っているのに、ニンニクを作っているように見えるというのは、どういう感性をしているのか。

以前、麻婆ナス丼を作って食わせたら、モネちゃんは「超絶ウマい!」と感激してくれた。
そして、次に我が家に来たとき、こう言ったのである。

「ねえ、パピー(私のこと)、スーパーにはマーボーナスっていうナスは売っていなかったけど、あれは、予約しないと買えないの?」

マーボーナスという種類のナスがあると思っていたようだ。

これを「天然」と言っていいのか?


水餃子を食いながら、iPhone6 Plusの大きさは、アルフォートと大体同じくらいらしいよ、と言ったら、モネちゃんが「えっ? そんなに小さいの? 画面が小さすぎて見えないじゃない。それに、その大きさで電話はできるの?」と困り眉を作って言った。

アルフォートのケースではなく、中身一つ分の大きさだと思ったらしいのだ。

「天然」というより、バ…………カ?


テレビ画面に、東北新幹線に遅れが出ています、というテロップが出たことがあった。

「そろそろ、帰らなくっちゃ」とモネちゃんが言ったので、私は、もう少し様子を見た方がいいよ、東北新幹線が停まっているみたいだから、と言った。

「あらぁ! じゃあ、もう少し待たないとダメだよね」

モネちゃんの家は、武蔵野のオンボロアパートから自転車で15分程度(西東京市)のところにある。
つまり、東北新幹線は使わない。

「いつ動くんだろう?」と、本気で心配するモネちゃん。

今日は無理かもね。
泊まっていったら?

冗談で、娘とふたり、モネちゃんに提案してみた。


その日、本当に、泊まっていったモネちゃんであった。




本物の優香さんは、こんな「天然」ではないと思いますが………。




2014/10/11 AM 07:59:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

目標は低くてもいい
スポーツの秋というのは、もう死語かもしれない。

友人の勤める会社は、毎年秋になると「秋の大運動会」を催していたが、4年前から止めていた。

極道コピーライター・ススキダの大口の取引先は、豪華景品付きの大運動会と豪華お土産付きの社内バス旅行を、毎年秋に交互に開催していたが、昨年から大運動会は止めて、一年おきのバス旅行だけになった。
そして、秋の定期検診、スポーツテストも、「必須」ではなく「任意」になった。

会社は、社員が健康でいる権利を奪おうとしているようだ。

たとえば、他にも学校などでは、運動会を秋に開催せずに、5月6月に前倒しするところが増えた。
季語としての「スポーツの秋」は残っているが、実生活で実感することは少なくなった。

何年か前までは、「スポーツの秋だから、何かスポーツでも始めようかな」という単細胞の人が少なからずいて、「どうせ三日坊主だろ!」という死語的な罵声を浴びせかけられたものだ。
しかし、今は、そんな愛すべき単細胞も少なくなった。

消滅しかけた「スポーツの秋」によって、スポーツを始めるきっかけを逃す大人がどんどん増えると、電車内に「脂肪人間」が増えて、満員電車が余計息苦しくなる。
そんな悲惨なことになる前に、「復活! スポーツの秋」運動を推進する政党が出て来たら、私は迷わず、貴重な一票を投じるだろう(嘘だが)。


ところで、嫌みな自慢だが、私は習慣的に体を動かしているので、「秋だから」体を動かす、という愛すべき単細胞とは違う。

医者からは、「運動はほどほどに」と小言を(釘を?)刺されているのだが、体を動かさない私は私ではないので、今も何かしら体に悪いことをやっている。

日常生活でエレベータやエスカレータは使わないこと。
週に最低1回は、小金井公園を10キロ程度ランニングすること。
湯上がりのストレッチは毎日。
得意先の近くにバッティングセンターがあるので、打ち合わせの帰りには必ず3ゲーム、バットを振り回す。
気が向いたら、テニスラケットの素振りを2百〜3百回。
気が向いたら、シャドーボクシングを2ラウンド。

健康な人が、これをやれば、間違いなく老化は防げる。
体力が増進する。

しかし、私の場合……………。


ところで、スポーツが長く続かない、という人はかなり多いと思う。

し始めの頃は、気合いも入って、興味の度合いもモチベーションも高いから、いつまでも続けていられそうな気がする。
だが、やりはじめているうちに、自分の思いとは逆に、体が思い通り動かない状態になると、モチベーションが一気に下がって、熱も冷める。
達成感を感じる前にやめてしまうのである。

私が思うところ、そのスポーツが長く続くかどうかは、「達成感」にある。
多くの人は、高い場所に目標を置いてスポーツを始めるから、低い達成感では満足しない。
いつまで経っても、目標に到達しないから、「もういいや!」となってしまうのだと思う。

だから、私は、目標は低い位置に設定した方がいいと思っている。


私事だが、大学まで陸上部にいた私は、20代後半まで、体力に不安を持ったことがなかった。
だが、若い頃は得意だったバック宙を、友人たちの前で久しぶりにしてみたら、無様なことになった。

愕然とした私は、30歳前に、ボクシングジムに通うことにした。
体育会系の部に入っていても、私は「見えないよね」と思われることが多かった。
ましてや、格闘技などまったく「らしくない」のだが、ボクシングが好きだったので、迷わずにジムに通った。

目標は、極めて低く設定した。
10代の練習生と同じ程度の3分のロープスキッピング(縄跳び)ができて、3分間連続してパンチを繰り出すことができればいいと思った。

だが、この低いと思った目標でさえ、その頂上は高かった。

だから、縄跳びとシャドーボクシングは1分続けられればいい、とすぐに目標を下げた。
それを休みをいれて3回繰り返せば、同じことになるのではないか、と心の中で言い訳をしたのだ。

この低い設定はうまくいって、私は達成感を充分に味わうことができた。
1分の連続で息が上がらなくなったら、次は1分30秒。
それが達成されたら2分。

みみっちいと思うかもしれないが、そんな低い設定でも達成したら嬉しいものなのだ。

そんな風に低い設定にしたのが功を奏したのか、1年3か月ジムに通って、ロープスキッピングは6ランドできるようになった。
シャドーボクシングは4ラウンド。
パンチングボールとサンドバッグ、ミット打ちは3ラウンド。
(もちろん、1日で、そのすべてをやるわけではない)

最後の頃は、トレーナーからスパーリングも誘われたが、人を殴るのが目的で始めたわけではないので、それはお断りした(殴られたら痛いだろうし逆上するだろうし)。

今は、事情があって、シャドーボクシングを2ラウンドもすると目が霞み、床にへたれ込むが、終えたあとには、それなりに爽快感がある。
目標を低く設定していなければ、こんなにも長い期間、体がボクシングの動きを憶えていることもなかっただろう。

だから、もしこれから、スポーツを始めたいという方がおられたら、私は、目標をできるだけ低く設定することをお勧めします。

小さい達成感を何度も味わう方が、経験値としての達成感、技術は、確実に向上する。
「大きな夢」は必要だが、その夢に向かって一目散に駆け上がっていける人は、ごくわずかの人だと思う。

夢は大きくてもいいが、たとえ目標が低くても、恥じることはない。

達成感の数が重要だ。

私は、そう思っている。


達成感と言えば、久しぶりにTVのニュース番組を見ていたら、「組体操で事故多発」というリポートを目にした。
小学6年生が運動会のハイライトとしてする、あの人間ピラミッドである。

組体操のピラミッドなどで怪我をした生徒の件数が2012年度は、6千件以上あったというのである。

6千は、多い。
小学6年生の総数が何人いるかわからないが、個人的な感覚で言えば、百を超えたら、その事故件数は多いと感じる。

思い返してみると、私の娘が小学6年のとき、組体操の練習で同じクラスの子が、左手首を骨折した。
ふくらはぎの肉離れで2週間松葉杖をついていた子もいた。
友人の子どもは、顔を地面に打ちつけて前歯を折った。

身近にも3人いたのである。

毎年、全国各地の学校で、怪我をした生徒が多発しているというリポート。
しかし、学校側に組体操をやめる意思はないらしい。

ニュースでは、まず人間ピラミッドに否定的な人の意見を聞いていた。
一番下で支えている子は、場合によっては全身に2百キロ近い負荷がかかるのだと言っていた。
簡単な組体操ならいいが、体のできていない小学生に、複雑な人間ピラミッドは危険である、という意見だった。

擁護派もいた。
子どもたちが達成感を味わうのはいいことだし、父兄もそれを目にして感動している、というのである。

達成感。

偏見かもしれないが、多くの場合、人間ピラミッドは自発的なものではないと思う。
行事だからやる、という生徒が多いのではないか、と私は疑っている。

最初は嫌々だったとしても、できたときは達成感を得ることができる、と思い込みたい大人は多いと思う。

達成感は確かにあるかもしれないが、「大人が敷いて来たレールとしての歴史ある行事」を強く拒絶できる子どもは少ない、という現実もそこにはあるのではないか、と疑り深い私は疑っている。

個人的な嫌悪で言わせてもらうと、私は、「俺たちだってやったんだから」とか「みんなやってるんだから」という論理は、横並び意識が強すぎて、説得力を感じない。

私が人にものを教えるとき、真っ先に排除するのが、「俺ができたんだから、おまえにもできるだろう」という概念だ。
教える相手に、少しでも多くの選択肢を用意するのが、教える側の最大の心構えだと私は思っている。

選ぶのは生徒たちであって、「あなたたち」ではない。

その結果、達成感を得たら、それは偶然にも「よし」ということだけでしかない。
怪我が多発している事実を知りながら、毎年のように生徒にピラミッドを作らせて、また怪我をさせるという学習能力のなさを、「達成感」で誤魔化されても困る。

個人のミスは、個人がかぶればいいが、大人の事情で怪我をさせておいて、「成功すれば達成感が」というご意見は、最大限の事故防止という「大人たちの責任」が抜け落ちていて、私には「責任からの逃亡」としか思えない。

ピラミッドが成功するのが当たり前だと思っているなら、最大限注意を配るのが、責任者の役目だ。
それは、「達成感」とは切り離すべき「確固たる義務」だ。


押しつけられた「達成感」は、あくまでも結果オーライの「一時的な錯覚」であって、6千件以上の事故と相殺できる性質のものではない。



安全が約束された簡単な組体操でも、充分「達成感」は得られる、と私は思うのですがね。




2014/10/05 AM 06:25:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

仏頂面でモノマネ
他人の深刻な顔と深刻な話と屈折したボヤキが苦手である。

だから、野村克也氏が好きではない。
(いきなりの個人攻撃)

20年以上プロ野球の情報から遠ざかっている。

20数年前のことだったと思うが、ノムラ氏は、スワローズの監督をしていた。
友人の家に招かれたとき、たまたま某大新聞社所有の球団とスワローズとの試合中継が、ブラウン管テレビに映し出されていた(当時は大新聞社所有球団がらみの試合は、ホームの場合、全試合放映されていた)。

友人は、某山陽地方出身の田舎者のくせに、大新聞社所有の球団を愛していた。
なぜ、山陽モモタローズのファンではないのだ、と罵ったら、友人の奥さんから「え? 新しいチームができたんですか!」と、騒音に近い音で叫ばれた。

おもろい奥さんだ。

その試合は、スワローズが大差で勝っていたのに、ブラウン管テレビに映し出された監督の顔は、仏頂面だった。
ずーーーーーーっと、仏頂面だった。

自分のチームの投手が、いいピッチングをしていても口をへの字に曲げて深刻フェース。
主砲がホームランを打っても深刻フェース。

その顔を見たとき、プーさんのぬいぐるみを座らせておいた方がいいのではないかと思った。
その方が、ベンチが和む。

勝っているのに喜びを顔に出さない人種って、俺にはエイリアンにしか見えないけどな、と私は友人に言った。
すると、友人は「あまり喜ぶと相手チームに失礼だからじゃないか。負けているチームから見たら、バカ喜びしている姿を見たら腹が立つ!」と、仏頂面でビールをあおった。

その幼稚園児並みの理屈を聞いて、こいつもエイリアンではないか、と思った。

勝っているチームの監督は仏頂面、負けているチームのファンも仏頂面。
人を招いておいて、その仏頂面はないだろう。
テーブルをひっくり返して帰ってやろうかと思ったが、重そうなテーブルだったので諦めた。

結局その日は、友人の奥さんとだけ、この年話題になったスタジオ・ジブリの「おもひでぽろぽろ」の話で盛り上がった。
帰るとき、「悪かったな、お前の好きなチームを念力で負けさせたのは俺だ」と喧嘩を売ったら、「バカの相手をする気分じゃない」と拒絶された。

お互い、ガキですな。

これ以降、興味深く観察すると、プロ野球の監督のほとんどが、仏頂面だということに気づいた。
その仏頂面には、もちろん理由があるのだろうが、少なくともノムラ氏ほかジイさんたちの仏頂面は、見ていて楽しくないので、私はプロ野球に興味がなくなった。
(某大新聞社所有球団の負けを願うことを生き甲斐にしていたが、その熱も徐々に冷めていった)

私が仏頂面が苦手なのは、あからさまに機嫌の悪い態度を取って、まわりに気を使わせる無神経さと屈折した感情表現が理解できないからである。

だが、勤め人だった頃の私は、中身は今と同じおバカだったが、他人様からは、ポーカーフェースで何を考えているかわからないとよく言われていた。

ただ、仏頂面ではなかった。
マヌケ面のポーカーフェース。

何を考えているかわからない、と言われても、昨晩渋谷で見た美脚を思い出しているだけなのだが、そんなヘンタイの心は、他人様にはわからない。
気味の悪いやつ、としか思えないらしいのだ。

気味が悪いのは本当だから、まあ、いいか、で済ましていたが、個人で仕事をする立場になると、お客様に「気味が悪い」という印象を与えるのは、フリーランサーとして致命的である。

だから、私は方向転換をして、内面のおバカさをさらけ出すことにした。
「あなたの目の前にいる男は、ここにいる誰よりもおバカさんですよイメージ作戦」を決行することにしたのだ。

世の中には、「バカは嫌いなんだよね」という人が多くいる。
しかし、「ああ、こいつはバカだったのか」と喜んでくれる人も同じくらいいるものである。

その「バカ嫌い」には、長期戦で接し、「バカ好き」には、大々的におバカをアピールした。
もちろん、その作戦は、失敗の方が多かったが、何人かの中には、長期戦と短期戦を戦っているうちに、「おバカ上等」と受け止めてくれる場合もあって、その方たちには、いまお得意様になっていただいている。


たとえば、結婚式のスピーチを頼まれたとする。
私のスピーチの9割は冗談で埋まり、1割だけが真面目な内容だ。
最後の1行2行で真面目なことを言って、おめでとうございます、末永くお幸せに、で締める。

列席者の中には、眉をひそめる方もいたが、どうせこの場限りしか会わない人が多いのだから、評判は気にしないようにしている。
「おバカのかき捨て」だと、割り切っている。


先週、取引先の創業30周年パーティに呼ばれたとき、受付の脇で、若い担当者に「悪いんですけど、スピーチお願いできないですか。ドタキャンした人が2人いて困ってるんで」と、少しも困っていない笑顔で言われた。

私は、公衆の面前で、いや、それは困ります、「いや、お願いしますよ」、ホント、勘弁してくださいよ〜、というコントをするのが嫌いなので、引き受けた。

ただし、アドリブだから、内容に責任は持ちませんよ、内容については、このさき日本が沈没するまで文句を言わないこと、と釘を刺すことだけは忘れなかった(心の中で、スピーチを頼んだことを後悔させてやる、と呪いの言葉を唱えた)。

場所は東京港区新橋のホテル。
立食形式の「たった309人」程度の客しかいないパーティだ。

貧相なガイコツがマイクの前に立ったとき、618の目が私の全身に突き刺さるのを感じた。
足の震えが、全身を震動させているのを感じた私は、ここだけ震度10の揺れが続いています、と言って、大げさに足を震わせた。

笑ってくれたのは、全体の8パーセント程度だったが、少しでも笑ってくれる人がいたのは心強かった。
笑ってくれた人たちの目を見ながら、モノマネをした。

テレビドラマ「JIN」に出ていた坂本龍馬役の内野聖陽氏のセリフを真似たのである。
この会社の創業者が高知県出身(社員も高知出身が多いらしい)だということを聞いていたからだ。

下手くそな土佐弁でセリフを真似たあとで、龍馬の言葉、「ことは十中八九まで自らこれを行い 残り一二を他に譲りて功をなさむべし(仕事は8割9割を自分でやり、残りの1割2割を他人にやらせ、その人に手柄を立てさせた方がいい)」を感情を込めずに言い、最後に、御社の発展をお祈りいたします、で締めた。

時間にして、3分未満。
「バカ」を見せられて許せる時間は、せいぜいこの程度だろう。

招待された側としては、終わり近くまでいるのが、マナーかもしれないが、完全燃焼した私は、担当者に断って、会場を出ようと思った(背中汗ビッショリ)。

帰ろうとしたとき、最後に1杯くらい飲んでいってくださいよ、と担当者に無理矢理握手をさせられたあとで、シャンパングラスを渡された。

私は首を横にゆっくりと振りながら、内野聖陽氏になりきって言った。

申し訳ないがで、酒やめちゅうが。

顔は、少し仏頂面だったかもしれない。

すると、担当者が、「そりぃや、わりぃことした。許しちょくれ」と、坂本龍馬を真似た仏頂面で、2杯分のシャンパンを一気に飲んだ。
(さすが、土佐の『いごっそう』だ。強引に飲ませようとはしなかった。それに、関西の人に下手くそな関西弁を使うと怒られるが、土佐人は怒らないようだ)


2つの仏頂面が、笑顔に変わった。


こんな風に気を使わない仏頂面は、嫌いではない。




2014/09/29 AM 06:30:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

百パーセントの自信
ずーっと私だけがバカだと思っていた。

ただ、「侍ジャパン」「なでしこジャパン」に関しては、無知によるものだという自覚はあった。

数年前、「侍ジャパン」という文字を見たとき、剣道の達人たちを総称して言うのかと思った。
「なでしこジャパン」は、茶道か華道のエキスパートの方たちのことだと思った。

「さむらい」という言葉から、野球を想像できなかったし、「なでしこ」からサッカーを想像する能力が私にはなかったからだ。

知人から、そのことを聞かされたとき、こいつらこんなに底意地が悪いのか、と呪いたくなるほど嘲笑された。
「こんなの常識だろうがぁ!」

常識?
侍=野球、なでしこ=サッカーが、いまの日本では常識なのか。

猿の惑星から帰還したら、日本だけが、違う言語を使う国になっていた。

そこで、猿とほぼ同程度の知能を持つ私は、最新の猿語で聞いてみた。

スマイル・ジャパン、マドンナ・ジャパン、ポセイドン・ジャパン。

「なんだ、それ?」
「スマイル・ジャパンって、何かの標語だろ? クール・ジャパンみたいな」
「マドンナは、あのマドンナだよな」
「ポセイドンは、神話に出てくるやつだな。海の神だったか。日本にポセイドンに纏わる神話はあったかな? さっぱり、わからない」

私も、その言葉を見たとき、似たような反応しかできなかった。
つい最近、ブログを書くネタに困ってネットをさまよっていたら、「ジャパン繋がり」の通称がたくさんあることを知って驚き、いいブログネタを探したと膝を叩いた。

普通の生活をしている人は、〜ジャパン、と言われても、そのスポーツを想像することができない。

スマイルは大事だが、それはスポーツだけに大事なのではなく、あらゆる日常生活に大事なものだ。
(某ファストフード店ではゼロ円で売っている)
それを限定されても困る。
スマイルから想像できるスポーツは、スポーツに笑顔を持ち込むのがタブーの日本では、特定することが難しい。

マドンナもそうだ。
私には(私だけではなく知人のほとんどが)あのスーパースターしか思い浮かばなかった。

「マドンナの真似が上手い女性の集まりだよな」
「それか、マドンナを目指すシンガー志望の日本女性たちか」
「いや、ミス日本ってのもありだな」

ポセイドンにいたっては、ポセイドン自体を知らない者もいた。
知らないのを誤魔化すために「新しい丼物だろ」と、その無知なヘンタイは自分の言葉に自分で笑った。

要するに、彼らも、侍ジャパン、なでしこジャパンを知らなかった私と同レベルだったのである。

私だけが、バカだったわけではない。

たまたま彼らが好きなスポーツの名称だから知っていただけのことで、興味のないスポーツのことは、目の記憶にも耳の記憶にも残らないのが現実だ。

日本代表の存在を身近に感じてもらいたいために、ジャパンを付けたとしても、皆が意味の分からない冠を付けた「〜ジャパン」だったら「没個性」になる。

一度は憶えたのだが、マドンナ・ジャパンが、どのスポーツのことなのか、キーを叩いているうちに忘れてしまった。

いったい、いくつ「ジャパン」があるのでしょうか。

侍ジャパン、でさえ、私には鳥肌しか立たないのに、これ以上増えたら、私の背中にはきっと翼が生えてしまうだろう。


ところで、ジャパンではないが、今年の春頃、「カー娘」という言葉をヤホーの見出しで見たとき、私は新しい女性アイドルグループだと確信した。
(ちなみに私は、ネットの記事は、基本的に見出しか読まない。中を読むのが面倒くさいからだ)

その文字を見て、モーニング娘。の姉妹グループだと思った。
フォーティエイト何やらが巷にあふれ、エグザイル何やらが巷にあふれているのだから、「娘」があふれてもいいと思った。

しかし、友人から「あれは、あるスポーツのオリンピック代表を言ってるんだよ。正式な呼び方ではないが、普通の人には通じる」と言われた。

オリンピック代表?

カーだから、「普通は」車だ。
つまり、女性カーレーサー。

絶対アタリだろうと胸を張って答えたら、「オリンピックに、カーレースはないだろうが!」とキレられた。

では、自転車か?
「自転車をカーとは言わない!」

ボブスレー系のやつか?
「あれは、『そり』だ。カーじゃない!」

でも、車なんだろ?
「違う!」

面倒くさくなった。
もういいや、知らなくても、何の問題もない。
俺は忙しいんだ。

そんなことを知ったって、オイシい仕事が舞い込んでくるわけでもない。
時間の無駄だ。

「カー娘」が、リオの『カー』ニバルの美女を指そうが、故ドナ・サマー女王のマッ『カー』サー・パークを上手に歌うモーニング娘。を指そうが、『カー』リングが上手いモーニング娘。を指そうが、ミランダ・『カー』のソックリさんを指そうが、どうでもいいわ!


友人が、指パッチンをしながら、惜しかったな、と言った。

しかし、どうでもよくなった私は、答えを聞かなかった。



自分としては、マッ『カー』サー・パークを上手に歌うモーニング娘。が、一番面白いと思っているのだが、百パーセントハズレている自信が、私にはある。


(ここで指パッチン)ああ………カーリング娘………か。


何人組のユニットなんだろう?



デビュー曲は?



2014/09/23 AM 06:22:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

餃子依存症
餃子を消費している。

自家製が多い。

私だけで、ひと月に200個は消費しているかもしれない。
つまり、豚ひき肉やキャベツ、ニラの消費量もかなりのものだということだ。
天候不順などによって、キャベツの値段が上がったりしたら、死活問題だ。

今の私の体の6分の1は、餃子でできていると言っても大げさではない。
キャベツ農家さん、難しいかもしれませんが、ぜひ価格安定を切に願います。

餃子の消費が多いのは、いま大学1年の娘の高校時代のお友だちが、いまだに、我が家に晩メシを食いにくるからである。
リクエストが断トツに多いのが、餃子とハンバーグだ。

いまも月に2回は、餃子パーティを開く。
我が家族4人とお友だち4〜5人で150個以上の餃子を消費する。
そのために、ホットプレートを1台追加購入したほどだ。

この餃子パーティの他にも、晩メシの食卓に餃子が上ることが、週に最低1回はある。
他に、最近では、同業者との仕事の打ち合わせをバーミヤンで、ダブル餃子を食いながらすることが増えた。

そして、得意先との打ち合わせの帰りに、小腹が空いたからと、武蔵境の「日高屋」、「餃子の満州」に寄ることもある。
「リンガーハット」にも行く。
「幸楽苑」にも行ってみたが、ここは餃子が小さいので、損をした気分がして、一度しか食っていない。

食い足りない場合は、餃子の追加を頼むか、炒飯を頼む。
ラーメンは頼まない。
スープを飲み干すのが面倒くさいからだ。

店側のご好意だと思うが、餃子ライスや炒飯を頼むと中華スープが付いてくることが多い。
しかし、私は、これに手を付けることはない。
飲むのが面倒くさいからだ。

餃子とライス、あるいは炒飯があれば充分。
水も余計だ。

余計な話だとは思うが、定食に付いてくる味噌汁も飲まない。
あれも、私にとっては、余分だ。
定食屋の味噌汁は、あまり美味くない(ダシに気を使っていないから?)。
食い物の味が、あれを飲むことによって、確実に変わるのが嫌だ。

友人たちからは、「変なやつだよなあ」と言われる。
「じゃあ、ビールだって、味が変わるだろうに」と非難される。

いや、それは、根本的な発想が違う。
その場合は、ビールが主役だから、ツマミの味など、どうでもいいのだ。
ビールの味がわかればいい。


ところで、事情があって、もう1ヶ月近くビールを飲んでいない。
(他のアルコールも飲んでいない)

ビールは大好きだが、飲まなくても大丈夫なようだ。
手が震えることはないし、イライラもしない。

つまり、俺はアルコール依存症ではない。

ただ、試しに餃子を一週間食わないでいたら、イライラした。

手は震えないが、頭の中を餃子が駆け巡り、町中を歩いていると、鼻で餃子の香りを追い求めている自分がいた。


「餃子依存症」

この世の中に、この病に罹った人は、どれくらいの確率でいるだろうか。

私が知っている限りでは、当麻紗綾さんしか思い浮かばない。
(知らない方は、グーグルで検索してみてください)



さて、朝から、自家製冷凍餃子を10個、食うことにしましょうか。

体が、著しく餃子を欲しているので……。




2014/09/05 AM 06:25:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

ケツをまくる
デマゴギーで得をする人は誰だ。

ネットの記事やブログなどを見ると、いまだに「フジテレビはけしからん」的な文章に出くわすことがある。
このことは、いまも理解不能な現象として、私の頭に霞のごとく存在している。

フジテレビは「韓流押し」だから、気に食わないというのが理由なのか……よくわからない。
そうすると、色々と矛盾することが出てくるからだ。

フジテレビの親会社は、フジ・サンケイグループ。
この親会社は、一貫して、保守、排他的、反中、反韓、親米である(ネット右翼とほぼ同類)。
フジテレビのニュース解説などは、昔から反中で、それにつられたのか知らないが、反韓的なニュアンスの報道をすることも多かった。

つまり、報道のスタンスは、ちっとも「韓流押し」ではない。

たまたま、他のテレビ局と同じように、経費削減のために「韓流ドラマ」を流したに過ぎない。
つまり、日本社会お決まりの「横並び」の方式で、「韓流ドラマ」を流した。
それに付随する形で、たまたまK−POPが当たった。

ただ、それだけのことではないか、と私は受け止めている。

横並びの中で、なぜ、フジテレビだけが叩かれたのか。
それは、そのことで誰か得をする人がいるからだろう。

たとえ、同じことをしたとしても、読賣グループには、強面のご老人がご存命だから、彼がご健在のうちは叩けない。
きっと、誰かと誰かの利害関係が一致して、デマゴギーの潮流がフジテレビに向かったのだろうと私は推測している。

私は、フジテレビ(産經新聞)と日本テレビ(読賣新聞)の報道姿勢が、好みではない。
保守主義、全体主義を押しつけて、国益優先などという体制側意識の強いメディアの存在など笑止千万である。
国粋的な権力になびくメディアは、中国共産党の言いなりになる中国メディアとほとんど変わらない。

だから、フジテレビが叩かれることに関しては、意に介さない。
ただ、筋違いのバッシングには、釈然としない意図的なものを感じる。

筋違いのデマゴギーをまき散らして、得をしている人は、いったい誰なのだろう。
そこが気になる。


もう一つのデマゴギー。

むかし我が家に一年間居候していた大学1年の娘のお友だちのことだ。
彼女のことを私は「居候さん」と呼んでいる。

その居候さんは、娘とは違う大学に通っているが、いまも2人は姉妹のような良好な関係を続けている。
居候さんは、今年の3月から、昼間大学に通うかたわら、夜8時から12時までスーパーでバイトをしていた。

中学・高校と皆勤賞の居候さんは、もちろん大学は休まず、バイトも皆勤賞だった。
睡眠時間4時間で、毎日生き生きと暮らしているのだ(ヘトヘトに疲れているとは思うが)。

しかし、大学には前期試験というのがあった。
試験は、おろそかにしてはいけない。
だから、バイト先の主任に、試験があるので、2日間バイトを休ませてください、とお願いした。

主任は快く許可してくれたが、この主任が「極悪人」だった。
彼女が休んでいるときに、冗談のつもりだったのだろうが「彼女は、今夜は合コンで休みます」と、パートのオバちゃんたちに言ったらしいのだ。

そして、それをパート全員が真に受けた。
(嘘でも何でも信じる一部のネット住民と同類)
それから、まわりの風当たりが強くなり、居候さんは強烈な逆風を今も浴びているらしい。
ツィッターで喩えるなら、「大炎上」という状態だ。
(自分で考えることを放棄した人間は、過激な情報を率先して受け入れる)

「前期試験のために休みました」と言っても、言い訳としか取ってくれないというのだ。

真面目に毎日大学に通い、バイトも休んだことがなかった一途な大学生が、一つの悪意あるデマゴギーによって居場所がなくなるという愚かな現象。

過激なことを言うようだが、親代わりとして彼女を見てきた私は、いま、本気でその主任に喧嘩を売ることを考えている。
もちろん、手を出すような非常識なことはしないが、怒鳴りつけてやりたい衝動を抑えることができない。

いったい、そんな愚かなデマゴギーを流して、誰が得をするというのだ。
愚かな主任、愚かなパート。

こんな愚かな大人たちの存在が、善良な未成年を絶望の淵に突き落とす。
これは、あきらかに「いじめの方式」だ。

愚かすぎて、背筋が寒くなる。
怒りでコブシが震える。


最後は、私の話である。

埼玉の団地に住んでいたとき、ひとりのご老人が流した嘘で、私のまわりは「嘘の信者」で固められ包囲された。

それまで穏やかだった15年間の暮らしが、一気に色あせて、私はそのメガ団地が嫌いになった。
今も大嫌いだ。
だから、私は、その団地には近寄らないし、思い出すこともしない。

早く朽ち果てろ、とさえ思っている。

私たち一家は、4年半前、そのご老人を連れて、ご老人は実家のある三鷹市に戻り、我が一家は、ご老人の世話をするために隣の武蔵野市に引っ越した。

この選択は、確実に成功だった。
「嘘」のない生活が、復活したからだ。

私が感じるところでは、ここにはデマゴギーはない。

居候さんのまわりには、デマゴギーが溢れているが、バイト先にケツをまくれば、そのデマゴギーは、愚かな人たちの中には残るかもしれないが、新しい生活につきまとうことはないだろう。

だから、居候さんには、ケツをまくれよ、と忠告した。
居候さんは、私の忠告を受け入れて、家庭教師の派遣会社に登録を終え、後期からは家庭教師をする予定だという。

それが正解だ、と私は思う。

愚かなデマゴギーには、ケツをまくる。

私の経験上、それしか、有効な手段はない。

考えることをやめた(あるいは考える能力の衰えた)人間に、説得は逆効果だ。
お尻ペンペンが、一番いい。


フジテレビも、綺麗なケツのまくり方をすれば、筋違いのデマゴギーは、消えるのではないでしょうか。


いや、ネットは、集合体になると、「愚かでしつこい」から、無理ですかね。




ケツ、ケツ…と下品で、申し訳ありません。


2014/08/19 AM 06:27:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

今どきの大人は
今どきの若者は、とは違って、今どきの大人は……の話を。

武蔵境駅そばのファミリーマートで、大学1年の娘に頼まれた唐揚げを買っていたときのことだ。

60歳くらいの腹の突き出た男が、でかい「きゃりーぱみゅぱみゅ」、いや、キャリーケースを引きずりながら入ってきた。
男が、キャリーケース?
流行っているのか?

ビジネスマンが出張に使うのなら、多少はわかる。

だが、ビジネスマンに見えない、ただ腹の出っ張ったオッサンが、キャリーケースを持つというのは、違和感がある(偏見)。
しかも、世界は俺が回している風な尊大な態度で、肩を揺らしながら反り返って歩いているし(偏見)。
こう言っては悪いが、その姿は、見苦しい(偏見)。

その見苦しい男が、若い女の子に、怒られた。
「おじさん、ゴメンナサイは?」

声のした方を見ると、10代半ばの小柄な女の子が、見苦しい男(偏見)を睨んでいた。
しかし、男は無視。
聞こえているはずだろうが、知らんぷりである。

すると女の子が、「年上とか年下は関係ないよ。パパより年上の人だって、ダメなものはアタシは叱るよ。バッグを足に当てて知らんぷりですか」と男に近づいていったのだ。

幼い顔をしているが、目力がすごい。
その目力に負けたのか、男が立ち止まった。
そして、男も少女を睨んだ。

「睨んでもダメだよ。ゴメンナサイが先でしょ。その重いバッグが、アタシの足に強く当たったんだよ。アタシ、転びそうになったよ。知らないわけないよね。一回バッグが止まったんだから。音もしたよ」
そして、さらに目に力を込めて「ここは、ゴメンナサイだよね」と仁王立ちをした。

その堂々とした態度と目力に圧倒されたのか、男は体を反らせながらも「ゴメン」と謝った。

すると、少女は瞬時に表情を変えて、あどけない笑顔を作った。
「どういたしまして」

尊大な男に対して、一歩も引かずに毅然とした態度を取った少女の姿は、凛々しかった。

それに対して、男は、ばつが悪かったのだろう。
何も買わずに、ケースをゴロゴロと引いて、店を出た。

店を出るとき、舌打ちが聞こえたが、その舌打ちは、よけい男を見苦しく見せた。


中央区新川の得意先に行ったときの帰りの中央線。

東京駅始発に乗った。
車内の座席は、7割がた埋まっていた。

その車内で、携帯電話で話をしている30代のビジネスマンがいた。
ビジネスマンと言っても、仕事の話をしているわけではない。
バイク・ツーリングの話だ。

彼の真ん前には、30代の母親と、ランドセルを膝に乗せた10歳くらいの女の子と8歳くらいの男の子が座っていた。
そのうちの10歳くらいの女の子が、電話をしている男の前に立って、男の目を覗き込みながら、「電車で電話はいけないんだよ」と言った。

しかし、男は無視。
すると、女の子は、今度はしゃがみ込んで、下から見上げるように「いけないんだよ。ママに、そう教わったよ」と言った。

男は、無視。

女の子は、しゃがんで、男を見つめていたが、男は鼻で笑うような感じで、電話を続けた。

女の子が、立ち上がって、母親の方を見た。
そして、言ったのである。
「ママ、『駅長さん』を呼んだ方がいいかな」

それを聞いた母親は、「そうだね。タクミとふたりで、『駅長さん』を呼んでくれば」と小さく頷いた。
母親のお許しを得た女の子は、男の子の手を引いて、ホームに降りようとした。

そこで、男の電話が唐突に終わった。

そして、男は、怒ったような顔をして、隣の車両に移っていった。

これも見苦しい大人の姿だった。


これは番外だが、三鷹駅近くの狭い歩道で、絶え間なくベルをチリンチリンしながら自転車を走らせていた50歳くらいの女性の方を見かけた。
これは、特殊な例だろうと思ったら、川崎武蔵小杉の歩道でも、ずっとチリンチリンしていた60歳くらいの男性の方を見かけた。
「聞こえないのかよ! 危ないだろうが!」という、その男性の罵声も聞こえた。

それと同じ日の武蔵小杉。
人通りの多い狭い歩道を、3台横一列で自転車を走らせていた奥様方を見かけた。
そのうちの一人の自転車が、若者のバッグにぶつかっても、知らんぷりだった。
(いずれの例も、おそらく『道路交通法違反』だろう)

この方たちが、もし「最近の若い人は」と、ご意見を述べたら、私には、ギャグにしか聞こえないのだが。


2日前、新宿の「世界堂」に、娘が行くというので、私も買いたいものがあったから、ついていった。

しかし、ただ買い物をするだけでは、つまらない。

だから、店内を回っているとき、私が唯一できる物まねをしながら、回った。
藤岡弘、氏である。

いや〜、これ、欲しかったんだよね〜。
似ているかどうかはわからないが、物まねは、雰囲気だ。

そして、それに合わせるように、娘も彼女ができる唯一の物まね、ローラさんの真似をし始めたのである。

「あー、これ、可愛い! ホントー、いい感じ〜、ウフッ」

店にいる間、藤岡弘、氏とローラさんだった。

誰も私たちに近づこうとしなかった。

レジで会計をするときも、ハッハッハ、どうもありがとう、と言ったら、レジの人にガン見された。
娘が「嬉しい〜、キャハッ」と言ったら、笑いを堪えるように、顔を歪めた。

面白かったので、帰りの中央線でも、遊びを続けた。

いや〜、よかったよ、偶然、席が空いていて、座れたからね〜、ハッハッハ。
「うん、楽ちんだね、パッパ〜、ウフッ」

そんな遊びを続けているうちに、電車は当たり前のように、吉祥寺駅に着いた。

そこで乗ってきたのが、妊婦さんと3歳くらいの男の子だった。
娘と私は高速で立ち上がって、お二人に席を譲った。

しかし、遊びは、まだ続けた。

もうすぐ、ボクたちの目的地、武蔵境だよ。楽しみだね〜、ハッハッハ。
「あっ、そう? もう着いちゃうの〜、早いね〜、信じられな〜い、テヘッ」

妊婦さんとお子様が、見たことのない生き物を見るような目で、我々を凝視していた。

さすがに、やり過ぎたか、とは思ったが、武蔵境で降りるときも、ヘンタイ親子はヘンタイだった。

ズッキーニを買って帰ろうか、ハッハッハ。

「そうだね、時代はズッキーニだからね〜、ウフッ、テヘッ」

降り際に、3歳の男の子が、「あのひと、キチガイ?(差別用語ですが、臨場感を出すために、そのまま使いました)」と言うのが聞こえた。

もっともだ、と思った。

それを否定する勇気は、私にはない。




もちろん、イトーヨーカ堂でズッキーニを買って帰ったが、皆様は、こんな大人にならないように、お気をつけ下さい。


必ず、まわりの空気を汚しますから。



2014/07/15 AM 06:33:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

強面の仮面
真面目なことばかり書くと疲れるので、ふざけた話を。

集団的自衛権のことである。

どんなに頭の悪い政治家、政治評論家、法学者でも、それが憲法違反であることはわかる。

そこで、9条の制約を緩める方向で、安保も絡めて拡大解釈しようという目論みをソーリが主張しはじめた。

私は、この姑息さが、嫌だ。

だったら、憲法を改めればいいではないか。
なぜ、改訂を堂々といわない?

私は、「護憲派」である。

70年近く、一国の軍隊が、殺しもせず殺されもしなかった例は、おそらく人類の歴史上で稀なことだと思う。
それを永遠に続ける「壮大な実験」を9条の名の下にすることは、とても価値があることだと思っている。

しかし、政治家が自己の政策を主張するのは、当然だとも思っている。
政治家は、政策を主張、実行するのが仕事だからだ。

だからこそ、集団的自衛権を行使したいのなら、ネジ曲がった手段をとらずに、国民に直接問えばいいと思うのだ。


そして、唐突だが、私は読賣新聞が嫌いだ。
ジャイアンツの親会社だということもあるが、保守主義と全体主義を紙面で押しつけ、「俺、体制派なんだよね」という傲り高ぶった報道姿勢が、我慢できない。

まるで、背中の上でゴキブリ11匹と毛虫11匹が、サッカーをしているような背筋の寒さしか感じない。

だが、一点だけ評価できるのは、読賣は、昔から「改憲せよ」という主張を紙面で、し続けてきたことだ。

その直球は、心地いい。
報道機関の姿勢として、アッパレだと思う。

そんな人なら、抱いてやってもいい(?)。

私は、直球が好きだ。
「駆け引き」をされると、機嫌が悪くなる。

私は、直球を投げてチョンマゲとお願いして、チェンジアップを投げられたら、マウンドまで駈けて投手をボコボコにするという危ない男だ。

だから、自衛隊を活用したいのなら、正々堂々と「読賣新聞のように、改憲を主張しましょうよ」と思うのだ。
小手先の変化球で、誤魔化せると思う、日本のトップの弱腰が、私は嫌いだ。


アメリカに見捨てられないために、「自衛」を強化したいというのは、ソーリ個人の思いであって、国民の思いとは違うのではないか。

その国民の思いを確かめたいのなら、真っ正面から攻め込んで、国民投票にかければいい。
その方が、わかりやすくはないか。

彼は、何を怖がっているのだろうか。

最初から、「改憲」が、負けムードだから、逃げているとしか私には思えないのだが。

自民党は、責任与党だから、おそらく独自の「憲法草案」は、出来上がっているのだと思う。

しかし、その草案は、国民投票で勝負できるほどのものではないのかもしれない。
国のトップは、負けることを覚悟しているのかもしれない。
だから、姑息な方法で、「拡大解釈」を選んだのかもしれない。

しかし、アジア各国に「強面」の顔を見せるソーリなら、ここも強気でいくのが政治家としての気概というものではないのか。

強気の顔は、所詮は、ポーズなのか。


そんな誤魔化しで、自衛権に化粧を施したとしても、素顔は臆病なままだろう。

強面を気取るなら、正々堂々と「改憲」を議論して欲しい、と私は思う。

その業績を歴史に残したいなら、国民投票ができる環境を作って、憲法改訂を真正面から論議すべきだ。

バックには、自民党シンパで、俺たちが日本国の世論を作っているという、勘違いメディアの読賣新聞がいるのだから、世論操作は可能だろう。
保守を露骨に主張する産經新聞も神輿を担ぐだろうから、勝敗の行方はわからない。

改憲を国民に問うた初めての人ということで、ソーリの株は上がることはあっても、下がることはないと私は思っている。

アメリカからの圧力を怖がり、姑息な手段で「自衛権」をねじ曲げたソーリとして、歴史に名を残すのか、「改憲」を国民に提案した攻めるソーリとして名を残すのかは、私の感覚では大分違うのだが、一国のトップは、どこまでも「解釈」に逃げるつもりなのか。

たとえ彼の本質は弱腰でも、中国や韓国、北朝鮮に対して虚勢を張れば、彼の支持者は納得してくれる。
国家としての根本的な自衛権の解釈をねじ曲げても、支持者は拍手喝采なのだから、彼の本質が「弱腰」でも、強面の振りをすれば、ずっとヒーローでいられる。

つまり、この環境では、冒険ができないわけだ。


そのソーリを支えるのが、「平和憲法」を標榜する公明党なのだから、世の中はわからない。

同じ与党だからといって、政策が同じである必要はない。
だから、「それはダメだよ」と言っていいはずなのに、公明党は政権にしがみつきたいのか、ソーリの「解釈」に対して、強い「否」は言わない。

毎回、腰砕けだ。

お互いの意見を主張し、論議を極めるのが連立与党なのに、合わせることしか考えていない。

「平和憲法」を守りたいなら、公明党側から国民投票を提案すべきだろう。

そこに、公明党の存在意義がある。

最後に決めるのは、「主権を持つ国民」だ。
決定権は、国民にある。

それを忘れた政党は、自己の延命だけを考える身勝手な集団だ。

民主党政権の晩年、ノダソーリは、負けるとわかっている戦を仕掛けて、玉砕した。
あの姿は、いさぎよい、と今も私は思っている。
(幼稚な政権だから、あれしか方法がなかったのかもしれないが)


アメリカに脅されて、国を火薬くさくしたいなら、国民に信を問えばいい。
「宣戦布告」の権利を手に入れればいい。

しかし、国民の拒否を恐れるなら、強面の仮面は外した方がいい。

政治家の虚勢は、当たり前すぎて、私は見飽きた。


やりたいのなら、正々堂々とおやりください。


それが、どんな結果になろうが、国民が認めたことは、国の根本だ。

そのこと以上に、意味がある結果はない。

過去、幼稚な民主党を与党に選んだのも国民だし、保守層の票が欲しいために、いつまでも靖国参拝にこだわり続ける政治家を正装で参拝させているのも国民なのだ。
多数の選挙民が選んだことは、正しくはないかもしれないが、それは確実に「民意」と言っていい。


国民に聞く。

そして、その結果を受け入れる。


それが、国のトップの気概であり、責任与党としての矜持ではないだろうか。




2014/06/30 AM 06:25:00 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

しろうとのサッカー論
巡り合わせが悪い。

前回の夏季オリンピックや冬季オリンピックのときは、急ぎの仕事が押し寄せて、中継を生で観ることができなかった。
つまり、リアルタイムの感動を得ることができなかった。

そして、今回だ。
13日の金曜日に、極道コピーライターのススキダから仕事が入り、杉並の建設会社、稲城市の同業者、神田のイベント会社からも仕事が入った。
全部が、急ぎだ。

私に、ワールドカップを観るな、ということか。

とはいっても、日本の出場試合は、録画して真夜中に観た。
結果を知らない方が面白いのだが、情報時代のいま、どんなにプロテクトしても、情報は漏れる。
結果を知ってから観るスポーツ中継の味気なさったら、レモン汁をかけずに食う唐揚げみたいなものだ。

そこで、唐揚げを食いながら中継録画を観た、私の感想を。

最初にお断りしますが、私は、サッカーには詳しくない。
ファンでもない。
ルールは最低限しか把握していないし、技術、戦略には極めて疎い。

おそらく、これから述べることに関しては、「サッカー・エキスパート」の方々は、苦笑を漏らすかもしれない。


ここでは、私の得意な「走り」に関してだけ、感想を述べようと思う。

私は、中学・高校・大学で陸上部に所属していた。
専門は短距離だ。

私が大学1年のとき、陸上部に入って気づいたこと、それは、私を除く短距離の選手7人が、みな前傾姿勢で走っていたことだ。
腰も低い位置にあって、広いストライドで走っていた人はいなかった。

どうして、そんな走りを、と聞いたら、高校時代、そう教わってきたから、と皆が答えた。

ひねくれ者の私は、人が教えてくれた前傾姿勢を取り入れず、自分なりに工夫して、上体を立てて腰高で走った。
その方が、腕が強く振れるし、ストライドが伸びたからだ。

私が通っていた大学では、2年生が新入部員を教えるしきたりがあった。
そこで、私は、2年になったとき、新入部員3人に、「これは一つの提案なんだけどね」と、私の方式を説明した。

やるかやらないかは、君たちの自由だ。
自分の方式が正しいと思ったら、それをやった方がいい。
強制はしない。

私の方式は3つだ。

上体を立てて腰高で走る。
コブシは握らない。パーだ。
そして、笑顔で走る。

最後の「笑顔」は、笑い声を立てるという意味ではない。
笑いの表情を作って走る、ということだ。

私が、笑顔で走っていると、誰もが「あやしいやつ」という顔をしたものだが、眉間に皺を寄せて走るより、力が抜けて、フォームが乱れずに走れることを発見したから、私はいつも笑顔だった(私だけの理論だが)。

新入部員たちは、私のように、ひねくれ者ではなく、先輩の私の言うことを素直に聞いてくれて、上体起こし、パー、笑顔の「走り3か条」を守って練習した。

その結果、3人全員のタイムが上がった。
そのうちの一人は、1年で1秒近くタイムを縮めたのだ。
12秒台後半が、11秒台後半まで伸びた。

素直な人間は、吸収も上達も早いということだろうか。


という自慢話は、いい加減にして、話を戻す。

分野は違うが、イチロー選手の走る姿を見たことがおありだろうか。
(おありだろうか、というと、何を偉そうに上から目線で、と反発する方がいらっしゃるのだが、敬語を使って『偉そうに』と取られたら、日本語が話せなくなるのですよ。余談ですが)

イチロー選手は、走塁のときは、腰を低くして前傾姿勢で走る。
それは、超一流選手が長年の経験から編み出した理想的な走り方なのだと思う。

だが、守備のときのイチロー選手は、打球を追いかけて捕球するとき、腰高で前傾ではないことが多い。
おそらく彼の意識の中では、球に対して柔軟に対処できる走り方が、それなのだと思う。
そんな風に、打球に向かって一目散に駈けるイチロー選手の姿は、美しい。

彼の美技は、その走り方があるから生まれるものだ、と私は勝手に思っている。

つまり、腰高だから、柔軟な姿勢で、難しい打球を捕球できる………と。

また、多くのメジャーリーガーの守備の構えも腰高だ。
おそらく、その方が打球に対して、反応が早いからだろう。


前振りが長くなったが、ワールドカップの試合を見て、私が感じたことは、日本人選手の走る姿勢のことである。

ほとんどの人の腰の位置が低かった。
日本人は、背が低く足が短いから、ということではない。

外国選手にも背の低い人はいるが、彼らの腰の位置は高いのだ。

低いところにある球を蹴るのだから、重心は低くてもいいだろう、と思うかもしれないが、(ゴールキーパーも含めて)外国選手は、高いのだ。
それは、重心が低かったら、高い位置のボールへの反応が遅れるからだろう。
腰高なら、上の球、下の球に素早く反応できる。

外国の一流選手は、腰高ゆえに球に対する反応が早いから、状況に応じて、色々なシーンで動き回ることができる。
そして、日本選手のピッチ上での足の遅さは致命的だ(普通に100メートルを走ったら早いのかもしれないが、ピッチ上では遅く見える)。
小回りを利かせて、球を支配しても、最終段階では、外国選手にスピードで封殺される。
反応だけが早くても、最後の10センチ、20センチが届かない。

日本では、子どもの頃から、スポーツでは「重心を低く」と教わることが多い。
それは、日本人の体型と筋力を考慮して、最善を選んだ結果だと思う。

ただ、最近のJUDOでは、腰高で組んで、上から押しつぶしたり、組み手を取ったらすぐ放り投げたりするような「力勝負」も増えてきた。
重心が低いことが最善だとは言えなくなった。


要するに、何が言いたいのかというと、「走り」だけを限定してみると、日本選手は低いのだ。
そして、外国選手は高い。

繰り返すが、身長や足の長さを言っているのではない。
「重心が」ということだ。

その低い重心が、日本をワールドカップに出られるほどまでに躍進させた、と言われたら、私には何も言えない。

開き直るようだが、素人だからだ。

重心を低くして、野獣のように走り回る長友佑都選手の姿は美しい。
あれこそ、「日本人サッカー選手の走りの美学」かもしれない、と私は思う。

しかし、代表選手の皆があれでいいのか、とひねくれ者の私は録画を観ていて思ってしまったのだ。


日本選手の技術は、世界レベルと言っていい水準だと思う。


だが、走りは……………。

走りはまだ改善の余地があるのではないだろうか。




ピントのはずれた意見だということは、自分でもわかっているので、最後にゴメンナサイ、と謝っておきます。





祈願日本勝利。




2014/06/25 AM 06:34:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

つけ麺は星ゼロ
チャーシュー・デブとラーメンデート。

静岡在住のチャーシュー・デブから、年に数回、デートのお誘いがある。
ラーメンを食うだけなら、私を巻き込まないで欲しいと思うのだが、デブは私以外とはデートしないと言うから、その一途さに負けて、いつも付き合ってやっている。

「美味しいラーメン屋があるから、一緒にいきましょ」と言われたが、場所は埼玉県大宮。
私がいま一番行きたくない場所だ。

「車で移動しますから、Mさんは、寝ていてくださいよ」と言われ、本当に店の近くまで寝ていたので、埼玉の空気を感じないですんだ。

大宮駅からどれくらい離れているかわからないが、ラーメン屋は、確実にそこにあった。
近くのパーキングにベンツを停めたあとで、ラーメン屋の扉を開けた。

カウンターのみの小綺麗な店だ。
カウンターに比べて、厨房の大きさが際立っていたが、それが店主のこだわりなのだろう。
その主張は、悪くないと思った。

厨房が、客席より狭い理由はない。
広くても違和感はなかった。

11時半頃だったので、私たち以外では、お客の数は2人だけ。
ユッタリと食えそうだ。

そのとき、気がついたことがあった。
店に入ったとき、過剰なほどの「いらっしゃいませー!」がなかったのである。

鉢巻きを締めて、不必要な「いらっしゃいませー」の怒鳴り声を聞くと、私は喧嘩を売っているのかと、いつも思う。
そのたびに「食ってやるぜー」と叫びたくなるが、冷静に考えて、そこまで熱くラーメンを食う理由がないので、いつも、けっ!としか言わずに席に座った。

まあ、儀式ですからね………。

ラーメン屋に行ったからと言って、ラーメンが食いたいわけではない場合が、私の場合はある。
そのときは、生ビールと餃子を頼む。

ただ、困ったことに、多くのラーメン専門店の場合、「プライド」という高い壁があって、「ビールも餃子もライスも出さねえよ!」という「喧嘩売りの法則」がある。

俺んところは、ラーメン屋だからよ!

チャーシューデブのスガ君は、そんなラーメン店を好むのだが、私は「プライド」を食いにきているわけではない。
ビールと美味い食い物があれば、店の品格や歴史は選ばない。

私は、店主のこだわりなど、どうでもいいのだ。

その空間でメシを食うとき、自分がホーッという満足の空気を吐き出せれば、それでいい。
そんな空気を排出できない店は、私には馴染まない。
そんな店の雰囲気は、拒否するしかない。

そして、私は、ラーメンスープを飲み干すことはしない。
多くの人は飲み干して、満足感に浸るようだが、私の場合、飲み干すと塩辛さが口に残るので、飲み干さない。

だが、そんな私の行為を否定的に捉える人が、少なからずいるという現実がある。
最近では、チャーシュー・デブのスガ君が、私の飲み残したスープを処理してくれるという気持ち悪い状態になっているので、店側との軋轢は生まれない。

しかし、私は思うのだ。
飲み干したくもないスープを残して、何が悪い……と。
俺は、俺のポリシーで飲み干さないのに、そのどこがいけないのだ。

だから、この日このとき、私は自己主張をした。

店には、中華そばと中華つけ麺しかなかったので、つけ麺のスープ少なめにしてください。そして、麺は固めでお願いします、と頭を低くしてお願いした。
私は、柔らかい麺は「病人食」だと思っているので、どの場面でも、麺は固めを注文する習慣があった。
そして、スープは、なるべく少ない方がいい。

すると、店員さんが「麺は店のオリジナルですよ」と答えにならないことを言ったのである。
喧嘩を売ってきたようだが、ここは、エスコートしてもらったチャーシュー・デブの顔を立てて、私は舌打ちをせずに頷いた。

その結果、スープたっぷり、麺チョー柔らかめのつけ麺を食わされることになった。
ふた口食って、スガ君にバトンを渡した。

私には、無理だ。
こんなにスープたっぷりで、しかも柔らかすぎる麺を食うプログラムは、私の脳の中に出来上がっていない。

ビールを要求しようとしたが、呆れることに、その店のメニューにはビールがなかった。

郷に入っては郷に従え、ということわざがあるのは知っていた。
だから、私は「郷」に入った。

有名店のすることを、盲目的に受け入れる風潮があるのは知っていたが、私は、その風潮に不本意にもなびいてしまったのである。

大人しく、スガ君が、中華そばと私のつけ麺を食うのを待った(私には水を飲む習慣がなかったので、水も飲まずに待った)。
デブは、自分の中華そばを食っているときは嬉しそうだったが、私が頼んだつけ麺を食いだしたら、でかい面積の顔の上側にある眉をしかめる仕草をした。

スガ君の顔から推測するに、中華そばは、星3つだが、つけ麺は星ゼロだったのだと思う。
(だって、麺が柔らかすぎるんだもん!)

だが、眉はしかめても、デブは何も言わなかった。
何も言わずに、すべてを食い終わり、金を払って店を出た。
(いつもご馳走していただき、申し訳ありません)


そのあとの、ベンツ車内での会話。

「『あおい』の成長には、目を見張るものがありますね。もう毎日が、楽しくて楽しくて」

チャーシュー・デブ、スガ君に、去年の暮れ、2人目の子どもが産まれた。
あおい、という名の女の子だ。
(産まれる前から、私が名前は『あおいちゃん』にしろ、と暗示をかけ続けたら、デブが本当に名付けてしまった)

何度画像を見せてもらっても、わさび醤油をつけて食いたくなるほど、可愛い女の子だった。

か、可愛い!
可愛い、としか言いようがない。
天使だ。
私は、完全にノックアウトされた。
ハートをワシに掴まれた。

子どもの笑顔はすごい。

クソ不味いつけ麺を食わされて、完全に気が沈んだスガ君と私の心を瞬時に浮き立たせてくれたのだから。

「妻と子どもたちが、俺を支えてくれて、俺はなんて幸せなんだと、最近つくずく思いますよ」とデブが涙目で語った。

デブは、静岡でレンタル倉庫、レンタルコンテナ、カラオケボックス、スナック、駐車場を多角経営していた。
亡くなった義父の仕事を引き継いで経営しているのだが、最初の頃は、お人好しのデブに、経営が務まるのかと危惧したが、その膨張した貫禄あるボディに、引き寄せられるように客が安定的に増え続け、繁盛しているようだ。

「『君はいるだけでいいんだよ』というMさんの教えを守って、俺、何もしていないから、いいのかもしれないですよね」と謙遜するが、スガ君の社長としての『里田まい』、いや『たたずまい』が美しいから、経営が円滑に回っているのだと思う。


デブが、突然言い出した。

「Mさん、いまこそ、Mさんが考える『究極のラーメン屋』を作るべきじゃないでしょうか」
チャーシューデブ・スガ君は、過去静岡と東京飯田橋でラーメン屋を開業していたときがあった。

静岡の店で、私はスガ君と運命的な出会いをした。

その店は、客の笑顔が絶えない、温かい店だった。
スガ君と常連客との会話が、最高のオカズと言える店だった。

だが、4年半で店を閉めた。
スガ君の経営能力が、足りなかったからだ。

しかし、私は、あの「温かさ」こそが、究極のラーメン屋の形態だと思っていた。

だから、ことあるごとに、「こだわりを押しつけないラーメン屋を作ろうよ」とスガ君に提案していたのだ。
スガ君は、静岡の店と東京飯田橋の店を短期で畳むという失敗を繰り返したが、彼のラーメンに対する熱意は揺らいでいない、と私は見ていた。

ただ………次の一言で、私は、彼の気持ちにブレーキをかけた。

『ラーメン屋の名前『あおい』にしようと思うんですけど……」

あおい、はやめようよ。

ネガティブな考えかもしれないけど、また店を閉めることになったら、あおいちゃんが可哀想だよね。
君の意気込みは理解できるけど、子どもを巻き込むことはないんじゃないかな。
子どもとラーメン屋は別だと思わないと、「冷静な経営」はできないと俺は思うぞ。

私がそう言ったときのデブの落胆は、尋常ではないくらい大きかった。

130キロの体が、129キロにしぼんだように見えた。

「でも、俺、あおいのためなら頑張れると思うんですよ。今までは失敗したから、『こんどこそ』という思いがあるんです。それが『あおい』なんです!」

スガ君の意気込みはわかる。
娘さんに対する愛情もわかる。

だが、ビジネスと娘への愛情は別ではないだろうか。
そこを間違えたら、同じ過ちを繰り返すのではないだろうか。


「やっぱり、ダメですかねえ」という175センチ、体重130トンの落胆が、私の180センチ、57キロの体に押し寄せてきた。

いつも思うのだが、175センチ、130キロの体の前では、私ごときの存在は無に等しい。

しかし、存在感はなくても、言わなければいけないことがある。
それが、今日だ。

ダメだってばよ!

私はNARUTOになりきって、スガ君に言った。

「わ、わかりもした。
Mさんが、そげんゆぅっちなら、さじなげもっそ」
(どこの国の言葉?)

そんなNARUTO的な展開のあと、スガ君が言った。
「『あおい』が大きくなったとき、胸を張れる俺がいたら、俺はいいんですよ。娘に胸を張れない親には、なりたくないですからね」

それを聞いて思った。

俺は、娘や息子に胸を張れているのだろうか、と。

ない、ということは断言できる。

マイナスAカップの貧乳では、胸の張りようがない。

そこで、スガ君に聞いてみた。

君は、何カップだい?

私のアホな問いかけに、スガ君は瞬時に答えた。

「ワールド・カップじゃないでしょうか」


うまいな。

その返しには、負けたな。
今のトレンドを巧みに取り入れながら、なかなか味のある返しをしてきたな。



デブに、座布団を3枚、あげてください。



2014/06/20 AM 06:26:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

上りも下りも歩け
私は自他ともに認める薄情者だ。

ただ、家族への愛情は過剰なほどあるし、友人の一人でもこの世界から欠けたら、確実に壊れるほどの臆病者でもある。

3年前に、大学時代の女ともだちが死んだとき、私は2ヶ月間、心を誰かにさらわれた状態だった。
肉体はメシを食って眠ることを繰り返したが、心は標高8千メートルの山の上のように、空気が希薄で「薄い生き方」しかできなかった。

30年以上会っていない人の死で、自分がこんなに壊れるとは思わなかった。

去年は、もっとひどかった。
7月に、友人の父親が死んだ。

私は彼のことを「親父さん」と呼び、親父さんは、私のことを「サトル」と呼んだ。
父・息子のような関係だった。
(リンクが切れていなければ、コチラ

半年以上、私の心は、「薄い空気」だけを吸っていたように思う。
昨年の初夏、私の体は胃潰瘍になったが、それは全く他人ごとで、「胃がかゆいよう〜」と寝言を言っていられるくらい現実感がなかった。

今年に入ってからは、空気の濃度は少しずつ上がっていったが、思い出を辿る決意は、まだ心の中に沸き上がってこなかった。


親父さんは、世田谷池尻で隠れ家的な喫茶店を開いていた。
花に囲まれた家の一室を喫茶室にして、自分が人に出したいメニューだけを置いて、気ままに暮らしていた。

もうすぐ、親父さんの一周忌が来る。
一周忌を機に、友人は池尻の家を売ろうかと考えていた。

ようするに、もうあまり時間がない。
このまま「薄い空気」を吸い続けていたら、私は「親不孝もの」になる、と思った。

だから、池尻の家を訪問したい、と友人に頼んだ。

「いいよ」と即答してくれたので、昨日「親父さんの家」に行ってきた。

築30年以上経つ木造の一戸建て。
去年までは、家の外と内が花で覆われていたが、今は庭にモクレンの木があるだけだ。

ご近所に引き取ってもらったり、大切な花だけは田園都市線「たまプラーザ」の友人の家に持ち運んだという。
親父さんには奥さんがいた(私は、かあちゃんと呼んでいた)が、奥さんは今、たまプラーザの友人の家で暮らしていた。

つまり、池尻の家は無人だ。

以前は、駐車場の奥の西部劇に出てくるような短いドアを押して喫茶室に入ったものだが、今そのドアは、頑丈なドアに付け替えられていた。

家のすべての鍵を預かってきたので、私は熟練の泥棒さんのように、簡単に入ることができた。

友人が、月に一度母親とともにやってきて、空気の入れ替えをするから、空気は澱んでいなかった。
しかし、一応入れ替えてくれ、と言われたので、すべての部屋の窓を開けた。

家具やタンス、喫茶室の備品は、そのまま置いてあった。
友人から「形見のものが欲しいなら、好きなものを持っていっていいぞ」と言われたが、これ以上背負いたくないので遠慮する、と答えた。

俺は、華奢なんだよ、と言ったら、友人が「心がな」と、聞こえるか聞こえないかの大きさで呟いた。

そう。
俺は、きっと心が華奢なのだ。

だから、喫茶室に入ったときから、親父さんの空気を全身で感じていた。
そして、室内に充満していた花がない分だけ、その空気は濃密だった。

空気の重さに耐えられなくなって、エアコンをつけた。
電気、水道、ガスはまだ使える状態だった。

窓を全開にしておいたから、エアコンをつける行為は非経済的だったが、臆病者がすることを親父さんはきっと許してくれるだろう。

カウンター内の壁の棚を見た。

大きめのガラスのボトルにコーヒー豆が入っていた。
ボトルは2つ。
色は似ていたが、同じ豆ではない気がした。

親父さんはハリオのドリッパーしか使わなかった。
ペーパーもハリオだ。

私はハリオに関しては素人だ。
使ったことがないから、適当に豆をすくって、細長いミルで挽いた。
どの程度挽いたらいいかもわからなかったので、荒めに挽いた。

細かく挽くのが、面倒くさかったからだ。

お湯の温度も抽出時間もわからなかったので、香りで決めた。
経験のある香りが鼻を刺激したら、それが正解だ、と思った。


「思い出の香り」に近い香りが鼻を刺激したとき、棚の一番手前にあったカップに注いで、匂いを嗅いだ。
そして、飲んだ。

鼻を刺激する酸味と、喉を通る酸味。
似ていた。
しかし、違っていた。

それは、そうだ。
そんなに簡単に再現できるわけがない。

コーヒーを飲み干したあとに、気づいたことがあった。
コーヒーカップのことだ。

そのコーヒーカップは、私が陶芸教室で作ったものだった。
呆れるほど不細工な形だったが、親父さんとかあちゃんの分を作って、何も言わずに喫茶室に置いてきたのが、2年前のことだ。

それを親父さんは、使ってくれていたらしい。

意味もなく、カップの底を見た。
そこには、文字が彫ってあった。

「息・暁 作」

二つとも同じものが彫ってあった。

つまり、息子のサトルが作ったもの。


息子なんかじゃないのに。
血の繋がりなんか、ないのに。


親父さんは、なぜ私のことを可愛がってくれたのだろう。
この喫茶室には、親父さんの息子の友だちが数多く遊びにきたのに、その中で、なぜ私をこんなにも気にかけてくれたのだろう。

それは、きっと私が、「危うい男」だからだ。

私は、ヤクザや犯罪者になる度胸はないが、世間に背を向けて、いじける素質は持っていたと思う。
誰かに監視されていなければ、私は確実に、独りで野たれ死にをしていたに違いない。

その私を救ってくれたのが、ヨメであり、我が息子、我が娘、大学時代の友人、そして、親父さんだった。

彼らは、私が「孤独の穴ぐら」に入り込むことを許さなかった。
いつも穴ぐらに光をあててくれた。
その光をたよりに、私は外の世界を歩いてきたと言っていい。

それは、とても、ありがたい光だった。


喫茶室の壁には、一個だけ、額が掛かっていた。

「立ち止まるな
上りも歩け 下りも歩け」

毛筆で書かれた親父さんの書だった。

人生は、上り調子のときもあれば、下り調子のときもある。
下り調子のとき、立ち止まらずに歩き続ければ、何かにぶち当たる。
立ち止まっていたら、ぶち当たることはない。
ぶち当たることを恐れるな、という、それは親父さんの教訓だった。


それを見て、何かがこみ上げてきたが、私は2杯目のコーヒーを作ることに専念した。
それで、こみ上げてきたものは、引っ込んだ。

2杯目の不味いコーヒーを飲んでいるとき、その書を形見として持って帰ろうかと思った。
しかし、やめた。

その書は、私のものではない。
私は、親父さんの息子ではないのだ。


俺には、資格がない。


ただ、下りも歩き続けよう、ということだけは心に留めた。


私はいま、穴ぐらに籠りたいとは思わなくなった。

穴ぐらに籠ったら、親父さんがあてる光を見失うだろう。


それを見失うことは、とても「親不孝なこと」だからだ。




2014/05/30 AM 06:25:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

ちょっと何言っているかわからない
2週間、血圧の高い状態が続いている。

原因は、わからない。

今までは、低血圧気味で、下が55、上がマックスで90に届かないことが多かった。
しかし、今は80ー130くらいで、上は140を超えることもある。

たまに、頭がボーッとすることもある。
私の場合、いつもボーッとしているのだが、そのボーッととは、今回は違う気がした。

気がつくと、意味不明のことを呟いていることが多い。
いや……これは、いつものことだった。

ズッキーニ、ゴルゴンゾーラ、トムヤムクン、アノマロカリス、トゥーランドット、アメリカザリガニなど………。

血圧が高いのは、この呟きとは、おそらく関係ないと思う。

もしかしたら、我が家の血圧計が壊れたのかもしれないと推測した。
だから、新しいものを買おうと思った。

どこで買う?

Amazonでしょ!

買うのは、むろんOMRONの製品と決めていた。
手首式のやつだ。

サイトを開き、5千円以内だったので、手頃だと思い、注文しようとした。
そのとき、突然のめまいに襲われて、スクロールが狂った(本当はマウスが暴走した)。
画面が、下の方にまでスクロールされてしまったのだ。

そこにあったのは、レビュー欄。

私は、ひねくれ者なので、レビュー欄を信用していない。
それを参考に、Amazonで製品を買ったことはない。
最近では全くレビュー欄を読まないで買うようになった。

だいたい高評価なものは、「言わされている感満載」の「撒き餌」が多いと疑っている。
そして、極端に低評価のものは、どの製品にもケチを付けるクレーマーが書いたものではないか、と疑っている。

そんなひねくれ者の私だから、今回はスクロールされたついでに、最高と最低は無視して、星2つか3つの評価のついたレビューを見てみようと思った(最高は星5つ)。

評価の多くが、「計測にバラツキがある」「左右で計測結果が全然違う」「パナソニックの方がいい」「病院のと数値が違う」などというものだった。

これらのレビューは、参考にならなかった。
私は、数千円の血圧計に、それほど正確な能力を求めていない。
計測数値の一定の傾向が、わかればいい。

左右の手で計測結果が違うなら、安定している手を選べばいいのだから、その程度のことで私は文句は言わない。

他に、「慣れるまでは大変でしたが、慣れてからは、安定してはかることができるようになりました」というのがあった。
これは星3つの評価。

星3つです!

慣れれば安定してはかることができる、というご意見は参考にせず、最初から決めていた商品をカートに入れた。


朝注文して、その日の夕方に我が家に届いた、むろんOMRONの血圧計は、それほどの慣れもいらずに、最初から安定した数値をたたき出している。
また、手首式血圧計は、もともと左手(心臓のある方)で計るように設計されているようで、右ではエラーが頻発した。

むろん病院のもの(水銀タイプが多い)とは精度が違うのは当たりまえだまえだ。
自分の血圧の傾向が判断できれば、それで充分。

2日間、計ってみた。
時間は、朝起きて30分後と夜風呂に入る前の2回に決めた。

その結果は、下が76〜80、上が125〜133だった。
標準値内に入っているから、心配はないのかもしれないが、いまだにボーッとする(あるいは、めまい)現象には襲われる。
頻度は少ないが、1億円の宝くじが当たる確率よりは、若干多いと思う。


昨日の夜、包丁を砥石で研いでいたら、ボーッとしたせいか知らないが、包丁の先端1.5センチが突然折れた。
心は折れなかったが、長年使用してきた包丁クンが折れた。

その日は、中華包丁で誤魔化したが、新しいものを買わなくては、と思った。

どこで?

Amazonでしょ!

和包丁三徳包丁を注文した。
いままで使っていたものは1万円以上した(私は毎日の食材はケチるが、台所用品と調味料には金をかける)が、今回はケチって6千円前後のものを選んだ。

そのとき、めまいはしなかったが、なぜかレビュー欄に目がいった。
製品説明が少なくて、1回のスクロールで下の方までイッテQしてしまったからだ。

その中で、星2つというのが1つしかなかったので、それだけを読んだ。
「たった1ヶ月で錆びて刃こぼれしてしまいました。高い包丁を買うのは初めてだったので、ガッカリです」という内容だった。

それだけガッカリして、星2つは偉いな、と妙なところで感心した。
星1つにしなかった理由は、何なのだろう?

ただ、包丁が1ヶ月で錆びるというのは、手入れをしていない証拠だ。
おそらく、この人は、どんなに高い包丁を買っても、手入れを怠って錆び付かせ、製造会社のせいにすることを繰り返すだろう。

包丁に限らず、どんな製品でも、手入れをしなければ長持ちはしない。

包丁を使ったら、熱湯で消毒し(衛生を考慮)、乾いたあとで丁寧に拭き、手ぬぐいに包んで保管する、という手間をかけないと、包丁は長持ちしない。
そして、切れ味が少しでも悪くなったら、砥石で研ぐ。
それで、81歳のおばあちゃんが、見た目40歳の熟女になる。

次に82歳になったら、また研いで41歳にしてあげればいい。
それの繰り返しで、熟女は、味が出てくるのでございます。
(ちょっと何言ってるかわからない? ………この言葉は娘と私の最近のブーム)


話が脱線した。

で………私の血圧は、どうなるのか?

医師に診てもらっても、「そんなの正常範囲ですよ。気にしなくていいです」と言われるのがオチだろう。
だから、行かない。

(ここからは空想)
いや、しかし、元々は低かったのが、高くなったんですから。

「生活習慣を変えると血圧が上がることもあります」

変えていません。
カレーライスとライスカレーの違いを知るために、カレーを食べる回数が増えただけです。

「あるいは、精神的な不安かもしれませんね。不安が血圧を上昇させることもありますから」
(空想終わり)


不安か………?

以前、極道コピーライターのススキダにイタズラを仕掛けたら、「次に会ったときは、殺す!」と言われたような気がする。

それが、潜在的な不安になって、血圧が上がったのかもしれない。

それだ。
それに違いない。


よかった。


原因がわかって。




ちょっと何言ってるかわからない?

このフレーズは、半笑いをしながら使ってください。




2014/05/20 AM 06:26:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

ノリが悪かった日
5月9日の同業者との飲み会の席でのことだった。

彼らが、「ノリが」「ノリが」という話をしているのが、私の可憐な耳に入り込んできた。

そのイントネーションは、食べる「ノリ」ではなく、「ノリが悪い」の「ノリ」でもなく、私の知らない「ノリ」だった。
しかし、話が進むうちに、それがどうもプロ野球選手のことではないかと察した私は、可憐な耳のスイッチをオフにした。

アホなジャイアンツ・ファンが話題にするのだから、どうせジャイアンツの選手のことだろうと思ったからだ。

私は、雑音を消して、マズくもない「アジの開き」、マズくもない「豚の角煮」、マズくもない「焼きソラマメ」を食い、ジョッキを4杯消費した。
静かにジョッキを傾け、所在なく店内を見回すと、馴染みになった片エクボの女性店員が、目が合うたびにウィンクをしてくれた。

その度に、血圧が上がった。


そして、話は飛んで、3日前の夜のことだった。
大学時代の友人ハゲ(人間としての名前はシバタ)から、電話がかかってきた。

ハゲも「ノリのことなんだけどな」と言ったのである。

また「ノリ」かよ。
なんの「ノリ」だよ。

ハゲは元ジャイアンツ・ファンだった。
「アホ」がつくほどのファンだった。

しかし、彼が大好きな中畑清氏がどこかの球団の監督になったので、彼はどこかの球団のファンに鞍替えした。
アホは、すぐ心変わりをする。

彼は横浜の三ツ沢に、オール電化の豪邸を構えていた。
しかし、横浜の球団のファンにはならずに、ずっとジャイアンツ・ファンのままだった。
だが、中畑氏が来たことで、ファンになった。

つまり、節操がない男。
一つの球団に貞節を捧げようという気概がない、誠意のカケラもないただのアホだったのである。

どうせ、中畑氏が、どこかの球団の監督を辞めたら、またジャイアンツ・ファンに戻るのだろう。

ただ、ハゲの心の中に潜む「底のない恐怖」のことを考えたら、その心変わりは、わからなくもない。
4年前に、喉頭がん手術を受けたハゲは、再発の恐怖と戦っていた。

ときにネガティブになりそうな心を奮い立たせるものが、横浜のどこかの球団の勝利だったとしたら、その勝利の喜びは友である私も共有すべきなのかもしれない。

だが、根がひねくれ者なので、たかが球遊びの勝ち負けに大騒ぎするんじゃねえよ、という温かい言葉しか、私はかけたことがなかった。

ハゲは、その度に「いいんだよ。わかってくれなくても、話がしたかっただけだから」と気持ち悪いことを言って、私の全身をトリハダまみれにするのだ。


「ノリは何か勘違いをしているんだよな」という出だしから始まったハゲの話を私は、まったく理解できなかった。
まるで、スワヒリ語訛りのスペイン語を聞いているような感覚だった。

だから、もう一度、言ってくれないか、とハゲに言った。

最近の私は、悲しいことに、1回言われただけでは、内容を理解できないようになっていた。

それを老化というのは、知っている。
我がヨメのように、何事も「あれ」「それ」「これ」で表現するまでには至っていないが、理解力は確実に衰えた。

もう大分前になるが、宮部みゆき氏の「理由」というミステリーを読んだ。
直木賞を受賞した傑作である。

しかし、私は最初読んだとき、どこが面白いか全く理解できなかった。
これは、ただ長いだけの小説ではないか。
登場人物が多すぎるし、時系列が前後して、話の展開についていけなかった。

これが直木賞とは、直木賞の権威も地に墜ちたな、と思った。

しかし、半年後、読みたいものがなくなったので、暇つぶしに、もう一度読んでみた。
面白かった。
よく計算されているな、と思った。

さらに、1ヶ月後に読み返してみたら、今度は、これは傑作ではないか、と最初の印象を改めた。
このミステリーは、この方式でなければ、整理しきれないだろう。
長いが無駄のないミステリーだと思った。

直木賞の選考委員の方々の読解力には、頭が下がる。
一回しか読む機会がなかったら、私なら完全に選考外にしたに違いない。

恐れ入りました。

という完全に衰えた理解力では、ハゲの2回目の説明も、半分以下しかわからなかった。
3回目をお願いします、とリクエストしたら、人格者のハゲは、嫌がらずにまた説明してくれた。

それで、やっと理解した。

要するに、「ノリ」というベテランの打者が、自分が打席にいるとき、ランナーがウロチョロすると気が散るので、場面によっては動かないで欲しい、とコーチと相談したところ、それが「采配批判」と受け取られ、中畑氏から2軍行きを命じられたというのだ。
(こんな簡単な話をなぜ理解できなかったのだろう)

この話を理解するまで19分の時間を要した。
ハゲの携帯の通話料が、来月天文学的な額になるかもしれないと心配になった。

ハゲが、「チームの和を乱す選手は、いらないんだよな」と憤慨した。

しかし、プロ野球選手は、個人事業主だと聞いたことがある。
それぞれが独立した事業主で、毎年球団と翌年の年俸について折衝するというシステムなら、個人事業主が自分の稼ぎを守るために自己主張をするのは当たり前だと思う、と私は答えた。

プロフェッショナルは、エゴイストであるべきだ、と私は思っている。


チームの和。
私の一番嫌いな概念である。

たとえば私がサッカーをするとき、一度球を受け取ったら、他人にパスなどせず、ドリブルで一気にゴールまで行くつもりで蹴る。
バレーボールなども、トスをせずに、自分のところに来た球は、即アタックする。
バスケでも、球を貰ったら、ドリブルで一気にゴールを狙うかロング・シュートに挑む。人に球を渡したりしない。

野球の場合でも、「ピッチャーで打順は1番」を確約されない限り参加しなかった。
野球の勝敗は9割がピッチャーの出来で決まる。
そして、1番バッターは、人より多く打席が回る。

運動会のリレーでは、私は必ず一番手で走った。
一着でバトンを渡せば、あとのことは、知ったこっちゃない。
負けたって、私は文句は言わない。

チームの和なんか関係ない。
失敗したら、自分が全部の責任をかぶる覚悟で私はスポーツに参加していた。

こんな私だから、中学でクラブを選ぶとき、個人競技は陸上しかなかった。
ボクシング部があれば入っていたかもしれないが、中学にボクシング部はなかった。

人格の壊れた私は、団体競技では人に迷惑をかけることがわかっていたので、陸上競技を選ぶしかなかった。
(私が団体競技に興味がないのは、『チームの和』『自己犠牲』を強制する封建主義に馴染めないからだ)

そんなこともあって、いま私はなるべく人様に迷惑がかからないように、「チームの和」のいらないフリーランスで仕事をしている。

「ノリ」と呼ばれている人が、私と同じ考えかどうかはわからないが、自分の意見を上司に言うことは、決して悪いことではない、と私は思っている。

個人事業主である選手と球団から直接雇われている監督、コーチとの関係は、私にはよくわからない。
球団には、社長がいるだろうから、監督は社長ではないだろう。
おそらく部長クラスだと想像する。
そして、コーチは課長。

一年契約の部下が、直属の上司である課長に相談するのは、私には当たり前のことのように思える。
課長を飛び越して、部長に相談したり、ましてや球団社長に相談するのは、ビジネス社会ではタブーだろう。
(この序列は、封建主義ではなく、組織を円滑に運営するため、各々の役割をピラミッド状に繋げただけだ)

部下が直属の上司に相談し、さらに上司は自分の上司にそのことを伝える。
何も間違っていないと思う。

それを聞いて、中畑氏が怒って、部下を左遷したというだけのことだ。
その左遷に関しても、悪いとは思わない。

それは中畑氏のキャラが、そういうタイプの上司だったということだ。
そして、ハゲが中畑氏を擁護し、「ノリ」を批難するのもわかる。
保守的なファンというのは、そういうものだからだ。
保守的な人は、権力に寛容だ。

ただ、私が中畑氏の立場だったら、こんなことをするかもしれない。


ノリちゃ〜ん。
コーチから話は聞いたよ。
でも、もっと具体的なことを聞きたいからさあ、一緒に話そうよ。

できれば、コーチも一緒に、ヨコハマ・ホテル・ニューグランドのバーで、夜景でも見ながら3人で話をしちゃおうよ。
みんなで、言いたいこと、全部言っちゃおうよ。

きっと、いい夜になるよ。
サッタディナ〜イト!
イエー!


電話口に、長い沈黙があった。

面倒くさいので、このまま切ってしまおうか、と思ったとき、ハゲが息を吸う音が聞こえた。

「要するに、おまえに電話をした俺が馬鹿だったということだよな」


そうだな。
確かに、俺も、そう思う。

悪かったな。
「ノリ」が悪くて………。



電話が切れた。




2014/05/15 AM 06:33:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

ヒーローの苦笑い
前回、中野の写真館に行ったことを書いた。

その後、昼メシを食ったあとで、クロサワ夫妻と別れて、私は古い友人の尾崎のマンションを訪ねた。
友人は、中野駅近くのマンションに住んでいた。

尾崎が、警察に捕まりそうになったという電話が、3週間前の土曜日の夜、妻の恵実からかかってきたのを思い出したからだ。

尾崎は、死神のような顔をした陰気で貧相な男だが、喧嘩はめっぽう強かった。
「一度も負けた記憶がない」と豪語していた。

私は、過去に2度尾崎の武勇伝に遭遇したことがある。

1度は、15年ほど前、渋谷区宇田川町のバーで飲んだ帰り道だった。
20代半ばの柄の悪い連中に因縁をつけられたのだ。

おそらく「親父狩り」だったのだろう。
金を要求された。
相手は6人。

勝ち目がないと思った私は、最悪の場合は、尾崎を置き去りにして逃げようと、半身になって、逃げる体勢を取った。
逃げ足の速さには、自信があった。

しかし、その準備は不要だった。
尾崎が、5分も経たずに、相手を倒してしまったからだ。
6人のうちの5人が鼻血を出したり、口から血を流したりしていた。
残りの一人は、逃げ腰で、戦意喪失していた。

尾崎は、170センチ50キロ程度の細身である。
そして、格闘技の経験も、ほとんどないという。
運動を専門的にしたこともない。

だが、喧嘩は「度胸」なのだろう。
尾崎は、相手と向かい合うと、まったくためらうことなく、突進していくのである。

相手は、機先を制されて、完全に後手に回る。
人間のほとんどは、受け身に回ると弱い。
精神的に、追いつめられてしまうからだろう。

尾崎は、考える隙を与えずに、その相手を打ちのめすのだ。
容赦がない。
その姿は、死神というより「殺し屋」だ。


2度目は、中野の居酒屋だった。

尾崎が醸し出す怪しい空気は、チンピラのアンテナを刺激するらしく、よく絡まれることがあった。
そのときも、2人組のチンピラ風の男が、「おじさん、俺たち金がないんで、奢ってくれないかな」と絡んできた。

私はまた、逃げる体勢を取った。
椅子から少し腰を浮かせた。

すると、尾崎がすぐに立ち上がって、低い声で「どこの組のもんだ?」と睨んだのである。

コスメ・ショップ2店とスタンド・バーを経営している男の顔ではない。

その姿を間近に見て、チンピラは尾崎の迫力に飲まれたのだろう。
顔面を蒼白にして、口をパクパクと動かした。

尾崎が言う。
「俺を知っているか?」

チンピラ二人は、首を横に振ったまま、後ずさりし、5千円札をカウンターに放り投げて、逃げていった。

完全に気合い負けである。


その尾崎が、警察に捕まりそうになったという。

面白いではないか。

だから、後日談を聞こうと思った。

5歳の水穂と2歳の里穂が、出迎えてくれた。
50過ぎに出来た子ども。
尾崎の妻の恵実は、おそらく今年41歳になるはずだ。

尾崎には、先妻との間に24歳になる娘がいたが、複雑な家庭事情を書く趣味はないので、それはやめておく。

二人の子どもを膝の上に乗せながら、聞いた。
結局、捕まらなかったのか。

「捕まって欲しかったような言い方だな」
尾崎が苦笑いで答えた。

あれだけ喧嘩しといて、前科がないってのは奇跡だからな。
そろそろ、おまえにも天罰が下ってもいいんじゃないかって、思ったんだが。

ダッフィー、シェリーメイの刺繍が施されたエプロンをつけた恵実が、長い黒髪を妖艶になびかせながら、チーズの盛り合わせがのった皿を持ってきて言った。
「まわりの人が証言してくれて、お縄になるのは免れたんですよ」
古くさい表現で笑った。

「お縄になるって、な〜にぃ?」
水穂が、鼻歌を歌うような調子で聞いた。

大人の人に、お尻を叩かれるってことかな。
嫌だろ、お尻を叩かれるのは?

「叩かれたことがないから、わからな〜い」と水穂。

そうか、いい子なんだね。
じゃあ、これからも叩かれないようにしないとね。

尾崎は、苦笑いで、私たちの会話を聞いていた。
尾崎は、一生に何度苦笑いをするのだろうか。
もう普通の人がする苦笑いの数を何百倍も超えているはずだ。

しかし、尾崎ほど苦笑いの似合う男を私は知らない。

そして、その顔は悪くない。


尾崎に聞いても答えないだろうから、恵実にことの顛末を聞いた。

土曜の夜(4月5日)、井の頭公園に、花見に行ったとき、隣に4人組の若い男がいたらしい。
騒がしい男たちだったという。

要するに、たちの悪い酔っぱらい。
まわりの誰もが、眉をひそめていた。

そばを若い娘が通ると卑猥な言葉を投げかけ、気弱そうなサラリーマンが通ると、竹刀を振り回して威嚇したという。
日本酒の一升瓶をラッパ飲みして、まわりに吹きかけることもあったらしい。

つまり、犯罪者予備集団と言っていい。

軽薄で、人間として、完全にバカだ。

自分の子どもがそばにいるので、尾崎は、静かに酒を飲み、恵実の作った弁当を食っていた。
自分に火の粉が降りかからない限り、静観するつもりだったのだろう。

しかし、とうとう調子に乗った相手が、尾崎の領土を侵食しようとした。

「おじさん、なんか、暗い顔してるよね。つまらないんだったら、俺たちのところに来なよ。楽しくしてあげるからさ」
いきなり、尾崎の手を掴んだというのである。

尾崎は、目で恵実に合図を送り、子どもたちを遠ざけようとした。

しかし、男4人が、それを許さなかった。
恵実に、立ちふさがった。

バカも、ここまで来ると天然記念物だ。

恵実は、合気道の心得があった。
だから、子ども二人を抱え、バカの壁をいとも簡単に脱し、安全圏に逃げることが出来た。

あとは、尾崎である。
尾崎は、珍しく自分から仕掛けることをせずに、相手の動きを待った。

相手が酔っぱらいだから、真剣に対応しなくてもいい、と思ったのだろう。
相手の突進を足で払うだけにした。

転がる4人。

しかし、この4人は、思いもしないことをした。
携帯で警察を呼んだのだ。
「乱暴な酔っぱらいがいます!」

そして、すぐに近くをパトロール中の警官が来て、尾崎を連れて行こうとした。
だが、まわりの人が証言してくれて、逆に天然記念物4人が、お目玉を食らったらしい。

わかりやすいほど大人しくなった4人は、すぐに退散した。

そのあと、まわりの人が、尾崎に拍手を送った。

訳の分からない里穂も、奇声を上げて拍手をしていたという。


で………どうだった。
ヒーローになった気分は。


私が聞くと、尾崎は「俺は、恵実、水穂、里穂だけのヒーローでいい」と、苦笑いで答えた。



その尾崎の苦笑いを見たとき、尾崎は、俺にとってもヒーローなんだと思った。




2014/04/25 AM 06:34:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

現実逃避で熱海
現実逃避をした。

オンボロアパートのオーナーに呼ばれて、東京荻窪の事務所に伺った。
オーナーは、都内に美容院と理髪店を数店持っており、武蔵野のオンボロアパートの他に、おしゃれなアパートを所有していた。

要するに、お金持ち。

それだけで罵ってもいい類いの人種だが、今回は仕事をいただきにきたので、罵ることは控えた。
仕事は、美容院、理髪店の単価表を「価格プラス税」に改訂するというものだった。

とっくに増税は始まっているのに、なんとノンビリしたお方でしょう。

こんなことを言っては失礼になるが、たいした仕事ではない。
2時間もあればできる仕事なので、明日持ってきますから、と言ったら、「いやいや、そんなに急ぎませんよ。ボク明日から二日間ゴルフなんで、来週でもいいですよ」と、鼻毛を抜きながら言われた。

そして、このオーナー様は、鼻毛を抜きながら、衝撃的なことを言うオッサンだった。

「あのね、今度あなたのアパートを壊して、分譲地にしようと思っているんですよね」

ノドン並みのミサイルを落としてきたのである。

我が一家の住むアパートを潰してしまうという宣戦布告だ。
年内に潰すことを不動産屋と協議中で、来春に4区画の分譲地にするというのである。

え? 俺たちは、どうすればいいんでしょうか?

「もちろん、引っ越し代や、引っ越しに伴う敷金礼金は払うし、2ヶ月分の家賃もお支払いしますよ」

いや、しかし、今のように4つの部屋がついて、11万の家賃で済むというわけにはいきませんよね。

今の家はオンボロだが、我が家族は1階の2DKと2階の2DKをお借りして、変形メゾネットのような形で使わせていただいている。
「オンボロ」であるが、4つの部屋を快適に使い、そこそこ広い庭もついているのだ。
満足していた。

同じ条件で、武蔵野にアパートやらマンションあるいは一軒家を探すとしたら、おそらく20万近くかかるであろう。

そして、庭には、段ボールに勝手に住み着いた「セキトリ」という名の野良猫もいる。
彼を路頭に迷わせるわけにはいかない。

それに、高齢の母が、オンボロアパート近くのワンルームマンションに住んでいる。
それをどう対処したらいいか。

どうしよう。

そう言ったら、オーナーは「耐震の問題もあるから、あのアパート心配だったんですよね。いわば、来るべき大震災に備えてのものだからね。まあ、まだ時間があるんだから、ノンビリ考えれば」とノンビリとした口調で言うのである。


これは、仕事どころではない。

私は、ミスター・パニックになった。


だから、私は現実逃避をしたのだ。

そのまま東京駅まで行き、新幹線に飛び乗った。
そして、熱海で下車。

駅前の案内所で、日帰りできる温泉旅館を探してもらい、海沿いのホテルにゴーした。

チェックインして、すぐに浴衣に着替え、パノラマ温泉にゴー。
一風呂浴びてから部屋に帰って、窓の外に広がるパノラマの海を見ながら、豪華海鮮料理をいただいた。

25歳4ヶ月くらいのキビキビとした動きの仲居さんに、お世話を受けながら、昼メシを食った。
マグロの赤身、イカ、タコ、ハマチ、鯛の刺身は、濃厚な味わい、歯ごたえも充分で美味かったですぞ。
精進揚げ、蟹味噌グラタンは、当たり前の味だったが、風景がプラスされるので、箸が進んだ。

シジミの味噌汁も、素朴な薄味で美味かった。
ただ、おそらく何かのテリーヌだと思うが、気取ったつもりが強すぎて、前菜にも何もなっていなかったので、これはひと口で拒否。

白飯は、かなり美味。
鼻を通る香りが上品で、私が米を食うときに気にする歯触りも最適。
(私は、ベチャベチャのご飯を出されたらテーブルをひっくり返すという特技を持っている)
これは、当たりだった。

「これから、どちらに?」とキビキビした仲居さんに聞かれたのだが、もう一度風呂につかって、東京に帰ります、と言ったら、「あらあ、お忙しいんですね」と、軽い変顔とともに小さくのけぞられた。

その姿が可愛かった。

その仕草だけで私の中では、百点!

ノンビリ屋の我が息子のお嫁さんに最適なのではないかと、名前をチェックした。
息子のお嫁さんになってくれれば、毎日顔を見られるし(下心あり?)。

二度目の風呂上がりに、腰に手を当てて、瓶のキリンラガーをラッパ飲みしていたとき、iPhoneが震えた。
ディスプレイを見ると、ポニーテールさんからだった。

「あのさあ、キリンおやじ。結婚式、終わったよ」という、熱海の温泉にはふさわしくない電話だった。’

これには、多少の説明がいる。

ポニーテールさんというのは、一昨年、横浜根岸の森林公園で出会った女の子で、ランニングが縁で仲良くなり、奄美大島に住んでいる彼女のご両親に代わって、私が東京での親代わりを務めていたのだ。

そのポニーテールさんは、背の少し小さい横浜戸塚に住む男と昨年末婚約し、今年の4月半ばに結婚式をあげたのである。
最初は、私も招待されたのであるが、まったく意味不明の私のポジションを結婚式に列席される方が理解されることはあり得ないと考え、私は辞退したのだ。

おそらく、結婚式の報告だけはしておこうと、ポニーテールさんが電話をしてきたのだろう。

そのポニーテールさんが言う。

「キリンおやじ、前からの約束通り、キリンおやじだけのために結婚式をやるからさ。あさって、吉祥寺の第一ホテルの前に立っていてくれない? 旦那と車で迎えにいくから。普通の恰好で来てよね」

旦那?
なんか、生々しいな。
あのちっこい男が、旦那ですか。

まあ、性格がいいから、文句はありませんがね。


昨日12時、第1ホテルの前で立っていたら、ポニーテールさんがダッシュで現れて、ダイハツ・ムーブに拉致された。

結婚おめでとう、と豪華12,960円(税込み)のブーケ(ブリザーブド・フラワー)と「大人のチェキ」とフィルム5パックを渡したら、ポニーテールさんが泣き崩れた。

いや………、泣かすつもりはなかったんですけど。

旦那のクロサワも泣いていたが、私は男の涙には興味がないので、見ないふりをした。


連れて行かれたのは、中野の写真屋さん。

ここで、一緒に写真を撮るというのである。
ポニーテールさんは、薄いピンクのロングドレス。
クロサワは、モーニング。

そして、俺は………?

渋い茶のスーツだった。

思いがけなく体にフィット。
そう言えば、一ヶ月ほど前、「キリンおやじのサイズを教えてよ」という唐突な電話が、ポニーテールさんからかかってきた。

身長やら、肩幅やら、スリーサイズやら。
それを告げたとき、「おまえ、そんなにガリガリで、よく生きているなあ」と、おまえ呼ばわりされた。

そう言えば俺、ガリガリ君を一度も食ったことがないな、共食いだからな、と呟いたら、「それ、ちっとも面白くないよ」と全否定された。

そう言われて、一ヶ月間凹んでいたのだが、この日、スーツを着てみて、ああ、このことだったのかあ、と納得した。


三人でカメラに納まった。

ポニーテールさんとクロサワが前で、私はまるで、親のようなポジションで後ろで恰好をつけた。

ポニーテールさんは、155センチ。
クロサワは160センチそこそこ。

その後ろに、180センチの私が立つと、まるで「進撃の広島」のように見える。
(もちろん、広島ではないのだが、私はどんなシチュエーションでも、某大新聞社の所有する野球集団の名前を出したくないので、このような表現になった)


普段化粧をしないポニーテールさんは、平均的な顔だが、表情が生き生きしているので、8パーセント分くらいは、可愛い種類に分類していいか、という程度である。

だが、プロの方の手で、化粧を施されたポニーテールさんは、目鼻立ちくっきりの卒倒するほどの美人になって、私は化粧の怖さを実感した。

化け過ぎだろう。

しかし、そう思いながらも、まるで自分の娘の成長を見るようで、私は不覚にも泣いてしまったのである。

私が泣くとポニーテールさんも泣く。
さらに、鬱陶しいことに、旦那のクロサワも泣いた。


なんだ! この光景は!


そして、恐怖を感じながら、思った。

これが我が娘の結婚式だったら、俺はどうなってしまうのだろうか…と。




現実逃避をして、私はきっとまた、ひとりで熱海に行くに違いない。




2014/04/20 AM 06:26:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

ハグレもの
母から、感心された。

89歳になる高齢の母は、昨年まで一人で川崎新丸子に住んでいたが、昨年の初夏、体調を崩したこともあって、秋に東京武蔵野の我がオンボロアパート近くのワンルーム・マンションに越してきた。
バリアフリーの高齢者に優しいマンションだ。

そこで、週に4回ヘルパーさんに来ていただいて、穏やかに暮らしている。

メシは朝晩の分を、私が一週間分をまとめて作って冷凍しておく。
それを母が、食べたい時間にチンをして食べる。
(掃除洗濯は、週に2回ヨメが通ってしてくれている)

近くにいるのに、その程度のことしか出来なくて申し訳ない思いをしているのだが、母は、いつも感謝の言葉を述べた。

そして、こう言うのだ。
「あなたは、父親と姉が、『あんな風』だったのに、よく『まとも』に育ったわね。感心するわ」

これについては、説明がいる。

死んだ私の父は、一流会社に勤めていたが、稼ぎを一銭も家に入れない放蕩親父だった。
死んだ姉は、高校卒業後40年近く家に引きこもっていた、「元祖引きこもり」だった。
つまり、二人とも、「自分だけが可愛い」人種だった。

要するに、母は、世間の常識から大きく外れた人を比較の対象にしているのである。
あの二人と比べたら、どんな人でも『まとも』に見えるに違いない。

冷静な目で見たら、私など『ハグレもの』でしかない。
そして、絶えず人とは違うことをやろうとする人格破綻者だ。

ただ、世の中にはボランティア精神に溢れた人がいて、こんなハグレもの相手でも、誠実に付き合ってくれる人がいる。

大学時代の友人、長谷川もその一人だ。
長谷川は、いま中堅企業の社長様をしているが、もちろん大学時代は社長ではなかった。
社長のご子息様だった。

私は世間知らずなので、世間一般の社長のご子息はみな、「どうせ性格の悪い我がままな坊っちゃん」だろうという偏見を持っていた。

しかし、長谷川は、人間臭い男で、誰に対しても穏やかに接し、人を決して傷つけない男だった。
彼がいたことで、私の大学生活は、情緒的に豊かになり、人格破綻者にはふさわしくない有意義な大学生活を過ごすことが出来た。

社長様になった長谷川が、会社内で、どんな評価を受けているかは知らない。
ただ、年に一度会うか会わないかの関係ではあっても、私の目の前の長谷川は、大学時代と同じ雰囲気を醸し出して、人格破綻者の私を友人として扱ってくれるのだ。

それだけでも、ありがたいことだ。

その社長様である長谷川が、電話口で言った。
「邦子が死んで3年になるよな」

これに関しても説明がいる。

邦子というのは、長谷川の1歳違いの妹で、同じ大学に通っていた。
彼女は、私の友人たち全員のアイドル的存在で、大学内で、私も親しい付き合いをさせてもらっていた。

邦子は、大学卒業後、兄である長谷川の仕事を手伝い、仙台支社の責任者として過ごしていたとき、東日本大震災に遭遇した。
そして、その年の6月に、過労で死んだ。

私の感覚では、「唐突の死」としか思えなかった。
しかし、もっと打ち拉がれたのは、長谷川の両親であり、長谷川だったろう。

私は衝撃だけですんだが、長谷川たちは、自然の理不尽さを存分に感じて、枯れるほどの涙を流したに違いない。

長谷川の妹が死んだとき、「妹を殺したのは、俺だ」とまで、長谷川は言った。
「俺に社長の資格はあるのか? 俺に人間の資格はあるのか?」と長谷川は、心から叫んだ。
震災後の会社の処理を妹に任せっぱなしにしていた自分を責めたのだ。

温厚な長谷川が取り乱す姿を私は初めて見た。
あたり構わず、という表現があるが、本当に彼は、まわりをはばからず、すべての感情を絞り出すように泣いた。

そんな姿を見て、友人である私は、同じように泣くしかなかった。


「この3年間……」と言って、絶句する長谷川。

同じ悲しみを共有できるのが、友である。
お互いの沈黙の中に、静かな涙があった。

熱い涙は、あのとき流したから、もう出ない。
いまは、静かな涙だけだ。

「あと俺に出来ることは、なんだろうな」
何かを吐き出すように長谷川が言った。

その「何か」とは、きっと「後悔」だ。

その後悔も私は共有している。

だから、それを探すのが、俺たちの役目じゃないのか、と答えた。

「一生かかっても、できないかもな」

できなくても、邦子は怒らないだろうよ。
彼女の怒った顔を俺は見たことがない。
おまえのやることは、邦子は何でも笑って受け入れたはずだ。

「だから、死んじゃったんだけどな」

ひきずるなよ。
ひきずるのは、ロングドレスの裾だけでいい。

「何だそれ!」

真面目な長谷川は、ときに冗談が通じないときがある。
人の言葉を真に受けてしまうことが多い。

しかし、気持ちの転換が早いので、相手を不快にさせることはない。
それは、大きな才能だと思う。

「そう言えば、去年の七恵の成人式で、七恵がロングドレスを着ていたな。あれは綺麗だった。邦子に見せたかったな」

これも説明がいる。

未婚の邦子には、養女がいた。
それが仙台の大学に通う七恵だった。

遠い親類の子だったが、驚くほど邦子に容姿と性格が似ていた。
血の濃い薄いは、心の通い合った親子には関係ないのかもしれない。

その七恵は、今年大学4年になる。

「俺の会社に入りたいって言うんだ。そして、邦子と同じことがしたいと……」

まあ、当然だろうな。
七恵の夢を叶えてやるのが、おまえの役目じゃないのか。
悩んでいたら、邦子が怒るぞ。

「おまえも、そう思うか」

俺は思わないが、邦子は思うだろうな。

沈黙のあと、長谷川が「おまえってやつは、まともじゃねえな」とため息をついた。

おまえは社長だから、まともじゃないと社員を路頭に迷わせる。
しかし、俺は家族全員が、俺がまともじゃないことを知っているから、いいんだ。

小さな沈黙のあと、長谷川が「今年の命日は、どうする」と聞いてきた。
邦子の命日のことだ。

無駄なことを聞くなよ。
俺には、関係ないだろ。
弔うのは、親しい人だけでいい。
それが、常識じゃないのか。

「おまえの常識は、世間の非常識だけどな」

じぇじぇじぇ、今でしょ、おもてなし、フナッシー、と言ったら、「フナッシー以外は、去年の流行だな」と、珍しく長谷川がツッコミを入れた。

弔うのは、おまえの役目だ。
俺は、何もしない。

「あくまでも恰好つけるんだな」

カッコつけてるわけじゃない。
俺には、資格がないんだ。

「でも毎年、墓に花を手向けてくれているんだよな」

それは、きっと別人だろう。
俺に似たまともな誰かだ。

苦笑いを含んだ声で、長谷川が「法事をやる」と言った。
「来て欲しいが、無理強いはしない。気が向いたらでいい」

気が向くのは、リンゴを剥くより難しいな。

長谷川が、私の戯れ言を無視して、「七恵がな」と言った。
そして、絶妙な間のあと、「邦子に、ますます似てきたんだよ。話し方も仕草もな。血の繋がりは薄いのに、こんな奇跡ってあるんだな」と生な息づかいを含んだ声で言った。

「邦子の魂を感じるんだな。最近の七恵を見ていると。それが、俺は………嬉しい。そして、悲しい」
最後の方は涙を含んでいるように聞こえた。


その長谷川の言葉を聞いて、法事にいってみようか、という気になった。

だが、口では逆のことを言っていた。

俺は、行かないだろう。
うん………行かない。



こんなとき、自分のハグレものの血が、嫌になる。




2014/04/14 AM 06:33:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

心臓がマヒマヒ
私は、東京ディズニーランドには、興味がない。

千葉にあるのに、「東京」とつける神経がわからないからだ。

それなら、ギターを弾きながら渋い声で歌う40代の男は、みな福山雅治氏ということになってしまうではないか。
小太りで、「やばいよ、やばいよ」が口癖の50代は、みな出川哲朗師匠になってしまう。
あるいは、東京ドームで、MCなしで2時間半、キレのある踊りとともに歌い続ける30代の女性は、みな安室奈美恵先生になってしまう(そんな人ほかにはいない?)。

あそこを東京というのなら、埼玉県秩父市だって、東京に接しているのだから「東京」を名乗ってもいいのではないだろうか。
だいいち、どんなに出来の悪いGPSだって、あそこを「東京」と表示することはないだろう。

別に、それは千葉県が悪いわけではなくて、株式会社オリエンタルランドの戦略がエグかっただけだとは思うが。


ただ、そうは言っても、私がディズニーランドに行ったことがないかと言えば、軟弱な話だが、あるのである。

ディズニーランドがオープンしたての頃、ヨメに「『みんな』行ってるんだから、行かないとみっともないわ」と押し切られて、開園2ヶ月後に行ったのだ。

そして、息子が4歳のとき、「やっぱり、この子もディズニーランドに行っとかないと、他の子と話が合わなくなるわ。行くべきよ」と突っ張り、押し切られて行くことになった。

娘が4歳になったときも、「女の子は、ディズニーが好きなのよ。これは行かせるべきだわ」と、がぶり寄りで押し切られた。

ただ、息子も娘も、それほど感動した様子はなかった。
息子などは、イッツ・ア・スモール・ワールドの音楽が予想以上にでかかったのに驚いて、それがトラウマになり、「ディズニーランド、うるせえ!」と、それ以降、否定的な態度を示すようになった。

娘も「ただのでっかい遊園地だろ。(値段が)高すぎるだろう」とあまり興味を示さなくなった。
だから、娘は、お友だちに誘われても断ることを繰り返していた。


しかし、今回、ヨメが「Kちゃんの合格祝いに、ディズニーに行きましょうよ! 一泊しましょ!」と提案してきたのだ。

いや、合格祝いは、もう大阪で串カツ三昧をしたからいいのでは、と私が言うと「だって、私がしてない! あれは2人だけじゃない!」と抗議された。

あのとき、一応、ヨメと息子を誘ったのだが、「夜行バスなんて貧乏臭い。面倒くさい。ホテルに泊まりたい。ホテルに泊まれないならイヤ!」と断固拒否したのは誰だ?

2回も合格祝いをするほど、我が家は裕福ではない。
それに、俺はいま抜群に忙しい。
無理だ。

普通なら、ここで話は終わるはずだったが、ディズニーランドに否定的だった息子と娘が、突然「行ってもいいかもね」と方向転換をしたのである(ヨメが根回しをしたのかもしれない。あるいは、火縄銃で脅されたか)。

あらら!

我が家は、民主主義の家庭である。
国民の選挙で選ばれたわけでもないご老人たちが、13億の民を拘束するという横暴さとは無縁の集合体だ。
他国に勝手に侵攻し、武力で政権を揺さぶろうとする、思い上がった雨路国とも違う。

3対1。

多数決は、尊重しなければいけない。
多数決は、民主主義の基本だ。

だから、わかった、と言った。

しかし、いま俺は抜群に忙しい。
この状態でディズニーに行くには、丸一日徹夜をしなくてはならないであろう。

もしかしたら、ディズニーランドで私の心臓がマヒマヒして、倒れてしまうこともありうる。
そのときのために、君たちにはAED(自動体外式除細動器)の操作を憶えてもらいたい。

できるか、と聞いた。

すると、娘が「学校で習ったぞい」と言い、息子も「高校で習ったな」と言ったあとで、ヨメが「去年、市の講習で習ったわよ」とDカップの胸を張った。


あんらまあ!


使い方を知らないのは、私だけだったのか。
幼い頃から「神童」と呼ばれ、知らないことは何もなかった私にも、できないことがあったとは。
これは屈辱だ。

早速、どこかで講習を受けることにしよう。


ということで、ホテルを予約し、ディズニーランドに行くことになった。
(3月13日の予定)

しかし、ヨメから「『ランド』じゃなくて『シー』だからね」と言われた。

ランドでなくて、シー?

何じゃ、そりゃ?
シーって、「彼女」のことか?

ヨメの発音は、明らかに [ ʃ iː ] (発音記号)にしか聞こえなかった。

ん?
ランドではなく、彼女?

「だからぁ! 彼女じゃなくて、シー[ ʃ iː ] だから!」

発音が違うが、聞いているうちに、それは「ディズニーシー」のことを言っているのだな、と突然理解した(理解が遅い?)。

でも、本当は「シー」は、 [ siː ] なんですけどね。

そう言ったら、娘から「おまえ、嫌みなやつだな」と非難された。

そして、ヨメと息子からも「うん、嫌み、嫌み!」と非難された。

非難の嵐。



心臓が、マヒマヒしてきた。


3月13日に、私の心臓が止まらないことを祈る。



2014/03/06 AM 06:28:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

すっきやねん!
同業者に、人類史上最も馬に激似の男がいる。
「お馬さん」と呼んでいる。

その「お馬さん」が、いつもこう言っている。
「俺、関西弁アレルギーなんですよね」
東京生まれでもないくせに、異常なほど関西人に敵対心を持っている男なのだ。

彼は、テレビで関西弁を聞くと、鳥肌が立って、すぐテレビを消すという。
40年以上の人生で、一度も関西人と付き合ったことがないから、免疫がないのだろう。
そして、心が狭いから、その免疫のなさを克服しようともしない。


私が最近、いいな、とおもった関西弁。

関西の人気者、やしきたかじん氏が天に召されたとき、司会者の宮根誠司氏が言った言葉。
「なに、先に死んでくれてんねん」

愛情と愛惜に溢れた、いい言葉だな、と思った。

「どうして、先に死んじまったんだよ」というより、私には、伝わる密度が濃い。
これは、いい言葉だ。

しかし、関西弁アレルギーの男には、「伝わんないよ!」ということになる。

ただ、そんな風に偉そうに言っても、子どもの頃からジャイアンツ・アレルギーの私にとって、ジャイアンツ関係の報道には、すべて「ケッ!」という反応になるから、ひと様の心の狭さを笑うことはできない。

私も同じように、「こころ狭き人」だ。


ところで、ここで、話は4メートルほど飛ぶ。

私と高校3年の娘は、串揚げ(大阪では串カツ)が、大好きである。
だから、3年ほど前(娘が高校に上がる直前)から、二人で大阪まで串カツを食いに行くツアーを年に2回敢行している。

金券ショップで買った新幹線自由席券を使用し、大阪に昼過ぎに到着。
昼は立ち食い形式の串カツを堪能し、思いつくままに環状線や地下鉄に乗り、市内をブラついたあとで、夕方また串カツ屋に入り、串カツを堪能する。

そして、その夜、東京駅行きの夜行バスに乗り、朝東京駅に到着すると、中央線に乗って家に帰り、娘は学校がある場合は、朝シャンしてから制服に着替えて登校するという楽しい生活を送っていた。
娘が志望大学に合格した(パチパチパチ)ので、そのお祝いも兼ねて、今回も21日に「串カツ・ツアー」を敢行した。

当たり前のことだが、大阪では関西弁が蔓延している。

娘は埼玉生まれ埼玉育ち。
私は東京生まれ東京育ち。
しかし、関西弁アレルギーはない(ほとんどの人が、ないと思うが)。

関西弁に限らず、どの方言も好ましく思っている。

昼間、梅田地下の立ち食い形式の串カツを食いながら、関西弁のコーラス(会話)を心地よく聞いていた。
そのとき突然、50歳前後のおじさんに、「兄さんたち、関西の人間やないな」と話しかけられた。
「違和感、あり過ぎや」とも言われた。

こっちは、全く違和感なかったんですがね。


その夜は、阪急グランドビルの串カツ屋さん。
ここは、2度目だ。
店内が綺麗で、にぎやかで、串カツが美味い。
だから、今回も行った。

カウンター席で、適当なものを食って、他愛もない話をしていたとき、カウンターの右隣に座ったサラリーマンらしき二人連れに、話しかけられた。
30歳は超えていないと思う。

「東京もん?」
私が頷くと、「違和感バリバリやな。すぐわかったよ」と口を曲げるようにして言われた。

私たち親子の顔は、いたって普通の日本人顔である。
「東京」という字が、顔に刻まれているわけではない。
どこに行っても、普通の日本人として景色に溶け込む平凡すぎるほど平凡な顔だ。

だから、大阪にも普通に溶け込んでいると思っていた。
しかし、「違和感バリバリ」だという。

東京弁を喋っていたからか?

「いや、違うな.とにかく俺たちの仲間には見えない」
一人がそう言うと、もう一人が「俺たち、東京が大嫌いだからね。敏感なんだよ」(関西弁を文章にするのは難しいので、以下は東京弁に翻訳)と言った。

東京に行ったことがあるか、と聞いたら「行くわけないわ! 嫌いなんだから!」とまた一方的なご意見。
一度行けば、考えも代わると思うが。

「だから、嫌いだから、行く気はないって!」
かなり筋金入りの東京嫌いと見た。

苦笑しながら、こう聞いてみた。
では、東京の人間が、大阪に越してきて、どれぐらいで関西の人は、東京人を受け入れてくれるのだろう。

「1ヶ月2ヶ月では無理だな。人によって違うけど、2年から5年はかかるだろうな。あるいは、一生受け入れない場合もある」

では、3歳まで大阪で暮らした人が、別の土地に行った場合は、もう関西人ではないのか。
「他がどう思うかは知らないが、俺は認めないな。ただ実家がこっちにあれば関西人だ」

沖縄の人が大阪に嫁いで、下手くそな関西弁を喋ったら、認めるか。
「ぜったい、認めない。下手な関西弁喋られるくらいなら、沖縄弁で喋ってもらった方がいい」

一所懸命に溶け込もうとして話しているのに?
「下手くそな関西弁は、あかん!」

他にも、関東のお笑いや食べ物、人物に関する否定など、かなり過激なことを言っていたが、誤解を与えそうな表現になるかもしれないので、ここでは書かない。

最後に、彼らが、面白いことを言った。

私が、俺は、大阪、嫌いじゃないぜ、と言うと、「ほら、東京人は、すぐカッコつけるからな」と笑われた。
そのあと、真顔でこう言ったのだ。

「東京は、外から入ってくるやつが多いだろ。そして、いつのまにか出て行く。だから、受け入れて忘れて、が当たり前になっている。
大阪も出たり入ったりはするが、大阪の人間は、ここに根付いたものを守ろうとするんだな。
わかるかい? 守っているんだよ、俺たち大阪の人間は、大阪の大事なものを。
カッコつけてたら、守れないからな。そこだけは、わかって欲しいな」


食い終わって席を立とうとしたら、二人に「俺ら、東京人とこんなに喋ったのは初めてだよ。全然おもろなかったけどな」と笑いながら、勘定書をひったくられた。

ちょっと待てよ、と私が言うと、「これも守ることの一つだからな。俺たちに恥をかかせるなよ」と、両手を立てて壁を作るように、勘定書を取り返そうとした私の手を遮った。

そして、「カッコつけてるわけやない。東京もんに負けとないだけや」と出口を指さされた。

私が宇宙で四番目に嫌いなことは、レジなどで、「私が払います」「いえ、ここは私が」という茶番劇を演じることだ。
あれは、必要なのか、といつも思っている。

奢りたいと思っている人がいたら、奢ってもらうのが礼儀だ。
余計なことは、しない方がいい。


私が、そんな私のポリシーに従って、おおきに、と言って頭を下げたら、「アホ!!」と言いながら、一人がコップの水をかけるふりをした。
娘が、ごちそうさまでした、と頭を下げたら、二人とも「オウ! 気ぃつけて帰りや」と笑ってくれた。

いい笑顔だった。



帰りの夜行バスの中で、娘が言った。

「少しまた大阪が好きになったな」

ああ、大阪、串カツ、好っきやねん!
(関西の方、怒らないでください)





2014/02/24 AM 06:22:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

58キロのアニキ
ラーメンは美味かったが、後味が悪かった。

静岡在住のチャーシュー・デブ社長のスガ君から、「久しぶりにラーメン同伴をしてください」というお誘いがあった。

デブと「ラーメン同伴」?
なんか、言葉の響きがイヤらしかったので、忙しかったが「2時間26分くらいなら、いいよ」とお誘いに乗ることにした。

いつもと同じように、年に5百杯はラーメンを食うというラーメン同伴デブが、店を探して、黒のベンツで私をエスコートしてくれた。
環七沿い、東京板橋のラーメン屋だった。

12時前に行ったのだが、行列はできていなかった。
スガ君に、ここ、人気があるの? と聞いたら、「コッテリ系の好きな人には、かなりあるみたいですよ」と言われた。

コッテリかあ……昨日の夜は、自家製串揚げを食って、食って、食って、死にそうになったからなあ。
ここで、コッテリ系ラーメンなんか食ったら、俺のポンポン大丈夫だろうか。

「大丈夫ですよ、Mさんの最後は俺が看取るって決めてますから」

いや、スガ君……それは、大げさでないかい?

「グハハハハハハハハハ」

笑って誤魔化された。


店内は、カウンター席よりもテーブル席の方が多いラーメン屋さん。
厨房を見ると、頭にハチマキ、眉間に皺。
意地でも笑わないと決めている、強面お兄さんが二人。

店員もハチマキ、黒の前掛け。
席に座るなり、「イラッシャイマセー!」と怒鳴られた。

スガ君が、しょう油豚骨を頼んだので、俺も同じもので、麺を固めにしてください、とお願いした。
すると、ハチマキ黒の前掛け兄さんに、「固め? うちは、麺は全部一緒ですよ。固めなんて、やっていませんから」と喧嘩を売られた。

そうですか、’他の店では、大抵は快く応じてくれるのだが、こちらは拒否ですか。
駅中の立ち食いそば屋でも、固めでお願いします、と言うと苦笑いしながら、オバちゃんが「いいわよー」と金歯を見せてくれるものだ。

何様だ。


以前、書いたことがあるが、私は柔らかい食い物は「病人食」と称して、忌み嫌っている。
ソバ、ラーメン、うどん、パスタ、ライスなど、すべて固くなくては、食う気がしない。
(カップラーメンなども指定時間の1分前に食うようにしている)

たとえば、肉や魚に関しても、固い方がいい。
よくグルメレポーターなどが、「この肉とろけるぅ〜」とか「大トロが口の中で溶けてなくなりました〜」と叫んでいるのを見るが、アホではないか、といつも思っている。

食い物は、歯と舌と喉で味わうものだ。
とろける食い物は、舌と喉では味わえても、歯で味わうことができない。

そんなもののどこがうまいんじゃい、と私は思っているのだ。

歯ごたえこそが、食の基本だ。

金払ってまで、病人食なんか食いたくないわい! というのが、私の見解だ。
(けっして病人食をバカにしているわけではございません。たったひとりの、オンリーワンの私個人の見解でございます)

ただ、そんな過激なことを怖そうなお顔の前で言えるわけもなく、しっかたねえか、と呟くしかなかった。

注文してから4分後、厨房の中で、派手な麺の湯切りパフォーマンスをしているところが見えたが、そんなときでも眉間に皺を寄せるのには、何か意味があるのか、とスガ君に問いかけた。

スガ君の答えは、明快だった。
「まあ、演出ですよ。自己満足です」

自己満足のラーメンが、ふたつ運ばれてきた。

食ってみて、味が悪いとは感じなかった。
スープは、確かにコッテリだが、口の中にいつまでも残るような重い濃厚感はなかった。
麺も柔らかすぎることはなく、かといって固くはないが、スープとのバランスは、悪くなかった。
麺が、スープと具材に、うまく絡んでいたと思う。

これなら、俺のポンポンも大丈夫そうだ。

予想外に良かったかもね、とスガ君に向かって呟いた。

スガ君は、汗だくになって完食し、水のお代わりを飲み干しているところだった。
そして、飲み干したあとで、「珍しいですね、Mさんが、そんなに素直に褒めるなんて」と笑った。

うまいものは、うまい。
だから、うまい棒はうまい。

「そうですよね。俺、うまい棒、大人買いして、大量にストックしてありますから。めんたい味とピザ味が、定番ですかね」

ラーメンだけでなく、うまい棒にまで手を広げるとは、さすがに金持ちは違う。

だから太るんだよ!
このチャーシュー・うまい棒デブめ!

私は、チャーシュー・うまい棒デブのように、スープを飲み干さない。
ラーメンに限らず、他の麺類のスープを飲み干したことが、おそらく一度もない。

塩辛いからだ。

我が家の場合、味噌汁は、自分で作っているから、塩加減を調節できる。
この程度なら、飲み干しても、他の料理の邪魔にならないな、ということを想定して作っている。

日高昆布とかつお節でダシをとって、絶えずキューブ状にして冷凍保存してある。
味噌も必ず減塩を使う。
それが汁のベースになるから、「味噌汁」というより味噌味の「出し汁」と言った方がいいかもしれない。
だから、口の中に塩辛さは、残らない。

しかし、金を出して食わされる汁物の多くは、飲み干すと塩辛さが口に残る。
それが、嫌だ。

だから、どんなに美味いラーメンのスープも、いい余韻で終わりたいために、必ず残す。

今回も残した。

食い終わって席を立ったあと、すぐ店員が器を片付けにきた。

そして、舌打ちをするように、小声で言ったのだ。
「残したのかよ〜〜〜〜何だよ〜〜」

麺を固めに、と言って断られたのも珍しい経験だったが、スープを残して舌打ちをされたのも初めてだった。

長年付き合っていて、私のこだわりを熟知しているスガ君は、このあとの私の行動が読めたのだと思う。
(自分で喧嘩を売ることはないが、売られた喧嘩は必ず買う)

だから、スガ君は、私の前でディフェンスをするように、でっかい体で私の自由を奪い、店員が片付けようとした器を横取りして、残りのスープを飲み干した。

そして、頭を低く下げ、ぶっとい腕で私を突っ張り、寄り切るように店の外に押し出したのである。
130キロ対58キロ。
一方的な負け相撲だった。

寒空の中で待つこと、4分55秒。

勘定を払うにしては、長過ぎるんでないかい。
そう思っていたら、スガ君が出てきた。

そして、あとから出てきた、頭ハチマキで眉間に皺を寄せた店長らしき人が、「今回は、ご迷惑をおかけしました」とスガ君に向けて、頭を下げた。
平身低頭、というのは、このことか、と思えるほどわかりやすい頭の下げ方だった。

きっとデブが、店長に対して、抗議したのだろう。
デブの貫禄と圧力は、半端じゃない。

私も、その暑苦しい圧力に、いつも真夏のオールドデリー(インド)にいるような鬱陶しさを感じていたのだ。
初めての人なら、なおさら、その圧力に恐怖を感じたであろう。

店長らしき人は、デブが背を向けても、頭を下げ続けていた。
私の方は、一度も見ない。
私など、眼中にないのかもしれない。

というより、130キロ対58キロ。
半分以下の私のことが、見えなかった可能性はある。


しばらく歩いて、スガ君に聞いた。

どんな風に、文句を言ったんだい。

「文句というより、店長を呼んでもらって、さっきの俺のアニキ分なんだけど、あのアニキが、ここのラーメンうまいって言ってましたよ。
スープは残しましたけど、アニキが褒めるのは珍しいんですよね、って言っただけですよ。
そうしたら、あの人、どんどん顔が青くなっていって、『お代は結構です』って言うもんだから、そんなことしたら、ア・ニ・キが怒るでしょうねって、笑いながらお金を払っただけです。
俺、なんか悪いことしましたか?」

スガ君は、そう言って、「じゃあ、家まで送りますんで、アニキ」と、私を黒のベンツへと誘った。


ベンツの後部座席に座って、スガ君に「アニキ、シートベルトを忘れないでください」と言われたとき、自分の眉間に、無駄に皺が寄っていることに気づいた。

眉間の皺を消そうとして、眉を動かしていたら、額が突っ張って、頭が痛くなった。
イテテテテテ………。



俺は、アニキにはなれないな、と思った。



2014/02/19 AM 06:27:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

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