せんすぶろぐ
将棋、歴史のオタクです。他の一般の話題についても折をみて触れていくつもりです。

2005年05月05日  超絶の受け:大山康晴
 また大山名人の棋譜から。前回の対阿部戦もものすごかったですが、さらに上を行くのが平成2年の対中村戦(棋聖戦)。

 第1図。いきなり先手作戦負けを指摘されてもおかしくない。中飛車が邪魔になって先手右翼で戦える駒が限定されています。アマでも絶対に指しそうもない布陣です。

 第2図。次の一手は▲8八飛くらいか、と思って並べてみると、なんと▲同飛! ばかな。飛車が二段目からどくと△8六歩がくるし、△4八銀の割り打ちもあるではないか。プロ間のこの手の評価は知りませんが、好手のはずはないと思うのが普通。実際に本譜も△8六歩▲同角△4八銀▲5八飛△8六飛▲同歩△3九角を喰らって必敗形に(なったと思うのですが、どうなんでしょうか)。

 第3図の▲8三角はアマでも一回は打つところですが、この角が6一の金を取っているような順が回るわけもなく、なんか悲しい感じがします。しかし、この角で後手の攻め駒を責めつけ、結局はこの角は6一〜4三と躍進を遂げるのですから、超絶しています。

 第4図の次の一手。何となく予想がつく方もおられると思いますが、以下に白字で書いておきます。正解は、出たぁ自陣飛車! ▲5九飛!!! This is Oyama!

 こういう将棋をみていると、少々の苦戦でも諦めてはいかんよ、というメッセージが篭められているような気がして、ちょっと勇気が出ますね。

<5924>

PM 07:59:55 | Comment(2) | TrackBack(0) | [将棋(中飛車)]

2005年05月05日  バルダス・フォーカス
 2人目の反逆者です。(左の絵はバジリウス2世:平伏しているのは彼が征服した諸民族)

 この人についてはバルダス・スクレロスの稿でかなり触れていますが、この時代の一方の旗手であった人物なので、概略まとめておきます。(このブログで書くようになって、かなり頭の整理が進んだ。棋力アップにブログが有効、とは今のところいえないが、こういう分野なら十分いえそうだ)

・軍人皇帝ニケフォロス・フォーカスの甥。小アジアの大土地所有者&軍事貴族の利害を代表。自身が逞しい騎士であった。
・ニケフォロス・フォーカスを倒したヨハネス1世の治世において早々に反乱。いわば軍事貴族同士の戦いだったが、ヨハネス1世の縁者であったスクレロスに敗退。普通なら即刻処刑されるところを、仁慈に厚いヨハネス1世により助命。
・バジリウス1世の御代、スクレロス反乱時に釈放されて、スクレロスと対戦。苦戦になるが一騎打ちを仕掛けて、これに勝利
・しばらくは大人しくしていたが、宮廷内でまったく相手にされないことに憤激。宮廷主流派になれないのはこれまでの経歴からみれば無理もないのですが、「功績は功績として認めてくれよ、以前はバカもしたけど今はちゃんと帝室に対して働いたではないか。なんで敬遠するんだよ」という気持ちになるのも無理はないでしょう。
・そうなることはいささかでも人間心理の分かっているものであれば洞察ができそうなものですが、帝国政府はそれ以上のことはしません。適当な罪でもでっち上げて、禍根を詰んでおくべきでしたな。
・バジリウスの対ブルガリア戦惨敗に機会を見出し、皇帝を僭称。
・スクレロスも皇帝僭称していたので、利害調整をしようと誘い出し、これを逮捕監禁。帝都に向けて進撃開始。

 出自、気質からみて、バジリウスに対しては反逆者にならないわけにはいかなかった人物といえるでしょう。彼がとても大人しい人物だったとしても、大土地所有者に対する抑圧策をとるバジリウスと軍事貴族連中の利害には一致点が見出しがたい。結局は担ぎ出されたのではないでしょうか。

 この人の発言があまり伝わっていないのが残念なのですが、皇帝になっても不都合のない人ではあったのでしょう。軍隊の指揮振りから見て、外国の敵から国土を防衛する力は十分あったと思われます。ただ、大きな政略となるとどうだったでしょうか。それは彼の帝都進撃の顛末を見れば分かります。

 兵力で劣勢なバジリウス。こういう場合、どうするか。常套手段は敵の内訌を工作することでしょうが、フォーカスは士心を得ていてどうやら効果なし。ではというわけでワイルドカードの投入です。バジリウスは、ロシアに援軍を求めます。もちろんただではない。ロシア公から皇妹アンナとの結婚を求められ、恐らくは苦渋の決断ではあるでしょうが、これに同意。アンナは泣きまくったといいますし、帝国首脳にも反対の声はあったようですが、無理もない。我が国においていえば、平安時代に天皇家の姫がいきなり東北の安部家に嫁入りするようなものです。文化も娯楽も何もない僻遠の地に、よりにもよって光の都コンスタンティノープルからわざわざ行きたいと思う高貴な女性はおりますまい。帝国の体面からも苦しいものがありますが、バジリウスの決断により彼我の戦力は逆転。フォーカスは押し戻されます。スクレロスが窮境にあったとき、イラスム勢力の援助で兵を挙げたことをご記憶でしょうか。外道ではありますが、覇道により天下を取るというならこの程度の策はなしたいところ。フォーカスは自らを恃むあまり、目配りが足りなかったと思います。

 それでも兵をまとめて抗戦を続けるフォーカス。戦場で彼はバジリウスの姿を認めます。かつて、スクレロスに一騎打ちを挑んで形勢を逆転させたことを思い出したのか、バジリウスにも一騎打ちを申し入れます。

 皇帝がどう応えたのか、私は知りませんが、決闘は行われませんでした。フォーカスが申し入れをした瞬間、馬上で急死したからです。脳卒中か何かだと思われます。

 結局、彼の反乱はなんだったのか、愚かなことをした、という風に思わないではないのですが、その後の歴史をみてみると、そうでもないような気もします。結局、大土地所有は抑制しきれず、11世紀以降は有力貴族による皇帝就位が当たり前になり、以前のように社会の最底辺から皇帝まで成りあがる、といった活力に満ちた社会はもはや望めません。ゆえに、彼の試みは大きな歴史の中では意味はあったと思うのですが、バジリウス対バルダス・フォーカスということだと、前者の政略、戦略眼が上であったことは否めず、フォーカスが一敗地にまみれたことも当然の結果といえます。

 我が国などでは錦の御旗に対して武器を持つと「朝敵」とかいわれてしまい、いきなり軍隊の士気がそがれたりするのですが、帝国では反乱は決して悪ではない、成功を予約条件として合法行為です。バジリウスよりもフォーカスの戦力、士気の上だったこともあるのですから、仮にも皇帝を僭称するのであれば、皇帝らしく諸方への政略、謀略を指揮できるくらいでないとなかなか。

 ローマ帝国の皇帝であるということは結構、大変なことなのです。



PM 07:55:06 | Comment(5) | TrackBack(0) | [歴史]

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佐藤康光の棋界制覇、矢内理絵子の女流棋界制覇を切望するオジ将棋ファンです。とはいっても、棋士は皆さん、好きです。

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