せんすぶろぐ
将棋、歴史のオタクです。他の一般の話題についても折をみて触れていくつもりです。

2005年04月30日  角換わり棒銀対△4二飛
 下のエントリーでも紹介していますが、森下九段は名人戦2局に現れた△4二飛に対して「どうかと思う」とコメントをしているようです。直接、聞いたわけではないのでトーンが分からないのですが、「△4二飛型」については、私も思うことがあるので、書き留めておきます。(名人戦の内容とは直接関係はありません)

 角換わり一手損に対する棒銀はもとより有力な手段です。普通の棒銀に対しても四間飛車にして戦うのはよく出る作戦ですが、一手損の場合で、私が参照するのは前期棋聖戦第2局の森内名人―佐藤棋聖戦と前期NHK杯の中川七段―谷川棋王(当時)で、いずれも先手は棒銀から組換えを試みています。

 最近、プロ間の将棋で中座飛車の雲行きがよくないこともあり、実はせんすは後手一手損角換わりを時々は指すようにしています。ある将棋で出現したのが第1図と同一局面。実戦では▲3六歩以下中川七段は銀を4六に移動したのですが、感想としては▲3六歩の次に▲3五歩とするべきだったとあります。いずれにしても四間飛車は有力なのでしょうね。

 ところが、私の実戦では、相手の方はいきなり▲2五銀。単純に出られて私は困り果てました。実戦では4分考えてもいい対策が思いつかず、△3三銀と受け、以下銀交換。あっさり劣勢になりました。

 NHK杯の時の感想戦ではこういう直接手は全く話題にもならなかったのですが、どうすればいいのでしょう。四間飛車が全く活きず、今でも対策を思いつきません。

 誰か対策をご存知の方がいらっしゃれば、どうかご教示願います。

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PM 10:21:47 | Comment(31) | TrackBack(0) | [将棋(角換わり)]

2005年04月30日  名人戦第2局:森下九段解説
 まずは本日の囲碁将棋ジャーナルの名人戦解説から。げきさんが森下九段の解説をまとめて下さいましたので、まずは以下にご紹介。

△3二金 :一手損角換わりねらい

△8八角成 :今流行だが後手勝率4割未満 未解決戦法だから選んだのか

▲3八銀 :速攻棒銀模様 去年の棋聖戦(森内ー佐藤)でも出た 私は腰掛銀の方が好み 

△4二飛:正直言ってどうかと思う 力戦模様 (1)

▲3六銀:これも驚いた 新手ではないか △6二王なら▲8三角△7四角▲同角△同歩▲8三角△6五角の時4七に銀が利いているねらいがある

△8二銀:隙を消す

△3五歩:銀を呼びこむ驚愕の封じ手 早くも勝負手

▲同銀:引いては話にならない。後手の動きが楽になる。 (2)

△4五歩:▲4八飛車周りには△4六歩 ▲同銀 から △8三角や△3八歩がある

▲6五角:先手だけ角を手放して後手の言い分が通ったか

▲9六歩:▲7七銀が先かと思っていた (3)

▲5五銀:ちょっと不安な形かと思った △5四金の防ぎ

△3四銀:この局面後手ペース?先手自信なし (4)

△2四歩:先手歩切れが痛い

▲1一角成:飛車を逃げていては△6六角成で何をやってるかわからない

▲3八角:銀より角のほうが力のある受け

△5六銀:迫力のある攻め

△3八飛車成から▲2一飛成:力のある応酬。後手優勢と思った ところが

△5七角成:流れがこのへんからおかしい どうだったかわからない

▲7九銀:これで先手玉一安心だがまだ後手よさそう

▲4八金:凄い受け

▲6六香:ここからの寄せが見事後手は62金と受けるわけにはいかない

▲7三成香:すばらしい寄せ 単に▲5二馬では寄らない

▲5二馬:いきなり先手勝ちになっている あるいは見た目ほど傾いてなかったか

▲9四香:以下は読みきり

どこでどうなったのかの急転直下であった。羽生の敗着は不明である。
森内大きな一勝であった。


 以上のように終盤の変化を集中的に取り扱うのではなく、序盤からの展開を満遍なく解説しています。それはそれで、「結局、羽生四冠はどれくらい優勢だったのよ」「実はずっと先手が優勢だったんじゃないのか」とか突っ込まれてしまう余地を残してしまうのですが、まぁ、それは置いておいて、上の解説中の下線部分について感想を書き、後日きっと誰かがしっかりと分析してくれることを信じ、備忘とします。(去年の名人戦第4局も最終盤の先手勝ちの手順は結局、第5局の解説陣(佐藤棋聖、屋敷九段、高橋女流)が発見したのですから)

(1)については、私も思うところがあり、次のエントリーで触れます。

(2)の「引いては話にならない」「後手が楽になる」の具体的な説明がほしいところです。「適当図」のようにまったりと指して、どういう不都合があるのでしょうか。かなり大切なところだと思うのですが。先手左翼の金銀がひどい邪魔駒で、私は早く形を直したい本能を抑え切れません。

(3)▲7七銀を先にした場合の想定手順を聞きたいところでしたね。なぜ端を突いたのか、私レベルでは謎としかいいようがあるまい。

(4)△3四銀の結果は後手によいものだったのかもしれないのですが、普通はこうは指さないものですよね。ゆえに普通に指して(=玉を固めて)どういう不都合があったのか、というところが知りたいわけですが。。。


 もう一点。森内名人は反撃に出る前に9筋の突き捨てを入れていますが、これは有効打なのでしょうか。


 お前のいっていることは戯言で話しにならない、論外です、ネットを騒がせるな、というのであれば、誰か言って下さい。




PM 09:59:58 | Comment(17) | TrackBack(0) | [将棋(角換わり)]

2005年04月29日  今日、感心した手
 棋王戦予選の中田七段―中村四段戦から。対四間飛車急戦という私には全く勘所の分からない将棋ながら、次の一手に感心。指されてみれば当然かも。例によって、白字表示で以下に紹介します。

 中田七段の着手は▲3八飛。以下△3七成銀▲同飛に△3六歩。変調ですが、△同飛成は▲同桂以下▲3一飛〜▲3五角〜▲7一角打があるので仕方がありません。▲3八飛は指されてみれば当然ですが、振飛車党の感覚の産物のような気がする。

(愚痴)
 本局の高橋呉郎氏の観戦記は要を得ていて読みやすい。それに対して、現在掲載中のある棋戦の観戦記は本当にひどい。手どころが全然分からない。。。


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PM 06:50:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | [将棋(四間飛車)]

2005年04月29日  花、咲き誇り
 今日は娘と某森林公園にお出かけ。ツツジや藤がきれいでした。デジカメをもっていかなかったのが残念。

 独身の頃なら、こういうGWはどこかに旅行していたに違いありませんが、子どもの学校があるのでそういうのは無理。お財布もこのところ細くどっちみち無理。

 近くで経済的に過ごすことになります。


PM 06:39:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

2005年04月29日  バルダス・スクレロス(3)

 新皇帝を舐め切って、反乱を起こしたバルダス・スクレロス。977年までには帝国アジア側の領土を制圧し、帝都対岸まで進出。バジリウス2世が大君主になるかどうかは定かではなく、成功してもおかしくなさそう。しかし、ここで帝国政府は囚人だったバルダス・フォーカスを釈放し軍隊指揮を委ねるという大胆な策を採用します。なお、当時はまだバジリウスの親政ではなく、後見人が政治をみていました。(私だったらこういう策は絶対に採らないけれど。というよりも、最初の反乱の時に処刑してしまっているはずなので、反乱を起こした将軍が牢屋から出てくることなどありえません)

 フォーカス率いる官軍の旗色はよくありません。窮した彼はスクレロスに一騎打ちを申し出ます。フォーカスは騎士としても申し分ない体格の持ち主。漢楚戦争の時の項羽対劉邦や南北朝の時の新田義貞対足利尊氏のようですが、違っていたのはスクレロスが一騎打ちを受けたことです。何を考えているんでしょうか。皇帝を既に名乗っている男のすることではありません。部下の前で格好をつけたかったもしれないし、己の武勇に自信があったのかもしれないですが、部下も部下で「そんなのは匹夫の勇です」と諌止する者が一人もいなかったのか。この一事をもってしても、スクレロスの帝位挑戦にはかなり疑問符がついてしまうのですが、さらに悪いことにこの決闘にスクレロスは敗れ(一騎士としての実力を鑑みれば当然の結果)、重傷を負います。帝都攻略どころではなくなり、イスラム陣営に亡命を余儀なくされました。

 体のいい軟禁状態の中、彼は何を考えていたのでしょう。野心に身を焦がさねば、もっと春秋に満ちた人生だったのではないか、などと悔悟しそうですが、この人はなかなかにしぶとく、バジリウスがブルガリア戦で惨敗をしたのを聞くと、カリフに「私が帝位についた暁には国境地帯の領土を割譲いたします。その代わり、軍資金と兵を用立てていただきたい」と申し入れ、再び皇帝を僭称します。まさに売国奴としかいいようがありませんが、いったん、権力への修羅道に落ちてしまうともう正道には戻れないものなのでしょう。こういう外国からの援助と引き換えに王位簒奪に成功した事例は結構あるもので、政(まつりごと)に王道はないのですね。

 しかし、彼の道は茨だらけ。帝国内にもアナトリアの地主貴族を中心に反バジリウスの機運は満ちているのですが、それらの声望の大半はなんということか、スクレロスとは別に反乱を起こしていたバルダス・フォーカスについてしまうのでした。私が彼だったら、もうぐれてしまいそうです。フォーカス家の方が代々、名将を生んでいる家系であり、名望、閨閥に勝っているのですから仕方がないといえば仕方がないのですが、可哀想。さらに挫折がもうひとつ。反皇帝陣営が二つに割れるのをフォーカスが懸念し、帝国二分をスクレロスに提案します。(いうまでもなく帝都はフォーカスの取り分) 手打ちのために会談を持ちかけられたスクレロスは周囲が止めるのも聞かずにうかうかと出かけていって、逮捕、監禁。前に2回も干戈を交えたフォーカスと協定が成立すると信じるのもどうかしているし、どうも急所で甘いです。

 フォーカスが倒れた後、反皇帝の輿望を集めますが、視力を失いつつあったこともあり、もはや彼は戦いを続けるだけの力は残っていませんでした。自らバジリウスの陣地に出頭し、降伏します。ここでバジリウスはあまりにも有名な言葉を吐きます。

「この老いぼれに余はこれまで怖れを抱いていたというのか!」

 まさに登る太陽と沈み逝く月ですね。

 この後に以前、ここで紹介した統治の金言をスクレロスは具申します。思えば、彼自身が帝位に就くようであれば彼は出身母体である軍事貴族と一線を画し、かかる金言にのっとり専制君主として振舞ったことでしょう。ひょっとすると彼は自分ではなくフォーカスを選んだ軍事貴族を最後に至って憎悪していたのかもしれない、と想像するのですが、どうでしょうか。仮に、あの愚かな決闘に応じず、戦闘に勝利し、帝都を攻略したとすれば一級の皇帝にはなれたと思います。(でも海軍のないスクレロスには無理な相談ではないか、いう疑念もあるのです。。。)


 

PM 06:36:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | [歴史]

2005年04月28日  横歩取りの終焉(2)
 先週土曜日放送の銀河戦(渡辺竜王−木村七段)に新山崎流がでて、先手の渡辺竜王が快勝しました。この対局の方が先週金曜日の竜王戦丸山九段―羽生四冠戦よりも遥かに以前に行われておりますが、35手目の▲4五同桂までは同一手順。木村七段はそこで△9九角成。この手は、竜王戦の丸山−羽生戦の棋譜を読んだ時に私も当然考えたのですが、作った馬が封じ込められそうなので、よくないのではないか、と思っていました。

 第1図ではアマならば本譜の▲4六歩ではなく▲7七桂を選択する人の方が多いのでは、と感じるのですが、本譜の手順をみると4五桂を残すことが急所ということに思い至ります。さらに▲4六歩により狭かった先手玉に退路ができていることも見逃せません。

 渡辺竜王は3筋から攻めまくり、第2図の▲6一角が中原玉相手には頻出する決め手。木村七段は王位戦予選決勝でも佐藤棋聖に新山崎流により3筋猛爆を浴びて沈んでいます。こうして羽生四冠、木村七段と後手をもって実績のあった棋士たちをもってしても対抗しきれないところを見ると、中座飛車の将来には悲観的な空気を感じてしまいます。

 第1図の遥か前、▲3七桂が跳ねられた瞬間に△8六歩とか後手から動いていかないといけないのでしょうか。この場合は、先手玉の右側が完全に壁なので、後手もやれるように思います。でも、これもきっと研究され尽くしているのでしょうね。。。


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PM 11:41:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | [将棋(横歩取り)]

2005年04月27日  パリーグ

ロッテ     19 7 0 .731 −
ソフトバンク  20 9 0 .690 0.5
日本ハム    14 12 0 .538 4.5
オリックス   12 14 0 .462 2.0
西  武    11 17 0 .393 2.0
楽  天     5 22 0 .185 5.5

 プロ野球史に一時代を画した偉大なる阪急ブレーブスの不肖の末裔、オリックス。昨年は記録的大敗をつくりまくって、爪の垢ほども残っていた愛着が消し飛んだわけだが、今年は4位と大健闘している。でも、今、エースって誰なんだろう。

 と書きつつ、一体、お前はどのチームが好きやねん?と訊かれると、「阪急ブレーブス」と言い切る私には、今の楽天を語る資格はない。あ、ひとつだけ。村田兆次をリクルートするのはダメですか。(結構、マジ)


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PM 11:27:20 | Comment(32) | TrackBack(0) | [スポーツ]

2005年04月27日  名人戦第1局の備忘
 既に名人戦第1局祭りは終わっているような感じもありますが、その後の観戦記等から気になった記事をご紹介。

毎日新聞観戦記:
 「第1図で△9五歩とし、▲同歩△5五馬▲5六銀△4六馬▲8八玉△2二玉もあった。▲6五歩を森内名人は気にしたのだが、△2四歩▲6四歩△9五香▲同香△6六歩なら息は長くても勝ち味はあった」

 9筋突き捨てについては、エリオスさんが触れておられましたね。いずれにしても、見た目よりは先手に戦う力があるようです。

本日発売の週刊文春先崎エッセー:
「△8四歩(第2図)は好手」 なるほど。会話相手は佐藤棋聖。目のつけどころが違いますね。もう天秤は先手に傾いているとしか思えない局面ですが、羽生四冠が正着を指し続けるからこその結果だったのですね。

 こういう風に第1局について色々な見解が飛びかっているのをみると、第2局も両対局者がへとへとの状態で行った感想戦の内容以外にも何か正鵠を突くものがありえるのではないか(例えばBS郷田解説)、という予感がします。




PM 08:39:24 | Comment(22) | TrackBack(0) | [将棋(角換わり)]

2005年04月27日  昨日の結果から
○ 中村 修 谷川浩司 ● 王座戦   7連敗・・・早期の復活祈念
○ 三浦弘行 行方尚史 ● 竜王戦1組
 最近、本当によく勝っている。羽生四冠ともいい相撲が取れるのでは。
● 宮田敦史 川上 猛 ○ 竜王戦4組  おや?
○ 近藤正和 熊坂 学 ● 王将戦    上がるものと落ちるもの・・・
● 矢内理絵子 中倉宏美 ○ 女流王位戦  おや!



PM 08:22:51 | Comment(129) | TrackBack(0) | [将棋]

2005年04月27日  名人戦タイに
 名人戦は森内名人が久しぶりの対羽生戦勝利で1−1になりました。去年の名人戦第4、5局に匹敵する難解な終盤でした。ここまでのレベルに来ると。歴史上の名画がその解釈をめぐって後世に至るまで論争になるように、一手一手の意味、形勢判断について議論が続くのではないでしょうか。(名人戦第1局についてもその後、色々な見解が出ていますね)

 以下、備忘。

 第3図の▲2一竜には驚きました。(驚いた手を一々取り上げていると切りがないのですが) 桂馬は後手玉を寄せるのに必要な駒とはいえ、2一竜はこの瞬間、遊び駒。加えて先手玉は早々に▲7七玉と逃げ出しておきたいのが本能です。大した見切りですね。

 第4図。この時点では羽生四冠の勝勢という見解だったらしいのですが、私は「本当?」と思っていました。先手の竜の最適場所が3一なのか3三なのかはっきりしなかったからで、3三に移動したので「大駒の利きが逸れた」とは断言できないのではないか、と感じたのです。それから、何だかんだいっても後手の攻め駒は3枚しかなく、歩も立たないのですよね。実際の形勢がどうだったのか、興味があります。

 第5図。金(この場合は成銀)を斜めに誘え、の格言通りの好手。継続して▲6六香の瞬間、銀が質駒になっているので△3九竜の一手。これで手番が入れ替わりました。何とも見事。△同成銀で△7九馬以下やけくそで突撃しても後が続きません。ただ、「△3九竜の一手」と書いても、もし△6二金打だとどうやって先手が勝つのか私の腕では分からないことを告白しておきます。

 第6図。私などは▲7五桂としてしまいますが、先に香車を成ってから▲7五桂ですか。王手は追う手のような手ですが、私にはその後の▲7三香成が見えませんでした。

 これだけの勝ち方ができる名人が不調ということはなく、少なくとも王将戦や棋王戦のようなワンサイドにはならないですみそうです。唯一、羽生四冠の手で分からなかったのは68手目の△4七銀成でした。直ちに△3五角と打てば、本譜と一手違っているはずですが、途中下車をしなければならない特段の理由があったのかと訝っていたのですが、BS解説を聞いて氷解。なんと▲5八玉があるのですね。すごい受けです。

(できればこのブログをお読みの方にお願い)
 今週土曜日のBSの囲碁将棋ジャーナルを観ることができません。(ビデオ撮りも事情がありできません) もし、どなたか名人戦の解説をご覧の方がおられれば、コメント欄に概要を書き込んでいただけないでしょうか。

 

AM 12:49:47 | Comment(29) | TrackBack(0) | [将棋(角換わり)]

2005年04月26日  脱線事故
 尼崎の脱線事故、不意の災禍に遭われた方々にお見舞いいたします。せんすはもとが大阪の出身です。阪急宝塚線沿線の住民だったので、十三と梅田の間、淀川鉄橋上を京都線、宝塚線、神戸線が繰り広げるバトルが楽しみな子どもでした。

 尼崎の方はあまり事情がわからないのですが、関西の電車の速度は関東の電車とは段違いに速い、という印象を持っており(小田急線はラッシュ時には時速20キロくらいまで落ちてしまう)、関西の鉄道は日本一、と思っていたのですが、こうなってみるというまでもなく安全>速度という当たり前のことを再認識します。

 報道では運転士さんの暴走に原因があるようなトーンですが、それのみが原因であそこまでの事故になったのか、車両自体には欠陥がなかったのかをよく検証してほしいものです。車両の欠陥がないことが明白になるまでは減速運転してもかまわないのではないか、とせんすは思うのです。



PM 09:41:00 | Comment(183) | TrackBack(0) | [ニュース]

2005年04月26日  名人戦2日目夕食休憩まで
 名人戦の二日目夕食休憩前までの手順についての感想です。

 私が想定した手順が全く当たらない。(当然だが) 私は、先手は7七銀、7九玉の2手が指される前は戦闘に入らないのではないか、と思っていました。封じ手の局面だと8八銀と8二銀はほぼ等価。7八金<6一金。飛車どうしを比べても内側にいる後手の方がよい。但し後手には進展性が欠けているので挑戦をかわしていけばいい、と。従って封じ手△3五歩に対しては▲4七銀と予想したのですが、その場合は△4五歩の歩交換以下飛車を4四に移動されるのがいやだったのでしょうか。この辺りの駒組みの感性は勉強になりそうなので、解説を注目しています。

 喧嘩を買って出た森内名人でしたが、どうもうまくいかない。第1図で▲7七銀以下自陣強化をしたいところですが、なぜかそうはしない。後手から△4三金以下強硬に反撃されると4筋における戦力が違うため負けてしまうのでしょうか? よく分かりません。それでも9筋を突くよりはましではないか、というのが普通の感覚。観戦記で「普通ではだめな理由」を触れてもらえればと思います。結局、封じ手以降銀が動くだけに終始した森内名人に対し、金を引き寄せた羽生四冠は作戦勝ちが明白になりました(と思う)。

 しかし、その後も、目を疑うような手ばかり出現。後手は銀冠ができるまで本格戦闘を引っ張れば自然と勝ちになる、と思ったのに、羽生四冠はさらに攻撃を重ねます。そして第2図から、角を切り、奪った銀で飛角両取りをかけた羽生四冠。対局者名を伏せれば「5級の手ですか?」といわれそうですが、例外適用への嗅覚が尋常ではない彼が指した以上、日本海溝よりも深い理由があるのでしょう。

 居飛穴、矢倉党の私にはどうも玉の安全に対する感性の違いすぎに着いていけず、観るのも大変な将棋です。


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PM 09:07:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | [将棋(角換わり)]

2005年04月25日  ゴルフ日記
 私のHP(この間、4ヶ月ぶりに更新をした。レイアウトも変更して、鯉のぼりをつけた)は開始して1年3ヶ月で20000ヒットちょいという弱小HP。このブログが1日4000ヒットだから、全然桁が違う。書いている内容というかトーンは変わらないのに、この違いはブログというツールがいかに便利で目につきやすいか、ということなのだろう。

 HPの方は、今、起きていることではなく、過去にあったことをまとめているだけなので、アクセス数が多かろうが少なかろうがどうでもいいことなのだが、HPの拙ゴルフエッセイを読んでくださった方から、「セントアンドリュースとカーヌスティにいくので助言を」という趣旨のメールをいただいた。メールの表題が「はじめまして」だったので、出会い系サイトのスパムメール?(1日に10は届く)と思ったが、何となく違うような感じだったので、ちゃんと開けてよかった。

 なんかうれしかったですね。アクセス数はどうでもいいとは思っても、私の感動を共有して下さる方がいる、というのは、とても気持ちを高揚させるものがあります。

 その方のゴルフ旅行がうまくいくといいなぁ。

<4169>


PM 09:29:30 | Comment(137) | TrackBack(0) | [ゴルフ]

2005年04月25日  今日、感心した手
 図の次の一手が森下九段自慢の一着。よろしければ考えてみてください。正解は白字で以下に。

 ▲4二歩が好手で、どう応じても形が悪くなります。△4三歩▲4七金△3六歩▲同金△3五歩▲2六金△4二金右▲2二歩がまた味がよい手で森下九段の快勝でした。こうやって、崩すものなのですね。

PM 08:00:20 | Comment(23) | TrackBack(0) | [将棋(角換わり)]

2005年04月25日  名人戦第2局1日目
 名人戦第2局が始まりました。恐ろしく進行が遅いのですが、感想はあります。第1図の▲3六銀には二年前から昨年にかけての森内名人の踏み込みを思い出させるものがありました。▲8三角を見せて、△8二銀を強要。後手の金銀はやや左右分裂傾向ですので、これをどうまとめるのか注目です。左金の牽引はできるでしょうが、3三銀はこのままでしょうか。

 先手は引飛車棒銀のような発想で駒組みを進められそうで、なんとなく雰囲気がよいですね。



PM 07:31:44 | Comment(881) | TrackBack(1) | [将棋(角換わり)]

2005年04月24日  NHK杯戦:先崎快勝
 ようやく二歩の一局が登場しましたが、投了してもおかしくない局面だったせいか、あるいはその場にいた人たちがスルーしてしまったせいか、去年の豊川−田村戦の時のようなインパクトがなかったですね。

 将棋の方ですが、相矢倉で先崎八段が▲3五歩と交換とでました。(第1図) 私などはこれには直ぐに△6四角と反発しますが(ほとんどのアマはそうなのでは?)、松尾五段は5三銀。以下、じっくり組み合って第2図になります。▲3七銀戦法で▲3五歩交換にいくとこうなりやすいので、第2図は私にとっては結構なテーマ局面です。理屈的には先手がよいはずなのですが、なかなか位の重圧がきつく私の腕では上手くいきません。でも、さすがにプロ。ここから先手は筋よく陣形を盛り上げていき、優勢に。一連の手順は見習いたいものです。

 それでもひとつだけ。第3図では端を攻めるよりも△3六歩ともたれた方がよいと思うのですが、だめでしょうか。

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PM 01:26:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | [将棋(矢倉)]

2005年04月23日  横歩取りの終焉? 
 昨日の竜王戦1組裏街道の丸山九段−羽生四冠戦は後手の羽生四冠が中座飛車に誘導したのに対し、丸山九段が新山崎流で仕掛け(第1図)、快勝しました。

 これで7冠ドリームは当分、お預けです。神ならぬ身、百戦百勝とはいくら羽生四冠でも無理な話しですが、横歩取り党の私としては、百戦七十五勝の彼をもってしても、後手横歩取りでは勝てなかったということが気になります。

 先週の毎日新聞夕刊でもC2順位戦の堀口−飯島戦が後手番の飯島五段の自戦記で掲載されていたのですが、彼はこの局面で△3五同飛と指しました。「疑問。△4四角や△3六歩を考えるべき」という趣旨の感想を残しています。結局は逆転したのですが、途中は大苦戦。

 ではと、△3六歩を指した人もいますが(村山四段、高橋九段)、相手が強すぎたのか(山崎六段、三浦八段)、それともこの手も疑問なのか、後手側はあまりいいところなく敗退。

 羽生四冠が指したのは最後の手段(?)の△4四角(私もこの手を指したことがある)。しかし、どうもぱっとしませんでした。ひょっとして新山崎流は中座飛車を終わらせる戦法なのか、とやや心配なのですが、その割にはあまり流行していないのが不思議です。

 2003年の竜王戦1組の佐藤−高橋戦の第2図の仕掛けを見たときは「これで中座飛車は終わりか」と思ったものですが、そうではありませんでした。今回はどうなのでしょうか。中座飛車の使い手がどんどん減っているので、有力な対策が出てくるかどうか期待しています。

<3171>

 

PM 08:47:48 | Comment(15) | TrackBack(1) | [将棋(横歩取り)]

2005年04月22日  角換わり一手損腰掛銀
 最近は1図をよく見るわけですが、王将戦の郷田−羽生以外は全て先手勝ち。(公表済み棋譜に限ります)

 初期に現れた△8五桂〜△7三角の筋は(参照:2年前の竜王戦本戦谷川−山)、先手飛車先交換から2九に引かれると、どうもだめみたい。あの時は谷川王位(当時)は2八に飛車を引いたので角の直撃ラインに入ったわけですね。

 第2図は棋聖戦最終予選の井上−島戦。▲5六桂が好手で先手の快勝とのこと。最近、後手はほとんど勝っていないような印象がありますが、まだまだ流行るのでしょうか。

 私が後手をやると第1図の前に先手が定跡から離れていくので、アマならまだまだ使いようがありそうです。


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PM 10:46:33 | Comment(14) | TrackBack(0) | [将棋(角換わり)]

2005年04月22日  宮廷女官 チャングムの誓い 
 このドラマにはウチの奥さんがはまっているのだけど、昨日は話しの内容があまりにも悲惨になることが分かっていったので、私に観ておくように頼んで別室に退避。確かにかわいそうな内容だった。

 多分、同じ疑問を持った人は多かったと思うのですが、

・中宗(国王)は熱を出す前にアヒルを二回食べている。一回目はなんともなかったのだから、アヒルが熱の原因と主張するのは無理があるだろう。(これはどうせ理屈の通る時代ではない、ということでスルーしてもよいか)

・中宗はいつも食事を作ってくれたハン最高尚宮やチャングムの人柄や誠意を信じられない程度の王だったのだろうか。この国王は改革を志したものの結局は改革派を信じ切れず、巳卯士禍によってオギョモのような保守派に政権基盤を置いた人物。こういうとかわいそうだけれど、秀吉の侵略時に十分な抵抗を組織し得なかった一因となったことには違いはありません。アゲイン、国王は料理評論家だから、いいのか。この辺の内心の葛藤が描かれたらさらに厚みが出たと思う。

 この話し、まだ27話もあってどろどろ続くのですね。しんど〜


PM 10:36:52 | Comment(162) | TrackBack(0) | [テレビ]

2005年04月22日  バルダス・スクレロス
 スクレロスはヨハネス1世ツィミスケスの妻の弟だった人物です。

 この時代の帝国は、マケドニア王朝の嫡流が共同正帝の座につきつつも、有能な軍人皇帝が優位を占める皇帝として政権を握る事例が3度ありました。最初がロマヌス・レカペノス、次がニケフォロス・フォーカス、そしてヨハネス1世ツィミスケスです。結果的にみると、彼らは雇われマダムのように一代限りの政権であり、嫡流は綿々と維持されていました。

 976年にヨハネス1世が亡くなると、統治権は成人していたバジリウスと弟のコンスタンティヌス(この二人は皇帝ではあった。飾り物だけど)の元に戻ります。コンスタンティヌスは政治に興味を示さなかったので、実質的にはバジリウスの単独政権です。

 先帝の血縁者であるスクレロスは帝位に望みを持っていたようです。スクレロスは当時としては最も有能な軍人でもありました。ヨハネス1世が政権奪取をしてまもなく来襲したロシア軍を帝国軍総司令官として撃破(970年)。さらに先帝ニケフォルス・フォーカスの甥であるバルダス・フォーカスの反乱を鎮圧(971年) 世が世なら帝位は決して分不相応な野心ではありません。

 教科書的になるが、時代背景を書いておきます。

マケドニア朝正統、帝国政府文官=大土地所有者抑圧政策=元老院による皇帝選出―帝都市民による承認=バジリウス2世(976−1025)

地方軍事貴族=大土地所有=軍隊による皇帝選出への変革を希望=ニケフォルス・フォーカス(963−969)、ヨハネス1世(969−976)

 帝国では長らく「名字」というものはありませんでした。継承すべき家系がなかったからです。マケドニア王朝創始者のバジリウスにも名字はありません。9世紀の終わりごろ、帝国を巡る諸情勢が安定するようになってから、状況が変わります。有力者による土地兼併が始まり、権力、富を継承する家系がアナトリア地方に現れるようになり、軍人としても力を見せるようになります。こういう家系のものであれば、さらに高みをめざそうとしても不思議はない。フォーカス家はその代表で、既にレオ・フォーカスがロマヌス1世と帝位争いをして破れていますが、ニケフォルス・フォーカスは帝都の文治派との抗争に打ち勝ち、帝権を奪取。動きが具体的になってきます。

 スクレロスもそういったアナトリアの軍事貴族の利益を代表する人物でした。彼はバジリウスが即位するや直ちに挙兵。(976年) 彼の気持ちを忖度すればこんなところでしょうか。

「帝国は相変わらず四方の諸族に狙われており、強力な軍隊が必要である。18歳のバジリウスには荷が重い。今、実際に兵を養っているのは我々アナトリアの軍事貴族である。そもそも、帝国がこれまで安泰であったのは我々の力であり、マケドニア王朝の力ではない。先帝の御世を支えた私こそが皇帝に相応しいのである。帝都の元老院や市民の意向など何の関係があるか」

 このブログでは帝国の国制上、皇帝選出は元老院が選び、市民が承認し、軍隊は歓呼するだけ、ということをご紹介してきましたが、軍隊には「もっと発言権を認めてくださいよ」という言い分が底流にはあり、この時期、対外戦争に勝利するようになってから表面化してきたのですね。

 長くなったので、ここで一度、切ります。どういう風に、スクレロスの野望が潰えるかは次回。


 

PM 08:33:52 | Comment(209) | TrackBack(0) | [歴史]

2005年04月21日  アタックNo1
 今日は家で頼まれた原稿を書く。妻がアタックNo1をみているので、何とはなしに眺める。アニメを何度観たことだろうか。

 公式サイトはここ

 船越英一郎。。。似過ぎ。

 バレーボール選手達。。。これで女子高生?



<3812>

AM 12:02:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | [テレビ]

2005年04月21日  石田流新定跡 (鈴木大介)
 関連エントリーはこちらです。それからAmazonの注文ページはこちら

 この本を薦める人がいたので、私には全く無縁の戦形(後手番の時、私は必ず△3四歩だから)ですが購入しました。棋王戦の鈴木−安用寺戦では、図で▲同角と応じ、鈴木八段は完膚なきまでにやられてしまったのですが、当時の観戦記には「結果的には疑問。▲5六角△4三玉▲4六歩△5四歩▲8二角成△同銀▲3六歩、もしくは▲5六角△2二銀▲8三角打△7二金▲6五角引成で力将棋」という趣旨のことが書いてあったようです。

 本では▲5六角△4三玉▲4六歩△5四歩▲8二角成△同銀▲9六歩から端を狙う手順を推奨しています。色々な可能性があるのですね。

 でも、鈴木八段はこの将棋以降、新石田流を指せていないと思います。(さすがに全棋譜を持っているわけではないので定かではないけれど) 新定跡を出しながら白星ひとつも稼げていないのであれば、升田賞も慰めになるでしょうか。

 所司六段も東大将棋シリーズで石田流の本を出しているはずですから、対比してみると面白いと思います。



PM 07:45:01 | Comment(27) | TrackBack(0) | [将棋(三間飛車)]

2005年04月20日  相横歩 (ヘッポコ自戦記)
 私の実戦で相横歩が出てきました。指してみた感想などをまとめてみました。私が先手番です。先日取り上げた棋聖戦最終予選の▲飯塚−△三浦(勝)戦を自分なりに検討した結果、総交換の▲7七銀型で十分やれるとの見解が再強化されたので、堂々と喧嘩を買ってでます。

 相手の方は第1図のように定跡の△8五飛▲8六飛を省略して△2八歩。この方が先手玉の7七経由の脱出ルートがないから、私のレベルでは正直なところどちらがいいのか定かではありません。進んで定跡から離れた第2図。馬を逃げる手はいかにもまずそうなので▲7二馬〜▲7三歩〜▲7二銀とお子様攻め。非常に感触が悪く、相手の方に何か準備があるのではとの疑惑が膨らむ。

 反撃を食い、第3図の対応に考慮。反射的に▲同金としそうになったが、△7八角で負けっぽいことに思い至り、▲9八玉とよろける。これが正着だったようで後手の攻めが届かなくなった。いくばくもなく勝利。

 後手玉は▲3四桂、▲4五桂で退路を塞がれるのを止めにくい。先手の攻防は考えやすいのに対し。後手は自玉の移動を気にしつつ、先手玉に種駒のない状態からの寄せを試みなくてはならない。やはり、正面から戦って先手に理があると思います。棋聖戦の挑戦者決定戦が羽生−三浦になったわけですが、この戦形が出るようだと一層面白いですね。でも羽生四冠相手に相横歩ではただでさえ厳しい勝負がより厳しくなってしまいますかね。

 この将棋に勝ってせんすは24のRが2200を越えました。めでたしめでたし。でも、このR点の人たちはほとんど15分+1分では指してくれないのですね。そういうわけで、最近は別の早指し用のHNで指すことが多くなっています。

<5402>


PM 09:26:34 | Comment(14) | TrackBack(0) | [将棋(横歩取り)]

2005年04月20日  敗れた挑戦者達
 偉大な君主と称えられる皇帝、国王は世界史を通してみればかなりの数になる。が、本ブログの歴史編で最初に紹介したバジリウス2世と例えば清の乾隆帝やフランスのルイ14世とでは、どちらも生まれながらの王者であったものの、だいぶ趣きが違っている。乾隆帝やルイ14世はその権威に対する挑戦者が皆無であり、その治世を通じて敵らしい敵はいなかったといってよい。余裕のある支配の中、両者とも文化の香りがする。翻って我がバジリウス2世の場合、その「在位期間」に文化の香りはあるが、ご本人にはまるでない。愛情豊かだったという話しも聞かない。(そういえば、新銀河帝国にも似たような君主がいましたな) 彼は乾隆帝の父親である雍正帝の系統の人物である。

 歴史ある帝国の君主は単なる「政治家」であってはならない、という人々がいる。(特に中国ではそうだ) 一理あるが、バジリウスの場合は3人の挑戦者が次から次へと現れ、彼に文化に耽溺する時間を与えなかった。

 彼の治世が輝いているのはそれらの挑戦者を全て退けたことにあると私は思う。大山康晴は升田幸三、塚田正夫、二上達也、加藤一二三、山田道美といった棋士たちを倒し大棋士としての名声を揺るぎないものにしたわけだが、だからといって大山に勝てなかった彼らに輝きがなかったということにはならない。これまでの羽生善治と谷川浩司、佐藤康光、森内俊之についても同じことがいえる。挑戦者がいるがゆえに王者はより輝くのであり、彼らなしでは王者の人生もまた退屈なものとなる。もとより、将棋と違い、「支配」は命のやり取りだから、挑戦者がいないほうが望ましいのであろうが、対立軸があるがゆえに、しばしば支配の質が一層改善されるものである。我が国の自民党政治も、党内で派閥による政策論争があったがゆえに、全面沈滞には至らなかったと私は思っている。

 歴史上大君主としての名声を確立するに至ったバジリウスに挑戦し、敗れていった男たち、すなわち、バルダス・スクレロス、バルダス・フォーカス、ブルガリア王サムエル1世、をここでは紹介したいと欲する。彼らの事蹟を発掘し、この文章を読んで記憶に留める人がひとりでもいればとの思いからである。

【バルダス・スクレロス】

「高慢な知事達の鼻をへし折りなさい。遠征中の将軍にはあまり装備、兵員を与えすぎないようになさりませ。理由などどうでもよいので、搾り取り、余計なことを考えないように追い込まれるのがよいと存じます。女性を国事に関与させてはなりませぬ。臣下と親しくするのはよくありません。計画は内心に留め、誰にも打ち明けられますな。。。」

 人生の宿望が絶たれ、自らの寿命も尽きかけているとき、人はどのように振舞うべきであろうか。特に自分に対する勝利者に対しては、ジレンマを感じるのではないか。

 上の発言は、バジリウス2世に対する反逆者バルダス・スクレロスが降伏した陣中でバジリウス本人に対して行った統治に関するアドバイスである。スクレロスは、最後の瞬間になって己の利益、欲得、誇りを全て取り下げ、宿敵こそが神の嘉したもう皇帝であることを悟り、皇帝のために衷心からこれを行ったのであろう。皇帝はこれを有益であると認め、その治世において参照したものと思う。

 これだけのことができるスクレロスがどういう人物だったか、次から徐々に書いていきたい。



PM 09:19:35 | Comment(235) | TrackBack(0) | [歴史]

2005年04月20日  日本経済新聞
 今朝の日経の一面トップは新ローマ法王決定を押しのけて「ドコモ、クレジットカード事業進出・三井住友系に出資」だった。

 読者筋にあくまでも忠誠を誓うか。でも、日経読者層の価値観はそんな話しよりもローマ法王の方を求めていたんじゃないか、と私は思う。どういう紙面構成なんだろう。

 しばらくして『ドコモ、クレジット参入「検討段階」 』の記事をネットで見つけた。。。


PM 09:07:36 | Comment(17) | TrackBack(0) | [経済]

2005年04月20日  朝、電車にて
 普段、私は超早朝出勤をしている。ゆえにこの数年、立って通勤したことがない。混雑電車がどれくらいしんどいかもあまり認識していない。

 今朝は普通の時間に家を出た。子ども(6歳)が電車通学をするようになり、同じ沿線のクラスメイトもまとめて連れていくように頼まれたのだ。乗っていた時間はせいぜい10分だったが、何とも殺伐としたものであった。

 途中で乗り込んできた、中年の女性がかなり大きなバッグを肩がけにしているのだが、そのバッグが子どものひとりの顔をぐいぐい押している。当然、間に割ってはいりますわね。そうすると不愉快そうな顔をするので、「小さい子に当たっていますよ」と申し上げる。知らんぷりんこである。 

 下車駅でマスクをした男がダッシュして降りようとする。その時、別の子どもを引っ掛けて背中から倒してしまった。ランドセルを背負っていたので怪我はなかったが、男はチラッとみたままいってしまった。黙っていってしまう、というのが信じられない。今度、同じ車両に乗りあわせたら足の一本も蹴飛ばしてくれるわ。

 ひょっとして子どもの分際で電車通学するなんて生意気だ、踏み潰してくれる、とでも思っているのかなぁ。まさか。でも、思い出すと、2年前の今ごろ私は足を骨折して松葉杖をついていたのだけど、千代田線を降りる時に空席を狙ってダッシュしてきたサラリーマンに突き飛ばされたことがあった。そういう心性が支配しているのかもしれない。

 通勤電車。粗野だわ〜(-_-#)


PM 09:01:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | [子育て]

2005年04月19日  朝日OP第2局:神がかり
 朝日OP第2局は羽生選手権者が山六段を土壇場で打っちゃり、2連勝となりました。

 今日の私はあまりネットにアクセスできなかったのですが、第3図の局面は確認しました。

 直前の実況によると、

「本譜、山崎は(2)▲5四馬と取った。羽生はすぐに△5七龍。控え室では、「逆転模様」という声が聞かれ始めた。」

とありました。「そんなばかな。▲5三銀が詰めろで先手玉が不詰みなのは明らかではないか。実況と局面が一致してないんじゃないか」と思ったところへ▲5三銀。名人戦第1局では「決め手と信じた△2四歩が実は疑問手だった」というヘボぶりを見せつけた私ですが、「この局面ではいくら羽生善治でも大山康晴でも天野宗歩でもどうにもならんわ」と確信し、外出。帰宅して何を思ったかはもうお分かりですね。山六段が即詰みを逃すとかあったようですが、一手一手を吟味することに何か疲労感を覚えてしまうというか、無意味ではないかというか、そんな気持ちになります。

 で、中盤の駒組みについて思ったことを少し。なんといっても第1図の局面での▲2七銀には驚きました。竜王ブログの今日のエントリーによると

昼食休憩後の△3五歩に対する▲2七銀は△8五飛を見落とした疑問手と思いましたが一歩損しても進展性の差で指せると見た山崎六段の大局観が素晴らしかったです。控室では後手が良いだろうと検討していたのですが進めていくうちにそうでもないことがわかりました。

ということですが、▲2七銀と▲4七銀の違いが私にはよく分かりません。手順を追っていけば、4筋に銀がいないために65手目の▲4五歩が可能になっているわけですから、効果はあったのでしょう。でも、そうなったのは第2図で△8五飛ではなく△4四飛としたからなのでは? 4四に飛車を置くと僻地にいったはずの先手右銀と正面から相撲をとることになるので、なんか方向違いのように思います。普通は先手左翼で戦うものだと思うのですが、△4四飛にはきっと深い理由があることでしょうから、どこかの観戦記で触れてくれればいいですね。

<3285>


(追記)▲2七銀としないと、後手の飛車が2筋に回ってきてぶつけられた時に対応できないということです。


PM 11:11:12 | Comment(21) | TrackBack(0) | [将棋(相掛かり)]

2005年04月18日  今日は更新なし
 日が変わってしまっています。

 今日は将棋関係者と飲み会。色々なお話しを聞きました。

 明日は朝日OP第2局ですね。なぜか急に不調になってしまった山NHK杯。力を見せてほしいと思います。

<3968>



AM 12:19:42 | Comment(12) | TrackBack(0) | [日記]

2005年04月17日  昨日の対局結果から
○ 羽生善治 堀口一史座 ● 棋聖戦 準決勝

 ついにここまできましたか。怖いけど、みたいです。



<4993>


PM 01:30:45 | Comment(19) | TrackBack(0) | [将棋]

2005年04月17日  NHK杯5月号


 NHK杯戦準決勝、決勝についての私の感想とテキストの観戦記を照合しました。

<決勝:羽生−山>
 真の敗着はテキストでご覧いただくとして、私の感想については以下の通り。図面は3月27日のエントリーにあります。

第1図:言及なし
第2図:本譜で問題ないそうですが、詳細は分かりません。
第3図:これは私のエントリーにおけるbegoniaさんとの意見交換がかなり核心をついていました。begoniaさんは「▲4二歩成が勝り、△5八角成▲同金△2八飛▲5二と△5八飛成▲7八金打で先手よし」のご見解。観戦記も同じ内容でした。(begoniaさんはかなりお強いのですね) 私はそこで構わず△5七桂成とされると後手がよいと思うのですが、うまい受けが先手にあるのでしょうか。
第4図:私の思った通りでした。

 テキストの観戦記の内容が週刊将棋や将棋世界と微妙にポイントがずれています。クロスチェックをかけると面白いですよ。(というかポイントが違うので、購読の必要があるわけですよ)

<準決勝:郷田−山>
 3月6日のエントリーの局面以前に先手に明快な勝ちがあったという記述はありましたが、図以下の先手の勝ち手順については個別に言及はされていません。私の感想自体はそれほどおかしくないと思います。

<準決勝:羽生−森内>
 この将棋のエントリーはこちらです。

 最終盤の△3六歩について詳しい記述があり、他の変化でも羽生勝ちではあるが、本譜よりはあやがあったので「敗着」だそうです。△3六歩を指した時の森内名人の表情、手つきに力がなかったので、私は負けを読み切ったのかな、という印象を観戦時に受けたのですが、ここは「他の変化」(△5三歩:私の第一感)を選択してほしかったです。

<女流出場者決定戦:中井−清水>
 この将棋は解説の屋敷九段の指摘が正鵠を突いていると思ったので、エントリーを立てなかったのですが、観戦記と照合してもその通りでした。屋敷伸之、さすがです。



AM 08:51:14 | Comment(16) | TrackBack(0) | [将棋(中飛車)]

2005年04月16日  週刊将棋の配達日
 先月から定期購読に切り替えた私。将棋タウンや将棋パイナップルなどで土曜日に配送されるのがレギュラーのような印象を持っていたのだけど、これまでの配送日は全て月曜日。

 これでは駅のキオスクで購入した方が早く読めることになる。

 疑問手だったのか。

 本当のところは何曜日に配送されるものなのだろう。

<4110>


PM 09:06:12 | Comment(22) | TrackBack(0) | [将棋]

2005年04月16日  名人戦第1局:郷田見解
 今しがた、囲碁将棋ジャーナルを見終わって、これはメモっておかねば、と思った次第です。

 第1図は後手が△2四歩と突いたところで、私はこれを好手と感じ(後手必勝とまで思った)、有料サイト解説等でも特段問題視する見解をみていないのですが、郷田九段によると「▲2五桂の嫌味は消せても、▲3四歩の嫌味は残っている。1手で嫌味を消しきれないのであれば▲2五桂を打たせたほうがよかった」とのことです。

 すなわち、△5五馬▲5六銀△6四馬とすれば

(1)▲5五角△同馬▲同銀△3七角が強打。以下▲同金△4九飛成▲8八玉△6九銀▲2五桂△3四金▲3五歩△2五金▲同歩
(2)▲2五桂△3四金▲3五歩△同飛成と余すべき。(TJさまのご指摘により修正しました)
(3)▲8八玉△7五馬▲5五角は△6四銀▲3八金△4九飛成▲3三
角成△4二金で後手に寄りはなく、後手が勝てる将棋。

 本譜は▲8八玉と入城を許してしまったために、青字の手順を本譜△6六桂の代わりに採用しても△4九飛成が王手にならず▲3四歩の反撃がある、従って△3七角の代わりに△3六飛成とスローダウンする将棋になるのが妥当。

 嫌味をいっぺんに消せないなら受けるな、か。こういう実例で示されると、目から鱗がぼろぼろ落ちます。

 *NHKテキスト5月号を購入したので、明日は以前に書いた感想との照合をするつもりです。



 

PM 01:57:01 | Comment(25) | TrackBack(0) | [将棋(角換わり)]

2005年04月15日  次の一手 「心得」
 竜王戦の棋譜を最近、全然読んでいなかったので、まとめ読みをしました。観戦記は整理して取ってあるもののそのままになっているので、ちょっとずつ吟味をしようかと。

 なんで関心が薄いのかな、と自分なりに考えてみると、竜王戦倶楽部のへたれぶりは置いておくとして、やはりトーナメント戦というのは最後の山場にならないと盛り上がらないからだと思い至ります。またトーナメントにしても、甲子園みたいに同一日に同じラウンドを戦うのと、少しずつ消化していくのだとどうしてもイベント性が違いますよね。(将棋の場合、一斉対局は無理な話だけど) あと、好きな棋士が消えればその期はそれまで、というのもありそうです。既に谷川、深浦、久保、山と消えてしまいましたね。

 だからといって指されている将棋の内容は濃いのですから(なんといっても最高棋戦ですから)、気合を入れて鑑賞したいです。

 前置きが長くなりましたが、流して並べていて急所に気がつかないままだったことを観戦記で知りましたので、自戒を込めて次の一手にします。図における正着と木村七段が指した疑問手を考えてください。正解は下に白字で書きます。

 実際の着手は▲5五銀。私は全く自然だと思ったのですが、この瞬間に△2五香と角を狙われておかしいとのこと。私はそうなっても、銀を取り6三に成銀ができて先手指しよいと思っていました。へぼ。

 正着は▲9六歩。聞いてみれば入玉の心得は相手陣への敵大駒の影響を減殺することにあるのですから、なるほどと理解できます。


<3483>


PM 07:03:00 | Comment(12) | TrackBack(0) | [将棋(相掛かり)]

2005年04月15日  ラベンナとシチリア
 ビザンチン風のモザイク画を見ようと思えば、第一に思いつくのはラベンナ。イタリアを旅行する人で実際にラベンナに行く人はどれくらいいるのだろうか。超特級のモザイク画(サン・ヴィターレ大聖堂のユスティニアヌス、テオドラ等々)はあるものの、ラベンナ自体には特に旧市街が残っているわけでもないし、グルメを楽しめるわけでもない。私はボローニャに泊まったときに日帰りで出かけたのだけれど、実は旅行計画段階では「そんなにすごいモザイク画があるのであればラベンナには2泊くらいしようか」などと考えていた。しなくてよかったですよ〜離婚されるところでした。駅からみえるのは殺風景な工場。ここがかつては帝国のイタリア支配の要衝とはとても信じられないくらいの零落振りですが、町があるだけまだましですか。

 シチリアにも素晴らしいモザイクがある。シチリアは12世紀のヨーロッパでは最先進地域だった。それ以前の時代でも、紀元前にはアルキメデスを生み出し、カルタゴ/ギリシャ、カルタゴ/ローマの争奪戦がここで繰り広げられた。ビザンチン帝国の宮廷が営まれたこともあり、その後もアラブ、ドイツ、アラゴン(スペイン)が奪い合い。豊かな農産地、海上交通の要衝であり、ギリシャ・アラブの文化が融合した列強垂涎の土地だった。

 でも、こういった輝かしい過去も今では信じ難い話だ。現代シチリアといえば、経済の立ち遅れもひどいが、精神的な余裕もどうなのかとすらアウトサイダーは訝る次第だ。整備が行き届かない道路網。2車線の道路をドライバーが勝手に3車線運用している。追い越す時には「とろとろするな!」といわんばかりに必ずクラクションを鳴らす。同じイタリアでも北イタリアではあまり見かけない光景だ。田舎の人々は非常にとっつきにくく、4つ星ホテルといえどもサービスは悪い。ホテルの食事にあたって消化不良を起こした私が市販の薬をどこかで買ってきてほしいと申し出ると、「コーラを飲めば直る」の一点張り。そういう効果はあるらしいが、4つ星ホテルでねぇ。。。アグリジェントでの出来事である。

 ビザンチン帝国だって1025年の強盛から50年も経たないうちにマンジケルトの敗戦に至ったのだから、最盛期から800年経ったシチリアが見る影もないのは当然。とはいえ、盛者必衰の理を目の当たりにすると悲しいものがある。


PM 05:59:24 | Comment(23) | TrackBack(0) | [歴史]

2005年04月15日  4月14日の結果から
○ 佐藤康光 鈴木大介 ● 王座戦 本戦1回戦  よし!
○ 丸山忠久 郷田真隆 ● 王将戦 残決1回戦  面白い将棋だった。
○ 中川大輔 山崎隆之 ● 王位戦 白組2回戦  今期全敗。。。
         (中略)
○ 千葉涼子 矢内理絵子 ● 女流王将戦 挑決  中継すればよかったのに。

 女流王将戦、第3局から第5局は将棋会館でやるんですね。どうせなら日曜日にすればいいと思うのですが、日曜は日曜で和室を使うのかなぁ。(私ごときでも日曜日に大した感激もなく特別対局室でアマの将棋大会で指したことのある口)


PM 05:53:20 | Comment(31) | TrackBack(0) | [将棋]

2005年04月14日  羨ましい
 アラブ首長国連邦では、大統領令により「5月1日付で政府職員に相応しい生活環境を与える為に、連邦政府省庁、軍隊、アブダビ首長国政府の省庁に勤める職員に対し、UAE国民は基本給の25%、非UAE人は基本給の15%の引き上げを行なう」ということですよ。

 我が国からもっていったおカネで潤っておられるのですね。でも、潤えば社会不満も収まり、地域の安定化には寄与するか。

 1%でいいから、せんす家にも還元していただければ、当家の不満も収まり、家庭の安定化に寄与するのですがだめですか、そうですか。



PM 11:53:50 | Comment(27) | TrackBack(0) | [経済]

2005年04月14日  名人戦についての各ブログ
 義七郎武藏國日記復活なったと金通信局を拝読。△6六桂に代わる手については色々ありうるのだろうが、花村元司九段の「駒得をしたらいったん兵を自陣に返すのがよい」(この教えは深浦本に書いてありましたか)が当てはまる局面だったように再認識しました。

 今日は軽めのエントリーということにしましょ。

<4824>


PM 11:43:40 | Comment(13) | TrackBack(0) | [将棋(角換わり)]

2005年04月14日  名人戦第1局(続)
 では夕食後の将棋です。

 第3図から△6六歩。なんか味のよい一手。続いて△4六香。BSの島解説によると「▲3八飛もあったと思うが、△4七香成▲3六飛△1八馬の時に飛車の横への移動が閉ざされている」 なるほど。

 第4図ですが、普通なら4九金を取らせている間に後手玉を寄せ切れなければおかしいとしたものですが、後手陣は右翼への逃走路もあり一気呵成に攻め落とすのは無理そう。でも▲4八金と手が戻るのでは、下段に飛車を打たれてさらに持ち駒を投入しなくてはならないので先手苦戦は明白かと思いました。本当のところはどうなのでしょうね。

 その後、△5四桂を利かして本来であれば3筋に打ちたかったであろう香車を6七に投入することを余儀なくさせてから第5図の△2四歩。この手は私でも当たりました。これだけ後手の言い分が通れば、あとは先手陣を攻めずに激辛に仕上げればいいはず。例えば△2二玉とか△5五馬や△6四馬(こっちの方が大山名人であれば推奨されるでしょう)とかですか。この局面を見て「後手必勝」を確信したわけです。だいたい、何回か書いていますが、私のようなヘボの予想が当たるようなら、局勢は傾いているとしたものです。。。

 森内名人はこの後、先手陣を攻めてしまったのですね。寄りがあったのかどうかは分からないのですが、1九馬や3九飛が参加しない寄せというのはなんか変な気がします。これらの大駒をより有効利用することが先決だったのではないか、とヘボなりに思うのですが、どんなものでしょう。▲3七歩はかなりの人にとってもひと目だと思いますが、▲6七金は大山名人ばりの強打。ここで飛車が二手かけて6二に戻るようでは後手変調かと思います。

 色々勝手なことを書きましたが、観戦していて次の手を読むのが楽しく、いい将棋でした。第2局からもこの調子でお願いします。 



AM 12:56:26 | Comment(12) | TrackBack(0) | [将棋(角換わり)]

2005年04月13日  名人戦:羽生先勝
 午後9時ごろに外出先でアクセスした時は「森内必勝」を確信していたのですが、帰宅すると羽生先勝になっていました。驚きました。こういう出だしだと、十八世名人誕生かな、と思ってしまいますね。。。彼相手に番勝負で先勝を許しながら最終的に勝った棋士がいないわけではありませんが、超少数派(第6期竜王戦佐藤康光、第28期棋王戦丸山忠久くらいでしょうか)です。また森内名人はこれまでのタイトル獲得は全て先勝した時のみという履歴もあります。2局目以降の巻き返しを期待します。

 私レベルではほとんど予想が当たらない将棋でした。分からないところが多すぎるので、以下、観戦記を読む時に備えてメモをしておきます。まずは夕食休憩前の局面まで。

 封じ手は△3五歩。であれば▲4六銀かな、と思っていたのですが、その後の展開はヘボ(私)の想像を絶するものでした。羽生四冠は左銀を5五に高速進撃。「実に雄大な指し方やなぁ」と思ったのですが、その後の展開をみるとどうだったのでしょうか。左銀が消えて薄くなった7筋を狙って△7五歩(第1図)は私でも想像がつきましたが、▲同歩に△6四角の組み合わせは私には思いつかない。桂馬が消えて手薄になった3筋を狙い後手好調な感じです。(この種の将棋は茫洋とした局面で急所を見つけなくてはならないのでヘボにはしんどいですね)

 馬を作られてどうも苦しそうな先手が繰り出したのが第2図の▲7七銀! ここで銀を投入するくらいなら最初から▲4六銀としておけばよかったのでは?と、ヘボは思うのですが、逆にいうと左銀を繰り出したために局面がほぐれたということもいえるのか? 先手を指しているのが他の棋士なら「あんさん、しくじりましたか」と思うわけですが、羽生四冠ですから何かとてつもない理由があるのではないか、とも思えます。

 以下、△1九馬▲3三桂成に私は△同金かと思っていましたが、名人は割りとあっさりと△同桂。△同金だと香車を渡しにくいという計算なのでしょうか。例によってよく分かりません。

 夕食後の手順については、次のエントリーで触れます。

 <4190>

 

PM 11:38:11 | Comment(12) | TrackBack(2) | [将棋(角換わり)]

2005年04月12日  いやはや
 日曜日の拙ブログの疑問に窪田五段が懇切丁寧に解説されたのを今の今、知りました。勉強になりますね。

 渡辺竜王ブログで触れられた時よりも数倍驚いたのは、全然予期していなかったからだろうか。竜王の時は、コメント欄で教えてもらってみにいったので、耐性があったようです。

 ついで。ここで触れられている「外部人材の運営参画」ですが、(以前もこのブログか前の日記のどちらかで書いていると思うのですが)「将棋連盟には外部人材に払うお金がない」(by丸田祐三九段)。優秀な経営者をフルタイムでひっぱってくるなら経費込みで最低でも5千万円(実際にはこの金では誰も取れないと思う)。ひとりではしょうがないから、スタッフ込みだともっとかかってしまう。

 それを支えるだけのマーケットの拡大があればいいのですが、現実の将棋関連市場は縮小均衡傾向。手弁当で引っ張ってこれるような人が具体的にいれば何もいうことはないのですが。。。



PM 09:29:24 | Comment(25) | TrackBack(0) | [将棋]

2005年04月12日  名人戦第1局第1日目
 本日始まった名人戦第1局は進行がかなりゆったりしています。王将戦で振飛車を連採して、芽が出なかったからでしょうか、後手番の森内名人が一手損角換わりに誘導しました。封じ手局面では開戦までまだ間があるので、初手からの数手について考えてみました。あまり内容はありません。

 ▲7六歩△3四歩▲2六歩△3二金の出だし。私も時々、後手一手損角換わりをしますが、4手目はほぼ例外なく△8四歩で▲2五歩とするのをみてから△8八角成を決行します。これだと▲2五桂がないのに対し後手は△8五桂があるでしょ、という、本戦法初期の主張そのままの指し方です。先手が素直に腰掛銀にしてくれると、なんとなくメリットを感じます。

 この出だしに対して先手は棒銀にしたり早繰り銀にしたりして一手得を主張もできます。こうなると、一手損のメリットがあるかどうかよく分かりません。私が自家製DBを見た限りではあまり後手の勝率はよくないみたいです。必ずしも後手が惨敗しているわけではないのですが。

 本譜出だしの5手目の局面ですが、6手目以降「坂田流にしてくれればうれしいな」「横歩取りでもOK」との思惑で私などは▲2五歩と突きますが、羽生四冠は▲7八金。

 この局面だと△4四歩としたくなるアマも多いのではないでしょうか。以下、矢倉に組み合えば後手の飛車先不突きが生きるのではないか、という思惑ですが、プロはやらないですね。角を4二に引くのでは損だし、5一だと作戦範囲が狭くなるからでしょうか。

 以下、本日封じ手図(第2図)までゆっくり進んでいます。この局面をみて参考図を思い出してしまいました。当然の理由によりあまり立ち入りたくはないのですが、△3五歩に▲4六銀とされ、後手が指しにくくなったわけです。明日も午前中はまったりモードではないでしょうか。

(なぜ毎日新聞はいつもいつも「羽生王将」と呼ぶのだろう。他の新聞はさすがにそこまで自社主催棋戦を全面に出していないので、差が際立ちますね)

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PM 08:19:28 | Comment(12) | TrackBack(0) | [将棋(角換わり)]

2005年04月11日  破壊の傑作
 山−富岡戦のその後です。今にして思えば、この将棋は週刊将棋でも取り上げられていたようです。忘れていたおかげで、面白く観戦記を追うことができました。

 第1図から▲3六歩〜▲4五歩と十字飛車狙い。コメント欄でbegoniaさんが書き込まれていた通りです。さらに第2図の▲3五歩以下△同金▲2四歩△同歩▲同飛△2三歩▲3四歩の強打であっという間に後手陣陥落。

 手順にすれば簡単ですが、第1図の局面でこれを組み立てられる人はどれくらいいるのでしょうか。控え室の誰もが予想していなかったということですので、私が予想できなくてもおかしくはないのですが、何かあることを知らない控え室と違い、何かあることを知っている観戦記読者の場合、もう少し切れのある読みをしたいものですね。

 でも、ひとつだけ。第2図で△2四金とよろけたらどう先手は攻めるべきなのでしょうか。私はヘボでよく分かりません。

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PM 10:26:25 | Comment(92) | TrackBack(0) | [将棋(相掛かり)]

2005年04月11日  勝手考察:12世紀末の帝国
 12世紀末の帝国の国際的地位について考えてみたい。

 コムネノス朝英主三代(まだこのブログでは取り上げていない。なまじ資料があると勢い任せで好き放題書く、というわけにはいかなくなる)治下、帝国の勢威は高まったようにみえた。「幻影の世界帝国」にあるように、世界帝国としての内実はないにしてもそれらしい雰囲気は漂わせており、侮りを受けることはなかった。帝国は、西ヨーロッパからくる十字軍にとっては貴重な作戦基地として機能しており、十字軍関係者たちはその滞在時に目にする帝都の威容と厚遇に感動したのではないかと思われる。十字軍が聖地で負ける度に「ギリシャ人の裏切りのおかげで負けました。ギリシャ人は反省しる」とか言っていたようで、これをもって第4次十字軍の種がまかれたという論調も多いようだけれど、そんなに深刻なものだったんかなぁ、という思いもある。さらに帝都の金角湾地域に居留地を確保したベネチアを始めとするラテン人はそれゆえに大きな富を手にすることが可能になったのだから、それこそ金のガチョウのようなものだっただろう。お互いが大好きだったというつもりはないけれど、ざっくり言えば、普通の関係だったと思う。

 そうした状況もアンドロニクス1世以降は変わる。一等地を占有するラテン人への帝都市民の反発はあまりに強く(東京でいえば銀座の数寄屋橋交差点周辺を米国人所有のビルで押さえられたようなものか? それとも破綻した金融機関を拾っては再上場利益を掠め取られたときに感じた気分か? きっとそれよりも当時の人々の感性は尖っていたに違いない)、マヌエル1世の時のベネチア人一斉摘発やアンドロニクス1世登極時のラテン人虐殺で相互不和は拭い難いものになった。さらに、アンドロニクスを倒したイサキオス1世に至っては十字軍の宿敵であるサラディンと通謀し、十字軍の進軍を阻害するがごとき動きを示した。こういう状況であれば、帝都に親ラテン政権を打ちたてようという欲求が西側に出てくるのも抑えがたいというものだ。加えて当時、戦争は悪ではなかったのだから「あいつら、うぜぇ! やっつけちまえ」という気分のまま走ったことについて、ラテン人には反省はなかったろうなぁ。

 もちろん、帝国側にも言い分はあって、「ベネチア人がのさばりすぎる」とか「帝都経由で聖地に遠征にいくのは勝手だけれど、なぜ帝国にその経費の大部分を押し付けるのよ、気分悪いぜ。。。正面から文句言えないから、裏でこそこそしてやろ」(なんか情けない)というところか。せんすの個人的見解ではあるが、ベネチア人の一斉摘発は帝国らしくない直接手段であり、もっと巧妙な策でベネチア人の失墜をはかってほしかったと思う。十字軍への妨害にしても(事実かどうかはわからないですよ)、西欧諸国とサラディンのいずれがより深刻な脅威であったか考えてほしかったとは思う。要は12世紀中ごろから帝国の外交政策は上手くいかなくなり始めていたのである。

(概説書を読んでいると、帝都にはユダヤ人やイスラム教徒が普通に住んでいたことに対しラテン人は「涜神だ!」とか不快に思っていて、これが原因で1203年から1204年の帝都攻撃に発展したというような話も出てきますが、同じような雑居風景は12世紀の聖地十字軍国家でも当たり前に見られており、ラテン人も不愉快ではあってもまぁ、これは受け入れていたのではないか、と私などは考えるのですが、どうでしょうか。)

 いずれにせよ、片方(ラテン人)が強くなるばかりのところに、もう片方(帝国)が思いっきり下り坂なのに金だけはあるとなれば、片方(ラテン人)の食指を刺激しない方がおかしい。弱い金持ちはいつの時代でもシャブられるさだめにあるのだ。

 ところで、塩野七生が「海の都の物語」で生来のベネチア好きを遺憾なく発揮してラテン人の帝都劫掠を正当化するような文章を書いているが、今、読み返して彼女は全く恥ずかしいと思っていないんですかね。彼女の文章は登場人物の会話がまるで「解説」なので、もう少し小説のいろはから勉強しなおすか、最初からエッセイとして書く方がいいと思うけれど、まぁそれはさておき、帝国臣民としては看過できません。他の文章については内容に感心することはあるにしても、あの本の該当箇所は論外であることを申し上げたい。



PM 10:15:39 | Comment(12) | TrackBack(0) | [歴史]

2005年04月10日  NHK杯戦:真田−阿久津:「飛車落ち」
 今日の「NHKの将棋の時間」はなんとはなしに雑談に心が和みました。講座の加藤九段のトークよし、NHK杯戦の木村―千葉の掛け合いもまたよし。木村七段のしゃべりは本当に面白く、頭の回転のよさを感じさせます。なぜ解説陣が雑談をこなさなくてはならなくなったかというと第2図の△8六歩着手までに阿久津五段がかなり考え込んでしまったからです。ここまではほぼ定跡通りのようですが、実は私には気になるところがあるのです。

 第1図で真田七段の着手は▲5六歩。解説陣は▲7六銀だと△5五銀〜△5六銀で後手の方がよいのでは、との話でしたが、▲同金△7六飛▲6七銀と手厚く対応して特に悪いとは思えません。(実戦例もあります)

 ▲5六歩に△5五歩と後手は合わせ、これに対し▲6五歩。これも激指4によると定跡手だそうです。でも、私はなんとなく先手陣が好きになれなかった。私は2八飛+4八銀の組み合わせはひどい悪形という認識を持っています。(別に誰か強い人にそう教わったからというわけではなく、自分ひとりでそう思っているだけなのですが) さらにその悪形が先手の真田七段とリンクするものがあって思い出したのが、このエントリーで取り上げた去年のNHK杯戦の神谷−真田戦。私は負けても△5五歩に対しては▲5七銀と上がりたい。実は悪手なのかもしれませんが、私の棋力では咎められません。実際に本局の先手は飛車落ちで戦うことになりました。去年、真田は飛車に触らないまま敗北していますので、何か痛いです。
 
 第2図の△8六歩では△8四飛が解説陣の本命。これに対し▲7五歩とした場合の変化ですが、△7六歩▲6八銀△3三角の手順が上げられていました。△3三角があるのに銀を6八に引くのはちょっと考えにくいのですが、△7六歩▲8八銀とする変化は省略されていました。この場合は△6六角と打つしかありませんが(他の手があるのでしょうか)、それはそれでいい勝負だったと思います。

 ところで、窪田五段のブログでこの将棋で何か異常な出来事があるのかと思っていたのですが、この将棋のことではなかったのでしょうか。気になりますね。

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PM 10:36:18 | Comment(19) | TrackBack(1) | [将棋(矢倉)]

2005年04月09日  朝日OP第1局追記
 今日はあまり濃い内容ではありません。

 BSの囲碁将棋ウィークリーに森内名人が登場し、掲題局の解説をしていました。名人は角交換向飛車に対し▲5六角と打つ構想にはどうも否定的な感じでしたね。後手が序盤をうまく指したとも。

 ▲5六角の先例局が竜王戦2組の中田−久保戦(3月29日)にあったのですが、この将棋のことを羽生四冠は知っており、山六段は知らなかったようです。相手が相手だけに、これでは厳しいのではないか、とへぼながら思ってしまいますが、第2局以降大丈夫でしょうか。

 それはさておき、中田−久保戦の手順ですが、第1図以降、先手は3筋の歩をぐいぐい進め、第2図に至って後手の飛車が疎外されている状況で決戦状態に持ち込むことに成功します。こんな風になってはさすがに後手がまずいので、朝日OPの△4四金型は3筋対策として有効なのでしょうね。とはいえ、▲5六角がそれほど悪いとは思えません。

*棋聖戦の本戦トーナメントに話題が及んだ時の、名人の三浦八段評が何とも微妙で面白かった。何となくですが、精神的にもゆったりしたものを漂わせているような感じ。そのまま、名人戦に入れば王将戦の時のようにぼろぼろにされないのではないか、とせんすは思いました。

【4月10日追記】 竜王ブログによれば、渡辺竜王は▲5六角に対しネガティブ。ふーむ。では、どうすればいいのでしょう。(まぁ、アマの実戦ではほとんど出てこないとは思うけれど)

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PM 04:30:47 | Comment(26) | TrackBack(0) | [将棋(向飛車)]

2005年04月08日  きっとすごい手順に違いない

 東京新聞に連載中の、王位戦白組リーグの山−富岡戦の展開を読むのがこのところ楽しみになっています。第1図が昨日の指了図。以下、持久戦移行を目論む富岡八段の思惑が山六段によって破られることが述べられていました。せんすには思いつかず仕舞い。今日の初手は▲6八銀。なるほど、手損を厭わず角道を通して戦うのか。

 その後の応酬により第2図になって今日の指了図。後手にはまだ危機感がないらしいのですが、この後、先手の攻撃で「ひどいこと」になるらしいです。

【要因】
・ 3三桂を狙われた。
・ △6四歩によって飛車の横利きを遮断したのがよくなかった。

 この結果、後手陣の破綻が発生すると示唆されています。どうすれば、そのようになるのか、帰宅時間に思案をめぐらしてみたのですがよく分かりません。まさか▲3六歩以下の桂頭襲撃が間に合うとは思えません。▲5五銀はいくらなんでも腰が伸びすぎ。第2図以下、山六段の手順がお分かりの人がいれば、まさにトッププロ級。よかったら考えてみてください。

 それにしても観戦記というのは書き方ひとつで随分違うものですね。この観戦記(原田史郎氏)は次の日の手順を考えさせてくれる構成でよいですね。それにひきかえ、「・・戦は・・・・」はなんか上滑りなんですよね。

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AM 12:01:43 | Comment(30) | TrackBack(0) | [将棋(相掛かり)]

2005年04月07日  朝日OP、羽生先勝
 今日、行われた朝日OP五番勝負第1局は羽生朝日(この称号、違和感巨大)が快勝しました。序盤から、非常に意欲的な指し回しでした。感想によれば、11手目以降、山六段は苦しいと思っていたそうですが、そうとしても、よりよいあやがなかったのか考えてみます。

 まず▲3四角と直撃を狙われた局面なのですが、△2四飛と催促するものなのでしょうか。角を切られた局面を考えると後手の飛車は下段に留まった方が守備力があると思うのです。とはいえ、放置すると▲2三歩があるのでだめか。玉側の金を奪われては普通、勝てないとしたものですが、△8二玉としては? ▲2三歩なら△4三銀打。。。クソ粘りモードですが、羽生四冠なら粉砕するでしょうね。

 この局面の前で、金銀交換に持ち込まれ、先手の金が4筋にいるのに、後手の銀が2筋にいましたが、この時点で早くも後手苦戦の形勢とは思えたわけです。序盤に問題があったのでしょう。

 「70手目の△同飛が悪かった」というのはその通りだと思いますが、△4九角で△6七角ともたれるのはだめですか(金を温存しておく必要があるので)、そうですか、だめですか。(▲3一飛△4一金▲1一飛成△7六角成に▲6五銀くらいですね) でも、本譜は▲4八飛が激痛を通り越しているので、もういけません。

 ところで今期五番勝負から、千日手に関する規定が一部改正され王座戦のような「一局完結方式」に変更されたということですね。となると、あの森内名人の提言による番勝負の千日手規定の変更は、棋士総会や理事会マターではなくやはり主催者マターだったということですか。(アンケートが後押ししたにしても)

 一体、誰が何を決める権限があるのか、去年の提言以降の推移を振り返ってみてもよく分からないですね。まぁ、森内名人の意向通りになったので私にとってはもう終わりつつある案件ではあります。

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PM 10:01:40 | Comment(12) | TrackBack(2) | [将棋(向飛車)]

2005年04月07日  ベリサリウス(2)
 北アフリカ、イタリア戦線で大功をたてたベリサリウス。しかし、彼の人生はまさに砂山を詰んでは崩されるの喩えがふさわしいものでした。

 彼の手腕が水際立っていただけに、ユスティニアヌスの嫉妬をかき立てました。なんといっても現実に皇帝推戴の動きまであったのですから。妻のアントニナは浮気癖が直らず、ベリサリウスの足を引っ張ります。なぜか皇后テオドラは彼を憎悪し、ユスティニアヌスの心の闇に毒を吹き付けます。ちょっと私には理解できない人間関係なのですが、テオドラとアントニナは極めて親密なのですが、なぜ友達の夫を中傷しまくるのでしょうか。

 ペルシャ戦のために東部への移動をしようとするベリサリウス。しかし、妻のアントニナがこともあろうに夫妻の名付け子と浮気。これで仕事に力の入る男がいたらお目にかかりたいものです。しかもテオドラはこの浮気を側面支援する始末。なんか爛れていますな。この件も色男の死亡で一件落着し(ひょっとして毒殺か?)、ベリサリウスはペルシャ戦線を何とか押し戻しますが、また一難。

 ユスティニアヌスが病に倒れます。この時、東部戦線にいた将軍達は「後継皇帝は軍隊の同意する人物であるべし」という協議をしたという噂が流れます。この時期の帝国国制上は無理な話(元老院が選び帝都市民が承認するのが皇帝推戴の手続きであり、軍隊はそれを歓呼して受け入れるだけの存在)ですが、テオドラは過敏に反応。関与したとされる将軍の一人を28ヶ月完全な闇の中に監禁して廃人にしますが、やはり関与を噂されたベリサリウスにはこういう手荒い真似はできません。彼を査問会に召還し事実上の軟禁。私財没収、地位剥奪。彼の名誉は汚されます。テオドラも権力維持に関しては結構、手荒いですな。

 しかし、彼が去った後のイタリアは東ゴートが再起し、再び泥沼。不敗の名将をいじめて遊んでいるような状況ではありません。そういえば、自由惑星同盟という国でも同じようなことをやっていましたね。時代に関わりなく、あまりにも有能な軍人の境遇というのは似たようなもののようです。ユスティニアヌスが本復したこともあり、彼は財産の「一部」を返してもらい、以前よりも「下」の役職をもらいました。全面回復ではないの? 私だったらもうぶちきれますけど、彼はそういうことはしません。以前よりも限定された権能の中でも彼はいい仕事を続けます。

 最晩年に至り、またもや謀反の疑いをかけられ、ユスティニアヌスが彼の無実を再度信じた頃にはその寿命が尽きていました。悪妻アントニアは天罰が下ることもなく、余生を全うしたそうです。ふざけるな。

 結局、使い勝手のいい人だったのでしょうか。ユスティニアヌスが彼のことを真に信じきっていたら私は10/10をつけてやったのですがね。劉邦が韓信を処刑した時と違い、狩りをしなければいけないウサギは山ほどいるのですから、信任できなくても信任したふりをして使い切るしかなかったと思いますよ。

 ベリサリウスは皇帝になったからといって将軍としてほど有能だったかどうかは分からないですから、後世の評価が絶大であることに慰めを見出したい、というのが私の気持ちです。


PM 09:39:34 | Comment(24) | TrackBack(0) | [歴史]

2005年04月06日  王将戦第4局(再追記)
 王将戦第4局の序盤・中盤について、ちょっと考えてみました。あわせて島ノートの該当箇所のあら捜しもしてみました。

 どちらも、振飛車側は
・左翼の駒の活用が全くはかられていない。
・9筋攻撃が開始されるのをのんびりと待っている。
わけで、大敗するのも無理のない陣立てです。

 であれば、逆のことをするしかないわけで、「左翼の金銀を進出させる」「9筋への飛車転換の前にできれば戦闘状態に入る」ことがポイントになるのではないか、と思ったのです。

 具体的には参考図のような布陣はどうか。以下△4三金を急ぎ、△5四歩〜△7三角を狙いにします。肝心なことは△7三角とした瞬間に▲9八飛と一手で移動されないことです。移動されてしまうと△1九角成と香得をしても玉頭を直撃されてしまいとても追いつきません。

 では△4三金の瞬間、いきなり9筋で開戦されてしまうとどうなるか。▲9六歩△同歩▲同香△同香▲同銀△9二香▲9五歩△5四歩▲9八飛△5二飛なんて変でしょうか。

 他にも振飛車側に色々な工夫の余地はあると思いますが、振飛車側は早めに動かないとかなり苦しい将棋になりそうです。どうすればよいのでしょうね。

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PM 10:57:44 | Comment(231) | TrackBack(0) | [将棋(四間飛車)]

2005年04月06日  誤植?
 今日、毎日新聞に掲載されたA級順位戦鈴木−谷川戦の観戦記で、以下の記述がありました。

「図から△6二角▲同角成△同金▲2八玉△4六角だった。次にと金の活用と△3六桂を見せたほうがよほどあやがあった」

 △6二角▲同角成△同金▲2八玉△5八香成▲同銀△4六角ではないだろうか。ただ▲5八同銀と取るものなのか、という気もするので、よく分からないです。

 実戦を見ていたときは直前の局面があまりにも後手苦戦だったので、むしろ図以下の展開はむしろ盛り返しつつあるのかな、と私は思っていたのですが、どうも違っていたようです。


PM 10:37:59 | Comment(19) | TrackBack(0) | [将棋(三間飛車)]

2005年04月05日  次の一手「勝負手」
 今日、日経に掲載された王座戦南−杉本戦の指了図です。観戦記によると「ここで角を逃げるようだと2九竜で先手は勝負所を失う。そこで南は勝負手を放つ。」ということなので、その勝負手を当てて下さい。

 なお、ウチの激指4(長考モード)は▲2八角と指し、以下駒を逃げ回ってぼろぼろになってしまいました。

 私の考えた手は明日、正解とともにご紹介します。(あんまり自信がない)

【4月6日追記】
 正解を書きますね。(白字で書くのでドラッグしてご覧下さい)

 正解は皆さんが予測したとおり、▲5五桂。私も「どうも苦しいな」と思いつつ、正解手を予測していました(^^)

 以下△4六歩▲4三桂成△5五角▲3四飛△3三歩▲2四飛と進行し、後手有利になったものの、そこで△4七歩成の正着を逃し△1三角としてしまったために▲2五飛と角を質駒にされてしまい、形勢混沌となりました。

 次の一手としては簡単な部類になってしまいましたか。



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PM 08:21:49 | Comment(104) | TrackBack(0) | [将棋(四間飛車)]

2005年04月05日  盤上のトリビア追記(中川流居飛車穴熊)
 以前のエントリー(これこれ)で触れた中川流居飛車穴熊の実戦譜を見つけました。朝日OPの中村−中川戦です。銀桂交換に甘んじてなおかつ居飛車穴熊が勝てるのか、というよりもむしろ勝負になるのか、というところが関心事であるわけですが、棋譜を並べてみると130手を越えてはいるものの振飛車側には特に危機はなかったように思います。

 中村四段は▲3七銀と上がって対応していますが(私は手厚く銀を打つ方がよいと思うけれど)、これに対して居飛穴からの有力な攻めがありません。とてもアマに指しこなせるとは思えず、「盤上のトリビア」の記事はこの部分については疑問符をつけることとします。

 結局、いくら玉側の桂馬と攻めの銀の交換だといっても、桂馬の使い場所が潤沢にあるような状況ではないので、駒台に乗った桂馬はただの遊び駒だと思うのです。それに対し、渡した銀は直ちに相手陣防衛強化に利用可能であり、この落差がそのまま指しにくさなのではないかと考えます。

 この将棋の対局日は昨年の9月11日。将棋世界の取材はそれより後のことと思われますから、どうも腑に落ちないです。


PM 07:55:16 | Comment(29) | TrackBack(0) | [将棋(四間飛車)]

2005年04月04日  右四間(王位戦:畠山−中川)
 第1図は白リーグの畠山−中川戦の序盤です。せんすは矢倉戦の5手目は▲7七銀と決めているので右四間にされることはないのですが(=▲6六歩としない限りは後手から右四間にされることはない)、▲6六歩とすれば、こうなる可能性はあります。

 観戦記には「▲同歩なら△8八角成▲同金△6五銀の狙い」とあるのですが、その局面の評価はどうなのでしょうか。なんとなく、後手が指しよいような書き方ですが、私には必ずしも先手が悪いとは思えません。▲7七銀と対抗して先手陣は潰れていません(よね?)

 本譜は第1図の後、駒組戦に入るのですが、後手陣は左美濃にできるのに対し、先手陣はどこまでいっても雁木。先手のメリットがないように思えるのです。であれば、さっさと6筋のあやを消してしまった方がいいのでは、と考えるのですが、どんなものでしょうか。

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PM 10:23:10 | Comment(27) | TrackBack(0) | [将棋(矢倉)]

2005年04月04日  ベリサリウス
 ローマ史(含む共和政時代)を通じて最高の名将。彼の赴くところ帝国軍は不敗であり、ユスティニアヌス大帝の西方奪回のほとんどは彼の手によるものといっても過言ではありません。にもかかわらず、彼の人生は悪妻アントニアの多淫、主人ユスティニアヌスの絶え間ない猜疑心、皇后テオドラの悪意に曝され、本来値するべき栄光に満ちたものとは言いがたいようです。

 彼の業績、人となりは後世の歴史の評価に値するべきものであり、その評価を知れば、彼も草葉の陰で少しは喜ぶことでしょう。ゆえに私もその一陣の隅っこに加わり、ベリサリウスという人について紹介したいと欲するのです。

*彼の人となりがよく伝わっているのは彼の秘書官であるプロコピウスが戦史、秘史(いわば裏本である。皇帝夫妻やベリサリウス夫妻の悪口でちりばめられている)のおかげです。

 ベリサリウスは既に若年の頃から嘱望された軍人でした。ペルシャ戦で軍功を上げ、532年のニカの乱(帝都市民によるユスティニアヌスに対する暴動)鎮圧に貢献しています。(こちらは戦場の働きではないので彼ほどの将軍にとっては功績にはなりませんね) 彼の本格的な戦歴は、534年北アフリカのヴァンダル王国を短時日のうちに征服したことから始まります。これほどの大領土がこれほど簡単に手に入ったことはどの国の歴史でもまれです。西方奪回は順調に開始されたのですが、後知恵でいえばここでやめておけば帝国は余力を持って次の時代に備えることができたとことでしょう。

 続いてユスティニアヌスはイタリアに国を建てていた東ゴート王国の親ローマ派政権が打倒されたのを機に介入開始。ベリサリウスは東ゴート軍をラベンナに追い込みますが、ここで帝都から休戦命令が届き驚愕します。これは東部戦線でササン朝ペルシャの攻勢が厳しくなったのに音を上げたユスティニアヌスが帝国最高の将軍であるベリサリウスに「お願い!助けてつかわさい」と救援を求めたのが真相です。それほどの将軍であるのに、ユスティニアヌスはイタリアにおいてベリサリウスの最高指揮権を付与せず、別働隊として送り込んだ宦官ナルセスとの間で統帥権問題を引き起こし軍の機能を損ねたりしているのだからいい気なものです。それはともかく、ここで休戦してはこれまでのイタリアにおける苦労がパァです。ベルサリウスは進退窮まります。

 ここに東ゴート宮廷から驚くべき提案が届きます。「ベリサリウス将軍を皇帝に推戴するので東ゴート軍と合流して下さらぬか」というのです。配下には帝国最精鋭部隊を従え、東ゴートの戦力を後ろにつければ、少なくとも西の皇帝として自立することは可能です。こういうおいしい機会が降ってくれば、「これは神の啓示であろう。ひとつ余が新世紀を創造してつかわそうかのう」などと飛びついてしまう人がほとんどかと思いますが、ベリサリウスはどうするでしょうね? 彼はこの提案を受け入れるふりをしてラベンナに入城、東ゴート幹部を捕縛してコンスタンティノープルに送還し、戦争にけりをつけました。お見事。そのままササン朝ペルシャと戦うために東部戦線に移動します。だが、彼にはまだまだ試練が待っていたのでした。(続く)



PM 10:04:37 | Comment(38) | TrackBack(0) | [歴史]

2005年04月03日  歳かなぁ
 志賀高原のことを少し。

 以前(10年位前)であれば、一日にゴンドラを20回は乗るような滑り方をしていましたが、ファミリースキーになってからはこういうのは絶対に無理。子どもはこんなに滑れない。

 去年などは3日券(12,000円相当)を購入したものの、実質は7,000円くらいしか利用できず泣いたものです。今年はリフト主体になる一の瀬、高天が原をパスして、焼額山第2ゴンドラ主体に滑りました。ここなら6歳の子どもでもストレスなく滑りを楽しめ、かつゴンドラで登るので身体も楽、3日券の回収も十分可能。私は東館山の林間コースやオリンピックコースとかも好きなのですが、発哺のゴンドラ乗り場の手前が狭くていやという声が多くて、主戦場にはできません。現地の関係者の方、何とか改善をお願いします。その他、本当は西舘山とかでお気楽スキーをしたい気分もあるんですけど、リフトなのでどうも後回しになってしまいますね。

 さて、来年以降、子どもが長い距離を滑ることができるようになったとして、今度はどうも私がだめみたい。奥志賀ダウンヒル(3キロくらいか)を2本連続で滑ったところ、2本目の途中からどうにも足腰の粘りがなくなってしまった。情けない。ヘボスキーだから余計に疲れるのでしょうね。

 最終日はもう滑る気にならずに(私的には前代未聞)、温水プールで泳いで、ラウンジでお茶をして、さくっと帰ってしまった。でも、それで正解だったみたいで、今日はたっぷり昼寝をしてようやく疲れがとれました。

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PM 06:47:23 | Comment(249) | TrackBack(0) | [スキー]

2005年04月03日  棋聖戦:飯塚−三浦戦【相横歩】
 将棋のエントリーを再開します。

 ようやく掲題の一戦の観戦記が掲載されたわけですが、ちょっと消化不良です。第1図までは定跡通り。そして▲7一飛△4二玉▲6二金△3三玉▲5二金△7六銀と挟撃態勢を築かれては先手思わしくありません。(30日以降の観戦記をまだ読んでいないので、この形勢判断の正しさについては請け負えないのですが、少なくとも私はそう考えました)

 本譜の手順は「先手が遊び金で後手の金を奪っているものの、後手玉は手順に3筋に脱出している」わけで、普通の状況であれば、へぼ級の攻め方です。では、プロ筋に第1図で▲3三歩としてはどうかということなのですが、観戦記にはもちろん解答が用意されていて、△3八龍▲7七玉△7六銀▲同玉△7八龍▲7七歩△8四桂▲8五玉△8三金で後手よし、とあります。

 でも、そこで▲7三角と王手をすると? 以下△4二玉▲3二歩成△同銀(同玉)▲8四角成で△9四銀は▲同馬。△9四同歩は先手玉が打ち歩詰形なので後手玉に必至をかけてよいし、△9四同金は▲7四玉で抜けてしまいます。私に読み抜けがあるはずですが、へぼすぎて分からないのですね。

 うーむ。


AM 09:05:18 | Comment(311) | TrackBack(0) | [将棋(横歩取り)]

2005年04月02日  志賀高原でスキー
 奥志賀高原にスキーに行ってきました。せんすは志賀高原が好きで去年も3月と8月に志賀高原に行っているのですが、どうも年々人出が少なくなっているような気がします。ゴンドラもリフトもウィークディということもあってかがらがらでした。

 標高が高いのでこの時期でも新雪があり(実際31日には結構降り積もりました)、雪質は折り紙つき。というか、世界屈指だと思うし(といいつつ私はヨーロッパとニュージーランドの雪しか知りません)、中央道の調布から高速利用で3時間半で奥志賀までたどり着けるほどアクセスはよくなっているし(以前はスキーバスでへとへとになりつつ行ったものです)、丸池から奥志賀まで横の移動が容易で便利がいいのに、なぜなのでしょうね。

 現地の人の話だと、
・スキー自体の人気の後退(電波系娯楽の増大)
・志賀高原の広報のまずさ
という要因があるのでは、ということですが、一級のクォリティがあるだけに頑張ってほしいものです。

 建物に突飛なものがなく、うるさい音楽が全くないゲレンデは、極めて居心地のいいエリアです。

<2328>


PM 08:41:42 | Comment(21) | TrackBack(0) | [スキー]

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名前せんす
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佐藤康光の棋界制覇、矢内理絵子の女流棋界制覇を切望するオジ将棋ファンです。とはいっても、棋士は皆さん、好きです。

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