せんすぶろぐ
将棋、歴史のオタクです。他の一般の話題についても折をみて触れていくつもりです。

2005年01月27日  取材の距離感
 A級順位戦の丸山−三浦の観戦記が連載されています。この将棋は深浦−三浦戦に続き相横歩取りに三浦が誘導したのですが、図で丸山が▲7七銀とせず桂馬を跳ねたため超急戦にはなりませんでした。

 一部を引用しながら、ちょっとぶーたれさせていただきます。

7七銀もあるが「これも簡単ではないので」と丸山

 その変化を知りたいので、一例だけでも書いてほしかったですぅ。関心があるのは横歩族だけで大半の将棋ファンの関心外であることは分かっていますけれど。。。

 その丸山が最近では後手番で横歩取りの将棋を全く指さなくなった。真偽のほどは定かではないが「後手番での横歩取りに自信の持てない順があるのではないか」といううわさが独り歩きしている状態だ。これがもし本当だとするなら、横歩取りの先手番には自信を持っているということになる。

 ここもその当人がそこに座っているので、「なぜ、後手で横歩を指さなくなったの?」と訊いてほしかったです。

 ひょっとするとまともな答えが返ってこなかったか、返ってくるはずがないとの強い確信があるのかもしれないのですが、取材者のうしろにはファンがいるわけですから、棋士たるもの答えると信じたいです。甘いかな? 手の内全部を曝せ、というわけではないのですが、かつては中座飛車の盟主だった丸山九段の見解は横歩族としては気になって仕方ありません。まぁ、結局彼は悪いと思っているからやらなくなったと推測できるわけで、その手順をいうはずもないのだから、訊いても訊かなくても同じかもしれません。でもだったら訊いてもいいですよね。

 あるいは訴えられた企業がよくいう「訴状を見ていないのでコメントできません」と同じくらい素っ気無い返事がくるのかもしれませんが、この場合は、それはそれでもいいです。これまで、コメント自体がなされていないのですから。

 私の会社にも新聞記者さんが出入りしていますが、彼らは極めてずうずうしくて(?)こちらの都合を全く忖度せずにあれこれ訊いてきます。そういう経済部の記者さんたち(恐らく政治部や社会部も同じようなアプローチと思う)と文化部の記者さんとかライターはかなり雰囲気が違うのかもしれません。個人的には、間合いが逆だったらいいのに、と思ったりします。


<2861>

PM 09:25:05 | Comment(14) | TrackBack(0) | [将棋(横歩取り)]

2005年01月27日  日本将棋用語事典
 本論のところへの感想は人それぞれだろうが(私にはぴんと来なかった)、各ページにある棋士へのインタビューはなかなか斬り込みがよく、面白く読めた。

 羽生二冠の「マジック」に対する発言は特によい。彼にはそういうラベルなんか要らないんですよ。羽生善治なんだから。

 いつの日か全集を作って、それぞれの手に対する思いを詳しく具体的に語ってほしいものです。

PM 08:44:31 | Comment(12) | TrackBack(0) | [将棋]

2005年01月27日  Romanos 機Lekapenos (920-944;廃位)

 私が学生時代に使っていた山川の年表には「簒奪者」と括弧書きされていましたが、今ではどうなんでしょうか。実際の彼は「簒奪者」ではありませんよ。信心深いいい人でした。

 この人の表舞台への登場振りは最低でした。対ブルガリア戦で海軍司令官として同盟軍のペチェネグ人部隊のドナウ渡河の任に当たるはずだったのですが、なぜか同盟軍を率いてきた帝国軍の将軍と合流するなり大喧嘩。結果、ペチェネグ部隊は帰ってしまい、総力を結集できなかった帝国軍は大敗北を喫してしまいます。

 にもかかわらず、彼はそれほど責任を問われませんでした。むしろ当時の幼帝コンスタンティヌス7世の実母で摂政だったゾエは信望を失います。彼女と愛人関係を噂された名門出身のレオ・フォーカスという将軍(この家系は優秀な軍人が多いのですが、彼はすかでした)も対ブルガリア戦で負けまくったし、また小アジアの貴族なものですから、帝都市民にはなんとなしに敬遠もされて、なぜかお鉢(信望)が彼のところに回ってきました。

 ロマヌスは幼帝の後見役となり自分の娘を嫁がせ共治帝に成り上がります。(なお、政争に負けたフォーカスは例によって眼球摘出をくいます。またゾエは実の子どものコンスタンティヌスが自ら摂政職を解くのを聞かされる羽目になりました。泣けますね。) もともとはアルメリアの農民だったそうですからたいした出世です。ビザンチンという国では10世紀くらいまでは有力家系が長続きしない、つまり支配層が頻繁に変わります。そういう社会ではどれほど低いスタートでも才覚と運に恵まれると皇帝まで成り上がることもありえるわけで、実際、そういういい思いをしたのは他にも何人もいます。この頃になると、高級貴族は帝都での権力闘争を避けて地方で地主になるようになり、国家体制にも大きな影響を残すわけですが、その辺の話しはまた今度。

 まぁ、ビザンチン皇帝というのは日本の皇室とかハプスブルク王朝とかを連想するのではなく、合衆国大統領をイメージしていただければいいですね。俳優をやっていた人でもがんばれば歴史に残る大統領となれる国、似てるでしょ。

 さて、皇帝になってもこの国では安楽なんてことはありえません。合衆国大統領が日々世論、同盟国、敵対勢力の向背に気を配りながら政治を動かしているのと同じで、この国の皇帝も日々政務を怠けるとあっという間に首が胴体から離れてしまいます。なんといっても帝都が「世界の半分」と称されるコンスタンチノープルですから異民族も鵜の目鷹の目で狙っています。

 このころの最強の敵はブルガリア帝国のツアー・シメオン。さらにロシア公イーゴリなんてのもやってきますが、和戦両様を使い分け講和に成功。帝国の威信も守られます。彼の時代は対外的に領土を拡大するには至っていませんが、大いなる時代への準備は十分仕込まれたといってよいでしょう。教会との関係も悪くありません。業績だけならAクラスです。

 でも、可哀想なことに、結局、国民は正統王朝の皇帝、コンスタンティヌス7世の方が好きなのでした。彼は書斎に篭って書物を読んでは書き物をしているだけの人で知的水準は帝国史の中でも上側3σ位のところに位置する人物ですが、実際のところ国民のために何かをしたわけではないのにです。こういう事例というのは案外多く、実力者対正統皇帝ということになると市民は後者についてしまうのですね。でもって、市民の向背が結局は帝位の行方を左右するので、いつも正統王朝が残る、という絵図になります。

 ロマヌスはコンスタンティヌス7世を殺そうと思えばいつでも殺せたのですが、そうはしませんでしたよ。后にやった娘がコンスタンティヌスの完全な味方だったこともありますが、恐らく自分の息子たちが下種だということがよく分かっていたのでしょう。確かに下種で、実の父親に対しクーデターを起こし、正帝になろうとしたものの、今まで曲がりなりにも後ろ盾だった父親がなければ、ただの下種。あまりの不人気ですぐに追っ払われた挙句、殺されてしまうのですから、自分の立場を弁えるべきでした。そういうことを考えると、ロマヌスは外道息子のコンモドゥスに帝位をくれてしまったマルクス・アウレリウスよりは人をみる目があったと思います。

 ロマヌスの点数ですが、9/10です。帝国にとってはいいことしかしない皇帝でした。最後を上手く着地していればと惜しまれますが、もう少し言及されて然るべき人物です。

PM 08:41:10 | Comment(12) | TrackBack(0) | [歴史]

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佐藤康光の棋界制覇、矢内理絵子の女流棋界制覇を切望するオジ将棋ファンです。とはいっても、棋士は皆さん、好きです。

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