せんすぶろぐ
将棋、歴史のオタクです。他の一般の話題についても折をみて触れていくつもりです。

2005年01月31日  相横歩と三浦八段
 今日、買った週刊将棋によると、棋聖戦最終予選2回戦の飯塚−三浦戦でも相横歩取りが出たようだ。飯塚六段は▲7七桂と跳ねずに▲7七銀としたので、例の華々しい変化に入ったと推測されます。しかも、後手の三浦勝ち。

 この将棋は1勝同士の対戦なのですが、まさか地味なので観戦記からパス、なんてことはないでしょうね。

 誰か、彼に取材をかけてほしいなぁ。多分、取材が難しい相手だとは思いますが、普段、三浦が情報ソースにしている若手棋士や奨励会員を記者に仕立てればきっと言いますよ、なんてね。

 これは半分冗談にしても、苦しいとされている戦形に敢えてチャレンジしている彼の姿勢は尊敬できます。やや世慣れていないところがあるように聞いていますが、そんなのいいじゃないですか。彼の姿勢は、将棋ファンの中では一部かもしれないけれど確実に横歩族の関心の的です。

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PM 09:49:01 | Comment(14) | TrackBack(0) | [将棋(横歩取り)]

2005年01月31日  ゴキゲン中飛車:佐藤−田村
 昨日はサボってしまいました。

 以前のエントリーでかなり疑問を呈した対ゴキゲン中飛車▲6六歩が再現されていました。あの時は、あまり先手の佐藤棋聖の意図が分からなかったのですが、本局は作戦が上手く当たって先手の快勝に終わり、かつ感想戦が「27分」もあったため、かなり伝わってきました。

 ただ快勝にも関わらず「佐藤先生なら▲6六歩としてくれるかな、と思って△3三角としました」(田村五段)、「他の人は真似をするかといえば疑問ですが」(島八段)と相変わらず否定的な評価。正統的な大局観は駒の損得を重視する森下九段のそれだとすれば、駒の働きを最も重視する(戦いの絶対感覚より)佐藤棋聖のそれは、場面次第では普通にみて「?」ということもあるのでしょう。実際にはその?と思える我々の感性よりも彼の感性が正しいことの方が多いのですが。(例として、去年のA級順位戦の対三浦戦が思い出されます)

 まず▲6八玉(第1図)とする理由は▲7八銀だと△5五歩と突かれるのが気になる、という趣旨の感想でした。でも、私のDBでは▲7八銀に△5五歩にした例はないので、普通に▲6八玉と受けてどういう問題があるのかよく分かりません。

 ▲6八玉△3三角に対する▲6六歩(第2図)に代えて▲7七桂は△7四歩が気になるらしいのですが、△7四歩をみてから▲6六歩とする方が結局は同じになるにしても含みを抱えているだけ、やや得かなという気もします。

 いずれにしても△3三角とせずに後手が普通の駒組みをすれば、局面が手詰まりになりやすいことには変わりなく、先手としては気苦労の多い将棋になってしまいます。ですから私が7手目に角交換に出ることは今後もないでしょう。

 では、後手がこの日の田村五段のように乗ってきてくれた場合の話しですが、それは先手結構面白いのではないか、と思います。理由は、局面の是非、というよりは将棋の流れがゴキゲン中飛車を指す人の嗜好に適っていないからです。「ゴキゲン中飛車を指す人の嗜好」というのがどういうものか特定するのは大変ですが、自分だけが角を手放し、相手の金銀が次から次へと前線に飛び出てくる(第3図)のを見たくはないのではないか、と。

 ゆえに、せんすは前言撤回をし、この指し方はかなりある種の居飛車党(多分、私も入ると思う)の好みなのだといいたいです。願わくば、日本シリーズの佐藤−久保戦のように新丸山ワクチンに対し普通の組み方を後手がした場合の佐藤棋聖の有力な打開策をみられれば、と思います。

PM 09:39:43 | Comment(13) | TrackBack(0) | [将棋(中飛車)]

2005年01月31日  OPEC
 たまには経済のネタも書きます。

 大方の予想通り、2700万バレル/日の生産枠維持。相場はこれを受けて軟化しました。でも、「50ドルになっても世界経済の成長にさほど脅威にならない」という見方が、サウジのヌイミ石油相からでているなど、高価格を是認する雰囲気が醸成されている点は注目されます。原油価格が上がって景気が後退するならそれは石油消費量を下げるので、産油国側も価格政策を見直すでしょうが、そうはなっていないのであれば「払えるのだから払ってね」となるでしょう。

 実際、皆さんが払っているガソリンにしても税部分があまりにも大きく、油価が15$/b(40%弱)上昇してもせいぜい20円/klしか値上がりしていないでしょう。値上がりしても遠出を差し控えてもいないと思います。代替エネルギー開発が急に進んだわけでもない。つまり、払えるし、払うつもりもある、これからも使うつもり、ということなんですよ。(一部で厳しい人がいるのは分かっていますが、そういうことを産油国の人は気にしない)

 考えてみると、今は水の値段>ガソリン価格です。手を加えられた工業製品が、命の源であり口に入る水との比較でどれくらいが妥当な価格なのか、というのはちょっとした飲み会の議論のネタとしては面白いのではないかと思います。

PM 09:28:20 | Comment(12) | TrackBack(0) | [経済]

2005年01月31日  NHK
 昨日、朝の5時半にラジオでNHK第1を聴いていたところ、上智大学の教授(名前を忘れてしまった)が1週間の新聞紙面を振り返っていた。(この時間はいつもこの番組だったと思う)

 NHK絡みの話題をどうするのだろう、と思っていたのだが、正面切って取り上げ、NHK首脳への厳しい批判をしていましたね。(顧問就任→3日で辞任、不払い云々)

 朝の5時半の生中継ではないと思うので、録音放送なのでしょうが、NHKの番組としてこういうものがそのまま放送されたことに少しほっとしました。(海老沢氏辞任以前にもこの件が取り上げられていたのかは知りません)

 だからといって魅力的なコンテンツが衛星放送に集中しているのは是正されないんだろうなぁ、くすん。

PM 09:25:54 | Comment(11) | TrackBack(0) | [ニュース]

2005年01月30日  NHK杯戦:佐藤−田村
 今、ビデオを見終わったところです。非常に感じるところがあるのですが、あまりにも眠いので、今日はもはやこれまで。明日、書きます。。。。ZZZZ

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PM 10:43:12 | Comment(939) | TrackBack(0) | [将棋(中飛車)]

2005年01月29日  陽動振飛車対策(雁木対策)
 棋王戦の森内−羽生の流れで、このエントリーを書くことにしました。

 私自身は陽動振飛車には矢倉にする気はしません。できれば竜王戦の渡辺−森内戦のように急戦を仕掛けたい、できなければミレニアムにして角筋を避けたい。

 そういう意味では、相手に少しでも陽動振飛車の含みがあるのであれば自分の左銀を7八(3二)に上げるのはいかがなものか、という気がします。銀を真直ぐ上げると、左美濃にするか玉頭位取りにするかしかないのですが、後者は相手の飛車先の歩をついているデメリットを咎めきれないのが気分悪い。前者は角の移動に1手が必要で急戦の旨みが減るし、囲いとしても堅くないのが不満です。

 銀を真直ぐ上げるのは相手が陽動振飛車ではなく、雁木にしてきた時に飛車先の歩交換を確実にするためのいわば本能の一手。ですが、雁木対策ということだと、飛車先交換はその分、駒組みが遅れるので中央で攻勢に曝される可能性が高くなります。歩交換のことは考えずに銀を斜め右に動かしておいた方が色々な含みが残りよいのではないか、というのが最近、せんすの考えていることです。

 雁木対策で飛車先交換しても平気ですよ、という見解をできれば聞きたいのですが、あまり本とかでもみかけたことがありません。当分はどっちになってもいいように銀を斜め右に上げようと思います。

 参考までに、図は昔のA級順位戦の升田−塚田戦。塚田九段はここで△3二銀とし、△4四角と2六歩を狙いにいきました。

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PM 05:19:24 | Comment(28) | TrackBack(0) | [将棋]

2005年01月29日  Nikephoros I (802-11)

 悲惨度では上から5人に入ると思われる。

 前任者は子ども殺し、売国奴にして帝国史初の女帝イレーネ。こいつの名前が出てくると私は罵倒をしたくなるのだが、641年に時の新皇帝の生母マルチナに「女の身の貴女がどうやって外国の使節を引見できるでしょう? 軍隊を指揮できるでしょう?」といって統治権のかけらも与えなかった誇り高き帝国が、それから150年しか経っていないのにこの馬鹿女にはよりにもよって正帝の地位を与えたのか? お前ら、本当に○○なしだ。

 失礼しました。

 イレーネが国庫を空にしてしまったので、帝国首脳は彼女を追っ払うことにしました。後継皇帝は財務大臣であった彼。もとより財政再建の手腕を期待されてのことであるが、帝国国境はすっかり騒がしくなっていました。全てのテマ(軍管区のこと)の軍隊を動員してブルガリア遠征。緒戦は成功したものの、とっとと帰らなかったので帰途隘路で完全包囲。「鳥になっても逃げられない」と嘆き、戦死。頭蓋骨はブルガリア王の杯になった。重傷を負った息子もなんとか戻って帝位を継ぐが、すぐに廃位、死亡。不人気覚悟(実際、不人気であった)で大増税をしてせっかく軍事力の再建を果たしたかにみえたがうたかたの出来事と化した。哀れよの。

 6/10。増税を口にするが実施する政治家は少ない。この人は国の環境を理解しそれをやった。当時、債券市場でもあれば軍事国債かなんかを発行することで増税を避けることはできただろうけれど、紀元9世紀の入り口ではね。軍事指揮を有能な将軍に任せておけばよかった。

 歴史をひもとくと案外皇帝親征、国王親征っていい結果を生んでいないみたい。思うに、親征の場合は「戦わずして勝てるだけの政略、謀略」が機能している必要があるのであり、将兵の士気を高めるための親征、つまり本当の意味で雌雄を決する戦いに臨む場合はまさに出たとこ勝負。よくない結果があってもおかしくないですよね。

 ゆえにビザンツ的には、軍事力強化はもとより、ブルガリア人の敵になりそうな民族に資金援助をするとか、ブルガリア国内に内乱の種を蒔くとか、経済制裁をするとか、といった手段の方が「らしかった」。「らしかった」策を放棄して、乾坤一擲の勝負をかけること自体が既に敗北の予兆であったと思います。同じような事例を1071年のマンツィケルトの戦い(ロマノス4世が国力を上げてセルジューク・トルコに挑んだものの惨敗)にみることになります。こちらの方はその内、触れます。

PM 05:08:49 | Comment(12) | TrackBack(0) | [歴史]

2005年01月28日  王将戦:羽生三連勝
 あっというまに3連勝です。2年前に佐藤王将が四番棒に負けたことを思い出します。

 今日の夕刊と毎日サイトの棋譜を追っかけただけですので、急所がどこかよく分からないのですが、森内名人は封じ手の▲2五銀が問題だったと振り返っています。

 私なんかはその一手前の▲7六銀がやや前のめりだったのではないかと感じていたのですが、どうなんでしょうか。いずれにしても△5五銀と出られて▲6七銀とバックするようではおかしいですね。

 私の相振飛車の実力は多分R点で1700くらいなので、どういう方針で先手が指すべきだったか考えあぐねるのですが、先手の指し方は攻撃主体なのに一方で矢倉も指向しており、やや突っ張りすぎなのではないか、と感じました。個別の手を云々するより将棋の作り方がどうなのか、という気がするのです。へぼアマの感想としてはどうかとは思いますが。

 この将棋は不調の棋士がいろいろと工夫を凝らしたもののうまくいかなかった事例になってしまうのかな、という印象を受けました。願わくば、早急な復調を。

(追記) 森内名人はかなり体調が悪かったようですね。

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PM 11:26:48 | Comment(37) | TrackBack(0) | [将棋(その他)]

2005年01月27日  取材の距離感
 A級順位戦の丸山−三浦の観戦記が連載されています。この将棋は深浦−三浦戦に続き相横歩取りに三浦が誘導したのですが、図で丸山が▲7七銀とせず桂馬を跳ねたため超急戦にはなりませんでした。

 一部を引用しながら、ちょっとぶーたれさせていただきます。

7七銀もあるが「これも簡単ではないので」と丸山

 その変化を知りたいので、一例だけでも書いてほしかったですぅ。関心があるのは横歩族だけで大半の将棋ファンの関心外であることは分かっていますけれど。。。

 その丸山が最近では後手番で横歩取りの将棋を全く指さなくなった。真偽のほどは定かではないが「後手番での横歩取りに自信の持てない順があるのではないか」といううわさが独り歩きしている状態だ。これがもし本当だとするなら、横歩取りの先手番には自信を持っているということになる。

 ここもその当人がそこに座っているので、「なぜ、後手で横歩を指さなくなったの?」と訊いてほしかったです。

 ひょっとするとまともな答えが返ってこなかったか、返ってくるはずがないとの強い確信があるのかもしれないのですが、取材者のうしろにはファンがいるわけですから、棋士たるもの答えると信じたいです。甘いかな? 手の内全部を曝せ、というわけではないのですが、かつては中座飛車の盟主だった丸山九段の見解は横歩族としては気になって仕方ありません。まぁ、結局彼は悪いと思っているからやらなくなったと推測できるわけで、その手順をいうはずもないのだから、訊いても訊かなくても同じかもしれません。でもだったら訊いてもいいですよね。

 あるいは訴えられた企業がよくいう「訴状を見ていないのでコメントできません」と同じくらい素っ気無い返事がくるのかもしれませんが、この場合は、それはそれでもいいです。これまで、コメント自体がなされていないのですから。

 私の会社にも新聞記者さんが出入りしていますが、彼らは極めてずうずうしくて(?)こちらの都合を全く忖度せずにあれこれ訊いてきます。そういう経済部の記者さんたち(恐らく政治部や社会部も同じようなアプローチと思う)と文化部の記者さんとかライターはかなり雰囲気が違うのかもしれません。個人的には、間合いが逆だったらいいのに、と思ったりします。


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PM 09:25:05 | Comment(14) | TrackBack(0) | [将棋(横歩取り)]

2005年01月27日  日本将棋用語事典
 本論のところへの感想は人それぞれだろうが(私にはぴんと来なかった)、各ページにある棋士へのインタビューはなかなか斬り込みがよく、面白く読めた。

 羽生二冠の「マジック」に対する発言は特によい。彼にはそういうラベルなんか要らないんですよ。羽生善治なんだから。

 いつの日か全集を作って、それぞれの手に対する思いを詳しく具体的に語ってほしいものです。

PM 08:44:31 | Comment(12) | TrackBack(0) | [将棋]

2005年01月27日  Romanos 機Lekapenos (920-944;廃位)

 私が学生時代に使っていた山川の年表には「簒奪者」と括弧書きされていましたが、今ではどうなんでしょうか。実際の彼は「簒奪者」ではありませんよ。信心深いいい人でした。

 この人の表舞台への登場振りは最低でした。対ブルガリア戦で海軍司令官として同盟軍のペチェネグ人部隊のドナウ渡河の任に当たるはずだったのですが、なぜか同盟軍を率いてきた帝国軍の将軍と合流するなり大喧嘩。結果、ペチェネグ部隊は帰ってしまい、総力を結集できなかった帝国軍は大敗北を喫してしまいます。

 にもかかわらず、彼はそれほど責任を問われませんでした。むしろ当時の幼帝コンスタンティヌス7世の実母で摂政だったゾエは信望を失います。彼女と愛人関係を噂された名門出身のレオ・フォーカスという将軍(この家系は優秀な軍人が多いのですが、彼はすかでした)も対ブルガリア戦で負けまくったし、また小アジアの貴族なものですから、帝都市民にはなんとなしに敬遠もされて、なぜかお鉢(信望)が彼のところに回ってきました。

 ロマヌスは幼帝の後見役となり自分の娘を嫁がせ共治帝に成り上がります。(なお、政争に負けたフォーカスは例によって眼球摘出をくいます。またゾエは実の子どものコンスタンティヌスが自ら摂政職を解くのを聞かされる羽目になりました。泣けますね。) もともとはアルメリアの農民だったそうですからたいした出世です。ビザンチンという国では10世紀くらいまでは有力家系が長続きしない、つまり支配層が頻繁に変わります。そういう社会ではどれほど低いスタートでも才覚と運に恵まれると皇帝まで成り上がることもありえるわけで、実際、そういういい思いをしたのは他にも何人もいます。この頃になると、高級貴族は帝都での権力闘争を避けて地方で地主になるようになり、国家体制にも大きな影響を残すわけですが、その辺の話しはまた今度。

 まぁ、ビザンチン皇帝というのは日本の皇室とかハプスブルク王朝とかを連想するのではなく、合衆国大統領をイメージしていただければいいですね。俳優をやっていた人でもがんばれば歴史に残る大統領となれる国、似てるでしょ。

 さて、皇帝になってもこの国では安楽なんてことはありえません。合衆国大統領が日々世論、同盟国、敵対勢力の向背に気を配りながら政治を動かしているのと同じで、この国の皇帝も日々政務を怠けるとあっという間に首が胴体から離れてしまいます。なんといっても帝都が「世界の半分」と称されるコンスタンチノープルですから異民族も鵜の目鷹の目で狙っています。

 このころの最強の敵はブルガリア帝国のツアー・シメオン。さらにロシア公イーゴリなんてのもやってきますが、和戦両様を使い分け講和に成功。帝国の威信も守られます。彼の時代は対外的に領土を拡大するには至っていませんが、大いなる時代への準備は十分仕込まれたといってよいでしょう。教会との関係も悪くありません。業績だけならAクラスです。

 でも、可哀想なことに、結局、国民は正統王朝の皇帝、コンスタンティヌス7世の方が好きなのでした。彼は書斎に篭って書物を読んでは書き物をしているだけの人で知的水準は帝国史の中でも上側3σ位のところに位置する人物ですが、実際のところ国民のために何かをしたわけではないのにです。こういう事例というのは案外多く、実力者対正統皇帝ということになると市民は後者についてしまうのですね。でもって、市民の向背が結局は帝位の行方を左右するので、いつも正統王朝が残る、という絵図になります。

 ロマヌスはコンスタンティヌス7世を殺そうと思えばいつでも殺せたのですが、そうはしませんでしたよ。后にやった娘がコンスタンティヌスの完全な味方だったこともありますが、恐らく自分の息子たちが下種だということがよく分かっていたのでしょう。確かに下種で、実の父親に対しクーデターを起こし、正帝になろうとしたものの、今まで曲がりなりにも後ろ盾だった父親がなければ、ただの下種。あまりの不人気ですぐに追っ払われた挙句、殺されてしまうのですから、自分の立場を弁えるべきでした。そういうことを考えると、ロマヌスは外道息子のコンモドゥスに帝位をくれてしまったマルクス・アウレリウスよりは人をみる目があったと思います。

 ロマヌスの点数ですが、9/10です。帝国にとってはいいことしかしない皇帝でした。最後を上手く着地していればと惜しまれますが、もう少し言及されて然るべき人物です。

PM 08:41:10 | Comment(12) | TrackBack(0) | [歴史]

2005年01月26日  スランプ
 ところで、森内名人は下の将棋が指された昨年12月3日頃は普通の調子でしたが、棋王戦挑戦者決定戦で羽生二冠に負けてから6連敗です。

 あれほどの棋士でもこういうことがに指されたこのあるのか、といぶかしい思いですが、そういえば彼は2年前も年末からひどい連敗街道に入り込んだことがありました。

 強い人がスランプに入るというのはどういうことなのか、不思議な気がします。なんといっても将棋は運動系の競技と違って怪我とかはないわけですから、調子の波は小さくてしかるべきと思うのですが、自分自身の将棋を見てもぶれはあるのは分かります。

 どういう理由でスランプは発生するんでしょうか。

 であれば、私などの普通の事業法人の会社員でも普段の仕事においても知らないところでぶれが出ているのだろうか、と思うのですが、正直よく分かりません。

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PM 09:06:15 | Comment(40) | TrackBack(0) | [将棋]

2005年01月26日  5四銀型四間飛車について
 持久戦における四間飛車側の銀の位置となると、。柑亜↓■柑諭僻展して5三)、5四というところが相場だと思います。どの位置も居飛穴側からみると苦労はあるわけですが、ちょっと整理してみたくなりました。

 ,狼鑒穴登場時に大山十五世名人が指していたやり方ですが、攻撃力がないので、四枚穴熊に組める可能性が高く、嫌ではありません。
 △録業車側から攻めてきてくれることがたいていなのでそれほど頭を悩ませる必要はありません。
 は旧型といわれていますが、6筋からの攻めもないわけではないので、完全な四枚穴熊に組むのは無理。飛角の通りもいいので下手な組み方をすると一気に捌かれる、というわけで、結構、悩みます。飛車を7筋に展開して▲7五歩から一歩を持って戦う手順とかが四間飛車の急所1にも出ていたし、去年のNHKの阿部講座でも取り上げられていたのですが、ちょっとした後手の工夫でだめになるので、大変です。

 まして穴熊でない時はますます指しにくい。そういう将棋が棋王戦本戦決勝▲羽生−△森内戦で出ていましたのでご紹介します(新潟新聞で今、掲載中)

 第1図は既に後手作戦勝ちの雰囲気の中、待つ手もない先手が仕掛けたところです。後手の角の利きが強烈ですが、以下△同角▲2四飛に△4一飛がいい感じです。振飛車党の方はこういうのは一目なのでしょうか。

 この仕掛けは居飛車党もよく検討する筋ですが、だいたい上手くいかないようですね。桂馬を跳ねずに3筋からいくのも3二飛の迎撃があるのでダメ。2筋はこのようにダメ。4筋は論外。玉頭方面も角銀がよく利いている。 

 この将棋は全く羽生二冠の強さが出ないまま終わってしまうのですが、組み合った段階であれでは止むを得ないでしょう。出だしが陽動振飛車だったのですが、もう少し工夫の仕方がなかったのかな、と思いますが、観戦記では矢倉に組んだこと自体は特に問題がないような書き方でしたが、かなり問題があるのでは? 例えば、2図で▲5八金としたこと自体がどうなのでしょうか。後手の右四間は消えたので陽動振飛車、恐らくは四間飛車の気配が濃厚。であれば▲5七銀右などを考えてもよかったのでは、と思います。
 
 陽動振飛車については後ほど、何かまとめておくつもりです。

PM 09:02:13 | Comment(244) | TrackBack(0) | [将棋(四間飛車)]

2005年01月26日  帝国の魅力
 そもそも、なぜ帝国ファンになったか、素朴なところを書いておきます。

 世界史の年表をみていると、多くの国が割りと短期間に滅亡していますよね。一代で築いたものの晩年には終わっているような国も多く、儚さを滲ませています。

 ひとつだけ、ページをかなりめくらないと国名が変わらない国があります。ビザンチンです。もとはローマ共和国から国制を引き継いでいますから、2000年。聖都コンスタンティノープルに遷都してからでも1100年。その間、やたらに「コンスタンティノープル攻囲」という文字が出てきます。どうやら、外敵に何度も襲われたにしては全て跳ね返していたらしい。何気にどういう国だったのだろう、と興味を持ったのです。

 乏しい本や資料を読んでも、大城壁、海軍によって守られた都、当時としては隔絶した商業の発達がもたらす活況、各地から参集する諸民族、強烈な政争など、魅力あふれるコスモスをイメージさせます。しかし、日本の歴史教育では帝国の比重は軽いといわざるを得ません。取り扱っているのは、遷都→ユスティニアヌス大帝(ローマ大法全)→聖像破壊→十字軍招請(この理由がエルサレムをトルコ人に占拠され、キリスト教徒の巡礼を妨げたから、とかもう論外な理屈をつけている場合もありましたね)→第4次十字軍で占領→1453年、オスマントルコ攻略、くらいではないでしょうか。

 文化面でも西欧のルネッサンスの下地を作ったとか、古代の優れた文明を保存したということに意義を説いている例もあります。でも、ビザンチンの文化はそれ自体が偉大なものであり、西欧のために存在していたのではありません。

 いい面を強調しすぎるかもしれないですが、帝国では

・政権担当者は失政しないよう絶えず緊張感を持って国事に当たることが求められた。(でないと悲惨な末路があるのみ)
・帝都民衆が一定の政治権力を持っていた。(帝都だけ、というところに、引っかかる人はいるとは思います)
・善政をしく施政者には惜しみない歓呼を送るが、へたれにはあらゆる誹謗中傷が飛ぶ辛辣な面ももっていた。
・非キリスト教徒にも一定の権利があった。
・10世紀までは出自に関わりなく社会を上昇する途が開かれていた。
・武力行使よりも外交交渉や政略、謀略を上に置く頭脳国家であった。
・必要な場合は、その巨大な経済力が担保する戦力の発動があり、効果を上げていた。特に強力な海軍をほぼ常時維持していた。
・帝都においては市民の関心を惹くためある種の政治ショーが行われ、退屈しなかった。
・帝都自体が数々の栄誉に包まれた建造物で埋め尽くされており、傑出した外容を誇っていた。

 挙げていくと切りがないので、この辺でやめますが、帝国が人類史の中でもかなり個性的な国家であることは間違いありません。今の世の中がともすれば多様性に対しやや器量の狭いところがあり、かつ極めて容易に武力を行使してしまう傾向があることを考えると、ビザンチン帝国の足跡をたどることは、意味があると思うのです。

 私自身の知識が浅薄ですし、筆力が不足しているところもあるので、その魅力を十分にお伝えしていないと思いますが、お付き合いいただければと思う次第です。

PM 08:42:50 | Comment(12) | TrackBack(0) | [歴史]

2005年01月25日  王将戦第2局
 王将戦の方ですが、昨日買った週刊将棋は第2局が特集でした。

 阿部七段が「△6五歩は軽率だったような気がします。(略) この辺のところは森内さんに訊いてみないと分かりません」との発言。当然、私は心の中でぶーたれます。「訊いてから取材を受けてほしい。取材側も森内に訊いてから他の棋士の見解を質してほしい」

クロスチェックをかければ理解が進むところだと思うのですが、なぜバラバラの取材を行い、読者に「解」を提示してくれないのでしょうか。締切りが切迫していたのだろうという想像はできますが、でも政治や経済の記事とかだと関係者のコメントをまず押えにかかるものだと思うのです。文化系はその辺の間口が異なるのでしょうか。

 この将棋も将棋世界とNHKテキストが頼みになりました。

 それはともかく、羽生二冠の対三間飛車居飛穴はちょっとでも真似をしたいものです。思い出すのは2年前の王将戦第4局。やはり引き角+4九金で三間飛車を撃破しています。(相手が痛いのですが)

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PM 10:36:03 | Comment(12) | TrackBack(0) | [将棋(三間飛車)]

2005年01月25日  竜王戦最終盤
 観戦記はいまや最終盤。以前のエントリーで検討した▲4四桂の変化は言及されていませんでした。
 感想戦では出ず、新竜王誕生の興奮の中で誰も話題にしなかったのではないかと想像します。

 あとは将棋世界とNHKテキストだけが頼りですが、恐らくは期待薄。。。



PM 10:20:26 | Comment(140) | TrackBack(0) | [将棋(横歩取り)]

2005年01月25日  「ステップフォード・ワイフ」
http://www.zakzak.co.jp/gei/2005_01/g2005012106.html

 来ていましたか。映画は来月封切りですか。
 配役からストーリーを読むことができてしまうのですが、そういうことを気にせず楽しめばよいでしょう。
 こういうケバイ映画はアメリカに限りますね。

PM 10:16:19 | Comment(41) | TrackBack(0) | [映画]

2005年01月24日  羽生−橋本戦追記
 昨日のエントリーで書いた内容について考え直してみました。

 つまり、橋本側が金を一段目に置いていたとしても6一まで行ってしまうと4二への利きがなくなりますから、3筋、2筋の順で歩交換が行われると、△3四歩(最低の手ですが説明上の便宜ということでご了解ください)▲2四角△2二飛の時に▲2三歩△同飛▲2五歩とされてしまうのではないかと。

 では6筋に圧力をかけるぞ、と見せながら後手の左翼もほどほどに配慮した布陣となると参照図みたいな感じでしょうか。バランスがおかしいですね。

 とはいえ、これでは▲6八角とは引けません。この形にしてから左金を動かせば、先手も仕掛けが難しかったのだろうか、と思います。

 テキストで言及されているといいなぁ。

<3876>

PM 10:39:51 | Comment(28) | TrackBack(0) | [将棋(四間飛車)]

2005年01月24日  例外適用
 棋聖戦最終予選の島八段−中原永世十段戦というちょっと注目度の落ちる一局から。
 
 第1図と第2図、後手の中原の手番ですが、正解手、お分かりになりますでしょうか。

 正解はどちらも△7七桂成。その心は第1図においては、「以下▲同桂△3一銀▲1五香△同香▲4三歩△同金左▲5五桂 △同銀▲同銀△3二桂と手堅く指すべきであり、そうなれば▲4六銀となりゆっくりとした将棋になり、悪くはない」というもの。第2図においては、「△7七桂成▲同桂△2四銀とする方が堅い。」というもの。

 以下、普通の話し。腰掛銀で△8五桂とされた場合に、上級者は7七銀の措置を一秒も考えず、中級者は暫く考えて銀をそのままにし、初級者は6八か8六かのいずれに逃がすかについて長考をするもの、という印象を私は周囲の将棋仲間から受けています。そして、逃げなかった銀に対し、手を出さずに9七を塞いでいることに満足して横から攻めるのが上級者、ノータイムで銀を取って喜んでいるのが下級者。これが相場だと思います。もちろん、銀があればものすごい効果が上がることが明白な場合は△7七桂成とするでしょう。また9筋の突き合いがない場合は事情が違うことも多いでしょう。

 第1図は少なくとも「明白な場合」ではなく、中原が「一秒も考えなかった」というのも無理はありません。(いや、このレベルなら瞬時に読め、というのは結構、言い過ぎかと思う) それに本譜のように△3六角とすればと金もできて入玉の雰囲気も出てきますもの。まぁ、本譜の通りでもいいのではという気もしますね。

 第2図以下は△2四角▲2六金△2五香▲3六金△同歩▲4三金と進んだのですが、▲4三金が私なんかには思いつかない手。それはさておき、△2四角は別の意味で私は選ばず、△7七桂成を選んでいました。恐らく▲2六金と打たれることには変わりないでしょうが、そこで△3七角と打つ角を温存したいように思ったのです。こうすれば2五を自分の駒で塞ぐこともなく、2六にも利かせられます。▲2七金にはかなり精神的には厳しいですが△2六角成とすれば(かなり変な手だ)、金気のない先手には入玉を止めるのはかなり難しいかと思うのですが、変でしょうか。

 こういう例外適用の局面を察知できるのが一流の証なのかとは思いますが、私のレベルだと例外適用の局面の認識よりも原則を身につけ、実践するほうが先だという気もします。

PM 09:52:36 | Comment(12) | TrackBack(0) | [将棋(角換わり)]

2005年01月24日  注釈康光戦記
 サイン本をようやく入手しました。ここまで購入を引っ張った甲斐がありました。

 将棋の内容の方は将棋世界の連載で読んだもの以外の対局も含まれており付加価値十分。ご本人のインタビューも、彼らしさがよく出ています。ちゃんと消化したところで、感想を書きます。

PM 09:46:45 | Comment(68) | TrackBack(0) | [将棋]

2005年01月24日  世界地図と世界観
 今日は雑文です。

 その人の世界観を知ろうと思えば、世界地図を描かせるのが手っ取り早い、と思います。うちの奥さまはちゃんと書けないことが分かっているので描こうとはしないのだが(日本地図もかなりアバウトである懸念もある)、恐らく、インドとかサウジアラビアがかなりいい加減かもしかすると省略されている可能性が高いです。

 さらに想像するとたいていの人はイタリア半島を正確に描けるだろうが、ユトランド半島やスカンジナビア半島はかなりアバウトなのではないでしょうか。私はというと、中高校生のころ山川出版の歴史図表を眺めて全く飽きなかったオタクですから、どの地域も概ね正確に描けます。別に自慢にはなりません。。。

 世界地図を描くという行為は、結構、いい気晴らしになります。小さなことでくよくよしている時とか、他の人の振る舞いがやたらに気に障る時は特によいですよ。ゴルフでやたらに前が詰まっている時とか、将棋でたどんばかり集まる時とか、いい気分転換になります。

 では帝国国民としてはどのような地図を描けてしかるべきか。全世界を描く必要はありません。

・小アジア−どこにあるかわからない人は直ぐに山川の歴史図表を読んでください。このエリアの認識なくしては、帝国史のみならずほとんどの歴史事象の認識は無理です。
・ペネポネソス半島−オリンピックをしたばかりだし、場所を特定できない人はさすがにいないでしょ。

 この2つが帝国の骨格を成す領域となります。次からオタクになります。
・ドナウ川−ここを領土が越えるかどうかが帝国の勢力盛衰の鍵であった。実際に越えていた時期は少ないが、どこに川が流れているかは国民であれば知らなくてはならない。
・キプロス、クレタ、ロードス−帝国海上勢力はこれらの島々を領有しているかどうかで判断された。帝国のそばにはあるけれど、クレタなどはサラセン支配下にあった時期も長いのだ。今になってみると、サラセンの影響度はそんなにあるとは思えないけれど。
・ケルソン−いきなりオタク度があがるが、黒海最深部にあるクリミア半島の港町だ。要人流刑先に選ばれたりするので、時々でてくる。ロシアの産品の交易で結構潤っていたという。ここを特定できれば、間違いなく帝国国民として住民票を交付されるであろう。

 この間、注文した「ビザンツ 幻影の世界帝国」を読んでいます。1700円を払った価値はあったという気がします。面白い文章もあるので、一部引用しながら感想をその内、アップします。

PM 09:40:56 | Comment(13) | TrackBack(0) | [歴史]

2005年01月23日  Konstans 供 641-668<暗殺>)
 この時代は「陛下! アラブ人に勝てません!」という時代です。この人は歴代皇帝の中でも西側指向が強く、いうことをきかないローマ教皇を逮捕、流刑にしたり、ローマを訪問したり(これをした最後の東の皇帝になった)、帝都を捨ててシラクサで宮廷を営んでしている。そういう反東方世界的な姿勢ゆえ、帝国臣民の受けは当然ながらよくない。

 東側の主要領土のシリア、エジプトがいきなり離脱したので、残った西側領土とコンスタンティノープルの連帯を固めようという発想だったと思うが、西は西でビザンツとは別の世界を築きつつあったわけですよ。そういう過去のいきさつを思い出すと、今のEU拡大の動きというのは一体何なのか、と不思議にもなりますね。トルコまで取り込もうとしているわけですから。

 彼の治世の大イベントといえば、11歳の時におじさんのヘラクロナスとその母マルチナ(ヘラクレイオスの妃。叔父姪の近親相姦婚なので国民受けは悪かった)を追放して単独帝位についたことでしょうが、これは自分の力でしたはないので、ここでは置いておきます。となると、帝国軍史の中でも最大級の惨敗になるリキア・フェニクス沖の海戦ですか。

 この戦いについては、小アジア沖合いのロードス島をアラブ人に取られてしまった→このままコンスタンティノープルにあいつら、やってくるんじゃないか(怖いよ〜)→全艦隊を動員せよ。余が親卒する!と勢い込んで1000隻からの艦隊を繰出したにもかかわらず、その五分の一だかのアラブ艦隊に完膚なきまでに叩きのめされてしまったということだけしか分かっていません。敗色が濃厚を通り過ぎた頃、彼は水兵の服と取り替えて戦場を辛くも離脱しました。そんな思いをすれば暗い陰鬱な人間になってしまうでしょうね。服を取られた水兵さんは当然ながら「上さま、お覚悟!」と切り込んできたアラブ兵に殺されてしまいました。こっちの方が可哀想ですが。

 陛下は、「やべぇよ、このままじゃ、余まで殺されちまう」と思し召し、無理矢理服の交換をしたのか、あるいはその水兵が「私が身代わりになります。陛下はどうか帝都まで無事お戻りください!」といったのか、もとより分かるはずもないのでしょうが、後者であってほしいと思いつつも、残された資料から何となく窺い知るに前者かな、という気がしますね。真実が後者ならごめんなさい。まぁ、こういう国において皇帝の命と一水兵の命が等価のはずはないので、どう考えても理性的な措置であることには変わりはありません。

 それにしても、陸の戦いは結構、勢いとかなんとかで数の少ない方がどうにかなることもあるんでしょうけれど、海戦はなにをもっても「スキル」がものをいうはずです。ほんの50年前にヘラクレイオスがフォーカスを倒すためにカルタゴからきた時は艦隊で来ているので、帝国において海軍が無視されていたわけではないと思うのですが、数も圧倒的に多かったはずなのに一体全体この惨敗はどういうことなんでしょう。アラブ人は海の民ではないのでなおさら不思議です。

 政略、戦略眼は立派だったけれど、それを実施する際の手腕が乏しかったのか、っていってもそんなのは臣下の仕事です。ですから、私は彼にはきつい点数をつけられません。6/10。

<3140>

PM 04:08:29 | Comment(31) | TrackBack(0) | [歴史]

2005年01月23日  羽生、理詰め
 将棋ファン以外の関心を読んでいたNHK杯3回戦の羽生二冠−橋本四段戦が今日、放送されました。

 ハッシーと綽名されやや偏った方面において人気のある橋本は、この対局では割りと普通の装いで登場。ちょっとがっかりしました。(うーん、皆さんの期待を裏切らないでほしかったですぅ)

 将棋の方ですが、1、2回戦の勝利の原動力だった振飛車穴熊を採用しました。羽生も居飛車穴熊にしてくれたので、居飛穴党のせんすとしては興味深く進行を見守りました。羽生は松尾流穴熊を採用。以前のせんすは松尾穴熊を対四間穴熊にも使っていたのですが、6六が弱くなってしまうのが気に入りませんでした。羽生も△6五歩が来る前にさっさと仕掛けてます。(第1図) 6八角が移動すれば6筋の後手の攻めは軽く流せるので当然といえば当然です。

 解説の藤井九段もいっていましたが、▲3五歩〜▲2四歩の仕掛けは5一に駒の利きがあると上手くいきません。そういう点を考えると、後手は左金を6一に移動させ、飛車を6二に持ってくるような組み方がよかったのでは、と思います。振飛車党の方はどう思われるのでしょうか。

 第2図の▲3六歩について。藤井九段は「気がつかなかった」といっていますが、本当なんでしょうか。うちの激指4は直ぐに着手しました。(最近、信頼度が落ちていたが見直しました。私は思いつかなかったです) 以下、自然な手順で飛車桂得に駒得を拡大しました。一手一手は普通の手ですが、羽生が着手すると美しい音楽になる、そんな感じですね。この将棋が第2図から90手も指されるとは思わなかったのですが、強い人ほど結論を急がない、の見本みたいな将棋でした。

 逆に橋本の根性粘りは大したもの。あっさり投了というわけにはいかない棋戦ということもあるのでしょうが、これだけ粘っていればひょっとすると事件の一つや二つ起こるかもしれません。これをみていた他の棋士に「あいつとやるとしんどいことになりそうだ」と思わせただけでも甲斐はあったと思います。順位戦も早く昇級して下さいね。

PM 03:56:29 | Comment(12) | TrackBack(2) | [将棋(四間飛車)]

2005年01月22日  Konstantinos V (741-75)

 政治、軍事に辣腕をふるった君主であるが、聖像破壊を熱心に推進したため教会史上の評判は最悪。生後間もない洗礼の時にうんこをしたため(多分、ガセだろ)、「糞」と綽名されてしまった。哀れよの。

 せんすが聖像破壊令のことを初めて読んだときは、大修道院の農地併呑、自由農民の小作化とセットで解説されていたため、こういう施策もありかな、と気軽に思ったものだが、実際に目の前でマリア像とかキリスト像を叩き壊された人は、もとが信心深いだけにそれは激怒したろうなぁ。うちの幼稚園(ミッション系)の娘でもマリア像には熱心に毎日お祈りしているもの。

 この問題になると、当時の帝国はバルカン方面では安定していたが東アジア方面は相変わらずサラセン人の攻勢に曝されていた、その土地の住民は聖像破壊に好意的だった、だから聖像破壊令を出したんだ、というような解説をよく読みます。私はかつてカッパドキアでみた教会跡マリア像を模したマークをいろいろなところで見たことがあります。そういうマークでも祈りをささげずにはおれなかったということなんでしょうか。あの地域の住民が本当に聖像が大嫌いだったかどうかというのは案外窺い知れないのでは、などとへたれ歴史オタクとしては思うのですね。もっと本を読めば、この辺の事情が分かったりするんでしょうか。肝心の本はどこにあるんだろう、というところが泣けるわけです。

 戻ってこの皇帝の点数は8/10。

<3368>

PM 07:18:28 | Comment(75) | TrackBack(0) | [歴史]

2005年01月22日  分からない(A級順位戦:鈴木−久保)
 相振飛車はせんすにとってはどうでもいい戦形なのですが(冷たいなぁ)、観戦記を読んでいてよく分からなかったので、書いておきます。

 お題はA級順位戦鈴木八段―久保八段戦。

 まず第1図。正着は△9四飛で、以下▲8五金△9九角成▲9四金△同銀としておけば「8三の地点に銀の利きが生じており、守りの点で数段勝るのだという」(原文そのまま)ということです。
 次に第2図。先手が▲2六玉とすれば、△1五歩は詰めろではないので、▲6一竜から迫って先手が勝ちとあります。第1図から第2図にかけて30手弱の応酬があり、その中に後手にとってよくない手もあったのでしょう。
 第3図。▲8三飛成が炸裂しました。

 1図と3図だけをみると、第1図で正着を逃したのがいかにも大きく感じられます。週刊将棋や毎日新聞の記事は1図に大きなスペースを割いて、そういうニュアンスを出しています。でもそれはたまたまの一致であって、第2図で先手が正着を指していれば、銀が9三にいようと9四にいようと先手勝ちです。それは9四にいた方がいいのでしょうが、本譜の手順では8、9筋には▲8三飛成までノータッチでした。銀の位置が大局に影響はないように私には思えます。

 ですから、第1図以前に久保優勢だったのならば、第1図から第2図に至る久保の手順に具体的な形勢悪化の要因があったと思うのです。それはどうも途中図の△5六香らしいのですが、はっきりとした記述ではありませんでした。

 私の理解がおかしいのかな。今でもこの将棋は先手が概ね優勢だったようにしかみえないです。一体、先手がよかったのか悪かったのか、後手の苦戦の真の理由はなにか。私にとっては永遠の謎ですね。将棋を見ていると、謎が積み重なるばかりで、案外しんどいものです。

PM 06:54:00 | Comment(12) | TrackBack(0) | [将棋(その他)]

2005年01月20日  竜王戦第7局中盤 (東大将棋)
 今日の読売新聞の竜王戦第7局の観戦記は渡辺が△8八歩と従来の手順から別れたところが紹介されていました。日記で何回か取り上げたことのある「東大将棋横歩取り道場」の手順については、竜王戦直後の週刊将棋でも若手棋士の日記にも言及されていなかったので、観戦記でも恐らくはパスされるだろうなぁ、と予想していたところ、残念ながら案の定でした。

 ほぼ、同じことを繰り返しますが、私の疑問はこういうことです。

 第1図。本譜は▲同角でしたが、▲3三歩△同金▲同飛成△同銀▲2三角成△5二玉▲3三馬△3七歩成▲5五桂△3一桂は当然考えられるところです。観戦記によると▲3二銀(変化1図)以下の変化を研究していており、先手玉に詰み筋が発生します。一方、▲3二銀に代えて▲6五歩△3八と▲6四桂△同歩▲6三銀△同銀▲同桂成△同玉▲5一馬(変化第2図。詰めよ)については言及がありません。▲6五歩の時に△6一玉としてもやはり▲6四桂があります。

 △8八歩▲同銀の応酬があっても、変化2図の手順だと後手の方がしんどいと思うのですが、プロ周りでは論外なんでしょうか。

 観戦記はすべからく東大将棋道場を参照すべし、なんていう気はもとよりないのですが、この将棋の場合、執筆者が新竜王の師匠ですから面白い切り口になったのではないか、と思うのです。字数に余裕がありそうもないし、両対局者が全然触れないのであれば、恐らく観戦記者もそのままスルーしてしまうだろうから、そういうものなのでしょうが、せんすの頭の中は全然整理されないままです。これは、エリオスさんの真似ですが「永遠の謎」ですね。誰か解明できる方がいらっしゃるのでしたら、ご教示願います。

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PM 08:59:27 | Comment(25) | TrackBack(0) | [将棋(横歩取り)]

2005年01月20日  ビザンチンの宦官
 皇帝評価ばかり続きました。国家の成り立ちが皇帝と教会を中心としているため、事蹟が残っている歴代皇帝について語る方が容易なのですが、たまには別の点についても書いてみますね。

 今日は宦官。宦官というと、要は去勢した男子で宮仕えしている人、ゆえに宮廷においても皇妃とか愛妾と不義密通を働くこともないということで、皇帝の身辺に身を置くことができる→国政への隠然たる影響力を振るうようになりやすい。中国の漢、唐、明では特にもうやりたい放題。汚職、職権壟断、暗殺等々何でもやった(やらなかったのは皇帝を殺すことぐらいでしょうか)わけで、司馬遷も宦官でしたがこういう人は例外中の例外で、宦官=極悪、卑怯、姑息のイメージが日本人の脳裏にはしっかり植え付けられています。

 ビザンツにも宦官はいたのですが、中国のような滅茶苦茶な事例はほとんどありません。まず、ビザンチンには後宮はありません。キリスト教国家ですから、当たり前といえば当たり前ですね。それから、中国の宦官は公職にはついていませんが、ビザンチンでは公職に就けました。宦官になった訳はいろいろですが、「この男に生殖能力を残しておくと、あとで皇帝候補になりかねんな。とはいっても眼球摘出するには惜しい素材だし、まぁ去勢して使いまわそう」というような感じで、政争に敗れた家系の男子が去勢されてしまい宦官になったという経緯もかなりあります。これから転じて、名家の男子の出世を考えて親が子どもを去勢してしまう、ということもあったようです。私がその男の子なら、「去勢する前にせめてHだけはさせて下さい! (できれば1000回は)」とお願いすると思いますが、そういう思い出は出世に邪魔なのでしょうな。

 著名な官僚や軍人やあまつさえ教会人にも宦官は多いのですが、官僚と軍人はともかく教会人で宦官というのはかなり違和感があります。聖界に身をおくのであればそういう欲望は自分の意思でコントロールできなければならないと思うのですが、いかがでしょうか。

 清末の宦官の裸の写真を見たことがありますが、なるほど服を着ていれば分からないな、という感じです。もし私が宦官でない官僚として宦官とお付き合いするとして、どう思うか、ということをちょっと考えてみたのですが、案外平気だと思います。

 駐在時代、同性愛者としてカミングアウトした人たちとも随分、お話しをする機会がありましたが、お話しをするだけなら全然OKです。というよりも、同性愛者さんはむしろ高学歴者が多くて、話す英語もとてもきれいだし、話題も面白かった。だいたい、同性愛者に対するネガティブな発言を政治家がすると、それだけで新聞ネタになってしまう国(イギリスのこと)ですから、物分りがよくならざるを得ません。どっちみち、よく分からないコックニーを話すイーストエンドの方々よりはずっと気が楽でしたよ。

 同じで、ビザンツの高位官途にあってまるっきりの無教養ということはかなり考えにくいので、相手に生殖能力があろうがなかろうが普通のお付き合いはできると思います。

 話しは戻りますが、宦官にも立派な人は多いので、その内、彼らについても語るつもりです。

PM 08:46:15 | Comment(12) | TrackBack(0) | [歴史]

2005年01月20日  羽生、2連勝
 羽生圧勝で王将戦第2局は終わりました。復位濃厚ですね。棋譜はこちらでみることができます。途中経過はこっちです。

 1日目の封じ手付近の局面を見て、後手森内王将の駒に元気がないことを感じたひとは多かったと思います。第1図は中田XPのような後手の布陣ですが、

・穴熊攻略の要ともいうべき角が5一に撤収している。
・これでは端の2手、6筋の2手もかけた効果がない。
・さらに右桂を跳ねているため(この戦形だとはねるのが当たり前ですが)、桂頭が弱いし、角を7三に移動させることもできない。なぜ7二玉型なんでしょうか。

と筋の通らない話しです。

 一方、先手側は右金がそのままなので、斜め棒銀で攻めても飛車成を心配する必要がありません。

 案の定というべきか2日目は羽生二冠の全面攻勢に終始し、第2図の▲7五歩で桂頭を攻められてはもういかんともしがたいです。毎日サイトで「案外難しい」と表現している箇所がありますが。。。先手を持っている棋士が誰かを思い出せば、とてもとても。確かにこの図を正直に表現をするのは主催者側としては難しそうですね。

 島ノートの該当箇所とよく比較してみると面白いでしょう。

AM 05:42:58 | Comment(221) | TrackBack(0) | [将棋(三間飛車)]

2005年01月19日  不完全だったスーパートリック















 将棋世界2月号付録の「森信雄ワールド」を解いた。図は巻末の「スーパートリック」。
 「後手玉に詰みはない。絶妙の一手は?」とのヒント。

 でも、

▲9三香△同馬▲8二飛△同馬 ▲同角成△同玉▲7一角△9二玉▲9三金△8一玉▲8二角成

 詰将棋とすらいえない初心者向けの詰め手順がある。

 もう、どこかで話題になっているのかな。
 将棋連盟の将棋世界コーナーには特にお詫び等は見つからなかった。8二で精算する手順を回避しつつ、作意を生かす手順を作れれば、修正も可能だろうが、私には思いつかなかった。

 詰将棋の不詰みよりは罪は軽い。だが、検証の甘さはいうまでもないことだ。なぜ、図面を作ったときにPCにかけなかったのか。

<3695>

PM 10:23:44 | Comment(14) | TrackBack(0) | [将棋]

2005年01月19日  Justinianus II Rinotmetos (685-95、705-11)
 ユステニアヌスの名前を継いでいますが、彼はヘラクレイオスの不肖の子孫です。

 ほとんどの史書で悪口雑言を浴びせられていますが、それほどの馬鹿ではありません(と思う)。分離しつつあるローマ教会への優越を主張しようとしたり、スラブ人に埋め尽くされたバルカンに遠征するなど、着眼点はよいし、後者はある程度の成果も収めています。ローマ教会への試みは失敗し(いうことをきかない教皇を逮捕しようとしたが、配下の軍団は命令を実行しなかった。。。哀れですな)、権威のなさが表面化してしまったわけですが。クーデターが起こり、鼻を切断されてクリミアに追放。亡命中にハザール、ブルガリアの援助を取り付け、帝都の地下水道経由で内部侵入を果たして復位するなど、それなりの才幹がないとできない業ですね。

 復活した時の后妃が帝国史上初めての蛮族出身(バルバロイ)だったというので、帝都市民はショックを受けたらしいです。今の時代でも日本の皇室やタイの王室でいきなり皇后が外国人だったらみんな「えー!」となるでしょうね。すっかりさばけたヨーロッパの王室でも外国人の后は多いとはいえ、有色人種の后はまだありませんね。

 嵐の黒海を航行中に家臣から「反逆者たちを赦免すると誓って、嵐を鎮めてください」と切なるお願いをされたのに、「あいつらを許すくらいなら、今すぐ海に沈んだ方がましだわ!」と言い切ったのは立派といえば立派。反逆者を上手く馴らして使うのは君主の度量とはいえ、反逆者は何度も反逆しますからな。復位して、自分を追放した前前任者とそれを倒した前任者を競技場(ヒッポドローム)に引き出して、二人の頭の上に両足を乗せて(俺が皇帝だ、といわんがかりに靴は帝位の象徴である紫でした)、市民の歓呼を浴びるさまはさぞかし一大ページェントだったでしょう。。復讐に熱心すぎて結局、暗殺されました。悪い時代でした。

 誰でも時々、いやな思いをさせてくれた人を一掃できたらなぁ、と思うことがあるでしょうが、それが可能になった時には結局のところ我慢するのが普通の人間ですよね。恨みに復讐を全てあからさまに返していたら切りがないので、普通は復讐は分からないように実行するものですが、彼は敢えて分かるように実行したのです。そういうところはあまり賢くはなかったのでしょう。

(4/10)

PM 10:18:32 | Comment(12) | TrackBack(0) | [歴史]

2005年01月18日  ゴキゲン中飛車、不可解な撤退?
 王位戦予選決勝の冨岡−鈴木戦からです。1図は後手番ですが、どう指しますか?

 せんすは断言してもいいのですが、アマなら棋力に関わらずほとんどの人が△5五歩とすると思います。しかし、鈴木は△6四歩。△5五歩はどうしてだめなの、と観戦記者も訊いたとことでしょうが、▲4五銀△同銀▲同歩。以下△5六歩▲5五歩△5七銀▲5四銀、もしくは△5四銀▲2四歩△同歩▲2三銀で鈴木は自信なしということです。

 そうなのかもしれない。だが、第1図はゴキゲン中飛車ならよく出てきそうな局面です。ここで5筋で突っ張らなくてなぜ中飛車を指したのだろう。プロ棋士はよくいってますよね、「指す気にならなかった」って。△6四歩は指す気になる手なんでしょうか。

 5筋を先手に制圧させたために30手後に2図が出現しました。えらい様変わりですが、後手からの攻めがなくなってしまったので、先手は好き放題に陣形再編ができるようになったのです。そこまでみて、第1図を振り返って、「それでも△6四歩でよかったのか?」ともう一度観戦記者の人には訊いてほしかったなぁ。観戦記は「アマならどう思うか」という視点で書いてもらえると、私のようなへたれにも勉強になります。

 とりあえず、せんすのゴキゲン対策は当分はこの指し方でいくことにします。


<3479>

PM 11:13:15 | Comment(14) | TrackBack(0) | [将棋(中飛車)]

2005年01月18日  ユステニアヌス1世
 疲れてはいたが、電車の中で「歴史としてのヨーロッパ・アイデンティティ」というレポートを読んだ。ここからDLできるけれど、かなり重い。重いが、井上対渡辺という大物教授同士がどういう風に論争をしたのか、注釈から読み取れて面白い。学会の論争というのは、将棋と違って、白黒がつかないですからね。人文系の学者はそういうのをいやにならない人でないと勤まらないと思います。

 さて、忠実な帝国臣僚として、せんすはできれば毎日、帝国の実情をご紹介していきたいと思う。検索をしたわけではないが、帝国関連ブログの類は多分ないだろう。少しでもこの不滅の帝国について知っていただきたいと、へたれながらも力をふるいたい。

 今日は前回「好きな皇帝」にいれなかったJustinianus I(527-565)について、勝手に語ることにする。

 大帝と称される。実際のところはどうだったんでしょう。外征はベリサリウスの業績、内政はカッパドキアのヨハネスの業績では、という気がするし、即位5年目のニカの乱で踏み止まれたのは奥さんのテオドラのおかげでは。そういう人材を集め、使いこなすのが支配者なので、それはそれでいいのでしょう。ただ、私からみると、彼は部下に報いることがあまりにも少ないように思えるので、仕えるのはいやです。

 聖ソフィア建設と西方領土奪回で国力を蕩尽し切ってしまった。でも、せんすはだからといって無駄遣いした、なんていいません。この時代に住み着くのは、税金が滅茶苦茶高いらしいのでちょっといやだけれど、少なくとも教会建設は目先は財力消費のようにみえてもその時々の人たちは教会を建てずにはおれなかった、何かに衝き動かされていた、そういう心性は誰にも否定できないと思うのです。中世のヨーロッパにもそれこそ町ごとに尖塔を備えた教会が建てられたわけですが、別に支配者が建てようといったから、とか坊主に騙されたから庶民は寄進したわけではなく、そうしたいから寄進したんだとせんすは思います。そういうお金で飢饉対策や病院整備でもしろ、というのは土台無理ですね。聖ソフィアはユステニアヌスがいないと建たなかっただろうし、国が違うので、ちょっと同列に論じるべきではないかもしれませんが。

 西方奪回は、イタリアに行かないでアフリカでやめにしておけば満点でしたね。当時のイタリアなんてのは、地中海世界の中心でもなく、支配のコストの方が高くつく状態だったのですから。とはいえ、帝国の理念からすれば奪回を試みないのもおかしな話です。そういうところで、冷静に目標を設定し、それを達成することで満足することができるような政治家であれば、国民もさぞ幸せだったことでしょう。しかし、そういうことができる支配者というのはほとんどいなくて、一層の成功を夢見て切りがない。挙句の果てに破滅が口をあけて待っているのですな。

(9/10)

PM 10:49:38 | Comment(31) | TrackBack(0) | [歴史]

2005年01月18日  ill-prepared
 今日はちょっと疲れている。夜、お葬式セミナーというのに参加してきたのだ。

 私の両親はぶりぶりに健在なのだが、いつかはそういう日もくるだろう。なんせたんす株を何もせずに抱え込んでしまっているくらいだから、自分の死んだ後の準備などまるでしていない。一体。私自身はどれくらいの心構えができているのか、確認するためにでかけたのだ。

 結果は。。。途中からなんか喉を変なものが通っているような感覚に襲われてしまい、うんざりしてしまった。親が死んだ時のことを考えているということもいやなのだが(これは理性的な態度ではないことは承知している)、全く何の準備をしていないことが明々白々になったことからだろう。

 今度は相続のセミナーに出るつもりだが、きっと、喉を通過する感触はもっと巨大だろうと予感している。

 やれやれ。

PM 10:18:36 | Comment(12) | TrackBack(0) | [日記]

2005年01月17日  次の一手
 棋王戦の藤井九段−羽生二冠戦の中盤の局面。
 次の手を当てることができたら、文字通りS級。私は全く思いつきもしなかった。

 正解は明日。

<4042>

PM 11:01:18 | Comment(16) | TrackBack(0) | [将棋(四間飛車)]

2005年01月17日  嫌いな皇帝
 どうせなら皇帝や軍人、政治家、司教に点数をつけたほうが面白い。同じようなことをしている人はいるみたいだけど、違いを見るのも一興でしょう。

Irene(797-802)
 ダントツの一位。権力を維持することについてはそれなりの才覚があったかもしれないが、軍事、外交にまったくセンスなし。
 自分の腹を痛めた子どもKonstantinos 困噺⇔脇争をするところまではともかく、

・息子の失墜を願い彼が指揮する帝国軍の敗北を裏で画策し領土失陥を招く
・自己の権力強化のためにシャルルマーニュとの通婚を願い、伝統ある帝国冠の威信を貶めることも厭わない。この人のときではないけれど、帝国は結局は「西ローマ帝国」を承認せざるを得なくなった。売国奴
・財政規律の無視により国家財政破綻
・とどめは息子を逮捕、眼球摘出→処刑。人としての憐憫もなし。

 なんでこんな支配者としても人間としても失格者が、いくら聖像破壊を撤廃したからといって列聖されているのか、私の理解を超えている。(1/10)

Alexios Angelos (1203-1204)
 この家系はマヌエル1世が国力を使い果たした後を継いでいるので、ある程度同情できなくもないかもしれない。しかし、普通の目配りがあれば第4次十字軍のごとき破局を回避できていたはずである。
 歴代皇帝の中にも外国勢力のバックアップで帝位を奪ったものがいないわけではない。しかし、それらの皇帝達(鼻なしJustinianos 兇發修Α砲和┛霧紊修譴蘋力と上手く折衝し厄介払いに成功している。つまり、この皇帝がへたれだということなのだ。
(0/10)

Alexios 掘Angelos (1195-1203)
 兄を打倒(例によって眼球摘出+幽閉)したものの、帝国を支配する才幹は全くなし。どうせなら反対勢力を完全に打倒しておく(つまり皆殺しにしておくということだ)だけの冷酷さがあれば後の第四次十字軍も起こらないですんだのでは、と思わないでもないが、恐らくそうならそうで、ブルガリアとか他の勢力に帝都は奪われていただろう。(0/10) 

Baudouin 機 1204-1205)
 ラテン王国初代国王。皇帝ではない。即位後直ぐにブルガリア軍に負け捕虜に。王になる器量がないなら最初からなるな。
(0/10)

Romanos Diogenes(マンジケルトの敗戦、4/10)やMichael 掘平譴段Гい箸気譴襦■機殖隠亜砲呂△泙蠏いになれません。前者は帝国全体のバックアップを受けていたとは思えないし、後者はクーデターで打倒されたため次王朝の年代記でまともに描かれていないことが明白だからです。

Phokas (602-610)
 寒風吹きすさぶドナウ戦線で越冬を命じられたのに激怒した軍隊がなぜか、どういうわけか、この男を皇帝に推戴してしまったために帝国は破滅目前に。他に人材がいなかったわけではなかろうに、よりにもよって、なぜ、こいつなのだ? あまりの寒さに帝国軍は集団発狂していたのではないかと想像する。これもよく分からない理由で西の教会とは融和していたようなので1点はやろう。(1/10)

 敢えていう、困難な時代ではあったが、こいつらよりもましな統治ができると自負した人は私も含めて万は下るまい。


PM 10:04:29 | Comment(25) | TrackBack(0) | [歴史]

2005年01月17日  はまりました、再び
 土曜日の夜、何に導かれたのか分からないのですが、ヤフーで「ビザンチン帝国」で検索をしてから、埋め込んでいたものが表に出てきてしまった感じです。

 自分でも不思議なのですが、ずっとビザンチンのオタクをやってきて、駐在時代には英語の関連本を買いまくったにもかかわらず、今まで一度も日本語サイトの検索をかけたことはなかった。かけてみると、とても熱心な方々が頑張って各種史書の翻訳とかを手がけておられる。人生、常に勉強ですね。せんすは感動しました。今みたいに行きやすくはない時代にカッパドキアまで入り込んだ頃のことを思い出します。私もコンスタンチノープル人でした。勝手に言っているだけですが。

 この国の話題で他の人と盛り上がったことといえば、自分の人生ではロンドン大学の文化人類学の先生と何かのパーティでお話した時にカミングアウトしたときだけであり、この日本・極東において同好の士が案外いるというのは、私にとっては大きな喜びであった。将棋の話ならまだ他人としても変ではないけれど、ビザンチンの話をおおっぴらにしたらそれこそ変態扱いでしょう。真面目な話し、これほど胸がときめいたことは最近、ありません。

 今日、帰りの電車の中で、週刊将棋とプリントアウトしたプセルロスの「年代記」やアンナ・コムネナの「アレクシオス1世伝」を見比べてどちらを最初に読もうかと、目を瞑ってみたのですが、すみません、年代記を読んでしまいました。

 内容はもちろん概説書にも載っているので、既知ではあるのですが、人間は知らないことを知るために本を読むのではなく、知っていることを深めるために本を読むのだとせんすは思います。当分、「深める」ネタには困りそうもないので、このブログを将棋&ビザンチン共有ブログとして自己省察に活用するつもりです。

 多分、ここを見に来る方は大半が将棋の記事を読みにいらっしゃるのでしょうが、100人に一人くらいでも、この偉大な国の不滅の歴史に何かを感じ取ってもらえればいいな、とせんすは思います。

PM 08:45:10 | Comment(14) | TrackBack(0) | [歴史]

2005年01月17日  囲碁の観戦記
 先日、こういう話しを聞いた。「囲碁の観戦記は対局者に取材をしていない。観戦記の内容は別に解説役の棋士にお願いしており、対局者のコメントは直接取材をしていない」

 そうなの? と思って、27期と28期の囲碁名人戦の観戦記を読むと、確かに直接対局者に訊いているような感じはない。短い感想戦で漏れた言葉はもちろん拾って入るけれど、これこれの局面でどういうことを考えたのか、という切り口は見当たらなかった。名人戦七番勝負だけはそういうアプローチだったと思うのはちょっと無理があるので、上の「 」内が実情なのかもしれない。

 これとは別の日に、囲碁の強い将棋棋士に上のことを訊いてみた。彼は直接それには答えず「囲碁の感想戦は短いからね」「将棋界の感想戦は、感想ではなくもう一度指し直しているだけ」と仰る。再度質問をしていい方ではなかったので、それきりにしてしまったが、半ば肯定していると考えてよいのだろうか。

 大山名人は観戦記者用にまとめた感想を披露していた、という話を聞いたことがあるけれど、囲碁界ではそういうことはしていないのだろうか。前にも書いたが、囲碁の方が子どもの受けははっきりいいのだが、トップの見解なり知識がアマにきちんと伝われないのであれば、自分自身は将棋のファンでよかったと思う。

 囲碁ファンはどう思っているのだろう。


PM 08:20:13 | Comment(26) | TrackBack(0) | [将棋]

2005年01月16日  NHKテキスト
 いつもみにいっている「と金通信局」に「NHKテキストは読まないので」とありました。

 前に、家、会社の近くの書店には近代将棋を置いていないのでもう10年以上も読んでいない、という話しをしました。それに比べるとNHKテキストは普通の書店ならたいてい取り扱っているので、せんすはこの2年ほどは購読しています。

 テレビをみていた時には思いつきもしなかった筋が紹介されていることもあるし、そもそも形勢の認識が放送時とかなり違っていることもあるので、確認をしたくなりました。前期NHK杯の中原−鈴木だったと思います。放送中は中原快勝みたいな感じだったのですが、実際には鈴木にかなり分があったというテキストの観戦記を読み、購読の必要を感じました。

 また、タイトル戦の解説も将棋世界とはやはり別物、ということがあるように思いました。この種の最初の事例は、(私にとっては)2003年の王将戦第1局(佐藤−羽生)だったかな。あの将棋は先例から離れて直ぐに佐藤王将(当時)に敗着が出てしまった将棋ですが、正着を指した場合の変化が随分ディープに書かれていたのです。

 少なくとも初心者向けではありません。情報が将棋世界に比べると一層遅いというところはありますが(放送日にあわせているので仕方ないでしょう)、価格も安いので一度はご覧になってもよいかと思います。

PM 11:37:37 | Comment(25) | TrackBack(0) | [将棋(四間飛車)]

2005年01月16日  清水先勝
 中継の更新が頻繁でなかったこともあり、またほぼ一日をビザンチン関連サイトをお猿のようにみていたこともあり(日本語の文献が次から次と出てくるのが嬉しかったのです)、あんまり真面目に検討できていません。

 大将棋だったようですが、図の△1六角は疑問手だと思います。ではどうすればよいかですが、ここは真面目に考えてみました。先手は2枚の攻めとはいえ、各筋に歩を使えますから、後手にしてみると振りほどけるのかな、とやや鬱な感じです。

 よく考えてみると、積極的ないい手はなさそう。上手い手渡しをして手順に自玉上部を厚くできればいいのですが、そのためにはどうすればいいんでしょう。1四歩が鬱陶しいから取り払っておくくらいなんでしょうか。

 急所なら何か記事が出ると思いますので、まったり待たせていただきます。

<4806>

PM 07:30:36 | Comment(23) | TrackBack(0) | [将棋(相掛かり)]

2005年01月16日  女流名人戦第1局
 普段は女流棋戦のチェックをほとんど入れていないのですが、清水市代−千葉涼子ということで興味をひかれて、実況サイトに行きました。途中図は第1図ですが、前からこういう指し方もありかな、と思っていたので取り上げる気になりました。

 前にも書いたかもしれませんが、後手番のときせんすは横歩を取ってもらわないとすごく気分が悪くなってしまいます。相掛りの後手の指し方については一通りは知っているのですが、どうも自分には合っていないというか。特に中原流の▲3五歩〜▲3七銀の仕掛けはあまり好きではない。どの辺があっていないかというと、後手玉があまり堅くならない所がいやなのかと。先手が仕掛けてこないのであればどんどん自陣の陣形強化を図れる、というのであれば待ちがいもありますが、どうもそういう将棋にはなりません。

 前期王座戦の予選で第2図が現れました。その時の観戦記に「旧型で対抗するのが意外に効果的」という記事があり、実際、この将棋も途中までは清水圧勝ペースだったのです。そこで、自分でも一度採用してみたのですが、雁木という囲いは手がつくと結局はお豆腐でしかなかった。そんなわけで、初手が▲2六歩と相掛り指向のありそうな相手には一手損角換わりを仕掛けるようになりました。

 そういう経緯があって第1図以降の棋譜をみると、菊水矢倉に千葉は組んでいますね。ここまで組めるなら後手をもってもいいかな、とようやく思えるようになります。これで後手が勝つような実戦採用します。

PM 01:56:09 | Comment(9) | TrackBack(0) | [将棋(相掛かり)]

2005年01月16日  早速購入
 評判がよかったので注文。

 ビザンチン通史ではなくマヌエル1世の時代に特化しているということ。私はこの皇帝はかなり好きですが、逝去後の帝国崩壊があまりにも凄まじく、この人に関する事蹟を読んでいると悲しくなります。

 まぁ、この国の歴史については、どれほど偉大な皇帝、政治家、宗教家を取り上げても、その後の転変をみれば涙を禁じえないものばかり。以下、勝手に人気投票。

1位 Basileios Bulgaroktonos (976-1025)
 この国に限らず、全世界史を通じても軍事・政治に関しては最強の皇帝のひとり。もし、住む時代と場所を一つ選べといわれたら、1020年頃のコンスタンチノープルをせんすは選びます。1014年にブルガリア人捕虜に対する行為(1万5千だかの捕虜を100人ごとに分け、1人を残して両目をつぶし、残った1人は片目をつぶした。そして片目の者1人と盲目の99人からなる敗残兵を敵の皇帝の宮殿に送還。かつては輝かしかった自分の軍隊の変貌を見て相手の皇帝は卒倒、2日後に死亡)はどうか、と思う人はいるでしょうが、それまでの抗争があまりにも激しかったんでしょう。(12/10、専制君主として期待されるレベルを超えたできすぎた皇帝)
 統治のためには己をどこまでも空しくできる彼が、なぜ?(ここのところを大書したいビザンツファンは多いはず)妻帯し、子どもをつくらなかったのか。もしくは有能な後継者を育てなかったのか。

2位 Herakleios (610-641)
 統治31年の内、実働は10年くらいか、この人。この後、資料が揃っていないのでよく分からない。働いていた時の事蹟は伝わっているんだが、そうでない時のことがさっぱり。

帝位奪取、あほな前任者処刑、結婚と輝かしいスタート→なぜか怠ける→奮起→アラブ人がやってきた/「さらばシリアよ」→全て失う、さらに恐水病→死後、近親相姦婚の妻と子どもがそれぞれ舌と鼻を切断刑

 これを読むと努力の空しさに顔を覆いますね。そういう風に思ってはいかんのですが。頑張っていた時は本当に素晴らしい支配者だったので8/10

3位 Johannes Tzimiskes (969-976)
 偉大な皇帝ですが、前任者(Nikephoros Phokas)
を暗殺した時の振る舞いがあまりといえばあまりだったので、ファンの間の人気はあまりないようです。(死体に蹴りを入れまくったわけです) せんすは他の事蹟が非常に優れていると思うので、まぁ目をつぶります。支配者に必要なのはそれこそ「しっかり支配する」ことであって、帝国庶民にとってはその他のことはどうでもいいです。(あんまり奥さんをいじめると評判が悪くなるので注意) 9/10

4位 Leon 掘 717-741)
 上の3人は多分、高校生の教科書には出ていないと思いますが、この人は聖像破壊した皇帝ということで取り上げられているのでは。ミッション系の学校ではどういう風にいわれているんでしょうか。気になります。

 最初に壊しにいった聖像がコンスタンチノープル市民の尊崇の的だったイコンがものすごい。当時、コンスタンチノープルにはChalkeという建物があり、ユスティニアヌスやベリサリウスやテオドラのモザイクがあり、周辺を帝国に負けた各国の王がごめんなさいをしているといったものもくっついていたのですが(イタリアのラベンナにある有名なモザイクとまぁ同じようなものだと思います。ラベンナのモザイクは本当にきれいでした)、その建物の表には大きな扉があって、巨大なキリストのイコンがあった、それを壊しにいったわけです。いった役人はその場で市民に殺されてしまいます。

 この試みの是非はともかくとして、国家再生のために必要と思ったことを命をかけてもやろうとする姿勢は支配者としてマストかと。8/10

 4人書いてちょっと疲れた。次のときは「嫌いな皇帝」でも書きます。

AM 09:25:38 | Comment(585) | TrackBack(0) | [歴史]

2005年01月15日  Byzantium The Apogee
 A級順位戦の藤井−羽生戦の進行が遅め、かつ今日は大会で消耗してしまいあまり将棋のことに頭を使う気分ではないので、読書。掲題はJohn Julius Norwichの本です。(日本語本があるかどうかは分かりません)

 せんすにとっては将棋とゴルフ以外のオタクの対象というと、この国なんです。私の知識は学部レベルですらないとは思いますが、完全に消滅したところに惹かれてしまい、重ねた齢は20年以上。

 最近、ここがあることを知り、はまりそうです。

<4365>

PM 11:56:10 | Comment(23) | TrackBack(0) | [歴史]

2005年01月15日  不可解(朝日OP、久保−宮田)
 今日は雨の中の外出、将棋大会で疲れてしまいました。6勝1敗なので満足すべきなのですが、将棋の大会というのは1敗すると優勝できないものなので、満足度60%というところです。

 そんなわけで、あんまりディープなエントリーを書くつもりはないのですが、朝日OPのネット掲載棋譜のチェックがちょっとたまっていたので、まとめてみました。朝日は無料でこれだけのことをしてくれるので、えらいですね。毎日も将棋interactiveに観戦記が掲載されていますが、なぜかところどころ抜けているのが惜しまれます。竜王戦は・・・あまりにも現況が嘆かわしく、もう何も書きたくありません。

 話を戻して今時点の最新譜は久保−宮田戦。私がこの二人を非常に高く評価しているので(何回も書いていますしね)、ちゃんと並べてみました。第1図でこういう記事があります。

「後手の角道が止まった瞬間の▲9五歩が機敏な仕掛けで、序盤は久保の作戦勝ち」

 無条件で一歩を手持ちにできるからそうだろうな、と思ったのですが、どうも王位戦七番勝負の羽生−谷川と似ているような気がする。同一局面検索をかけてみると、そのものずばりでした。本局は王位戦より3ヶ月も後に行われているので、宮田ほどの棋士が忘れているはずもなく、整理を怠ることもありえません。実は後手もやれると思っていたのか、久保作戦勝ちというのは宮田に裏付けを求めていないのか、よく分かりません。

 いずれにせよ谷川、宮田と後手を持って第1図になってどうも苦しい、となると、どうも△7二飛とする構想がどうなの?と遡及して考えたくなります。▲7七角とされると△7四歩とはいけないのでは何か変でしょう。

 そうなるとNHK杯の三浦−行方や日本シリーズの久保−羽生のように左美濃にする方がよいように思いますが、これもどちらも後手が分れはともかく負けているんですよね。せんすも一度実戦で試したのですが、どうも上手くいきませんでした。王位戦予選の中尾−佐藤戦では銀冠が採用されていますが、これもどうも分れは先手よしでした。

 今時、棒金はだめだし、ちょっと万策尽きたなぁ、という感じです。どうしましょ。

PM 10:29:25 | Comment(21) | TrackBack(0) | [将棋(三間飛車)]

2005年01月14日  コロンブスの卵
 図は王座戦予選の高橋九段−田中九段戦です。現在、青野九段の観戦記が連載中ですが、彼は図の▲6八銀を初めてみた時はとても感心したそうです。

 せんすも、後手番で何となく3手角+銀矢倉をすることがあります。後手番の定跡系矢倉をする気にはなれないので。いきなり▲2六歩△3四歩▲2五歩とされた時などは当然、左銀は2二に上がりますが、2六歩で保留された時はどうしていただろうか。やはり2二に上がっていたと思います。習慣の力って怖いですね。

 5段目まで歩がきていないのであれば、左銀を中央に使う方がよいに決まっています。将棋にはまだまだこういう手が残っているんでしょうね。

 青野九段は今日の順位戦の結果次第ではトップに立てるそうですが、さてどうなっているでしょう。

<3022>

PM 10:11:44 | Comment(653) | TrackBack(0) | [将棋(矢倉)]

2005年01月13日  急戦矢倉(棋王戦:森内−深浦)
 今日のお題は棋王戦準決勝▲森内名人−△深浦八段戦からです。昨年11月10日に行われたものですが、第1図のように先手の森内名人が米長流急戦矢倉を仕掛けています。竜王戦第1局において後手番で急戦矢倉を仕掛けて惨敗し、この対局直後に竜王戦第3局があることから何らかの修正を試みようとしたのかと推測されます。思い出してみると、彼は棋王戦の対飯塚六段戦でも後手番で急戦矢倉を試みていて成功していました。ひょっとすると後手番のレパートリー拡大を意図していたのやも知れません。

 しかし本局では竜王戦に続き、急戦矢倉は上手くいきませんでした。せんすは実は対急戦矢倉が余り得意ではありませんので、自分なりに研究をしようと思ったのです。

 参照図は「消えた戦法の謎」にも取り上げられている▲森下−△島戦の局面です。▲2四歩以下2筋の歩交換をし、角を1五に引き上げるのが急所だと解説されています。そうなっても実は私のレベルでは結構、勝ちにいくまでが大変です。さらに、24ではたいていの場合、後手が事前に△1四歩と突いてきます。さすがに2000を超えてくると定跡書の研究も皆さん行き届いています。

 急戦矢倉側の左の端歩を突いた形というのは第1図と同じようなものです。ここで深浦八段は飛車先の歩交換ではなく△7三銀▲6六銀△6四銀と中央を手厚くし、続く▲5五歩にも△7三桂と厚みを加えます。よく対雁木とかでも飛車先の歩交換をしたために中央へ回す一手が遅れてしまい潰されてしまう、ならば金銀を先に盛り上げていこう、ということがあります。それと似ていますね。アマであればこの深浦流の手順の方がリスクは小さいでしょう。発想も分かりやすくてよいです。

 本譜は▲5四歩△同金▲5六銀と進み、△3五歩がど急所。余儀ない▲4七金で金を引き出し、銀交換を含みに△3六歩▲同金△5七歩と垂らされ先手がしびれました。

 にも拘らず、この将棋は森内名人が勝ちました。強いですね。さらに勝者組決勝でも羽生二冠を破ったのですが、その後の顛末はご存知の通りです。このまま全面後退をするような格ではないと思いますが、せんすは心配です。


<3602>

PM 08:26:12 | Comment(2) | TrackBack(0) | [将棋(矢倉)]

2005年01月12日  王将戦第1局:羽生先勝
 強い。一方、森内名人、先手番の初戦を落とし、明らかにピンチ。立て直しはあるでしょうか。

 有料サイトの契約をしていないので、以下の内容については全く私個人の考えで、何ら頼りにならないことを予めお断りしておきます。

 第1図の局面では先手の森内名人王将がよいように見えました。端から攻められるのはやむをえないにしても左翼は広く、一方、バランスの取れた攻撃陣が完成しているようにみえます。しかし、終局まで9筋の形は変わらなかったことから遡及して考えると、先手が端にかけた3手が無為になったわけです。後手が1〜3筋でかけた手が有効であったことを考えると、実は駒組み段階でも後手の羽生二冠が上手く立ち回っていたのかもしれません。1〜3筋の位取りを阻止する手段は先手にはなかったので、あるいは先手が速攻を仕掛けるような手順がなかったのかな、とも思います。そうはいっても後手の守備駒が前に出てきていないので、具体的な手段は思いつかないのですが。

 第2図の△7六桂、第3図の△5一桂について「マジック」と表現している書き込みをいくつか読んだのですが、私には必要な手を冷静に選択し着手したように思えます。上に書いたように、先手の左翼は広いのですから「玉は包むように」にのっとったのが△7六桂。△5一桂は逆に敵の包囲網を押し返すために必要な防御。羽生二冠の強さは、マジックなどと称される奇術の発見能力などにあるのではなく、勝利に必要な手立て、たいていの場合は平凡と思われる、を合理的に選択できることにあるように感じます。

 第4図の▲7六角成で▲3二角成だとどうでしょうか。△6五桂があるので後手の方が有利とは思いますが、▲7六角成としても後手の攻撃の標的になるだけなのであまりよくないように感じました。

 以上、多分見当違いでしょうから、週刊将棋を読んで公開懺悔をすることになると予想しております。

<3461>

PM 11:42:35 | Comment(0) | TrackBack(1) | [将棋(その他)]

2005年01月11日  王将戦第1局一日目
 森内名人・王将にとってはまさに剣が峰となる王将戦七番勝負が始まりました。予想の類を全然、読んでいないのですが、現在の両者の勢いは昨年の今ごろの正反対ですから、羽生奪取に8割方の人が乗るのではないでしょうか。

 森内名人はこれまで初戦の結果=タイトル戦の結果、という棋士。パターンにはもちろん簡単にはまるような棋士ではないし、いつかはこのパターンも外れるにしても、この一戦は特に欲しいところですね。ましてや先手番です。

 初日の封じ手局面は図の通りですが、早めに後手番の羽生二冠が2、3筋の位を占拠したのが目を惹きます。こういう風に指すものですか。現局面は先手の角筋が気持ちよく通っているので、何となくですが、先手を持ちたい気もしますが、所詮はへたれの戯言です。全然、今後は分からないことを白状しておきます。


<3151>

PM 08:24:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | [将棋(その他)]

2005年01月10日  明日から王将戦
 有料サイトへの加入をどうするか実はまだ決めていません。

 順位戦と同じ人が担当をするでしょうから、かなり熱心な中継になるとは思いますが、日中、あまり見ることができないのではないかと。1月は3局あるので、コストパフォーマンスは悪くはないでしょうが。

 2月は2局だけで、対局日に出張が入る可能性が高いので多分見送ると思います。

PM 11:13:15 | Comment(81) | TrackBack(0) | [将棋]

2005年01月10日  続「トリビア」
 昨日のエントリーについて、棋界通アマ強豪からコメントをもらった。

「ご意見はごもっとも。あれはライターの棋力を考えずに言ったのだろう。だいたい言った本人も、中村亮介君にやって負けていますね

 棋譜が公表されていないのだが、朝日OP予選決勝のことらしい。推測元はここです。

 次にそのアマ強豪よりR点で300点は上をいく人物の意見。
「でも4四金と出ていけば相当でしょう」

 でもその人はヘタレアマの意見には沈黙してしまいました。
「いやぁ。とても勝てる気がしません」

 総合すると、実力者ならやれなくもないだろうが、へぼほど手を出さない方がよいのではないか、というのが当ブログの見解です。

<3367> 

PM 06:00:59 | Comment(12) | TrackBack(1) | [将棋(四間飛車)]

2005年01月09日  盤上のトリビア
 2月号の「盤上のトリビア」125ページの中川七段の「お年玉」。居飛穴党としては「え!?」と驚く内容。検証しないわけにはいきません。

 私自身の見解は、居飛車やっぱりだめでは、というもの。確かに守りの桂馬と攻めの銀の交換自体はそれほど気にする必要はないと思います。でも、攻めの糸口がどこにもない状況では、将棋は長引き、結局は銀桂交換の駒損がひびいいてくるのでは。こういう時のために、彼の出番です。

 まず四段同士で第1図から指させました。激指4(後手)は角を5五に出たがるようなので、ここはマニュアルで5一に引かせ、さらにトリビアに書かれているように7三に移動。そこで激指4(先手)は▲3七銀打。

 後手は中川七段の主張通り金を4四に繰り出してきますが、予め備えられているところを攻めるので効果は薄い。。。ソフトらしく切れ味の悪い中盤が続いたものの151手で先手の勝ち。

 次に私が後手を持ったのですが、だめ。金銀4枚の先手玉には取り付きようがなく、飛角銀で攻められると後手は長くはもちません。中川といえば、スリッパ囲いなど独創的な穴熊囲いも考案しており、また「ネタ」をいうような人では断じてありません。でも、これで後手が指せる、というのは、アマチュアを買い被っているのではないでしょうか。アマは彼が思っているよりはもっともっと将棋が分かっていません。

(いや、自分なら後手を持って勝てる、という方がおられるのでしたら、謹んで勝ち手順をご教示いただきたいです。よろしくお願いします)

<3575>

PM 10:06:15 | Comment(12) | TrackBack(0) | [将棋(四間飛車)]

2005年01月08日  のっぺい汁
 妻が風邪なので、台所に立った。

 レシピにはないレンコンと油揚げを追加。なかなかよいできでした。
 男が料理を作る時、どういう料理から入るものか、他の人と話をしたことがないので分からないけれど、私ができるものはほぼ丼もの、中華ばかりだった。(妻が言うには、作るのが楽だからパスタから入るもんじゃないか、とのことだ)

 池波正太郎作品によくでてきた料理を作ってみたい、という気持ちはあります。


 水のように冴えかえった冬の夕暮れである。
 平蔵が注文しておいた熱い〔のっぺい汁〕と酒がはこばれてきた。大根、芋、ねぎ、しいたけなどの野菜がたっぷりと入った葛(くず)仕立ての汁へ口をつけた平蔵が
「うまいな」
「おぬしがひいきにするだけのことはある。躰中が一度にあたたまってきたぞ」


 うーん、渋いわ〜

<3811>

PM 09:09:25 | Comment(11) | TrackBack(0) | [食べ物]

2005年01月08日  状況認識
 今日は次の一手形式で書きます。

 図は棋王戦準々決勝の藤井九段−佐藤棋聖の終盤戦で後手佐藤棋聖の手番です。序盤から有利に進めてきた藤井九段はここでも自分の勝ちだと思っていたようなのですが、実際は逆転しています。

 正着を考えてみてください。正解はコメント欄に。

PM 08:09:54 | Comment(6) | TrackBack(0) | [将棋(その他)]

2005年01月07日  羽生、4冠復帰も視野に
 本日行われた棋王戦挑戦者決定戦で羽生二冠が森内名人に勝ち、谷川棋王への挑戦を決めました。王将位と棋王位を奪回するようだと、最優秀棋士は確実。最近のものすごい勝ちぶりをみると、かなりの可能性のように思えます。去年の今ごろは森内三冠は何となく既定路線みたいな雰囲気があったのとラップします。

 それはそれとして、今日の将棋を観ていて感じたことと実際がかなり違っていたようなので、いつものように自分の感じ方を公開し、後日の観戦記鑑賞の備えとします。指し手と感想はここでみることができます。

 28手目の△5四金。以前のエントリーで触れた藤井−中座戦のように玉頭金を狙うのかと思ったのですが、30手目の△4五金にまずせんすはひっくり返りました。攻めの銀との交換が得策とは思えないからですが、どの辺りにメリットを感じたのかさっぱり分かりません。(激指4は疑問手だといっています)

 35手目の▲2二金にもびっくりしましたが、これは先例があるようです。羽生二冠がこういう手を指すとだいたい好手なのですが、私のレベルではどの辺りにメリットがあるのかやはり分かりません。

 そこから一方的な先手ペースで攻めが続いたようにみえたのですが、57手目で▲2四飛とでることができず、▲2九飛を余儀なくされたのをみて、もしかして後手の方がいいのでは?という気がしてきました。

・5三竜の位置が後手の囲いに中途半端に近い。
・歩を攻めに使うこともできない。
・大駒の比較をすると、後手の1二角が腐っているのと同様に先手の2九飛も半分腐りかけている。
・後手は4筋、5筋でと金攻めができそう

とはいえ、羽生二冠の指し手にはほとんど変化の余地がなさそうだったし、これで先手が悪いのでは道理に合わないような気もしたのですが。(激指4は先手がいいといっています) この局面で私はでかけなくてはならなくなったので、次の後手の着手と形勢を総括し、帰宅後検証することにしました。

「△5七歩は一見うまそうにみえるが先手の金と成桂の距離を開くデメリットもある。緩くみえても△4六歩がいいのでは。▲4二竜の一手に△4七歩成▲同金△3八角で悪いとは思えない。▲2四飛なら△4七角成が6九金を睨んでいる」

 帰宅して実況サイトをみると羽生85手で勝ち。ふーむ。どういう手順だったんだろう。と開けてみると、58手目は△5七歩(第1図)。その後、その歩を成り捨てて▲5八同金上に△4七歩成ですが、上の手順と違い先手玉の横腹には金がいるので、飛車を奪っても王手がかからなくなってしまいました。名人の感想でも▲5八同金上を見落としていたとありますね。

 この見落としはさておき、本譜は先手有利なのでしょうか。有利だとするとそれは△4五金のせいなのでしょうか。分からないことだらけですので、後日の観戦記を待ちます。

【追記】(23:48)
 駒音掲示板によると△5七歩が敗着らしいです。珍しく当たりましたね。読みの深さは雲泥の差でしょうが、素直に喜びます。

<4562>

PM 11:20:02 | Comment(12) | TrackBack(1) | [将棋(四間飛車)]

2005年01月06日  矢倉穴熊:片上大輔
 王座戦予選の片上四段−高野五段戦で考えさせられる手順/観戦記がありました。本日日経掲載分です。

 第1図の▲8八銀は飛車先交換をされて「ないはず」の手。しかし、この場面で△8六歩とすると、▲同歩△同角▲同角△同飛▲4五歩で1)△同歩は▲4四歩△同金▲6二角、2)△5三銀▲8七歩△8二飛▲1五歩△同歩▲5一角で先手優勢になります。

 観戦記(島八段)によると、4二銀と1二香の相性が最悪であるためこの仕儀になったといいます。なるほど、1二香と上がっていると2二玉は角に非常に弱くなってしまいます。でも、1二香に関わらず4二銀と引いた形は▲6二角の脅威に曝されていることには違いありません。

 せんすは、1一香のままなら▲8八銀と引けないのかどうか、について考えてみたのですが、弱すぎてよく分かりません。とりあえず、今日のところは「△4二銀右と引いた形には構わず穴熊のハッチを閉める」ということにします。私のレベルならこれで十分でしょう。矢倉穴熊の好きな人(=自分も含む)には朗報ですね。

 それで終わると上達はないので反省も。せんすは飛車先交換されるのが見えるだけで、その先の読みを打ち切っていました。実戦ならともかく、時間が無制限にある検討でこれでは話しになりません。

<3978>

PM 10:24:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | [将棋(矢倉)]

2005年01月05日  相振飛車:新手
 棋王戦準々決勝の▲藤井九段−△佐藤棋聖戦からです。

 相振飛車を指向した佐藤棋聖に対し、藤井九段が指した図の▲8六角は新手だそうです。とはいえ、こういう発想の手は今までもないわけではなかったですよね。

 私も、まるっきる同形ではないですが、指されたことがあります。その時は幸いに△4三銀型だったので、「ヽ(`Д´)ノ 折角、相振を指そうと思ったのに、そんな意地悪をするんだったら、居飛車でいいよ。ぷん」と位取りにそのまま移行したのですが、△5三銀型ではちょっと痺れますね。

 相振飛車については自分自身で指すようになったのはこの1ヶ月のことなので、よく分からないのですが、△5三銀型というのはいい形ということになっているんでしょうか。相振は角交換になりやすいし、桂馬の当たりになりやすいように思えるんです。もとより角道を開けたまま駒組をできるのはメリットなのでしょうけれど。

 相振党の方はどう思われるものでしょうか。

 この将棋はかなり面白い終盤戦になったようなので、もう一度くらいは取り上げるかもしれません。

<4274>

PM 09:27:34 | Comment(11) | TrackBack(0) | [将棋(その他)]

2005年01月05日  詰将棋
 こういうサイトがあったとは知らなかった。

 案外、適当な詰将棋本というのはないもので、こういう作品をプリントアウトしておけば、出張時に退屈しないですみます。

PM 08:17:56 | Comment(13) | TrackBack(0) | [将棋]

2005年01月04日  田辺忠幸さん
 年末年始の観戦記を整理して気がついたのですが、

・王位戦の渡辺−中原
・棋聖戦の三浦−西川
・棋王戦の羽生−丸山

の3つを執筆。えらいパワーだ。

<3999>

PM 10:41:41 | Comment(1) | TrackBack(0) | [将棋]

2005年01月04日  疑問手か?
 このクラスの指し手をとやかく言うのはかなり気がしんどいのですが、まぁ、書いておきます。

 図の△3一金はかなりの疑問手だと思う。受けていても切りがないし、8二の飛車と自玉の間にいる障害物をわざわざ自分からどける、というのも変だし、▲3二銀成に対し△1三玉がゼットになること主張すべき局面だと、せんすは感じるのです。

PM 09:53:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | [将棋(角換わり)]

2005年01月04日  対石田。常識は変わったのか?
 今日は東京新聞で新春から掲載の王位戦予選決勝▲先崎八段−△佐藤(和)四段戦から。

 図で▲1六歩と受けるのは、疑問手とはいわないまでも再考の余地はあるそうですよ。私が将棋を始めたころは、石田に組まれそうなら居飛車は飛車を浮いて受けるもの→1五角を防ぐために端歩を突くものと習ったものですが、今は強気に▲8八銀と穴熊に組んでしまうのがいやだそうです。先崎も「端歩を突くものと教わった」という感想を残しているのですが、本当に▲8八銀で先手は大丈夫なんでしょうか。

 実はこの局面についてこの対局の一方の当事者が話題にする場に私は居合わせたことがあります。。。その時は局面の部分的な想像はついたものの、後手の角が1五に出られる状況だとは思わなかったので聞き流してしまった。ちゃんと聞いていれば、石田対策の引き出しが増えただろうに残念でなりません。。。。



PM 08:23:24 | Comment(17) | TrackBack(0) | [将棋(三間飛車)]

2005年01月04日  激指4その後
 今日はお昼休みに激指4と対戦。家のPCで「棋士との七番勝負」をやろうとすると必ず終盤でダウンする。これまで矢内さん、バンカナさんを投了まであと2、3手のところまで追い込み、画面の中の彼女たちを泣かせたこと再三なのに、完走できていないためまだ勝ちも負けもついていない。彼女たちから1勝をあげないと豊川六段(「ニフテイ」と呼ばれているそうですね)と対戦できない。会社のメモリーに余裕のあるPCで戦うのを楽しみにしていたのだが・・・これがやはりダウンする。とほほ。

 通常モードで何回か戦っていると、以下の現象に気がついた。
・ 局面を積極的に打開しないような気がする。同一手順を繰り返すだけならまだしも、無意味な歩の打ち捨てがみられる。こういう水平線効果は払拭されたと思っていたのに。
・ 自陣に敵が侵入してきたときなどは無意味に受けに持ち駒を投入したいようだ。受けても切りがないなら、反撃をすればいいのに。
・ 両取りが大好きかも
・ 形勢判断では初期設定の駒得重視が強すぎるような気がする。
・ 一番痛いのは、これかな。敵玉が1三にいて我が方の桂馬が3七(もしくは1七)にいるとしますよね。そして、敵玉の背後にも我が方の攻め駒が迫っているけれど、端に我が方の香車はいない。よくある状況だと思うのですが、こういう場合、彼は▲2五桂と跳ねてしまい、△2四玉に対してやおら▲3六歩とか▲1六歩と退路を封じ、しかる後に金気を入手して詰めろをかけるという非常にまだるっこしい寄せを見せて下さる。いうまでもなく、2五は桂馬が跳ねる場所ではなく、金とか銀を置く場所のはずですが。こうなると一気に緊迫の終盤戦の迫力が薄れてしまい、なんとなく香ばしい雰囲気が漂ってくる。

 家にいくつかある「クソゲー」とは全く違うけれど。最初は将棋ソフトの究極との印象を持ったのだけれど、回数を重ねるにつれ癖もみえてきた。ちょっと期待が大きすぎたかしらん。

 24でソフトが2300とか2500とか出しているという宣伝をどこかで読んだ気がするのだけれど、私の実感では超早指しでなければ2000前後じゃないのか、というところか。

 上手い使い方を工夫したい。

PM 08:12:23 | Comment(2) | TrackBack(0) | [将棋]

2005年01月03日  新山崎流
 今、子供の勉強をみているところ。こういう時間にエントリーをさっさと書いておく。

 24(15分)で第1図が出てきました。後手が私です。新山崎流というらしいのですが、実際に指されたのは初めてです。素直に△同飛と取るか、他の手を入れるか。他の手を入れるとすると△4四角でしょうね。▲7七桂なら△3五飛で角の位置がよいだけ打ち得。▲7七角なら△同角で先手の左翼に壁を作っておくことになるから、やはり得、と考え△4四角を選択。▲7七角△同角成▲同桂△3五飛▲4六角△2五歩▲2九飛△3四飛▲9一角成△7三桂▲2五桂△3八角(第2図)と進んでまぁまぁかな、と思ったのですが、後手の攻め足が遅くてどうも上手くいきませんでした。

 激指4(「彼」)に解析させると第2図は後手苦戦らしいのですが、マジですか? 後手側の着手に対し悪手の指摘がないのでよく分からないのですが、それほど目立った悪手があったとは思えない。彼はひょっとして第2図で先手が駒得だから先手有利といっただけではないのだろうか、という疑惑もある。

 私製DBをみると、2003年度C2順位戦(増田−藤原)と2004年度C2順位戦(堀口−飯島)で先例がありました。第1図で,任連ぃ柑由僊ィ姑銀と進みます。▲8八銀のような激ヌルの手はこの戦形には相応しくないのでは、と感じたら、案の定、そこからは後手が一方的に攻めまくり68手で圧勝。さもありなん。△連て曳槇ィ艦山僊ぃ恩淙癶ィ蓋浤僊ぃ河司癶ィ鎧擁癶ぃ下軍僂反覆漾途中では先手が角得にまでなりますが、先手玉は右からの攻めに弱く敗退。

 通常の▲3五歩早仕掛けに比べると、3七桂が跳ねているために先手に当たりがきついように感じます。後手は駒損をあまり気にせず、3筋から反撃をしていくということでよいかと思います。自分もそう指したつもりなので戦略においてはそれほどへたれではなかったと思いますが、個別の指し手が急所を突いていなかったようです。相手の方の指し手はとても粘り強くて、負けたもののいい将棋でした。


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AM 11:39:29 | Comment(297) | TrackBack(0) | [将棋(横歩取り)]

2005年01月02日  箱根駅伝
 箱根駅伝が盛り上がっている。客観的にみればただのローカルな大会でしかなく、記録のレベルもどうってことのないのだが、「イベントの少ないお正月に行われ」「出身校が出ている可能性が高く」「箱根の山登り、山下りが期待させるハプニング」「将棋のタイトル戦のように二日制」などの特色により、なんとはなしに流れをフォローしようという人が多いのではないか。新聞各紙のWEBでも実況中継をしていますね。参加している選手にも箱根で走ることが大学生活における最大の目標、みたいなことを話す人も多く、意気込みを感じさせます。
 
 だが。 

 予め申し上げておきますが、このエントリーで書こうとしているのは、駅伝賛歌では断じてありませんので、駅伝の好きな方はパスした方がいいと思います。

 10年ちょっと前、11月下旬のことだが、私は神宮の絵画館のあたりに黄色づいた銀杏並木を眺めに妻とお出かけをした。銀杏拾いをしに遊びにきた人も多くて辺りは賑わっていた。しかし、そういう平穏で美しい週末の風景をまともにかき乱す一団がいた。某大学陸上部中長距離陣が外周の歩道で練習を繰り広げていたのである。あたりは国立競技場だとか東京体育館もあるし、ジョギングをする人がいてもおかしくはない。でもですよ、数十人単位で歩道上を疾走する連中とそれを大声で激励する女子マネかなんか知らないけれどそういう連中が構成する集団というのは、傍目にははっきりいって気持ち悪い。それ以前に、外周道路は中側から出てくる人にとっては植え込みもあり必ずしも視界がよくないので、歩道の内径をものすごい速度で走ってくるランナーにお年寄りがぶつかりそうになったりしている。女子マネ連が「○○○大学の練習中で〜す。お気をつけ下さ〜い」と大声で警告を与えているのだが、警告すればいいようなことか?

 車道を死ぬ気で走るか(下手なちゃりんこよりも速度があるわけだし)、でなければせめて歩道の外径側を走って少しでも衝突のリスクを減らすべきである。そもそも公のスペースでなにかをしようというのであれば、一般公衆に迷惑(この場合は怪我等の危険も多い)をかけるようなやり方でのさばるのは不適当である。練習場所を求めるのであれば、大学に戻ればよい。小さな子どもがランナーにぶつかりそうになったのをみて、私は黙っていられなくなって、近くにいた女子マネにいった。

「君達、どうしてもここでやらなければならない理由でもあるのか? 今日は人出も多いし、かなり危険だと思うが」
「私たちはいつもここで練習をしています。駅伝の大会も近いのでお願いします」

 この一点張りである。「いつも練習しているから」といって「他人への配慮を欠いていい」理由にはならないし、「駅伝の大会(=箱根)」もほとんどの人には関係のない話である。

 視野狭窄に陥った人になにをいっても無駄だと思ったので、私も諦めざるをえなかったのだが、こういう状況で寸鉄釘を刺せるのが妻である。

「箱根駅伝に出ることがものすごくえらいことだと思ってしまっているんでしょうね」

 正月の東海道の交通を規制し、大会の模様はテレビでフルカバーされ、協賛の各社も多数ということだから、そう思ってしまうのも無理はないかもしれない。もちろん錯覚なんですが。

 駅伝出身者ではないけれど、体育会系の学生で就職面接の時に「自分は○○を4年間一生懸命やりました。○○大会にも出場しました」なんてのりで臨む人も相変わらずいる。4年間体育会活動をちゃんと継続して、大きな大会に出たということは立派なことだけれど、会社はそういうことを特段、高評価しないんですよね。そういう話し自体は面白くも何ともないし、おんなじような話をする人はそれこそあまた大勢ですから。だいたい、アテネ五輪に出た選手の中にもほとんど手弁当で競技生活をしている人は多いわけで、そういう世界レベルの選手に比べても、ただの体育会系学生の競技実績なんてトップからみればどうってことないでしょ。(きつい?) OBに社長がいれば別だった時代もあったかもしれないけれど、今はそんなコネも通用しない。むしろ、「自分は箱根駅伝の運営に4年間関わり、最後の年は幹事でした。協賛各社から新たに○○円のカネを引き出しました」とかいうのであれば、「これは買いかな」とか思う。

 そういう錯覚をしているのは非常に少数派で、大多数の競技者は自分のポジションを相対的にみて謙虚な評価をし、振舞っておられるものと思う。いつかそういう人を目撃して、私の上の体験による多少歪んでしまった固定観念を修正してほしいと願っている。たった一回の経験ではあるが、全ては一期一会、今までのところ修正される機会には恵まれていない。

 正月早々、えらい激辛ですみません。

PM 02:13:49 | Comment(18) | TrackBack(1) | [スポーツ]

2005年01月02日  激指4対居飛車穴熊
 かつてこのブログで「よく分かりません」と書いたいくつかの局面を激指4に指させることにしました、初詣も終わり、ほぼ暇ですから。

 今日のテーマ図面は第1図。

 以前のエントリーにも書きましたが、定跡では▲4六歩△同歩▲同銀△4五歩▲5七銀に△3五歩とするのですが、多分アマ高段者は△5五歩(第2図)と仕掛けてくることが多いでしょう。さらに定跡を追うと以下▲同歩△同銀▲5六歩△4四銀と追い返し、もう一度▲4六歩から反撃して先手よしになっているのですが、△5五同銀ではなく△6五歩とした場合に居飛車はどうすればいいのか、激指4(以下「彼」)に教えてもらおうと思ったのです。

 まず彼は▲6五同歩と取り、以下△5五銀から6六に攻め込まれ圧敗。△5五銀には▲6四歩を必ず返すプログラムになっているようなのですが、ここで時間を稼いでも右翼で反撃ができるわけではないので意味がありません。使えない奴、と思わずつぶやきました。

 他の手を考えさせると第2図で▲4八飛と来ました。△2二角▲5五歩△6五歩(第3図)▲同歩△5五銀▲4五飛△同飛▲同桂△6六歩と進み、またもや振飛車圧勝。例によって▲6四歩△同金と反撃してきますが、3段目に駒がいるので当たりがきつくて居飛穴よろしくありません。

 では、と第1図に戻り私が先手を持つことにします。▲4八銀と引くと彼は困ったようで△4二飛から駒組戦に移行。これなら居飛穴も満足です。 

 何局か居飛穴を彼に指させてみたのですが、どうも居飛穴の指し方ではないような印象が濃い。「埋めるべき金気をどうも惜しむ」「他の取り方があっても▲8八玉と玉が穴から出てきてしまう」という辺りにそれを感じます。次の一手モードで検討をさせても、かなり論外な手が出てきます。

 もちろん、実戦の稽古相手としては十分な実力を持っており、相談役としてもいいことはいってくれるのですが、全幅の信頼を置くというよりは参照相手というところが妥当な位置付けでしょう。こういう課題局面の検討を繰り返して、中盤の勝負所もあまり迷わずに方針を立てやすくなればいいのですが。

PM 01:55:37 | Comment(2) | TrackBack(0) | [将棋(四間飛車)]

2005年01月01日  新春ペア将棋 「引っ込んだ道理」
 あけましておめでとうございます。

 昨年はこんなへたれブログを思いもかけない数の人にご覧いただきました。今年も、できるだけ将棋に対する考えを整理して、自分の実力向上につなげたいと思います。別に県代表とかをこの年齢で目指す気などさらさらないし、そういうレベルでもありません。が、将棋というゲームへの理解力があればあるほど鑑賞していて面白いし、指していても面白い。単に棋士の対局結果を気にするのでもなく、また単に勝敗のやり取りに悩むのではなく、ゲームが持つ深みに少しでも触れたいと考えています。

 今日はペア将棋をみました。たまたまどのペアが優勝したかは知っていたのですが、初戦、決勝戦のいずれの序盤をみても、「あれ、聞違えたのかな?」(爆)と思うような強引な手順。穴熊が通れば道理が引っ込む、短時間将棋なら穴熊が最強、としか言い様がありません。穴熊党の自分としてはそれは全然構わないのですが、第2図のような仕掛けを対振飛車でできれば気分がいいのに、と感じてしまいました。ああいう野放図な仕掛けは振穴対居飛車急戦にのみ可能でしょうから、何とはなしに羨ましい。

 こう書いてきて、玉の堅さ頼みの将棋をひたすら指向している様で、冒頭の「理解力を上げたい」という高邁な理想との間に格差があるようですね。



<2937>

PM 11:25:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | [将棋]

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佐藤康光の棋界制覇、矢内理絵子の女流棋界制覇を切望するオジ将棋ファンです。とはいっても、棋士は皆さん、好きです。

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