2/16だったと思うけど、
岐阜新聞にある写真展の記事が載っていた

「ぼくのぶんこう」写真展
2/11〜26 たじみ創造館にて開催

「ぼくのぶんこう」という本は、
地元の書店に売っているのを見かけた事がある。
だけどそれが中津川の分校の写真だって知らなかった。

俺が通っていた小学校は
中津川市立 南小学校

中津川には川上(かおれ)という地区があり
昔は交通の便が悪かったせいなのか、
ここに南小学校の川上分校が有った。

俺が子供の頃住んでいたのは尾鳩という土地で
ここまでが本校、それより恵那山側が分校という境目に有った。
まあ、隣り合ってる感覚で、幼稚園(保育園)は川上の子と一緒だったので昔から馴染みが深い。

また子供の頃には野外のスケートリンクが有ったし
スケートリンクの上にはキャンプ場も有ったので
南小出身者は学校行事でごく普通に利用していた訳。

この分校は知らなかったけど岐阜県で最後の分校で、
残念ながら2003年に廃校となった。

俺はこの川上という土地がとても好きで
家からは往復14kmほどしかないのだが
休みの日にはバイクや車で何度も往復をする。

目的地は恵那神社という恵那山の麓の神社だったり
分校だったり、スケートリンクの跡地だったり
だけど一番好きなのは古いガソリンスタンド。

ここは中津川のほとりで、
そのほとりのバス停のベンチに腰掛けて川の流れる音を聞くのが
俺の一番の癒しだったりする。

川の流れの音って、好きなんだよね。
東京に住んでた頃、江戸川の近くだったんだけど
やっぱり海の近くの大きな川って、川のせせらぎが聞こえないんだ。

俺はそれが一番淋しくって、
地元に帰ると必ず川のせせらぎを聞きに行ったっけ。
2/14の日記のコメントで、「中津川には山と川しか無い」って書いたけど
実は俺にとってはそれが一番大切な物なんだよね。

まあ川上ってのはそんな感じで
今も俺にとっては一番大切な場所だったりする。

分校が無くなったの時にも、ずいぶん淋しい気持ちがしたっけ。
きっとお役人が机の上で計算して決めた事なんだろうけど、
世の中には効率や便利さだけじゃ測れない大切な物がある。

最近盛んな市町村合併に対してもそう思うね。
町や村って、伝統や言葉や風習によって自然に別れて来た物で
こことここをくっつけた方が便利だなんて考え方は間違ってると思う。

もちろん最近よく取りざたされる道州制ってのも同じね。
あれも小泉を始めとするアメリカ信仰教のやつらが
「州」なんてアメリカっぽいからそうしたいのかね?

行政単位でくっつけたって、
こっちには3000年近い歴史があるんだ。
そうした多様性さえも13種類にまとめてしまうつもりなのか?

大体日本列島なんて、面積から言ったらカリフォルニア州くらいしかない。
少なくて効率的なら、いっその事日本州ってひとつにまとめればいいじゃないか。
13だろうが1だろうが大差ないと思うね。奴らの考えなんてその程度だ。

話は逸れたが、
その川上分校の最後の一年を記録した写真家が居る。
名前は駒田匡紀さん。名古屋在住でここまで通っていたらしい。

そして出版されたのが「ぼくのぶんこう」写真集
発行は「ほおずき書籍株式会社」
発行日は奇しくも俺の誕生日と同じ11/27。

俺も早速購入してきました。
子供達の言葉が、土地のことばで書かれていてとても胸が暖かくなりました。
分校について知らなかった事も、この本から教えられました。

この分校を中心とした地域の人々の繋がりや
最近薄れつつ有る、地域で子供を育てるという感覚。
自然から生きる力を学ぶ事。

昨今、悲惨で陰湿な事件が起こる度に
そういう事が大切だって言われるのに
それが残っている所を守ろうとしない…

こんなのを見ると、やはり廃校は間違ってたんじゃないかと思えるね。
ここに住む子ども達は、分校でしか学べない事を学んでいたんだ。
本校と一緒になってしまった今では、その独自性も薄れて行くだろう。

そしてこの日は多治見まで、この写真展を見に行って来ました。
作者の方とも逢う事が出来、
撮影時の裏話など聞かせて貰え、とても有意義な時間が過ごせました。

ちなみに駒田さんはHPやブログも運営していますので
興味がありましたら覗いてみる事をお薦めします。
忘れて来た、大切な物を見つけられるかもしれません。