工房便り
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休日の散歩
昨日は、休みでのんびり過ごした。

午前中は、嫁のFitの駐車中に壊されたコーナーポールをを修理。
タイヤハウスのカバーを外してポールの台をボディーから
外し修理方法を検討。
折れているポールは、樹脂製、外側にステンレスのパイプを
カバーして接着することに決定。
いざ、作業場に行き適当なパイプを探す。
しかし、ポールの径が一定でなく上部が細い。
仕方なく上部には、2つ割りにしたステンレスのパイプを
隙間に接着剤で埋める。
ついでに、スタッドレスからラジアルに交換。

午後は、悪がきジェットと散歩する。
天気も良く、春を告げるように木蓮が咲き誇っていた。

先日、この悪がきに、携帯をかまれて、SDカードを食い
ちぎられた。本体にも証拠を残している。

2007/03/27 AM 11:06:16 | [自転車]

Top9T試走
今日は、やっと組み上げたTop9T装着のトレンクルの試走に出かけた。

いろいろ弊害もあり、時間がかかってしまったが、小径車には、
なくてはならないものですね。
走って実感。。。
でも、ここ河内長野は、坂が多く疲れた。

でもフロント60Tリヤ9−23のギヤ全てを使い切っての
試走が出来た。
ギヤ比は、トレンクルで60*9が700Cでは、
52*15ぐらい、60*23が34*25ぐらいになる。

小径車作りに楽しみがまた一つ増えました。

2007/03/22 PM 03:33:57 | [自転車]

オーダーステム
オーダーステム

最近のステムは、ハンドルの組み付け易さ、交換がし易い
オープンタイプのものが主流になってしまった。

以前のように1本締めで割が1箇所のものは、ドロップハンドルを
組み付けたり、交換するときに苦労するし、傷も付き易い。

その点、オープンタイプのものは、そのようなわずらわしさが
なくなった。でも、ボルトが上部で威張っているのが
ちょっとね。

オーダーステムは、市販のものでは、ポジションが出ない人には、
重宝物です。

2007/03/18 AM 10:02:38 | [自転車]

アウトドアフェスティバル
インテックス大阪で開催されているアウトドアフェスティバルを
見学して来た。

自転車からカヌー、オートバイ、オフロード車、その他いろんなジャンルのものが出品されていた。

中でもキャンピングカーは、1フロアーを使っての展示である。
キャンピングカーグッズ販売されていて、楽しく見学。

予想していなかったのが、近隣諸国のブース、台湾ブースがあったので覗いてみた。
台湾は、10回近く行っているが観光したのは、
1日だけ。日月かんぐらいかな?
是非、観光で行ってみたい。。。

2007/03/11 PM 01:22:21 | [自転車]

トラック世界選手権
森君が今年もトラック世界選手権のメカニックで世界を転戦している。いや、旅行しているのかな?

もうすぐスペインに行くと言うので、大きな工具箱を用意するから
連れて行ってくれと頼んでも、聞き入れてくれない。
頑固な奴だ。

時々、珍しいお土産をくれる。仕事場に森君お土産入れケースを作って入れている。中には飲む気もしない虫入り酒もある。

これは、転戦中にもらって来たサイン入りカードです。
選手を知らないので値打ちがない。説明を聞いたが興味がないと
直ぐ忘れてしまう。

2007/03/09 PM 03:04:00 | [自転車]

WAXオイル
自転車オイルもいろいろあるので選択が難しい。
しかし、たくさんあるので試して見るのも楽しい。

使用目的に応じて使い分けるのが良い。
今日は、私が最近通勤でテストしているオイルを紹介します。

自転車でチェーンのオイルが衣服に付くとまず取れない。
大変いやなものです。そこで、汚れないオイルを考える人は、
昔からいました。

MTBがアメリカで発生し野山を走るのに泥が付かないオイルを
考える人も出てきた。
当初は、ローソクをなべで暖め溶かしてチェーンを入れてローを
しみこませて使ったりしました。

そのような経緯から生まれたのがこの、WaxLubricant
です。

使用感として、使っているチェーンを洗浄してWAXオイルを十分
さして使いました。実感、、、変速が大変悪くなった。
使い物になるのか?、、2回目の注油で変速等は、少し改善。3回目の注油で
、変速良好、その後ほとんどさしていないが、結構長持ちしている。

これは、折りたたみ自転車に良いですね。汚れが本当に少ない。
普通のオイルと汚れの質が違う。
雨の中を走らない人には、もってこいですね。

このオイルは、注油前に容器の中で分離しているので良く振らなければならない。
でも、冬は、少し暖めてから振らなければ解けない。
使い方は、少し厄介だがなかなか優れものです。

2007/03/07 AM 10:09:41 | [自転車]

癒しの植物
私は、植物を見ていると癒される。
このおりづるらん(折鶴蘭)を机の窓際に
おいている。
机に座るといつも目に入る。
何時見てもさわやかな気持ちになる。

家のあちこちにも置いている。
それぞれ成長の様子が違う。

毎日、仕事で無機質なものを相手にしているので
生き物と付き合うのも良いものです。

2007/03/03 AM 09:43:51 | [自転車]

実業団登録
今年の実業団登録は、4名になった。
いつもながら、少数である。

レースで見かけたら応援してください。

2007/03/01 AM 08:21:46 | [自転車]

撮影Box
パーツなどの画像を撮るときに、綺麗に撮れない。
場所を変えて写してみるがうまく行かない。

どうしても綺麗な画像が必要になり、急遽、簡易の撮影Boxを
作ってみた。いつも簡易がそのまま継続するのだ。

いろいろ、考えてみて直ぐに収納(分解)出来る事が第一条件、
第二に費用、時間をかけずに作ってみた。

材料は、ベースが折りたたみの通い箱、サイドにコピー用紙をセロテープで張り、OA機器用の誇り除けカバーを使いました。


試しに写してみたら、満足までは行かないがまあまあ許容範囲
内の出来。

2007/02/28 AM 07:54:18 | [自転車]

トレンクル用Rハブの製作
トレンクル用リヤハブを作っている。
数年前より作ろうと思いつつ、なかなか出来なかった。

パーツがそろい最終組み立て中です。
ベアリングの勘合部、スポーク穴は、最終に加工しているので、
ボツにならないように気を使う。

これで、トレンクルもTop 9Tが使えるので、より楽しい
自転車になります。
トレンクルに限らず、20インチ以下の小径車では、Top9T
を組み付ければ、フロントギヤも小さく出来ます。

2007/02/27 AM 11:06:16 | [自転車]

久しぶりのお泊り。
「2月18日(日)雨上がりの曇り」
午前中,アカマツに自転車を取りに行った。
フォーク交換のためにしばらくアカマツに預けていた。
何故そうなった、かと言うと ・ ・ ・ 

「2月4日(日)晴れ」
今日は距離を走ろうと思い、鍋谷峠越えで和歌山に向かう。
鍋谷峠の上り(大阪側)で本町レーシングの人達とすれ違う。
今年は暖冬で去年より走れている。下りも快調。
カーブを曲がって道幅が狭なった直線に入ろうとした時、1台の車がいた。

すれ違うスペースがない、とブレーキを掛けた。スピードは落ちない。
車が右によりスペースをあけてくれて、なんとかすれ違ったが
先は緩やかな右カーブで側溝が見える。
バランスを取って真っ直ぐ進むがやっとで、曲がれるか、と思ったときには、側溝にいた。

頭と左肩に痛みがある。
自転車を見るとカーボンフォークの根元が千切れるように折れていた。
どうしょうかな、と側溝に座っているとすぐに2台のバイクが止まってくれて
ライダーが上がってくる車を止めてくれた。
その車に乗ってふもとまで行こうと思ったが、頭から血が出ていたから
動かさないほうがいいと言うことで救急車を呼ぶ事になったが
携帯電話が通じない。

バイクが、下った所にある御茶屋まで電話をかけに行き
救急車を先導して上って来た。

和歌山県橋本市の紀和病院に運ばれ、CTとレントゲンを撮った。
頭はどうもなくて一安心。
肩は肩甲骨と鎖骨が骨折していて、もしかしたら手術が必要と。
バンドと三角きんで肩を固定して頭をうっているので一晩泊まって 
様子を見ると言う事に。相部屋がいっぱいで特別部屋で一泊。
食事は、夕食なし、朝食なし、お茶だけ。
昼食で小さいおにぎり3個、おひたし、魚一切れ、甘く煮たさつま芋3切れ。
専門医に見てもらう。今のところ手術は必要はない、と。また一安心。

赤松さんにむかえに来てもらい、病院代も立替てもらい、
自転車はアカマツへ、私は実家へ。

今は、週一回、肩のレントゲン撮りに馬場記念病院へ。

             《病院代 55850円。》
保険 25330円。(食事)520円。保険外負担 30000円。(差額ベット2泊分)

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やっちゃいましたね。こけたときは、もうちょっとスピードを抑えて突っ込んだら
よかったかな〜と、反省もしたし、ちょっと怖くもなった。
でも2週間もたつと、仕方がないかな〜、うまく付き合っていこうかな〜、と。
そうだよね、性格も走り方も変わらないと思うし。

たまたま今回もこの程度(?)で済んだ。そんなに強運は続かないだろうし、
これからはもう少し気をつけて走ろうかな。

                             あらきひろいち。

2007/02/20 AM 09:01:23 | [自転車]

明けましておめでとうございます。
迎春

明けましておめでとうございます。

今年も皆々様のご健康とご発展をお祈り申し上げますとともに、
変わらぬご愛顧のほどよろしくお願い申し上げます。

工房赤松
赤松省吾

2007/01/01 AM 08:21:46 | [自転車]

Pedaling around the World Newsletter Vol.19 (2006.12.13)
せきじです。ただ今ペルーの首都リマに滞在中です。

まず最初に、「これから危険な場所へと向かう」と予告しておきながら、その
後の経過を報告せず、皆様にはご心配お掛けしただろうこと、深くお詫びします。

結論から言うと、北部の危険地帯は何事もなく無事に通過できました。

が...

その後、えらい事に巻き込まれてしまいました。


●一時帰国
前回、少しもったいぶった書き方をしましたが、実はここリマから日本に半年
ほど一時帰国する予定をしていました。

その理由は、
「やっぱり、世界一美しい山を見に行きたい」
それに、
「できれば、ガラパゴスにも行きたい」

現地のシーズン、時間的な都合、総合的に考えて、南下をワンシーズン(半年
間)ずらすことに決めたのです。
一生で一度の旅、悔いは残したくありません。
そして...、


●事故発生
11月28日、ひどい頭痛と体中に痛みを感じながら目を覚ますと、白い天上と点
滴をぶら下げたポールが目に入りました。

「患者さんが目を醒ましました」
と、看護婦さんの声。

「そうか、事故ったのか...」

誰がそう説明してくれたのかは、もう覚えていませんが...
「君はトレーラーに轢かれたんだよ」

何故?、何処で?など考える気力はなく、ただ眠り続けたい一心で目を閉じました。

つぎに目を醒ましたときは、幾分意識もはっきりし、少しずつ状況を理解でき
る状態になっていました。
事の次第を説明してくれたのは、地元の新聞記者を名乗るウィリアンという青年です。

11月27日、当日の目的地にしていたレストランの数km手前で、追い越しを掛け
ようとして失敗したトレーラーに追突され転倒、頭を打って意識不明になり、
数時間前に通過したばかりの、最寄りの町へと運ばれたそうです。

翌28日さらに60kmほど北へ、事故当日の朝、出発した都市の病院へと搬送され
ました。僕が最初に目を醒ましたところです。

手に持たされていたのは、$100ドルほどの現金の入った財布だけでした。
「残りのものは、破損したものもあるが、すべて事故現場最寄りの町の警察署
にちゃんと保管してあるから、安心しろ」
と、その新聞記者は説明してくれました。


●リマへ
CTスキャンで脳内出血が確認され、また左耳から若干の出血がありましたが、
手術の必要は無いだろうというのが医者の判断です。
顔や肩、肘・膝ほか数ヶ所に擦り傷があり、体中ガーゼだらけでしたが、骨折
は無さそうです。

最悪の事態は避けられたこと、怪我の程度もそれほど酷くなかったこと、不幸
中の幸いと思わなければなりません。

「大使館に電話してみようと思うから、パスポートの番号を教えてくれ」
自宅から60kmほどの距離を、毎日見舞いに通ってくれた記者の彼は、そう言っ
て大使館に連絡を取ってくれました。

大使館から病院に連絡の入った翌日、さっそく二人の職員が来てくれました。
医務官の先生は、僕の加入している保険会社と電話で交渉。
秘書官の女性は、事故現場最寄りの町の警察署へ、所持品の受け取りに。

彼らの迅速な処理のおかげで、事故から6日目の11月2日、チャーターした小型
飛行機で、ここリマのクリニックに搬送されてきました。


●退院
ここで担当してくれた脳外科医の判断も同じでしが、依然頭痛がひどく、一人
でトイレにもいけない状態が数日続きました。
それでも、日に日に快復に向かっていることは実感でき、少し元気になってき
た頃には、何人かの見舞いも受けました。

そして11月16日、目眩や体中の痛みはまだ残っているものの、寝たきりでいる
必要の無い状態になった僕は、担当医の許可を得て退院、通院治療に切り替えました。
ここリマでは、以前にコロンビアの首都ボゴタでお世話になったファミリーか
ら、ご家族を紹介して貰っており、入院中に見舞いにも来て下さった彼らの家
にお世話になっています。

大使館に預かって貰っていた荷物は退院の翌日、早速回収に行きました。
真後ろから追突されたようで、後輪はグチャグチャに、スチール製のキャリア
までも見事に曲がっていました。
さらに、前輪左側のバッグは追突の衝撃で路上に放り出されたらしく、トレー
ラーに轢かれて中身のすべてがペチャンコになっていました。

これが、もし自分だったら...。

さらに、退院後に会うすべての人に言われます。
「よく何も盗られなかったなぁ!」


●懲りないやつ
事故に遭ったことは、もちろん不運です。

しかし、「怪我の程度が軽かったこと」「盗難に遭わなかったこと」「大使館
に助けて貰えたこと」「安心して通院治療が続けられる家があったこと」「家
族に代わり、いろいろと手を焼いてくれた方たち」、事故以降に起こったすべ
ての出来事や状況を振り返って、僕は幸運だったんだと思います。

きっと、いつも旅の無事を祈ってくれている皆さんのお蔭です。ところが、

他人様に心配と迷惑を掛け、手を焼かせておいてなお、ツーリングを続けてい
く事に対する熱意は捨てられません。

もうこれ以上、旅を続けていけない状態になっていたことも十分有り得た、と
いうことを考えたとき、そうならなかったが為に、しつこく皆さんにご心配を
お掛けし続ける事になるとは、なんとも皮肉な話です。

自身の努力だけではどうしようもない「何か」に巻き込まれることがあること
を考えたとき、

「心配ないから、大丈夫だから」

とは言えないのが、僕の旅なんだなと身を持って実感しました。

でも、敢えて言わせて下さい。

「今後はもう何も起こりません、起こしません」
「大丈夫ですから、どうぞご心配無きよう」

12月17日、来年6月再開へ向けて準備のため、日本へ一時帰国します。


ペルー、リマより せきじ

2006/12/18 AM 10:02:38 | [自転車]

通勤サイクリング
今年は、暖かい日が続いているが、少し寒くなってきた。

いつもの年なら最後のレースが終了したら、あまり自転車通勤は、
しないが、今年は続いている。

今朝は、紅葉も綺麗あまりにも天気が良いので、つい、知らない道をサイクリングしてしまった。
ついのつもりが、知らないところを選って走っていたらずいぶん
遠回りをしてしまった。

2006/12/01 AM 08:21:46 | [自転車]

Pedaling around the World Newsletter Vol.18 (2006.10.20)
どうもです。せきじです。ただ今ペルー北部にいます。

腕の傷も癒え、勇んでキトを出発しましたが、また道中いろいろありました。


●天気悪いぞー、坂多すぎるぞー
キトの南は「アンデスの廊下」と呼ばれており、5,000mを越える峰々が幹線の
左右に連なっています。連なっているはずでした...。

天気が悪くて、一峰も見れなかったんです(泣)。
せっかくアンデス走ってるのに...、景色見れんかったら、しんどいだけやん...。

ここアンデス北部はこれから冬に入ると言います。曇の日が多く、雨もたまに降ります。
それでも、相棒がいなくなり、一人になった僕は、過去数年間に数多くのサイ
クリストが襲われて装備を奪われたと悪評高きペルー北部の海岸線を避けるべ
く、アンデス山中コースを取りました。

このルートが、またとんでもなく辛い。ウンザリするほどアップダウンを繰り
返さなければいけません。後でデータを見ても、はっきり分かることなのです
が、今回のツーリングで一番辛いパートになりました(My Trackの標高グラフ
見てください)。



●またもやホイールトラブル
その上道が...、これまた非常に悪い。といっても舗装はされてるのですが...。

そして...。
またやってしまいました。

木陰の中、まるで小動物を捕らえる罠かのようにその存在を隠した大きな穴
に、高速で突っ込んでしまったんです。
未舗装なら最初からスピードを出していなかったものを...、舗装路だっただけ
に余計にたちが悪い。

前輪はもはや円形ではなく、一周まわるたびにガタッ、ガタッっと音を立てま
す。程度はマシと言えど後輪も同じです。
そこから百数十キロ、次の町まで、こんな状態の自転車で走らなければならな
いのは、とっても精神衛生上辛かったです。
気持ち悪かったです(でも、すべては自分のミスなんですよね)。

着いた町で、ようやく手に入ったリムは、本当に間に合わせにしかならない代
物。またもやホイールサイズが特殊であることに泣かされました。

ここで前輪のみを組み替え、再出発の準備中に風邪までひき、テンションは下がる一方。



●ペルー北部の危険地帯へ
昨年、同じ地域を走った日本人サイクリストからの助け(情報提供)を受け
て、国境から先もずっと山中ルートを取るつもりしていました。が、このホ
イールトラブルと天気の悪さに嫌気が差し、海岸線へと降りてきました。

ここアンデスも今季の観光シーズンを過ぎ、計画していた「世界一美しい山」
があるというブランカ山群国立公園へのサイドトリップも諦めざるをえなくな
ってしまいました。

ガラパゴスも諦めた。 世界一美しい山も諦めた。 一体何のために走っとるんや俺?

実は今、考えることあって、真っ直ぐ首都のリマを目指しています。
無事リマに到着した際、お知らせします。

取りあえず今は、目前に迫った200km強の無人砂漠地帯、90年代多くのサイクリ
ストが襲われたという危険地帯を無事抜けることに集中します。

どうか、無事を祈っていてください。


ペルー北部・ピウラより、せきじ

2006/10/21 AM 09:08:10 | [自転車]

富士スピードウェイロードレース&富士国際ヒルクライム。

『富士スピードウェイロードレース(1日目)&富士国際ヒルクライム(2日目)。』

10月7日 PM10時半ごろ家を出て3回仮眠を取り(計2時間程)
翌朝10時前に富士スピードウェイに着く。

ゲートは閉まったまんま。車も人影もいない。
(気がついていない。)
周りをウロウロすると、ここは西ゲートで東ゲートがあるらしいので
そちらに向かう。開いてました。でも自転車関係らしき車も選手も見当たらない。
(まだ気がついていない。)
ゲートで入場券を売っている女の人にここで開催されるレースの事を聞くと
「今日は須走の方でマウンテンバイクのレースが有ります。」
(やっと気がついた。)
(そうだレースは日曜、月曜じゃなくて、土曜、日曜。)

女の人に余裕で「じゃ、そちらに行ってきますわ。」と答えたが、
心は富士の樹海に。どこに行こうか。

今から行っても、もちろんレースには間に合わない。
このまま大阪に帰りたい気分。でもせっかく来たし。
じゃ、観光でもしょうか?落ち込んだ気分じゃ無理。
とりあえずヒルクライムの会場に向かうか。

着きました。有りました。自転車関係らしき車が、いぃ〜ぱい。
人影はまばら。選手らしき人はいない。
テントの有る方向に行くとやっぱり今日がヒルクライム。
もしかしてのわずかな望みが打ち砕かれ、車に戻って雲をぼーっと眺めていた。

ここまで来ると雲は見上げるじゃなく、目線上に有る。
ほんとに綿菓子みたいな雲が強い風に千切れて消えて行き、
また何にもない所から雲が現れる。
そんな様子をただただ眺めていた。何も考えないようにしながら。

しばらくするとBR−1の着順のアナウンスが。
1着ブリヂストンアンカー田代、2着シマノレーシング狩野の2人だけ。
どうやら集団からの逃げ切りらしい。

しばらくすると選手、サポートカーが続々降りてきた。
シマノとマトリックスに用事が有ったんで待っていたがシマノは見たが
マトリックスのサポートカーは見なかった。
駐車場に行くと愛三、NIPPOのサポートカーが有るのに
シマノが見当たらない。
表彰式があるから来るだろうと。その間ひさしぶりに大門(NIPPOの監督)と、
初めて大原(愛三のメカニック)と話した。
しばらくすると野寺と土井がやって来た。
野寺にサポートカーは?と聞くと先に大阪の帰った、と。
着に入った狩野(2位)土井(3位)野寺(6位)は、土井の車で帰る、と。

これで私がここにいる用事がなくなった。
帰ろう。BR−1の表彰式を見ずに出発。時刻は昼の1時半ごろ。
高速は使わず国道1号線を西へ。23号線に入り、また1号線に戻り
25号線、西名阪経由で家に帰った。
(途中、鈴鹿が混んでいた。後で調べるとF1の開催日。)

10月9日 AM1時過ぎ自宅着。

移動距離 1034Km。
交通費 10818円(内訳、ガソリン10218円。西名阪600円)
燃費 14.12Km/函
車 ホンダバモス、3AT。

今日は大変疲れました。マル。

                      あらきひろいち。

2006/10/16 AM 08:41:54 | [自転車]

舞洲クリテ
『9月17日(日)晴れ時々雨』 大阪舞洲。

コース、1周880mの長方形のフラット。
風少々強く。ホーム向かい風。バック追い風。
BR−2、予選15周 2組。各15名上がり、決勝35周30名。
BRー3、予選15周 3組。各10名あがり、決勝30周30名。
5周ごとにポイント(1位5点。2位3点。3位1点。)

予選1組目(9:00スタート)で39名中、7位で決勝へ。
決勝は15:00スタート。時間はたっぷりあるので
レースを見てるか、食べてるか、後は昼寝していた。
午前中は晴れたが、午後からパラパラっとたまに強く雨が。

BR-3スタート。2周目から3人で逃げる。9周目で私が脱落。
集団に戻る。残り2周、バックストレートで1人落者。
自転車は左。人間は右。そしてボトルは真ん中を少し濡れた路面を滑っている。
私は、ボトルと人間の間を抜けていった。
途中逃げがあるが最終周回、2位以下集団。
最終コーナー、前方でこけていくのが見える。一瞬、踏むのをやめる。
こけたのを確認して、自分のラインを確保してから踏み出す。
前にも追いつかず、後からも追いつかれずゴール。

着順19位。ポイント賞、3位。

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途中雨が降ってきたがすぐ止んだが、残り2周で少し長く降り路面はウエット。
最終コーナーは安全に突っ込み、直線をもがこうっと思ったが落車があった。
そのおかげで巻き込まれずに済んだと思えばラッキーか。
(BR−2決勝で坂本君は巻き込まれた。)
実業団ポイントは11点取れたし、賞金(ポイント賞3位)ももらったし
プチ満足。

夜中、仕事から帰宅途中コンビニに寄り、カラダが甘いものとサラダを
欲しているので贅沢にもプリン2コ入ったデザート(470円)とサラダ2種類を買う。

これで賞金のほとんどを使ってしまった。

まっ、賞金と言っても"1000円"ですけど。

             あらきひろいち。

2006/09/20 AM 09:01:23 | [自転車]

Cross Mountain Bike
Cross Mountain Bike

先週末は、御岳で開催されたSELFE−DISCOVERY ADVENTUREに参加して来た。

42km 2人、100km 2人の4人で参加して来た。

朝は、3時半に起床して5時過ぎにスタート地点目指して出発。42kmのスタート地点は、宿から10km以上離れている。
天気は、雨を心配していたが、晴れて嬉しい限り。
早めに行ったので、20番目ぐらいのスタート位置を確保。42kmは、約800人のエントリーの為、スタート位置で完走時間が大きく変わる。

100km、120kmは、6時スタートだが42kmは、7時スタートの為
長い間待たなければならない。スターと地点までにアップして温もったからだが冷えてくる。

いよいよスタート。スタートして数キロが舗装路の為、地道の悪路に入るまでに少しでも前に出る為、全速力で走る。途中、トンネルがある。このトンネルが少し登りで、狭く、それなりに長く、真っ暗でライトを付けていても恐怖である。接触でもして転倒者があれば、大パニックになりそうなところだ。

快調に悪路を登って行く。下りもそれなりに飛ばして行く。途中へとへとになり、なんでもないところで、悪路にタイヤを取られて右側に転倒してしまい、腕、腰の辺りを擦りむいてしまった。

今度は、舗装の登りで、フロントを変速したとたんにチェーンが落ち込んでそのまま立ちこけしてしまった。今度は、左にすね、ひじ、腰の辺りを擦りむいて血が止まらない。何とも情けない格好で走らなくてはならなくなってしまった。

晴れているので、景色も良く見えた。
完走時間は、3時間18分。去年が3時間22分だったので結果良しです。
同行の松尾さんは、2時間20分で完走、総合20位、年代別7位?。激戦の年代。おまけに前に女性が2人もいるとか?

宿に帰り100km組を待つが予定の第一チェックポイントで帰って来る時間を過ぎてもなかなか帰って来ない。
村上さんが第二チェックポイントから帰って来る。しかし、予想外に藤田君が帰って来ない。第三チェックポンイントまで行き、もう少しで完走のところでアウトになり帰ってきた。来年のレースで完走目指して猛特訓が始まりそうだ。

激戦談議で帰路につく。

赤松省吾

2006/09/19 AM 07:57:24 | [自転車]

Pedaling around the World Newsletter Vol.16 (2006.9.16)
エクアドル首都キトより、せきじです。

赤道を通過しました!!!
とうとう南半球です!

●まったく、男ってやつは...
7/22、パナマ・シティより、空路にてコロンビア、カリブ海岸の街カルタヘナ
へと移動。ここで、日本人の経営する宿に投宿し、体調の回復を待ちました。

宿でやることといえば...、

ネット。

すると、以前からメールでやり取りのあったイタリア留学中のコロンビア人の
女の子が、休暇で帰国中とのこと。
彼女は、以前皆さんにお知らせした、旅行者ネットワークサービスを通じ、数
カ月前に僕にメールを送ってきました。

ずいぶん興味を持って貰ったみたいで、イタリアに来た際は、是非寄ってくれ
とのこと。しかし、彼女が卒業するまでにはイタリアには着けそうにありません。

「会いに来なさいよー」

という、彼女のメールに...。丸一日ほど迷いました。なぜか?

彼女の住む町は、これから走っていく方向と真反対だからです。しかも、僕自
身の旅程も遅れ気味です。
悩んだ挙げ句、荷物を宿に残し、空荷で120kmを往復することに。

まったく、男ってやつは、しょうがない存在です。女の子に会うために240kmも
自転車で走っていこうなんて...。

というのは、冗談で...、せっかくこうやって招待してくれているんだし、
120kmなんて、ここからイタリアまでの距離に比べれば、ゴミみたいなもんだと
思えば、せっかくのチャンスを逃す理由はないでしょう。

まぁ、下心0だったかといえば...、???ですが。

家に到着すると出迎えてくれたのは、彼女の叔母さんでした。
叔母さん曰わく、

「旦那と、近くに出かけているけど、すぐ帰ってくるわ」

「は? 旦那?」

なんと、既婚者だったんですねぇ。
残念といえば残念ですが、正直、逆にホッとしました。

結局、彼女と一緒に、ご主人の運転する車で、あちこち連れていって貰い、美
味しいものをたらふく食べさせて貰いました。普段ろくなもの食べてないっ
て、思われてたんでしょうかね?

念を押しておきますが、彼女が仮に男でも、訪ねて行ってました(きっと)。
もう一日ぐらい余分に悩んだかも知れませんが...



●相棒登場!
カルタヘナで体を休めていた宿に、なんと日本人サイクリストがやって来ました。

といっても、グアテマラを400kmほど走っただけの、ホヤホヤの新人です。
彼はもともと、バックパッカーでしたが、南米で出会った別の日本人サイクリ
ストに触発され、彼にとって世界旅行最後の地、南アメリカを自転車で旅すべ
く、わざわざメキシコへ必要なものを揃えに行っていたというのです。

しかし、メキシコで、そんなに便利なものが揃うわけがありません。
一年前に、彼の地で事故して、パーツを探し西へ東へ彷徨った僕にはよく解ります。

かなり無理のある荷物の積み方をした自転車を見て、おせっかいの虫がわき。

「メデジンまで一緒に走る?」

当初、一週間ほどのペアランの予定でしたが、一度別れてそれぞれ別ルートを
走った後、コロンビア南部の都市カリにて再会。ペルーの首都リマまでの危険
地帯を二人で切り抜けるべく、再びチームを組み、現在一緒に走行中です。



●サイクリスト天国
コロンビアの北部は、それこそ真っ平ら。毎日暑さに耐えながら走り、湿度に
悩まされながら夜を過ごしていました。

そして、とうとうアンデス山脈です。気候は一転、赤道近しといえど、2000mを
越える高所は寒いぐらいです。
2500mの峠を越えて、到着したコロンビア第二の都市メデジン以降、2500m〜
3500mの峠を何度も越えながら、首都ボゴタを経由し、南部の大都市カリ、そし
てエクアドルの国境へと、山・山・山のオンパレードです。

山があるところ。そこは、ヒルクライムライダーの恰好の練習地。いるわいる
わ、平日はもとより、週末ともなれば、これでもかとばかりにトレーニングに
いそしむサイクリストと出くわします。そして、彼らのなんと人懐っこいこと。

さらにビックリしたのはツーリング中のコロンビア人に出会ったことです。そ
れも二組。もちろん国内ツーリングですが...。まさかコロンビア人も、そんな
ふうに旅をするとは思ってもいませんでした。

首都ボゴタでは、数年来、南米一周を夢見て、いつか一緒に旅してくれる相棒
が現れることを、いまかいまかと待ち受けている男性とも知り合いになりまし
た。目を輝かせながら、永年来の夢を語る彼は、まるで夢見る子供のようです。

ボゴタからほど近いイバゲという街では、60も近い老年MTBライダーに招かれ、
彼の自宅に投宿。翌日曜日は、年2回だけ開催されるという、参加者200名余の
現地MTBツアーに飛び入り参加させて貰いました。

また、コロンビアでは各都市で、かなりの数の自転車屋周りもしました。交換
したいパーツが何点かあったからです。彼らショップのオーナーや従業員も、
いつもいつも大歓迎です。

まだ行ったことのない僕には比較のしようもありませんが、きっとヨーロッパ
並、いや、もっとサイクルスポーツが盛んな国。それが、僕の観たコロンビアです。



●一番好きな国
コロンビアでも沢山の人々にお世話になりました。自宅にお世話になっただけ
でなく、飲み物や食事をごちそうして貰うことも多々ありました。

コロンビアには、麻薬やゲリラなど、何かしら危険なイメージがありますが、
それを理由にこの国を訪れない旅行者も数多くいます。
とくに日本人に関して言えば、外務省の発信している海外安全情報の「大袈裟
すぎる」といえる危険度の設定が、危ない国のイメージ増大を助長しているこ
とは、否めません。

事件・事故を未然に防ぎたい彼らの考えもよく分かりますが、ある一面だけを
強調して、その国の本当の姿を見せない、そのことで、この国を知れずにいる
人々が多くいることを考えると、とても悲しい思いがします。

安全な国、ではありませんが、少なくとも50日間の滞在の間に危険を感じたこ
とは一度もありませんでした。
人々のやさしさがにじみ出ている、とても温かい国。僕にとってコロンビア
は、今まで訪れた国の中で、一番好きな国のひとつになりました。

機会があれば、今回の旅行中にもう一度、戻ってきたいと思っています。



●予定
相棒の都合により、9月末のペルーの首都リマへの到着を目指して、現在若干
ハイペースで移動中です。
10月初旬、リマより、次回の報告をさせて頂きたいと思います。

今回は、配信が遅れ、みなさまにご心配をお掛けしたことと思います。元気で
やっておりますので、どうぞご安心頂きますよう。


エクアドル首都キトより、せきじ

2006/09/19 AM 07:19:03 | [自転車]

乗鞍ヒルクライム
週末は、乗鞍ヒルクライムに行って来た。
ルシーダに7人+7台の自転車を乗せて行って来た。

今年は、21回大会になり、4000人以上の人がエントリー
しているとの事である。
会場周辺は、自転車だらけである。

当日は、天気は、良く、今までにない暖かさで、スタート地点に
付いた時は、大汗をかいてしまった。

快調にスタートして走るが、いつもになく足も軽いのでそれなりの
スピードで登って行くが、どうせ、途中でへとへとになるだろうと
抑えながら登って行く。
やはり、残り5kmの表示が見える頃より、へとへとになる。
いつもこの辺から疲れ切って脚も回らない。
この辺から森林限界になり、酸素も少なくなるのか、疲れが一気に
増してくる。

何とかゴールは、1:56:....で2時間を切った。
頂上では、混雑の為ゆっくり出来ず、預けている荷物を引き取り
着込んで下る。
下りが自分のペースで下れないので、疲れる。

定宿のペンションミズシロでお風呂に入れてもらい帰路につく。


2006/08/28 AM 07:54:18 | [自転車]

白浜クリテ
8月20日(日)晴れ。和歌山県白浜町。
コースは、旧空港滑走跡地で、行って来いの右コーナー(Uターンに近い180°)
2つだけの1周2.6キロ。
BR−1、35周(9時スタート)。BR−2、25周(12時スタート)。
BR−3、(14時20分スタート)15周。
5周ごとにポイントライン。(1位5点。2位3点。3位1点。)

午前中のBRー1のレースを見に行くためコースの脇を自転車で、ブラっと。
安原が、居った。その隣がシマノ。
坂東監督と丸山がいてチームカーの前に三浦(マトリックス)が、座っている。
イスが余っていたんで(?)、三浦に"引退したん、やて?"っと声をかけ
ずうずうしくもイスに腰掛けた。
三浦に言わせると半分強制的らしい。
マトリックス、シマノが無線を使ったり、ボトルを補給したりと、忙しく動く中、
私は、車(シマノのワゴン)の後ろドアを開けてあって日陰になったイスに
"ボー"っと、時には"ウツラウツラ"しながら、レースとその様子を見ながらリラックス。

際どい勝負で三船(ミヤタスバル)が勝ち、BR−1のレースが終了。

私もそろそろアップする。固定ローラーにまたがって30分。
クールダウンに20分その辺をポタリング。終わったころにBR−2がスタート。
クーラーボックスと前後車輪を置いて、今度は私がスタッフとして坂本をサポート。

BR−2、終了。坂本、5位入賞。

終わると同時に自転車にまたがってコースを試走。
風の向き、強さ。路面状態、とくにコーナー。
そしてコーナーの広さ、きつさなどをチエック。
とくに神経質になるような所はないが、
コーナーを作っているパイロンには、要注意か?。

3周回ったところで選手がスタートゴールラインに集まってきたので
ギスギスした前の方には並ばず後の方で少し距離を開けて余裕を
もってリラックスする。

スタートまでの時間。頭の中ではレースのシュミレーション。
ポイント賞と10位までに入って実業団ポイント狙い。
久しぶりに狙えるレースのためちょっと緊張ぎみ。
悪い緊張ではない。モチベーションが上がる、筋肉にもいい刺激。

BR−3、スタート。

集団も私も落ち着いてスタート出来た。スタートして最初のコーナー。
思いどうりのラインで選手の間を抜けながらクリア。
ここから次のコーナーまで追い風でわずかながら下りで、私の頭の中での
シュミレーションでは50キロは出ている計算だが、以外に遅く45キロ。
コーナーが近づき集団が左に寄り、右にラインが開く。
そこを集団がスピードを落とし気味に走る中私は逆に少し上げ、
"ええ〜、入ってまえ"と集団を離れ右からコーナーへ。うまく行った。
今日は乗れている。調子が良い、と自画自賛。

ここからはスタートゴールラインを挟んで次のコーナーまで向かい風でわずかながら上り。
しばらく選手の後ろで休みながら、"どうしょうかな〜"と考えたのはほんの一瞬。
スタートゴールラインが見えて、逃げている選手が前にいる。
もがきました。調子も良いので。
オープニングラップを取り、2周目もトップが取れたので、以外に走れているでと
また、自画自賛。

3週目、4周目は集団で休んで、満を持してポイントがかかった5周目。
トップで通過。5点ゲット。"強いな〜"と、またまた、自画自賛。
6周目〜9周目、無難に走って、ポイントがかかった10周目。
逃げている選手を捕まえて、後からきた選手を前に行かせ
後から追い込んだが、追い込まれず2位。3点ゲット。

10、11周目、ポイントを稼ぐため使った体力を回復するため
集団で休んでいたが全然回復する気配ナシ。
すると頭の中の"弱気なひろいち"が多分ポイント賞取ったし
もう十分レースを楽しんだから止めようをそそのかす。

しか〜し、まだまだ"強気なひろいち"が着に入るため
このまま集団で我慢して出来るだけ休んで最終ラップ、
その爆発力を活かして10着、いや、優勝せい。とあくまで強気。

そんな中、12周目。集団で大落車。集団から(後に)離れていた私には
影響なかったが、これで"弱気なひろいち"が一気に頭の中を占領。
おかげでペースが急ダウン。
最終周回に入る前には最後尾。スタートゴールライン前で
止まっている1人追い越し、最後の直線、前に2人の選手。
まだこっちに気づいていない。チャンス。
背後からそーっと近づき、追い越すときに"先に行くで〜"
"どうぞ"と笑って見送られ、
この2人をふらふらになりながらぶっちぎって2つ順位を上げた。

ちなみに、追い抜いても実業団ポイントは変わらない。

BR−3、終了。 荒木、1位(ポイント賞ですけど)。

     あらきひろいち。

2006/08/25 AM 07:44:15 | [自転車]

丸岡ロード
丸岡ロード(BR−2)

たまにはネタがあるうちに書いてみようかな。と筆を執った。
そう、「鉄は熱いうちに打て」というが、モノには旬というものがある。
先日我が家で食べ逃した貴重な桃があったのだが、旬を逃して酸っぱくなり、
桃大好きな子供も「すっぱー!」と言って、逃げ出す始末。

情報も生き物であって、やはり旬というのがある。その時に
活用しなければ役に立たない。
身近なところでいうと「株価」。昨日、上がり基調だったので、
今日あたりは「買い」だろうと・・・。うそぉー・・・。

そんな訳で次のレースが終わったら、偉そうに語れなくなるので、今のうちに。
昨年は骨盤を骨折して自転車レースを1年間休業していた。
今年は転職して練習時間がなくなった。
走るのは週に1回か2回ほど、通勤で片道40km(平坦)を乗るだけ。
小川村のレースなんぞは自転車に1週間ぶりに乗った日がレースという
結構ふざけた状態である。

丸岡は好きな割りと好きなコースなので頑張ってみようと思った。
頑張って通勤ライドを週2回した。
国道の高架道路をアタックポイントと見立てて、もがいた。
国道の終盤、山越えの自動車専用道路ももがいてみた。
降り口で飲酒検問していた・・・。むちゃくちゃ怒られた。

いい調整になったのか否かはわからないが、当日はよく足が回った。
集団に潜んで、ゴール前でチョイ、というのは性にあわないので、
終始、積極的にレースメイキングしてみる。
川沿いのだらだら登り。トンネル前からのアタック。
下りを踏み倒し、平坦で逃げを試みる。
補給ポイントの登りを利用してもう一度アタック。
川沿いの道でもう一度アタック。

結構がんばってみたが、なかなか逃げというのは決まらない。
でも、走り終わって足が残っててて意味がないので、
レース中に使い切れるように頑張ってみる。
一度、足が攣りかけて危なかったが・・・。

終始、アグレッシブに走ったつもりなので、搭載していた
ジャンボボトル、バナナ3本、ゼリー、パック式飲料などは
手をつける暇がなくゴールへ続く最終直線を迎える。

ゴールスプリントに備えて、すべてを投棄したかったが、
根が貧乏性なので、そのまま搭載したまま行く。
最終のコーナーをいい位置で通過。下り基調の直線を利用して、
早がけしたいところだが、ぐっと我慢する。
右側のいい位置をキープ。抜かされないスピードをキープ。
カメラを持ったじいちゃんがコース上に!
ファイダー越しなので危険なことに気付いてない。
それとも激写するつもりか!?

「お、おっちゃーぁん!あぶなーぁい」
僕の後ろで悲鳴にも似た叫び声が!!

そして交差点を通過、まだ我慢。
この位置でいいか!?
最右翼、アンカーの選手の番手につく。
ラスト200mの標識。
「今だ!」

周りの景色がスローモーションで流れていく。
音は何も聞こえない。

大集団が失速する・・・

右は?・・・。誰もいない・・・。
左は?・・・。2、3人・・・。

投げろ、ハンドル投げろ・・・。

ツールのビデオで何度も見たシーンだ・・・。

渾身の力でゴールラインをくぐる。

「わーわーわーっ」と急にテレビのスイッチが入ったように
周りに声が聞こえてきた。と同時に、
コマ送りだった景色が普通の流れにもどる。

すべてものを出し切って、僕の夏が終わった。

結果はBR−2  5位/100人だったが
表彰場(台ではない・・・)にも上れたし、
それはそれで満足である。

坂本恵一

2006/08/18 AM 10:02:38 | [自転車]

蔵王〜鍋谷
恒例の蔵王峠にサイクリングして来た。

滝畑ダムの手前で、後ろからやってくるサイクリストの気配がした。
抜かされるなと思いながらもこちらもスピードを上げて走る。
しかし、直ぐに追いつかれてしまった。せっかくのんびりサイクリングを楽しもうと出かけたのに。。。

追いついて来て、一言、なかなか追いつかんおっさんやと思ったら、赤松さん かとマトリックスの安原選手ともう一人。直ぐに見えなくなってしまった。ところが途中で追い抜いてしまった。これも年のなせる業。滝畑のキャンプ場近くで車が道をふさいで二人は、止まっていたので、私は、お先に車の横をすり抜けて勝負有り。

しかし、激坂続きのなか、あっと言う間に抜かされて、見えなくなってしまった。

しかし、この道は、夏とは、思えない涼しさ。小川沿いで木が茂っていて、直射日光がほとんど当たらない。
蔵王峠を過ぎ、堀越観音に1時間10分ぐらいで到着。
ポラーの保温ボトルに氷をいっぱい入れて、ポカリスェットを入れて来たので飲む。うまいうまい。ちょうど飲み頃になっている。

いつもなら、このまま家に戻るのだが今日はちょっと遠回りをして帰ることにする。
和歌山側に下り鍋谷峠に向かう。
快調、快調。
途中、誰かすごいスピードで下ってきた、シマノの軍団5〜6人。思わず大声をかけたが、誰かは、反応して声をかけ返してくれたが
先頭の阿部ちゃんは、分かってない様子。阿部ちゃんも俺が、まさかこんなところを走っているとは、思っていなかったのだろう。

峠遠し、思っていたより遠い、長ーーい道のり。
峠を下ってから家までが又、遠い、遠い、水筒の水は、なくなるし、腹は減るし。
ここでビールを飲むと家が遠のくし。
我慢、我慢で家にたどり着く。
本日の走行距離:44km、走行時間:3:13(ほとんど休みなし)

赤松省吾


2006/08/15 PM 05:49:50 | [自転車]

丸岡ロード
8月6日(日)快晴。福井県坂井市。
BR−2 76km(3周回+1km )。BR−3 51km(2周回+1km )。
朝7時にBR−2、10分後にBR−3がスタート。(夏暑いときは早い方がいい。)
私の出るBR−3クラスは189人が出走。
コースのレイアウト、人数、レベルからすると、私の長年の感が「やばいかな」
と感じて無理せず完走ポイント4点だけを目標にする。
だから、いつもより間隔を空けて走る。

1周目、コースが狭くなったところで大落車。出走人数の1割が消える。
2周目、トンネルの中でもこけている。立ち上がろうとした選手が、
後から来る選手の声に頭を抱えて座り込む。
ゴール前、左端で起こった落車で目の前の選手が右に逃げ
その反動で右端で1人が落者。
側にいた私は、落者した自転車とからだが地面とこすれる金属音と鈍い音を
聞きながら無事にゴールまでたどり着いた。

私の近くだけでもこれだけあって、完走は137人。
ぺースもそんなに早く無いから50人ぐらいは落車したかも。

BR−2に出走した坂本君は5位に入賞。米3キロゲット。
私は、55位入賞(私のなかでは)。副賞ナシ。

レースは少しびびったが、参加賞にかばんがあった。
横にシューズ専用のチャックが付いている。
会場の雰囲気もいい。冷たいお茶のサービスもあった。
町の人達もコースを朝早くから、きれいにしてくれている。

来年も来ようか。

              あらきひろいち。

2006/08/09 PM 03:04:00 | [自転車]

ヒルクライム
ご無沙汰してます。島根の福間です。
今年になって、松江市のイベント会社のスタッフを中心として、ペアラRCの代表、島根県やNHKの職員を交え、NPO法人サイクリストビューを設立しました。
今年は既に終了した石見ライドを始めとして、出雲路ワンデイラン(160kmのツーリング)、雲南市でのMTBレース(ED、ヒルクライム)を主催します。来シーズンは、私の住んでいる飯南町で、ロードのヒルクライムレースを行うことも決定しています。正式な日程が決まり次第、連絡しますので、是非参加して下さい。1年後のことですが、来年の7月中下旬の日曜に開催予定です(大台ケ原と重ならないように調整)。美ケ原のような激坂は無く、距離は約12.5kmで標高差は500m程度です。景色も晴れたら良好です。宜しく御願いします。

2006/08/03 AM 09:43:51 | [自転車]

パナソニック・スポニチバイシクルフェスタ’06。
7月30日(日)晴れ。福井県勝山市
夜中0時ごろ、大阪を出て時間がなかったら高速(道路)を使おうを思ったが
少々、無理して走って5時過ぎには着いた。
コースは、大雨の影響で距離が短縮された。
それもラスト、これからきつくなる坂がカットされている。
今回は完走できそう。上りのため、ひさしぶりにカーボンリムを使用。

7時過ぎにスタート。最初は平坦。次にだらだら坂。緩やかな坂が続く。
時折平地に近い坂もある。料金所を過ぎホテルの横の道はアウターも使える。
つづら折れの坂が続き、激坂が出た。我慢して上り、左コーナーを抜けると
ゴールラインがあった。
レース名は長いが、レース自体は、以外にあっけなく終わった。
(33分18秒。66人中51位。ポイント4点。)

無料ドリンク券でスポーツ飲料と交換し。ただ(無料)のバナナを3本もらい。
これでお腹を膨らまして、昼まで持たそう。

帰りは、福井北から高速(道路)に乗った。東大阪南(近畿道)で降り
三浦を降ろしたとき、時刻は昼の12時ごろ。私も1時過ぎには家に着いた。
もう一走り出来そう。

ブレーキシューをカーボン用からノーマルに、スプロケットもカーボンリムホイールから
アルミリムホイールに入れ替え、いつでも走れる状態に戻して、小腹が空いたので
昼飯を食べ、軽く眠気がしたので昼寝をし、目覚めると以外に時間が経っていて、

走るのやーめた!。

来週(8月6日)は、丸岡ロード。(勝山市の隣の坂井市。)

                                あらきひろいち。

2006/08/02 AM 07:52:49 | [自転車]

小川村ロード
7月23日(日)晴れ。長野県小川村。
コースプロフィールを見ると私向きじゃないが1回ぐらいは“走っとこう”と軽い気持ち
で参加した。車で下見をしたが平坦が終わると上り。上りが終わると下り。
1周がこれの繰り返し。上りはマイペースで上ったら気持ちいいだろうな。
景色も良いし。下りも攻め込んだらおもしろそう、、、なんて気楽な気持ち
でスタートを迎えた。

最初はパレード走行。上りに備えて集団は少々、神経質。
落車する選手もいるし。ボトルを落とす選手も。
上りが始まった。無理に集団について行こうとせず最初からマイペース。
そして、いつものように1分遅れでスタートした女子にも当たり前ように
置いていかれ、頂上のゴールラインでは先頭とは8分以上の差。
下りに入り少々攻め込んだ。何人が追い越したが
何個かのコーナーはオーバースピードにツッ込んで
おっとっとコーナーリングしてしまい、余計遅くなってしまった。
下りの最終に近い左コーナーも前の選手を抜かそうとして、
ええ、行ってまえ!抜かしてフルブレーキング。以外にコーナーがきつくて
ブレーキングしたまんまハンドルを力ずくで切る。後輪がロックしてズッ、ズズ。
コースアウトはせずに済んだが体力も気力も使い。平坦路は付ききり。
上りが入るとまた女子に抜かされ、久しぶりにヘルメットの先からポタポタと
汗を落としながら、前へ前へ、上に上に、と。遅くても進ませる。

第2関門でアウト。
またバスに乗せられ、頂上のゴールラインへ。
洗面所で顔、腕、脚を洗う。冷たく気持ちがいい。

このコースなら、勝ち目がない。いや完走も出来ない。
でも来年も来たくなった。

                 あらきひろいち。

2006/07/28 AM 07:54:18 | [自転車]

Pedaling around the World Newsletter Vol.15 (2006.7.20)
まいどです。パナマ・シティより、責自です。

予定どおり、7月10日パナマ・シティに到着しました。
で、何でまだパナマ・シティにおるんだ?と...

実は、運河観光を済ませ、自転車梱包用の段ボールを手配し、と精力的に動き
回っていたのですが、3日目、どういうわけか風邪(インフルエンザ?)をひ
いてしまい、4日間ほど、ベッドから起き出せない状態になってしまいました。

そして、やっと行動再開できるようになったと思ったら、今度は、どの航空会
社も満席で、席が取れないと言われ、ここに釘付けにされてしまったのです。


●パナマとパナマ運河
見学に行ってきました。パナマ運河。

どういうものか簡単に説明します。

海抜0mから船が進入、閘門(こうもん)という施設(狭い水路をゲートで出入
り口を塞いだ水槽のようなもの)を使って、海抜26mに船を押し上げます。
船は地峡内の河と湖を通過し、再度、閘門にて海抜0mへ降ろされるという仕組みです。
1914年にアメリカが完成させ、1999年12月31日にパナマへと返還されました。

通過する船は一体いくらぐらい、支払ってるのか?
パンフレットによると、2003年度に運河を通過した船舶の合計は、11,725隻。
支払われた通航料は6億6600万ドルとあります。単純計算すると、一隻あたり
56,802ドルです。

一日の航海に必要な経費など知る由もありませんが、南米大陸を回り込むよ
り、運河を通過する方が、当然コスト・パフォーマンスに優れているんでしょうね。

他にも、
通貨船舶の約40%が、極東アジア−アメリカ東海岸間の船舶
過去の最低通航料=36セント、1928年リチャード・ハリバートン氏が運河を泳
いで渡ったとき
運河のユーザー比、アメリカ69%、中国18%、日本17%...
など、興味深いデータ、面白いデータもあります。
http://www.pancanal.com/
よろしければ、どうぞ。

パナマの経済は、GDPの70%を第三次産業に頼っている、と聞いていたので、き
っと運河事業はその中核なんだろうなぁと、思いきや...、運河サービスで得ら
れる外貨はGDPの6.4%程度なんだそうです。つまり、サービス業全体の10分の1
にも満たないっていうことです。

じゃぁ、他の9割は? 僕の知り得た範囲のことといえば、

カリブ海側の街コロンには、中南米最大規模のフリーゾーンがあり、各国から
船で買い付けにやってくる商人がウジャウジャしていますし、ここには外国資
本もたくさん入っています。

金融センターもあるそうで、「生産」はしなくても、金だけは集まってくる場
所みたいです、ココは。

また、これはデータには載ってくるわけありませんが、コロンビアマフィアの
麻薬輸出中継地であったり、中国マフィアの不法移民団アメリカ送り込みの中
継地であったり、裏の世界経済の中心地の一つと言えるのかもしれません。

一観光客としては、物価が高いことで、苦労しております。



●予定
先ほど、無事チケットの手配を出来ました。7月22日のフライトで、コロンビア
のカルタヘナへと渡ります。


では!

西田 責自

2006/07/21 AM 09:08:10 | [自転車]

Pedaling around the World Newsletter Vol.14 (2006.7.5)
前回、5日間ほど休みを取っている間、一粒も雨降らなかったのに、走行を再
開した途端に降り出しました。いったい、どないなっとんねん。

次回はパナマあたりから、と予告していましたが、まだパナマ(パナマ・シテ
ィ)まで1週間近くかかりそうですので、心配お掛けしないように、中間報告です。

出発後、気合いを入れてパナマ・シティまで走ってしまうつもりでしたが、コ
スタリカに入ってから、とんでもない山道に行く手を阻まれ、なかなか前に進
めず、首都サン・ホセにてまた5日間ほど休養取っておりました。

そして、現在ようやくパナマへと国境をまたぎ、中米のゴール予定地、パナ
マ・シティまで残すところ500kmほどといったところです。


●中米のスイス「コスタリカ」
みなさん、コスタリカという国の名を聞いて、どんなイメージをお持ちでしょうか?
僕自身はと言うと、コスタリカという国があることは知っていても、それが、
世界地図のどの辺にある国なのかすら知りませんでした。

そして、中米ツーリングがはじまり、この国を訪れるまでは、他の中米各国と
似たり寄ったりなんだろうと、イメージしてました。

ところが...。

実際に走ってみてみるとビックリ。まるで「中米」をイメージさせない国なんです。

ニカラグアから国境をまたぎ、首都へと伸びる幹線沿いにちらほらと見かける
農園や彼らの家のなんと立派なこと。
バラックと言いますか、掘っ立て小屋のような家などほとんど見かけません。

そして、子供たちに、「チーノ!」もしくは「グリンゴ!」と叫ばれること
も、全くなくなりました。
メキシコ以南、ニカラグアまでは、よく「チーノ(中国人)!」とバカにされ
たような呼ばれ方をします。
また、エルサルバドルやホンジュラスあたりから南では、何故か「グリンゴ!
(アメリカ人に対する蔑称)」と呼ばれることも多くありました。
幹線道路を走っていると、どこからともなく、そう叫んで来るのです。

他の中米各国でよく見かける、パンツ一丁で、いかにも貧しげな子供たちな
ど、この国には存在しないようです。

他に例をあげると、
・年季の入った車が少ない。
 綺麗な車のなんと多いこと。

・いままで道路脇に、これでもかというほどたくさんあった、個人のパンク修
理屋が無い。
 パンクしないんでしょうか? それとも、JAFのようなサービスでもあるのでしょうか?

・オートバイのライダーは必ずヘルメットをかぶっている。
 これがメキシコだと、ほぼ100%ノーヘルです(法律上はかぶらないといけま
せんが...)。

・アメリカから払い下げられてきたスクール・バス(中米各国ではこれを路線
バスとして使っています)を見かけない。
 ちらほらとは見かけますが、ほとんどは、新しい車両です。

物価も高くなりました。日本と比べればまだまだ安いのですが、それまでの国
に比べると、ものによっては5割増しなど、安い物価になれてきた僕には、ち
ょっと手の出せないものもあります。

最初に訪れた街のスーパーには、「うどん」や「そうめん」なぞ置いてあるで
はありませんか。そして、首都サンホセのスーパーには、なんと「ほんだし」
や「乾燥ワカメ」、「干ししいたけ」などが、当たり前のように陳列されているのです。

インディヘナ(先住民)の人々も見かけなくなりました。それもそのはず、何
と国民の94%が白人だと言うのです。

国境を挟んで数十kmの間に、こんなにも大きな違いを見せつけられるとは、ま
さに青天の霹靂です。
前回リポートしたGDP(購買力平価説)のデータを見ていても、まったくこんな
違いを予想することはできませんでした。

どこの誰が、そう形容し始めたのか知りませんが、ガイドブックなどではコス
タリカのことを「中米のスイス」などと呼んでいたりします。
これは、この国が憲法により常設軍を禁止している事を、スイスのそれに喩え
ての呼称だと思うのですが、中米にあって、中米を感じさせない国という意味
で、僕は「中米のスイス」を肌で感じました。



●走ってばかり
最近、距離を消化していくことを考えるばかりで、なかなか、その国を知るチ
ャンスを持てずにいます。雨が多くキャンプするのが億劫で、ホテル泊まりの
毎日なのも、現地の人と知り合う機会が得られない原因だと思います。

首都サンホセでは、郊外のホステルに投宿していました。
ここで、毎日、旅行客が入れ代わり立ち代わりするのを見ていたのですが、な
かでも、とくにアメリカ人の観光客が多いと感じました。
きっと、彼らの招致に力を入れているんだと思います。沢山お金落としてくれ
るからなんでしょうか?

ここで、ある二人のアメリカ人夫婦に誘われ、彼らの借りたレンタカーで近く
の火山や、ワニが観れるという河など、連れていって貰いました。
彼らに誘って貰わなければ、本当にただ素通りするだけになるところでした。

ところで、レンタカーはなんと「R」のマーク。そう、トヨタ・レンタカーの車
です(車そのものはトヨタ傘下のダイハツのものでしたが)。
アメリカでは、トヨタのレンタカーなど見かけた記憶がありません、彼らもア
メリカには無いと言っていました。メキシコにも確か無かったように記憶しています...。
北米市場に食い込めなかったトヨタ・レンタカーも、ここコスタリカでは、
BudgetやHertzよりもメジャーな存在のようです。
サンホセを出発して以降も、このダイハツの車を見かけるたびに、「おっ、ま
たトヨタやな」ほくそ笑んでました。



●中米最後の国「パナマ」へ
現在の地理的な分類では、パナマは中米に位置していますが、古くスペイン統
治時代は、ペルー副王領の一部でした(ちなみに、コスタリカ以北の国々は、
グアテマラ総督府の管轄でした)。

ここからタイムゾーンも変わり、コロンビアやエクアドル、ペルーと同じ、
GMT-5になります。ちょっと気が早いですが、なんとなく南米の入り口に到着し
たような気がします。

スペイン統治時代、運河が存在するずーっと以前から、パナマ地峡は、交通・
物流の要衝だったそうです。
・ボリビア産の銀は太平洋を海路でパナマに運ばれ、カリブ側から再び海路で
ヨーロッパに運ばれた。
・西部開拓時代、アメリカ東部から西部への移住に、この地峡を経由した人々
も多くいる。
 など、昔は陸路より海路の方がずーっと効率がよかったのですね。
そんな要衝を国のど真ん中にかかえたパナマですから、いつも外からの干渉を
受け続けてきた歴史があります。
ペルーの統治、コロンビアの支配、アメリカの干渉など...。
とても、おもしろいので、興味のある方は、ネットで勉強されてみて下さい。

以前に報告したとおり、ここパナマも米ドルを自国通貨として流通させていま
す。ただ面白いのは、それをバルボアと呼び、センターボ硬貨などは、自国で
鋳造したものも合わせて流通させていることです。
パナマ国外では通用しない硬貨は、きっちり使い切るように気をつけねばなりません。

そして、パナマへ国境をまたいで、また驚かされました。
今まで片側一車線で、路肩の無かったコスタリカの道が、突然片側二車線で中
央分離帯のある道に変わったのです。
アメリカからメキシコへと国境を越えたときに感じた「世界が変わった」とい
う感覚は、もう長いこと感じていませんでしたが、ニカラグアからコスタリカ
へ入ったときといい、だんだんと、国境越えの時のわくわく感が復活してきた
気がします。

現在滞在中のDavid(ダビ)は、パナマ第二の都市らしいです。だからでしょう
か、スーパーに足を運んだのですが、これがまたビックリ。まるで、アメリカ
のスーパーです。置いている品々も、アメリカでよく見た懐かしものばかり。
今までは、フリホレス(メキシコ・中米でポピュラーなインゲンマメ)の缶詰
めだったのが、ベイクド・ビーンズの缶詰めになりました(広義には同じものですが)。
物価も引き続き、若干高めです。ビスケットなどでも、安い値の付いたブラン
ドはすべて、ブラジルやアルゼンチン、ベネズエラなど南米の国々から輸入さ
れてきたものです。

国をまたいで感じるこのギャップが、旅のひとつの醍醐味です。



●予定
ここから、パナマシティまで残り500kmほどです。パナマシティからは、空路も
しくは海路でコロンビアに渡る予定です。
パナマを出る前か、コロンビアに着いた後か、まだ分かりませんが、それま
で、しばしお別れです。

西田 責自


2006/07/06 AM 08:38:59 | [自転車]

美ヶ原ヒルクライム
ツール・ド・美ヶ原高原自転車レース大会

24日(土)朝一番に大阪を5人で出発、昼過ぎに松本に到着。
いつものファミリーレストランで昼食、いつもながら良く混んでいる。

今年の宿は、TVドラマにも良く出てくる浅間温泉にあるウエストンホテル、
昨年とは、良さが違い過ぎる。部屋、風呂、レストラン等々。。。

3人は、試走に行くが私ともう一人の軟弱者は、体を休める為に燃料を補給する。
この燃料は、取り過ぎると明日の激坂で脚がつるらしい。

25日(日)5時起床、5時半朝食、ゆっくり準備をして試走に出かける。
快適な気温で快調、昨日、いやもっと前から使っていない足は、快調。
年寄りの部は、7:41とスタートも早い。
今年から年寄りの部、51歳以上に仲間入りしてしまった。

スタートして快調とは、言えない。とんでもない激坂。押している人も多く、
押したくなる。なんとか激坂をクリアしてサイクリング気分で景色を見ながら
走る。ゴール前のつつじの花は本当に美しい。

この大会は、浅間温泉から美ヶ原高原までの全長21.6km、
標高差1,270mを登ります。

ゴールも近づきタイムを見ると1時間50分過ぎ、
最近のレースは、全て2時間を越えているので、
2時間を切りたいと頑張ったが、結果2:01ぐらい。
疲れなかった。頑張るのが遅すぎたかな?

ゴール付近の天気は良いが寒かった。
地元のボランティアが配っているトマトを食べて、ビールを飲む、うまい。
先導車に誘導されて下山するのだが、待っている間が寒い。
1名、ウインドブレーカーを持って来ていない奴がいて、
あー寒くない、あー寒くない を連発していた。
腕は鳥は肌になっているのに。

さて来年は、どうするかな。

赤松省吾

2006/06/27 AM 11:06:16 | [自転車]

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