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| プロフィール |
| 名前 | 茶壺 |
夫
長女 ちなみ
長男 寿限無
二女 ロナウ(ジーニョ=二女) |
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■2009年08月21日
思ひ出すとは忘るるか
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思ひ出さずや忘れねば と続く すっと心に入ってきたこの一文は、書芸家の閑万希子氏が新聞のコラムで引用されていました。 本来は恋の詩
思い出すとということは、忘れるからこそです。 私のことを忘れないなら思い出すなんてことはないはずですのに。
亡き姑のことを思い出すとき、 「また、思い出して考えている。忘れなさい。忘れなさい、あんな人、思い出す時間ものも惜しいじゃないの」 と、さっと 箒で片寄せる感じで思い出しかけの芽を摘んでいました。 が、このお盆にSちゃんが帰省して、私自身の新婚時代と、姑のことをいろいろ考えて、嫌な気分に自ら落ち込んでいます。
私が嫁に来たことで、さらに自分は楽をして当然と思っていましたね。さらにって舅との二人暮らし、勤めたこともない専業主婦のみの気楽な生活を送っていました。
私は、結婚前、結婚後通じて姑の料理を食べたのは、二回のみ。 あとは、全て私に任され、買出しから、料理、片付けまでぜ〜んぶやらされました。別居していたので、顔を出すのが本当に億劫だったです。
片付けくらい手伝ってくれてもいいと思ったけど、 「ウチの台所は狭くて、二人いるとじゃまになるねエ」なんてぼそぼそつぶやいて、いつのまにか、いなくなるのです。 さらに、自分達が朝食に使った魚焼きグリルを洗わずに、でも、洗えと言うように、わざと少し引き出してあるんです。
昼は、蕎麦に天麩羅にだんだん決まってきました。私達が、昼前に到着すると分かっているのに、何の用意もありません。天麩羅ぐらい揚げておいてくれてもいいじゃないの。お湯も鍋に沸かしておいてもばちはあたらないじゃないの。
夕食後、後片付けしていると、舅に聞こえるように、 「片付けはいいよ。ワタシはなんにもしてないんだから、後でワタシがやるから」と毎回言ってましたが、ポーズのみ。 布巾をあらいあげ、翌朝のご飯の仕掛けまでして帰りました。ある時、舅に「何だ、茶壷さんがみんな片付けていっているんじゃないか」ってあきれられました。
「口だけで何でも済ます人」と、これは、舅が姑を評して晩年に茶壷にささやきました。
まあ、茶壷もいい嫁をがんばっていたのが、自分の首を絞めることにつながっていきましたが。 茶壷に、楽をさせてなるものかって思っていたフシがあります。
ちなみが生まれて、泊まったとき、布おしめが足りなくなりそうで、朝一番に洗濯機を使いはじめ、朝食の支度は洗濯機をまわしてからとちょっと台所に行くのが遅れたときが一度ありました。 普段は、上品を気取ってた姑が、テーブルにドスン、ドスンと食器を置くのです。火を使ったのは、味噌汁のみで、昨夜の残りものの朝食を姑が用意しだしたのですが、針の莚を味わいました。 たかが、朝食、自分も食べるのに、なんでそんなにやりたくないの。
Sちゃんが今回始めて泊まるのにあたり、ちなみとロナウには、事前に言い渡して置きました。「今までは多少甘やかして、食器をすぐに洗わなくてもお母さんは帰省した時くらいと、見逃してきたけど、これからは、そうはいかないよ。自分の使ったものは、すぐに洗いなさいよ。」と
でも、初めてでSちゃんも別に洗いますとか言い出さないので、ワタシの一人相撲。私が作って洗って。せめて拭いてくれるって拭いてもらったら、寿限無が「あれ! 拭いてるの」と不思議そうな顔をする。そして、自分も拭き始め、食器をしまいはじめた。母親がやってくれるは当たり前で、妻がやるのは、どう思ってんだか。
夫は、自分の実家で茶壷がずっーと台所に入ったままで、帰りが遅くなり、洗い物をしていても、何も手伝ってくれたことはなく、姑の薫陶よろしくか、いたわりの言葉ももらった事はありません。帰りの車中で私が不機嫌にだまったままでも、なぜか分かっていたんだろうか。
品数の多い献立きめて、昼前から大河ドラマ終わるまで、台所にいる時間のほうが長かったんではと、おさんどんしに毎週顔を出していた若き日の茶壷を、抱きしめてやりたい。
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PM 03:25:52 |
[日記]
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■2009年05月16日
不調
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この冬は、なにか調子が出ずに、更年期かと?思わされることがありました。 なんか楽しい気持ちにならない。やる気が出ない。お風呂で体が温まらず、一時間も入浴時間がかかる。やたら、寒く感じる。洋服がほしいと思わなかった。
更年期か、寿限無の結納後の肩の荷下ろし症候群かとも、思ってましたが、春になって暖かくなったら、徐々によくなってきました。
気力、気持ち、気合って大切。なかなかコントロールできないけれど。 |
PM 02:38:15 |
[日記]
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■2009年05月16日
お・と・う・さん
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今まで、夫の事をお父さんと呼ぶのは、ちなみ、寿限無、ロナウと、私だけでした。が、寿限無が結婚しました。相手のSちゃんとは、五回これまで会いましたが、お互いに慣れてきたかなというところです。
先日、我が家から新居に向って、新婚二人が帰っていきました。 夫は仕事で留守でした。
「おとうさんにも、よろしく」とSちゃんが言ってくれました。 まあ、おとうさんの響きの綺麗だったこと。はじめての呼びかけでした。
感動を、夫にもメールで送っておきました。 |
PM 02:28:32 |
[日記]
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■2009年05月16日
母
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母も年をとったと、最近思ったこと。
母は、よく言えばポジティブ、悪くいえば自己の位置が見えていない人で、自己中心的発言の多い人です。
泣き言、弱音は一切言わない人でした。が、
隣近所でも、兄弟でも自分だけが、残されて(死なずに)しまったと、言いました。たいてい集まると自分が最高齢だと、愚痴りました。
今までの母にないことで、驚きです。年を取って、思うようにならない身体は、母のあの強気にも影響を与えるのだと。
茶壷をもっと家に顔を出すように、若いときから、仕向けとけばよかったとも言われました。 黙って聞いていましたが、行かなかったのには、行かない理由があったのになあ。 |
PM 02:17:23 |
[日記]
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■2008年12月21日
網戸洗い
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夫と一緒に網戸洗いをしました。結婚して30年。大掃除を夫に手伝ってもらった事は皆無。なぜって12月は日曜日も出勤していた事が多かったから。ホント私って一人でよくやってたなあ。
網戸くらいは、勤務が少なくて在宅が多い私が、晴れた日にちょいとすますこともできるのです、十分に。 でも、だんだん億劫になってきました。外して持ち運んで、またはめ込むのが。
二階に6枚、一階に17枚。 私は洗う係り。ここ数年で、網戸洗いの技法確立しました。車庫の夫の車のスペースを空けて、コンクリートを良く洗ってから、そこに網戸を直接置いてしまう。ホースで水をかける。ざっと洗車スポンジでこする。表、裏と。風通しのよいところで乾かしておしまい。
洗い方を見ていた夫。 「洗剤使わなくていいのか」 「ほこりごときは水で十分。洗剤使うとゆすぐ手間がかかり、網戸をこする回数多いと、網戸がいたむよ。夏に一回網戸洗ったし」 「そんなにゆるいこすり方でいいのか」 「網戸は力入れないのがコツ。たゆまないようにね」
網戸が綺麗になったら、窓ガラスが気になる夫。「窓も磨くか」 まあ、夫とやると仕事も増えて痛し痒し。 庭に面した大きな窓の超省力窓磨きを、不本意ながら夫に披露する。ホースで水を窓ガラスに直接かけて、スポンジでこする。もう一度水でゆすいで、ゴムべらで水をふき取っておしまい。 こんな、大雑把なやり方は、他人様には内緒。人影がないのを見計らってさっとホースで水をかけてしまいます。
初めて見た夫。思いもつかなかったらしく 「・・・。」 窓の下の壁が濡れるのが難点だけど、家も古くなったし、省労力ということで、ご容赦あれ。
しかしながら、一人でやるより、半分の労力で済むことがこんなに楽だとは。 しかーし、仕事量も倍にすると、いつもと同じ疲労度ということか。 このあと、二人でジムへ行きました。いつもと同じ運動量だったけど、「なんか今日は疲れたね」と言い合い、早めに寝ましたとさ。
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PM 03:32:16 |
[日記]
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