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オヒマでしたらコメントを

2004年12月31日  帰省その1
実家はとんでもなく大雪でした。
なのでキャシーも今日は玄関で過ごします。
写真が嫌いなのでヘンな顔。

ウチの実家は自慢でもなんでもなく、
テレビが6台ある
(普段父母二人暮し。明らかに必要以上。)
ので、
各自散ってテレビみてます。
まもなく年越しそば。

皆様よいお年をー!

しっかし帰省初日、早速
がっちり食べてがっちり飲んでる。
これはやばい!散歩とかエアロビしとこう。

AM 08:55:21 | [ジッカ]

2004年10月27日  ちょっといい話
昨日三十路を迎えた兄に、今朝バースデーメールを送ってみた。

以下、ノンフィクションでお送りします。

「自分の兄弟が三十路など、
信じられない信じたくない感じもしますが、
兄さまにとって、三十代が変わらず、
パワフルかつアクティブかつスリリングであると、
良いんじゃないかと思います。

ついでに、兄さまは、キヨコさん似の女性を選ぶに違いないと、
私は思っているので、そこらへんも楽しみにしときます。」

微妙に仲悪いから、敬語文体なわけよ。

すると程なく返事が。

前半は、それほど感慨深くないことと、
来年から新しい道を歩むみたいなことが書いてあり、
で、後半ですよ。

「キヨコさん似の女性?
そーねー。
なんだかんだ私は我儘なので、
図太い女性じゃないと無理だろうね。
なかなかそんな人いないので、ゆっくり探します」

コレ、すっごく誉めコトバ。
そして愛情あるぜ、
且つ、兄、自分をよくわかってるわ、と思ったのでした。
キヨコさんがどう思うかは置いといて。

そんな兄は、秋男氏に昔から似てたけど、
(兄出生当時、あまりにも周囲が似てるを連呼するため、
秋男氏、「似てない!」と怒ったという噂が)
内も外もどんどん似てきていると感じる今日この頃。

まあウチはこんな家族です。

このやり取りで思うこと。
やはりウチの兄弟は婚期が遅く、孫は当分現れないということ。
そして、兄が、この日記を読んでいませんように、ということ。

PM 10:22:37 | [ジッカ]

2004年10月03日  いやはや
今日は、マイファーザー秋男氏の、
61回目の誕生日でございます。
ギリギリでコールできていがったいがった。
おめでとうございます。

10月、はじまってまいましたが、
なかなかどうして密度の濃い月になりそう。
まず、今日もオケ練で、早いもんで一週間後本番。
そしてその後、希生さんが出張がてら上京。

で、その後はといえば、例の試験があるわけで(恩師から連絡が)。
なんか問題集とか立ち読みしてみたら、
とても受かる気がしないんですけど、
こーゆーアクションとったってことで、
すっきりするかと思って、一応受けてみようかと。

あーこうやって10月もきっとあっという間に過ぎゆくわけねえ...。

PM 09:38:33 | Comment(0) | [ジッカ]

2004年09月26日  あっという間の実家滞在
























昨日の夜には、
ヨガさんとミソさんがウチに来て、
なんというか、
それぞれの仕事、
キャリアが何年目、みたいになって。
まだまだぺーぺーなんだけど、
もはや新人とは言えない年なんだよなあ、
みたいなことを思いました。

そりゃ、アタシもいろいろ
考えるようになるよなあと。

ま、そんな感じ。
結局、はっきりとしないまんまなんだけどね。
時間と常識が許す範囲で精一杯考えてみることにします。
ふう。
明日から仕事だー。
先週アタシ2日しか働いてないから、ギャップが恐ろしい。

PM 11:23:26 | [ジッカ]

2004年09月25日  キャっさん
とりあえず激写。
ここまでくると生きてくれてありがとうという感じ。

AM 05:31:29 | Comment(0) | [ジッカ]

2004年09月24日  イン 実家
こちらはキャシーさんの最新画像。
相変わらず、アンニュイな様子でした。
とはいえ、まあ元気そうでよかったよかった。

帰ったら早速蚊に2箇所さされた。もう、やんなっちゃう。

PM 09:02:23 | Comment(0) | [ジッカ]

2004年09月06日  家族旅行  その7
思うに、
フジ系月9ドラマのオトコ主人公が帰る田舎は福島。
ドラマの人が挫折して帰る先は7割方福島県である(まに調べ)。
途方にくれる距離とおもいきや、リーズナブルに追いかけられる近さだからかのう。

また、NHKの月9ドラマの西田敏行氏主演の裏番組も、
おじいちゃんが福島の田舎から出てきた設定らしい。

月曜9時はフクシマ祭り!

ちなみに、西田敏行と佐藤B作、次点で加藤茶は、すばらしいフクシマネイティブ発音だと私は思います。
聞いてて懐かしくも、私の世代はおそらく完璧に発音できないのだろうな。

さて、旅行記も最終回
------------------------------------------------------------

最終日は、旅館隣の平等院見学からスタート。
すると、父母がもめている。「平等院をつくったのは誰?」
父−藤原道長
母−藤原鎌足

どっちも違うし。そして母は時代すら全然違う。
頼通!しかも道じゃなくて通!と答えられてしまう私は日本史選択。

10円玉そのままの平等院にも関心したけれど、
博物館にある、阿弥陀如来というか、死んだら仏様が迎えにくるーみたいな、
そーゆー絵がたくさんあって、
そのリアルさにちょっと怖かったのでした。

で、ウチの助手達に、平等院やら仏像やらがたーくさんちりばめてある、
クリアファイルおよびしおりをお土産に。ザ・困惑土産!

その後電車で移動して銀閣寺〜法然院〜南禅寺あたりを見学。
わたし、ここらへんのお寺は全部初だったのだけれど、なかなかステキでした。
銀閣寺のお庭は、苔の種類まで解説してあって、
「大事な苔」
「迷惑な苔」などランク付けしてありました。
庭ひとつとっても歴史的建造物を維持するって大変なのだろうねえ。
そして南禅寺は、芝居で石川五右衛門が「絶景かなー」とか言う設定のやぐら?門?
まあとにかく高いのがあって、
アンタこんなところの屋根の上に上ったらホント死んじゃうよって感じでした。

で、ココらへんは京都と言えば!の某超有名小道があるんですけど、
その内の一文字が兄の名前と一致するので、
兄は嬉々として、それが書かれた石・看板を目にすると、
一部を隠して写真をとりまくっていました。

「写真とんなきゃ!」と、結構な盛り上がりでその一角で、
家族全員で記念撮影なんかしちゃってるもんだから、
その光景を見ていた外国人観光客ご一行が同じようにその一角で記念撮影をする始末。
恐らく、写真撮影ポイントだと勘違いされたのだと思うのだが…、いや、…全然すよ…、考えると少し申し訳ない。

この時の昼食は、
南禅寺に向かう途中で乗ったタクシーおんちゃんに教えてもらって、
鶏肉がとてもおいしい、親子丼・湯豆腐のお店。
いやあ、やっぱ京都のタクシーおんちゃんは、トーク上手ね。
そこらへん一帯の、大金持ちの家を次々と教えてくれる。
「ココが、武豊の実家や」みたいなことをいっぱい言ってました。

と、言ったところで、寺院見学も終了。

夕方の帰り新幹線の時間までは、
お土産を買うぐらいで、ゆっくり喫茶店でお茶を飲んで過ごしたのでした。
プラス私は京都記念ということで、司馬リョウの「燃えよ剣」購入、新幹線内で浸りつつ読んでみたり。
やっぱ京都は今新選組だからね。駅前でもなんかイベントやってたし。

その後、東京駅にて、東北新幹線に乗り買える父母を見送って、
兄とも途中で別れて無事帰宅。

ちなみにこの日のドラマ・新選組!の方は「山南脱走!」
ああ、私の最もお気に入りキャラの山南さんが大変なことに。
私が京都から帰ってきたその日に(無理なこじつけ)。
夜遅く郡山の実家に到着した父にも「来週の土曜日録画してみな!」と、
命令してようやくこの家族旅行は終了したのでした。

いやー。
ほぼはじめての家族旅行ということで、多少緊張もしましたが、
マイペースな父母、
きっちりとした兄、
そして相変わらずな私。
今は盆正月しか揃うことなく、
しかも家でもこんなみっちりよう過ごさんのですが、
家族の血って濃いなあ、なんて思わせる3日間でございました。

そして、終始円満な感じな旅行だったことに、
あー、5年くらい前だったら有り得なかったよなー、
と、なかなか感慨深くも、
一方で、そりゃアタシも兄も父母も年取ってまるくなるよなー、
と、少し切なくもなったのでした。

そうそう、兄がまたこういった旅行に行こうと言っておりまして。
コレが普通の家庭なら、
それぞれ結婚したり孫できたらなかなかできなくなるもんねー、みたいな現象が起こるでしょうが、
まあ、私も兄もそんなことも当分起こらないであろう、という感じなので、
こういった旅行は近いうちまたやるんじゃないかと思います。

なので、秋男氏・キヨコさん。
毎日一日2万歩歩いて慣れておいてください。

------------------------------おしまい----------------------

あー、こう書いていて、つい3週間くらい前のことなのに、
既に幻のような感じ。

よし、次の旅行先は父母の大好きな「北の国から」富良野だ!
アタシの運転でね(ニヤリ)

PM 08:24:29 | Comment(3) | [ジッカ]

2004年09月05日  家族旅行  その6
その前に日記的な記述を。

金曜日、夏期休暇を消化すべく、また藤兄に業務をまかせて、お休み。
アレよね。あー、新選組の再放送みなきゃーと、思ったら、
「アラ今日金曜でないの」っていう幸せ。
藤兄、ありがとう。

で、美容室に行きつつも、
思う存分ダラダラと過ごして、今日はひさびさのオケ練。
いい加減でなければーと思って出てみたら、弾けねえ弾けねえ。
来月本番なんだよねー。まったく。

で、本編。ぼちぼち完結させねばね。

------------------------------------------------------------
オリンピック初日?2日目?
競技が目白押し。女子バレーやら柔道やら。

その前に一風呂浴びようと、母キヨコさんと浴場へ。
これもいやはや何年ぶりだろうという感じ。
で、母キヨコさん、開口一番、
「アンタ乳がんなんじゃない?」どーゆーことよそれ。

まあ、キレイで広いお風呂で、文句なし!といいたいところですが、
一点大問題。
外が丸見えなのね。そこの浴場。
と、いうことは、外からもそこの浴場は丸見えということでは?
で、やっぱり、眼福を得ようという人がそのポジションにいるわけよ。

まあ、位置関係としては相当高くて遠いから、
よほど詳細なものを得るためには、望遠カメラとかが必要にはなるけど、
それにしても裸は丸見えなわけで。

その旅館、ホント部屋もステキで料理もおいしかったけど、
あれだけは直したほうがいいと思うわー。

で、風呂も食事も終わり、
明日に備えるべく、またもや足マッサージタイム。
秋男氏は相変わらず女子高生のごとき絶叫で、
通常量の3分の1もできない感じでした。
そして、すっかりやり方覚えたとか言って、私にも逆襲。
結構いたかったー。

で、オリンピック、女子バレーのあれれー?な弱さに、ガックリきて、
「谷と野村の対戦の時は起こして」とか言って、
家族で柔道を見守り、
「いやーやっぱ強いねー」とすっかり団欒して一夜を過ごしたのでした。

そうそう、
この宿泊について、家族間の徹底的な亀裂が生じたわけですよ。
そーれーがー。
「冷房をかけるか否か」。
ウチの兄はなんだか知らないけど健康的で、
家では扇風機しかまわしていない生活をしているらしい。この猛暑時に。

片や、取り分け私と父秋男氏は、超冷房大好き人間なわけですよ。
ひんやり好きというか。
まあ、母もどっちかというとこっちよりですわね。

だもんでさ、ちょっとでも部屋が涼しくなると、
「寒いじゃん」の一言で、冷房止めちゃうのよ、兄。
もしくは、30度に設定。

なので、ちょっと兄が部屋からいなくなると、
まるでいけないことをするかのように、
こっそり冷房をガンガンに着ける残りの家族。
「30度なんてよー、暖房だよなー」とか言いつつ。

で、兄が戻ってくると、今度は無言で部屋が暑くなってね。

同じ家族でも離れて暮らしてると、変わるものなのねー…。

だって2日目朝なんてさ、アタシ暑くてねぐるしーとか思ってたら、
兄が「これじゃ風邪ひくよー」って冷房止めたからね…。

まあまあ、どっちが正論か?といえば、言わずもがな兄の方であり、
世の中民主主義だぜ?3対1じゃんと言ってみたところで、妥協する兄ではないので、
残りの家族はせめていない間だけでも、と抵抗するのみに終わったのでありました。

さあ、そしていよいよ明日が最終日ー。

PM 11:13:21 | Comment(5) | [ジッカ]

2004年09月01日  家族旅行  その5
写真は2日目夜のぐったり夫婦。

旅行2日目。

五輪開幕式を何となくみていた私は、満足に眠らず5時起床。
すると、家族もゾロゾロと動き出す。なんて健全家族。

5時半には1人散歩に出て、朝の興福寺なんかみてみたりして。
近くの公園では、なんかスポーツの合宿朝練みたいなことをしている。
集団の輪の真ん中に入り、自分の名前、住所を大声で言っている。
「声が小さい!」とか言われてた。
今はやりの気合だろうか。
私の人生こーゆー体育会系無縁だったものでちょっとビックリ。

そして朝食を済ませたらさっさと出発。
前日夜、ツアコンのようにスケジュールを組んだ兄の言うままである。

旅前、私はタクシーでもとって、運転手さんにイロイロ聞きつつ、
まわるんかしらーと何となく思っていたのだが、
まあまあとんでもない。
基本は、歩き、バス、電車。
私がイメージしていた還暦旅行のそれとは大分違う。

まずは、法隆寺へ。柿食えばー鐘が鳴るなりのアレである。
そこの最寄り駅から、なんと我々、レンタサイクル利用。
4人で一緒で自転車に乗るなど、間違いなく人生はじめての出来事である。
見知らぬ土地で、4人直列に自転車乗ってるなんて、なんだかすげーなーと、何だか脱力してしまいました。
いや、いたけど、他にも乗ってる家族。
でもそこの家のコドモ小学生だったしなー。

で、法隆寺。
玉虫逗子とか、あーみたことあるわーってなもんがあったりしました。
あと、お札によく書かれている聖徳太子の絵って、
大正時代に書かれたものだと知ってちょっとビックリでした。
しかし個人的にはお隣中宮寺の弥勒菩薩像が心に残ってみたり。

私思うに、弥勒菩薩像で一番ポピュラーなのは広隆寺の方なのだけど、
秋男氏、いまいちわかってもらえなかったようだ。
まあでも、コレ、コレだよーと言っていたのでまあいいや。
こっちも十分有名だしね。

で、案の定この日も猛暑で、
一家、昨日に引き続き、またカキ氷を注文。
カキ氷自体、食べるの相当久しぶりな上、家族揃って。そして連日。

その後、また電車移動。そして、郡山駅到着。
奈良県大和郡山市記念ということで。
この郡山、まあ弁慶さんがどーたらこーたらとかあるみたいだけど、
取り立てて駅前など写真をとるべきところはないわけで。

しかし家族4人。嬉々として駅前で記念撮影。
大和郡山市民にとっては奇妙な光景だったのでは?
もしくは、そんな酔狂がたまにいて、「あー福島の人だな」認識か。

で、また歩いて電車移動。

今度は、薬師寺・唐招提寺・誰かの古墳。
薬師寺のお坊さんはトークが面白く、多分高校生の時も聞いたことがあって、
そこの有名な住職の娘さんって高田聖子なんだよなーと思ったり、
唐招提寺は今改築?中で、なんかがっかりで、
誰かの古墳はなんだかうっそうとしていて、前方後円墳なのかもしれないが、
そんなもん上からみないことにはわかんないよなあなどと思っていたのでありました。

で、この間、オールウォーキングですよ、アナタ。
しかも炎天下。
私は歩くのは比較的苦にならない方だと思うが、前日の寝不足も手伝い、日光どちらかと言えば嫌いなので、
もうへばり気味である。
隣の秋男氏も、もータクシー乗ろうよーなモード。

そんな中、軽やかなステップで先回りして写真をとりまくる兄。
「まあ、日ごろ鍛えてるからね」とフフンとしてみたり、
「結構疲れてるなあ…」と両親を眺め何か思うところがあったようだ。

つーかー、あんだけ歩けば、大抵の人は疲れるって、と思ったけど、敢えて言うまい。

で、そんなオールウォーキングななか、お昼に適したお店が見つからないのなんのって。
結構お昼もまわっていたけど、こんな想いをして、
どこにでもあるファミレスっぽいメニューなんて食べてたまるか、ってな勢いで、
我々はウォーキング、炎天下、に空腹まで付け加えて自分らを追い詰めていったのであった。

で、秋男氏のリクエストにより、電車、タクシーに変更。
奈良の街中に戻って、待望のお昼、というか夕方近く。
ガイドブックにあったウナギ屋へ。

これがー、うーまかったんだよ。ホント。
何を食べても美味しく感じたとは思うんだけど、
充実した食事でありました。
で、なんか小品でわさび醤油でうなぎを食べたりもして、
「コレがうまいんだよー」とか言って両親に説明している兄に対して、
あー、新橋のサラリーマンって感じだなーと勝手に思いました。

その後は、二泊目の宿、京都は宇治へ。
平等院のすぐ隣。
一泊目と違い、適度な広さ。眺めも良好。料理も美味しい。

この日もキヨコさんの万歩計は2万歩。
さすがに疲れた我々はぐっすり眠りについたのであった…、

というわけでもなく…


---------------------------つづく------------------------

AM 01:45:04 | [ジッカ]

2004年08月31日  旅行写真
ちょこちょこのっけてみる。

1微妙な宿からの絶景。
2 シカさん
3 大仏さん
4 仁王さん「あ」
5 仁王さん「うん」
6 デジカメに夢中な秋男氏。コレは3日目の格好なんだけどね。

このくらい小さいならオッケーっしょ。

AM 08:55:21 | [ジッカ]

2004年08月30日  家族旅行  その4
オリンピック終わってもうたねー。夜が長いわあ。

私の布教活動の成果なのか、昨晩の男子バレー決勝の際、
ミソさんと、母・キヨコさんからお電話をいただきました。

私のリマ(図々しい)は、全く出番なかったけど、
(その前まではちょくちょく出てたのよ)
そして多分今回で引退なのだけど、とっても喜んでいました。
そしてとても良い試合だったのでした。
ちょっと面白かったのは、
優勝の瞬間はしゃぎすぎて、主審のネット上に立つ選手がいたのと、
ブラジル応援チームのなかに1人、サンバカーニバルな人がいたことです。
アレ、日本における、キンキラおじさんみたいな感じかしら。

-----------------------------------------------------

京都から近鉄線の奈良駅へ。
とりあえず、電車に乗ろうとしたところ、
ケータイをいじってた兄が一言。
「これ、特急と普通じゃ30分違うんだけど」
「そーゆーことは調べてないわけ?」

この間、私と父母が交わした言葉。
「お腹すいたー、アタシ朝からなんも食べてない」
「お父さんアイス食べようかー」

説明しますと、
今回の主賓は父・秋男氏。
今回の旅は秋男氏の行きたいところをピックアップして構成。
母・キヨコさんは宿の手配。
まあそれらに至る細かいことは行けば何とかなるって感じだろうか。

そこらへんが、カラダの半分以上が合理性で出来てるような兄としては、
許せなかったわけで。

私達は急遽特急チケットを購入し、乗車変更をしたのであった。
多分ここからだ。
ガイドブックとにらみ合う兄。
まるで荒行のような旅のはじまり。

一応フォローしておきますと。
父も母も私のように、他人任せでなるようになるさーという、
ガサツな人たちではないのです。決して。
家庭外のところでは、結構きちきちしている人たちなのだと思われます。
そしてDNAとは不思議なもので、
きっちりした性質は、全て兄へ。
なるようになるさーといった性質は、全てアタシへ。
もう少し配分良くならなかったものかねえ、父母よ。

まあそんなことはおいといて、奈良到着。
ガイドブックに載っている、今はやりの赤米などを駆使した
懐石料理みたいな店へ。結構なお味でした。
一口箸をつけ「あっ!やべっ」と写真を撮る父と兄。

そう、この旅のおかしいことといったら。
父・母・兄。デジカメ3台装備。写真とりまくり。

で、一泊目の宿へ。
これがまた、まあ安い部屋だったようで、微妙に狭いし、
微妙に古かったのだけど、
窓から興福寺の5重の塔と池が一望できて、
まあ、この眺めでよしとしようという感じでした。

で、ちょっと一息ついたところで、秋男氏待望の奈良堪能その1。

奈良といえば、東大寺、興福寺、奈良公園。
先述の通り、全部徒歩圏内だったのねえこれ。

仁王像とか大仏とか阿修羅とか。
普段信心のない私でもなんというか静寂な気持ちになってみたり。
やっぱ大仏でかいねーと思ってみたり。
奈良とかって、中学高校時分より、今行った方が多分面白いんだろうなあということを思ってみました。

で、私としては、奈良に来て秋男氏にいちばんやってもらいたかったことは、
「奈良公園で、シカにせんべいをあげる」だった。
絶対これでしょ。

秋男氏だけでも良かったんだけど、アタシもしかせんべい購入。
秋男氏もご満悦の様子。良かった良かった。

ちなみに、お盆限定なのかしらんけど、
興福寺、東大寺など、この3日間限定くらいで、夜ライトアップしてたわけですよ。
これがまたキレイだったのねー。
あと、燈台っつって、なんか道々、灯りが置いてあってこれらもキレイでした。
まあ、ライトアップ大仏はどうかと思ったけどね。

この日も猛暑猛暑で、皆でカキ氷頼むくらい暑かったんですが、
なかなかステキな一日目でしたわ。

この日、キヨコさんの万歩計によると2万歩。
10キロくらい歩いた計算になんのかしら。
私が最近覚えた足マッサージを父母兄にも施すと、
足指パッチンってやった際、
一番女子高生な叫びをしたのは、秋男氏でありました。

まあ、秋男氏がいちばん普段歩いてないだろうからねえ。

で、10時くらいには、父母はやくも就寝。
私は、まあ何となく半テレビ半寝。五輪開会式だからねえ。
探偵ナイトスクープが、しっかりした時間帯にやってました。さすが関西。
その横で、兄はひたすら明日のスケジュールを黙々と組んでいたのでした。

そして明日はどんなことになるのか…。

詳しく知ってるのは兄だけ…。

------------------------------------------つづく----------

あーやっと一日目が終わりました。
もうあん時五輪開幕だったんだよなあ…。

AM 07:28:37 | [ジッカ]

2004年08月25日  家族旅行  その3
その前に近況を。

今週より下半期実習開始。1人ひとまず来たけれど、
3日みて第一印象がよろしくないんだなあ。

このイメージで始まってしまったのはしんどいなあと思ってるところでして。先長いし。
また、これが、指導者としてイヤなのか、同属嫌悪的にイヤなのか、
その両方でイヤなのかで悩んじゃったりして、ぐったりするんですけどね。

まあ、同業藤兄とかボンバビン・キムさんに愚痴メールを送ってみたり(ザ・迷惑メール)、
これ以上事態が冗漫なものにならないように、
恐らくハラハラして見ているであろう助手に事前注意して予防線をはってみたりと、
再びハゲるのは冗談じゃにゃあので一応対策は講じています。

実習って、指導しているフリして(フリかい)、逆に教え鍛えられるもんなのよねえ…、としみじみ思っています。

あと、来月帰省する際に、まさしく私が実習でお世話になった方であり、
この業界ではいちばん敬愛する方とお食事することになったので、
当時の自分のことや、ハゲないにはどうすればよいか、とか、
いろいろ聞いておこうと思っているところなのでした。

まあ気をとりなおして、その3いってみよう。

-----------------------------------------------------------

新幹線車中。何のことは無い指定席である。
母・キヨコさんは、グリーンでと、お願いして切符を買ったらしいが、指定席だったらしい。
こんなことってあるのだろうか?

普段移動できるのなら、デッキでもいいやっていうアタイは、
周囲に「人生最初で最後のグリーンだよ〜」とさんざん吹聴していたので、
さてどうしたもんかといった感じであるが、
このお盆真っ只中に座れるだけありがたいということでよしとしよう。

すると隣は、小学校中〜高学年あたりの少年。
ホームには母親の姿が。
奈良県の友達のところに行くらしい。
京都駅のホームで友達が待ってるということなので、
まあ間違いは起こらないとは思うが、
ウチの家族に「この子をよろしく」みたいな挨拶があったそうで、
この親子にしてみたら、ドキドキ少年一人旅!夏休み大冒険!といったところだろうか。

「一人旅?ドキドキじゃーん」とついつい声をかけると照れ笑い。
そして取り出した文庫本は「十五少年漂流記」。
読書感想文の本だろうか?
しかもサッカー少年。
行きがけにもらった「日本、パラグアイに敗北」の号外をあげると、
礼儀正しく折りたたんでリュックにしまったりして。

へー、今日日こんな健全な少年がいるのねー、と、
おばちゃんは微笑ましくなってしまったのでした。

まあそんな少年を隣に、
通路を挟んで父・秋男氏とケータイオセロ対決開始。
正直、ちょっと、いや、相当勝てると思ってたが敗北。
やっぱり家庭内呪縛は解けないままであったー。ぐやじー。

だってさー、秋男氏さー終始「参ったなあ」とか言ってさー。
ボケたフリしてさー。
ウチのキャシー(イヌ、実家で留守番中)もよくやんのよ。
縁側に登れない弱ったフリ。で、かまおうとするとキバむくの。
それをちょいと彷彿させられましたよ。恐るべし秋男氏。
「いやー、やってるウチに思い出したよー」とのことでした。
やっぱりぐやじー。

で、ちょっと疑問だったことをはっきりさせるべく、父母に問うてみる。
「家族4人だけの泊まりがけの旅行はいつ以来か?」
答えはよくいったよー。温泉とかー。とか言ってるが、
もっと思い出してみると、私をだっこしていた頃のことのようだ。
そりゃ記憶にないわ。

まあ、そうこうしているうちに京都到着。

隣の健全少年も無事友達および家族と再会できたようでお別れ。
まんずよかった。

そして一路奈良県へ!秋男氏初上陸!

ここからは、全て計画通り!のはずが…!?

----------------------------つづく-----------------------

AM 04:50:34 | Comment(0) | [ジッカ]

2004年08月18日  家族旅行  その2
旅行記も書きたい一方で、すっかりオリンピックバカな毎日です。
オリンピックに集中したいから、仕事を休んでいいか助手に聞いたら軽く呆れ&怒られました。

とりあえず、男子バレー、ブラジルチーム。決勝まで、せめて3位決定戦まですすんでください。
今はネットで結果をみているのみですっかり欲求不満です。
昨日のイタリア戦なんで、フルセットの末第5セットが33−31だなんて。
生殺しじゃないですか。絶対みたいじゃないですか。
今から全試合ブラジル戦見せてくれるのなら、アタシは、野球やらソフトやら、
女子バレーとか水泳さえも見なくていいのに。

そして、今日の男子柔道の泉が準決勝いけるかーっていう、
あと1分半くらいで終わるって言うときに中継をぶっちぎったNHK、ふざけるな。
受信料返せ!(私は払ってない)

そして、古賀アンド谷本!アンタ達、Qちゃんと小出監督並にセットで出すぎ!

それと高校野球福島県代表の聖光学院!逆転サヨナラ3ランって…。お疲れ様でした。


さて、気をとりなおして旅行記その2

-----------------------------------------------------------
自宅からの最寄駅到着。
ロスタイムはあったものの私の予定では15分前には到着。
十分である。

と、思いつつホームに下りると、何か様子がおかしい。
世間はお盆休みだというのに、妙に人が多く、人の動きが滞っている。
不思議に思いつつとりあえず止まっている電車に乗ってみる。
すると車内放送。
「ただいまー京浜東北線は、大宮駅で車両点検をした関係で、運転を見合わせて……出発は…未定…」

軽く意識を失いかける。漫画だったら顔に縦線だよ。

その間、郡山から東京に向かっている最中の両親からメールが。
「今大宮、もうすぐだね」
ああ、娘はいとも簡単に抜かれてしまいます。
それどころか、動いてすらおりません。
一応「電車が止まってるー」とだけ返事。
きっと両親も漫画だったら顔に縦線。

そして10分近く経って電車運転再開。私の脳内では40分くらい待ったような気がする。
もちろん電車は混雑。
腕がガラスに押し付けられ、それが汗ですべるくらいの車中にて、
走馬灯のようにイロイロな思いが去来。

引き返さずにビーサンのまま出かけていたら、一本早い電車に乗れていたのではないか?
指定席だから、コレ、乗り遅れたら払い戻ししてくれないんじゃないのか?

そして、何でこんなことになるんだ?
こんなことがあっていいのか?

実質はじめてと言ってよいくらいの記念すべき家族旅行なのに。
本当なら、両親としては、この旅行は10年くらい前に想定していたものではないのか?
しかし、その間、娘がチンピラ生活をしていたり、
娘と息子が流血喧嘩を起こしたりと、阻害してきた要因はほぼ私だ。

そしてようやく、実現した、というときに、また娘が電車に乗り遅れる、
こんなことがあっていいのかー。
ああ、度重なる不孝をお許しください。
と、多少オーバーだが、こんなことを考えたりもしていた。

そして一駅ごとにケータイで到着時間を確認したり、
乗り換え時のロスタイムが発生しないよう、新幹線のチケットを既に握り締めたり、と、
たまに止まってしまう電車にドキドキしながらの40分間。

そして東京駅到着。
ともかく走る走る。

すると、思いのほか、早く新幹線のホームに到着。

実はこの時の私は最早冷静さをすっかり欠いており、
東京駅乗換えなのだけど、イメージとしては、上野駅での新幹線乗り換えを想像。
あのちょっとわかりにくくてすんごいエスカレーターを上るイメージね。
下手して迷ったら、新幹線のりばまでの異動に軽く10分はかかるぞ、これ。
ああ、やばい。どうしよう、鼻先でドアがしまったら。
ああ、軽く泣きそうだ。

と、思っていたんだけど、東京駅は乗り場が近かったのねー。
とは、いっても乗ったのは出発7分くらい前だったかな。ドキドキだったのは変わりないんだけどさ。

父秋男氏の「ああ良かったー」の安堵の声、
安堵のあまり、「置いてったらどうしようって思ったよー」と、
母キヨコさんの目にはうっすらと涙が。

1人冷静な、兄は「自由席なら同じきっぷでも次の電車乗れたけどね」とニヤリ。
まあ、心配してどうすればよいのか留守電をいれてくれていたようだ。

てなわけで、東京駅出発を前に早くもすわハイライトか!?ぐらいの異様な幕開けだったのでありました。

出発前からこの密度、まだ旅ははじまったばかり…

---------つづく-----------------------------

PM 03:09:31 | Comment(0) | [ジッカ]

2004年08月16日  家族旅行   その1
8月13日(金)
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七時前
朝、母からデンワをもらう。
昨夜は藤兄はじめ同僚とお食事していたこともあり、何にも準備せず。
まあ、大抵は宿にあるだろうしと、ハンドバッグ一個。
そして高をくくってゆったりしていたら、思いのほか時間が経ってしまう。

新幹線の時間は9時半。チケットは秋男氏が職場に送ってくれたのでこちらにある。
いかんいかん、早めに着かねば。

多少余裕を持って出発。
1分歩いて不安。
「アタシ…ちゃんとカギ閉めたかなあ」。
こーゆー時は大抵閉まってるんだ。そして、そんなこと思わないときに開いていたりするんだ。
とは思っても引き返す。
やっぱりかかってるよ。

安心して再出発。
3分歩いてはっと気づく。
足元をみるとビーチサンダル…。
昨夜母、キヨコ氏に言われた言葉が去来。
「汚い格好してこないでね」
あー、どーしよー、結構いい時間だしなー。そのまま行ってしまおうか…。
キヨコ氏に最初はイロイロ言われるだろうけど…。
と、迷ってはみたもののやはり引き返す。

お気づきだろうか、ここで10分近くのこのロスタイム。

ちょっと焦りながら駅へ急ぐ。
まあ間に合うけどね…、と、駅に着いたら思いがけないことが…!?

------つづく-------

PM 09:40:40 | Comment(1) | [ジッカ]

2004年08月11日  家族標準
いよいよ、明後日、まに一家空前絶後のイベントが。

その名も秋男氏還暦記念旅行!
行先は奈良。
秋男氏、なぜだか奈良県に今まで縁がなかったそうで、
大仏やら奈良公園やらメジャーどころを行くんではないかと思います。
そして、アタシ、人生最初で最後のグリーン車に乗っちゃったりなんかしちゃったりするらしい。

家族水入らずでどこかいくなんて、
墓参りとかー、親戚のうちに行くとか、
そういったたかだか数時間のこと以外では、殆ど記憶にありません。
んー、大昔動物園でチンパンジーがフン投げてっていう、
幼稚園あたりの記憶がかすかに…。

いや、温泉とかは、親戚や仲良しのご家族と一緒とか、
そーゆーのはあっても、
家族だけでっていうのはねー。
まあアタシの自立が遅かったりとかそういう諸事情もあったりなんだり。

まあ、ややドキドキなんでありんすが、
外の世界を知って、ウチの家庭が何か違うことに気づくってよくあると思うんですが、
私の場合特に3つほど。

一つ目 、手先
私は外の世界だと手先が器用だと言われるんですが、
内に入ると、「まには家族一不器用」と言われ育ってきたこと。
まあ家族一不器用なのはホントなんだけど、
周りからは「どんな家族なんだー」と言われます。

二つ目、ご飯の呼び名。
我が実家では、
夕飯の献立を母親に聞くとき、「今日何ゴハン?」と聞く。
(恐らく言いだしっぺは兄)
たとえ、献立がパンでも、麺でも、カレーでも、何でも何ゴハン。
高校のとき私が「今日は何ゴハンかなー」とつぶやくので、
同級生は、毎日あじご飯だったり、豆ご飯だったりすると思っていたらしい。
通常は「ご飯何?」らしい。全然ニュアンス違うな。

3つ目、勝負事。
前にも書いたと思うけど、我が家は昔から家族トランプを行っており、
手加減など全くなくシビアに点数が付けられているのです。
今思えば私はあそこで、「へこむ」ってことを覚えたような気が。
何回涙目になったことか。
で、へこむ、負けないようにアタマを使って頑張る、そして強くなる。
おかげで私は外の世界で結構トランプ、ゲームなどは強い方に入るような気がする。
真面目な話、今日日のきれやすい子ドモさんには、トランプをおすすめします。

と、相当話がとびましたけれども、
私はまあ結構オセロが強くてですね、
たまにしか負けたことがないのですよ。
パソコンとかケータイについてるやつも、ハイレベルでもクリアできるくらいに。

しかーし、家族では勝った数の方が少ないわけで。
今度リベンジできるかなーなーんて企んでるわけです。
あー、でも負けるだろうなー。そしてへこむだろーなー。

と、家族旅行を前にいろいろ思い耽る今日この頃なのでしたー。

PM 11:24:08 | Comment(0) | [ジッカ]

2004年06月21日  いつまでも親不孝
昨日は父の日。
先週は母の誕生日。
いつもの様に取り立てて何もすることなく。

今日に至っては、いつもの母のパソコンの質問デンワにイラ立ち。

まだまだ人間が出来とらんなあ。
そんな小さな自分がとても嫌だ。
そして、自分自身が嫌いっていう娘っていう存在も、
とてつもなく親不孝者だと思ったのでした。

まあ、そんな感じ。

キヨコさんごめんね。

今日はイロイロあってナーバスです。

PM 11:48:21 | Comment(0) | [ジッカ]

2004年05月09日  キヨコさん祭り
もうここれを言って何年になるだろう。

「私にとっては毎日が母の日だから、あえて今日は何をしようと思わない」

ちなみに、これは父の日にも使いまわされます。
そして、父の日と母の誕生日は大抵近いので、どさくさにまぎれて、どっちも何もしないと。

ひでえ娘だ。

今日は朝より、秋男氏から「今日は何の日?」というメールが。
一応キヨコさんにメールしましたが、ちゃんと見てんのかなあ。

そのメールにも書いたんですが、
母親ってすごいなあって思うんですよ。
あ、父親もすごいよ?秋男氏。

私は24まで親のスネをかじってしゃぶって生きてきたし、
卑屈で醒めたコドモだったんで、
(今も卑屈で醒めた大人ですけど)
まあわがままし放題で、ハタチ過ぎてまで、
そんなアタシが我慢ならず兄と殴り合いのケンカとかしたし。
その際、兄手に2針、アタシは顔面が強烈に腫れました。
まあそんなこんなで、兄とはあんまし仲良くないんですけど、
たった2人の子供が仲悪いってほんと親不孝よねえ…。

まあそんなこともあったりして。
最近はそんなやんちゃもなく、
我ながら驚くくらいまっとうな道を歩んでるんですけどさ。

今までイロイロあったけど、その時に一回でも、
「もういいよアンタは、勝手にしなさい」って言われてたら、
チンピラ人生まっしぐらでしたよ、多分。

いつしか自分にコドモが出来て、
あたし、自分みたいな卑屈で醒めた娘だったりしたら、
同じようにできないなーとか思うんですよ、ほんとに。

ま、娘とか子供以前に結婚する気もないんですけどね。
世の中には秋男氏みたいなステキなハズバンドはそうそうおりませんし。
と、秋男氏をいい気分にさせておこう。

なんかさー、ウチの兄妹。いわゆるいい年なんだけどさー。
どっちも当分嫁だの婿だの孫だのそんな話題はないだろうねえ。
親不孝だねえ。
アタシは、何だかんだ言って兄はキヨコさんみたいな人を
嫁にすると思うんだけどさ。
その人はきっと鋼の神経持たないともたないね(ニヤリ)。
あーでも兄は、アタシと母以外の女の人にはどうやら優しいらしいのでわかんないけどー。

ま、そんなことを母の日に思ってみました。

オマケ
バレー実況、TBSの方が落ち着いた感じでいいね。

PM 07:29:55 | Comment(0) | [ジッカ]

2004年03月22日  思わずデンワせずにはいられない
先日、母・キヨコさんから電話が。

「この前ノーベル賞とった人って何て名前だっけ?田中さんじゃない方」

…アタシは、田中さんの方だってうろ覚えだったよ。
漠然とおじいちゃんだよねってことしか浮かばなかったさ。

「ほら、カミオカンデの人。物理学賞」

…カミオカンデという物質?物体?のことすら、その時にはじめて知りましたよ。

どうやら、親戚で集まっていて、どうしても思い出せないということで、
私に電話がかかって来た次第。

物理学賞までわかってさあー。
アタシよりもっとすぐ答えられる人いるでしょうが。
答え;兄。物理学科出身。

もう、そんなことを思いつつ、
まあ父母も兄はちょっと怖いのか知らん?ということで、
寛容な私は、呆けた両親のために、
ネットで調べて迅速に教えてさしあげたのでした。


答えは、小柴さん。

みんなすぐ出てきたー?

母・キヨコさん、すっきりした途端すぐ電話きっちゃいました。

でも、あるよね。電話して確かめたいとき。

私は、酔っ払ったときに、
「ねえねえ。ルパン3世の着物してる人って何て名前だっけー。」
(答え;石川五右衛門」)

あと、高校の友達とあってるときに、ミソジンに対して、
「ウチのクラスって何人いたー?」
とか、
「すぐ「ゲボー」っていう英語の先生だれだっけー?」
と、デンワ確認経験あり。

こーゆーのってさ、
まあ、しょーもない確認デンワに関わらず、
酔っ払ってるときってむしょうにデンワしたくなるものだけれど、
デンワする方は盛り上がってるんだけど、
受ける方は取り残されて微妙な感じになるのよね…。

と、改めてそんなことを思いました。

PM 09:25:01 | Comment(0) | [ジッカ]

2003年12月25日  母の挑戦
昨日母・キヨコさんからデンワ。

宛名書きソフトの使い方を教えて欲しいのこと。

ちょっと待てよ?
パソコンを購入したのは確か3年近く前。

しかし、そう言えば、年賀状の宛名プリントアウトは、
帰省時にゴロゴロしている私のここ数年の唯一の任務だったことを思い出す。

それにしてもキヨコさんはまだ使いこなしていないようだ。

いや、メール、インターネットなどはそれなりに行っているようだけれど、
ワード使いは未だに、最早化石のような、でっかくて重い文豪ミニ
(注:ミニと言っても、当時のミニであって、今みると超ビッグ。ハードに記憶できないし)を愛用している次第。

パソコン購入時、私は声を大にして反対したものだ。そう、絶対パソコンはオブジェに成り下がると。
父・秋男氏も同じくらい反対していた記憶が。
しかしキヨコさんはこれらを振り切って購入。

今では、秋男氏の方がデジカメコレクションで使用頻度は高いのではなかろうか。

で、今年は、珍しく年賀状を年内に発送できそうであり、
宛名書きができないーと、困って私んとこにデンワが来た次第。

何せ私も宛名書きソフトなんぞ、その一年に一回しか関わらないもんだから、
うろ覚えもうろ覚え。

一向に埒が明かないやりとりに「まったくもう」と、イライラする私。
珍しくへこむキヨコさん。
殆ど同じ内容の「まったくもう」を数十分前に秋男氏にも言われたらしい。

思い返してみると、私が物心ついた頃から、
年賀状関係は、常に母の仕事であった。
あ、秋男氏の名誉のために説明すると、
秋男氏は、まーったくノータッチという訳ではない。
秋男氏、芸術家肌だから、版画とか所謂オモテはすごく頑張る。
ある年の年賀状、実家のあまりをもらって、友に出したら、
えらく猛々しい虎のドアップがガオォォと彫られており、ビックリされたことも。
また、秋男氏は新しもの好きでもあるので、
ごく初期のプリントゴッコも我が家にありました。ピカって光るやつね。

キヨコさんは長年の年末年始、宛名書きとオモテに書く「ちょっと一言」に苦しめられていたのであった。

てなわけで、わたくし、長年苦労していたキヨコさんが、いくらパソコンが不得手だからと言って、
あんまり文句言うんでなかったかなあとちょっと後悔したのでありました。

かく言うわたくし自身は、いつの間にやら、
年賀状書かない派?(いばるな)。
キヨコさんの反面教師と言うべきか...。


今日食ったモノ  ここ最近。

朝  職場にあるマロングラッセ1個

昼  カロリーメイト(半)

夕  がっちりとイロイロ。ついつい出来合いを。

AM 04:50:34 | Comment(0) | [ジッカ]

2003年12月17日  北の国から
昨日から連続でやっているらしい。

ウチの父・秋男氏と、母・キヨコさんは、
無類の「北の国から」マニアである。

レンタルビデオから、延々と、ビデオを借り続けてみたり、
やれDVDが出れば早速入手してみたり、と、
今実家にいけば、北の国からの映像は殆どあるんじゃないかと。

それなのに、なぜかそれなのに。
昨日からやっている地上波放映もしっかり観ているらしいのだ。

そしてデンワが。
母「正吉くんって今何してんの?」

私「俳優辞めたらしいよ」

で、納得して早々にデンワ切られてしまったり。

なぜ、ウチの両親が、こんなにまでこのドラマにのめりこむのかちょっと考えてみるに、
純と蛍の兄妹構成が、我が家とだいたい同じだからじゃないか?と最近思う。

そういえば、前にちょっとはまっていたらしい、
「ビバリーヒルズ高校白書」も、
兄妹っていう(こっちは双子)家族が芯になっているなあ...。

プラス、純の少年時代は、兄の少年時代とちょっと似ているからか?
利発かつ理屈っぽいというか。
ちなみに、秋男氏は、田中邦衛に、キヨコさんはいしだあゆみに、
全く似ていないことは言うまでもない。

...そんなことをぼーっと考えてしまいました。

そうそう。
北の国からといえば、富良野。
富良野といえば、わたくしが最長距離をレンタカーでドライブした、非常に思い出深い土地である。
ミソジンにデンワしたあの時の興奮。
「アクセルって右だよね?」
「車ってキーかけたら、次何するんだっけ?」

「命あっての物種」という言葉が非常に重く感じられる今日この頃。
そんな私も、来年頭に免許更新。次からはゴールド免許さっ。

周りから「そんなの間違ってる」と必ず言われつつ。


今日食ったモノ

朝  コーンフレーク
   (食物線維を沢山とってます。おかげで便がゆるい)

昼  カロリーメイト

夕  コンビニの物を沢山食べてしまいました。

最近自炊熱がないー。いかんなあ。

PM 10:59:45 | Comment(0) | [ジッカ]

2003年11月14日  メグちゃん
今日母親・キヨコさんとデンワをしていて。

デンワ口の奥から、父・秋男氏の、
「バカ。バカ」という声が。
キヨコ。「お父さんテレビに向かって言ってんだよ...。」

どうやら、ワールドカップバレーをみていてのことらしい。
もっぱら、泣き虫メグこと、栗原恵さん19歳がお気に入りのようだ。
そのメグちゃんが、今出てないのがちょっと気に入らないようで。
父・秋男氏、今年還暦。

考えてみると、秋男氏はスポーツらしいスポーツをしない。
でも観るのは好きなようで。バレーボールと駅伝は必ずみている。
最近はやめちゃったけど、ゴルフをやってた時はゴルフ番組もよくみてたし。

そういや特に熱心なのは、母校の野球部の応援。
甲子園の予選はもちろん、ゴールデンウィークあたりにやる試合も必ず行っている。
ある日、いつからそんなに応援してんの?と聞いてみたら、
「高校卒業してからずっと」との答えが。
道理で、あたしゃゴールデンウィークの思い出が開成山公園しかないはずだよ...。

とにかく秋男氏は、自分では運動しない人でそれでいて太らない羨ましい人だ。
キヨコさんは実は結婚してから、秋男氏の体型が殆ど変わらないことと、
秋男氏のタバコをやめさせたことを結構自慢に思っている。

そういや、昔こんなことがあった。
私が庭で二重跳びの練習をしていて、どうしてもできない時、
秋男氏がジャンプが足りないと跳んでみせた。

しかし跳んだ場所が悪かった。縁側の窓枠。
跳んだとたん、秋男氏、頭頂部に激痛。

結果的に私がその時二重跳びができたかは忘れてしまったが、
秋男氏が頭に手をやったら、手が血の色になったことは鮮明に覚えている。

なーんか、何を書きたいのかよくわからなくなったんだけど、
母・キヨコさんはといえば、昔から人の後ろを走ったことがなく、
もちろん体育は5以外とったことなく、
今もジムに行ったりするような人で、
その血は、社会人サークルを作って、週一回4時間もバスケをするような、
とんでもない兄に受け継がれているようだ。

そして、私は、最近でこそ筋トレをコツコツしているけれど、
完全に秋男氏の血を受け継いだのだなあとしみじみ思いましたとさ。
秋男氏、体育2とかとってるしね(暴露)。
私も2とったことあるし。

あ、秋男氏、他の科目はそこそこ良かったみたいよ(フォロー)。
私はノーコメント。

PM 09:26:51 | Comment(0) | [ジッカ]

2003年10月03日  マイファーザー秋男氏
とうとう、本日秋男氏が還暦になってしまいました。いやあ、60ってすごいねいやはや。

今日届くようにしたプレゼントも気に入ってくれた様子。
ナチスの囚人服パジャマの話をしたら、いまだに気に入って着ているというコメントまでいただきました。

わたくしは、朝からトイレで新聞を読んでいる秋男氏に「ハッピーバースデイ」を歌い、
しかも、友達に「おめでとう」コールをするよう強制。

友のうち何人かは、即実行してくれたようで、秋男氏、ちょっとデンワ恐怖症になったらしい。
「お前みんなに言うのやめてくれよー」とのこと。
還暦になってますますシャイな秋男氏なのであった。

一般的な26歳の女友達が、友の父の誕生祝いに実家にデンワするってことは、
結構稀なことだと思うのだけど、これにはわけがあるのです。

なぜなら、ここ数年の私が盆正月に帰省して皆と集まるのが大抵私の実家なのです。
夕方までカラオケやら卓球やら(中学生かよ)して、夜からまに家で晩餐会(父母含む、たまに兄も)。
夜を徹してトランプ(適齢期の娘がやることか?)。そして朝が来ると解散。
だいたいこんなスケジュール。

もはや、私の地元の友は盆正月は私に逢うと言うより、ウチら家族に逢うという感じなのである。

なぜか親戚の集まりに友が来たこともあるし、
親戚の家に一緒に行ったこともある
(これは私がお土産を配るために友にアシになってもらったのだけど。な、ミソジン)。

こう書いて行くと結構気持ち悪いような気がしないでもないが、
なぜかウチの父母はこーゆーことが自然に出来てしまう人たちなのだと思う。
ま、いつも気を遣ってもらっているけど。

秋男氏はミソジンをしてまに家癒し系ナンバーワンと言わしめる、
(これには不服、癒し系は私だ)
昔は松本幸四郎に似てると言われたらしいニックネーム「染ちゃん」なのだが、
いわゆるオヤジくささがないというか、
不思議とすれてない好青年のような人だ。

ここ数年でやっと手のかかる娘が自立して、仕事も一線から退くそうなので、
今まで出来なかった「やりたかったこと」をどんどんしてもらって
ますます好青年になってほしいと自立はすれどもまだまだ手のかかる娘は思うのであります。

ほんとうにおめでとうございました。

が、しかし、
「孫が見たい」は、兄に言ってください。

PM 09:38:33 | Comment(0) | [ジッカ]

2003年09月28日  父の還暦で知った遺伝子
今日はケイちゃんと遊びつつ、父秋男氏のプレゼントを買いました。

実は母から候補は聞いていて、
母はそれぞれに、私にはシャツ、兄にはベルト、と言っていたらしい。

数日前兄からメールが。

おそらく、こちらからの返信じゃないメールとしたらはじめてではなかろうか。
ちなみに兄は都内でサラリーマンをしている。上京してから二人で会ったことは一度もない。
つまり仲があまりよくない。

兄「父の誕生日、母からベルトって言われたんだけど、どうしようかね」

まるで最初から、兄妹一緒に買うつもり、といったストーリーである。

そして返信。

妹「ベルトプラスシャツでいかがでしょうか?(こちらも母の受け売り)」

すると、

兄「なるほど、じゃ、ベルトプラスシャツってことで、よろしく。お金はあとで振り込みか渡すから」

…やられた…。兄め…。


ん?こんなやりとり、どっかで聞いたことが…。

たとえば、
友人のミソジンとのやりとり。

まに「今度帰省するしさー、会おうよー」

ミソ「了解〜」

まに「じゃ、みんなに連絡しといて(お前幹事な)」

最近はさすがにマイ実家で集まることが多いので、私が皆に連絡するのだが、
(今はケータイメールっていう非常に便利なツールもあるしね)
それ以前は、私は大概、連絡係は人にやらせていた。
しかも、その時欠席する人がいると、「お前破門な」と鬼の言い渡しをしているのである。毎回。

ジャイアンじゃん。

今回の兄とのやり取りを踏まえ、改めて…似てる…と思いましたとさ。

で、結局プレゼントは、ちょいと奮発して、ジャケット、シャツ、ベルト2本というチョイスに。

しかし私は、約10年前の父の日に、無印良品のストライプのパジャマをプレゼントした時、
秋男氏から、
「これ、ナチスの囚人服だね」
と、言われたトラウマから、父の服のセレクトに相当自信がない。

今回今までの秋男氏からしたら、ちょいと冒険な感じのセレクトをしてみたが、
果たして喜んでくれるんでしょうか…。

誕生日は今週の金曜日。(この日届くよう設定)。

ちょっとドキドキ。

PM 10:11:15 | [ジッカ]

2003年09月26日  カウントダウン

刻一刻とまに家のビックイベントが近づいている。

あと一週間とちょいとで我が父、秋夫氏の還暦。
今日日、赤いチャンチャンコを着る60歳の御仁などそうそういないのでしょうが、
改めて、自分の父が還暦なんだ…と思うと、
そりゃ、私も2リットルのウーロン茶を一日で飲みきれなくなるよ、
昔は余裕で飲めたのに…てな感じです。

さて、
この「秋夫」という名前、秋夫氏が結婚まで名乗っていた名前でホントの名前ではありません。
いや、芸名とかそんなんじゃなく、
母が、戸籍を取りに行ったとき、本当は「秋男」だったことが秋夫氏30過ぎにして明らかになったのでした。
(母はビックリ仰天、目を疑い、一瞬だまされた?と思ったらしい)

本人も知らなかったこの事実。
なので高校のアルバムだの、なんだの昔の書類は殆ど「秋夫」となっており、
私も小学生の頃「秋夫」名義の電話帳をみたことがある(なおったけど)。

なぜ、違うのか?。
「おばあちゃんが「男」と書くのを面倒くさがった説」が有力なのでありますが、真相はいまだ藪の中。

そんな「二つの名前も持つ男」な秋男さんなわけでありますが、
あー、プレゼント何しよーと、私はしばらくコレで悩みそうであります。


PM 11:23:26 | [ジッカ]

2003年09月18日  モモエちゃん
なぜかうちの職場の本棚にあった、
山口百恵さんの「蒼い時」。
(なんであるんだ)
山口あらため現在は三浦百恵さんが引退直前に出した自伝のようなものである。

なーんとなくそんな本があったよということは聞きしっていて、
百恵さんの波乱万丈な背景もうっすらと知っていたのであるが、
現物が目の前にあったので読んでみました。

いやあ。すごかった。
今でこそ、芸能人の暴露本というか、
ビックリ自叙伝というものは、当たり前のことであって、
8割方売名行為じゃねーのー?と思ってしまう今日この頃なのですが、
時代も時代だったろうし、
百恵さんは、絶頂期に引退!ってところで、
ここで出さなくてもっていう感じだったと思う。

私は、百恵さんがアイドルだった頃を知識としてしか知らないので、
私の百恵さんのイメージというのは、
今カムバックの声が散々出ていても、
一専業主婦のスタイルを崩さない格好よい人って感じなんですけど。
なるほどこの人は格好よいな。クレバーだなあと。

なんってったって、この本を書いた時っていうのが、21歳というのが信じられない。
今日日こんなしっかりした21歳は世の中にいるんだろうか?
というくらい信じられない。

自分が21歳の頃を考えると寒気がするくらい。
それどころか、26歳の今の自分でも考えられないくらいしっかりした文章が書かれておりマウス。

ちなみに、最近21歳の誕生日を迎えた、
うちの職場のバイトさんにもすすめてみたら、
やっぱりびっくりしてました。
彼女は私以上に
「百恵さんなんて、ちびまる子ちゃんに出てくるくらいしかわかりませーん」な
ジェネレーションである。

まあ、百恵さんに限らず、
私ですら、最近の若いモンは…なんて思ってしまう瞬間があるのだが、
ウチの両親と自分を比べても、
同じ年齢だったときと比べたらしっかりしてないよなーと思う。

(ちなみにウチの父はここ数年の誕生日メッセージに、
「この年に君の母は素晴らしい男性と出会いました」とか
「この年に君の母は母親になりました」とかプレッシャーらしきものをかけてくる)

もちろん時代の流れもとても関係あると思うんだけど、
(祖父母世代と、父母世代でもおそらく差があるように)
読書量も全然違うような気がするし、
思想もしっかりしたものをもっているなあ…。

と、そんなことをしみじみ思った、百恵さんの自叙伝でした。
皆さんも機会があったら読んでみてください。
なかなかどうしていろいろと考えさせられると思います。

PM 03:09:31 | Comment(0) | [ジッカ]

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