さあ、これからセンバツ大会の思い出です。

1回戦は鹿児島代表の玉竜高校でした。

これまでの毎日が甲子園へ出場することで
頭が一杯でしたので第1打席の初球、審判が
ストライクといってハットしました。

何球目かにセカンドゴロを打って1塁まで
走りましたが1塁が遠くに感じました。

夢の舞台第1打席かなりあがっていたん
でしょうね。

6−3で勝ちました。逆転打も打ったんですよ。

2回戦は鳥取代表の米子東高校。
当時の優勝候補でした。

投手は宮本といって、その後早大に入り
1年生からエース投手でした。

卒業後は巨人に入り7〜10勝位していた
投手です。

その後は、南海の投手コーチをしていた
ようです。

ストレートも早かったですが、カーブ
今で言うスライダーだと思いますが切れ
の良い好投手でした。

1−2で敗れました。3塁打は打った
んですが。

その後米子東は決勝戦に進み、四国の
高松高校と当たりました。

延長戦になり、その後立教から阪急に
進んだ山口選手にサヨナラホームラン
を浴びて0−1で敗れました。

我々の宿舎は芦屋の竹園旅館でした。
昭和35年で家で食べる肉は豚の
細切れか鯨の肉でしたが、芦屋旅館
では松坂牛のでかいやつが食べ放題

ビックリしました。でも3日もする
と飽きるものですよね。

芦屋旅館は当時巨人が阪神遠征する
ときの常宿で敷布に選手の名前が
マジックで書いてありました。

長島,王、坂崎、藤田、堀本等々
敷布は奪い合いでした。

話は前後しますが、この年のセンバツ
出場選手でその後有名になった選手
を列挙してみます。

大阪大鉄高校の土井。近鉄に入り
18歳の4番打者として注目され、
現在西武ライオンズの打撃コーチを
しております。

前出の慶応高校の渡辺。その後
南海のエース。

米子東の宮本投手、その後巨人。

兵庫育英高校の土井。その後巨人
の名2塁手。

高松高校の山口。等々です。

次回は夏の甲子園です。
お楽しみに。