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地上天国建設委員会の日記
『音惚花活気好@kakky(おとぼけ”all_to_a_mash”カッキー)=垣内政治』的『地上天国建設』

天狗桜とお花畑の美女
 本日も新シリーズ、
出口王仁三郎聖師の玉言集『新月の光(カケ)[上巻]』木庭次守【編】(八幡書店)
《第三章 昭和十一年〜昭和十七年》
”昭和十七年 壬午(ミヅノエウマ) 西暦一九四二年”を題材に、
『地上天国建設委員会の日記』を展開して行こうと思う。

=================================

〇開化天皇の御神業

穴太(アナホ)の産土(ウブスナ)様は稚日本根子彦大日日命(ワカヤマトネコヒコオホヒヒノミコト)である。
若き日本の根本の神様ということだから開化天皇はおくり名である。
世界を統一される神様である。
王仁は今は開化天皇の御神業をやっているのである。
それだから開化天皇の宣伝歌
「若人の奮ひたつべき時は来ぬ若き日本の春の近めり」(昭和青年会会歌となる)
を日本中歌って廻らしたのである。
日本は古いけれども若い国である。(昭和六年十二月発表)

開化天皇は朝鮮、満州、蒙古、マレーまで行幸になったのである。
王仁は今は開化天皇の仕事をやっているのである。

          (昭和十七年十月十二日夜 大本農園有悲閣にて)

 (参照)『神霊界』大正八年十二月一日号「随筆」二十四頁

  △新十一月十八日、
 丹波南桑田曽我部村大字穴太の産土小幡神社(ウブスナオバタジンジャ)へ一行と共に参拝し、
 神饌並に玉串を奉献しました。
 抑(ソモソ)も当社の祭神は開化天皇様で、延喜式内の旧い由縁の在る御宮で、
 屋根には十六の菊の御紋と、三ツ巴の紋が附けてありますが、
 私(註=王仁)が去る明治二十一年二月帰神状態になった時、
 大心願を籠めて置いた神様であります。
 神名は稚日本根子彦大日日命(ワカヤマトネコヒコオホヒヒノミコト)様で、
 此御神名を日本言霊学の上から奉釈すると、
  新の日本国建設大本皇威発揚の神言霊と曰ふことに成ります。
  私が此神様の氏子と生れ、綾部の地の高天原へ参上り、
 五六七(ミロク)神政成就の御用を勤めさして頂いて居るのも、
 決して偶然では無いと曰ふ事が、首肯されるので在ります。
 (参照)小幡神社への出口王仁三郎献詠歌
  天狗さくら春の陽気に浮きたちて風に花の枝ふる宮に舞ふ 月の家
  神さひし小幡の森の花見かな 王仁
  この花そ咲耶の姫の姿かな  王仁
  桜 行く春の名殊惜しみて忙し身も小幡の宮のさくら花見し   王仁Θ
  桜 おたふくの桜の主人はるはると訪つれて見る天狗のさくら木 王仁Θ
  庭 おそ桜咲きほこりたる幹の下に薫りもたかき月桂樹さく   王仁Θ
 (参照)『霊界物語』第一巻第一章「霊山修行」。第十九巻第一章「高熊山」
 (参照)出口王仁三郎歌集『青嵐(セイラン)』
  稚日本根子彦大毘毘天皇(ワカヤマトネコヒコオホヒヒスメラギ)の神を祭りし小幡の大宮
  あたらしき若き日本の根本の宮の氏子と生(ア)れしわれなり
  新日本もとつ光を地の上にあまねく照さむ御名ぞかしこき
  大毘毘の神の命のあれまさむ世は近づきぬこの地の上に
  石(イソ)の上(カミ)ふるきゆかりのあらはれて世人(ヨビト)おどろく時近みかも
  いつはりの殻ぬぎ捨てて天地(アメツチ)の真木の柱の道光るなり
  古(イニシヘ)のいつはりごとのことごとくさらけ出さるる神の御代(ミヨ)なり
  最上の善とおもひし事柄のあやまちあるうぃお悟る神代かな
 (参照)出口王仁三郎歌集『東の光』「道歌(二九)」
  産土の神の形に生れたるひとの世にたつ年の初秋

=================================

この『地上天国建設委員会の日記』を再開した途端に、
また中身の濃いテーマが出て来てしまったので、
今日からまた数回にわけて以上の本文について感ずることを書き並べてみたい。

 十四日目

【(参照)小幡神社への出口王仁三郎献詠歌
  天狗さくら春の陽気に浮きたちて風に花の枝ふる宮に舞ふ 月の家】

王仁三郎聖師は地上天国の型として花壇をたくさん作ったそうである。

しかもしれは白梅だけに限定したものではなく、
たくさんの様々な花を集めて作ったそうだ。

そして、普通、大本関係者といえば、梅の花を好むものだが、
こんな風に何のこだわりもなく「天狗桜」の美を歌にして、
産土の神である小幡神社に献じているのだから、
出口王仁三郎聖師という方は、実に融通無碍で素晴らしい。

皇道經濟でみんなに十億円!

では、筆者も、最近「野の花」というのを、よく話題にするようになったが、
筆者は庭園の花壇というのも嫌いではないが、草原の天然のお花畑に、
可憐に戯れる美少女の光景ほど、地上天国的なものはないように思う。

そこに小川などがあって、白いドレスを来た美女が可憐に佇んでいたりしたら、
この「天狗桜」くらいは何処かにすっ飛んでしまうと思うのだが、
それはそれ。

要するに、人間が、どんなに科学万能だとかいって騒いだところで、
この「天狗桜」程度の花すらも、満足に咲き乱れさせることはできないのだから、
産土の神様の小幡神社に、これを献詠する方が、お花畑の可憐な美女よりも、
数万倍マシなのかもしれない…。

しかしながらやはり、筆者は、草原のお花畑の可憐な美女とお近づきになりたいと思う。

嗚呼、惟神霊幸倍坐世。

2013/05/26 PM 11:40:26 | [地上天国建設委員会の日記]
ヨハネとキリストとキリストの弟
 本日も新シリーズ、
出口王仁三郎聖師の玉言集『新月の光(カケ)[上巻]』木庭次守【編】(八幡書店)
《第三章 昭和十一年〜昭和十七年》
”昭和十七年 壬午(ミヅノエウマ) 西暦一九四二年”を題材に、
『地上天国建設委員会の日記』を展開して行こうと思う。

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〇開化天皇の御神業

穴太(アナホ)の産土(ウブスナ)様は稚日本根子彦大日日命(ワカヤマトネコヒコオホヒヒノミコト)である。
若き日本の根本の神様ということだから開化天皇はおくり名である。
世界を統一される神様である。
王仁は今は開化天皇の御神業をやっているのである。
それだから開化天皇の宣伝歌
「若人の奮ひたつべき時は来ぬ若き日本の春の近めり」(昭和青年会会歌となる)
を日本中歌って廻らしたのである。
日本は古いけれども若い国である。(昭和六年十二月発表)

開化天皇は朝鮮、満州、蒙古、マレーまで行幸になったのである。
王仁は今は開化天皇の仕事をやっているのである。

          (昭和十七年十月十二日夜 大本農園有悲閣にて)

 (参照)『神霊界』大正八年十二月一日号「随筆」二十四頁

  △新十一月十八日、
 丹波南桑田曽我部村大字穴太の産土小幡神社(ウブスナオバタジンジャ)へ一行と共に参拝し、
 神饌並に玉串を奉献しました。
 抑(ソモソ)も当社の祭神は開化天皇様で、延喜式内の旧い由縁の在る御宮で、
 屋根には十六の菊の御紋と、三ツ巴の紋が附けてありますが、
 私(註=王仁)が去る明治二十一年二月帰神状態になった時、
 大心願を籠めて置いた神様であります。
 神名は稚日本根子彦大日日命(ワカヤマトネコヒコオホヒヒノミコト)様で、
 此御神名を日本言霊学の上から奉釈すると、
  新の日本国建設大本皇威発揚の神言霊と曰ふことに成ります。
  私が此神様の氏子と生れ、綾部の地の高天原へ参上り、
 五六七(ミロク)神政成就の御用を勤めさして頂いて居るのも、
 決して偶然では無いと曰ふ事が、首肯されるので在ります。
 (参照)小幡神社への出口王仁三郎献詠歌
  天狗さくら春の陽気に浮きたちて風に花の枝ふる宮に舞ふ   月の家
  神さひし小幡の森の花見かな 王仁
  この花そ咲耶の姫の姿かな  王仁
  桜 行く春の名殊惜しみて忙し身も小幡の宮のさくら花見し   王仁Θ
  桜 おたふくの桜の主人はるはると訪つれて見る天狗のさくら木 王仁Θ
  庭 おそ桜咲きほこりたる幹の下に薫りもたかき月桂樹さく   王仁Θ
 (参照)『霊界物語』第一巻第一章「霊山修行」。第十九巻第一章「高熊山」
 (参照)出口王仁三郎歌集『青嵐(セイラン)』
  稚日本根子彦大毘毘天皇(ワカヤマトネコヒコオホヒヒスメラギ)の神を祭りし小幡の大宮
  あたらしき若き日本の根本の宮の氏子と生(ア)れしわれなり
  新日本もとつ光を地の上にあまねく照さむ御名ぞかしこき
  大毘毘の神の命のあれまさむ世は近づきぬこの地の上に
  石(イソ)の上(カミ)ふるきゆかりのあらはれて世人(ヨビト)おどろく時近みかも
  いつはりの殻ぬぎ捨てて天地(アメツチ)の真木の柱の道光るなり
  古(イニシヘ)のいつはりごとのことごとくさらけ出さるる神の御代(ミヨ)なり
  最上の善とおもひし事柄のあやまちあるうぃお悟る神代かな
 (参照)出口王仁三郎歌集『東の光』「道歌(二九)」
  産土の神の形に生れたるひとの世にたつ年の初秋

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この『地上天国建設委員会の日記』を再開した途端に、
また中身の濃いテーマが出て来てしまったので、
今日からまた数回にわけて以上の本文について感ずることを書き並べてみたい。

 十三日目

【私が此神様の氏子と生れ、綾部の地の高天原へ参上り、
 五六七(ミロク)神政成就の御用を勤めさして頂いて居るのも、
 決して偶然では無いと曰ふ事が、首肯されるので在ります。】

この「私」というのは勿論、出口王仁三郎聖師のことである。

王仁三郎聖師が亀岡から綾部に行ったのは、筆者が思うに、
新約聖書のナザレのイエスが、洗礼のヨハネに会いにヨルダン川に行った様な、
そういう意味合いが一つと、開化天皇が世界統一の御神業をするために、
当時の清国が在った辺りを中心に、朝鮮、満州、蒙古、マレーに出向いた様な、
つまり「蒙古入り」の御神業を実行するためであったのだと思う。

筆者も、霊界物語を手に入れる直前に、世界基督教統一協会の合同結婚の前フリか、
単に、御縁を頂いた蒲生氏の気遣いか、とにかく飛行機に乗って韓国までは行ったが、
すぐに日本に戻って来たから、まさしく、キリストの弟の様な役回りで、
今、ここに存在している様に思える節がある。

…というのも、王仁三郎聖師は、竹内文書の青森の渡来(十来)太郎のことを、

「あれはキリストの弟や」

と言い残しておられるようなので、それに因んで、そんなことを思うのだ。

それで筆者も「十」にこだわり続け、

皇道經濟でみんなに十億円!

というブログを始めることになったのかもしれないと、ちょっと思っている。

正直に告白するけれど、筆者は、こんなことさえも、
ついさっき、このブログを更新しようと思うまでは微塵も考えていなかった。

いつもながら不思議であるけれども、このブログを更新し始めたら、
途端に、こんなことが脳裡に浮かんだので、そのまま書きこんでいるのだ。

王仁三郎聖師の御神業である開化天皇と饒速日命の役割は、
世界統一とか、海外遠征で、日の出の神の御活動だが、
筆者自身は、こうした表だった活動はしないけれども、
琴平別命の聖師さんにまたがる浦島太郎らしいので、
これはどうしても竜宮から、故郷の日本に舞い戻ってくる必要がある。

それをいわゆる天孫邇々芸命の天降りというのかもしれない。

つまり、韓国までは行ったけれども、それより奥には進まず、
三種の神器を頂いて、すぐに日本に戻って来たという流れである。

日本国は、今のままでは皇国ではない。

日本国の起源は神武天皇で、皇族以下が納めているが、
それは偽ユダヤとか、偽盤古の流れということになるので具合がよくない。

これを正しく皇国に立て直すためには、霊界物語のことをよく伝えねばならないし、
王仁三郎聖師の役割と、筆者の役割をよく立て別けておく必要もある。

筆者は邇々芸命と仁徳天皇の御神業であるから、
世界の皇国を明らかにし、世界から貧困をなくす御神業である。

だから、

皇道經濟でみんなに十億円!

を避けて通るわけにはいかなかったのだろう。

七四十一大神(ナナシトオイツオホカミ)は、地上を幸せにするという意味であるから、
地上の幸福とは即ち衣食住の充実である。

つまりは經濟の完成であるから、どうしても、

皇道經濟でみんなに十億円!

抜きにして地上天国建設を語ることが出来なくなって来る。

これが出来ないと、恒久的な夫婦の道の完成もないし、
家系の万劫末代の繁栄もない。

まったくもって皇道經濟を土台にしなければ、何一つ進まないわけである。

嗚呼、惟神霊幸倍坐世。

2013/05/19 AM 12:29:32 | [地上天国建設委員会の日記]
草薙の剣と皇道經濟
 本日も新シリーズ、
出口王仁三郎聖師の玉言集『新月の光(カケ)[上巻]』木庭次守【編】(八幡書店)
《第三章 昭和十一年〜昭和十七年》
”昭和十七年 壬午(ミヅノエウマ) 西暦一九四二年”を題材に、
『地上天国建設委員会の日記』を展開して行こうと思う。

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〇開化天皇の御神業

穴太(アナホ)の産土(ウブスナ)様は稚日本根子彦大日日命(ワカヤマトネコヒコオホヒヒノミコト)である。
若き日本の根本の神様ということだから開化天皇はおくり名である。
世界を統一される神様である。
王仁は今は開化天皇の御神業をやっているのである。
それだから開化天皇の宣伝歌
「若人の奮ひたつべき時は来ぬ若き日本の春の近めり」(昭和青年会会歌となる)
を日本中歌って廻らしたのである。
日本は古いけれども若い国である。(昭和六年十二月発表)

開化天皇は朝鮮、満州、蒙古、マレーまで行幸になったのである。
王仁は今は開化天皇の仕事をやっているのである。

          (昭和十七年十月十二日夜 大本農園有悲閣にて)

 (参照)『神霊界』大正八年十二月一日号「随筆」二十四頁

  △新十一月十八日、
 丹波南桑田曽我部村大字穴太の産土小幡神社(ウブスナオバタジンジャ)へ一行と共に参拝し、
 神饌並に玉串を奉献しました。
 抑(ソモソ)も当社の祭神は開化天皇様で、延喜式内の旧い由縁の在る御宮で、
 屋根には十六の菊の御紋と、三ツ巴の紋が附けてありますが、
 私(註=王仁)が去る明治二十一年二月帰神状態になった時、
 大心願を籠めて置いた神様であります。
 神名は稚日本根子彦大日日命(ワカヤマトネコヒコオホヒヒノミコト)様で、
 此御神名を日本言霊学の上から奉釈すると、
  新の日本国建設大本皇威発揚の神言霊と曰ふことに成ります。
  私が此神様の氏子と生れ、綾部の地の高天原へ参上り、
 五六七(ミロク)神政成就の御用を勤めさして頂いて居るのも、
 決して偶然では無いと曰ふ事が、首肯されるので在ります。
 (参照)小幡神社への出口王仁三郎献詠歌
  天狗さくら春の陽気に浮きたちて風に花の枝ふる宮に舞ふ   月の家
  神さひし小幡の森の花見かな 王仁
  この花そ咲耶の姫の姿かな  王仁
  桜 行く春の名殊惜しみて忙し身も小幡の宮のさくら花見し   王仁Θ
  桜 おたふくの桜の主人はるはると訪つれて見る天狗のさくら木 王仁Θ
  庭 おそ桜咲きほこりたる幹の下に薫りもたかき月桂樹さく   王仁Θ
 (参照)『霊界物語』第一巻第一章「霊山修行」。第十九巻第一章「高熊山」
 (参照)出口王仁三郎歌集『青嵐(セイラン)』
  稚日本根子彦大毘毘天皇(ワカヤマトネコヒコオホヒヒスメラギ)の神を祭りし小幡の大宮
  あたらしき若き日本の根本の宮の氏子と生(ア)れしわれなり
  新日本もとつ光を地の上にあまねく照さむ御名ぞかしこき
  大毘毘の神の命のあれまさむ世は近づきぬこの地の上に
  石(イソ)の上(カミ)ふるきゆかりのあらはれて世人(ヨビト)おどろく時近みかも
  いつはりの殻ぬぎ捨てて天地(アメツチ)の真木の柱の道光るなり
  古(イニシヘ)のいつはりごとのことごとくさらけ出さるる神の御代(ミヨ)なり
  最上の善とおもひし事柄のあやまちあるうぃお悟る神代かな
 (参照)出口王仁三郎歌集『東の光』「道歌(二九)」
  産土の神の形に生れたるひとの世にたつ年の初秋

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この『地上天国建設委員会の日記』を再開した途端に、
また中身の濃いテーマが出て来てしまったので、
今日からまた数回にわけて以上の本文について感ずることを書き並べてみたい。

 十二日目

【神名は稚日本根子彦大日日命(ワカヤマトネコヒコオホヒヒノミコト)様で、
 此御神名を日本言霊学の上から奉釈すると、
  新の日本国建設大本皇威発揚の神言霊と曰ふことに成ります。】

筆者が「大本型の仕組み」とか「言霊」などの神秘に目覚めたのは、
二十歳の頃で、今から三十二年も前のことである。

それからほぼ三十年くらいは、きっとこんな文章を読んだら、
実に芳しい御神酒でも頂いた時の様に、その美醜たる文意に陶酔し、

「出口王仁三郎聖師こそ、真の救世主だ!
 聖師様の言霊にさえ触れておれば、何もかもうまくいくのだ!」

と、そればかりに酔いしれて、自ら努力して事を成すということを、
すっかり忘れ去ってしまっていたに違いない。

ちょうど、磯でいじめられていた亀を助けたお礼に、
竜宮城に招かれた浦島太郎が、鯛やヒラメが扮する女神の舞いに見惚れ、
美醜に酔いしれているうちに、幾年月を重ねて、陸の暮らしを思い出し、
陸に戻ったら、まったく世の中のありようが変わってしまっていて、
知り合いも一人もいなくなり、白髪、白髭の老人になってしまうという様な、
そんな話になってしまうのだろうが、
要するにこの御伽噺などでも、筆者からいわせれば、
日本武尊が白鳥になった神話に読み直す事が出来るわけである。

この間、ツイッターでやっている「月曜エア銀魂」の方で、
GW が羨ましいと呟いたのが影響したのか、
このブログも丸々一週間休むことになったが、
その間、常に脳裡にあったのは、この浦島太郎と日本武尊の関係だ。

王仁三郎聖師は、素盞嗚尊、饒速日命、開化天皇、など、
いろいろな神様の御神業を兼用なされていたそうだが、
筆者は筆者で、子供の頃から日本武尊と素盞嗚尊が大好きで、
二十歳の頃に、この神の道に目覚めて、活動資金繰りに常に悩みつつ、
営業車を乗り回すことが出来る職にありついて神奈川県内を駆け回った時にも、
最初に心を惹かれたのは、横須賀にある走水神社だったりしたので、
この日本武尊と神奈川県との関わりがよくわからないなりに、
亀の歩みで、着実に、その神秘の謎解きに向かって導かれていた様に思う。

神話の日本武尊は、不二山で神剣草薙の剣を手放してしまい、
その後、運気が急降下した様に記憶しているが、
筆者はこれまで、日本国が軍隊を棄てたことで運気が下降したことかと、
そんな風にぼんやりと思っていたが、今になって考えると、
どうも、草薙の剣の正体は、軍事力だけではないことが判って来たと思う。

神剣というのは、神権という意味でもあるそうだが、
つまりその神権を以て、いくらでも通貨を発行出来るというのが、
本当の草薙の剣の様に思える様になって来た。

勿論、それは「皇道經濟でみんなに十億円!」につながるわけである。

世界人類、老若男女の区別なく、人間一人生れたら、
いつでも何所でも、いくら使っても稼いでも、
十億円に自動チャージされるという神権の発動をもって、
人心が腐る原因である貧困を根絶するという、その絶対権威こそが、
草薙の剣ということでなければ、現代風ではないと思うのだ。

皇神は金のことには関わらないという風になっているのが、
おそらく既成宗教のお体裁であるけれども、
何処の宗教団体も、御玉串、御布施、献金などを喜ばぬものはない。

宗教団体からして、この通りなのから、不正が世に蔓延るわけである。

現代の経済は、少数の富豪や大富豪達が、金銭を集めて占有し、
その残り粕の様な通貨を奪い合う為に、
各国政治家以下の全ての民衆が苦しめられている。

こんな馬鹿げた話はないということに気づかないうちは、
地上天国建設など夢のまた夢である。

一日も早く皇道經濟を土台にして、顕幽一致の地上天国建設を
実現しなければならない。

嗚呼、惟神霊幸倍坐世。

2013/05/15 AM 12:24:28 | [地上天国建設委員会の日記]
大心願
 本日も新シリーズ、
出口王仁三郎聖師の玉言集『新月の光(カケ)[上巻]』木庭次守【編】(八幡書店)
《第三章 昭和十一年〜昭和十七年》
”昭和十七年 壬午(ミヅノエウマ) 西暦一九四二年”を題材に、
『地上天国建設委員会の日記』を展開して行こうと思う。

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〇開化天皇の御神業

穴太(アナホ)の産土(ウブスナ)様は稚日本根子彦大日日命(ワカヤマトネコヒコオホヒヒノミコト)である。
若き日本の根本の神様ということだから開化天皇はおくり名である。
世界を統一される神様である。
王仁は今は開化天皇の御神業をやっているのである。
それだから開化天皇の宣伝歌
「若人の奮ひたつべき時は来ぬ若き日本の春の近めり」(昭和青年会会歌となる)
を日本中歌って廻らしたのである。
日本は古いけれども若い国である。(昭和六年十二月発表)

開化天皇は朝鮮、満州、蒙古、マレーまで行幸になったのである。
王仁は今は開化天皇の仕事をやっているのである。

          (昭和十七年十月十二日夜 大本農園有悲閣にて)

 (参照)『神霊界』大正八年十二月一日号「随筆」二十四頁

  △新十一月十八日、
 丹波南桑田曽我部村大字穴太の産土小幡神社(ウブスナオバタジンジャ)へ一行と共に参拝し、
 神饌並に玉串を奉献しました。
 抑(ソモソ)も当社の祭神は開化天皇様で、延喜式内の旧い由縁の在る御宮で、
 屋根には十六の菊の御紋と、三ツ巴の紋が附けてありますが、
 私(註=王仁)が去る明治二十一年二月帰神状態になった時、
 大心願を籠めて置いた神様であります。
 神名は稚日本根子彦大日日命(ワカヤマトネコヒコオホヒヒノミコト)様で、
 此御神名を日本言霊学の上から奉釈すると、
  新の日本国建設大本皇威発揚の神言霊と曰ふことに成ります。
  私が此神様の氏子と生れ、綾部の地の高天原へ参上り、
 五六七(ミロク)神政成就の御用を勤めさして頂いて居るのも、
 決して偶然では無いと曰ふ事が、首肯されるので在ります。
 (参照)小幡神社への出口王仁三郎献詠歌
  天狗さくら春の陽気に浮きたちて風に花の枝ふる宮に舞ふ   月の家
  神さひし小幡の森の花見かな 王仁
  この花そ咲耶の姫の姿かな  王仁
  桜 行く春の名殊惜しみて忙し身も小幡の宮のさくら花見し   王仁Θ
  桜 おたふくの桜の主人はるはると訪つれて見る天狗のさくら木 王仁Θ
  庭 おそ桜咲きほこりたる幹の下に薫りもたかき月桂樹さく   王仁Θ
 (参照)『霊界物語』第一巻第一章「霊山修行」。第十九巻第一章「高熊山」
 (参照)出口王仁三郎歌集『青嵐(セイラン)』
  稚日本根子彦大毘毘天皇(ワカヤマトネコヒコオホヒヒスメラギ)の神を祭りし小幡の大宮
  あたらしき若き日本の根本の宮の氏子と生(ア)れしわれなり
  新日本もとつ光を地の上にあまねく照さむ御名ぞかしこき
  大毘毘の神の命のあれまさむ世は近づきぬこの地の上に
  石(イソ)の上(カミ)ふるきゆかりのあらはれて世人(ヨビト)おどろく時近みかも
  いつはりの殻ぬぎ捨てて天地(アメツチ)の真木の柱の道光るなり
  古(イニシヘ)のいつはりごとのことごとくさらけ出さるる神の御代(ミヨ)なり
  最上の善とおもひし事柄のあやまちあるうぃお悟る神代かな
 (参照)出口王仁三郎歌集『東の光』「道歌(二九)」
  産土の神の形に生れたるひとの世にたつ年の初秋

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この『地上天国建設委員会の日記』を再開した途端に、
また中身の濃いテーマが出て来てしまったので、
今日からまた数回にわけて以上の本文について感ずることを書き並べてみたい。

 十一日目

【抑(ソモソ)も当社の祭神は開化天皇様で、延喜式内の旧い由縁の在る御宮で、
 屋根には十六の菊の御紋と、三ツ巴の紋が附けてありますが、
 私(註=王仁)が去る明治二十一年二月帰神状態になった時、
 大心願を籠めて置いた神様であります。】

王仁三郎聖師の大心願というのは、どんなものだったのだろうか?

これについて何かの本で読んだ記憶が、筆者には無い気がする。

筆者は、神様の道に入った頃は、新約聖書のイエス・キリストが、

「汝、みだりに天に誓うなかれ」

とかいう聖句に感銘していたので、この大心願というのは疑問だが、

「みんなしあわせになれ」

とか

「世界平和の祈り」

は、たぶんこれに当たると思う。

筆者は、筆者自身の願望については、
例えば、

 ハードロックバンドをやりたい
 ステージに立ちたい
 オリジナルCDを作りたい
 漫画を描きたい
 オリジナル音楽動画を創りたい

など、自分で出来ることはやって来たので、
心願というほどのものでもない。

恋愛問題など、相手があって初めて成立することは、
恋を告白した後の勢いでどうなるかわからないし、
恋愛相手一人に自分の貴重な時間の全てを傾けなければならない
ということがそもそも難しいのだ。

この辺のジレンマを解決してくれたのが、

「世界平和の祈り」

で、祈りというものは、実に便利なものである。

例えば、告白した相手にフラれたとしても、
一方的にこちらから、その人の幸せを祈り続けることが出来る。

筆者の場合は、別に自分がその人を幸せに出来なくてもよいので、
祈ることを覚えてからは、生きるのが楽になったのを覚えている。

一緒に暮らすとなると、気持ちいいだけでは済まないので、
生活を守る為に、仕事を探したり、役所の手続きがあったり、
住まいを安定させたりとか…いろいろ大変だ。

そうすると結局、筆者が帰着するのは、

「皇道經濟でみんなに十億円!」

ということになる。

出口王仁三郎聖師の大心願は不明だけれども、
筆者は出口王仁三郎聖師が皇道經濟を提唱してくれたことを、
心の底から感謝している。

これだけは、誰がやらなくても、筆者が受け継いで世に広めたいと思うし、
筆者流の解釈も加えて、

「皇道經濟でみんなに十億円!^0^♪」

をメッセージし続けたいと思う。

出口王仁三郎聖師の大心願とは、いったいなんだったのだろうか?

開化天皇の世界統一の御神業をしたあと、
どうしたかったのだろうか?

やはり、皇道經濟の実行だったのではなかろうか?


嗚呼、惟神霊幸倍坐世。

2013/05/07 PM 01:40:27 | [地上天国建設委員会の日記]
自己を見つめれば神に出会う
 本日も新シリーズ、
出口王仁三郎聖師の玉言集『新月の光(カケ)[上巻]』木庭次守【編】(八幡書店)
《第三章 昭和十一年〜昭和十七年》
”昭和十七年 壬午(ミヅノエウマ) 西暦一九四二年”を題材に、
『地上天国建設委員会の日記』を展開して行こうと思う。

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〇開化天皇の御神業

穴太(アナホ)の産土(ウブスナ)様は稚日本根子彦大日日命(ワカヤマトネコヒコオホヒヒノミコト)である。
若き日本の根本の神様ということだから開化天皇はおくり名である。
世界を統一される神様である。
王仁は今は開化天皇の御神業をやっているのである。
それだから開化天皇の宣伝歌
「若人の奮ひたつべき時は来ぬ若き日本の春の近めり」(昭和青年会会歌となる)
を日本中歌って廻らしたのである。
日本は古いけれども若い国である。(昭和六年十二月発表)

開化天皇は朝鮮、満州、蒙古、マレーまで行幸になったのである。
王仁は今は開化天皇の仕事をやっているのである。

          (昭和十七年十月十二日夜 大本農園有悲閣にて)

 (参照)『神霊界』大正八年十二月一日号「随筆」二十四頁

  △新十一月十八日、
 丹波南桑田曽我部村大字穴太の産土小幡神社(ウブスナオバタジンジャ)へ一行と共に参拝し、
 神饌並に玉串うぃお奉献しました。
 抑(ソモソ)も当社の祭神は開化天皇様で、延喜式内の旧い由縁の在る御宮で、
 屋根には十六の菊の御紋と、三ツ巴の紋が附けてありますが、
 私(註=王仁)が去る明治二十一年二月帰神状態になった時、
 大心願を籠めて置いた神様であります。
 神名は稚日本根子彦大日日命(ワカヤマトネコヒコオホヒヒノミコト)様で、
 此御神名を日本言霊学の上から奉釈すると、
  新の日本国建設大本皇威発揚の神言霊と曰ふことに成ります。
  私が此神様の氏子と生れ、綾部の地の高天原へ参上り、
 五六七(ミロク)神政成就の御用を勤めさして頂いて居るのも、
 決して偶然では無いと曰ふ事が、首肯されるので在ります。
 (参照)小幡神社への出口王仁三郎献詠歌
  天狗さくら春の陽気に浮きたちて風に花の枝ふる宮に舞ふ   月の家
  神さひし小幡の森の花見かな 王仁
  この花そ咲耶の姫の姿かな  王仁
  桜 行く春の名殊惜しみて忙し身も小幡の宮のさくら花見し   王仁Θ
  桜 おたふくの桜の主人はるはると訪つれて見る天狗のさくら木 王仁Θ
  庭 おそ桜咲きほこりたる幹の下に薫りもたかき月桂樹さく   王仁Θ
 (参照)『霊界物語』第一巻第一章「霊山修行」。第十九巻第一章「高熊山」
 (参照)出口王仁三郎歌集『青嵐(セイラン)』
  稚日本根子彦大毘毘天皇(ワカヤマトネコヒコオホヒヒスメラギ)の神を祭りし小幡の大宮
  あたらしき若き日本の根本の宮の氏子と生(ア)れしわれなり
  新日本もとつ光を地の上にあまねく照さむ御名ぞかしこき
  大毘毘の神の命のあれまさむ世は近づきぬこの地の上に
  石(イソ)の上(カミ)ふるきゆかりのあらはれて世人(ヨビト)おどろく時近みかも
  いつはりの殻ぬぎ捨てて天地(アメツチ)の真木の柱の道光るなり
  古(イニシヘ)のいつはりごとのことごとくさらけ出さるる神の御代(ミヨ)なり
  最上の善とおもひし事柄のあやまちあるうぃお悟る神代かな
 (参照)出口王仁三郎歌集『東の光』「道歌(二九)」
  産土の神の形に生れたるひとの世にたつ年の初秋

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この『地上天国建設委員会の日記』を再開した途端に、
また中身の濃いテーマが出て来てしまったので、
今日からまた数回にわけて以上の本文について感ずることを書き並べてみたい。

 十日目

【 △新十一月十八日、
 丹波南桑田曽我部村大字穴太の産土小幡神社(ウブスナオバタジンジャ)へ一行と共に参拝し、
 神饌並に玉串を奉献しました。】

神社信仰や仏壇信仰など、とりあえず、心の支えとして、
信仰の対象になりそうな場所や建物がそこにあると、ホッとするものだ。

たぶんそれは、大人になると、赤ちゃんや子供の様に安心して甘えられる対象がなくなるので、
要するに大人の甘えを、誰はばかることなくぶつけられる様にするために、
こうした神社や仏閣、仏像などが生れたのであろうと思う。

このあいだ、テレビで、飼い主の指をくわえたり、棒状の毛玉や、自分の尻尾をくわえると、
安心して寝ることが出来る猫の映像を見たが、これも幼児期に親猫に甘えた時の記憶の中に、
入り込むことが出来るから、そんな可愛らしい行動をしてみせるのだと思う。

人間だって、いくら大人だ、男だ、親だ、社会人だといってはみても、
肩肘張らずに力を抜いて、甘える事が出来る対象が、恋しくなってもしょうがない。

この小幡神社に同行した諸氏にしても、信者達には出口王仁三郎聖師という、
いろいろと甘え事を相談できる信仰対象がいるにもかかわらず、
こうやって王仁三郎聖師に同行して神社参りをするのだから滑稽といえば滑稽だが、
その心情に同情出来ないわけではない。

家族に譬えれば、両親に連れられて祖父母に会いに行く子供の様な感じで、
師匠に連れられて、師匠が修業時代に心の支えにした神社に同行するのだろう。

ただし、神社や仏閣などの建物は、師匠の肉体よりは寿命が長いので、
師匠や祖先が先立ったあとも、そこにお参りにゆけば、故人のおもかげに、
声をかけることも、なんとなく周囲からの理解を得られ易くなる。

つまり、狂者扱いされずに、故人や、神様、仏様が、そこにいる感じで、
安心して語りかけることができるわけである。

だいたいの場合、それは本当に慰めでしかないわけだが、
筆者が、この様なブログを続けていられるのは、ただの慰安では片づけられない様な、
実際に、目には見えない存在の御加護や導きとしか思えない体験を重ねたからだ。

そうなってくると、いつも神様と一緒にいる気分になれるので、
神社、仏閣、仏壇、墓碑などに語りかけなくても、
日常茶飯事の中で神に語りかける事に、一目をはばかることもなくなって来る。

もしくは、このブログを書く様に、モニター上に入力される文字と会話をするような、
そういう不思議な感覚をパソコンを通じて体験することが出来る。

頭で考えているだけでは、なかなか想像が膨らまないことでも、
自分で一度、活字化してみて、それを修正するつもりで故事を調べていると、
共通点や、自他独自の見解が明確になって来て、
自分自身に対する励みになったりして力が湧いて来るのがわかる。

人様と会話をした時にも、同類の共感を得ることが出来るが、
人様との対話では、時には己を否定される様なこともあり、
そうすると、せっかく開いた心が閉じられてしまうものだ。

いわゆる傷つき易い情態というわけだが、思考のテキスト化については、
自分で自分を肯定する形になる場合が多いので気分がいい。

仮に第三者が読んだあと、否定的な意見をぶつけて来ても、
自尊心を傷つけない範囲で適度に距離をおく心の余裕をもてることにもなる。

寺社仏閣に出向かなくても、自宅でパソコンの画面と向き合ってるだけでも、
神と対話しているような感覚になれるわけだ。

こういうことも科学と文明の恩恵の様な気がするのである。

嗚呼、惟神霊幸倍坐世。

2013/05/06 PM 01:52:24 | [地上天国建設委員会の日記]

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Profile
名前『音惚花活気好@kakky』  垣内政治
URLhttp://10.studio-web.net/~doukasen/
年齢52
性別男の中の男かも…?^^;
地域神奈川
血液型O型
星座蠍座
『ノストラダムスの大嘘つき!』
『みんなしあわせになれ』
彼の魂には『地上天国建設』への
熱くてハードな夢が渦巻く。

ハードロックなシャウトが、
暗く荒んだカオスを引き裂き、
スカッとイカシタ輝きを呼び戻す。

それが奴の『炎の掟』!!

飢え乾いた魂に注ぎ込まれる
『命水』の言霊が炸裂するぜ!^^

Category
地上天国建設委員会の日記(2212)

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