「ハウル」封切から2週間、そろそろしゃべってもいいかな。
今回は宮崎作品としては久々の原作付きということで、
脚本・監督として裏方に回った宮崎駿御仁。
参照:ダイアナ・ウィン・ジョーンズさんのファンページ

2回連続で見ての感想ですが…カルシファーイイ!!(・∀・)
というのはおいといて、
『ここまで真摯に「女性」を描いたジブリ映画は初めてじゃないのか』ということ。
ハウルもなかなか耽美的な容貌だった中、
一番「男らしさ」のあったキャラは「カカシ」だったわけで。

「ナウシカ」から「もののけ」、「千尋」さえも、
宮崎作品の主役の女性達は皆、監督にとっての理想像、アニマであった。
それが今回「ハウル」では「アニマを老女にする」という表現手段によって、
「理想」は「現実」または「リアリズム」によって否定されていた。
荒地の魔女が年齢をごまかしたり、ハウルが変身したり溶け出したり…。

ただ、それらは物語の中では「呪い」として描写される。
この「呪い」とは、老いや死を美化し、生や病を悪魔化するというような
「神聖」へのアンチテーゼである。
「悪魔に心臓を預ける」その時点でそれは明白だ。

生老病死という「現実」を西洋魔術をモチーフとして分解してみせた「ハウル」は、
生老病死をラジカルに語る日本神道をモチーフとして構想された
「千と千尋」へのアンチテーゼとも言える。

まあ今作の劇場公開が全世界展開であることも含め、
完成度の高さ以上に「普遍的なイメージ」の模索が
課題であったのだろう。
その素材として、象徴主義的な文学作品
「魔法使いハウルと火の悪魔」
を宮崎さんが選び、
時事的なセンス(反戦的なアティチュードとか)も
適当に加えながら昇華した、ということでは。

まあ、例の「千と千尋」(ハク役の声優の出世作)
さえも今作の為の布石だったとするなら、
スタジオジブリは全く恐るべきクリエイター集団である、
ということだけは間違いない。

ちなみに、ソフィー役の倍賞千恵子さんは\\\\\'41生で、
宮崎監督と同い年です。