2008年3月6日
今日は私が半年前まで勤めていた専門学校の卒業式。私の担任していた学生たちも、とうとう旅立ちの時を迎える。
1年生から2年生に進級する際に、半分近くがビザ更新が難しいと言われていた問題児だらけの学生たちを、ビザ更新できるように入管に手紙を書いたり、話をしに行ったりなど、あの手この手で手を尽くし、何とか全員ビザ更新させ、この1年間日本に残れるようにすることができた。その後、いろいろあって、仕事が許容量を越えて、体壊して病気で夏に倒れ、「全員卒業させる」という志半ばで退職することになり、私の担任としての目標は果たせぬまま、後任のM瀬さんにバトンタッチしたのだった。
だから、今日という日を迎えるのは複雑な気分だ。自分が身を削って守った学生が卒業するのは嬉しい。でも、最後まで自分の手で彼らをサポートできなかったのは悔しい。そして、途中で棄権してしまったことに対して、学生たちに申し訳ない。後任のM瀬さんにも迷惑をかけてしまってるだろうし。 でも、学生たちに会いたい、という気持ちがあった。何ぶん全員留学生なので、卒業後は帰国する学生もいる。これが会える最後のチャンスかもしれない。 そんなわけで、今日はお休みをもらって、会うのが怖いという気持ちと、会って祝福したいという気持ち半々で、卒業式の会場へ向かった。
泣かないつもりで行ったのに、いざ学生たちの姿を見ると、涙が出てきた。この日のために、私は夜中に家に帰ったり、休みなしで二週間続けて働いたり、といった苦しい日々を耐えてた。一人でも多くの学生に夢を叶えてほしい。一人でも多くの学生が無事に卒業してほしい。その思いが蘇ったのと、学生たちの姿を見ることができて嬉しかったのとで、涙が止まらなかった。マスカラしてたから、マスカラが溶け、黒い涙になってた(笑)。。
卒業式には全員来ていなかった。一名はもしかしたらオカマかしらって疑惑があった学生で、アメリカの同性愛者同士の結婚が認められている州へ中国にいる恋人(♂)と暮らすために2月初旬に旅立ったらしい。一名は学費の件で学校とトラブってる学生。一名はもう一年学校に研究生として残る学生。また、理由はわからないけど来ていない学生もいた。 そして、クラスのリーダー格で誰よりも真面目で一生懸命だった学生が、なぜかその場にいなかった。どうやら、国際結婚したタイ人妻のビザが下りなくて日本に呼び寄せられず、韓国に置いてきてしまっていたため、そのままにはしておけず卒業式を迎えぬまま帰国してしまったようだ。私が退職する旨を学生たちにHRで告げた日を思い出す。彼は大きな声で、「起立、気をつけ」と号令をかけ、みんなを立たせた。そして、「礼!」と言って、全員が私に向けて「ありがとうございました」と言ってくれた。その時のことを思い出して、ショックだった。彼が直接卒業証書を受け取れないなんて。
卒業式の後、謝恩会があり、その最後にコブクロの「桜」と共に、学生生活の映像が流れた。全コースの写真がスライドで流れるので、全部うちの学生ってわけじゃないけれど、学園祭の様子や、スポーツ大会、課外授業などの様子が流れて、一気にたくさんの思い出が蘇った。いろんな問題を抱えた学生たち。反抗的な学生もいた。病気に倒れた学生もいた。家庭の事情で苦しむ学生もいた。怠けてばかりの学生もいた。いっぱい事件があった。警察に身元保証人で身柄を引き受けに行ったことも。 いろんなことがあったけれど、すべて大事な思い出。
私は彼らが卒業するまでの月日の四分の三までしか関われず、志半ばでやむを得ず退職した。でも、私の「少しでも多くの学生が卒業してほしい」という夢を、後任のM瀬さんを始めとした職場の仲間たちと、そして、何より学生たち自身が頑張って叶えてくれた。 学校の待遇は彼らにとっては決して良いものとは言えなかっただろう。学科予算などの金銭面からしても不当な額しか宛がわれず、おまけ的な扱いで、いろんな面で不当でぞんざいにされていた学科。それでも、この日まで何とか頑張ってくれた。
ありがとう。本当にありがとう。 |
PM 10:04:28 |
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[身辺日記。]
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