Yuki コルクボード
YukiCorkBoard 川面を流れる木の葉のように、時の流れに身をまかせて、、、っていう生き方は好きではありません。

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以下は秘密事項
ひとはこう呼ぶYuki
とうとうウソのような47+12
内緒だが、、、
今のところまだ愛知
どうせ変人のAB型
常に公平冷静な天秤座
−−お知らせ−−

小学生(別に中学生でも構いませんが)の電気に関するいろいろな質問をお受けしております。やはり私の技能でお答えできる範囲内となりますが特にジャンルは問いません。もちろん無料です。お気軽にメールください。

注意:
大人の小中学生を装ってのバグ取り作業依頼は、固くお断りします。

2010年09月19日  モンゴル産ウオッカであります。

# ちょっと古いネタですが。

実にモンゴルから密かに自分自身へのお土産に買った一本であります。

地元の人とほとんどモンゴル人化したNさんのお奨めで。

確かにおいしかったです。

って言いますか、クセがなくて、ガブガブ飲めちゃったり。

ほんにお奨めです。→ モンゴルの(老若)男女の皆様


P.S

たまにモンゴルからのアクセスを確認しております。

お元気そうでなによりです。→ モンゴルの(若老)男女の皆様


AM 11:53:27 | [モンゴル紀行('10)]

2010年06月19日  モンゴル塩のお土産

今回のお土産のメインは、モンゴル塩にしていました。

話はそれますが、

名古屋のお土産に「ういろ」というのがありますが、

これは、お土産の三大要素が備わっているということでも有名です。

その三大要素というのは、

・かさばっている。
・重い。
・安い。

きっと、なるほど、と思われた方もいらっしゃいましょう。

# ここに"おいしい"という要素が含まれていないのが哀しい。

その延長上で考えると、モンゴル塩というのも

それに近いのかもしれない。

しかし、ヘンな人形や着る物買っていったって仕方ないし。

# 前回は、カシミア商品をお土産にしたけど、コストパフォーマンス悪かったし。

で、今回は、モンゴル塩がメインのお土産であります。

さて、モンゴルの塩は、山で獲れます。

日本のように海水から得るのではなく、

何万年か前に、海であったであろうところが山になり、

その山の中から、岩塩が獲れるのであります。ですから

ミネラルがたっぷり含まれており(なの?)、ただ塩辛いというよりは、

なんとなく味があります。(微妙ですが。)

で、写真をご覧あれ。

大きく2種類の岩塩がありまして。

ひとつは、採掘された岩塩をそのまま砕いたもの。

もうひとつは、それを精錬したもの。

ところが、その精錬作業は、日本で行われていたものだったりする。

したがって、パッケージには、日本語でいろいろ説明が書かれてあったりもして。

一応、2種類とも買いました。

どれを誰に渡すのか微妙なところですが、

粋でない輩に日本語パッケージの岩塩を渡した際には

きっと日本のものをモンゴル土産として買ってきた、とバカにされるんだろうなぁ。

けれど、思うのだ。

それでもいい。モンゴル岩塩というものを少しでも話題としてでも広げられれば

モンゴルからのお土産の意味は充分ある。

そう信じて、、、。

# それが報われるといいんですが、、、。


P.S

ちなみに、お馴染みのレストランには、あへて、

精錬されていない方の岩塩をお土産に渡しました。

今度、それを使った料理が食べてみられるとうれしいですが、、、よろしくね。



AM 11:53:27 | [モンゴル紀行('10)]

2010年06月18日  ウランバートルの無限渋滞

ウランバートルの市内は、

道路の広さやインフラに対して

非常に自動車が多い。

急激な文明化により、

インフラの整備が追いついていないのは、一目瞭然である。

さらに運転マナーも決して良いとは言えない。

基本、弱肉強食である。

したがって、混雑している交差点では、

信号があっても写真のような状態になる。

十字路の交差点で、とにかく4方向から隙間さえあれば詰めてしまうのである。

とうぜん、すべての車は身動きが取れなくなって大渋滞となる。

写真は、その無限渋滞の中心部。

こんな状態でも、自分の前に隙間が出来るとつめてしまう。

もはや、身動き出来ない状態になり、クラクションが鳴り響き続けると

どこからともなく警官がやってきて、整理しだす。

なんか、国民性がわかり易いっちゅうかなんちゅーか。



P.S

文明の発達段階で、いわゆる"譲る気もち"というのは、どこで発生するのだろう?

日本は、宗教のおかげか?などと、勝手なことを思ったり。

けど、、、

バーゲンを見ている限り、他国のことも、あまり言えませんが、、、ねぇ。



AM 10:54:57 | [モンゴル紀行('10)]

2010年06月17日  ノミンデパートでショルダーバッグを買う。

さて、無事、シベリア鉄道に乗る、

という大目的を達成し(うるへ〜、一部の方へ)

フト我に返った時、

そうだ、そろそろお土産を買っておかなきゃ。

今回のお土産は、モンゴル産チョコレートとモンゴル塩と決めていたので、

特に迷うことなく。

で、途中、ノミンデパート(旧国営デパート)に立ち寄る。

ノミンデパートというのは、社会主義時代の国営デパートで

大手電器店のノミンが買収したという。一般には、

まぁ、お土産を買うなら、ココが安心、というデパートである。

ちなみに、ここで書くのもなんでありますが、

私は、海外に行くと、必ず自分へのお土産を買う。

1万円以内のささやかな贅沢である。

いつもは、だいたい靴である。

私のデカイ足のサイズの靴は、日本ではなかなか選べない。

したがって、海外に行った時に、靴を買うことが多い。

が、ここはモンゴルである。靴を買う気にはならない。

前回の時には、ラクダのコートを買った。

飲み会の時に、とある女性に言われた。

「このコート、くっさぁ〜い!」

もう今回は、着る物は辞めようと思った。

そうこうしながら、店内をブラブラ歩いていると、

ふと、ショルダーバッグが目にとまった。

「あ、あれいいじゃん。」

そう思って、近くに寄って行ってみると、そこには、ブランドネームが、、、

「GIORGIO ARMANI」

げっ、こんなの手を出せないじゃん。

一応、値札を見てみると、、、"120,000TG"、、、うっそぉ。

近くに居た店員さんに尋ねてみる。

「これってやっぱり、模造品のコピーでしょ?」(英語で、である。)

「本物だと思いますよ。」

"うっそだぁ"と心の中で叫ぶ私。

しかし、仮にも昔は、ここは、国営だったデパートである。

そこの店員がウソなどつくものだろうか?

# と、甘い思考。超甘い思考。美人店員の発する言葉は、飲み込み易い私。

迷いに迷い、けれども買ってしまった私であります。

カタチが気に入って買った私としては、

アルマーニのブランドが印刷されてなかったらいいのになぁ、、、と未だに思ったり。

日本じゃ、ブランドコピーバッグとして、バカにされるんだろうなぁ。

アルマーニのロゴの上にシールでも貼ったろ。

けど、本物ではないか、と一部の希望も捨てきれずにいる私であります。


P.S

みなさんの気になるところは、やはりお値段でしょうか?

xxxxTG(トゥグリク)の日本円への換算方法ですが、

xxxxを100で割って、7を掛けたぐらいが日本円でしょうか。

ですので、私にとっては、いつものお土産価格なんですが。

# アルマーニのネクタイしながら、コレ持ってりゃ、本物に見えるんじゃ?

アンタが持ってると、本物のネクタイも偽モノに見えるってか?

あっそ。

# くっそぉ。


AM 11:13:13 | [モンゴル紀行('10)]

2010年06月16日  シベリア鉄道に乗る

さて、日本人墓地からの帰りは、

日本人墓地近くのバスターミナル(ただの空き地ですが)からのバスに乗って。

車内に貼ってある路線図を見ながら、「地球の歩き方」の路線図と見比べると

どうもウランバートルの駅に行きそうな感じなのである。

で、一路、ウランバートルの駅を目指す。

やっぱり、車掌さんに今度は駅の写真を見せて、

「このバス、ココへ行きますあるか?」とジェスチャー。

うなずいてくれました。

今度は、終点っぽいので、ゆっくり座って。

路線ナンバーは、30番です。お忘れなく。

ゲル地区を通り、市場の脇を通り、ウランバートル駅に到着。

さすが、ロシア的な駅、ウランバートル駅です。(写真上)

日本のようにしっかりとした改札口がないので、

そのままホームまで入って行けました。

そしたら、旅客列車が止まっていて。

いやなんと、長い長い。何車両?

通過してゆく貨物列車も長い長い。

たしかに、ウランバートルなどにとっては、食料・日用品が

ほとんどが海外からのものであれば、ここは、すべての入り口であろう。

その流入物量は、とても想像できるものではないのでしょうね。

さて、目の前の旅客列車、いわゆるシベリア鉄道である。

駅の雰囲気は、のどかなものである。

なんとなく、動く気配もない。

たまに人が乗ったり降りたり、、、。

そこで、とうぜん興味が湧く。

列車の中って、どんなん?

こうなると、恐いもの知らずの恥はかき捨て論者の私である。

仮に叱られたって、言葉がわからんもんね。

そう思って、車両に乗り込んでしまって、写真をパチリ。

目が合った乗客の女性に、文句を言われそうで、慌てて逃げ降りました。

しかし、乗客たちは、そのコンパートメントで生活している感じでしたよ。

いいなぁ、一度くらい、コレに乗って、

1週間ぐらいのシベリア鉄道の旅もしてみたいよね。


P.S

私がシベリア鉄道に乗ったということを聞きつけて

そのブログを楽しみにしている、という方がいらっしゃいましたが、

その方へ、、、

「ちゃんと乗ったもんね!シベリア鉄道に。ヘンッ。」

# 最後に、はしたない内容ですみません。

では。


AM 10:34:52 | [モンゴル紀行('10)]

2010年06月15日  ゲル地区

ゲルとは、いわゆる大型テントみたいな?

遊牧民が使用している、移動型住居のことである。

ウランバートルの郊外にまで行くと、

ゲル地区が広がる。

ゲル地区については、こちらででも。

# 私のようなシロウトがいい加減なことを書いてもいけないので。

けれど、、、なかなか複雑なものがある。

そもそもインフラがない。

水道がないので、共同井戸からタンクを一輪車で運ぶ人をよく見かける。

当然、風呂もなさそうだ。トイレは、どうなってんの、ボットン?

したがって、街中は、やはり排泄物のニオイが漂っている。

ひとつのゲルに、家族全員で生活し、プライベートなんてものもあったもんじゃなくない?

ま、慣れてしまえばそれでヨシなのだろうけれど、、、

ただ、それよりも、、、

本来、遊牧民のための移動式住居であったものであろうけれど、

ゲル地区に行くと、まず、土地の所有意思表示のための板の壁が乱立している。

まず自分の所有エリアをはっきりさせて、その中にゲルを建てて、生活しているのだ。

何となく、本来の遊牧民が、中途半端な欲深い文明との狭間にありそうで

ちょっとツラい感じ。(は、私がよくわかっていないからでしょうが、きっと。)

こんな感想は、間違っているんだろうなぁ、、、。


P.S

でも、人々は、素朴そうではあるのですが。

# 正確なことはわかりません。単なる私の旅行者としての印象です。

けど、、、収入は?どうやって生活してんの?

不思議なゲル地区です。

# 写真は、極端な一部を切り出したものです。ご注意ください。



AM 11:09:17 | [モンゴル紀行('10)]

2010年06月13日  ダンバダルジャー日本人墓地

やっとダンバダルジャー日本人墓地に到着であります。

# 行き方については、前日分のコラムを参考にしてください。

さて、今日は、興味のある方のみへの解説を書きます。

無数のコンクリートパネルで囲まれたこの日本人墓地は、

古くからあったものの、慰霊碑が建てられたのは、

平成13年なので、まだそんなに古いものではない。

そこには、実に数々の印象的なモノがある。

ちょっと写真で紹介しよう。

一番上は、入り口である。

私が行った時は、シーズンオフなのであろう。ほとんど誰もいなかった。

管理しているモンゴルのおじいさんの孫であろうか、

私が入門しようとすると、牛達を追い出してくれた。

二番目の写真が全景である。

右手建物が、いろいろ写真や説明、日本からの花輪などが陳列してある記念館。

その上の部分が慰霊碑となる。

三番目の写真は、慰霊碑の前にある地図である。

モンゴルの石版の地図の中に、各箇所のその他の日本人墓地が記されている。

日本の方向へのまっすぐな線が描かれており、

当時の人々が、その方向に望郷の念を抱いたであろうと思うと、

実に一本の線が、切ない。

また、それを取り囲む周囲のコンクリートパネルが、

何だか、日本の街の家並みを想像させてくれる。

そして、音響効果がすごい。

そこで発する人の声、自分の声が、反響して残響して、何かざわめきに聞こえる。

独りでも一人に感じさせない不思議な効果がある。実に不思議だ。

四番目が慰霊碑下である。

日本の石が置かれてあったり、祭壇があったり。

そして、もっとも印象的なのが、五番目の写真のモニュメントであろう。

かなり遠くからも見えるこの建造物、天井に丸穴が開いている。

これが、お昼時に真上の太陽が、壁に映るのである。

まるで、日本の国旗のように、である。

着いた時には、何もわからなかったが、おじいちゃんが教えてくれた。

ちなみに11:45頃にまん丸になるとか。

# ですので、ここへ行くなら、正午前後に行きましょう。

六番目の写真は、記念館の中の雰囲気を。

当時の集団火葬の写真を始め、埋葬者の膨大な名簿、

皇室や日本の要人の参拝の記念写真、花輪などが陳列されている。


P.S

七番目の写真は、休憩所(?)にあった一本の木である。

そこには、こう書かれている。

「 諸士よ 祖国日本は 見事に復興しました。

  モンゴルに安らかに眠って下さい。」

私は、この文章を観て、涙がこらえられなかった。

厳冬の地モンゴルで強制労働に従事させられていたことは、

日本の敗戦を当然知っていたに違いない。

けれど、彼らが気にしていたことは、知りたかったことは、

そこに残してきた家族のことであろう、愛する人々のことであろう。

いったい祖国がどういう状態なのかもわからず、

ただ、日本にいつか帰ることを夢見ながら、

力尽きていった人々を思うに、

今、私たちが、ここに埋められている人々に一番伝えたいのは、

この一本の木に記された文に違いない。

ただただ、冥福を祈るばかりである。


私は、本当にここに来てよかったと思った。

そして、モンゴルの言葉もわからない文字も読めない私のようなものが

まともな地図も持たずに、革靴を履いたまま、

誰にも頼らずひとりで、バスに乗ってここにやってきたその訳は

私は、日本が敗戦を乗り越え、見事に復興し、

世界を自由に、行き来することが出来、

モンゴルも日本にとって、本当に近い国になったんだよ。

そんなことを彼らに証明したかったのでした。


AM 11:05:43 | [モンゴル紀行('10)]

2010年06月11日  日本人墓地(ダンバルジャ)への道

さて、今日はOFF。

モンゴルでのオフの日、あなたならどこへ行きましょうか。

「シベリア鉄道に2〜3駅乗って、ちょっと地平線を見てきます。」

という計画は、その前日に周囲の人々に見事に打ち砕かれ。

「帰りの列車が時刻表通りに来なかったらどうすんのよ?」

「一日待ってりゃ、いつか来るでしょ。」

「来ないかもしれないよ。」

「......。」

負けました。

さて、イジケ気味に休日の朝を迎えた時、

窓から入ってくる日の光にビックリ。

連日続いていた雨はどこの空。

晴れであります。快晴。

こうしてはおられん、と、まずベッドを飛び起き、出立の準備をする。

シベリア鉄道を諦めていたものの、実にもう一箇所行きたい場所があった。

それは、日本人墓地でありました。

ちょうどそのころ「ねじまき鳥クロニクル」(村上春樹著)を読んでいたこともあり、

ノモンハンの話が、気になっていたり。

# この際、ハルハ河まで行ってみようか、、、

# ウランバートルから500km以上。交通手段もなければ、アンタにゃ無理。

さて、事前地理勉強なしでの日本人墓地観光への挑戦であります。

以前から、

「休みの日にどこかに行きたかったら、

 日本語を勉強したがっている学生を通訳がてら付き添わせますよ。」

そう言われながらも、あへてそれを断って。

# それには、私なりの意味がありまして、実に。ま、後述でも。

すべては、一冊の本を頼りに、、、それは、「地球の歩き方 モンゴル編」

# しかも\\\\\'05〜\\\\\'06年版。前回の時に買ったものの、前回持ってくるのを忘れたもの。

あとは、肩掛けカバンにカジュアルな革靴(決してスニーカーなどではなく)、

デジカメと少々の飲み物を持って出発であります。

さて、決して「地球の歩き方」を非難するつもりはありませんが、

# どーせ、そんな精度の高い最新情報が、書物に表記されているわけがないし。

# そもそも古い版だし。(新しい版は違っているのかな?)

なかなか心憎い内容が多い。

まず、バス路線図が載っていても、その通りにバスは走ってませんし。

で、自分が乗ったバスが、思った方向に行かないと、慌てて降りてみたり。

# バス一回の乗車代が300Tg(日本円換算2〜30円)だからなせる業ですね。

そして、日本人墓地への行き方の欄の表記が、また心憎い。

『....行きのバスに乗ったら、終点のひとつ前のバス停で下車。』(注:正確な引用ではありません。)

そもそも日本のように ”ここがバス停”といった標識がないバス停が多い。

終点ならともかく、バス路線の地図も字さえも読めず、言葉もまったくわからない私が

「終点のひとつ前のバス停」で降りることなど、不可能である。

でもって、ここは、”モンゴルの恥はかき捨て”哲学に徹することにする。

まず、「地球の歩き方」どおりの路線バスに乗り、車中で

「日本人墓地」のページを開いて、女性の車掌さんに見せる。

ジェスチャーで伝える、”ワタシ、ココ行きたいアルネ。”風に。

車掌さんは、日本語ばかりの「地球の歩き方」の本を手に取り、

一生懸命見てくれるも、やっぱワケわからず。

その中に断片的なモンゴル語の地名を見つけ、

写真を頼りに運転手と相談してやっとわかった感じ。

さて、コイツは、ココに行きたがっているな、というのが、乗務員に伝わったものの、

そのバス停に着いたら教えてくれ、などという気持ちはやはり伝わらず。だよね。

そうしたら、やがて正面の遠くの山を指差して、私に何か言ってくれる。

「へぇ〜、あそこなんだぁ。」と私は、勝手に想像するのですが、

結果は、全然違ってました。

やがて、車掌さんが目でモノを言う、”アンタ、ココで降りないの?”

「へ? ここなの?」ワケもわからず下車する私。

バスを降りても全くどっちへ行ってよいのかもわからぬ状態。

通りかかる人に、先ほどのページを見せても、やはり、よくわからず。

いや、的確に教えてくれていても、こちらがその言葉を理解できず。

もはや、「地球の歩き方」を読みきるしかない、そう決して。

次なる表記は、

『中国風の建物を目印にして、川に向って歩く』

確かに今、中国風の建物が見える。

川はどこにあるかわからないけれど、とりあえず中国風に向って歩く。

# もはや、アドベンチャーゲームの世界である。

さらに、『...、その建物裏の坂道を約40分歩く。』        』

「これ坂道かぁ?」そう思いながらも、もはや道はコレしかない。

歩く、ひたすら歩く。遥か向こうにそれらしきものが。

『なだらかな緑の斜面に白い四角の囲いが見えるのですぐにわかるであろう。』

# どうみても、行ったことのある人の記事である。

「あれかぁ〜?」あそこまで行って、違ってたら、悲劇だな。

けれど、聞く人もおらず、ただ歩き続ける。

「あ〜確かにアレだぁ。」

ここではじめて、「地球の歩き方」の情報と、現実が一致したのでありました。

そしたら、実に、、、日本人墓地の入り口すぐにバスターミナルがあったりして。

(といっても、バスの終点であろうただの空き地でしたが)

「なに、このバスに乗ってくれば、殆ど歩かなくて済むんじゃんっ」

そんなのどこにも書いてなかったし、この本。

# ちなみにそのバスは、30番。反対ターミナルはウランバートルの駅前です。

けど、とりあえず到着できたので、この本に感謝です。


今日の情報

「地球の歩き方」どおりに行った場合の補完情報を写真で載せておきます。

(先達の責任を果たすために、写真を撮りにわざわざ小高い山に登ったのさっ。)

きっと役に立つはずです。

地図1

地図2




P.S

と、ここまで書いたら、ちょっと疲れたので、、、

不覚にも泣きに泣いてしまった日本人墓地については、次のコラムで。

ふぅ。



AM 11:04:28 | [モンゴル紀行('10)]

2010年06月09日  傘事情

モンゴルへ旅立つ前に、殆どモンゴル人化しているN先生に尋ねてみた。

「N先生は、傘どうされます?」

N先生は、即答である。

「モンゴル人は、傘をささないから、モンゴルじゃボクも傘はささないよ。

 妙に目立っちゃうしね。

 ただ、日本で空港までの行き帰りに雨に降られた時には、傘欲しくなるかもね。」

私は思った。

日本での移動なんて、最悪、タクシーを使えば、さほど濡れるシーンはない。

むしろ、私としては、とにかく荷物の重量を減らしたかったし。

「じゃ、ボクも傘は持って行かないことにします。」

# とにかく従順な素朴に純真なこのオヤジ。

さて、モンゴルで、、、

今回の約1週間、あまり天気には、恵まれなかった。

「やっぱ、傘持ってきた方が良かったかな、、、。」

わずかに後悔しながらも、街行く人々を見るに、

確かに傘をさしていない。

大粒の雨が降ってきても、誰も傘を使わず、

老若男女は、頭からビショビショである。

しかし、それでも、走ることもなく。けど、

「んー、寒いし、お風呂お湯出ないし、ちょっと過酷だな、、、。」

ふと、そう思っていると、声がかかった、、、

「傘、持ってこなかったんですか? 折りたたみ傘使いますか?」

そうなのである。

モンゴルに住む日本人の方々は、ちゃんと傘を使っているのだ。

# ある意味、当然である。

が、その後、よく見ると、確かに、わずかであるけれど、傘をさしている人も見かけた。

それが、モンゴル人なのか、観光人なのかわかんないですけど。

ちなみに、モンゴルの空気はきれいで、雨にあたっても、

濡れるだけで汚れることはないのではないか?と思われる人も居よう。

# 私もそう思っていました。

けど、ウランバートルの街は違う。

ウランバートルは、盆地の中にあり、

その都市の電気をはじめエネルギーは、都市の中の火力発電所頼りなのだ。

また、都市近辺のゲルに住む人々は、石炭で生活していたりする。

夏は、まだ風が吹き、その排煙は、外地に流されるというけれど、

冬は、その廃棄煙も多く、盆地上空に停滞して、そこに降る雪は、決してきれいなものではない、、、とか。

以上は、ほとんどが聞いた話ですけど。

ちなみに写真は、火力発電所の煙突から上空に上がる煙。

その排煙がどこまで浄化されているものかどうかわからないけれど、

確かに、そう聞くと、ちょっと気になったりも。


P.S

先日、偶然にテレビ番組でも海外での傘事情のことを放映していた。

# テレビのことだから、どこまでホントかわかんないですけど。

珍しい安いビニール傘を買い込んで帰国するフランス人や、

雨の日の渋谷の交差点で、どうして日本人は、

あんなに上手に傘をさして混雑の中を自由に歩けるのだ?と不思議がる外国人。

確かに、小さい頃から、鍛えられているもんねぇ、傘テクニック。

傘テクニックワールドカップなる大会があれば、

かなりいいところのポジションをキープできるのは間違いない。

さらに後日、とある女性からすごいことを耳にした。

最近のファッショナブルな女性は、あの安ビニール傘を使うことが多いそうだ。

何故かといったら、自分の持っているブランドの傘が今日の服に合わない時、

あの透明なビニール傘なら、全身コーディネートに無難だから、だってサ。

なんだか、信じられないような、おかしいような、、、

どこか間違っているような気がするんだけどなぁ、、、

けど、どこがおかしいかキッパリ言い返せないこのオヤジ。

むむむ、、、。




AM 11:24:55 | [モンゴル紀行('10)]

2010年06月07日  食事経過事情

# こんなことを言っては、いけないのであろうけれど、、、

私は、羊の肉やあまり脂っこいものが好きではないので、

さほどモンゴル料理を食べたいとは思わず。

ま、周囲の人々も、出来うることなら無難なものを、、、

という方々のおかげで、大きな食苦難を迎えることなく、

極めて普通な食生活でした。

ですからパスタやハンバーガー、中華料理に日本食、というように

モンゴルっぽいものは、一切口にしなくて済んでしまいました。

# 前に行った時もそんなんでしたが。

今回、モンゴルに染まりつつある日本人の方々が

いろいろ日本食のお店に連れて行ってくれました。

たとえば、デパート近くの日本人が経営している日本食レストラン。

とうぜん、お客の殆ど、いや、全てが日本人。

マンガを読みふけりながら、日本食を食べている若者達の姿は

まったく日本のどこかの食堂の風情です。

やはりお米などは、残念ながら外国産なので、美味!とまでは行きませんが

ほとんど日本食ではありました。

確かに何かが違う見た目、味ではありますが、

きっとすぐにわからなくなってしまう程度でしょう。

# ウランバートルの人々には、贅沢なお店なのかなぁ。

# そもそも、日本食を食べたいと思うのかしらん?

今回、一番つらかった食事は、ホテルの部屋で食べた韓国製の辛カップ焼きそば。

ビールで流し込んだ感がありました。

そんなモンゴルでの食生活。

モンゴルで食べるものに困るのでは?という心配は不要です。

# きっと割高になりますけどね、、、きっと。


P.S

今回、何気に感じたことは、、、

私と接していただけたモンゴル在住の日本の老若男女の方々が

なんだかたくさん食べる方々だったような、、、

モンゴルに住むと、大食になるのかしらん?

そんな思いも。

# 寒さのせい?

失礼しました。


写真は、上から

・トンカツ定食
・中華料理
・メンチカツ定食
・牛乳のつもりで買ったヨーグルト
(お奨めです。1週間で4本飲んだし。
 けどラベルの日付だけは確認した方が良いかも。)



AM 11:22:25 | [モンゴル紀行('10)]

2010年06月06日  ホテル到着。まず買い物、、、そして、春先のお湯事情。







さて、ホテルに着いたら、やっぱり私の予約はなかったりして。

ま、別に、すぐに確保してくれたから構いませんが。

そしたら、ツインのシングルユースで。

# けど、他の人の部屋知らないし。

さて、とりあえず飲み物をはじめとする買出しに行こうとなって

ホテル2軒隣のコンビニ(というかスーパーだな)へ。T先生と。

まず飲み物を。水、コーラ、、、対便秘対策に牛乳のつもりで買ったのは、ヨーグルトだった。

# まさか、ヨーグルト化した牛乳か?

さらに、南極サバイバル経験を持つT先生のお薦めは、韓国製トイレットペーパー。

「ホテルのモンゴル製のトイレットペーパーは、

 水に溶けにくいので詰まる可能性が高い。

 水に溶けやすい韓国製のトイペを使った方が安心である。

 経験から、詰まった時の悲劇を思えば、

 保険としてのトイペの値段は、安い。」

なるほどぉ! で、韓国製トイペを購入。

更に、(超)呑み助のT先生は、ビールを。

先生よりも私の方が宿泊が長いので、更に私は、ウォッカを一瓶。

「モンゴルのウオッカなんて、どれがいいのかわかんないですよ?」

 と私。すると先生が

「このあたりのウオッカがいいんじゃない?」

 で、購入。

# が、後日、帰国前日にモンゴルの人が教えてくれました。

「普通の人は、このウオッカは飲まないよ、何故か次の日に残るから。」

# T先生、、、、、怨。

ホテル帰還後、軽くシャワーを浴びて、、、

ビールにウオッカのコーラ割を飲んで、ベッドに。

大きなトラブルのない今日の一日。

ま、出だしは、まずまず、、、などと、、、

# が、明日から、軽い悲劇のジャブが続こうとは、、、

そう、明日以降の悲劇とは、、、

シャワーからお湯が出ないのである。何日も。

それはなぜかというと、

モンゴルの冬は、長く、寒い。

この冬は、−46℃の日もあったという。

そして、今のこの時期は、雪が融けて、やっと暖かくなってきた日々。

そうなると、街中の工事が始まる。

厳寒の時期には出来ない工事が始まる。

道路工事や、、、そして、街中の給湯設備の修理。

そうなんです、モンゴルは、お湯は、街が供給してくれているのです。

したがって、給湯設備の工事が始まると、、、

少なくともそこに該当するエリアは、1〜2週間、お湯が出なくなるという。

でもって、ちょうどそのエリアにあったホテルは、、、

やっぱりお湯出ませんでした。たまにしか。

乾燥した、ホコリっぽいウランバートルの街。

汗はかかないから、比較的救われはしましたが、、、

# もっとも、高級なホテルなら自前でボイラーを持っているとかです。



P.S

今日の情報

まず、現地に着いたら購入するのは

もちろんペットボトルの飲み水。水に溶けるトイペ? 便秘対策飲み物?

そして、この時期は、、、

シャワーからお湯が出た時には、何はともあれ、シャワーを浴びておくべきでしょう。

次にお湯がいつ出るかわかりません。

(雪解けた春先限定情報だとは思いますが、、、きっと。)

写真は、ホテル前の通り。

# 小さくて、よくわかりませんね。(お詫び)



PM 12:09:54 | [モンゴル紀行('10)]

2010年06月05日  ウランバートルの空港にて

さて、無事ウランバートルに到着。

モンゴルの首都といえども、やはり小さな空港であります。

けれど、その素朴さが結構いいよね。

日本の到着ロビーってさ、なんとなく無味乾燥気味。

お迎えの母親らしき人が孫の手を取ったり、荷物を持ってあげたり、、、

父親らしき人が、車の鍵を回しながら遠巻きに歩いてたり、、、

それに比べて、この手の空港は、出迎えが熱い。

出口から出てくる人々への待ち構え方が熱い。

それは、海外との行き来が少ないから?

飛行機の便も少ないからかも?

もう夜も遅いのに

自分の待っている人が出てくると、歓声が上がり、抱き合って、、、

そんな彼らの仕草にちょっとうらやましくもあり。

ま、もっとも、そんな中には、

外国人とわかるとふっかけるタクシーや

スリもいたりするわけですので、充分のお気をつけください。


P.S

でもって、、、

今回、空港に出迎えに来てくれた通訳の女性にビックリっ!

うら若き美しいその女性、完璧な日本語を話す。

# 最初、生粋の日本人だと思ったし。

# ウブなオヤジは、何気に緊張する。

「通訳の方がこんなにきれいな人だと、緊張して会話しにくいですね。」

私がそうつぶやくと、T先生曰く、

「安心してください。二人だけにはしませんっ。」

「あ、っそ。」


が、、、確かに、、、後日、本当に私に通訳がいて欲しかった時、、、

この女性は、他の偉い先生のお相手で、

私は、壁の高いボディランゲージと取り組むこととなった。


今日の情報:

私は、若き美人に縁がない。(情報価値度:無)




AM 11:19:49 | [モンゴル紀行('10)]

2010年06月04日  やっぱり機内食写真

機内食シリーズ

上から

名古屋→インチョン
インチョン→ウランバートル
ウランバートル→インチョン
インチョン→名古屋

の機内食。

チラッとお酒が見えるのは、

今日は、移動だけなので許してたもう。

仮にも国内は、現在就業時間中、

お酒飲んじゃみんなに悪いかな?

と、久しぶりに”純真な迷い”も頭をよぎりましたが、

前の席でT先生の

「ビールください。」

のひと言で、その迷いは、一瞬で消え去っていきました。

# 一般に、酔っ払いは、酔っ払い中、シラフは嫌いである。

まぁ、機内食は、おいしいと言えば、おいしいし、

イマイチと言えば、イマイチだし。

# ババロアと思ったら、豆腐だったり、、、

ま、基準のはっきりしない味の議論は、辞めておきましょう。



今日の情報

以前、食品業界の方から聞いたことを思い出しまして。

大韓航空に乗ったら、チューブのコチジャンがお勧め、と。

ふと、私も目に留まって、ひとついただきました。

# 数量がかなり少ない限定品なので、こちらから言わないともらえません。

# ちなみに写真中は、上から2番目、右端にチョロッと写っているチューブ

辛いものが好きな私には、確かに、マジおいしいかったです。

機内販売にもありましたので、帰りにお土産に買おうと思いました。

# 1チューブ、100円ぐらいです。

が、帰路の機内には、売ってませんでして、、、カックン。


P.S

食品業界のその方は、機内食が配られる時に

お願いして、もらえるだけもらってくる、とのことでしたが、

ノーマルな私は、そこまでは出来ませんでした。

今もアブノーマルに元気してますか?

ならば、なによりですが。



PM 12:03:27 | [モンゴル紀行('10)]

2010年06月03日  MILD SEVEN ブランドの時計

# んー、分類は、コレクションかもなぁ。

私は、海外旅行に行くと、

いつも必ず何か忘れ物をする。

あ〜、今回は、ささやかな忘れ物だといいなぁ、、、

そんな思いを持ちながら、搭乗待合エリアで。

すると、

「アッチャぁ〜、忘れたぁ、腕時計。」

日頃、手首の汗疹に悩まされる私は、腕時計をしない。

けれど、やっぱ旅行に行く時は、必要だよねぇ。

今回は、シベリア鉄道に乗る予定だし。

# 夢は、いつもデカく。

# そう言えば、イタリア行った時も、機内で買ったっけな。

しまったなぁ、、、そう思っていたら、

極めて旅慣れた同行のT先生、、、

# ちなみにこのT先生、南極にも行っている。

「ボク、タバコ買ってくるから、もらってきてあげるよ。」

「へっ?」

で、オマケで、と何気に渡されたものが写真の時計であります。

この時計、ブランドは、マイルドセブンでありますっ。

しかも、デュアルであります。

いやぁ、今回の旅行でこの時計、どれだけ役立ったことか、、、

T先生に感謝です。

私は、タバコをたしなみませんが、愛煙家を敵に回せなくなりました、うん。


今日の情報

腕時計を忘れた方は、出国後、タバコ売り場でゲットできます。(情報価値度:低)




P.S

けど、、、やっぱ、、、タバコ業界、、、儲け過ぎてないかい?



AM 10:43:29 | [モンゴル紀行('10)]

2010年06月02日  過重量のスーツケース

今回のモンゴル行きも、結局は仕事なので

スーツケースが何気に重い。

工具や材料、電線なども入っていて、

さらには、設置する電気機器も含まれていたりして。

やっぱり機構品は、手で持っていった方がいいよなぁ、

そう思いながら、ちょっと大き目のバッグにドッサリと。

ところが、同行のT先生が言われるには、

「こりゃ、モンゴル入国の時に、絶対に関税取られちゃうよ。

 最近厳しいし。手荷物は、X線で中見られるし。

 スーツケースに入れた方が、入国時に問題が少ないよ。」

確かに製品金額を合計すると、50万円以上にもなる。

向こうで商売するわけでもないのに

妙な言いがかりを付けられて、関税払わされるよりも

ここで超過料金払った方がお安いはず、、、との判断で

電子機器製品をスーツケースに移動。

でもって、大韓航空にチェックイン。

スーツケースの重量27kg弱でした。

# 写真は、ホテルでとりあえず荷を解いた図


さて、ここからが、今日の情報。

大韓航空の規定は、1人あたり20kgなので、当然、超過料金を。

ちなみに、計算はこうなります。

26.xkgの際、切り捨てて26kg。

更に2kgは、サービスとして差し引いてもらえて、

26-20-2=4kg オーバー。

ちなみに、名古屋〜ウランバートル間は、約2000円/kgです。

尚、同行人の重量も換算移動できます。

確かに前回の時もそうでしたが、

2人でチェックインして、相棒の人が20kg以下だと

その人の20kg未達成分をもう一人の人が受け取ることが出来ます。

# ま、そりゃそうだよね。当然だよね。(あへて書く)

超過料金が発生しそうな場合は、

チェックインの際に、荷物の軽そうな人を探して

一緒にチェックインをすると、お得になるかもしれませんね。

# お礼の方が高くつくかもしれませんね。

# 麻薬などの運搬に協力させられる恐れもありますので、
# 逆のパターンは、慎重に。

尚、帰りの超過料金もやはり4kgオーバーで、金額換算値は

ウランバートル → インチョン 56000TG (14000TG/kg)
インチョン   → 名古屋   $28   ($7/kg)

でした。

ちなみに作業後である帰りも重さがあまり変わらなかったのは、、、

いわゆる、ガラスと液体、、、ですね。

以上、何気な情報でした。


P.S

さて、モンゴル入国の際は、どうだったか、、、と言いますと、、、

殆どの乗客は、手荷物をX線で通されたり、バッグは中を開けさせられたり、、、

けど、、、私は、、、何も声をかけられることなく、空港外へスルーっ。

ま、国際的善人オーラを発しているからでしょうね、私は。へへっ。

# 同行のT先生、ムチャ時間かかってたのは、、、何オーラ?



AM 11:44:27 | [モンゴル紀行('10)]

2010年06月01日  モンゴル紀行、第2弾、始めますっ。

さて、再びモンゴル出張となりました。

4年ぶりになります。

前回行った時には、

「モンゴルなんて、もう二度と訪れることなんかないよなぁ、、、」

そう思っていましたが、

やはり、二度あることは、三度ある、の言葉どおり、

# 正確には、一度あることは、二度ある、ですね。

再び、モンゴル ウランバートルに訪れることになりました。

旅程は、7泊8日。

基本的には、仕事ですが、

今回は、旅程中に土日が含まれる為、

作業が順調に進めば、

ちったぁ観光も出来るかなぁ、、、

ちょっとシベリア鉄道にでも乗ってみるかぁ、、、

などと、ささやかな(無謀な)計画を持ちながらの

旅立ちとなりました。

まぁ、想い出話は、独りよがりになりがちですが、

せめて、これから、ひょっとしてモンゴルへ訪れるかもしれない方々への

情報をたくさん含められれば、、、と思います。

# と、以上、プロローグを書いて、、、と。


P.S

尚、これから記す内容は、私の体験レベルなので、

所詮、一旅行者の客観的な観察内容でしかありませんので、

大きな間違いなどありましたら、訂正してくださいね。


写真上 インチョン→ウランバートル機
写真下 ウランバートル→インチョン機

AM 10:38:02 | [モンゴル紀行('10)]

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