Yuki コルクボード
YukiCorkBoard 川面を流れる木の葉のように、時の流れに身をまかせて、、、っていう生き方は好きではありません。

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以下は秘密事項
ひとはこう呼ぶYuki
とうとうウソのような47+12
内緒だが、、、
今のところまだ愛知
どうせ変人のAB型
常に公平冷静な天秤座
−−お知らせ−−

小学生(別に中学生でも構いませんが)の電気に関するいろいろな質問をお受けしております。やはり私の技能でお答えできる範囲内となりますが特にジャンルは問いません。もちろん無料です。お気軽にメールください。

注意:
大人の小中学生を装ってのバグ取り作業依頼は、固くお断りします。

2017年03月24日  山頭南郭寺 杜甫の詩














山頭南郭寺  山頭(さんとう)の南郭寺(なんかくじ)
水号北流泉  水は北流泉(ほくりゅうせん)と号し
老樹空庭得  老樹空庭(ろうじゅくうてい)に得(み)え
清渠一邑伝  清渠一邑(せいきょいちゆう)に伝(つと)う

秋花危石底  秋花危石の底(もと)
晩景臥鐘辺  晩景臥鐘(ばんけいがしょう)の辺(へん)
俛仰悲身世  俛仰(ふぎょう)して身世(しんせい)を悲しむ
渓風為颯然  渓風(けいふう)も為(ため)に颯然(さつぜん)たり


杜甫の詩である。

とりあえず訳を書いておきます。


山の上にある南郭寺
湧き出ている水を北流泉という
何もない庭に老樹があり
清らかな水が流れる水路が村に行き渡っている

突き出た岩の根元には秋花
夕暮れの中に鐘が横たわっている
我が身の人生の悲しさにもだえていると
谷の風が吹きぬいてきた


P.S

訳者の専門家からは、ダメ出し食らうだろうなぁ。

やっぱりググってくださいね。



AM 11:03:04 | [書道]

2016年12月08日  夢 賢明に懸命にそして自然に











  夢


生き方とは

 夢みることです


夢みるとは

 賢明に懸命に

  そして 自然に

    生きることです


----


私の書道の先生が書いていたのを

まねて書いてみただけなのだけれど、

なんとも先生のようには書けない。

同じような手、指、筆を使いながらも

その差を思うにつけ、その差は何なんだろうか?と素朴に思う。

きっと、その差を産み出すのは、“時間”と“思い”。

いつか書けるようになるだろうか?

その差の要因がDNAだったりしたら、やっぱり哀しいなぁ。


P.S

貴方は、賢明に懸命に生きていますか?

私は、、、ちょっと自信がないな。



AM 10:51:29 | [書道]

2016年08月30日  勧酒(于武陵)


  勧酒(于武陵) 

勧君金屈巵  君に勧む 金屈卮
満酌不須辞  満酌 辞するを須いず
花発多風雨  花発けば 風雨多し
人生足別離  人生 別離足る


 (井伏鱒二の訳)
コノサカヅキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガシテオクレ
ハナニアラシノタトヘモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ


 (私の訳)
まぁ飲みなよ。
遠慮しないでいっぱい飲もうよ。
明日どうなるかわかんないし。
君と飲む機会がまたあるかわかんないし。


P.S

雰囲気を壊したらすみません。





AM 11:30:27 | [書道]

2016年06月17日  歳歳人移改 寒山詩

歳歳人移改

  寒山作


ま、敢えて訳せば、


「年々人は移り変わってゆく」


一応、全編を書いておこ。

  桃花欲経夏
  風月催不待
  訪覓漢時人 
  能無一箇在
  朝朝花還落
  歳歳人移改
  今日揚塵処
  昔時為大海

解釈は、ググってくださいね。

世は、“無常”なのです。


P.S

いやなに、書いたのは、かなり前なのですが、

何故かこの時期、しみじみと感じるワケで。

詳細に関する問い合わせは、却下。





AM 07:54:34 | [書道]

2016年05月10日  春夜


 春夜  蘇東坡


春宵一刻直千金

花清香有月陰有

歌管樓臺聲細細

鞦韆院落夜沈沈



蘇東坡の詩であります。

ちょっと自分なりに訳してみる。



春の宵の一時は、千金にも値する

花には、清らかな香りがあり、月はかすんでおぼろ月

歌や楽器の音で溢れていた楼も、

今は静かになってわずかに聞こえるだけ。

屋敷の中庭には、ブランコがあって。

そして、夜が静かに過ぎてゆく、、、


----

何気ない一瞬に、人生の余韻を感じられてとてもいいですよね。

今は、なんでもデジカメに撮る時代だけれど、

昔は、その一瞬を詩にして残す、、、という粋は、

今も忘れたくないのですが、、、ね。


P.S

しかし、、、やっぱ自分で訳すって、難しい。

でもね、無理に訳すのではなく、

漢字の並びからその情緒を感じ取ってもらいたいですよ、漢詩は。







AM 11:06:40 | [書道]

2015年12月05日  鶏頭鳳尾


鶏頭鳳尾


である。

さて、この4文字熟語の意味には、二説あるようだ。

ひとつは、

大きな立派なモノの尻尾でいるよりも

小さくとも頭であれ。

という意味。

まぁ、今風に例えれば、

大きな会社の歯車になるよりは、小さな会社でエラくなった方がいい、的な。

もう一つの解釈は、

頭が鶏で、尾が鳳凰。

要は、最初がどうであれ、終わりが立派であればそれでいい。

終わり良ければ、すべて良し、的な。

まぁ、私の書道の先生は、どちらかと言えば、前者の解釈をしていたので、

このように鳳尾の方を細目に書いてそれを何気に表現してみたけれど

後者の解釈をされてしまうと、

“終わりがどうなっても、最初が大事”なんて読まれちゃうかもなぁ。

なかなか書道という自己表現も難しい。


P.S

しかし、いずれにしろ、鶏のイメージがマイナス傾向にあってちょっと残念。

なんで?って、私、鶏年ですねん。




AM 01:00:08 | [書道]

2015年11月21日  歳行那可追 問歳安所之

歳行那可追

問歳安所之


「別歳」蘇東坡からの抜出しである。

本当は、もうちょっと前後に続いているのだけれど、

つくづく思う今日この頃である。

あえて、この部分だけを私なりに訳す。


歳が過ぎてゆくものの、それを追いかけることが出来ない。

歳に問うてみる。「いったいどこに行こうとしているの?」


この2行だけでは、全体の趣はわかりませんね。

是非、「別歳 蘇東坡」ででもググってみてください。

歳に向かって話かけている詩が、なかなか粋です。


P.S

最後の数行がまた粋で。

 勿嗟舊歳別
 行與新歳辭
 去去勿回顧
 還君老與衰

古い歳との別れを嘆くことはないさ

新しい歳だって、また別れが来る。

さぁ去って去って顧みなさるな。

君に老いと衰えを還してやるよ。


我が身のこの歳、年末が近づくとそんな詩が身にしみる。




AM 08:06:04 | [書道]

2015年11月07日  山中与幽人対酌


両人対酌山花開

一杯一杯復一杯

我酔欲眠卿且去

明朝有意抱琴来



この際だから、“李白” 二連荘といく。

「山中与幽人対酌」 李白 である。

私の書道の先生は、何かとこの詩が好きだった。

お互いに呑み助であれば、意も通じ合うというモノであります。

せっかくだから、私なりの訳を書いておく。


二人が向き合って、酌を交わしている。まわりには山の花が咲いている。

一杯、一杯、また、一杯と。

ちょっと眠くなってきちゃったよ、もう帰ってくんない?

明日の朝、その気になったら、琴を持ってまた来てよ。


あ〜、この屈託のない二人の関係が、なんとも楽しい。

お酒は、こんな感じで、こんな関係で、飲みたいよね。


P.S

しかし、、、

一杯一杯また一杯、、、なんて

あ〜呑み助は、今も昔も変わらんなぁ。

とつくづく思うよね。




AM 01:05:30 | [書道]

2015年11月05日  与史郎中欽聴⻩鶴楼上吹笛


久々に漢詩を載せてみる。


 ⼀為遷客去⻑沙

 ⻄望⻑安不⾒家

 ⻩鶴楼中吹⽟笛

 江城五⽉落梅花


李⽩である。


シミジミとしたこの詩は、李白らしくもないけれど、

流罪の身で長安を去る時の一時の友人との語らいの場であったとすれば

なかなか味わいのある詩である。

詳細な解釈は、ググってくださいませね。


P.S

なぜ、この詩を今さら、、、って、、、

この詩を読んだ時、李白は58歳であったそうで。

そう、今の私と同じ歳でありました。

# 字の上手い下手は、議論から外してくださいませね。




AM 01:00:08 | [書道]

2014年03月24日  退職届を筆で書いてみた。

退職届を筆で書いてみた。

どなたかの参考にでもなれば。


P.S

イマイチだけれど、

ま、去る会社に恥は書き捨てでも良いのではないでしょうか。

# やっぱ書道家にはなれんな。


AM 11:03:04 | [書道]

2011年01月29日  手話の思い出

私は、貧乏学生だった。

仕送りのない学生は、勤労が最優先だったのだ。

けど、英語を学びたい、そう思って英会話学校の受付に行って、

その授業料に驚いて、諦めてトボトボ帰ってきたのは、

私の屈辱的な想い出だ。

そして、その時、思ったのだ。

英語の前に、すべての日本人とコミュニケーションを取れるようになろう!

そう思って、思いついたのが、「手話」であった。

何冊かの本を買って、勉強した。

その後、大学を卒業して、何年か経った時に、

フト新聞の募集記事に目が留まって、とある手話サークルに参加した。

初めてそのサークルに参加した時に、自己紹介の機会があった。

その時に、サークルの人が言った。

「手話が出来る人は、手話で自己紹介をしてみてください。」

私は、思った。

仮にも独学でも手話を勉強した人間である。

自己紹介も自分の名前ぐらいは指文字でやろうと。

で、自分の番が回ってきて、みんなの前に立ち、

自分なりに一生懸命手話で自己紹介をした。

自分では、それなりに出来たと思った。

が、次の瞬間、私は、谷底に落ちた。

私は、言われたのだ。

「手話として、わかりますが、全部手話が裏側ですよ。」

目からウロコである。

そうである。私は、書物で手話を独学をした。

が、その本の視点を私は勘違いしていたのだ。

相手から見るべき手話が、自分から見た手話と勘違いしていたのだ。

恥ずかしかった。穴があったら入りたかった。

が、同時に感じたのだ。

独学のその恐さを。

だから、その後は、私は独学は辞めた。

習得したきことは、やはり、外に勉強しに行くべきですよ。

あなたにもせめての私の提案です。かかるお金については

まずはとにかくとして、、、ですが。


P.S

しかし、逆にそれからは、お稽古ごとマニアになってしまった感がるなぁ。

なんでも、人に習って聞いて、発見して感心して、、、

そんな時が、結構幸せに感じます。

あなたにもお奨めしたいです。



写真は、今年のお正月作品。

ここの恥は、かき捨てで載せちゃうもん。

「心、水の如し」



AM 06:37:23 | [書道]

2010年05月19日  「習字と書道は違うぞ。」


書道部で字を練習している子の横で友達がつぶやく


「これってお習字って感じじゃね?

 習字と書道は違うぞ。」


さて、あなたは、その違いをご存知であろうか?

このシーンは、更に続く。

その横で部長が言う、


「お習字は、お手本どおりに整って、読み易い字を書く勉強よ。

 でも書道は、自己表現。」


    NHKドラマ「とめはねっ!」より

    NHKでの公式ホームページは、こちら


子供と一緒に始めた私のお習字教室通い。

子供は、とっくに就職してしまって、そろそろ20年になる。

いつしか、創作的な字を書くようにはなった、、、

けど、、、未だお習字の域を出ない感じがするなぁ、、、。


P.S

上手に書けた時には、お習字。

イマイチの時には、書道。

そんなこと言っているようじゃ、情けないぜっ → 私。

# 反省。




AM 07:59:04 | [書道]

2008年06月12日  最後(?)の墨

どうにも小さくなってきて、

すっていると手が汚れる機会も多くなってきたので、

新しく墨を買いました。

なんとなく最後の墨のような気が。

だって、こんなに大きいんですよ。

# 筆の長さから推測してください。

死ぬまであるような気がしませんか?

お値段ですか?

様々なところからの借金中の私には、とても言えません。

定価は、5桁に達するということだけお伝えしておきましょう。

もっとも、お習字の先生からは、破格の値段でいただけるわけですが。


と、ここまで書いて、フト思い出した。

前にも墨の写真が撮ったことがある!

で、遡って、見つけたぁ!

けど、このページ、2006年4月

今が2008年6月。

約2年でこれだけ減るもんなんだぁ、と、新発見である。

ブログ書いててよかったぁ。


P.S

けれど、書道の専門の方には、きっと叱られるであろう。

オマエ、お習字やっているのに、2年間もかかってこの減り方は、少な過ぎっ!

す、すみません。



AM 11:09:02 | [書道]

2007年12月17日  エコに反する?お習字練習用半紙
毎週、お習字の練習をしながら思うのである。

書いては、捨て、書いては、捨て。

これは、人類のエコ行動に対して、

大きく反しているのではないか、、、と。

はっきりとその上達がわかれば、

まだ救われますが、、、

どうにも自信がなく、、、。

人類の皆さん、許してください。


P.S

今回もまた購入。

写真の束は、2000枚。

もう何回買ったであろうか? 

まぁ、これで数年はもってしまうんですけどね。

値段ですか? 3300円です。


AM 07:54:34 | [書道]

2007年04月18日  祗園精舎の鐘の声















祗園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり

娑羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらはす

奢れる人も久しからず ただ春の夜の夢のごとし

猛き者も遂には亡びぬ 偏に風の前の塵に同じ


P.S

エイッ。

せっかく作ったカテゴリーだから2連荘でコマを稼ぐ。

しかし、辛い時には、徳川家康公の遺訓を思い、

景気のいい時には、祗園精舎を思っているんじゃぁ、

オラの人生、いつもグレーだなぁ、、、とも。

しかし、、、

この一文、亥年ってことは、今から12年前に書いたってことは、

やっぱ、どーりでヘタ。

って言っても、今とあんま変わらんし。

やっぱ12年間での上達度は、殆どないと思われ。




AM 11:21:31 | [書道]

2007年04月17日  徳川家康公の遺訓
人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。いそぐべからず、不自由を常と思えば不足なし、こころに望みおこらば困窮したる時を思い出すべし。

堪忍は無事長久の基、いかりは敵とおもえ、勝つ事ばかり知りて、まくること知らざれば害その身にいたる。

おのれを責めて人をせむるな、及ばざるは過ぎたるよりまされり。


P.S

心が乾く時、心が重い時、フトこの文章を思い出す。

恥ずかしいけれど、まぁこのブログを見ている人で直接会う方は殆ど居まい。

ということで、ブログの恥はかき捨て、、、

ということで”お習字”なるカテゴリーを作ってみた。

更新するつもりは、、、全くないけど、、、。

やっぱ恥ずかしいか。

どうも文字が斜めに写ってしまった。

大きな平面をデジカメで撮るのはむずぃ、、、。


AM 07:54:34 | [書道]

2007年02月01日  為勢バ成リ 奈佐年バ那らぬ 何事も
 
為勢バ成リ

 奈佐年バ那らぬ

      何事も

 成らぬは

  人能なさぬな里希り


今年のお習字の展覧会への出展作である。

恥ずかしいけれど、ここに載せてしまう。

今年は、我が身への自戒として、この一文を選んだ。

今年の座右の銘とするべ。


P.S

しかし、、、作品に仕立てるごとに、掛け軸が貯まっていくなぁ。

家に掛けるところもないし、、、

オークションにでも、、、、、、、、、売れるわけないな。

じゃぁ、無駄なこと?、、、、、、、、思考再起動。


AM 11:33:51 | [書道]

2006年04月20日  墨も積もれば1本になる。
才能と技術向上の限界を感じながらもお習字を続けている私である。

さて、あなたはご存知だったろうか?

墨をすって、短くなった時の墨のすり方である。

確かに短くなった墨を挟んで、その後も使うツールもあるのだけれど、

やはり最後まで使い切るには、限界がある。

けれど、こうやって短くなったものをくっつけくっつけつないで使えば、

最後の最後まで使えるのである。

ちなみに写真は、5個の墨がくっついている。

この作品を作るのに15年ほどかかっている。

小学生1年の息子がまもなく大学を卒業するという年月である。

ちょっと怖ろしい気も、、、。


P.S

一応、申し上げておきますが、、、

この作品を作るためにお習字を習っているわけではありません。

、、、が、最後に人を一番感動させる作品は、この墨かも知れんなぁ。

ぅぅぅ、、、。






AM 11:28:33 | [書道]

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