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YukiCorkBoard 川面を流れる木の葉のように、時の流れに身をまかせて、、、っていう生き方は好きではありません。

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以下は秘密事項
ひとはこう呼ぶYuki
とうとうウソのような47+12
内緒だが、、、
今のところまだ愛知
どうせ変人のAB型
常に公平冷静な天秤座
−−お知らせ−−

小学生(別に中学生でも構いませんが)の電気に関するいろいろな質問をお受けしております。やはり私の技能でお答えできる範囲内となりますが特にジャンルは問いません。もちろん無料です。お気軽にメールください。

注意:
大人の小中学生を装ってのバグ取り作業依頼は、固くお断りします。

2007年06月09日  知らないって、怖い。
突然、引き出しからこのお札が出てきたので思い出話を。

イタリアのレストランで何人かで飲んで食べた。

食べ終わってテーブルチェックで200ユーロのつもりで、この写真のお札を渡した。

ウェイターは、受け取っていったものの、戻ってきて、

「どうも換金できない国のお金なので、、、」

と、上手に受け取りを断られた。

ホテルに戻って、調べてもらった。

どこの国のお金かわからずに、結構苦労した。

そしたら、200円程度なんだって。

「換金しても手数料でなくなっちゃいますよ。

 記念に持っていた方がいいんじゃないですか?」

と言われた。

顔から火が噴出しそうになった。


P.S

このお札、娘が中学生だった頃に、東欧に旅行した時の残りである。

今から思えば、200ユーロの価値など、あるはずないよなぁ。



AM 07:23:55 | [イタリア紀行]

2006年06月08日  プラダの筆箱
いやなに、写真は、プラダの筆箱(じゃないな、ペンシルケース)であります。

日本ではあまり見かけないけど、手に入るのかな?

鉛筆が3本付いています。

もちろんギャランティーカードも付いています。

さりげなく文房具がプラダだったりするのもカッチョ良くありません?

別に、私は、ブランド志向の趣味はありませんが。


P.S

とある誕生日に、所有権が私から娘に移りました。

んー。

鉛筆2本は死守しました。

さりげなく会社で使っています。




AM 10:51:29 | [イタリア紀行]

2004年12月28日  イタリア土産のチョコ情報[ミラノ空港]
あくまでもミラノの空港に関しての情報であります。

イタリアをあとにする時にやはり免税店でお土産を買うことになりましょう。

で、無難なチョコを選ぶ際に、いろいろ安いものもありますが、安いものはどれもイタリア産じゃなかったりする。

で、イタリア産のチョコを選ぼうとするとこの写真のチョコになる可能性が高いと思われます。

ま、所詮チョコであります。たぶん義理土産に違いない。

で、ちなみにこの写真は6個入り。ミラノの空港の免税店には、この6個入りが一番最小単位でのパッケージです。

が、そばの雑誌売り場には、カウンターの前に3個入りがあったりします。

甘党でもないお友達に義理土産に買うのなら3個入りも存在します。

というのが、今回の情報であります。

以上。

P.S

私も雑誌売り場で3個入りを見つけた時、しまった、と思った。

ケチなオトコである。

AM 11:16:59 | [イタリア紀行]

2004年12月04日  とりあえずまとめ イタリア紀行
今回のこのイタリア紀行は、リフレッシュ休暇の名目で2週間の休暇を強引に取り、イタリアへ行ってきたものです。

私は、この歴史の街イタリアは初めてで、見るもの感じたもの全てがとても新鮮でした。

いろいろな人に出会い、いろいろな体験も出来ました。

満足度としては、90点以上ですね。

満点でないのは、やはり日数的に行けなかった所があること。そして、言語の壁を乗り越えられなかったことがあったこと。

ちょっと反省点もありましたが、ある意味それは贅沢なことかもしれません。

で、贅沢なことついでに一言提言を。

いろいろな観光地で多くの日本人と会いました。

ただ、私のような年齢層はなかなかいなくて、ほとんどがハネムーナーか、もしくは、定年を迎えたであろうおじ様おば様方でした。

たまにOL風の女性同士のカップル、そして超稀に男同士の学生風グループを見かける程度です。

もっともこれは、季節によるものかもしれません。

ただ、あへて私は提言したい。

人生、働くことに忙しくて、定年過ぎてひと段落したら海外旅行でも行こうか、、、と考えていらっしゃる方へです。

仕事が忙しくて休みが取りにくいのは、よくわかります。

けれど、観光旅行・体験旅行は、やはり少しでも若いうちにした方が、その後の人生を彩ってくれるのもまた事実です。

今回私は、イタリアを選びました。何年か前から何故か日本はイタリアブームで映画や講座やいろいろ人からイタリアの魅力を聞かされていたからです。

で、イタリアから帰ってみて自分は何が変わったか、、、

一番わかりやすい変化は、まず、イタリア関連のテレビ番組の多さに気付くようになりました。

そして、それらの番組がとても楽しく見られるようになったこと。

今まで見向きもしなかったことに、大いに興味を持つようになったことが私の一番の大きな変化です。

文で読んでいた事、写真で見ていただけのことが、現実として接して、私のイタリアへの興味・探究心がより深くなったことを痛切に感じます。

海外旅行についての考え方も様々でしょうが、やはり少しでも早く体験された方が、彩られる残りの人生が多いような気がしませんか?

と、エラそーに提言でした。

P.S

たった2週間の旅行でしたが、このブログに「イタリア紀行」と題して書き始めて、90項にもなりました。

日にちを続けて書こうと思ったために、他の話題が途切れてしまったのが反省点ですね。

ただ、楽しかったのは、帰国してから、丁寧に思い出してこれを書き始めて、私はイタリアへ2回行った気分になれたことですね。

これは、とても正解だったような気がします。

是非、あなたにもお勧めします。

これからも気が向いたら、お土産編を追記していこうかと思います。

ご期待ください。

P.S

って、誰も読んでないっつーの。

自分の記録だもん。自己満足でいいんだもぉ〜ん。

へへっ。v(^_^)


PM 12:03:27 | [イタリア紀行]

2004年12月03日  今回のイタリア旅行最後の写真である。
行きも紹介したけど、復路の機内食一覧である。

狭い空間に押し込められ長時間。

お腹なんか空かないよ。

けど、ここは欲との二人連れである。

見事にたいらげ、ワインもソフトドリンクも思い残すことなく飲んだ飲んだ。

まぁ、味のことはともかく、私にとっては、何故かおいしく食べられる食事であることも事実である。

P.S

ちなみに私は、ビジネスクラスの食事の経験もある。

が、機内食という意味では、エコノミーの方の機内食のほうが、機内食っぽくてなんとなく好きなのは、やっぱ私は貧乏性なのであろう。

AM 12:55:19 | [イタリア紀行]

2004年12月02日  飛行機の中でのシステムダウン
写真は、飛行機の中のシートに設置されているモニタ画面である。

Windows98ユーザーの方には、見慣れた画面であろう。

映画を見たり、ゲームを見たり、いろいろいじっていると、画面が乱れて、ハングアップ。

突然システムエラーとなってしまった。

ちょっと航空機の中の品質管理を思うと不安になることもありそうだけど、それよりも問題は、飛行機の中の狭い長時間、これが使えなくなってしまうと、超ヒマになってしまうことである。

さらにタチの悪いことには、自分で再起動できないことである。

スチュワーデス、って言っちゃいけないんだっけな、フライトアテンダントを呼んで、再起動してもらう。

行きの時なんかは、再起動しても、すぐにシステムエラーになっちゃうので、「席をお替わりになりますか?」などと言われても、何か恥ずかしいじゃんね。

ま、映画をソォ〜っと見て、我慢していたのである。

まぁ、これも一応、記念に写真を撮っておきました。参考までに。

P.S

しかし、完成度の低いハードや不安定なOSを航空機に載せてもらいたくないぜっ!

AM 11:44:27 | [イタリア紀行]

2004年12月01日  イタリアに渡ったプーと日本に渡るプー
私は、長年連れ添ったプーとピサの帰りに列車の中で別れることとなった。(2004年11月12日分日記)

あまりにも突然でちょっと不本意であったけど、まぁそれを不幸な出来事とは思うまい、、、そう信じている。

別れることになったペンギン着ぐるみプーの今後の人生を考えるとちょっと不安な思いもするが、まぁある意味お互い様かもしれない。

ただただ、今後の幸せを祈るのみである。

そして数日後、今度は、ミラノの街角でプーのガチャガチャを見つけた。

思わずコインを入れてツマミを回した。

で、出てきたのが写真のプーである。

ハロウィンバージョンでフランケンのぬいぐるみを着込んでいる。ペンギンよりもちょっとかわいくないけど、それはぬいぐるみの話であって、中のプーの問題ではなかろう。

で今、私は、フランケンプーを連れてイタリアから日本に向かっているのである。

P.S

このフランケンプーも飛行機に乗せられ異国に渡ろうとしているこの瞬間、今淋しい思いをしているだろうか?

これから一生懸命かわいがってあげようと、心から思っている私である。


AM 11:33:51 | [イタリア紀行]

2004年11月30日  恥ずかしいけどミラノ
何も書くまい。

いまどきこんな写真を撮る人も少なかろう。

いやなに、恥ずかしいシリーズで成田を撮ったので、一応ミラノを撮ったまでのことである。

まぁ、成田と比べれば、静かなこしゃれた空港であります。

P.S

恥ずかしいので大きい写真が載せられないのが残念である。

一般的に恥ずかしい写真は、情報量が少なくなるのは、やむおえない事実であろう。


AM 11:30:27 | [イタリア紀行]

2004年11月29日  ミラノのとあるリストランテにて
ミラノの街を歩いていて、小奇麗なレストランが目に入った。表に小さく「日本語スタッフがいます。」と書かれてあった。

別にそんな必要もないと思ったけれど、ちょっと珍しい雰囲気だったので、入ってみた。

何を食べようかと迷っていると、「それもおいしいですよぉ。お奨めです。」と背中から声が掛かった。

振り返って見るととても綺麗でかわいいお嬢さんである。

「んじゃ、これを、、」とオーダーするとメモを取りながら、カウンターの中にイタリア語でオーダーを通すのである。

「飲み物は何にしますか?」 決して営業も忘れていない。

ここで本業で働いているとは思えない感じであった。何かを目指しながらアルバイトをしているのであろう。

けど、それが何とも活き活きしていたのである。でも、あえて何を目指しているかは聞かなかった。

イタリアと言わず、どこの国にも日本人はたくさん居る。そして、アルバイトで観光ガイドやレストランでアルバイトをしている人たちをよく見かける。

きっとハイリスクを覚悟しながらも夢を追いかけているんだろうなぁ、、、何か忘れたものを思い出させてくれる人達である。

遥か前、私もそんな夢を持っていたことがある。それが私も英語を習い始めたきっかけであったはずだ。

けど、私は、そのハイリスクな世界に身を投じるには、いささか小心者であったのであろう。

食べ終わって店を出る時、「じゃぁ、何か知らないけど、がんばってくださいね。」と声をかけると

「はいっ、がんばりますっ!」と気持ちのいい返事が返ってきた。

幸せな人生をゲットしてもらいたい、と心から思った。

P.S

写真は、そのリストランテの支払いカウンタである。

何だか欲張りそうなおばぁさんが、今にもコインがあふれそうなレジスターの番をしている。

コインを整理した結果、同じ種類があふれてしまっているのかと思っていたけど、いざ自分が支払ってお釣りをもらう時、結局このコインの山からお目当てのコインを探し出そうとするんだから、結局ただコインが山済みになっていただけのようである。

しかし、、、こんな状態だと通りがかりの人がフッと掴んでいってしまいそうだもんなぁ。このおばぁちゃん、このレジ離れられないようなぁ。

めんどくさがり屋の欲張りばぁちゃんだろうか?

きっと大きな誤解を私は、ミラノに残してきたような気がするのであった。


AM 06:37:23 | [イタリア紀行]

2004年11月28日  今回の旅、最後に訪れたスフォルツア城
写真は、スフォルツア城の正面である。

今回の旅の最後の観光場所となった。

もちろん目的は、お城もさることながら、ミケランジェロの未完のピエタである。

未完でも重要文化財となってしまうのは、なにもミケランジェロだけじゃないけれど、ミケランジェロとしては、後世に未完のものが展示され拝観されることが本意なんだろうか、、、と、作品を見て思ったりもした。

ただ観ているとどうってことないのであるが、偶然居合わせた観光ツアーのガイドさんの話は、実におもしろかった。

本当かどうかの真偽は、最後までわからないけれど、いろいろなことを考えさせてくれるという意味では、未完作品もまた楽しめるものである。

P.S

私のような凡人としては、妙に出来上がってしまって、凡人の才の限界を知られるよりも、

未完を唱い、その可能性を残しておいた方が、何かといいかもね、、、

と不謹慎なことを思ったことは内緒である。


AM 11:16:59 | [イタリア紀行]

2004年11月27日  歴史と近代とかわいらしさと。
ミラノの街中の写真である。

思わず本能的に写真を撮った。

日本ではもう見かけない三輪自動車に、ガラスボトルのジュースであろう飲み物をいっぱい載せて。

急ブレーキをかけようものなら、悲劇的なシーンが起こりそうである。

が、実にきれいで、かわいらしかったのである。

歴史の街に、古い三輪自動車。

近代的なファッションとカラフルな飲み物を載せて、歴史と近代のコラボレーションを見たような気がするのであった。

P.S

私の小さい頃には、三輪自動車はまだ普通に街中を走っていた。

よく私も助手席に乗せてもらったものである。

ドアも囲いもなく、端っこに乗ると倒れてしまうんじゃないかと感じたものである。

小さい時のことである。


AM 03:15:30 | [イタリア紀行]

2004年11月26日  「最後の晩餐」サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会
ミラノへ行ったら、やっぱりダビンチの「最後の晩餐」を観ないわけにはいかない。

写真上は、そのサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会内部である。

残念ながら、「最後の晩餐」は、ものすごいハイテクセキュリティに守られ、当然撮影禁止なので、写真でのご紹介はできないけれど、まぁ、今更私が解説するものではなかろう。

ちなみに写真中、下段は、教会の中庭である。

ご存知であろうか、「冷静と、、、」の映画で、柱にもたれて、あおいが順正からの手紙をしっとりと読むあのシーンである。

日本から予約を取ってまでして「最後の晩餐」が観れたのはとてもうれしかったが、同時にこのシーンにとけ込めたのもうれしかった。

という感想は、あまりに低次元? んなこたぁないよ!

P.S

ちなみに私も柱にもたれて写真を撮ったりもしたのであるが、当然それを公表する勇気はない。


AM 11:10:21 | [イタリア紀行]

2004年11月25日  日本人にとってここはいったい?ガッレリア。
写真は、
下が、ドゥオーモ前の広場。
上左が、ガッレリア入り口の凱旋門。
上右が、ガッレリアのアーケードである。

ガッレリアは、本来、天井付近の絵画や舗道のモザイクや芸術としての価値が高いところである。

が、そのアーケードには、プラダをはじめ、様々なブランドショップが並んでいるので、日本人は、そちらに気を取られてしまいがちであろう。

ちなみにこのアーケードの天井のこの写真。
娘の高校数学の教科書の表紙にも載っていたりした。

されど高校生には、大して感動はなかろうなぁ。

P.S

アーケード中央にプラダがあった。

ちょっと入ってみた。

日本人だらけであった。

例に漏れず、娘にお土産のバッグなどを買ったりした私は、生粋の日本人である。


AM 11:42:24 | [イタリア紀行]

2004年11月24日  正直言うと気持ち悪かったミラノのドゥオーモ
ミラノのドゥオーモの建物はスゴイの一言に尽きる。

何がスゴイかって、その建築の作りである。

ゴシック建築の大傑作というこのデザイン、何百もの尖塔のその細かさ。

決して手が抜かれていないように思われるその緻密さと大きさ・量には、目を見張るばかりである。

しかし、ここも修復中で、イマイチいい写真が取れなかったのが悔しい。

行かれる方は、屋上も必見である。

こわいけど、、、必見である。

P.S

ただ、私は、ちょっと気持ち悪い感想も持った。

尖塔のその細かさがまるで骨のようなのである。まるで巨大なエイリアンを思い出さされてしまったのである。

不謹慎かな。

自分には、いくらか尖端恐怖症の傾向が身についていると実感した。


AM 11:03:04 | [イタリア紀行]

2004年11月23日  「冷静と情熱のあいだ」最後のシーン、ミラノ中央駅
写真は、たいしたシーンではないのであろうが、思わずパッシャ。

あの「冷静と、、、」のラストシーン、順正があおいを追い越して待ち受けるあのミラノ駅である。

あおいもこのシーンを列車から見ていたはずだ。

そして、その時、ミラノの駅に順正が先回りして着いているなどとは、夢にも思っていなかったはずだ。

感動まで、いや、本当の恋人に再会するまで、あと5分の場所である。

P.S

別に、私にとっては、旅行中の駅のひとつに過ぎませんが。さびし。


AM 11:35:49 | [イタリア紀行]

2004年11月22日  ベネチアと言えば、、、そりゃぁゴンドラでしょう。
私は、映画ファンである。

小さい頃から父がよく映画に連れて行ってくれたため、比較的古い映画もオンタイムで観ていたりする。
ちなみに「2001年宇宙の旅」なども小学校でもらった割引券で父に連れて行ってもらったものである。しかし、今から思うにあの映画、文部省推薦だったのだろうか?

話がそれた。

で、映画に出てくるベネチアシーンには、当然ゴンドラのシーンが付き物である。それも必ずカップルと言っていい。どんな関係はともかく、オトコとオンナのカップルのシーンである。
(そうでもないか。最近観た「幸せになるためのイタリア講座」なる映画では、みんなでワイワイガヤガヤ乗っていたな。)

したがって、私の頭の中には、ゴンドラに乗るということは、かなりロマンチックで極上の出来事のように思えていたのである。

さて、そのゴンドラである。目の前にして乗ってみないわけにはいかなかろう。で、搭乗である。

写真は、ゴンドラから撮影

一番上は、牢獄へつながる「溜息の橋」である。

しかし、狭い運河をゴンドラが行き交う。

出会い頭でのゴンドラの操縦の巧みさは、ただただ脱帽である。

きっと重労働なんだろうになぁ、、、と思うのであるが、いとも自然に漕ぎ続け、静かに流れるように進むゴンドラに身を任せるのは、やはりロマンチックであり、贅沢なひとときである。

P.S

ゴンドラに乗ってみて、映画のシーンと違うどうしようもない現実に気が付いた。

自分が乗っているシーンの岸からの写真が撮れないのである。

今自分がゴンドラに乗っているシーンは、きっとあのシーンのように違いない、、と、心の中で納得せざるを得なかったのである。


AM 11:35:52 | [イタリア紀行]

2004年11月21日  街並みは?、、、とサンマルコ広場の鐘楼に。
高所恐怖症の私もこの旅行で相当克服された感がある。

が、やっぱりベネチアの全体をザックリ確認するなら見晴らしの良いところへ、、、ということでサンマルコ広場の鐘楼に登った。

ここの鐘楼の良さは、エレベーターでてっぺんまで登れちゃうところである。

さて、写真解説。上から

・サンタルチア駅方面
・サンマルコ寺院方面
・サンジョルジョマッジョーレ島方面
・サンマルコ小広場

である。

高所から街を見下ろしてまず思うのは、家々々、、、である。

そして道がまったく見えない。

家がぎっしりで、道は路地のような小道しかないのである。

ベネチア観光初心者の私などすぐ迷ってしまいそうである。

しかし、火事が起きたらどうなるんだぁ?

要らぬ心配が頭をよぎった。

P.S

しかし、、、私の今までのベネチアの街のイメージは映画のシーンからのみと言っても過言ではない。

小さい時から「慕情」や「雨のエトランゼ」でベネチアをイメージしていたが、それはかなり断片的なシーンであり、現実は自分の想像とはかけ離れている事実に驚かされた。

まさに今まで、鼻だけを触って、象は蛇のような生き物だと思い込んでいた自分を再確認した。


AM 08:06:04 | [イタリア紀行]

2004年11月20日  「おーーー!」が第一印象のベネチア
ベネチアに到着である。

サンタ・ルチア駅で電車を降りる。

初めての地ゆえに、右も左もわからず、とりあえず駅を出ようとして、正面出口へ向かう。

駅から出た瞬間、思わず声が出た。

「おーーー!」

どこの駅にもあるバス停や駐車場などまったくなく、目の前は、船の行き交う運河である。

この光景を見た感動は、何に近いのだろう?などと考えた時、映画「レニングラード」が思いついてしまった事実が、自分のテリトリの狭さを感じてちょっと哀しかった。

早速、水上バスのヴァポレットに乗り、ホテルの方向へ移動である。

運河の水は、やはりきれいとは言えない。されど、太陽の光で微妙に色が変わる。天気のいい時のグリーンは、まさにエメラルドグリーンに見えた。

さて写真は、上から

・サンタルチア駅前
・サンマルコ寺院
・サンマルコ広場
・サンマルコ寺院からサンマルコ運河のホテル方向

である。

P.S

ローマには、ただただイタリアの感動があった。

フィレンツェは、その街並みに目を奪われた。

そしてここベネチアは、何とも異国以上の驚きを与えてくれた。

さて、ここでこれからどのように過ごすのか?

いささかベネチアの予習を怠っていた私は、途方にくれてしまったのであった。


AM 11:28:33 | [イタリア紀行]

2004年11月19日  最後にやっぱりドゥオーモとジョットの鐘楼
フィレンツェを離れる日、やはり最後にもう一度ドゥオーモとジョットの鐘楼を見に行った。

天気がとてもよく、この空の色は、間違いなく日本では見られない青である。(と思う。)

ドゥオーモも美しい。

この空の青と、ドゥオーモの白・ピンクなどの大理石の色のバランスが、ドゥオーモをなんとも荘厳で美しく仕上げている。

是非是非是非、あなたも一度その美しさに浸ってみてください。

P.S

フィレンツェに4泊。

ピサに行き、ボーボリを歩き、インターネットカフェにも行ったし、コインランドリーで洗濯もした。

短い間だったけれど、観光客だらけの小さな街で、いくらゆったり住人のように過ごしたと言っても、所詮住人になりきれるものじゃない。

いつかはこの街を離れることを忘れて過ごしたものの、やはりその時がくると、過ぎ去った時間はとても短く感じるものである。

世界中に行きたいところはいっぱいある。

けど、この街には、また来ることがありそうな予感がした。

10年20年経た後、またこの街に来た時、今のこの風景を懐かしむことの出来る幸せがその時にあるといいな、、、と思った。

AM 07:59:04 | [イタリア紀行]

2004年11月18日  わかってうれしいドゥオーモ付属美術館
写真は、ドゥオーモ付属美術館である。

ここには、ドゥオーモの美術品のオリジナルが展示されている。

ということは、ドゥオーモを飾っている現在の展示品は、すべてレプリカということである。

それを知らずにドゥオーモを見て帰ってしまうと、すべては偽物を見て満足して帰ってしまうことになりそうである。

かと言って、レプリカも良く出来ているし、偽者に気付く訳でなし。
別に大して重要なことではないかもしれないけど。

まぁ、これが本物かぁ、、、と、ちょっと満足感に浸れます。

ドゥオーモの隣にある建物ですから、ちょっと立ち寄りたいですね。

もちろん拝観料は取られますが。

P.S

写真下は、、、

なんとクーポラの内側のフレスコ画を描いた時であろう足場の模型が陳列されていた。

今まで、どこでも巨大な球体内側のフレスコ画は、どうやって描くのであろうか?と不思議に思い続けていたものであるが、ここで全てが解明されたのである。

それにしても怖い足場である。

仮に私がいくらすごい芸術家であっても、こんな足場の上では、高所恐怖症の私は、とても絵なぞ描けるものではない、、、とつくづく思った。

この時代の芸術家でなくて良かった、、、と思った。

AM 11:21:31 | [イタリア紀行]

2004年11月17日  行きました記念写真。(フィレンツェの部)
さて、ちょっとまとめて行きました記念写真である。

上から

・アルノ川(右手にヴェッキオ橋)
・シニョリーア広場
・サンティッシマ・アンヌンツィアータ広場
・レプッブリカ広場
・ホテルの窓から右手にドゥオーモを見て

であります。

街自体が観光名所な訳ですから、観光者でいっぱいです。

フィレンツェの街は、そんなに大きくはなくて、家並みがぎっしりで、その間を旅行者達がうごめいています。

私もそのうごめいている一人であったわけですが、、、。

P.S

けど、そこに居る自分に幸せを感じたのは、紛れもない事実です。はい。

AM 07:54:34 | [イタリア紀行]

2004年11月16日  あの順正とあおいが見たであろうクーポラからの眺めであります。
今回の旅行のメインイベントは、実はこのフィレンツェのドゥオーモのクーポラからの眺めを見ることでありました。

私は、あの小説「冷静と情熱のあいだ」の熱烈なファンである。映画版も大好きである。

なぜ好きなのかは、いつか映画のカテゴリーでじっくり書きたいのでここでは省略であります。

今回のちょっと残念だったのは、クーポラも修復中でまるで工事現場のようであったこと。

まぁ、それで眺めに支障はないけど、クーポラでの雰囲気は、ちょっとズタズタでした。

上の写真は、サンタ・クローチェ教会方面。
下の写真は、ジョットの鐘楼方向であります。

ぎっしりとした町並みは、昔のままなのであろうか?

映画「冷静と、、、」で眺めはなんとなく想像出来ていたけれど、実物の眺めはそりゃもぅ、、、
(筆記による表現不可能につき略。)

もうもう、感無量でありました。

(今日の日記、内容が薄いな。)

P.S

何組のカップルに写真の撮影を頼まれたことか、、、。

ボクって頼みやすい風貌なのかしらん?

ま、ひとりだったしねぇ。

AM 11:16:33 | [イタリア紀行]

2004年11月15日  バイクショップ前でなかったような気が、、、
フィレンツェを歩いていて、ふと目に入ったのでデジカメをパシャっ。

すごい台数である。しかも頭を合わせて整然と並んでいる。
バイクのお店の前ではなかったような気がするし、ここは単なる路上である。

特に整理している人がいるわけでなく、学校などの前でもなかったような気もする。

とするとフィレンツェ市民は、とても几帳面なのか?
今までとてもそうは思えないシーンばかりだったので、何かとても異様な風景に見えたのであります。
(→すみません。フィレンツェ市民殿)

P.S

見習うべき市民習性(?)かもしれないけど、ちょっとねぇ、、、
と感じる私は、フィレンツェ市民には失格だな。


AM 07:43:55 | [イタリア紀行]

2004年11月14日  深く反省のサンタ・クローチェ教会
写真上は、サンタ・クローチェ教会である。
ここも正面右側は修復中であった。ったく。

写真下は、左から
・内部全景
・正面ステンドグラス、フレスコ画、教壇
・レオナルドダビンチのお墓
であります。

ここは、ミケランジェロ、マキャベリ、ガリレオガリレイはじめ276のお墓があるとか。
で写真のダビンチのお墓はそのひとつに過ぎない。
片っ端からデジカメしようとも思ったりしたのでありますが、
全部ほんとかなぁ?と思った瞬間、メゲてしまった。

メゲてしまったから、本物かどうかの疑いが頭に浮かんだったとしたら、まずいぞぉ、自分。

んんん。

P.S

教壇の後ろには、ものすごい量の宝石が埋め込まれた宝飾盤があります。

が、それを見るためだけにも拝観料が必要です。

高価な宝石は見せるとお金が取れるんだなぁ。

お金持ちがよりお金持ちになり易い論理がここにも見えたような気がする。
もちろん、セキュリティーにかかる費用以上の拝観料収入がなけりゃ話にならないけどね。
でも、それはもはや広告手段、営業手段によるのだろうなぁ、、、。

この神聖な教会内で私の思ったことは、縁のないお金持ちのお金の儲け方についてであった。

深く反省。

AM 11:14:26 | [イタリア紀行]

2004年11月13日  「ダビデ」は、デカい。
写真は、フィレンツェのアカデミア美術館の入り口の風景である。

私の行った時には、ご覧の通り長蛇の列であったけれど、私は日本で入場券の予約をしていったので、並ぶことなく入場できた。

さて無事入場。

いつものようにまずテレフォンガイドをゲット。これにはちょっと並んだ。

単に借りるだけなのであるが、これが結構時間がかかるのである。

まず、何語が欲しいかが尋ねられ、それに答えると、
その言語のメモリカードを探し、本体に差し込む。
簡単な動作チェックをして
さらにコート掛けのようなスタンドからヘッドホンケーブルを取り出し、それを付けて渡すのである。
私の時には、係員が一人しかいなかったので、結構手間取っていた。

さて私の番である。
何語が欲しいか?と尋ねられ、日本語と答える。
本体にメモリカードを差込み、動作チェックの後、手渡された。

しばらくして、私を見て係員がキョトンとする。
「アンタ、何でまだいるの?」後ろに並んでいる人達もそんな感じだったな。
このアジア人、なんかおかしいんじゃないの?そんな雰囲気に包まれた。

「オレ、まだヘッドホンもらってねーよ。」そう応えると
場の雰囲気は一斉に反転し、
「そりゃ聞きようがないよなぁ。」と後ろの人が大笑い。
係員も「スマンスマン」と慌てて用意してくれるのであった。

まぁ、雰囲気が良かったから良しとしよう。

さて、お待ちかねのミケランジェロの「ダビデ」である。

第一印象は、とにかくデカイ。
実際の人間の3倍以上もあろうサイズである。
しかし彫刻でありながら、よくもまぁこんなに忠実にこのサイズに作ったものかと感心してしまう。
撮影禁止の場内でそのサイズをご覧に入れられないのが残念である。
(何故か、どっかのホームページには掲載されていたなぁ。)

ちなみにその横にPCがあって、実像が取り込まれたCG画像ビューワがあって、横のトラックボールを動かすと様々な方角から拡大して見られたりするのである。
私は、かなりの時間をそれを見て費やした。
だってあの大きさである。頭の上とか見えない部分がいっぱいあって、それを見るには、あのCG画像を見るしかないのである。

もうひとつの目玉は、「ピエタ」である。
ま、細かい話は、詳しくないので避ける。

P.S

しかし、アカデミア美術館は、その有名な割には、狭く、あまり長居する必要がないポイントであったような気がするのは、やはり私は美術オンチであったのかも。

AM 07:31:29 | [イタリア紀行]

2004年11月12日  実写版「聖母像」
ピサの斜塔を観ての帰路のことである。

電車に乗った私は、一日歩きつかれてウトウトしてしまった。
空いていたせいもあって、とても快い眠りにおちいった。

何分たったのか覚えていない。駅の名も覚えていない。
その眠りを妨げたのは、ドヤドヤと乗り込んでくる人々であった。

その中にヤンチャ声を発する子供がいて、

「あ〜ボクの前に座るなよぉ。」

という願いは、だいたい私の神は聞き入れてくれない。

ところが目の前にやってくると、実に愛らしいのである。
瞳は薄いブルーグレーで透き通るようである。

お母さんも質素な格好の中に教養が溢れていた。

一生懸命あやすお母さんと、それに反応するほんとうに可愛らしい子供のしぐさ。

ここ何日も美術館や教会で聖母の絵や彫像で食傷気味だった私は、
まるで聖母像の実写を見たような気がした。

イエスキリストだって生まれた瞬間は泣いていたであろう。
聖母がイエスの行いに困った事だってあるはずだ。

何を話しているかさっぱりわからないけど、
その母子に私はひたすら見入ってしまったのである。

写真からその雰囲気がわかっていただけたのなら幸いである。

P.S

と、突然、やんちゃな子供の前にお母さんがその子供のバッグからおもちゃを取り出し始めた。
いわゆるディズニーグッズである。

遊び慣れたおもちゃに子供は喜ばない。グズル子供にお母さんは大変である。

その時、私は、自分のデジカメのバッグにプーのアクセサリを付けていた事を思い出した。

それを子供に見せると、グズリがピタッと止まった。その時のお母さんのフォローも実に良かった。

言葉が通じないが、私のプーを子供に上げようとしても子供は恥ずかしがって受け取らない。
私は、行き場の失ったプーを電車の窓枠に乗せると、お母さんがその他の人形達をその左右に並べ始めたのである。

それが下の写真である。

ちなみに私のプーは、左から3番目。ペンギンの着ぐるみを着ているプーである。

最終的にこのプーは、子供が持って行ったのだが、私も肌身離さず持っていたプーである。

別れの瞬間と言うのは、突然やってくるものだな、とつくづく思った。

あえて、この別れをセンチメンタルチックにするつもりはない。

今後のプーの奇遇な人生をただただ祈るばかりである。

(尚、この数日後、またプーと出会うことになったが、それは後日に、、、。)

AM 11:09:02 | [イタリア紀行]

2004年11月11日  さよなら、ピサ。
写真上は、ピサ駅ホーム。
電車はこれから乗る電車。

写真下は、ピサ駅正面から撮影。

今日は、行きは、ピサ半日観光のツアーに加わり、ドゥオーモ広場を観光の後、その後はツアーの権利放棄をして、自由行動へ移行。

なんで?と問われる添乗員に、「斜塔を登る予約が取ってあるので」と応えると、他のツアー客からは羨望のまなざしが。

が、その後は、全部歩き。今日も結構歩いた。それに電車の切符も購入も自腹であるから、最初っからひとりで来た方が安いんじゃないのか?

とも思われたけど、日本語のガイドさんから得られたものは非常に大きいからして良しとしよう。

で、とうとう最後のピサ駅に到着。切符を買って、ホームで待つ。

P.S

ひしひしと思ったのである。

たぶん、いやどう考えてみても二度とここに立つことはないだろう。

いや決してピサがつまらなかったところではなく、とても田舎だからそんな気がしたのである。

そう思うと、電車を待つ間もなかなか感慨深いところがあった。

AM 07:25:54 | [イタリア紀行]

2004年11月10日  行きました記念 San Paolo a Ripa d'Arno教会
上の写真はサン・パオロ・ア・リーパ・ダルノ教会であります。

完全にロックアウト状態であったので中のことは全くわかりません。

これもピサ安息日の日だったから?
それともお昼休み?

とても残念だけれど、いろいろ資料を見ても、外観写真はみんなこんな感じだから、観光者に開放をしていないのかもしれない。

下の写真は、その裏手にあるサンタガタ礼拝堂。

サンタクロース方達の礼拝堂ではない。(オヤジギャグである。)

ここもロックアウト状態で、外観写真のみの掲載である。

P.S

どこかに裏の入り口があったのかなぁ?

したがって、この記録は、完全に「行きました記念写真」である。

(にしては、自分が写ってないな。撮ってもらう人も回りに居なかったんですよ。)

AM 11:06:40 | [イタリア紀行]

2004年11月09日  ちょっと可哀想な騎士教会
ピサのサント・ステーファノ騎士教会である。

観光ガイドもWebでもその解説は少ない。

内部もシンプルで壁には、騎士の御旗(?)が飾られている。

解説も何もないと、結局何もわからないままとなる。

残念である。

P.S

観光地としても人気が低いスポットのようである。

でも、人気がないのは日本人にとってだけじゃないのかなぁ?

日本で言うと、武士の御旗を飾った神社のようなものか?

やっぱ人気ないかも。

AM 07:23:55 | [イタリア紀行]

2004年11月08日  犬夜叉コレクターズボックス・イン・ピサ
ふとショーウィンドウに目をやると犬夜叉コレクターズボックスが目に入った。
(犬夜叉について知らない人は、自分で調べてね。)

おおお、日本の文化は、こんな片田舎までにも到達しているのかー、と妙に感心した。
(売れ残っている証拠かもしれないなぁ。)

ミニチュアマニアにはたまらないものもいっぱいあったのだが、店が閉まっていて見られなかった。

悔しい!

P.S

この日、ピサの街は、かなりの店が閉店であった。

街中が定休日の日にあたってしまったのかなぁ?

いいや、街中がお昼休みなんだよ、って言う人も居て、真実はわからないままである。

しかし、もし店が開いていたら、ここで相当のお金を落としたに違いない。

救われたのかもしれない。真実はわからないままである。

AM 10:51:29 | [イタリア紀行]

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