日々の染み
心に溜まるしみが滲んでゆく。日々の記憶。

2005年03月27日  ゆっくりと、第三話
時間が時間だったので、手当てを受けたケイスケと僕は、病院の待合室にそのまま泊まった。

僕が、明日の学校は休んでしまおうか、夜中に家を抜け出して親にはなんて言おう、などと考えていると、手と足に包帯を巻いたケイスケが言った。

「消えちまった。」
「え?」
「どっかいっちまったんだ。居なくなっちまった。俺には何も言ってくれなかった。黙って行っちまった。」
「え?おい、誰が?『恋人』が、か?」
「昨日あいつんちのマンション行ってみたらチャイム押しても誰も居なくてよ、ドア開けてみたら開いたんだよ。
中、ショールームみたいがらんとしててさ、確かめてみたら801号室だろ、あってるだろ、どうしたらいいかわかんなくてさ、何が起こったかわかんなくてさ、俺は、何も考えられなくて部屋につったたままでぼうっとしてた。
そしたら、管理人が来るだろ、今思うと丁寧に訊いてりゃ引越し先くらいは教えてくれたかもしれないのにな、俺、邪魔だって言ったんだ、どっか行け、目障りだ、俺の視界から消えろ、ぶっ殺すぞ、一人にしてくれ、って叫んだ。
そしたらそいつ、警察呼ぶだろ、俺は走って逃げてきてさ、そん時俺は確信したんだ、誰も俺の味方じゃないってな。でもそれって悲しいだろ、耐えられないだろ、だから全部ぶっ壊してやろうと思った。ぶち壊してぶち壊してぶち壊して壊して、自分の血ですべった。そんでお前に電話したんだ。」

興奮して早口で喋り続けるケイスケに対して、僕は少し苛立ちながら、しばらく黙って聞いていた。

「どうしよう、俺、『恋人』はどこに行ったんだろう。なぁ、なんか言えよ。」

僕はなんと言ったらいいか分からなかったし、何も言いたくなかった。

「なぁ、喋れよ。なぁ、俺、わかってんだぜ、あいつ言葉にはしなかったけど、お前に惚れてたんだろ?お前になんか言ってなかったのか?お前なら止められたんじゃないのか?あいつは親の仕事上の理由なんかで、黙って俺たちの前を去るような奴じゃねぇ、そうだろ?」

僕はケイスケに幻滅した。
もっと頭のいい奴かと思っていたのだ。或いはケイスケは、少し混乱していただけだったのかもしれない。少なくとも、男と女、と聞くと恋愛しか思い浮かばないような想像力の無い人間ではない筈だから。
僕はケイスケに、返事をせず、静かな目線で見据えた。

「・・・・・・いや、今の話は聞かなかったことにしてくれ、そうでも思わなきゃ・・・・・・いや、今夜の俺はどうかしてるな。」
僕の表情を読み取ったのか、ケイスケはそう言って白く包まれた手で頭を抱えた。

「・・・・・・とにかく、明日もう一度マンションに行って確かめて、『恋人』の消息を探ろう。或いは案外、先生が知ってるかも知れないな。」
僕はぼうっと、天井を眺めながら、抑揚の無い声でそう、その場を取り繕った。
僕には分かっていた。
「恋人」は見つからないだろう。
黙っていなくなるというのはそういうことだ。

その夜の病院の浸透圧は、僕の身体に馴染んでいた。

興奮気味のケイスケが傍らにいて、それを少し鬱陶しいと思いつつ、無言で去った「恋人」がいて、それを寂しいと思いつつ、それでも僕は、病院のひっそりとした雰囲気をただじっくりと愛でていた。
幼少時、病弱だった僕は長期入院を2回ほどしたことがあって、この非日常的で陰気な空気を懐かしく感じていたのだった。
久しぶりに病院のあの無機的な食事を食べてみたいなぁ、などと考えていたかも知れない。

暗い廊下の奥から、ぬるいぬるい空気がゆっくりと、まるで巡回でもするように支配的に漂ってきた。
それに威圧されるように僕らは朝まで黙って、ベンチに横になり
それぞれの脳内をぐるぐるとかきまわしていた。

翌日、マンションの管理人と、学校の教師に「恋人」について訪ねてみたが、何も分からなかった。そしてそれが僕らに出来る全てだった。他に方法が思いつかなかった。
僕らと恋人のつながりは、途絶えたのだ。

結局僕らはそのままで、月日だけ2年が経過した。

(続く)

PM 10:27:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | [恋人]

2005年02月07日  静かに、第二話
「恋人」が登校しなくなってしばらくの間、下世話な噂話が校内に流れた。しかしそれも、「恋人」を心配する声と同様に、1月もしないうちに消えた。

それからも、ケイスケだけは、「恋人」の家をしばしば訪ねていたらしい。たまに何も言わず、部活に来ないことがあって、そんな日は決まって、「恋人」の机の中にたまったプリントが減っていたからだ。


そんなある日の真夜中、僕のケータイが意地の悪い摩擦音を鳴らした。
ケイスケからだ。家に来いと言う。僕はため息をつき、服を着替えてケイスケの家に向かった。
僕とケイスケの家は1kmも離れていない。
彼の両親は出かけていて居なかった。

ケイスケの部屋は酷い有様だった。まるで地震と台風と泥棒と警察の家宅捜索がいっぺんにやって来て、その力を競い合ったかのようだった。
壁には凄まじい数の傷と穴とへこみがあったし、天井の蛍光灯はぐしゃぐしゃに叩き割られていたし、箪笥は倒れていて、中の洋服は無残にもびりびりに引きちぎられていた。
ベッドなんかはマンガの様に、スプリングが飛び出していた。
様々なものの破片が散乱する床に、ケイスケはバットを握って座り込んでいた。足の裏は血だらけで、手の甲の皮は痛々しくすりむけていて、目にはほとんど光が無かった。

僕が部屋に入っても、ケイスケは床の一点を見つめたまま、ただバットだけは手から離した。

バットは、ごろ、と低い音をたてて数cm転がり、ぱき、ぱきと数片のかけらを潰してから、けだるそうに止まった。
僕はそれを目で追いながら、運動嫌いで野球なんかやったことの無いケイスケが、なんだってバットなんか持っていたんだろう、などと能天気なことを考えていた。
この頃の僕は、身の回りで起こっている全てのことに現実感が持てず、どんな緊迫した場面に遭遇しても心が動かず、真剣に物事を考えることが出来なくなっていたのだ。
ただ、そのまま黙っているわけにもいかず、何か言わなくちゃいけないんだろうな、と思って口から出した言葉がこれだ。

「お前、オナニーでもしてて盛り上がっちゃったのか?根っからのサディストだな。」

我ながらひどい台詞だ。
ケイスケは僕の声が聞こえたんだか聞こえてなかったんだか、手を一瞬ぴくりと動かして、ぼそりと呟いた。
「痛ぇ。」
当たり前だ。足の裏にガラスがささっているのだ。
「救急車呼ぶぞ。立てそうも無いしな。」

ケイスケは「ひゃくじゅうきゅう」と呟いて、フッと笑った。僕は119番をコールしながら、ケイスケの机の上を見た。シャープペンシルもボールペンも全部真っ二つにぶち折られていた。「火事ですか、救急ですか。」遠い声が聞こえた。やれやれ。僕は深いため息をついた。

(続く)

PM 03:43:19 | Comment(0) | TrackBack(475) | [恋人]

2005年01月30日  突然、第一話
僕らの愛撫は終わり無く続く。
或いはそれが共有なんか出来ないものなのかも知れなくても。




僕らには名前が無かった。少なくとも僕の中では、僕らは自分自身の名前を知らなかったし、周りの物や人たちに関しては、名前しか知らなかった。

例えば冷蔵庫という単語を知っていても、それが何を示すものなのか確信が持てなくて、退屈なうなりをあげる白いハコの前に立つたびに
「これが冷蔵庫だよな……」と、いちいち混乱するという様に。

そんなわけで、僕は自分を狂っていると認識せざるを得なかったわけだけれども
「自分を狂人だと言う人間は狂ってなんかいない」という、嘘なんだか本当なんだか分からない言葉をどこかで聞いた事があって、そのおかげで、自分は正常なのかも知れないと思うことが出来てなんとか今まで生きてこれた。

やはり、名前が無かったのは、僕の方だけだった、と思う。彼女は経験豊富で、既に、僕の知らない誰かによって名前を告げられていた筈だから。
それでも彼女は僕に合わせて、その名前を放棄してくれて、お互い一から名前を付け合うことにした。
まぁ、僕は結局、前と変わらない名前を彼女につけることにしたのだけれど。
ここにその名前を記すことにする。彼女の名前はサキで、僕のはトウジだ。それは魂の名前なのだ。


僕はサキといる時、ふと物思いにふけることがある。それは退屈だからでは無く、単純にリラックスしているからだ。僕はいつも感じている。サキは僕自身なのだ。自分自身に緊張したり、気兼ねする人間がどこにいるだろう。僕らはお互いに愛し合えているし、信頼しあえている、と思う。幸せなことだ。


しかし、「恋人」といる時、僕はいつも全く逆のことを感じていたように思う。「恋人」というのはサキのことでは無く、いや、サキは恋人だが、「恋人」というのは、ある女の子に対する呼び名なのだ(僕らは誰一人、彼女の本当の名前を言わない)。彼女は僕らのアイドルだった。

何故彼女にそんなあだ名が付いたかと言うと、言葉で説明するのは非常に難しくて、彼女をひと目見ればそのネーミングに納得するのだろうけれど、とにかく彼女は「恋人」という言葉がそのまま人の形をとったような女性なのだ。

僕も含めて皆(というのは男だけではなく女の子さえも)一度は彼女に恋をする。
ケイスケなんかは未だに本気で彼女に惚れているらしい。
不思議なのは、「恋人」には付き合っている男も、惚れている男がいるって話すら聞いた事がないことだ。


「恋人」に初めて会ったのは4年前で高校の1年の時だ。幼稚園が一緒だったケイスケと再会したのもその時だ。サキとは、高校3年の時にクラスが一緒になって知り合った。
当時の僕は、今から想像もつかないほど社交的で、入学式が終わり、教室でケイスケの顔を見た途端声をかけていた。その時ケイスケの隣にいたのが「恋人」だ。

僕は「恋人」を初めて見た時、胸が高鳴ると同時に妙な違和感を覚えた。
後になってその胸の高鳴りは本当の恋では無かったことに気付いたわけだが、違和感の方は今でも間違いじゃないと確信している。

「恋人」は皆にとって、完璧に理想そのものだった。ケイスケは
「あの大きな瞳がたまんないよな。」
なんて言うのだけれど、どちらかというと細目の好きな僕にはとても大きな瞳には見えなかったし、サディストであるケイスケは「大人しそうな女の子」と形容していたが、「気の強い女の子」が好きな僕には勝気に映るのだった。

「恋人」には「恋人」自身の存在感が無いのだった。彼女を見る他者がいて、はじめて彼女は存在することができるのだ。
そう感じた時から、僕はもう「恋人」に目を奪われることはなくなっていた。
彼女に罪は無いのだ。
ただ、その魅力だけが、彼女自身の存在以上に強すぎたのだ。

僕が彼女の存在の不確かさに気付き始めた頃と同時期から、彼女は僕によく話しかけてくるようになった。
悪い気はしなかったが、それ以上の進展は無かった。
僕も彼女もお互いに抱いていたのは、興味でしかなかったからだ。


そんなある日、僕の家のガレージで何人かが集まって下らないお喋りをしていた。
季節は確か、秋がはじまったばかりで雨が降っていたと思う。
僕の隣に座っていた「恋人」は、僕にしか聴こえない小さな声で僕に言った。
「あなたは他の人とどこか違うわね。」
誰だって誰とも違うものだと思っていた僕はいぶかしげに
「なんだよ、それ。」
とだけ返した。
「みんなあたしを構いすぎるのよ。時々、自分のことが怖くなるの、とても……」

彼女は自分の魅力のことを知っていたのだ。
そして彼女にはそれが重荷だった。
誰かが彼女を支えてあげるべきだったのだ。
彼女と真剣に向き合える誰かが。
そんな後悔も遅く、その数日後から、「恋人」は学校に来なくなった。高校2年の時のことだ。


(続く)

PM 03:05:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | [恋人]

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